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2019年05月31日

仕事 仕事

睡眠時間短いけど、午前11時、カイロプラクティック。
まっすぐ帰る。

聖心女子大のグローバル共生研究所でアラブ音楽についてのイベントがあったけど、仕事をすることにした。
同じ時刻の BankART Station のオープンスタジオレセプションもパス。

全仏オープンの錦織の試合はとてもいい試合だった。

2019年05月30日

テニス、のち、黄金町

テニスをして、シャワーを浴びたところで、妻が県立図書館に本を返しに行くから付き合ってくれというので、タクシーで県立図書館へ。

坂を下りて、野毛の行きつけの店で、妻と一緒に軽く飲んでから、黄金町へ出勤。
家に帰ろうとしたら、カード入れがない。
持って出てこなかったのか、どっかで落としたのか不明。
Baybike に乗れないので、終電で帰宅。

錦織の全仏オープンの試合を見る。

2019年05月29日

Olympus OM-D E-M1 Mark2

午前5時くらいまで寝られなかったが、家でもそうなので、宿のせいではない。
「BOOK AND BED」は、実際に本を読む人がどれほどいるのかというのは別にして、本をコンセプトにしているおかげで、安宿独特の場末感がまったくない。洗面所やトイレも清潔でデザインされている。上手なビジネスモデルだと思う。
日本人よりも海外からの宿泊客が多い感じ。

午前10時に起きて、11時少し前にチェックアウト。
午前11時、立教大学第一食堂で朝食。カレーライス270円。
中庭で原稿書き。いい風が吹き抜ける。
授業中の時間帯の大学は人が少なくて居心地がよいのだ。

トイレを借りがてら、知り合いがやってる(笑)東京芸術劇場へ移動。
ホワイエの椅子には昼休みにくつろぐ会社員の姿も多い。

大回りして、清掃工場の前の陸橋で東口側へ。
ビックカメラ本店で Olympus OM-D E-M1 mark2 を触ってみる。
あんまり売る気のない展示。
南池袋公園の平日昼間の光景を取材して、昨日とは違う Veloce でアイスコーヒー飲みながら原稿書き。

黄金町へ行くために横浜駅で乗り換える。
ヨドバシカメラで Olympus OM-D E-M1 Mark2 を購入。
(ちょうど、この機種についてタイムセールをやっていたのが運の尽き)
ハイエンドの APS-C 一眼レフがキヤノンから発売されないので、主力機をオリンパスに乗り換えた。

いままでは、小型軽量を最重点項目として一眼レフは EOS Kiss X7 を使っていたけど、いざというときに操作性や反応でストレスなので、フラッグシップ機に変えたくなり、キヤノンには小型で高性能のモデルがないので、システムをオリンパス中心に変更することにした。

最近になってキヤノンもミラーレス一眼に力を入れ始めたが、確実に出遅れている。

2019年05月28日

池袋

夕方から執筆と取材をかねて池袋へ。
そのまま「BOOK AND BED 池袋」に宿泊する。
池袋の駅前至近距離に一泊3570円で泊まれる場所があるのは、ちょっと不思議な感じがする。

行きの電車の中で、二級海上特殊無線技士の問題集を解く。
午後5時にチェックイン。
エレベーターでシンガポールから来ている若者に会った。
まず、腹ごしらえ。立教通り入り口の「日乃屋カレー」でカツカレー880円。
ドロリをカツの上からかけると、その下のご飯が真っ白になっちゃうんだよね。カツは横に避けるか、最後に上に載せて欲しい。
全国のカツカレーベンダーのみなさま、よろしくお願いします。ゆたしくうねげーさびら。

まずは、夜の執筆場所調査。
宿には本を読むソファはあるが、デスクやテーブルはない。
近くのドトールは21時まで、ベローチェが23時まで、サイゼリアが24時まで。
ジョナサンとハスとが午前5時まで。同じく午前5時までやっているスポーツバーが2軒。
飲み屋ばっかりでなく、平常の暮らしができる店がほぼ24時間あるのはいいね。

というわけで、午後9時まで Veloce で原稿書きして、午後11時過ぎからは、スポーツバーへ。
入り口で「テニスの全仏オープン見れますか?」といったら店のスクリーンを大坂の試合に切り替えてくれたので、ビールとハイボールとピザで2840円也。
大坂なおみはいきなり 0−6 で第一セットを取られ、第2セットもサービングフォーザマッチを握られたけど、大逆転でフルセット勝ち。
ある意味、世界ランキング1位の貫禄を見せた勝ち方だった。

2019年05月27日

盛りだくさんの中で原稿書き

午前10時、歯科。
今日から下の歯の治療を開始する予定だったが、7月8月にあまり横浜にいないので6月中に治療を終えて欲しいという話をしたら、確実に月末までに終わるとは言えない、ということで、9月になってから改めてやることに。

午後3時、毎月27日恒例の初黄日ノ出町の安全パトロール。
揃いのベストを着てトングをもって、掃除しながら町内を一周。
午後4時昼食、「すゞ家」で冷やしたぬき大盛り。
午後5時、アーティスト連絡会議。
夜半まで原稿書き。
午前1時前、黄金町駅前に少し前にできた「や台ずし 黄金町店」で夕食。
ビールと日本酒、サバの塩焼き、山芋短冊揚げ、寿司三貫と鉄火巻き、会計2870円。
まあ、質と値段が合っているかな。リーズナブル。

2019年05月25日

第二級海上特殊無線技士

第二級海上特殊無線技士国家試験の受験票が届いた。
試験は6月。
試験を受けるのって久しぶりだな。

2019年05月24日

不採用

新作のイメージについて考えるため、近くのカフェで過ごす。
夕方から黄金町へ出勤。

黄金町バザール2019、アーティストとして参加するための作品プラン不採用の通知。
残念だけど、ちょっとほっとしたようでもある。
その方が小説書けるからね。

2019年05月23日

オリンピック公園でテニスしてからチケット申込み

オートバイで駒沢公園まで出かけてテニス。
駒沢公園では参加できない回が続いたので、久しぶり。
山手公園もいいけど、駒沢公園は広々としていて、これもまたいい。

ヨット雑誌の隔月連載の校正終了。
次のタスクは、オリンピックのチケット抽選申込み。
普段あまり見ることができない競技、テレビで観られなさそうな競技(日本人が出ていない、または、活躍しなさそうな競技)を中心に申し込むけど、陸上男子100m決勝は観たいな。

2019年05月21日

夕食は韓国料理

月刊誌の連載エッセイを送った。

夕食は、韓国から来てレジデンスしているアーティスト、キム・カウンさん主催の手作り韓国料理の食事会だった。彼女は英語も日本語もイタリア語も韓国語もできる。

2019年05月20日

映画「ハワイの若大将

午前9時、内科。コレステロール異常なし。
午前11時、歯科。
上の歯の治療は終了。次回からは下の歯の治療。

午後7時、スタジオの1階で、映画「ハワイの若大将」をみんなで観る会。

集まったアーティストが、アメリカに住む韓国人、英仏語を話すカナダ人、韓国語のできる日本人、アメリカに住んでた日本人だったので、ほぼ英語ときどき韓国語ときどき日本語の日本映画鑑賞会。

若大将映画は日本語が分からなくてもストーリーが分かる。

2019年05月18日

妻の誕生日

妻の○○回目の誕生日なので、ドライブがてら三浦のレストランへ。
Vento e il Leone (風とライオン)というレストラン。
いままで知らなかったが、広い敷地にゆったりと建てられている。
どうやら、油壺マリーナホテルの跡地に作られたみたい。
40年くらい前に油壺マリーナホテルに泊まったことがある。
近くへ来てから道がわからず、地元の人に聞くと、地元の人も知らなくて油壺マリンパークを教えられてしまったことがある。
いつのまにかホテルはなくなっていたが、マリーナはいまでも健在。

味もいいし、器もいい、従業員の応対もいい、景色も良くて静か。
いいレストランでした。

羽毛布団の洗濯、その3。

2019年05月17日

the Narrative in their Eyes展

午前10時15分、眼科。白内障は進行していない。
午前11時30分の予約で、整形外科(股関節)へ行くが、終わったのは2時過ぎ。

午後6時半、黄金町で「the Narrative in their Eyes展」のオープニングレセプション。

2019年05月16日

野球観戦で頭の休息

山手公園でテニス。
僕だけ少し早く上がって、帰宅してシャワーを浴び、妻と横浜スタジアムへ。
ベイスターズ対ドラゴンズの試合観戦。
僕は今シーズン4度目、妻は2度目。

2019年05月15日

沖縄、本土復帰の日

「生食パン」という言葉を聞いて首を傾げる。
焼いてないパンなんぞ食べたくないぞ。

2019年05月14日

羽毛蒲団洗濯

家でいろいろ家事をして、スーパーに買い物に行って、しかるのち、黄金町へ出勤。
黄金町バザールの企画書完成。

衣替えのため、羽毛蒲団2枚を洗濯。
洗うのは簡単なのだが、乾かすのが少し大変。
なんだかんだワンサイクルで8時間くらいかかる。

2019年05月13日

歯科

ほぼ徹夜だったので、睡眠時間3時間、午前10時、歯科。
午前3月始めに上の奥歯が腫れてしまって、冠を外して治療をしていたのが、やっと終わった。
残りは歯の掃除など。

帰宅して夕方まで寝る。
今日は休養日として、スポーツクラブへ行くことにする。

寝て起きると次の日のように錯覚して火曜日だと思ったらまだ月曜日だった。

2019年05月12日

企画書

黄金町バザール2019 の公募にアーティストとして応募する企画書を書いている。
締め切りは19日だが、早く小説に戻る必要があるので、徹夜でほぼ完成型まで持っていった。
翌午前5時に帰宅。寝たのは7時前。

2019年05月11日

BankART Station

いったん黄金町へ出て、夕方、新高島駅に隣接した BankART Station で行われるトークイベントへ。
黄金町仲間の Jannice Yookyung Chung のプレゼンテーション。
黄金町の知り合いたくさん。
高校の後輩のニューヨーク在住のアーティスト(来日滞在中)にも会えた。

家があまりに近い(徒歩5分)し、体調いまいちなので、まっすぐ帰宅。

2019年05月10日

カイロプラクティックとかバタバタ

午前9時の診療科医師を目がけて内科へ。
予約外のわりにすぐに診てもらったが、会計まで時間がかかり、さらには調剤薬局で待たされて、ぎりぎり電車の時間前2分足らず、薬を受け取れないまま都内へ。
(目の前で出来上がっていたけど、会計していたら電車に乗れない、という状況)

午前11時、用賀のカイロプラクティックへ。
腰椎椎間板ヘルニアによる座骨神経痛はかなり良くなっている感じ。
症状のほとんどない日もあるし、あっても軽い。

せっかく都内へ出るので、取材に回りたかったが、内科的に体調が良くないので、まっすぐ帰って来て、調剤薬局で薬を受け取り、黄金町へ出勤。
喉が痛くてしょうがないから朝一で薬を服用したかったのに、服用できたのは午後2時過ぎだ。

黄金町バザール2019の公募に参加するための企画書、大詰めで集中していたら、近くで開かれていた海外からのアーティスト主催のパーティのことをすっかり忘れてしまっていた。

2019年05月09日

テニスで風邪は治るか?

風邪気味で微熱(36.7度)あるが、幹事なのでテニスへ。
具合が悪ければ早退するつもりだったが、むしろいい感じ。
体が環境に適合できないのが根本原因なので、日に当たって運動して汗を掻くと、体が正常の活動を思い出すのではないかと思う。

2019年05月06日

世の中は連休最後の日

午後、出勤の途中、スポーツクラブへ。
予想通り、けっこう混んでいたけれど、ストレスというほどではない。
シャワー&入浴後、体重を測ったらなんと減っていた。

ベネチアに3カ月住んでいたときも美味しいものを存分に食べていたのに体重は減っていた。
どうやらイタリア料理はダイエットに良いらしい。

2019年05月05日

横浜帰着

下船日なので、午前7時にキャビンを空ける。
集合場所のラウンジでエスプレッソを飲みながら、軽く仕事をして下船時間を待つ。

その間に、船は横浜港大桟橋に帰着。
ひきつづき船に乗っている人たちでツアーに出る人たちが先に降りていく。
下船のランクで最初のグループの僕らは午前9時前に下船。
昨夜のうちに出しておいた荷物をピックアップして、タクシーに乗り、午前9時5分過ぎ、帰宅。
さっそく荷物を開いて、洗濯&洗濯。

妻と僕とがクルーズ中に撮影した写真をテレビに映して見る。

運動がてら徒歩で黄金町のスタジオに出社。
午後10時過ぎ、徒歩で帰宅。

夕食後は、天皇退位&関連の録画を見る。
おそらく陸上にいてテレビを点けていたら、やたら何度も同じ映像を見ることになっただろうけど、イタリア船籍の船で洋上にいてテレビも見られないので、平成だ令和だというのはまったく他人事だ。

2019年05月04日

最後のレグ

朝からずっと海の上。

朝食抜きで、8時15分、カウンターの前に集合。

船のバックヤードを案内するツアー(ひとり59ドル)
操舵室、オフィサーの居室、クルーのセルフランドリー、制服やリネンを洗濯する洗濯工場、クルーの食堂、娯楽室、ジム、メインレストランの厨房、など。
これは取材として役に立った。

今日の昼食はゆっくりフルコース。
ラウンジのテーブルで少し仕事。
そのままその場所で、下船手続きの説明会。
ジムで1時間運動。

夕食はフルコース。
パーティはベネチアンナイトで、ドレスコードが仮面なので、参加せず。
(バーでちゃっかり仮面を売ってましたけど)

2019年05月03日

クルーズ 6日目 細島(宮崎)

目が覚めると、まもなく船は細島港に着岸するところだった。
長閑な港に、緑の山の前に、赤茶けた小さな製鉄所が佇んでいる。
落ち着いた素晴らしい風景。

長崎で入国するはずだったがスキップしたので、細島で入国。
日本語の案内では10時から入国としか書いていない。
それより遅ければいつでもいいと解釈できるのだけど、11時過ぎに「まだ入国手続きをしていない人が至急しろ」とアナウンス。
ことごとく、必要な情報をきちんと伝えない日本語の案内。

午後下船。
周回ツアーバスは15時の便まで満員。
イオンと日向市駅と港を回るシャトルバスで駅まで行き、案内所で地図をもらう。
小さな町に客船が入っているので、タクシーは捕まらないだろう、という話だったところ、ちょうど見えるところでタクシーが客を降ろすところだったので、そこで乗れることに。

まず「海の駅ほそしま」へ。1080円。

まだ12時半だったが、かき小屋はすでに今日の分は売り切れ。
もうひとつの食堂は25組待ち。
さきほどのタクシーの運転手さんの自宅がすぐそばで、電話すれば来てくれるということで、ひきつづき同じタクシーで観光。
かつて港町として栄えた頃(細島は天領だった)の旅館だった歴史資料館、西南戦争の官軍の墓、などが良かった。
馬ヶ背、クルスの海など、自然地形もついでに少し回る。
残りの分のタクシー代3600円。
船のオプショナルツアーならひとり59ドル、二人で118ドルかかったところ。

夜は、ドレスコードが緑、白、赤、つまりイタリアの国旗の色。

2019年05月02日

クルーズ 5日目 佐世保寄港改め終日航海

午前1時50分、接岸していた釜山の岸壁から動き始めたが、そのまま出航とはならず、近くの別の岸壁に再着岸。

午前11時過ぎ、アナウンスがあり、発電機の検査はポジティブ、遠回しの言い方であり実際は「発電機の故障が直った」という意味、なので、まもなく出航すると。
次の予定寄港先である佐世保はキャンセルとなり、終日航海で宮崎・細島へ向かうとのこと。
インターネットがつながらない時間がこの先も長くなるので、10ドルでインマルサットを250MB契約した。

僕らは船の上で美味しいものを食べていれば不満はないが、佐世保を楽しみにしていた人は残念だろう。

昼間、上陸する人がいなくなったので、昼食のレストランは大混雑。
夕方まで、kindle で読書。普段なかなかできないことをやる。

夜のドレスコードはフォーマル。
船長主催のパーティなどもあるが、まあ、大人数で特にどうというものでもないので、少し顔を出してから午後8時前にレストランへ。

部屋にもどると、長崎へ寄港できなかったお詫びとして、一人当たり100ドルのクレジットをつけるというレターが。
日本語文がまただめで、条件がはっきりしなかったので確認。そこには英語のレターがあり、そちらははっきりわかるし、英語文に書かれていることが日本語版には書かれていない。ほんとにこの船の日本語訳はだめなので、つねに英語を確認しないとダメ。

2019年05月01日

クルーズ 4日目 釜山

目覚めると、陸が見えている。
午前10時、レストランでゆっくり食事をしている間に韓国釜山に着岸していた。

ほとんど人は観光のために船を下りていくが、僕らはそのまま船に留まってゆっくり過ごす。

昼もリストランテ・ボッティチェッリでフルコース。
空いているので、サービスも良く、しかも、早い!

昼食後、バルコニーで清掃が始まった。
乗客は数日間の航海だが、客船はずっと航海を続けている。
所々で、メンテナンスをするのだ。
レースのカーテンの向こうで、部分的に剥げたペンキを塗る作業もしている。
ピアッツァ・イタリアへパソコンとキンドルを持ち出して、いろいろプランを考える仕事。

白いペンキを塗る日だから、というわけでもないだろうが、今日のドレスコードは「ホワイト」。

メインレストランでスープが、なぜか、しばしば黒い「お椀」に入れられて出て来る。
日本人へのサービスのつもりで、何か誤解をしているのではないか、と客である僕らは受け止めた。

というわけで、Hospitality Desk にいる日本人(男)に改善した方がいいよ、と言いにいくと、彼には権限がないくせに、「システムとしてそのようにしているのなら改善するのは難しい」と勝手に答えるものだから、「あなたにそう答える権限はないはずだ。担当のマネージャーと話をするからアクセスポイントを教えてくれ」と名前を聞き出す。
(仮に本当に伝えはしないとしても)客には「ご提案ありがとうございます。マネージャーにそう伝えます」と答えるのが彼の仕事であって、できるできないは彼のではなく、マネージャーの判断であるはず。
「日本語で話をするのは難しいと思います」というから、「いやもちろん英語で話しますよ」と。
 実は彼が交渉できるほど英語を話せないだけなのだ。(彼の日ごろの会話を聞いていてそれはわかっていた)
 夕食が終わった後、フロアにいるマネージャーに会えたので、さっきの話をする。
「おかげさまで、いつも夕食を楽しんでいます。ありがとう。ただ、ひとつだけできれば助言をさせて欲しいのです。
 みなさんが日本人へのサービスのつもりで、親切にも黒いボウルにスープを入れて出してくれているのだと理解しています。でも、それがわたしたちに日本人にはとても奇妙に感じられるんですよ。西洋式のスープはふつうの白いスープボウルに入れて出してくれた方が、ずっと心地よく食事を楽しむことができますよ」
 と、きわめて丁寧に話をした。
「申しわけありません。実は黒いお椀は味噌汁など日本のスープの時だけ使うことになっているのですが、ときどきウエイターが間違えてしまうということは承知しています。さらに徹底するようにしていきます。ご助言ありがとうございます」
 ときわめて真っ当な答えを引き出すことができた。
「もう一度言うけど、いつも食事を楽しんでいますよ。ありがとう」と再び言ってその場を後にした。
 そもそも黒いお椀で西洋式のスープを出すのが良いサービスと思っているわけではなかったのだ。
 よかった。それなら真っ当だ。
 なにが「システムとしてそのように運用しているとしたら改善するのは難しい」だよ。

 多くの場合、旅行産業で「日本語で話ができる」という機能をしている日本人は「日本語と英語ができるだけの無能な人」である場合がほとんどなのだけど、ここでもそうだった。(笑)
 ちなみに、旅行先で日本語で話しかけてくる人間は、ほぼ、スリかサギかボッタクリなので、店で「いらっしゃいませ」と声をかけられたらその店では絶対買わない。

 さて、食事の始まる20時に釜山を出航するはずだった Costa NeoRomantica は、23時30分を過ぎても出航の気配なし。
 船長からのアナウンスがあり「発電機について技術的な点検(technical investigation on generator)をしていて出航が遅れている」と英語とイタリア語でアナウンスがあった。
 それにつづく「船長に成り代わり申し上げます」という日本語の女性アナウンスでは、それをちゃんと訳さずに適当な説明をする。
「コントロールシステムの技術的調査のため」なんて言ってないってば。
 船長に成り代わっているのに、勝手に船長が言っていることと違うことをいうな。
 フランス語、ドイツ語、スペイン語では、船長と同じことを話していた。(と思う)

 船の公用語は英語だが、日本語でもアナウンスやドキュメントが発行されている。
 ところが、その日本語もしばしばあやしい。英語のできるだけの日本人、実は英語も大してできなかったりして、困ったものだ。