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2007年04月30日

帰ってきたクラブマン

 引越直前の3月頭、旧居から運び出されていった愛車 GB250 Clubman 。
 2ヶ月を経て、メンテナンス終了とのこと。

 預けてあった小田原のメカニックのところまで、JR東海道線で。

 自分のバイクに、久しぶりに太陽の下で対面しましたよ。
 20年前に購入し、17年前に旧居に引っ越して地下の自転車置き場に入れたまま、そこからは一度も外へ出なかったバイク。太陽の光で見たそれは、たしかに見慣れた自分の愛車であり、と、同時に、17年の月日も感じるわけで。
 17年ぶりに乗るバイクは緊張の連続だったけれど、機能部分は完璧なチェックとメンテナンスを受けて、エンジンも、クラッチも、ブレーキも、快調そのもの。
 小田原から海沿いへ出て、茅ヶ崎で給油。
 降りて、自分のバイクから離れて振り返ったときに、そこにいる愛車を見るのが好き。
 というわけで、ガソリンスタンドで缶コーヒーを飲んで、窓の外の愛車を見たりして(笑)。

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 約60Kmの距離を緊張しながら帰ってきました。
 Welcome back, my moto!
 メカは完璧なので、次は外観。すこしずつ錆を落として磨いてやりましょう。
 まだ20歳の生意気な小娘なんだから、くすませておいちゃあいけないや。

2007年04月29日

全敗で最下位

 マリノスタウンのフットサル大会に参加した我がチーム。
 ぐぐ、全敗、でした。

 強いチーム相手の時は、みんなでリズムがつくれず、同じレベルのチームとの対戦では、集中力を欠くわずかな場面につけ込まれた。

 技術的にも精神的にもアカン。

 勝ち負けにこだわってはいないのだけど、負けるべくして負けたのは悔しい。
 ビール飲む気にもならなかったけど、午後9時前になって、腹が減って、やっぱりビールでしょ、という。(笑)
 さあて、本日の我が家の夕食はたこ焼きです。

2007年04月28日

執念の床屋

 というわけで、昨日は床屋に行きそびれた。
 本日午後4時に予約を入れてある。
 自宅から歩いて20分。旧住所の向かい。
 午後3時30分、家を出る。
 ポツっ、と思ったが早いか、一天にわかにかき曇り、雨風さかんに吹きつけ始めたではないか。
 踵{きびす}を返して部屋ni
もどって電話。
「予約してあったのですが、急用ができて行けなくなったので、キャンセルさせてください」
 神様、ゴメンなさい。嘘をつきました。でも、昨日だっていったのにやってもらえなかったんだからして。
 午後4時30分、風雨が去る。寒冷前線が通過したのは明らかで気温が3度か5度は下がっている。
「5時か5時半で予約できますか」
「5時半は先約が入ってだめですが5時なら」
「じゃあ、5時にお願いします」
 というわけで、トコトコあるいて床屋に定刻到着。
「用事は済んだんですか」「ええ」
 僕の用事は急にやってきて、勝手に去っていったのだ。

2007年04月27日

バーバーがパーでバー

 床屋にいきたくなって散歩がてら家を出る。
 もと住んでいたところに引越直前にできた床屋(僕が客第一号だった)の扉を押すと、予約でいっぱいだという。次に入れられる予約は午後7時。
 あと1時間だから待っていようと思ったが、前にやってくれた店主もいないし、スタッフがあまりやりたくなさそうなので、やめて外へ出た。
 隣は、こちらも引越直前にオープンしたバー「ボッパーズ」。
 オーナーは近くの別の店の従業員だったので、そのころから知っている。
 というわけで、せっかく久しぶりに来たのだからと立ち寄る。
 Barber にいくつもりが Bar に行ってしまって、散歩ついでの散髪のつもりがつい散財。
 ま、いっか。

2007年04月26日

昭和の贅沢

 朝、バイク用のブーツを発見。
 いまメンテナンス中のバイクを買ったときに、それまでのロングブーツを処分して買い換えたショートブーツだ。買ったのは20年前だけど、ツーリングにしか使っていないので、5回かそこらしか履いていない。新品同様。ベランダで風を通しました。
 実は、自分の中で前のロングブーツ(弟からもらった)のイメージが強くて、このブーツをもっていることはすっかり忘れていた。見つかったときはすごく得をした気分。

 やはり弟から譲り受けた皮のツナギはすでに部屋にぶら下げてある。多分、まだ着られる。これは僕がセカンドオーナーになってからすでに22年くらい経っている。

 昨日、店から電話があって、取り寄せてもらっていたヘルメットが本日入荷、ということで、車で取りに行ってくる。
 帰りに港北ニュータウンの吉野家で牛丼。いやあ、ひさしぶりに食べたら、すごく美味しかった。
 もっと貧乏になっても、ときどき吉野家の牛丼が食べられればそれ以上の贅沢ができなくても生きていけるような気がする。吉野家さん、僕に勇気を与えてくれてありがとう。

 帰宅して、引越の片づけを少ししたら、ついにタンクバッグを発見。これも22年以上前に買ったもの。
 地図を入れるところのビニールがけっこう硬くなっているけど、使えるような感じ。ちなみに、コインケースに430円入っていた。ラッキー。
 中に入っていたビニールのカッパはさすがにベタベタになっていたので処分。(当時の値段で1980円のシールが貼ってあった)
 とりあえずホームセンターで2980円で、そこそこのものを買うことができるのは確認済み。
 パンク修理剤は昭和64年に期限切れ。処分。
 少し前に見つけたサイドバッグ(昔流行った U.S.Army の安物)も洗って干しておいたんだけど、かなり黴くさい。泊まりがけでツーリングに行かなければあまりいらないから捨ててしまうか。

 というわけで、用品がそろってきた。
 買うとしたらブーツの防水カバーくらいか。
 実はブーツカバーは買ったことがなくて、かつては雨が降ったらスーパーのビニール袋を履いてゴムバンドで止めていた。そのままではギアチェンジのところが当たって破けるのでガムテープで補強する。それで半日は使えた。

 飯は牛丼でいいけど、久々に「バイクに乗るという贅沢」をするのだ。

 妻が外食だとメールが入ったので、プールに泳ぎに行く。
 150mx3本と、水中ウォーキング。

 夜中になって、冷えてきた。
 地域冷暖房で、エアコンはまさに今日から暖房でなく冷房に切り替わっている。フリースの膝掛けをして、懐炉を点す。昭和にもどったみたいでいいな。そういえば、まもなくレストアからもどってくるバイクは昭和のバイクだ。
 山田詠美を読んでいる。

アメリカ合衆国憲法修正第二条

「国民が銃をもつ権利」を述べたアメリカ合衆国憲法修正第2条は、以下の通り。

Amendment II  A well regulated Militia, being necessary to the security of a free State, the right of the people to keep and bear Arms, shall not be infringed.


修正第二条
 規律のとれた人民軍は、自由な国家を守るために必要であるから、市民が武器を保有し、また携帯する権利は、これを侵してはならない。(阿川大樹による日本語訳)

 武器を持つ権利について、日本人によくある誤解は、アメリカでは「自分の身を守るために銃をもつ権利がある」のだという勘違いだ。

 けれど、この条文が示しているのは、他国からの侵略や、自国の政府が国民の自由を抑圧する可能性があるから、国民が組織だってそれと戦うことができるように、国民には武器を持つ権利があるのだ、という考え方だ。
 つまり、合衆国憲法の精神は、「自由国家」が武器によって守られるという考え方が基本になっている。 銃によって守る対象は個人の生命や財産ではなくて、「自由な国家(free State)」である、ということ。

 いい悪いは別にして、日本人とはまったくちがう理念で武器を捉えている。
 たとえば、自衛隊がクーデターを起こして軍事政権ができたら、武器をもたない国民は闘うことができないではないか、だから市民にはつねに武器を持つ権利が保障されていなければならない、というのがアメリカの憲法修正第2条の精神である。
(日本の歴史の中にも、政権維持のために「刀狩り」が行われたことがたしかにあった)

 しかし、いま、自由な国家が失われる危険と、それを守るためにあるはずの武器によって、日常的に危険にさらされる個人の生命の危険と、どちらが大きいのだろうか。
 多くの日本人にとって、後者の方がよっぽど危険だと思われるだろうし、僕もそう感じるのだけれど、しかし、政府が国民を抑圧する危険が本当にこれからもないのかどうか、たしかに自信がないのだ。
 だからこそ、みんなに選挙に行って欲しいし、もっとまともな報道機関や、まともな野党があって欲しいと思うのだけど、どうもそのあたりがアヤシイ。
 日本人は平和ボケだけじゃなくて自由ボケもしている。
(くだらない捏造で放送内容に政府が介入する機会をみずから作ってしまうテレビ局のていたらくを見てくれ)

 というわけで、バージニア工科大学の乱射事件によせて、改めて考えてみた。

 阿川大樹の著作は こちら です。

2007年04月25日

束見本 『D列車でいこう』

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『D列車でいこう』の束見本(つかみほん:ページが白紙の製本サンプル)が届きました。
 カバーの著者ローマ字表記がまだ直っていないけれど。

帯は
表)
 国が見捨てたローカル鉄道をたった三人で再建!
 ドリームトレインに賭けよう!
 それまでのキャリアをうち捨てて、新しい人生にチャレンジする男女三人が、あっと驚くアイデアをひっさげて、田舎町に乗り込んだ!

裏)
 MBA取得の才色兼備銀行ウーマン
 町工場相手に良心的融資を実践する銀行支店長
 鉄道マニアのリタイア官僚
 廃線が決定したローカル鉄道を救うため、
 三人が株式会社ドリームトレインを興した

 奇想天外、破天荒な方法で田舎町に旋風を巻き起こす、
 ロマンチック・ビジネス・ストーリー。

なんて感じです。

2007年04月24日

ヘルメットを注文

 予定では推理作家協会のソフトボール同好会に参加して、神宮外苑でソフトボールを4時間やるはずだったんだけど、連日の睡眠不足がたたって、体調不十分。
 というわけで、おやすみにして、代わりに港北のバイク用品ショップへヘルメットを買いに行く。
 20年ぶりに訪れるバイク屋さんは、まるで遊園地。
 2時間近く、何を見るでもなくただ居ました。
 で、値段と色が気に入ったヘルメット、サイズがなくてお取り寄せ。
 帰りに家から少し離れた徒歩では行けないスーパーに寄る。

 推理作家協会の面々は信濃町の居酒屋「ジョン万次郎」で飲んでいるはずだが、本日の我が家の夕食は、筍の炊いたん、別に茹でたふきの炊いたん、筍姫皮の刺身、春野菜の天ぷら(サラダエンドウ、キヌサヤ、それにタラの芽)、そして筍ご飯。

2007年04月22日

筍騒動 ふたたび

 10mからピークで15mというかなりの強風の中、ヨット教室の生徒4人(うちの生徒は一人なんだけど他の艇が出艇しないので臨時に引き受けた)を乗せて7人で2時間ほどセーリング。

 クラブハウスで昼食。
 夕方、帰宅してみると、またしても松阪から宅配便が。

 筍7本、他、キヌサヤ、タラの芽などなど。
 夕食の支度も後回しに、タケノコ茹で開始。
 ああ、今夜も夜更かし。

 4月は2日ほど、仕事ができないことをあらかじめ覚悟しておかなくては。
 やれやれ。
 といいながら、喜んでいる。(笑)

2007年04月21日

ラブホテル街のライブハウス

 高校時代からの音楽仲間であり、クラスメイトでもあったコピーライターIさんのライブへ。
 場所は渋谷のラブホテル街の真っ只中にあるライブハウス。
 引越して以来、ほとんど都内に出ていなかったところ、よりによって大混雑の渋谷へ出て、人の波にうまく乗れない。歩道が混んでいて歩くのが苦痛なので車道を歩いたら快適。
 アマチュアのライブはオヤジパワー全開で、4つの出演バンドのうち3つがオヤジバンドである。
 まもなく発売の拙著『D列車でいこう』でも、バンドコンテストに優勝するのはオヤジバンドという設定になっていたりして。
 現地で合流した人妻スタイリストのFさんとラブホテル街を通り抜けて(笑)居酒屋探し。
 土曜の夜8時の渋谷はどこもいっぱい。30分近くかかってやっと落ち着き先が決まったところで、Iさんベストタイミングの合流。終電近くまで3人で昔話をしながら飲む。

町田立てこもり

 立てこもり突入は午前3時から4時というのがセオリーなので、おそらく突入すると思っていましたが、やはり、セオリーどおりの時刻に実行したようです。

 テレビ中継を見ていると警官の配置がわかってしまうのだけど、おそらくだいぶ前から外から電源を切っていたのでしょう。
 それでもワンセグ携帯であればテレビが見えますが、説得工作を携帯で長時間やることで、電池を消耗させたのだろうと推測されます。(何時間通話すれば電池がなくなるかはわかっていますから)
 当然、説得工作をしながら、予備の電池をもっているかどうかも会話の中から探り出している。
 なんとなく、やりとりが目に浮かびます。

2007年04月20日

資料映像

 仕事のために録画してあったテレビ番組を見る。

2007年04月19日

家具屋からダッシュでプールサイド

 ゲラを提出したので一呼吸。(というほどでもないけど)
 昨夜、心を気持ちよく解き放ったからか、9時間、快眠して目覚める。

 ワールドポーターズのOKEY(ムラウチ)で寝室のチェストを発注。これでまた段ボールを減らすことができるのだが、特注でゴールデンウィークを挟むので、納入が5月25日とのこと。つまり、少なくともあと一ヶ月、我が家は片づかないということか。やれやれ。
 1階のスーパーで食料品を買って帰宅。
 午後7時過ぎ、スポーツクラブへ出かけようとあわてて帰宅すると編集者から留守番電話が入っていた。ちょっとした問題。小一時間、メールの返事を書いたりして、出かけるのが8時過ぎに。
 プールサイドに立ったのが午後8時35分。空いている。
 ちかごろのスポーツクラブは高齢者が中心なので、平日の昼間がけっこう混んでいて、平日夜間や土曜の昼は、空いているみたい。
 ダイエットブームは続いているはずなのに、若い女性はあまり運動していないようだ。
 ほんとうに必要な地道な努力をする人が減っていて、「寝ているだけで痩せる」とか「お腹に巻いているだけで痩せる」とかそういうのが受けていると考えるのは飛躍のしすぎ?
 そもそも、寝ているだけで痩せよう、などという怠惰な心のありようが肥満の原因だと思う。常に、努力を惜しまない人が、内も外も、美しさを保つことができるのだと思うんだけどね。

2007年04月18日

おい、寒いじゃないか

 前夜から、『D列車でいこう』再校のゲラチェック。
 夕方には出かける予定がはいっているし、約束の戻しの日でもある。
 朝8時、完成していないけれどほぼ目途がついたところで、大リーグ松坂の登板試合をみながらソファで横になった。案の定、目が覚めたときには松坂の登板は終わっていた。たぶん2回までは見ていたはずだが。(笑)
 2時間ほど寝たので、ゲラチェックの追い込み。
 午後4時、宅配便で出版者宛に発送。

 さて、いよいよ出かけるのだが、本日、最高気温11度。
 もうコートしまっちゃったよ。
 寒いが、サッカーの時に合間にグランドで着るために残しておいた薄っぺらコートを羽織って気合いで出かける。横浜市内で、久々に飲む。かつて最寄り駅だった横浜駅のホームに立つこと自体久しぶりだった。
 楽しい時間を過ごして帰宅。

2007年04月16日

太極拳と鮎川哲也賞

 明け方にかけて事務的なこと。電気料金のクレジットカード払いの書類とか、文筆業でないお仕事の契約書とか、住所変更の書類とか。

 午後、スポーツクラブで太極拳。違う先生に習うのは新鮮。
 あとは筋トレをやってシャワーを浴びずに帰宅。フルコースにするとどうしても時間がかかってしまうので、せっかく家から近いのだから、気軽にやりたいことをちょこちょことやるという利用法も実践してみる。
 
 テレビ番組をきっかけに日本の外交について考え事。

 ネットにつないだら、朗報が入っていた。
 1990年代初頭から僕の「小説家志望仲間」であった山口芳宏さんのところに、鮎川哲也賞受賞の連絡が入ったとのこと。

 ボストンの松坂が、レッドソックス入団の折、「夢とはかなわないもの、かなえるものだから目標というべきだ」という意味の言葉を記者会見で述べていた。
 何百分の一、何千分の一というなかで選ばれるものにとって、目標に届く、唯一の方法は、そのために力を尽くすこと、そして、それを途中でやめないこと。
 言葉にするとシンプルだけれど、それがどれだけたいへんなことかは、やってみた人でないとわからない。
 山口さんの受賞について、そんなことを思ったら、ちょっと涙ぐんでしまった。

 そんな、人のことはともかく、自分の目の前の草を刈ろう。
 まずは『D列車でいこう』の再校チェック。

 新しくエッセイをアップしました。

 鮎川哲也賞の発表は こちら

2007年04月15日

ヨット

 ヨットハーバーへ。
 本日はメンバー6人。
 サングラスを買いたいという女性クルーの希望で、横浜ベイサイドマリーナへ。
 女王様はヨットでお買い物へいらっしゃる。(笑)
 ビジターバースに繋留して、昼食はおでん。

 午前中は風があまりなかったが、午後はちょうどいい風になり、#1ゼノア+フルメインで7ノット。
 久々の出艇だったけれど、ヨットはいつも楽しい。

2007年04月14日

夏日!

 午前中、宅配便で『D列車でいこう』の再校が届く。

 横浜は最高気温が25度。
 午後、スポーツクラブへ行くのに半袖ポロシャツ一枚!

 意外にも土曜日の昼間のプールは空いていた。
 年齢層は依然として高く、平日よりも若い人がいるけれど、それでもほとんどは年配の人。
 フィットネス産業は完全に50代以上が中心のマーケットのようだ。
 20代はほとんどいない。30代-40代は男性中心。60代については昼は女性がけっこう多いようだ。

 午後4時過ぎから近くの家具屋を何軒かまわる。
 夕食は大戸屋。
 

2007年04月13日

ひとり時差ボケ

「松坂シフト」でむりやり朝型に変更したせいで、前日午後9時には強烈な眠気に襲われてベッドに倒れ込んだ。その結果、起きたのは翌午前1時過ぎ。超朝型。
 まあ、眠くないときは無理に寝ることもないやと、そのまま起きてしまう。
 
 こまごまとしたことをやっているうちに、午後1時、またもや強烈な眠気。眠いときは眠るに限る、と昼寝したら、起きたのが午後4時。なんだか身体が昼だか夜だかわからないようだ。
 起きると、胸とか太股とかに筋肉がついた感じ。
 先週から運動を始めた効果で「寝る子は育つ」状態か。どうやら寝るとオッサンも育つらしい。
 
 さて、日曜日には久々にヨットなので朝型でなければならないのだけど、昼寝をしてしまったせいで、連載エッセイが書けていない。どうも頭も身体も目覚めていない。
 仕方なく午前0時少し前にジョギングに出る。
 赤レンガパークまで走って、そこでストレッチ。金曜日だ、当然、まわりはカップルばかり。
 水際はカップルがカモメの水兵さんのように点々と並んでいるので、水面までの広い場所のど真ん中でうんこらしょとストレッチをしていると、ぽつぽつと雨の予兆。
 そこですぐに帰ればよかったのだけれどそこそこにしっかりやったと思って帰路についたとたんに豪雨になる。家に着いたら濡れ鼠。
 まあ、これも人生。(というか、濡れるのはあまり嫌いじゃない。どちらかというと傘を差す方が嫌い)

 エッセイができあがったのが午前6時。
 ベッドに入ったのは午前8時半。午前中に『D列車でいこう』のゲラが到着するはずだし、いよいよ朝型をキープしなければならないので、10時に目覚ましをかけて眠くないけどベッドイン。

『D列車でいこう』予約受付開始

 自分の名前を検索したら、新刊『D列車で行こう』がいくつかのネット書店で予約がはじまっていた。
 まだ、表紙画像がありません。(実はまだ表紙が決まっていないのです)

 セブンイレブンで受け取りたい方(送料無料)は こちら
 お近くの本屋さんで受け取りたい方(送料無料)は こちら

 予約の入り具合で初版刷り部数が増える(阿川の収入が増える)かもしれないので、ご購入予定の方は予約を入れていただけると、たいへんありがたく存じます。よろしくお願いします。

『D列車でいこう』は こんな本 です。

 amazon、紀伊國屋、有隣堂、ジュンク堂、八重洲ブックセンター、では扱いがまだのようです。

2007年04月12日

松坂シフトで突然朝型

 ながらく生活リズムが夜型になっていた。
 12日午前8時からマリナーズ対レッドソックスの試合の中継があるというので、急遽、朝型に変更。
 前日、午前2時に睡眠導入剤を飲んでベッドに入り、午前6時半、起床。
 8時前からメジャーリーグをテレビ観戦。
 イチロー対松坂はさながら武蔵対小次郎。お互いに偉大な選手としてのリスペクトをもちつつ真剣に勝つために集中していた。一流っていいなあ。僕も彼らのような努力と集中力をもち結果を出せる一流の人間でいたい。
 ゲーム全体も緊張感のあるいい試合だった。楽しかった。

 ピアノを運び込んだ部屋(本来はストレージルーム)を片づけて、壁面に旧居で使っていたカーテンを張る。ほぼピアノと部屋が同じサイズ(笑)なので、音が籠もって耳にキンキンするので、吸音材の代わり。
 3面に合計5枚を張ったら、強く弾いても耳が辛いような高音の共鳴はなくなった。
 チューニングはボロボロなので、落ち着いたところで、調律を頼まなくては。
 
 午後9時、猛烈に眠くなって歯を磨くこともできずに就寝。まるで年寄りみたい。

赤坂議員宿舎問題

 新しく完成した衆議院議員宿舎に入り手がいないそうだ。
 3LDKの豪華な造りで周辺の類似物件に比べて家賃が破格に安い、と、批判的に報道されている。ネガティブキャンペーンの最中に入居するのを避けたいという議員の思惑もあるようだ。

 家賃が安いといったって、家族みんなでそこに住んで家計がらくになるわけでもない。要するに、住居というよりも仕事上必要な宿舎なわけだ。
 国会議員は忙しいときは寝る時間もないくらいだ。都心にいて通勤時間を極小にして10分でも15分でも睡眠時間をとるべきで、遠く離れた家賃の安いところから時間をかけて通って月に何十万かを節約するのと、体力を温存するのを比較したら、国を預かるものとしては、体力を温存するべきだというのは当たり前のことじゃないか。
 一箇所に集まっていた方が警備の効率もよく、警備コストを下げることもできる。
 3LDKもいらないだろう、というのはその通りだと思う。
 しかし、そういうことは枝葉末節の問題で、仕事上の必要性に応じて用意されている施設は有効活用していかに成果を出すか、というのが問題なわけだ。
 それを一般人の住宅と同じレベルで論じて贅沢だとかなんだとか、ひがみっぽいことを報道するから、こういうことになる。

 議員も議員で、「この施設を十二分に活用して最大限の成果を出します。見ていてください」と胸を張って入ればいいだけの話。

 また、くだらないメディアのせいで税金が無駄になる。
 やだなあ、こういう足の引っ張り合いのような精神風土。

2007年04月11日

小説家であることの喜び

 まだ本決まりではないけれど、3作目になるはずの小説。改稿を重ねて去年の夏前に仕上げたバージョンをここ数日かけて読んでいた。
 編集者と打ち合わせしたのはもう半年以上前、その間に二作目に決定した別の小説を仕上げ、引越をしたりしてバタバタと日常に忙殺されていた。
 いよいよ完成させなければと思い、手をつける前に、そもそも物語を思い出すため(笑)、そして自分の心と体のビルドアップのため、読んだのだ。
 すごく時間がかかって、ゆっくりとしか読み進めることができなかったのだけれど、最後の3分の1を明け方にかけて一気に読み終わった。
 自分が書いた小説だけど、感動して心が震えた。(おめでたい。笑)
 登場人物たちの顔が思い浮かび、彼らが愛おしく感じられた。
 もちろん、直すべきところを、頭の引き出しにしまいながらだけれど、基本的なところで「いい小説」になることが確信できた。
 ここしばらく、小説を書くことから離れてしまっていて、なかなか手をつけられなかったのが、一気に解消されて、早く書きたくなった。早く仕上げて世の中に送り出したいと思った。
 いま、とても幸福な気分だ。

 今朝のBGMは Guns N' Roses.

2007年04月10日

カラダが小説家でなくなってる

 少し前にやっと画鋲がでてきたので、カレンダーを仕事場の壁にピンナップした。
 なんと、2月のままだった。一ヶ月以上、引越モードでいたわけだ。

 2月の終わりから引越モードに入り、3月7日に新居に搬入。8日に旧居撤収。
 そのあと、220個の段ボールと格闘する毎日で、現在やっと残り40個を切った。
 段ボールを開くには収納場所が決まらなくてはならないし、時にはそのために家具を選ぶためにいろいろな店を見に行ったり買いに行かなくてはならなかったり、折悪しく電気製品が壊れて買い直しのために機種選定や価格調査をしなければならなかったり。
 しかも手作業というのは、やればやるだけ少しずつ進み、小さな達成感があるものだから、できあがるまで雲を掴むような作業を続ける小説の執筆と対極にあって、どうも引越モードでいると執筆がはかどらない。
 やれやれ、今年4作上梓の目標はいきなり3月からピンチである。
 
 とりあえず、引越作業をしているあいだに腰痛でカラダのキレが悪い状態になり、これを改善できるかどうか確認しておかないとという感じで、リハビリに通ってみたり、スポーツクラブに通い始めてみたり。
 数日通ううちに改善の兆しが見えてきたので、このまま第一優先で少し運動を続けてみようと思う。

 午後、佐川急便でヨドバシカメラから照明器具が届く。
 居間の天井灯がやっとついた。(つくりつけのダウンライトはあったのだけれど、明るくすると60Wのクリプトン球8個で合計480ワットというすさまじく地球に優しくないスペックで、しかも調光器がついているものだから、チューブを蛍光灯に替えることもままならなかった) これで、4段調光で最大でも86ワットにエネルギー削減。
 
 そろそろカラダを小説家にきちんと切り替えていかなくては。

2007年04月09日

エアロビクス

 午後一番でまた職人さんがきて、床のワックスのかけ直し3箇所。
 意外に時間がかかって家を出るのが遅れ、楽しみにしていたスポーツクラブの太極拳のクラスに5分差で間に合わず。

 しかたがないので、ストレッチを念入りに30分ほどやり、30分走り、30分筋トレをやり、馬の鞍のような動きをする機械に15分乗ってから、午後6時20分からのエアロビクスの初級クラスに参加。
 たっぷり汗をかいて入浴して帰宅。

 いつものように夜半から仕事。

2007年04月08日

久々にゴール!

 引っ越し以来、やっとフットサルに出る余裕が出てきた。
(今週は、身体作りができたので)

 というわけで、歩いて5分かからない「みなとみらいスポーツパーク」でフットサル。
 中央でボールを持って左サイドへアイコンタクトしながらボールを出して真ん中をダッシュ。思った通りにスルーパスが返ってきてキーパーと1対1。最初のシュートタイミングをボールが足についてなくて逃してちょっと焦ったけれど、じっくり自分でシュートタイミングをつくって蹴って思った通りのところに入りました。ふぅ。
 漫然とゴールマウスに向かって蹴るのではなく、自分でタイミングをつくることができたのが本日の収穫。とはいえ、僕が上手いのではなく、パスを出す人が上手いのだな。こう動くぞ、とわかるように動くと、ちゃんとそこへボールがでてきます。
 僕は、そういうことを感じとることができないので、ボールをもってから考えてしまう。最初のルックアップでパスコースを見つけられないとパニくる。このあたりが大きな壁なのですね。
(体力とかスピードとかはどうしようもないのでテーマからは除外している。無理をせずなるべく休みを取って、コート内にいる短い時間に思った通りのプレーができるように、というのをテーマにしているわけです)

 ボール蹴る格好で出かけて、そのままの格好で帰って来られるというのは、すごいお気楽でした。

2007年04月07日

筋肉を休める

 明日はフットサルなので、筋肉を休めるため、スポーツクラブはお休み。(三日坊主じゃないんだぃ!)
 夕方、車でコットンマムへ買い物にいくが、いいものがなかったり高かったり。
 しかたなくポートサイドの生鮮館へも立ち寄って買い足す。

2007年04月06日

3日連続スポーツクラブ

 前夜から起きて、松坂のデビュー戦を生放送で観る。
 緊張感のあるいいゲームを彼が作っている。プロ中のプロだ。

 昼前、起きるとさらに腰は軽くなってきている。
 午後一番、メンテナンスの職人さんがきて、すきまの空いているキッチンのコーキングのやり直し。
 終了後、スポーツクラブへ。
 最初の二日はプールの利用だったけど、今日はマシンジムへ。
 ストレッチ30分、ルームランナー(笑)30分、筋トレ20分。
 可動範囲が拡がって、少しずつ身体がよくなっているのがわかる。
 時間がないのでシャワーは浴びずに出る。
 セキチューで妻と合流し、家庭内整理整頓の部材であるプラスチックボックスを購入。
 家に荷物を降ろし、港北のIKEAへ行って、まず夕食。
 家具の下調べなどをして午後9時過ぎ、帰宅。
 家の片づけを少ししたら入浴。
 のち、執筆。

期日前投票

 水曜日、期日前投票に行ってきた。
 引越前の住所の区役所が投票所になっている。
 車で行けるし、都合のよい日による8時までやっているので、本来の投票日に投票に行くより格段に便利なのだ。しかも、投票する喜びがある。多分、いくらか「みずからすすんで」投票している気分になるからだと思う。
 過去20年以上、ほとんど不在者投票や期日前投票で投票しているので、選挙当日に投票所へいったことはあまりない。最近はそういう人が多くなったようで、いついっても期日前投票の部屋には人が絶え間なく来ている。

 それにしても、投票を終えて聞く選挙カーの名前の連呼は、すごくマヌケに聞こえる。

2007年04月05日

今日も水泳

 朝、起きあがるときの腰がかなり楽だった。たぶん前日に運動したせいだと思う。
 というわけで、本日もスポーツクラブへ。
 ほぼ同じ時刻、やはり最年少。
 連続なので少し時間を短くした。出てすぐに向かいの店でビールを1杯。
 だって、10%引きなんだもん。(笑)

 3作目の原稿、いったん書き終わっているもの読み直すためにプリントアウト。
 改稿のため。書いたのがずいぶん昔で、もう忘れてしまっているもので。

2007年04月04日

さっそく水泳

 夕方、昨日入会したばかりのスポーツクラブへ。
 引越荷物から室内用運動シューズが行方不明であることもあり、とりあえずプールだけ。
 プールサイドで30分ストレッチ、30分水中ウォーキング、他に水泳50mx6本。
 筋肉が落ちているので、300mしか泳いでいないのに上腕三頭筋がパンパン。
 しかし、午後5時のプールで、52歳の僕がどうやら最年少。
 ちなみに、会員制スポーツクラブの統計で、40歳以上が50%を越えているのだそうだ。(「フィットネスオンライン」による)

2007年04月03日

スポーツクラブに入会

 四月になったことだし(笑)、身体だけが資本のフリーランスとしては、健康を考えてマメに運動をするようにしようと決心した。(たまたまスポーツクラブの近くに引っ越した、というのが本当の理由だったりして)
 というわけで、入会手続きにいってきたのでした。
 少しお金がかかるけど、健康第一。

2007年04月02日

妻の昇進祝い

 新年度がはじまり、妻の仕事上のタイトルがワンランク上がった。
 彼女のいる組織では、これより上位のタイトルになると、「おめでとう」ではなく「ご愁傷さま」になるので、いまの仕事を続ける限り、最後の昇進祝いをすることにした。
 筍の鍋が冷めて次の鍋にかかるまでの時間、クィーンズスクエアのインド料理店で夕食。コース料理とスパークリングワイン。
 パキスタン人やインド人もいて、なんだかシリコンバレーを思い出しながらの夕食になった。
 インドへは行ったことがないけど、彼らの英語を聞いているとアメリカにいるみたいな気がしてくるのだ。

 シリコンバレーの半導体産業にはインド人がとても多く、関連の学会へいくと、インド訛りの英語が「標準語」になっている。アメリカと日本を行き来していた頃、ひとりカリフォルニアでインディアン・レストランに入ったときにそっくり。

 会話の内容から少し離れた席にいる二人のうち一人はどうやらパキスタン人で、たぶんもう一人はインド人。(パキスタン人もインド人も同じ訛りに聞こえる)
 ふたりはいっしょに食事をしながら、さかんにそれぞれ携帯電話でだれかと話をする。
 パキスタン人の方は電話の時はアラビヤ語で話し、インド人はよくわからない言語で話している。ふたりが電話でなく互いに話をするときは英語だ。インドとパキスタンは国としては仲が悪いが、どうやらふたりはビジネスの関係らしく、金儲けになれば国同士の関係など関係なくなるのは、日本人と中国人の場合と同じ。インド人も中国人もビジネスになると、したたかで、儲け話があれば、相手がどこの国の人間か、なんてことは気にしない。

(逆にいえば、互いに利害が一致するところで個別に関係を築くことができて、かつ、戦争になったりもしないのならば、別に隣国同士、ニコニコなかよしである必要もないわけだから、誰が靖国神社に行こうが行くまいが、それで相手が抗議してこようが、どうでもいい話のように思う。外交というのはいい条件を引き出すために「ここは譲りましょう、その代わり……」というのが必要なので、日頃から対立点がないと、譲り代がない。つまり、対立点はあった方が相手からこちらの国益に沿った条件を引き出しやすいのだ)

 もちろん日本人もいたけれど、そんなわけで、インド料理を食べに行って、アメリカにいる気分になった夜でした。

筍騒動

 起きる時間だったからそれはいいのだけど、ドアホンに出たとたんに切れた。
 このマンションの設定は15秒。ストップウォッチで計ってみたのだが、我が家のもっとも遠い場所から居間の受話器まで14.5秒かかる。ベッドの中からは、さらに起きあがる時間だけ遠い。
 ドアホンの受話器が廊下にあればまだマシなのだけれど、それは居間にある。ほとんどの時間、居間にはいない。いるのは仕事場か寝室だ。
 引っ越してきて以来3回目。宅配便、書留などの約半数が「在宅なのに不在再配達」である。
 管理会社にデータを示して改善の要求を出しているのだが、いまのところ改善される見通しは立っていない。
 不在のときは、宅配ロッカーに入れられるはずなのだけれど、書留はそうならないし、ロッカーに入らないものもある。まだロッカーを経由して受け取ったものは皆無。すべて再配達だ。
 
 しかたなく、階下の郵便受けに「不在配達票」をとりにいく。
 三重県の知人から。
 やっぱり。
 これは一大事。この季節ならぜったい筍だ。
 すぐにドライバーに電話。5分後に届いたのは、やはり筍。

 筍とが来るというのは子どもが熱を出したようなものだ。有無を言わせず、他の予定をキャンセルして、茹でなくてはならない。
 筍は掘ったとたんにえぐみが増え始める。しかも、箱いっぱい。我が家の鍋には最大でも3本しか入らない。最後のバッチが茹で上がるまでの時間をできるだけ短縮しなければならない。
 というわけで、外出の予定をキャンセルして、いきなり筍大作戦。
 いっしょに入っていた米ぬかをつかって、湯が沸いて茹で上がるまで1時間20分ほど。そこから自然に冷ますのに最低3時間ほど。午前11時前に受け取って、深夜0時をまわっても、まだ、最後の鍋が茹で上がらない。
 我が家だけでは食べきれないので、別の階にいる知人に最初の2本をお裾分け。明日は、もう一軒にもお裾分けの予定。

 (細かな心遣いで、ワカメと山椒とタラの芽も入っていた)

 というわけで、スポーツクラブの入会申込みに行こうと思ったのに、また今日も行けなかった。(笑)
 もちろん、3作目の原稿にも手をつけられない。(いいわけ)

 朝、自分の山へ出かけて掘って送ってくれる筍。
 毎年、桜の頃に送られてくるこいつ、すごく美味しいんだよね。高価なものではないけれど、これこそ贅沢の極み。

1979年4月2日月曜日

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 1979年の4月も1日は日曜日で、2日が月曜だった。

 前の日まで、渋谷パルコ西武劇場プロデュースのテント(いまのパルコパート3の場所で当時はゴルフ練習場だったところに芝居小屋のテントをつくった)で「夢の遊眠社」の公演をし、千秋楽を終えて、次の日、2日からNECに入社してエンジニアになった。

 というわけで、座付きミュージシャンだった僕の最期のステージが79年4月1日で、次に人前で演奏したのは2005年の12月6日のコザ「ジャックレモン」。実に26年ぶりだった。

 4月2日月曜日に180度人生を変えて、それからNECに8年勤めて、アスキーに10年勤めて、「小説家志望のほぼ無職」を10年やって、やっと「小説家」になったのだ。

 けっこうやりたいようにやって、やりたいように生きている気がする。幸せだなと、たまたま同じ曜日の4月2日に思った。

 写真はみなとみらいの桜(4月1日撮影)

2007年04月01日

馬車道で送別会

「スカパー光」の受信機が届く。
 午後1時から、馬車道のしゃぶしゃぶ屋さんで、スコットランドへ引っ越す知人の送別会。
 年配の人が多いということもあるのか、日曜昼のど真ん中なので、ヨットはまだお預けだ。

 帰宅後、妻の書斎に本棚3本追加の組み立て。
 まだまだ引越モードは続く。
 
 昨年は、こういうエイプリルフールでしたが、本年はなし。