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2008年03月31日

屋形船

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 ちょっとしか仕事をしないで遊びまくっている阿川です。

 本日は、屋形船で花見ランチクルーズ。
 昼間っから、寿司に天ぷらで熱燗だぜ。
 あいにく寒くて雨。花冷えというよりほんまの冬の気温8度。
 正午スタートで日本丸の前にアンカリングして天ぷらがサーブされ、で終わったところで大岡川を遡り、野毛の行きつけの飲み屋を川からみながら、黄金町当たりの桜を川から見る。
 午後2時に終了してもどったら、晴れてる。
 昨日今日と天気に恵まれていないが、まあ、楽しかったから、よし。

 帰宅すると、沖縄の知り合いから「町おこしに文学賞をやるから選考委員を引き受けてくれ、ギャラなしで」という電話。
 電話してきた本人も持ち出して地域振興にたずさわっている人なので、快く引き受ける。ギャラなしで(くどい)
 ただし、泡盛1杯(400円相当)を奢ってもらう条件交渉に成功。(笑)

 夕方から、新橋へ。
 ヨット仲間と沖縄料理の店で飲む。
 16年前に奥さんと死別してそのあとずっと独身だった。
 ついに結婚だそうで、めでたいめでたい。

 なわけで、昼も飲み、夜も飲み。

(写真は大岡川から屋形船で見る桜 携帯のカメラ W42S)

2008年03月30日

ヨットは空振り

 やらなければならないことは山ほどあるけど、第3作の改稿がかなりの分量になることもあって、少しスネテ(笑)数日間は少し遊ぼうと、久しぶりのヨットへ。

 午後3時には雨が降るという予報だったので、さっと出てしばらく走って早めにもどってこようとセールをセットして出る準備をしたところで、早くも雨がポツポツ。
 予報より早く天気が動いていると判断して、その場で出航中止。
 ところが片付けたら止む。

 帰宅しても結局午後3時までは降らず、予報通りに3時過ぎたら降ってきた。

 あじゃ。こんなことならヨットを出せばよかった。

 ということで忙中閑ありの閑が増えてしまったよ。
 しかたないので(笑)仕事でもしよう。

2008年03月29日

フットサルに復帰

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 昨年秋口の手術以来、やっとフットサルに復帰。
 筋力、全然足らない、スタミナ足らない。
 日常生活では95%回復しているけど、スポーツの面では50%くらいの回復率のようだ。

 球蹴りのあとは、チーム結成6周年の宴会。
 2002年ワールドカップのボランティアの仲間なのだ。

2008年03月28日

フレンチと中華のハシゴ

 野毛に行こう、ということに。
 中華「會濱楼」が宴会で満員だったので、カウンターフレンチ「Y」でオードブルだけ頼んで時間調整。
 午後10時前に會濱楼へ移動して12時近くまで。
 明らかに食い過ぎ。(笑)

 ちょうどいいので、朝型にもどすために午前2時前に就寝。

2008年03月27日

横浜駅 プール 資料本

 近ごろでは、横浜駅当たりに行くのでも遠出という感じがする。(笑)

 自転車で横浜西口へ出かけ、ヨドバシカメラでプリンターのインク、名刺を印刷する用紙、などを買い、チケット屋で新幹線のディスカウント切符を買う。
 帰りにはスーパー文化堂でリュックに入るだけの買い物をして帰宅。

 一息ついて、プールへ。
 歩行20分+100m。

『海を越えた挑戦者たち』(ロバート・ホワイティング)読了。
 団野村のことを描いたノンフィクション。これを読むと日本の悪いところがプロ野球に凝縮されているように思えるし、このようなプロ野球界が存在しつづけてること自体、いまも日本の衰退の原因が取り除かれていないことを如実にしめしている。

2008年03月26日

編集者と過ごす時間

 家の近くまで編集長が来てくれて、駅前のお店で、先日わたした第3作の改稿について打合せ。

 かなり大幅に改稿することにした。

 王道はこっちだろうが……と意識しつつ敢えてちがうやり方にチャレンジしたところが、ほぼことごとく不評だったという感じなのだけれど、逆にいえば、指摘されているポイントはわかっていながらそうしているわけでもあるので、指摘については予想通りであり、納得できる。

 王道ではダメだと思っているわけではなく、ある種、創作者の意地みたいな感じでちがう方法をとってみたくなることなので、やっぱり王道の方がよいと言われれば素直に納得できるわけだ。
 このあたりは、編集者を信頼しているので、助言はほぼそのまま受け入れることにしている。

 あとは、それを実現する具体的なアプローチについて、フリーディスカッション。
 それがまた楽しいのですね。
 創作というのは孤独な作業なので、プロフェッショナルなパートナーと同じイメージを抱きながら語り合うことのできる時間というのはかけがえがない。

 というわけで、いったん書き上げた小説が振り出しにもどった。
 方向は見えている。またがんばりましょう。

 最後はビールをご馳走になりながら雑談をしてほぐす。

 ボランティア団体の月例世話人会へ、今年初めて参加。

2008年03月25日

孤独死、消防車、美術館

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 朝、カナダに引っ越した弟から電話があり、携帯の電話番号を伝えてきた。
 ここ3日ほど母親にも電話しているのだがつながらないという。
 20日にメールを受け取っているので、その後4日間の消息は不明。
 しばらくしてこちらから電話してもいないので、急に気になってきて、引き出しから合い鍵を探し出してバイクで訪問する。
 ようするに、もしや「孤独死」しているのではないかと思ったわけだが、僕が着いたときには元気な顔で出迎えてくれた。近所の集会所へ「体操」をしに行っていたのだという。まあ、無事で何より。
 30分ほど雑談して帰宅。

 すると今度は向かいの高層マンションにサイレンを鳴らした消防車が20台以上集まってくる。
 煙なども見えないが、はしご車がアームを伸ばして外から10階あたりをのぞいている。
 結局、何があったのか状況は不明。

 なんだか妙な日だ。
 
 散歩に出ることにして、横浜美術館の前を通ると、「GOTH展」の最終日は明日。そろそろ横浜美術館協力会の2008年度会員の募集があるのではないかと入口を入ってみると、案の定始まっているので、さっそく申込書を書く。
 5000円の会費を払うとフリーパスがもらえて、4月1日から来年の3月31日まで美術館が何度でもただで観覧できる。
 臨時のバッヂをくれて、会員証ができるまで展示を見てもよいということで、狙った通り(!)4月からの会費で今月の展示を無料で楽しみました。

 観光スポットなどをなんとなく歩いて、夕食前に帰宅。
 
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photos with Canon EOS20D EF-S 10-22mm

2008年03月23日

図書館

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 借りていた資料本4冊を返却し、新しく1冊借りるため、自転車で図書館へ。
 自宅から自転車なら、行って返して借りて帰って、都合40分。

 ここのところ、5作目の調べものばかりしているけれど、4作目のプロットも進めないといけない。
 調べものというのは面白いからつい夢中になってしまう。

 遠からず編集者にわたしてある3作目のフィードバックが来て、改稿作業になるだろうし。

 大相撲大阪場所。朝青龍の優勝。
 いろいろ言われているけれど、逆境を跳ね返す心、短い間に勘を取り戻す技、(他の力士と方法は多少ちがうかもしれないが)絶え間ない努力で作り上げている体、心技体、いずれもすぐれた立派な横綱だと僕は思う。
 第一、彼のやんちゃボウズ振りって、憎たらしいというよりカワイイじゃないか。

 それより、鬼の首を獲ったように朝青龍のバッシングネタを探すメディアや、それに乗じてあれやこれやいうテレビにコメンテイター、言うべき場所をわきまえない口の軽い品格を欠く横綱審議会のメンバーの傍若無人の方が、100倍も不愉快に思える。

 相撲は怠け者が勝てるほど甘くない。
 見かけがどうであれ、強い人は必ず努力の人である。

2008年03月22日

観音崎ツーリング

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 陽気に誘われて観音崎までバイクでツーリング。

 年に何度かはヨットで海から見ている観音崎の灯台のふもとまで行ってみた。
 陸から見るのは初めてだ。

 それにしても、行く先々でバイクを駐めているのは四十代以上のライダーばかり。最近の若者はバイクに乗らないみたい。必然的にシブいバイクばっかりで、レーサーレプリカは見かけない。

 僕のも、昨年、復活させた20年もの。


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Photos with GR Digital

2008年03月21日

季節に振り回される

 暖かかったり寒かったりと身体が適合できていないらしく、腰が重い。

 妻と、買い物がてら近所をうろつき、ユニクロで春物のズボンを2つ。
 洋服というのは在庫でとりあえず生きるのにさほど不自由はしないものなので、背中を押してくれる人がいないと買えなかったりする。

 歩いて少しよくなったが、まだスッキリはしないので、暗くなってからプールへ。
 軽めに歩行15分、25mx4。

2008年03月20日

常磐とよ子+荻野アンナ

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GR Digital

 シネマ・ジャック&ベティで開催されたトークショー「荻野アンナが聴く 横浜の女性ライブトーク 常磐とよ子が撮った昭和という時代」を聴きにいく。
 いつもなら156系統滝頭行きのバスに乗って黄金町で降りるところだけれど、このバス、祝日は運行されていない。かわりに「みなとみらい100円バス」が日ノ出町駅まで運行されているので、それで。
 安くすむかわりに少し歩く。
 常磐とよ子さんは、女性写真家の草分け。僕が生まれた1954年に24歳で写真を撮り始めた人。

 午後4時に終わり、伊勢佐木町を歩いていたら吉野家を発見! 今年初めて吉野家の牛丼を食べる。(380円)

 日ノ出町駅まで歩いて、100円で帰宅。
(雨じゃなければ歩いて帰ってもいいところだけれど)

 0時をまわってからは、仕事の参考資料として映画を2本。
「ザ・エージェント」「ラストゲーム」(どちらも邦題、原題は似ても似つかない)。
 前者は駄作。後者(スパイク・リー監督)はいい作品だと思った。

2008年03月19日

ひきこもり

 なんとなくテンションが低い一日。

 天気下り坂につき、本日は居間で wii fit 。
 久々にやったのだけれど、最近少し運動ができているせいか、各項目比較的高得点。バランス年齢は31歳(-22歳)だ。

 あとはだらだらと資料に目を通す。

 夕食は、カレーのため、手元に残っていたタイ米を炊く。これがまたいい香りだし美味しいのだな。

2008年03月18日

今日もまた調査

 今朝、午前8時まで調べものをしていたので、起きたのは午後1時。
 午後4時から、自転車で外へ出る。
 元町のスターバックスへ寄ろうと思ったら満員だったので、結局、いつもの中華街の Blenz Coffee で仕事。
 ほとんど電話を使わない生活だけれど、今日は電話が多かった。
 取材を受けた雑誌社。お父さんの自費出版の相談。社会保険庁から委託を受けたと名乗る怪しげな電話、など。

 帰宅後は、明日以降のためのカレーを作り、夕食はイワシのフライ、モヤシのXO醤炒め、キャベツとウィンナソーセージのスープチリ風味。

 受け取ったビデオを全部見終わる。たくさん刺激を受けた。

2008年03月17日

ドキュメンタリーまみれ

 ひたすら、資料DVDを見ている。
 テレビの人もいい仕事をしているなあ。

 夕方、久々にプールへ。
 ウォーキング25分+200m。
 200mを止まらずに泳いだのは手術後初めてである。少しずつだが体力がもどってきている。

2008年03月16日

ギターを旅に出す

 確定申告が終わればすぐに次の仕事が待っている。ありがたいことだ。
 資料として送られてきている大量のビデオ(DVD)を見たり、資料本を読んだりするのがまずは仕事。

 延び延びになっていたギターの発送をついに。
 コザのギタリスト・照喜名薫に、タカミネのエレアコを貸すことになっていたのだ。
 というわけで、なんとか梱包して夕方、宅急便で沖縄へ発送。
 これで、沖縄に行くときにギターを抱えて行かなくてもよくなったのだ。

 我が子を旅に出すのはちょっと寂しくて、写真なんか撮ったりして。

 さあて、その後は、どうやら、金曜日に車に乗ったときに、車内に携帯電話を忘れてしまったようなので、それを取り出すのを兼ねて、昨日自転車で立ち寄った「プラザ栄光生鮮館コットンハーバー店」へ、二日つづけて行ってみることに。
(タワー式駐車場なので、車を出すのがかなり時間がかかるし面倒なので、室内から携帯電話を取ってくるといっても、けっこう大事)

 さすがに日曜の夕方とあって、かなり人がいます。
 開店二日目でこれ。
 2006年9月のコットンマムの開店のときにも行ったけれど、これほどには混んでいなかった。
 集客のアクションの取り方もちがうようです。
 コットンマムの経営は千葉県袖ヶ浦の「株式会社主婦の店」で、創業者のダンナさんがなくなって奥さんが社長になって同族経営をしているシロウトだったけれど、プラザ栄光はもともとは卸だが、コンシューマーの経験もそこそこ年数が経ってきて身についたってところ。

 プラザ栄光も初めてポートサイドにリテイルをオープンしたときには品揃えなどがトンチンカンだった。
 店の一角にベーカリー「メロン館」をつくったのはよかったのだけれど、パンはそれだけでパスコやヤマザキのふつうの食パンがなく、ベーカリーはシロウト商売で高いのに美味しくなくて、しかも、夕方には売り切れて明日の朝食のパンが買えない。
 残っているのはメロンパン。いい大人が朝からメロンパンが食えるか!
 というひどいスタイルで始めたものですが、時間とともに駄目なベーカリーをやめて、だんだんとふつうのスーパーの経営に成長していった。
 
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Takamine EF340C(輸出モデル)

2008年03月15日

自転車横浜巡り

 仕事が一段落しているうちに身体づくりだ。

 自転車で、みなとみらいから伊勢佐木町へ。
 uniqlo で春物を見るが、どうも食指が動かない。

 寿町のドヤ街は、中華街なみに、道路に人があふれている。暖かさに誘われて、僕みたいに動き回っているんだ。思った以上に宿泊施設がたくさんあって、外観は意外にきれいなんだよね。
 外国人や貧乏旅行の若者向きに改装された宿もある。

 横浜スタジアムはオープン戦が終わったところらしく、ベイスターズのユニフォームを着た人たちが選手の出口に並んで、選手が出てくるのを待っていた。

 みなとみらいを通り過ぎて、1年前まで住んでいたポートサイド地区、そして、コットンハーバー地区へ。
 コットンマムのあとに入った「プラザ栄光生鮮館コットンハーバー店」は本日開店。

 棚など、ハードウエアはとことんコットンマムのものを再利用している。
 スゴイのは「Cotton Mam」と表示されていた外装の看板の「Mam」を外して「Harber」と付け替えてあり、店の名前「プラザ栄光生鮮館」は、小さな板だけ。
 ここまでのコスト意識は気持ちいいまでだ。

 肉、魚がコットンマムに比べて大幅に安い。つまり生鮮館の値段。
 乾物類は、みなとみらい店やポートサイト店に比べて微妙に値段を上げている。
 台所洗濯関係の雑貨もコーナーもあるが、こちらも少し高め。
 いや、コットンマムよりは安いけど、プラザ栄光当社比(笑)でね。
 食料品の品揃えは、ある程度コットマムを踏襲して、違和感のない感じ。
 問題の(笑)SPAMやジェリービーンズはありませんでした。
(実は、生鮮館みなとみらい店には、SPAMは置いてありますが)

 プラザ栄光は、ポートサイドにある乾物問屋が経営しているので、乾物の品揃えはけっこうしっかりしているのだ。
 逆にいうと、コットンハーバー店にある乾物類は、ポートサイドの問屋(スーパーである生鮮館ではなく国道に近いビル)まで足を伸ばせば、同じものが安く買えるんだけどね。

 全体に、値段はプラザ栄光生鮮館価格か同グループ他店よりや高めだけれど、以前のコットンマムが高いものばかりだったせいか、割安感があるらしく、また、この値段は「開店セール価格」だと思っているのか、多くのお客さんが、ここぞとばかりにカゴにあふれんばかりに買っている。
 あわてなくても、その値段がプラザ栄光のふつうのいつもの値段ですよ、と教えてあげたいくらい。(笑)

 とりあえず、コットンマムよりもニーズにあってお客さんたちは喜んでいるようでした。

 みなとみらい店の店長がこちらでもレジを打っていた。
 流通業界は店長クラスの優秀な人材が限られているのだなあ。

 僕は、背中のバッグに入るだけ少しの買い物。
 あ、惣菜部門のゼストクックのサイトからもこのブログを見てくださっているようなので、要望事項を書いておこう。ぜひ「天かす=揚げ玉」を売ってください。

 日が暮れたところで、帰宅。
 約2時間の自転車ツアーでありました。

日本の凋落

 資料として送ってもらったビデオを見始めた。

 ビジネスの世界で日本とアメリカの差があまりにも大きく、その差は開いていくばかりだ。
 さらに、日本は市場としての魅力も中国にかなわない。だからお客さんとしても、ゆっくりと、いや、ひょっとしたら急速に見捨てられつつある。
 世界の企業から相手にされず、日本の企業は中国というフロンティアでも勝てない。
 このままでは、五年後ですら日本はひどいことになってしまうだろう。

 一番の問題は、日本国民がそういう危機にいるということをちゃんと認識していないということ。
 これは相当なピンチだ。

 勝たないで幸福になるシナリオもあり、それを選ぶのならそれはそれですばらしいと僕は思うけど、実際はそういうわけでもなく、ただ負け続ける国になっていくように思う。

 目の前で起きていることを、なんで見ようとしないのだろう。

 資源のない加工貿易の国、電子立国、勤勉な日本人、そんな「標語」や「モデルの捉え方」は全部、とっくに過去のものだ。

 世界には資源も技術も労働力もある。

 日本がそういう世界を利用していかなくてはならないのに、日本は日本の中でまずやろうとしている。その時点で、もうほとんど負けが決まってしまう。

 スポーツの世界でもぱっとしないのは、やっぱり時代遅れなやり方しかしていないからだ。プロ野球はほんとに日本の縮図なのだな。

 調べものをしていたら、また、暗澹たる気持ちになった。
 少なくとも、それを認識している僕が、日本に何をできるだろう。

"Ask not what your country can do for you, ask what you can do for your country.", by John F Kennedy
 JFKがこういったのは1961年のことだ。

「愛国心とは、国の為に戦争に行くことではなく、自分の手で国を造ろうと思うことである」(阿川大樹)(2008)

2008年03月14日

確定申告、完了

 確定申告、最後のドタバタは、e-tax でプリントアウトを出して郵送しようとしたところ、入力が終わったところ、「赤字の場合はここではできません」と。
 おいおい、いちばん最初にそういうことは言ってくれ。

 そんなこんなで、やむなく手元の申告書に手書きです。
 損失繰り越しのために第4表というのをつけなくてはならないんだけど、その書き方がよくわからず(だから e-tax に期待していたのに)、手引き書をダウンロードして書き込みました。
 書くところほとんどないのに、いろいろな欄があるからわかりにくい。

 一応東大出てるし、文筆業だから、文章読む力は平均以上だと思うけど、ほんとにわかりにくい。どうやったらわかりやすくなるか、改善案まで考えてしまった。簡単なことなのにな。
 やっとわかっても、1年に一度のことだからまた忘れちゃう。
 あ、だから税理士さんという商売があるのか。

 あまり生産的でない謎解きでも、手間と時間をかければなんとか自分でできてしまうのがよくないんだな。むしろ根っから「オイラにがて」と放り出して、人に頼んでしまうのが、本当は最適な選択なんだと思います。
 だって、税金の書類作っている時間よりも、小説書いているほうが楽しいし生産的だし、(おこがましいけど)たぶん僕としては世の中のためになる。

2008年03月13日

梅とカメラばあちゃん

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 三渓園へ行ったら、一眼レフその他のカメラ機材をしこたま担いだカメラばあちゃんがいっぱい。
 その昔、一眼レフカメラといえば、男の道具で、年配の女性といえば機械音痴で一眼レフカメラとは対極にある存在だと思われていたけれど、いまや、一眼レフの一番のヘビーユーザーはおばあちゃんたちです。
 それもただオートで「押せば写る」という使い方ではなく、「露出補正が……」なんて言葉が飛び交っています。

 みなとみらいにも、平日はひとりあたり機材総額50万円クラスの女性グループがかならずいます。
 恐るべし、シニアマーケット。

 僕も、いつも持ち歩いてるちっこい GR Digital でカシャリ。

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photos with GR Digital

2008年03月12日

伝票整理

 母に来てもらって、伝票整理。
 仕訳した領収書を印刷の裏紙に糊づけしてもらい、できたものから経理ソフトに入力。

 領収書を貼り付ける裏紙は、長編脱稿直後なのでそれはもうたくさんある。
 原稿用紙490枚の原稿を、38文字x38行(単行本の見開き2ページに相当)で印刷すると、179ページ(つまり本なら358ページ)になるので、一回印刷する度に179枚の裏紙が製造されます。
(持ち歩く予定の時は両面印刷して軽くすることもあるけれど)

 午後3時に来てもらった母に午後7時まで作業してもらって作業は完了。
 同じ場所に住んでいれば「青色申告専従者」として給料を出せて、それも経費になるのですが、うちの場合は該当しません。

 お礼に、近所の「阿里城」へいって、中華料理。

2008年03月11日

経理のおじさん

 昨日、エッセイを送り終え、とりあえず目の前の原稿は落ち着いたので、やっとこさ確定申告の準備。

 昨年は、小説以外の仕事をほとんどしなかったので、大学卒業以来もっとも少ない収入(経費を除いた所得ではなく売上ベースで)。
 というわけで、売上の入力は実に超簡単。

 経費も、ちょこちょこっとめぼしいのを入れたらあっというまに非課税になってしまったけど、売れてきたときのためにちゃんと累積赤字を計上しておかなくてはならないので、もうしばらくコツコツ経理のオジサンをやります。
 100円ショップで買ったクリアフォルダ105円を入力すれば、将来、税金が10円少なくなるのだ、と、ほとんど内職仕事ですな。(笑)
 でも、ほんと10円を粗末にできる身分ではないので、お金は大事にしたいと思います。

 ちなみに「総経理」というと中国語で社長のことだったような。

2008年03月10日

とりあえずクリア

 週末にかけて読み直し、修正をかけていた第三作。
 朝、出版社に送りました。

 さらには雑誌のエッセイの原稿を書き上げて送付。

 これで、当面の原稿はクリアしたので、つぎは確定申告。

2008年03月09日

高橋尚子というプロフェッショナル

 昨日、久しぶりにマラソンを始めから最後まで見ました。

 高橋尚子さん、立派なアスリートであることはたしかだけれど、実際は2005年以来めぼしい成績を残していない。であるのにみんながどうしてそんなに期待するのかよくわからないのだけど、やっぱりダメでしたね。

 彼女はプロなので、自分でダメだと思っていても、大丈夫な振りをして期待を引っ張るのが仕事です。そういう意味では、立派な仕事をしたと思います。
 走り出してすぐにやっぱり北京はだめだと思っただろうけど、彼女の場合、走っていさえすれば映像には出るので、勝ち負けとは別にスポンサーの為にも走り続けるべきなので。
(実際、本人も完走したかったのだとは思いますけれども)
「マラソンのプロ」というのは、走って賞金をもらうというよりも、広告塔としての役割であるところが、野球やゴルフやテニスとずいぶんちがうところです。

 昨年の負傷+手術というのは、別に彼女が特別不運なのではなくて、アスリートというのは、そうやって怪我と戦いながら生きていくのがふつうのことなので、なんかそれを賛美するような風潮はいやです。
 マラソンを6時間かけて走る市民ランナーも、仕事が忙しいお父さんも、みんなそれぞれのレベルで「故障」と戦いながら同じようにがんばっている。高橋尚子さんのように光の当たる人だけががんばっているわけじゃない。 彼女と同じくらいがんばっている人は、ものすごくたくさんいる。
 少なくとも何かに夢をもっている人は、ふつう、そういうふうに時分のためにがんばっている。高橋尚子が特別だとは僕は思いません。

 彼女の場合、1998年から2002年まで、すばらしい成績を残していたということは、逆に肉体をぎりぎりまで酷使してきたわけなので、不運なのではなく当然の帰結として、故障することになって、それ以降は2005年に優勝はしたけれど、そこを最後にもうトップランカーとしては走れていませんでした。

 すでに十分な成績を残したアスリートであることを評価するのは当然として、だからといって、結果がすべての世界でその後まで美化するのは、僕は好きじゃないです。アスリートを努力で評価するなら、彼女以上の人なんていくらだっている。

 一方、スポーツタレントとしてみれば、実力がなくなってからも二年以上、(2002年から勘定すれば5年以上)これだけ商品価値を保っていたのは、プロとしてすばらしと思います。


 アマチュアフットボールプレイヤーの僕は、右足首捻挫からゲーム復帰まで1年半かかりました。
 腰の手術から6ヶ月経って、昨日は、仲間がゲームをしているところまで行って、フットサルコートの外で、一人で、走ったり、ドリブルの練習をしたり、ストレッチをしたりして別メニュー(笑)で調整していました。
 全体に筋力がないので、機敏に動けないのと、足の筋力がまるで続かない。
 ゴールに向かって何本かシュートを撃ってみたけど、全力では蹴れないし、体をひねって90度の方向に蹴るのはきつい。

 アマチュアの特権なので、ゆっくりやろうと思います。

「あきらめなければ夢は叶う」
 僕にとってはあまりにも当たり前のことで、ずっとそう思って生きてきているので、彼女を見ると、なんだかそういう説教臭さに反発してしまいます。
 でも、彼女の言葉で実際に元気づけられる人がたくさんいるのは事実らしく、つまりそれは、「みんないろいろなことをあきらめて生きているんだな」ということであり、小説家としては、その「ままならぬ人生の切なさ」は大切に捉えたいと思います。
 と同時に、あきらめてしまっている人の多くが、高橋尚子ほどの努力をしないであきらめている。
 憧れていないで、自分が高橋尚子になれよ。
 彼女の言葉や生き方に感動していないで、自分で努力して夢に向かって進めばいいのに、「Qちゃんから元気をもらった」なんていいながら、少しも努力をしない人がたくさんいるんだよね。

 脱稿した歌舞伎町の小説は、野心(夢)を待つことで大きなものにつぶされる女性の物語です。

2008年03月08日

ふたつのスーパー そして野毛でフレンチ

 まだ読み直し中ではあるけれど、長編が一段落した。
 全篇をプリントアウトしたときの厚みもなかなか達成感に一役買っていたりする。

 暖かいので、自転車でポタリング。
 まず、昔住んでいたポートサイド地区から、話題の(笑)コットンマム(2/29閉店)へ。

 跡地にはテナントとして「プラザ栄光生鮮館」は入ると聞いていた。いってみると、3月15日オープンの大きな貼り紙があった。
 外から覗いてみると、棚はそのままコットンマムのものを使うようだ。乾物もすでに一部並んでいたので、もしかしたらコットンマムの在庫をそのまま買い取ったのかもしれない。
 コットンマムは中途半端な高級志向で経営破綻したけれど、生鮮館はむしろ逆方向なので、ビジネス的にはなんとかうまくいく可能性はあると思う。コットンマムは外から客を呼ぶ以前に、近所のコットンハーバー住人ですら利用率が低かったと思われる。

 その後は、みなとみらいへもどり、臨港パークあたりをぐるぐると移動し、話題の(笑)プラザ栄光生鮮館みなとみらい店へ。
 ここは、売り場がごちゃごちゃと狭くて買いにくい。この店のことをみな口々に「ひどい」とか「買いにくい」といっているし、僕もそう思う。
 対するコットンマムは、「きれいでいいお店」という人が多い。
 けれど、生鮮館は週末の夕方など身動きが取れないほど客がいるのに、コットンマムはガラガラだった。きれいですてきなことはよいことだけれど、みんな「まずは生活ありき」なので、結局、安くて山積みレイアウトの方がニーズに合っているというわけだ。
 消費者相手の、しかも、日常の食料品を買う場所は、最低限のワンストップショッピングができた上で、付加価値として、「きれいで買いやすい」「買い物が楽しい」が望まれる。優先度が逆ではだめなのだ。
 僕も、プラザ栄光で買い物するのは好きじゃない。コットンマムでの買い物は楽しかった。でも、どちらかひとつを選べといわれれば、必需品が安くそろうプラザ栄光がある方がありがたいのだ。

 前に書いたことの繰り返しだけれど、コットンハーバーは地下鉄が張り巡らされた23区で働いている人たちではなく、京浜東北線や根岸線、あるいは横浜線沿線で働いている、製造業を始めとした勤労者世帯が多く、共働きかローンを返しながら子育てをしている、ごくごくふつうの人たちだ。
 丸の内や六本木で働いている人たちではないし、給料の高い金融関係の人たち中心でもない。

 というわけで、300円の社員食堂で昼夜2食を食べて残業に明け暮れて暮らしていた製造業出身の僕は、プラザ栄光生鮮館で「イワシのシソ巻きフライ」(100円)とか、タマゴ10個会員価格138円とか、豆腐68円とか、そういうものを買って帰宅。

 夕食は、妻と野毛のフレンチレストラン「イグレック」で。

2008年03月07日

完結 最高の瞬間

 午後1時40分、(了)と打ちました。

 490枚。
 始めたのは11月4日だから、まるまる4ヶ月かかっちゃった。

 まず、床屋に電話して予約。
 片道歩いて早足で二十分。三ヶ月ぶりに行った美容室はスタッフが入れ替わってほとんど別の店。
 でも、新しい担当の美容師さんはなかなかしっかりした感じのいい人でよかった。

 そのあと、隣のお店でマッサージしてもらうと思っていたら、こちらはつぶれてしまったらしく空き店舗。
 僕が小説を書いている間に、ずいぶん世の中が変わってる。

 帰宅してお風呂に浸かったらどっと疲れが出て、飲みに出かける元気もなく、夕食後はそのままバタンキュー。

2008年03月05日

ビジネスモデルの栄枯盛衰

 mixi のご乱心は、おそらく、世の中の流れであるSNSのAPIの公開の本流に乗るために必要な措置として狙ったものだろうと思っています。

 クローズでああることで会員が増えたmixiは1000万人の規模になって会社として成長するにはクローズであることが足かせになっている。だから、外との接続性を確保したい。
 コンテンツをちらりと外の人に見せたいわけですね。
 
 しかし、これを打破してしまうのは自己否定であって、mixi の本質である非公開や限定公開とはもともと相容れないものです。

 会社というのにはも寿命があってしかるべきで、いつまでも続くのがいいわけではないのだけれど、瞬間々々は明日どうしようであり、株主にどうこたえるのかという答も出さなければならない。

 正解はたぶん、次の事業を別会社で興して、そちらに投資し、本業が衰退する前に、そちらが興隆したところで、古いビジネスはだれかにシナジーでより価値の出る相手に売り飛ばして現金化して、新しいビジネスにスイッチする、ということだと思います。
 会社を売る、買収される、のは、成功の一種でよいことなのだけれど、日本ではそういう感覚はあんまりないので、従業員もえらい反発したりする。経営者まで反発したりして。

 事業に寿命はあるのだから、会社がそれで衰退するのを流れに棹をさしても止められるものではなく、会社は古いものをじょうずに捨てながら新しい柱をどうにかしてつくらなくてはならない。
 それをするのが経営者ですが、実態は「予想以上の市場の変化があったため」などと業績の悪化を、自分のせいではなく「世の中が悪いのよ」みたいにいうことが多いのですね。

 たとえば、ソフトバンクはそうやって、いろいろ新しいことを取り入れている。個人的に好きではないけれど、孫正義さんは、経営者としては松下幸之助級の歴史に残るような経営者だと思います。
 ほんの一例ですが、旧国策企業の NTT Docomo や KDDI を相手に、Softbank の携帯電話は十ヶ月連続純増数 No.1 ですからね。

 日立東芝NECなどの古いエスタブリッシュメントは、自分のなかで多角化するのだけれど、これは効率が悪いし、競争力が弱い。

 mixi のまま、会社を伸ばすのではなく、まったく別なことを始めるしかないんだよ、笠原さん。
 と、まあ、そういうことなんじゃないかと思います。

2008年03月04日

mixi規約改定

 mixi が会員とのあいだの契約である利用規程を改定しようとしているのが3月3日付けで告知されたのですが、4月1日からこんなことになるという、とんでもない内容を提示しています。

第18条 日記等の情報の使用許諾等

1)本サービスを利用してユーザーが日記等の情報を投稿する場合には、ユーザーは弊社に対して、当該日記等の情報を日本の国内外において無償かつ非独占的に使用する権利(複製、上映、公衆送信、展示、頒布、翻訳、改変等を行うこと)を許諾するものとします。
2)ユーザーは、弊社に対して著作者人格権を行使しないものとします。

つまり、これは

1)友人限定、あるいは、会員限定であることを前提に書いたものも含め、日記やコミュニティに書いた文章を、mixi が自由に外部に公表できる。
2)その際に、改変することもある。
3)発表しても対価は払わない。
4)発表の際、著者の氏名の表示もしないかもしれない。
5)発表の際、改変されたものに著者の氏名表示が為されるかもしれない。

ということです。

 しかも、過去に書いたものにもこの規定は適用されるという。

 私としては、著作を生業とするものとして、この条件は到底、許諾できないので、過去に書いたものも含め、大幅に削除するしかないですし、今後、書き込むものもこの条件を考えた書き込みにならざるを得ません。

 そうでなくても、友人限定の日記を外に公開されたらたまったもんじゃない。
 自分のプライバシーだけでなく、日記の登場人物のプライバシーも侵害されます。

 それに怒った会員も多く、あっというまに数千人規模の反対運動が起きて、mixi もあわてて火消しにまわっていますが、新しく条文を提示しないと、この騒ぎはとうてい収まりそうにありません。

 外部のメディアにもこのことは報じられています。

 ただ、そこでの内容は「日記が勝手に出版されてしまう」というような観点で書かれたものが多く、それ自体は間違っていないにしても、本質的なことではありません。

 出版するに値するものはそれほど多くはないので、影響の及ぶ範囲は限定的です。(阿川のような著作を生業としているものにとっては重大なことですが)

 重要なことは、「限られた人にしか見せないつもりで書かれたもの」を、mixi が改変する権利をもったまま自由に公表する権利をもつような条文になっている。しかも、この規定が適用されるより前に書かれたものにまで、それが適用される。

 mixi には、DVで夫から逃げてきている人のコミュニティもあれば、性的マイノリティの人たちのコミュニティもあります。非公開であるからこそ、安心して悩みを語り合ったり、情報交換をしたりできていたものが、突然、mixi 運営側に、自由に公表する権利がわたってしまうわけで、これは「勝手に出版」うんぬんではなく、ひとりひとりのプライバシーの問題です。

 そんこともあって、退会する人が続々と出ていますし、閉鎖になったコミュニティもあります。
 mixi は、投資格付けが下がって株価が下がったところに、追い打ちをかけるように失態を演じています。

2008年03月03日

自転車

R0013243.jpg

 午前中までに、通し読みを終え、最終的に書き換える部分などをはっきりさせた。
 ここまでくると脱稿も近い。

 昨日、ジョギングで膝が痛んだので、筋力をつけて体重を落とすまで走るのは無理と判断。

 というわけで、本日は、自転車で山下公園までポタリング。全行程8kmくらいかな。
 しばらくこんな感じで、体を作っていかないと。

 資料DVDが山ほど届く。
 後ろにたくさん仕事が控えている。がんばろう。

2008年03月02日

ジョギング

 午前4時過ぎに起床。

 夕方、退院以来二度目のジョギングを敢行するも、3kmを走りきれず、膝が痛くなってきた。
 体力ねえなあ。なさけない。

 帰宅後、あわててコンドロイチン、グルコサミンのサプリを摂取。
 ちょうど煮干しで味噌汁のダシをとったので、ダシをとったあとの煮干しも全部食べた。
 いや、これが美味しくて後を引いて途中でやめられずにあっというまに完食。体が求めているんだろうか。

 夕食後はバタンキュー。

2008年03月01日

弟あり遠方より来たる

 昨日、二輪駐車場の月極料金を払いにいったついでに、図書館までバイクに乗って出た。(第五作の資料を五冊借りに行った)

 明るいところで見た GB-250 Clubman は、ひどく埃だらけだったので、本日、マンションの洗車スペースで洗った。暖かい春の日差しの下で、バイクを洗うというのは、なかなか幸せなひとときだ。こういうのを「忙中閑あり」というのだな。
 自分がバイクを離れていくとき、振り返って、それが首を傾げて金属部分を輝かせているのを見るのが好き。

 夕方5時半、シンガポール勤務だった弟がカナダへ転勤になり、トランジットで日本を通過中に、我が家に立ち寄り。 たぶん、昨年は一度も会っていなかった。

 母親も呼んで、ちょっとした家族の集まり。

 兄の方は人生踏み外して(笑)小説家なんかやっているけど、弟はちゃんと(?)企業戦士をやっていて、出世頭の道を。
 一方で例に違わず犠牲も大きく、家族は、息子と妻はシンガポール、娘は日本、本人はカナダと、バラバラ。 長らくの単身赴任の末に妻と息子をシンガポールに呼び寄せたとたんに転勤になった、息子はシンガポールの学校に入学したばかりなので、妻と息子はシンガポールに残すのだそうで。
 やれやれ、ですなあ。人生、ままならない。

 第3作、終盤でなかなか仕上がらないうちに、5作目や4作目の打合せが入り、その他のイベントもあって、テンション下がって滞っている。
 こういうものは、遅れると、ますます遅れが拡大するんだよね。

 もう3月、ほんとにほんとに、ねじを巻かなくては。