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2007年06月30日

大学のクラス会

 今年も前半が終了してしまった。人生短いなあ。
 午前8時過ぎ、寝る前にバイクの駐車場の更新手続き。

 午後4時から、品川で大学のクラス会。
 頭のいい人ばっかりだし、用語の定義がしっかりしたところから会話ができるので、3時間話をすると、ふつうの6時間分くらいの話ができるので、すごく気持ちがいい。
 使う言葉に曖昧さがないんだよね。
 言葉がもつ意味が人によって違うと、議論はさまざまな誤解すれ違いを解く作業に費やされてしまうのだけど、そうでなければ、本質的な議論だけすることができる。それがすごく気持ちがいいのだ。

 柳沢厚生労働大臣が女性を「産む機械」に例えて問題になったけれど、政策論議で事象をモデル化して考えるときに「機械」に例えることと、人格をもつ女性を機械のように思っていることとは、100%まったく関係ないのだけど、ああいう紛糾が生じてしまう。
 それは、一般の会話と専門的な議論に於ける語彙のもつ意味の拡がりや定義のちがいが原因で、一般の人の前で「機械」といってしまえば、違う意味にとられてしまっても仕方がないという意味で柳沢大臣の発言は不適切だったけれど、それで国会の時間の無駄が起きたのは、その語彙の範囲のちがいをわかっていながら、混乱を煽った人たちのせいだった。どっちが国民のためにマイナスなんだよ、と思うわけだ。
 国会で専門的な用語の使い方ができないのは、議論の効率からすれば不幸だけれど、民主主義というのは最善を求めるシステムではなくて、独裁や暴走に対するリスクヘッジのシステムであることを考えれば、国会では日常で使われる意味で言葉を使わなくてはいけないのもまた当然ということなのだろう。

 というわけで、充実した会話ができたので、1次会で満足して帰る。
 宴会なのに午後9時前に帰宅したら、妻が驚いていた。(笑)

2007年06月29日

鮎川哲也賞の山口芳宏さんと

 横浜駅近くで、某社編集と書き下ろしの打合せ。
 のち、みなとみらいで、最近、鮎川哲也賞(推理小説の賞のひとつ)を受賞した山口芳宏さんと飲む。
 山口さんは10年以上前からの小説仲間。
 彼の新作アイデアの検証にちょっと情報提供。
 その他、小説の書き方や構造について、小説家の業界話、経済のプランニング、などいろいろと同業でないと話ができないことをたくさん話しているうちに、午後11時半。5時間以上話し込んでいた。

2007年06月28日

なんとなく休養日

 妻につきあってデパートへ。
 リハビリは休診なので、帰ってからプールへ行くつもりだったけど、なんとなく疲れが出てだらだら休む。
 夜は、執筆でない仕事を少し。

2007年06月27日

顔が険しい人

 電車の中や町で人とすれ違って、どうしてみんな不機嫌な顔をして歩いているんだろうって思っていた。
 ところが、今日、険しい顔をして歩いている自分ふとに気がついた。
 歩くと脚が痛くなるから、どうしても顔に力が入るのだ。
 みんな不機嫌な顔をしているということは、みんな、心や体にこんな風に苦痛を抱えて生きているのかなあ。よくわからないけど。

 リハビリに行くと少し楽になるけど、リハビリまで歩いていくのが辛いので、自転車を止める場所があるかどうか確かめるために、歩いて整形外科へいって近所を確認。1週間分の薬。
 冷蔵庫がかなり空になっていたので、帰りにスーパーに寄って買い物。
 びんちょうまぐろの大きなサクが出ていたので、夕食は半分使って「びんちょう東丼」。

■「本の雑誌」2007年7月号 p.46-47
   「新刊めったくたガイド」(北上次郎)に『D列車でいこう』登場

2007年06月26日

推理作家協会賞贈呈式

 夕方から新橋へ。
 第一ホテルで推理作家協会賞贈呈式+パーティ。

 その前に、「本の雑誌」を買おうと思ったら新橋の書店2店とも売り切れ。パーティ参加者が買ってしまったのかも。(笑)

 脚の痛みがかなりひどくて、パーティ会場でスピーチを聴きながらウィスキーの水割りで痛み止めを追加ドーピング(スピーチ長くて贈呈式55分もあった)

 乾杯が終わって少ししたところで徳間のT編集長といっしょに、まず、『D列車でいこう』を読んで「面白かった」といってくれているという書評家のNさんのところに挨拶にいったら、なんだソフトボールをいっしょにやっていて、お互いに顔と名前が一致していなかったと判明。で、ふと横を見れば、なんと、となりに週刊ブックレビューで「おすすめの1冊」に取り上げてくれた吉田伸子さん。
 つぎにはおなじくブックレビューで誉めてくれた逢坂剛さんに挨拶。
「おお、会ったことありましたよねえ」
「ソフトボールご一緒してますから」
 て、やっぱり、顔は知っていても僕が阿川大樹だとは知らないわけだ。(笑)

 新発見は10年くらい前、某女性作家のパーティで名刺交換していた女性編集者が僕の担当編集長の上司だったことが判明。きゃ、知らずに新刊の案内なんかメールしていた。はずかしぃ。(昔の名刺だったので、所属が同じに見えなかった)

 1998年から知っているA出版のBさんが、向こうからやってきて、立ち話。
 最初にBさんに会ったのはサントリーミステリー大賞の候補になっているときに朝日カルチャーセンターで「ミステリーの書き方」みたいな講座を彼がやっていたので参加したのだった。(別にミステリーの書き方を勉強したかったからではなくA出版の編集者にコネを作るために参加したわけで、講師が作家だったら参加しなかった)
 で、その講座で、彼は「僕だったら2作目くらいまで様子を見ますかね」と新人作家とのつきあいかたについて語っていたのをよく覚えている。
 その後、様々な文芸系のパーティでBさんを見かけるたびに、ひとことふたこと会話をしたり年賀状を送ったり、忘れられないようにしつつ、都合10回やそこらは会っている。もちろん著作も全部送っている。
 で、昨晩、ついに彼の方から僕の処にやってきて、「こんど飯でも喰いましょうよ。いつでもいいですから」と耳打ちして去っていった。ほらね、ちゃんと9年前にいったように2作目までようすを見ていたわけだ。

 それとは別に、ブックレビュー放送を知って放映に先だってアクセスしてきたC社のD編集者とも立ち話で、近々、会って話をすることになった。

 そんなこんなで、営業的なことがほぼ片が付いたのが午後8時少し前。

 そこで、久しぶりにパーティでいっしょになった先輩作家のすがやみつるさん(現在早稲田大学の社会人学生で学業が忙しそうなので飲みの誘いを遠慮していた)と、新宿ゴールデン街へ移動。
 バー3軒と途中ラーメン屋1軒。

 久々に、始発まで飲んで、心すっきり。

2007年06月25日

週刊ブックレビュー

 24日朝の放送は出かけていて見ることができなかったので、帰宅後、深夜の再放送で見た。
 著者近影(笑)と経歴がしばらく映し出されたのは、とってもこそばゆいぞ。

 内容は、司会・藤沢周(作家)、中江有里(女優・脚本家)の2人と伊佐山ひろ子 (女優)、逢坂剛 (作家)、吉田伸子 (書評家)の5人が『D列車でいこう』をよってたかって批評、というか誉めてくれる番組になっておりました。
 ちょっとネタバレもあったけど。(特に逢坂剛さん)
 逢坂剛さんが、小さな不満を口にしたとき、拙著を「おすすめの1冊」に選んでくれた吉田伸子さんが、「そこがいいんじゃないですか」といって反論してくれて、その瞬間に中江有里さんがうんうんとうなずく瞬間をカメラがしっかり切り取っていて、それが番組としてのハイライトシーンかな。
「吉田さんは、面白い本を見つけてくる天才ですね」という逢坂剛さんの開口一番がなかなかいいキャッチコピーになってました。

 朝の放送から不在の間、複数の人が amazon の売上順位をウォッチしてくれていて、それをまとめてエクセルの表に入力して、「週刊ブックレビューによる amazon の反応」という資料ができたので、編集者にメールで送っておく。
 僕はベースが理科系なので、こういうデータを見るのが大好き。
 最高位は25日午前0時20分ごろに記録した63位のようです。

「レイモンド・チャンドラー+村上春樹」という超強力コンビと抜きつ抜かれつのデッドヒートを繰り広げていたようすが、数字としてすごく面白かった。
 いや、チャンドラーといえば、ハードボイルドの金字塔のような作家だし、村上春樹といえば「村上チルドレン」と呼ばれる一群の作家まで産み出した日本文学界の寵児だし、一時的にせよ、そういう作家の本と売上順位で並ぶなんてのは、デビュー2作目のかけだし作家としては、すごいことであります。(まあ、時間と共に水を空けられることは目に見えてはいるけどさ)

 NHK「週刊ブックレビュー」のサイトは こちら

2007年06月24日

歌手 小林淳子

 午後6時半をまわったところで、「なかの芸能劇場」へ。
 友人の中でもっとも芸術家肌であり(笑)、最年長の女友達(再笑)でもある小林淳子さんのコンサート。
 昨年9月に4年のブランクからライブ活動を再開して、9ヶ月を経て同じユニットで二度目のライブ。淳子さんの音楽はジャンルの定義が難しく、ほとんどの歌のタイトルはシャンソンなのだけれど、バックのベースとピアノは完全にジャズなので、フォーマットはジャズと言っていい。高音の囁きと、太く存在感のある低音が特徴。
 シャンソン歌手のほとんどは様式化ファッション化していて歌がひどく下手なので、淳子さんをシャンソン歌手とは紹介したくない感じなのだ。どうしても何かキーワードで記述するとすれば、シャンソンのナンバーを唄うジャズシンガーとでも言うべきか。
 昨年9月の演奏は、ブランクのあとの迷いや硬さがあったけれど、今回は伸び伸びとステージにいて、バックとの緊張感もあって、すごくいい演奏になっている。
 久々に音楽を聴いて涙が出た。
 60歳を超えているはずなのに、ステージの上で、深く切れたスカートのスリットからのぞく脚からさらにその上を想像したいと思わせるる「女」でいるというもスゴイ。
 休憩を挟んで2時間のステージは、きちんと作り込まれた高い音楽性と瞬時の共鳴による即興性の両輪で支えられていて、ほとんどダレることがなかった。

ハードな1日のはじまり

 NHK BS-2「週刊ブックレビュー」で『D列車でいこう』が取り上げられる日なのだが、番組が始まると同時に家を出て、新横浜のスポーツ医科学センターへ向かう。
 同所会議室にてワールドカップの時のボランティアで組織した団体「よこはま2002」の年次総会、ひきつづいて近所で懇親会。

 午後2時終了後、まず、渋谷へ向かう。
『D列車でいこう』について、途中、メールで amazon で106位まで上がっているという情報が入る。
 ブックファーストへ行って、文芸担当のSさんに「週刊ブックレビュー」放送の件を報告。(この時点で阿川は番組をみていないのだが)
 ありがたいことに、5月に訪ねたときのサイン入りのポップをつけて平積にしてもらっていた。

 中野に午後4時過ぎに到着。
 サンロードの梅本で立ち食い。冷やしかき揚げそば(360円)。おいしいなあ。同じくサンロードの MIYAMA で、休憩。コーヒー(420円)を飲みながら読書。
 総会、懇親会ではカメラマンをしていたので、朝からずっと立ちっぱなし。疲労困憊だった。

 少し元気になったところで、「あおい書店」へ。
 文芸担当の店員さんはおやすみ、ということで、名刺に「週刊ブックレビュー」のことをメモ書きしておいてくる。
 Veloce で、もう一度、休憩。コーヒー170円。

2007年06月23日

フットサルは問題なし

 久々にフットサル。
 5分も歩くと足が痛くなるのに、1時間半ほどフットサルをするのはまるで平気なのだ。ようするに少しでも前屈みの姿勢ならばなんともない。
 動きが悪いのは、能力の問題だろう。(苦笑)

2007年06月22日

リハビリ

リハビリへいった。(自分のための記録で失礼)

2007年06月21日

妻の両親を迎える

 明け方、主に仕事関係にNHKBS「週刊ブックレビュー」の放送について告知。

 その後、いろいろ仕事関係の新しいアクセスがあり、あわただしい一日になる。

 午後、義父母を新居に迎える。
 夕食は、そのまま家族4人で、「チャンドラーズ・クラブハウス」へ。
 暮れゆく観覧者のある風景をみながら食事。
 自分も足が痛むので、母が辛そうに歩くのにシンパシー。
 足が悪いと、実家から我が家まではけっこう遠いと思う。

 夜半から小説。

2007年06月20日

ボランティアの世話人会

 整形外科でリハビリ。のち伊勢佐木町のユニクロで買い物。
 桜木町で夜7時から月例の世話人会。
 以前なら、このあたりの距離は全部運動がてら徒歩だったんだけど、いまや足が痛くて辛いので、横浜から関内、関内から桜木町とJRを利用。ふつうの人になっちゃった。
 午後9時、野毛へ流れて居酒屋へ。散会後は徒歩で帰宅。
 明け方、酔いが醒めたところで小説。

2007年06月19日

スーパーも休み休み行け

 スーパーに買い物に行く。薬を飲むのが遅かったので、まだ効いていない。
 左足全体が痛くなり、途中に2度、しゃがみ込んで休む。
 しゃがむと瞬間的に回復する。ほぼまちがいなく脊柱管狭窄症だ。
 絶対ちゃんと直してやる。

 少し身体を伸ばす為もあって、プールで1時間ほどウォーキングとスイミング。

 夜は、小説。調子が出てきた。

2007年06月18日

整形外科

 足の痛みがかなり頻発するので、とにかく整形外科へ。
 レントゲンで確認。わずかだが、一箇所、背骨の間隔が狭くなっている。

 1週間分、薬を出してもらう。
 この医者、直す気がないというか、治療の方向付けがないのだ。リハビリに通ってくれば自動的に診療報酬が入るという構図。とはいえ、リハビリの人たちは優秀だし、待ち時間が少なくて便利なので、こちらで考えながら「リハビリショップ」だと思ってそれなりに利用すればいいと思っている。
 唯一の問題は、家で座っていれば痛くないが、リハビリに行くには足が痛くなるのをガマンして行かなくてはならないという相反する事項。

2007年06月17日

ヨットからホクレア

 午前10時30分、愛艇は、仲間4人で磯子のホームポートを出発。
 秒速6m前後の風の吹いたヨット日和。
 順調にベイブリッジを目指し、港内にはいるためにセールを降ろして橋をく
ぐる。
 その直前でホクレア号の伴走艇カマヘレとすれ違う。
 この時間にカマヘレとすれちがうということは、カマヘレが出てきた方向にホクレア号がいるということだ。
 朝、鳥が飛ぶのを見たら飛んできた方向に島がある。夕方、鳥を見たら飛んで行く方向に島がある。
 ホクレア号の用いた古代航法と同じ理屈。
(もちろん、それ以前に、僕はホクレアがそこにいることを知っていたわけだけれども)

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 大桟橋にさしかかると客船「にっぽん丸」がちょうど出航。

 ぷかり桟橋到着は12時少し過ぎ。
 ホクレアからは昨日まで取りつけてあったブルゴーニュ色のセールが外されていた。近くへ寄ると、すでにいろいろな安全備品や生活用品などが取り外されていて、ずいぶんとスッキリしている。一言で言うと、生活感がなくなっているというか。
 クルーたちは、名残惜しそうになんとなくまわりにいる感じ。作業はごくごくゆっくりと行われている感じ。

 同じことを考えるヨットがいるもので、ホクレアの反対側にはすでにヨットが2杯繋留してあり、ホクレア側にもを含めて都合4艇のヨットが近くを通っては写真を撮っている。

 ちょうど左舷にいたホクレアの女性クルーに「今日は、キモはいないの?」と聞くと、「彼ならさっきまで居たけど」と。彼は明日帰るはずなので、もう会えないかな。
 名刺を交換してメールアドレスもわかっているので、やりとりは続くと思う。
 予定通りなら9月か10月にまた横浜に来るかもしれないと。

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 あとは、新山下へ入って、台船にもやって昼食。本日のテーマは、「ナポリタン」
 美味しく食べて午後5時に帰港。6時間半、船に乗っていたのでけっこう疲れた。

 Stella Maris はラテン語で「海の星」だから、ハワイ語にすると Hokukai または Hoku O Ke Kai 。

2007年06月16日

暑い!

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 ホクレア号の見学会は今日が最後。
 オフデューティだが、終了の時間目がけて、またホクレア号を見に行く。
 強烈な日差し。
 
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2007年06月15日

美術館巡り

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 東京都美術館で「板院展」。
 1952年に棟方志功が提唱してつくられた日本板画院の定期展で、今年で57回目。ようするに版画界の二科展みたいなやつだ。
 新居の居間に妻が買った版画の作家(実は彼女が入院中に知り合った病院友だち)が今年も出展しているということで案内をもらったので出かけた。
 ひえー、上野公園、梅雨だというのにやけに暑いじゃないか。
 だいたい、ふだん見る画というのは現物ではないにしても一流のものばかり。となると、いかに伝統ある展覧会といっても毎年600点も選ばれるとなると、ほとんどのものには心動かされない。
 けれど、最高賞の棟方志功賞作品は、ひと目、その部屋で群を抜く輝きを放っていて(ちなみに黒一色刷り)、近づいてみたら棟方志功賞というあんばい。
 全然ちがいます。
 魂を注いだ芸術と趣味の差が歴然。

 二時過ぎに都美術館をあとにして、いったん駅前に戻って立ち食い蕎麦。冷やしタヌキそば400円。やっと朝食だ。うまい。

 ついでだし、招待券もあったので、あらためて東京国立博物館へ戻って、レオナルドダビンチの「受胎告知」を見る。(入場20分待ちだけど許せる混雑度)
 同じダビンチ展の第二会場へ行く前に、東洋館へ。ガンダーラの仏像が出色。レプリカでいいから、いい家に住むようなことがあったら欲しいと思った。

 夕方、整形外科でリハビリ。

2007年06月14日

キモ・ヒューゴ Kimo Hugho

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 ホクレアの桟橋で、写真の説明をするキモ。
 1975年のホクレア号建造の前から彼はプロジェクトに関わって写真を撮っている。
 そして、写真を通じて、ハワイ人の文化と誇りを語る。

 彼のそばで彼の言葉を通訳したり、ただ聞いていたりすると、毎回、新鮮な発見があり、なんだか自分の中にある種の「悟り」みたいなものが芽生えてくる。
 彼だけでなく、ハワイ人はとても気高い。

2007年06月13日

ちょっとホクレア病かも

 よく晴れて世の中が光に満ちあふれている。
 バイクでゆったりと走るのが気持ちいい。

 夕方、整形外科にリハビリにいったら診療時間が過ぎていて断られた。そっか6時半までだったのね。いつも早い時間に行くから意識していなかった。

 ホクレア号のクルーと話したことをなんども頭の中で繰り返している。

2007年06月12日

リハビリ

 ひさしぶりに整形外科へリハビリに。
 腰は治ったことになっていて、肩のリハビリだけのメニューになっていた。
 肩も直ってはいないけど、ちかごろは腰の方が深刻なんだけどなあ。
 理学療法士の人に話すと、マッサージは肩と腰の両方はできないが、腰の牽引ならできる、ということで、医師と相談してもらって腰の牽引を追加。
 そのせいか、帰りはほとんど痛くなかった。
 牽引で効くということは、昔流行った「ぶらさがり健康器」があればいいってことか。

2007年06月11日

ホクレア号(Hokule'a)乗船見学会

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 本日はホクレア号で見学会の通訳。

 寝坊して集合時間よりも10分あとに起きて、我が目を疑ったたけど、19分後には現場にいた。
 フットサルより走ったぜ。

 ホクレア号のまわりに集まっているハワイ人たちは個性豊かでありながら、それぞれに自分の自然観をもっていて、多くは共通しているものの、またそれぞれの自然への見方もあって、話をすること自体がとても楽しいし、こちらも、気持ちよくなる。

 彼らはさんざん長い間船に乗って、辛い思いもしてきたはずなのに、桟橋に繋った船に居るのが好きで、用がなくても船を離れようとしない。行く先々の港について、その場で、ただ船に座って日が暮れていくのを待っている時間が例えようもなく好きな僕は、彼らの感じていることがとてもよくわかる。

 帰宅後、メールをチェックしたら、先週送った短編について編集者のレスポンスが来ていた。ありがたい。

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NHK BS-2 「週刊ブックレビュー」で『D列車でいこう』が紹介されます
  放送日時 6月24日(日) 午前8:00-8:54
  【再放送】 翌・月曜日 午前0:00~0:54 (同日深夜)

  予告は こちら でご覧になれます。

2007年06月10日

雨の中、バイクでハーバー

 バイクでヨットハーバーへ行く途中から雨が降り始め、着く頃には豪雨。ついには雷まで鳴り出す始末。
 18年間濡らしたことのなかった(地下室にずっとあったから当たり前だけど)バイクが濡れちまったい。

 マストへの落雷がコワイし、船を出すコンディションではない。
 雨が上がるまでクラブハウスでだらだら雑談。
 午後1時過ぎ、雨が上がったので、他の連中は出て行ったが、僕は午後3時には船から上がらなくてはならなかったので、そのまま帰宅。(ようするにバイクで帰るための雨宿り)

 帰宅後、遅めの昼食を摂り、着替えて「ナビオス横浜」へ。
 午後5:30から、Hokule'a号到着歓迎レセプション。ホスト側の通訳のボランティア。ようするにクルーたちと話すことでもてなしたり、他の参加者の話を通訳して取り次ぐ仕事。
 話をするのが仕事なので、グラスをもって立ってはいるものの、料理を食べるヒマはない。

 午後9時、帰宅後、夕食。

2007年06月09日

阿川大樹サイン会?

 夕方、多摩方面にて僕の著書のサイン会という名目のホームパーティ。
(実は20年くらいのつきあいの古い女友達の彼氏のお披露目?)
 事前にお土産を入手する時間がなかったので家の冷蔵庫にあったオーストラリアのシャルドネをカバンに詰め、吉祥寺ロンロンでちょうどキャンペーンをやっていたチーズを試食してひとかたまり買って持参。
 名目通り、ありがたいことに全員『D列車でいこう』を買ってくれていて、酔っぱらう前に全員の分にサイン。ふだんは持ち歩けないけれど、今日はサインをするとわかっていたので、Kさんに戴いた落款も持参して、サインの末尾に押捺。
 夜11時前までワイン一人あたり1本と他にビールと焼酎などを飲んで辞去。
 終電だったけど、ひと駅寝すごしてしまって、20分ほど歩いて帰宅。

 脊柱管狭窄症か、座骨神経痛か、と思われる足の痺れがきて、途中、2度、座り込む。座り込むと一瞬で痛みがなくなるのは、まさにこの病名の症状に書いてあるとおり。最近、この症状があるのだけれど、しゃがむと瞬時に直るので、だましだまし生活しているけど、今週中に医者にかかろうと思う。

2007年06月08日

雑事が辻

 あれこれと雑用。
 夜半から、以前に書いた470枚の長編のチェック。営業モード。

2007年06月07日

短編の用意

 朝、雑誌向けの短編小説70枚を送る。
 以前に書いたもので、自分で好きな作品なので、少しだけ直した。掲載が決まるといいなあ。

 ちょっと疲れが出て、起きたのは午後3時。
 昼間は買い物など家のことを。夜は考え事と小説のこと。

2007年06月06日

オートバイで由比ヶ浜

 午後、水回りの点検に工事業者が次々とやってくる。

 午後6時、海が見たくなって、オートバイで由比ヶ浜まで。23kmほどを1時間弱。日が沈みきる前に海へ出た。
 ヨットに乗っているから海はしょっちゅう見ているのだけれど、浜辺に波が打ち寄せる海というのは、逆にヨットを始めてから遠ざかっている。
 昨晩、由比ヶ浜まで意外と近いのだと知ったのだ。
 ちょうどウィンドサーフィンを終えた人が引き上げるタイミング。
 バイクにサーフィンの片岡義男ワールドだな。(笑)
 浜では、そろそろ海の家の建設がはじまっていた。そうか、もう、季節は夏。

 帰る前、稲村ヶ崎近くの吉野家で牛丼。牛丼の味は同じだけど、この店は掃除が行き届いていない。ずぼらな店長で、こういうのはだめだ。吉野家も指導が行き渡っていないのか。創業以来、吉野家は利用しているけど、最悪の店舗だった。最悪の店舗でも同じ味を提供しているところが、フランチャイズのいいところといえばいいところ。

2007年06月05日

汐留・銀座で第三作へ

 午後6時半、汐留の超高層ビルのレストランで編集長と会食。
『D列車でいこう』の打ち上げ。
 売れ行き絶好調とはいかないようだけれど、年内にもう一冊やりましょう、というたいへんにありがたい話に。
 本ほど中身がわからないままに買う商品というのも珍しい。350ページに文字が埋まっているのは同じでも、読み終わるまでどれほど面白いか、わからないのだ。それでも読者が買うのはたいていの場合、作家のネームバリューというか、過去に読んで面白かったり、だれかが面白いと言っていたりした著者の本、ということになる。
 結局、クチコミにしても、既刊書への評価にしても、作家にとって最大の宣伝は、本を出し続けることしかない。
 というわけで、『D列車でいこう』の売れ行きいまだ定まらぬ段階で、つぎの刊行の話をいただけるのはたいへんな幸福という他はない。

 話が弾むうちに閉店時刻。

「もう一軒行きましょう」
 と、銀座を徘徊して入ったのは、銀座なのに新宿ゴールデン街みたいなバー。それもプログレ(プログレッシブ・ロックの短縮形)専門のロックバー。
 そこでも音楽談義などしていると、いつのまにやら午前1時半ではないか。
 出版社手配のタクシーで優雅に(?)帰宅。
 まだ数字を出していない駆けだし作家に過分の接待である。感謝。
 とりあえず頭を深く垂れる。実りはあとから着いてくる(?)

2007年06月04日

原稿用紙1枚100円

 夕食後、近くの Blenz Coffee へ原稿書きに。
 午後10時で閉店なので、1時間しかない。
 40分で原稿用紙3枚書く。コーヒーが260円なので、執筆コストの変動費1枚あたり約100円か。(笑)
 この調子で400枚の小説を書くと4万円。
 そういう計算が成り立つとたいへんにうれしい。
 家にいると書けないときでもコーヒーショップに来ると必ず書けるので、最初から割り切って通えばいいんだけど。

2007年06月02日

ヒーローショーとホームパーティ

 お昼過ぎ、注文してあったソファが到着。
 これで居間がぐっと居間らしくなった。座り心地も(寝心地も?)いい。

 昼食後、友人がみんとみらいでヒーローショーをやっているという情報が入ったので、散歩がてらカメラを持参して行ってくる。

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(出番だ!)

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(緊張の瞬間)

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(あとはサイン会。ちなみに色紙400円也)

 その後、少し時間があったのでプールで40分ほど水泳。

 夜は、同じマンションの上層階の知人宅に呼ばれてホームパーティ。開港祭の花火こそ前のビルに隠れて見えなかったけれど、アルジェリア系アメリカ人(イスラム教徒なので酒は飲まない)ふたりを含む10余名にて楽しい時間を過ごす。

2007年06月01日

ピアノ復活

 引っ越してからほったらかしに近かったピアノ。
 調律の人に来てもらって復活しました。
「すごくずれてましたねえ」
「はいすいません」
 とつい謝ってしまうほど。
 記録を見たら前回の調律は5年前じゃん。
 さすがに引越で運んだらぜんぜんアカン。
 10分もしないうちに弾くのがいやになる。

 で、調律したら。

 わ、きもちいい。

 僕の演奏自体は気持ちよくないので、自分の口直しでギター弾いて唄ったら、ほんとに気持ちよくなった。(笑)

 家計からいくと調律代は安くはないのだけれど、こころの豊かさは大事だよね。 妻が仕事で出かけて3日ほど居ないので、とりあえずその間、食費を節約しよう。モヤシと豚の小間切れをキムチとまぜて炒めりゃハッピー。
 というわけで、今夜の献立は決まり!(笑)