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2010年04月30日

いすみ鉄道に行ってきた

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 千葉県に、いすみ鉄道という鉄道がある。
 ここで自腹で700万円支払って運転士になりたい人を募集している。

 3年前に書いた拙著『D列車でいこう』(徳間書店)と同じアイデアだ。
 いすみ鉄道の経営陣が『D列車でいこう』を読んだかどうかは知らないけれど、どちらにしても小説に書いてあることが現実に起こっているわけだ。

 というわけで、いすみ鉄道を訪ねてみた。
 4月30日、連休中といえば連休中ともいえる平日。
 午前7時過ぎに横浜を GB250 で出発。
 午前9時、アクアライン経由でいすみ鉄道大多喜駅に到着。

 この駅はちょうど上下線がすれちがう場所になっているので、線路も2本とホームも2つ。
 それに操車場にもう1トラック。

 ボランティアの人が咲かせているらしい草花とか、なんとなく一所懸命な空気をまとった田舎の駅だ。

 列車はワンマンで運行されているので、改札はなく、ホームへは自由に出入りできるのだけど、「撮影などの目的でホームへ出入りする場合は入場券をかってください」と書かれている。
 経営の苦しい鉄道に少しでも協力しようということで、さっそく入場券(170円)を買って駅構内に入った。
 運よく、間もなく両方向から列車が入って来て、ゆっくり時間をかけてすれ違っていく姿を見ることができた。
 ポイントは手動らしく、列車が通過するのに合わせて、駅舎から作業着を着た人が出てきて、線路に立って操作していた。

 卓上カレンダー(300円)を買い、メッセージカード(1枚100円)に『D列車でいこう』の宣伝を書いた。

 ゆっくり時間を過ごしても時刻はまだ午前10時。
 駅前に食堂のようなところがあって、「閉門」という札がかかっているけど、人がいて入口は開いている。
 午前11時オープンなのだそうだけど、無理を言って「かき揚げそば」(530円)を食べさせてもらった。

 今度はゆっくり時間をとって、列車にも乗ってみよう。

 午後12時30分、横浜に帰着。
 天気はよかったけど、けっこう空気は冷たくて、身体が冷えた。
 首都高の交通量の多いところもあったけれど、まったく渋滞には出会わなかった。

 いったん自宅に寄ったあと、仕事場へ出る。

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連載小説「第三企画室、出動す」一周年

 昨年の5月11日から始まった「第三企画室、出動す」が連載1周年を迎えた。

 小説の連載は阿川大樹として初めてで、しかも、周期が週刊というヘビーな(当社比)連載ができるだろうか、と不安もあったけれど、編集担当者のサポートのおかげで、一年間で第52話まで迎えることができたのは感慨深い。
 すでに分量でいえば400字詰め原稿用紙換算で700枚になっている。
 その間、日経ビジネスオンラインという経済記事中心のメディアで、異色であるフィクションコンテンツであるにもかかわらず、読者のみなさんから愛想を尽かされることもなく、むしろ、固い支持をいただいてた。

 根が理科系なので数字があると分析してしまうわけだけど、第52話は掲載日のアクセス順位が2位、本日金曜現在の週刊ランキングでも8位と、著者も驚く検討ぶり。

 掲載日である火曜日の順位だけでなく、水曜日木曜日金曜日になっても20位以内に残っているということは、たとえ他の記事を先に読んでも、「第三企画室」は、あとからでも忘れず読んでくださっているということで、著者としては本当にうれしい限りだ。
 さらにいえば、午前0時掲載のコンテンツが、午前2時や午前9時台にアクセス3位以内になることが多い。午前0時の掲載を待って真っ先に読んでくださる読者や、オフィスに出勤してすぐに読んでくださる読者もまたたくさんいる、ということだ。
 
 本当ににありがとうございます。

 作者としては、少なくとも読者のみなさんのお仕事の妨げにならず、望むらくは、なにかしらの糧になってくれればと願うばかりだ。

 毎週小説の〆切がある、というのは、まだ駆け出しの阿川にとって、精神的にも肉体的にもなかなかシンドイことではあるのだけど、多分、小説を書くという行為に、慣れてしまったり楽ができてしまったりしてはいけないと思うので、これからも「慣れていなくて苦労する」状態を保ちつつ、がんばりたいと思っている。

 「第三企画室、出動す」は、こちら から

2010年04月27日

黄金町卓球部

 午後8時、黄金町卓球部に初めて参加。

 先日40年ぶりに買った卓球のラケットのデビューだ。
 恥ずかしい過去(笑)を告白すると、中学校の時には3年間卓球部だった。
 卒業後は何年かに一度「温泉卓球」をするだけで、ほとんど卓球などやったことがない。
 でも、美人卓球部長に誘われて(笑)すっかりその気になり、始める前からラケットを買ってしまったり。(けっこう高かった)

 遊びだからラケットなんてどうでもいい、というのではなく、遊びだからこそマイラケットを買うのだ。
 そうすると、どんなラケットにしようかと考えるところから楽しみが始まる。
 すぐには買わずに何度も用品店に足を運ぶ。
 買ってからは自分でラバーを貼る楽しみがある。
 貼り上がったラケットを眺めてニヤニヤしたり、そっと素振りをしてみる楽しみがある。
「部活」に実際に参加する前に、すでに散々楽しんでいる。
 こういうのがお得な金の使い方なのだ。そういうことを50年かけて学んでいる。

 最初のうち、距離感がおかしくて空振り連発!
 どうなるかと思ったが1時間が過ぎる頃にはドライブをかけて打てるようになってきた。

 でもまだ、いまいちスィートスポットに当たっていない感じ。
(あとでラバーに残った打球痕をみると、ラケットの中心より少し先端よりで打っていたようだ)
 当分はやる度に進歩しそうで、つまりは当分すごく楽しいということが確定しているわけである。
 人間にとって、めきめき自分の進歩を感じることほど楽しいことはない。

 汗びっしょり。こんなに汗をかいたのは久しぶり。

 終わった後は、もちろんビール。
 卓球は1時間で500円、その後はビールと中華で1500円。(笑)

連休返上、決定

 自作の読み込みのため、久々に黄金スタジオに泊まった。
 午前9時起床。朝食はパンと牛乳(210円)

 午後1時、T社編集が文庫のゲラをもって来訪。
 書き換えるべき部分などについて意見交換。
 文庫発売にあたってキャンペーンを打ってくれることになった。。

 社を挙げて重点商品として広告宣伝プロモーションをしてくれる、という話で大変ありがたい。
(そのために初版部数が多くなることも直近の収入が増えるということなので、もちろんありがたい)

 そのかわりに5月連休返上が確定した。(笑)
 僕自身、休みより仕事をしたいのが本音でもある。

 だって中学生の頃に小説家になろうと思って、長い長い回り道の末、40年かけて、やっと小説家になったのだ。
 まだやっとデビュー5年目の駆け出しだ。
 ここで頑張らずにどこで頑張るっていうのだ。

 言ってみれば人生最大の山場にさしかかっているわけで。

2010年04月26日

名言?

 午後、スタジオに歌人・日野やや子さんが来て、対談の収録。
 2時間たっぷりしゃべったので、文字起こしから文章にするのは大変だろうなあ。
 掲載になったら、みなさんにもお知らせします。


本日の自分の名言(笑):

「それほどいい女じゃなくても、裸で目の前にいれば100人中95人の男が勃起するだろう。泣くという行為も、同じように生理的な、人間の本能に根ざしたことだから、〈泣ける小説〉を書くのは、単に技術の問題であり、まったく難しいことじゃない。小説というのはその先にある」

(実際の言葉そのものではないけど論旨をまとめれば)

 明日は文庫化の打合せなので、改稿の議論に備えて自作を読み始める。

『電子書籍の衝撃』(佐々木俊尚)

 先日、帰りの電車で『電子書籍の衝撃』(佐々木俊尚)を読了。

 新書の方も買ってあるけれど、全文を iPod touch のブックリーダーで電子書籍として読んでみた。
 主として電車の中などで読んだのだけど、文庫本などよりも明らかに読みやすい。kindle のような電子インクだったらもっと読みやすいだろう。

 メモなどの書き込みができないのが唯一の欠点(kindleはできる)だけど、タイトルさえ揃えば、これからはできるだけ電子書籍で読みたいと思った。

 著者の書いている論旨は、従来から僕が考えていることとほとんど同じだったので、新しい発見はないけれど、自分の考えが裏書きされたことと、説明のためのケーススタディなど、自分が人に話すときに役立つことがたくさんあった。良書です。
 6月には二箇所で講演・講義をするので、使わせてもらいます。

 もしかしたら電子書籍の時代はあっという間に来ますね。

2010年04月25日

仕事もしている日曜日

 午前8時半、起床。
 暖かいので、近所の公園まで運動をしに出る。
 いつもは平日なので、日曜の朝の人手にびっくり。
 月に一度の朝市が出ていたので、妻を呼びに戻り、一緒に野菜を買う。

 自宅に戻って10分であわてて朝食を摂り、午前11時、マンション管理組合の仕事。
 午後、スタジオに出勤。

 オートバイで出勤途中、少し遠回りしてヨットハーバーに立ち寄る。
 暖かくて風もあり、絶好のセーリング日和だ。(僕には関係ないが)

 知り合いと軽く雑談して黄金町へ。
 今日は小説を書かず、片っ端から事務的なことなどを片づけていく。

2010年04月24日

都内にて誕生会

 オフィスの鍵がない。
 昨夜、新宿に向かう前に部屋を出たところで「ウコンの力」(の類似品)を飲んだ。そのときに鍵を締めたまま身につけなかったのだ。
 というわけで、早起きして黄金町へ。
 自分の部屋の外、かつ、建物の中、に鍵があるわけなので、まず、事務局に建物の鍵を借りに行き、無事、自分の鍵を回収。

 その足で、某国際機関の東京事務所長をしている妻の友人の誕生日会のため新宿へ。
 タワーマンションのパーティールームでの楽しい時間。
 参加者が多彩でそれぞれにひとかどの人たちなので、自己紹介を聞くこと自体が楽しい。いい仕事をする人は話もうまい……かも。
 正午過ぎから午後5時まで、たっぷり濃密な5時間。
 
 食べ過ぎて家に帰ってからの夕食は軽く。

2010年04月23日

久しぶりに日本料理

 ゆるゆるにスタート。
 久しぶりに黄金町のスタジオに出るなあ。
 滞在時間が長いからここで仕事始めて4月15日でちょうど一年だけど、ほとんど自分の家のような感じ。

 午後8時、渋谷某所にて連載「第三企画室」関係者の顔合わせ。
 日経BPの編集担当が変わったので。
 イラストレーターの木内達朗さんとも久しぶりに会う。

 沖縄で飲み過ぎていたので、あまり酒は飲まなかったけど、久々に美味しい日本料理をご馳走になりました。

沖縄経済の闇

 過去数年、毎年1ー3回コザを訪れて定点観測している。
 一時、少し持ち直してきた商店街はこの2年ほどで、また空きが目立つようになっている。
 代わりにいくつかの店舗に、老人向けの施設やデイサービス、そのほか、明らかに行政から金がでているテナントが8店舗以上になっている。
 お客さんから金をもらう商売ができずに、行政から金をもらう店舗ばかり増えている。
 米軍基地問題よりも、こっちの問題の方が根が深い。米軍基地がなくなって各種補助金がなくなったら、沖縄では死人がいっぱいでる。
 米軍基地返還はイデオロギーであってはいけない。
 基地をなくすときには、同時に、自立した経済をつくらなくてはならない。そちらの方が、基地全面返還などよりよっぽど難しい問題だ。

 多額の補助金で経済が根付かず、逆に「シャブ漬け」で補助金依存のメンタリティが蔓延している。この空気を変えるには少なくとも一世代以上かかるだろう。

(難しすぎて政治家はだれも本当には手が着けられない。ほとんどの政治家は経済の素人であることだし)

 折しも、コザ(沖縄市)では、市長選の真っただ中。僕の聞いた範囲では現職の東門みつこ市長は評判が悪い。
 はたして結果はどう出るだろう。

2010年04月22日

沖縄から横浜へ

 午前8時半起床。
 いよいよ沖縄を後にする日だ。
 夕方の便で帰る小林淳子が、二階の部屋から起き出してきてコーヒーを淹れてくれる。
 朝食はサンエーで買っておいたパン。

 午前10時前、ゲストハウスを出て胡屋のバス停へ向かう。
 午前11時過ぎ、おもろまち駅到着(760円)
 ゆいレールにて那覇空港へ。(260円)

 空港ラウンジでメールチェックなど。

 1週間、テレビは見ないし twitter もまったくといいほどやらなかった。
 こういうものは必要ないのだと実感する。人間は「遊ぶ」動物なので、必要がないこともするものではあるけれど。

2010年04月21日

コザ、最後の夜

 コザ滞在最終日。

 会うべき人にもだいたい会えたし、至近の締め切りもないし。
 というわけで、ゆるゆるの日。
 二階の居間の畳の上でごろ寝をしていると、南国の風が吹き抜けてゆく。

 ブランチは「すばやーケンサン」で沖縄そば(450円)。
 コリンザのがらんとしたテーブルで、マンションの管理組合の仕事。
 近くのコールセンターの従業員が同じ場所でくつろいでいる。

 午後8時前、旬鮮伍八へ。
 コザに来て以来、ご主人Sさんから、小林淳子が沖縄民謡について、いろいろと教えてもらっているので、お礼をかねて。

 午後10時、一番街に戻って、ハナちゃんの屋台に立ち寄る。

 ハナちゃんは浅草出身のナイチャーだけど、コザで彼女を知らない人はいない。FMコザのパーソナリティでもあるし、町のイベントでは必ず手伝っているし、神出鬼没でどこにでもいる。
 町のあちこちで彼女に一日5回以上会うのだって珍しいことではない。
 去年は、そんな彼女が病気で姿を見せなくなっていた。
 ところが、一番街のシャッターの前で屋台をやっていたのだ。

 コザについた日から、その前を何度も通っていたけど気づかなかった。病気で15キロもやせていたから。
 そこにいたのが彼女だってわかったのは、今日の昼になってからだ。

 もう酒は飲めないので、グレープフルーツジュース(100円)を頼む。
 そしたら近所のおばあがくれたというバナナをたくさんくれた。
 いいちこ200円、オリオン缶ビール300円、と薄利の商売をしているのに、まるでエビタイだ。
 ハナちゃん、ありがとう。

 最後はパーラーりんりん。
 もう酒は飲めないので、ウーロン茶とうっちん茶(各250円)
 おなかいっぱいだというのに、みんなが食べ物を分けてくれる。

2010年04月20日

連載モードつづく

 本日も連載モード。
 しかし、起きた時点での体調があまりよくない。

 それなりにこつこつ。
 すばやー・ケンサンで「ちょい辛すば」(480円)
 中央パークアベニューの Asian Flavers でコーヒー(400円)を飲みながら、原稿書き。あるのは知っていて初めて入る店だったけど広々とした気持ちのいいお店。
 コリンザ1Fのテーブルで原稿書き。(タダ)
 330号線沿いのモスバーガーで原稿書き。(コーヒー220円)

 帰りにローソンに寄ったら駐車場でサーミーに会う。
 コザは狭い。

 半分ほどまで進んだので、いったん帰宅。
 トンカツを食べると原稿が書ける、というジンクスがあるので、夕食は「定食丸仲」の「トンカツ定食B」(通称「カツB」650円)
 ここのトンカツは分厚い肉をたたいて薄く延ばしてフライにしてあるので、食感が僕の好きなハムカツに似ているのだ。

 午後10時過ぎ、残り3時間くらいでできる感じになって、小休止。
 居間で小林淳子とゆんたく。
 彼女もすっかり沖縄になじんでいる。

 午前0時20分、Kさんから、電話がかかってくる。
「一緒に飲まない?」
「ごめん、仕事中」
 午前0時25分、照喜名薫から電話。
「いま、りんりんにいるけど」
「ごめん、仕事中」
(りんりんは歩いて30秒だ)

 それにしても夜半を過ぎて誘いの電話かい。それも2件も。

 午前2時半、連載原稿が完成。
 照喜名薫に電話。
「どこにいる?」
「シュンにいるけど」
「これから行くけど」
「俺はいないかもしれないけど」

 シュンに行くと、薫はいなかった。
 明日から、東京ツアーだしね。

 午前4時、シュンのマスター
「ジャンバラヤ、いったことあります?」
 ジャンバラヤというのは、60sのライブをやっている飲み屋で、午前0時開店、午前6時(公式には)閉店、という、内地では考えられないとんでもないスケジュールの店。

 ピークは中の町の店が終わってバーやスナックの人がやってくる午前5時過ぎだといわれている。

 かなり眠くなってきたので、30分ほどで先に帰らしてもらう。

 帰宅して、先ほど仕上げた原稿を改めて読みなおして確認。
 細かいところに少し手を入れてから、編集者宛に送る。
 はい、この時点で連載の締め切りクリア。

 午前5時、おやすみなさい。

2010年04月19日

昼、執筆。 夜、飲み。

 午前10時、「にれ」がすごく名残惜しそうにコザを去っていく。
 すっかりコザのマジックにはまったらしい。

 バス停で小林淳子と一緒に彼女を見送ったあとは、僕は定例月曜火曜の「連載小説モード」に突入。

 ゲストハウスではデスクというものが確保できないので、食事をしたりして執筆場所を確保するように店をホッピングしていくのが、コザで仕事をするコツ。
 しかし、正午から開いていて長居ができる「オーシャン」が閉まっているのがつらい。

 まず、Sideways でランチ(コーヒー付き780円)。
 しばらく執筆。

 中央パークアベニューを突き抜けたコリンザの屋上へ行って、そこから嘉手納基地を見る。
 コリンザは失敗した第三セクターの箱ものの典型。
 いまでは、ハローワークと、むりやりテナントになっている行政関連の組織、あとは100円ショップ、それにコールセンター。

 がらんとしたフロアに、喫茶店にあるようなイスとテーブルが、うめくさに置いてある。

 それがなんと執筆場所にぴったりではないか。しかもタダ!!

 というわけで、そこを次の執筆場所にして、夕方まで原稿書き。
(もってきたHHKBもつないだのだ)

 午後8半、サーミーの店「海鮮居酒屋ちゃぼ」へ。
 サーミーは一時期音楽をやめていて、12年間和食の修行をして店を開いたのだという。
 いまは、みんなに引っ張り出されて、ギタリストとしても活動している。
 今夜の飲みのメンツは、ひがよしひろ、コウゾウ、小林淳子のミュージシャン3人にミュージシャンでない僕、という組み合わせ。
 途中からお母さんが民謡歌手のSさんも加わって、沖縄の音楽の話とか。
(コザでは、どの店へいってもすぐに知り合いに会うので、飲み会のメンツはどんどん増えていく。


 そちらは午前1時半にお開きにして、PEGに顔を出して帰宅。

 僕は執筆モード中なので、10時過ぎからはほとんど飲むのをやめていたけど。

2010年04月18日

沖縄 コザ4日目

 帰宅は午前5時前だった。起きたのは午前11時。
 居間でゲストハウスの管理人のY君がジャンベを叩いていたので、僕はカホンを叩いてセッションをする。
 コザの朝は音楽で始まるのだ。(笑)

 上の階の歌姫2名も起きてきたようだ。
 いっしょに弁当の残りを食べる。

 午後1時半。
 PEGで知り合った居酒屋のご主人Sさんの車で、宜野湾マリーナへ。
 ギタリストの南風太さんのモーターボート(整備中)の周りで、本年最初のバーベキューパーティ。(会費1000円)
 ホテルの厨房から仕入れたイベリコ豚と、米軍基地から仕入れた骨付き肉だ。
 豚汁までイベリコ豚。
 しかしイベリコ豚はめちゃめちゃうまい。焼きたてはもちろん、海辺の風で冷めても豚の脂の臭みがまったくない。

 照喜名薫はリハーサルのため、先にいなくなり、僕らは美浜アメリカンビレッジでドロップしてもらう。
 姫たちとわかれて、僕は、スターバックスで2時間ほど原稿書き。
 連載エッセイを書き上げる。

 午後7時半、ライブハウス「MOD’S」で「城間健一 & King Voices」のライブ。(ライブチャージ2000円、飲食700円0
 ツインギターの一人が照喜名薫。

 4月23日、東京・調布グリーンホールで同バンドのコンサートがある。このライブはその仕上げ。
 調布ではチケット4500円のところ2000円で聞けたわけなので、2500円のお得。(笑)
 
 午後11時半過ぎ、コザへもどりパーラーりんりんへ行くと、ちょうど電気が消えたところ。
 沖縄ではそれで「ああ。残念」などと引き下がらないのが流儀。
 案の定、中では、常連たちが10人ほど飲んでいる。

 薫、サーミーのギター、りんりんパパのベースで、小林淳子や「にれ」もちょっと歌ったり。
 僕はサーミーにギターを教えてもらう。
 午前3時、やっとお開きになった。

2010年04月17日

沖縄 コザ3日目

 午前10時起床。
 昼過ぎになって、定点観測へ。

 昼の中の町。

 さらに、「にれ」の希望で銀天街。
 銀天街は、各地のシャッター通り研究家である阿川大樹おすすめの(当社比)日本一のシャッター通り。
 
 全国のシャッター通りファンが涎をたらして喜ぶ筋金入りのシャッター商店街である。

 どのくらいすごいかというと、アーケードの柱が根元で腐っていて危険だが、取り壊す費用も出せない、という。

 ついには行政が視察にきて、国道拡張のおかげでやっと入り口部分だけ取り壊しができた、というくらい、もうすでにどうにもならない商店街なのである。
 中はさながらダンジョンであり、007の映画で追跡シーンに使ってもいいくらい。
 ベネチアの裏路地にアジアの猥雑を加え、そこに中性子爆弾を落として、生物をすべて死滅させたあとの感じ。

 客と店員あわせて、そこにいる平均年齢は80歳を越えるかもしれない。
 冗談みたいだが、その中に爬虫類専門店まである。いやあ、なんて念の入った演出なのだ。
 
 アーケードのはずれには小さな公園があり、ものすごく立派なトイレがある。
 池がしつらえてあり、壁の噴水約15カ所から水が滝のように流れているように作ったらしいが、経費がかかるためか、水は完全に涸れている。
 つまり、行政がお金の使い方を間違えているのだ。
 立派なトイレをつくっても、人は来ないし、シャッター通りに店は増えない。

 タクシーで北谷の「カラハーイ」へ。
 りんけんバンドの中心メンバーである「かーつー」さんから招待をいただいて、初めてのりんけんバンド。

 立派なライブステージと客席のあるお店。本土の基準からすると飲み物や料理も安い。
 りんけんバンドは、アーチストというよりもエンターテインメント。ラスベガスのショーを彷彿とさせるよく錬られたショーだった。
 本日到着の小林淳子とそれをコザで待っていた「にれ」はアンコールの直前に滑り込みセーフ(ほとんどアウト)で合流。
 上原知子(照屋林賢夫人)の歌が良かったので、CDを買ってサインしてもらった。

 タクシーでコザへもどると、午後11時前。
 GATE 2 GARAGE 、JET とライブハウスをハシゴ。
 中の町、SHUNで軽く腹ごしらえをして、PEGへ。
 いつもはコザにきても、仕事以外にはあまり何もしないのだけど、今回は、歌手2名を、毎日、観光案内(?)しているので、ものすごく盛りだくさん。

 沖縄だからひとつひとつは安いのだけど、4軒5軒とハシゴするので、飲食代がどんどんかさむなあ。
(肝臓も疲れる)

2010年04月16日

沖縄 コザ2日目

 午前9時目覚める。
 旅の疲れ(?)でなんとなくシャキっとしないけど、11時前に始動。
 近くの喫茶店で仕事。

 12時半、オーシャンで昼食を執り、そのまま仕事。
 3時過ぎ、PEGを借りて仕事の続き。
 午後8時、長編の第二稿完成。
 店の回線を借りて編集者にメール。
 5分後に「受け取りました」のメールが帰ってきた。(月曜まで延ばさなくてよかった)

「島ごはん」で夕食を食べて「オーシャン」へ。
 ひがよしひろと合流。
 久しぶりに彼の歌を聴く。
 のち、横浜でのライブについて、打ち合わせ。
 ギタリストのTARAちゃん、三線製作者の照屋林次郎(照屋林助の次男、りんけんバンドの照屋林賢の弟)に会う。
 午前0時前、「JET」に移動してロックのライブを聴く。そこでも地元の知り合い数人に会う。
 コザでは商店会の八百屋さんのお年寄りも、アメリカ兵に混じって、ロックのライブを聴いているのである。
 まあ、そもそもハードロックは若者はあまり聞かないといえば、そうなのだけど。

(ハードロックはいまでは中高年の音楽なのでオヤジ「なのに」ロックを聴いているとかロックバンドをやっている、というのは別に「若い」という意味はまったくない。オヤジ「だから」ロックを聴いているということなので、そこのオッサンたち、そこんとこ間違えないように)
 
 午前1時に店が終わって、PEGに移動。ギタリストのサーミー、ベーシストのコウゾウがいる。
 サーミーがセッションにつきあってくれて、ちょっとギターを弾く。

 コザでは音楽はとてもカジュアルなので、超一流のプロ・ミュージシャンが、僕のような非プロと気軽に遊んでくれる。

 午前4時を過ぎて帰宅。
 本日も音楽まみれだった。

2010年04月15日

沖縄へ

 ばたばたしながら午前11時をまわって出発。
 YCATでチェックイン。
「手ぶらサービス」という荷物のチェックインは3月末で廃止になっていた。

 全日空129便で沖縄へ向かう。
 機内サービスも水と温かい日本茶以外は有料になっている。
 航空会社もサービス競争から徹底した生き残り競争に変わってきている。
 いまどき飛行機といっても別に贅沢なものではなきのだから、基本的に移動手段として、安全に目的地まで行くことができればそれでいいよね。

 午後4時前、那覇空港に到着。
 ゆいレールにて旭橋へ。
 バスセンターから77番のバスでコザへ。
 夕方のラッシュに入ってしまって、コザまで1時間半もかかってしまった。

 ゲストハウスにチェックインして、さっそくオーシャンへ。
 オリオンビールに絶品のタコス。

 なな、なんと、年中無休のオーシャンが、17日から22日までお休みなんだと!
 ニューヨークへ新婚旅行?らしい。
 ということは阿川大樹にとっては、昼間の仕事場がなくなるということではないか。

 パーラーりんりんへ移動。
 例によって地元のいろいろな人に会う。
 りんけんバンドのかーつーさんから土曜日の北谷カラハイのライブに招待される。 なんともありがたい。

 午後10時をまわったので、バーPEGに移動。
 ひさびさに照喜名薫に貸している自分のギターと対面。

 照喜名薫は、城間健一のツアーで21日から東京だそうだ。

 午前2時をまわったところでゲストハウスに戻る。

2010年04月14日

iPad がやってきた

 沖縄行きが近づいているので、ここのところ夏物衣料を引っ張りだして衣替えモード。
 タンス臭くなっているといやなので、朝一回、夜一回、どんどん洗濯機で洗って干す。

 ひたすら長編の通し読み。
 夕方、iPad がやってきた。
 ようするに友人がハワイで買ってきたのを自慢しに立ち寄ったわけだが。

 まあ、大きな iPod touch だけど、その大きいというところが大きな違いであることは確かだ。
 これで6万円は安い感じがする。

 4ー5万円のネットブックの一部は食われるだろう。
 オーサリングにはパソコンの方がいいけど、メールもネットも、ブラウジングなら iPad の方がいい。
 居間のパソコンならこれだ。

2010年04月13日

帰り道は遠回りをして

 昨日の寒さは何処、という暖かさ。

 まもなく沖縄へ向かうので、家にいる時間に衣替えをし始めている。
 半袖、短パン、かりゆしウエア、なんかを引っ張りだしてきて、選択し直す。
 仕事に出かける前と、帰ってきてから、1日2回、洗濯をして干す。

 オートバイで仕事場へ向かう。
 ちょうどいい気候だから、遠回りをしたいけど、締め切りなので自重する。

 昼食はすず家でたぬきそば(450円) 夕食はコンビニ弁当(498円)

 23時57分、原稿が仕上がった。

 緊張を抜くために、ちょっとギターを弾いてからスタジオを後にする。

 まだ寒くなっていないので、念願の(笑)遠回り。
 黄金町から磯子のヨットハーバーを経由して、本牧通りから山下公園、赤煉瓦倉庫経由みなとみらい。
 本牧の桜はすっかり緑になっていた。

 事業に失敗して貧しい暮らしをしていた父に上咽頭ガンが見つかり、ついの住処が黒ずんだ都営住宅では、と、両親は本牧の公団住宅に移ったのだった。
 その父がなくなって、自分の年金だけで暮らしていくために、いま、母はもう少し家賃の安い公団に移っている。
 本牧は本人を含め家族がガンとつきあうためにだけ住んだような場所だけれど、窓からも見える通りの桜はすばらしいのだ。
 そういえば、父は、本牧の桜を何度見ることができたのだっけ。

 午後1時半まえ、自宅に到着。

 花びらを緑追い越す桜葉の
    今こそ我が主役といわん

2010年04月12日

連載執筆の日

 四月だというのにやたらと寒い。
 ヨットの日曜日が暖かかったから良かったようなものの、ものすごい温度差だ。

 月曜と火曜は原則として連載「第三企画室」の日。

 火曜午前零時掲載の校正が午後にある。それを読んでチェックをして、次の回に着手すると、頭がうまく切り替えられて、比較的時間の無駄がないのだ。

 午後6時、三ヶ月半ぶりに髪を切る。
 黄金町駅近くの美容室。
 値段も高くないし、次もここでいいかもしれない。

 夕食の弁当を頼もうと思ったらお弁当屋さんはお休み。
 聚香園で五目野菜炒めの定食(650円)

 連載は1回あたりおおよそ原稿用紙15枚くらいである。
 最初の4枚くらい書くと頭の中では最後までイメージが固まる。
 そして、実際に書くとそのイメージよりもよくなる。

 というわけで、イメージができたところで本日は打ち止め。

2010年04月11日

やっと、ヨット

 午前7時前に目覚める。
 洗濯機を回している間にシャワー。

 午前9時、家を出る。
 何と今年初めてのヨット。
 ほぼ放ったらかしだったので、まずバッテリーが死んでいる。
 ディーゼルエンジンのベルトがスリップしているらしく黒いゴムの粉がエンジンルームにたまっている。
 というわけで、ベルトのテンションを調整。
 オイルの量を確認。エアフィルタを確認。

 そこまでやって、こんどはさっそく車で買いに行く。
 車と違って、ヨットの場合、バッテリーを積むスペースは割と自由なので、ある程度以上容量があれば、あとは値段との兼ね合いで選べばよかったりして。
 ダメになったバッテリーは105Aのものだけど、70A以上ならいいので、今回は韓国製の85Aのものを14800円で購入。

 ハーバーに戻って、近くの釣り客向けの食堂「浜ちゃん」でカツカレー(850円)

 というわけで、1時半過ぎ、やっと出港。
 わあ、なんか久々に海に出る。ただただ、うれしい。

 セールを揚げたけど、風はなく、ただただエンジンで走る。
 それでもなんとなくうれしい。
 けっこう汗をかいた。

 帰り道、スーパーとホームセンターによって買い物。
 ずっと仕事が忙しかったので、いろいろなものが不足している。
 昆布とか生姜とかコンソメの素とかミューズとかドメストとかラップとか。

 夕食はビンチョウマグロの刺身、ヨコハマハムの焼き豚。

 午後9時ー10時半、管理組合の会議。

2010年04月10日

上海料理「揚子江」 (関内)

 玄関のインテリアについて、妻につきあって「そごう」に。
 途中、ジャックモールのノジマとニトリに立ち寄って徒歩で。

 黄金町まで電車で行き、スタジオから桜を眺める。
 仕事じゃなくて、景色を楽しむ時間。

 そのまま、伊勢佐木町を6丁目から1丁目まで歩く。

 午後6時半、関内の「揚子江」にて夕食会。
 黄料理長の本格上海料理。
 決して豪華な材料ではないのに、どこにもない美味しさを出す。
 素材の味は生きているのだけど、その活かし方の舞台裏が見えない味なのだ。

 途中から黄さんも、飲みに参加して、夜半近くまで。

 完全にオフの日。

2010年04月09日

編集者来訪

 午前8時前に起床。
 100円ローソンにサンドイッチで朝食。

 正午、徳間書店の編集者2人が、引き継ぎのために来訪。
「D列車でいこう」「フェイク・ゲーム」でお世話になったTさんが、電子出版に移動になって、代わりにMさんが新しく担当に。
 近くのアーチストカフェ「LCAMP」へ移動して夏野菜の野菜カレー。

 ふたりが帰った後、いよいよラストシーンに入る。
 本日も好調で、夜になって、ついに改稿作業完了。
 あとは通し読みを残すのみ。
 ああ、ほんと長かった。疲れた。

 家に帰ってから両面印刷。
(仕事場のレーザープリンタでは片面印刷しかできない)

2010年04月08日

映画監督来訪

 早い時間、なんとなく調子が出ないうちに午後3時を過ぎる。
 友人の山田あかねさん(小説家で映画監督で脚本家でテレビディレクター)がやってくる。

 一緒に、川向こうのシネマ・ジャック&ベティの梶原支配人を訪ねる。
 僕が支配人に話をつないで、5月15-21日の期間、映画「すべては海になる」を上映してもらうことになり、集客のためのイベントなどの打合せ。

 そのまま早めの夕食(山田監督はそれが朝食だったそうだけど)を聚香園で。
 久々に同業者(小説家同士という意味)と話をして、楽しかった。

 午後8時前に別れて、仕事場に戻る。
 ビールを飲んだのではじめちょっと眠かったけど、1時間ほどで調子が出てきて、長編改稿の最後の部分を書き継ぐ。
 調子がよいので、そのまま、スタジオに泊まる。

 ナイトキャップは角ハイボールの缶と魚肉ソーセージ。
 昭和な感じで眠りに就く。

2010年04月06日

遠回り


 朝起きて暖かいので、オートバイで20Kmほど離れたパン屋「薫々堂(くんくんどう)」まで、出かける。

 2002年のワールドカップのボランティアで一緒だった仲間がオープンしたおいしいパン屋さん。

 パン屋の主人・亀山裕子さんのことは拙著ワールドカップは終わらない」にも書いている。

 何年かぶりに訪ねると、駐車場も3台できて、店もきれいになっている。
 夫婦で焼いているここのパンはほんとに美味しい。
 進取の気風と生真面目さを兼ね備えた職人技が、きちんと世間に評価されているのが、僕はとてもうれしかった。

 裕子さんはちょうどおめでたで休んでいて、出産後初めて店に顔を出したところとかで、そんなタイミングで会えたのは幸運だった。
 人の幸福を目の当たりにするのはいいもんだな。

 いつもは3kmの距離を40Kmばかり遠回りして仕事場に到着。
 さっそくランチには薫々堂のパンをいただく。

 月曜火曜は連載モード。
 午後10時過ぎ、原稿を送って帰宅。

2010年04月05日

桜三昧

 大岡川は桜の名所である。
 僕の仕事場「黄金スタジオ」は、その真っ只中にある。
 だから、スタジオにいるあいだじゅう、僕は名所の桜を見て暮らしている。
 さらに、このスタジオへの通勤路の3割ほどは大岡川沿いだから、通ってくる間にも桜を見ている。

 人生で、これほど長い時間、大量の桜を見たことはない。
 おそらく、ふつうの人の一生分くらい、この春だけで見てしまったと思う。
 僕が「桜時間」と「桜量」で負けるとしたら、上野公園のホームレスの人たちくらいだろう。

 桜に限定すれば、もはや僕はこの世に思い残すことはない。(笑)

 あれだけ桜が好きで「死んだら桜の木のそばに墓を建ててくれ」と言って死んでいったのに、そして、たしかに松坂の山の上の桜の木の下に奥墓を建ててもらったというのに、肝心の桜の木に勢いがなく、僅かな桜しかみることができないでいる、あの本居宣長に見せてやりたいくらいだ。

 川面満つ月も隠さん花筏。

2010年04月04日

黄金スタジオにも、人、人、人

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 午前10時過ぎ、黄金スタジオ到着。
 すでに、大岡川沿いは人出がいっぱい。
 界隈は普段の千倍から一万倍の人出である。

 本日は、「阿川大樹 presents WEB9.TV」というイベントの主催者兼プロデューサー兼サウンドエンジニア兼小遣いさん。(笑)
 
 スタジオの前にPA装置をセットして、TSUBOKEN & tossii のライブ。
 すごい人出に、TSUBOKENさんの目の色が変わっている。(笑)
 ふだんは一時間に3人通れば多い方というこの辺りだが、この季節は渋谷109並に人が通るのだ。

 都合3回のステージで、用意したCDも売り切れ、花冷えで寒かったけど、盛況でした。

 生tossiiはかなりの美女なので、遠くから来ているオッカケさんやら、初めて聴いてCDを買ってサインを求めるオジサンファンが多かった。(笑)
 片付けが終わったところで、友達がやっている屋台を回る。
 山梨白州の水で焚いたご飯と有機タマゴの「玉子かけごはん」(300円)とか、注文を受けてからパティを焼き始めるボリュームたっぷりの本格ハンバーガー(おかわり自由のスープ付き300円)とか。

 連載の校正を済ませて、午後8時過ぎ、帰宅。
 早く寝て早く起きるのだ。

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仕事場の窓の外はこんな感じ。
僕がガラスのこっちにいるのに気づかずにイチャつくカップルもいたりして。

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いつもの黄金町とは思えない人出

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インターネット・テレビ WEB9.TV 収録中

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収録中もどんどん通り過ぎる人たち

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そして、立ち止まって聴く人々

2010年04月03日

桜は大岡川、司会は阿川

 今日から大岡川桜まつり。
 福富町西公園にて、オープニング式典のあと、芸能舞台。

 伊東純子さんデザインの「日ノ出ツーリスト」ユニフォームを着て司会。
 合計11組の出演者。まさに玉石混淆。

 年配女性のフラダンスとか、小学生のブラスバンドとか、モズライトでベンチャーズを弾く還暦過ぎのおじさんとか、それはもう「上手とは言えない」のだけど、でも、とても楽しかった。

 人が楽しくなることのお手伝いができるのは楽しい。
 小説を書くことも同じなのだけど、小説は読んで喜んでくれている人の顔が見えないから。

 それにしても、朝10時から午後4時過ぎまで立ちっぱなしで、司会のはずが舞台監督みたいなこともやったし、相当疲れた。
 夕方、仕事場に戻ったときには、へとへと。
 昼にもらったお弁当をやっと食べ始めたところで、少しずつ体力がもどって来た。

 午後5時半、歌人の日野やや子さんが、5月のイベントのチラシを持って来訪。

 来る5月9日(日)、黄金町の阿川大樹のスタジオで「短歌で絵ハガキをつくろう」というイベントを開催します。
 短歌なんて初めて、という人にぴったりのイベントです。
 詳しくはまたいずれ。

2010年04月02日

千客万来だけどOK

 午後1時過ぎ、大岡川桜まつり実行委員長来訪。
 明日の司会のための資料と段取りの打合せ。

 午後3時、芸大の大学院の学生さん来訪。
 東京工芸大の公開講座を聴いてくれた人で、小説執筆ツールの開発をしたいということで、説明とか意見交換とか。

 夜になって、バイク仲間が立ち寄る。
 借りていたバッテリーのパルス電流付加装置を返却。

 割り込みが多くて執筆時間は短かったけど、調子は戻っている。
 悪くない。

 昼はマクドナルドでテキサス・バーガー・セット(580円)
 夜は聚香園で、白身魚の甘酢炒めの定食(700円)
 午前0時前に、カップ焼きそば(105円)

 午前二時前に帰宅。

四月馬鹿のまわりの馬鹿

 4月1日の午前0時になったとたん、twitter にエイプリルフールの話題が流れ始めた。
 わずか2時間後の午前2時には、ニュースサイトには、「エイプリルフールのまとめサイト」なるものが登場。

 あのさ、根本的に間違っていないか。

 エイプリルフールっていうのは、騙したり騙されたりして楽しむ日だ。

 そもそも4月1日だということを意識していない故に、騙されたりして、それも楽しかったりする。
 いったん嘘だとわかっても騙された振りをしたり、同じ嘘で騙される人をちょっと離れたところで、ほくそ笑みながら見ていたり。

 自分の嘘が本気にされて噂になって広まっていくのを楽しんだり。人の嘘を嘘だとわかっていても別の人を騙すために使ったり。

 そんなことをして、ニヤニヤしながら、一日を過ごすのだ。

 だというのに「絶対に騙されないぞ」という空気を纏って、誰かが嘘をつくと、それをすぐに「それはエイプリルフールだ」と大声で言う人がいる。

 自分が嘘だと気づいても、せめて4月2日になるまで黙っているのが、エイプリルフールのマナーってもんじゃないか。
 いくら言論は自由だとはいえ、人々の騙したり騙されたりする楽しみを奪う権利は誰にもない。

 ネット時代には、ニュースや噂がすごい速度で拡がる。
 だから、エイプリルフールの楽しみも何倍にも増える可能性がある。

 だというのに、午前0時を過ぎてまもなく、ネットは「エイプリルフール」という言葉の大合唱。
 野暮なやつがいるせいで、今年のエイプリルフールは台無しだぜ。

 エイプリルフールにする真相究明ほど馬鹿げたものはない。

 四月馬鹿、黙って騙せぬ野暮な馬鹿。

2010年04月01日

桜、のち、コント

 東横線で都内に向かっていると日吉で前の席に座った女性がいた。

 顔つきもメイクも地味なのだけど、ちょっと凝った黒の網タイツをはいていて、服装も黒。胸の谷間をそれはもうやたらに強調した服装なのだ。まだ午前中だというのに、明らかに夜の服装。それにピンクの上品なレザージャケットを着ている微妙なミスマッチ。
 げに春は不思議である。

 多摩川に沿って2時間ほどずっと歩いてみる。
 多摩川台公園、六郷疎水、川縁の高級マンション、と、次々に、桜、桜、桜。
 日本にはかくも桜が多いのだなあ、と桜のシーズンになるたびに思う。

 躍り出る、桜の木々に、導かれ
    辿る小径の顔ら、ほころびて。

 行き着く先は、大田区民プラザ。
 コント集団 The NEWSPAPER の公演に誘ってもらったのだ。

 ここ3日ほど、まったく意欲が湧かなくて、ゾンビのようだった。

 小説家で、鬱になってしまったり、死んでしまったりする人もよくいるけれど、そういう人の気持ちがなんとなくわかるような感じのする、僕にしてみると新たに体験する精神状態。
(太宰治や川端康成になった気分を少し楽しんだとでも言いましょうか)

 だいたい僕は99%の時間、アグレッシブな人間だし、休息をするにしても、休むために動きたい自分の心を抑えるのに苦労するのが普通なのだ。

 その阿川大樹が、仕事場に出たくないと思ったり、仕事場のパソコンの前に座っていながら、まったく原稿を書く気が起こらない、という精神状態になるのは、ほとんどあり得ない。初めての体験。

 たまたま、少し前に今日のコントのライブに誘ってもらっていて、とっくに原稿が仕上がっているはずだったので、スケジュールを入れてあった。
 原稿は終わっていないけど、現状を打破するにはちょうどいいかもしれない、という予感もあり、朝からスタジオに出ることなく、桜経由で公演会場へ。

 二時間、本当によく笑いました。
 すっきりした。
 小説家って、24時間、読者をどうやって楽しませようかと考えっぱなしの職業なので、自分が受け身になって楽しむ時間がないのだ。
 人と話をしていても、どっか、そういう感じが残っている。
 そんな事に気づいた。

 まったく受け身で、浴びせられる情報を受け取って、そして笑う。
 それが心地よくて、魂の疲れがどんどん溶けて流れ落ちていく感じがした。

 受け身でいるって、こんなに楽なのか、楽しいのか、と新発見した。