覇権の標的 フェイk・ゲーム  幸福な会社 会社、売ります D列車でいこう インバウンド








« 2009年07月 | メイン | 2009年09月 »

2009年08月30日

衆議院議員選挙

 選挙。
 前回の選挙のときは、椎間板ヘルニアによる座骨神経痛のため、足が痛くて歩くことが余りできず、途中で何度も休みながらやっと投票所に辿り着いたのだった。二年前のことだ。
 その一ヶ月後に手術をして、いまはいくらでも歩くことができるようになった。医療というのはありがたいものだ。
 治す人も治してもらう人も、どちらもハッピーな社会になるといいね。

 涼しくなったので、今日も徒歩で仕事場へ。
 帰りは雨だったので、日ノ出町から100円バス。

 家に着いたら、民主党が圧勝になっていた。
 まあ、みんなで選んだんだから、それでいい国になるといいね、としか言いようがない。
 なんにしても、選挙で政治が変えられると、多くの人が思うことは民主主義の基本だから、その点について、とりあえずよかったと思う。

2009年08月29日

17歳

 夕方6時過ぎから、17歳男子と暫く話をする。
 すごくまっすぐな人。どんな大人になるのかな。

 若者は、よく食べる。(笑)
 午前0時過ぎに、徒歩で帰宅。

2009年08月28日

今日も、長編執筆

 MIDIキーボード( M-AUDIO Oxygen 49)と、ついたてなどを車で搬入。
 
 キーボードにはいろいろなコントロールがついているのだけど、Garage Band でどう使うのかがまだよくわからない。

 代わり映えせず、長編執筆。

 翌、午前2時過ぎ、帰宅。
 暑いときは自転車一辺倒だったけど、涼しくなってきたので徒歩気持ちがいい。

2009年08月27日

長編執筆

 書き下ろし長編を執筆中。

 午前1時前に帰宅。

2009年08月26日

バタバタ

 横浜駅西口で、いくつかの買い物。

 あおい書店で Garage Band の解説本を買う。
 コンピュータ関係の本を買うなんて、ずいぶんと久しぶりだ。
『フェイク・ゲーム』も棚にありました。在庫してくださってありがとう。

 午後遅くなって、その足でスタジオに出る。
 午後11時過ぎまで。

 妻の液晶ディスプレイと、音楽製作用のキーボードを、amazon で注文。

2009年08月25日

大井競馬場 トウィンクルレース

 午後3時、地域の入居アーチストの連絡会議。
 終了後、大井競馬場へ。

 場所は黄金町から京浜急行で立会川という駅で降りて徒歩10分ほどだ。

 競馬をやるなら、やっぱりその前は立ち食い蕎麦でしょう、というわけで、駅を降りたところの立ち食い蕎麦屋がちょうど開店したところでミーグチ(沖縄の言葉で、「最初の客」という意味)。

 推理作家協会ソフトボール同好会の懇親会で、最上階の部屋を貸し切って、トウィンクル・レースの観戦。
 競馬場に行くのは初めて。自分の手で馬券を買うのも初めて。

 悩んだのが服装。
 競馬場に行く服装と言えば、タキシードから、アスコットタイから、ダボシャツに腹巻きまで、どれもあり得る。
 交通手段も、ロールスロイスやベントレーから、徒歩、無料シャトルバスまで、いろいろあり得る。
「プラネットルーム」という謎の場所がどんなところかまったくわからないので判断がつかない。
 というわけで、かりゆしウエアにしました。
 沖縄ではこれがセミフォーマル。銀行員も役所の職員もみんなこれで、本土で言えば、背広かダークスーツに相当。
 こういうときこそビギナーズラック、と、馬三連単(一位から三位までの馬を順番通りに予測する)を中心に狙っていら、10レースまでで4700円の損失。

 最終11レース、起死回生を狙って本命を中心に手堅く2200円を買ったけれど、このレースに限って本命は3着。
 オーマイガッ。
 というわけで、7000円ほどの損失でした。
 やっぱりビギナーズラックは、無心にやらないとだめで、狙うものではないようです。(笑)
 4時間、しっかり遊んだと思えば、まあ、順当な遊興費かな。

 それにしても、投票する馬や枠、掛け金を決めるのがすべてマークシートなので、100円も1000円も10000円も、マークするところが数ミリ違うだけで、お金の重みが全然感じられない。
 これは何十万も何百万もその気になればどんどん使ってしまうのがわかる。
 もちろん場内には銀行ATMもあります。(わあ、あぶないあぶない)

 午後9時過ぎ、負けたギャンブラーのあるべき姿を全うしようと、立会川駅近くの立ち飲みで、冷や奴つっつきながら焼酎かホッピー、と思ったのだけど、いまいち空気にあった店がみつからず。

 結局、まっすぐ帰宅しました。

2009年08月24日

正面衝突

 某社某編集から電話。
 取材旅行の交通費清算の件とからめて書き下ろしの進捗状況など。
 はい、がんばってます。
 いずれにしても、もう少しスピードを上げたい。

 夜、帰宅途中、無灯火の自転車と裏路地で正面衝突。
 久しぶりに空を飛んだ。
 幸い受け身がしっかりできたようで、身体の損傷は軽微。こちらの自転車も大丈夫。
 相手はたぶん酔っていた。
 明るい大通りから暗いところに入った瞬間で、ほとんど見えなかった。
 目前に視認したのはわずか3mくらいの距離か。
 あっと思ったときには、前輪を互いに差し違える形で衝突。自転車の後輪は浮き、身体は左斜め前に放り出された。
 
 四車線の車道を右側通行してくる自転車も多いし、このあたりでは自動車よりも自転車の方が恐い。

2009年08月23日

真昼のバーテンダー

 本日は、ヨット協会の野外ビールパーティ。
 うちのチームが幹事で、午前中からパーティの準備。
 玉葱、いくつ切っただろう。
 
 で、パーティでは、僕は、ジントニックバーを。

 ジン4本分、ジントニック作りましたよ。
 たぶん、80杯以上、作ったと思う。

 氷を割るのと、最後にステアする加減が、ポイントです。
 こんど、マイアイスピックを買おう。

 みんな楽しそうで満面の笑顔。
 人を幸福にするのは、自分にとっても幸福なことだ。

2009年08月21日

汗をかこう

 なんてタイトルをつけながら、ちょっと暑さに参っている阿川です。

 でも、みんながんばって働いているよなあ、と思うことが多い今日この頃です。

 僕も、もっと、脳味噌に汗かかんとあかんなあ。(突然関西弁)

 Led Zeppelin 聴きながら、原稿書こう。

 本日の予定、まずは、雑誌のエッセイ、つぎに長編。

2009年08月20日

黄金町FM 89.0MHz

 前日、自転車を置いて帰宅したので、タクシーで出勤。1070円。
 35分歩くには暑く、1時間に2本のバスのタイミングが合わなくて、それでも早く出たかったのだ。

 スタジオに着いて、掃除と片づけ。
「横浜ウォーカー」の取材チーム来訪。
 昼過ぎ、取材対応が終わる。

 イベント準備、連載の原稿。

 夕方、FM局をやっているアーチストの中島祐太さん来訪。
 ラジオ番組の下準備。
 午後6時半、話は飛ぶけど電波は飛ばない微弱電波放送局「黄金町FM」の隠し部屋スタジオへ。
 1時間半ほどトーク番組に出演。

 仕事場にもどって、さらに連載の原稿。
 明日からは、書き下ろし長編モードに切り替える。

2009年08月19日

読者2万人突破!

 昨日の「第三企画室、出動す」第22話は、一日を通じてのアクセス順位で2位。
 過去一週間を通じての順位では5位。
 どうやら2万人以上の読者がこの連載を読んでくださっているようだ。
 ありがとうございます。

 ぜひ「フェイク・ゲーム」も買ってください。(笑)

 黄金町バザールのイベント・プロモーション関連の文書作成などで一日が終わる。

 夜は会食。
 野毛、レストラン・イグレック。

2009年08月18日

「第三企画室、出動す」第一位!

「第三企画室、出動す」 (日経ビジネスオンライン)
 アクセスランキング、8月18日午前9時30分現在、アクセス1位。

本文は、こちらからどうぞ。

2009年08月17日

著者が売る本屋さん vol.2

 来る 9月5日(土)に
 「著者が売る本屋さん」第2弾を開催します。

【参加予定の作家たち】

    新井政彦(小説家)
    汐見 薫(小説家)
    高嶋哲夫(小説家)
    檀原照和(ノンフィクション作家)
    常田景子(翻訳家)
    西牟田靖(ノンフィクション作家)
    日野やや子(歌人)
    水瓶ジュン(詩人)
    村松恒平(哲学者/編集者)
    阿川大樹(小説家)

 みなさん、ぜひいらしてください。

2009年08月16日

つかの間の休み

CA3A0227.jpg

 連載〆切モードの中、午前6時半に起きました。

 シャワー浴びたり洗濯したりで、午前8時にバイクで出発。

 三崎港についたのが午前9時過ぎ。
 ちょうど、泊まっていたはずのヨットたちは出払ったところ。
 最後の3艇がそそくさと出て行きました。
 岸壁ではあいかわらず釣りをしている人。

 諸磯湾に陸路まわって、友人のヨットを訪問。
 冷たい水とコーヒーをご馳走になって、小一時間、海に浮かんでいました。

 すっかり、クルージング気分。

 バイクでそのまま仕事場へ。
 ついでにバイクをバケツの水で洗いました。

 ちょっとリゾートぼけ、かな。(笑)
 でも、心地よい疲れが取れてからは快調。

CA3A0229.jpg

CA3A0230.jpg
photos with Casio W61CA

2009年08月15日

黄金町で仕事の週末

 終戦記念日だけど、連載執筆モードつづく。

 スタジオでのんびり仕事をしていたら、カフェのリハーサルが始まる。
 フリージャズ系の即興の日なので、これはさすがに仕事にならない。

 同僚の服飾デザイナー伊東純子さんのアトリエで会費1000円のミニパーティ。
 飲んだり食べたり、アートについて話したり。

2009年08月13日

神が与えたもの 歌手・小林淳子

 午前九時前起床。
 朝食は好物の「たぬきそば」。
 だいぶ前に横浜橋商店街の天ぷら屋で山のような量で一袋50円だった揚げ玉。にんべんの鰹だしを5倍に薄めたつゆ。98円のゆで麺。
 朝から好物が食べられて幸せ。
 ね、幸せなんて簡単に手に入るのさ。

 夕方から都内へ出かけるので、スタジオには早めの出勤。

 午後4時半、いったん帰宅。
 午後5時、着替えて出かける。

 都立大学駅前。
 友人である歌手・小林淳子さんの慢性骨髄性白血病の治療費用を集めるチャリティコンサート。
 チケットはすでに事前に完売していたのだけれど、当日、無理矢理、押しかけて、受付でなんとか入れてもらった。

 小林淳子という人は、世間では無名に近い人だけど、一流の歌手である。

 僕は彼女の歌を何度も聞いているけれど、いままで聞いた中でも今回の「手で語る愛」は最高のできだった。
 54年間生きてきた僕が、音楽を聴いて涙を流したのは、サンフランシスコ近郊の Concord Pavillion で行われた Concord Jazz Festival の Wynton Marsalis と、2007年6月24日と今日の小林淳子の二人だけである。
(別に、彼女が白血病だから泣いたわけではない。少なくとも2007年に彼女は白血病ではなかったし、そんなことは簡単に忘れさせる演奏なのだから)

 21世紀になって、彼女は演奏活動をあまりしなくなっていた。
 たまにすると、どこかに自分の思い描く歌が歌えない苛立ち、みたいなものが感じられた。(それでも素敵な歌を唄っていたけれど)

 それは例えば、バックバンドと瞬時に駆け引きをするステージの勘のようなものであったり、おそらくは、年齢を経て以前のように音域が取れなくなった自分と、出ない音を必要だと思う自分との、ギャップを受け入れられないというようなことのように僕は感じていた。(あくまで僕が勝手に感じた「例えば」の話だ)

 昨年の9月に病気が発覚し、白血病の特効薬「グリベック」の副作用で、しばらくは声も出なくなっていたという。
(1錠3000円以上するグリベックを一日4錠飲み続けなければならない、という高額な医療費問題が、今回のコンサートのチャリティになっている)

 声のでない状態から少しずつ出るようになる過程で、彼女は自分からどんな声が出るのか改めて見つめ直して、「今の時点で自分がもっている声」を自分で新しく探り、その声をもってどのように表現したらいいか、歌そのものを再構築したように思う。
 それは、ステージから離れ、年齢を重ねて、いろいろなものを失う引き算の中での迷いのある歌ではなく、いったん声を失い、それを取り戻していく中で、ゼロから足し算で彼女が歌を作り直していった成果であったように思う。
 例えば、以前の自分という、失ったものに近づけるのではなく、自分が新しく手に入れた自分の声を、今までとはちがう形で客観視して、それを得られた喜びを感じながら、もっているものを最大限に使って歌を唄うことができたという、そういうことなのではないかと思う。

 今日、僕は、ひとりの歌手が再びステージに戻って来たことを喜んだ。
 そして、彼女が(その友人を含む)自分の力でホールを満員にし、自らの歌で何ヶ月分かの薬代を稼ぎ出したことを、喜んでいる。

 ステージから離れていた歌手が、生き延びるため、薬代のためにステージに戻ってきたのだとしたら、神様というのはなかなか上手な意地悪をするものだ。

「あんたは歌手なんだから、薬代くらい自分の歌で稼ぎなさい」

 天上で彼は笑っている。

2009年08月12日

電車に乗る

 午前中、狛江に向かう。
 年に一度の矯正歯科のチェック。
 ついでに歯石を取ってもらう。
 久しぶりに電車に乗ったぜ。

 横浜駅を通過するので、ヨドバシカメラで電池切れの腕時計4個を電池交換してもらう。
 待ち時間に、久しぶりに売り場を徘徊。ヨドバシの売り場を回るのは実は大好き。

 西口へ出て、メガネフレームの修理。
 二ヶ月ほど前に、オフィスのガラス扉にうっかり激突してしまって、メガネが歪んでいたのだ。
 
 そこから京浜急行の改札は遠いので、戸部駅まで歩く。
 京急戸部駅と相鉄平沼橋駅を勘違いしていて、暑さの中、目一杯遠回りしてしまって、陽に焼ける。

 黄金町駅からスタジオへ向かう途中の「マイノリティーズコーヒー」で小休止。(アイスコーヒー500円)

 午後5時前にやっとスタジオ出勤。

 午後7時、午後6時に電話が入っていたことに気づいてコールバック。
「野毛で飲んでるから合流しない?」というお誘い。

 仕事を始めたばかりだし、調子が出ているので、あとで合流。
 ということで、午後9時頃、合流。2時間ほど飲む。

2009年08月10日

長編モードから連載モードへ。

 明け方、大雨。
 一度止んだのだけれど、夕方にはまた降る、という予報だったので、自転車でなくバスで出勤。
 自転車では運べないK&Mのマイクスタンドを担いで。

 長編から連載へ頭を切り換えるタイミング。
 まず、エッセイの原稿で足慣らし。

 世の中、のりぴー事件で騒がしいらしいけど、黄金町に通うようになってから、ほとんどテレビを見ないので、内容はわかるけど、騒ぎ具合がよくわからない。
 インターネットを自分で探していくと、事実関係はわかる。
 テレビの場合、同じことをなんども聞かされる。いったい何回ぐらい同じことが繰り返し放送されるか、などというのが実は世相というやつなので、新聞にしろネットにしろ、同じことは一度しか読まない媒体では、世相に疎くなってしまうのだ。
 とにかく、放送のようなプッシュ型の情報ツールからとんと離れてしまっている。

 同じ棟の「視聴室」というカフェの夜の部で、たこ焼きとビール。

2009年08月09日

アートでおもてなしデイ

 黄金町地区の月に一度の「アートでおもてなしデイ」。

 阿川大樹も「オープンスタジオ」を実施。
 扉をできるだけ開けっ拡げて(笑)仕事をしていました。

 そこへ同じマンションに住む、ワールドカップボランティア仲間のTさんがお友達を連れて来訪。
 コミュティーのツアーで訪ねてくれる人も。

 午後5時過ぎからは、事務局1階で「流さないそうめん」イベント。
 カフェユニットというアート活動をしている「LCAMP」で仲間たちと無駄話。
 午後8時過ぎ、そこを出たところで、周りの建物がギシギシと音を立て始める。
「なんじゃこりゃ」と見上げると電線がゆらゆらしている。
 地震でした。
 外を歩いていて地震を感じたのは生まれて初めて。
 「D列車でいこう」では、恋人とケンカをして家を出て駅に向かう途中の主人公が阪神淡路大震災に遭うシーンがありますけれど。(笑)

 午後10時半頃まで、スタジオで仕事して帰宅。

2009年08月08日

とある「禁句」について

 時々、作品を読んでくださった読者の方からメールをいただくことがある。

「『フェイク・ゲーム』、図書館で借りて読みました。とても面白かったので、次は『D列車でいこう』も借りようと思います」
 とまあ、そんなことを書いてくださっていたりする。

 これには思わず苦笑してしまう。

 もちろん、世に出した作品を多くの読者に読んでいただけるのはうれしいことだ。しかし、一方で、小説家は、本を買ってくださる読者の方からの浄財で生計を立てている。
 いくら読んでくださっても、本を買っていただかないと、明日への糧(比喩的表現でなく文字通り「食べ物」のこと)が手に入らないのだ。

 僕がデビューする前、とある翻訳家にお目にかかった。
「すみません、××(その方の訳書のタイトル)、買わせていただいたままで、まだ読んでいないのです」
 と挨拶の時に恐縮していた。
 するとその翻訳家はさらりといったのだ。
「いいんですよ、読むのはいつでも。買ってくだされば、それで生活できますので」

 そのときまで僕は勘違いしていた。当たり前のことが頭から抜け落ちていたことに気づかされた。
 僕の目の前にいる人は、プロフェッショナルなのだと。

 世の中に、何かを書きたい、それを本にして読んでもらいたい、という人は少なからずいる。

 たとえば、定年退職して自分史を出版した人は、自分でお金を出してでも本を作り、自己実現の一環として、それを多くの人に読んで欲しいと思っている。

 小説家デビューを目指している人にも、ひとりでも多くの人に自分の作品を読んでもらいたいと思っている人は多いだろう。そのために自費出版をする人もいる。

 たしかに、プロにとっても、本を出すことは自己実現ではある。
 けれど、それは職業を通じての自己実現であるから、「読んで欲しい」というのは「買って読んで欲しい」ということなのだ。
 
 図書館で読まないでくれ、ということではない。
 図書館という公共システムがあり、それを十二分に利用するのは推奨されるべきことだ。
 たくさんの読者の方が、阿川の本を図書館で読んでくださっているのを知っている。
 横浜市立図書館だけで『覇権の標的』は、おそらく数百人の方に貸し出されている。
 それはありがたいことだと思っている。

 しかし、著者に感想をお寄せいただくときに、図書館でお読みになったとしても、ことさら図書館で読んだことに言及しないでくださると、著者としてはなお心安らかなのである。

 阿川の本を図書館で読んでくださっても結構なのです。いや、どういう方法であろうと、ぜひ読んで頂きたい。が、どうか図書館でお読みになったという事実は「阿川には内緒」にしておいて戴きたい。

 そして、図書館で阿川の本を読んで面白かったと思って戴けたのならば、できれば、次回は書店にて購入してくださるとありがたく存じる次第です。

2009年08月07日

光陰矢の如し

 あっというまに金曜日。
 メールで9月のイベントの準備とか。

 ふつうに長編の原稿。
 昼食は回転寿司で1050円も食べてしまった。

 午後11時、スタジオを出て、都橋「華」で「ネギそば」の夕食。

2009年08月06日

月刊文庫 Story Box

412001.gif

 本日もあまり枚数が進まない。あと二、三日で連載にもどらなければならないのに。

 夜、歌人のHさん来訪。グループで出している歌集を頂戴する。

 帰宅したら、小学館から新しい月刊小説誌 Story Box が届いていた。
 なんと、文庫サイズ。価格税込500円。
 たしかにあの文藝春秋のサイズでは今どき読みにくいし持ち歩きたくない。
 若い人は文庫で小説を読む、というのもそうだろう。
 ニーズにより近づけているのはたしかだ。
 新しいチャレンジなので、これが月刊雑誌であると理解され、うまく書店に並ぶまでに苦労がありそうだけれど、がんばって欲しい。
(分類の上ではふつうの文庫本あつかいなのかな)
 
 思えば、小学館の人から新小説誌の話を聞いたのは、2006年くらいじゃなかったかな。長い長い紆余曲折の後のチャレンジが成功するといいと思う。

 妻が旅行から戻ってきたので、久々に夕食を自宅で摂る。

2009年08月05日

黄金町の静かな水曜日

 なんとなく穏やかで静かな気持ちでスタジオへ。
 
 同じ棟のカフェも休みなので、広い建物に僕一人。
 別に何が変わる訳じゃないのだけど贅沢気分(笑)

 夕方、アーチストの増田拓史さんが、「ラーメン食べに行かない?」と来訪。
 通りへ出た「かつ家」の博多ラーメン(530円)。

 午後9時過ぎ、週刊SPAのライターと名乗る人が突然やってきて、午後10時頃にもしかしたら取材したいと。
 ずいぶん急で突飛な時間の依頼だと思ったけど、別にその時刻まで仕事をしていてもかまわないので、「じゃあ、お待ちしています」と答える。
 ところが10時20分くらいになって、「さっきうかがった話で結構です」だって。
 さっきした話はいつからスタジオに入っているか、と聞かれて返事しただけだけど。(笑)

 妻は旅行中なので、飲んで帰ろうかとも思っていたけど、疲れてその気にならなくて、まっすぐ帰宅。
 午前0時を過ぎてから、外へ出て軽く運動。

2009年08月04日

製鉄所の工場見学

 午前6時過ぎに起床。
 JR蘇我駅へ向かう。
 早めについて、駅構内で朝食(立ち食いラーメン350円)。
 さらに「ベックス」でコーヒーを飲みながらメールチェックと仕事。

 午前9時40分。
「第三企画室」の編集者、イラストを描いてくださっている木内さんと合流して、JFEスチールの工場へ。

 小学生などと一緒に、工場見学会に参加。
 広い工場をバスで移動しながら見学。
 溶鉱炉から流れ出てくるサラサラの銑鉄。オレンジ色に光を放ちながらコンベアを移動する鉄の塊。
 工場内に敷設された鉄道。ナンバーのない工場内専用の車両。
 重さ2トンの粗鋼のロールをいくつも積み込んで移動する76個もタイヤがあるトレーラー。
 岸壁近くで山になって保管されている鉄鉱石、石灰石、石炭。
 鉄鉱石の粉塵で工場中が赤茶けている。
 ヘルメットをしてトランシーバーで説明を聞きながら狭い階段を移動し、1000度の鉄が起こす熱風の上を渡る。
 不景気のせいで熱間圧延工程は動いていたがその先の冷間圧延工程は操業を休止している。おそらく溶鉱炉は温度を維持する程度の生産だけを続けている。

 12時終了のあと、隣接するショッピングセンターのサイゼリアでランチ。

 いったん帰宅して、午後4時過ぎに黄金町のスタジオへ出勤。
 午後9時まで仕事して、少し夜遊び。

2009年08月03日

髪を切る

 朝一番、午前10時、美容院。
 二ヶ月ぶりに髪を切る。

 午前11時過ぎ、朝昼兼用の食事は「すき家」の牛丼。味噌汁とお新香をつけて400円。

 その足でそのまま黄金町のスタジオへ。
 終日、淡々と仕事。

 腕時計の電池の交換とか、メガネのフレームの修理とか、郵便局の払い込みとか、やるべきことはいろいろあるのだけど、そういう雑事より小説書く環境に自分を置いておきたいのだな。

 午後9時、帰宅。

2009年08月02日

「僕と演劇と夢の遊眠社」

 夢の遊眠社の創立メンバーで現在東京芸術劇場(芸術監督が野田秀樹)の副館長・高萩宏さんが「僕と演劇と夢の遊眠社」(日本経済新聞出版社)を上梓したので、出版記念パーティに招かれて行ってきました。

 250人ほどの大パーティ。
 演劇関係者が中心で小田島雄志さん、扇田昭彦さんなんかも発起人。
 野田秀樹も発起人だけど来なかった。(笑)
 結構、平均年齢の高いパーティ(笑)

 途中、遊眠社初期のメンバーということで、田山涼成、上杉祥三、松浦佐知子、川俣しのぶの俳優陣と並んでステージ立ち、ちょっとスピーチしました。

 帰りに電車でさっそく読み始めたけど、けっこう面白い。

 演劇を、内容に妥協せずにきちんとペイするビジネスにしたという意味で、夢の遊眠社とプロデューサーだった高萩宏の功績は、やっぱり大きいものだと再確認した次第です。

 よい芝居と商業性は対立すると、当時の多くの演劇人は決めつけていたところがあった。
 演劇というのは金にならない、とみんなが思いこんでいた中で、はっきりとその点を変革したのは、(友達が書いた本であるということを別にしても)日本の文化史の中でやはり、記録されておくべきことで、その意味で、よい本だと思います。

 遊眠社にいたことはやっぱり僕の人生に大きな影響を与えています。
 芝居の世界でも、文学座とか、青年座とか、そういう既存のエスタブリッシュメントはあったのだけれど、そのまったく外に、新しく道を創ることができるのだ、ということを実際に体験したことで、僕の人生の選択は自然に広くなった。
 目的に到達するために、道を選ぶだけでなく、場合によっては道から造ればいいのだ、と。
 遊眠社は、演劇に於けるアントレプレナーシップそのものだった。

 あらためて、よい友人に恵まれていい時間を過ごしたのだと、思いました。

 何人かの友人たちに久しぶりにあったけど、考え事をしたくて、まっすぐに帰ってきました。

2009年08月01日

神奈川新聞花火大会の日

 いつもより早め、午前11時前にスタジオへ。
 建物の中では、雑誌か何かの撮影をしている。
 スチル写真なのに、結構大がかりで十人以上スタッフがいる。
 スタイリストの助手っぽい男性が洋服にスチームアイロンをかけていたり。

 僕は通り過ぎるだけで、自分のスタジオに籠もる。

 最初の仕事は、マルチトラックレコーダーの修理。
 ミキサー部分は完璧に動作するのだが、レコーダーの部分のモーター音がうるさい。ミキサーしか使わないのだから、モーターの配線を切ってモータが動作しないようにすればいい。
 というわけで、ネジを10本ばかり外して中を開け、モーターの配線を探してカット。
 配線を探すのにけっこう時間がかかり、関係ない配線も切ってしまったりしたけど、2箇所目のカットで用が足りた。
 修理というより破壊だけど、これで静かな4チャンネルミキサーが手に入ったというわけ。
 テープレコーダーの部分は、駆動用のゴムベルトが切れて、ドロドロになって手にべったりついたりして、それがいちばん厄介だったりして。(笑)

 その後は、ずっと長編の執筆。
 どうしても連載の〆切に追われてしまうので、放っておくと長編が進まないことになる。それでは困るので、結構、必死である。

 夜は、神奈川新聞花火大会。
 みなとみらい地区は6時から交通規制になるので、6時前に帰宅。
 あたりは人間だらけで、黄金町よりかなり気温が高い。
 昨年は27万人だったそうだけど、今年は山下公園の花火が中止で、その文の人までくるから、さらに人出が多くなるんじゃないかな。

 いつもの秘密の場所で花火見物。