覇権の標的 フェイk・ゲーム  幸福な会社 会社、売ります D列車でいこう インバウンド








メイン

2007年01月31日

コーヒーショップ


出来立ての原稿と。
パソコンを持たないで外出する解放感(笑)

脱稿

した。
少しくつろいで外へでる。

2007年01月06日

戦争と人生

 叔父の葬式、午前9時過ぎに家を出て午後8時帰宅の一日仕事。

 叔父の棺には、予科練のころの集合写真があった。
 叔父には戦争の話を聞かせてもらいたかったが、彼が予科練だったことで、僕の心の準備ができなかった。16歳かそこらで国のために命をかけようと思い立った人と向き合うには、こちらにもそれを受け止める覚悟が必要だと感じていた。
 話を聞ける自分になろうとわざわざ江田島の海軍兵学校へ行ってみた。だが、そこでみたものは、自分の青春と当時との差であり、かえって道は遠のいてしまったのでした。
「おじさん、教えてくれ」と虚心坦懐に何も知らずに聞きに行けばよかったのかもしれない。

 叔父が予科練にいたころは、日本にはもうたくさんの飛行機を作る国力も、飛行士を養成する時間もなくなっていた。叔父は飛行機ではなく、水上特攻艇「震洋」というので訓練していたらしい。人間魚雷回天が有名だけれど、僕が江田島で模型で見た震洋はベニヤ板でつくった、子供だましみたいなチンケな小舟だった。
 あれでは軍艦の曳き波でも簡単に転覆してしまうだろう。
 特攻のとき、突っ込むこともできずに波に煽られて転覆して死ぬ姿が想像できてしまう。それだけで泣けてくる。
 乗ってみれば、彼らも訓練中に自分の最後をそのように想像したにちがいない。国のために死をいとわないという志を、きちんと受け止める国力すら日本にはなく、死に場所としてあまりにみじめなベニヤの船と、「特攻」にすら性能が不十分な船で、多くは「犬死に」が待っていたばかりだった。

 棺の中の予科練当時の集合写真。
 そのセピア色の集合写真を見て、このうち何人が生き残ったのだろうという思いが浮かび、6人の孫まで儲けたことを思えば、戦争で死なずに今年の正月二日まで生きていて本当によかったと思って涙が出た。
 叔父が死んだことよりも、彼がその日まで生きたことを喜ぶ気持ちがした。

 原稿は書けずに、疲れて就寝。

2007年01月02日

阿川大樹のラジオ放送

 昨年11月の沖縄コザ訪問の時に収録、12月20日にFMコザで放送された 「エロかしまし小桜ナイト(ゲスト:小説家・阿川大樹) 」がポッドキャストで公開されましたので、以下のURLで聴取可能です。

 パーソナリティの「コザクラおばあ」こと、まーこさんとのトーク番組。

  http://log.ti-da.net/ad/user/ad.php?id=329 (mp3 34MB)
 (残念ながら携帯からはお聞きになれません)

2006年12月31日

大晦日は大捨て日

 午前7時前起床。朝型である。

 朝食に好物たぬき蕎麦を食べて、忽然と仕事場の部屋の片づけを始める。
「迷ったら捨てる」の基本方針の下、地下のゴミ捨て場まで、6往復はしただろうか。
 仕事場の見えている床が倍増した感じだ。本棚からあふれていた本もほとんど収まってきた。

 昨年はまったく見なかった「紅白歌合戦」を(うわの空ながら)ほぼ観た。
 だって、知らない歌手ばっかりでているのも、常識を要求される小説家としてはマズイんじゃないかと。
 近ごろは、テレビも読書も、娯楽ではなく、仕事のためのものばかりのような気がするが、ま、いっか。

 受験生の娘がいるという友人に誘われて近所の洲崎神社へ。
 到着は12月31日午後11時54分。
 本殿の前から3列目で新年を迎え、さっそく手を合わせて拝む。何をお願いしたかは内緒。
 おみくじ、大吉。
 一説には射手座は12年に1度の強運の年なのだそうだ。

2006年12月29日

整形外科の風景

 明日はフットサルの試合で6試合。
 何ヶ月か前から腰痛気味なので、これが骨なら運動しない方がいい。その原因を確認しておく必要有り。ということで、整形外科へ。
 年末最後の診療日ということでやはり大混雑。
 待合室で2時間近く待った。
(パソコンで仕事できたしうたたねもしたので、時間が無駄ではなかったけれど)
 で、骨は異常なし。よかった。
 年明けからリハビリに通います。
 300円ほどでマッサージが受けられるみたい。内容に差があるとはいえ、癒し系サロンよりずっと安いジャン。どうりで、おばあさんたちが常連で入り浸っているわけだ。

 天気がいいので、横浜を放浪。
 身体は使ったけど、精神はくつろいだかも。自分を解き放つことの快感。
 最後は、野毛の焼鳥屋に立ち寄って八海山で締め、よい一日の終わり。
 あすのフットサルに備えて、ふだんより少し早い就寝。

2006年12月28日

リモコンパニックからの脱出

 昼過ぎに起床。
 自分の分、カミサンの分、合計400枚ほどの年賀状を投函し、贈呈本の冊子小包を発送。
 駅前まで出て、ダイエット食品を調達。ヨドバシカメラでソニーのプログラマブルリモコン RM-PL500D を購入。(全部、ポイントで足りた)
 帰宅後、リモコンの設定。
 居間のテレビ、ハードディスクビデオ2台、CDプレイヤー、ラジオチューナー、MDプレイヤー、などをAVアンプで切り替えているのだけれど、リモコンだらけでパニックになっているので、ひとつのリモコンに統合する。ほぼ、思った通りになったかな。

 あとは、執筆、執筆。

2006年12月27日

暖かいなんてもんじゃない

 おいおい、気温20度だぜ。
 暖かいので2時間ほど散歩して最後にスーパーに行くと、野菜が値上がりしている。正月価格だ。ピーマンなどものによっては倍近い。
 安いのは白菜とキャベツ。

 改稿のイメージはかなり固まりつつあるので、〆切まで20日のラストスパート前の一区切りに年賀状でも書くか、と郵便局へ行ってインクジェット紙200枚。
 この時期でも売り切れていないなんて。
 昨年のが39枚残っていたので加えてシャッフル。
 正月早々、運のよい方には当たっても商品がもらえないハガキが届きます。
 すでに何度か実験済みなんだけど、実績として、古い年賀ハガキだと気づく人はほとんどいない。

 暖かいといっても夜は鍋を食べる程度には「涼しい」ので、つみれ鍋。
 年賀状の送付先選別、宛名印刷、本文の文案とデザインで夜が明ける。
 個人事業主なので、仕事関係への挨拶は定期的にしないとね。

2006年12月25日

忘れ物はゆず胡椒

 追い込み。いや、年末だからじゃなくて〆切だから。

 体調を調整しながら心を盛り上げる。
 オリンピック選手みたいな感じ。(て、オリンピックアスリートをやったことないけど)
 カラダと向き合って対話している。

 昨日、ヨットで少し身体を動かしたので、肉体も上向いてきているけど、まだまだ。
 今日は、忘れ物(ポン酢とゆず胡椒)を取りに自転車でヨットハーバーまで。車でも自転車でも最短距離では片道30分くらい。

R0012034.jpg

R0012021.jpg

 帰りは遠回りして、本牧を通り、山下公園経由で。
 マリンタワーと氷川丸の営業最終日で、大勢並んでいる。そんなあたりを時々止まって写真撮ったりしながら、往復2時間ほどの運動。

 帰ってきたら、amazon の中古で買った太極拳のDVDが届いていたので、居間でやったら身体が温まった。

 現在、ダイエット中で、一週間で約1キロ落としました。
 30日にはフットサルもやるので、ベスト体重に近づけておきたい。ダイエット食品も慣れたけど、脳はかなりカロリーを要求するので、昼食を170Kcalに抑えたら、夕方、強烈な眠気。低血糖症状みたい。
 というわけで、夕食はガッツリ食べる。
 今日のカロリー摂取は、1400Kcalくらいのはずだから、基礎代謝以下。

 深夜、小説の構成についてああでもないこうでもない。

2006年12月24日

ヨット納め

 横浜駅でゲストをピックアップしてヨットへ。
 ハーバーで、仲良くしているレース艇のオーナーMさんがひとりだったので、我が艇に合流。
 八景島で鍋。夏頃もらった白ワイン。まあ、飲めた。(笑)
 いつもそうだけど、帰りは寒くなる。
 これで年内、ヨットも乗り納め。

 一応クリスマスなので、夜は、久々にフレンチワインを開ける。
 ふだん新世界とかイタリアあたりのワインを飲むのがほとんどなので、「ああ、フランスのワインってこんなかんじだったね」と思い出す。

2006年12月22日

スプマンテ

 妻が年内の仕事を終えて帰宅。
 慰労のため、ローストビーフとスプマンテ(フランスのシャパンに相当するイタリアのスパークリングワイン)で乾杯。

2006年12月21日

老夫婦のような一日

 事務的な用事のために二時間睡眠で午前11時半に起床。
 西口で用事を済ませたのが午後二時半。
 夫婦して地下街の狭い店で「きしめん」を食べる。窮屈だが味はよし。味はよいが窮屈で豊かな気持ちにならないとも言える。
 家にもどろうと東口「そごう」に入ったところで、ふと「とらや」の茶寮があるのを思い出し、「季節の羊羹と抹茶グラッセ」。
 抹茶も羊羹も実に上品な味。文化の香りだなあ。
(抹茶グラッセというのは、ようするに抹茶を点てて氷に上に注いだもの)
 店員もいい感じだし、客たちもみな上品。実は、この茶寮は穴場なのだ。
 無料で出てくる麦茶も、煎茶も、これまたとても美味しいのですね。
 きしめんのあと、純和風の小さな贅沢。
「老夫婦のようだね」
 などといいながら、過ごした時間だった。

 帰宅後は、籠もって原稿書き。まだまだ集中力は出ず、なぞっている感じだけど、予感としてはもう少ししたら「来る」と思う。

 翌午前4時、早めに(笑)就寝。

Canon LBP3410 レーザープリンタ

 Canon LBP3410 が我が家に登場。
 ネットワーク対応だし、速いし、両面印刷対応。
(ブラザーの廉価版はお役ご免)

 両面印刷は推敲するのに外へ持ち出すとき、重さが半分いになって助かる。

 ただし、A4用紙横の設定で縦書き、というレイアウトで印刷すると、上綴じになっちゃう。ちょっとめくりにくいので、A4縦で縦書き2段組、あたりのフォーマットを作った方がいいかなと。

 最近、公募原稿を書かないので提出用に印刷することはほとんどなくなったけれど、推敲にはやっぱり印刷することが多い。

 家庭内LANがルーターの下にまたルーターとか、ルーター3台とHUB1台と、過去の行きがかり上、ちょっとややこしいので、設定に時間がかかっちまったい。
(たまにしかやらないことはすっかりやり方を忘れてる)

2006年12月18日

銀座のクラブ

 一件打合せを済ませて、推理作家協会ソフトボール同好会の忘年会へ。
 一次会の会場である銀座の居酒屋にて25名ほど。定刻に到着すると、まだ数名。某店のママ(着物)と従業員A(サンタクロース姿)もいる。
 会費6000円。居酒屋にしてはいいお値段だけど、まあ、社交ですから。

 10分ほどの間にほとんど揃い乾杯。発声は剛爺こと逢坂剛さん。
 喫煙席だとY氏とT書店M編集女史が近くになるとほぼ決まっている。周囲もほぼ編集者。
 あとはがやがやタダの飲み会。
 途中、成績発表と表彰。個人別成績表も配布される。僕は1日(3試合)しか出ていないので規定打席に達せず。10打数4安打の4割だけど、首位打者は8割打っているからこのまま4割でも中位だ。

 終了20分ほど前になって、対角線上を移動してA嬢がとなりにやってくる。いままであまり話をしたことがなかったのだけれど、来年から就職なのであと三日で店を卒業とのことで、「最後だからお店に来て」とじっと目を見て言われると断れない。(笑)
 銀座の街をサンタの格好をして居酒屋までやってきているわけだし。
 実は彼女は本当の意味でちゃんとした銀座の女ではない。気の配り方も全然なってない。まあ、けれど、そういう素のところがソフトボール仲間と考えれば悪くはないわけで、みんなに可愛がられている。
 で、僕を1名新規獲得すると、当然、他の常連さんたちをも軒並み押さえにかかる。なんと都合15名ほど獲得。打率6割。たいしたもんである。(残りはおそらく麻雀へ行ったと思われる)

 しかし彼女には痛い失策があった。
 いざ、一次会の店を出てそこから店に電話を入れると、3席しか空いていないというのだ。(つまり、プロとして、彼女はもっと早い時期に人数を押さえて、ママに電話して席を空けておいてもらうべきだった、ということだ)
 残念ながら、彼女の営業努力は、最後の詰めの甘さで、一転して3名獲得(打率1割少々)という残念な結果になった。

 銀座遊びのマナーとしては、営業努力には報いるべし、という不文律があり(ほんとか)、ジェントルマンである推理作家3人は、A嬢の店へ。

 僕を含めた残りは、漁夫の利を得た形のD店へ。
 超有名な料亭Kのあるビルの3Fのその店の扉をくぐると、こちらは客はだれもいなくて、女性たち7人ほどがみんなミニスカートのサンタクロース姿。おいおい、ここは銀座だ錦糸町じゃないんだ、と思わないでもないが(笑)、まあ、お祭りですから。
 女性たちもサンタ姿は今日が初日ということで、着慣れていなくて恥ずかしがっている。この店に来るのは初めてだが、ふだんから、そういう露出度の店ではないことだけは確か。

 さて、わいわい飲みながらも、取材に入ってしまうのは小説家の性。
 自然に、女性たちの働きぶり、気配りのようすなどの観察に入る。
 タバコをとって口にもっていくまでにちゃんと脇からライターが出てくるか、その動きがスムーズであるか、飲み物への気配り、話への割り込み方、テーブル全体のようすを把握できているか、入れ替わりのタイミング、新しく他の客がきたときの対応、席の外し方、トイレから出てきたときのおしぼりの出し方、など。個人プレーもチームプレーもどちらも重要。
 このD店の女性たちは完璧な銀座の女である。
 居酒屋の一次会に営業に来るという努力をしていたA嬢もカワイイしがんばっているけれど、ちょっとプロとして格が違う感じ。
(今週のミニスカサンタの衣装をのぞけば)D店はさすが銀座。
 飲み物は単なるウィスキーの水割りで、どうということのないオードブルしか出ないけれど、客はこの従業員のホスピタリティにお金を払うわけだ。
 もちろん、それぞれタイプはちがうがみんな美人だしスタイルもすばらしいけれど、それはある意味で最低限の資質であって、それだけで銀座の女にはなれない。
 ホテルオークラの接客もすばらしいけれど、やっぱり銀座のクラブもすばらしい。こういう「いい仕事」を見ていると、それだけでこちらも豊かな気持ちになる。
 だからといって、馬鹿話をして酒を飲んでいるだけなんだけどね。

 午後10時前、別の店の従業員であるさっきのA嬢が3名を連れてD店にやってくる。一応、3名はA嬢の顔を立てた上で、みなに合流というわけ。A嬢の方は、自分の店を中座してD店に「わたしがお客さんを連れてきた」という形をつくる。
 しばらく飲んでA嬢は店にもどる。
 午後10時過ぎ、K氏とY氏が先に帰る。
 まちがいなくA嬢の店へ行ったはず。あうんの呼吸である。(営業努力には報いるべし、「顔を立てる」という遊び方)
 この時点でA嬢の打率は2割に回復したはずだ。
 このあたりの不文律をみなが守って遊んでいるあたり、お茶の作法のようで感動的だ。銀座は客も一流でなくてはならない。

 さて、こちらは執筆追い込み中だから、電車のあるうちに帰らなくてはならない。こういうのを文字通り「野暮用」という。
 ここで問題は会計をどうすればいいのか。なにしろ、推理作家協会の会合から流れて銀座の店へ来たのは初めてなので、こちらは誰が金を出すしきたりになっているのか、このグループの不文律がわかっていない。
 だからといって「先に帰りますからいくらでしょうか」などと言ってその場で金のやりとりをするなんて野暮なことは、いやしくもこの店ではできない。
 思案の末、カウンターの方でM女史が従業員と話しているのを確認して、トイレに立ち、帰りにおしぼりを受け取りながら、彼女にそっと耳打ちして聞く。
「ここは出版社の方で割ってもちますから、そのかわり、お店の方にまたきてあげてください」
 これまた美しい答え。男前なべらんめえ女性編集者だがみごとだ。タダで飲んだ分を別の機会に改めて使えというわけだ。金は天下の回りもの。
(彼女は、お店に推理作家協会の会合の予定などを教えたりもしていて、その情報によって、ホテルであろうと居酒屋であろうと、協会のパーティには「銀座のおねえさん」たちがいつのまにか混じっているわけだ)
 さて、店には、K書店、T書店、B秋、K社、などが揃っている。心おきなく会計は確認できた不文律にまかせることにする。彼らが使った金の元を取りたければ、僕に執筆依頼をすればいいわけだ。(笑)

 ヨットに乗っていて、何も言わずともメンバーみんなが動いてスムーズに船が動いたときの快感はなにものにも代えがたいけれど、銀座遊びもそれにとてもにている。

 もう少し本が出ないと、自腹でたびたび銀座遊びをするというわけにはいかないけれど、今夜は「美しい日本の文化」に触れた夜だった。
 どっちにしても、接待とか奢りとか、他人の金で銀座で遊ぶということ自体、ほんとうは野暮なんだよな。遊びは自腹でするべきこと。

2006年12月17日

ヨットもお休み

 メンバーが揃わず、ひとりで船を出すほど熱意もないので、ヨットはお休み。
 昼過ぎに起きてきて、自転車で外出。部屋でストレッチ。
 ゆっくりでも体調を回復させなくては。30日にはフットサルだから。

2006年12月16日

近所の飲み屋の忘年会

 近所の飲み屋の常連の忘年会。

 ふだん食事を出さない店なので、食べ物はみなの持ち寄り。
 僕は、小岩井のスモークチーズ、いかの塩辛、イワシの薩摩揚げ、をもっていきました。

 定刻の6時に遅れて到着すると、すでに常連さんたちがほぼ勢揃い。カラオケの入るスナックというのは本来完全に僕の守備範囲の外なんだけど、この店は、普通の会社員との接点として大切にしている。
 年代もちょうど定年後か団塊の世代の人たちが中心。
 みなひとかどの仕事をして、定年になっていたり定年間際だったりの人が多い。僕は若輩者で小説家という珍しい職業なので、可愛がってもらっている。行き始めて十年くらいにはなるが、一月に一度行くか行かないか。ありがたいことにそれでも常連扱いしてもらっている。

 会社員だった頃、割と出世が早くてプロジェクトも社長直属みたいなものだった。その社長にしても僕より若かったから、僕には年長者に可愛がってもらう、という経験に乏しい。なので、この店の人間関係はとても新鮮。
 団塊の世代とかその上といえば、高度成長の担い手であると同時に、今の日本の駄目な部分を作った世代(笑)なんだけど、たまたまここのお客さんたちは、擦れていないし優秀だった人たちで、気持ちよくつきあえる。
 優秀な人のもつ余裕とか、優秀な人の純粋さとか、サラリーマンという言葉にあまり含まれないと思われがちなキャラクタをもっている人たち。 とにかく、この店には愚痴を言う客がいないのだ。(そのかわりにチイママが毒舌全開だったりして、それをみんなニコニコしながら聞いている)

 僕はカラオケが好きではないので、そもそもカラオケのある店には入らないけど、その僕がこの店だけでは年に何回かカラオケを唄う。
 本日は、「雨上がりの夜空に」(RCサクセション)と「長崎は今日も雨だった」(内山田宏とクールファイブ)。
 タイトルからすれば逆の順番の方がよかったかな。(笑)

 これ以上いらないというほど、生ウニを食べ、極上の大トロを4切も食べ、カニも食べた。全部、参加者の持ち寄り。僕がもっていったのは質素なものばかりだから、エビ鯛ってやつだ。(エビですらないか)
 それでさんざん飲んで3400円でした。

 10時半で辞去して、酒を冷ましてから仕事。翌午前八時過ぎ就寝。

2006年12月15日

自転車

 身体が重い。いや、測定すると実際に体重が増えている。
 お風呂マット上のヒップホップダンスだけでは骨格筋率が上がらないので、自転車で外へ。
 といっても、買い物を兼ねて。
「セキチュウ」でボディーソープとか。

 あとは、地味ぃに仕事。

2006年12月14日

エンジンがかからない

 いまひとつ集中力が足らない。
 まあ、少しずつでも手を動かしていると、頭も動いてくるはず。

2006年12月13日

国立競技場とゴールデン街

 友人のつてで FIFA Club World Cup の準決勝を観戦に。
 腹ごしらえに吉野家の牛丼が食べたくなり、わざわざ代々木で途中下車。(代々木駅は改札から吉野家までが至近距離)
 ところが、行ってみると牛丼は午前11時から午後3時までしか販売されていない。なあんだ。しかたがないのでならびの「かつや」でカツ丼を注文するも、店が人手不足で出てくるまでに15分。ううむ、これはファストフードではないな。というわけで、電車賃を130円余計に投じた牛丼作戦は不発に。

 さて、国立競技場のある千駄ヶ谷に早めについてカフェで仕事……のはずが、キックオフ2時間以上前だというのに駅前は人でいっぱい。
 なあるほど、東京体育館で「オレンジレンジ」のコンサートらしいのだ。
 かなりの雨の中、空いている店を求めて代々木方向へ10分ほど歩く。コンビニでカサの在庫をみるとまだ十分にあるし500円もするので、とりあえず買わずに出て、向かいのコーヒーショップに飛び込む。
 コーヒーが420円もするが、客は僕ひとりでゆっくり仕事ができた。
 待ち合わせの7時の10分前に店を出ると、雨は止んでいる。買わなくて正解。
 体育館の前で待ち合わせのKさんとそのお友達に合流。
 チケットはカテゴリー1の招待券。つまり18000円相当ということ。

 遠回りをさせられたのと荷物チェックで、席に着いたのは前半キックオフ直後。赤いユニフォームと白いユニフォームが戦っているのだが、どっちがどっちのチームだかわからない。
 1点目が入ったところで、そっちが「インテルナシオナル」だと判明。そうだったのか。僕ら3人は逆だと思って、意外にもブラジルが押されているではないか、なんて思っていた。
 それにしても、スコアボードに映像は映さなくてもいい。ずっとメンバー表を出しておいて欲しいのだけど。映像はゴールのリプレイのときだけでいい。

 終了後、しばらく出陣していなかった新宿ゴールデン街へ。
 なじみの店で飲んでいるところ、11時半ごろ、友人のダンサーがクラスの生徒さんを連れて合流。しばらく飲んだところで別の店へ移動して、お好み焼きを食べて、またもどり、またつづき。
 二人が帰った後、午前3時、歌舞伎町界隈の定点観測に出る。
 夕方の雨で出鼻をくじかれたのだろう、比較的人が少ない。
 歌舞伎町セントラルロードの24時間営業のマクドナルドへ。
 近くの席の大柄の黒人(会話からナイジェリア人だと判明)2名はいつもいるらしい。これも常連風のブラジル日系人のような感じの老人が男女数人、バラバラでいる。何をしている人だろう。
 午前4時を過ぎると勤務を終えたと思われる「おひとりさま」の男女を中心に、ほぼ店内が一杯になる。
 かなり眠いので、品川経由の始発で帰る。午前5時45分に帰宅すると、妻は徹夜で仕事中。まだ起きていた。
 しばし団欒してから就寝。爆睡。

2006年12月12日

立教大学と体脂肪計

 朝から立教大学へ。
 翻訳家でファッションコラムニストの実川元子さんの授業のお手伝い。女子大生8人ほどの前でインタビューを受けて話をする。
 終了後、学生街のお店でランチ。
 
 よいこはまっすぐ帰宅。
 amazon から、オムロン「カラダスキャン」が届く。体重、体脂肪率、内臓脂肪率、骨格筋率、基礎代謝、身体年齢、などが一挙に測定できるすぐれもの。(ヨドバシよりもかなり安かった)
 風呂場の脱衣所にあるアナログなヘルスメーターもついにお役ご免。最初に勤めた会社の上司が結婚祝いに送ってくれたものだけど、23年間、律儀に動いてくれました。
 よりいっそう体調管理に気をつけるぞ、という心構えで、妻への早めのクリスマスプレゼントという名目で、自分も使おうという魂胆。Je suis content.

 初回測定値は、とりあえず内緒。(笑)

 本日の「捨てキャン」
 椅子一脚、コピー機、布団2枚、プリンターなどを粗大ゴミに。

2006年12月11日

主夫的生活

 クリーニング屋へ寄ってから自動車修理工場に見積りをとりに。

 ついでに「コットンマム」で揚げ玉(100円)と蕎麦(3玉98円)をゲット。帰宅後、さっそく好物の「たぬきそば」を食べる。
 海老天蕎麦よりたぬき蕎麦が好きなので、心情的には「もし同じ値段で両方が食べられたら迷わずたぬき蕎麦」と答えるところなんだけど、貧乏性だから、実際にそういうシチュエーションになったら、食べたくもない海老天蕎麦なんか注文しちゃったりすると思う。(笑)
 でもでも、これだけはお願いしておきます。
 もし僕が死に至る病に侵され、病の床で「たぬき蕎麦が食べたい」と言ったら、勝手に気を利かせて天ぷら蕎麦をもってきたりしないでください。(誰に言ってるんだか)

 ところでコットンマム、「お買い得商品」として95円のレトルトカレーとか、3玉98円の茹で蕎麦とか、各種、廉価商品を織り交ぜる努力が始まっています。やっとまともなスーパーになってきたな。
 豊富な選択肢、新鮮な青果や鮮魚、といういままでの長所と廉価商品との両輪でいいスーパーになってきたと思う。
 しかし、いかんせん市場が狭い。
 月曜日午後4時で客は僕を含めて4人だけでした。

 その足で、今度は「プラザ栄光」(スーパー形式の乾物問屋)へ。
 コットンマムで95円のカレーよりもわずかにランクが上のレトルトが87円だったので、こちらを購入。(笑)
 夕食は、青椒牛肉、ふろふき大根、グリーンサラダ、かき玉の清まし汁。

 改稿プランの整理のため、編集者のコメントを書き出す。

2006年12月10日

なんと二ヶ月ぶりにヨットに乗る

 11時すぎに出航。
 ユニクロのあったか下着で完全防備。(笑)
 今日は女性クルーと僕だけ。 あとは中性クルーの自動操舵装置。
 出るときは意外に寒くなくて動くと暑いくらい。
 八景島で他の艇と合流して、それぞれの船に積んである期限切れ食品(笑)で昼食。

 帰りは合流した船からオッサン一名こちらへ移籍。
 走っているうちに日がかげるとどんどん寒くなる。やっぱり冬だなあ。
 片づけが終わるとあっという間に暗くなる。
(あれ、つるべ落としというのは秋の陽の形容だったっけ)

 ヨット協会のパーティやヨットレースの手伝いに行ったりはしていたけれど、原稿〆切があって、船を出すのは二ヶ月ぶりだった。
 来週から本格的に改稿に入るけれど、朝型を守ることができれば日曜日は乗ろうと思うんだけど、はたしてそれができるかどうか。

2006年12月08日

原点

 今日は12月8日。
 ジョンレノンの命日で、日米開戦の日。
 十余年前の日、高校の同級生を事故で失った。
 ばかな自損事故だった。
 だが、彼は僕の大切な友達だった。
 ふたつの大学、外交官試験、歯科医師国家試験。
 あまりにも長い勉強の時代とひきかえに、彼が得たものは、まもなく開業できる自分の診療所、モデル出身の美しい妻、お嬢さん学校にかよう愛娘、自分のためのポルシェ、妻のためのベンツ。
 30代半ばの彼の死のその時、僕は思った。得られるもの得られないもの。
 人生は突然終わる。明日は突然来なくなり、今日は突然過去になる。
 人生は長いとは限らない。
 やりたいことは今すぐにやれ。彼の死が語っていた。

 その時、僕は自分がいちばんやりたいことは何かを考えた。小説を書くことだと思った。
 それから10年以上が経ち、2005年の奇しくも同じ12月8日、僕の初めての小説の本が出版社を出ていった。

 この日は、僕の原点なのだ。
 だから、昨年と同じように今年も日記にこのことを書く。 何度でも。
 彼から譲り受けたビートルズのレコードがあったはずだが、どの一枚だったか、いまでは思い出せない。

 12月8日。
 理由は同じではないけれど、この日、涙を流す人が、世界中にたくさんいる。
 でも、ジョンなら言うだろう。
 毎日、世界のどこかでたくさんの人が不慮の死を遂げているんだ。
 それを思い浮かべてみてくれと。

2006年12月06日

リハビリの日(クマさんのお風呂マット)

 部屋でストレッチを30分くらいやっているとやがて飽きてしまう。
 有酸素運動も兼ねてダンスでもしてみようと。
 いまどき踊るならヒップホップだろうということで、ナップスターで検索したら Jay-Z というのがランキング上位にあったのでそれを選択。
 オリジナリティもあるし、音造りも悪くない。
 というわけで、時々、ふつうの屈伸体操にもどりながら1時間ほど踊る。

 ストレッチもダンスも床に「お風呂マット」を敷いてやるんだけど、一番安かったやつでなぜかクマさんの絵がついている。
 安物って、どうしてわざわざ手間をかけて安物っぽいデザインにするのだろう。こんなもの無地の方がずっといいのに。
(ちなみに我が家の風呂場には「お風呂マット」はありません)

 連載のエッセイを書いて送る。

2006年12月05日

生まれて初めてのマッサージ

 昨晩、捨てキャンで雑誌を廃棄するときに腰をズキっと痛めてしまった。
 たいしたことはない。しかし、太極拳終了後はいつも腰が痛くなるので、最初から腰が痛いのでは到底できない。
 というわけで、10回コースの太極拳はあえなく尻切れトンボになってしまった。
(来週が最終回だが、用事があって参加できない)

 午前中、リハビリのため入浴。

 思い切ってマッサージを受けてみることにする。
 だいたい、こういう施設は女性向けにできているので、男でも入っていいのかなあ、なんてのが最大の障壁。

 横浜ベイクオーターのカラダファクトリーというのが家から近くてまあ、入りやすそうでもあったので、勇気を出して飛び込んでみた。
 アメリカで知り合った韓国のジャーナリスト(多分僕の女性の友人の中ではいちばん若い)にそっくりなSさんという若い女性がやってくれたのだけれど、こちらが場慣れしていないのでしっかり注文が出せない。
 ちょっと力が弱かったかなあ。
 でも、やってもらっているうちは気持ちよかった。
 効果のほどは家に帰って1時間ぐらいしたら、元の木阿弥みたいな感じ。
 5250円で50分の快楽だと思えばそれまでだけど、コストパフォーマンス的にはもうちょっと効果が持続して欲しいなあ。

 というわけで、こういう癒し系産業はお金とヒマがあれば楽しいのだろうと納得。
 酒を飲んで5000円使うよりも健康的ではありますが、きわめて刹那的な快楽なのだなあ。

 本日の「捨てキャン」は、雑誌書籍類60センチほど。
 ただし、腰痛のため、地下のゴミ捨て場までは運ばない。

2006年12月04日

編集者と打合せ

 午後2時、出版社編集長と打合せ。
 先月に提出した第一稿に対するフィードバック。
 物語性、カタルシスを高める仕掛け作りについての詰めなど、雑談含めて2時間ほど。
 第二稿の〆切を1月中旬とする。

 終了後、駅構内の行政サービスセンターで住民票。
 駅で、役所の窓口のかなりのことが済むのは本当に便利。

 コットンマムで買い物。
 野菜が新鮮で安いのがうれしい。
 調理パンがタイムセール(ようするにランチ向けの在庫の売り切り)で3個300円になったので、6個買いだめ。ここのベーカリーは安くて美味しい。
 コットンマムもスーパーとしてかなりこなれてきて、開店当初の気負いが抜けた感じで、使い勝手のいいお店になってきた感じ。
 それにしてもマーケット(商圏)が狭くて客が少ないのがかわいそう。
 いい店なんだけど、やっぱり市場に合っていないんだよなあ。
 みなとみらいから直通の橋が開通すれば、商圏は拡がるだろうけど、その頃にはみなとみらいにももう一軒スーパーができるので、なかなか前途多難だ。

 本日の「捨てキャン」
 雑誌や大型本30センチほど処分。
 その他、粗大ゴミ回収に電話をしたら、スキャナーや小型のコピー機など、50センチ以下のものは普通ゴミに出せばいいのだそうだ。へえ。
 というわけで、とりあえずスキャナーをゴミ置き場へ。

2006年12月03日

ヨット協会創立120周年

 午前中からみなとみらいにて、種々雑用。
 午後3時、いったん帰宅。

 午後6時、ホテル・ニューグランドにて、「横浜ヨット協会創立120周年記念式典&パーティ」。
 ドレスコードが決められているので、蝶ネクタイにカマーバンド。

 やっぱりニューグランドはいいね、という結論。

 ふだんならば、二次会へも行くところ、腰が痛いので、終了後は真っ直ぐに帰宅。
 服装こそパーティの格好だけれど、日曜日毎にハーバーで会っていっしょに飲み食いだべっている仲間たちだから、特に今晩余計に飲むと楽しいというわけでもない。いつもと同じように楽しいだけ。

 帰宅後は、「捨てキャン」
 粗大ゴミに出すものを7点選出。工具箱周辺の要らないもの、など処分。

2006年12月02日

床屋

 午前11時過ぎ、床屋へ。
 いったら3人ほど並んでいたけれど、イスの方もフル稼働で、12時過ぎには散髪完了。

 これからしばらくの間、毎日1-2時間、「家の物を捨てようキャンペーン」(略して「捨てキャン」)を実行しようと心に決める。
 手始めに書棚から雑誌50冊ぐらい処分。
 AVアンプや電子レンジなどの段ボール箱を潰して資源ゴミに。

 まったく酒を飲まない休肝日。

2006年12月01日

いやはや誕生日である

DSCF0128.jpg

 52回目の誕生日。いやあ、けっこうな歳ですな。(笑)
 知識も経験も増えているけど、やりたいことは18歳のころとあまり変わらない。

 午後、T出版社から電話。
 初稿のフィードバック。根幹のところOKということで、お互いにほっとした。
 来週早々に詰めの打合せ、ということで。

 ただいま2作同時進行で、それぞれいい感じになってきている。
 2006年は1作も出なかったけど、2007年は3作以上は出せそうだ。

 久々に、湯船に湯を張って入浴。旅の疲れをとる感じ。
 午後8時、「ウルフガング・パック」にて、妻とバースデーディナー。
 アメリカンレストランなので、ポーションが大きくて、お腹一杯だ。

 午前0時過ぎ、就寝。仕事をしない日。

(写真は沖縄の鼓響館で宮永英一のドラムとセッション中のところ)

2006年11月30日

沖縄7日目

 午前9時前、自然に目覚める。
 とりあえずバス停まで行って空港行きのバスの時刻を調べる。
 那覇地域に「ゆいレール」(モノレール)開通したせいで、コザから高速道路経由で空港へ行くバス路線がなくなっている。これは不便。

 部屋にもどってコーヒーだけ飲む。
 同宿者はいつのまにか若い女性4人になっている。彼女たちは昨日宜野湾であったという全員オレンジレンジのライブを聴きに来たらしい。
 僕はオレンジレンジの顔も歌も知らないのだけれど、コザ出身の彼らは地元でのライブを定期的にやっている。次は大晦日。前述のプロデューサーT氏はもちろんその関係者である。

 午前10時過ぎ、チェックアウト。
 午前10時20分ごろ胡屋からバスに乗る。午前11時10分、那覇の沖縄県庁前で下車。
 那覇国際通りの基点にある「パレット久茂地」1階のモスバーガーでブランチ。
 翻訳家Nさんの沖縄の仕事場が近くにあるはずだが、今回はニアミスのみ。
 11時45分、ゆいレールで空港へ向かう。
 ホームへ出るとちょうど空港行きが停車していて、窓から顔を出していた運転士はなんとすごく華奢な安室奈美恵顔の女性。かっこいい!
(安室奈美恵は別に好きじゃないけどさ)

(そういえば、先日、自宅に宅急便を届けに来たのもアイドル風の女の子だったなあ)

 売店で「さーたあんだぎー」を買って機上の人となる。

2006年11月29日

沖縄6日目

 午前9時頃起床。
 お、今日の朝食は、ポーク(SPAM)とトーストだ。

 室内で21度。時々雨がぱらつく、肌寒い天気。
 午前中、体調のチェックを兼ねて1時間ほどジョギング。小説にも登場する歓楽街「中の町」の朝のようすなどを確認。
 小説を書くというのはそこに居る人の生活を書くことでもあるので、朝昼夜週末平日雨晴れ曇りのようすを知りたくなるわけだ。

 ジョギングしてみると身体は重くて固く、筋肉も循環器系も、やはりあまり調子がよくない。
 小雨の中、屋上でストレッチするが、それもあまり強くはできない感じ。
 精神状態はいいがフィジカルコンディションはよくない。マッサージでも受けたいなあ。

 昼食はコザ食堂で沖縄ソバ(400円)。ソバの味はそこそこなんだけど、ここのオバちゃんがいい味出している。前回、サイフを忘れたせいだろう。ちゃんと僕の顔を覚えてくれていた。この手は使えるなあ。(笑)
 町で楽しく暮らすコツは町の人に顔を覚えてもらうことだけど、黙って5回通うより、1回目でサイフ忘れればすぐに覚えてもらえるわけだ。
(ただし、「またくるよ」と行って別れて、ちゃんとすぐにもう一度行くこと)

 コザクラでLANを借りてメールの読み書き。帰る頃になると仕事関連でいろいろなメールが入ってくる。

 夕食はリンリンでトンカツ定食(ボリュームたっぷり600円)を食べていると、イベントプロデューサーで観光協会副会長のTさんが入ってきて、横浜のイベントについて話をする。
 リンリンで食事をするのもこれが最後。オーナー夫婦と握手して別れる。

 まだ飲み始めるには時間が早いので宿に戻って執筆。

 午後8時ごろ、コザクラへ。
 店の常連である地元の医師と、医療システム、とりわけ医療関係者の労働環境について。
 某ホテル専務Mがまたしてもやってきて観光産業について。
 そこへコンテスト受賞5回の琉球紅型染・金城宏次(37)が合流。
(金城宏次は1月の出版記念パーティの引き出物の作者)
 酒を控えるため午後10時まではコーヒーを飲んでいたのだけれど、そこからビールと島酒2杯。(宏次のおごり)
 宏次は5月に東京に来たときに連れて行った新宿ゴールデン街がいたく気に入ったらしく、また東京にいったら行きたいと連呼。

 午後1時、宏次とゲート通りへ出たら水漏れで営業していなかったPEGが開いている。
 照喜名薫はホテルでのライブを終えてもどってきて店を開けたばかりだった。
 雨が降って寒いコザの町の人通りは少なく、他に客はいない。
 というわけで、ロックギタリストと革新的伝統工芸作家と駆け出し推理作家の3人で作品作り談義。(最初はエロ話してたはずなんだけど、どこからそうなったんだろう)
 ビールと島酒1杯。(これも宏次のおごり)
 午前3時、宏次はSHUNに移動していき、午前4時まで、ギター談義。
 コザ最後の夜、雨は上がっていた。

2006年11月28日

沖縄5日目

 午前8時すぎ起床。

 昼食はミッキー食堂、ふーちゃんぷる。(500円)
 野菜がたくさん入っているのでがんばって完食。

 屋上で少しストレッチ。身体が重いなあ。

 午後7時、カフェバー・コザクラにてFMコザのラジオ番組「エロかしましコザクラ」の収録。ゲストで参加。
 一緒に参加したのは玉城満さん(笑築過激団座長 沖縄市民小劇場あしびなー館長)、ロックの歌姫リーミーさん他。
 20分3本。Pod Cast でも配信されるらしい。
 終了後、入れ替わりに音楽プロデューサーのTさん、某ホテル専務Mさんが来て、地域振興のあれやこれやについてゆんたく。
 収録中の島酒(二杯)はギャラ代わりということでご馳走になり、生ビールとガーリックポテト(味も量もGOOD)と追加の島酒で1300円。

 午後10時半、オーシャンへ。
 ギタリストのタラちゃんと大型免許再取得中のKさん(ふたりとも『覇権の標的』の読者でもある)、それに店主のシンガーソングライターのヤッシーとでゆんたく。
 カウンターのふたりが帰り、僕はたったっひとりの客。閉店時間過ぎて0時過ぎまであれやこれや。島酒300円。

 午前1時前には部屋にもどっていた。コザ旅行中、最も早い帰宅。それにしても飲み屋滞在時間5時間で、いちばん短いコザの暮らしって……。(笑)
 まあ、それが旅の目的である芸の肥やしだから、ここでしかできないことはきっちりしておかないと。

 でも酒は最小限にしよう。

2006年11月27日

沖縄4日目

 午前9時すぎ起床。
 目覚ましもかけたのだが、そのまえにジェット戦闘機の騒音で目覚めた。
 まごうことなき米軍基地の町。僕のいる部屋は基地のゲートまで歩いて5分だ。
 ジェット機の音をバックに、三線の音。
 コザに滞在するのは4度目で滞在日数合計20日以上になる。ずっと基地の近くにいるわけだけど、かなりの轟音でも基地の騒音を不快に思うことはほとんどない。町にふつうに兵隊がいて、彼らの日常とこちらの日常とが共存しているし、交流もある。すでにアメリカの兵隊はこの町の住人という感じがする。いて欲しくない人々ではなく、コミュニティの一員だと感じる。
 所詮、僕が短期の滞在者だからなのかもしれない。軽々しくこういうことを言うべきではないかもしれない。地域の事情、個人の事情はさまざまでひとことでは語れない。
 しかし、少なくとも基地があることでこのコザという町が輝きをもっていることだけは確かなのだ。経済だけでなく、独特の文化ができてこの町を文化的にも豊かにした。
 この町の文化は日本中に誇ることができる。戦後60年かかって、アメリカと沖縄が接触してできた素晴らしい文化。

 朝起きて午前11時までに、ジェット機の音がしたのは50回以上。三線の音もずっとしている。どちらもこの町の音だ。
 僕じゃなくて選択は当事者である沖縄の人が決めることだけれど、嘉手納基地がなくなってしまったら、コザという町に限っていえば、ここがお金も魅力もない町になることだけは確かだと思う。
 人を殺す道具である灰色の戦闘機の映像をテレビで見るとゴロゴロジャリジャリと口に中に違和感を覚えるけれど、この町の路上に立って酔っぱらって天衣無縫(英語で言えば crazy )に楽しんでいる兵隊をみれば、むしろ彼らを可愛いと思うし、同じ人間だと感じる。
 軍隊は固い武器の塊であると同時に、やわらかい人間の塊でもある。どちらを見るかで見え方はまるでちがう。
 たしかに、琉球王朝から現代にいたるまで沖縄には屈辱的歴史もあった。日本からもアメリカからも、沖縄はひどい扱いを受けた。
 けれど、どっこい沖縄の人だってたくましい。交わるところは交わり、自分たちを失わず、ちゃんと米軍基地という「環境」を自分のものにしている。
 本土の人が新聞やテレビで見聞きして想像するように、騒音に耳を塞いでじっと苦痛を堪え忍んでいるわけじゃないし、米軍が落とすお金にへつらっているわけでもないさあ。
(マクロには沖縄は「援助」「補償」に大きく依存しているのだけれど)

 昼食はミッキー食堂でタコライス。(500円)
 ミッキー食堂は以前はゲート通りの胡屋十字路近くにあり、カウンターの高さもアメリカサイズだったけれど、交差点付近の再開発で中央パークアベニューに移った。量はあいかわらずアメリカンだけれど椅子の高さはジャパニーズにかわった。

 デイゴホテルで入浴。(500円)
 夕食はリンリンで沖縄ソバ。(500円)

 午後8時に目がけてうるま市にある宮永英一の「鼓響館」へ。(バス代250円)
 一年ぶりにCHIBIに会う。
 オキナワンロックに関するテレビ番組をビデオで見たり、彼がプロデュースした城跡でのライブの映像を見たり。
 他にいたお客さんの迷惑も顧みず(笑)持参したギターをもって宮永英一とセッション。というとカッコイイが、まあ、音を合わせて遊んでもらった、ということ。
 宮永英一といえば、80年代、日本のロックの最高峰として君臨し一世を風靡したバンド「紫」のドラマー。彼のドラムをバックにギターを弾いて歌ったというのは、たとえていうならNHK交響楽団をバックにピアノコンチェルトを弾いたようなものである。(いやマジで)
 僕の演奏は根っからボロボロで、勢いだけで楽しませてもらったのだけれど、こちらがご迷惑をおかけした他のお客さんから飲み代を奢って戴く、というとんでもないオマケまでついて、恐縮至極。(したがって飲み代はタダ)
 あとはいつものことだが、音楽について、ロックについて、沖縄について、宮永英一、語る語る。(笑)

 午前1時頃、タクシーで胡屋十字路までもどる。(1410円)
 また中の町の「SHUN」へ行くと、思った通り、琉球紅型染の金城宏次がいた。昼間電話して、水曜あたりに飲みましょうね、と話していたのだが、実はそれ以前にどこかの飲み屋で会えるだろうと思っていた。
 コザでは僕はお釈迦様のように、誰がどこで飲んでいるかわかってしまうのである。(笑)
 アルコールを控えているのでビールだけ。(お通し込み800円)
 7時間飲み屋にいたけど、なんとかジョッキ二杯だけで切り抜けた休肝日(?)であった。

2006年11月26日

沖縄3日目

R0011882.jpg

R0011911.jpg

R0011941.jpg

 正午前に起床。
 朝食はコーヒーとドーナツにゆで卵。(宿についている朝食で無料)
 天気がよいので、とりあえず洗濯。
 そういえば太陽の下に洗濯物を干すのは久しぶりだ。(自宅は高層マンションなので、風が強すぎて外に洗濯物は干せない。全部片側に余ってしまうし、風になびいてコンクリートの外壁に触れて汚れてしまう)

 今日は、ゲート通りで「ゲート#2フェスタ」だ。
 実はイベントがあるとは知らずにやってきたので、昼間の執筆時間がとられてしまうけど、町のイベントは小説のヒントに満ちているので、取材して回らないわけにはいかない。
 準備のようすなどを写真に撮りに行くと、知り合いの人たちがたくさん働いている。ようするに、僕のコザの知り合いはミュージシャン系か地元商店会系なので、あたりを歩くと知り合いだらけというわけ。横浜にいてもこんなに頻繁に知り合いに会うことはないぞ。
 リンリンのオーナー夫婦も屋台を出している。
 開店準備前ということで、生ビールをご馳走になる。今日は酒を控えようと思っていたのだが、飲むとおいしい。(笑)

 12時になると交通規制が敷かれ、全国からこの日のために集まったものすごい数のハーレーダビッドソンだけが、制限区域に入ることができる。

 昼食はタイ屋台料理の「ソムチャイ」でスープ麺。
 非常にタイ風。タイにも行ったことがあるけれど、こういうタイ料理を食べて思い出すのは、僕の場合、やはりアメリカなのだ。
 シリコンバレーにひとりで行き来していたころ、アメリカ人に囲まれて時間を過ごし、普段とは異種の食べ物を口にする、なんともいえない「旅先の孤独感」のようなものが、実はけっこう好きだったりする。

 僕がコザが好きなのは、音楽、人との繋がり、そして同時に、どこか寂しい「旅らしさ」のようなものが、すべて内包されているからだと思う。
 楽ではないけど、自分の居場所を見つけて自分らしく生きている人たちがたくさんいて、自分の生き方を肯定されるようでもあるし、同時に自分の甘さを感じたりもする。
 どちらにしても人生には寂しさが必要だ、と僕は思う。

 いったん帰宅して沖縄の太陽を浴びてすっかり乾いた洗濯物を取り込む。

 午後4時過ぎ、ふたたびゲート通りに戻る。
 琉球大学のプロレス同好会のリング。
 沖縄そばや泡盛や焼きそばやたこ焼きを売っている屋台。
 ダンススクールの生徒による子どもたちのダンスパフォーマンス。
 アメリカ人によるエイサー。
 腕相撲大会。
 テントの中やPAブースに知り合いがいっぱい。地元の人が手弁当でイベントを造り上げているわけだ。
 屋台で泡盛200円。唐揚げとフライドポテト300円。
 しかし、連日の飲み過ぎで、泡盛は半分しか飲めなかった。

 嘉手納基地にいちばん近いステージで、Shima Gai's のライブを聴く。
 野外ステージに出て、楽しそうに演奏している。
(しかし彼らはプロなのにノーギャラなのだよ)

 暑さにバテ気味。部屋へ戻って休養。
 行く予定だったライブ2本(ダブルブッキング)をどちらも行かずに休む。

 午後10時、少し元気になったのでオーシャンへ。
 するとすると、なんとコザで知らぬ人はいないJETのドラムのコーちゃんがギターを弾いて歌っている。珍しい光景だ。ベーシストとアメリカ人の奥さん(マルチナ・ナブラチロワ風:実は前日の激マズ・キューバリブレをつくった人だ)もいる。
 店の常連のKさんに「おまえも歌え」と言われたが、聴衆がすごすぎるし、迷ったけどちょっと遠慮。
 しかしオーシャン、過去二年とは見違える盛況ぶり。パートナーに触発された(尻を叩かれたともいう)オーナーのヤッシーが「その気」になったらしいのだ。
 名物のタコス(1個なので正確にはタコ)とビール。(800円)

 午後11時すぎ。コザクラへ。
 知人がふたり、地域振興について熱く語っている。
 ビール500円。
(日記は旅の経費帳代わりなもんで、いちいち値段が書いてあります)
 ビールを飲み干したところで部屋にもどる。
 まったく飲まないわけにはいかないけど、いくらか肝臓を休ませることができたかな。

アメリカンバー


日本人、僕だけ。
ただいまサンタナ。
アメリカを懐かしく感じる不思議。
妙にほっとする。

2006年11月25日

沖縄2日目

 午前8時半起床。宿泊者に朝食。1時間ほど二度寝。
 昼はよいこで原稿書き。
 昼食はコザ食堂でカツ丼。玉城満さんの奥さんがゆんたくしていた。サイフをもっていくの忘れて、支払いの時にあわてて取りに帰る。

 夕食前にデイゴホテルの大浴場へ。(500円)
 県民体育大会のために宮古島代表で来ているという軟式テニスの選手と湯船でゆんたく。

 夕食に「リンリン」へ行くと、知り合いの商店街の人が年末イルミネーションの打合せをしている。
「3Dで完成予想図つくりたいんだけどできない?」
 おれは旅行者だっちゅうの。(笑)
(トーフちゃんぷるとビールで900円)

 午後9時、「コザクラ」にて投げ銭ライブ。
 出演は売り出し中の「タワタエミ」ちゃんと「Mr.スティービー」。
 MCが楽しくて紙のお金がけっこう集まっていたなあ。高くついた。クラブFUJIYAMAだって入場料500円だぞ。(笑)
 タワタエミちゃん、カーペンターズのカバーなども丁寧に歌っていたけれど、自分の持ち歌がいちばんよかった。帰り際にそう言ったらすごくうれしそうにしていたのが印象的。来年1月21日、那覇で初のワンマンライブだそうです。
 僕は行けないけれど、がんばって欲しいなあ。
(ビールと投げ銭で1500円)

 午後11時半、"Al's Place" でコウゾウさんの Shima Gai's を聴く。(ハイネッケン600円)
 客で日本人は僕ひとり。ピュアなアメリカンバーだ。
 こういう場所に来ると、アメリカを頻繁に往復していた頃に魂に染みついたアメリカ文化が頭をもたげてくるのか、すごく懐かしい気分になる。
 コザは、沖縄であり、アメリカであり、断じて日本ではない。

 0時過ぎ、JETでハウスバンドのライブを聴く。(キューバリブレ500円 激マズ どうやらラムを変えたらしい)

 土曜日なのにPEGが締まっている。
 中の町社交街の「SHUN」にでも行こうかと出かけると、なんとそこにPEGのオーナーのギタリストKがいるではないか。(笑)
 水道管が破裂して店が開けられないとのこと。(執筆中の小説そっくり。ただしくどいようだがモデルにしているのは別の店である)
 仕事をしないで飲めるKは、やたらリラックスしてがんがん飲んでいる。
 つきあって話をしているうちに午前6時。(ほとんど飲み放題みたいなもんで2100円)
 ふ~。もちろん飲み疲れである。
「SHUN」はライブハウスではないのに、1年前よりもギターが増えて7本くらいある。ドラムセットまである。しかも近々またギターが増えそうだ。

2006年11月24日

沖縄 第1日

11月24日
 少し早いけど、自動車通勤の妻に便乗して午前9時半、横浜シティエアターミナル(YCAT)へ。
 10時、羽田空港着。
 久しぶりなので少しターミナルを探検。
 10時30分過ぎ、エアポートラウンジ。提携クレジットカードをもっているので入場無料。電源付の椅子があってソフトドリンク飲み放題。シャワーもあるけどさすがにそれは使わない。家を出ていきなりシャワーというのも話としては面白いので、そのうちチャレンジしよう。(笑)
 コーヒー飲みながら執筆。旅行中、野菜不足になると予想されるので、トマトジュース2杯。
 手荷物検査場の入口のようすを窓から見下ろすことができるので安心。
 11時30分。手荷物検査。
 ターミナル近くで、お土産の彩鳳のシュウマイと、昼食の「炙り鯖トロ寿司」を買う。
 11時46分、ターミナルに着くとすでに搭乗は始まっている。
 飛行機の席は取れる限り二階席通路側二列目と決めている。本日の場合82H。

 14時40分、定刻通り、那覇空港に着陸。
 荷物を受け取って従姉妹Aに電話すると、すでにホンダプレリュードは到着していた。
 気温26度。空港ビルを出て車に乗り込みまでのすでに汗ばむ。
 遠回りして恩納村のその名も「シーサイドドライブイン」といういかにもな名前のドライブインでカレー。実は従姉妹Aはオキナワンロックの大御所・宮永英一のマネージャーなのだが、ツアー中、カレーが食いたいな、というとここなのだそうだ。ウコンの色が特徴的な香ばしいカレー。

 17時、この旅行のベースとなる沖縄市(コザ)のゲストハウスに到着。
 トイレと風呂は共同だけど、6畳ほどの板の間の個室で、机と椅子があって一週間15000円ほど。もっと安いところもあるけど、執筆環境が確実に確保できるのがありがたい。コザは4回目だがここが定宿。
 唯一の難点は屋内配線のアース側が浮いているらしくて、ノートパソコンの筐体を触ると少しビリビリ感電気味なこと。執筆ツアーではUSBのフルサイズのキーボードをもっていくのでこれは問題なし。
 18時前、開店前のパーラー「リンリン」でオリオンビール300円。
「また来ているよ」の挨拶だ。2週間ほど前には友人の舞踏家Rが立ち寄っている。(彼女が泊まったゲストハウスの屋上が僕の泊まっている部屋の窓から見えている)
 18時過ぎ、カフェバー「コザクラ」で島酒(泡盛)300円。ここでもさっそく知り合いに会う。
 18時40分。胡屋交差点野外ステージで「さようなら胡屋歩道橋コンサート」とかなんとかいうコンサート。
 見に来ている中に、ここでも知人多数。そこらじゅうで「また来ているよ」の挨拶。
 楽屋(というかステージサイド)に行って、シンガーソングライターの「ひがよしひろ」とギタリストの「タラ」(顔が忌野清志郎にそっくり)と「また来たよ」の握手。
 コザ到着2時間で、あっというまに知り合い20人ほどに会って挨拶。
 そのまま楽屋席(笑)で最後まで聴かせていただきました。
 通りすがりのアメリカ兵がノリノリでステージの前で踊りまくり。コザらしい風景だ。

 再び「リンリン」に行くと、そこでまた知り合い3人。(オリオンのジョッキ400円)
「オーシャン」に行って3人。(島酒300円)
 さっきのステージで弦を2本も切った左利きのひがよしひろは、「弦、2本も貼り替えるのめんどくさいから」と、ここではふつうの右利きのギターを逆さにもって弾いている。おそるべし。
 ジミ・ヘンドリックスもギターを逆さにもってはいたが、彼は弦も逆に張っていた。ひがよしひろは1弦が一番上にきているギターで演奏しているのだ。ヒエ~!
 0時過ぎ、"Al's Place" にいってコウゾウさんのバンド "Shima Gais" を聴こうと思ったら、ちょうどステージが終わったばかりのところで、次のステージまでに時間があるということだったので、バー「PEG」へ。
 水漏れで床が濡れているではないか。執筆中の小説にバーの水漏れのシーンがあるので、びっくり。モデルにしているのは別のバーなんだけどさ。
「日曜日、野球やらないか」「来週、夜釣りにいかないか」と誘われるが、とりあえずまだ予定がはっきりしないので答を保留。
 そんなふうにPEGで引っ掛かってしまって、Al's Place には戻れなかった。PEGでは島酒500円。他のお客さんのおつりがないというので、2500円を店に貸し。(笑)
 そんなわけで、5軒まわって一晩にしてあっという間に知り合い30人以上に再会した。あと2軒まわると、ほぼ知り合いを網羅できる。

本日より、沖縄

 昨日は23回目の結婚記念日でした。考えてみるとけっこう長いな。
 昼はデパートで食器など見てから、昼からビール。夜は、大戸屋でオカズ単品をつまみに、日本酒を飲む。夫婦で地味に豪遊だ。(笑)
 しかし大戸屋は安いし美味しいし。
 日本酒2本飲んで、料理4点に、そば、デザートつきの「お茶バー」までつけて、ふたりで3200円も使ったら大満足。
 安いのに、高いところ以上の味を出していて、食器も十分豊かさを感じさせるし、ほぼ欠点がない。
 飲食産業の鑑、みたいな店だなあ。

 本日より30日まで、沖縄です。
 
 昼は執筆。夜は取材と称して(笑)音楽と酒。
(だって、コザのミュージシャンにまつわる物語なんだもん)
(最初のバージョンは1月10日に書けていたんだけど、一昨日、編集者と打ち合わせして、改稿の方向が決まりました。向こうとこっち、種々の事情で、2年越しのプロジェクトになっている)

 ちょっと大荷物だけど、今回はギターを持って行ってみます。ミュージシャン心を感じる旅だから。

 さあて、これからパッキング。

2006年11月22日

新作打合せ

 東横線が座れなかったので、Linux Zaurus で、プロットを読み直しながら渋谷へ。
 マークシティのカフェで文庫書き下ろしのプロットについて、編集者と打合せ。
 考えている方向が揃っているようで、安心して書ける。

 少し時間があったので、渋谷の街を散策。
 タワーレコードに入ってみたりして、若者みたい。(笑)

 桜木町へ移動して、午後7時から、ボランティア団体の世話人会。
 終了後、いつもの中華料理店「万里」にて、久しぶりの人たちと会食。

2006年11月21日

太極拳のあとは回鍋肉

273819654_185.jpg

 火曜日なので太極拳。
 日曜にフットサルをやったので、今日はおわったあとも筋肉が楽だ。
 終了後、「馬さんの店 龍仙」に駆け込んで600円のランチ。
 回鍋肉、ワンタン、ザーサイ、杏仁豆腐、ご飯付きでこの値段は安い。
 質、量、値段、全部満足。

 帰宅途中、ドトールでコーヒーを飲みながら読書。

2006年11月19日

雨中の蹴球

 気温11度、高橋尚子も走れなくなる冷たい雨。
 二時間ほどフットサルをしてきた。
 歩いて15分ほどの場所(みなとみらいスポーツパーク)なんだけど、雨の中を歩くのがいやで、車で行っちゃった。アホです。駐車料金750円。 サッカーやればどうせ濡れるのにね。

 いつもそうだけど、グランドで始めてしまうと、あんまり雨は気にならない。不思議。

 さすがに集まりが悪くて、参加者は5人だけ。
 マーカー置いてドリブルの練習をしたり、シュート練習したり、1対1、2対2、の練習をしたり。

 1時間過ぎてから、よそのコートに人に声をかけて試合の相手をしてもらいました。
 飛び抜けて最年長で、かつ年齢以上に体力のない僕は、すでにあまり走れなくなっていたので、半分以上キーパー(正確にはゴレイロ?)をやってました。
 雨でボールが滑る滑る。
 JFA公認の人工芝は多少足下は滑りやすいけど、ボール扱いがやりにくくはならないで、よくできています。

 というわけで、濡れた洗濯物が45リッターのゴミ袋一杯、大量にできた。

2006年11月18日

定点観測:またコットンマム

 一ヶ月半ぶりにスーパー「コットンマム」へ行った。
 前回は10月1日
 ちかくのコットンハーバータワーズに入居が進んだのか、土曜の夕方、店内にはけっこう人がいる。
 屋上の駐車場にはそれほど車が入っていない。
 つまり、コットンハーバータワーズ以外からの買い物客はあまり多くないようだ。

 車でなら遠くない商圏、ポートサイド地区やみなとみらい地区では、地元のプラザ栄光生鮮館ポートサイド店、みなとみらい店が、それぞれ対抗策を打ち出しているのだ。
 みなとみらい店ではメール会員にタイムセールとして、価格100円未満の目玉商品を毎日のように告知しているし、ポートサイド店では精肉部を担当している Motomachi Union がぴったりコットンマムに照準を合わせて、土日に牛肉全品50%引、を毎週実施している。
 生鮮食料品を買うスーパーというのは、目玉商品で顧客を呼べば、他の商品もそこで間に合わせてしまうので、土日に牛肉を買いだめさせてしまえば、ポートサイド住民は平日にコットンマムへ行く機会もあまりなくなる。
 みなとみらい、ポートサイドの両地区は夫婦共働きか、リタイヤ後の高齢層が住んでいる。共働き層は週末にまとめ買いをするので、土日に客を押さえれば平日にはあまり買い物をしないので、競争相手のシェア獲得をブロックできる。
 土曜夕方にも屋上駐車場にあまり車が入っていないのは、そのような近隣スーパーの作戦がかなり成功していることをうかがわせる。
 高齢層はもともと車で買い物には出ないので、コットンマムの高級な品揃えはむしろ、横浜駅のデパ地下、成城石井、などを利用することになるだろう。(もともとコットンマムの商圏ではない)

 10月1日にも指摘したが、コットンハーバータワーズの住民層とコットンマム品揃えの高級食材とはミスマッチがあるので、今後も厳しいビジネスが続きそうだ。さらにみなとみらいの中心部にスーパーができることも決まっている。

(訂正:2007年7月現在みなとみらいに新しいスーパーができる話はないようだ)

 あいかわらず野菜は安くて鮮度がいい。
 やげん堀など七味唐辛子の種類が増えていた。(前からあって僕が見落としていたのか?)
 鮮魚・精肉は「物はいいが価格も高い」(青果のように割安感がない)ので、一部の廉価品以外はあまり売れている形跡がない。
 ただ、買わないまでも豊富な品揃えを見ながら、実際は定番や廉価商品を買う、というのは「豊かな買い物」なので、高級品を見せながらきちんと廉価商品を用意してくれさえすればば、プラザ栄光生鮮館などよりもずっと気持ちのいい買い物ができていいと思う。
(売れ筋だけでなく売れない品揃えを豊富にすることで、実際は売れ筋しか買わないけどより多くの客を呼ぶのが、かつての「東急ハンズ」のビジネスモデル)

 以上、経済小説 を書いている主夫、阿川大樹の提言でした。

 このブログのコットンハーバー関連のエントリーは ここ から。

「フラ印ポテトチップス」があるのがうれしかったのでを買ってみた。
 だけどまるでふつうのポテトチップス。
 東京スナックへのライセンス商品ということだが、どうやら商標だけのライセンスらしく、ギトギトカリカリで食べ応えのあるアメリカで売られているあの「フラ印」とは似ても似つかぬ味だった。ならばなんでわざわざフラ印なんてつけるのさ。大いにがっかり。(コットンマムの責任ではないけど)
 やっぱりいまのところ「堅あげポテトチップス」がいちばんだ。(笑)

出歩く土曜日

 午前中、インテリア関係の打合せ。
 午後、世田谷にあるショールーム見学。
 近くの「コットンマム」で日常の買い物。
 スモークサーモンが安かった。

 夜、みなとみらいの「ニトリ」で二枚組9990円の羽毛布団購入。
 この羽毛布団、最近テレビで宣伝しているが、薄いのと厚いのが二枚組になっている。すでに我が家には数年前からこれが一組あった。
 薄いのをかける、厚いのをかける、両方かける、で、すべての季節に対応しなさい、という商品なのだが、我が家では窓際で寒い人が厚いやつ、手前で寝る人は薄いやつ、とひとり分をふたりで使っていた。
 ところが、年取ったせいか、昨年の冬あたりからこれでは寒いと感じることが多くなってきたので、このたび、買い増しをした次第。

 夕食は、スモークサーモンでワイン(チリ産シャルドネ)。昼間動き回った疲れと酔いでいつ寝たのか記憶がないが、次に目が覚めたら日曜日の朝6時だった。

2006年11月17日

ふぬけた日々

 なんとか日曜日にフットサルをやりたいので身体作り。
 一時間半ほど、ストレッチ&ジョギング&ウォーキング。軽く軽~く。

 あとは音楽を聴いたり本を読んだり。
 運動して音楽聴いて本を読んでいるだけで生きていけたら幸せなんだけど、そうはいかないよな、そりゃあ。

『映画監督って何だ!』を見ようと思っていたのに、ぼやぼやしているうちに上映終わっちゃったよ。
 ぼんやりしているうちに打合せの段取りも遅れ気味で、あわててメールしたり。ようするに脱稿後でふぬけているのである。

2006年11月16日

二の酉、のち、温泉

A.JPGB.JPG


 午後7時前から雨が降り出して急に気温が下がった。
 今年初めて引っ張り出した革ジャンでも寒い。

 7時前のハッピータイムにハーフアンドハーフ(400円)を飲みながら本を読む。
 執筆中、ほとんど酒を飲んでいなかったので、すぐに酔う。
 ゴールデン街へ先に顔を出そうと思っていつも一軒目に行くYに電話を入れたら電話にでたくせに「今日は臨時休業なんです」だって。きっと自分が酉の市に行くつもりなのだろう。
 眠くなったので8時からいったん歌舞伎町のドトール(人間観察に最適)でコーヒーを飲みながら読書。

 古い女友達が9時過ぎには合流できるということになったので、彼女を待ってからいよいよ宵宮へ。
 雨で出鼻をくじかれた人が多かったのだろう。縁日は空いている。境内にある魚介類がびっしり並んだジャンボ屋台で飲む。お参りは後回しだ。(笑)
 さんざん飲んで、11時になってからお参りを済ませる。
「いい小説が書けますように」と場違いなお願い。(笑)
 商売繁盛の神様だからきっとベストセラーが書けるであろう。

 ゴールデン街のAに行ってみると、看板に電気はついているのに、貼り紙「お酉さまに行っています」。
 まったく、どいつもこいつもこの町のやつは仕事しないで飲んでいる。(笑)
 いつもは3軒目に行くGがあいていたので、そこにしけ込んで、彼女の新しい恋愛のことや昔の恋愛の話を肴に、バーボンをロックで。
 勤め人の彼女を12時過ぎに駅まで送り、さて、どうしようかと思ったのだが眠い。
 ならばと急に思い立って水道橋の「ラクーア」へ。
 露天風呂に浸かり、そこかしこからイビキの響き渡るリクライニングチェアでゆったり睡眠。
 朝は朝で、6時頃からケイタイのアラームがそこかしこ。
 午前7時前に目覚めて朝風呂。

 ああ、都会でリゾート。至福なり。

 さあて、今日は〆切を待ってもらっているエッセイを書かなくては。
 夜は、誘われてずっと不義理をしていた近所の会社の人とまた飲む予定。

2006年11月14日

太極拳

 今日こそ、ちゃんと太極拳へ。
 体育館に60人ほどの生徒に先生が4人いるのだけれど、そのうちの一人(細木数子と梨元勝をミックスした感じの女性)になんだか気に入られているようで、えこひいきしてもらえます。なにはともあれ、おおぜいに埋没しないでちゃんと習えるのはありがたいことです。

 太極拳のあとは中華でしょう、というわけで「馬さんの店 龍仙」で定食600円を食べて帰宅。
 途中、ヨドバシカメラで320GBのHDDを購入。

 あとは本を読んだり音楽を聴いたり、だらだら。

2006年11月13日

リカバリーの日

 体調全体を回復しておかなくては。
 健康状態は問題ないのだけれど、運動不足でサッカーができるフィジカルコンディションではないし、全体に筋力が弱っている。
 というわけで、午後、自転車で1時間ほどポタリング。

 その前も後ろも、音楽を聴いたり本を読んだり。
 こちらは魂のリカバリー。

2006年11月12日

横浜市長杯ヨットレース

IMG_6663.jpg

 午前3時就寝、午前6時半起床。
 我がヨットクラブがホストとなって「横浜ヨット協会創立120周年記念横浜市長杯ヨットレース」を主催したのだけれど、空は晴れているのにレース海面は風速15m以上の強風のため中止。
(この日のために、横浜市、漁協、海上保安庁などと交渉/調整したり、広報活動を行ってきたのに、みんなちょっと不完全燃焼)

 というわけで、海上のモーターボートからレースのようすを写真に撮っているはずだったのが、午前10時に、いきなりヒマになってしまいました。
 夕方5時から、レース後のパーティになるはずだったのにただのパーティになってしまったパーティ。
 それまでの間は、キャビンで本を読んでいました。これはこれで幸福な時間。

 夕方からはパーティ、遠来の船のメンバーも参加してくれて、いつもジャズバンドも入り、いい感じ。

IMG_6787.jpg

IMG_6761.jpg

2006年11月11日

脱力の1日

 脱稿して精神はゆるやかになった。
 肉体はリビルドする必要があり、運動をしようと思っていたら、冷たい雨。
 すっかりめげて、久々に浴槽に湯を張ってゆっくり入浴など。

 というわけで、まあ、あまり何もしない日。

2006年11月10日

はらたいらさんに全部

 ふう~、とりあえず初稿、終えました。
 メールで送付。

 足して引いて496枚。
 まだまだ直すところはたくさんあるけど。

 残り少しのところで絞っても出ない乾いた雑巾になってしまって、推敲のために読む気力がなくて、読むのに時間がかかるというていたらく。

 8月に10月半ばあたりに初稿出します、と見通しを言っておいたのに、1月もウソついてしまった。
 新人にあるまじき〆切破り。反省。

 この三日、体調ボロボロだったのに、いったん終わったら、いまは元気。
(まあ、疲れていないわけはないんだけど)

 そんなあいだに、はらたいらさん、肝硬変。
 別につきあいはなかったけれど、いて欲しい人でした。 さびしい。

2006年11月09日

おっと、忘れていた

 執筆に没頭する予定が、午後に3時間ほど外せない用事があったのだ。
 しかたがないので、そのまま眠らないで出かけて、夕方になって2時間ちょっと仮眠。

 途中、本屋でミステリーを一冊買う。もちろん、これも帰って袋も開けず。

 あとは執筆。

2006年11月08日

追い込み

 ただ書いているだけの一日。
 毎日これで書けていたらかなり幸せなんだけども。

2006年11月07日

太極拳もお休み

 執筆の調子がいいので、太極拳も休んで、執筆。
 調子がいいときには、できるだけそれを長続きさせることが重要なので、自分の心や体に変化を及ぼす要素には手を出さない。たとえよいであろうと思われることであっても。

 散歩がてら本屋へ行って、4冊ミステリーを買う。
 もちろん帰宅しても袋は開けない。


2006年11月06日

書いているだけです

 あ、タイトルだけで終わってしまった。
 ハイライトシーン書いているので楽しい。
 小説の神様、ありがとう。

2006年11月05日

金沢からJリーグ

zweigen_logo_s.jpg

 永らく外飲みを封印してましたが、臨時に解禁。

 というのも、僕が所属するサッカー/フットサルチームFC-JIVEのチームメイトが、Jリーグ入りを目指すクラブチーム「ツエーゲン金沢」のフロントに転職することになり、壮行会があったのでした。
 将来不安定収入大幅ダウン和歌山との遠距離恋愛はさらに困難でチャレンジングなフェーズに突入するにもかかわらず、リアルワールドで「サッカーチームをつくろう」に挑戦するというわけで、みんなでいろいろ熱く語ったのでした。

 3時からの練習は欠席して宴会だけ参加。
 久々に球蹴り仲間と酒が飲めてすごく楽しかった。

 読者のみなさま、地域からJを目指すチームを、機会があったら、取り上げてください。取材対応もしますので、僕宛にお知らせください。チームフロントにつなげます。
 あらゆる媒体露出、スポンサーシップ、後援会、などにご協力をお願いします。

 ベストセラーが出たら、agawataiju.net としてスポンサーに参加しようかと、鋭意、執筆に励みます。(笑)

ツエーゲン金沢
http://ishikawafc.com/index.php

2006年11月04日

復帰

 家にもどると同時に小説にもどる。

2006年11月03日

季節はずれの海

 文化の日。晴れの特異日。
 午前8時就寝。妻が北海道に出かけるのでYCATまで荷物持ちのために10時半起床。
 送り出した後、二度寝。
 午後2時過ぎ、二度目の起床。
 
 小説のことばかりで心が疲れているので、リフレッシュしたいなあ、という感じ。
 新宿花園神社の一の酉でも行こうかと思っていたところ、一転、夜になって車で茅ヶ崎までドライブ。
 国道134号近くに車を駐めて、夜明かし。
 夜が明けるとサーファーたち、午前9時には色とりどりのウエアを来た本格派自転車乗りたちが防砂林の中を通りすぎてゆく。
 19の頃、免許を取り立てで叔父にもらったオンボロのトヨタ・カローラ1100で、よくドライブに来たけれど、25歳でヨットを始めてから、26年間、ビーチでの海水浴というのをまったくしなくなって、茅ヶ崎とはずっとご無沙汰。
 海が生活に染みこんでいる季節はずれの海はいい。

 午前11時、帰宅。
 24時間まったく仕事をしなかったら、目が楽。心だけでなく身体もリフレッシュしたみたいだ。

2006年11月02日

心の疲労

 体調は悪くないけど、書く意欲が弱い日。

2006年11月01日

yahoo の威力

 yahoo ニュースに履修不足問題の発言をトラックバックしたら、初日に400以上の訪問者があった。
 ニュースへの関心が高いことと、yahoo の威力に驚く。
 だからといって、トップページへのアクセスはそれほど増えないので、発言者の阿川大樹に興味を抱く人はあまりいないみたいだけど。

 太極拳効果で、心身共に好調。
 粛々と原稿書き。

2006年10月31日

太極拳、恐るべし

 今週は忘れずに太極拳。これで3回目。
 動きはわかってきたようなそうでないような。(笑)
 90分のクラスなのだけれど、そのあいだほぼ膝を少し曲げ、腰をごくわずか折った姿勢でいるわけだ。
 ところがやがて腿や腰の筋肉を使っているという意識がなくなる。
 筋肉を使っていないのに、自分の頭が地上1.5mのところに存在している。つまり、身体が宙に浮いているような感じなのだ。
 不思議な体験。
 心とか意識とかいうものは、肉体と別の存在ではなく、肉体とともに存在しているらしい。
 90分の終わりに、全員で整理体操のようなことをするのだが、50人ほどの人が一斉に同じ動きをしているのに、空気が動かない。空気を切り裂くのではなく腕の動く先の空気を腕に取り込んで後ろに吐き出しているというか、空気の分子が身体をすり抜けているような感じ。
 別にみんな達人ではなく、そこいらのふつうのじいちゃんばあちゃんたちなんですよ。
 スピリチュアルな説明は全然なくて、ただただ動きをまねているだけなのに、心のありようが変わっている。太極拳、恐るべし。

 中華街の龍仙(馬さんの店)の支店が三ツ沢上町の駅のすぐそばにあるので、終了後は、そこでランチ。600円なのに、めちゃうま。

 午後4時、帰宅。
 二時間ほどして身体の疲れが取れてみると心身快調。

2006年10月30日

ひきこもり

 ただ、執筆。
 集中力、いまいち。

「明日は太極拳ですよ」
 先週、行きそびれたという日記を書いたら、ひとり暮らしの母が、メールをよこした。
 親ってありがたいなあ。(と、ここに書いて礼を言っておく)

2006年10月29日

またしてもヨットもお休み

 残り50枚と思ってからどんどん長くなって、ゴールが逃げる。
 編集者が催促してこないのが不気味。
 人生の優先度相当高いにもかかわらず、ヨットも休み。

 夕方、みなとみらいへジョギング。日曜日の人出。
 足が弱っているよなあ。ゆっくり身体作りしたいなあ。

2006年10月28日

書く、書く、ナップスター

 身体がどんより血流が悪い感じなので、やはり午後4時ごろから、散歩。
 Blenz Coffee へ行ったら混んでいるので、結局、また Tully's へ。
 途中、100円マック外で立ち食い。

 かつて違法コピー流通の担い手だったナップスターがちゃんとした音楽配信会社になって、日本でも定額制の配信サイトをオープン。で、7日間の無料お試しに入ってみた。仕事のBGMにいいかなと。
 夜0時から1時あたりはストリームでは切れ切れで実用にならず。
 しかたなく、ダウンロード(スピード遅いけど)。
 洋楽が充実していて、探していると楽しい。新しい発見もある。
 毎月1280円で150万曲聴き放題は有線放送だと思えばいいかもしれません。
 ダウンロードだと196Kbpsなので、かなり音質もいい。
 いくらでもダウンロードできるけど、月額契約をやめるとライセンスが切れてすべて聴けなくなるという方式は合理的かも。
 ラジオでもテレビでも大人の音楽番組がないので、新しいアーチストが出ていてもそれを知る機会がなくなっているけれど、いわばアルバムごと全曲視聴できるシステムなので、CD選びにもいいかも。
 できれば、iPod と統合したいんだけどなあ。

 そんなわけで、ガーシュインの "Summertime" を20人くらいのアーチストで聞き比べたり、映画『The有頂天ホテル』の中で YOU が唄った "If My Friend Could See Me" を6人くらいのアーチスト聞き比べをしたり、しながら、明け方まで執筆。
 420枚を越えているけど、あと50枚で終わるかなあ。もう少し枚数が必要か。

2006年10月27日

執筆、執筆、執筆。

 て、四六時中書いているわけではない。
 書いている時間は限られているけど、その他のすべての時間が書く時間を産み出すため、書く時間の効率を上げるため、書く時間に書ける自分をつくるため。

2006年10月25日

太極拳。忘れる

 小説のこと以外、まったく頭になかったので火曜日が太極拳の日だったことをまったく忘れていた。
(それ以前に自分が生きているのが何曜日なのかがあまりわかっていなかったりするんだけど)
 少し前には体調が崩れてきたなあ、もうじき太極拳だから行けばよくなるだろう、それまでの辛抱だ、なんて思っていたのに、いざ、その日になったらスルーしてしまったというわけだ。
「しまった、1時から太極拳なのにもう3時!」
 なあんて一瞬あわてたりしたのだが、2時間過ぎていたのではなく26時間過ぎていたというわけ。
 そんなわけで身体はなんとなく重い。

 前日から目が痛いので、遠くを見るために散歩に出る。
 まず、ジャックモールのマクドナルドでランチ。
  (マックチキン100円+ハンバーガー80円+コーラS100円=280円)
 いつもの Blenz Coffee へ行くとレジに行列ができていたので、それならば2ブロックほどのところにある Tully's へ。
 机が狭いけど、ここはここでとても静か。
 近所のタワーマンションの住人なのか、定年後とみられる男性が3人、それぞれひとりでコーヒーを飲みに来ている。
 午後8時前にスーパーに寄って半額になった惣菜などを買って帰宅。
 夜半からつづき、まずまずの進みだが、朝8時まで起きていたので、まだ生活時間がずれ始めている。

2006年10月24日

目が痛い

 前日ペースがよかったせいか、朝からずっと目が痛い。
 そんなこんなでペース上がらず。二日間の平均を取れば十分なパフォーマンスなので、明日がんばればいいな、と。

 しかし、急に寒いな。
 そろそろ短パンにTシャツでは不適切な服装という感じ。靴下ぐらいは履こうかな。
(短パンも真夏だと暑いから今どきならちょうどいい短パンというのもあるし、真夏はタンクトップだけどいまは半袖Tシャツとか、一応、衣替えしてるんですけど)
 ちなみに、顔の高さで24.6度、床から15センチの高さで22.5度でした。外気温は20度までいってないはず。

2006年10月23日

どんと進む

 立ち止まりの効果が出たのか、どんと進む。
 進むと楽しい。(たいていは苦しい(笑))

 ただし、調子がよかったので午前4時までやってしまった。

2006年10月21日

世間は土曜日

R0011748.jpg

R0011746.jpg

 いつものように公園へ出たら人が多い。そうか土曜日なんだ。
 みなとみらいの "Blenz Coffee"は、逆に少し空いている。
 平日は、僕のようにパソコンを持ってきている人とか、ノートを開いて勉強している人が多くて、最近けっこう流行っているのだ。
 疲れたところで、大戸屋で「ロースとんかつ定食」(660円+税)。ここは安くてきれいで美味しい。いい店だなあ。

 夕方家にいると、珍しく電車で仕事に出ていた妻が駅に戻ってきたので車でピックアップ。
 そのまま横浜Fマリノスの練習場「マリノスタウン」にあるレストラン IVI へ。
 ながいあいだ夫婦ともにめちゃめちゃいそがしくて、家でも食事というより栄養だけは考えてある「エサ」を摂っている感じだったし、今日に至ってはそれをつくる気力すら惜しいので、手を抜いてお金で解決するためにやってきたのだ。
 3500円のコースがけっこうよくて大正解。今日は食事に恵まれている。

 実は、夏の花火の時、オープン間もないマリノスタウンのサッカー場の夜間照明が眩しくてマンションからの花火見物に差し障りがあるので、「消していただけませんでしょうか」と、このレストランに電話をかけて丁重にお願いしたことがあった。そしたらすぐに消してくれたのだ。
 食事後に店長が席にやってきたので、その話をしたら、電話に出たのがまさにその店長でよく覚えていたので、改めて花火の日のお礼を言った。
 向こうは向こうで、近所に住んでいる人からレストランがどのように見えているかというのを知りたがっていて、経営の話とか、見せ方とか、そんな話をしたりして。

 帰宅後は、ふたりとも仕事。

 写真は、昼間、散歩の時に撮影した「マリノスタウン」。

2006年10月20日

20日の金曜日

 ほとんど小説かいてばかりの日常なので、曜日とか日にちとかを意識しないのですが、本日は20日の金曜日。
 ということは先週は13日の金曜日だったんですね。
 なにもなかったな。キリスト教徒じゃないし。

 そういえば、結婚式は仏滅でした。仏教徒じゃないし、式自体はキリスト教式だったし。
 無宗教は便利だな。

2006年10月19日

本当の贅沢 (木村尚三郎・死去)

 西洋史研究・比較文明論で有名な木村尚三郎先生が亡くなった。

(以下、敬称略)

 大学の教養科目で西洋史を習った。
 大教室だから別に交流はなかったのだけれど、なんとなく魅力のある人だった。なんの研究をしているのかときいたら、「ベッドの歴史だ」という答だったので、へえ、と思っていた。
 こっちが大人にならないと偉い人の偉さというのがわからない。
 単位を取るだけの理科の学生の教養科目に文科系の偉い先生がたくさんいたというのは、ずっと後になって知ったのだが、19かそこらのころにはそんなことはつゆ知らず。いま思うととても贅沢な教養科目がたくさんあった。
 放送大学を見ると懐かしい顔がたくさんいたりして、ちょっとうれしくなったり。

 無駄に上質のものを消費する、実用の部分よりも可能性が圧倒的に大きい、それを贅沢というとすれば、ほんとうに贅沢な学生生活だった。
 知らぬうちにこういう贅沢ができたことが東大のほんとうの素晴らしさだった。いまになってそう思う。

 そういえば、芳賀徹には予備校で英語、大学でフランス語を習った。
 フランス語は蓮実重彦にも習った。
 僕がフランス語ができないのは先生のせいではない。(笑)

 こういう贅沢を同窓の友人曰く「体操の塚原にラジオ体操を習うようなものだ」と。
 言い得て妙。

 彼は英語を小田島雄志に習っている。
 そういや、夢の遊眠社の前身の「東大劇研」の顧問は渡辺守章だった。
 

2006年10月18日

3作目の仕込み

 編集者が横浜まで来てくれて、午後2時からおそらく3作目になる書き下ろしのためのミーティング。
 相互に状況確認したあと、基本的にいまとりかかっている書き下ろしが終わったら着手する方向で。

 電池が保たなくなってきた携帯 W21S。
 1月に24ヶ月になるのでそこでその時点の一番安いのに機種変更しようと思っていたら、ひょんなことから4ヶ月使用のW41Sがタダで手に入ったので、2100円手数料を払って機種変更。
(今年の1月発売なのにすでに最新型からはほど遠いけど、僕の持ち物よりは3世代もあとのもの)

 PCサイトビュアが欲しいと思っていたので、ありがたい。
 FMラジオが意外につかえる。
 Felicaがあるので、edy に申し込んでみた。Suica もつかえるけど、やがて年会費1000円とるというのでこれは躊躇。
 音楽も聴けるので、au Music Port というのをノートPCに入れたのだが、iTunes に比べてめちゃめちゃ使いにくいし、エンコードも遅いし、mp3 は聴けないしで、なんだかなあ、なんだけど、つかえるとついむりやり使ってみようというオタク精神が働いてしまって256MBの メモリスティックDuo を2800円も出して買ってしまった。
 都合、2100円の機種変更が5000円になってしまった。ばっかみたい。(笑)

 みなとみらいの Blenz Coffee まで歩いて、執筆とか携帯のセットアップとか。
 電池が切れたのでスーパーに立ち寄って帰宅。
 夕食後は、また執筆。

2006年10月17日

太極拳2回目

 三ツ沢上町の体育館で太極拳の二回目。
 初回よりもだいぶ慣れたけれど、それでも全身が使われていることによる肉体的疲労はかなり。
 反面、心の疲れはとれる。とはいえ、心がリラックスすると小説は書けなくなる。
 必死で少しでも書く。
 まだ10日かそこらはかかりそうなので、この時点でいっぱいいっぱいにするとつぶれてしまう。

 夕方、小型の電気肩たたき機みたいなやつで足の筋肉を中心にくまなくマッサージ。
 前回もそうだが、これがすごく効果的で、まったく筋肉痛が残らない。

2006年10月16日

近所のカフェ

245082146_244.jpg

午前6時半起床。
午後、ごくごく近所のカフェへ。
経営者があんまり気に入らなかったので避けていたんだけど、初めて来てみました。
意外にいい。椅子とテーブルが執筆向き。 かかっている曲も好みに合ってる。
コーヒー525円がちと高い。おかわりできないし。

近すぎて散歩にならないけど、雨の降った日ならいいかな。
まずは新発見でした。

翌午前3時、就寝。前日の後れは取り戻したが、本日分、若干積み残し。

2006年10月15日

ヨットなし

 執筆追い込み中のため、ヨットレースもお休み。
 世間の人は原稿の追い込みというと、2、3日だと思う人が多いようなのですが、長編小説なので約束の期日がヤバイ、というのが逆算して一ヶ月前にはわかっていたりして、すでにそこから追い込みだったりします。
 現時点で、まだあと原稿用紙150枚ほど書かなくては。

244129117_48.jpg
 
 午後、気分転換に自転車でポタリング。
 午後11時半、あまり進んでいないうちに眠くなったので30分だけ休むつもりでベッドに入ったら、あちゃ、朝まで眠ってしまったぜぃ。

2006年10月14日

気力低調

 午前6時半、起床。
 パソコンの前にはいるのだが、午後まで原稿に手が着かず。
 夕方になってもテンションが上がらない低調な一日。
 あきらめて早寝するか、少しでもガンバルか、判断がむずかしいところだが、翌午前2時までそれなりにやる。

2006年10月13日

自転車

 午前4時半起床。多少ずれるけどひきつづき朝型。
 午後、一段落のため、自転車で山下公園まで往復。ひさびさの自転車だ。
 帰ってつづき。ああ、地味な暮らし。(笑)
 午後11時過ぎ、寝るつもりだったが、結局、就寝は翌1時半。
 

2006年10月12日

ヤンゴン時間で引きこもる

 午前9時(ヤンゴン時間で午前6時半)に起床。
 心身共に調子がよくて家から一歩も出ずに執筆。
 早々に本日のノルマ達成。
 午後10時すぎに就寝。

2006年10月11日

丸の内

 午前6時半起床。おお、まっとうな起床時間だ。
 午前中にエッセイを書き、夕方までは小説。けっこうはかどった。
 電車の中で Zaurus をつかって小説の推敲をしながら東京駅へ向かう。
 午後7時、丸の内のレストランで出版エージェントの5周年パーティ。
 僕が契約しているわけではないが、友人の作家・山田あかねさんに声をかけてもらったので。パーティはごった返していたが、新たにまた出版社の人と名刺交換できたので一応よし。
 そこそこの時間になったので、有楽町のガード下の焼鳥屋へ移動して、焼酎を飲みながら閉店まで山田さんと、主として小説家という生き方について(笑)話をする。

 実は山田さんとはほとんどオンラインでのおつきあいで、ゆっくり話をするのははじめてだったりする。
 メディアが発達すると、人間関係も「タイムシフト」「地理的距離不問」になっている。

2006年10月10日

太極拳で開放する心と体

 しばらくリオデジャネイロ時間で生活していたところ、日曜にヨットに乗るためにあわててもどそうと、まずイスタンブール時間にしたところまではよかったのだけれど、次の日には調整しすぎて日付変更線を越えてしまってホノルル時間になり、少しもどしてフィジー時間になって、やっと本日、日本時間午前6時半に起きることができました。

 午前中、執筆、昼から「太極拳教室」の初日です。

 で、行ってきました太極拳。
 体育館に50名ほど、先生は4人。
 集中して動いていると頭が空っぽに。一方、腿の筋肉は90分でパンパン。

 帰宅すると異常に疲れている。
 深い呼吸で酸素を取り入れて身体が中から燃えている感じで熱い。
 身体が要求していた休息を心で押さえつけていたのが開放されて一気に疲れが出てきた感じ。
 心身をすっきりさせて執筆の能率を上げるという目論見はみごとに反対になってしまったけれど、身体が求める休息に気づかされてよかったと考えることにして、午前0時を迎える前に就寝。


 

火薬の匂い

IMG_6586.jpg

IMG_6589.jpg

 北朝鮮は、麻薬やニセドルを国家として売っている国。いま、核兵器をテロリストに売って金に換えようとしている。 北朝鮮が核を持つと言うことは核拡散に歯止めがかからなくなり、だれでもお金で核兵器が買える国際社会になることと同じ。
 そうなったら北朝鮮が核を使うよりももっと危険なことが想定されるので、北朝鮮に核が留まっているうちになんとしても止めておかないと。

 家の近くのアメリカ軍事海上輸送部隊・極東司令部。アメリカは完全に臨戦態勢に入っていることがわかる。見える限りイラク開戦前と同じ体制。
 今回も戦争になる可能性がかなりありそうです。

2006年10月09日

フィジー時間

 前日、早く寝たので、フィジー時間午前6時に起床。(だいぶ日本に近づいてきた)
 北朝鮮、核実験のニュースを聞きつつ、午後、3時間ほど散歩。
 あとは執筆。

2006年10月08日

ヨット日和

 ホノルル時間午前6時(笑)に起きて、原稿書き。
 日本時間午前9時半までに二食食べる。(笑)
 日本時間午前10時、ヨットハーバーへ。
 11時前に出航。空気が澄んでいて空は真っ青。富士山見えるし、千葉側も見えすぎるくらい見える。
 風は次第に弱くなり、エンジンをかけて、八景島マリーナへ入港。
 楽しくのんびりしたランチ。
 帰りは、やがて、かなり風が吹き上がってきて、空は真っ青の晴天なのに、舳先からの波しぶきで濡れるので、合羽を着て走らせる。

 夕食後、午後9時には、もう起きていられずにベッドへ。

2006年10月07日

ホノルル時間

 完全に昼夜が逆転して暮らしていたのですが、日曜日には2週間ぶりにヨットに乗りたいということで、時差調整のため、本日はイスタンブール時間で目覚めました。

 で、陽に当たる目的もあって、近所の公園やみなとみらいまで散歩。
 いつものカフェで原稿書き……。
 などと暮らしていて、夕食を食べたら夜9時には眠くて起きていられなくなり、時差調整は進みすぎで、翌8日はホノルル時間での朝6時に起きるハメに。
 くそ、日付変更線、またいじゃったよ。

ウィルス注意

以下の文字列に思い当たりませんか。
毎日これらのアドレスを騙ったウィルス(かなり古いタイプの)が届きます。
以下の文字列に思い当たるフシのあるかたはウィルスチェックを忘れずに。

シバタキョウスケ (JETRO)
indow (メーリングリスト)
ヒロノユーゾー
カツベモトユキ
イザワ
オタギリナオト
イズミ (滋賀県立大学)
マルヤマツネ
シサユキ
アオキ (トウカイブッサン)
オーヤマM
ヤスF (北大)
リコーUSA
クワヤマ(宝石)
キミヒコ
チバアミコ (シンパティコ・カナダ)
シオミケン
ケーブルネット
ツツイカンポ
ミドリ (アクセラレート)
terra.com (ブラジル)
モリカズミ
タカノN

2006年10月06日

あらためてひきこもり

 激しい風雨も、家の中にいるとセイシェルのビーチに打ち寄せる波のように聞こえる。
(そんなわきゃないが)
 まあ、なにはともあれ、物語の終わりに向かってコツコツと書き続けるばかりなり。

     秋来ぬと、人語り、なお、半ズボン。

 季節感のない様を俳句で詠むときにはどのような技法を使ったらよいのだろう。
 俳句教室にでも通ったら教えてもらえるだろうか。

 日曜日にヨットに乗るには、いつまでもリオデジャネイロ時間ではまずいので、とりあえずイスタンブール時間ぐらいまでずらしておかないと。

2006年10月05日

疲労回復:健康にいいゴールデン街

 水曜日に町へ出て、人にあって、芝居を見て、終電過ぎまで飲んだら、心も体もやたら元気回復。
 目が楽なのは当たり前だけど、身体全体の調子がいい。
 つまり家にこもって小説を書くのは、終電過ぎまで酒を飲むのよりも身体に悪いってわけね。

 が、しかし、重要なのは原稿が進むことであって、体調をよくすることではない。
 あたしは小説家なので、体調など悪くても原稿が進んでくれればよいのだ。

 体調が回復すれば能率はよくなるが、外出したり飲んでいる時間は、書いていないわけで、効率でなく、絶対量でいうとビミョーなんだな。

 というわけで、5日はまたひきこもり。

2006年10月04日

久しぶりの新宿

 午後3時、新宿センチュリーサザンタワーで打合せ。
 終了後、近くでもうひとつ打合せ。
 空き時間に昨夜の原稿の推敲。やはり調子のいいときに書いた原稿は直すところがあまりない。
 とりあえずの夕食は、ついに!! 吉野家の牛丼。

 6時半から、新宿シアター・サンモールにて、ミュージカル「With You」を観る。原作・プロデュースの神田昌典さんから、ご招待いただいたもの。

 終演後、新宿ゴールデン街で久しぶりに羽を伸ばす。
 午前2時すぎまで飲んで、日高屋でラーメンを食べ、のち、いつもの「カフェ・アヤ」にて原稿書きをしながら朝を迎える。
(原稿用紙12枚も劇評を書いてしまって、小説の進みはわずか。なにやってんだか)
 調子に乗って書いていたら、始発はとっくに動いていて、帰宅は午前7時。
 東横線でも書き、家でまた書く。

2006年10月02日

ひきこもり

 一歩も外出せず。ただただ執筆。(頻繁な息抜きと称する逃避行動つき)
 午後5時起床、就寝は翌午前11時。
 本格的な昼夜逆転。
 リオデジャネイロの人とつながって暮らしていると思えばよいのだ。

2006年10月01日

ドーピング

 執筆枚数、4日間の移動平均で、昨日ふたたび記録更新。
 頭と心は、まだ余裕はある感じでもっと行けそう。

 だが、身体はかなりきています。
 左脇腹の肋骨のすきまがイテェ~。いよいよ内臓か? 多分朝方の低温のせいでしょう。

 ストレッチ30分ではたりなくて、3日前からぬるい湯で入浴20分とかも追加してるんだけど。
 チオビタは毎日飲むと心臓がバコバコするので、アリナミンと交互に摂取することに。
 ドライアイがひどくて、日によっては朝起きるとよく見えない。頻繁にスマイル40を入れるようにしなくては。

 その他、ブルーベリーのサプリ、ビタミンAを交互に。
 ビタミンCに、ときどきビタミンE.

 アリナミンもチオビタも休む日はビール酵母。
 公園でスクワットすると膝がちょっと違和感ありなので、グルコサミンとかコンドロイチンとかを気まぐれに摂取。
 あいかわらず部屋は暑いのでタンクトップに短パンだけど、足下に冷たい風は入っていて、二年前にフットサルで捻挫した足首がじわっと痛む。人間って敏感。
 でも、神経性の下痢はまだ出ませんね。まだまだほんとのハイテンションじゃないってこと。

 で、午前11時に寝て、夕方6時まで7時間眠ったら、けっこう元気になりました。

定点観測:コットンマムその後

 場所柄をわきまえず高級志向に走りすぎていることで経営の先行きを心配していた(笑)コットンマムに先週再び行ってみた。
 野菜は以前から安かったのだけれど、オープン1週間ほどしても維持している。なかなか鮮度がよくて、このまま続いてくれればありがたい。
 魚は品揃えが落ち着いて高級から「ふつう」に近づいた。そのかわり、すごく美味しそうなにぎり寿司のパックがあったのが、そんじょそこらのスーパーの寿司になった。ちょっと残念だけど、まあ、スーパーのお寿司としてはむしろこうあるべきでしょう。美味しいものを食べたければ寿司屋にいけばいいのだから。
 肉類もちゃんと下は100g98円クラスのものから並べられるようになった。こうでなければ毎日の暮らしを担うスーパーにはならない。
 そもそもどんな素材でもそれぞれの利用方法があり、美味しい料理を作ることはできる。それが料理文化であり、暮らしの文化レベルというものなのだから、経済的に余裕があるからといって、高級食材ばかり使うとしたら、あまりにも知的レベルがお粗末というもの。(マズイ食材を美味しくする工夫こそがフランス料理をここまで磨き上げたんだし)美味しいものを知っていること、高い食材を買う経済力があること、というのが、毎日高級食材で美食をすることにダイレクトに結びつくわけではない。
(その上、この立地の近くのマンションはそもそも「高級マンション」ではない)

「いい店」というのは高級なものを売る店のことではなく、顧客の要求を高いレベルで満たす店のこと。フランス料理の店の方が立ち食い蕎麦屋より「いい店」であるとは限らない。だめなフレンチレストランもあれば、いい立ち食い蕎麦屋もある。ふつうに「高くて美味しい」のはあたりまえで別に偉くはない。安くてまずい店と店の価値は同じ。高いなら値段以上に「すごくおいしい」ときにやっと「いい店」になるわけだ。
 ときどき勘違いして高級なものを並べた店が「いい店」だと思ってお店を始める人がいる。住宅街にあるシロウトマダムが開く趣味の店(うちの近所にもけっこうあります)がその代表だけど、そういうお店はオーナーの自己満足(趣味)だからある意味、赤字でもいいわけだ。
 コットンマムがそのような店であれば短命に終わってしまうことは目に見えていたので、けっこう心配していた。開店1週間でそれなりに軌道修正が加わっていたのでちょっと安心。ひきつづき今後を見守りたい。

 さて、残るは乾物類。
 全体に有名なブランドを並べた、という印象。つまり、バイヤーが自分の舌で選んだ品揃えじゃないような感じ。よその高級食材点をみてマネをしているだけのようだ。
 紅茶なら「フォーション」「トワイニング」とデパートみたいなラインナップ。日常的に紅茶を飲む人たちに評価の高い日東のリーフティ・オリジナルブレンドなんかは置いてない。日東のこのシリーズはトワイニングよりも確実に美味しくて価格は半分くらい。
 さんざん「こだわりの品揃え」風なんだけど七味唐辛子はS&Bだけしかないとか。
 象徴的なのがSPAM。これはマズイけどアメリカ人は子供の頃から覚えている味なので港区の輸入食品店には必ずある。アメリカ人だっておいしいと思っていないからこそ、迷惑メールのことをSPAMというようになったりしているくらいで、アメリカの味だけど高級でもなんでもないわけで、外国人客が多いわけでもない立地でこのSPAMが妙に売り場で目立つというのも地に足が着いてない証拠。(まあ沖縄料理では何故か「ポーク」と呼ばれる定番の材料なのですけれどね)

 せっかく近くにできた店なので、いい品揃えで長続きしてください。コットンマム殿。
 (店長さんがここを読む可能性をいちおう想定しています)

 以上、経済小説 を書いている主夫、阿川大樹の提言でした。

 このブログのコットンハーバー関連のエントリーは ここ から。

 2006年11月18日の定点観測はこちら

2006年09月29日

心の疲労

 執筆ペースが上がってきて、心と体の疲労が溜まってきている。
 朝、起きると泥のような身体と精神。
 4時間ぐらいかけて外観上はふつうの人間。そこで30分体操をして、やっと身体がもどる。

 身体はもどっても心が疲れている感じだったので、映画「バブルと寝た女たち」をみる。
 産み出すのではなく受け止めることでこころの疲労がすこしだけ癒される。

 リハビリして、翌午前9時まで高水準をたもち、緊張を解くのに2時間かかって午前11時に就寝。

2006年09月28日

生産管理

 原稿を書いた枚数について4日間の移動平均を毎日算出して、小説生産ラインとしての自分の生産性を数値化して管理している。
 小説の執筆は長丁場である。
 一日だけがんばっても次の日にへたってはだめなので、4日単位ぐらいの平均を取るのがいいのではないかということ。根拠はないのだけど、まあ、4日間もなにかを引きずるということは肉体面ではともかく精神面ではあまりないので。
 で、今朝方までの4日間が、最高値に達したという話。
 数字がよくなると、それで自己暗示をかけて、好調を維持しやすいのだ。(単純なやつ)

 夕方、懸案のエクスパックをやっと入手。
 中身を詰めて投函しにいきつつ、妻の携帯電話購入につきあい、手続きが始まったところで待っていられないので、ひとりいつもの "Blenz Coffee" へ出勤して、原稿書き。

 夕食後、ストレッチして、またいつものように原稿書き。
 果てしない戦いは続くのである。

2006年09月27日

信じられない郵便局

 午後、郵便局へ「エクスパック」を買いに行った。

「売り切れです」
「???」
「きのう大量にお買いになる方があって」

 おいおい郵便局だぜ。
 昨日の夕方に注文してどこかの在庫を「翌朝10時便」で届けられないのか?
 使い走りを近隣の局まで走らせて、最悪、500円だせば買ってこれるだろう。
 儲けはなくなるけど客に不便はかけないですむ。
(どっちにしろ、そういう発想がないのだな)

 妻が外食なので、夕食はトンカツ。(妻はトンカツが嫌いなので通常の献立には入れられない)
 夜はひたすら原稿。すこしばかり「小説性下痢」。いいかんじ。この調子を維持しなくては。

2006年09月26日

第三回ダイヤモンド経済小説大賞・贈呈式

 昨晩は、この長編に取りかかってから最高の日産枚数を記録。
 毎日こうならざくざくできてしまうのだが、そうは問屋の妊んだオカミが堕ろさない。

 雨。
 新橋駅から帝国ホテルまで歩くあいだにかなり濡れる。
「孔雀の間」にて第三回ダイヤモンド経済小説大賞の贈呈式とひきつづき(公式)出版記念パーティ。
 今回の大賞受賞者は1944年生まれの元大手保険会社取締役。
 1年前には、同じ場所で「受賞のことば」を述べていたなあ。

 幸田真音、安土敏、両先生に近況報告。
 相場英雄さん、汐見薫さん、とも四方山話。
 ダイヤモンド社の編集さん数人とも久しぶりに話をする。

 もちろん主役ではないし、営業をかける他社編集者もいないので、寿司2皿、ローストビーフ、ローストチキン、フルーツ、ワイン5杯にビール、なんて感じで、けっこうたっぷり戴きました。
 
 帰り道の自由が丘に友人を呼び出して、自由が丘のゴールデン街ともいうべき「自由が丘デパート」にある日本語のあまり通じないベトナム料理屋でベトナムコーヒーを飲んだり。

 帰宅して酔いを覚ましながら居間にいると…… 視野の中に、なくしたはずのヨット用の時計が!!
 もう少し早く見つかってくれたら、新しいのを買わずに済んだのに。
 後悔先に立たず。航海前に買うべからず。
 クルージングで不便だからと、急遽新しいのを買ったらクルージングは中止だから、買わなくてもよかった、という結果。
 いやあ、いかにも「人生とはそういうものさ」と運命の女神に爆笑されている感じだ。

 のち、いつものように執筆。

2006年09月25日

東南の角部屋

 マンションの東南の角部屋、などというといいロケーションみたいに聞こえる。
 たしかに悪くないのだが、あつい。
 今朝方も室内で冷暖房なしで26.9度ある。(書いているのは26日午前7時)
(それでもやっと27度を切ったじゃないか!!)

 高層マンションなので、周囲に日差しを遮るモノがない。
 数日前にも書いたけど、夏の間に、建物自体が温まってしまっているので、窓を開けて多少冷たい空気が入ってきても、すぐに壁に温められてしまうのだ。

 というわけで、本日も短パンにタンクトップ。
 というか、ほぼスリーシーズン、仕事場では短パンだ。

 25日は、ひきこもりにて、ひたすら執筆。
 寝て起きたら、帝国ホテルの「第三回ダイヤモンド経済小説大賞贈呈式」に出席。

2006年09月24日

太極拳の申込みに5Km歩く

 午後、横浜市神奈川スポーツセンターへ。
 ためしに歩いてみたら早足で50分ほどかかった。距離にして5Kmほどあるようだ。
 受付で、太極拳教室の申込み(10回分4000円)を支払う。
 10月から始まる教室に申し込んで当選したので手続きにきたわけ。
 三ツ沢上町駅前の蕎麦屋で「大もりそば」(670円)を食べ、帰りは横浜市営地下鉄で高島町まで。
 行きつけの "Blenz Coffee" で原稿書き。
 午後8時前に帰宅して、近所の公園で妻のリハビリにつきあってストレッチ。
 少しの距離なら杖なしでかなりスタスタ歩けるところまでになった。家で筋トレ、公園で歩行訓練を繰り返していると、目に見えて進歩するところが子供の成長のようだ。

 コットンハーバーにオープンした「コットンマム」の最初の週末のせいだろう、近所のスーパーに客が少なく、惣菜や魚類などが大量に売れ残っていて、鉄火丼200円、天ぷら盛り合わせ半額などと投げ売りをしていたので、夕食は天ぷらに鉄火丼になった。
 コットンマムで毎日の食材を買い続けることができる人がそんなにいるわけないので、まあ、需要が一巡したら、ここのスーパーもすぐに客足がもどることでしょう。

 夜は原稿書き。

2006年09月23日

台風模様

 台風14号のためヨット協会の合同クルージングは中止。

 さいわいにも台風は早めに東へ逸れたので、午前10時、ハーバーへ。
 11時過ぎに出航。
 やはりそれなりに風がある。セールを縮めて快走。
 1時間ほど走ったところで風がかなり上がってきて海面に兎が跳び始める。(強風で白波が立つことを船乗りの用語で「ウサギが跳ぶ」と言います)
 空を見ると、天気図のは現れない小さな寒冷前線ができているようす。急に気温も下がる。
 昼食を摂るにはあわただしいコンディションなので、ハーバーへ引き返すことに。
 都合2時間ほどセーリングして帰港。船を浮き桟橋に舫ったまま、昼食。前線が通過してしまうとかえって穏やかな天気になってきて、陽も差してきて周囲の緑も空も美しい。空気が澄んでいる。
 午後4時頃までそのままだらだらして船を陸上に引き揚げ、片づけを済ませると、他の船の仲間たちがキャビンでくつろいでいた我々に合流。総勢7人のちょっとした宴会。
 午後7時少し前、帰路に就く。

 夜は原稿書き。

2006年09月22日

コットンハーバー

R0011660.jpg

 南極観測船「宗谷」をつくった日本鋼管浅野ドックの跡地が、コットンハーバーという名前で開発されている。
 タワーマンションで、みなとみらいを向かいに見る景観が売り。マンションはまだまだ建設中だけど、まわりの共用地だけオープンして、スーパーもできた。家から15分くらいなので散歩に。

R0011662.jpg

R0011653.jpg

 スーパー「コットンマム」は勘違いしてオープンしたらしい超高級な品揃え。
 近隣は工場だったり、住宅地としても高所得階層の地域ではない。タワーマンションも実は二千万円台から三千万円台中心の庶民的なファミリー向け。
 まもなくつぶれるか大幅リニューアルを余儀なくされるかどちらかでしょう。
 かわいそうなのは、マンションの入居が始まるのがまだかなり先で、「マンションに人が入れば客が来る」と間違った期待をもってしまって赤字に耐え、いざ入居しても、思ったほど売上が延びなくてキズが大きくなること。
 他人事ながら心が痛い。

 タワーマンション、という言葉に惑わされているけど、ここは高所得者の入るマンションではなくて、マンション買ってローンに追われて食費は倹約するようなごくふつうの人たちが入居するというのに、100グラム4200円の牛肉売っても買う人いないって。
 車で10分ほどのみなとみらいにはもう少し高級なタワーマンションがあるけれど、そこにはワールドポーターズもあるし、横浜駅近辺にはデパ地下や成城石井など、いくらでも高級食材が手に入る。
 このスーパーは出店前にどういう事前検討をしているのだろう。不思議。

R0011651.jpg

2006年09月21日

クルージング中止

 久々に、ヨドバシカメラへ。
 プリンターのインク、妻の時計の電池交換、自分の腕時計。

 ヨット用に使っていた時計をなくしてしまったので、4980円のアナデジ時計を買う。
 潮汐グラフと月齢の出る機種はあまり選択肢がない。なくしたのと同じものを買うのも癪なので、むしろ安いやつを。ソーラーじゃなくて電池式だけど、温度計もついている。メタルのブレスレットでこの機能で10気圧防水で4980円。日本ってすごいなあ。

 温度計はもちろん腕にはめていると体温のせいで気温は測れない。
 部屋に置いておいてわかったこと。我が家はやはり暑い。朝いちばん低いときで27度あった。
 この季節で半袖Tシャツに短パンなのもあたりまえだよなあ。(数日前まではタンクトップだった)

 これを書いているのは23日午前3時半だけど、外は19度、少し窓を開けてあるのに室内は26.3度。
 東南の角部屋なので、ビル自体が温まってしまって、壁から空気が暖められて、外気温よりも5度以上温度が高い。こういうデータをみちゃうと、東南の角部屋なんてぜんぜんうれしくないよなあ。どうせお天道様と関係ない時間に暮らしているし、ただ暑いだけ。
 冬の2ヶ月くらいは寒さが緩和されているのだろうけど、我が家は春夏秋の3シーズンにわたって「暑い」ものだから、真冬以外は半ズボン生活を送ることになり、真夏は28度に設定しておいてもクーラーで電気代が2万円になる。

 夜、連絡が来て、台風のため、クルージングは中止になった。

2006年09月20日

ソフトボールも、自粛

 10月の〆切がヤバイので推理作家協会のソフトボールとそのあとの懇親会はパス。
(現在、営業よりも社交よりも執筆)

 その代わりというわけではないけど、夕方、都内から出てきた友人と会って食事をして終電ちかくまでいっしょに過ごして解き放たれた気分。
 家で仕事をしていると、家にいるときにはくつろぐというよりテンションを高めたり高まったテンションを保つことに心を砕いている。この仕事のスタイルだと、家は戦いの場であり、逆に家の外でリラックスすることになる。
 あまりにリラックスして話をしているうちに一瞬まどろんでしまったり。
 ちょっと失礼してしまったのですが、いっしょにいてそれほどリラックスできる友人たちというのは素晴らしいわけで。

 帰宅してから執筆予定のため、食事の時しか酒は飲まなかった。
 主人公にとっての大きな転換を迎える場面で、書いていて楽しいし、筆も進むところ。
 翌21日午前8時、就寝。

2006年09月19日

A Day of Jimmy's

 地味な日。
 おかげで執筆は好調。

2006年09月18日

吉野家、食いそこなう

 起きたのが遅く、出鼻をくじかれました。
 食べたかったなあ。吉野家の牛丼。すごく好き。

 もう50歳を過ぎているので、牛肉によるBSEなど、潜伏期間が長くて確率の低い病気は恐くありません。
 10年後に死んでいる確率を考えたとき、そろそろBSE以外の理由である可能性の方が高くなってきているので。
 子供や孫には食べさせません。(いないけど)

 昨年2月にこんなエッセイ書いてます。

吉野家、食いそこなう

 起きたのが遅く、出鼻をくじかれました。
 食べたかったなあ。吉野家の牛丼。すごく好き。

 もう50歳を過ぎているので、牛肉によるBSEなど、潜伏期間が長くて確率の低い病気は恐くありません。
 10年後に死んでいる確率を考えたとき、そろそろBSE以外の理由である可能性の方が高くなってきているので。
 子供や孫には食べさせません。(いないけど)

 昨年2月にこんなエッセイ書いてます。

フットサル、自粛

 夕方からフットサルの予定だった。
 しばらく運動していなかったので、午後早い時間に準備運動を兼ねて公園でストレッチ。
 が、しかし、……、か、固い!!
 上半身がガチガチ。身体を捻って反転するとボキボキといいそう。
 安全にフットサルができる状態ではないと判断。
 30分、とりあえずいくらかほぐして終了。

 かなり計画的にコンディション作りをしないと思ったように遊べない年齢になっているなあ。

推敲

 いったん冒頭150枚の推敲に入る。
 つながりで期待感が膨らむかどうか、導入部の健康診断も含めて。
 というわけで、分量はほとんど進まず。
 もちろん、それも必要なのだけど、excel の表の数値が上がっていかない寂しさ(笑)というのはあるな。
 さて、少し寝ます。

2006年09月17日

これが自動操舵装置だ!

 いよいよヨットの自動操舵装置の実証試験。
 イギリスの Raymarine というメーカーの ST2000plus という機種のオートパイロット。

R0011640.jpg

 写真のうしろに水泡が見えるように、6.5ノットで航行中。
 グレーの本体から出ているロッドが伸び縮みして、舵を動かします。

 チーク材でできた舵棒(ティラーといいます)の下に金具をつけ、そこに ST2000 のロッドを取りつけている。金具は折り曲げと溶接を外注。
 デッキ面が平らではなく途中から写真で見て左下がりになっているので、左側の本体側の取りつけ部分は、高さを合わせつつ、この角度を上面で水平になるように木材(薄い木材を重ねて樹脂で固めてある集積材:めちゃめちゃ硬い!)で部材を作成。
 ヨットはこうしたDYIで成り立つところが多いので、自動車をチューンナップしたり、家をホームインプルーブメントしたり、というのと同じ楽しみがある。

 男の子が好きそうな遊びでしょ。

R0011643.jpg

 この写真では、コンパス角度322度(ほぼ北西)に船の向きを保つように自動的に舵を動かすように設定してあるところ。

 波があったりすると、その都度、細かく船の向きが変わるのだが、この装置は周期的な変動については自動学習して、ごく短期的な変動を無視するようになる。
 それによって放っておいても元に戻るような変動に対して修正過剰になることを防ぎ、電力消費を抑えながらできるだけまっすぐに走るように動作する。

 めちゃめちゃカシコイ。
 どうやら人間よりも舵取りはうまいみたい。

 本日の実験。
 現在位置から海上のブイの方角(Bearing といいます)をGPSで得て、その数値と船の進行方向(COG: Course Over Ground といいます)が一致するように向かうべきコンパス角度(船首方向 Heading といいます)を合わせると、約3キロ手前からスタートしてもきちんとブイにぶつかった。(もちろん直前で避けるのだけど)

 横からの潮の流れや風の影響がなければ、船首角度をブイの方向に合わせるだけでいいのだが、陸と違って海には潮の流れがあるので、船の進行方向は船首の向きと一致しない。
 ヨットは速度が遅いので、潮の流れの影響が大きい。つねに潮を計算して航行する必要がある。
 たとえば目的地が90度の方向にあるとき、「船」を90度に向けるのではなく、「船の進む方向」を90度にしなければ目標に辿り着かない。横からの潮で流されていると、たとえば、船を95度に向けたときに進む方向が90度になるとしたら、90度の方角にある目標に最短距離で目標につくために船を95度に向けて走らせなくてはならないわけだ。

 人間が舵をもっていても、同じように走らせるのだけれど、目標物が見えている場合、無意識に船首を目標物に向けてしまうので、横流れの効果を計算しながら目標を正面に置かないで走らせるには、かなりの精神修養が必要。
 この場合、前を見てはいけなくて、舵を取る人はコンパスだけを見る。周囲の見張りは舵を持つ人とは別の人がやる。

 機械には余計なものを見てしまう目がないので、ちゃんと計算通りに走るわけです。

完食


本牧味奈登庵で遅い昼飯。つけ天そば大盛り。味と量が両立してます。
雨が降り出してヨットは早じまい。
帰ったら仕事します。すごく小説書きたい。

2006年09月16日

自動操舵装置(その後)

 前夜早めに寝たので、プチ朝型で10時に起床。
 午後からヨットハーバーに出かけて、懸案の自動操舵装置の取り付け。思った以上にうまくついた。
 エポキシが固まるまでつかえないので、燃料を満タンまでいれたり、来週の一泊クルージングの準備も少し。 明日実機テストできるかな。

 すべてうまくいけば、GPSと連動して、目的地まで舵に関しては機走なら全自動で辿り着くことができる。よく考えるとすごいよね、これ。
 舵を操作してくれるだけなので、帆走の場合、セールの上げ下ろしや風に対する調整などは、人間がやります。 いくら楽でもこれまで機械にやらせたらヨットに乗る意味ないですから。

 これで、ひとりでどこへでもいけるようになった。
 いままでだって、できないことはなかったけど、いろいろリスクがあって迅速性も含めた操作の失敗が許されないのでやらなかったのでした。

 さあて、原稿書きだ、と思ったんだけど、小説の神様のバチが当たって、ぜんぜん書けなかった。

2006年09月15日

江戸川乱歩賞

 昼間、妻の運転手で西新宿三井ビルへ往復。
 家に帰って着替えて、5分遅れで帝国ホテル。
 江戸川乱歩賞のパーティ。ふたり受賞ですが、早瀬乱さんはすでにデビュー済みの人、最近、長編の賞はこういうケースが多いです。
 T書店T編集長に近況報告。
(ようするに、原稿ちゃんと書いてますよ。という話)

 営業も一段落なので、このパーティこそ食べるぞ!と思っていたのですが、あんまり食べられなかった。(笑)
 このパーティは講談社のご招待なので会費がタダなのです!! タダで帝国ホテルで食べ放題なんてこれ以外にありえない。(セコ)

 女性に弱いので(笑)2皿目にとってきたローストビーフを翻訳家のMさんにまんま貢いで話し込んでいたら、すがやみつるさんが取ってきてくださって半分こで、一応、味見ができました。
 寿司を食いたい気分だったけど、話をしているうちに、会場のおネエ様がデザートを持ってきてくれて、ああ、そういう時間か、寿司はもうないだろうと確かめもせず。

 どこへもよらずかえって原稿書くつもりだったけど、家のそばで一軒よってしまいました。
 小説の神様、お許しください。

2006年09月14日

シンクロ

 朝ご飯とはもはやいえない起きて第一食は、スパゲティにキューピーのトマトソース(2名分89円!)。
 美味しくないけど、エサだからそれでいい。執筆中は他のことであまり満足しないほうがいいのだ。

 で、テレビを点けたらシンクロをやっている。

 たまに水中が写るんだけど、これって舞台裏だよね。
 水の上を最高にするためにものすごい努力をしているのに、舞台裏である水面下を映すのは失礼じゃないか。映画のいちばんいいシーンに割り込んで女優の化粧をしていない楽屋裏を暴露するのと同じ。
 そもそも水中を映しているあいだは、肝心の水上のようすを見ることができなくなるわけだし。
 人間って舞台裏に興味をもつものだけど、そういう下衆な好奇心に応えることで本来の演技を見せないというのは、中継として本質を外していると思う。

2006年09月13日

かなりずれてる

 就寝が午前10時半、起床が午後3時。
 どこからどこまでを何日の日記に書くべきかわからない。(笑)

 4時からインテリアコーディネーターと話をして終わったのが5時前。
 横浜ベイクオーターにある KUA’AINA で1/2ポンドのハンバーガー(1030円)が朝食。
 100円マックと比較して10倍以上美味しい。(笑)
 時間的にはそのまま早めの夕食。

 ただいま我が家では冷凍庫内一掃プロジェクト推進中。
 二度目の食事は、冷凍のタラバガニピラフ。これはかなり美味しい。
 あとは、いい大根が手に入ったので、帆立のカンヅメを開けて、帆立入り大根サラダ。当然美味しい。

 あとはひたすら小説を書く。

2006年09月12日

打合せと試写会

 新宿で打合せだったので、早めに出て床屋へ。二ヶ月半ぶり。
 新宿について、マクドナルドでまず朝食(すでに午後5時だが)。
 打合せはすぐにすんだので、時間調整がてら原稿書き。
 午後7時からは映画「イルマーレ」の試写会。
 同名の韓国映画のハリウッドリメイクだが、いい映画だった。(詳しい感想はたぶんそのうちに)
 終了後は歌舞伎町の中国菜館(横浜中華街より安くて美味しい)で食事をして帰宅。

 夜半から、連載エッセイの原稿を書き、午前8時ごろから小説にもどる。

2006年09月11日

散歩2時間

 しばらく散歩をしていなかった。
 みなとみらいから岡野へ出て「東急ハンズ」をのぞき、またみなとみらいにもどって、「セキチュウ」をのぞき、「スーパーオートバックス」をのぞき、などなど、店に立ち寄りながらも都合2時間の散歩。
 散歩やジョギングをするとかならず腰が痛くなるので、公園で20分ほどストレッチ。

 原稿、すすんできた。

2006年09月10日

自動操舵装置

 昼前に佐川急便がとどく。
 それをもって、午後、ヨットハーバーへ。
 自動操舵装置の取り付け。まだ製作しなければならない部品があって完了しないけど、75%ぐらい完了って感じかな。
 しかし、たっぷり汗をかいた。暑さぶりかえし。
 FRPの切り子をかぶったので、帰宅後、すぐにシャワーを浴び、それから公園で体操。

 夜は、ライター仕事の直し。あいだに人が入っているせいなのかそうでないのか、クライアントの意図がぶれている感じに見える。こちら側からは。
 1600字ほどの原稿なんだけど、直すのに5時間。
 やれやれ、まっさらから書くよりも何倍も時間がかかったよ。まあ、これもお仕事。

2006年09月09日

重要なシーン

 重要なシーンにさしかかって、行ったり来たり。

2006年09月08日

ラジコンサーキット

 会社員時代の部下も上司もベンチャー会社を上場しているし、会社を上場した知り合いが何人もいるのだけれど、その中の一人が、住宅3軒分の土地を買って、アスファルト舗装のラジコンサーキット(自分専用)をもっている。
 そこでラジコン遊びをしようということだったのだが、朝方の雨でサーキットが濡れているそうだ。
 横浜駅にお昼に集合して、会社員時代の仲間とその奥さんなど5人でサーキットが乾くまで宴会。午後3時までに生ビールのピッチャー2杯と芋焼酎ボトル1本。
「乾いたんじゃないか」ということで、横浜駅西口からタクシーでサーキットへ。
 おお!
 道路に面したログハウスがクラブハウス兼ロボットカー研究所になっていて、バックヤードがサーキットになっている。
 ログハウスの中には、ロボットカーの実験用サーキットもあり、開発中のマシンは、ちゃんと自分でコースを一周できる。彼の目標は、自分で一周できるだけでなく、人間がラジコンで操縦するのと同じような速度で自力走行できるものを開発することなのだけれど、「人間が操縦するラジコンカー」というのがまためっぽう速くて、ヘアピンカーブを含む1周60mほどのコースを10秒で一周してしまう。直線部分では秒速10mぐらいはあるのだ。

 40代で会社を上場。
 いまはその会社から退いて、毎日、自分専用のサーキットに「出勤」してきて、ひとりでロボットカーの開発をしている人生。
 いいなあ。

2006年09月07日

ビジネス文書、のち、小説

 8時間眠って起きたのが午後3時だった。

 銀行に融資を申し込む際の「返済計画」の代筆。
 かつて大手町の興銀本店に都合30億円借りに行ったこともあるので、こういうビジネスプロポーザルを書くのは得意なのだ。

 夕方、公園でストレッチしたら、腰のあたりが軽くなった。
 あとは、いつものように小説。

2006年09月06日

雑用、のち、ひきこもり

 郵便局や銀行へ行ったり、スーパーだとかホームセンターで買い物したり、と雑用を済ませて、夕食後に「日本対イエメン」のサッカーを見て、あとは小説。

 と、一文で終わってしまう一日。

 夜食は、古いモヤシを炒めて載せた味噌ラーメン。
 我が家は基本的に薄味なので、たまにこういう濃い味のものを食べると、満足感がひとしおだなあ。

 先日、内科へ行って血液検査をしてもらったらみごとに正常だったのだけど、そういえば癌で死んだオヤジも直前の健康診断では正常だったっけ。検査というのは検査していないことについては何も語らないという当たり前の話だ。
 まったくもって身体が資本なので、実は普通の人以上に身体には気をつけている。
 ときに限界まで力を引き出さなければならないので、体調の把握も重要だし、いざというときに力の出る肉体的精神的コンディションを日常的に把握して作っておかなくてはならない。

 この日記を見て、不摂生をしていると思う人もいるかもしれないけど、生活時間帯がずれているだけで基本的に規則正しい生活をしているし、運動に心がけているのだ。
 朝まで飲んで始発で帰っても、もともとふだんの生活時間帯は崩していない。飲みに行かずに家で原稿を書いていても、いつもベッドにはいるのは始発が動いた時間よりもあとなのだかtらして。

2006年09月05日

ひきこもり

 ひきつづき執筆モード。(日記つまらなくてすみません)
 夕方、例によってストレッチ。
 一日一回、可動域いっぱいに身体を動かすのが気持ちいい。ほんとうはもっと運動したいんだけど。
 夜中、小説のプチ神様が降りてきてストーリーに厚みが。

 なんだかんだここまではスローペースでやっと100枚を超えたところだが、急速にペースは上がってきているし、小説の神様も降りたがっているみたい。
 あと三〇日と少しで四百枚くらい書いて、少し削って整える、というイメージかな。

 明日は、昼間、銀行と郵便局とホームセンターに行かなくちゃ。
(TODO メモ代わり)

2006年09月04日

タイ風海老カレー

 昼に起きて、小説。
 夕方、みなみらいへジョギング。公園でストレッチ。
 妻の作ったタイ風海老カレーが美味しかった。
 で、夜も小説。

2006年09月03日

ヨットも休んで小説

 朝まで小説を書いていたし、まだ書きたかったので、ヨットをドタキャン。
 寝て、起きて、小説を書く。

2006年09月02日

ジョギング日和は執筆好調へ

 夕方、ジョギングに出たらかなり涼しくなっていた。9月だものね。
 自宅近くの公園へもどったところで、リハビリのために出てきた妻と合流。ストレッチなど。
 
 本日は執筆順調。
 調子がいい。

2006年09月01日

中野でコンサート

 今日から9月。
 湘南新宿ラインで原稿を書きながら新宿経由で中野へ。
 中野駅近くのなかの芸能小劇場で、小林淳子さんのコンサート。
 僕の女友達には3人のプロ歌手がいるのだけれど、3人ともみごとにジャンルが違う。
 淳子さんの音楽はジャンル定義がとてもむずかしく、曲目のほとんどはシャンソンのタイトルだけれど、バッキングはジャズ、高音部の囁き語るような歌い方とステージングはひとり芝居のようであり、低音部のダイナミズムは男性的ですらある。僕よりずっと年上なのに、かわいらしさとパワーを兼ね備えている。
 しばらく演奏活動を休止していたので、実に4年ぶりの活動再開を待っていたファンは多く、150人ほどの小ホールは立ち見がでるほどだった。
 休憩をはさんで二時間のステージをピアノとベースとボーカルだけでしっかりと楽しませていた。
 彼女は芸術家肌の人なので、たぶん自分では不満がいっぱいあったと思う。
 そんなこともあって、終了後は話をしたくなさそうな感じでもあり、僕の方も執筆期間中で人見知り状態なので、終了後は早々に会場をあとにして、新宿まで出て、ゴールデン街でひとり飲みして帰宅。

2006年08月31日

横浜ベイクォーター

cover57.jpg

 家の近所に8月24日にオープンした横浜ベイクォーター。
 混んでいて行く気になれなかったのだけれど、さっき散歩の帰りに行ってきた。

cover58.jpg

 ショップはまるっきりライフスタイルに合わない。
 本当にいいものではないけど、お洒落ぶってはいて、安くはない。叶姉妹をセレブと思い、川島なお美のマネをして犬を連れて歩いているような人が喜びそうな店ばかり。
(実際、ドッグカフェとかホテルとかもあります)

 けど、レストランは、ウルフガングパック、三間堂、クアアイナ、とわりと好きな店が入っていてうれしい。他に蕎麦を食べさせる店が2軒あるので、そのうち試してみよう。

2006年08月30日

淡々とあれやこれや

 午前6時半、妻が起きてきて、いっしょに朝食を摂ってから就寝。
 昼過ぎに起床。
 午後は調べもの。夕方は、妻のリハビリがてらまた公園へ出て運動。
 夕食は、カツオの刺身、ハマグリの清まし汁、生野菜、赤インゲンのカレー、という不思議な(?)献立。

 阿川大樹で検索して公式ページがトップに出ないので、この際、旧サイトや更新していなかったniftyのブログなど合計3ヶ所を削除してみた。

 夜半からやっと小説にてがついて翌朝まで。

 

2006年08月29日

夕方は涼しい

 ドメスティックに暮らす日。
 夕方、妻のリハビリにつきあいつつ公園で運動。

 夜半から原稿の直しをするつもりが、サーバーにPC向けサイトを携帯で見ることができるように変換する php なんかを組み込んだりして遊んでしまう。

【注意】
 試しにお使い頂いてかまいませんが、ID やパスワードの入力の必要なことはしないでください
 僕のサーバーでスクリプトが動いて、読むべきサイトを携帯で読めるように変換して表示しています。
 つまり、僕のサーバーの中を送りも受けもデータが通るので、原理的には、僕がそれらを読める仕掛けを組み込めてしまいます。 (実際はやり方を知らないのでできませんが、あらぬ疑いをもたれたくないのでよろしく)
 つかいかたについては、このphpの開発者のサイトで。

 というわけで、原稿の直しがおわったのは翌朝になった。朝型は続きません。

2006年08月28日

カルメン故郷へ帰る

 午後1時、車で北里大学病院へ。。
 午前中抜糸して、傷口も大丈夫のようなので、3週間の予定がちょうど2週間目にして、妻、無事退院。
 自宅につくまでの帰り道、そごうのポイントアップバーゲンに寄って、靴を3足、ホームセンターへ寄ってサンダルを1足を買う。
 手術でいままでちぐはぐだった足の長さが揃ったので、ふつうの靴が履けるようになり、逆に、いままで踵や靴底を切って、左右の足の長さの差を吸収させていた靴が履けなくなったのだ。
 まだ股関節を90度以上曲げられないので、靴ひもが結べない。床にあるものはオモチャのマジックハンドで拾う。(笑)
 ひとつひとつの小さなことをどこか微妙にうれしそうにする妻。

2006年08月27日

秋の気配

 ヨット。
 さいわい殺人的な夏の暑さは去って、いくらか過ごしやすい。
 ヨットハーバーでの夕方の団欒をはしょって少し早めに帰宅。
 疲れが溜まっているようなので、少し早寝する。

2006年08月26日

ただの一日

 世間は土曜日。
 夕方、妻を見舞う。
 家事をする気力なく、「夢庵」にて夕食を摂るが体調がよくない感じ。
 いまいち集中力がないが、小説も書く。

2006年08月25日

原稿の日

 毎日原稿はかいているわけだが、本日は、小説でなくヨットについての記事。
 なんだかんだで、下調べを入れて丸1日かかってしまった。
(企画段階で調べものをしているので、実際はもっとかかっている)

 深夜0時〆切のものを1時間遅れで送信。
 それから写真のセレクションをして、翌朝4時に写真も送付。
 つぶやき日記を4日分書いてアップしたら現在26日午前5時すぎ。

(日付の都合上、25日23:59にしてるけど)

2006年08月24日

昼、地味、夜、寿司

 昼のうち、比較的原稿が進んだので、ご褒美に夜は寿司を食いに出た。

 やっぱり江戸前寿司はやはり「食べる」ではなく「食う」というべきだろう。
「寿司食いねえ」
 というところを、
「寿司たべなよ」
 なあんていっちゃあいけやせんぜ。

 うまいものたらふく、プリミティブな欲望を満たす幸福よ。

2006年08月23日

今日も地味な日

 家に引きこもり。
 特記事項なし。

2006年08月22日

地味な日

 朝帰りからもどって6時間ほど眠る。
 のち中三日ぶりに病院に妻を見舞う。
 帰り、ロフスト(金属製の片杖)をついてエレベータまで見送りに来てくれた。

 帰宅後は自宅にてじっと机に向かう。

 ひとりなので主夫業はめいっぱい手を抜く。
 亭主元気で留守がいい、という表現があるけど、妻は留守だが病気だ。
 小説を書くには都合がいいけど。

2006年08月21日

タイムカプセルの夜

 8月21日
 午後2時40分、品川駅前マクドナルドで100円マック。
 向かいの ART COFFEE にて、原稿書き。
 3時30分、品川プリンスホテルボウリングセンター。
「日本推理作家協会様受付」の札の前に20人ほど。8月はソフトボールじゃ暑くてかなわっん、ということで、ボウリング大会。

 少なくとも過去10年、ボウリングをした記憶はない。
 それでも1ゲーム目142。まあまあじゃない。スポーツってのはやらなくても年齢を重ねると上達するもんなのね(ほんとか?)
 少なくとも、サッカーは2002年、30年ぶりにやったら中学の時よりずっと巧くなっていた。
 全員のスコアが出たところで、スコアの上位者と下位者とを二人一組にチーム編成。
 僕のペアの相手は身長173センチでスタイル抜群推定年齢26才詳細不詳のミニスカート美人。ラッキー!
(いえ、ボウリングの背の高さの話ししかしなかったので依然詳細は不明のまま)
 
 終了後はちかくの居酒屋で打ち上げ。
 向かいに座ったのは本業は「みこし女」のT社M編、先週は「仕事で」日焼けしてきたのだとかで、いつものとおり絶好調。
 成績発表があり、僕は総合4位で、文藝春秋提供のチーバスリーガルをもらう。(この賞品の選定が文春らしいといえなくもない)

 散会になって外へ出ると、Oさんが、なぜかいつもいっしょのS+Iの美人作家コンビを携えて、麻雀をしようと誘ってくる。前回のパーティでも誘われたけど、断ってしまったので、なんとなくつきあうことに。
 ボウリングが10年ぶりなら麻雀は大学一年くらいにつきあいで少しやったぐらいで30年ぶり。
 いえ、美人作家コンビがいなかったら断ってましたけど。 (笑)
 とりわけこの日のSさんは麦わら帽子をかぶって「高原のお嬢さん」という出で立ちで、(夜なら)年齢を半分くらいに詐称できそうな上に amazon のレビュー欄に「著者写真が美人」などと書かれるような人なので、駅でもすれちがう酔っぱらいが(笑)何人か振り返っていました。

 30年ぶりにいった雀荘は30年前とまったく同じ雰囲気。タイムカプセルみたい。変わっているのは、機械が自動的に牌を並べてくれるということ。便利な時代だ。そういや、機械が自動的にスコアをつけてくれるボウリング、というのも生まれて初めてだった。

 Sさんが親を続けてなかなか終わらないので、当たりそうな牌をむりやり切って振り込んで終了させたのですが、ひとりだけ横浜の僕はビミョウに終電に間に合わず。
 怒濤の執筆期間に入ることだし、この際だから弾けてしまえ、と腹をくくって、ゴールデン街で楽しく3軒ハシゴして朝帰り。
 まあ、予想の範囲内か。

 というわけで、さあ、小説書こうっと。

2006年08月20日

ビアパーティという風物詩

 午前9時、いつものヨットハーバー。
 ヨットレース。女性クルーに舵(家事ではありません)をまかせて、オーナー二人でその他のポジション。
 慣れたメンバーだと手が足らなくてもストレスがないのがいい。人手が足りないヨットは戦闘力に欠けるけれど、大切なことは楽しく走りきること。

 ホームポートにもどると、恒例のビアパーティ。
 ちゃんと生バンドも入って、会費1000円で飲み放題食べ放題の手作りパーティだ。
 今年の夏もこれでいよいよ終わりだ、という夏の風物詩のようなもの。
 阿川大樹超個人歳時記をつくるとしたらこのビアパーティという項目を入れるな。


     ビアパーティ 髪燻らす 焼き手かな


IMG_6486.jpg

準備中のボートヤード

IMG_6528.jpg

IMG_6542.jpg

女性に囲まれてゴキゲンの単独無寄港世界一周の世界最高齢の記録保持者・斉藤実さんと

IMG_6552.jpg

我が艇の本日のレースクルーメンバーは4人。

2006年08月18日

直立歩行

 一日病院通いを休んで、本日(18日)改めて北里病院へ。

 いやあ、歩行器につかまって妻が立ったのですよ。

 15日に手術をして、大腿骨とりだして骨頭を切って代わりに人工骨頭つけて、骨盤削って、骨頭をうけるソケットをネジ止めして、元に戻してキズを縫い合わせ、その晩には、ヘモグロビンが極端に低下して、二度意識不明になり、失血死の可能性があったので緊急輸血をして、それからわずか3日。

 立つだけなら支えを必要とせず、歩行器につかまれば廊下を歩ける!

 すごい。現代医学。

 15年前に右足に同じ手術をしたときには、車椅子から立ち上がるのに2ヶ月くらいかかったと思う。
 妻が立ち上がって得意げにこちらを見たときの「えへん、できたよ」という晴れやかな表情はいまでも忘れない。涙が出そうなくらい感激だった。

 だけど、いまや、わずか3日です。
 それで痛みもないのだと。(まあ、人工関節だから、傷口以外には痛いところはないわけだけれども)
 早く動き出すほど筋力の低下が少ないので、リハビリ期間も短くなる。以前なら3ヶ月かかっていた入院期間も今回はわずか3週間の予定。
 あまりにも短すぎて立って歩くことのできた感動があまりない。(笑)

 人間ていうのはすごいね。
 

2006年08月17日

OFF & ON

 病院通いはお休み。
 夕方から息抜きに少し車で走ってみたり、身体を使ったり。

 原稿は少しだけ。

 ちゃんと書く気でパソコンに向かっている時間はすらすら書けるので、調子は悪くないのですが、机に向かっている時間のうち、小説を書いている時間がまだ全然短いので、日産枚数が少ない。

 余計なことをしないで、机に座ったら、すぐに小説を書いて、他のことをしないようにしていかないと。

2006年08月16日

意識不明

 久々に8時間眠って、午前8時半に起床。
 せっかくだから、しばらく朝型にしよう。
 シャワーを浴びてから、洗濯1バッチ。ゴミを地下まで捨てにいったり、など、家事をしているとあっというまに時間が経つ。
 少しだけ原稿を書いたところで、駅前のスカイビルにある「コートダジュール・ミクニズ」へ。ベストセラー「社長を出せ!」の著者である川田茂雄さんとランチ。おっさんふたりでフレンチというのも気恥ずかしいかなとも思ったのだけれど、川田さんが立て板に水といろいろな話を溢れるようにするので、周囲の人を見る間もなかった。(笑)
 さすがに、超売れっ子スピーカーである。
 もちろん「社長を出せ!」にサインをもらう。僕のもっていたのは初版1刷なので、「その帯がついているのはもはや珍しいんですよ」ということ。
 阿川の『覇権の標的』は発売以来、まだ同じ帯のまま。
 いろいろ話をしているうちにあっというまに時間が経つ。

 午後2時半、駐車場を出て、北里病院へ向かう。
 交通量が増えてはいるが、それでも渋滞はほとんどなく、午後3時半前には到着。
 病室へ出向くと、だいぶ血色をとりもどした妻がいた。
 しかし、話を聞くと、深夜、貧血になり二度意識を失ったので、輸血をしたそうだ。新たな心配事が増えたことになるが、失血は差し迫った危機なのでしかたがない。
 ベッドサイドで話をしているうちに妻が寝入ったので、横で原稿書き。

 本日も順調に帰宅。
 病院通いで、せっかく朝型になったんだけど、原稿がはかどらないので、すぐに夜型になっちまったい。
 午後11時半、眠気覚ましに、公園で運動。雨が降ってきたけど、それはそれで気持ちいい。

2006年08月15日

サイボーグな妻

 午前5時起床。
 とりあえずシャワーで目を覚ます。
 日東のティーバッグのダージリン。ケロッグコーンフロスト。
 妻から依頼された持ち物リストを確認しながら、ノートパソコンのバッテリーの予備をもって家を出る。
 ふだん1時間半ぐらいかかる道程が、なんと40分ほどで北里大学病院到着。いつもこのくらいなら楽なんだけど。
 駐車場で7時まで時間をつぶして病棟へ。
 点滴のスタンドにつながれたすっかり病人の風貌の妻は、麻酔を効きやすくするクスリの投薬でだんだんとろんとしてきている。
 Coleman のチェアはやっぱりいい。簡単に畳めるし。家でも使いたいくらいに座り心地がいいのだ。

 そういや新婚の頃はお金がなかったので、キャンバスの折りたたみ式の椅子と、脚をバッテンに折りたたむ生成の木製のテーブルが我が家の中心家具だった。そう相模原のNECに勤めていた頃だ。
 いま思ってもほんとに給料安かったなあ。 (笑)

 午前8時、妻、ストレッチャーで運ばれていく。
「じゃあ、またあとで」

 午前11時30分。
 執刀医から手術結果の説明。
 整形外科的には万事うまくいったもよう。
 両股関節が人工関節になっているレントゲン写真はなかなかサイバーな感じ。

 が、手術室からなかなかでてこない。
 おいおい、もしかして、麻酔が覚めないのではないか、などなど、いろいろ不安がよぎる。手術中は原稿書いていたのだけれど、だんだん気が気ではなくなってくる。
 午後2時、ストレッチャーに載せられてやっと病室に帰ってきた。意識もしっかりしている。
 しかし、スパゲッティ状態なので、配線のツナギ替えやらなんやらで、僕が病室に入って話しができるようになったのは午後3時になってから。

 まあ、まだ出血は続いているので、今後、輸血のリスクが生じたり、持病への負荷がどう反応するか、など不明な点はたくさんあるけれど、いまのところ順調ということで。

2006年08月14日

古巣の病院、古巣の工場、夕立の岩風呂

 眠い。

 が、午前8時起床。睡眠時間4時間に少し足らないか。
 本日より妻入院のため、車で相模原の北里病院へ向かう。
 ガラ空きか、メチャ混みか、どちらかだと思っていたらガラ空きの方だった。
 運よくスイスイと受付時間よりも早く着いたので、病院地下のベーカリーカフェにて朝食。黒糖パンの玉子サンドとカボチャのスープ、そして、少し生野菜、コーヒーで、550円。
 受付が済むと病室へ案内される。
 6人部屋なら健康保険で全額カバーされるが、とりあえず空いていないからと4人部屋。いわゆる差額ベッドというやつ。「とりあえず空いてない」というのは、まあ病院経営上の常套手段だけど、病院の経営というのも楽ではないのはよく知っているので、このあたりは暗黙の了解みたいなものだ。
 こういうことをしなくてもいいようにもっと制度そのものが調整整備されているのが本当だと思うけれど。制度が緩すぎると病院が経営努力をしなくなるから、そのあたりの最適化がむずかしい。

 本人は、昼の間も散発的にいろいろあるようだが、付き添い家族のこちらは、夕方5時か6時に行われる手術医からの説明まで用無し。
 病院のロビーのソファーでは疲れるばかりなので、近くのスーパー銭湯を探す。
 携帯で検索するとさいわい車で15分のところにあるらしい。
 イマイチ場所がよくわからないままに走っていると、予想通り道路脇に案内看板がみつかる。どうやらタオルを借りるなら200円払って会員になったほうが得だったらしいのだが、自動販売機で券を買ったあとにわかっても後の祭り。
 こういうところで客に損をした気分にさせるのは、サービス業としては下手なやりかただと思う。24時間営業ではないので、仮眠をとるにはいまいちのところでもあったけれど、居場所のない身の上故、まあいっか。
 あれこれ、ちょっと情けない気持ちで迷いながら入ったところだったが、露天風呂にいるうちにざぁっと夕立が来て、雨に打たれながら岩風呂に入っていたら徐々に幸せになってきた。人間、単純なものである。
 岩風呂のすぐ脇に4人ほど大の字になって眠れる場所があり、そこで50分ほどうとうとしたら睡眠不足もわずかばかり回復。
 風呂上がりは、腰に手を当ててフルーツ牛乳(120円)を飲む。
 少し原稿を書くが、銭湯ではしゃぎ気味の年配の人たちの声が騒がしくてちょっとムリ。

 というわけで、久しぶりの相模原なので、車で30分ほどのNEC相模原工場まで行ってみた。半導体技術者だった頃、ここには7年くらい通っていた。
 世田谷からここまで、朝6時頃家を出て行って、終電で帰ってくる毎日だった。風呂屋が空いている時間に帰って来られないので、昼休み、会社の運動場の更衣室でシャワーを浴びていた。3食、社員食堂で食べていた。
 あのころの日本企業の技術者はそうやって世界一を保っていたのだ。

 午後5時、明日の手術について、医師からの説明、一時間弱。
 何事もなければルーティンの手術で左股関節が人工のものに置きかえられるわけだけれど、命を落とす可能性も、重大な感染症にかかる可能性も、二度と目を覚まさない可能性も、重大な後遺症が残る可能性も、それぞれに可能性としてはあるわけだ。
 何十億年をかけて地球が、神様が、つくった人間という動物の関節を、この三〇年くらいの人間の技で人工物に置きかえるのだから、神様に味方についてもらうしかない。
 十五年前に同じ病院で人工関節にした右股関節は、目立った痛みもなく非常に経過良好だとレントゲンを見て医師が言う。
 左股関節もうまくいきますように。それよりなにより、いざとなったら足なんて治らなくてもいいから重大なことになりませんように。

 病院のロビーのソファは眠るにも仕事をするにも具合が悪いので、帰り道、Sports Authority へ立ち寄って、Coleman の折りたたみ式チェア(1999円)を買う。これで病院での待ち時間が有効に使える。これ下手な豪華家具よりもよっぽど座り心地がよいのです。

 明日は朝六時半に家を出なくてはならないので、早めに寝る。
 ほとんど原稿進まず。まあ、そういう日もあるさ。

2006年08月13日

深夜の公園

 執筆の合間、ちょっと集中力がなくなったので、深夜1時過ぎ、近所の公園へ。
 ストレッチ、シャドウピッチング、シャドウボクシング、合気道の型、エアロビクス、がぶり寄り、応援団のリーダー、などなど身体と話しをしながら思いつく限りのいろいろな動きを。
 ふだんの公園では人目があって、意外にやりにくい動きもあるんですね。
 だって、おっさんのエアロビなんて気持ち悪いし、学ラン着ないで「ふるぇ~ふるぇ~わぁせぇだぁ」みたいなことやっているのはヘンだし。

 少し離れたところに、自転車で来ているおっさんがひとりいるのはわかっていましたけれど。

 で、そのおっさん、ベンチを立って少し近づいてくるからこっちに来るのかと思って少し構えたら、ウッドデッキから海に向かって用を足し始めました。
 深夜の公園で、なんとも無防備な。
(そこで後ろからナイフでさされると、「太陽に吠えろ」のマカロニ刑事です)

 こんど太極拳を習って、深夜のレパートリーに入れたいと思います。

2006年08月12日

歯医者・牛丼・雨宿り

 3時間睡眠で朝食も摂らず、久方ぶりに狛江の矯正歯科へ。定期的なチェック。
 診療が終わって外へ出ると、空があやしい。遠くで雷も鳴っている。
 離れたところで食事をするとヤバイと思って、改札口の向かいの松屋で牛丼(350円)。
 案の定、食べ終わった頃には豪雨。あわてて駅まで走る。

 196221670_172.jpg

 横浜駅に戻ってもあいかわらず。
 しかも土曜日なので飲食店はどこも行列ができるほどの混雑でゆっくり原稿書きなどできない。
 しかたなく、そごう10階のエレベータ前のソファで原稿書き。
 ほんとうは早く帰宅して少し眠りたかったんだけれど。

 写真は、向かいのソファでやはり雨宿りをしているらしいカップル。(おそらく夫婦)

2006年08月10日

インテリアと体操

 午前5時半就寝、午前9時過ぎ起床。
 10時半から13時まで、インテリアコーディネーターに話を聞く。
 そごうの紀伊國屋に立ち寄って『覇権の標的』が並んでいることを確認しつつ、芥川賞全文掲載の「文藝春秋」と、友人が登場している「沖縄スタイル」を購入。
 安倍晋三の新書も目次を見たら面白そうだったけれど、読むヒマがないのでとりあえず買わずにおく。
 徒歩で、新高島までいって、Blenz Coffee で「沖縄スタイル」を読み、原稿を書きはじめたら、まもなく眠くなったので、徒歩にて帰宅。
 暑いなかを歩いたら、すっかり眠気は覚めてしまった。

 夕方、スーパーへ買い物に出る。
 ご飯が炊けるまでの間、公園でストレッチ、シャドウピッチング、シャドウボクシング、そして、サッカーのドリブルの練習。
(リフティングは下手なので、人がいるとところでは練習しないのだ。わはは)

 本日の夕食は、マグロの刺身。閉店間際に780円のサクが370円になっていたので。
 あとは、もやしのXO醤炒め。ちぎりキュウリの生姜漬け(みりん、酢、醤油、キザミ生姜)。ひじきの煮付け。

 夜はもちろん小説。予定よりも遅れ気味。まずい。

2006年08月09日

カーテンと小説

 本日も小説の日。

 妻が突然家中のカーテンを洗濯し始めたので、洗濯が1バッチおわるごとに、ときどきカーテンを外したり付けたりを手伝う。

 夕方、暗くなってから、公園へ出て、ストレッチとシャドウボクシングとシャドウピッチング(81球)。

2006年08月08日

歯医者再び

 近所の歯医者、二回目。
 上の歯の掃除。え? 超音波スケーラーの後、マニュアルで歯石取らないの?
 下北沢の歯科で、すごい歯石取りをするカリスマ衛生士(と僕が勝手に呼んでいる)に出会ってしまったので、目が肥えてしまって、ぜんぜん物足りないぞ。(笑)

 その他は、地味に原稿書き。
 少しペース上がってくる予兆。

2006年08月07日

久々の新宿

 午後遅くから久々に新宿へ。
 なじみの和食屋さんで夕食を摂ろうと思ったらお休み。
 西武新宿ちかくの「中国菜館」(台湾家庭料理)で生ビール飲みながらお腹いっぱいに食べて、ひとりあたり1758円。安い!
 店を出た後は、同行者の発案でコマ劇場前のハーゲンダッツでアイスクリーム。
「ええ? アイスクリームかよ」
 と一瞬思ったんだけど、久々のマカデミアナッツのアイスクリームがすごく美味しかった。
 人とかかわると自分ひとりでは絶対に、しない、できない、ことを、するりと簡単にできてしまうことがあり、そこから意外な成果や喜びがあったりする。人間っていいよね。

 最後は、ゴールデン街のいつもの店で飲み、終電で帰宅。

2006年08月06日

これぞ夏!

 夏らしい晴天。
 ヨットハーバーに着くなり、「暑いね」が挨拶代わり。

 それでも海に出れば、さわやかな風。
 昼は、八景島マリーナにつけて、くつろぐ僚艇にまじって昼食。

 帰りは十分な追い風で快走。

 夏は暑すぎて、長時間野外にいるヨットには厳しいシーズンなのだけれど、まあ、6月7月が日曜というと雨ばかりだったので、1日ぐらいは夏らしい日にヨットに乗るのもいい。

2006年08月05日

ただの一日

 土曜日といっても勤め人でない阿川にはとりたててふだんと変わらないのだけれど、みなとみらいで何か野外コンサートが行われているらしく、騒がしい一日だった。

2006年08月04日

歯医者とマンガ

 近所の歯医者へ。
 歯列矯正をしているあいだ、一般歯科も下北沢まで行っていたので、ここは4年ぶりだ。
 下側だけ歯石をとってクリーニング。上は次回。
 下北沢の歯科衛生士の歯石取りが超絶技巧かつ不屈の闘魂的な技だったので、ここのはなんだかあっさりしていて物足りない。それじゃあ、歯周ポケットの内部までスケーラー(歯石を除去する歯科用具)入ってないじゃないの。とまあ。
 半年先には、また下北沢行こうと思った。
 同じ職業でも、そのクオリティにはずいぶんと差がある。(あ、小説家もだ)

 友人からメールが来て、横浜へ来る用事があるから参考文献(マンガだ)わたそうか、という提案。
 6時前、ランドマークタワー1階の「アンナミラーズ」でおちあって「シャンペンシャワー」全6巻(かわみなみ)を受け取る。

 他の時間はもちろん執筆。

2006年08月03日

北里大学病院アゲイン

 先週に引き続いて、妻の付き添いで相模原の北里大学病院へ。

 床についたのが午前4時すぎで、起きたのが7時前。睡眠時間3時間以下なので、行きの運転は妻。僕は食欲もなく顔を洗って荷物をもって助手席で出発。
 午前9時、病院の玄関で妻が降り、僕が乗り継いで駐車場に車を入れ、食堂で「黒糖サンドセット」という朝食。黒砂糖の入ったパンを使った玉子サンドにちょっとした生野菜、それにベーコン風味のカボチャスープ、コーヒー、で550円也。
 あとは午前中を、寝にくい待合室の椅子で座ったまま寝て過ごす。なにしろ、400ml採血したあとの帰りの運転をするために付き添ってきたわけで、それまでに睡眠不足を解消しておかなくてはならない。
 午前11時45分。
 午前中の検査や診療が終わった妻と合流して、8階の展望食堂でカツカレー。トンカツが立派すぎて美味しくない。食べ切れずに残してしまった。お百姓さん、ゴメンナサイ。
 トンカツ定食ではないので、カツカレーのカツは薄っぺらくないとだめ、豚肉の味がしっかりしてはだめなのだ。しかも、カツにしっかりカレールーをかけてしまうと、衣がカレーを吸って、ご飯が残ってしまう。
 ようするに、このカツカレー、つくっている人が自分のつくるカツカレーを食べていない証拠。
 これ、プロの仕事としてだめじゃん。937円。
(あとで1階の職員食堂を調査したらカツカレーは660円でカツも「ちゃんと貧相で」美味しそう)

 午後は採血だが、前の患者さんがずれ込んでいるとかで、始まりが1時間以上遅れると。
 妻を置いて、睡眠の続きをとるために駐車場へ。エンジンをかけ、エアコンをかけて、助手席で眠る。
 読書ネタも、執筆のためのパソコンももってきたが、ひたすら、睡眠時間の帳尻を合わせただけだった。こんなことなら、事前に家で睡眠を取ってでてきたほうが、昼間の間、執筆できて効率が良かったわけだが、すべては後の祭りだ。先に立たないから後悔というのだな。

 売り先が決まった小説に着手。
 いきなり、のっけから、なかなか筆が進む。いい感じ。21枚まで。

2006年08月01日

花火大会&打合せ準備

 我が家のバルコニーから花火鑑賞。
 直線距離で300m、目の前に打ち上げ船台から上空まで視野いっぱいの花火。
 以前には、ゲストをたくさん招待したりしていたのだけれど、心と時間の余裕がないので、ただ、自分たちで見るだけ。
 日本の誇るエンターテインメント。

 2日午後、某出版社編集長と会うので、改めて自分の作品リスト作り。

 書き上げてある長編が5本、詳細プロットまでできている長編が2本。売り物になりそうな短編4本。
 10年ほどの成果なので、もっと書けていてもいいと思うけど、その間には、特定の出版社ととことんつきあって、新設の文学賞の第一回受賞者になるはず(つまり阿川をデビューさせるために賞をつくろうというはなしもあった)だったのに、プロジェクトのちゃぶ台が一気にひっくり返ってしまったり、などなど、それはもう長い長い紆余曲折があったので、まあ、結果として、こんなもんだったわけだ。
 さっさとダメ出しがあれば、次に着手するんだけど、なにかと年単位で引っ張られることが二回もあったりして、結局、遠回りになったりしている。

 リストアップに、タイトル、枚数、主人公、舞台となる場所、ごく短い内容説明、などをエクセルの表にしてみた。
 われながら多彩なストーリーたちだと思う。
 模索しつづけているからこそ多彩にならざるを得なかったともいえるし、同じ路線で書き続けることを拒否してきたともいえる。

 ただ、これから阿川大樹がどこへいくのか、自分でもまるでわからない。

2006年07月31日

執筆、あいまに読書、ときどきギター

 どこへも外出せず、ほとんどの時間、携帯電話の電源も切って執筆。
 飽きると、雑誌をめくったり、ギターを弾いたり。

 しばらくしまってあったタカミネのエレガットを出した。
 代わりに出ていたフェンダーのジャズベースをしまう。
 もう一台のタカミネのエレアコも出ている。

 執筆時間はここしばらくで最高に長かった。
 頭の中はイメージに満ちているけど、執筆速度や集中できる時間はまだ十分ペースに乗っていない。

2006年07月30日

ヨットで八景島シーパラダイス

 4時間睡眠でヨットハーバーへ。
 午前中は風があまりなかった。
 昼食を摂るために八景島マリーナへ。
 と、そこまでは静かなヨット日和だったが、シーパラダイスのレストランで食事を摂ろうとすると、半ば予想通り、どこも行列。
 やれやれ。
 そもそも、せっかくたまの日曜日にヨットに乗っているのに、レストランで食事をするというだけで興ざめ。レストランに並んで中途半端に美味しいものを食べるくらいなら、ヨットの上で弁当を食べる方が幸福なのだが、まあ、いろいろな事情で本日はそういうことになった。
 立食蕎麦屋にかぎりなく近い蕎麦屋がいちばん空いていたので、カツ丼にする。
 食事が終わり次第、混雑したエリアを早々に抜け出し、さっさと船にもどる。
 ギターを弾いたり、だらだら話しをしたり。
 午後2時頃、いよいよいい風が吹いてきたのでさっそく出航。
 かっとんで帰る。
 本日の最高速度 8.28kt 。
(エンジンで走った場合の我が艇の最高速度は 6.7kt 程度なので、風で走る方が速かったということ)

 夜は小説。

2006年07月28日

処方箋を読めない薬剤師

 昨日行った北里大学病院の周囲には処方箋を受け付ける薬局が乱立している。
 通りがかりで便利なので、別の病院の処方箋を出したら、成分表示の処方箋を理解できない薬剤師がいて驚き。
「このお薬はありません」
 て、それは薬の名前ではなく、薬の成分だってば。「**ナトリウム」なんて商品名の薬があると思うだけで、薬剤師としての常識を疑う。コワイコワイ。もちろん、早々に立ち去る。

2006年07月27日

北里大学病院

 午前9時過ぎ、家を出て相模原の北里大学病院へ。
 8月中旬に妻が足の手術をするので、そのための貯血。つまり、他人の血を輸血することにともなうさまざまなリスクを回避するために自分の血液をあらかじめ抜き取って保存しておくのだ。

 午前中は内科のチェック(別の病院にかかっている持病に関連するデータなどを、外科手術を行う北里病院内の内科医に対して事前に情報提供しておく)。
 昼食をはさんで、午後一番に血液の採取。400mlずつ2回、合計800mlの血液を手術に先だって抜いておく、その第一回目だ。
 ふだん、妻は自分で運転してどこへでも行くのだけれど、血液を採取した場合、目眩など運転に支障をきたす場合があるので、運転しないようにと注意があり、それで帰路の運転手としていっしょにいったわけだ。
 妻は北里病院にはすでに3回入院して手術しているので、見舞いに行っているこちらも、久しぶりに行くとなんとなく懐かしい。

 もともと病院というのはほとんどが待ち時間の上、付き添いのこちらはすべてが待ち時間。資料本を1冊読み終わり、パソコンで原稿を書き、さらには病院(=大学)構内の有隣堂で医学書の立ち読み。
 有隣堂のこの店舗はほとんどが医学の教科書や専門書なので、ジュンク堂にいるような楽しさがある。精神医学や整形外科学関連で買いたい本が何冊かあったが、どれも6000円以上して高価なので、とりあえず立ち読み。
 大学で理科系の勉強をした最大のメリットは、どんな専門分野の本であっても、読めば書いてあることが理解できるということ。(ただし、一部の数学や理論物理学の論文などは例外)
 小説家を目指す人は理科系の大学へ進むべきだと思う。将来小説を書きたい人が文学部なんて行くのは百害あって一利なし。自由なタイミングで大学の外で独学ができる分野で、かつ、直接職業にも結びつかない学問は、必ずしも「大学で」学ぶ必要はない。
 小説を書くために重要なものは、文章の書き方でも、文学史の知識でもなく、社会や人間を見る眼差し。だから小説を書きたい人が文学部に行くのは実は遠回りだ。

 病院での待ち時間がいくつかの理由で長くなったせいで、帰り道の道路が混み始め、帰宅時刻が予定よりも1時間半ほど遅くなる。
 午後6時の別件の待ち合わせに15分ほど遅刻。野毛の「萬里」で食事をしながら打合せ。桜木町からJRで帰宅。

2006年07月26日

初めて執筆依頼を断る

 午前九時に家を出て綱島へ向かう。久しぶりに晴れたなあ。暑い。
 プロの写真家でもあり、内科医でもある高校のクラスメート、井上冬彦の診療所へ。
 超音波で胆嚢ポリープのようすを見てもらうのが目的。六年ほど検査もしていなかったが、安定しているようだ。「起床時に背中が痛いのは100%胆嚢のせいではない」と断言されてしまった。
 血液検査の結果は明日聞く、ということで帰宅。

 夕方まで自宅で小説書き。

 夕方六時、駅前の崎陽軒本店のティールームで打合せ。
 ここ三年、毎年、引き受けてきた仕事なのだけれど、あまりに原稿料が安いので、次回については最低限の条件を提示した。
 別に偉そうにするつもりはないのだけれど、小説以外はすべて「お金のためにする仕事」。(いえ、小説もお金にするために書いているわけですから)小説を書く時間やテンションを犠牲にするには相応の対価をもらわないと。人生の残り時間が少ないので。
 あげくに「ストーリーを考える練習になるんじゃないですか」だって。
 冗談じゃありません。日常生活からして100%小説のために生活しているのだから、本当は自分の小説以外のことに「ストーリーを考える」という大切なテンションは使いたくないけど、お金のために心を切り売りしているのですよ。
 できるものなら真剣勝負の試合をたくさんこなしたいという時期に、僕にはいまさら練習に費やせるほど心の体力に余裕はありません。本番(小説)のために心の体力を温存したいのに、お金のために他の仕事も引き受けているのだから、その肝心のお金を十分いただけないとなったら、やっぱり引き受けるわけにはいきません。
 依頼主は出版の人ではなくメーカー系の人。なので、物書きが商品となる文章を書くためにどれだけのものを注ぎ込んでいるのか、理解できないのも無理からぬこととは思うけれど、原稿料という形で金銭的に正当に評価する気がないのであれば、ビジネスの交渉のテーブルにはつけない。

 ということで、文筆業を開業して以来、初めて原稿の依頼を断りました、というお話し。
(もちろん、適正な対価を払ってもらえるようなら喜んで書かせて戴くのですが)

2006年07月25日

血の気の多い夕食

 淡々と原稿書き。
 まだまだだけど、少しペースが出てきたかなあ。でももっと加速つかないと。

 家に引きこもっていたら、出先にいた妻が電話をかけてきて「ステーキが食べたい」というので、スーパーに買い出しに。
 妻は八月に手術をするためにまもなく「貯血」を始めるので、血の気の多い夕食が欲しいというわけ。
 一日に一度は家を出ないとなんだかシャキッとしない性分なので、ちょうど良かった。

 肉の焼き加減も我ながらなかなか。

2006年07月23日

予定変更

 ヨットハーバーへ着いたら、雨は上がっていたがすごい湿気。
 船を出そうとしたらハーバーの機械が壊れて出せなくなり、水上繋留の仲間の船で出ることになる。
 昼食は、そちらの船のクルーのつくってくれた絶品のペンネを戴く。
 帰宅後、あわててスーパーに買い出し。
 妻が帰ってきたので、夕食を分担してつくる。
 夜、かなりリキを入れて執筆。

 ここしばらく、昼執筆、夜は息抜き、というリズムだったけれど、今日は日曜なので逆。

2006年07月22日

主夫の密かな喜び(笑)

 昼間は家に引きこもり、こつこつと執筆。
 午後2時過ぎ、運動のため自転車で山下公園まで往復。
 自分ひとりだけなので、夕方はやめの夕食は、ご飯に海苔の佃煮だけという超適当。

 午後8時半まで仕事したところで、行きつけの飲み屋がリニューアルしたとのことで出かける。こちらがあまり行かないので常連の人に会うのも久しぶり。

 毎晩、夜になると出かけている。妻が今日まで外泊なので、家事から解放されるのがいいのだ。朝昼も、自分ひとりなら超手抜きの食事でいいし。


2006年07月21日

ノートパソコンでカフェ・ホッピング

 昼間はこつこつと小説。
 午後、いつもの高島町の Blenz Coffee で執筆。夕方近くになって中華街の Blenz Coffee まで移動してつづき。
 午後7時過ぎ、20年来の古い飲み友達と合流して「金陵」で飲む。
 焼き豚が美味しかった。他も美味しかったけど。

 最近、朝起きたときに背中が痛い。胆嚢ポリープの検査を久しぶりにした方がいいかもしれない。

2006年07月20日

代官山

 予定よりもかなり早く午後の用事が終了。すでに自宅からお散歩圏内なのだが、自宅へは寄らず馬車道駅からみなとみらい線に乗り、そのまま各駅停車で読書しながら代官山へ。
 6時の約束までにはかなり余裕があるので、久々に明るい代官山の町を散歩。
 ピーコックで物価調査したり、不動産やで物件を見たり、小説の取材のようなもの。ピーコックはいいものがあるけどやはり高い、HACドラッグはふつうに安い。(いつも使っている歯ブラシが安かったので購入)

 歩いている人がモノマネでないそれぞれのセンスでオシャレをしているところがこの町のいいところ。公園では写真学校の学生っぽい女の子が、マニュアルのフィルムカメラで友だちを撮っている。
 いわゆるインタナショナルブランドではないクリエイティブな洋服もたくさん売られているし、人々が美しくて気持ちがいい。
 静かだし、エスプレッソバーも、いいワインを売っている店も、きれいな花屋もあって、お金があって汚いものを見ないで暮らすにはいい町だと思う。
 僕が高校生の頃、マリオンクレープがなくて竹の子族が発生する前の、大衆化低年齢化以前の原宿がこんな感じだったな。

 1時間ほど歩き回った午後5時、駅近くのオープンカフェに入り、コーヒーを飲みながら原稿書き。
 ただし sign というこの店のコーヒーカップは、きれいなデザインだけど手に持ちにくいし口当たりも飲みにくい、猪口才(ちょこざい)でスカした「ダメデザイン」の典型。こういう虚仮威し(こけおどし)もまた、代官山という町の特徴だ。
 形だけでなく、本当に上質なものだけの町ができるには、もっと歴史がいるし、日本という国の国民性も変わらないとなのだと思う。ファッション雑誌が「お洒落な町」と煽っているうちは、形だけの文化が駆逐されることはない。
 でも、きれいであろうとする意志、というのはとても大事なので、こうして多少上滑りすることも許したい。少なくとも、他人によって確立された高価な「高級ブランド」や、みなと同じファッションをいっせいに追いかけているだけなのよりはずっといいと思う。この町には総じて、いろいろな意味で自分を際立たせたいという人たちの意志が感じられる。

 店のウエイトレスはひとりは宮里藍に、もうひとりは知り合いの「鮭子」さん(もちろんニックネーム)に似ている。そういえば、先週立ち寄った新橋のスペイン風立ち飲み屋のカウンターには「らら美」さん(同上:京都在住の元作家)にそっくりな人が入っていたっけ。
 客のうち何人かは、人に見られる職業(モデルとか女優とか)らしく、僕が視線を止めるとそれを鋭敏に感じとって向こうもこちらを見る。
 他にも美貌を職業にしているらしき女性(たぶん近くのマンションに住んでいる愛人)が年齢のバランスの違う男性と向かい合ってケーキを食べている。ただし、新橋から銀座七丁目あたりの夕方のように、女性はホステスではなさそうだし、男性は上場会社管理職でもなさそう。

 ところで白金に住む人をシロガネーゼなどというけど、代官山に住む人はなんていうのだろう。僕が命名するならダイカニアン? つい最近、白金から白金に引っ越した作家仲間・山田あかねさんに聞いてみたら知ってるかな。(笑)
 ちなみにダルタニアンはアレクサンドル・デュマの「三銃士」の主人公。「101匹わんちゃん」はダルメシアン。ファルナンド・マルコス大統領とイメルダ夫人がいたのはマカラニアン宮殿。(関係ないけど)

 徒歩で恵比寿へ出て、飲んで帰る。

小型船舶操縦士免許更新

 小型船舶操縦士の5年ごとの更新のために、本牧の船舶職員養成機関へ。
 裸眼で視力ぎりぎりだけど、あてずっぽうがよく当たって(笑)身体検査も無事通過。乱視が進んでいるので、Cの字が十分小さいとふたつ並んで見えるので、なんとか読めるのだ。
 船員生協の食堂で冷やし天ぷらそば(450円)を食べてから講習を受ける。30分の講義と30分のビデオ教材。合計一時間で講習は終了。(身体検査と講習で3980円)
 平成15年の法改正で、いろいろ簡略化されている。行政改革。
 ふつうに手続きすると海事代理士(国土交通省の船舶関係専門の行政書士のようなもの)に依頼して新しい免許が代理申請されて自宅に郵送されてくるのだけれど、実は更新講習修了証をもって自分で国土交通省運輸局ヘ行くと手数料がかからない上に即日交付。
 というわけで、市営バスで横浜駅までもどる途中の横浜第二合同庁舎へ。
 庁内の郵便局で1350円の収入印紙を買って申請書に貼り付け、OCRの申請用紙に鉛筆書きで住所氏名を書いて写真と本籍地入りの住民票をつけて出すと、わずか10分ほどで、新しい免許証交付。

2006年07月19日

にわか独身

 午前9時過ぎ、妻が出かけるので、駐車場まで荷物を運んで送り出す。
 知り合いの方の別荘へしばらく泊まり込みらしい。

 午後、雨の上がった時間を狙って、みなとみらい方面へ散歩。銀行ATMをまわったり、100円ショップへ寄ったり。
 横浜駅西口へ出てヨドバシカメラで、写真をプリントする用紙、512MBのメモリなどを購入。
 にわか独身なので、焼鳥屋に立ち寄ってビール1本ヤキトリ4本で1100円也。

 帰宅後、さっそくメモリをPCに挿す。無事1GBになった。少し起動が早くなったかな、という程度。
 CPUクーラーを交換して静かになり、当面の不満がなくなったので、当分このマシンを使う覚悟を決めたのだ。Celeron 2.6GHz で執筆には十分。Gyao が少しギクシャクするのは、どうやらオンボードVGAでは少し力不足の模様。(CPUでもメモリでもないようだ)

2006年07月18日

チェルノブイリ

 雨降りだが久しぶりに涼しくて、昼間はクーラーがいらなかった。

 プロットから本文書き起こしの準備(こちらはわりと機械的作業)をしながら、ディスカバリーチャンネルで録画したチェルノブイリのドキュメンタリーを見ようとしたら、字幕だったので、ながら作業ができなかった。(笑)
 このフィルムは大正解で、確実に小説1本分のインスピレーションを得た。
 それとは別にデュマの「モンテクリスト伯」について、物語性の絞殺、いや、考察。
 (最近学習させたつもりはないのに、どうして絞殺が先に出てくるのだ。これもミステリーのネタになるかも)

 夕方からは湿気がヒドイので冷房をかける。
 本日は、アイデアに富んだ日だった。

2006年07月17日

思索的に暮らす試み

 小説を書くのは体力勝負の面と心のコンディション作りの両面があるので、そのあたりのマネージメントをかけだし作家としてはうまくやって、来るべき売れっ子(笑)の時にガンガン書ける人になる方法を身につけておかなくてはなりません。
 先のことはそういうふうになってから心配せよ、というご意見もあろうと思いますが。(笑)

 で、17日海の日は世間は休日ながら、心のコンディショニングの日と位置づけ、「思索的にすごそう」と決めたのだった。

 で、本を読んだり、考えごとをしたり、もの思いに耽ったり。
 体を動かす運動だけはしたかったけれど、あいにく雨降りで、静かな一日。

2006年07月16日

掃除と花火

R0011501.jpg

 朝食前の午前9時過ぎ、運動がてら自転車でまたしても山下公園まで。
 花火大会なので、人々が場所取りをしている。
 我が家は自宅のバルコニーから見えるので、場所取りがいらない。
 そのために高額な家賃を払っているようなものなので、花火の優先順位はかなり高く、ヨットもお休み。フットサルには出ようと思っていたが、準備に手間取り、ドタキャン。
 結局、花火のための一日になった。(もちろんそれでかまわない)

R0011489.jpg

 こういっちゃなんだが、我が家ではあまり掃除をしない。
 しかし花火である。人が来る。つまり掃除をしなければならない。
 というわけで、自宅に人を呼ぶと掃除せざるを得ないので、ちょうどいいわけだ。

 昼の間、風がなくて上空に煙が停滞しそうで心配していたが、適度な風で煙は運び去られ、花火には絶好の夜になった。
 日本人に生まれてよかった。花火を見るといつもそう思う。

2006年07月15日

炊けてない!

 炊飯器をセットして、米が炊きあがるまで自転車で山下公園まで。
 さあ、帰って夕食だ、と思ったら、どうやらスイッチを入れ忘れていたらしい。
 マヌケ!
 暑さのせいにしておこう。認知症ではない……と思う。

2006年07月14日

暑さになんて負けないぞ(笑)

 エッセイを書き上げて送信。

 プロットが第一関門を通過したので、そろそろ執筆準備に入っておこうかな。

 その前に、切替。
 暑さに負けないために、敢えて、暑い中、運動しに出てみる。この暑さ、逃げていると克服できるってわけでもないので、正面から暑さに負けない体づくりも必要な気がする。

2006年07月13日

テクノロジーの保つ旧交

 20年ほど前からオンラインで知り合った人たち。
 その中には、いっしょに遊んだり、いっしょに仕事をしたり、かなり親密につきあうようになった人もたくさんいて、いまではむしろ、交友範囲の大きな部分になっているし、お互いの人生にも影響を与え合ったりもしている関係だったり。
 そういう人たちとは、たとえ直接会う機会は少なくても、互いに日記を読んだりネット上で意見交換をしたり、親戚や会社の同僚なんかよりも、よっぽど互いのことをよく知っているなんてことも珍しくない。

 昨晩も、そんな人と会った。関西から仕事で出てきていたのだ。
 20年ほどのつきあいがあるのに、会った回数はそれほどでもなく、それでもなんとなくつかずはなれず互いの近況を把握している。そんな関係のひとりだ。
「最後にあったのは10年以上前だよねえ」
「**さんの結婚パーティの時だから」
 ……なんて話から始まって、仕事の話をしたりヨットの話をしたり(彼はかつて有名なレース艇のメンバーだった)。
 経済小説「も」書いている人間としては、いろいろな業界の人の話を聞くのもとても楽しい。もちろん小説家にとってはどんなことも芸の肥やしだからあらゆる話が自動的に取材みたいなものでもある。
 
 会う機会があまりない、という意味では細いつきあいなのだけれど、お互いのことを結構知っているという意味では、その年月の長さも含めて、けっこう太いつきあいのようにも思う。

 彼を待つ間、新橋で新しく見つけた「バル・ビエン」(カタカナでしか書いていないからわからないけれど、スペイン語で「よいバー」という意味だろう、多分)というスペイン風立ち飲み屋で、サラリーマンらしい人たちの会話をきいて、あまりの内容の無さと理想の低さについ小さく腹を立てていたのだけれど、彼と話をしたらそんなこともすっかり吹き飛んでしまった。

 コンピュータと通信というテクノロジーが、こうして新しい人間関係のあり方をつくっている、ということに、技術者だった僕はけっこう誇りを持っていたりもする。
 この日記を携帯から読んでいるはずの母にしても、いっしょに住んでいた頃よりも今の方が、息子の暮らしぶりや考えていることをよくわかっているんじゃないかな。

2006年07月12日

暑いさなかを歩いてみた

 横浜の中心部を歩いてみた。
 東京でいえば大手町にあたる日本大通り周辺から、シルクセンターを経て、山下公園/中華街方面へ。
 かなり暑いんだけど、ちゃんと汗をかくというのはいいもんだ。
 久々に帰りはみなとみらい線に乗って帰ってみる。

s-IMG_6305.jpg

2006年07月11日

体の調整

 年を取ると(笑)夏の暑さが堪えるなあ、とここのところ毎年感じる。
 今年はまだ感じていないけれど、やがて耐えなければならないはずの本格的な暑さに備えて体のコンディショニングについて考えている。

 上半身を大きく動かす機会が少ない。
 というわけで、公園へ出て運動。
 気合いを入れるためにユニクロのスポーツ用のタイトなウエアを着込み、(これを着てもお腹のあたりが恥ずかしくない体になりたいものだと考えながら)、ストレッチだの、シャドウボクシングだの、サイドステップだの、シャドウピッチングだの、シャドウサーブ(テニスの)だの、もも上げだの、……と1時間ほど。

 上半身をさまざまな方向に曲げたりひねったりする機会が日常生活の中であまりにも少ないのだ。

IMG_6156.jpg

2006年07月10日

ひとり時間差

 ワールドカップのせいで国内にいながら時差惚けをしている人も少なくない今日この頃。

 阿川はもともと不規則なので、いわゆる時差惚けというのはあまりなくて、慢性的睡眠不足ゆえに、睡眠時間が取れさえすれば、眠る時間がいつであろうと、寝ないよりはマシ、という状態。

 でも、早起きをした方が脳の調子は明らかにいい。
 ところが夜型習慣がついているので、仕事の着手が遅い。
 時差ボケではなく、就業時間帯の時間差になれていない。夕食後に本格的に執筆していたのに、いまは、夕食後には眠くなる。そこで「あ、そうだ、今日の時間はもう残っていないのだ」と気づいて慌てる。

 そんなこんなも、慣れの問題でしょう。きっと。

2006年07月09日

人のヨットは極楽

 昨日は4時に起きて3位決定戦を観てからヨットへ。
 自分の船は出さずに、ハーバーの仲間の船で「お客さん」を満喫。お昼は八景島マリーナに入って、船上で昼食。この船のボースン(クルー頭)は、料理も操船も完璧で、帰りなんざ、オーナーがキャビンで寝ているうちに出航判断して、オーナーが目覚めたときにはホームポート。お客さんのこちらも、デッキで爆睡。
(うっかり日焼けしてしまった、顔も腕もヒリヒリ)

 決勝戦を観るため、早寝します。 

2006年07月08日

パソコンの衣替え

 デスクトップパソコンのファン回転音がうるさい。夏になるとさらにうるさい。静かなのに買い換えたいけど金がない。 (その上、どの機種が静かなのかわからない)

 というわけで、CPUクーラーの衣替え。ついでに、ケースファンなしで動かしていたものに、低回転数の静かなファンを改めて取りつけ。

 写真左は「峰クーラー」という商品名。ファン付3970円。写真右は新たにケースに取りつけた8cm1500回転の排気用静音ファン。

 結果、めちゃめちゃ静かになりました。字を書いているだけなら、CPUファンはほとんど回らない。もっと早く取り替えればよかった。

R0011482.jpg

2006年07月07日

プロット完了

 ここのところかかりきりだった文庫向けのプロット、前夜から総仕上げに入っていて、たったいま完了。
 編集者からOKがでるかどうかは別だけれど、とりあえず完成。

 ふ~。
 それではこれから寝ます。

2006年07月05日

独立記念日

 時差の関係でいま、アメリカは独立記念日(7/4)。
『覇権の標的』では主人公の日本人がこの休暇にかけて仲間になる中国系アメリカ人に会いに行く。
 アメリカでは、みなが「アメリカ」を謳歌する日。そのさまは実にうらやましいくらい。少なくとも愛国心はあったほうが楽しいことだけはたしか。日本にはむりに愛国心を否定する人もいるけど。

 で、スペースシャトル打ち上げぴったりのタイミングで北朝鮮がミサイルを発射、本日、この時間までの7発。最初の発射は午前3時半で、その第一報が入ったのが、「ドイツ対イタリア」の試合を見ている真っ最中だった。つまり、かなりの数の日本人がほぼリアルタイムで知ったはずだ。
 同じタイミングで、前日から日本の報道関係者が多数、平壌に呼ばれていて、向こうに滞在している。
 表向きは横田めぐみさん関連の取材をさせるということで呼ばれたらしいが、何が起きても、日本とのチャンネルを残しておくための作為だろう。もしかしたら、武力で反撃されないための人質のつもりもあるのかもしれない。

 早寝をして、海技免状の更新講習に行く予定もあったけれど、前夜から小説の調子がいいので、結局、サッカー観戦をはさんで午前10時前に寝て、先ほど(午後2時過ぎ)起きたばかり。
 ここ一両日で、文庫向けのプロットを固めるつもり。

2006年07月03日

共鳴

 小型船舶操縦士の免許更新のため住民票をとり、関内まで出て伊勢佐木町でちょっとした用事を済ませたあと、ちょっとした集まりに。
 中華街で食事をして帰宅。
 人とリズムが合った感じの一日で心身共にリフレッシュ。

2006年07月02日

散々なヨットレース

 3時間ほど眠って、ヨットレース。
 講習中のクルーを載せてのレースはこちらの集中力も途切れ途切れでスタートから散々。
 途中、風が強くなり、このメンバーでは危険と判断してリタイヤ。
 強風を理由にリタイヤしたのはヨット人生で初めてのことだ。
 クルーの熟練度が低いのもオーナーである自分の責任。
 とはいえ、年に2回、ヨット協会のボランティアに協力してヨット教室の生徒を受け入れて教えてきているのだけれど、なんだか一年中、人に教えるためにヨットに乗っているようでいささか教え疲れしている。
 秋学期は受け入れをやめて、いったん自分たちのヨットライフにもどろうかと、共同オーナーと話したり。


 クラブハウスでの遅い昼食は、そうめんと豚肉冷しゃぶ。

2006年07月01日

調子のでないときはまずは外へ

 集中力が出ないが、少しでも小説のことを考えるための日。
 みなとみらいへ少し出かけて桜木町まで歩き、帰りに新高島の BLENZ COFFEE 。

2006年06月30日

物憂い株主

 午後、泉岳寺まで出かけて2%だけ株をもっている会社の株主総会で「ものいう株主」(笑)。
(前夜は、新しい会社法のお勉強もしました。経済小説作家でもあるし)
(時価総額はかぎりなくゼロに近いんだけど)
「ものいう」といっても決算書の根拠について詳細を説明してもらっただけだけ。質問内容は事前にメールしておいたし。

 横浜駅までもどって、午後3時、トリスバーで「和風おろしトンカツ定食」690円。おそーい朝食。
 スターバックスで原稿書きをして、夕方、帰宅。
 12時には自分なりの予定をこなしたので寝ようと思ったのだけれど、結局、ワールドカップを二試合とも観てしまい、就寝したのは翌午前8時。やれやれ。

物憂い株主

 午後、泉岳寺まで出かけて2%だけ株をもっている会社の株主総会で「ものいう株主」(笑)。
(前夜は、新しい会社法のお勉強もしました。経済小説作家でもあるし)
(時価総額はかぎりなくゼロに近いんだけど)
「ものいう」といっても決算書の根拠について詳細を説明してもらっただけだけ。質問内容は事前にメールしておいたし。

 横浜駅までもどって、午後3時、トリスバーで「和風おろしトンカツ定食」690円。おそーい朝食。
 スターバックスで原稿書きをして、夕方、帰宅。
 12時には自分なりの予定をこなしたので寝ようと思ったのだけれど、結局、ワールドカップを二試合とも観てしまい、就寝したのは翌午前8時。やれやれ。

2006年06月28日

フォローと準備

 パーティで名刺交換した編集者に自著を送る準備。手元の在庫があまりないので、自分で買ってきたり。(笑) いわゆる「名刺代わり」というやつ。
 まずはいろいろな編集者に「あ、阿川大樹っていい小説書くじゃん!」と思ってもらわないと。

 小型船舶操縦士の免許更新のやりかたの調査。5年に一度だから前回のことを覚えていないし、制度自体も変わっている。手続きは簡略化の方向でよいことです。(住民票とってこないと:備忘録がわり)

 以前取締役をやっていた会社の株主総会があるので、資料の検討。
「ものいう株主」になるかどうかは別として。
 経済小説「も」書く作家としてはビビッドな数字を見て考えることをたまにはやらないとね。

 と、ワールドカップが小休止なので事務的なことを片づけて、また小説に入る準備。

2006年06月27日

一段落

 16本セットの原稿をなんとか納品。
 10本ぐらいまでは順調だったけれど、残り6本はかなり苦しんだ。1本ならとても簡単だけれど、似た原稿を16本書くのは160倍ぐらいたいへん。

 サッカーは、イタリア対オーストラリア。
 後半ロスタイムでPK勝ち。これぞ劣勢での勝ち方のお手本。さすがイタリア。
 いまの日本には到底できない試合運びだった。

 頭の切替に読書。
「隠蔽捜査」(今野敏 新潮社) 吉川英治新人文学賞受賞作。
 テーマの設定が拙著「覇権の標的」と共通するところがあると思った。

 さあて、いったん寝ましょうか。

2006年06月25日

ワールドカップ、これから本番

 ワールドカップはこれからが佳境。
 見逃せない試合ばかりになっている。

 というわけで、24日から25日にかけては、まず「イングランド対スウェーデン」。
 次の試合までの二時間の間に、必死で仕事。
 午前4時からは「アルゼンチン対メキシコ」。
 6時には、終わるかと思ったら、同点で延長線。ああ、少しは眠らなくては、ということで、あきらめてベッドに入る。

 で、1時間寝て、25日午前7時起床。
 8時前に、日産スタジアムへ向かう。
 スタジアムにあるスポーツ医科学センター内で2002年ワールドカップの時のボランティアOBの団体よこはま2002の年次総会+懇親会。
 総会ではカメラマン、懇親会では司会。
 午後2時に終了して、買い物などを済ませて、午後4時帰宅。やっと就寝。
 4時間半ほど眠ったら、頭スッキリ。

 たいていのことは、1時間睡眠でもほぼ支障なくできるので、この睡眠パターンは意外といいかも。
 頭がスッキリしていないとできない原稿書き、眠いと危ない車の運転、心臓麻痺が心配なスポーツ、などだけはちゃんと寝ておかないとだけれど。

2006年06月23日

現、と書いて、「うつつ」

 ここのところ、女に、じゃなかった、ワールドカップだのソフトボールだのにうつつを抜かしていたので、仕事がはかどってません。
(ソフトボールは、駆けだし作家としては営業上のこともあるので、まったくの遊びではないのだけど、一応)

 ワールドカップはまだ20試合ほど残っていて、実は、これからが本番。

 というわけで、今夜は少し仕事の方をがんばらなくては。

2006年06月21日

推理作家協会ソフトボール同好会



 推理作家協会のソフトボール同好会。
 ちなみに、ヒマラヤ球場にはアルプススタンドはありません。
 正式名称は「明治神宮外苑軟式野球場ヒマラヤグランド」というらしい。

 午後2時から4時間、ずっとソフトボール!
 出版社の編集者のチーム・エディターズ対ミステリーズの戦いは、3試合ともミステリーズの勝利。

 逢坂剛さんがとにかく元気いっぱい。腕も確かです。新保裕一さんも安定したプレー。
 新参者の阿川大樹は、名前を顔が一致しないまま、みなさんと楽しく遊ばせていただきました。
 終了後は、信濃町駅近くの居酒屋で懇親会。


2006年06月19日

また SAMURAI BLUE PARK

 午後3時、SAMURAI BLUE PARK のフットサルコートでボランティア。
 夕立の予報だったが、さいわい雨は降らず、でも久々の高温と日照。陽に焼けました。
 前日には杖をついていたのが、なんとか自転車で赤レンガ倉庫まで行くことができたのも収穫。
 少しでも走ると傷むけれど、朝より、夕方の方がよくなっている。

 またしても、楽しそうに遊ぶ大人や子供の世話をしていると、こっちまで幸福な気分になってくる。とても楽しかった。ドイツにいる日本代表あてのメッセージを書いて、SAMURAI BLUE のフラッグももらったし。「勝ちパンダ」8種類一気に全部揃ったし。(いえ、それほどこういうグッズに興味はないのだけど、目の前で必死で集めている人がいるとつい瞬間的に付和雷同)

 終了後、同じシフトだったボランティアの女性ふたりと両手に花で、KIRIN SUPPORTERS' STATION で一時間ほど、2002年のことや、あれやこれやと、歓談。

 帰宅後は、原稿書き。

2006年06月18日

また雨降りの日曜日

 前日痛めた足を引きずり、杖をついてヨットへ。
 弱い雨が降っていたが、合羽を着て海へ出る。
 う~ん、雨はいいが風がない。
 2時間弱、エンジンで走っただけで帰港。
 あとはクラブハウスでお好み焼き。こんなのばっかりだが、梅雨だからしかたがない。

 夜10時からは、もちろん「日本vsクロアチア」の試合。
 う~ん、厳しいな。いろいろと。
 あとは、今日も、朝まで(サッカーも見るけど)原稿書き。

2006年06月16日

床屋

雨があがって青空がのぞいたので、床屋でも行っておこうかと。
3500円って結構な値段だけど、かといって15分1000円を試す勇気はない。

妻から電話で外食するとのことなので、主夫としては手抜きの夕食。

夜半にかけて、今日も短い原稿4本。
あと2本くらい書けそうだったけど、心がだいぶ疲れたので、ムリをしないでおく。
(16本中8本まで)

2006年06月15日

ポテトチップならこれ

 いろいろ不足がちになってきた食材とか、雑貨などの買い出し。
 カルビーの「堅あげポテト」の箱買いとか。
 雨降りなので、ジョギングもできず。

 翌朝まで短い原稿4本を上げる。

2006年06月14日

低調なりの暮らし方

 日本がひどい負け方をしてしまって、ちょっと脱力。
 仕事がはかどらないので、請求書を発行したり、メールを出したりと事務的なことを少し片づける。
 そういうときに誘われると弱い。(笑)
 というわけで、夕方、横浜で軽く飲む。楽しかったけど、自制して、10時過ぎにはお開きにして帰宅。
 帰宅後は、エッセイを仕上げて、メールで送信。
 本調子ではないが、今週中に、一稼ぎがんばっておこうと決心。
 世界的に有名な人(おそらくJ.F.ケネディよりもジョンレノンよりも有名)のゴーストライターのお仕事なのだ。短いものを16本。ゴーストなのでここに名前が書けないのが、う~ん、残念。

2006年06月12日

深呼吸

 午後一番で渋谷まで。編集者と打合せ。プロット修正点など。

 次の予定まで少し時間があったので途中下車して、幼少の頃住んでいた土地に比較的近い某ケンタッキーライドチキンでエッセイの原稿書き。
 この店の客層がたまたま特殊ですごく面白かったんだけど、それは次のエッセイのネタにとっておく。(笑)
 心安らかに少し住宅街を散歩。時に、自分の住んでいるところと違う町というのは、不思議に落ち着くことがある。(まあ、その逆のこともたくさんあるけど)
 深呼吸。空き時間が豊かだとすごく得した気分。

 時間ぎりぎりまでゆっくりして、横浜までもどり、最後の用事を住ませて帰宅。
 夜は、いよいよ「日本対オーストラリア」の試合。(結果は悪夢) 

2006年06月11日

雨のヨットハーバー

 梅雨時なので仕方がないのですが、雨。
 ヨットハーバーに行きましたが、結局、夕方まで宴会。
 それもヨットです。

2006年06月10日

雨だ! 急遽帰宅

 中華街のBLENZ COFFEE で原稿書き。
 運動がてら、自転車で中華街まで足を伸ばした。
 土曜日なので、人出は多いけど、このカフェはいつも落ち着いている。
 となりのオバサマ4人組の話し声がうるさいのは iPod Shuffle で掻き消すので大丈夫。
 1時間半ほど仕事をしていたら、外に傘を差す人が見える。
 おっと、雨降りか。本降りになる前にすごすごと帰ってきました。

 駐車違反の取り締まりを民間委託したためだと思うけれど、左車線に駐車する車がほとんどいなくて、車道を自転車で安全に走れるようになった。駐車違反によってどれだけ安全と円滑な交通が妨げられいたかを実感。
 これで駐車場がないところには車で行かない、という習慣が拡がることは環境にも優しくていいのではないかな。車を停められなくなってつぶれるコンビニやラーメン屋もあるかもしれないけど、もともと、道路を自分の店の駐車場同然に私物化していたようなものなので、しかたないですね。車でお客さんに来て欲しいなら駐車場を用意すべきなのだから。

梅雨入り

 午後から SAMURAI BLUE PARK でボランティアの予定だったが、雨天のためフットサルパーク閉鎖で中止。
 すっかり、気が抜けて、その後、たいしたこともせずにだらだらしてしまった。

 夕方からは、頭がワールドカップ。
 自分が出るわけでもない(当たり前だ)のに、緊張してしまう。(笑)

 夜半を過ぎて、「ドイツ対コスタリカ」。本当にまたワールドカップの季節がやってきたんだ。

【広告(笑)】
 ワールドカップをもっと楽しむ「ワールドカップは終わらない」

2006年06月09日

Schindler's lift

載ると助かるのが「シンドラーのリスト」
乗って死んでしまったのが「シンドラーのリフト」

 エレベータに乗ると、見知らぬ同士が、「シンドラーじゃなくてよかったですねえ」などと会話をする。
 早く原因がはっきりするといいのですが、シンドラー社のエレベータが設置されている建物を利用している人は、ほんとに心配だろうと思います。

【広告(笑)】
 ワールドカップをもっと楽しむ「ワールドカップは終わらない」

2006年06月08日

上野から恵比寿

 午後一番に、出版社で次作品についての打合せ。
 その後、上野へ回って「プラド美術館展」を見る。
 以前、マドリッドにいた日がちょうど休館日で見られなかったので、ちょっとしたリベンジ。

 七十数点の絵画のうち、光源の位置がわかるものは、すべて左斜め上から光りが当たり、右下に影が映る構図になっていることを発見。
 時代も違い、画家も違うのに、絵画の中の光源の位置がこれほど揃っているのは不思議だ。人間の無意識のなかにこの位置からの光に安定感を感じる何かがあるのだろう。
 御徒町まで歩いてそこから山手線で恵比寿へ。
 楽しく飲んで終電で帰宅。

2006年06月06日

SAMURAI BLUE PARK

 本日は、いよいよ SAMURAI BLUE PARK にて、ボランティア。
 フットサルコートの管理の仕事です。

 平日ということもあり、フットサル場の来場者は730人ほど。
 人数的にはちょうどよく、6個のボールでみなさん代わる代わる楽しく球ケリをしていました。
 暇な時間に、ゴール脇からシュート練習のためのパスだししてあげたり。

 無心にボールを蹴るしあわせな人の顔を半日間ずっと見ていたら、こちらも心を癒されました。
 ボランティアっていうのは、そういう不思議な魅力があるんです。

2006年06月05日

スピーチ

 ひょうんなことから知り合いになった方の会社にて、新入社員向けの研修として2時間のスピーチ。
 テーマはシリコンバレーの話。

 新入社員は数人のはずだが、髪の毛の薄い新入社員(笑)など全部で20人ほどだったでしょうか。
 睡眠不足でベストコンディションではなかったけれど、まずまずの出来で、あと報酬を戴いて帰ってきました。

 人前で話をするのはわりと好きだし得意だし、若い人に伝えたいことはたくさんあるし(オヤジくせえ!)、いまのところ、小説だけでは生活できないので、こういうお仕事はけっこうありがたかったりします。

 夜半は、またしてもプロットの詰め。編集者となかなかすりあわせができません。

2006年06月04日

人工股関節

art-joint.jpg

 有楽町朝日ホール。
「股関節治療の最前線」というタイトルの講演会に行ってきました。
 写真はその人工股関節。模型でなく現物です。
 精度のよい工作物は美しいです。
 日本では年間10万件の人工股関節手術が行われているそうです。

2006年06月03日

40年ぶりのグローブとボール

glove.jpg

 夕方になって急にユニクロへ買い物に行こう、という話しになる。
 みなとみらいクィーンズスクエアにある店で、ポロシャツ、ソックス、かりゆし風ウエア、などを買い、ジャックモールへ。
 妻の買い物につきあっていたつもりが、スポーツオーソリティにひとりで入ったのが運のつき。
 ついグローブとボールを買ってしまう。
 生まれてから多分4つめのグローブだと思う。3つめが、多分、十歳ぐらいのときだから、40年ぶり。
 6月21日に推理作家協会のソフトボール同好会があるのだ。まだ参加するのに迷いはあり、先日、新井政彦さんに会ったときにじゃあ行きましょうかということになったのだが。
 いや、こちらは新入会員で、顔見知りがいないので心細いのだ。
 ちなみに、幹事は、逢坂剛、河野治彦、新保裕一、の三氏。
 昼間、ソフトボールをやって、その後に懇親会があるらしい。

 そもそも、続けてやるかどうかもわからないし、グローブなんてとりあえず誰かのを借りてもよさそうなものなので、無駄遣いのような気が今でもしているのだけれど、これもなにかの勢いというやつだ。
 七十歳を過ぎて死ぬ直前まで軟式野球をやっていたオヤジが降りてきて買わせたような気がしないでもない。

 グローブっていうのは、買ったままでは使いにくくて、自分の手に合わせて形を育て、柔らかくしなければならない。キャッチボールの相手がいないけど、ボールが必要なのはそういうわけだ。

 そういやコザのギタリスト・照喜名薫は野球好きで、自分のバーに客が来ないと、左手にはめたグローブに向かって、ひと晩中、パン、パン、と右手でボールを投げ込む動作をしていたりする。
 

2006年06月02日

特別講義とパーティ

 結局、講義の準備で、本日も80分睡眠で家を出る。
 相鉄線で少し眠ろうと思ったら、あちゃあ、子供の団体が乗ってきてムリ。
 海老名で乗り換えて小田急線で本厚木。マツモトキヨシで目薬を買って、サンマルクカフェで目薬をさしながらやっと朝食。極度のドライアイ。そらそうだろ、ろくに寝ていないんだから。
 タクシーで東京工芸大学まで。
 11時から特別講義「ミステリー小説への工学的アプローチ」。
 終了後、学生のゼミにも少し顔を出したり、マルチチャンネル・オーディオの実験室で体験させてもらったり。
 午後3時頃、大学を出て渋谷へ向かう。時間に余裕があるので、小田急線は各駅停車にして、ひたすら睡眠時間確保。乗換の下北沢についた頃には少し元気になってきた。

 最終目的地は Bunkamura なので、渋谷でなく神泉で下車。
 東電OL殺人事件現場を通り過ぎて、東急本店通りへ。
 まず BOOK 1st.で『覇権の標的』の棚位置を確認して、雑誌のコーナーにて、巷で話題の anan のバックナンバー「特集:恋に効くSEX」を購入。
 時間までスターバックスで、プロットの見直しをやるが、睡眠不足でてんで能率が上がらない。

 午後7時から、Bunkamura オーチャードホールビュッフェで、作家・ひかわ玲子さんの「アーサー王宮廷物語」全3巻完結出版記念パーティ。
 構想15年のライフワーク。とはいえ、ひかわさんには、まだまだ次の「ライフワーク」にも期待しなくては。挨拶をするひかわ玲子さん、今日はとりわけキラキラしてました。
 帰りに頂戴した「全三巻」。1680円のご本を3冊戴いて料理も美味しくて会費1万円じゃあ、とってもお得。(そういえばパーティでちゃんと食べたのは久しぶり、それだけ消耗していたということか)
 もう体力の限界で、二次会は失礼して、東横線各駅停車でまたまた爆睡しながら、横浜まで帰って、歯磨きだけしてベッドにバタン。

2006年06月01日

不思議な夜

 昨日は、2時間半睡眠で葬儀にでかけたあと、小さな用事をすませてから、午後、一旦家にもどり、身繕いをして横浜中華街へ。
 約束の時間まで BLENZ COFFEE で原稿書き。
 その後、中華街で友人と飲み始めたのだが、寝不足のせいかひどく酔っぱらい、次に気が付いたら渋谷で飲んでいた。どうやら酔ったまま引っ張ってこられたようだ。
 気づいた頃には終電もないので、深夜営業の店で酒を冷ましながら居眠りをしたり、明け方近くになって原稿を書いたり。
 始発で午前6時すぎに帰宅。
 12時までに送らなくてはいけない明日の大学での講義の資料をつくってメールで送信。
 それからやっと眠って、午後4時過ぎに起きた。

 二日つづけての睡眠不足はまちがいなく、目も疲れて痛い。
 けれど、すかっと遊んだせいか、澱が流れ出たように清々しい晴れやかな心。

 編集者とメールのやりとりなどして、今晩はこれからみなとみらいの短い花火がベランダから観られるはず。

2006年05月31日

ある小説家の死

 日本対ドイツのサッカーを朝7時まで観ていたからといって、就寝時間はいつもとだいたい同じ。だれど、起床時間が午前9時半なので、二時間半睡眠でした。

 東十条で12時に知り合いの小説家ふたりと待ち合わせ、軽く食事をしながらなんとなく話をし、午後1時からの告別式に出た。
 違う名前でデビューする少し前に知り合い、昨年ペンネームを変えて再デビューした高梨耕一郎さん。享年59歳。
 仲がよかったわけではない。むしろ相性はよくなくて、電話で話をしたりするといつもこちらが苛立ってしまう。
 小説家や歌手や俳優は、日常生活の上で別に万人にとっていい人である必要もなく、互いに(かつてはデビュー前の、そしていまは駆け出しの)小説家であるというリスペクトとある種の競争心の対象であるというだけの存在であってもいっこうにかまわないから、電話やメール以上にわざわざ会って飲んだりはしなかったけれど、新刊が出たと聞けば「がんばっているな」とこちらも少しうれしくなる、という関係だった。
 昨年末、『覇権の標的』を送ったら検査のために入院しているとのことだった。
 それがどうやら彼の命を奪った病であったらしい。

 彼が自分の病を知ってから亡くなるまで、その経過を僕は知らない。

 けれど、同じ小説を書くものとして、彼が死を恐れるよりも、時間の短さを呪ったであろうことは、確信を持ってわかる。
 これで十分だと言えるほど膨大な著作をものにした大家でもないかぎり、自分がもうじき死ぬと知っていちばんやりたいことは、小説を書くことに決まっている。

 小説家の仕事の量と収入はあまり関係ない。同じに働いていくらの収入になるかはお天道様が決める。
 その度合いの落差はおそらく農業よりも変動が激しく、税金の制度のなかでも漁業と文筆家には「変動所得」という特別な税制が適用される。
 つまり、ベストセラーで「ニシン御殿」が建つか、海に飲まれてただの藻屑になるか、書いているときにはわからないのだ。
 それでも身を削って小説を書く人が小説家と呼ばれ、その意味で、小説家というのは職業というより生き方だといったほうがいい。
 だからこそ、僕には、高梨耕一郎が自分に残された時間が少ないと知って、どれだけ小説を書く時間を、体力を気力を渇望したであろうかということがわかる。

シュート練習

 日本代表ではなく、僕です。

 赤レンガ倉庫にある SAMURAI BLUE PARK。
 うちのボランティア団体がフットサルコートの管理をしています。

 僕の担当日ではないのだけど、仕事のあいまの息抜きに、ちょいと様子見。なにしろ、家から自転車で10分。
 で、平日で空いていたので、ボールを借りて、ドリブルとシュートの練習を30分ぐらい。

 ひと汗かいてしまいました。

2006年05月28日

ボランティア活躍中

SAMURAI BLUE PARK にあるフットサルコートで、「よこはま2002」ボランティア活躍中。

sbp00.jpg
「がんばってね」

sbp01.jpg
「おまえ、さっき何キロだった?」 スピードガン計測中。

sbp02.jpg
ナイスシュート!……?

sbp03.jpg
行列して待っています。

sbp04.jpg
入口でご案内。

sbp05.jpg
じっと我が子を見守るお父さん。

sbp06.jpg
このピンが意外に重いのです。腰を痛めないように。少し心配。ムリしないでくださいね。

sbp07.jpg
狙いをすまして。

sbp08.jpg
手前のあいているところでは自由にボール遊びもできます。

sbp09.jpg
写真を撮ってあげるのもお仕事。ココハマ・ホスピタリティです。

sbp10.jpg
テレビの取材を受けている子供もいました。

2006年05月26日

SAMURAI BLUE PARK

060526_1544~01.jpg060526_1544~02.jpg

 SAMURAI BLUE PARK という日本代表サッカーチーム応援施設を赤レンガパークに建設中です。
 明日27日、プレス向けにオープン。一般公開は28日から。
 さきほど自転車で山下公園まで行く途中に立ち止まって様子を見てきました。

 開催期間中、僕も何日か、このフットサル場で係員のボランティアをします。

 2002年大会では、期間中、パシフィコ横浜にあったメディアセンターでボランティアをしていました。
 なんとなく、始める前のわくわく感を思い出します。

 当時のことを詳しくは「ワールドカップは終わらない」(電子書籍版)をどうぞ。

2006年05月25日

8時間睡眠

 久々に8時間睡眠。こんなに眠ったのは少なくとも今月初めて。
 体調を整えるため、1時間ほど近所をジョギング。
 夜は、少しだけ小説。

2006年05月23日

プロット

 小説のプロットの詰め。ひたすら。
 推理作家協会のソフトボール同好会もパス。

2006年05月22日

静かに淡々と

 静かに淡々と小説を書くだけの一日。
 推理作家協会の総会もパス。

2006年05月21日

珍しくも晴れの日のヨット

 最近、日曜日というと天候不順で、雨風の日にヨットに乗ることが多かったのだけれど、めずらしく、どうころんでも晴れ~!という日曜日。
 風もふつうにあって、練習もでき、昼は八景島海の公園の沖にアンカリングして、スパゲッティをつくって食べながらダラダラ。
 帰りも、適度な追っ手で快走しながらホームポートへ。

 スーパーによって夕食の材料を買って帰宅。
 夕食は、イカフライ、納豆、かき玉と白髪ネギの清まし汁、トマトとキュウリとカシューナッツの和風サラダ。

 その後は、小説。

2006年05月20日

中華街

 夕方、北海道からやってきた知人家族と中華街で夕食。
 お店は、均昌閣水龍宮館。

 中華街は、10年ほど前のある時期、古くてボロイ順に毎年火事を起こして燃えてなくなり、数年の間にすっかり町中がリニューアルされた。
 均昌閣本店もその中のひとつだが、水龍宮館はその別館にあたる。
 リニューアルと観光地化のさらなる進展で、地元民としては以前より行かなくなった中華街。
 以前は安くて旨いところがたくさんあったけれど、いまは、ほとんどの店が「ウマイけど安くない」になってしまって、安くて旨い店に行きたいときは、横浜市民は中華街でなく野毛(桜木町)に中華料理を食べに行くのだ。
 とはいえ、均昌閣水龍宮館は応対も日本のサービス業の水準を超えていて、中華街には珍しいというか中華街も進歩したというか。
 むかしは中華街といえば安くて旨いけど無愛想で不愉快な客あしらいをされる場所だった。

 料理も5000円のコースがその値段以上の価値があった。大満足。
 やっぱり、いまの中華街では700円のランチか、5000円のコースか、という感じで2-3000円ですますなら野毛に行った方がいい、という感じかもしれない。
 一部、安くて旨い店は中華街にも健在なのだけれど、ものすごく混雑して、店に入れなかったり入っても大変なのだ。(安くて美味しくて狭い店のことは内緒にしておけばいいのに、みんなが得意げにブログに書いたりするもんだから、内緒にしているこっちまで入れなくなっちゃう。これは、WEB2.0 の弊害ですね)

 ちょっと酒も飲みたくないほど満腹で帰宅して、小説にもどる。

2006年05月19日

Tears In Heaven



 昨年11月に沖縄コザにしばらく滞在した。
 10月にオープンしたばかりの「ジャックレモン」という店があり、僕はそこで26年ぶりにライブステージで演奏した。少しだけミュージシャンに復帰したわけだ。
 コザは日本でも有数のミュージシャンの町だ。そこのミュージシャンたちが店をもり立てるかたちでライブを企画して、そのゲストとして1曲だけ、作りたてのコザにちなんだ新曲を唄ったのだ。
 沖縄ではわりとふつうなんだけど、やがて、客席とステージの区別がほとんどなくなり、客席にいたミュージシャンも勝手にステージに上がって演奏しだしたりする。(聴いてる客のミュージシャン率も異常に高いのがこの町のすごいところ)
 店のオーナーであり、ミュージシャンでありお笑い芸人でもある我喜屋良光も、ステージに上がって、クラプトンの"Tears In Heaven"を唄った。
 ヨシ坊とみなから呼ばれていたその我喜屋良光が、17日、亡くなった。
 コザにいる多くの知人が、彼の死にショックを受けているのが、ここ横浜にも伝わってくる。
 ステージで唄う興奮を、ふたたび味わうことのできた、思い出の場所になった「ジャックレモン」のヨシ坊が死んでしまって、僕の心にも空白ができてしまった。

 天国で涙を流しながら、ヨシ坊が "Tears In Heaven" を唄っている姿が、目に浮かぶ。
 なんだかできすぎだよ。ヨシ坊。

(上から)
写真1  阿川大樹
写真2  TARA 照喜名薫 ひがよしひろ
写真3  我喜屋良光 照喜名薫(ZODIAC) 

2006年05月18日

妻の誕生日

 昼間は、またしても小説まっしぐら。
 午後5時になって関内のレストラン「オリジナルジョーズ」に予約を入れる。
 午後8時。タクシーでレストラン到着。妻の誕生祝いディナーだ。
「オリジナルジョーズ」は東京横浜で一番古いイタリアンレストランであるといわれ、1953年開業、つまり、僕が生まれたときにはもうオープンしていた。まだ自衛隊がなくて警察予備隊だったころのことだ。(笑)
(だとすると、日本で一番古いイタリアンレストランは東京でも横浜でもないらしく、どこにあるんだろう。神戸あたりだろうか)

 真っ赤なビニールレザー張りの椅子の古い古い趣の店内。
 正直、古いだけで味は大したことないだろうと思っていた。ところがどっこい、たいへん美味しい料理でした。オリジナリティもある無理に気張らないけどちゃんとした料理で好感度大。
 パスタやピザがあるところはイタリアンだけれど、料理全体としては最近のイタリアンレストランとはちがってむしろ「ヨーロッパ料理」という感じのメニューになっている。

ディナーコース(妻は別のセレクション)
  前菜: スモークサーモン
  パスタ: 生ハムとサーモンのクリームソースのスパゲティ(メニューから自由に選択可)
  メインディッシュ: イベリコ黒豚の3つの部位の網焼き(同上)
  デザート: マンゴーのシャーベット
  コーヒー(または、紅茶、ハーブティー)

  ワイン: シャブリのハーフボトル

  コース二人分とワインで9600円でした。大満足。

帰宅後は、また小説モードにもどる。

2006年05月17日

続・小説まっしぐら

 今日も小説まっしぐら。
 日記がつまらなくてゴメンナサイ。

2006年05月16日

小説まっしぐら

 今年の目標は年内にあと二冊小説の本を出すこと。
 というわけで、現在、二作同時進行中。
 しばしの飲み会モードから脱却して、本日よりひたすら小説。
(実際の執筆ではなくプロットを煮詰めているところ)

2006年05月15日

琉球紅型染め・金城宏次と飲む

cont01.jpg

 京王百貨店で開かれている大琉球物産展へ。
 沖縄コザでの飲み友達でもある琉球紅型(びんがた)染めの若きホープ・金城宏次さんの工房が出店していて本人も売り場に立っているということで。
 物産展はいわゆる物産展(て当たり前だ)で食料品が中心なのだけれど、最近は沖縄ブームで沖縄の食べ物も珍しくなくなっている。売上自体頭打ちだそうだがそれでもけっこう賑わっている。
 宏次さんの工房は妹さんとふたりで染めのTシャツとプリントものの両方を売っている。
 プリントは2000円台だけど、染めは手作りなので7000円くらい。
 彼の絵柄はどれも僕の好みなのだけれど、妻の誕生プレゼントと自分用をそれぞれ1枚ずつ購入。(お友達割引付)

 そういやユニクロ以外で洋服を買ったのは何年ぶりだろう。(笑)

 その後、宏次さんとゴールデン街をハシゴして、終電で帰宅。

2006年05月14日

母の日

朝からヨット。
風がなかったが夕方まで楽しむ。

横浜駅まで母を呼び出して「母の日ディナー」。
「千房」で豪華なお好み焼き。

2006年05月12日

頼られる

 最近、久しぶりに恋愛相談(のようなもの)をされたり、小説執筆上の悩みについて相談されたり、新入社員の教育について相談されたり。
 つまり、なんだか相談され週間のような趣。
 時にけっこう時間をとられたりもするのだけれど、頼ってくれる自分でありつづけたいとは思う。
 どっちにししても大切なものをなくしたくないよね。

2006年05月11日

久しぶりに都内へ

 打合せのため、久しぶりに都内へ。
 渋谷、目白、とそでぞれ編集者と話をする。どちらもボールがこっちへもどってきたので、並行して進めなくては。
 あとは知り合いのバーを一人でハシゴ。
 3時間しか寝ていなくて午前3時起床だったので、終電よりも前に眠くなって電車に。
 渋谷で降りるべきところ、気がつくと五反田だったので、品川経由で帰ってくる。

2006年05月10日

打合せの準備

 明日、小説の打合せが二件あるので、その準備。
 一方はだいぶ前に書き上げたもののリライトの打合せなのだが、書き上げると一旦過去のことになっていて、もういちど読んでいかないと自分でも覚えていない。
 もうひとつは、新作のプロットのブレインストーミング。そのたたき台のアイデアをパワーポイントにする。

久しぶりの水泳

 朝6時前に起きて、いろいろ雑用を片づける。
 1600字のエッセイを書き上げたところで、自転車を漕いで久々にプールへ。
 子供の水泳教室が始まる前に静かなプールで、と思ったが甘かった。オバサンの水中エアロビクス真っ盛り。子供の嬌声よりもずっといいいけど。
 本が売れたら子供のスイミングスクールのないもう少し高級なスポーツクラブに通いたいものだ。
 水中ウォーキングと、水泳600mぐらい?都合70分ぐらいプールで過ごして、また自転車を漕いで帰ってきた。

 あとは、明日の編集者との打合せ2件の準備で夜中までだな。

2006年05月09日

お仕事お仕事

午前中、音楽雑誌の2000字、午後、推理作家協会の会報の2000字。
それぞれいいテンションで仕事ができて満足。

夕方、運動のために自転車で横浜駅西口までいって、夕食の揚げ物を買って帰ってくる。

ヨット生活の影響で朝型で調子がいいけど、夜がめっぽう弱いので、夕食後はごろん。
(これを書いているのは5/10午前6時)

2006年05月07日

ヨットレース

 ヨットレース。
 雨模様で強風だが、中止になるほどではない。
 スタート地点にまっさきに着いて待っていると、風はどんどん上がってくる。
 ほぼベストのポジションでスタート。
 12艇中3位でマークまで向かう。ピークで風速15mくらいある。7人の体重でヒール(傾き)を潰しながら快走。が、途中大型艇に抜かれる。結局、マークを4着で通過。レーティング修正(ハンディキャップ)なら2位か。
 回航後、俊足小型艇に抜かれて順位を下げる。縮帆を解く判断が遅れ、往路の優位をかなり失ってしまったか。
 が、しかし、久々の強風レースで楽しかった。ビールが旨い。
 その後、ハーバーのクレーンを待つうちに雨足が強まってずぶ濡れ。

 帰港後、パーティには参加せず、雑誌の仕事の取材のため、有楽町へ向かう。
 少し時間に余裕があったので、根岸駅で立ち食い蕎麦、それでも喰いたりず、有楽町でカレーを食べ、一緒に取材にいくミュージシャンと合流。
 東京国際フォーラムで "TOTO" のライブ。
 終了後、TOTO ファンの人たちのグループに合流して、夜10時頃まで取材がてら歓談。

 そういえば、レースは何位だったのだろう。ハンディキャップで順位が修正されるので、ヨットレースは、ゴールした時点では自分で何位なのかわからない。パーティで発表になっているはずだが。

改めてクルージング日記

電池切れを心配しながら携帯から書き込んでいたので、あらためてノートPCに書いてあった日記の方を。

5月3日 憲法記念日

1000、横浜のホームポート出航。 快晴。風十分。 僕と共同オーナー、某誌編集長、女性クルー2名の5人。 全員長いつきあいの気心の知れたメンバー。 全行程帆走で、1435、三崎港入港。 意外に寒い。 海舟というお店でマグロ料理。 満腹で船に帰ってもあまり酒が飲めない、(笑) 2330、いつもに比べて画期的に早い就寝。 前夜は睡眠時間3時間だったし、適度な疲れで快眠。 でも、4時前に目が覚めてしまって、ひとりでこれを書いている。 マフィアの組織が敵味方を振り分ける手法についての夢を見た。委細省略。

5月4日

0810 三崎港出航。 風十分。かっとび。 1030 内房保田入港。 陸路をクルマで移動するより何倍も早い。 午前中なのにもうやることがない、という幸せ。 日が沈む前、近所のスーパーに買い物。 風呂屋へ。混んでいて入場制限。少し待って入る。 船で料理して夕食。だべって寝る。幸福。

5月5日 こどもの日

外は強風。15mは吹いている。 というわけで出航するのをやめて、一日、港で過ごす。 千葉の緑に囲まれたところにすることもなく浮かんでいる船で、ギターを弾いたり、入ってくるヨットの舫いを手伝ったり、だらだら昼寝をしたり。幸福。 しかしキャビンにいると風がひゅうひゅういっている。 夜半、風がさらに上がる。

5月6日

5時過ぎに目覚めて天候の確認。 風は少し落ち着いているが、長期的にはまた強まる気配だ。 というわけで、遅くとも7時には出航すべしと判断。

0655 房総保田漁港出航。
ツーポイントリーフのメインセールにレギュラージブに縮帆して、出発。
風向きでは観音崎をダイレクトに狙える方角だが、波が悪く久里浜の少し北までしか船を向けられない。
少しずつ角度をゲインして、久里浜と観音崎の間あたりにつき、そこから二度ジャイブを繰り返して、あとはホームポート近くまで一直線。
時々、波に大きく翻弄されるが、逆に波に乗ると、シュワシュワと音を立てて波の斜面を滑るように加速。最高速度は9ノットオーバー。(これ、ヨットとしてはすごく早いんですが、自転車より遅いです。時速17キロほど)
かっとんで、1030 ホームポートに無事帰港しました。
渋滞している陸路を車で移動するよりはかなりはやいと思います。

出港時に覚悟していたよりは遥かに楽で、あっというまに着いちゃいました。ふだんの日曜日ならまだ出航していないときもあるような時刻。

セーリングしながら食べる予定だったお昼をホームポートの岸壁で食べて、上架後、後かたづけをして帰宅。

2006年05月06日

いざ横浜へ

平均風速はかなり落ちました。でもブローはかなり強烈。走りにくいなあ。
千葉南部はまだ強風波浪注意報がでてます。
1時間ほどで出航予定。

2006年05月05日

足どめ

15メートル以上の風。走れないこともないけど風待ちして保田にそのままいます。

2006年05月04日

内房総保田


三崎から保田へ移動

三崎港で1泊

全行程帆走で三崎に入港。今日はどこへ行こうかな。

2006年05月02日

移民のいない日

 日本のメディアではほとんど報じられていなくて、やっと今日になって少しニュースになっているけれど、CNNでは、昨日一日中、このニュースでもちきり。ほとんど「911」なみの扱いです。
 全米60余りの都市でデモが行われていて、職場や学校を移民たちがボイコットしているらしい。

(パソコンでみているかたは下記のニュースを参照)
 http://www.cnn.co.jp/usa/CNN200605010018.html

 農業では労働者の24%が不法移民だというのだから、「不法」といっても、すっかり社会に定着して、アメリカ経済を支えている。だからこそ、いっせいにボイコットがでると、工場が止まってしまったりするわけだ。

 メキシコに家を持っている友人によれば、WBCでメキシコがアメリカ相手にものすごく真剣に戦った背景には、この法案も影響しているらしいです。つまり、日本が優勝したのは、アメリカでこの法案が取り沙汰されていたから、というわけです。
 意外なところで、日本にも影響があるわけですね。だから世界は面白い。

 昨夜は、自由が丘で若くて聡明で美しい女性と庶民的だけど美味しいお店で飲んで喋る。
 と、そこまでは100点満点だったけど、帰宅後、創作メモが見つからず、朝までかかって捜し物してただけで、やっぱりみつからず。しかたない。また、改めて考え出すしかないか。閃いたものがもういちどもどってくるとは限らないんだよなあ。
 あの夏、碓氷から霧積へ抜ける道で無くした麦わら帽子のように、僕のメモはどこへいってしまったんだろう。
 Mama, do you remember ? (て、知っている人はけっこうな年齢)

 エッセイ「冬のヨットハーバー」をここに追加しました。

2006年04月30日

頭の整理

 たったいま、「ロングテールの法則」を読了。知っていることだけれど本を読むと頭の中が整理されてくる。
 経済小説第二弾のアイデアを固めている最中なので。

 いったん寝ましょうねえ。(沖縄の表現で「いったん寝ます」という意味。別に誰かをさそっているわけではない)

 起きたらプールへ行きたいなあ。運動不足。

2006年04月28日

十四代

 歌舞伎役者の襲名ではありません。お酒の名前。
 昨夜は、半導体業界の人の飲み会に初参加。お店は京王線の仙川。
 例によって、一時間ほど前に仙川に着き、どこで仕事をしようかと少し歩き回ると目に付いたケンタッキーフダイドチキン、もう何年も行っていないような気がするけど、ケイジャンホットチキン(220円)の垂れ幕に誘われて。うん、なかなか美味しかったです。でも180円のコーヒーはいただけない。やっぱりフライドチキンにはコーラでしょうか。(ここで健康のことなど持ち出すのは野暮というもの)
 で、いよいよお目当ての店にて、昔、仕事でお世話になった人や、初めて会った人などと美味しいお酒を飲みながら上機嫌。そもそも飲み屋で酒を飲むこと自体、久しぶり。なんと4月に入って27日にして始めてではないか。
 11時に散会となったあとは、新宿で朝まで寄り道。ゴールデン街で飲み明かして朝帰りとなりました。

2006年04月27日

ボランティア

 唯一所属しているボランティア団体の世話人会。
 ふつう世話人会なんていうと、なんとなく飲み会の口実のような響きがある(なんて感じるのは僕だけか?)けど、会員330名ほどを束ねるこの会はものすごくきちんとした運営がされている。まるで仕事みたいな感じもするので、もう少しゆるゆるでやって欲しいとも思うのだけれど、メンバーが有能で仕事のプロトコルが確立しているので、ごくふつうにやるとかっちりしてしまうんだな。
 それはそれでむろん美点でもあるのでもちろん悪いことではないんですけどね。

 午後9時に終わった後は、野毛の中華屋さんで飲み会になるのだが、僕は、カツオのタタキを食べてしまわなければならないので帰宅。(食べ物をダメにしてしまうのがすごくきらいなのだ)

 昨日、母に携帯でこの日記を見る方法を教えたのだが、ちゃんとできているようで、メールが来た。
 どうやら、母は、自分の携帯の中にこの日記が詰め込まれていると思っているようだけど、まあ、いっか。(テレビの中にコビトが入っていると思っているみたいなもの)

 USBの4端子のハブのうち、よく抜き差しするひとつが壊れたので、ヨドバシのポイントで買ってきて交換。古い方は3端子のハブとして、別の用途で使うことにしよう。

 プロット、イメージ的には出尽くした感があるので、ストーリーの形に再構築する作業に入ろうかな。連休明けに、編集者と会うことにでもしておこうか。

 あとは、6月にやる大学の講義に関するやりとり。文庫の新刊に関するやりとり。音楽雑誌のコンサートの取材に関するやりとり。など。

2006年04月26日

母親に筍

 我が家が筍だらけで、筍に呑みこまれてしまいそうだったので、筍を持って母の家へいって置いてきた。
 ついでに、このblogを携帯で見られるように教えてきたのだが、はたして、僕がついていなくても見ることができるだろうか。(これ、読んでいたらメールください。母上)

 帰りには、スポーツクラブによって今年初めて水中ウォーキングと水泳を1時間ばかり。体が軽くなった。もっとコンスタントに運動する余裕が欲しいなあ。
 さらには、みなとみらいで各種買い物をして8時に帰宅したら、ちょうど妻から電話で、駅まで迎えに行く。
 昨夜は26分しか寝ないで今朝仕事に出て行ったというので、とりあえずすぐに寝かせて、その間に夕食をつくる。主夫の鏡だな(笑)。
 40分後、夕食完成。鰹のたたき、筍と三つ葉の清まし汁、筍の炊いたん、グリーンサラダ、ふきの炊いたん。ほとんど和風だがサラダはアチェートバルサミコとオリーブオイルのドレッシング。

2006年04月25日

よし、1本!

 日曜は寒かったけど楽しいセーリング。
 キャビンでチリのカベルネとフランスのシャルドネも空けたし。

 睡眠サイクルめちゃくちゃのまま、月曜の朝には宅急便に起こされるパターン。ふだんなら居留守でやりすごすところなんだけど、三重の知人から取れたての筍が大量に届いたので、寝ている間もなく茹でたりなんかして。

 で、緊張感の出ないままだれている小説書きのあいまに〆切の1600字、いま書き上げました。
 これがちょうどいいビルドアップになって、今夜は小説も進みそうな予感。

 いくぜ~、いくぜ。

2006年04月23日

「酒呑童子」航行不能

 昨日、グアムへ向けて出航した酒呑童子。
 本日午後、 Stella Maris がハーバーにもどってみると、八丈島近くでデスマスト(マストを折ること)して航行不能となり、漁船に曳航されて八丈島へ向かっているとのニュースが無線で入ってきた。
 現在わかっているところでは、乗員は全員無事で、原因は金属疲労ではないかということ。

 地球を何周もしているヨットだから72歳の斉藤実さんよりもさきにへたばってしまったわけだ。
 実はうちのヨットも数年前にマストを折ったことがある。さいわい怪我人も出なかったけれど、かなり精神的なダメージは受けた。自分の船の心臓部のようなものを失う喪失感はかなりのもので、いまでも、思い出すのがいやだ。

 酒呑童子に乗っていた仲間は全員よく知っているので、とにかく無事でいてくれてありがたい。そう、無事であったことを、感謝したい気持ち。

2006年04月22日

斉藤実さん、グアムへ

斉藤実さんが「酒呑童子」でグアムへ向けて、本日1200JST、横浜から出航した。

saito3.jpgsaito1.jpg

(上左)船体中央部のドッグハウスに書かれた名前
(上右)前週のパーティで、清酒「酒呑童子」を抱えてゴキゲン

saito5.jpg

(右)風に対して自動的に同じ角度を保つウィンドベーン。電気を使わない単純な仕組みが信頼性を生む。グアム船籍なので、星条旗が掲げられている






saito6.jpg

(上)バウ(船首)にも清酒「酒呑童子」

saito7.jpgsaito8.jpg

(上左)ラット(舵輪)につく斉藤さん
(上右)横浜の運河から東京湾へ向かう。その先は一路グアム。世界を7周もしている斉藤さんだから、グアムなんてすぐそこなのだろう。でも、海には魔物が住んでいる。気をつけて。
Bon Voyage !


2006年04月21日

ひとふでがき

 午前8時40分から東京駅で打合せ。
 ずっと起きているか、早起きするか、判断しかねているうちに朝。30分ほど仮眠。
 早めに出たけど、久々の通勤時間帯で懐かしいやら不慣れで緊張するやら(笑)
 8時頃に東京駅構内、銀の鈴の横のイタリアンバールについて朝食を摂りながらノートパソコンで原稿。
 相手が少し遅れてきて結局9時から40分ほど打合せ。
 帰りは、一筆書きで別ルートを通って隣の駅で降りたので、東京まで往復しても隣駅までの片道料金で一仕事終えてきました。

 ちなみに suica では入った駅では出られない。
 「ひとふでがき」でルートが重ならなければ、どんな遠回りのルートを通っても最短距離の料金でいい、というのが鉄道の料金計算のルールになっているみたいです。

 午前11時帰宅。昼12時過ぎ就寝。午後6時前起床。頭スッキリ。

2006年04月20日

逍遥(しょうよう)

 逍遥ってなんだ? と思う人も多いでしょうが、散歩のことです。(て、僕もいま知りました)
 仕事の電話を待っていたんだけど、ちっともかかってこないので、業を煮やして、散歩に出ました。
 京浜急行で3つめの市立図書館まで。自分の用事はないのだけれど、妻の借りた本が期限なので。(ようするに散歩のネタなのでどこへいくかはどうでもいいのだけど、行き先を考えるのが面倒なので、用事があると便利)

 図書館からはそのまま歩いて伊勢佐木町へ出るのが定番。
 日高屋で「野菜たっぷりのタンメン」というのを食べる。490円だけど、ほんとに野菜たっぷりだし、麺もシコシコでスープもけっこう美味しい。
 こだわりのナントカという800円以上するラーメンには原則として行きません。ラーメンごときで800円もすれば美味しくて当たり前、まずかったら怒ります。安くて美味しいから偉いのであって、800円もお金を出せばラーメン以外にも美味しいものはたくさんある。美味しいけど高いラーメンなんて邪道です。しかもインテリアとか店の構えにお金かけちゃって、行列させられて偉そうな店員に偉そうにラーメン出されるなんてまっぴら。
 なので、日高屋とか幸楽苑なら喜んでいきます。(美味しいけど続けて食べると飽きる味なんだよね)

 ユニクロで新作のポロを試しに買い、カーゴパンツを試着したらウエスト82cmのMが十分はけたので、これもお買い上げ。考えたらこの1年以上、ユニクロ以外で服を買っていないな。
 小説家として有名になったら、モデルに使ってください(笑)>ファーストリテイリングさん

 で、ラーメン屋の向かいのスターバックスで原稿書き。
 いまは、家ですけど、まだまだ原稿書きは続きます。

2006年04月19日

ひょんなことから憧れのマランツ

 朝まで原稿を書いていたのに11時に起こされた。
 宅急便だ。

 寝ているときの宅急便は原則として居留守を使うのだけれど、今日は起きた。
 Marantz のAVアンプが届くことを知っていたから。
 マランツといえば少しでもオーディオの知識がある人ならルイヴィトンに相当勝って絶対劣らぬブランド品である。

 とはいえ、いちばん安い機種なので、最新型の携帯電話よりも安いくらいだ。
 きっと、マランツのブランド力は高級品を買う人にしか通用しないのだろう。真空管アンプを見たことのない人にはマランツなんて名前を聞いたことがないというほうが多数派にちがいない。だkら、ローエンド品はむしろ競争力において知名度の高いケンウッドやビクターに負けてしまうのかも。

 宅急便のにぃちゃんからずっしりと重いダンボールを受け取って箱を開けるのが妙にうれしい。箱から出すと、もうなにもしないうちから Marantz 光線を発している。
 で、そのまま家のオーディオの接続し直し、リモコンの設定、などで気づいたら午後4時を回っている。ベッドからでて、飲まず食わずトイレも行かずで、5時間も黙々とスパゲッティな配線と戦い、キーボードのない不便なコンピュータで制御されているデジタル装置の設定、そして音質も含めた受け入れ検査(動作試験)を夢中になってやっていた。
 ふ~。
 音は値段以上のものがある。いままで、いろいろとスイッチを押したりつなぎ替えたりしないとすべての機械の再生や録画録音ができなかったのが、ほとんどリモコンだけでできるようになった。
(ただの切替スイッチにしてはいい値段だけど、まあ、音を増幅する機能の付いた切替スイッチみたいなもの)

 カセットデッキは過去1年、一度も使っていないので、今回、思い切って接続しないで処分することにする。
 7.1chとかで、同じ回路のアンプが7つも入っているのだそうだが、うちはフロントスピーカーしかないので、そのうち2個しか使わない。なんかもったいないけど、スイッチの切替回路の多い製品を探すと自動的にアンプがたくさん入った箱になってしまうという世の理不尽。
 たしかに、ハードディスクレコーダーを2台使うような人は、ふつうは、映画マニアとかでいわゆる「ホームシアター」にするんだろうけど、うちはテレビは21インチで一番安かったブラウン管のやつだし、ハイビジョンもBSデジタルも関係ないし、ようするに僕や妻が、仕事の資料としていろいろなテレビ番組や映画を保存して早送りで見たりする「ビュワー」にすぎないので、サラウンドとかなんとかは一切関係ない。

 そのかわり、多少音楽にはうるさいので、超高級ではないけど、CDプレイヤー、チューナー、などがそれぞれ独立した箱に入っているバラコンポだし、リーズナブルでいい音のするBOSEのサブウーハーとセットのスピーカーシステムなのだ。
 そもそもスピーカーを7つも並べるくらいなら、そのお金を全部フロントのふたつにつぎ込んだ方が絶対にいい音がする。贋ダイヤを10カラット集めても本物0.1カラットにかなわない。ぬるま湯をいくらかけても火傷しない。

 というわけで、午後はAVシステムの設定でつぶれてしまったので、本格的な執筆はこれから。
 明日の朝は宅急便が来ても起きません。

2006年04月18日

調子が出てきたぞ

 きちんとプロットを書いてから、長編の執筆に入る。

 少なからぬ作家がとっているアプローチを実は僕はしたことがない。何百枚も書いた挙げ句にボツになる、という作家側のリスクを回避するにも、どんなものができてくるかわからない、という出版社のリスクをなくすためにも、とても有効なアプローチであることはわかっている。
 けれど、書きはじめてみないとわからない、書きはじめれば必ずアイデアは出るのだが、書かずにあらすじだけ考えるとなかなかアイデアが生まれない、と、これまた少なからぬ作家がとっている方法がいままでの僕のやり方だった。

 今回、初めて真剣に「プロットから入る」アプローチをやっている。
 いままでだって試みたことはあるのだが、ことごとく失敗して時間だけが過ぎ、結局、「四の五の考えずに書きはじめてしまった方が早い」という結果になっていた。
 ただ、ダイヤモンド経済小説大賞優秀賞でデビューした関係で、いままでは何をテーマに書いても、それぞれの出版社にもっていけばよかったところが、ことダイヤモンド社に関しては「経済小説」を書かなくてはならないことになっている。
 そうはいっても、経済小説の主流は金融や商社や流通を舞台にしたいわゆる文科系ホワイトカラーの小説だ。製造業出身で元エンジニアの阿川大樹は門外漢だし、そういうみんなが書いている分野にもともと強いこだわりがない。そういう分野はすぐれた先達に任せて、せっかくなんだから新しい経済小説を書きたい。

 じゃあ「新しい経済小説」とは何なのか。

 そもそも新しいわけだから、いままでにないチャレンジになる。となると新しいものを現物ができる前に編集者と作者でイメージを共有するとしたら、建築でいう模型やパース図、小説ならあらすじ(プロット)がないといけないわけだ。
 でないと、僕がこれは新しい経済小説だと思っても、出版社がこれは経済小説ではないと判断すれば、せっかく書いた長編も陽の目を見ない。これはお互いにとってリスクが高すぎる。
 というわけで、今回、なんとしてもプロットから小説を組み立てるという新たな挑戦をしている。

 なんといっても、初めてのことだからスムーズにはいかない。
 でもでもでも、本日、あらすじとしては30%は40%ぐらいできたところで、試みに冒頭を書きはじめてみたら、どんどんアイデアが出てくる。ならば、プロット自体を膨らますために、もう少し書いてみようかということにした。
 こういう風に、アイデアがどんどん湧いてきて、筆が進むときは、ものすごく楽しい。書いてしまうのがもったいないほどに楽しい。(笑)

『窓を開ければ港も見える』も新しいコンテンツを追加しました。
http://blog.livedoor.jp/taiju_agawa/archives/50748755.html

2006年04月16日

雨降りのヨットハーバー



 寒い。
 天候の回復待ち。

 次の土曜にグアムへ向けて出て行く「酒呑童子」のメンテナンスを、海へ出なかったメンバーで手伝う。
 のち、この静かなクラブハウスはパーティ会場となった。

2006年04月15日

てくてく歩く 無駄足上等

 ちかごろ運動不足だし、自分なりの上限より2Kgほど重いし、フットサルでスタミナが足らないし、遠からず富士山に登りたいし……ということで、歩く口実を探している。
 デッキシューズ(ヨット用の靴)の底が経時変化で固くなって滑るようになっているので、横浜市営地下鉄で7つ先にあるヨット用品店まで歩いて行ってくることにした。
 ちょっと遠回りしながら8キロちょっとの距離を1時間半かけて辿り着く。
 運動が目的で、買い物はついで。
 だから道に迷ってもそれを楽しむという感じで歩いたから、もう少し距離があったかも。
 で、いった店に目当てのものがなかった。カタログにあるけど、店頭在庫にないのだ。ふつうならちょっとガックリするところだけれど、何しろ歩く口実だから1時間半かけてわざわざ来て無駄足でもいいのだ。
 でも、明日ヨットに乗るのに靴がショボイのは、ちょっとストレスなんだけど。
 急にストレスかけてもいけないので、帰りは途中から電車に乗った。
 二時間半ほど早足で歩いたかな。

 夜は豆カレー。
 豆がなかなかふやけないので、この時間になってもまだできない。

 夜11時から3時間ほど原稿が書けるかな。

見せ方、見え方、本当の自分

 もうずいぶん長い間、自分のサイトをもって、近況みたいな事も書いたりしてきた。
 営業用でもあるし、僕に期待してくれている人たちに「阿川大樹健在なり」と言いつづけていないと申し訳ないし、自分もそうしていないとなかなか自我を保てないし、なんてこともあって、弱音はほとんど書かないできた。
 まあ、もともと楽天的であると同時に自信過剰気味の人間だから、基本的にめげないんだけども。
 とはいえ、なんでも思ったようにいくわけでもなく、だからこそ、日々、自分を元気づけて生きているわけだ。
 で、ふと思うのは、そういう虚勢みたいなのをやめたらどうなるんだろうってこと。
 今日もこの時間まで起きていて、思ったほどはプロットが進んでいない。まあ、いつものことなんですけどね。
 瞬間最大風速をイメージして自分に期待しているから、ほとんど毎日、自分のパフォーマンスに裏切られる。それもまた自分、あるいは、それこそが本当の自分だと認めつつ、永遠にそうではない自分になることを願い続ける。まあ、イカロスが太陽に向かって飛んでいるようなものだな。

 なあんて、気分を変えて内省的な日記を書いてみました。

 明日はどっちだ?

 いや、まだ、今日の分を頑張らないとね。日付はとっくに次の日だけどさ。

2006年04月14日

クルー募集


マクドナルドではアルバイトのことをクルーというらしい。

トマトチキンフィレオのセットをポテトLにして原稿書いてました。
ちなみに、うちのヨットもクルー募集していますが、給料はありません。

夜は、さんざん居間のアンプ買い換えの検討をしてから、原稿の続き。

2006年04月13日

松屋の牛丼 期間限定300円

 インテリアの打合せに行く前に高級お好み焼きチェーン「千房」でお好み焼きランチコース(1人前1500円)。
 ヨドバシカメラでディスプレイ切替機とケーブルを買う。
 高島屋6階でいろいろなインテリアの話を3時間もかけて聞くがほとんど時間の無駄だった。高島屋企業としてはだめだなあ。
 ドトールで少し休憩がてらプロットを考え、中央図書館まで30分ほどかけて歩き、予約してあった本を借りる。
 帰りに松屋の前を通りかかったら「牛丼、期間限定300円」につられて夕食は牛丼並盛り。
 その足でみなとみらいのスポーツオーソリティに立ち寄って海水パンツを購入。トレッキングの靴も物色するが、まあまあのが見つかったところで、買うのはいったん踏みとどまる。(親切にしてくれた店員さんゴメンナサイ)
 帰宅後、デスクトップとノートパソコンでディスプレイを共有するために買ってきた切替機のセットアップ。
 ファンレスで静かなノートパソコンで原稿を書くことにして大きな画面を使えるようにした。
 快適だ。
 デスクトップをスリープモードにしておけば静かだし、音楽が」聞きたいときは iTunes 専用マシンにして音楽を起動したらもうディスプレイはなくてもいいから、切り替えて執筆マシンのノートの画面を表示させておけばいい。(デスクトップPCをほぼ iTunes 専用マシンにしてしまうのだ)
 ノートのCPUはトランスメタの非力なマシンだけど、原稿を書くだけならこれで十分だ。
 むしろ、いろいろなものがインストールしてあるデスクトップは遅くなっていて使いづらい。
 というわけで、いろいろなことをしたけれど、それでもかなり執筆のテンションが出ている充実の一日になっている感じ。

2006年04月12日

床屋へ行く

 セミアコのエレキをしまって代わりにベースを出してくる。
 しばらく弾いたら指が疲れたけど、すこしベース開眼したかも。

 さらに、昨日めげて出かけなかった床屋へ。

 紀伊國屋をのぞき、西口の地下食料品売り場でマグロフライを買い、松屋で牛丼を食べてから、ドトールで原稿書き。
 家にもどると、推理作家協会からソフトボール同好会活動案内のハガキがきていた。
 ホントに来てみるとなんだかちょっと滑稽な気分。17日までに出欠の返事をしろということだが、新顔だし、知っている人がいないと参加しにくいなあ。ここお読みの方で、どなたか参加される方いらっしゃいます? グローブないとだめかな。だれかに借りればいいか。
 ちなみに、さすが、開催が平日です。

 夕食後も原稿書き。
 ああ、出かけて酒飲みたいぞ。

リストに載った

 いまみたら、日本推理作家協会のリストに載っていた。

 http://www.mystery.or.jp/search/member_index.html

 いざ載ってみると、ミステリの著作が1作しかないのがちと恥ずかしい。
 どんどん書かなくては。
(と、こういう自分の背中を押すために会費を払っているようなところもあるわけで)

リストに載った

 いまみたら、日本推理作家協会のリストに載っていた。

 http://www.mystery.or.jp/search/member_index.html

 いざ載ってみると、ミステリの著作が1作しかないのがちと恥ずかしい。
 どんどん書かなくては。
(と、こういう自分の背中を押すために会費を払っているようなところもあるわけで)

2006年04月11日

また、雨にくじける

 床屋に行って、ジョギングして、シャワーを浴びて家を出て、気持ちのいいカフェで原稿を書いて、夜には友人のライブを聴いて、なじみの店で飲んで、と一日を計画していたのに、寒くて雨が降っているので、全部キャンセル。
 自宅で原稿書くだけ。
 気分転換に押し入れのギターと外へ出ているギターを入れ替える。

妻が出て行く

 僕が出て行けといったら、妻はあっさり出て行った。
 
 といっても別居し始めたわけじゃなくて、ホームページの話し。
 移設前のサーバー(アサヒネット)に妻のサイトが同居していた。
 僕が引っ越して出て行って(笑)も、彼女のサイトだけで、僕の無料の容量を超えている。彼女のデータの方がずっと大きかったのだ。軒を貸して母屋を取られるとはこのこと。

 というわけで、妻もドメインを取得して、別のサーバーにお引っ越し。
 彼女のサイトはプロにたのんで作ってもらっているので、リンク先などの記述がきれいにできていて、アップロードし直すだけでほぼそのままきちんと表示された。たすかった。引っ越しは簡単だった。
 あとは、古い方のサーバーにある何ページかを「移動しました」というページに書き換えておしまい。

 経済小説第二作のプロット、また少し進んだ。そろそろ寝よう。

2006年04月09日

ヨット日和

 久々にヨット日和の日曜日。
 ボランティアで受け入れているヨット教室の生徒さん男女各1名が配属されてくる。
 これから新しい仲間になってくれるといいのだけれど。
 
 夕方、世界を7周もしている筋金入りのヨットマン、斉藤実さんに、ケープホーンの海図を見せてもらう。
 ひょっとしたら一生見るチャンスのない地域の海図だ。
 ちなみに、その海域は「ヨットでホーン岬を回ったものは、女王の前でも机に足を載せて話すことを許される」とまでいわれる海の難所なのだ。

2006年04月08日

ジョギングとエッセイ

 ジョギングに出ようと着替えたらいきなり雷雨。
 しかたなしに家でストレッチして天気の回復を待つ。
 雨が上がったところでみなとみらいまでジョギング。まだ体が重いなあ。もう少し体をしっかりいじめないとなんだけど。
 夜は、雑誌のエッセイ1本。小説には手が着かず。

2006年04月06日

ワインバー

 期限が来ていた本を返しに市立図書館。
 伊勢佐木町でカツ丼(税別490円 うまい)。
 突然、山歩きがしたくなったので、有隣堂本店で5万分の1地図を買う。
 コーヒー店に入って新作のプロットを進める。
 時間が来たので、大井町へ移動して、ディープなワインバーへ。
 作家の先輩でもある某女性歌手と終電近くまで飲む。
 ふつうは歌手にサインをもらうものなんだけど、こちらがサインをするというのはなんだか不思議な感じ。緊張してしまった。(笑)

ワインバー

 期限が来ていた本を返しに市立図書館。
 伊勢佐木町でカツ丼(税別490円 うまい)。
 突然、山歩きがしたくなったので、有隣堂本店で5万分の1地図を買う。
 コーヒー店に入って新作のプロットを進める。
 時間が来たので、大井町へ移動して、ディープなワインバーへ。
 作家の先輩でもある某女性歌手と終電近くまで飲む。
 ふつうは歌手にサインをもらうものなんだけど、こちらがサインをするというのはなんだか不思議な感じ。緊張してしまった。(笑)

2006年04月05日

The Business Times, Singapore

 シンガポールの経済紙、The Business Times の3月31日号のBook欄に『覇権の標的』が登場しました。写真の右隅です。
 シンガポールの紀伊国屋書店では売られているはずですが、これを読んだ在留邦人がかってくれるといいなあ。

ウエブサイト移行

 一足先にこの日記だけ新ドメインに引っ越していたけれど、サイト全体をとりあえず移行。
 ソースはゴミだらけだし、operaやfirefoxでは一部のリンクが動作しないなど、問題もあるしコンテンツも不十分だけれど、そこはそれ、ウエブのいいところは直しながら運用できること。

 なんとなく見栄えはよくなったと思いません?(自画自賛)

2006年04月04日

ホームページいじり

 次の小説にかかる前にホームページ(もともとウエブサイトのトップ画面の意味)をリニューアル作業。
 未完成なのでまだ従来のページが「ホームページ」だけど、実は裏でこんな作業を進めています。
(なにしろ工事中なので見るタイミングによって壊れたりパワーアップしてたりするかも)

 年取ると新しいことを覚えるのが億劫になると言うけれど、たしかに Movable Ty;pe だとか、スタイルシートだとか、できれば解説書のページを「読まずにすましたい」という自分がいる、というのを発見!

 こういうのやばいかも。

2006年04月03日

嵐のフットサル

 週末は April Fool とそのフォローアップでけっこうバタバタ。(たくさんメールをもらったりして)

 日曜午後は春の嵐のなかフットサル。
(でもプレイ中は意外に雨も気にならない)
 参加者が少なく、キーパーなしの4対4だったせいもあるけれど、久しぶり参加の前回よりも自分の視野が広くなっていた。
 前回は、ボールをもつと足下ばかり見てしまって、しまいにメチャパスを出す、ということをたくさんしてしまったのだ。
 しかし、しめきりモードでろくに歩きすらしないという生活だったので、体力の低下はヒドイ状態。本日、全身筋肉痛です。
 フットサルって結構全身にくる。なぜかグリップまで筋肉痛なのだ。

 フットサル場は日産スタジアムのすぐわき。
 往路だけ第三京浜を使ってみて、ETC初体験。
 ゲートが開かなかったらどうしようと、けっこうドキドキしたけど、一度、通ってしまえば、(たぶん)もう平気。

2006年04月02日

April Fool

すでのお気づきの方も多くいらっしゃると思いますが、
  http://www.agawataiju.com/diary/2006/04/post_1.html
は、April Fool です。

続きを読む "April Fool" »