覇権の標的 フェイk・ゲーム  幸福な会社 会社、売ります D列車でいこう インバウンド








« 2007年01月 | メイン | 2007年03月 »

2007年02月27日

めざせ、赤字脱却!

 明日からは完全な引越モードにはいるので本日は事務屋さん。
 というわけで、入力だけは終わっていた確定申告の作業。
 国税庁のウエブサイトに会計ソフトから出た数字を入力してちょいちょい……と、終わるはずだっただけど、なんと赤字申告は国税のサイトからはプリントアウトが出せないではないか。
 決算書だけは出せるんだけど。

 でもって、損失申告には第4表というのもいるので、pdfをダウンロードしてプリントアウト……したまではよかったんだけど、書き方がよくわからないので「手引き」もダウンロード。
 と、かなり時間がかかって朝になってしまった。(そもそもとりかかる時間が遅いというウワサも)

 平成18年度は、小説以外の仕事をほとんどしなかったし、小説も本が出なかったので大赤字。
 予定通りなので、驚くことではないのだけれど、今年は経済的にも頑張ろうと思う。

 次の本は、5月発売です。みんな買ってね。
(詳細は続報を待たれよ)

2007年02月26日

オートバイ遍歴

大学生の時、
HONDA CB50JX 
 リッターあたり150馬力のスーパー原チャリ。
 どんどんエンジンが回るので、奥多摩の上りでオーバーレブした。

その後、
HONDA WING GL400
 「振動を消すのは簡単だけど、乗り味を出すために振動を残した」と設計者が言う、当時は珍しかった水冷2気筒。
 気持ちのいいロングツアラーでした。

HONDA XL250S ?
 上野でボロボロのを買って、世田谷から相模原まで通勤につかっていた。何度直してもオイル漏れが直らないので、オイルを足しながら使っていた。
 多摩川の川原でオフロード遊びをして、こけてはクラッチレバーやブレーキレバーを何度もへし折ってしまったな。
 自分で白く塗装して、フロントフォークとタンクにYAMAHAのシールを貼って車種不明の「ヤマハモドキ」にしていた。修理のためにホンダSFへもっていったとき、フロントの人が伝票に「ヤマハ」と書くので、「ホンダです」というとびっくりしてた。してやったり! (見ればわかるだろうに)

そして、
HONDA GB250 Clubman
 http://www.honda.co.jp/news/1987/2870209.html

ずっと、バイクはホンダです。

こだわりは、
 4サイクルであること(上記全車種)
 シリンダーは多くないこと
  (GL400 だけ2気筒。他は1気筒)
 マフラーに金属光沢があること
  (XL250S はオフロードだったので、黒かった)

 GB250 Clubman は、僕の理想とする、もっともバイクらしいバイクです。このバイクを見ていると、設計者の心が伝わってくる。
「こういうバイクをつくりたい」と思っているエンジニアの思いがすべての部分に表現されている。

 20年前の1987年、最初に就職して8年働いたNECを辞めたとき、退職金で買おうと思ったのだけど、退職金は25万円しかなくて、39万円のこのバイクが買えなかったので、貯金を足して買いました。
 町乗りはほとんどせず、ツーリング専用で、4000Km走りました。(町乗り用には別にヤマハパッソルをもっていた)
 が、この15年ほどは、マンションの地下に置いたまま。
 タイヤの溝はほとんど減っていないけど、さすがにゴムの弾力は失われている感じ。

 本日、15年ぶりに地下室を出て、車に乗せられていきました。また乗れるようにメンテナンスしてもらうために。(そもそも動くようにしないと、引越ができないしね)

2007年02月25日

人生.zip

 20年ぶりの職場のOB会に行ってきたかと思うと、今度は40年前に通っていた大阪豊中の小学校の同窓会の案内が来た。

 6年の夏休みに東京へもどってきたので、その学校は卒業していないし、転校して入って2年しか通っていないし、参加しても僕を覚えている人は少数だとは思うのだけど、ネットで僕を40年ぶりに見つけてくれた人がいて、それつながりで情報が回ってきたのだ。

 電子ネットワークってすごいよね。

 と、思ったら、25年くらい前に、わいわい遊んでいた準草分け世代のスタイリストから『覇権の標的』読みましたメール。
 年賀状交換していたけど、これも20年くらい会っていなかったし、メールは初めてだよ。

 先々週には、夢の遊眠社を名乗る以前の劇団の仲間(当時の主演女優)から東京に引っ越してきたよとメールが来た。32年くらい前からの知り合いだ。

 なんだか、僕の人生がこの一ヶ月に凝縮されてきているみたいで、不思議な感じ。


 入稿になりました。5月刊行、ほぼ確定。

2007年02月24日

消えたチケット

「粗大ゴミの券ください」
「はい」
「200円の5枚」
 横浜市は粗大ゴミを処分するのに、郵便局かコンビニで、ゴミの種類に応じて200-1500円のシールを買って貼って出すことになっている。
「すみません。2枚しかないんです」

 あちゃぁ~。
 明日、朝8時までにシールを貼って出さなくてはならないのだ。今回は5点。3月8日にさらに6点。
 すでに今年に入って10点以上出している。

 3月2日にみなとみらいのとあるマンションの入居がはじまる。うちのマンションの窓からも見える。
 横浜の都心。同じライフスタイル向け。
 実は、我が家は3月7日にそこへ引っ越す。今同じマンションに住んでいるヨットの共同オーナーも同じ処に引っ越す。独自の調査によれば、少なくともこのマンションからあのマンションに引っ越すのは5世帯ある。おそらく近隣のマンションも入れれば20世帯くらいが、同じ時期に一斉にみなとみらいに移動するかもしれない。

 引越といえば大量の粗大ゴミが発生する。
 というわけで、うちも分散して必死でいままでも粗大ゴミを出していたわけだが、近隣で同じ人が多いとなると、粗大ゴミ収集シールの特需が発生するわけである。

「じゃあ、とりあえずその2枚ください」

 ジョギングの帰りに立ち寄ったコンビニで2枚しか買えなかった。ジョギングのコースを延長して他のコンビニにあたる。どこも全部売り切れである。
 つごう4軒のコンビニをまわって、やっと4軒目で調達に成功した。
 わがマンションから駅と反対に500mほど離れたところであった。

 この分では3月8日の分は、早めに買っておかなくては。
 次回は、粗大ゴミ処分シール代金だけで5000円ほどかかる。ひえー、である。

2007年02月23日

20年のあいだ

 ここのところ、たっぷり8時間睡眠を摂っている。
 3時間でも生きていけるけど、8時間寝ると「休んだぁ」という実感がある。
 まあ、そういう時期もないとね。

 夕方家を出る。と、駅に向かう途中でサイフを忘れていたことに気づく。出がけに家の鍵が見つからず、30分以上探していたので、それで気を取られてお金のことを忘れていた。下車駅ではおそらく6時過ぎるし、ATMがあるかどうかもわからなかったので、途中のファミリーマートで現金を降ろす。手数料105円。
 午後6時、向河原駅到着。
 少し時間があるので、ドトールでコーヒー。やっと覚醒した感じ。(笑)
 6時30分、「NEC玉川クラブ」に到着。
 システムLSI推進開発本部デバイス技術部OB会。(意味不明でゴメン)
 大学を出て最初に就職した日本電気(NEC)で、研修後、府中にあるコンピュータ技術本部第二技術部というところに配属になった。ところが3ヶ月ほどして、この「システムLSI……」という組織ができて、そこに転勤になった。
 この組織は、社内のかなり広いいろいろな部署から人が集められてできた新しい部署だったので、いまとなっては、当時の仲間たちにはちょっとしら不思議な連帯感が形成されていて、ある種の産みの苦しみを共同体験した同士という感じがあるのだ。
 その組織も5年ほど前に廃止されてなくなったらしく、有志による幹事団が関係者200名に声をかけ、100名ほどが集まったというわけ。
 僕がNECを退職したのは1987年の3月。だから、ほとんどの人には20年ぶりに会うことになる。
「本、読んだよ」と声をかけてくれる人もあれば、「今、何してるの」という人もあり、後者にはもちろん『覇権の標的』の紹介が裏面に書かれた名刺を渡して宣伝。終了前に5分ほどスピーチ。
 9時に終了したあとは、すでに閉店している近くの中華料理屋をむりやり開けてもらって二次会。旧交を温めて家路についた。

 ちなみに、『覇権の標的』に登場する旭製作所の半導体工場はNEC相模原工場に似ています。
 旭製作所の置かれたシチュエーションは日立製作所。
 物語に登場するSAは、日立製作所のSHマイコン。主人公がこの会社在籍中に苦労して開発しているチップのユーザーであるゼータ・グラフィクスはセガ・エンタープライゼス。その会社が発売する予定のゲーム機「ドリームプレス」はセガの「ドリームキャスト」に似ています。「サターン(土星)」じゃなくて「ジュピター(木星)」なんてゲーム機があったり。
 ICM こと International Computer Machinary は IBM こと International Business Machines 似ているし、会長の名前も実在の人物に少し似ていますね。
 その他、「これはだれのこと?」と楽しめる「隠し味」がけっこう入っています。もちろん似ているだけで、物語はフィクションです。

 NECで8年働いて、やめるとき退職金でバイクを買おうと思ったら、39万円のオートバイも買えないほどの退職金だったので、貯金を足して買ったのが GB250 Clubman というバイク。
 20年後の今もマンションの地下に保管してあります。4000キロしか走っていない。こんど小田原のメカニックに預けて再び乗れるようにメンテナンスしてもらいます。

2007年02月21日

小旅行 湯河原梅林

 高島屋の地下の店へ。
 幸いなことに10時発売(一日限定三回売り出す)ニューヨークチーズケーキがまだあった。手みやげゲット。
 東海道線で小田原へ。
 車でピックアップしてもらって、某自動車修理工場へ。
 知り合いのメカニックにバイクのメンテナンスの段取りをつける。
 海岸沿いを湯河原まで。梅林は七分咲き。平日だというのに、たくさんの人がきている。年配の人がほとんどだが、立派な一眼レフをもっている人が多い。
 梅林の中に岩場があり、ロッククライミングの練習をしている人が数人。これも白髪の人たちだ。女性も。
 おすすめの蕎麦屋でおすすめの天丼を食べる。ドライバーには悪いけど、ビールも。
 夕方、小田原駅でドロップ。
 豊かな小旅行だった。

新規開店のヘアサロン

 午前4時半、目が覚めた。いきなり朝型だ。
 簡単な仕事を少しして午前10時半、本日オープンのマンションの向かいの男性向け美容室へ。
 前からあるその隣の美容室はシャンプーとカットで4200円でちとお高いので、駅の近くの3800円の理容室まで行っていたのだが、新規開店のこちらは2800円。
 開店して第一号の記念すべき客になる。
 仕事も速いし、値段も安い。しかも、美容院方式でシャンプーは仰向けで楽。仕上げもナチュアラル。いいかもしれない。

 美容院だと行った直後がいちばんいいのに、床屋の場合、仕上がりは「床屋に行きたて」にできあがる。顔を剃っても洗い流さず拭き取るだけなので、必ず吹き出物になるから、顔なんて剃って欲しくない。前屈みでシャンプーすると、顔に水が回って、鼻の穴に水が入ったりして不愉快。旧来の床屋のシステムというのはどうもいろいろ不合理なところが多いし、ちまちま慇懃に作業をするので時間もかかる。
 昭和のゆるやかな時代、おそらく床屋は一種の社交の場だった。
 祖父は床屋が好きで、よく行っていて、そこでずっとお喋りをするのが楽しみだった節があり、その床屋に僕が行くと、理容師が我が家族のことをよく知っているのに驚いたものだ。いまほどプライバシーに社会が敏感ではなかったころの話である。
 いま、美容院だと、カットの作業はけっこう大胆でスピード感がある。スピードも腕のうちだ。女性は男よりも頻繁に美容室に行くし、パーマをかければ否応なく時間がかかるから、カットを慇懃にやっている場合ではない。
 というわけで、慣れてしまえば、理容室よりも美容室の方が快適なのだ。
 
 切ってもらっているうちに、花屋がやってきて、なんたら会社の代表取締役なんたらさんから、店に花が届く。一方、どうやらいくつかの化粧品が足らないらしい。会員カードを発行する機械の操作がわからないらしく、スタッフが機械を覗き込んでいる。
 終わってお金を払うと、会員番号1番の会員カードをくれる。
 ポイントが溜まるとなにがうれしいのかという説明は特にない。(笑)
 預けたコートは着せてくれたが、荷物のことは忘れている。
 受け取って店を出る。店主は外まで送りに出てなんども頭を下げる。銀座のクラブのようでもある。
 歩き始めて20m。気がついた。眼鏡を置いてきた。
 再び店の扉を開けてもスタッフはまだ気づいていなかった。
「あの、眼鏡を」
「あ、すみません」
 さっきまで座っていた席に前の棚に僕の眼鏡がそのままあった。
「いきなり、ペナルティですね。もうしわけございません」
 おもしろい体験だった。けっして不愉快ではない。
 一所懸命お店を始めた感じ。また利用します。がんばって。

2007年02月20日

仕事をしない日

 朝一番で、原稿を送って午後になって起きてくる。
 本日は、仕事をしない日にする。

 夕食に日本酒を2合ほどのんだrた、うまい具合に午後11時過ぎに眠くなったので、午前0時前に就寝。

2007年02月19日

床屋に行きたい

 髪の毛がじゃまくさくなってきた。
 
 本日はBGMは趣向を大幅に変えて、ワーグナーの楽劇「トリスタンとイゾルデ」

 泣かせどころ(笑)を書き終えて、あとは、そこが Deus ex machina になってしまわないように、前の方に降りかけてある魔法の粉を再確認&修正しておくちょっとした作業。
 翌、午前7時すぎ、46個のファイルをツールで一気に繋ぎ合わせて、最後に「(了)」も文字を打つ。
 脱稿。
 編集者に宣言通りの期日に送付。
 今回は予定通りのタイミングでテンションをつくれた。
 プロとしてやっていける感じが少しする。

2007年02月18日

サッカーは上半身

 週日に上半身の運動をしたからか、身体の切れはよく、2つ、納得できるプレイができたかな。
 途中から体力尽きてしまうのはしょうがない。
 サッカーは上半身だと知った日。

350398506_4.jpg

 写真はテーピング、ケガしたわけではありません。

2007年02月17日

ベンチャーズ

 ついテレビでグループサウンズの番組をそこそこ見てしまった。そこでGSを聞こうと思わずに、なぜか、ベンチャーズにいってしまう、本日のBGM。

 グループサウンズは「女の子がきゃあきゃあいってるし、はやっているからやってみた」という中学生のくせに受け狙いでやったバンドだったのだけれど、その前、生まれて初めてバンドで練習したのは、小学校の6年のとき、1966年、ベンチャーズだった。
 クラスの仲間がいきなりエレキを買ってもらった。
 そこで、いきなりクラスメイトでバンド、となったわけで。
 最初のうち、僕はエレキが買えないので、スチール弦のクラシックギターのサウンドホールにぺらんぺらんの安物クリスタルマイクを突っ込み、アンプに通して、ブリッジに近いところで弾くことで、エレキみたいな音を出していた。

 このバンドで川口のゴーゴー喫茶のバンドコンテストにGSの曲で出たのが人生ギターをもって最初のステージだった。(中学一年生)
 このときのドキドキの大人の世界初体験の物語はそのうち。

 学校の文化祭のステージに立ったのは、それよりあと。グループサウンズをやるようになって、文化祭に出ようとしていたら、学校で「エレキは禁止」されてしまい、急遽、別メンバーでフォーク3人組「ザ・トーイチ」というバンドを作った。
 エレキが禁止になったのは、どうやら女の子のバックダンサーが5人くらいいたのがいけなかったらしい。学校でも派手目の女の子が一斉にそろって、カラダくねくねしてたので、先生は看過できなかったんでしょう。

 次の年(中学3年)には、エレキも解禁になって(でも、バックダンサーは禁止)、GSバンドでも出演しました。そのとき、うちのバンドのリードギターは、寺内タケシの「運命」も弾いてたな。(笑)

 中学では、学校中でギターを弾くのは10人くらいだったけど、高校に入ったら、クラスの男子の半分くらいギター弾けましたね。 中学でスターだったのが、ふつうの男の子になっちゃった感じ。(笑)

2007年02月16日

補筆中

 原稿の加筆部分。

 本日のBGMは、Crosby, Stills, Nash and Young.
 いわゆる、懐古趣味ですね。
 高校生の頃の音楽。

2007年02月15日

改稿作業 日向でシャドウ

 補筆のため、通し読み中。
 誤字脱字なんか、まだ見つかりますなあ。
 25万字ほどの原稿だけど、読んでみて時間当たりの間違い発見数をグラフにしていくと、誤字脱字がいつになったらppmになるか、グラフから予測できる、というような設計品質評価手法を使ってみると面白いかも。(て、やりませんけど)

 午後、暖かい時間に50分ほど公園で運動。
 シャドウピッチング、シャドウボクシング、太極拳もどき、シャドウスウィング(テニスのラリーとサーブ)、シャドウ内野手(ゴロをとってファーストへ投げる動作)、シャドウインサイドキック、ラジオ体操第一、など、iPod で音楽聴きながら、飽きないようにいろいろな動きをする。
 はたで見ているとアヤシイ人物かも。
 風が強くて冷たいので、あまり人がいなかったけど。

2007年02月14日

自動車の車検

 3時間ほど眠って、午前10時、自動車修理工場へ。
 帰宅後、横浜市役所のとある部署と1時間以上にわたって長電話。
 終わると、修理工場から電話。
 前のウィンカーのレンズが割れていて、部品を発注したので、本日中の車検完了は無理、とのこと。
 
 原稿書き。
 
 夕方、1時間仮眠。
 原稿を書いていると地震が来て、住んでいるマンションが倒れる夢を見ているところで、妻が帰宅。
 夢の中で外を見ると、窓の外を景色が斜めに動いていたなあ。ああ、もうじき地面に激突だなあ、なんて思っていたら目が覚めた。
 久々に、スペクタクル満点の夢だった。得した気分。

2007年02月13日

第3稿へ

 昼前、編集者から電話。
 提出の第二稿のフィードバック。加筆改稿部分についてはOK。
 もうひとつ「泣かせどころ」を作りませんか。はい、そうしましょう。という会話。
 一週間くらいかかるかな。

 西口の東急ハンズへ買い物に行くが、欲しいものがギフト系の売り場と同じだったため、あきらめる。
 レジに30人くらい並んでいるし、ギフトラップの人ばかりなのでどれだけ時間がかかるかわからない。

 伊勢佐木町のスターバックスで原稿書き。
 日が暮れてから、前から気になっていた近くの店へ。久々にピザとかアボカドのサラダとか。こういう食事は久々。
 近隣でかなりゆっくりしてから帰宅。

2007年02月12日

読書

 小説の資料というか、隣接テーマの先行作品を読む。
 公園で、1時間、たっぷりと運動。とりわけ上半身の柔軟性に焦点。

2007年02月11日

再起動中

 昼間、2時間半ほど歩く。
 やはり腰痛になったけど、回復は早くなっているかもしれない。

 さあて、脱稿して一週間、確定申告の作業をするだけで仕事らしい仕事をしていなかったけれど、いよいよ再始動。
 まずは、連載のエッセイを書いて送る。

 明日は、次の小説に着手する予定。

2007年02月10日

ファドの女王

 とにかく歩こうと、2時間散歩。
 予想通り腰痛になる。マッサージの仕方を覚えたので、応用するとすぐ直る。

 夜、ファドを聴く。
 ポルトガルの民俗歌謡。日本でいえば演歌みたいなものか。
 先週、写真家の岡部好さんの個展に行って、もらってきたハガキが Amalia Rodrigues を撮ったもので、それがデスクにあって目に入ったので、ふと聴いてみたくなって、Napster で探したら、たくさんありました。
 さしずめ、ポルトガルの美空ひばりでしょうか。

 J-popがロクにないから Napster なんてつかえねえ、という若い人が多いけど、世界には、いい音楽がいくらでもあるんだから、探してみればたくさん発見があるのに。

 夜中に思い立ってファドのアルバムを何枚も聴けるなんて、なんて便利な世の中になったんだ。
 サルサだって、けっこうあるし。

 そんなわけで、最近はフラメンコとか、ファドとか、いままであまり聴かなかった音楽を聴くことが多くなったなあ。

2007年02月08日

弛緩の手続き

 朝までに確定申告の作業を終えて眠る。
 4時間半くらいで目が覚める習慣になってしまっている。

 書類の整理を少しやってシャワーを浴びるとやっとゆったりとした気分。
 飲みに出るつもりでいるのだが、なんだか家でのんびり気分。
 意を決して8時前に家を出る。
 まずは近所の飲み屋。今年初めてになる。空いていてお店の人と1時間ほど話をする。ボトルを入れてある赤霧島を4分の1ほどロックで飲む。

 JRで新宿へ。
 10時過ぎの新宿駅から出るのは、大量の帰る人の波に逆らう感じ。
 ゴールデン街に入り、なじみの和食屋さんをのぞくと、満員で入れない。
 別のなじみのバーA店へ、客がいなくて、ボトルのボンベイサファイヤを飲みながら、しばらく店の人とまったり話。
 一人飲みの女性が入ってきて、3人で話をしていると、また一人飲みの女性がやってくる。ゴールデン街は男女を問わず一人飲みが基本だし、女性もけっこう多いのだ。
 彼女たちは飲み慣れているふつうの酒飲み人なので、深夜に一人で飲んでいるからといって、別に男を漁っているわけではない。ゴールデン街をあまり知らないで迷い込んだ人が、ときどき勘違いして、口説こうとしたりすると、返り討ちにあいます。まあ、そういう人が迷い込むのは希ですけど。そのあたりはゴールデン街の特殊性かも。

 午前2時、いったん店を出る。
 腹が減ったので、食べ物のある店を何軒か覗くが、どこもいっぱい。
 しかたなく、「富士そば」で天ぷらそば。ここは新橋と違って、ダシがそんなに薄くない。立食蕎麦はチェーン店でもけっこう味が違うのだ。

 歌舞伎町セントラルロードのマクドナルドへ入ってコーヒータイム。
 1階は、女性客や黒人たちで、そこそこ活気があるのだけど、喫煙席でめちゃ煙っているので、地下へ。
 ここは、客のほとんどが50歳から60歳以上の男性。(女性もいることはいる)
 明らかなホームレスもいるけど、多くは、飲食店やラブホテルの下働きの人たちだと思われる。電車のなくなった時間にお役ご免で放り出されて、毎日マクドナルドで時間を潰している、というか寝ている。
 若者はもっといい条件で働くことができるので、夜間なのに時給の安い仕事はこういう人たちになる。格差社会だ。毎日、マクドナルドで突っ伏して寝る暮らしはツライよな。
 負のエネルギーが充満しているのに引っ張られて眠くなる。寝ようとしてみたけど、暖房が強すぎて気持ち悪くなってきたので、30分ほどで店を出る。
 遠回りをして涼んでから、もとのA店へもどる。
 女性たちはいなくなっていて、また僕ひとり。もう酒はいいや、とトマトジュース。まもなく、店の超常連のYがくる。5時まで、話し込む。
 新宿発午前5時12分の山の手線で、帰途につく。

 こういう一晩を過ごさないと、心の緊張が完全には抜けないのだ。

2007年02月07日

リカバリーしながら

 午後、成田空港へ出かける妻の荷物もちがてら、YCATへ。
 その足でリハビリ。
 帰宅後、人に譲る無線機の動作チェック。が、一部動作しない。
 ケースを開けて、いじってみるが、無念、あきらめる。
 そんなこんなで、午後10時、妻が帰ってきたときには、まだ夕食を摂っていなかった。

 夕食後は、翌朝まで、確定申告の帳簿。

2007年02月06日

経理のオジサン

 トコトコと経費の入力。
 こういう単純作業は意外に楽しい。
 出てくる数字が自分に関することだというのもあるけど、創作とまったく対立しないのがいいな。
 給料安くていいので、こういうクリエーティブでない仕事で安定収入があると、小説書くのにはいちばんいいのだが。
 実際、芥川賞作家には、市役所の事務の人とかけっこう多かったり。
(芥川賞とってもたいていの人は小説では食べられません)

2007年02月05日

確定申告の準備を始める

 午後3時過ぎ、ヘルプを頼んでおいた母親がやってくる。
 芦屋の名店「アンリ・シャルパンティエ」のマドレーヌでコーヒーを飲みながら雑談。
 1年分の領収書の分類をたのむ。
 消耗品費について、月ごとの整理が終わったところで、午後7時を回ったのでそこまで。これだけでも随分助かる。
 ベイクオーターで妻と合流して、「三間堂」で母の2週間遅れの誕生会を兼ねて酒を飲む。

2007年02月04日

今年最初のフットサル

 午後1時、テーピング、ストレッチなど開始。
 徒歩でみなとみらいのスポーツパークへ。
 午後2時、本年最初のフットサル開始。
 ウォーミングアップ中にはあまり動ける自信はなかったが、思ったよりも走れる。
 最初の一時間、いつもより余裕を持ってボールを持てる感じ。視野が広く取れているのだ。途中、そうでもなくなって、パスミスを連発のゲームも。
 相手ディフェンスの戻りが遅くなっていたので、積極的に上がる。
 左サイドからニアポストにもらったパスをシュートミス。
 同じゲーム。今度は右サイドからゴールほぼ正面にもらったパスを、ダイレクトで会心のシュート。目の覚める(?)グラウンダーで左隅ぎりぎりに入った。久々の得点。
 単純なもので、点を取るとかなりうれしい。
 久しぶりにしっかり運動した。

2007年02月03日

贅沢三昧 画廊音楽寿司

 午前3時に起きて、だらだらと自作を通し読みの続き。
 午後、家を出て、銀座のアトリエ・スズキへ。岡部好さんの写真展。
 世界中の音楽家の演奏する姿ばかりの写真なのだけれど、写される人も写す人もすごい。
 座ってお茶を戴いているときも、ふと振り返ってみたときにそこにあるミュージシャンのオーラに囲まれていることがわかる。

 運動がてら新橋まで歩く、吉野家についたのが3時5分で、牛丼販売は終了。
 仕方なくSL広場側へ出て、「やっぱり新橋といえば立食いそばでしょう」と天ぷらそば。370円。
 ふたりの白人の若い女性がフランス語を話しながらそばを食べていました。
 久しぶりの富士そばだが、行くたびに汁の味が薄くなっている。限界を超えていると思う。健康志向だか材料をケチっているのか知らないが、料理にはそれぞれの味というものがある。あんな薄い汁に麺が泳いでいてはもはやソバじゃない。
 もう新橋SL広場側の富士そばでは今後二度と食べるのはやめる。
 立食そば、好きなのに、また一軒、店が消えた。

 山手線で原宿へ。
 竹下通り近くの画廊で、本多八郎さんのパステル画展。
 ここは画廊が一階にあるので、画廊の中に座って話をしながら、町を行く人を見てゆっくりとした時間を過ごす。

 こちらでも一駅歩く。代々木公園の中を通り抜けて渋谷公園通りへ。
 そういや、このあたり、高校から大学へかけてのデートコースだな。(笑)
 一定間隔でストリートミュージシャンが並んで演奏している。その数、二十組以上。
 どのミュージシャンにも心を動かされなかったけど、「みんな、このわたしを見てパワー」というのは嫌いじゃない。すべてはそこからはじまるんだから。

 いったん帰宅して、妻の友人カップルと合流して、横浜中央卸売市場内の寿司屋で、飲みながら腹一杯に寿司を食う。四人で27000円ほどだったけれど、よそで食べれば5万円相当かな。(寿司どうし比べた場合、世の中、意外に値段に対してフェアだと思うけど、ここのはお買い得)
 近所のショットバーに移動し、最後は、我が家の居間で、映画の話など。
 終了は、午前2時ごろ。
 24時間起きていたので、すぐに爆睡。

2007年02月02日

業を煮やしてヘッドホン

 とにかく歩かなくては。の続き。
 みなとみらいのブレンズコーヒーで仕事。
 後ろの席で、ノートパソコンに外付けキーボードをつけて、派手に荷物を広げて勉強していた男性が、突然、大声で何か言い始める。
 英語のテキストを音読しているのだ。それがまた発音とリズムが広東語みたいでいらいら。
 またしても、ヘッドホンの音量を超えてガンガン入ってくる。
 二日続けて仕事を外来ノイズで妨げられたのには参った。
 意を決して、その足で、ヨドバシカメラへ行き、audio-technica ATH-CK6 という耳栓型のヘッドフォンを購入。
 つい先日、1月29日にも、1万円出して audio-technica ATH-EM7 という音質のいいのを買ったばかりなんだけど、やはり家庭内執筆用と家庭外執筆用とはわけなくてはだめみたい。

2007年02月01日

身体を取り戻そう

 原稿が終わったのでとにかく体力造り。家に籠もっていたので体中の筋肉がなくなっている。
 日曜にはフットサルをするつもりだし、身体作りが必要。
 みなとみらいへ散歩。
 ランドマークのマクドナルドで仕事。
 高校生がそこら中で大声で話していて、こちらはヘッドホンで音楽聴いているのに、外の話し声の方がうるさい。かといって対抗して音量を上げたら耳が壊れるよ。(笑)