整骨院通い
土日月と行かなかったので4日ぶりの整骨院。
左肩はゆっくりよくなっているのだけど、右手首はここ数日よくない。
手首を右に捻ると痛むので、ネジ1本締めるのに苦労。
傷んでいる筋をマッサージしてもらうとそのときはよくなるのだけどね。
サッカーのチャリティマッチ、全日本vsJリーグ選抜を見るために急いで帰宅。
夕食は、厚揚のグリル、小松菜たっぷりのお蕎麦、それにトマト。
ふと思い立って、ロキソニンを服用。
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土日月と行かなかったので4日ぶりの整骨院。
左肩はゆっくりよくなっているのだけど、右手首はここ数日よくない。
手首を右に捻ると痛むので、ネジ1本締めるのに苦労。
傷んでいる筋をマッサージしてもらうとそのときはよくなるのだけどね。
サッカーのチャリティマッチ、全日本vsJリーグ選抜を見るために急いで帰宅。
夕食は、厚揚のグリル、小松菜たっぷりのお蕎麦、それにトマト。
ふと思い立って、ロキソニンを服用。
「新刊展望」の原稿を書き上げて送る。
短いものだけど、地震以降、原稿を書き上げたのはこれが初めて。
なんとか創作頭に切り換えつつある。
毎日目の前に未経験の事実が突きつけられていると、どうしてもインプットモードになってしまって、アウトプットができなくなる。
東日本の放射能汚染についてイメージを掴みたい方は、こちらがお勧めです。
子供の頃、そんなに電車は沢山走ってなかった。
時々停電した。
夜9時には寝ろと言われた。
早く大人になりたいとは思ったけど、その他に不満はなかった。
世界のたいていの場所で、電車はたまにしか来ない。
停電もする。
みな、それぞれの場所で、それぞれ、そこそこ幸福だと思う。
停電しないって、もしかしたら、少しおかしかないか、とふと思う。
午後3時過ぎ、ヨットハーバーへ。
ほんとはオートバイで行くつもりだったけど、寒いので車。
バッテリーを2つ降ろして、充電を頼む。
春の支度だ。
ちかごろ、出艇回数と充電回数が同じくらい。(笑)
あとは、クラブハウスでコーヒーを飲みながら他の船のオーナーたちと、だらだらお喋り。
食料品の買い出しをして帰宅。
夕食は、同じマンションに住む一人暮らしの友人を呼んで鍋をつつく。
オフィスでなくてもできる仕事のフェーズなので、散歩がてら仕事の道具をもって家を出る。
ついでにGPSロガーもポケットに。
で、6kmほど歩いて、気がついたら黄金町のスタジオのすぐ近くに来ていた。
「あんた、どんだけ仕事場が好きなのさ」と自分のなかの「あんた」に聞いてみる。
「あんた」はただにやにや笑ってた。
水道の水に「乳児が飲むのに不適」という放射性ヨウ素が検出された。
乳児がいない人が買い占めに走ると、乳児が飲む水がなくなって彼らを被爆させてしまう、という風に考えない人が、ごく一部とはいえけっこうな数いるのだということがあからさまになって、暗い気持ちになる。
僕はずっと原発に反対してきたし、先の選挙で民主党に投票していないし、そもそも政治的権力がウソやごまかしに満ちているということも知っている。
だけど、いまは政府の批判はしない。
若い人はともかく、56歳まで選挙権を持って生きてきて、こういう国になっていることに、僕は責任を感じている。
僕の望んだ政府であったことが一度もなくても、民主主義の中に生きている僕が、56年かけてこんな国しか作ることができなかったのは、紛れもなく僕自身の責任でもあるのだ。
僕だけの責任ではないにしても。
たとえ、政府の発表する放射線量がウソで、その結果、僕が被爆して命を縮めたとしても、僕はそれを自分の為したことの結果として受け入れる。
(むろん、僕自身の判断がきとんとした根拠をもってできれば、それに従って行動するけれど)
日本が落ち着きを取り戻したら、この国の政府を批判もするし、どうしてこういう国になってしまったのか、多くの人と話をしながら考えていきたいと思う。
けれど、いま、政府の批判はしない。
(たぶん、愚痴は言うと思うけど(笑))
むしろ、どうしたらいいのか、多くの人の語ることに耳を傾け、時に意見を述べ、いまでなければ考えることのできないことを考え、自分よりも過酷な人生を送っている人のために何ができるか考え、そして行動したいと思う。
自分にはまるで責任がないと被害者面をして、あるいはまるで第三者のように、声高に批判を述べるだけの人を、いったん、遠ざけて見てみる。
日本は民主主義国家だ。
日本国政府は日本国民すべてが、選び、雇い入れた、僕(しもべ)だ。
使用人がしでかしたことは雇い主の責任だ。
日本で、選挙権を持っている人は、誰ひとり、その責任から逃れることはできない。
いま、政府をどれだけ批判しようと、誰ひとり、免責にはならないのだ。
この国のオーナーは国民である。
すべての問題は我々自身の中にある。
だから、これからもずっと、考え続ける。僕なりのやり方で行動しつづける。
午後3時から、みなとみらいスポーツパークでフットサル。
2002年、日韓ワールドカップのボランティアで作った球蹴り仲間だち。
この3月で9周年。
(大会は6月だったが、ボランティアはずっと先に始まっていた。くわしくは拙著「ワールドカップは終わらない」を参照)
学生だったやつも僕みたいに最初からオッサンだったやつもいるけど、みんな9年分年取って、結婚したり、してなかったり、転勤したり、子供ができたり。
年代とか仕事とか一切関係なくて、ものすごくフラットに一緒に遊べる仲間がいることがとても心地よい。
僕はこのチームで、生まれて初めてチームスポーツのユニフォームというのを手にした。背番号54番。(対外試合のときしか着ないのでほとんどもっているだけだけど)
GPSロガーをポケットに入れて走ってみた。
7分のゲームを4試合。試合中の移動距離は3.2km強。
一試合平均800m。サッカーの90分に換算すると、10kmをちょっと越える。
終了後は、中華料理で9周年記念の宴会。
ジョギング&ストレッチの為に公園へ出る。
束の間の土曜日の風景。
子供とサッカーのボールを蹴り合う父親。ブランコに付き沿う母親。
平和な風景に、地震のことも原発のことも、少しだけ忘れる。
小一時間、身体を動かす。
明日は、フットサルなのだ。
で、家にもどってきたところで、同業の山口芳宏さんから電話。
「横浜駅にいるんだけど、飲みません?」というお誘い。
ちょっと迷ったけど、楽しいことしてお金を使わないとね。
というわけで、シャワーを浴びる時間をもらって、桜木町で合流。
野毛の「新上海」で食べてのみ、次は「華」。
一人暮らしの山口さんは二ヶ月ぶりに店員以外の人と会話した、ということで、しゃべるしゃべる。
あっというまに午前0時を過ぎました。

どうにも気持ちがどんよりとしている。
創作的なことが全然できない。
(それでもなんとか連載のエッセイを書いて送ったけど)
鬱だ。
地震の、主としてテレビの、影響にまちがいない。
小説家という職業柄か、そもそもの自分の性格そのものなのか、あるシチュエーションに置かれた人の心の中を想像して詳細に自分の頭の中に構築してみる習慣ができている。
被災地域の凄惨な映像を見ては、頻繁にそれを繰り返すものだから、精神が壊れ始めている。
朝からいよいよ、原子力発電所が大変なことになっている。
地震と津波の災害は、時間とともに改善していくわけだが、こちらは起こりうる可能性として、もしかしたら破局に向かっているかもしれない。
工場労働者だったこともあるし、大きなプラントをいくつか見学したこともある。
沸騰水型と加圧水型の区別がつく程度の、原子力発電についてのそこそこの知識もある。
テレビを見ていると、どうしても事故が起きている現場のようす、被曝しながら作業員がやっていること、などが頭に浮かんでしまう。
わりと心の健康には自信のあるほうだけど、いまはかなり不味い状態だ。
原発がまずいことになる可能性があるので、勇気がいるといえばいるのだけれど、しばらくの間、テレビを見るのをやめることにした。
というわけで、その手段の一つとして歩いて10分ほどの銭湯「万葉倶楽部」に行ってみることにした。
温泉に浸かってゆっくりしながら、リクライニングの椅子で読書をする。
とまあそういうイメージだったのだけど、実際は節電中で室内が暗く、読書はちょっとむり。
視野の隅でテレビを見ている人がいるので、時折そっちをチラ見しておけば非常事態になればわかるだろう。
椅子に身体を埋めるうちに、うとうと。
目が覚めると日が暮れていた。
「ああ、休んだ」という実感がある。
朝から胸に引っかかっていたのは、政府や東電の原発に関する情報発信のしかたが昨夜あたりから変わっていること。
何かを隠している感じがしないでもない。
別ルートからいろいろな情報も耳に入る。
一応、避難の準備をしておいた方がいいと判断して、当座の衣類など避難所生活を想定した荷物の準備をしておくことにした。
一方、反原発側である原子力資料室と東京都がそれぞれに測定している放射能レベルの数値を比較してみたところ、ほぼ一致していた。
それによって、少なくとも現在の時点で、すでに大量の放射能が出ているという事実はなさそうだと判断した。(放射能レベルについて国や東電が嘘をついていないと判断できる、ということ)
とりあえずすぐに逃げることにはならなそうだ。
スタジオに出ないことにする。
買い占め品不足が報道されているので、定点観測をかねてスーパーを回ることにした。
よりによってトイレットペーパーの在庫がほとんどなくなったので補充が必要。
他は通常の食料品の購入だ。
最初は TESCO。
トイレットペーパーは4つで297円というふだん我が家で使っているものの3倍の値段のものが少しだけあった。
とりあえずこれだけ補充すれば基本的には困らない。
ママ友さんグループが、大きな鞄を肩から提げて買い漁っている。売り場から携帯電話で「こっちに**あったわよ。買っておく?」などと話してる。
この人たちは昔の1973年のトイレットペーパーパニックの時代を知らないのだ。
家庭の主婦として「自分の必要なものを決して切らさない」ことについて、何の疑問もなくまっしぐらに「がんばっている」つもりなのだ。
それがどれほど反社会的な犯罪的行為であるかなど、まるで意識の中にない。
人類が歴史に学ぶことがどれほど難しいのかを思い知る。
トイレットペーパーの他は牛乳と解凍もののサンマを買って帰宅。
このご時世にトイレットペーパーを持って外を歩いていると、「自己中的で頭の悪いヒト」と思われそうで、とても恥ずかしかった。
改めて出直す二軒目はプラザ栄光生鮮館。
こちらも売り場のあちこちに空間ができている。
少し前から切らしている中華スープの顆粒、それに豆腐、大根、揚げ物。
ついでに、隣のセキチューで、アタックとミューズをひとつずつ。
いつも巨大な壁一面を占めているトイレットペーペーがまったくない。
どうやら地震が起きるとみんなよっぽどウンチが沢山出るようになるらしいのだ。
生理用品も少なくなっている。
地震で周期が狂ってしまうのかな。
身体のメンテナンスの為に野毛へマッサージを受けに。
50分、上半身を中心にほぐしてもらう。
50代も半ばを過ぎると、お金を使って他人に頼まないと疲れが取りきれない。
終了後、本日三軒目の観測点である「ちぇるる」の地下にある「あおば」。 どこもそうだったけれど、野菜や魚はまずまず在庫があるし、フルーツ類も豊富に揃っている。
米、パスタ、インスタントラーメンなどがない。
インスタントラーメンはともかく、停電になってインフラが途絶えたときに米なんかは食えないのになあ。生米を食べるつもりなのか。
スパゲッティだって、茹でるのに沢山水と燃料を必要とする。
どういう基準でまとめ買いしているのかまったく理解不能。
節電のために照明が暗くなっている商店で空っぽの棚に囲まれると、殺伐とした気持ちになるのは確かで、たしかに不安感が募ってくる。
意識して自制しないと余計なものを買いたくなるのは確かだ。
こういう気持ちになるのは初めてだったので、よい取材になった。

楽しいことを不謹慎だというのはやめよう。
辛いときこそ、楽しいことが大切だ。
肉体と心のどちらも大事。
普通に暮らす。自粛はしない。
基本的な経済が小さくなってしまっては復興のための経済力を失う。
被害を受けていない人は今まで通りに暮らし、今まで通りにお金を使おう。
それが被災者を救うことになる。
批判は後にしよう。
防災体制、行政の対応、政府の責任、そもそもの原発の是非、いろいろ言いたいことはあるだろう。
でも、そういうことはいまは後回しでいい。
大事なことは、人の命を救うこと、助かった人が少しでも心安らかに暮らせること。
安全なところにいる人は、そのために何ができるか、それを考えよう。
犯人捜しをしても、人を助けることはできない。
午後2時過ぎ、地震。
かなり強い。体験したことのない揺れ。そして長い。
途中で強くなるのか弱くなるのか判断に迷う。
スタジオは京浜急行の高架下である。崩れたらひとたまりもない。
机の下に潜ろうと思ったが IKEA の安物の机にそれほど強度があるとは思えないので、コンクリートの柱(鉄道高架の柱そのものが部屋の中に露出している)に身を寄せる。
これで崩れても人間一人分の空間が残るのではないかと。
(そこから助け出してもらえるかどうかはまた別の話だが。)
窓の外では電柱がしなっている。
揺れが収まってすぐに twitter につなぐ。
通常、テレビより twitter の方が情報が早い。
(そもそもスタジオではテレビはないしワンセグも映らない)
震度5強。
外へ出ると大岡川の水がたっぷんたっぷんと揺れている。
満潮は夜9時。
津波警報が出ている。
東北で震度7の報告。
最初M7.9、やがて、8.4、最終的にM8.8に修正される。
(その後、さらにM9に修正)
明らかに大変なことが起きているが、なかなか情報は入ってこない。
家は高層マンションなので、大きな揺れになる可能性がある。
(制震構造なので通常はむしろあまり揺れないのだけど)
電話は通じない。
虫の知らせで自転車で出勤していたので、すぐさま帰宅する。
みなとみらいにはビルから地上へ避難してきた会社員風の人たちで溢れている。
マンションのエレベータはもちろん動いていない。
1階のロビーに人が沢山いる。
一般居住用のマンションのエレベータの復旧順位は低い。待っていれば動くというものではない。
こちらはさっさと非常階段を登る。
自宅に着くと、まったく被害はなかった。
テレビを見ると、東北のどこかの町に津波が押し寄せているようすが、ヘリコプターからの映像で生中継されている。
陸の上を漁船が流れている。見る間に車が飲み込まれていく。
道路の上を走る車の行く先にも津波が迫っていく。
人が死ぬ瞬間を、しかも、次々と死ぬ瞬間を、生で見た。
前日は休んでしまった接骨院に行く都合もあり、パソコンを点けっぱなしにしてきたこともあり、もういちど黄金町の仕事場に向かう。
夕方、だが、すでに帰宅を始めている人が多い。
町が異様な雰囲気だ。
黄金町に戻った後、一息ついて、整骨院へ。
整骨院の人も交通がなくて帰宅できないので診療所に泊まるという。
午後9時過ぎ、スタジオを出て帰宅。
主な道路は大渋滞。
桜木町の駅ではタクシー乗り場に長蛇の列。
待っていればタクシーが来るというわけではない。そもそも道路が麻痺している。
大方の人は自宅まで20-30km程度だと思うけど、タクシーに2時間待つくらいなら歩いてしまえばいいのに、と思う。
都内から横浜まで、タクシー代がもったいないので歩いて帰って来たことは何度もあるが、けっこう楽しいよ。
たぶん、電車で移動する距離は歩けないと頭の中で決めつけているんじゃないだろうか。
ゲラをチェックしなければならないのだけど、テレビを見ているとまるで仕事が手に着かない。
昨日、出版社から3月2日付けの重版通知が到着。
「D列車でいこう」(徳間文庫)は、おかげさまで5刷になりました。
読者の皆様、書店の皆様、ありがとうございます。

午前中、新刊のゲラが届くのを自宅で待機。
ゲラを持って散歩がてら山下町の横浜中税務署まで、確定申告の書類を持参。
ランチは、中華街入り口前のカフェ・ラ・ボエーム。
料理を待っている間にゲラをめくっていたところに編集者から電話。
新刊のタイトルについて。
「30分だけ時間ください」
少し話してから考える時間をもらう。
オードブル3品、サラダ、ドリンクバーがついて、カルボナーラが980円。
パスタは量もしっかりあって大満足。
西洋料理にしてはオードブルが塩分高めかな。
サーバーがオードブルとサラダを先にもってくるのを忘れて、パスタが来てから慌ててもってきたのはあまり気にならなかった。
空間的にゆったりしていたからだと思う。
食事の後は、タイトルについて決心をするため山下公園へ。
いい天気だなあ。
ベンチに座って編集者に電話してタイトルを決める。
そこからたっぷり歩いて、黄金町のスタジオへ出勤。
ゲラ読みの合間に整骨院。
だらだらやっていたら午後11時を過ぎてしまった。
野毛三陽にて、餃子とビール。
いままで興味がなかったので、顔なんて見なかったけど、知らぬ間に替わっていた中国人のアルバイトの女の子がずいぶん美しいではないか。
色白で、若い頃のあべ静江さんみたい。



目覚めるとものすごい勢いで雪が降っている。
確定申告の書類を税務署へもっていこうと思っていた予定はさっさとキャンセル。
午後、雪も止んだのでスタジオへ出る。
主な目的は、整骨院へ行くこと。(笑)
肩の調子は少しずつよくなっている感じ。
右手は一進一退かな。仕事をしないと楽だけど。
夕方、母親から電話で居間の電気がつかなくなったと。
ようすを聞くところでは器具が壊れているようす。
家に余っている器具を妻に確認してもらい、車で拾ってもらって母の家へ。
思った通り、器具が断線していた模様。
スーパー文化堂へ立ち寄って食料品を買い自宅で夕食。
(写真は本文とは関係ありません)
土曜日で整骨院が午後2時までなので、自転車で出勤。
午後1時、整骨院。やっぱり混んでる。
昼食は真金町「いちばん」でマグロぶつ定食。550円はお買い得。
見かけは乱雑だが、内容充実。
マグロぶつ切りに、ほぼ同量のツナの和え物、茶碗蒸しがついて、お椀はワタリガニの味噌汁。おかずが充実しているのでごはん全部食べちまったぜ。
名刺読み取りソフトを試しているところに、徳間書店の営業のKさんが家族とサイクリング姿で窓の外に。
Kさんファミリー4名さま、紅茶で簡単なおもてなし。
Kさんとは昨晩、徳間のパーティで会ったばかりだけど、奥さまとは初めて。もちろん、お子さん二人も。
Kさんを見送った後は、7月の黄金町落語会についてプロデューサーの室津文枝さんと会場の「試聴室その2」の根津さんと打合せ。
いったん散会して、後片付けをして、室津さんのアトリエで、今日届いたばかりの織機を見せてもらう。
室津さんは糸を手で紡ぐところから初めて布を織る文字通りの「織姫」。
ウォルナットで精巧に作られた手織機は、とても美しく、根気のいる繰り返し作業が苦手な僕でさえ、布を織ってみようと思わせられるオーラをもっている。
その後、日ノ出町へ出て、羊肉串「京味居」へ。
羊料理の専門店だが、うまい、安い。
次はすぐ隣のジャズ喫茶「リンデン」へ。
これがまたウルトラ昭和な空間なのだった。
(ちなみに室津さんは、野毛の超有名ジャズバー「ダウンビート」の従業員だったことのあるジャズおたくで落語おたく)
スープだけ飲んで出勤。
パソコンでバッチ処理を動かしてから整骨院へ。
低周波治療のちマッサージ。
筋肉がほぐれてきている実感はあるが、痛いものはあいかわらず痛い。
昼食は横浜橋商店街の裏、真金町の三河屋食堂で、煮魚定食(子持ちガレイ)800円。
カウンターで日雇い労働者の人たち4人の会話を聞く。
マイクロバスで連れて行かれて一日四千円。
帰りは最寄り駅までバスで、そこからの交通費は支給されない。
「文句があるなら事務所へ来い」と言われた。
という話。不景気は厳しい。
でも、経常利益でいうと日給四千円でも小説家よりは割がいい。
決算書を国税庁の画面で打ち込む。
申告用紙作成完了。プリントアウトして提出するだけ。
これで、月曜にゲラが出てくるまで2日半、自由の身だ。
午後4時前、帰宅。
すぐに着替えて、都内へ。
午後6時、東京會舘で徳間書店主催の「大藪春彦賞、日本SF大賞 贈賞式とパーティ」。
お世話になっている徳間の人に何人か会って挨拶。
推理作家協会の事務局の人に会って、ソフトボール同好会の帽子のお金を払う。
料理がなかなか美味しいので、そこそこホッピング。
ローストビーフよりオムレツが美味しいと人気があって列が長い。
空いてきたので並んでみようと思ったら、フロア担当の人がオムレツをもってきてくれた。ラッキー。
自分が直木賞を取ったときの東京會舘のパーティでは食べられないから今のうちにね。(笑)
午後8時にお開きになり、すがやさんと恒例の新宿ゴールデン街へ。
終電より少し早く店を出る。
ひな祭り。と書いても意味のある言葉にならないなあ。
それらしいことをしているわけでなし。
夕方、再び、整骨院へ。
低周波治療、のち、マッサージ。
前日より柔らかくなっているとのこと。
午後11時、決算書ができた。
野毛の新上海で蒸し鶏とビール。
本日のテーマは、整骨院へ行くこと。
昨年11月にオートバイの転倒で痛めた左肩の痛みがいつまでも取れない。
仕事のせいか、右の手首が腱鞘炎で痛い。右手ではフライパンや鍋やノートパソコンがもてない。
折れた3本の肋骨はいまではなんでもないけど、関節はやはり治りが遅い。
仕事場から近い整骨院が柔道整復師がやっているところで健康保険がきく。
海外の要人が黄金町を訪ねてきて、その対応を少し。
行ってみると、7台のベッドが満床で3人ほど待っている人がいる。
明るく活気のあるところ。
問診票を書いて、初診の会話。
肩と腕のマッサージ、低周波治療、キネシオテーピング。
楽になったが、確定申告の伝票を打ち込んでいるとすぐに手首が痛くなる。
仕事はしなくてはならないので、一方的に悪くしないで回復のフェーズを入れることは重要だ。