覇権の標的 フェイk・ゲーム  幸福な会社 会社、売ります D列車でいこう インバウンド








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2006年06月30日

物憂い株主

 午後、泉岳寺まで出かけて2%だけ株をもっている会社の株主総会で「ものいう株主」(笑)。
(前夜は、新しい会社法のお勉強もしました。経済小説作家でもあるし)
(時価総額はかぎりなくゼロに近いんだけど)
「ものいう」といっても決算書の根拠について詳細を説明してもらっただけだけ。質問内容は事前にメールしておいたし。

 横浜駅までもどって、午後3時、トリスバーで「和風おろしトンカツ定食」690円。おそーい朝食。
 スターバックスで原稿書きをして、夕方、帰宅。
 12時には自分なりの予定をこなしたので寝ようと思ったのだけれど、結局、ワールドカップを二試合とも観てしまい、就寝したのは翌午前8時。やれやれ。

2006年06月28日

フォローと準備

 パーティで名刺交換した編集者に自著を送る準備。手元の在庫があまりないので、自分で買ってきたり。(笑) いわゆる「名刺代わり」というやつ。
 まずはいろいろな編集者に「あ、阿川大樹っていい小説書くじゃん!」と思ってもらわないと。

 小型船舶操縦士の免許更新のやりかたの調査。5年に一度だから前回のことを覚えていないし、制度自体も変わっている。手続きは簡略化の方向でよいことです。(住民票とってこないと:備忘録がわり)

 以前取締役をやっていた会社の株主総会があるので、資料の検討。
「ものいう株主」になるかどうかは別として。
 経済小説「も」書く作家としてはビビッドな数字を見て考えることをたまにはやらないとね。

 と、ワールドカップが小休止なので事務的なことを片づけて、また小説に入る準備。

2006年06月27日

推理作家協会賞贈呈式とパーティ

 新橋の第一ホテル東京にて、日本推理作家協会賞贈呈式とパーティ。

 早めに出て出先で原稿を書くつもりが、いつもとちがう格好をしようと思うと、ワイシャツがどうの、ベルトはどこにしまったっけ、と結局ぎりぎりになったので、珍しくノートパソコンを持たずに手ぶらで家を出る。
 本日、お出かけの iPod は、スガシカオと宇多田ヒカル。

 入口ですがやみつるさんと合流。
 パーティでは次々にいろいろな人を紹介してもらう。駆けだし作家にとって、パーティは営業の場なので、料理を食べているヒマはない。が、すがやさんまで料理が食べられないのは申し訳ないけど、ここはすっかりお世話になることにする。
 オンラインでは十数年の知り合いでもある鈴木輝一郎さんにも初めて会う。修業時代にいろいろ教えてもらった人でもある。
「名刺たくさんもってます? 作品のストックありますね」
「もちろん!」
 というわけで、輝一郎さんにつれられて、まずは、理事長の大沢在昌さんに挨拶。
 田中光二さんと話しをしているとすぐ横にいる北方謙三さんの葉巻が匂ってくる。
 ソフトボールでいっしょだった人たちともあらためて名刺交換。
 宮部みゆきさんを遠くで見たり、あれ? やたら女性に囲まれているのは東野圭吾さん? などと、ミーハーしたり。
 というわけで、料理は一皿、お酒も4杯ぐらいは飲みましたが、編集者、作家、合わせて二十五人ほど名刺交換しました。

 ところで、こういう文壇系パーティには必ず銀座のきれいなおねえさんたちがたくさんいて、立ち話しているところへ、カウンターからお酒を持ってきてくれたりする。
 それはもうかなりきれい。もちろん彼女たちはそれぞれに営業に来ているわけだ。協会の重鎮がたくさんお金を使っている証でもある(笑)。
 彼女たちは別の意味で人を選別する能力に長けている。いわゆる職業的直感というやつ。観察していると実は瞬間瞬間に「客になるか」つまり「成功しているか」または「成功しそうか」を判定するための視線を配っている。そこで視線の動きを見ていると、彼女たちの視線の止まり方で、彼女たちの直感がなにを悟ったかがわかる。
 そんななか、本日の収穫としてかなりうれしかったのは、僕への視線が「成功しそう」判定の視線だったということ。
 彼女たちの人を見る目=直感が正しかったことを、僕も結果で示したいものだ。(笑) だからって、特別そういうお店に行きたいってわけじゃないけれどね。

 終了後は、すがやみつるさんと、新宿ゴールデン街へ。
 でも、よゐこは電車のあるうちに帰りましたとさ。

一段落

 16本セットの原稿をなんとか納品。
 10本ぐらいまでは順調だったけれど、残り6本はかなり苦しんだ。1本ならとても簡単だけれど、似た原稿を16本書くのは160倍ぐらいたいへん。

 サッカーは、イタリア対オーストラリア。
 後半ロスタイムでPK勝ち。これぞ劣勢での勝ち方のお手本。さすがイタリア。
 いまの日本には到底できない試合運びだった。

 頭の切替に読書。
「隠蔽捜査」(今野敏 新潮社) 吉川英治新人文学賞受賞作。
 テーマの設定が拙著「覇権の標的」と共通するところがあると思った。

 さあて、いったん寝ましょうか。

2006年06月25日

ワールドカップ、これから本番

 ワールドカップはこれからが佳境。
 見逃せない試合ばかりになっている。

 というわけで、24日から25日にかけては、まず「イングランド対スウェーデン」。
 次の試合までの二時間の間に、必死で仕事。
 午前4時からは「アルゼンチン対メキシコ」。
 6時には、終わるかと思ったら、同点で延長線。ああ、少しは眠らなくては、ということで、あきらめてベッドに入る。

 で、1時間寝て、25日午前7時起床。
 8時前に、日産スタジアムへ向かう。
 スタジアムにあるスポーツ医科学センター内で2002年ワールドカップの時のボランティアOBの団体よこはま2002の年次総会+懇親会。
 総会ではカメラマン、懇親会では司会。
 午後2時に終了して、買い物などを済ませて、午後4時帰宅。やっと就寝。
 4時間半ほど眠ったら、頭スッキリ。

 たいていのことは、1時間睡眠でもほぼ支障なくできるので、この睡眠パターンは意外といいかも。
 頭がスッキリしていないとできない原稿書き、眠いと危ない車の運転、心臓麻痺が心配なスポーツ、などだけはちゃんと寝ておかないとだけれど。

2006年06月23日

現、と書いて、「うつつ」

 ここのところ、女に、じゃなかった、ワールドカップだのソフトボールだのにうつつを抜かしていたので、仕事がはかどってません。
(ソフトボールは、駆けだし作家としては営業上のこともあるので、まったくの遊びではないのだけど、一応)

 ワールドカップはまだ20試合ほど残っていて、実は、これからが本番。

 というわけで、今夜は少し仕事の方をがんばらなくては。

ニッポンをたのむ

 つらい。
 ひどい試合だった。
 でも、これが俺たちの実力なんだ。
 はずかしいほど、力の差があった。

 わずかなチャンスはあったけれど、ブラジルにはそれにつけいらせない強さがあり、日本は前半の残り時間を守りきるサッカーに切り替える多様性も技術ももっていなかった。
 だからあの1点で、すべてが終わってしまった。

 徹底的に力が違った。
 日本が優れているところはただの1点も見いだせない完全な敗北だと思う。
 
 くやしい。
 僕が小学生だったら、サッカー選手になって自分の力で日本を勝たせたいと思うけど、もう間に合わないから、だれかきっと、強い日本の担い手になってくれ。

「うちに男の子がいたらねえ」
 カミさんが言った。
 結婚して23年、子供が欲しいという会話をはじめてしたよ。いままで、子供のいる人をこれほどまでにうらやましいと思ったことなかったんだけどね。

 だれか、ニッポンをたのむ。

 SAMURAI BLUE PARK を手伝っているとき、巧い子が何人かいた。
 ずっとずっとボールを蹴ってる。まだやめないのってくらい蹴ってる。そんな子がた。
 たのむぞ、ほんとだぞ、いま改めてそう叫びたいよ。

2006年06月22日

高原直泰君へ そして日本へ

 2002年6月21日、僕は君を見た。
 君は、静岡スタジアムエコパの観客席で、イングランド対ブラジルの準々決勝を見ていた。ほんとうはピッチに立っていたかっただろうに。
 あれから4年が経ち、あのとき客席から見たブラジルと、まもなく君は戦う。
 あのときに見ただろう。あのロナウドやカフーと同じグランドに立つのだ。
 奮い立て、高原直泰。八年分の思いをこめろ。
 奮い立て、日本。

2006年06月21日

推理作家協会ソフトボール同好会



 推理作家協会のソフトボール同好会。
 ちなみに、ヒマラヤ球場にはアルプススタンドはありません。
 正式名称は「明治神宮外苑軟式野球場ヒマラヤグランド」というらしい。

 午後2時から4時間、ずっとソフトボール!
 出版社の編集者のチーム・エディターズ対ミステリーズの戦いは、3試合ともミステリーズの勝利。

 逢坂剛さんがとにかく元気いっぱい。腕も確かです。新保裕一さんも安定したプレー。
 新参者の阿川大樹は、名前を顔が一致しないまま、みなさんと楽しく遊ばせていただきました。
 終了後は、信濃町駅近くの居酒屋で懇親会。


2006年06月20日

アンリ・カルティエ=ブレッソン 瞬間の記憶

 フランス系女友達に誘われてアンリ・カルティエ=ブレッソンのドキュメンタリ映画を観る。
 場所は、渋谷スペイン坂の rise X 。38席しかないミニシアターだ。

 淡々とブレッソン自身が写真を見せながら語っていく。
 ブレッソンを知りたい人にとってこの加工されない感じの映像は悪くないと思う。とにかく作りすぎていない。作り手というのは往々にして作りすぎるものなので、この視点は評価できる。

 一方で、ブレッソンや、周囲の人が語っている内容そのものは、本当にブレッソンの写真の本質に迫っているかどうか、個人的には首を傾げた。というのも、僕も(手すさびだけど)写真を撮るし、いろいろな創作にたずさわってきたけれど、そうした創作者の視点からは、この映画で語られている内容が当たり前すぎて、驚きがなかったからだ。
 もっとブレッソンを怒らせたり困らせたりして、そこからもっと奥深くのものを引っ張り出す、というやり方があってもよかったと思う。でないと、どこか「巨匠ブレッソンにお伺いを立て」ている映画のようでもある。カメラも監督もブレッソンという被写体と戦わなかった映画だ。

 ただ、冒頭に述べたように、あまりいじらずにカルティエ=ブレッソンが語るに任せる、という手法は、実は受け手としては意味があることなので、被写体と戦わなかったことが、必ずしも悪いことだとはいえない。プレーンな情報源であることもドキュメンタリー映画の役割なのだから。

 フランス語の映画は久しぶりに観たなあ。イタリア語も英語も混じっていたけれど。
 大学で5年間フランス語を勉強した(はずな)ので、少しはわかるけど少ししかわからない。ちょこっとラジオ講座を聴いただけのイタリア語とあまり変わらないのが情けない。(笑)

2006年06月19日

また SAMURAI BLUE PARK

 午後3時、SAMURAI BLUE PARK のフットサルコートでボランティア。
 夕立の予報だったが、さいわい雨は降らず、でも久々の高温と日照。陽に焼けました。
 前日には杖をついていたのが、なんとか自転車で赤レンガ倉庫まで行くことができたのも収穫。
 少しでも走ると傷むけれど、朝より、夕方の方がよくなっている。

 またしても、楽しそうに遊ぶ大人や子供の世話をしていると、こっちまで幸福な気分になってくる。とても楽しかった。ドイツにいる日本代表あてのメッセージを書いて、SAMURAI BLUE のフラッグももらったし。「勝ちパンダ」8種類一気に全部揃ったし。(いえ、それほどこういうグッズに興味はないのだけど、目の前で必死で集めている人がいるとつい瞬間的に付和雷同)

 終了後、同じシフトだったボランティアの女性ふたりと両手に花で、KIRIN SUPPORTERS' STATION で一時間ほど、2002年のことや、あれやこれやと、歓談。

 帰宅後は、原稿書き。

ブラジルに勝てばいいってこと

 ブラジル対オーストラリアを見終わったところ。
 結果は2-0でブラジル。
 やはりオーストラリアはレベルの高い試合をしていた。日本人のかなり多くが「格下」だと思っていたのは単純な驕りだ。
 どちらが上とか下とか、そんなことはもはや意味がない。目の前の試合に勝つか負けるかだ。
 その試合の前に、ランキングだのなんだのをすぐに持ち出して、それを基準に「格下」「格上」を決めて星勘定をする。

 正直なところ、僕にもそういうところはあった。
 日本のFIFAランキングが実力を反映しない「良すぎる」評価だと思いつつ、F組残り3チームについて、相対的な比較をして、オーストラリアがいちばん弱いだろうと、僕自身も思いたくて「期待」した。我ながら貧しい発想だ。
 しかし、日本の緒戦をみても、今日のブラジル戦を見ても、やはりオーストラリアが日本にとって勝ちやすい相手であると考える根拠は薄弱だったこともよくわかった。

 勝負は、その日、その時間、勝つか負けるかだ。

 過去の統計や、ランキングは、確率を推し量るさまざまな手段のひとつに過ぎない。
 しかし、勝負には65%の勝ち、とか、24%勝ち、などという結果は存在しない。勝ちと負けのどちらかしかないのだ。
 それぞれ50%の確率でも、コインを投げれば、表か裏か、必ずどちらかになる。

 ああ、なんて愚かなんだろう。
 こんな簡単なことを結論するのに、あれこれ悩んだり、好き勝手にいうテレビを見てみて、なにかの気休めを求めたり。

 2-0 で勝ったブラジルはやはり強かったし、サッカーが巧かったけれど、オーストラリアにも勝つチャンスは十分にあった。

 ブラジルは、日本より、格段に巧いし、強い。
 これはランキングの問題ではなく、赤ん坊を見て未成年者だと「見破る」のと同じほど明らかな観察結果だ。
 でも、勝てばいいんだ。それだけのことだ。

 うん、ワールドカップはほんとにすごい。
 今日、この日、生きていてよかった。

2006年06月18日

また雨降りの日曜日

 前日痛めた足を引きずり、杖をついてヨットへ。
 弱い雨が降っていたが、合羽を着て海へ出る。
 う~ん、雨はいいが風がない。
 2時間弱、エンジンで走っただけで帰港。
 あとはクラブハウスでお好み焼き。こんなのばっかりだが、梅雨だからしかたがない。

 夜10時からは、もちろん「日本vsクロアチア」の試合。
 う~ん、厳しいな。いろいろと。
 あとは、今日も、朝まで(サッカーも見るけど)原稿書き。

2006年06月17日

フットサル

 日産スタジアムそばでフットサル。

 キーパーと1対1で、左足シュートを決めた。
 右足のループシュートは枠外。右足インサイドでのミドルシュートも枠外。
 でも1点でも決まるとなんだか爽快。

 ルーズボールを競るとき右足を軽く捻挫。テーピングしておいたので、多分、たいしたことにはならないと思うけど、帰宅後、すぐに両膝と右足首をキネシオテーピング。右足をかばったせいか、左膝が少し痛いので。

 そういや、最近、背番号12の青いユニフォームのロゴなどがはやっている。
「サポーターは12番目の選手」ということで、日本代表を応戦するぞ!ってことらしい。
 12番目の選手というのと背番号12はあんまり関係ないけど……、まあいっか。

 ちなみに、ワールドカップ日本代表の背番号12は、控えゴールキーパーの土肥洋一(FC東京)です。土肥選手、自分のファンが多いみたいで喜んでいたりして。(笑)

 さあて、また原稿書きのつづきをやるか。

2006年06月16日

床屋

雨があがって青空がのぞいたので、床屋でも行っておこうかと。
3500円って結構な値段だけど、かといって15分1000円を試す勇気はない。

妻から電話で外食するとのことなので、主夫としては手抜きの夕食。

夜半にかけて、今日も短い原稿4本。
あと2本くらい書けそうだったけど、心がだいぶ疲れたので、ムリをしないでおく。
(16本中8本まで)

2006年06月15日

ポテトチップならこれ

 いろいろ不足がちになってきた食材とか、雑貨などの買い出し。
 カルビーの「堅あげポテト」の箱買いとか。
 雨降りなので、ジョギングもできず。

 翌朝まで短い原稿4本を上げる。

2006年06月14日

低調なりの暮らし方

 日本がひどい負け方をしてしまって、ちょっと脱力。
 仕事がはかどらないので、請求書を発行したり、メールを出したりと事務的なことを少し片づける。
 そういうときに誘われると弱い。(笑)
 というわけで、夕方、横浜で軽く飲む。楽しかったけど、自制して、10時過ぎにはお開きにして帰宅。
 帰宅後は、エッセイを仕上げて、メールで送信。
 本調子ではないが、今週中に、一稼ぎがんばっておこうと決心。
 世界的に有名な人(おそらくJ.F.ケネディよりもジョンレノンよりも有名)のゴーストライターのお仕事なのだ。短いものを16本。ゴーストなのでここに名前が書けないのが、う~ん、残念。

下手だから負けた

 正直に言えば、日本対オーストラリアの敗戦のショックがまだ残っている。
 気持ちを切り替えて仕事をするために、1回だけ書こうと思う。

 日本は下手だから負けたんだ。

 ネットを見ていると、ジーコの采配がどうの、とか、いろいろ書いている人もいる。
 けど、ワールドカップ開幕からいままで全部の試合を見てわかったけど、どのチームも日本の選手よりもサッカーがうまかった。
 今回のワールドカップの試合を見る限り、トラップ、パスの精度、スピード、どれをとっても、韓国-トーゴまでの12試合24チームの中で日本は一番下だ。FIFAランキングでオーストラリアよりも日本が上であることは、オーストラリアよりも実力があることにはならない。ふだんから世界のサッカーを見ている人なら知っていることだ。マスコミが日本戦しか見ない多くの国民をミスリードしていただけで、日本の実力はF組で一番下なのだ。
 日本戦以外の試合を見て、改めてそれが確認できた。
 (もちろんそれでもサッカーであるかぎり勝機はある)

 監督の采配はそうした、実力、基本技術の先にあるものだ。
 基本技術の時点で一番下手なチームは、順当なら勝てない。本質はジーコの采配以前の問題なのだ。
 たしかに下手なチームの勝率を上げる采配はあるだろう。でもそれは確率を上げるチャレンジに過ぎない。
 代表選手はみんなプロなんだから、トラップやパスの精度を上げるのは監督の仕事じゃない。

 自分の国の代表を下手だと認めるのは楽しくないけど、黒を白と真実を曲げて考えるのはやめよう。

 そう思った。

2006年06月12日

深呼吸

 午後一番で渋谷まで。編集者と打合せ。プロット修正点など。

 次の予定まで少し時間があったので途中下車して、幼少の頃住んでいた土地に比較的近い某ケンタッキーライドチキンでエッセイの原稿書き。
 この店の客層がたまたま特殊ですごく面白かったんだけど、それは次のエッセイのネタにとっておく。(笑)
 心安らかに少し住宅街を散歩。時に、自分の住んでいるところと違う町というのは、不思議に落ち着くことがある。(まあ、その逆のこともたくさんあるけど)
 深呼吸。空き時間が豊かだとすごく得した気分。

 時間ぎりぎりまでゆっくりして、横浜までもどり、最後の用事を住ませて帰宅。
 夜は、いよいよ「日本対オーストラリア」の試合。(結果は悪夢) 

2006年06月11日

雨のヨットハーバー

 梅雨時なので仕方がないのですが、雨。
 ヨットハーバーに行きましたが、結局、夕方まで宴会。
 それもヨットです。

一流の仕事

ワールドカップが始まって日記を書く時間がありません。 (笑)

 テレビ中継を見て、気づいたこと。
 テレビ中継のカメラやスイッチャーが素晴らしい。

 FIFAがサッカーに特化した放送人の専門のチームを作って、複数のチャンネルで全世界に配信しています。
 各局は、それを自分で切り替えて番組にしてもいいし、専門のスイッチャーが番組に仕上げた国際映像をそのまま放送してもいいのですが、日本で放映されているのは、おそらく後者。

 すごく見やすいし、ストレスないし。さすがです。このカメラの使い方を日本の局も勉強して欲しい。

 まずできるだけアップにしない。
 アップにしても動きが出たらすぐにロングにもどり、同じ画面での連続性を失わせない。

 これによって、つねにボールの位置と陣形を把握できます。
 それがサッカーの報道として基本。

 日本の放送は、すぐにアップにしたり、ことなる角度のカメラを勝手に切り替えるので、ボールの位置やディフェンスラインの位置、オープンスペースの位置が把握しにくい。

 自分がボールを持っているプレーヤーになったら、どこへボールを出すか、監督だったら自分のチームにどういう指示を出すか、相手チームの弱点が何処にあるか。
 FIFAの国際映像は、そういうことを考えることができる放送だから、サッカーというスポーツがすごく面白い。

 一流の仕事とはこういうものなのだなあ、と。

2006年06月10日

雨だ! 急遽帰宅

 中華街のBLENZ COFFEE で原稿書き。
 運動がてら、自転車で中華街まで足を伸ばした。
 土曜日なので、人出は多いけど、このカフェはいつも落ち着いている。
 となりのオバサマ4人組の話し声がうるさいのは iPod Shuffle で掻き消すので大丈夫。
 1時間半ほど仕事をしていたら、外に傘を差す人が見える。
 おっと、雨降りか。本降りになる前にすごすごと帰ってきました。

 駐車違反の取り締まりを民間委託したためだと思うけれど、左車線に駐車する車がほとんどいなくて、車道を自転車で安全に走れるようになった。駐車違反によってどれだけ安全と円滑な交通が妨げられいたかを実感。
 これで駐車場がないところには車で行かない、という習慣が拡がることは環境にも優しくていいのではないかな。車を停められなくなってつぶれるコンビニやラーメン屋もあるかもしれないけど、もともと、道路を自分の店の駐車場同然に私物化していたようなものなので、しかたないですね。車でお客さんに来て欲しいなら駐車場を用意すべきなのだから。

ワールドカップ ベスト16を大胆予想

 書くのが遅れて、後出しと思われるのもシャクだけど、一応、開幕前の予想です。

【まず組分けは】
A ドイツ コスタリカ ポーランド エクアドル
B イングランド パラグアイ トリニダードトバゴ スウェーデン
C アルゼンチン コートジボワール セルビア・モンテネグロ オランダ
D メキシコ イラン アンゴラ ポルトガル
E イタリア ガーナ アメリカ チェコ
F ブラジル クロアチア オーストラリア 日本
G フランス スイス 韓国 トーゴ
H スペイン ウクライナ チュニジア サウジアラビア

【決勝トーナメント進出僕の予想】
A ドイツ エクアドル
B イングランド スウェーデン
C セルビアモンテネグロ オランダ
D メキシコ イラン
E イタリア アメリカ
F ブラジル クロアチア (う~苦渋の選択)
G フランス 韓国
H スペイン ウクライナ

 あんまり勉強していないからほんとはよくわかっていないのですが。
 なんとなくアルゼンチンはまただめなんじゃないか、アメリカはどこがいいのかわからないのに意外に強い、日本も調子が良ければチャンスはあると思うのですが、実力通り順当なら一勝もできないのではないかと。韓国はビミョー。シャフチェンコのウクライナをどこまで買うか、なんてあたりが個人的な迷いどころです。
 2002年の日本代表よりも確実にグレードアップしていると思いますが、前回は開催国で有利なラウンドロビンだったので、今回は予選突破がかなりきついですね。
 がんばれニッポン!

梅雨入り

 午後から SAMURAI BLUE PARK でボランティアの予定だったが、雨天のためフットサルパーク閉鎖で中止。
 すっかり、気が抜けて、その後、たいしたこともせずにだらだらしてしまった。

 夕方からは、頭がワールドカップ。
 自分が出るわけでもない(当たり前だ)のに、緊張してしまう。(笑)

 夜半を過ぎて、「ドイツ対コスタリカ」。本当にまたワールドカップの季節がやってきたんだ。

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2006年06月09日

Schindler's lift

載ると助かるのが「シンドラーのリスト」
乗って死んでしまったのが「シンドラーのリフト」

 エレベータに乗ると、見知らぬ同士が、「シンドラーじゃなくてよかったですねえ」などと会話をする。
 早く原因がはっきりするといいのですが、シンドラー社のエレベータが設置されている建物を利用している人は、ほんとに心配だろうと思います。

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2006年06月08日

上野から恵比寿

 午後一番に、出版社で次作品についての打合せ。
 その後、上野へ回って「プラド美術館展」を見る。
 以前、マドリッドにいた日がちょうど休館日で見られなかったので、ちょっとしたリベンジ。

 七十数点の絵画のうち、光源の位置がわかるものは、すべて左斜め上から光りが当たり、右下に影が映る構図になっていることを発見。
 時代も違い、画家も違うのに、絵画の中の光源の位置がこれほど揃っているのは不思議だ。人間の無意識のなかにこの位置からの光に安定感を感じる何かがあるのだろう。
 御徒町まで歩いてそこから山手線で恵比寿へ。
 楽しく飲んで終電で帰宅。

2006年06月07日

村上世彰記者会見79分

 動画配信サイト GYAO で、村上世彰さんの記者会見がノーカットで見られます。
  http://www.gyao.jp/news/

 これを見て、僕は「村上世彰が口先だけきれいごとをいう守銭奴である」という結論には辿り着かないのですけれど。

 と同時に、いかにテレビや新聞がこの79分の中から、自分のシナリオに沿ったシーンを選び取り組み合わせているか、ということも改めて強く感じます。

村上世彰という人と世間の人

 僕は村上世彰という人をとてもピュアな人だと受け止めています。
 完全に言行一致していると思うから信用できる人というカテゴリー。

 彼は随分前に十分お金を手に入れているし、お金を増やすのは自分のためではなくて、出資者のためでもあり、それから自分の影響力を強めることで(つまりたくさん株を買っていろいろな会社に自分の意見を言えるようになることで)たしかに彼の理想の実現を目指していたと思うのです。
 そんな方法をとる人がいままでいなかったから、理解されないだけなんだと思います。

 金に汚いヤツはよろしくない人間だ、金に汚いヤツが口にする理想は嘘っぱちだ、という人々が持ついわれのない先入観を打破できなかった。いや、打破しなくても資本のパワーで自分の思う世直しができるから、人にどう思われるかという、普通の人がすごく気にかけることを、捨ててしまったように思います。それも普通と違うので輪をかけて「恥知らずな金の亡者」という印象が強まったのかもしれません。

 彼の発言を詳細に見ていくと、「株主資本主義を健全に発展させることが日本のためなのだ」という考えかたで首尾一貫しています。まったくブレがない。つまり、彼は世直しの武器として資本の論理を使い、持ち株シェアという武器をなるべくたくさん手にして、その力で自分の考える「良い社会」を実現しようとした。
 武器を強力にするためには、資金を増やす必要があり、その資金を集めるには運用成績がよくなければならない。
 彼にとって、増えた金自体が目的ではなく、金を増やすのはあくまでも「世直し」という目的のための手段である、ということで、彼の言葉は一貫しています。

 普通に理解されている世直しというのは、政治とか、市民運動とか、言論とかいうアプローチをとるけれど、彼は、資本の論理というパワーでやろうとした。
 それはすごく独創的で、日本の歴史上、彼しかやったことがなかった。
 その結果、日本の社会はずいぶん変化してよくなった。海外から金融市場に資金が入ってきて、株価が上がり、景気も回復した。
 政治とか、市民運動とか、言論とかでは、こんな短い期間に為し得なかった社会変革をしたと思います。

 かなり多くの人が彼を金の亡者で卑しい人のように思っているように見える。
 けれど、自分が社会を変革できると思わない人には、多分、彼の世直し論は建前だけで本音は違うと感じられるのだろうし、彼のアプローチは理解できないのでしょう。
 自分に金さえ手に入ればあとはどうでもいいと思っていれば、彼のこともそういう人に見えるだろうと思う。

 人に嫌われるのを承知で、自分の力で世の中をよくするために動こう。
 そういう発想は並大抵のものではないですから、多くの人に理解不能なのはしかたがないことなのかもしれない。

 もちろん、「よい世の中」は人によって違うから、村上世彰と意見が違う人がいるのは自然なのだけれど、彼が日本社会を変えていくという発言をしているときに、その日本社会についての意見の対立でなく、「日本社会を変えていく」という彼の理想を「嘘っぱちで本音は金儲けがしたいだけだ」と断ずる人が多くいるのを見て、つまり、彼をバッシングする人こそが、ようするに理想の低いいやしい人なんじゃないだろうか、とふと思うわけです。

 もちろん、ライブドアがニッポン放送を買い進めると知ってしまった瞬間に買うのをやめなくてはならなかったのを、そうしなかったのは、あきらかにまずかったので、言い逃れのしようがないことです。
 まあ、多分、六本木ヒルズの中では秘密と日常会話の区別があまりなかったんだと思います。文化というか空気として。
 それが寝耳に水なら警戒したかもしれないけれど、もともと自分が提言していたことだから、頭にすとんと自然に受け入れてしまって、その瞬間に意図せずしてインサイダーになってしまったのだと自覚するタイミングを失ってしまったんでしょうか。
 いえ、そのあたりは想像でしかありません。

2006年06月06日

SAMURAI BLUE PARK

 本日は、いよいよ SAMURAI BLUE PARK にて、ボランティア。
 フットサルコートの管理の仕事です。

 平日ということもあり、フットサル場の来場者は730人ほど。
 人数的にはちょうどよく、6個のボールでみなさん代わる代わる楽しく球ケリをしていました。
 暇な時間に、ゴール脇からシュート練習のためのパスだししてあげたり。

 無心にボールを蹴るしあわせな人の顔を半日間ずっと見ていたら、こちらも心を癒されました。
 ボランティアっていうのは、そういう不思議な魅力があるんです。

2006年06月05日

スピーチ

 ひょうんなことから知り合いになった方の会社にて、新入社員向けの研修として2時間のスピーチ。
 テーマはシリコンバレーの話。

 新入社員は数人のはずだが、髪の毛の薄い新入社員(笑)など全部で20人ほどだったでしょうか。
 睡眠不足でベストコンディションではなかったけれど、まずまずの出来で、あと報酬を戴いて帰ってきました。

 人前で話をするのはわりと好きだし得意だし、若い人に伝えたいことはたくさんあるし(オヤジくせえ!)、いまのところ、小説だけでは生活できないので、こういうお仕事はけっこうありがたかったりします。

 夜半は、またしてもプロットの詰め。編集者となかなかすりあわせができません。

2006年06月04日

人工股関節

art-joint.jpg

 有楽町朝日ホール。
「股関節治療の最前線」というタイトルの講演会に行ってきました。
 写真はその人工股関節。模型でなく現物です。
 精度のよい工作物は美しいです。
 日本では年間10万件の人工股関節手術が行われているそうです。

2006年06月03日

40年ぶりのグローブとボール

glove.jpg

 夕方になって急にユニクロへ買い物に行こう、という話しになる。
 みなとみらいクィーンズスクエアにある店で、ポロシャツ、ソックス、かりゆし風ウエア、などを買い、ジャックモールへ。
 妻の買い物につきあっていたつもりが、スポーツオーソリティにひとりで入ったのが運のつき。
 ついグローブとボールを買ってしまう。
 生まれてから多分4つめのグローブだと思う。3つめが、多分、十歳ぐらいのときだから、40年ぶり。
 6月21日に推理作家協会のソフトボール同好会があるのだ。まだ参加するのに迷いはあり、先日、新井政彦さんに会ったときにじゃあ行きましょうかということになったのだが。
 いや、こちらは新入会員で、顔見知りがいないので心細いのだ。
 ちなみに、幹事は、逢坂剛、河野治彦、新保裕一、の三氏。
 昼間、ソフトボールをやって、その後に懇親会があるらしい。

 そもそも、続けてやるかどうかもわからないし、グローブなんてとりあえず誰かのを借りてもよさそうなものなので、無駄遣いのような気が今でもしているのだけれど、これもなにかの勢いというやつだ。
 七十歳を過ぎて死ぬ直前まで軟式野球をやっていたオヤジが降りてきて買わせたような気がしないでもない。

 グローブっていうのは、買ったままでは使いにくくて、自分の手に合わせて形を育て、柔らかくしなければならない。キャッチボールの相手がいないけど、ボールが必要なのはそういうわけだ。

 そういやコザのギタリスト・照喜名薫は野球好きで、自分のバーに客が来ないと、左手にはめたグローブに向かって、ひと晩中、パン、パン、と右手でボールを投げ込む動作をしていたりする。
 

2006年06月02日

特別講義とパーティ

 結局、講義の準備で、本日も80分睡眠で家を出る。
 相鉄線で少し眠ろうと思ったら、あちゃあ、子供の団体が乗ってきてムリ。
 海老名で乗り換えて小田急線で本厚木。マツモトキヨシで目薬を買って、サンマルクカフェで目薬をさしながらやっと朝食。極度のドライアイ。そらそうだろ、ろくに寝ていないんだから。
 タクシーで東京工芸大学まで。
 11時から特別講義「ミステリー小説への工学的アプローチ」。
 終了後、学生のゼミにも少し顔を出したり、マルチチャンネル・オーディオの実験室で体験させてもらったり。
 午後3時頃、大学を出て渋谷へ向かう。時間に余裕があるので、小田急線は各駅停車にして、ひたすら睡眠時間確保。乗換の下北沢についた頃には少し元気になってきた。

 最終目的地は Bunkamura なので、渋谷でなく神泉で下車。
 東電OL殺人事件現場を通り過ぎて、東急本店通りへ。
 まず BOOK 1st.で『覇権の標的』の棚位置を確認して、雑誌のコーナーにて、巷で話題の anan のバックナンバー「特集:恋に効くSEX」を購入。
 時間までスターバックスで、プロットの見直しをやるが、睡眠不足でてんで能率が上がらない。

 午後7時から、Bunkamura オーチャードホールビュッフェで、作家・ひかわ玲子さんの「アーサー王宮廷物語」全3巻完結出版記念パーティ。
 構想15年のライフワーク。とはいえ、ひかわさんには、まだまだ次の「ライフワーク」にも期待しなくては。挨拶をするひかわ玲子さん、今日はとりわけキラキラしてました。
 帰りに頂戴した「全三巻」。1680円のご本を3冊戴いて料理も美味しくて会費1万円じゃあ、とってもお得。(そういえばパーティでちゃんと食べたのは久しぶり、それだけ消耗していたということか)
 もう体力の限界で、二次会は失礼して、東横線各駅停車でまたまた爆睡しながら、横浜まで帰って、歯磨きだけしてベッドにバタン。

2006年06月01日

いい感じ (日本対ドイツ親善試合)

 僕のシュート練習の成果が高原に伝わったのか、今朝のドイツ戦は、素晴らしい試合になりました。
 レベルの高いワールドカップ水準の試合だったと思います。
 日本のディフェンスに身長がないので、ドイツは高いボールで攻めてきたのですが、逆に日本は自分を知っていて、高さに対抗する守備ができているわけで、、ドイツは攻めあぐねていました。
 実は、足下で個人技勝負をしてくるのが一番いやなのに、ドイツにはそういう攻撃があまりありませんでした。
 とはいえ、2-0で負けていてもきっちり同点にしてくるところがさすが世界のサッカーだと思いました。

 ジーコは、守備固めをしないで大黒を試してきましたが、ドイツに勝つことはこの試合の目的ではないので、妥当なやりかただと思います。
 買って喜ぶよりも大黒に経験させたり、得点のパターンを産み出すトライの方が重要ですから。
 2つ、中田から大黒に「絶対1点」というボールが入りました。
 一つ目は、ノートラップで左足で蹴っていれば得点でしたが、右足で蹴るようにボールを運んだためにシュートチャンスを潰されました。
 二つめは、小柄なためにディフェンダーのマークで体の重心をずらされてしまい、ゴールに押し込むことができませんでした。
 本番で改善できるかどうかはわかりませんが、どうすればいいかは大黒はわかったはず。
 どちらも中田のパスは完璧でした。調子がいいようです。

 柳沢もいいプレイをしていました。
 ただひとつ、左サイドからグラウンダーで入ってきたボールをゴール正面でスライディングしてでも押し込めば入ったと思われるボールを自分で右まで流してシュートチャンスを潰したプレーがあり、柳沢の悪い癖が出ていました。
 他の人のために役立つ動きをすることと、自分にシュートチャンスがあるときに撃って点を取ることは対立しないはずなので、なんとか修正してくれるといいなと願っています。

 しかし、ドイツ相手に2点先行するなんてことが、僕の生きているうちに起きるとは予想もしていなかったので、夢のような瞬間を経験しました。

 どこと対戦するにせよ本番で後半2点リードするようなチャンスが来たら、ジーコはおそらくきちんと守り勝ちをすることを選択するでしょう。はたして、そういうシチュエーションになってくれるかどうか。

不思議な夜

 昨日は、2時間半睡眠で葬儀にでかけたあと、小さな用事をすませてから、午後、一旦家にもどり、身繕いをして横浜中華街へ。
 約束の時間まで BLENZ COFFEE で原稿書き。
 その後、中華街で友人と飲み始めたのだが、寝不足のせいかひどく酔っぱらい、次に気が付いたら渋谷で飲んでいた。どうやら酔ったまま引っ張ってこられたようだ。
 気づいた頃には終電もないので、深夜営業の店で酒を冷ましながら居眠りをしたり、明け方近くになって原稿を書いたり。
 始発で午前6時すぎに帰宅。
 12時までに送らなくてはいけない明日の大学での講義の資料をつくってメールで送信。
 それからやっと眠って、午後4時過ぎに起きた。

 二日つづけての睡眠不足はまちがいなく、目も疲れて痛い。
 けれど、すかっと遊んだせいか、澱が流れ出たように清々しい晴れやかな心。

 編集者とメールのやりとりなどして、今晩はこれからみなとみらいの短い花火がベランダから観られるはず。