覇権の標的 フェイk・ゲーム  幸福な会社 会社、売ります D列車でいこう インバウンド








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2006年12月31日

大晦日は大捨て日

 午前7時前起床。朝型である。

 朝食に好物たぬき蕎麦を食べて、忽然と仕事場の部屋の片づけを始める。
「迷ったら捨てる」の基本方針の下、地下のゴミ捨て場まで、6往復はしただろうか。
 仕事場の見えている床が倍増した感じだ。本棚からあふれていた本もほとんど収まってきた。

 昨年はまったく見なかった「紅白歌合戦」を(うわの空ながら)ほぼ観た。
 だって、知らない歌手ばっかりでているのも、常識を要求される小説家としてはマズイんじゃないかと。
 近ごろは、テレビも読書も、娯楽ではなく、仕事のためのものばかりのような気がするが、ま、いっか。

 受験生の娘がいるという友人に誘われて近所の洲崎神社へ。
 到着は12月31日午後11時54分。
 本殿の前から3列目で新年を迎え、さっそく手を合わせて拝む。何をお願いしたかは内緒。
 おみくじ、大吉。
 一説には射手座は12年に1度の強運の年なのだそうだ。

2006年12月30日

フットサル大会

 午前9時起床、徐々に朝型。
 午前中、少し仕事。

 昼過ぎからストレッチを始める。都合40分くらい。
 1時過ぎ、自転車でみなとみらいスポーツパークへ。
 フットサルコート3面を3時間借りて蹴り納めフットサル大会。
 2002年ワールドカップのボランティアが全国各地から集まって合計27試合を行う。うちのチーム FC-JIVE はホストクラブ。
 14時から17時まで滞りなく大会は終了。最後はかなり気温が低くて寒かった。僕も半分休み休み6試合に出場したが、かなりヘロヘロ。ケガがなくて良かった。
 自転車で家まで飛んで帰り、さくさくっとシャワーを浴びて、納会の場所であるマリノスタウンのレストラン "ivi" へ。(場所は大会のあったグランドのすぐとなり)
 いつもは居酒屋宴会なのだが、今回はぐっとお洒落に。(笑) となりの宴会にはセルジオ越後さんがいた。
 9時に終了し、Bay Quater へ19人が流れて、"Bar de Cante" で二次会。
 11時過ぎ、散会。歩いて帰宅。

2006年12月29日

整形外科の風景

 明日はフットサルの試合で6試合。
 何ヶ月か前から腰痛気味なので、これが骨なら運動しない方がいい。その原因を確認しておく必要有り。ということで、整形外科へ。
 年末最後の診療日ということでやはり大混雑。
 待合室で2時間近く待った。
(パソコンで仕事できたしうたたねもしたので、時間が無駄ではなかったけれど)
 で、骨は異常なし。よかった。
 年明けからリハビリに通います。
 300円ほどでマッサージが受けられるみたい。内容に差があるとはいえ、癒し系サロンよりずっと安いジャン。どうりで、おばあさんたちが常連で入り浸っているわけだ。

 天気がいいので、横浜を放浪。
 身体は使ったけど、精神はくつろいだかも。自分を解き放つことの快感。
 最後は、野毛の焼鳥屋に立ち寄って八海山で締め、よい一日の終わり。
 あすのフットサルに備えて、ふだんより少し早い就寝。

2006年12月28日

リモコンパニックからの脱出

 昼過ぎに起床。
 自分の分、カミサンの分、合計400枚ほどの年賀状を投函し、贈呈本の冊子小包を発送。
 駅前まで出て、ダイエット食品を調達。ヨドバシカメラでソニーのプログラマブルリモコン RM-PL500D を購入。(全部、ポイントで足りた)
 帰宅後、リモコンの設定。
 居間のテレビ、ハードディスクビデオ2台、CDプレイヤー、ラジオチューナー、MDプレイヤー、などをAVアンプで切り替えているのだけれど、リモコンだらけでパニックになっているので、ひとつのリモコンに統合する。ほぼ、思った通りになったかな。

 あとは、執筆、執筆。

2006年12月27日

暖かいなんてもんじゃない

 おいおい、気温20度だぜ。
 暖かいので2時間ほど散歩して最後にスーパーに行くと、野菜が値上がりしている。正月価格だ。ピーマンなどものによっては倍近い。
 安いのは白菜とキャベツ。

 改稿のイメージはかなり固まりつつあるので、〆切まで20日のラストスパート前の一区切りに年賀状でも書くか、と郵便局へ行ってインクジェット紙200枚。
 この時期でも売り切れていないなんて。
 昨年のが39枚残っていたので加えてシャッフル。
 正月早々、運のよい方には当たっても商品がもらえないハガキが届きます。
 すでに何度か実験済みなんだけど、実績として、古い年賀ハガキだと気づく人はほとんどいない。

 暖かいといっても夜は鍋を食べる程度には「涼しい」ので、つみれ鍋。
 年賀状の送付先選別、宛名印刷、本文の文案とデザインで夜が明ける。
 個人事業主なので、仕事関係への挨拶は定期的にしないとね。

2006年12月25日

忘れ物はゆず胡椒

 追い込み。いや、年末だからじゃなくて〆切だから。

 体調を調整しながら心を盛り上げる。
 オリンピック選手みたいな感じ。(て、オリンピックアスリートをやったことないけど)
 カラダと向き合って対話している。

 昨日、ヨットで少し身体を動かしたので、肉体も上向いてきているけど、まだまだ。
 今日は、忘れ物(ポン酢とゆず胡椒)を取りに自転車でヨットハーバーまで。車でも自転車でも最短距離では片道30分くらい。

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 帰りは遠回りして、本牧を通り、山下公園経由で。
 マリンタワーと氷川丸の営業最終日で、大勢並んでいる。そんなあたりを時々止まって写真撮ったりしながら、往復2時間ほどの運動。

 帰ってきたら、amazon の中古で買った太極拳のDVDが届いていたので、居間でやったら身体が温まった。

 現在、ダイエット中で、一週間で約1キロ落としました。
 30日にはフットサルもやるので、ベスト体重に近づけておきたい。ダイエット食品も慣れたけど、脳はかなりカロリーを要求するので、昼食を170Kcalに抑えたら、夕方、強烈な眠気。低血糖症状みたい。
 というわけで、夕食はガッツリ食べる。
 今日のカロリー摂取は、1400Kcalくらいのはずだから、基礎代謝以下。

 深夜、小説の構成についてああでもないこうでもない。

2006年12月24日

ヨット納め

 横浜駅でゲストをピックアップしてヨットへ。
 ハーバーで、仲良くしているレース艇のオーナーMさんがひとりだったので、我が艇に合流。
 八景島で鍋。夏頃もらった白ワイン。まあ、飲めた。(笑)
 いつもそうだけど、帰りは寒くなる。
 これで年内、ヨットも乗り納め。

 一応クリスマスなので、夜は、久々にフレンチワインを開ける。
 ふだん新世界とかイタリアあたりのワインを飲むのがほとんどなので、「ああ、フランスのワインってこんなかんじだったね」と思い出す。

2006年12月23日

Napster と iriver T10 1GB

 定額制音楽配信サービス Napster がなかなかゴキゲンなので、つい物欲に駆られて対応プレイヤーの iriver T10 を買ってしまった。
 512MBで十分なんだけどずっと品切れ。
 1GBも品切れだったのが、急に直販サイトに出てきたので、衝動買い。きっと、品薄じゃなかったら買っていなかっただろうな。これぞ衝動買い。
 最近、数千円から1万円くらいのプチ物欲が湧いている感じ。

 使っている iPod Suffle よりもかなり音楽的な音がする。単三電池で53時間というのもうれしい。FMラジオもなかなか感度がよろしい。いい製品だと思う。

 しかし、あまり外出しないので、よく考えるとこんなの必要ないジャン。(笑)

2006年12月22日

スプマンテ

 妻が年内の仕事を終えて帰宅。
 慰労のため、ローストビーフとスプマンテ(フランスのシャパンに相当するイタリアのスパークリングワイン)で乾杯。

2006年12月21日

老夫婦のような一日

 事務的な用事のために二時間睡眠で午前11時半に起床。
 西口で用事を済ませたのが午後二時半。
 夫婦して地下街の狭い店で「きしめん」を食べる。窮屈だが味はよし。味はよいが窮屈で豊かな気持ちにならないとも言える。
 家にもどろうと東口「そごう」に入ったところで、ふと「とらや」の茶寮があるのを思い出し、「季節の羊羹と抹茶グラッセ」。
 抹茶も羊羹も実に上品な味。文化の香りだなあ。
(抹茶グラッセというのは、ようするに抹茶を点てて氷に上に注いだもの)
 店員もいい感じだし、客たちもみな上品。実は、この茶寮は穴場なのだ。
 無料で出てくる麦茶も、煎茶も、これまたとても美味しいのですね。
 きしめんのあと、純和風の小さな贅沢。
「老夫婦のようだね」
 などといいながら、過ごした時間だった。

 帰宅後は、籠もって原稿書き。まだまだ集中力は出ず、なぞっている感じだけど、予感としてはもう少ししたら「来る」と思う。

 翌午前4時、早めに(笑)就寝。

Canon LBP3410 レーザープリンタ

 Canon LBP3410 が我が家に登場。
 ネットワーク対応だし、速いし、両面印刷対応。
(ブラザーの廉価版はお役ご免)

 両面印刷は推敲するのに外へ持ち出すとき、重さが半分いになって助かる。

 ただし、A4用紙横の設定で縦書き、というレイアウトで印刷すると、上綴じになっちゃう。ちょっとめくりにくいので、A4縦で縦書き2段組、あたりのフォーマットを作った方がいいかなと。

 最近、公募原稿を書かないので提出用に印刷することはほとんどなくなったけれど、推敲にはやっぱり印刷することが多い。

 家庭内LANがルーターの下にまたルーターとか、ルーター3台とHUB1台と、過去の行きがかり上、ちょっとややこしいので、設定に時間がかかっちまったい。
(たまにしかやらないことはすっかりやり方を忘れてる)

2006年12月20日

青島幸男、逝く

 青島幸男が亡くなった。1932年生まれの青島幸男は、僕より22歳年上。
「おとなの漫画」「シャボン玉ホリデー」「スーダラ節」「ハイそれまでよ」「明日があるさ」「お昼のワイドショー」、彼が作品を産み出していた時代に僕の人格形成が行われたようなもので、全部同時代だ。
 テレビのテレビらしさを作った人であり、サラリーマンを世間の主役にした時代の申し子でもある。
 35歳で参議院に当選したところまで、それはテレビの力を信じた結果でもあった。

 野坂昭如とならんで青島幸男は早稲田大学の校風を具現化したような人でもあり、少しだけ上の世代で早稲田大学を謳歌した僕の父親に芯にあるメンタリティにおいてそっくりで、青島を見ていると父親を見ているような気がしていた。
 都知事になって彼がやったことも、反骨精神とサラリーマンの視点ではすでに経済も政治もやっていけないという現実離れにおいて、昔の早稲田そのものだった。これも企業に不適合で自分で事業を興して玉砕した父親を彷彿とさせる。
(そこへいくと、慶応の人は、実に現実をちゃんと見ている。福沢諭吉は偉いなあ)
 権威に対する「アンチ」が真骨頂だった早稲田の青島がテレビを作った。

 いつのまにか、テレビはテレビ自体が権威であり旧勢力になり、「小泉自民党圧勝」をまるで予想できなかったくらいに国民とは離れた存在になって、暴走を続けている。
 多数が善良であるという前提のなかで「毒」や「本音」に意味があったのに、世間の毒が平気で表に出て、それを「本音」として肯定することが当たり前になると、暴走に歯止めがかからない。
 アンチとして、やってはいけないことを「テレビの中だけで」やって視聴者が溜飲を下げていた時代が終わり、皮肉やイジメの番組が、テレビが権威になった時代には、「テレビでもやっているのだから」となんでも許されると錯覚され、テレビニュースで繰り返し報道される例外的な悪事が、「だれでもやっている」と視聴者に受け取られて、「社会の本当の姿は汚くてずるい人間が得をしている場所だ」とだけ翻訳されて疑われなくなってしまった。 テレビが少数例を取り上げ続けると、人々の心の中で、それが「ふつう」になってしまうのだ。

 青島幸男さんには、政治をやらずにずっとテレビを動かしていて欲しかった。
 早稲田精神で、ずっとテレビを権威にしないでおいて欲しかった。

 僕にとって、青島幸男のマスターピースは、渥美清主演の「泣いてたまるか」のいくつかの作品だ。

 青島幸男も岸田今日子も70代半ば。
 平均寿命が80年あるからといって、自分が何歳で死ぬのかはわからないから標準的に生きた部類の寿命だろう。
 特に長生きしたいわけではないけど、宇宙の真理がどうであろうと、自分のもっている時間は有限なのだなあ。などと当たり前のことを思った。
 小説書こう。

2006年12月18日

銀座のクラブ

 一件打合せを済ませて、推理作家協会ソフトボール同好会の忘年会へ。
 一次会の会場である銀座の居酒屋にて25名ほど。定刻に到着すると、まだ数名。某店のママ(着物)と従業員A(サンタクロース姿)もいる。
 会費6000円。居酒屋にしてはいいお値段だけど、まあ、社交ですから。

 10分ほどの間にほとんど揃い乾杯。発声は剛爺こと逢坂剛さん。
 喫煙席だとY氏とT書店M編集女史が近くになるとほぼ決まっている。周囲もほぼ編集者。
 あとはがやがやタダの飲み会。
 途中、成績発表と表彰。個人別成績表も配布される。僕は1日(3試合)しか出ていないので規定打席に達せず。10打数4安打の4割だけど、首位打者は8割打っているからこのまま4割でも中位だ。

 終了20分ほど前になって、対角線上を移動してA嬢がとなりにやってくる。いままであまり話をしたことがなかったのだけれど、来年から就職なのであと三日で店を卒業とのことで、「最後だからお店に来て」とじっと目を見て言われると断れない。(笑)
 銀座の街をサンタの格好をして居酒屋までやってきているわけだし。
 実は彼女は本当の意味でちゃんとした銀座の女ではない。気の配り方も全然なってない。まあ、けれど、そういう素のところがソフトボール仲間と考えれば悪くはないわけで、みんなに可愛がられている。
 で、僕を1名新規獲得すると、当然、他の常連さんたちをも軒並み押さえにかかる。なんと都合15名ほど獲得。打率6割。たいしたもんである。(残りはおそらく麻雀へ行ったと思われる)

 しかし彼女には痛い失策があった。
 いざ、一次会の店を出てそこから店に電話を入れると、3席しか空いていないというのだ。(つまり、プロとして、彼女はもっと早い時期に人数を押さえて、ママに電話して席を空けておいてもらうべきだった、ということだ)
 残念ながら、彼女の営業努力は、最後の詰めの甘さで、一転して3名獲得(打率1割少々)という残念な結果になった。

 銀座遊びのマナーとしては、営業努力には報いるべし、という不文律があり(ほんとか)、ジェントルマンである推理作家3人は、A嬢の店へ。

 僕を含めた残りは、漁夫の利を得た形のD店へ。
 超有名な料亭Kのあるビルの3Fのその店の扉をくぐると、こちらは客はだれもいなくて、女性たち7人ほどがみんなミニスカートのサンタクロース姿。おいおい、ここは銀座だ錦糸町じゃないんだ、と思わないでもないが(笑)、まあ、お祭りですから。
 女性たちもサンタ姿は今日が初日ということで、着慣れていなくて恥ずかしがっている。この店に来るのは初めてだが、ふだんから、そういう露出度の店ではないことだけは確か。

 さて、わいわい飲みながらも、取材に入ってしまうのは小説家の性。
 自然に、女性たちの働きぶり、気配りのようすなどの観察に入る。
 タバコをとって口にもっていくまでにちゃんと脇からライターが出てくるか、その動きがスムーズであるか、飲み物への気配り、話への割り込み方、テーブル全体のようすを把握できているか、入れ替わりのタイミング、新しく他の客がきたときの対応、席の外し方、トイレから出てきたときのおしぼりの出し方、など。個人プレーもチームプレーもどちらも重要。
 このD店の女性たちは完璧な銀座の女である。
 居酒屋の一次会に営業に来るという努力をしていたA嬢もカワイイしがんばっているけれど、ちょっとプロとして格が違う感じ。
(今週のミニスカサンタの衣装をのぞけば)D店はさすが銀座。
 飲み物は単なるウィスキーの水割りで、どうということのないオードブルしか出ないけれど、客はこの従業員のホスピタリティにお金を払うわけだ。
 もちろん、それぞれタイプはちがうがみんな美人だしスタイルもすばらしいけれど、それはある意味で最低限の資質であって、それだけで銀座の女にはなれない。
 ホテルオークラの接客もすばらしいけれど、やっぱり銀座のクラブもすばらしい。こういう「いい仕事」を見ていると、それだけでこちらも豊かな気持ちになる。
 だからといって、馬鹿話をして酒を飲んでいるだけなんだけどね。

 午後10時前、別の店の従業員であるさっきのA嬢が3名を連れてD店にやってくる。一応、3名はA嬢の顔を立てた上で、みなに合流というわけ。A嬢の方は、自分の店を中座してD店に「わたしがお客さんを連れてきた」という形をつくる。
 しばらく飲んでA嬢は店にもどる。
 午後10時過ぎ、K氏とY氏が先に帰る。
 まちがいなくA嬢の店へ行ったはず。あうんの呼吸である。(営業努力には報いるべし、「顔を立てる」という遊び方)
 この時点でA嬢の打率は2割に回復したはずだ。
 このあたりの不文律をみなが守って遊んでいるあたり、お茶の作法のようで感動的だ。銀座は客も一流でなくてはならない。

 さて、こちらは執筆追い込み中だから、電車のあるうちに帰らなくてはならない。こういうのを文字通り「野暮用」という。
 ここで問題は会計をどうすればいいのか。なにしろ、推理作家協会の会合から流れて銀座の店へ来たのは初めてなので、こちらは誰が金を出すしきたりになっているのか、このグループの不文律がわかっていない。
 だからといって「先に帰りますからいくらでしょうか」などと言ってその場で金のやりとりをするなんて野暮なことは、いやしくもこの店ではできない。
 思案の末、カウンターの方でM女史が従業員と話しているのを確認して、トイレに立ち、帰りにおしぼりを受け取りながら、彼女にそっと耳打ちして聞く。
「ここは出版社の方で割ってもちますから、そのかわり、お店の方にまたきてあげてください」
 これまた美しい答え。男前なべらんめえ女性編集者だがみごとだ。タダで飲んだ分を別の機会に改めて使えというわけだ。金は天下の回りもの。
(彼女は、お店に推理作家協会の会合の予定などを教えたりもしていて、その情報によって、ホテルであろうと居酒屋であろうと、協会のパーティには「銀座のおねえさん」たちがいつのまにか混じっているわけだ)
 さて、店には、K書店、T書店、B秋、K社、などが揃っている。心おきなく会計は確認できた不文律にまかせることにする。彼らが使った金の元を取りたければ、僕に執筆依頼をすればいいわけだ。(笑)

 ヨットに乗っていて、何も言わずともメンバーみんなが動いてスムーズに船が動いたときの快感はなにものにも代えがたいけれど、銀座遊びもそれにとてもにている。

 もう少し本が出ないと、自腹でたびたび銀座遊びをするというわけにはいかないけれど、今夜は「美しい日本の文化」に触れた夜だった。
 どっちにしても、接待とか奢りとか、他人の金で銀座で遊ぶということ自体、ほんとうは野暮なんだよな。遊びは自腹でするべきこと。

2006年12月17日

ヨットもお休み

 メンバーが揃わず、ひとりで船を出すほど熱意もないので、ヨットはお休み。
 昼過ぎに起きてきて、自転車で外出。部屋でストレッチ。
 ゆっくりでも体調を回復させなくては。30日にはフットサルだから。

2006年12月16日

近所の飲み屋の忘年会

 近所の飲み屋の常連の忘年会。

 ふだん食事を出さない店なので、食べ物はみなの持ち寄り。
 僕は、小岩井のスモークチーズ、いかの塩辛、イワシの薩摩揚げ、をもっていきました。

 定刻の6時に遅れて到着すると、すでに常連さんたちがほぼ勢揃い。カラオケの入るスナックというのは本来完全に僕の守備範囲の外なんだけど、この店は、普通の会社員との接点として大切にしている。
 年代もちょうど定年後か団塊の世代の人たちが中心。
 みなひとかどの仕事をして、定年になっていたり定年間際だったりの人が多い。僕は若輩者で小説家という珍しい職業なので、可愛がってもらっている。行き始めて十年くらいにはなるが、一月に一度行くか行かないか。ありがたいことにそれでも常連扱いしてもらっている。

 会社員だった頃、割と出世が早くてプロジェクトも社長直属みたいなものだった。その社長にしても僕より若かったから、僕には年長者に可愛がってもらう、という経験に乏しい。なので、この店の人間関係はとても新鮮。
 団塊の世代とかその上といえば、高度成長の担い手であると同時に、今の日本の駄目な部分を作った世代(笑)なんだけど、たまたまここのお客さんたちは、擦れていないし優秀だった人たちで、気持ちよくつきあえる。
 優秀な人のもつ余裕とか、優秀な人の純粋さとか、サラリーマンという言葉にあまり含まれないと思われがちなキャラクタをもっている人たち。 とにかく、この店には愚痴を言う客がいないのだ。(そのかわりにチイママが毒舌全開だったりして、それをみんなニコニコしながら聞いている)

 僕はカラオケが好きではないので、そもそもカラオケのある店には入らないけど、その僕がこの店だけでは年に何回かカラオケを唄う。
 本日は、「雨上がりの夜空に」(RCサクセション)と「長崎は今日も雨だった」(内山田宏とクールファイブ)。
 タイトルからすれば逆の順番の方がよかったかな。(笑)

 これ以上いらないというほど、生ウニを食べ、極上の大トロを4切も食べ、カニも食べた。全部、参加者の持ち寄り。僕がもっていったのは質素なものばかりだから、エビ鯛ってやつだ。(エビですらないか)
 それでさんざん飲んで3400円でした。

 10時半で辞去して、酒を冷ましてから仕事。翌午前八時過ぎ就寝。

2006年12月15日

自転車

 身体が重い。いや、測定すると実際に体重が増えている。
 お風呂マット上のヒップホップダンスだけでは骨格筋率が上がらないので、自転車で外へ。
 といっても、買い物を兼ねて。
「セキチュウ」でボディーソープとか。

 あとは、地味ぃに仕事。

2006年12月14日

エンジンがかからない

 いまひとつ集中力が足らない。
 まあ、少しずつでも手を動かしていると、頭も動いてくるはず。

2006年12月13日

国立競技場とゴールデン街

 友人のつてで FIFA Club World Cup の準決勝を観戦に。
 腹ごしらえに吉野家の牛丼が食べたくなり、わざわざ代々木で途中下車。(代々木駅は改札から吉野家までが至近距離)
 ところが、行ってみると牛丼は午前11時から午後3時までしか販売されていない。なあんだ。しかたがないのでならびの「かつや」でカツ丼を注文するも、店が人手不足で出てくるまでに15分。ううむ、これはファストフードではないな。というわけで、電車賃を130円余計に投じた牛丼作戦は不発に。

 さて、国立競技場のある千駄ヶ谷に早めについてカフェで仕事……のはずが、キックオフ2時間以上前だというのに駅前は人でいっぱい。
 なあるほど、東京体育館で「オレンジレンジ」のコンサートらしいのだ。
 かなりの雨の中、空いている店を求めて代々木方向へ10分ほど歩く。コンビニでカサの在庫をみるとまだ十分にあるし500円もするので、とりあえず買わずに出て、向かいのコーヒーショップに飛び込む。
 コーヒーが420円もするが、客は僕ひとりでゆっくり仕事ができた。
 待ち合わせの7時の10分前に店を出ると、雨は止んでいる。買わなくて正解。
 体育館の前で待ち合わせのKさんとそのお友達に合流。
 チケットはカテゴリー1の招待券。つまり18000円相当ということ。

 遠回りをさせられたのと荷物チェックで、席に着いたのは前半キックオフ直後。赤いユニフォームと白いユニフォームが戦っているのだが、どっちがどっちのチームだかわからない。
 1点目が入ったところで、そっちが「インテルナシオナル」だと判明。そうだったのか。僕ら3人は逆だと思って、意外にもブラジルが押されているではないか、なんて思っていた。
 それにしても、スコアボードに映像は映さなくてもいい。ずっとメンバー表を出しておいて欲しいのだけど。映像はゴールのリプレイのときだけでいい。

 終了後、しばらく出陣していなかった新宿ゴールデン街へ。
 なじみの店で飲んでいるところ、11時半ごろ、友人のダンサーがクラスの生徒さんを連れて合流。しばらく飲んだところで別の店へ移動して、お好み焼きを食べて、またもどり、またつづき。
 二人が帰った後、午前3時、歌舞伎町界隈の定点観測に出る。
 夕方の雨で出鼻をくじかれたのだろう、比較的人が少ない。
 歌舞伎町セントラルロードの24時間営業のマクドナルドへ。
 近くの席の大柄の黒人(会話からナイジェリア人だと判明)2名はいつもいるらしい。これも常連風のブラジル日系人のような感じの老人が男女数人、バラバラでいる。何をしている人だろう。
 午前4時を過ぎると勤務を終えたと思われる「おひとりさま」の男女を中心に、ほぼ店内が一杯になる。
 かなり眠いので、品川経由の始発で帰る。午前5時45分に帰宅すると、妻は徹夜で仕事中。まだ起きていた。
 しばし団欒してから就寝。爆睡。

2006年12月12日

立教大学と体脂肪計

 朝から立教大学へ。
 翻訳家でファッションコラムニストの実川元子さんの授業のお手伝い。女子大生8人ほどの前でインタビューを受けて話をする。
 終了後、学生街のお店でランチ。
 
 よいこはまっすぐ帰宅。
 amazon から、オムロン「カラダスキャン」が届く。体重、体脂肪率、内臓脂肪率、骨格筋率、基礎代謝、身体年齢、などが一挙に測定できるすぐれもの。(ヨドバシよりもかなり安かった)
 風呂場の脱衣所にあるアナログなヘルスメーターもついにお役ご免。最初に勤めた会社の上司が結婚祝いに送ってくれたものだけど、23年間、律儀に動いてくれました。
 よりいっそう体調管理に気をつけるぞ、という心構えで、妻への早めのクリスマスプレゼントという名目で、自分も使おうという魂胆。Je suis content.

 初回測定値は、とりあえず内緒。(笑)

 本日の「捨てキャン」
 椅子一脚、コピー機、布団2枚、プリンターなどを粗大ゴミに。

2006年12月11日

インターネット世論観測

(1)教育基本法
「愛国心条項を含む教育基本法に反対する人」よりも「日教組や旧社会党的教育に嫌悪感を感じている人」の方が多そうで、非政治的マジョリティは教育基本法改正を支持しているように感じられる。

2)復党問題
 自民党は選挙の力をつけるために郵政民営化に反対した11人を復党させたけれど、やはりこれによって国民の支持を失い、選挙の力はかえって弱まったようだ。
(NHKの世論調査で「復党反対」の国民は46%で賛成を大きく上回る)
(讀賣新聞調査では「反対」が「どちらかといえば」を合わせて67%、「賛成」は計26%) (12/12追記)

 小泉圧勝の前回衆議院選挙は、小泉首相みずから「一部の支持者の票を失ってもそれ以上の新しい支持を得る」ことを公言して成功した。
 旧自民党体質を壊す期待が票につながったのは明らかで、それが刺客戦略だったというのに、復党させたらそのときに得た支持を失うに決まっている。
 まったく学習していない自民党。というか、何を考え、どういう情勢分析をしているのだろう。
 衆議院は十分な議席をもっているのだから、11人を復党させないで参議院選挙に臨んだ方が明らかに有利だと思えるというのに。
 この上は、道路財源一般化で、道路族の反対をわかりやすいやりかたで押し切って可決させれば支持率を回復できると思うけれど、果たして安倍内閣にそれができるだろうか。

主夫的生活

 クリーニング屋へ寄ってから自動車修理工場に見積りをとりに。

 ついでに「コットンマム」で揚げ玉(100円)と蕎麦(3玉98円)をゲット。帰宅後、さっそく好物の「たぬきそば」を食べる。
 海老天蕎麦よりたぬき蕎麦が好きなので、心情的には「もし同じ値段で両方が食べられたら迷わずたぬき蕎麦」と答えるところなんだけど、貧乏性だから、実際にそういうシチュエーションになったら、食べたくもない海老天蕎麦なんか注文しちゃったりすると思う。(笑)
 でもでも、これだけはお願いしておきます。
 もし僕が死に至る病に侵され、病の床で「たぬき蕎麦が食べたい」と言ったら、勝手に気を利かせて天ぷら蕎麦をもってきたりしないでください。(誰に言ってるんだか)

 ところでコットンマム、「お買い得商品」として95円のレトルトカレーとか、3玉98円の茹で蕎麦とか、各種、廉価商品を織り交ぜる努力が始まっています。やっとまともなスーパーになってきたな。
 豊富な選択肢、新鮮な青果や鮮魚、といういままでの長所と廉価商品との両輪でいいスーパーになってきたと思う。
 しかし、いかんせん市場が狭い。
 月曜日午後4時で客は僕を含めて4人だけでした。

 その足で、今度は「プラザ栄光」(スーパー形式の乾物問屋)へ。
 コットンマムで95円のカレーよりもわずかにランクが上のレトルトが87円だったので、こちらを購入。(笑)
 夕食は、青椒牛肉、ふろふき大根、グリーンサラダ、かき玉の清まし汁。

 改稿プランの整理のため、編集者のコメントを書き出す。

2006年12月10日

なんと二ヶ月ぶりにヨットに乗る

 11時すぎに出航。
 ユニクロのあったか下着で完全防備。(笑)
 今日は女性クルーと僕だけ。 あとは中性クルーの自動操舵装置。
 出るときは意外に寒くなくて動くと暑いくらい。
 八景島で他の艇と合流して、それぞれの船に積んである期限切れ食品(笑)で昼食。

 帰りは合流した船からオッサン一名こちらへ移籍。
 走っているうちに日がかげるとどんどん寒くなる。やっぱり冬だなあ。
 片づけが終わるとあっという間に暗くなる。
(あれ、つるべ落としというのは秋の陽の形容だったっけ)

 ヨット協会のパーティやヨットレースの手伝いに行ったりはしていたけれど、原稿〆切があって、船を出すのは二ヶ月ぶりだった。
 来週から本格的に改稿に入るけれど、朝型を守ることができれば日曜日は乗ろうと思うんだけど、はたしてそれができるかどうか。

2006年12月08日

原点

 今日は12月8日。
 ジョンレノンの命日で、日米開戦の日。
 十余年前の日、高校の同級生を事故で失った。
 ばかな自損事故だった。
 だが、彼は僕の大切な友達だった。
 ふたつの大学、外交官試験、歯科医師国家試験。
 あまりにも長い勉強の時代とひきかえに、彼が得たものは、まもなく開業できる自分の診療所、モデル出身の美しい妻、お嬢さん学校にかよう愛娘、自分のためのポルシェ、妻のためのベンツ。
 30代半ばの彼の死のその時、僕は思った。得られるもの得られないもの。
 人生は突然終わる。明日は突然来なくなり、今日は突然過去になる。
 人生は長いとは限らない。
 やりたいことは今すぐにやれ。彼の死が語っていた。

 その時、僕は自分がいちばんやりたいことは何かを考えた。小説を書くことだと思った。
 それから10年以上が経ち、2005年の奇しくも同じ12月8日、僕の初めての小説の本が出版社を出ていった。

 この日は、僕の原点なのだ。
 だから、昨年と同じように今年も日記にこのことを書く。 何度でも。
 彼から譲り受けたビートルズのレコードがあったはずだが、どの一枚だったか、いまでは思い出せない。

 12月8日。
 理由は同じではないけれど、この日、涙を流す人が、世界中にたくさんいる。
 でも、ジョンなら言うだろう。
 毎日、世界のどこかでたくさんの人が不慮の死を遂げているんだ。
 それを思い浮かべてみてくれと。

2006年12月06日

リハビリの日(クマさんのお風呂マット)

 部屋でストレッチを30分くらいやっているとやがて飽きてしまう。
 有酸素運動も兼ねてダンスでもしてみようと。
 いまどき踊るならヒップホップだろうということで、ナップスターで検索したら Jay-Z というのがランキング上位にあったのでそれを選択。
 オリジナリティもあるし、音造りも悪くない。
 というわけで、時々、ふつうの屈伸体操にもどりながら1時間ほど踊る。

 ストレッチもダンスも床に「お風呂マット」を敷いてやるんだけど、一番安かったやつでなぜかクマさんの絵がついている。
 安物って、どうしてわざわざ手間をかけて安物っぽいデザインにするのだろう。こんなもの無地の方がずっといいのに。
(ちなみに我が家の風呂場には「お風呂マット」はありません)

 連載のエッセイを書いて送る。

2006年12月05日

生まれて初めてのマッサージ

 昨晩、捨てキャンで雑誌を廃棄するときに腰をズキっと痛めてしまった。
 たいしたことはない。しかし、太極拳終了後はいつも腰が痛くなるので、最初から腰が痛いのでは到底できない。
 というわけで、10回コースの太極拳はあえなく尻切れトンボになってしまった。
(来週が最終回だが、用事があって参加できない)

 午前中、リハビリのため入浴。

 思い切ってマッサージを受けてみることにする。
 だいたい、こういう施設は女性向けにできているので、男でも入っていいのかなあ、なんてのが最大の障壁。

 横浜ベイクオーターのカラダファクトリーというのが家から近くてまあ、入りやすそうでもあったので、勇気を出して飛び込んでみた。
 アメリカで知り合った韓国のジャーナリスト(多分僕の女性の友人の中ではいちばん若い)にそっくりなSさんという若い女性がやってくれたのだけれど、こちらが場慣れしていないのでしっかり注文が出せない。
 ちょっと力が弱かったかなあ。
 でも、やってもらっているうちは気持ちよかった。
 効果のほどは家に帰って1時間ぐらいしたら、元の木阿弥みたいな感じ。
 5250円で50分の快楽だと思えばそれまでだけど、コストパフォーマンス的にはもうちょっと効果が持続して欲しいなあ。

 というわけで、こういう癒し系産業はお金とヒマがあれば楽しいのだろうと納得。
 酒を飲んで5000円使うよりも健康的ではありますが、きわめて刹那的な快楽なのだなあ。

 本日の「捨てキャン」は、雑誌書籍類60センチほど。
 ただし、腰痛のため、地下のゴミ捨て場までは運ばない。

2006年12月04日

編集者と打合せ

 午後2時、出版社編集長と打合せ。
 先月に提出した第一稿に対するフィードバック。
 物語性、カタルシスを高める仕掛け作りについての詰めなど、雑談含めて2時間ほど。
 第二稿の〆切を1月中旬とする。

 終了後、駅構内の行政サービスセンターで住民票。
 駅で、役所の窓口のかなりのことが済むのは本当に便利。

 コットンマムで買い物。
 野菜が新鮮で安いのがうれしい。
 調理パンがタイムセール(ようするにランチ向けの在庫の売り切り)で3個300円になったので、6個買いだめ。ここのベーカリーは安くて美味しい。
 コットンマムもスーパーとしてかなりこなれてきて、開店当初の気負いが抜けた感じで、使い勝手のいいお店になってきた感じ。
 それにしてもマーケット(商圏)が狭くて客が少ないのがかわいそう。
 いい店なんだけど、やっぱり市場に合っていないんだよなあ。
 みなとみらいから直通の橋が開通すれば、商圏は拡がるだろうけど、その頃にはみなとみらいにももう一軒スーパーができるので、なかなか前途多難だ。

 本日の「捨てキャン」
 雑誌や大型本30センチほど処分。
 その他、粗大ゴミ回収に電話をしたら、スキャナーや小型のコピー機など、50センチ以下のものは普通ゴミに出せばいいのだそうだ。へえ。
 というわけで、とりあえずスキャナーをゴミ置き場へ。

2006年12月03日

ヨット協会創立120周年

 午前中からみなとみらいにて、種々雑用。
 午後3時、いったん帰宅。

 午後6時、ホテル・ニューグランドにて、「横浜ヨット協会創立120周年記念式典&パーティ」。
 ドレスコードが決められているので、蝶ネクタイにカマーバンド。

 やっぱりニューグランドはいいね、という結論。

 ふだんならば、二次会へも行くところ、腰が痛いので、終了後は真っ直ぐに帰宅。
 服装こそパーティの格好だけれど、日曜日毎にハーバーで会っていっしょに飲み食いだべっている仲間たちだから、特に今晩余計に飲むと楽しいというわけでもない。いつもと同じように楽しいだけ。

 帰宅後は、「捨てキャン」
 粗大ゴミに出すものを7点選出。工具箱周辺の要らないもの、など処分。

2006年12月02日

床屋

 午前11時過ぎ、床屋へ。
 いったら3人ほど並んでいたけれど、イスの方もフル稼働で、12時過ぎには散髪完了。

 これからしばらくの間、毎日1-2時間、「家の物を捨てようキャンペーン」(略して「捨てキャン」)を実行しようと心に決める。
 手始めに書棚から雑誌50冊ぐらい処分。
 AVアンプや電子レンジなどの段ボール箱を潰して資源ゴミに。

 まったく酒を飲まない休肝日。

2006年12月01日

いやはや誕生日である

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 52回目の誕生日。いやあ、けっこうな歳ですな。(笑)
 知識も経験も増えているけど、やりたいことは18歳のころとあまり変わらない。

 午後、T出版社から電話。
 初稿のフィードバック。根幹のところOKということで、お互いにほっとした。
 来週早々に詰めの打合せ、ということで。

 ただいま2作同時進行で、それぞれいい感じになってきている。
 2006年は1作も出なかったけど、2007年は3作以上は出せそうだ。

 久々に、湯船に湯を張って入浴。旅の疲れをとる感じ。
 午後8時、「ウルフガング・パック」にて、妻とバースデーディナー。
 アメリカンレストランなので、ポーションが大きくて、お腹一杯だ。

 午前0時過ぎ、就寝。仕事をしない日。

(写真は沖縄の鼓響館で宮永英一のドラムとセッション中のところ)