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2006年05月31日

ある小説家の死

 日本対ドイツのサッカーを朝7時まで観ていたからといって、就寝時間はいつもとだいたい同じ。だれど、起床時間が午前9時半なので、二時間半睡眠でした。

 東十条で12時に知り合いの小説家ふたりと待ち合わせ、軽く食事をしながらなんとなく話をし、午後1時からの告別式に出た。
 違う名前でデビューする少し前に知り合い、昨年ペンネームを変えて再デビューした高梨耕一郎さん。享年59歳。
 仲がよかったわけではない。むしろ相性はよくなくて、電話で話をしたりするといつもこちらが苛立ってしまう。
 小説家や歌手や俳優は、日常生活の上で別に万人にとっていい人である必要もなく、互いに(かつてはデビュー前の、そしていまは駆け出しの)小説家であるというリスペクトとある種の競争心の対象であるというだけの存在であってもいっこうにかまわないから、電話やメール以上にわざわざ会って飲んだりはしなかったけれど、新刊が出たと聞けば「がんばっているな」とこちらも少しうれしくなる、という関係だった。
 昨年末、『覇権の標的』を送ったら検査のために入院しているとのことだった。
 それがどうやら彼の命を奪った病であったらしい。

 彼が自分の病を知ってから亡くなるまで、その経過を僕は知らない。

 けれど、同じ小説を書くものとして、彼が死を恐れるよりも、時間の短さを呪ったであろうことは、確信を持ってわかる。
 これで十分だと言えるほど膨大な著作をものにした大家でもないかぎり、自分がもうじき死ぬと知っていちばんやりたいことは、小説を書くことに決まっている。

 小説家の仕事の量と収入はあまり関係ない。同じに働いていくらの収入になるかはお天道様が決める。
 その度合いの落差はおそらく農業よりも変動が激しく、税金の制度のなかでも漁業と文筆家には「変動所得」という特別な税制が適用される。
 つまり、ベストセラーで「ニシン御殿」が建つか、海に飲まれてただの藻屑になるか、書いているときにはわからないのだ。
 それでも身を削って小説を書く人が小説家と呼ばれ、その意味で、小説家というのは職業というより生き方だといったほうがいい。
 だからこそ、僕には、高梨耕一郎が自分に残された時間が少ないと知って、どれだけ小説を書く時間を、体力を気力を渇望したであろうかということがわかる。

シュート練習

 日本代表ではなく、僕です。

 赤レンガ倉庫にある SAMURAI BLUE PARK。
 うちのボランティア団体がフットサルコートの管理をしています。

 僕の担当日ではないのだけど、仕事のあいまの息抜きに、ちょいと様子見。なにしろ、家から自転車で10分。
 で、平日で空いていたので、ボールを借りて、ドリブルとシュートの練習を30分ぐらい。

 ひと汗かいてしまいました。

2006年05月28日

ボランティア活躍中

SAMURAI BLUE PARK にあるフットサルコートで、「よこはま2002」ボランティア活躍中。

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「がんばってね」

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「おまえ、さっき何キロだった?」 スピードガン計測中。

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ナイスシュート!……?

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行列して待っています。

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入口でご案内。

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じっと我が子を見守るお父さん。

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このピンが意外に重いのです。腰を痛めないように。少し心配。ムリしないでくださいね。

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狙いをすまして。

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手前のあいているところでは自由にボール遊びもできます。

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写真を撮ってあげるのもお仕事。ココハマ・ホスピタリティです。

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テレビの取材を受けている子供もいました。

2006年05月27日

中学生に「親学」を教えよう

 どうしたら親になれるんだ。

 いえ、セックスをすれば結果として、だれでも親になっちゃうわけですが、問題は「親はどうあるべきか」をいつどうやって学ぶのか、ということです。

 荒れる教室とか、ひきこもりとか、いろいろ子供に起きている問題は、小学校就学以前にその素地ができてしまっているわけです。
 授業を聴く集中力のない子供に育って学校に来ても、つらいだけですし、先生が叱ったからといって、おいそれと集中力ができるわけでもない。
 少なくとも学校に入る時点で、学校生活ができるように育っている必要があります。そうでなければ学校教育は成り立ちません。
 いま、議論されている学校教育の問題の多くは、幼児期の親による教育の問題だと思われるわけです。
 万引き、援助交際、いじめ、ひきこもり、自殺、暴力、……。
 それらはすべて、基本的には家庭教育の問題であり、もし、家庭教育がきちんと為されていないとすれば、それを学校教育で補完することはかなり困難だと思われます。

 では、親はいつどうやって子供の教育の仕方を身につけているのでしょう。
 結論からいうと、身につけていない。
 なにかしらわかったときには、子供はもう成長してしまっている。ある意味で手遅れになっているわけです。

 学校教育は、読み書き算盤を教えてくれます。
 しかし子育ても必須であるのに、それを学ぶチャンスはどこにもない。いきなり実地、On the Job Training です。これはムリでしょう。だってよい親であることはかなりむずかしいことです。
 発達心理学の基礎知識と、カウンセリングの基礎知識が、絶対に必要です。かなりの洞察力と、広範な知識が要求されます。

 子供を叱らない親、子供が好きだからとマクドナルドを毎日食べさせている親、そんな親を町でたくさん見かけます。こういう親から育った子供のことが、他人のことながら心配です。いえ、日本人として他人事じゃない。

 教育の論議のなかで子供の教育のことは語られているのに、あるいは、学校制度や教師のことは議論されるのに、「子供を教育できる親を養成すること」についての議論はまったく抜け落ちています。
 セックスをすれば子供はできる。生物学的な親になることはだれでもできます。しかし、親は子供にどうやって接し、親としてどうやって子供を育てるのか、ということは、だれかから教育を受けないとわからないはず。
 大家族の時には身近で他人の子育てを見ている機会が多かったかもしれないけれど、いまでは、自分が親になるまで、身近な子育てといえば、自分自身が「育てられた」経験だけしかない。子供を育てることを客観的に見たり経験したりするチャンスはない。なのに、こんな大事なことをどこで学ぶことなく、「いきなり本番」でやれといっても、それはムリです。

 自然に本能に任せていては、社会的存在に人間の子供を育てることはできない。

 だから、「親学」は「読み書き算盤」と同じように、国民全員が義務教育で学ぶべき必須項目だと思います。
 中学生に親の立場で「どうやって子供を育てるか」を学ばせることは、自分自身が大人の自覚を持つためにも、とても役に立つでしょう。子供をつくることのできる肉体的能力をもったタイミングで、子供ができたあとのことを考える機会をつくるべきではないかと、そんな気がします。

2006年05月26日

「ザ・ヒットパレード」

(フジテレビで本日さっきまで放送)

 台本はとっても雑なんだけど、そんなことどうでもいいや、楽しかったです、僕らの世代には。

 当時新品だったはずなのに、放送開始の日にすでにテレビ受像器がが汚れてレトロ調にくすんでいるのはなぜだ、なんてことも、この際、許そう。

 テレビがフロンティアだった時代の物語。

 小説はいまでもフロンティアだぜ。俺がいる限り。(なんちゃって)

SAMURAI BLUE PARK

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 SAMURAI BLUE PARK という日本代表サッカーチーム応援施設を赤レンガパークに建設中です。
 明日27日、プレス向けにオープン。一般公開は28日から。
 さきほど自転車で山下公園まで行く途中に立ち止まって様子を見てきました。

 開催期間中、僕も何日か、このフットサル場で係員のボランティアをします。

 2002年大会では、期間中、パシフィコ横浜にあったメディアセンターでボランティアをしていました。
 なんとなく、始める前のわくわく感を思い出します。

 当時のことを詳しくは「ワールドカップは終わらない」(電子書籍版)をどうぞ。

2006年05月25日

8時間睡眠

 久々に8時間睡眠。こんなに眠ったのは少なくとも今月初めて。
 体調を整えるため、1時間ほど近所をジョギング。
 夜は、少しだけ小説。

『リング』

 いやあ、恐かった。
 電気消してみていたけど、途中で思わず点けてしまいました。(笑)
 最後、真田広之が死ぬところははオチがあるのだろうと思って全然恐くなかった。なのに死んじゃった。そうか、怖がらなきゃいけなかったんだ。(笑)

 さらに最後の松嶋菜々子、ちゃんと恐いのがよかった。
 7年前の映画(撮影は8年前?)だけど、彼女の演技は完成されていますね。大したものです。

 原作は本棚にあるけど読んでません。

 昔、角川の編集者に「ホラー書きませんか?」といわれたんだけど、理屈っぽいのでどうも、説明が付かないことが書けないキライがあって、でもホラーというのは理屈が通用しないからコワイわけで……ようするに書けないとお断りしちゃいました。
 キャラクターは不可思議な理屈の通じない人格は書けます。でも、理屈の通じないストーリーは書けない。 (一応、ミステリー作家ですから)

 GYAOで見た初めての映画でした。
 コマーシャル入るけどタダというのと、200円ぐらい払うのと、ビミョーですね。
 先に見ると決めたものは払ってでも見る。
 でも『リング』は無料じゃなかったら見なかったかも。

 監督:中田秀夫
 原作:鈴木光司

 さあて、3時間しか寝てないから、そろそろ寝ましょうかね。

2006年05月24日

いっきに後半

 前夜から小説プロットのつづき。
 90分ほど眠るつもりが3時間眠ってしまった。
 午後6時すぎ、いちおう全体像がみえたバージョンを編集者にメールで送る。
 ふ~。この24時間で本の後半半分を一気に書いた。
(ただしあらすじとして。あらすじといっても原稿用紙65枚くらいあるけど)

 朝から一食だったので出かける前に遅刻確信犯で「マルちゃんの緑のたぬき」を食べる。
 雷鳴轟くなか、ふだんは歩いて行く桜木町の会議室まで、しかたがないのでタクシーで。
 午後7時25分、25分の遅刻でボランティア団体の世話人会。
 午後8時半終了。雨は小降りになっていたので、徒歩にて帰宅。すぐに夕食。

2006年05月23日

プロット

 小説のプロットの詰め。ひたすら。
 推理作家協会のソフトボール同好会もパス。

議会制民主主義は機能しているか

「選挙に於ける一票の格差はずいぶんあるし、政治家や官僚は一部の人の利益を守っているように見えます。日本で本当に議会制民主主義が機能していると思いますか」
 あることろでそんな風に問われました。
 教育基本法の改正に愛国心を盛り込むことについての是非を時事通信が世論調査し、その結果、五割を超える人が「愛国心」の概念を盛り込んだ教育基本法案に賛成だったということについての議論のなかのことです。

 基本的に民主主義は機能していると思います。
 パーフェクトであるかといえばそうではないでしょう。
 しかし、パーフェクトでないとして、それをパーフェクトにする責任は我々国民にあるのであって、国民から離れた対立概念としての国(あるいは政府)があるとは思いません。
 政府が気に入らないのも、全体として国民の意思の反映です。国民の間に当然利害の対立もあり、特定の制度や法律が万人にとって賛同できるものであることはあり得ないわけですが、それについては中長期的に相克しあうことで、制度的に調整機能が働くのが民主主義という仕組みだと思います。
 したがって、民主主義は原理的に全員の満足は得られない仕組みですが、時間とともに制度自体を変えていくことができるのが民主主義であり、その意味では、たとえ一票の格差がどれだけあったにしても。長期的に変えていくことは可能であるシステムにはなっていると思います。国民が本当に強く継続的にそれを望むのであれば。

 この「国民が本当に強く継続的にそれを望むのであれば」というところが問題になります。
 一票の格差こそが最重要だと思えば、国民はそれを是正しない政治家を選ばないでしょう。しかし、現実には、「一票の格差がいいとは思わないが、そこそこ満足させてくれるのであれば、現時点でそこには目をつぶる」という選択をしていると言えると思います。
 それがその時々の「争点」であり、「あいまいだけれど、基本的に国民の総意によって選ばれつくられた国のシステム」だと思います。

 たとえば、ある時期、国民は経済成長を最重要に選びました。そののち、公害の撲滅に優先度をスイッチしました。
 そのときどきにベストでなくても、時代の中でそのように長期的に全体としてのバランス感覚によって舵が切られていくのが民主主義であり、いつも最高にバランスの取れた選択をするのではないが、大きな間違いがあっても長期的には是正されていく、それが民主主義というものなのだと考えます。

 政官癒着についても、いまや国民はそれを承知していますから、国民の多くがそれを望まないのなら、それは是正されていくでしょう。いままで是正されなかったのは、結果として、経済成長や社会インフラの整備を国民自身が優先し、その過程で一部の権益が生じたりそれが不公平に配分されたりしても、心情的には容認しないにしても投票行動としては国民全体が容認してきた結果によるものです。
 この種の不公平や悪政、社会の矛盾をもっとてきぱきと是正するには、短期的には、民主主義でなく優秀で洞察力のある専制君主がいたほうが効率よく社会がよくなります。強いリーダーシップ(独裁的権力)により急速な発展を遂げた国も多数ありますし、その弊害も人類は承知しているわけです。
 しかし、歴史から人類はそれを選ぶ危険性を学んでいるので、遅くてイライラすることも多いけれど、日本国民は民主主義を選択しています。それによって、理不尽なことも短期的に生じるにせよ、長期的に多くの国民が望んでいることが実現される。
 その意味で、今の社会に矛盾がたくさんあったとしても、日本国憲法の下での議会制民主主義はきちんと機能していると思います。

 この民主主義の元で多くの国民が求める社会の実現が遅れる、または、実現が妨げられるとするとき、その最大の障害は、政府が自分たちとは関係のない対立する存在だ、と考えてしまうことだと思います。
 国民が政治に対して当事者意識をなくしてしまえば、結果として、国民の望みは叶えられず、先に当事者意識をもった一部の人の思惑だけで政治が動かされてしまう。それこそ国民の不幸です。
 だからこそ、政府vs国民という図式でなく、政府=国民だと思いつづける必要があります。
 民主主義を信じることをやめて、今のこの国は一部のものによって動かされ、自分たちの意志は反映されないのだ、と国民の多くが思ってあきらめたとき、それこそ一部の人が自分たちに都合のいい政治をしてしまうでしょう。
 政府が気に入らないのは国民である自分たちのせいだ、と思いつづけない限り、国は国民のものにならないのではないかとおもいます。

 教育基本法改正において「愛国心を強制されるのはいやだ」という言説がたくさんありました。

 明治憲法ではなく日本国憲法において、政府は国民の意思集約です。法律を決めるのは国民からその職務を委託された国会議員です。
 国会議員が定めた法律は、国民共通の意志ですから、法律で定めることは「国家による国民に対する強制」ではなく「国民自身の意志」であるはずです。
「護憲派」(??)といわれる人々が、「愛国心を強制するな」というのは憲法の理念に反する発想です。
 なぜなら、民主主義国家では、政府は国民の意思でコントロールされているはずであり、立法府は国民の意思の代弁者として法律を制定しているのですから、法律は国民が心ならずも従わなくてはならないルールではなく、自分で決めたルールなのですから。
 それを強制だといって反対するとしたら、憲法の精神、および、憲法を中心とした法体系と、明らかな矛盾があります。

2006年05月22日

静かに淡々と

 静かに淡々と小説を書くだけの一日。
 推理作家協会の総会もパス。

改正教育基本法は愛国心を強制しているか

 教育基本法を巡って「愛国心」について議論されています。

 この法案に反対する言説の中に、「愛国心は国に強制されるものではない」という意見がたくさんあり、そこに民主主義の基本的問題があると思われたので、少し論考してみます。

 明治憲法のもとでの愛国心はたしかに「強制」であったかもしれません。
 しかし、日本国憲法の下で議会制民主主義によって定められた法律は、原理的に「国家による国民への強制」ではなく「国民自身の選択」です。
 教育基本法に愛国心が書き込まれたからといって、それは国家による愛国心の強制などではない。なぜなら国民自身がそうしようという自由意志によってそのように決めたことだからです。
 時事通信の世論調査がもし公平な物だとすれば、そのことによって民主主義が裏打ちされていると新たに示されたのだともいえます。
 法律による制定を自動的に「強制」と捉えることは、明治憲法と日本国憲法の本質的な違いを理解せず、明治憲法下の国家(あるいは政府)と現在の国の概念とを混同している、別の言い方をすれば民主主義というものを理解していない立場からの発言であるように思います。

 法律は強制力を持ちます。
 しかし、民主主義国家に於ける法律は、国家や政府という国民と対立するものによる国民への強制ではない。政府自体が国民の総意によって方向付けられていて、国民の意思によって法律が定められている以上、それは国民同士の自発的約束ごとであって、強制ではないはずです。

 と同時に、この愛国心を強制と受け止めることこそが、それらの懸念を抱く人の思いこみとはまったく逆に、民主主義に対する危険をはらんでいます。
 法律を国家による国民への強制と捉えるということは、国家を自分たちが作っているという意識がないということです。
 国家は自分の意志と関係なく存在し、自分たちとは対立する存在だ。この国に問題があるのは、自分のせいではなく、政治家や官僚や一部の人間たちがよくないからで、自分たちのせいではない。
 そのように考えている。

 しかし、少なくとも日本国憲法のもとで、この考え方は誤りです。国家は国民がつくっているのであり、それが良くても悪くても、すべての責任は国民自身にあるはずです。

 この国に悪いとところはたくさんあり、しかし、それは自分たち国民の責任であり、長く継続的な努力をつづけて、不満があれば自分の手によってそれを変えていかなくてはならない。
 自分の大切な郷土、家族、自然、町、文化、人々、それらは国民である自分たちのものであり、それを大切に思うから、もっとよくしたいと思うから、それぞれの立場で国を構成する一員として、つまり「当事者として主体的に」努力をつづけることが求められるわけです。
 それが愛国心であり、民主主義だと思います。
 対立する傍観者が国をよくすることはない。当事者こそが問題を解決できる。
 愛国心と民主主義はまったく対立するどころか、むしろ、愛国心を否定することは民主主義の否定につながる。
 そのことを改めて指摘しておきたいと思います。

 民主主義についてはhttp://www.agawataiju.com/diary/2006/05/post_54.htmlでも、論考しています。

2006年05月21日

珍しくも晴れの日のヨット

 最近、日曜日というと天候不順で、雨風の日にヨットに乗ることが多かったのだけれど、めずらしく、どうころんでも晴れ~!という日曜日。
 風もふつうにあって、練習もでき、昼は八景島海の公園の沖にアンカリングして、スパゲッティをつくって食べながらダラダラ。
 帰りも、適度な追っ手で快走しながらホームポートへ。

 スーパーによって夕食の材料を買って帰宅。
 夕食は、イカフライ、納豆、かき玉と白髪ネギの清まし汁、トマトとキュウリとカシューナッツの和風サラダ。

 その後は、小説。

2006年05月20日

中華街

 夕方、北海道からやってきた知人家族と中華街で夕食。
 お店は、均昌閣水龍宮館。

 中華街は、10年ほど前のある時期、古くてボロイ順に毎年火事を起こして燃えてなくなり、数年の間にすっかり町中がリニューアルされた。
 均昌閣本店もその中のひとつだが、水龍宮館はその別館にあたる。
 リニューアルと観光地化のさらなる進展で、地元民としては以前より行かなくなった中華街。
 以前は安くて旨いところがたくさんあったけれど、いまは、ほとんどの店が「ウマイけど安くない」になってしまって、安くて旨い店に行きたいときは、横浜市民は中華街でなく野毛(桜木町)に中華料理を食べに行くのだ。
 とはいえ、均昌閣水龍宮館は応対も日本のサービス業の水準を超えていて、中華街には珍しいというか中華街も進歩したというか。
 むかしは中華街といえば安くて旨いけど無愛想で不愉快な客あしらいをされる場所だった。

 料理も5000円のコースがその値段以上の価値があった。大満足。
 やっぱり、いまの中華街では700円のランチか、5000円のコースか、という感じで2-3000円ですますなら野毛に行った方がいい、という感じかもしれない。
 一部、安くて旨い店は中華街にも健在なのだけれど、ものすごく混雑して、店に入れなかったり入っても大変なのだ。(安くて美味しくて狭い店のことは内緒にしておけばいいのに、みんなが得意げにブログに書いたりするもんだから、内緒にしているこっちまで入れなくなっちゃう。これは、WEB2.0 の弊害ですね)

 ちょっと酒も飲みたくないほど満腹で帰宅して、小説にもどる。

2006年05月19日

Tears In Heaven



 昨年11月に沖縄コザにしばらく滞在した。
 10月にオープンしたばかりの「ジャックレモン」という店があり、僕はそこで26年ぶりにライブステージで演奏した。少しだけミュージシャンに復帰したわけだ。
 コザは日本でも有数のミュージシャンの町だ。そこのミュージシャンたちが店をもり立てるかたちでライブを企画して、そのゲストとして1曲だけ、作りたてのコザにちなんだ新曲を唄ったのだ。
 沖縄ではわりとふつうなんだけど、やがて、客席とステージの区別がほとんどなくなり、客席にいたミュージシャンも勝手にステージに上がって演奏しだしたりする。(聴いてる客のミュージシャン率も異常に高いのがこの町のすごいところ)
 店のオーナーであり、ミュージシャンでありお笑い芸人でもある我喜屋良光も、ステージに上がって、クラプトンの"Tears In Heaven"を唄った。
 ヨシ坊とみなから呼ばれていたその我喜屋良光が、17日、亡くなった。
 コザにいる多くの知人が、彼の死にショックを受けているのが、ここ横浜にも伝わってくる。
 ステージで唄う興奮を、ふたたび味わうことのできた、思い出の場所になった「ジャックレモン」のヨシ坊が死んでしまって、僕の心にも空白ができてしまった。

 天国で涙を流しながら、ヨシ坊が "Tears In Heaven" を唄っている姿が、目に浮かぶ。
 なんだかできすぎだよ。ヨシ坊。

(上から)
写真1  阿川大樹
写真2  TARA 照喜名薫 ひがよしひろ
写真3  我喜屋良光 照喜名薫(ZODIAC) 

2006年05月18日

妻の誕生日

 昼間は、またしても小説まっしぐら。
 午後5時になって関内のレストラン「オリジナルジョーズ」に予約を入れる。
 午後8時。タクシーでレストラン到着。妻の誕生祝いディナーだ。
「オリジナルジョーズ」は東京横浜で一番古いイタリアンレストランであるといわれ、1953年開業、つまり、僕が生まれたときにはもうオープンしていた。まだ自衛隊がなくて警察予備隊だったころのことだ。(笑)
(だとすると、日本で一番古いイタリアンレストランは東京でも横浜でもないらしく、どこにあるんだろう。神戸あたりだろうか)

 真っ赤なビニールレザー張りの椅子の古い古い趣の店内。
 正直、古いだけで味は大したことないだろうと思っていた。ところがどっこい、たいへん美味しい料理でした。オリジナリティもある無理に気張らないけどちゃんとした料理で好感度大。
 パスタやピザがあるところはイタリアンだけれど、料理全体としては最近のイタリアンレストランとはちがってむしろ「ヨーロッパ料理」という感じのメニューになっている。

ディナーコース(妻は別のセレクション)
  前菜: スモークサーモン
  パスタ: 生ハムとサーモンのクリームソースのスパゲティ(メニューから自由に選択可)
  メインディッシュ: イベリコ黒豚の3つの部位の網焼き(同上)
  デザート: マンゴーのシャーベット
  コーヒー(または、紅茶、ハーブティー)

  ワイン: シャブリのハーフボトル

  コース二人分とワインで9600円でした。大満足。

帰宅後は、また小説モードにもどる。

2006年05月17日

続・小説まっしぐら

 今日も小説まっしぐら。
 日記がつまらなくてゴメンナサイ。

2006年05月16日

小説まっしぐら

 今年の目標は年内にあと二冊小説の本を出すこと。
 というわけで、現在、二作同時進行中。
 しばしの飲み会モードから脱却して、本日よりひたすら小説。
(実際の執筆ではなくプロットを煮詰めているところ)

2006年05月15日

琉球紅型染め・金城宏次と飲む

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 京王百貨店で開かれている大琉球物産展へ。
 沖縄コザでの飲み友達でもある琉球紅型(びんがた)染めの若きホープ・金城宏次さんの工房が出店していて本人も売り場に立っているということで。
 物産展はいわゆる物産展(て当たり前だ)で食料品が中心なのだけれど、最近は沖縄ブームで沖縄の食べ物も珍しくなくなっている。売上自体頭打ちだそうだがそれでもけっこう賑わっている。
 宏次さんの工房は妹さんとふたりで染めのTシャツとプリントものの両方を売っている。
 プリントは2000円台だけど、染めは手作りなので7000円くらい。
 彼の絵柄はどれも僕の好みなのだけれど、妻の誕生プレゼントと自分用をそれぞれ1枚ずつ購入。(お友達割引付)

 そういやユニクロ以外で洋服を買ったのは何年ぶりだろう。(笑)

 その後、宏次さんとゴールデン街をハシゴして、終電で帰宅。

2006年05月14日

母の日

朝からヨット。
風がなかったが夕方まで楽しむ。

横浜駅まで母を呼び出して「母の日ディナー」。
「千房」で豪華なお好み焼き。

2006年05月12日

頼られる

 最近、久しぶりに恋愛相談(のようなもの)をされたり、小説執筆上の悩みについて相談されたり、新入社員の教育について相談されたり。
 つまり、なんだか相談され週間のような趣。
 時にけっこう時間をとられたりもするのだけれど、頼ってくれる自分でありつづけたいとは思う。
 どっちにししても大切なものをなくしたくないよね。

2006年05月11日

久しぶりに都内へ

 打合せのため、久しぶりに都内へ。
 渋谷、目白、とそでぞれ編集者と話をする。どちらもボールがこっちへもどってきたので、並行して進めなくては。
 あとは知り合いのバーを一人でハシゴ。
 3時間しか寝ていなくて午前3時起床だったので、終電よりも前に眠くなって電車に。
 渋谷で降りるべきところ、気がつくと五反田だったので、品川経由で帰ってくる。

2006年05月10日

打合せの準備

 明日、小説の打合せが二件あるので、その準備。
 一方はだいぶ前に書き上げたもののリライトの打合せなのだが、書き上げると一旦過去のことになっていて、もういちど読んでいかないと自分でも覚えていない。
 もうひとつは、新作のプロットのブレインストーミング。そのたたき台のアイデアをパワーポイントにする。

久しぶりの水泳

 朝6時前に起きて、いろいろ雑用を片づける。
 1600字のエッセイを書き上げたところで、自転車を漕いで久々にプールへ。
 子供の水泳教室が始まる前に静かなプールで、と思ったが甘かった。オバサンの水中エアロビクス真っ盛り。子供の嬌声よりもずっといいいけど。
 本が売れたら子供のスイミングスクールのないもう少し高級なスポーツクラブに通いたいものだ。
 水中ウォーキングと、水泳600mぐらい?都合70分ぐらいプールで過ごして、また自転車を漕いで帰ってきた。

 あとは、明日の編集者との打合せ2件の準備で夜中までだな。

2006年05月09日

お仕事お仕事

午前中、音楽雑誌の2000字、午後、推理作家協会の会報の2000字。
それぞれいいテンションで仕事ができて満足。

夕方、運動のために自転車で横浜駅西口までいって、夕食の揚げ物を買って帰ってくる。

ヨット生活の影響で朝型で調子がいいけど、夜がめっぽう弱いので、夕食後はごろん。
(これを書いているのは5/10午前6時)

2006年05月07日

ヨットレース

 ヨットレース。
 雨模様で強風だが、中止になるほどではない。
 スタート地点にまっさきに着いて待っていると、風はどんどん上がってくる。
 ほぼベストのポジションでスタート。
 12艇中3位でマークまで向かう。ピークで風速15mくらいある。7人の体重でヒール(傾き)を潰しながら快走。が、途中大型艇に抜かれる。結局、マークを4着で通過。レーティング修正(ハンディキャップ)なら2位か。
 回航後、俊足小型艇に抜かれて順位を下げる。縮帆を解く判断が遅れ、往路の優位をかなり失ってしまったか。
 が、しかし、久々の強風レースで楽しかった。ビールが旨い。
 その後、ハーバーのクレーンを待つうちに雨足が強まってずぶ濡れ。

 帰港後、パーティには参加せず、雑誌の仕事の取材のため、有楽町へ向かう。
 少し時間に余裕があったので、根岸駅で立ち食い蕎麦、それでも喰いたりず、有楽町でカレーを食べ、一緒に取材にいくミュージシャンと合流。
 東京国際フォーラムで "TOTO" のライブ。
 終了後、TOTO ファンの人たちのグループに合流して、夜10時頃まで取材がてら歓談。

 そういえば、レースは何位だったのだろう。ハンディキャップで順位が修正されるので、ヨットレースは、ゴールした時点では自分で何位なのかわからない。パーティで発表になっているはずだが。

改めてクルージング日記

電池切れを心配しながら携帯から書き込んでいたので、あらためてノートPCに書いてあった日記の方を。

5月3日 憲法記念日

1000、横浜のホームポート出航。 快晴。風十分。 僕と共同オーナー、某誌編集長、女性クルー2名の5人。 全員長いつきあいの気心の知れたメンバー。 全行程帆走で、1435、三崎港入港。 意外に寒い。 海舟というお店でマグロ料理。 満腹で船に帰ってもあまり酒が飲めない、(笑) 2330、いつもに比べて画期的に早い就寝。 前夜は睡眠時間3時間だったし、適度な疲れで快眠。 でも、4時前に目が覚めてしまって、ひとりでこれを書いている。 マフィアの組織が敵味方を振り分ける手法についての夢を見た。委細省略。

5月4日

0810 三崎港出航。 風十分。かっとび。 1030 内房保田入港。 陸路をクルマで移動するより何倍も早い。 午前中なのにもうやることがない、という幸せ。 日が沈む前、近所のスーパーに買い物。 風呂屋へ。混んでいて入場制限。少し待って入る。 船で料理して夕食。だべって寝る。幸福。

5月5日 こどもの日

外は強風。15mは吹いている。 というわけで出航するのをやめて、一日、港で過ごす。 千葉の緑に囲まれたところにすることもなく浮かんでいる船で、ギターを弾いたり、入ってくるヨットの舫いを手伝ったり、だらだら昼寝をしたり。幸福。 しかしキャビンにいると風がひゅうひゅういっている。 夜半、風がさらに上がる。

5月6日

5時過ぎに目覚めて天候の確認。 風は少し落ち着いているが、長期的にはまた強まる気配だ。 というわけで、遅くとも7時には出航すべしと判断。

0655 房総保田漁港出航。
ツーポイントリーフのメインセールにレギュラージブに縮帆して、出発。
風向きでは観音崎をダイレクトに狙える方角だが、波が悪く久里浜の少し北までしか船を向けられない。
少しずつ角度をゲインして、久里浜と観音崎の間あたりにつき、そこから二度ジャイブを繰り返して、あとはホームポート近くまで一直線。
時々、波に大きく翻弄されるが、逆に波に乗ると、シュワシュワと音を立てて波の斜面を滑るように加速。最高速度は9ノットオーバー。(これ、ヨットとしてはすごく早いんですが、自転車より遅いです。時速17キロほど)
かっとんで、1030 ホームポートに無事帰港しました。
渋滞している陸路を車で移動するよりはかなりはやいと思います。

出港時に覚悟していたよりは遥かに楽で、あっというまに着いちゃいました。ふだんの日曜日ならまだ出航していないときもあるような時刻。

セーリングしながら食べる予定だったお昼をホームポートの岸壁で食べて、上架後、後かたづけをして帰宅。

2006年05月06日

いざ横浜へ

平均風速はかなり落ちました。でもブローはかなり強烈。走りにくいなあ。
千葉南部はまだ強風波浪注意報がでてます。
1時間ほどで出航予定。

2006年05月05日

足どめ

15メートル以上の風。走れないこともないけど風待ちして保田にそのままいます。

2006年05月04日

内房総保田


三崎から保田へ移動

三崎港で1泊

全行程帆走で三崎に入港。今日はどこへ行こうかな。

2006年05月02日

「みんなの意見」は案外正しい

本日、amazon から届いた本。これも執筆資料です。

「みんなの意見」は案外正しい
  ジェームズ・スロウィッキー(著)
  小高尚子(訳)
  角川書店 1600円

ブルー・オーシャン戦略
  W・チャン・キム レネ・モボルニュ (著)
  有賀裕子 (訳)
  ランダムハウス講談社 1900円

移民のいない日

 日本のメディアではほとんど報じられていなくて、やっと今日になって少しニュースになっているけれど、CNNでは、昨日一日中、このニュースでもちきり。ほとんど「911」なみの扱いです。
 全米60余りの都市でデモが行われていて、職場や学校を移民たちがボイコットしているらしい。

(パソコンでみているかたは下記のニュースを参照)
 http://www.cnn.co.jp/usa/CNN200605010018.html

 農業では労働者の24%が不法移民だというのだから、「不法」といっても、すっかり社会に定着して、アメリカ経済を支えている。だからこそ、いっせいにボイコットがでると、工場が止まってしまったりするわけだ。

 メキシコに家を持っている友人によれば、WBCでメキシコがアメリカ相手にものすごく真剣に戦った背景には、この法案も影響しているらしいです。つまり、日本が優勝したのは、アメリカでこの法案が取り沙汰されていたから、というわけです。
 意外なところで、日本にも影響があるわけですね。だから世界は面白い。

 昨夜は、自由が丘で若くて聡明で美しい女性と庶民的だけど美味しいお店で飲んで喋る。
 と、そこまでは100点満点だったけど、帰宅後、創作メモが見つからず、朝までかかって捜し物してただけで、やっぱりみつからず。しかたない。また、改めて考え出すしかないか。閃いたものがもういちどもどってくるとは限らないんだよなあ。
 あの夏、碓氷から霧積へ抜ける道で無くした麦わら帽子のように、僕のメモはどこへいってしまったんだろう。
 Mama, do you remember ? (て、知っている人はけっこうな年齢)

 エッセイ「冬のヨットハーバー」をここに追加しました。