覇権の標的 フェイk・ゲーム  幸福な会社 会社、売ります D列車でいこう インバウンド








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2007年12月31日

2007年を振り返る

1月
 正月に予科練だった叔父が亡くなる。
 この月はほとんどずっと『D列車でいこう』の原稿を書いていた。

2月
『D列車でいこう』の改稿。引越の準備。

3月
 6日に引越。捨てるものが多くて、捨てるために体力の限界ぎりぎりで準備や後始末をした感じだ。新居のベッドに眠れるようになったのは31日。

4月
 20年前にNECの退職金(に貯金を足して)で買ったオートバイ Honda GB250 Clubman のレストアが完成。

5月
『D列車でいこう』、徳間書店から発売。
 さっそくTBSラジオ「森本毅郎のスタンバイ」で紹介される。

6月
 徳間書店から第三作の執筆依頼。やった。
 短編「ショウルームの女」に手をつける。
 NHK BS「週刊ブックレビュー」で『D列車でいこう』が紹介され、amazon で瞬間風速売上50位代に躍進。

7月
 いよいよ歩くのが困難になり、けいゆう病院の整形外科の脊椎の専門医を訪ねる。
「本の雑誌」において、『D列車でいこう』2007上半期ベスト10となる。
「ショウルームの女」脱稿。掲載未定。

8月
 某社から長編書き下ろしの打診。
 椎間板ヘルニア手術のため、人生で初めての入院。

9月
 退院。楽しい入院生活だった。
 別の某社から長編書き下ろしの話。

10月
 さらに別の某社から長編書き下ろしの話。

11月
 3作目のプロットにOKがでて、本格的に執筆開始。
 さらに別の出版社から長編書き下ろしの打診。
『D列車でいこう』の映画化の話、動きはじめる。
「ショウルームの女」の掲載が決定。「問題小説」2月号。

12月
「問題小説」巻頭カラーグラビア撮影。
 またまた別の出版社から長編書き下ろしの打診。
 たくさんいただいた仕事の分量に呆然としながら、必死で執筆マシンに変身を遂げる努力の年の瀬を送る。
 
 というわけで、来年は、ブレークします。
(その前にやらなくてはならないことはたくさんあるんだけど)

2007年12月30日

年の瀬

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 この冬、ほとんど衣類を購入していない。
 お金もあまり無いし、今年はいいや、と思っていたのだけれど、uniqlo の広告を見て、「バーゲンだから服を買ったら?」という。
 洋服というのは、まあ、常に足りてはいる。買わないと着るものがない、ということはあまりない。だからこそ逆に背中を押されないと買おうという決心がつかないもの。
(なかには、やたら洋服を買ってしまう人もいるけど、まあ、僕の場合は)

 というわけで、年の瀬ムード満点の伊勢佐木町へ。

 買い物が終わって、外へ出ると、雨が降っている。
 10分ほどの雨宿りで、雨は上がり、冬の斜めの日差しで、町が輝いていた。

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 夕方5時から、フットサルチームの納会。
 ホームグラウンドが自宅すぐそばだけど、まだ体ができていないので、試合の部は参加せず、宴会部門だけ。こちらの居酒屋も自宅から2分ほどの場所。

 原稿がはかどらなかったので、深夜にあわてる。

2007年12月29日

長編進捗状況

 三作目の書き下ろし長編は現在250枚まで。
 あと、150-200枚なので、道半ば、かな。

 今回はなんとか450枚くらいには収めたいのだけど、短い小説はそれだけ書くのがむずかしいので、どうしても長くなってしまう。
 多分、技術が未熟なのか、才能が不十分なんでしょうね。

 非日常的な出来事について、説明しなくても(理屈はわからなくても)読者が納得するのがいい小説、物語の中にそれなりに根拠を示すことで納得させるのはあくまで次善の策。
 現実の世界では起こりえないようなことを小説のなかだけで引き起こして読者に楽しんでもらえるのが理想だけれど、どうしても、「現実の世界にもありそう」に書いてしまう。その方が間違いがないから。リアリティがないと言われるのが恐いから。

 でも、小説っていうのはもともとフィクションなんだから、大法螺を吹いて、読者がそれを楽しんでくれるのがいちばん。

 あと20日くらいで初稿をあげる予定。時間がないなあ。もう少し集中力が欲しい。

干物の山

松阪のお宅から、今度は干物と豆類芋類をたくさん戴く。

 秋刀魚丸干し/秋刀魚の開き/小鯵の丸干し
 鯵の開き/鯵のみりん干し など、50尾以上。
 それから煮干しをたくさん。鰹の生節。
 大豆、黒豆、長芋、里芋、丸いとろろ芋(名前失念)、ギンナン。

 まだ先日のブリも冷凍庫にたくさんある。

 夏ならみんなに声をかけてバーベキューパーティをすればあっという間にはけるけれど。

 妻は、持病のため(塩分の高い)干物はダメなので、僕一人で当分おかずは干物だな。朝もパンはやめて、アジの開きと味噌汁の正しい日本の朝食にしよう。

2007年12月28日

ヒマ

 中学生くらいからあと、ヒマだったことがない。
 毎日毎日、やりたいことがたくさんあり、それをやりきらないうちに夜になり、睡眠時間を削ってもやりきらないが、しかたなく眠る。
 思えば、10歳くらいからあと、そうやって40年以上、生きているんだなあ。
「ヒマをつぶす」という言葉がピンと来ない。

 小学生の頃は、それでもヒマというのはあったと思うんだけどね。
 学校で習うことは教科書を自分で読んだ時点で全部わかったから、先生の話を聞いても同じことの繰り返しで授業中はおそろしくヒマで、終わるまで待つのが毎日苦痛だった。
(授業中に内職をするという知恵がまだなかったから)
 家に帰っても、世界が狭いし、自分の力でできることは限られているから、やりたいことが少なかったし、やりたいと思ってもできないことが多くて、その結果、それなりにヒマで、なんだかいつも本を読んでいた。

 ああ、これから先も、死ぬまでヒマになることはないのだろうなあ。
 そういう人生って、いいんだか悪いんだか。

 ヨットで遠出をすると、たいてい昼過ぎに目的の港に入り、あとやるべきことは、「近くの銭湯に行って、飯を食うだけ」ということになり、日が暮れるまでずっと外に座っている。
 こういうヒマは、ヒマをつぶしたいと思わない、ヒマ自体を楽しむヒマ。
 そういや、ヨットも最近乗ってないや。

 水中ウォーキング20分、水泳100mX2本。

2007年12月27日

ひるぜん 山葡萄 赤ワイン

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 夕食は、またまた幸福なことに、またしてもこんどは山形の知人からいただいた山形牛のステーキ。
 適度な霜降りで、ペロリと食べてしまいましたよ。
 せっかくの機会なので、ひるぜんワイン、イチオシの「山葡萄ワイン」を開けました。
 これは、予想以上によくできてたワイン。国産ワインには珍しいフルボディの赤ワインでありながら、透明感のある出来映え。ふつうに美味しいと思います。
 ただ、3885円という値段が微妙。
 値段に見合った味だとは思うけれど、これだけだせば、マコンやメドックはもちろん、リーズナブルなサンテミリオンも選択肢にはいるので、激戦区。
 少なくとも、僕は、ふだんの食事にこの値段のワインは開けられないし、何かの時に開けるとして、ものすごくたくさんのオプションがあるからなあ。
 ワインを飲む習慣がふだんからあって、「いろいろなワインを飲んでみたけれど、国産でこんなのがあるのか」、とちょっと探検して知識を広めたいワイン通の人にはおすすめできます。

(写真はメーカーサイトから)

IKEA

 朝起きるとまずやることは、wii fit と決まっている。
 初めて4日目で、順調に筋肉痛。

 妻が冬休みに入ったので、彼女なりにずっとやりたかったホームインプルーブメントのために、IKEAに行きたいと言い出した。
 恐妻組合のメンバーとしては、家のことに関する限り、協力しないわけにはいかない。
 なにしろ、彼女は何千万円も出して家を買ったわけで、それをできるだけ快適にしたいという熱意は、ただの同居人の僕とは比較にならないわけだ。

 というわけで、昼から、車で港北のIKEAに行く。
 本日のテーマの「TVボード」はデザインが気に入れば強度が足りない、強度を満たすものは、使い勝手が思い通りではない、という具合でIKEAでの購入は断念。
 昼食(美味しいパスタ平日なら295円!)をはさんで、結局、気に入ったダイニングの照明を見つけて買うことができ、それなりの成果があったというわけ。
 ついでに、車でしか行けないスーパーに立ち寄って帰宅したのは午後4時。
(面倒なので、早々に最低限のお正月の買い物もしてしまった)

2007年12月26日

下北沢で、おばんざい

 昼は仕事。
 夜に、下北沢で会食の予定なので、電車が混む前にさっさと下北沢へ移動。
 久しぶりのシモキタは、かなり再開発が進み始めている。
 雑然混沌無秩序がこの町の良さであり、エネルギーであったのに。
 無秩序が、いつか出て行くぞ、という役者たちやミュージシャンたちを吸収して、育てていたのに。
「消防自動車が入れない」という反対しにくい大義名分。
 消防自動車が入れないのは、何十年も前からのことであるのに、なんでいまさら。
 ピアニストのフジ子・ヘミングも先頭に立って反対運動をしているらしい。

 駅のそばのドトールも工事中になっていたので、向かいのマクドナルドでコーヒーMサイズを飲みながら、仕事。
 近くで、トンガッた若者を見て、シモキタならではの良さを感じる。
(黒い爪、黒のアイシャドウに赤のアクセント、という椎名林檎系の美しい女子)

 午後7時まえ、翻訳家のMさんと落ち合って、京料理のお店へ。
 シモキタとは思えぬ落ち着いたお店。
 料理も美味しいし、お酒も美味しい。

2007年12月25日

クリスマス

 昼間は、ふつうに仕事。

 午後8時過ぎから、野毛の萬里放題亭で夕食。
 ザーサイ、蒸し鶏、餃子、豆腐の炒め、白菜のクリーム煮、蟹玉。
 もちろん、紹興酒。 
 やっぱり、クリスマスは中華に限る。

2007年12月24日

wii + wii fit 任天堂の偉業

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 クリスマス・イブ。
 昨日、ヨドバシで注文した wii + wii fit が本日午前9時過ぎに届いた。
 注文から20時間しか経ってない。すごいな最先端の流通。

 午後3時くらいから夫婦で3時間ほど遊んじゃった。
 軽く汗ばむので、夕食の時まで暖房がいらなかった。

 体動かさないと頭も働かない、というときがある。
 特にバランスを取るという意外に体幹をしっかりつかう運動ばかりなので、僕のような暮らしには、かなりいいかもしれません。
 最初、慣れないこともあってバランス年齢が「+13歳」で「げっ」と思ったけど、1時間ほど遊んでからもういちど測ったら「-14歳」と、一気に27歳若返った。ほんとかよ。(やる気を出させるためのおべんちゃらだろ)

 どうやら、静止時のバランスはほとんど完璧。意図的にずらしていくのは、けっこう苦手、片足立ちは軸足の左はいいけど、右だと不安定。
 重心の位置を中間位置で自分の思ったように思った精度で動かすのはなかなかむずかしいのだ。

 すでに自分のアバターに愛着を感じ始めています。(笑)

 しかし、デザインも大人向けにできていて、wii は、すごくいい商品だ。
 ソニーの Play Station に於ける戦略の間違いが、ほんとに力任せでダサイものだったということがわかってしまう。任天堂はまったく新しいホームエンターテインメントをいいかたちで産み出した。
 これは、かつてのウォークマンに匹敵する画期的な「発明」だと思う。
 鉄腕アトムの頃に描いた、21世紀の姿は、Play Station 3 よりも wii が体現していると思う。「生活のなかの先端技術のありかた」という視点。

 深夜から明け方にかけて、年賀状200枚の印刷。
 他に妻が150枚出すので、我が家の年賀状は合計350枚。
 妻と僕とは別人格なので、一人の方にそれぞれから年賀状が別に届くこともあります。(て、当たり前のことだと思うけど、意外にそういう受け取り方をした経験はないなあ)

 我が家はクリスチャンでも商売人でもないので、クリスマスイブのイベントは特になし。

 よく、「クリスチャンじゃないのに騒ぎすぎ」という人がいるけど、そもそもクリスチャンはクリスマスに騒がない。一方、宗教にかかわらず商売人ならあらゆる機会をうまく利用するのは当然だと思う。消費者としての自分はそれに乗るつもりはないけど、クリスマスは(宗教行事ではなくとも商売の機会として)騒ぐべきだ。
 イスラムのイベントもヒンズーのイベントも、どんどん掘り起こしてやったらいいんじゃないかな。

2007年12月23日

[WINE]ひるぜん 岡山ピオーネ

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 夕食は久々に夫婦揃って家で。
 ブリを解体してからほとんど外食だったので、本格的に食べるのは今日が初めてだ。
 ブリの照り焼き、ブリの刺身、わかめの味噌汁、大根のマヨネーズサラダ、アボカドの刺身。刺身は絶品、照り焼きもよし。

 岡山の「ひるぜんワイン」というワイナリーのちょっとユニークなワインを飲んでみた。
 巨峰とマスカットを交配したピオーネ種のワイン。色はクリアなところに暗い赤が加わっている。香りは「きれい」で好感が持てる。

 味は、それほど甘くないさわやかなマスカット系なのだけれど、残念ながらロゼにして渋みを加えているので、香りと味と舌触りの距離が離れてしまっている。丁寧に作っていることがうかがえるきれいな味なだけに、少し残念な気がする。もしかしたら目標とする味、「こういう味のワインを飲ませたい!」という狙いがきちんと定まっていないんじゃないかなあ。


 お嬢様のような味で、粗野じゃなくて、上品ではある。


 1000円程度のチリのワインで、粗野で欠点もあるけど可能性とバランスのあるような、ワインとしての誇りのようなものは、しっかり感じられることは少なくないから、それに比較してみると、育ちがよくて欠点を消してしまったことで、ワインとしては後退させてしまっている部分があるような気がする。
 この価格帯ではどうせ高望みはしない。やんちゃ坊主で個性を発揮してもだれも怒らないだろうし、逆に、もっとまっすぐに、ロゼにしないで、白をつくればもっと自然な味になったんじゃないだろうか。
 売るためには「特徴を出さなければ」という面はあり、かといってワインというのは、一定の期待の中にセレクションするものなので、無理をするとバランスを欠く。特に食事と一緒に飲む場合はむずかしい。


 個性を出したかったのか巨峰のイメージを表現したかったのか、ピオーネじゃなくて、マスカットでつくって、カベルネソービニオンの渋みだけあとから加えたみたいなワインになってしまっているように思う。


 とはいえ、他にないものをもっているし、2310円なりに上品なので、見つけたら買ってみる価値はある。食事と一緒というより、食後やナイトキャップに、ワイン単独の味を楽しむ飲み方がいいかもしれない。

(写真はメーカーサイトから)

2007年12月22日

執筆快調

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 本日も、妻が外食なので、こちらも執筆優先で夕食は大戸屋で「おひとりさま」。
 とにかく、食事を作るのをやめると、確実に執筆の調子が上がる。
 仕事は山ほどきているので、費用を節約するよりも生産性を上げて、たくさん書いて稼ぎの方を大きくする側に、方針転換だ。

 そんなこともあって、執筆の調子は上がってきている。
 現在180枚。
 直しが必要だが、まがりなりにも書けているところが他に100枚くらい。
 新規に書き加えていくところは、他にあと、150-200枚くらいかな。

 そんな中で、残りの部分には、つながってない隙間がたくさん残っていて、これは自分への「誘いの隙」みたいなもので、このスキマを利用して、物語ががしっと組上がったり、現時点では作者も予想もしないすごい展開になっていったりする。この先10日くらいが、書いていても面白いところ。

 正月もこのままずっと仕事していたいけど、まあ、年に一度のことなので、親と食事くらいはする予定。

 そうだ、年賀状、どうしようか。

(写真はコザで僕がイルミネーションを取りつけた開店準備中の案内所店舗)

2007年12月21日

W20+100mX2

 料理するとテンションが抜けるので、昼食は大戸屋。

 その足で、ランドマークのスターバックスへ移動して執筆。すごい、1時間に5枚も書けた!

 5時を過ぎたのでスポーツクラブのプールへ。
 この時間は、デイタイムの会員が出て、勤め人の人が来ていないので、プールに3人しか人がいなかった。
 ウォーキング20分+水泳100mを2本。
 少しだけ、体の柔軟性も改善してきたかな。(前屈で、なんとか床に指が着くところまで)

 米が切れてきているので、スーパーによって米とパンと牛乳を入手。
 4日ぶりに自宅での夕食。ブリの兜焼き、同じくアラ煮、モヤシとピーマンの炒め物、豆腐の味噌汁。

 夕食後、短編のゲラチェックを終わらせ、修正部分のみ、出版社にFAX。
 久々に、「FAX送付状」なんてのを書いたような気がする。

2007年12月20日

大人のロックな忘年会

 電車の中で雑誌掲載の短編のゲラをチェックしながら新宿へ。

 ミュージシャンで最近は自分で会社ももっているササキケンジに誘われて、以前に記事を書いたことのある雑誌「大人のロック」の編集の人たちとの忘年会。
 新宿厚生年金会館ちかくの沖縄料理店「宜野座」で。
 ケンジと二人で「コザをきっちり取り上げるべきだ」と熱弁をふるったのでした。

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写真 左は「宜野座」のネエネエ。途中で沖縄民謡のライブがありました。
    右は民謡に三板(サンバ)を合わせるササキケンジ。

映画化の話

 『D列車でいこう』を読んで、こんな感じに映画化を考えてくださっている方がいます。
 ありがたいことです。

 http://yuusuke320.blog115.fc2.com/blog-entry-132.html

 現実の『D列車でいこう』映画化の話は、まだ内緒の段階なのでお話しできませんが、いろいろ動きはあります。
 どちらにしても、映画は映画の人の作品なので、原作者は映画作りにあまり関わらないのですが、逆に、半分内輪、ほとんど他人、というポジションから楽しみにしています。

2007年12月19日

執筆、快調

 朝から仕事、ハイペースとはいえないがコンスタントなペース。

 午後、運動がてら自転車で、関内の横浜文化体育館の向かいにある「ハイサイおきなわ」へ行って、沖縄そばの出しを一ビン調達。牧志公設市場で買った麺がまだ1キロ以上残っているのだ。
「ハイサイおきなわ」は、本格的な沖縄物産ショップで、生のソバもある。観光みやげアイテムではなく、沖縄の人が生活の中で欲しいものもある感じ。値段もまあリーズナブル。
 こんどから、沖縄ソバを食べたくなったら、ここに仕入れに来よう。
 驚いたのは、なんと6万円以上もする本格的な三線も売っていること。

 もどって、夕方まで執筆。

 午後7時、ボランティア団体の世話人会。
 ひきつづき、野毛の萬里放題亭で忘年会。

 最後はひとりで都橋商店街の「華」へ。
 いつものように肝っ玉かあさん系のママさんとあれこれ雑談。
 ここの名物料理でもある巻き揚げを「お歳暮」として戴いてしまう。(生の揚げる前の状態のもの)
 千円の飲み代で、申し訳ない。

2007年12月18日

朝型、順調

 年末で夜に予定が多いこともあって、朝方で昼のうちに仕事をするようにしている。
 で、夕方、関内/伊勢佐木町方面へお出かけ。

2007年12月17日

W20+100mx2

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 夕食後、プールへ。二日連続だ。
 ウォーキング20分に、スイミング100mを2本。少し負荷を増やしてみた。
 閉店近くの遅い時間帯でプールが空いているので、泳ぐのが楽。

 3時間睡眠だったので、午前1時には就寝。

(写真は本文とは関係ありません)

2007年12月16日

形になってきた Project-K

 現在執筆中である単行本向けの長編(便宜上"Project-K"とでも名づけておく)、少し前まで曖昧模糊としていたけれど、150枚くらいまできて、かなり形になってきた。
 いま、主人公が第二の重要な登場人物に出会うところまで。

 実は、すでに書いてある部分が別に150枚分くらいあるので、しばらくはそれを書き換えながらつないでいくことになる。かなり短い期間で300枚くらいまでは進むだろう。
 いまのところ、できあがりで原稿用紙500枚くらいと、いままでよりも短くまとめたいと思っているけど。
 ちなみに『D列車でいこう』は630枚、『覇権の標的』は640枚。この枚数だとどうしても価格が高くなってしまって、結果、どちらも1785円というお値段。amazon で送料無料になる1500円くらいに抑えたいとかねがね思っている。

 なんやかやで、1月中旬には初稿を出したいなあ。ガンバロー。

出世魚

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 午後3時過ぎ、プールへ行こうと思っていたら、ペリカン便。
 長細い発泡スチロール。
 新巻鮭? と思ったら、中で氷らしきものがカラカラいっている。
 なんと体長70センチほどのブリ。
 wiki によれば、体長80cmからがブリだそうだが、ハマチ/イワサ/ブリ、まあなんでもいいや。

 この秋には、段ボールで柿が2回、松阪牛が1回送られてきたのだが、こんどはブリだぜ。

 放っておくわけにはいかないので、「木屋」の出刃を持ち出して、あわてて食べられる状態にする。おかげでプールは閉店ぎりぎり。

 別な人からカニを二杯送ってきてもらっていて、1つ食べた後、外食になっていてそれも今日中には食べなくては。 というわけで、夕食はタラバガニ、ブリのカマ焼き、ブリのアラ煮、と相成りました。

 半身は刺身のサクにして冷凍、半身は切り身にしてこれも冷凍。
 頭はとりあえず兜焼きにして、ラップにくるんだ。
 アラは生姜と醤油とみりんで煮たけれど、これだけでも相当食いでがある。

 地方によっては出世魚で縁起がいいということで、ブリをお正月に食べたり贈答品にするらしいですね。
 阿川大樹も来年は作家として出世したいと思います。
 ブリ、どうもありがとうございました。

2007年12月14日

負の遺産を資産だと考える若者たち

 2005年まで、横浜の黄金町の大岡川沿いには売春宿が並んでいた。
 春を売るビジネスは行政により一掃され、小さな店舗が残った。
 国際的な観光都市であり、お洒落な町として人気の高い横浜市としては、その歴史は汚点であるらしい。

 もちろん法を犯していい筈がない。が、誰でも知っているその地域は2005年までたしかに売春宿であり、夜、そこを通れば小さな小さなそれぞれの店の前には、挑発的な服装をした外国人が、学園祭の芝居小屋のように、蛍光灯にピンクや青のセロファンを巻いた照明に照らされて立っていたのだ。
 15分とか30分とか、わずかな時間にセックスを売るその場所は「ちょんの間」と呼ばれていた。
 法律はなにも変わっていないが、2005年を境に、行政はそこを「再開発」することにしたのである。いまその歴史自体も消してしまいたい負の遺産であると行政は考えているらしい。

 往時には月70万円はしたといわれるそのあたりの空いた店舗は、いまは家賃5万円で、まがりなりにも飲食店の設備が施されているから、若者がわずかな資金で店を開くことができる。
 金はないけれど実現してみたいアイデアをもった若者が、「消し去りたい負の遺産」を「文化遺産」という「資産」だと考えた。
 この町の町おこしをしてやろうじゃないかと考えた若者がいた。

 そう、新宿ゴールデン街も、都橋商店街も、ほとんど同じ空気をもっている。あるいは新橋のガード下だってそうだ。僕はゴールデン街で飲んでいる億万長者を何人も知っている。何十億円の買い物をした人が、同じ夜、1500円の飲み代を奢られている場面だって目撃したことがある。
 もちろん、いかがわしい悪の巣窟などではないし、ただの貧乏人の巣窟でもない。
 猥雑な空気こそが資産であるというのは、そこに集まる人たちが多くいることが証明している。それを積極的に必要としている人間が少なからずいるということなのだ。

 画一的なクリーンさを求め、過去の歴史をできれば封印してしまいたいと考えた行政と、その町を面白いと思った若者たちは、どうやら、どこか相容れないところがあったようだ。

 夜の9時、僕はそんな若者たちに初めて巡り会い、午前3時まで語り合った。
 ものすごく楽しかった。
 彼らのやろうとしていることは正しい。
 どうしたら、あの町を本当の意味で守っていくことができるのか、僕の頭は回り出している。


以下、彼らの好意により、ちょんの間の中を撮影させてもらった

 建物はものすごくきれいだ。
 同じように以前は青線だったゴールデン街は売春防止法(1956年)施行から立て替えられていない木造建築であるため、かなり老朽化している。だが、黄金町は2005年まで現役の売春宿であり、現代の衛生観念にそってリニューアルされている。
 飲食店であるはずなのに、トイレにシャワー設備があるのが、「そのため」の店であったことを物語る。
 店の裏口も道路に面している。万一の時も逃げ出すことができる構造だ。
 今は月5万円の家賃も、かつてはこの狭さで70万円。つまり、それだけの「上がり」があったということだ。
 物件によっては、ひとつの店の、土地と上屋、さらにはカウンターと二つの部屋が、それぞれの別の所有者になっているという。さらには日本にいない外国人の所有になっていることもあるという。
 このような権利関係の複雑さは、女一人と部屋ひとつが、それぞれにビジネスユニットであったことの名残であり、またそれがこの地区の再開発をむずかしくしている。

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 短いスカートの女が客を伴って昇ったであろう狭くて急な階段

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 壁から壁まで人が横になるぎりぎりサイズのベッドで占められている部屋。
 もはや売春宿ではないので横になっている男性は「客」ではない。(念のため)

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 小さな窓の外は大岡川。春にはサクラが咲き誇る名所だ。

 昼間の外のようすは、こちらの関連エントリーで。

2007年12月12日

物語の匂い

 帰ってきた横浜は思ったほど寒くない。

 午後、自由が丘で人に会う。
 岡山県の一風かわった小さなワイナリーのワイン(年間1000本限定)をどうやって売るか、という話。
 実は、このワイナリー、小説の舞台として狙っている。
 今まで頑固者の醸造責任者とその他の従業員だけだったのだけれど、ソムリエの資格をもつ女性社員が加わるのだそうだ。俄然、物語のニオイがしてきている。
 岡山まで取材に行きたいのだが、島根との県境のおそろしく山奥。道路がアルのが不思議なくらいのところなのだ。
 取材は面白いけど、お金もかかるし、その間は原稿は進まないので、バランスがね。
(今回の沖縄行きだって、やっぱり8万円くらいはかかってしまったし)

 打合せは5時に終わって、せっかくだから近くに住んでいる人にも声をかけて1時間ちょっと話をして、帰宅。
 あわててスーパーにいって、閉店間際の安売り品をゲット。

 那覇の公設市場で沖縄そばの麺(生麺)を2kg以上買ってきたので、紅ショウガや薩摩揚げ(沖縄では蒲鉾という)やバラ肉の煮込みを買ってきて、夕食は沖縄そば。スープがもったいないので(笑)替え玉を入れる。

 夕方、帰宅したら短編のゲラが届いていた。

 とりあえず年末進行のエッセイ4枚を書いて送る。
 小説はすすまないなあ。

2007年12月11日

国際通り Helios Pub   コザを後にする

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 午前10時起床。いよいよ横浜に帰る日。
 11時チェックアウト。迎えの車で那覇へ向かう。
 那覇市西の「亀かめそば」で沖縄ソバ400円。
 空港へ行き、ロッカーに荷物を預けようと思ったが、念のため飛行機に荷物をチェックインできるかと聞いたらできるという。午後8時10分の飛行機の荷物を正午にチェックイン。8時間も前に荷物をチェックインできるなんて。というわけでコインロッカー代が節約できた。
 ふたたび車で那覇国際通りまでもどってドロップしてもらう。

 久しぶりの那覇で、牧志公設市場などを定点観測。
 スターバックスでこの日記や小説を書く。

 竜宮通り社交街、桜坂社交街を定点観測。
 牧志公設市場で沖縄ソバの麺を1kgとスープ6人前買う。ここには市場の二階の食堂の人が次々に買いに来るのだ。しかし買いすぎたかな。背中に背負うのが重くて重くて。(泣)
 小腹が空いたのでクーポンを使ってマックラップ(160円)。マックでは飲み物なんて頼まない。
 だって那覇に来たら "Helios Pub" で地ビールを飲むと決めてあるのだ。お金を使ってビールの味を落とすわけにはいかない。(笑)
 那覇の国際通りは好きじゃないけど定点観測のために来ている。でも、Helios Pub だけは例外で、たぶん、那覇でいちばん好きな場所だ。平日の夕方、日が暮れる直前にとても落ち着いたいい時間を過ごすことができる。

 午後8時10分の便で羽田へ。帰宅は11時20分。

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2007年12月10日

唄う乞食

 午前0時過ぎ。
 宏次と飲んでいたときのこと、ひとりの男が入ってきた。
「わたくし、うるま市の**と申します。このたび、CDが発売になりまして、キャンペーンとして、この地域を回っています。ワンコーラスでいいので、ここで歌わせてもらえませんでしょうか」
 はきはきと喋る、ちょっとへんな感じだが、このあたりでは歌を唄うのは普通のことなのでもちろんOK。
 で、ギターを弾きながら演歌のような曲を歌う。
 弦が古くて死んでいる、チューニングはあっていない、声量はあるがただ大きい声、ギターは下手。
「ありがとうございました。ただいま有線でもラジオでもリクエストを受け付けておりますので、みなさまできましたら、リクエストの方をお願い致します」
 しかし、何という名前でなんという曲なのか1度しか言わないのでよくわからない。曲名やレコード会社を書いたチラシを配るわけでもない。
「どうもありがとうございます。強制というわけではないのですが、わたくしを応援するというお気持ちでどなたか100円でも200円でも戴ける方はいらっしゃいませんでしょうか。(シ~ン) あ、いらっしゃいませんか、それではありがとうございました。しつれいします」

 新手の乞食だった。

 最初にギターの音を出した瞬間にCDが出ているというのが嘘だとわかる。ありえない。コザでは、どんな店に何時入っても、客の中で彼よりも歌やギターがうまい人間は必ずいるだろう。(僕だって彼よりはかなりうまいと思う)
 しかも、CDが出ているミュージシャンよりもうまいアマチュアもいるし、筋金入りのプロであっても無料でシロウトの客といっしょになって演奏してしまうような町だ。彼に正当な対価として100円払う人間はいない。払うとしたら、彼を乞食だと見破った上で払う人間だ。
 でもね。人を哀れむとき、人は悲しい気持ちをいだく。乞食の施しをして楽しくなる人間はいない。
 楽しく酒を飲んでいるときに、冷や水を浴びせるようなことをわざわざ扉を開けて入ってきてするのは、理不尽な暴力の一種だ。こっちがお金をもらいたいくらいの出来事なのである。
 それにしても、歌うまでの導入部のもっていき方は一字一句よく計算されている。歌うこと自体はめったに断られないだろう。そして、大声で歌ってしまえば、その努力や意気込みを感じて100円くらいなら払ってくれる可能性は一応ある。
 でも、こと音楽の町コザでこのビジネスモデルは成立しにくい。

三線方面 コザ6日目

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 午前11時過ぎ、起床。
 まずは5階の大浴場でほぐし、ホテルのレストランでカレーライス(700円)。野菜たっぷり。沖縄のカレーは一般にそうなのだが、まったく辛くない。

 部屋に籠もって仕事をしてるうちに午後4時だ。部屋の掃除の人が来たので、ホテルを出てまたオーシャンへ。コーヒーを頼んでカウンターで原稿書き。
 この店に差し込む夕暮れの日差しがやがて失われていく時間がなかなか心地よいのだ。

 午後7時、6時から始まっているはずの照屋林次郎の「Art KOZA」のオープニングパーティへ。
 司会はFMコザのハナちゃんと、タレントでいまは民主党の衆議院議員候補者にもなっている玉城デニー。
 暗くなって、ひがよしひろが4曲ほど歌う。つぎはすでにCDを何枚も出している若き天才三線奏者「よなは徹」。これがまたすごくいい。
 それに乗って、ハナちゃんや林次郎がカチャーシーを始める。
 一眼レフを持ち出して写真を撮っているのは「りんけんバンド」で有名な照屋林賢。シンガーソングライターのヤラヤッシーもいるし、JUPITERのギタリスト・カズシも、おなじくギタリストのTARAちゃんもいる。名前は知らないけど、他に三線をやる人たち、園田のエイサーから5人。
 音楽の町コザの芸能人が集まっているかんじ。

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 午後9時、宴たけなわのところ、電話が入る。
 指名制度なんてないのに、全国から指名が入るカリスマ・ツアー・ナースのはっちゃんだ。コザに住んでいるのにずっとツアーの仕事中で今晩になって、やっともどってきたところ。
 凱莎琳(キャサリン)という静かな台湾料理屋さんでお腹いっぱいご飯を食べて、「SHUN」へ移動。ちょうど約束していた琉球紅型染の金城宏次(ついに着物の染の注文がコンスタントに入り始めた赤丸急上昇中の紅型アーチスト)がやってくる。一年ぶりになんとか会えた。

 コザはミュージシャンや芸能人や芸術家に対してカジュアルで自然なリスペクトがある地域で、小説家というのもその範疇に入れてもらっているようなので、とても居心地がいい。しかも「ギターを弾く」というのは「こっち側の人間」という証文のような役割をする。(笑)

 午前3時、店を後にする。
 ホテルへ戻る途中、PEGが開いているようなので、戸口までいって、「あした帰るから」と照喜名薫に挨拶。(今日もサーミーがいた)
 さあて、部屋にもどるぞ、と思ったら、パルミラ通りの(僕がイルミネーションを取りつけた)事務所の中で、コザクラのママでライターの雅子さんが仕事をしている。ここでも挨拶だけしておこうと声をかけると、中に誘い込まれて、4時半まで、またコザの町興しについての話をする。

2007年12月09日

日曜日は静か コザ5日目

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 昼に起きる。
 パークアベニューの「コザ食堂」で沖縄そば(400円)。

 去年来たときは、この店で勘定を払おうとしたらサイフを忘れていて宿まで取りに戻ったのだった。
 まっすぐパークアベニューを登り切ったコリンザの屋上で「空中タウン」の催し物。若者たちの町おこしプロジェクトの一環。屋上に周辺の有名店の屋台が出ていて、若いミュージシャンがライブをしていた。

 ゲート通りの「オーシャン」でコーヒーを呑みながら仕事。
 今日は日曜なので、一橋大学卒業のしっかりものの奥さんマキちゃんもいる。
 途中、お客さんがチェリーパイをもってきて、ご相伴に与る。知り合いの店だと泡盛の盛りもよかったり、エコヒイキが横行しているのが、沖縄のいいところなのだ。いろいろな形で人と人の繋がりをとても大事にしている。
 僕は東京生まれで田舎とか故郷というような場所がないので、にわか故郷気分を味わわせてもらっている。

 ホテルにもどろうとパルミラ通りにさしかかると、ひがよしひろがイルミネーションの看板をつくっている。照屋林次郎(照屋林助の息子、りんけんバンドの林賢の弟、三線の製作者)が明日開店のギャラリーカフェのパーティの準備をしている。
 他にもあちこちで知り合いが町のために働いている。

 午後7時少し前、宮永英一とマネージャー(従姉妹)がやってきて、ホテルで夕食をいっしょにする。CHIBIはデイゴホテルの前社長とも古くからの知り合いなので、食事の後、サービスにコーヒーがついた。(ラッキー)

 彼らを送り出してから、部屋にもどって仕事。

 午後11時を過ぎて、コザクラへ出かける。
 昼にオーシャンであってパイをご馳走してくれた人がいる。後からひがよしひろが来る。全然、待ち合わせや約束をしていないのに、しょっちゅう会う人には会う。(笑)
 午前1時すぎ、部屋にもどる途中、思い立ってミュージックタウンの「すき家」へ進路を変更して牛丼並350円。本土とはまったく味がちがう。牛肉の量も多い。ここではタコライスもある。
 別に腹は減っていなかったのだけれど、深夜のこの場所に来てみたかったのだ。取材といえば取材かな。
 あとは、朝まで仕事。

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2007年12月08日

命日の過ごし方  コザ4日目

 ことしもやってきたジョン・レノンの命日。
 この日の阿川的意味については
  ここをお読みください。

 夕方、パルミラ通りの事務所で仕事をさせてもらっていたら、「これもらってきたよ」というのはFMコザのハナちゃん。
 じっと人の目を見る。つまり僕にそれを取りつけろといっている。
「脚立があればできるよ」というと、ちゃんとどこからか脚立をもってくる。
 というわけで、戸口の前のテントの下にそって、針金でイルミネーションを止めていく。そういや、去年はとなりのコザクラのイルミネーションをつけたんだよね。毎年、商店会のお手伝いをしているのであった。

 午後7時、車のお迎えつきで鼓響館へ。(ドライバーは副館長をやっている従姉妹)
 CHIBIこと宮永英一(館長)とも久しぶりに会う。
 琉球太鼓とドラムの生演奏を間近できいてゴキゲン。

 タクシー(1640円)でコザまでもどり、ミュージックタウンに新しくできた、コザにあるまじき(笑)都会的なライブハウス「Taurus」(チャージ・ワンドリンク付1000円)で照喜名薫と城間健一のデュオを聞く。
 夕食がまだだったのでカルボナーラ(950円)も頼んでみる。
 この店は不動産会社の経営だけれど、都会の店をよく研究していると思う。
 カウンターの隣は黒人と中国人の夫婦。年末には横浜にもくるんだって。

 コザはカジュアルというか服装がどうでもいい町なのだけど、ここにはきれいに着飾った人が多い。そういう場所があれば人はそういうこともしたかったのだ。コザ・ミュージックタウンにはハコモノ行政との批判もあるが、それなりに新しい需要を喚起し、ライフスタイルの提案もなされている。
「うりうりひゃあ」という店ではコーヒーの出前をやっている。お店の子がかわいいので近くの商店街のオジサンの間でコーヒーを頼んで届けてもらうのが流行っているらしいし。いいよね、そういう微笑ましい町。
 午前0時過ぎ、演奏が終わったところで、カオルに挨拶して「SHUN」へ。
 ビール500円でチャージなしなのだけど、お通しのおでんがめちゃウマ。量もたっぷり。おそらく今までの人生で僕が食べたことのあるおでんのなかでもトップクラス。「こういうのはちゃんと金をとらなきゃだめだ、商売が下手だ」といったら、客によっては300円くらいチャージを取ることもあるそうだ。でも、このおでん、500円でも安いよ。出汁もきれいに澄んでいて、高級料亭に匹敵する。

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 午前1時を回ったところで、カオルの店「PEG」へ行く。
 さすがに土曜日なので、人が入っている。
 客の若い男の子がギターを弾くがどへた(笑)。次に外人が弾き語りをしたのだけど、それは聴ける。
 そんなあたりで、店が渾然一体になって、照喜名薫もサーミーも阿川大樹も、ギターを持ち替えたり、マラカスドラムをいれたり、名前を知らない他の人たちもで、ロック歌声喫茶状態が午前6時までつづく。

 店を閉めたところで「〆にSHUNへ行こう」とカオルに誘われ、本日二度目のSHUN。こんどのお通しはポテトチップだった。(笑)
 午前7時過ぎ、解散。
 午後2時以降はさんぴん茶やトマトジュースしか呑まないようにしていたので、体調はきわめて良好。ギター弾いたし。

 とにかく、コザの友たちのお陰で、泣かずにこの日を過ごすことができた。

2007年12月07日

眠らない町 コザ3日目

 午前9時起床。昨日はあまり呑まないようにしたのでお目覚めすっきり。
 だたし、結構歩いて腰に来ているので、まず朝風呂からスタートだ。

 朝食はペンギンのぬいぐるみ目当てでマクドナルドのハッピーセット。
(ただしいちばんのお目当ては買えず)
 昼食はデイゴホテルでオムライス(サラダとスープ付)、コーヒー飲み放題700円。

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 仕事場候補のルームシェアの場所を案内してもらって下見。
 場所柄はゴールデン街。そこよりも広い二階があると思えばかなりちかい。キッチン、風呂、トイレはきれい。金土の夜はうるさいが逆に昼間はいつも静か。仕事するにはいいかも。月光熱費込み3万円。歓楽街のど真ん中で不夜城なのでどの時間でも食事には困らない。

 午後8時、オーシャンに行くと、ヤッシーはすでにべろべろに酔っている。(泡盛300円)
 パルミラ通りを歩いていると、オープン準備中の店舗にひがよしひろがいる。「りんけんバンド」の照屋林賢の弟(林次郎:三線製作者)がアートコザというギャラリーを月曜にオープンするのでその準備中。とはいえ、その場所で泡盛を飲んでいるだけ。
 そこでいっぱいご馳走になり、コザクラへ移動。
 夕食がてら料理とビールで1000円。
 いろいろまた町おこしについて話しているうちに11時になったので、リーミーの「ムーンドーター」へ。(島酒1合で1000円)
 ジョンレノンの命日を迎え、午前1時過ぎの閉店までいて、次は照喜名薫の「PEG」が珍しく(!)開いていたのでそこへ。飲み友達のKさんが来たり、さっき別れたはずのひがよしひろがべろべろになって来たり、サーミーが来たり、米兵が来たり。オリオンビール500円。

 結局、ミュージシャンとか芸術家と話をするのが気持ちがいいんだよなあ。
 最初から経済的なことはどうでもよくて、人と比べないのが当たり前で、自分の人生をそれほど妥協しないで生きている。そういう当たり前のことを当たり前にしている人たちと話をしていると、気持ちいいし、なによりイライラしない。
 経済的な呪縛がいかに人を不幸にしているかとってもよくわかる。
 収入が半分でいいと思ったとたんに、だれでも簡単に幸せになれるのに、収入にこだわったり、人と出世の度合いを比べるだけで、人は簡単に不幸せになってしまうのだ。
 腕一本で生きていくことの厳しさを知った上での潔さと肩の力の抜けた生き方が、すごく素敵なのだ。
 午前3時になったのでホテルへもどる。
 まだ町はまったく眠っていない。
 週末のコザはそれ以外の日とははまったく別の町なのだ。

 というわけで、眠らない町、週末のコザからお届けしました。

2007年12月06日

シウマイで始める朝 コザ2日目

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 午前9時半起床。
 昨日、某店への横浜土産にしようと余計に買ってあったシウマイを朝食に食べる。
 店が休みだったので賞味期限が切れてしまった。自分が食べるのは平気だけど、お土産として人にあげるのはさすがに気が引ける。

 淡々と原稿書き。

 廊下の人が部屋の掃除をしたそうな気配を発散していたので、重い腰をゆるめるために大浴場(24時間やっている)へ行き、着替えて外出。

 ミュージックタウンの「島ごはん」で日替わり定食680円。
 これは徳さんよしひろさん口を揃えてお奨めだったので。
 いや、ほんとにおいしかった。
 ちっちゃなデザートやちっちゃなお刺身までついてコーヒーもセット。
 そのまま店で執筆。
 営業していないコザクラに行って、雅子さんから最近のコザの町おこし情報をもらいたかったのだ。
 そしたら、ちょうど中の町で「Bar 10 Street」という飲み屋の共同プロジェクトをやっている人や、建築士でコザの町おこしにも関わっている人が出入りしていて、紹介してもらう。

 部屋にもどって執筆とブログの更新。
 
 夜8時半過ぎ、リンリンでふーチャンプルとビール。
 ちょうど食べ終わったところに雅子さんから電話。
 Bar 10 street の別の店のオーナー、沖縄市役所で地域振興をしている人、などを紹介してもらい、コザの町おこしについて11時まで熱く語る。(笑)
 このあたりは来年前半執筆予定で映画とタイアップの話もある*作目の仕込み。

 いまはコザにいないコザの友だちにコザにいるぞとメールしたら一斉に返事が返ってきた。かくも人の思いが残る町なので、小説でも映画でも人を引きつけることができる可能性を秘めている。
 それを僕が書ききることができれば。

2007年12月05日

沖縄 コザ1日目

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 沖縄へ向かう日。
 旅の前は準備に手間取り、睡眠時間が短くなる。それでも4時間は眠ることができて午前9時過ぎに起床。
 仕事に出かける妻を玄関口で送り出し、メールをチェックし、作り置きのスープを温めながらキャスターバッグのジッパーを閉じる。よし。

 飛行機は嫌いだけれど、空港に漂う高揚感は好き。50回か60回アメリカ出張に行っていた頃に刷り込まれたものの条件反射かな。「これから勝負に行くのだ」という兜の緒を締める感じだ。
 ラウンジを無料で利用できるクレジットカードをわざわざ携帯してきたのに、ラウンジに行くほどの時間はなくて、搭乗口の脇のベンチで朝食(好物の崎陽軒のシウマイ15個入り550円)を食べる。(空港で売っている弁当類は600円以上1500円くらいまで)

 客席には、一階に修学旅行生もいるけど、あちこちにシニアの団体もいる。
 この時期はホノルルマラソンの時期、つまり、旅行業界の閑散期でふつうの勤め人がもっとも旅行をしない時期だけれど、ディスカウントのしかたやツアーの組み方がうまくいっているのだろう。客席稼働率は8割程度にはなっている。
 基本的に沖縄の人気が高いんだろうなあ、きっと。

 空港から113番のバスに乗って胡屋で降りる。(910円)
 この1年の間に胡屋十字路の横断歩道橋は撤去されてスクランブル交差点になっているので、景色がちがう。以前ミッキー食堂があったところは前年すでに建築中だったが、いまでは立派な「コザミュージックタウン」ができてオープンしている。
 変わってはいるけど、この町に来ると懐かしいと感じる。もはや第二のふるさとみたいなかんじ。住んだことのない町でこれほど繰り返し訪ねているのは、シリコンバレーとコザだけだ。

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 デイゴホテルにチェックインしていると、後ろからホテルの宮城社長が声をかけてくる。よく行く飲み屋でなんども会って知っているのだ。本日は当ホテルすこぶる繁盛とのこと。
 部屋に荷物を置くと、とりあえず明るいうちに町の全貌をチェック。なにしろ4年の間、この町を定点観測しているのだ。
 沖縄の日没は遅く、冬の午後5時半でも明るい。

 つい最近、開業して40周年を迎えたかつてのAサインバー「カフェ・オーシャン」に顔を出し、オーナーでシンガーソングライターのヤッシーと話をする。店のコルクボードには僕が40周年祝いに出したハガキがピンナップされていて、棚には『覇権の標的』が置いてある。(おい『D列車でいこう』はないぞ)
 開け放たれた店の外が暮れていくのをみながら、評判のタコス(500円)とオリオン生ビール(500円)で空いた腹を満たす。

 パルミラ通りのリンリンへいって「来てるよ」の挨拶。「来てるよ」といいに来ているのに「お帰りなさい」といわれる。(笑) 「菊の露」(泡盛)ロック、300円。

 ゲート通りを歩いていると、バーPEGの前に、オーナーでギタリストの照喜名薫がいた。ついさっき電話で話をしたところだったけど、ちょうどいいので立ち話。彼はホテルでの仕事に出かけるところ。
「仕事終わったら「チャボ」に行くと思うけど一緒に行かない?」
 と誘われたので、いいよ、と答える。「チャボ」はギタリスト・サーミーがやっている居酒屋。
 中の町社交街(バーやスナックが並ぶ歓楽街)の「宮古そば愛」で宮古そば(中)(450円)を食べているとブルースシンガーのひがよしひろから電話が入る。結局、あとでリンリンで落ち合うことに。
 嘉手納基地の2番ゲートすぐ近くの酒屋アルテックで水とさんぴん茶を買う。
 ホテルに荷物を置いて、再びリンリンへ。
 入口でちょうど帰るところのベーシストのコーゾーに会う。
「週末、聴きに来てくれ」
「もちろん」
 店の中は知り合いだらけ。ひがよしひろと話をしていると音楽プロデューサーの徳さんが合流し、コザミュージックタウンの音楽市場にあるバーを案内してくれるということで、ミュージックタウンの3Fホールのホワイエの "A Aproved Bar" へ。徳さんはこのホールとスタジオの管理もやっている。
 ホールと事務所、スタジオも案内してもらう。
 スタジオのひとつで高校生のブラスバンドが練習していた。(自信なさそうに譜面をのぞく表情が高校生っぽくてほほえましい)
 徳さんが帰った後は、よしひろさんの仲良しでキャンプハンセンの門前町・金武でならした筋金入りの女性ロックシンガー・リーミーのやっている "Moon Daughter" へ。
 昨年、リーミーとは僕がコザへ来たときに、FMコザの収録で一緒になったことがあるのだけれど、そのときにはまだ店をオープンする直前だった。12月20日に開店1周年パーティがあるそうだ。

 最後は本日のべ6軒目のバー、中の町の "Shun" へ。
 ドアは開いているが看板の電気は消えている。営業していなくても人の気配があれば入っていくのがコザの流儀。
 案の定、定休日だけど仕込みをしにきているのだという。でも、ちゃんとカウンターで呑んでいる客がいる。やがて、休みのはずの店のカウンターはいっぱいになる。僕以外は近所の店のオーナーたち(あ、ママも一名)。
 午前2時になって急速に眠くなったので辞去。
 帰り道、PEGの前を通るが開いてない。「チャボ」の話はどうなったんだか。ま、アーチストの予定だから。(笑)

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飛行機の座席の決め方

 今回の沖縄行き、いつものANA127便、席はいつもの76H(二階席前から6列目通路側)。帰りも同じ席をとっている。
 通路側の方が足下が広い。窓側を好きな人が多いおかげで、座席が3つ並んだ列の通路側を真っ先に予約すると、隣が空席になる確率が高い。
 空いているときには3つ独り占めにできる可能性も高い。もしそうなれば、肘掛けを跳ね上げると横になって眠れる。そうするとビジネスクラスよりむしろ快適だ。ただし、シートベルトをふつうのやり方ではできないので乱気流に注意。
 トイレも行きやすい。客室乗務員のサービスも受けやすい。頭上の荷物入れにちょうど手が届く。脱出用のドアから2列目で歩いて6歩くらいだから、いざというときの脱出の際も生き残りやすい。

 窓側は外が見えるという以外には何のメリットもない。そもそも、ほとんどの時間、見えているのは雲ばかりだ。でなければ暗闇。

 二階席は搭乗ゲートからも近いし団体客に遭遇しにくい。逆にデメリットは頭上の風切り音がうるさいこと。(対策は、ヘッドフォンステレオで耳を塞いで毒をもって毒を制す)
 ちなみに、ふたりで旅行するときは、真ん中を空けて通路側と窓側をとると、(他が空いているのにわざわざ真ん中を選ぶ人はいないので)3つの座席を独占できる可能性が高くなる。万一、真ん中に人が来たら、現場で代わってもらうように頼めば、ふつう拒む人はいないので問題なし。

2007年12月04日

グラビア撮影

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 午後1時から、月刊誌のグラビア撮影。

 担当編集者のTさんと写真部のKさん。
 表紙は篠山紀信、巻頭グラビアはこの方。
 Kさんはずっとこのページの担当なので、あまたの大作家を毎月撮り続けているわけです。

 6X4.5の中判フィルムカメラの登場。レンズはカール・ツアイス。
 みなとみらいで落ち合ったけれど、「色味が足りない」ということで、赤レンガ倉庫へ移動しての撮影。

 けっこう風があって、ヘアメイクさんもいない(当たり前だ)ので、髪の毛の乱れに苦労しました。(カメラマンが)
 観光客のみなさんが
「え? なに、撮影? あの人、有名なの? だれ?」
 みたいな顔をして近くを通り過ぎていきます。
  フィルム13本撮ったらしいです。

 お返しに(笑) GR Digital でパチリ。

 たぶん、年末にはお知らせできると思いますが、短編小説の掲載にあわせて、巻頭グラビアに阿川大樹、登場予定。

2007年12月03日

しあわせとフシアワセはとなりあわせ

 本日午後、初めてのおつきあいの出版社と初回の打合せ。
 うーん、バックオーダー6冊目(都合8作目:既刊はまだわずか2冊だというのに)

 阿川、困っております。どうやってこれら全部をやってのけようかと。
 困ってないでさっさと書け、と。
 なるほど、うん、そういうことなんですけどね。
 でも、ほんとに困っている(笑)

 久しぶりに日本酒を飲み刺身に箸をのばす。
 たくさんじゃなくても、こういうのはしみじみとした幸福をもたらすんです。

2007年12月02日

ヨットも休んで仕事

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 いい天気だけど、ヨットはおやすみ。
 世間は日曜日だけれど、こちらは毎日が日曜日なのでお仕事。

 夕方、運動がてら新しくできたスーパー「文化堂」へ買い物に。

 文化堂はいい。
 みなとみらいやポートサイドの生鮮館よりもきれいだし、品揃えもいい。
 コットンマムよりもスーパーとしての品揃えのセンスが的確。値段もとてもリーズナブル。駐車場がないのが欠点だけれど、専業主婦の人は自転車でいいかな。
 コットンマムは駐車場があるのがアドバンテージだが、おそらくあてにしているであろうみなとみらいのマンション群の買い物客の一部(特に頻繁に自転車などで買い物ができる専業主婦層)は、この文化堂にかなり奪われてしまうだろう。
 コットンマムももっとふつうの品揃えにすれば駐車場があるだけ有利なのに、いかんせんへんな高級志向に走っていて、日常的なアイテムの品揃えが悪い。 日東紅茶もないのにF&Mを何種類も並べているという感じに日常が足りないのに高級品が妙に豊富。醤油なんて全体の売り場面積に比べて異常に種類が多い。野菜は新鮮でいいものが安いだけに全体のバランスの悪さがもったいない。

 東京都港区じゃなくて東神奈川なんだから、根本的に商売のセンスがへん。
(ほんとうにいいものを選ぶ目がないゆえにブランド品を買ってしまう田舎の人みたい)

 妻が外食なので、例によって夕食は手抜き。
 でも、玉葱を切って、中華名菜の肉団子くらいはつくったぞ。白菜のスープは作ってあるし、トマトは切るだけ。

 午後11時を過ぎてちょっと眠くなったので、スターバックスまで出かけて翌午前1時過ぎまで仕事。

2007年12月01日

誕生日のフレンチ

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 53回目の誕生日。
 夕方まで仕事して、妻と一緒に野毛のカウンターフレンチのお店「Y(イグレック)」へ。
 家の近くからバスに乗ろうとバス停にいたのだけれど、ちっともバスが来ない。
 15分ほどして気づいた。土日はバスがない!
 というわけでタクシー。

 お店には先客が一組。
 サッカー元日本代表でサッカー番組の司会者でもあるSさんとそのお仲間。
「きゃあ、一緒に写真に入ってください」
 なあんて、僕らの後ろまで呼びつけて(!)3人で写真をパチリ。(ありがとうございました)

 お店でフットサルチームを結成する話が数年前から出ているらしいので、「じゃあ、うちのチームと試合しましょう!」などという会話など。