執筆、あいまに読書、ときどきギター
どこへも外出せず、ほとんどの時間、携帯電話の電源も切って執筆。
飽きると、雑誌をめくったり、ギターを弾いたり。
しばらくしまってあったタカミネのエレガットを出した。
代わりに出ていたフェンダーのジャズベースをしまう。
もう一台のタカミネのエレアコも出ている。
執筆時間はここしばらくで最高に長かった。
頭の中はイメージに満ちているけど、執筆速度や集中できる時間はまだ十分ペースに乗っていない。
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どこへも外出せず、ほとんどの時間、携帯電話の電源も切って執筆。
飽きると、雑誌をめくったり、ギターを弾いたり。
しばらくしまってあったタカミネのエレガットを出した。
代わりに出ていたフェンダーのジャズベースをしまう。
もう一台のタカミネのエレアコも出ている。
執筆時間はここしばらくで最高に長かった。
頭の中はイメージに満ちているけど、執筆速度や集中できる時間はまだ十分ペースに乗っていない。
4時間睡眠でヨットハーバーへ。
午前中は風があまりなかった。
昼食を摂るために八景島マリーナへ。
と、そこまでは静かなヨット日和だったが、シーパラダイスのレストランで食事を摂ろうとすると、半ば予想通り、どこも行列。
やれやれ。
そもそも、せっかくたまの日曜日にヨットに乗っているのに、レストランで食事をするというだけで興ざめ。レストランに並んで中途半端に美味しいものを食べるくらいなら、ヨットの上で弁当を食べる方が幸福なのだが、まあ、いろいろな事情で本日はそういうことになった。
立食蕎麦屋にかぎりなく近い蕎麦屋がいちばん空いていたので、カツ丼にする。
食事が終わり次第、混雑したエリアを早々に抜け出し、さっさと船にもどる。
ギターを弾いたり、だらだら話しをしたり。
午後2時頃、いよいよいい風が吹いてきたのでさっそく出航。
かっとんで帰る。
本日の最高速度 8.28kt 。
(エンジンで走った場合の我が艇の最高速度は 6.7kt 程度なので、風で走る方が速かったということ)
夜は小説。
僕は、足遅いし、視野狭いし、サッカーが下手なんだけど、ときどき自分でビックリするようなプレーをすることがある。
今日のフットサル。
左サイドでボールをもらい、ふだんなら左奥へ入っていくところ、ゆっくり、中央へ横方向にドリブル。
それを見た相手ディフェンスが3人、引きつけられて上がってくるのがわかった。
そのとき、僕の視野が中央から右サイドに向いていたので、右サイドいちばん外からダッシュで上がってくる味方のプレイヤーが見えた。
そこで、ややマイナス方向右へ加速をつけて、一歩踏みだすと、それを見て相手がよせてくる。その瞬間、ファーポストにオープンスペースができた。
そこへ向けて角度をつけインサイドキックでパス。
駆け込んだ味方にぴったり合って、ゴール!
自分でも信じられないほど視野が確保されていた。
自分でデフェンスを引き寄せてそれによってオープンスペースをつくってそこへパスを出すという理想的なプレーではないか!(と自画自賛)
オーバラップして上がってくる仲間を見た瞬間、ゴールネットが揺れるまでが完全にイメージできて、その通りに動くことができた。 剣の達人が、相手が斬りかかってくる前に太刀の先の通る筋が見えるというけれど、まさにそういう感じ。(え? 言い過ぎ?)
理由はわからないけど、その瞬間は会心の動き。
不思議。
ただ、結果として、こう動けばオープンスペースをつくることができる、と会得した感はあります。
(もういちどできるかどうかは、まったく別なんだけど)
フットサルを始めたのは2002年、ワールドカップのボランティアがきっかけだ。
その前、最後にサッカーをしたのは、中学の頃(クラブではなく、早朝と昼休みと放課後、クラスの連中と遊んでいた)だから、1969年。実に33年ぶりに、なんと生まれて初めてサッカーチームに入り、しかも生まれて初めて背中に自分の背番号のついたチームユニフォームを持つことができた。
そのチームでの球蹴りが、4年続いて、今日で100回目。
僕自身は、そのうち半分も出席していないと思うけれど、なにしろこの年齢になってサッカーをすることができるなんて思ってもいなかった。オッサンと遊んでくれる仲間たちにはほんとうに感謝している。
100回記念の飲み会もあったけれど、執筆の調子が出てきていて、テンションを抜くのがもったいないので、残念だけど参加せずにまっすぐ帰宅。
昨日行った北里大学病院の周囲には処方箋を受け付ける薬局が乱立している。
通りがかりで便利なので、別の病院の処方箋を出したら、成分表示の処方箋を理解できない薬剤師がいて驚き。
「このお薬はありません」
て、それは薬の名前ではなく、薬の成分だってば。「**ナトリウム」なんて商品名の薬があると思うだけで、薬剤師としての常識を疑う。コワイコワイ。もちろん、早々に立ち去る。
午前9時過ぎ、家を出て相模原の北里大学病院へ。
8月中旬に妻が足の手術をするので、そのための貯血。つまり、他人の血を輸血することにともなうさまざまなリスクを回避するために自分の血液をあらかじめ抜き取って保存しておくのだ。
午前中は内科のチェック(別の病院にかかっている持病に関連するデータなどを、外科手術を行う北里病院内の内科医に対して事前に情報提供しておく)。
昼食をはさんで、午後一番に血液の採取。400mlずつ2回、合計800mlの血液を手術に先だって抜いておく、その第一回目だ。
ふだん、妻は自分で運転してどこへでも行くのだけれど、血液を採取した場合、目眩など運転に支障をきたす場合があるので、運転しないようにと注意があり、それで帰路の運転手としていっしょにいったわけだ。
妻は北里病院にはすでに3回入院して手術しているので、見舞いに行っているこちらも、久しぶりに行くとなんとなく懐かしい。
もともと病院というのはほとんどが待ち時間の上、付き添いのこちらはすべてが待ち時間。資料本を1冊読み終わり、パソコンで原稿を書き、さらには病院(=大学)構内の有隣堂で医学書の立ち読み。
有隣堂のこの店舗はほとんどが医学の教科書や専門書なので、ジュンク堂にいるような楽しさがある。精神医学や整形外科学関連で買いたい本が何冊かあったが、どれも6000円以上して高価なので、とりあえず立ち読み。
大学で理科系の勉強をした最大のメリットは、どんな専門分野の本であっても、読めば書いてあることが理解できるということ。(ただし、一部の数学や理論物理学の論文などは例外)
小説家を目指す人は理科系の大学へ進むべきだと思う。将来小説を書きたい人が文学部なんて行くのは百害あって一利なし。自由なタイミングで大学の外で独学ができる分野で、かつ、直接職業にも結びつかない学問は、必ずしも「大学で」学ぶ必要はない。
小説を書くために重要なものは、文章の書き方でも、文学史の知識でもなく、社会や人間を見る眼差し。だから小説を書きたい人が文学部に行くのは実は遠回りだ。
病院での待ち時間がいくつかの理由で長くなったせいで、帰り道の道路が混み始め、帰宅時刻が予定よりも1時間半ほど遅くなる。
午後6時の別件の待ち合わせに15分ほど遅刻。野毛の「萬里」で食事をしながら打合せ。桜木町からJRで帰宅。
午前九時に家を出て綱島へ向かう。久しぶりに晴れたなあ。暑い。
プロの写真家でもあり、内科医でもある高校のクラスメート、井上冬彦の診療所へ。
超音波で胆嚢ポリープのようすを見てもらうのが目的。六年ほど検査もしていなかったが、安定しているようだ。「起床時に背中が痛いのは100%胆嚢のせいではない」と断言されてしまった。
血液検査の結果は明日聞く、ということで帰宅。
夕方まで自宅で小説書き。
夕方六時、駅前の崎陽軒本店のティールームで打合せ。
ここ三年、毎年、引き受けてきた仕事なのだけれど、あまりに原稿料が安いので、次回については最低限の条件を提示した。
別に偉そうにするつもりはないのだけれど、小説以外はすべて「お金のためにする仕事」。(いえ、小説もお金にするために書いているわけですから)小説を書く時間やテンションを犠牲にするには相応の対価をもらわないと。人生の残り時間が少ないので。
あげくに「ストーリーを考える練習になるんじゃないですか」だって。
冗談じゃありません。日常生活からして100%小説のために生活しているのだから、本当は自分の小説以外のことに「ストーリーを考える」という大切なテンションは使いたくないけど、お金のために心を切り売りしているのですよ。
できるものなら真剣勝負の試合をたくさんこなしたいという時期に、僕にはいまさら練習に費やせるほど心の体力に余裕はありません。本番(小説)のために心の体力を温存したいのに、お金のために他の仕事も引き受けているのだから、その肝心のお金を十分いただけないとなったら、やっぱり引き受けるわけにはいきません。
依頼主は出版の人ではなくメーカー系の人。なので、物書きが商品となる文章を書くためにどれだけのものを注ぎ込んでいるのか、理解できないのも無理からぬこととは思うけれど、原稿料という形で金銭的に正当に評価する気がないのであれば、ビジネスの交渉のテーブルにはつけない。
ということで、文筆業を開業して以来、初めて原稿の依頼を断りました、というお話し。
(もちろん、適正な対価を払ってもらえるようなら喜んで書かせて戴くのですが)
淡々と原稿書き。
まだまだだけど、少しペースが出てきたかなあ。でももっと加速つかないと。
家に引きこもっていたら、出先にいた妻が電話をかけてきて「ステーキが食べたい」というので、スーパーに買い出しに。
妻は八月に手術をするためにまもなく「貯血」を始めるので、血の気の多い夕食が欲しいというわけ。
一日に一度は家を出ないとなんだかシャキッとしない性分なので、ちょうど良かった。
肉の焼き加減も我ながらなかなか。
昼間、執筆の調子が出てきたので、本当は外出したくなかったけど、駆けだし作家としては営業も大事なのでムリをして外出。
飯田橋ホテル・メトロポリタン・エドモントにて日本推理作家協会総会、それから懇親会なのだ。
午後4時30分。
初めてなので総会にも出てみたけれど、ずいぶん狭い部屋に四角く机を並べてあり、ほとんどが理事の人たちなので居心地が悪い、(意外とシャイなんです。ほんとに)
議長の東野圭吾さんが遅刻なので真保裕一さんが代行。説明が終わった頃に東野さんが登場。やっぱり黒っぽい服装。中央に大沢在昌さん。北方謙三さんはいつものように葉巻を吸う。逢坂剛さんは盛んに軽口を飛ばす。会計報告が宮部みゆきさん、楡周平さんは着物姿、他には北村薫さん、福井晴敏さん(たぶん)、柴田よしきさん、などなど、名前は有名でも必ずしも作家の顔まで有名とは限らないので、名前のわからない人も多数。
議事進行は、和やかな雰囲気ながらポイントを外さず、といって無駄もなく、やはり頭のいい人たちの集まりなのだなあと思った。予算、決算、60周年記念行事のことなど、いろいろ。
早々に終わったのであとはロビーでパソコンを出して執筆。
午後6時、懇親会開始。
藤田宜永さんは背が高いなあ。
知り合いは前回よりも少ないが、知っている編集者を見つけては話して回る。
実績ある編集者というのは、話しをしてみて全然ちがうんだなこれが。駄目な人は雑談しているだけだけ。どうせつきあうなら、しっかりとした人の方が楽しいし、たぶん、仕事もうまくいく。
やはり「おねえさん」は来ているのだけれど、場所が飯田橋のせいか、かなり水準が落ちるなあ。(笑)
あまり親しい人はいないが、こういうときこそソフトボール仲間がいて助かる。(フットサルで痛めた足首にテーピングしてまでソフトボールに行ってほんとうによかったよ) ボーリング大会や温泉卓球大会、フットサル大会、テニス大会などの話題。(ん? 推理作家協会は何の団体だったっけ?)
ビンゴの司会は真保裕一さん、くじを引くのは楡周平さん、商品をわたすのは大沢在昌さん。
ディズニーランドのペアチケット、ホテルエドモントのお食事券、ときたあとは、思わず当たらないでくれと願うほどの冗談賞品のオンパレード。
最後、角川書店提供のワインになったところで、僕がビンゴ!
3人いたのでじゃんけんになり、じゃんけんに弱い僕が勝ってしまった。ブルゴーニュの新進メーカーの赤ワインでした。ラッキー。
商品提供の角川の名物編集者にお礼がてら話しをしに行く。
複数の編集者と今後につながる話もいろいろできて、来た甲斐があった。
午後7時半、ほぼ見つけた知り合いとは話しし終わったところで、会場を後にする。
渋谷に向かうつもりで電車に乗る。午後9時15分開始の映画を観るだめだったが、いつもより知り合いが少ない分、酒を飲んでいたようで、映画の途中で眠ってしまいそうなので、予定を変更して、新宿へ。
ゴールデン街のなじみの店を2軒回って、終電で帰宅。
ヨットハーバーへ着いたら、雨は上がっていたがすごい湿気。
船を出そうとしたらハーバーの機械が壊れて出せなくなり、水上繋留の仲間の船で出ることになる。
昼食は、そちらの船のクルーのつくってくれた絶品のペンネを戴く。
帰宅後、あわててスーパーに買い出し。
妻が帰ってきたので、夕食を分担してつくる。
夜、かなりリキを入れて執筆。
ここしばらく、昼執筆、夜は息抜き、というリズムだったけれど、今日は日曜なので逆。
昼間は家に引きこもり、こつこつと執筆。
午後2時過ぎ、運動のため自転車で山下公園まで往復。
自分ひとりだけなので、夕方はやめの夕食は、ご飯に海苔の佃煮だけという超適当。
午後8時半まで仕事したところで、行きつけの飲み屋がリニューアルしたとのことで出かける。こちらがあまり行かないので常連の人に会うのも久しぶり。
毎晩、夜になると出かけている。妻が今日まで外泊なので、家事から解放されるのがいいのだ。朝昼も、自分ひとりなら超手抜きの食事でいいし。
昼間はこつこつと小説。
午後、いつもの高島町の Blenz Coffee で執筆。夕方近くになって中華街の Blenz Coffee まで移動してつづき。
午後7時過ぎ、20年来の古い飲み友達と合流して「金陵」で飲む。
焼き豚が美味しかった。他も美味しかったけど。
最近、朝起きたときに背中が痛い。胆嚢ポリープの検査を久しぶりにした方がいいかもしれない。
予定よりもかなり早く午後の用事が終了。すでに自宅からお散歩圏内なのだが、自宅へは寄らず馬車道駅からみなとみらい線に乗り、そのまま各駅停車で読書しながら代官山へ。
6時の約束までにはかなり余裕があるので、久々に明るい代官山の町を散歩。
ピーコックで物価調査したり、不動産やで物件を見たり、小説の取材のようなもの。ピーコックはいいものがあるけどやはり高い、HACドラッグはふつうに安い。(いつも使っている歯ブラシが安かったので購入)
歩いている人がモノマネでないそれぞれのセンスでオシャレをしているところがこの町のいいところ。公園では写真学校の学生っぽい女の子が、マニュアルのフィルムカメラで友だちを撮っている。
いわゆるインタナショナルブランドではないクリエイティブな洋服もたくさん売られているし、人々が美しくて気持ちがいい。
静かだし、エスプレッソバーも、いいワインを売っている店も、きれいな花屋もあって、お金があって汚いものを見ないで暮らすにはいい町だと思う。
僕が高校生の頃、マリオンクレープがなくて竹の子族が発生する前の、大衆化低年齢化以前の原宿がこんな感じだったな。
1時間ほど歩き回った午後5時、駅近くのオープンカフェに入り、コーヒーを飲みながら原稿書き。
ただし sign というこの店のコーヒーカップは、きれいなデザインだけど手に持ちにくいし口当たりも飲みにくい、猪口才(ちょこざい)でスカした「ダメデザイン」の典型。こういう虚仮威し(こけおどし)もまた、代官山という町の特徴だ。
形だけでなく、本当に上質なものだけの町ができるには、もっと歴史がいるし、日本という国の国民性も変わらないとなのだと思う。ファッション雑誌が「お洒落な町」と煽っているうちは、形だけの文化が駆逐されることはない。
でも、きれいであろうとする意志、というのはとても大事なので、こうして多少上滑りすることも許したい。少なくとも、他人によって確立された高価な「高級ブランド」や、みなと同じファッションをいっせいに追いかけているだけなのよりはずっといいと思う。この町には総じて、いろいろな意味で自分を際立たせたいという人たちの意志が感じられる。
店のウエイトレスはひとりは宮里藍に、もうひとりは知り合いの「鮭子」さん(もちろんニックネーム)に似ている。そういえば、先週立ち寄った新橋のスペイン風立ち飲み屋のカウンターには「らら美」さん(同上:京都在住の元作家)にそっくりな人が入っていたっけ。
客のうち何人かは、人に見られる職業(モデルとか女優とか)らしく、僕が視線を止めるとそれを鋭敏に感じとって向こうもこちらを見る。
他にも美貌を職業にしているらしき女性(たぶん近くのマンションに住んでいる愛人)が年齢のバランスの違う男性と向かい合ってケーキを食べている。ただし、新橋から銀座七丁目あたりの夕方のように、女性はホステスではなさそうだし、男性は上場会社管理職でもなさそう。
ところで白金に住む人をシロガネーゼなどというけど、代官山に住む人はなんていうのだろう。僕が命名するならダイカニアン? つい最近、白金から白金に引っ越した作家仲間・山田あかねさんに聞いてみたら知ってるかな。(笑)
ちなみにダルタニアンはアレクサンドル・デュマの「三銃士」の主人公。「101匹わんちゃん」はダルメシアン。ファルナンド・マルコス大統領とイメルダ夫人がいたのはマカラニアン宮殿。(関係ないけど)
徒歩で恵比寿へ出て、飲んで帰る。
小型船舶操縦士の5年ごとの更新のために、本牧の船舶職員養成機関へ。
裸眼で視力ぎりぎりだけど、あてずっぽうがよく当たって(笑)身体検査も無事通過。乱視が進んでいるので、Cの字が十分小さいとふたつ並んで見えるので、なんとか読めるのだ。
船員生協の食堂で冷やし天ぷらそば(450円)を食べてから講習を受ける。30分の講義と30分のビデオ教材。合計一時間で講習は終了。(身体検査と講習で3980円)
平成15年の法改正で、いろいろ簡略化されている。行政改革。
ふつうに手続きすると海事代理士(国土交通省の船舶関係専門の行政書士のようなもの)に依頼して新しい免許が代理申請されて自宅に郵送されてくるのだけれど、実は更新講習修了証をもって自分で国土交通省運輸局ヘ行くと手数料がかからない上に即日交付。
というわけで、市営バスで横浜駅までもどる途中の横浜第二合同庁舎へ。
庁内の郵便局で1350円の収入印紙を買って申請書に貼り付け、OCRの申請用紙に鉛筆書きで住所氏名を書いて写真と本籍地入りの住民票をつけて出すと、わずか10分ほどで、新しい免許証交付。
午前9時過ぎ、妻が出かけるので、駐車場まで荷物を運んで送り出す。
知り合いの方の別荘へしばらく泊まり込みらしい。
午後、雨の上がった時間を狙って、みなとみらい方面へ散歩。銀行ATMをまわったり、100円ショップへ寄ったり。
横浜駅西口へ出てヨドバシカメラで、写真をプリントする用紙、512MBのメモリなどを購入。
にわか独身なので、焼鳥屋に立ち寄ってビール1本ヤキトリ4本で1100円也。
帰宅後、さっそくメモリをPCに挿す。無事1GBになった。少し起動が早くなったかな、という程度。
CPUクーラーを交換して静かになり、当面の不満がなくなったので、当分このマシンを使う覚悟を決めたのだ。Celeron 2.6GHz で執筆には十分。Gyao が少しギクシャクするのは、どうやらオンボードVGAでは少し力不足の模様。(CPUでもメモリでもないようだ)
雨降りだが久しぶりに涼しくて、昼間はクーラーがいらなかった。
プロットから本文書き起こしの準備(こちらはわりと機械的作業)をしながら、ディスカバリーチャンネルで録画したチェルノブイリのドキュメンタリーを見ようとしたら、字幕だったので、ながら作業ができなかった。(笑)
このフィルムは大正解で、確実に小説1本分のインスピレーションを得た。
それとは別にデュマの「モンテクリスト伯」について、物語性の絞殺、いや、考察。
(最近学習させたつもりはないのに、どうして絞殺が先に出てくるのだ。これもミステリーのネタになるかも)
夕方からは湿気がヒドイので冷房をかける。
本日は、アイデアに富んだ日だった。
小説を書くのは体力勝負の面と心のコンディション作りの両面があるので、そのあたりのマネージメントをかけだし作家としてはうまくやって、来るべき売れっ子(笑)の時にガンガン書ける人になる方法を身につけておかなくてはなりません。
先のことはそういうふうになってから心配せよ、というご意見もあろうと思いますが。(笑)
で、17日海の日は世間は休日ながら、心のコンディショニングの日と位置づけ、「思索的にすごそう」と決めたのだった。
で、本を読んだり、考えごとをしたり、もの思いに耽ったり。
体を動かす運動だけはしたかったけれど、あいにく雨降りで、静かな一日。

朝食前の午前9時過ぎ、運動がてら自転車でまたしても山下公園まで。
花火大会なので、人々が場所取りをしている。
我が家は自宅のバルコニーから見えるので、場所取りがいらない。
そのために高額な家賃を払っているようなものなので、花火の優先順位はかなり高く、ヨットもお休み。フットサルには出ようと思っていたが、準備に手間取り、ドタキャン。
結局、花火のための一日になった。(もちろんそれでかまわない)

こういっちゃなんだが、我が家ではあまり掃除をしない。
しかし花火である。人が来る。つまり掃除をしなければならない。
というわけで、自宅に人を呼ぶと掃除せざるを得ないので、ちょうどいいわけだ。
昼の間、風がなくて上空に煙が停滞しそうで心配していたが、適度な風で煙は運び去られ、花火には絶好の夜になった。
日本人に生まれてよかった。花火を見るといつもそう思う。
炊飯器をセットして、米が炊きあがるまで自転車で山下公園まで。
さあ、帰って夕食だ、と思ったら、どうやらスイッチを入れ忘れていたらしい。
マヌケ!
暑さのせいにしておこう。認知症ではない……と思う。
エッセイを書き上げて送信。
プロットが第一関門を通過したので、そろそろ執筆準備に入っておこうかな。
その前に、切替。
暑さに負けないために、敢えて、暑い中、運動しに出てみる。この暑さ、逃げていると克服できるってわけでもないので、正面から暑さに負けない体づくりも必要な気がする。
20年ほど前からオンラインで知り合った人たち。
その中には、いっしょに遊んだり、いっしょに仕事をしたり、かなり親密につきあうようになった人もたくさんいて、いまではむしろ、交友範囲の大きな部分になっているし、お互いの人生にも影響を与え合ったりもしている関係だったり。
そういう人たちとは、たとえ直接会う機会は少なくても、互いに日記を読んだりネット上で意見交換をしたり、親戚や会社の同僚なんかよりも、よっぽど互いのことをよく知っているなんてことも珍しくない。
昨晩も、そんな人と会った。関西から仕事で出てきていたのだ。
20年ほどのつきあいがあるのに、会った回数はそれほどでもなく、それでもなんとなくつかずはなれず互いの近況を把握している。そんな関係のひとりだ。
「最後にあったのは10年以上前だよねえ」
「**さんの結婚パーティの時だから」
……なんて話から始まって、仕事の話をしたりヨットの話をしたり(彼はかつて有名なレース艇のメンバーだった)。
経済小説「も」書いている人間としては、いろいろな業界の人の話を聞くのもとても楽しい。もちろん小説家にとってはどんなことも芸の肥やしだからあらゆる話が自動的に取材みたいなものでもある。
会う機会があまりない、という意味では細いつきあいなのだけれど、お互いのことを結構知っているという意味では、その年月の長さも含めて、けっこう太いつきあいのようにも思う。
彼を待つ間、新橋で新しく見つけた「バル・ビエン」(カタカナでしか書いていないからわからないけれど、スペイン語で「よいバー」という意味だろう、多分)というスペイン風立ち飲み屋で、サラリーマンらしい人たちの会話をきいて、あまりの内容の無さと理想の低さについ小さく腹を立てていたのだけれど、彼と話をしたらそんなこともすっかり吹き飛んでしまった。
コンピュータと通信というテクノロジーが、こうして新しい人間関係のあり方をつくっている、ということに、技術者だった僕はけっこう誇りを持っていたりもする。
この日記を携帯から読んでいるはずの母にしても、いっしょに住んでいた頃よりも今の方が、息子の暮らしぶりや考えていることをよくわかっているんじゃないかな。
横浜の中心部を歩いてみた。
東京でいえば大手町にあたる日本大通り周辺から、シルクセンターを経て、山下公園/中華街方面へ。
かなり暑いんだけど、ちゃんと汗をかくというのはいいもんだ。
久々に帰りはみなとみらい線に乗って帰ってみる。

年を取ると(笑)夏の暑さが堪えるなあ、とここのところ毎年感じる。
今年はまだ感じていないけれど、やがて耐えなければならないはずの本格的な暑さに備えて体のコンディショニングについて考えている。
上半身を大きく動かす機会が少ない。
というわけで、公園へ出て運動。
気合いを入れるためにユニクロのスポーツ用のタイトなウエアを着込み、(これを着てもお腹のあたりが恥ずかしくない体になりたいものだと考えながら)、ストレッチだの、シャドウボクシングだの、サイドステップだの、シャドウピッチングだの、シャドウサーブ(テニスの)だの、もも上げだの、……と1時間ほど。
上半身をさまざまな方向に曲げたりひねったりする機会が日常生活の中であまりにも少ないのだ。

ワールドカップのせいで国内にいながら時差惚けをしている人も少なくない今日この頃。
阿川はもともと不規則なので、いわゆる時差惚けというのはあまりなくて、慢性的睡眠不足ゆえに、睡眠時間が取れさえすれば、眠る時間がいつであろうと、寝ないよりはマシ、という状態。
でも、早起きをした方が脳の調子は明らかにいい。
ところが夜型習慣がついているので、仕事の着手が遅い。
時差ボケではなく、就業時間帯の時間差になれていない。夕食後に本格的に執筆していたのに、いまは、夕食後には眠くなる。そこで「あ、そうだ、今日の時間はもう残っていないのだ」と気づいて慌てる。
そんなこんなも、慣れの問題でしょう。きっと。
昨日は4時に起きて3位決定戦を観てからヨットへ。
自分の船は出さずに、ハーバーの仲間の船で「お客さん」を満喫。お昼は八景島マリーナに入って、船上で昼食。この船のボースン(クルー頭)は、料理も操船も完璧で、帰りなんざ、オーナーがキャビンで寝ているうちに出航判断して、オーナーが目覚めたときにはホームポート。お客さんのこちらも、デッキで爆睡。
(うっかり日焼けしてしまった、顔も腕もヒリヒリ)
決勝戦を観るため、早寝します。
デスクトップパソコンのファン回転音がうるさい。夏になるとさらにうるさい。静かなのに買い換えたいけど金がない。 (その上、どの機種が静かなのかわからない)
というわけで、CPUクーラーの衣替え。ついでに、ケースファンなしで動かしていたものに、低回転数の静かなファンを改めて取りつけ。
写真左は「峰クーラー」という商品名。ファン付3970円。写真右は新たにケースに取りつけた8cm1500回転の排気用静音ファン。
結果、めちゃめちゃ静かになりました。字を書いているだけなら、CPUファンはほとんど回らない。もっと早く取り替えればよかった。

ここのところかかりきりだった文庫向けのプロット、前夜から総仕上げに入っていて、たったいま完了。
編集者からOKがでるかどうかは別だけれど、とりあえず完成。
ふ~。
それではこれから寝ます。
執筆中の青春小説の資料として映画「クライベイビー」を観る。
ジョニー・デッブの初期の作品、という説明があるんだけど、あまり映画を観ない僕はジョニー・デップって誰?その人ユーメー?という感じ。(すみません)
それよりも中にちょい役ででてきたパトリシア・ハーストの方が僕にとっては有名人。
映画は、「ウエストサイドストーリー」(=ロミオとジュリエット)と「グリース」と「アメリカングラフィティ」をいっしょにしたような感じで、ストーリー的にはマンガチックなコメディタッチのミュージカル。
映画なんだからこのくらいお馬鹿でもいいんじゃないっていう意味で、いい映画だと思う。
勉強になったのは square という単語。
高級住宅街という意味なんだけど字幕では「山の手」と訳されていた。
この映画の中では不良(非行少年)を意味する juvenile delinquent といういささか堅い言葉をみんながよく使う。
まあ、皮肉なんだけど、そのなかで印象的なセリフは、主人公が祖母からオートバイをプレゼントされたときにいうセリフ。
"I am the happiest juvenile delinquent in Boltimore."
(おれは、ボルチモアでいちばん幸せな不良だぜ)
映画の舞台になっているメリーランド州ボルチモアは、重工業地帯で人口の22.9%が貧困層であり、とくに18歳未満の30.6%が貧困層に属している。(ただし数字は2000年現在のものなので、映画の舞台になっている時代にはもう少し違う数値だろうと思うけれど)
そこで、貧困層の不良と山の手との対立、というのがロミオとジュリエットに於けるモンタギュー家とキャピレット家みたいな対立するふたつのグループというのになり得るわけだ。
そこで山の手のお嬢様が貧困層の不良男子に恋をする。
しかし、見初める場所が公民館での予防接種(種痘かBCGだと思われる)というのがミソで、階層に別れた社会ではふたつの階層が接触する場所は実際にはあまりなく、物語的に出会いをつくらないとストーリーが成立しない。そこで「誰でもが行く場所」として「予防接種」を使っているわけだ。
この予防接種のシーンはタイトルバックでセリフなしで提示されるけれど、そこでふたつの階層が互いに相手に対して感じている不快感というのをすべて表現し尽くしている。荒唐無稽なマンガ風な作りだけれど、このあたりをしっかりつくっているところが、ただ者ではない、という作品。
時差の関係でいま、アメリカは独立記念日(7/4)。
『覇権の標的』では主人公の日本人がこの休暇にかけて仲間になる中国系アメリカ人に会いに行く。
アメリカでは、みなが「アメリカ」を謳歌する日。そのさまは実にうらやましいくらい。少なくとも愛国心はあったほうが楽しいことだけはたしか。日本にはむりに愛国心を否定する人もいるけど。
で、スペースシャトル打ち上げぴったりのタイミングで北朝鮮がミサイルを発射、本日、この時間までの7発。最初の発射は午前3時半で、その第一報が入ったのが、「ドイツ対イタリア」の試合を見ている真っ最中だった。つまり、かなりの数の日本人がほぼリアルタイムで知ったはずだ。
同じタイミングで、前日から日本の報道関係者が多数、平壌に呼ばれていて、向こうに滞在している。
表向きは横田めぐみさん関連の取材をさせるということで呼ばれたらしいが、何が起きても、日本とのチャンネルを残しておくための作為だろう。もしかしたら、武力で反撃されないための人質のつもりもあるのかもしれない。
早寝をして、海技免状の更新講習に行く予定もあったけれど、前夜から小説の調子がいいので、結局、サッカー観戦をはさんで午前10時前に寝て、先ほど(午後2時過ぎ)起きたばかり。
ここ一両日で、文庫向けのプロットを固めるつもり。
ブラジル代表が帰国して罵倒された。
http://www2.asahi.com/wcup2006/news/TKY200607040089.html
これが、サッカーの代表の本来の姿なんだと思う。
選手はプロなんだし、勝つためにやっているのだし。
優勝チーム以外は負けて終わり、国に帰って罵倒される。
サッカーワールドカップのあるべき姿はコレだろうと思う。
「よく頑張ったね」「感動をありがとう」なんて温かく迎えられてはいけないのだ。
だいたいプロを相手に「よくがんばったね」なんて失礼だし、選手も負けて慰められたくないだろう。
見ている人が自分の心の中でどう思ってもいいし、いろいろな思いもあるだろうし、その中で「ありがとう」と思うのはいい。けれど、選手に直接言葉をかけるとしたら、「ばかやろう」であるべきだと思う。
高校野球とワールドカップは本質的に違うのに、そのあたり、スポーツだというだけでいっしょくたにする人が結構いる。 また相手に対する配慮を欠いて言葉を選ばない人が多い。
常々思うのだけれど、「よくがんばった」と自分を誉める人は一流にはなれないと思うのだ。
だから、一流になって欲しい人に対しては、「ばかやろう」というべきだ。たとえ心の中は「ありがとう」や「ごくろうさん」であったとしても。
小型船舶操縦士の免許更新のため住民票をとり、関内まで出て伊勢佐木町でちょっとした用事を済ませたあと、ちょっとした集まりに。
中華街で食事をして帰宅。
人とリズムが合った感じの一日で心身共にリフレッシュ。
3時間ほど眠って、ヨットレース。
講習中のクルーを載せてのレースはこちらの集中力も途切れ途切れでスタートから散々。
途中、風が強くなり、このメンバーでは危険と判断してリタイヤ。
強風を理由にリタイヤしたのはヨット人生で初めてのことだ。
クルーの熟練度が低いのもオーナーである自分の責任。
とはいえ、年に2回、ヨット協会のボランティアに協力してヨット教室の生徒を受け入れて教えてきているのだけれど、なんだか一年中、人に教えるためにヨットに乗っているようでいささか教え疲れしている。
秋学期は受け入れをやめて、いったん自分たちのヨットライフにもどろうかと、共同オーナーと話したり。
クラブハウスでの遅い昼食は、そうめんと豚肉冷しゃぶ。
集中力が出ないが、少しでも小説のことを考えるための日。
みなとみらいへ少し出かけて桜木町まで歩き、帰りに新高島の BLENZ COFFEE 。