無事、ベッドで眠る
冷たくて寝られないベッド問題。
熱烈暖房の甲斐あって、昨晩遅く28度まで到達。29度もちらほらになったので、眠ることができました。
ふぅ~、長い道のりであった。
引越も節目を迎えた感じ。(笑)
というわけで、疲れがどっと出て、昨晩も今晩もお誘いあれど、家を出る気力体力が尽きてしまいました。
よく眠れるベッドはよく疲れが出るのであります。
復調のため、なんとか臨港パークへ出て、ストレッチなど30分ほど。
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冷たくて寝られないベッド問題。
熱烈暖房の甲斐あって、昨晩遅く28度まで到達。29度もちらほらになったので、眠ることができました。
ふぅ~、長い道のりであった。
引越も節目を迎えた感じ。(笑)
というわけで、疲れがどっと出て、昨晩も今晩もお誘いあれど、家を出る気力体力が尽きてしまいました。
よく眠れるベッドはよく疲れが出るのであります。
復調のため、なんとか臨港パークへ出て、ストレッチなど30分ほど。
引越以来、ベッドルームになるはずの部屋が段ボール倉庫になっていた。
しかたなく居間のソファで眠る毎日。
いよいよ、段ボールを追い出して、ベッドを組み立てる。
(あくまで段ボールをその部屋から追い出すのであって、我が家から片づいてくれるのではない。大半の段ボールは居間へ移動させた)
ウォーターベッドなので、水を入れてしまうと重くて二度と移動できない。
意を決してフレームを組み立て、慎重に位置を決めて、水を入れ始める。
ん? お湯が出ない。
洗濯機用の蛇口にホースをつないでそこの温度調節をお湯の方にすると水が止まってしまう。いままで洗濯機しかつないでいなかったので、お湯が出るのを確認したことはない。どこかこの水栓専用のバルブがあるはずだがわからない。
しかたなく水をいれる。これで今夜もベッドで眠れないことが決定。
ウォーターベッドの水は摂氏29度内外にヒーターを使って保温するしかけになっているのだけど、水温は推定15度である。ヒーターは真冬でもベッドを設定温度に保持するだけの能力しかないので、おそらく15度の水を29度にまで温めるには、丸3日ほどかかるだろう。
シーツを境にベッドが身体と接触する。しかも、ベッドのマットに相当するウォーターバッグが身体の形に変形して身体の下になる面をくまなく覆うように接触するので、快適な温度よりも1度でも低いと、身体が芯から冷えてしまうのだ。この温度が季節によるが、28度から30度、27度では低すぎる。
あ~あ。
少しでもヒーターを助けてやるために、暖房を27度に設定してかけておく。
もったいないが、引越費用の一部と考えるしかない。腰痛も治らないし、ソファで寝る生活はそろそろ限界にきている。
昼に起きて夜半まで引越の後始末。
深夜から朝までゲラチェック。
という生活パターンで、やっとこ、チェック完了。
それにしても誤字脱字、たくさんあった。はずかしい。
こまかなつじつまについても校閲の人がいろいろ指摘してくれてありがたいです。(今後、ますます頼って執筆時に手を抜きたくなってしまいそうなまでに。(笑))
10時になるとマンション1階のカウンターが開くので、そこで宅配便を預けたらちょっと寝ます。
寝室になるはずの部屋が段ボール倉庫と化しているのを、ほぼ解消しつつあるので、起きたらベッドを組み立ててホースでぬるま湯をいれる。やっと明日からはベッドで眠れるはず。
というわけで、3月6日からずっと居間のソファで寝ているのだけど、これで最期にできるかなあ、と。
いつまでもつづく引越作業と、窮屈な寝床で、腰の筋肉がずっと張ったまま。そろそろちゃんと運動しなくては。
2ブロックの距離のスポーツクラブに入会する予定。
お金あんまりないから100円マックに立ち食いソバで間に合わせても、そういう投資は惜しまないのだ。もう若くないから、身体、大事にしないと。
午後、ヨドバシカメラから届きました。シャープアクオスの32V型。
ちょうど1年前のモデルだけど、実質9万円って、なんだかすごく安いよなあ。
最新型の方がいろいろいいのだろうけど、比較対象が15年前の21型だから、すべてにおいて、すごくよくなりました。
古いテレビも放送機材がよくなって送り出しの画質が向上しているせいか、なにもしなくてもどんどん画面がきれいになっていて、別に新しいのとか大きいのとか欲しくもなかったのだけど(あんまりテレビ見ないし)画面がちらちら歪むと、さすがにガマンしていられなくなりました。
ふ~ん、世間の人って、こんなきれいな画面でテレビ見て
いたのね。(笑)
日本だと、どこへいっても我が家の家のテレビよりたいていきれいだったけど、アメリカへいくと、けっこうお金持ちでも、とんでもないテレビで放送をみていたりするので、別に我が家のテレビが貧相だという自覚はなかったわけですが。
(日本人ってなんだかすごくテレビが好きなのだなあ、て思う)
僕のもっとも若い女友達・未来(ミク)ちゃんが世界一周の旅に出た。
初めてあったのは、3年前の4月で、大学を卒業してすぐ、初めて沖縄にやってきた彼女と、ゲストハウスでいっしょになったのだった。
大学の頃、FM愛媛でパーソナリティをしていたという彼女は、こちらが心配になるほど無防備な人なつっこさで、沖縄についた初日に、FMコザに出演したと思ったら、次の日には、もう地元のイベントの司会をやっていた。
とにかく、不思議な行動力と驚くほどの吸収力に満ちている。
その無防備さを、親子ほど年の違う僕はつい心配してしまうのだけれど、3日ほどのあいだに、さっさと仕事とアパートを見つけ、そのまま沖縄に住みついてしまった。
就職先はなんと、荒くれ米兵のたむろする純正アメリカンバーだったりで、それもびっくり。
次に会ったときは、コザの町を歩いていたら、「あれ、大樹さんじゃない。来てたんだ」と声をかけられ、ヘルメットを脱いだら彼女だった。自分のバイクを沖縄にもってきていたのだ。
しばらくして、「世界一周の旅に出ます」といって、沖縄から大分の実家に帰り、資金をつくるのにキヤノンの工場で働いていると知らせが入り、そして、先週、「明日、オーストラリアに向けて旅立ちます」といきなりメールが来た。
自分自身、若い頃よりいまの自分の方が好きだし、あまり若いことに価値を見出さない人間なのだけれど、知識でガードを固めず自分の肌でなんでも吸収してしまう彼女を見ていると、若さというものには無類の価値があるのだと感じる。
昼に起きて、近くのカフェでゲラ読み。
夕方、コットンマムで食料品の買い出し、5000円ほど。
夕食は、昨日ホームセンターで買った1280円のたこ焼き器で、たこ焼き。(笑)
夕食後、深夜まで本棚の組み立て。3本、棚板にして29段、棚の長さにして20m分。
とりあえず、15段分、本を並べる。
ベッドルームが段ボール倉庫になっているので、本の段ボールを減らしていかないと、ベッドが組み立てられないのだ。まだまだ道は遠い。(引っ越してからずっといままで、居間のソファで寝ている)
深夜を回ってから、ゲラ読みの続き。
新山下のオートウェーブにて、タイヤとオイルの交換。
向かいの Home's で増設する納戸の棚板の加工を頼む。
意外に時間がかかって、ゲラ読みに入れたのは深夜。
3日連続で夜の外出。ようするに人と会って食べて飲んでいる。
本日は中華街の海員閣。
まだ横浜に住んでいない頃、25年くらい前までは中華街に来るとわりとよく行ったものだ。
30年ほど前には横浜中華街は今ほどポピュラーではなかった。インターネットどころか情報誌すらあまり発達していなかった。そのころ伝説のように「中華街で安くて美味しい店」といえばこの海員閣だとされていて、いつも客が外に行列していた。いまはわざと行列させて偉そうにしているラーメン屋などがたくさんあるから、「行列のできる店」というと(僕には)あまりいいイメージはないのだけれど、そのころは行列のできる飲食店はあまりなかったのだ。
で、当時の海員閣。ふつうには美味しいのだけれど、中華街には安くて美味しい店は他にもたくさんあるので、実際はわざわざ特筆するほど安くて美味しいというわけでもなかった。なので、中華街についての自分なりの知識が増えるに連れて行列する観光客を尻目に行かなくなった。
以来、今日、およそ25年ぶりに再び海員閣に入った。
木曜日の午後6時半。なんと1階にはだれも客がいなかった。知らないあいだに評判が落ちて流行らなくなったのかと思った。そうなるとへそ曲がりな僕は懐かしさもあって入ってみたくなるものだし。
行列こそできなかったが、僕らが入るのを合図にしたかのように、次々に人がやってきて、店はまもなくいっぱいになった。やはり、いまでも流行っていたのだ。
ピータン、貝柱のスープ、酢豚。
原則として中華街ではふつうの町の中華料理店にある、春巻とか麻婆豆腐とか酢豚とか青椒肉とか海老チリとかは注文しないことにしているのだけれど、なんとなく、ここの酢豚がいにしえの記憶にあったのだ。
その酢豚、美味しかった。昔よりも味がよくなっている。
貝柱のスープ、まるで鍋料理と見まごうほどに具がいっぱい入っている。これもお薦めだ。
こういうふうに美味しいとかオススメとかインターネットで書いてしまうと混むからいやなんだけど、まあ、久しぶりの体験で日記に書きたい気持ちが勝った。もともと知られていなかったら、内緒にしておいたけど。自分が見つけた店のことを得意気にインターネットで紹介してしまう人の気が知れない、なあんて思いながらね。
いっしょににいてうれしい人たちと美味しいものを食べて飲むのは幸福だ。
明日からはゲラチェック。
ストリートサッカーを早く切り上げたもう一つの理由は、DEODEOで液晶テレビの値段を見ること。
家からすぐなので、妻と店頭で合流。
前にも書いたけど、テレビにはあまりこだわりがないため、細かく検討するのも面倒なので、基本的に吉永小百合さんが宣伝している業界トップシェアのシャープのAQUOSと決めてしまっていて、あとは値段を調べて、それに応じて26V型か32V型かを決め、安い店で買う、というだけ。
LC-32GH2 が158000円。発売時期の関係で26型の方が168000円。
それなら32型。とここで自動的に決定。
さらに冷蔵庫も、比較検討が面倒なので、同じマンションに引っ越した友人が買った機種に決めてあって、これも値段を調べるだけ。
445リットルの三菱のやつが158000円。野菜の鮮度が落ちない、という「ユーザーの声」を直接聞いている。
家にもどって、ヨドバシカメラで通販サイトで値段を調べる。
生活家電の本日限りで、冷蔵庫が155800円。ポイント11%。これで決まり。
液晶テレビは、GH1のひとつ前の機種が見つかって、105000円、ポイント20%。実質8万円じゃないか。32インチの液晶テレビが8万円って、すごい時代になりました。
型落ちだけど、スペックの上ではオーディオ回路のちがいがあるだけ。音に関してはテレビの音声回路を使わずに別にあるAVアンプとBOSEのスピーカーで再生すればいいので、問題なし。液晶の応答速度も最新型と同じ。
半年前には16万円、1年前には20万円していた機種だ。こだわりのない我が家には十分な性能がありそう。
というわけで、あまり迷うことなく、テレビと冷蔵庫が注文できてよかった。
身体作りができなかったので、フットサルはお休み。
この年になると、フットサルに参加するには、そのつどきちんとトレーニングしてコンディションを作っておかないと危険なのだが、引越で忙しく、ジョギングすらできていない。
というわけで、今日、午後からフットサル、という路線が消滅していたので、昨晩は夜明かしで酒を飲んでいたのだった。なんと計画的な!
さて、本日は所属のサッカー/フットサルチームの結成5周年。
2002年のワールドカップボランティアで結成されたチーム。このチームに入ることができたおかげで、いま、サッカーやフットサルを自分でやるという楽しみがある。チームスポーツで運動クラブに所属したことがない僕は、このチームにはいることができたおかげで、生まれて初めて自分の背番号のついたユニホームを着ることができた。
チームでは最年長から2番目、最年少はまだ学生。30歳くらい年齢差があるのに、同じチームで遊ばせてもらって、ほんとうれしいし、楽しくてしょうがないのだ。
というわけで、球蹴りのできる体調ではなかったけれど、宴会には参加できる体調なので(笑)、午後5時、ドックヤードガーデンにある店での5周年記念の酒宴から参加。
午後8時すぎ、お開きになって、恒例のストリートサッカー。
ドックヤードガーデンの中、つまり、造船所のドックの底で、3対3のストリートサッカーだ。
いい年した大人が、ストリートサッカーをやるって話はあまり聞かない。エヘン!(て、イバルような」ことか?)
まだまだ続きそうだったけど、息が切れたので、オッサンの分をわきまえて15分くらいで先に失礼させてもらいました。
午後1時、マンションの不具合を見に来る建設会社の人の応対が終わったところで、風呂の掃除を兼ねてシャワー。ついでに風呂場の床でシャワーを使って、埃だらけの籠とか、いろいろなものを洗う。
新しく手に入れた防水スピーカーに iPod を入れて聴きながらの作業が快適。
電気屋でテレビのカタログをピックアップ。
我が家のテレビは新しい14型の方で10年前のもの。大きい方のテレビ(21型)は、よくわからないけど15年以上前のも。AV( Audio & Video )といっても、我が家は音楽にこだわりはあってもVの方にはあまり興味がないので、テレビはその店でいちばん安いものを買うという感じ。そもそもあまりテレビを見ないし、見ても情報として見ているだけなので、大画面とか高画質とかサラウンドとかはどうでもいいのだ。
で、大きい方の水平同期が合わなくなってきている。というわけで、そろそろ買い換えを検討中。
その足で、整形外科へ行ってリハビリ。
うぅ~、背中と腰がパンパンに張っている。
終了後、湘南新宿ラインで新宿へ。
28年くらい前によく遊んでいた仲間と久々の再会。4人でよく喋ったなあ。
毎週のようにテニスしたりスキーしたり朝まで飲んだり、人生においてやたら遊びまくった1年ちょっとの期間があったのだ。
草分けスタイリストがすっかりママだったり、その友だちの某有名映画監督夫人もいたり、時間の流れで、変わったような変わらないような、まあ、ようするにそういうもんですね。(意味不明)
二次会はゴールデン街へ。G店で偶然さらに久しぶりのY嬢にも遭遇。
午前0時に一人帰ったので、結果的に両手に花状態で、3軒目A店。
午前1時半、お姫様たちオネムのため、通りまで出てタクシーに載せ、ひとりでG店にもどると、となりが『覇権の標的』の読者のCさんだった。買って頂いた本にA店を通じてサインしていたりしたのだけど、ご本人にお会いするのは初めて。
Cさんに誘われてY店へ。
名前は知っていたけど入るのは初めて。ママは女優さんで頭のいい人。(もちろん美しい)
青山で会社員をやっていたときにつくっていたバンドの女性メンバーに顔も声も似ているなあ。別人に思えない瞬間があって、話していると混乱する。(酔っているだけ?)
CさんとA店へ移動。そもそもの接点だったママが「やっと会えたのね」。
午前4時半過ぎ、電車が動き出したので店を後にする。
Cさんはカウンターで沈没中。
4人に会うつもりで出かけた新宿で6人に会ったという感じの一夜でした。
午前6時半起床。3時間くらい寝たかな。
午前8時前、ヨットハーバー。
午前9時前、出航。自艇ではなく、友人の船でヨットレースに参戦。レース海面は横浜港みなとみらい沖。
が、気温9度、風が冷たい。海から見える富士山の雪を頂いた姿がよけいに寒々しい。快晴だが、強風で波に突っ込む毎に飛沫をかぶる。
もちろん、下はユニクロのヒートテック暖か下着。上はヘビーデューティ用のフローティングジャケット(救命胴衣の役割もするヨット用の合羽)。
しかし、寒い。
レース海面まであと30分ほどというところで、午前10時過ぎ、強風のためレース中止の連絡。正直、ほっとした。
ハーバーへ戻ると、陸上は晴天の長閑な昼時である。
昼過ぎまで、日向でのんびり。
帰宅した後、午後、妻の仕事部屋の本棚の組み立て。
夕方から野毛の「萬里」にて、2月に亡くなった人を偲ぶ会。
午後8時過ぎ、帰宅。
午前5時半。喉が渇いて目が覚める。
ポットでお茶を淹れ、コップで水を飲んでまた寝。
午前9時、アラームで起床。
シャワーを浴びたりしてゆっくり11時前まで過ごす。
チェックアウト後、近くに新しくできたカレー屋「得王」でトンカツカレー。
地下鉄東西線に乗って蹴上で降りてみる。蹴上インクラインという傾斜鉄道の跡地を見ようとして、南禅寺金地院の前に来たので、ひとつぐらいお寺を見ようと400円の拝観料を払って石庭の前でしばしのんびり。
駅の方へもどったところにインクラインがあることがわかり、そこへ。
日本最初の商業水力発電所を見て、インクラインの鉄路を歩き、京都市立美術館の前からバスに乗って四条河原町へ。
マクドナルドで無線LANを使いがてら食事。
寺町京極まで歩いて、カフェで締め切りのエッセイを書く。
カフェの壁に書かれた英語(一部フランス語)
Cafe et Croissants
Our Cafe Boutique offer you genuine mystic Bali coffee and organic bakery with a plenty of lively nature.
三人称単数現在形のSがなかったり、冠詞がなかったり、lively nature という意味不明の表現があったり、よくあることだけど、気になって気になって。
この店、God Mountain というのだけど、きっとオーナは神山さんという人にまちがいない。(笑)
前日、新幹線の中から、飲み友達にメールしておいたのだけど、返事がないので、ひとりでまた「長竹」。
(携帯電話のスイッチをあまり入れない人だとわかっていて、家の電話番号やPCのメールアドレスも知っているのだけど、まあ、ひとりならひとりでもいいや、という気分なので)
午後8時40分、タクシーで八条口へ。まもなく「のぞみ」の人となる。
午前9時45分起床。4時間くらい寝たかな。
新幹線で京都へ出張。
もともとは青春18きっぷで行こうと思っていたのだけれど、昨今の腰痛でぎぶあっぷ。素直に新幹線で。
二時半、山科駅到着。久しぶりに来たら駅前に切符の安売り小屋ができていた。新幹線の切符は横浜よりも170円ほど高い。京都には他にもチケット屋ができていて、ここで特徴的なのは近距離の切符も安売りされていること。
もともと、40年ほど前、大阪では回数券を買ってバラ売りすることで生計を立てているオバちゃんがたくさんいたのだけれど、大阪万博で「外国から来るお客さんにみっともない」ということになって一斉に排除された歴史がある。どっこい、伝統は生きていたわけである。いいなあ、こういうたくましさ、好きだなあ。
とある医療法人でお仕事をしたあと、先斗町のワインバー「鶉亭」で接待を受ける。オーナーソムリエが、いいワインをどんどん開けてくれる。金に糸目をつけなければ、とてもよい店である。(笑)
ここでちょっと面白いことがあったのだけど内緒。(そのうち小説のネタにするかも)
午後11時すぎ、道に迷いつつ、先斗町のお気に入りの店「長竹」へ。
なんど通っても、前を通り過ぎてしまって発見するのが難しいのだ。
ほとんど閉店準備をしている店に無理を言って飲ませてもらう。
ひとりいた女性客(心理学の先生)がカリフォルニア大学サンタクルーズ校に留学していたという。シリコンバレーに通っていた頃、休日にサンタクルーズには行ったことがあるので、ちょっとサンタクルーズ論議など。UCサンタクルーズのマスコットは Banana Slug という巨大なナメクジなんだそうだ。ちょっとカウンターカルチャー的な自然保護の伝統があるキャンパスだという話。
ちょうど、ワインバーではUCデイビスの醸造科がカリフォルニアワインの醸造技術を牛耳っているという話をしていたところ。
帰ろうとしたところで、大阪の大学の経済学部の先生が芸子さんをふたりともなって来店。昼から女性たちをひきつれて、滋賀の方へ遊びにいっていたところだそうで、お大尽遊びの真っ最中。
「騒がせてすみませんね」
と、初対面なのにビールをご馳走になる。
ふだん着物の芸子さんは、洋服でもつい浅く腰掛けるクセが出てしまう、という。(帯が潰れないように座るから)京都らしい話を聞いてうれしくなる。
このみせ、3年前に来たときにも、別の大学の先生3人に会った。やたらと大学の先生の多い店だ。
結局、0時半頃まで飲み、タクシーでホテルへもどる。
酔っぱらって、部屋の電気をつけたままバタンキュー。
クジラが港に迷い込み、それを外へ出そうとしていた人が亡くなった。
クジラが狭いところに迷い込むのは、頻繁にあるわけではないけれど、クジラの習性の一部で、別に異常ではない。
それを人間が外へ出す必要はないと思う。
中にいられちゃ迷惑だというのが本音だ、というならわかるけれど、「救う」という発想が本当なら、それは人間の奢りだと思う。
人間が見ているところでもそうでないところでも、野性の生物は産まれ、いろいろな理由で死んでいく。それが自然というもので、そこに人間が介入するのはおかしい。たまたま目に見えている自然を、人間が自分の思うとおりにしようとする。その発想が好きではありません。あえていうなら、それは自然破壊だと思う。
クジラが死なない自然なんて、この地球にはない。
なぜ、クジラの死を自然の一部として見ていられないのか。
クジラは多くの小さな魚類の天敵だから、クジラが死ねば代わりにエサになる生物が救われる。クジラが死ぬのはかわいそうで、クジラが生き延びることでエサとして食べられるイワシはかわいそうではない、というのは、人間の勝手な感情であって、クジラを救うことは自然を救うことでもなんでもない。
自然というのは、だれかが生きれば代わりにだれかが死んでいく、そういうものではないですか。
亡くなった方はお気の毒だけれど、彼のやろうとしていたことに僕は賛成できない。やるべきでないことをして命を落としたから、よけいに痛ましい。
それにしてもライフジャケットをしていなかったなんて、自然をなめている。自然は、胡散臭いヒューマニズムの場所ではなく、野性の場だ。海も、クジラも。体長15mのマッコウクジラに長さ数mの小舟で近づくことの危険を自分で判断できず、こともあろうに縄をかけて引っ張ろうとした。そこでクジラが暴れないと判断することに人間の異常さを感じる。
ヒューマニズムが通用するのは人間の世界だけだということを、彼は知らなかったのだろうか。
編集者の人が校正刷りをもって家を訪ねてくれた。
部屋は引越荷物で客人を入れられる状態ではないので、マンションの1Fのレセプションルームで打合せ。
ゲラを受け取りつつ、新刊のタイトルについて、あれやこれや。
発売日は5月20日にほぼ決定。
いよいよタイムリミット。
しかし、疲労困憊のため午前10時まで爆睡。
朝食を摂って、妻が旧居へ、こちらは新居に留まり、台所など最低限の開梱。
通信回線とPCは途切れなく確保していたけれど、コンピュータに向かう時間が結局全然ない。
ピアノ運送屋が旧居から新居へピアノをもってくる。
図面上、ぎりぎり入れられる場所に、本当に入れてしまった! あの重いものを1センチの精度で動かして運び込むプロのワザ。すごいの一言。
僕も自転車で旧居へ向かう。
信号待ちをしていたら大柄な男性が向こうからジョギングでやってきた。思わず目があったら、横浜Fマリノスの松田選手だった。
午後3時半、クーラーを外す工事業者が二人で登場。3台を30分で外して持ち去る。
ひとりは外国人。産廃業者のようで、外すそばから、そのままもっていくわけだ。うまいタイアップ。
さあて、残された部屋の元をとにかくまとめて、棄てるもの、持ちかえるものにわける。
ゴミを分別しなければならないので、とにかく捨てる作業に時間がかかる。
暗くなってから、やっと撤収。
引越プロジェクトは、運んだ段ボール200個以上。粗大ゴミ20点。捨てたゴミ袋100個以上。
いやはやたいへんな作業だったなあ。
処分した廃棄物はゴミの重さはきっと500Kgくらいあったと思う。
ようするにゴミといっしょに暮らしていたというわけだ。
新居にもっていったものにもまだまだ廃棄物はたくさんある。
何もなくなったまどから、最後の夜景を見て、ブレーカーを落とし、鍵を閉めて終了。
8年住んだへやにバイバイ。ここでの人生、楽しかったよ。
午前8時半、荷物到着。午前10時半、搬入終了。
段ボール200個と家具、わずか90分である。
開梱しているヒマはなく、すぐに古い部屋へ。
翌8日に粗大ゴミを出して、すべてを撤収しなければならない。タイムリミットはこちら。
大型の家具2点、ワゴン、種々の木材、金属類などを縛ってゴミ置き場へ運び出す。
引越はたいへんだが、やるべきことは有限で、やればやっただけかならず前に進み、やがて終わる。
小説を書いていると、無限に時間をかけられるし、「この小説は完成しないのではないか」という気持ちにつねに苛まれている。
やっただけ仕事が前に進む肉体労働は楽だ。
(ただし、腰の容体は確実に悪化している)
床に残る大量のゴミ。
家庭内LANを敷設あった大量のケーブル類。
ほとんど疲労で朦朧としながら新居へ帰宅。
まだベッドがないので、ソファで眠る。床よりはずっといい。
前夜からパッキングで、午前7時半就寝。
午前8時起床。30分寝たらけっこう元気になった。
朝9時、梱包お手伝いの引越業者のあばさま2名到着。
台所と居間の食器棚、そして、妻の書斎の本をすごい速度で段ボールへ。
自分でやると棄てるものの取捨選択とか、開梱の時のイメージとか考えてしまうので、機械的にやってくれる人が必要。
途中で段ボールが足りなくなる。30個ほど追加で届けてもらう。車に積めるのか。
午後3時、トラックと作業員到着。
午後5時過ぎ、トラックは出発。
ピアノとエアコンと、粗大ゴミと大量の廃棄物が残る部屋は、もはや自分の家という気持ちがわかない。
搬入は翌日。
新居で入浴。床に布団を敷いて眠る。床暖房があるので暖かい。しかし、硬い。
某所で、鍵の引き渡しを受ける。
その瞬間から新居が我が家となる。
区役所の出張所が臨時に開設されていて、住民票の移動。
さっそく新居へはいっていろいろなことを確認。電源を入れ、水道の栓などを開いてもらう。
すでに引っ越してくる人もいて、入口は大混乱。
夕方、自宅へ戻り、梱包の続き。
風呂の道具をもって、新居で入浴。
本格的に引越のためのパッキングを始める。
埃に咽せながら、大量の本を段ボールに入れ始めるが、置き場をつくりながらなので、なかなかはかどらない。
捨てるをもって尊しとなす。
しかし、尊くなるのはむずかしい。