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出来立ての原稿と。
パソコンを持たないで外出する解放感(笑)
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出来立ての原稿と。
パソコンを持たないで外出する解放感(笑)
した。
少しくつろいで外へでる。
昨晩、早寝をした。
6時間眠ろうと思っていたのだけど、午前3時に目が覚めたので、そのまま起きてしまう。
しかし、集中力が出ない。
午後、リハビリへ。
本日のブックオフは2冊で250円の収入。(笑)
みなとみらいのマクドナルドで原稿書き。
セキチュウに立ち寄って帰宅。
午後8時、眠くなったので30分寝るつもりが、目が覚めたら4時間も経っていた。
粗大ゴミを出さなくてはならないのだ。それも大物。
下駄箱、ラタンのチェスト2点、食器棚1点。
下駄箱は実は3つの棚を並べたもので、そのままだと回収費用が1個1500円で合計4500円費用がかかるので、捨てるに当たって、3つを完全に接着して1つの家具に改造。しかも、粗大ゴミ置き場へ運んでから現場で。
チェストは、中身を段ボールに移して、運び出す。食器棚は実は仕事部屋の食品ストレージとカメラの仕舞い場所。カメラ7台をエアキャップにつつんでこれも段ボールに梱包。
意外に時間がかかって、終わったのは午前5時前。
シャワーを浴びて、翌午前6時から、やれやれ、やっとまた執筆開始。
脱稿まであとほんのわずかのところで、疲れが溜まってきた。
とりあえず、みなとみらいを1時間散歩。久しぶり。
いったん帰宅して、改めて外出。
途中、ヨドバシカメラへよってちょっといいイヤフォンを買う。
楽器が全部ちゃんとした場所に聞こえる。演奏してる時はこういう音を聴いてるんだよな。
目的は、飯田橋のホテルエドモントにて、推理作家協会新年会。
これで協会のパーティーも一巡したので、これからは、無条件に出るのはやめる。
営業できるチャンネルが執筆能力を極端に上回っても意味ないし。
担当編集者に会って、進捗状況など報告。
以前、別のパーティで会って『覇権の標的』を送っておいた某社役員が声をかけてくれて、感想を頂戴する。楽しく読んでいただいたようでよかった。
二社ほど、編集と「次はうちでも長編お願いします」なる会話が飛び交うが、もちろん、パーティの時点では社交辞令の域を出ない。
いずれにしてもある程度プロットつくってからでないと。
ビンゴ、全然開かずリーチにもならない。商品の Wii 欲しかったのに。(笑)
午前1時半に起きたのでもう眠くてしようがないので、パーティを中座して帰る途中、筋肉弱ってまた腰痛。少し鍛えようと、電車ですわらず。
午後11時前に寝ました。
家を一歩も出ず。食事と執筆以外にはなにもしなかった一日。
こんな日記を書いても読者の方は面白くないでしょうが。
スミマセン。
前夜(起床午後8時)からずっと起きて原稿書き。
午前11時過ぎ、疲れたし、暖かそうなので、散歩に出る。
過去48時間くらいほとんどカーテンも閉めたまま家に籠もっていたので、太陽の光に当たるのがうれしい。
いつもはいかない午前中のスーパー。品揃えがよく見えるから不思議。(笑)
眠くはない。でも疲れている。
寝た方がいいのか、少し休めば回復するのか判断がつかず。
妻がいないので、気分を変えて居間のオーディオで音楽を聴きながらノートパソコンで執筆。
(こちらのほうがアンプもスピーカーもいいので、聞いていて疲れない)
結局、午後7時、就寝。
正午前就寝。
泥のように眠るとはこのこと。午後8時起床。
将棋で言えば、「詰む」とわかった状態。
最初の内、600枚の小説の全体を自分の頭が一度に把握しきれなくて、漠然と、最後までにはすべてがつながるという「予感」だけがして、それで書き進んでいくのだけれど、ここまできて、やっと、残り部分のことを全部頭に置いておくことができて、未解決の伏線が、引き出しに収まるように全部つながって……、完成した状態が完全にイメージできる、そんなところまできました。
つまり、頭の中では完全にできあがった。
あとは頭の中の図面通りに書くだけ。
早ければ(バンバン手が動けば)、あと二日で完成するでしょう。
やっと心安らかになった~。
ここまで来ないうちは、「もしかしたらこの小説は完成しないんじゃないか」という思いがずっと胸の奥にある。
苦しいところから抜け出た感じ。
午前11時過ぎ、就寝。
午後3時起床。シャワーを浴びてリハビリへ。
今日のブックオフは、4冊で190円。
なんだかだんだん安くなるなあ。ついにリハビリ代210円を下回った。
(もともと、この両者に金額的な関係はないので、比較してもしかたがないんだけど(笑))
タクシーで東横イン桜木町へ。
某大手半導体メーカーのエンジニアHさんと、20年ぶりの再会。
AXという規格のパソコンのためのグラフィックチップを開発しているときに製造をお願いしていた。その会社の技術窓口がHさんだった。
NECのPC9800が日本の標準で、MS-DOS。Windows はまだ 3.1 で、まったく使えないOSだったころの話だ。
ちょうど僕が、NECからアスキーに転職して、最初のプロジェクトだった。
NECでは開発部にパソコンが2台あっただけだが、アスキーにはひとり一台以上、パソコンがあった。
インターネットはまだなくて、パソコン通信の時代。社外のメールは junet 。
1986年の時点で、すでにアスキーの社内では電子メールをつかって仕事をしていた。
アスキー社内のホストは VAX11 だった。演算速度1MIPS。これが VAX MIPS と呼ばれる演算速度の基準になる単位になったりした。
いまのパソコンよりも1000倍遅いマシンを、社員全員で使っていたのだ。
LSIの設計データのやりとりをするのに、Hさんの会社に専用の部屋を用意してもらい、電話回線を引いてもらって、そこにファイル受信用のパソコンを持ち込み、モデムを使って、自分のパソコンからファイルを送り込んだ。
なにしろ、NECの開発部門ですら、50人に2台のパソコンしかなかったころの話だ。
半導体LSIという最先端の分野でも、設計データを電子的にやりとりする環境はなかった。だから、自前でピアトゥピアの通信システムを構築してデータのやりとりをできるようにした。
ただし、その部屋は無人だったため、データを送ると、Hさんに電話して、「データを送りました」と連絡する必要があった。電子メールなんてのは、仕事には使えないものだったのだ。
たった20年前の電子立国日本の姿である。
中華街まで歩いて、家庭料理系のお店でHさんと食事。
なんと、1月24日にして、本年、最初の外のみ。
(Hさんはお酒を飲まない人なので、僕だけビール2本)
午後10時半に帰宅。
そこから、翌午前11時まで原稿書き。
リハビリは休む。
家に籠もってただ仕事。
前夜から仕事をしていて、午前10時前に一段落。
かなり終わりが見えてきた。
正午前に就寝。午後4時、起床
朝食(?)を摂ってリハビリに。ブックオフで6冊を290円で売る。
第二食目(ふつうの人の夕食に相当)は、ステーキ。
翌午前4時前の第三食は、豚肉キムチ炒め。
40個のファイルに分けて書いてある本文を一太郎に読み込ませて、今までに書いたところの誤字脱字チェック。
そういえば、正月が開けてから、外で一度も酒を飲んでいない。
寝る前に銀行へ「交通共済」を申込みに行ったら、制度自体がなくなっていた。申込書をもらったのは18日だったんだけど、そもそも配布してはいけないものを僕の請求に応じて銀行がくれたものだったということ。眠いのガマンして行ったのに。
午前3時起床。ここのところベッドに入るのは午前11時くらい。
それが身体が要求している「自然」なので逆らわない。
すぐに日が暮れる。(笑)
小説の神様、ご滞在中。名作の予感。(笑)
午後4時起床。
小説の神様が降りてきた。
ありがとう。
集中力が出ると、いきなりビタミン不足の症状が出るので、ビタミンA/C/アリナミンなどを摂取。
脳が糖分を要求するので、ダイエットモードから一時離脱。
このところ目覚めるのは午後2時くらい。睡眠時間は5時間ほどはとっている。
家のことを少し片づけて、リハビリへ。
いつもほど「効いた」という実感がない。つまり、いままでほど筋肉が張っていないのだ。ひょっとして、復調してきている? ならばありがたい。
終了後、ブッックオフ。6冊で310円。100円の黒字。
妻が外食なので、息抜きにこちらも外食するつもりだったが、いざ、夕方になると、家計費がもったいなくなってスーパーによって帰宅。なかなか堅実な主夫である。
執筆で忙しいのに、ネット上で議論を始めてしまう。テーマは不二家の問題。
でも、議論の中から新しい小説のアイデアが形を現してきた。ラッキー!
忘れないように、簡単なメモを取っておく。
なにしろ2007年は射手座も一白水星も強運なのである。初詣のおみくじだって大吉。こうして、いいことがどんどん起きるはずだ。(笑)
どっちにしても、発信しない動かないところには情報もアイデアも人も集まってこないから、無駄のようでも走り回ることが大切なのだ。
母の誕生日には、誘い出してお食事会をするのが通例になっている。
が、ことしは、僕も妻も忙しくてまったく余裕がないので、一段落ついたら改めてということで。
3時間ほど寝て起きて、みなとみらいでいつくか事務的な用事。
あとは、執筆。
木曜午後は整形外科が休みなので、リハビリには行けず。
三日連続でリハビリ。
リハビリがいいのか、トラックボールがいいのか、その両方か、あるいは気のせいか、腰が良くなったような気がする。
整形外科の隣がブックオフなので、ついでに処分する本を5冊売りに行ってみたら710円で売れた。
物書きの側からすると、古本が何度取引されても一銭もお金が入ってこない。だから、自分は本屋で買えるうちは、安くすんでも古本を買わないようにしている。古本を買うのはすでに絶版になったものだけ。
しかし、本棚の整理は必要だし、本をただ捨てるのは忍びないし、いろいろと物入りでもあるので、ある意味、断腸の思いで、生まれて初めて「古本屋に本を売る」ことに踏み切ったのだ。たとえ読者は古本屋にお金を払っていても、古本は著者から見ると印税が入らないから「本のタダ読み」だ。古本を売るのは、そのタダ読みに加担しているわけで、書いた人には申し訳ない気持ちで一杯。ごめんなさい。
小説家のひとりとしては、まあ、タダでも読んでもらえればうれしくないことはないのだが、お金を払って新本を買って読んで頂かないと、こちらには一銭も入らないわけで、これで生計を立てていく(いや、立ってないけどさ)側からすれば、どうにもこうにもにっちもさっちもいかない。
みなさん、本は、古本や図書館ではなく、本屋さんで買って読んでください。著者全部を代表してのお願いです。(て、いっても何の効果もないだろうけれども)
じゃ、著者全部を代表するのはやめて、せめて阿川大樹の本は、新本を本屋さんで買って読んでくださいね。(と、半強制)
本の中身に価値があるのに、「もの」として本の販売を続けてきた出版界の体質にも問題はあるのだが。
本の売り上げ710円で、リハビリの210円を払っても本日は500円の黒字。
でも、そんなわけで本を書く側として、思いは複雑だ。
あとは執筆。
外貨口座に、1800カナダドルの入金があった。
「窓を開ければ港も見える」の1年分の原稿料。
これは僕の生活費およそ一ヶ月半分。ほっとひといき。(笑)
二日連続のリハビリで、腰痛は少し改善されたような気がする。
腰痛の原因は、基本的には運動不足だと思う。
しかし、身体の左側の筋肉が突っ張っているので、内臓か姿勢が疑われる。
昨年、秋、そう思って検査したが、内臓は大丈夫。
そこで姿勢。
右手でマウスをもつと、右肩が上がって身体の左右のバランスが崩れる。この姿勢が長いのではないかと考え、身体の中心で操作できればいいのではないかと思った次第。
目指すお手本はノートパソコン。
ところが、大きなキーボードでスペースバーの手前にトラックボールのあるものを探したのだけれど、そういう製品がない。
キーピッチさえそこそこあれば、別のマウスよりも、ノートパソコンのキーボードの方が使いやすいのに。
しかし、ないものは仕方がない。
Kensington の12000円のやつがよさそうだけど、さすがにちょっと高い。
清水の舞台から飛び降りるつもりでサンワサプライのこれを買ってみた。健康のための投資。
まだ100%慣れていないけど、まあ、けっこういい感じ。
それはそうとこのおかげで気がついたのは、そもそもキーボードが正面になかったということ。
右にテンキーがあるのに、ついキーボード全体の正面を身体の正面に置いていたんだけど、考えたら、両手をホームポジションに置いたときの中心、つまり「T」と「Y」の境目が中心じゃないか。
そう気がついて、テンキーが右側にしっかりはみ出させて、文字キーが真ん中に来るようにオフセットして(?)置くことにしたら、なんか気のせいか楽みたい。
左の背中や腰がつっぱるのは、こっちが原因のような気もしてきたなあ。なにしろ1日に12時間くらいキーボードに向かっているから。
まあ、この位置から、肘を中心に手を動かした手前にトラックボールを置くことにすると、さらに身体の中心がずれることがなくなるので、なおのこと良い、ということにしておこう。
ただ、この場合、トラックボールは斜めに置かれるので、このときにマウスカーソルの動きのXYを調整すると、従来のマウスのときに操縦不能(?)になる。
デバイス毎に別の設定をもつことができればいいのに。
妻が外食だったので、こちらは手を抜いて、整形外科の隣の「ガスト」で夕食。メニューが若向きなので、900kcalくらいになってしまうではないか。
みなとみらい "Blenz Coffee" で仕事を始めたが、マッサージで血の循環が良くなったせいか、眠気がきたので、無理をせずに帰宅。
眠気覚ましに家で一番古いパソコンを分解。fedora core ( linux ) が動いていたやつ。
パソコンを処分するときにはメーカーに送ることになっているのだが、我が家のパソコンは部品をバラで買い集めて組み立ててあるので、メーカーというのがない。しいていえば、自分がメーカーだ。そこで、買い集めたときのように、部品にもどして、パソコンではなく部品を資源ゴミとして捨てることに。
ケースだけは寸法からして「粗大ゴミ」なんだけど、パソコン筐体という品目がないのだな。
眠気が覚めたところで、また仕事。
月曜になったので、待ちに待った(?)リハビリ。
ヨドバシカメラで「トラックボール」を購入。実はこれも腰痛対策。
ワイアレス式にしたので、他のこともあって、充電式電池 eneloop も購入。
夜、トラックボールをインストールして使い始めるが、まだ慣れない。
なかなか調子は出ないが、とにかく少しずつでも書く、書く、書く。
というわけで、全日は、あまり仕事は進まなかったが、今朝3時半に起床。
本日より、朝型で生活します宣言。(ほんとか)
午前8時。さすがにこの時間までがんばると少し疲れてきたので、コーヒーを淹れて休憩。
ちなみに、昨年の今日は出版記念パーティでした。
日記にはこう書いてありました。
(以下、昨年の日記から引用)
1月14日;
午前2時起床。
午前中に何とか歌ができあがったので、遅れていたエッセイに手をつけて1本書いて送り、恵比寿のパーティ会場へ出発。
田口ランディさん、すがやみつるさん、森下嘉樹さん(KAZI編集長)が発起人になってくださって、阿川大樹『覇権の標的(ターゲット)』出版記念パーティ、なのである。
しかし、よりによって、すごい雨。
16時、会場の代官山 unice 入り。
MCのササキケンジはもう来ていて、さっそく打合せ、演奏する曲の進め方なども簡単に。
周りでは受付方面の準備なども進めてくれている。
音が出せるようになって、あわせているところで、歌手の八木啓代さん、江戸賀あい子さん、つづいて登場、で歌のリハーサル。リハではうまくいかないけど、本番なら大丈夫、という感触得たところで終了。だって、開場時刻前なのに、お客さん入っているんだもの。(笑)
若干の出版関係者と、あとほとんどは10年以上のつきあいになる友人知人たち、90名ほどが豪雨のなかを駆けつけてくれて、あっというまの2時間でした。
パーティのラストは、劇団「夢の遊眠社」の公演で演奏したとき以来の27年ぶりの東京ライブ(27年ぶりの「日本ライブ」は昨年12月にコザの「ジャックレモン」で済ませた)。1曲目は、ササキケンジ、八木啓代、江戸賀あい子の豪華メンバーと "Stand By Me", 2曲目は12月に沖縄コザでつくった新曲「Kという町」。
中目黒駅近くの居酒屋で二次会。
Westineに宿泊(わお! 高級ホテル。でも気持ちがいい)
まさに、光陰矢の如し。
いろいろな事情もあって、1年経ってまだ次の本ができてないけど、粛々とがんばっております。

「捨てキャン」の一環で夕食にワインの在庫を1本空けた。
妻の仕事が一段落ということで、おつきあい。
Chateau Mouton Rothschild, Pauillac, 1997 (ボルドー)
戴き物で、初めてのむワインだったけど、とてもよかった。香りに気品があって、フランスワインにしては優しい、いいバランスのお酒。
Mouton というだけあって、普通ならライオンが向かい合っていたりするエンブレムに羊が向かい合っているのが愉快。
フランス語の mouton の記憶は、大学1年のクラスで講読した、「星の王子様」の一節、"Desine-moi un mouton" (自信がなかったのであらためて教えてもらった。(笑)?)
一時は10本以上あった冷蔵庫のなかの在庫も、これでフランスの赤ワインが2本と、シャンパン(いわゆるドンペリ)の合計3本まで圧縮されました。(自分では1000円以下のワインしか買わないので、すべていただきものです)
10時半には眠くなってしまい、無駄な抵抗をあきらめて寝床へ。
写真は、ワインのボトルです。隣の画は、友人の翻訳家・野中邦子さん直筆のイラスト。デスクの上にあったので、並べてみました。

期間限定、メガマック。
カロリー計算して生活してるのでダイエット中でも平気で食べられる。
へっへっ。
リハビリ帰りにマックで仕事中。
本日の「捨てようキャンペーン」。
リストアップすると、少なくとも粗大ゴミを15ほど出さねばならず、一度には出せないので、できるものから、と本日5つ出す。
だんだん部屋が広くなっていく。
で、ついでにプチ模様替え。
仕事場のモニターの高さが高いので、デスクの後ろにワゴンをもってきて、そこに載せることで見下ろすようにすると同時に、目から遠ざけた。
老眼の度が進む分だけ遠ざけていけば眼鏡を作り直さなくてもいいじゃないか。(笑)
見下ろすようにモニターを設置すると、視野の移動が少ないだけでなく、ドライアイになりにくくなる。
距離は目から100cm。かなり楽です。(笑)
ついでに、スピーカーも120cmに遠ざける。多分、この方が疲れない。
部屋の反対側の乱雑が見えないようにラタンのついたてをすぐ前に立てていたのを、200cmまで遠ざる。
ほとんどの時間、パソコンの前にいるので、できるだけ遠くを見る時間を増やしてみようと。
午後2時前に起きて、昼の間は、主に、リハビリと家事。
夜半から、本格的に仕事です。
リハビリ行くと、なんかいろいろ調子がいいみたい。
Napster はいつもまにか100万曲増えて250万曲になっているのだそうだ。
そこで、ただいま「コーヒールンバ」こと "Moliendo Cafe" (コーヒーを挽きながら)をかたっぱしから聞きながら仕事している。その数、なんと34種類。
西田佐知子と井上陽水のバージョンは我が家にCDである。ほぼ洋楽専門のナップスターでは和モノは熱帯JAZZ楽団だけがひっかかった。
最近、フラメンコを聴いてみたり、ふだんあまり聞かない音楽を Napster のおかげで再発見できてなかなかたのしい。
粛々と、仕事。
昨日に続いてリハビリ。午後の空いている時間に行ったせいか、心なしかマッサージを長くやってくれたみたい。3割負担で210円。
安い。こりゃあばあさんたちが病院に入り浸るわけだ。とにかく気持ちいいのは確かだ。
Napster で知らない曲をガンガン聴くのが気持ちいいので、ついに Napster To Go の契約に変更。月額1980円で、150万曲が聞き放題。邦楽はあまりないが、もともとほとんど洋楽しか聴かないのでまったく問題なし。
iPod よりも iriver T10 の音質がかなりいいので、これを機会に iTunes に入れてあるCDを 192kbps でエンコードし直している。このところ執筆はノートパソコンでやっているので、デスクトップは音楽マシンだ。
まさか、こんなにコンピュータで音楽を聴くことになるとは、コンピュータ技術者であった僕も想像しきれなかった。
執筆の調子、まあまあ。
まあまあでありさえすれば、やっていればやがてゴールまで辿り着く。
フラメンコを聴いているとアップテンポで調子が出てくるような気がする。
Paco de Lucia, Jesse Cook(今回新発見) あたり。
整形外科へリハビリに。
腰の牽引とマッサージ。とりあえず気持ちよくなる。
買い物をして帰宅する頃にはまた背中がこわばっていたけれど、続ければ効果があるかもしれない。
執筆の調子も出てきた。
正午に起きるつもりが目覚めたら午後2時だった。
フットサルが始まっている。ま、腰がまるで切れないのでとてもプレイできるコンディションじゃないし、仕事もはかどっていないので、もともと不参加のつもりだったのだけれど。
夕方には、高校のクラスメイトのオヤジバンドのライブもあったけれど、こちらもお休み。とにかく、絶対的に時間が足らなくなってきているし、創作脳をダメにしないためにも人には会わない方がいい。
夜になって、ホイットニー・ヒューストンを聴きながら、かなりムキになってストレッチしたりダンスしたり。前屈で掌が床に着きそうにまでなったところで、やっとそこそこの体調に回復。
久しぶりに、執筆もまあまあのパフォーマンス。
世間は日曜日だけれど、こちらは盆も正月もない。
のだけれど、「絶好調!」はあっというまに崩れ、ここ数日、すっかり原稿ははかどっていない。
いつもそうなのだけれど、社交的な場所に出て多くの人と話をすると創作脳がだめになる。
社交というのは、バランスを考え、相手の反応や考えていることをおもんぱかり、自分を相手に合わせることで成り立つのだけれど、創作は正反対、ようするに、「いい人」であることや他人のことなど考えずに「オレサマ街道をひとりひた走る」ことで成り立つ部分が大きい。
というわけで、今日も、悶々だらだら、小説の集中力が出ないままに体力が尽きていく。
外へ出て運動したいが極端に身体が固く、ストレッチと太極拳でわずかに回復しただけで、とてもジョギングに出たりはできない。動かないでいると、腰痛は解消されず、頭にも地が回らない、と、悪循環だ。
とにかくフィジカルな状態が良くなくて、運動しないとヤバイが、運動できる身体にするのも一苦労、という状態で、そっちに気がそがれる。
困ったもんだ。
叔父の葬式、午前9時過ぎに家を出て午後8時帰宅の一日仕事。
叔父の棺には、予科練のころの集合写真があった。
叔父には戦争の話を聞かせてもらいたかったが、彼が予科練だったことで、僕の心の準備ができなかった。16歳かそこらで国のために命をかけようと思い立った人と向き合うには、こちらにもそれを受け止める覚悟が必要だと感じていた。
話を聞ける自分になろうとわざわざ江田島の海軍兵学校へ行ってみた。だが、そこでみたものは、自分の青春と当時との差であり、かえって道は遠のいてしまったのでした。
「おじさん、教えてくれ」と虚心坦懐に何も知らずに聞きに行けばよかったのかもしれない。
叔父が予科練にいたころは、日本にはもうたくさんの飛行機を作る国力も、飛行士を養成する時間もなくなっていた。叔父は飛行機ではなく、水上特攻艇「震洋」というので訓練していたらしい。人間魚雷回天が有名だけれど、僕が江田島で模型で見た震洋はベニヤ板でつくった、子供だましみたいなチンケな小舟だった。
あれでは軍艦の曳き波でも簡単に転覆してしまうだろう。
特攻のとき、突っ込むこともできずに波に煽られて転覆して死ぬ姿が想像できてしまう。それだけで泣けてくる。
乗ってみれば、彼らも訓練中に自分の最後をそのように想像したにちがいない。国のために死をいとわないという志を、きちんと受け止める国力すら日本にはなく、死に場所としてあまりにみじめなベニヤの船と、「特攻」にすら性能が不十分な船で、多くは「犬死に」が待っていたばかりだった。
棺の中の予科練当時の集合写真。
そのセピア色の集合写真を見て、このうち何人が生き残ったのだろうという思いが浮かび、6人の孫まで儲けたことを思えば、戦争で死なずに今年の正月二日まで生きていて本当によかったと思って涙が出た。
叔父が死んだことよりも、彼がその日まで生きたことを喜ぶ気持ちがした。
原稿は書けずに、疲れて就寝。
2日に亡くなった叔父の通夜。
特攻隊員の生き残り。戦争がもう少し長く続いていれば62年前に死んでいた。
洒落者で善良で無頼で繊細で剛胆でかわいい酒豪だった。
親類の集まる宴で、次男の父と三男の叔父はいつも飛び抜けて酔っぱらって大声を上げていた。
棺の窓を開けると、頭の横にきれいに洗った予科練の帽子があった。まるで新品のレプリカみたいにきれいだった。
叔父から、彼にとっての戦争の話を聞いておきたいとずっと思っていたけど、重たすぎて、僕の心の準備ができず、ついに聞くことのないままになった。
残念ではあるけれど、命を張ったことのある人の話を聞くには、こっちにもそれだけの準備と覚悟がいる。
3時間睡眠だったので、行きの片道2時間は睡眠。帰りは少し原稿書き。
告別式の明日も、行きの電車で眠れるので、今夜はその分、ベッドで寝る時間は減らせる。
母が通夜からいっしょに帰りたがったが、睡眠か創作に往復の時間を使いたいし、そもそも母と話すと精神が苛立ち創作にいたく障害が生じるので断った。
ヒドイ息子といわれてもいいから、いい小説を書く方を優先することに人生決めているのだからしかたがない。いい小説を書くことといい人であることのどちらかを選ばなくてはならないとしたら、躊躇なく前者を選ぶ。
31日に続いて大「捨てキャン」デー。
模様替えをしないとアクセスできないところも、どんどん。
両手にゴミ袋持ったり、キャスターに新聞雑誌を満載したりしながら、都合9往復。
部屋の床露出面積が倍以上になったかも。
作業終了は午前8時。
ただいまラストシーンを書いていますが、アイデアがどんどん湧いて面白くなる。
むふふ。
絶好調でございます。
こういう日ばっかりなら、僕は天才だと断言できる。(笑)
ラストシーンを書いているからって、執筆はまだ大詰めではなくて、途中のシーンを100枚くらい書かなくてはならないのですけど。
さあて、もうちょっと行きますかね。
昨年11月の沖縄コザ訪問の時に収録、12月20日にFMコザで放送された 「エロかしまし小桜ナイト(ゲスト:小説家・阿川大樹) 」がポッドキャストで公開されましたので、以下のURLで聴取可能です。
パーソナリティの「コザクラおばあ」こと、まーこさんとのトーク番組。
http://log.ti-da.net/ad/user/ad.php?id=329 (mp3 34MB)
(残念ながら携帯からはお聞きになれません)
昼前に起床。
午後2時に母親がやってくるので、朝食は Lieta で済ます。
ほぼ定刻、母が到着。
お節料理のサブセット(我が家で作った品目は妻が黒豆、僕がだし巻玉子。あとは若干購入)
剣菱を少々戴き、あとはお雑煮と鯛の尾頭付きを象ったパイ。
午後6時頃、母親帰宅。
教育テレビで「ウィーンフィル・ニューイヤーコンサート」を聴きながら、ネット上のお年始回り。
遅くなってから、小説にもどる。
あらためて、新年、明けましておめでとうございます。
昨年は、内的には充実して自分なりの進歩を得た年でした。
しかしまだまだ甘い。精進します。
本年は最低四作上梓が目標です。
ただいま、二作、同時進行中。その先は、まだ見えません。
最近、人に感謝することが多くなりました。きっと年なりには少し賢くなって、世界がよく見えるようになったからなのでしょう。
バカだった若い頃からつきあってくださっているみなさま、改めて、ありがとうございます。
最近、お目にかかるようになったみなさま、出会いに感謝しております。バカを見極めてやろうぐらいのつもりで、久しくおつきあいください。
みなさまの2007年が輝きますように。
健康な1年をお祈り申し上げます。