覇権の標的 フェイk・ゲーム  幸福な会社 会社、売ります D列車でいこう インバウンド








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2007年08月31日

寝たきり日記(1)

DAY2 手術後第1日:8月31日

 夜間も2時間おきに体温血圧などを計る。きわめて順調に推移。午前5時すぎ、 ガスが出る。よし、胃腸も動いている。

 明け方、うとうとREM睡眠から覚めてふと気づくと、バルンカテーテルをいれたまま勃起している。きわ
めて妙な感触。(笑)

CIMG0029.jpg

 午前6時、口から水を飲む。うまい。
 べッド下に溜まっていた尿はl300ml。
 寝たきりだからべッドから見えるのは空ばかり。智恵子は「東京には空がない」と言ったらしいが、どっこい横浜は空ばかりだ。

 午前8時26分、一般常食(ただしご飯はおかゆ〕完食。食うというその行為で元気が出る。オナラもよく出る。

 午前10時、べッドに小型のX線撮影装置がやって来て背中にフィルム乾板を置いて上から照射して撮影していく。すごいね、この装置。しかし、周囲にX線の不要輻射がかなりあると思うんだけど。

 午前10時30分、ナースKさんが体全部!を拭いてくれてパンツを履かせてくれる。人間にもどった気分。「人間はパンツを履いた猿だ」といったのは誰だっけ? 足の鉄腕アトムブーツのポンプも外れる。

 昼飯も完食。おいしゅうございました。

 再検査でビリルビンが相変わらず高いということで、急遽、腹部CT検査。肝ガン発覚か? 父のガンが見つかったのは心臓発作で病院に担ぎこまれた時だった。

 今回の手術なんてほとんど何の不安も感じなかったけれど、寝台に載せられてCTに向かう時には油汗が出た。
 もし残りの命8ケ月といわれたらどの長編から手をつけようか、などと真剣に考えた。やっとデビューしたばかりなのに、もっとたくさん小説を書きたかったなあと思った。

 妻の差し入れでマクドナルドのアイスコーヒーが届く。
 おしやべりしながらタ食、横になったままの食事は疲れる。これは体が弱っていたらとても食べられない。妻に手伝ってもらって食後の歯磨き。ああ、すっきり。

CIMG0011.jpg

 午後8時、点滴はずれる。

 同室のSさんの痰混じりのイビキがうるさいので、イヤホンをしてFMを聴く。
 病院ってイビキ率高いのかな? 75%以上だと思う。みんな病気で身体のバランスを崩しているからかな。僕もイビキをかいているかもしれないけど、自分ではわからない。(もちろんSさんにものびのびイビキをかいてもらってかまわない。病院なんだから)
 0時前、別の同室の人が眠れないとナースに訴えている。
 僕も眠れないけれど、眠る努力は特にしない。その代わり眠れない病院の夜は長いので、消灯後でもいろいろなことができるように道具をもってきているわけだ。
 寝たままの姿勢で、Zaurus でこの日記を書くのもそのひとつ。

2007年08月30日

手術日記

DAY1 手術の日:8月30日

 9時5分前病室を出発。
 下着なしでニーストッキングというセクシー路線〈病衣は着ている)
 ニーストッキングはエコノミークラス症候群予防の為だそうだ。


 5階手術室のアプローチで妻と母とに「いってきます」と手をふる。
隣では可愛いナースがいて、スタイリストバッグにレントゲンや書類を入れて並んで歩いている。
 スライディングドアをくぐると、まず丸イスに座って、シャワーキャップのような帽子をかぶる。緑色の着衣の人たちがストレッチャーをもってくる。
踏み台からストレッチャーへ。
 いよいよ手術台だ。
 僕の上には銀色のシートがかけられている。それの陰で寝間着を脱がされる。
「背中に注射しますよ」
「点滴します」
 天井には、いわゆる手術室のライティング設備。いやがおうでも、貧囲気がもりあがる。マスクをした女性の知的な美しい目にアラブの恋をしそう、なんて思っているうちに記憶は飛んでいた。

 次の記憶は病室の手前。妻と母の顔が見える。出て行ったときとは別の、ナースステーションに近い部屋に運びこまれる。

CIMG0030.jpg

 とあえず麻酔から覚めたことを神様に感謝だ。(マジな話、全身麻酔が最大のリスクだと思っていたので)

 左手に点滴、鼻には酸素、ペニスにバルンカテーテル、背中に硬膜外注射、と4点スパゲッティ状態だ。そして他に見えるのは天井。
 手がとても冷たい。
 腰に大きくはないがとんがった痛み。だが妙に温かい。(電気毛布がかけられていた)
 いちばん痛いのはノド。手術中、呼吸確保のために管が入っていたのだそうだ。

 両足は鉄腕アトムのブーツのようなものの中。これは機械で自動的に空気が入ったり出たりする、これもエコノミークラス痘候群予防の為。

 午後6時頃、体温37.5度くらいの正常な徴熱。血圧正常、脈拍90程度。
 午後8時すぎ、キズが痛みはじめたのでボルタレンの座薬を入れてもらう。夜勤のナースは初日にオリエンテーションをしてくれたHさん。
 座薬は絶大な効果アリ。

 うとうと細切れに眠るせいでよく夢を見る。妻でも愛人(几談)でもなく食い物の夢。なんてわかりやすい!  人間基本は色気より食い気。色恋も生きぬいてからのお愉しみ。

 と、限られた姿勢の中で休み休みやっとこれだけ書いて時刻はまだ23時57分である。夜が長いなあ。でもこうして文章を書いているとまったく退屈しない。まもなく入院後丸4日になるけど、テレビを見てつぶすヒマというのがない。

 夜中、やっぱり起きたお約束のトイレがつまる事件。第一発見者はやっぱりオバサンできっと犯人だと思う。
「びっくりしたわよ、ほんとに」
 とあくまで被害者なのだと夜中なのに大声で十回くらいくりかえす。わかりやす~。
(翌日の取材によれば原因は、生理用品。現場は男女兼用車椅子トイレ)
 推理作家は、ベッドにねたきりでも、このくらいの事件は解決できる。

2007年08月29日

瘋癲入院日記(3)

8月29日
 夜中に何度も目が覚めるが、午前7時には爆睡してて、看護婦さんに起こさ
れたときには、寝ぼけ眼。外は曇天。涼しい朝で助かる。(昨日は病室が30
度くらいあって、暑かった)
 明日、手術なので、今日は最後の比較的動いてよい日。3食、食べられるし。
 というわけで、小休止のような一日。
 午前9時ごろ、無性にコーヒーを飲みたくなって1階のコーヒーショップへ。
 この時刻の1階は外来患者が往来する立派な「娑婆」である。特別なコーヒ
ーではないのだけど、久しぶりに飲むコーヒーはコーヒーであるというだけで、
おいしい。
 病室へもどると、午前10時10分、採血。17日の検査でビルビリンが高
かったようだ。
 ひきつづき、麻酔科の医師が説明にくる。
 クスリのアレルギーがないことを確認、手順の説明。
 全身麻酔から覚めた後の吐き気については、女性は3倍くらい起こしやすく、
喫煙者は起こしにくく、乗り物酔いをしやすい人は起こしやすい、ということ
だ。
 乗り物酔いを起こしやすい体質だけれど、女性じゃないし、喫煙者なので大
丈夫かもしれない。
 そういえば、午前11時現在、検温と血圧測定が来ていない。僕がいない間
にきたのかもしれないけれど、このまま1回パスになるのだろうか。
 自覚的にはなにも問題ないけれど、病院の手順としてはあまり褒められたも
のじゃないな。作業の抜けがチェックされていない。
(結果的には、あとでちゃんと来た)

 重大なことに抜けがないように、あらかじめ知らされている手順については、
患者の方も注意しておく必要がある。病院のせいだ、といっても被害を受ける
のは患者自身だから。
 よく「先生や看護婦さんにすべてお任せします」と盲目的になってしまう患
者がいるけれど、医師も看護師も病院というシステムも、すべてがミスがなく
動くはずはない。これは製造業に於ける品質管理の考え方と同じで「人はかな
らずミスを犯すものである」という前提で、患者自身も含めて、そのミスをな
くすメンバーのひとりになってQC(品質管理)活動を続けなくてはならない。
 そのためにも次に何をするのか、入れている点滴や飲んでいる薬はどういう
作用をするのか、きちんと知識として知っていた方がいい。医療過誤のリスク
はある程度患者自身でも減らすことはできる。多くの医療事故はミスが原因で
あり、ミスさえなければ現代の医療はかなり安全になっている。
(病院のシステムは患者に知識がなくても安全に運営できるように構築すべき
なのはいうまでもないけれど)
 
 僕が受ける「腰椎後方除圧術」という手術も、手術自体の安全性は高いけれ
ど、検査で被爆することによる長期的な発ガンのリスクもあるし、たとえば点
滴で間違った液を入れられていまえば、あっという間に死んでしまう。
 病院というのは緊急事態が日常的な場所だから、自分の治療が安全でも、他
の緊急事態の影響を偶然に受けてしまって、ミスが起きる危険にさらされるこ
とがあるわけだ。
 ひとりの危篤患者への対応によって芋ズル式に思いもよらない連鎖が起きて、
自分の命が危険になる可能性だって十分にある。山道を歩いていて落石にあっ
たり、町を歩いていてビルの上から自殺者が飛び降りてきたりするように。
 医師や看護師を信用するというのは、その技術や経験についてであって、ミ
スをしないという意味では人間であるかぎり信用はしない方がいい。というよ
りQC(品質管理)の基本として、人間はミスを犯す存在である、といつも認
識している必要がある。現在の高度医療は薬剤機材の製造業者流通システム、
病院内での物流システム、手術室内でのチームワークなど、何百人という人が
関わってできている。そのどこにミスが潜んでいるかはだれもわからない。
 最後に、飛んでくる石を避けるのは自分なのだ。
 掃除に来るオバサンはけっこう大柄な人。
 特徴は、和製洋物ミュージカルの役者がカツラをかぶっているような真っ白
な縮れ毛の髪。ハンバーガー屋のマイケル・マクドナルドの赤毛を白髪にして
女にした感じ。(制服も色違いの青だが似ている)
 27日、向かいの人が退院していった後の掃除のようすをとくと観察。
 おもったとおり、大雑把。四角いところを丸く拭く。(僕の収納棚の裏にだ
って先人が落としたらしい帽子があるくらいの仕事ぶり)
 プリペイドカード式の備え付けの冷蔵庫の中も、外回りと同じ雑巾で拭いて
いた。(これはオバサンが悪いのではなく、掃除の作業仕様がそうなっている
のだと思う)
 ちなみに、当病院。各人に専用のテレビと冷蔵庫が備え付け。
 ただし、1000円のカードを買ってそれを差し込むことで動作させる。僕
はどちらも使っていない。
 今回の入院のテーマのひとつに「テレビのない生活を体験する」というのも
あるし、「病院食だけで暮らす」というテーマもあるので、どちらも不要なの
だ。
 このテレビは目の前に鎮座していて鬱陶しいけれど、4人部屋の向かい側の
人がベッドを起こしていても互いに目が合わない、というプライバシー効果も
発揮している。
 また冷蔵庫は、冷たくなくても収納スペースとしては使える(容積効率はよ
くないけどね)
 午後、担当医が立ち寄る。
 再検査でもグロブリンの値がよくないのを麻酔医が気にしているので内科医
の所見をもらうとのこと。手術できなかったらいやだなあ。
 検温36.5度。僕としては高いな。もう少し水分を摂った方がいいか。
 血圧114/60。
 入院したとたん、運動不足がひどくなるので、それだけで体調は悪くなる。
どちらかというとお通じはよすぎる系の自分が浣腸騒動になったりしているの
も、軽度の脱水と運動不足のせいだと思う。
 装具(コルセット)の領収書と医師の証明書がクラークから届く。これで保
険組合に申請すればコルセット代の払い戻しが受けられるはず。
 午後3時半、空の鳴る音。
 8月のこの時刻とは思えない。外は薄暗く、窓から見えるマリンタワーの燈
台の光が眩しく見えている。臨港パーク沖の海にだけ雨が降っているのがわか
る。そしてまもなく、下に見える道路の色が黒く変わり始めた。風力発電の風
車は回っていない。
 やがて雨脚で産みも風車も見えなくなった。
 ガラス面積が広いので、台風の時に入院していたら壮観だろう。
 入浴は午後4時半から。この先、4日ほどベッドから出られないので、これ
でもかとよ〜く洗っておかなくては。
(身体を拭いていたら、勝手に開けて「あらだれか入っているのね」といって
謝りもせず不機嫌に閉めていくオバサン。やっぱりいたよ、こういう人。これ
だから病院はネタの宝庫なのだよ)
 これを書き込んだ後は、しばらく日記の更新ができなくなります。
 ちゃんと麻酔から覚めれば、1週間後にはまたお目にかかれるでしょう。

2007年08月28日

瘋癲入院日記(2−2)

8月28日 その2
 午後0時25分 生まれて初めての点滴、左腕に。なあんか病院にいるって感じ。(笑)
 午後2時前、X線透過室で像影検査。像影剤を背中から入れて、かがんだり反ったり。
 帰りは安静なので車椅子で病室へ。部屋でCTの順番待ち。l時間ほどで呼ばれて、今度はうつぶせでCT。そこからの帰りももちろん車椅子。
 午後5時の予定の医師の説明は6時半に延びて開催。これはありがちの普通の出来事。
 結局、手術は L5/S の椎間板へルニアのみに対して行なうことに。
 L3/L4 L4/L5 脊柱管狭窄症は映像所見ではあまり悪くない。間欠跛行の症状から想定される形態と一致しないが椎弓削除による脊柱の強度低下というペナルティとのトレードオフを考えて保守的に判断する。
 説明を終えて病室にもどるとタ食が置かれていた。食べる前に点滴2本目に。
 午後8時すぎ、なんとなく眠りに落ちる。午後10時すぎ、点滴を外しに来たナースに起こされるが、すぐにまた眠る。
 翌1時40分、目が覚めてこれを書いている。Zaurusの手書き入力だと画面さえ明るければ書けるのでキーボードが見える必要がない。手書き文字認識も優秀だけど、問題は僕が漢字を書けなくなっていること。
 こういう時間帯はやっぱりNHK-FMの「ラジオ深夜」便がそれらしいな。

瘋癲入院日記(2)

8月28日
 午前6時半、前の人のところに看護師さんがクスリをもってきた声を聞いて
目が覚める。
「眠れました? 夜、一度起きてましたよね」
 夜勤明けの看護師さんお見通し。(笑)
 ベイブリッジのあたりから陽が昇ってくるので暑い。たまらずブラインドを
引く。
 午前7時半。朝食。完食。
 このあと絶食絶水。
 昨日の反省から八時半に売店が開くのを待って
 朝の検温35.9度。(昨日の夕方は35.1度)
 血圧は102/76。これはだいたいいつもの値。
 午前10時すぎ、担当のI先生の診察。いろいろな姿勢で痛いかどうか、な
ど。
 あとは太もものつけ根から、動脈血の採血。
 さて、昨日の失敗は意外なところに影響を及ぼした。
 昨夜9時前に下剤を飲んだ。今朝10時までに自然に排便があればよかった
のだが、昨日は二食だし、夕食は病院食でいつもより軽い。夕食後、お茶をゲ
ットしそこねて、その時刻には売店も閉まっていて……、というわけで、食事
だけでなく結果的に水分摂取量もかなり少なめ。その上、朝日が差し込む病室
は暑い。
 どちらかというと確実に胃大腸反射が起きて「大」の方は確実にでるどころ
か、デーパートや本屋なのでは予定外に催す方なのだけれど、そんなわけで、
肝心な(笑)今日に限って出ないのだった。
 一度、「試みて」みるが、どうにもだめ。
 せめてトイレがきゅんと冷えていてくれればいいのだが、そこはそれ病院の
トイレだから暑いことがあっても寒かったりはしない。(血圧上がる人もいる
からね)
 まあ、九時の時点で「これはでないな」とあきらめていましたよ。半分はこ
れも身体をはった体験というわけで。
「浣腸、したことありますかぁ〜」
 看護師のIさんに聞かれるが、物心つくかつかないかあたりで、イチジク浣
腸というのをされた記憶があったりなかったりくらいで、大人になってからは
未体験である。
「こういうのになります」
 とベッドに横になったてお尻を出している僕にIさんが見せてくれるのは、
大きめのレモンくらいの半透明なボディに白い樹脂でできた先っぽがついてい
る。
 子供の頃の浣腸はもっと痛かったような記憶があるけど、「へんな」感触が
あるだけでさほど痛くはなかった。看護師さんの腕がいいのかもしれない。
「五分我慢できれば上出来です」
 そういって平然と去っていくIさん。
 すぐに出してしまうと液体がでるだけなので、我慢してから出さないといけ
ないらしい。そうはいっても、ベッドでぎりぎりまで我慢するのはリスクが高
すぎる。そもそもぎりぎりで行ってトイレがふさがっていたら困るではないか。
 というわけで、不安が先に立って、一分後、お尻に力を入れて部屋のトイレ
へ。幸い空いていた。まずは場所を確保して安心。座ったあと、できるだけ我
慢してみよう。
 時計をもって入らなかったから5分より短かったか長かったか正確にはわか
らないけど、定量的に指示を出してくれるのはあいへんありがたく、便器に座
ったあとできるだけ我慢してみてから「よし、このあたりで」と心おきなくお
通じに専念したのであった。
 あたりまえだけれど、浣腸といっても入れ終わってしまえば、ただの排便な
のであった。(いや、なにか特別な期待をしたというわけじゃないんだけど)
 しかし、効果てきめんで、都合3回も行きました。
 こういうのもなるべく平温に生きたいと思えば、恥ずかしい体験なんだろう
けど、何事も取材、芸の肥やし、と思っていると、得した気分になる。
(ところで、浣腸をすると保険の点数は何点になるのだろう)
 正午からは点滴開始の予定。
 点滴も初体験なので楽しみ。
(以下、検査後の安静のため、寝るまで Zaurus に記録した)

2007年08月27日

瘋癲入院日記(1)

8月27日
 待ちに待った入院。
 午後1時20分過ぎ、入退院受付。預託金5万円を会計に払って9階の病棟
へ。
 案内された病室からは、パシフィコ、インターコンチネンタルホテル、ベイ
ブリッジ、風力発電の風車が見える。iRiver T10 のFMラジオもよくはいる。
 室温27.4度。携帯オーディオで India Arie なんか聞いていると、天王
洲汐留あたりの高層マンションにいるような感じで、すごく豊かな気分になる。
 一方で、全員お仕着せの寝間着(1日420円)になるので、廊下を歩いて
いる人がみな同じ服装(笑)をしているわけで、囚人服みたいだ。右手首に黄
色い認識票のバンドがついているし。
 幸い差額ベッド代のいらない4人部屋でよかった。個室だと1日31500
円。高い上に個室じゃ病院生活の取材にならないし。
 看護師Hさんから説明。喋り方が少し、109カリスマ店員芸の柳原可南子
に似ている。優しい感じに話そうとすると多かれ少なかれそうなるんだけどさ。
 でも、不思議にこっちが元気が出てくる話し方なのだ。

 入院生活の案内とか、手術を含めたこの先のスケジュールとか。
 いつからいつまで寝たきりだとか、尿の管がついているとか、そういうこと
が先にわかるのは心安らか。
 脊髄造影検査や手術の前日に下剤を飲んで朝までにお通じがないと浣腸です
よと、脅され(?)たり。
 普通人としては恥ずかしいから浣腸されずに済ませたいけれど、小説家とし
ては、せっかくの機会だから、そんな気持ちになるだろう、なんて興味も湧く。
 テレビと冷蔵庫も個人個人のベッドについていて、1000円のプリペイド
カードを入れる方式。イヤホンは下の売店で買ってください、ということだけ
ど、もってきたステレオイヤフォンも使えることを確認。せっかくの入院なの
で、人間観察や読書や執筆で忙しいから、あまりテレビを見ることもないだろ
うけど。
 4人部屋には部屋専用のシャワー付洗面所、トイレがある。
 水回りの音で夜中は近くのベッドの人に迷惑なので、トイレは廊下のを使う
ことになるだろう。
 午後3時前に身長体重の測定、検温、ひととおりの説明などが終わる。
 本日の残りの予定は4時から背中の脱毛、5時から入浴。あとは夕食だけ。
 というわけで、空き時間に売店で、必要な資材(T字帯、リハビリ用の上履
き)などを購入。
 隣の人のテレビでは組閣のニュースをやっている。
 午後6時過ぎ、夕食が届く。
 けっこうおいしい。量が少ないし時間がゆったりしているので、茶碗に残っ
たご飯つぶまで丁寧に箸で食べる。こういう気持ちって新鮮だ。さっそく入院
の取材成果が現れたぞ。
 病人の気持ちを自分を使って取材するため、できるだけ食べ物は与えられる
ものだけで生活してみようと思っている。
 それにしてもいいよね。何を食べるか考えなくていいのは。
 つくるにしろ、外食するにしろ、日常のなかでは何を食べるか考えるのがけ
っこう億劫でめんどくさい。食事のことに心や時間を砕くくらいなら、小説の
ことを考えたり、何か新しい知識に触れることに使いたいのだ。
 もちろん、食事はちゃんと摂れば楽しいものだけれど、日常のなかでは自分
に餌をやっているだけで、なんでもいいから食べられればいい。何でもいいの
に選ばなくてはならないのは面倒だ。あてがい扶持というのはほんとに楽でい
いなあ。(これが洋服だったら制服のようなあてがい扶持はすごくイヤだから、
面白いものだ)
 味の区別はつくつもりだし、高価で洗練された食事の価値も認めているけれ
ど、僕は基本的に粗食が苦にならないほうだと思う。それは生き方の勇気の源
泉でもある。粗食で悲しくなるようでは、小説家になろうなんて思い切ること
はできなかったから。
 今日の失敗。要領がわからなくて、夕食の後、マグカップにお茶をもらって
おくことができなかったこと。最初にそういう説明があったらよかったのにね。
 午後8時、音楽を聴きながら寝そべって文庫本を読む。
『喜屋武マリーの青春』(利根川裕)。
 コザの伝説的ロック歌手のことが書かれたノンフィクション。コザへ行くと
いつも会う、宮永英一も少し登場している。
 利根川裕といえば「トュナイト」というテレビ番組のキャスターをしていた
人だけれど、書いたものを読むのは始めて。ふーん、こういう仕事をしていた
んだ。

もってきたオーディオ
 iRiver T10
  Napster 用 および FMラジオ(世間との接点)として
  FMの予約録音もできるので、NHKの定時ニュースを録音してみようか
 Apple iPod Shuffle 512MB (縦長の旧型)
  今回は最近ツタヤでレンタルしてきたジャズ専用に
 Casio EXILIM M1
  SDカードなので、中味の差し替えが可能
  デジカメ兼用(携帯のカメラが病室では使えないから)
 イヤフォンは AudioTechnica のもの2機種(カナル型と耳かけ型)
  カナル型は適度に耳栓効果があるし、そのまま寝入ってしまっても大丈夫

もってきたパソコン
 Sharp MURAMASA
  準常用執筆マシーン バッテリーで8時間くらい原稿が書ける
 Sharp Zaurus SLC-860
  手術後起きあがれないときの執筆用 PDA型 Unixマシン
  夜間の読書用
   電気が消えてもディスプレイで読書ができる
   文字も大きくできるので眼鏡なしでもいい
   実は電子読書は意外と快適
   青空文庫(国木田独歩『武蔵野』など)を何編かもってきている
 翌1時半、すでに十分眠ってしまったので、サロンに起き出してきてこれを
書いている。

2007年08月26日

準備中

 ひたひたと入院準備。

 こういうことをしていると、毎月(時には月に2回)のようにアメリカと日本を行ったり来たりしていたころを思い出す。最近では、ヨットのクルージングか沖縄くらいしかいかないし。

 というわけで、ほんとに修学旅行のような気分で、ビミョウに緊張しながらもなかなか楽しい。
 これから、数々の未体験の事象に遭遇するのだな。
 最終的に命さえ助かるならば、せっかく飛行機に乗ったらハイジャックにあったりしてみたいじゃない? それと同じ。
 台風が近づいてくるときの、あのなんともいえない昂揚感みたいなもの。

2007年08月25日

残務整理(笑)

 8月最後の土曜日だ。
 というより、いよいよ入院が近づいてきたので、準備しなくては。

 ヨット仲間にサイン本を頼まれていたので、バイクでハーバーまで行き、事務所にあずけておく。
 午後4時半に着くと、ちょうど知り合いの船が出航していくところで、見送ると、なんとうちの船の女性クルーが乗っていた。(笑) 
 メンバーと出航時間からして、八景島の花火大会に行くのにまちがいない。

 家の近くのバイク駐車場までもどって、月極駐車カードの更新を済ませる。

 ランドマークタワーの69階の展望台のタダ券の期限切れが近いと妻がいうので、歩けない僕は自転車で、妻は歩きで出かけ、入口で待ち合わせ。
 ふだんは入場料1000円もするので、来るのは初めて。
 都市なので、うごくものが多くて、上空からの景色も意外と面白い。満員の横浜スタジアムとか、大道芸に集まっている人とか、自分が住んでいるマンションとか。

 夕食は、ランドマークプラザ5階の寿司屋。
 わりとリーズナブルな値段で寿司を食べた気分になるのでいいかも。携帯で会員登録をすると生ビール1杯がタダになる。さらに4000円の商品券もあって、腹一杯寿司食ってビール飲んで、ふたりで2000円。安い!
 まあ人生最後の寿司にするにはちょっと情けない寿司ではあるので、来週の全身麻酔、ちゃんと覚めてくれないと困るぞ。

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2007年08月24日

自転車に乗って

 一昨日、自信をつけたので、調子に乗って自転車で動き回る。

 ツタヤに借りていたCDを返却。

 ジャックモールのダイソーで電池を買う。だれかのベンチマークによれば、ダイソーの電池は意外なことに性能がいいらしいのだ。行ってみると、かなり色々なOEMメーカーの電池が売られている。容量の評価はよかったけれど、長期保存性、つまり液漏れに強いかどうかはベンチマーク記事ではわからないので、SANYOの名前の入ったものにした。
 マクドナルドでハッピーセット(ボーリングゲーム付300円:クーポン使用)
 野毛の図書館へ行って、借りていた本を返す。(今週、野毛に来るのはなんと4回目)
 みなとみらいのユニクロで下着のパンツを2枚。(入院準備ね)
 セキチューで、歯ブラシなど。(これも入院準備)

2007年08月23日

野毛遊び

 夕方、バスで野毛へ出る。
 モスバーガーで少し原稿書き。

 カウンターでお箸で食べるフレンチレストラン「Y(イグレック)」。
 ポーションも大きく、大満足。
 シェフがひとりでやっているので、混んでくるとなかなか出てこなくなるのがご愛敬。その間、ワインが進んでしまうのだ。たっぷり3時間かけて食事をした。

 都橋飲食街の「華」。
 横浜中華街生まれ、本牧育ちの中国人のママさんの店。
 これまたゆったりと話をしながら飲む。
 新宿歌舞伎町ゴールデン街もいいけど、なにより家に近いのが気楽。

 野毛にあるのは、どの店も「本店」だ。
 みなとみらいにあるのは、支店ばかり。みなとみらいはきれいで観光客には人気があるけれど、その町からは何も生まれていない。野毛は、その町の人が作った町だ。

2007年08月22日

自転車とサッカー

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 少し秋の気配がしてきたとはいうものの、暑い時間を避けて横浜中央図書館へ。自転車で向かうと最後の野毛坂が難関。鎮痛剤といっしょに飲んでいる筋弛緩剤のせいで下半身に力が入らないものだから。
 しかし、本日二回目の薬を飲んだのが出発直前だったため、まだ血中濃度が上がっていなくて、意外に大丈夫であった。
 1冊返却して、1冊借りる。
 返したのは経済の本、借りたのは医学の本。
 あとは、少し遠回りして、山下公園赤レンガ倉庫など、ふだんのポタリングコースを走ってみる。なかなか順調。他人が見たら100m歩けない人間には見えないだろうなあ。
 かつてはあれだけ歩いていたのにさっぱり歩かなくなって、欲求不満なのか食べる量は増えてしまったので、ウエスト周りが増加中。まあ、入院すればカロリーコントロールがしっかりするので、痩せると思うけど、運動不足はひどくなるから、少しでも運動しておこうと思って。

 帰宅後は、サッカーテレビ観戦。
 A代表の日本vs.カメルーン、オリンピック代表の日本vs.ベトナム、そしてU-17ワールドカップの日本vs.ナイジェリアと3試合。
 オリンピック代表の試合は面白くなかったのでほとんど見ないで本を読んでいて、おかげで借りてきた本を読み切ってしまった。

 そんなわけだから執筆はあまり進まない。
 8月も22日。夏休みの宿題を残している子供みたい。
 といいつつ、実は、夏休みの宿題は7月中に全部やってしまうような小学生だったので、夏の終わりに宿題を残していた経験はないのだけれど。

2007年08月21日

ミイラになり損なった

 本日はコルセットの型取りのため、整形外科の装具外来。
 すでに予約は一杯だったところ、次の週が手術だというのでむりやりねじ込んで入れてくれた予約なので、午後3時半の予約だけど、その時間に行くと、まだ10人ほどが待合室で待っている。
 それでも、本を読んでいるうちに午後4時半に呼ばれる。

 いつもとはちがう診察室の光景。
 床には古新聞が敷き詰められている。
「上着を脱いでください」
「ズボンを下げてください」
 という感じで、直立して両手を杖に預けている間に、腿の辺りから脇の下までキッチンで使うのと同じラップでぐるぐる巻きにされる。
 足下のプラスチックバケツに白い液体が入っているのは拙稿、じゃなくて、石膏。白衣を着た装具屋さんが、そこに幅広の布を漬けて浸し、軽く絞っては、腰から胸へラップの上から巻き付けていく。放っておけばミイラになってしまいそうだ。

「もうじき固まりますからね」
 5分くらいしか経っていないけど、直立しているとすでに足がかなり痛む。しかし、石膏が固まるまでガマンするしかない。
 固まったのを確かめて、胴体に何やら書き込んでいる。名前とか病院名とか。
 やがて、カッターナイフで、胸から腹にかけて正面正中線付近を縦に切って外すと、僕の体型を忠実にコピーした筒ができあがるわけだ。
(カッターナイフで腹を切られたらどうしようと必死で腹をへこませたのは言うまでもない)

 一部とはいえ、自分の身体の3Dモデルを見るのはなかなか不思議な気分。こういう体験ができるのも病気のおかげである。

 コルセット代は23535円、来週火曜日、病室に届くので現金で払うということ。保険が適用されるので、あとから書類を揃えて保険組合に請求すると7割がもどってくるのだけど、その手続きには診断書が必要でお金がかかる。なんだか納得できない制度だ。
 窓口での本日の医療費支払いは、2310円。これはいままでで一番安い。

2007年08月20日

24時間テレビ

 24時間テレビ(日本テレビ)は、好きな人と嫌いな人にはっきり別れるようで、僕の知り合いで24時間テレビを見る人はほとんどいない。
 もちろん、僕も見ない、というか、事前情報を聞いてはいたが、いったいいつ行われるのか興味もないので知らなかった。
 で、たまたまチャンネルを替えたら、欽ちゃんがあと1.5Kmくらいで武道館に着くけれど、放送時間内には間に合わなそうだ、というところで、「間に合わない」というところが妙に気に入って、番組的にどう落とし前をつけるのか、そこに興味が湧いてしばらく見てしまった。

 人はたまに感動して泣きたくなる、という一種の「心の生理現象」みたいなのがあるのは理解はできる。まあ、僕だってそういうふうに思うことはあるし。
 だからこそ、どうやったら人を感動させられるかというのはある程度わかりきっていて、人を泣かせる小説とか感動させる小説とか、そういうのを書くのは別にむずかしくない。単純な技術上の問題なのだ。
 泣けるか、感動できるか、じゃなくて、何によって泣くのか、何によって感動するのか、というところが問題なのだ。
(必ずしも泣かなくても感動しなくてもいいけど、たとえばの話ね)

 欽ちゃんが24時間テレビで70kmを「歩ききって」、感動した人もいるらしい。
 まあそうだろう。でもさ、こういう風にしたらかなりの人を感動させられるってことは、みんなやる前から判っていて、見る人もわかっていて、予想したとおりに感動したいから見ていたんだよね。

 そういうニーズがあるから、そこに商品を提供する、ということを非難することもないと、理屈では思うのだけれど、感動ってそんなにまでして、しなくちゃいけないのかね、と見る人の方にいいたい気分になる。

「欽ちゃんを見てわたしもがんばろうって思った」
 て、おいおい、欽ちゃん見なくたって思えよ。(別にそう思わなくてもいいんだけど、とにかく思うきっかけが欽ちゃんかよ)

 欽ちゃんくらいがんばっている人って、僕のまわりを見回したら、いくらでもいるから、きっと、欽ちゃんをみて感動している人の周りにだって、いくらでもいるんじゃないかな。

 66歳なのに、とか、身障者なのに、とか、そういうオマケのスペックつけなくたって、ちょっと自分の周りを見てみればそれで十分なんじゃないのかなあ。がんばっていないように見えて、けっこうがんばっている人は多いような気がする。
 別に欽ちゃんじゃなくて、どんな人生だって、いつかどこかでのっぴきならないことになるものだし、それでも、たいていの人はそこを切り抜けて生き続けていくものだ。

 まあ、一日に煙草を何箱も吸っていても、66才で70kmくらいは歩き通せるということが証明されたってことで、いいってことにするか。

 愛でほんとに地球が救えるのならいいけど、地球を救うのは愛じゃなくて理性だと思う。
 戦争は愛によって引き起こされている。目に見えている人、近くにいる人だけを愛そうとすることこそが、戦争の原因じゃないのか。目の前にいない人のことを考えることのできるために必要なのは、愛じゃなくて理性だ。自分が愛する人を殺した人にも愛する人はいる。

2007年08月19日

やっと来た、夏!

 世間は猛暑だ酷暑だと言っているというのに、少しも夏らしいことをしていなかった。
 旅行も、海も山も、ひと夏の恋も。(笑)

 やっと手術が決まったので、入院までに娑婆の空気を楽しむことにする。
 娑婆といえば、まずはヨットだ。
 たまたま今日はレース。
 男3女5というレースらしからぬ華やかなメンバーで参加。
 すごく楽しかったなあ。

 レース終了後は、会費一人1000円で飲み放題食べ放題の焼きそばパーティ。
 写真は、パーティ開始を待つ、ボートヤード。

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2007年08月18日

「じっくり」な一日

 上場企業役員だったこともあるKさんが、家の近くまで来てくれて、2時間ほどいろいろな話を聞く。
 夕方、TSUTAYA でCDを5枚を借り、スターバックスコーヒーで原稿書き。
 静かだけれど、内容のある一日だったかな。

2007年08月17日

入院手術決定!

 目が覚めた。??? ヤバ!
 とあわてて飛び起きて、目覚めて20分後には、病院の待合室にいた。予約時刻9:30に間に合いました。

 エクセルの表にまとめた神経根ブロック注射のあとの症状の経過などを見せて、……、手術決定!
 8月27日、午後から入院。 30日、手術。入院期間は3週間の予定。

 というわけで、さっそく手術前の検査。
 採尿、採血、心電図、出血時間測定、胸部レントゲン、完了。
(心電図の受付の女性が妙にセクシーだったなあ)

 来週、21日には、手術後にはめるコルセットの採寸。

 生まれて初めての入院&手術の甘美な響きに、遠足の前の子供のような気分。
 入院前の to do list 入院のときの持ち物リストを作らなくては。
 とりあえずツタヤへいって、病院で聞くCDを借りてきましょうかね。るんるん。

 とにかく、やっと手術に漕ぎ着けた、という感じ。

2007年08月16日

灼熱

 2時に桜木町で打合せ。
 家から自転車で漕ぎ出す。歩道の照り返しがすごい。遠赤外線から赤外線から可視光線から紫外線までまとめて、莫大な量の光子が僕にぶつかってくるって感じ。どうやら光子にも質量はある。

 途中、郵便局で韓国の友人あてに著書を発送。
 彼女、一応、大学で日本語勉強したはずなんだけど、たぶん、読めないだろう。そもそも英語でしか会話したことない。
 10年ほど前、半導体関係の雑誌の仕事でシリコンバレーに取材にいったとき、大学出たての彼女も雑誌社から派遣されてやはり取材に来ていた。半導体のことをほとんど知らないし、車もないし、財布をなくして困っているという、オマヌケなジャーナリストだった。けど、それがいまじゃ、ソウルで自分の会社をやっている。

 打合せの後は、久しぶりにプールでリハビリ。
 どうも心が病人モードで執筆もはかどらないので、できるだけ生活を元に戻すことにした。足が悪いだけの普通の人になろう。

 ビルの5階のプールは、本日、ドームが開いていて、空が見えるし、近隣の高層ビルが見える。背泳ぎをすると圧巻。(しなかったけど)
 気温34度、で水温公称30.5度だけど、表面は36度くらいはある感じで、クビの回りが温かいのだよ。
 角にホースが伸びていて、そこから冷たい水が注入されているのだけれど、焼け石に水。このプール、水を温める設備はあるけど、冷やす設備はないわけ。(あ、フツーないな)

 74年ぶりに日本の暑さの記録が更新されたそうだ。

 40度の夏というと、テレビのワイドショーなんかはすぐに「地球温暖化」を口にするけど、昨日までは74年前の方が暑かったのだよ。地球規模の気候変動を最近50年やそこらのことで語ることは、正確性において大いに疑問があるということは、いつも頭に入れておきたい。
 ヒートアイランド現象と温室効果を混同している論調にも注意。

2007年08月15日

『反転―闇社会の守護神と呼ばれて』

『反転―闇社会の守護神と呼ばれて』(田中森一 幻冬舎)を読んだ。

 東京地検の検事をやめて裏社会の弁護士になったいわゆる「ヤメ検」の自叙伝。
 60年前の貧しかった日本の田舎、バブル時代、検察庁、経済犯罪、そんな小説のネタ満載(?)のノンフィクション。
 こういう本の読者はどういう人たちなのだろう。まさか、みんな小説を書こうと思っているわけじゃないだろうに。(笑) 情報量豊富な良書。

 終戦記念日。昼間、窓の外の温度計は38度を指していた。実社会は気象台の百葉箱よりだいぶ温度が高いようだ。とはいえ、外へは出なかったので、涼しく過ごした。

2007年08月14日

世間は暑いようだ

 日本中が35度だ40度だとニュースが言っているけど、足が悪くてほぼ家にいるので、夏の暑さの実感がない。
 この春まで住んでいたマンションはすごく暑くかったのだが、引っ越してきてからは涼しいのだ。
 以前の部屋は東向きで、まず、午前中に暑くなり、そのままずっと一日暑い。
 いまは、西向きで午後3時過ぎからしか暑くならないし、それもたいしたことはない。
 最近これだけ暑いと、東向きとか南向きとか、かえって暮らしにくいんじゃないだろうか。
 そういえば、南向きの家にこだわるのは日本人の特徴のひとつらしい。

 図書館に予約してあった本が用意されたとメールが入ったので、午前中、バイクで図書館へ。
 ついでに医学の専門書に少し目を通す。
 混雑していて椅子が空いていないので、ジベタリアン。

 午後は、自転車でクイーンズスクエアまで。

2007年08月13日

ハッピーセット

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 ニンテンドーDSを買うほどの経済的余裕はないので(笑)マクドナルドのハッピーセットを買いました。

 左は「PKサッカー」右は「バイクレーシング」
 背景は時節柄(笑)脊髄神経根の解剖図。

 こんなデジタルゲームとハンバーガーとポテトSとドリンクSとで、クーポンを使うと300円。
 安いよなあ。

 画面が反射型モノクロ液晶で情けないですが、ゲームの難易度は簡単に勝ててちょうどいい。

 むずかしいゲームが好きな人がいるけど、僕は理解できない。必ず勝って終わりたいので、ふつうのゲームでも第1画面が終わるとリセットしてまた最初からやります。むずかしい画面へ進んで負けてゲームオーバーなんてまっぴらゴメン。

2007年08月12日

神経根ブロックその後

 足の痛み、神経根ブロック以前を10とすると、8くらいか。

 これで改善が見られるということは、L5/S の椎間板ヘルニアによって、おそらく S1神経が圧迫されていると考えられる。
 ただし、歩いてみると、長腓骨筋(脛の外側前になる筋肉)に緊張が出るところをみると、L5脊髄神経の圧迫もあるのかもしれない。こちらは L4/L5 の脊柱管狭窄症によるものと思われる。
 この考え方が正しいかどうか、次の診察日(17日)に医師と話をして確認する。

 いずれにしても、10日14時の神経根ブロック注射以降、自覚症状の変化を主観評価として、10段階に数値化したものを、その後の時系列的に、エクセルの表にして記録しておく。医師とのミスコミュニケーションを回避し、できるだけ一貫性のあるかたちで十分な情報を提供する。

 午後、試みに、ツタヤまで行ってみる。
 CDレンタル5枚で1000円のセール中。以前は、5枚選び終わるまで棚の前に立っていることができなくて、しゃがみ込んだけれど、ちょうど5枚くらいなら選び終わる、という程度には回復している。

 神経根ブロックの効果があったから手術をしなくていい、というわけではなくて、神経根ブロックの効果で、ブロックした神経が痛みの原因だと確認できた、ということで、手術する場所が特定できた、という意味になる。
(さっさと手術して欲しいのだけれど、そうやって、ひとつひとつデータを確かめて行く必要があるわけだ)

 借りたCDは、ジェイク島袋、クリスタルケイ、椎名林檎(3枚)。
 それにしても、とりわけ夏らしい強烈な晴天。ヨットに乗っていたら気持ちいいだろうなあ。
(あくまでも短時間なら「気持ちいい」のであって、遠出をするとしたら暑すぎるのは歓迎できないんだけど)

2007年08月10日

神経根ブロック注射

 背中に針を刺して、局部麻酔。
 造影剤を入れて見えるようになった神経をX線で見る。静止画じゃなくて、リアルタイム完全動画。
 で、その神経を狙って、背中に針を刺して背骨から下肢へ出ている神経をつっつく。
 そのとき、ふだんと同じところが傷んだら、その神経が問題の痛みの犯人だというわけで、神経をつついて痛いかどうか試しながら探す、と。
 針を刺すところには、局部麻酔をかけるんだけど、神経は痛くないとどこが悪いんだかわからない。

 というわけで、その犯人をつきとめた瞬間に、身体の中を電気が走るわけだ。そんな重い痛みじゃなかったけど、中からの痛みだから逃げ場がないの。でも、時間が短かったから身もだえするヒマもなかった。

 場所がわかったところで、その場所に、ピンポイントで神経をブロックする薬を注入する。
 それで痛みが治まれば、そこに犯人がいることがわかる。
 まだ痛かったら、まだ他にも犯人はいるかもしれない。

 以上、神経根造影/神経根ブロック注射でした。
 終了後、ベッドで1時間横になってから帰宅。
(そのあいだ、病院でちょっとした事件が起きていて、その一部始終が聞こえていたんだけど、それは内緒。小説のいいネタになったぞ)

 とりあえず帰り道、少し軽くなっているような気はしますが、これからどうなるかはわかりません。
 次の診察は来週金曜日。

 なんだか疲れて23時過ぎに就寝。

2007年08月09日

ホッピーでホッピング

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 昨夜は、予告通り(笑)午後5時過ぎから野毛に繰り出した。

 焼きトン屋Aにて、ビールとホッピー。
 6時過ぎたので、ハモニカ横丁のHへ移動して、9時ごろまで。ここの裏メニュー「巻き揚」がすっごくうまい。横浜いちばんかも。
 そこから東神奈川のなじみの店に3ヶ月ぶりに顔を出す。

 最初の店のホッピーがかなり濃くて、1週間ぶりの酒だったこともあって、終始グデングデンだったかも。
 10時半には限界が来て帰宅。
 そのまま寝てしまった。

 心を入れ替えて仕事します。(昼間は)

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2007年08月08日

検査結果

 L3/4 L4/5 の脊柱管狭窄症、L5/Sの椎間板ヘルニア。
 わはは、腰椎の下の方、全部ダメジャン。

 痛みの原因としてもっとも可能性が高いのがL5/Sの椎間板ヘルニア。痛みがここが主因かどうか確かめるため、今週金曜日に、神経根ブロック注射。
 つまり、あやしい神経根をブロックしてみて、それで治る痛みがあれば、その痛みの原因はその神経の圧迫(たとえば該当部分の椎間板ヘルニア)であるとわかるので、そこを手術で取り除けばいい、ということ。

 水曜に受診してその結果の次のアクションがその週の金曜日と、やっと常識的な(?)スピードでプロジェクトが動きはじめた。

 すっごく気が楽になった。
(痛みはちっとも楽にはなっていないけど)

 今日からカミさんが合宿でいないので、今晩あたり、タクシーで野毛あたりに飲みに行こうかな。(笑)

2007年08月07日

趣味の地震学

 午後6時に狛江の矯正歯科なのだけれど、電車では途中南武線が座れない。立っているのは歩く以上に辛いので自動車で。6時に向けていくと道路が渋滞しそうなので、午後3時過ぎに家を出たら1時間弱で到着。
 駐車場に車を入れて、ドトールで趣味の地震学。

"Development of multiscale slip inversion method and its application to the 2007 mid-Niidata Prefecture earthquake", Journal of Geographical Reserch, Vol.112,

"A scaling law for slow earthquakes", Nature, Vol.447

 フットサル仲間の地震の専門家・内出崇彦さん(と、共同研究者)の論文。
 もちろん、最先端の話だから地震学の基礎知識すらない僕が読んで全部がわかるわけじゃないのだけど、こういうのに触れている時間が好き。こういう楽しみがあるのは、大学で理科系の学問を学んだ人の特典なのだ。

 1時間ほど贅沢な時間を過ごし、予約の時間30分前に診療所へ行ったらすぐに診てくれたので、駐車場代が節約できた。
 オダキューOXで2000円買うと駐車場が60分タダになるので、ついでに買い物をして、1時間分400円だけの駐車場代に押さえることに成功。
 たまに外に出たので我慢できずに狛江駅前の松屋で牛丼(味噌汁付350円)。ああ、おいしいなあ。
 足が悪くてずっと家にいると、大好きな立ち食い蕎麦とか牛丼とかが食べられないのがつまらない。

 夕食は家の近くの大戸屋。

2007年08月06日

ひきこもり

 特記事項なし。

2007年08月05日

不気味な人工物

Esperanto: la plej justa solvo de la lingva problemo

「エスペラント:言語問題のいちばん公平な解決策」という意味のエスペラント。
 たぶん、フランス語やスペイン語などロマンス語系の言葉を知っている人なら、(僕もそうですが)エスペラントを知らなくても意味はわかると思います。

 本日、パシフィコ横浜の会議センター5Fで、マンションの管理組合の総会があったのですが、会議センターがまさに世界エスペラント大会の真っ只中でした。

 エスペラント大会だというのは、一応、直ぐわかったのですが、受付や部屋の表示がエスペラントで書かれていて(て、あたりまえだけど)「何語だかわからない言語」(=何語でもない言語)という感じで、気持ちが悪い感じがしました。

 会議センターの中にはいると、もともと看板や表示がほとんどなわけですが、そのせいで、「目に入る言語が全部エスペラント」になっているんですよ。

 スペインに行けばスペイン語だらけ、フランスへ行けばフランス語だらけ、韓国へ行けばハングルだらけ、それは当たり前で、少しも違和感はないのに、なぜか、エスペラントだらけ、だと、なんともいえない居心地の悪さを感じてしまう。

 急にSFの世界に入り込んでしまったような、人工的なものの居心地の悪さなんですよね。

 エスペラントの理念は頭で理解できるのですが、どうも、僕の本能のどこかが拒絶していました。
 なぜだか、窮屈で息苦しいのです。CGで描かれた美少女みたいな気持ちの悪さ。

 あ、エスペラントはダメだ、と思ってしまいました。
 言葉って、不思議なものだなあ、と思います。

 夕方は、フットサルチームの練習へ。
 僕は、足が悪いので、見学のみ。タイムキーパー。

 チームメイトにバリバリの地震学者がいて、最近、"Nature" に掲載された彼の論文の抜き刷りをもらう。なんたって、"Nature"ですよ。科学の世界の紅白歌合戦みたいなものです。すごい!

2007年08月04日

資料本読み

 朝型生活。
 病人らしく家に引きこもって資料本読み。

『PR会社の時代』(矢島尚/東洋経済新報社)
『ハリウッド女優になったOL奮闘記』(中村佐恵美/文藝春秋)

 午前1時半、就寝。

2007年08月03日

執筆に復帰

 長編のアイデアを転がしているだけで、ちっとも実際の原稿を書いてはいなかった最近の阿川大樹。
 リハビリを兼ねて、〆切よりも早く、連載のエッセイを書き上げて送付。
 久しぶりにお金になる原稿を書きました。(いいんかそれで)
 まあ、小説の場合、実際に文字を書くという作業をするのは、製作工程のごくごく一部にすぎないわけです。

 あとは、病人らしく、家で静かに。
 歩くとすぐに足が痛くなるので、それに耐えるために全身の筋肉がこわばるのか、ひどく疲れるのです。
 なので、昼寝をしたり。
 病気というのは、身体が休息を要求しているのだと考えると、納得して受け入れることができるものです。
(と、本日は「ですます調」の気分でした)

2007年08月02日

花火のない夜に

 深慮遠謀。もしかして花火大会が雨天順延になるかもしれないと期待して、マンションのパーティールームを予約してあった。もちろん花火大会当日も申し込んだが、だれでも同じことを考えるから抽選ではずれた。
「もしかしたら花火が見えるかもしれないパーティ」と銘打ってフットサル仲間に声をかけたら、平日にもかかわらず4人が来てくれて、「やっぱり花火は見られなかったホームパーティ」と名を変えて開催。

 二次会は我が家で。

 仲間との家飲みも楽しいなあ。
 もっと頻繁にできるといいんだけど、僕もカミさんも家で仕事をしていて、いつもいっぱいいっぱいで、余裕がない。

『覇権の標的』は面白い

 新しい長編を書くにあたって、『覇権の標的』をざっと読み直していた。
 というのも、この小説、6年くらいの期間、書いては直し書いては直しを繰り返していて、しかも、最終的にエイヤと削って短くしたりしたので、出版された状態の本に、何がどこまで書いてあったのか、確認する必要がでてきた。
 読者が読むバージョンになるのは最後の最後なので、作者にとってはいちばんつきあいが短いのです。

 次に書く小説が、自分のマネにならないための先行作品のチェック(笑)というわけ。

 流し読みをしていく。
 ところがこれがどこを読んでもけっこう面白いんですな。(自画自賛)
 なので、ついつい読みふけってしまう。それに気づいてあわててパラパラめくりモードにもどしたり。

 というわけで、まだお読みでない方、『覇権の標的』(ダイヤモンド社)をぜひどうぞ。

2007年08月01日

花火と『臨床整形外科』

「本日もいい場所がとれています。よかったらどうぞ」
 朝、寝ようとしたらメールが来た。臨港パークの花火大会で場所取りをしている宴会好きの古い友だち。会社を休んで花火にかけている。もう若くはないのに。(笑)
 かくいう我が家だって、以前は、17階から真正面に見る花火のためにきわめて高額の家賃を払っていたので、人のことは言えない。
 昨夕、自転車で通りかかったら、花火まで24時間以上あるというのに、すでに場所取りが始まっていたのは知っていた。そこに彼が加わっているわけだ。

 一眠りして、午後、結局、せっかく誘ってもらったのだけれど、そっちへ参加するのは断念する。
 身体に自信がないので、長時間離脱できない場所に出て行く勇気がもてないのだ。とりわけ、花火終了後、人混みの中を遅いペースで歩くのはかなり苦痛を伴うと思われ、かといって、しゃがみ込むと危険だし。
 代わりに、臨港パーク最前列には劣るものの、確実に花火が見えて混んでいない近所の某所(内緒です)へ、キャンプ用のディレクターチェアを担いで、杖をつきながら出陣。
 ヘッドフォンで音楽を聴きながら、椅子に座ってゆったりと日暮れを待ち、「金麦」を飲みながら花火を満喫。

 夕食後は、京都の病院に頼んで取り寄せてもらった『臨床整形外科』(整形外科の専門雑誌)の記事のコピーを読んだり、ネット上で脊柱管狭窄症のことを調べたり。(かなり詳しく手術の方法と予後のことなどが記述されている)

 8日に検査結果を聞くための予習。

 症状からすると、脊柱管狭窄症(lumbar spinal canal stennosis: LCS)にほぼまちがいないのだが、同じ症状をもつ慢性動脈閉塞症(peripheral arterial disease:PAD)でない、または、合併していない、ことを確認しないと治療方法を決めることができない。現在、そのための検査段階にいる。
(検査をしている間に、症状はどんどん悪化しているという、この医療システムの欠陥については、すぐには変えられないのでいたしかたない)

 年配の人とちがって、こっちは十一年前に会社員を辞めて専念したおかげでせっかく小説家として遅いデビューをして走り始めたばかりなので、身体のことでもたもたしていられない。早いところ直さないと、残りの小説家人生は短いのだ。
 きちんとした知識で医者とやりとりができなくては話にならない。

 臨床データを見る限り、プロスタグランジンE1誘導体製剤(PGE1)による保存療法はあまり効果が期待できない。
 このことがわかっただけでも、「とにかくPGE1をやってようすを見ましょう」なんてことを、もし医者が言ったとしても即座に却下できるので、少なくとも8週間は時間が節約できたぞ。