覇権の標的 D列車でいこう フェイk・ゲーム 








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2010年06月18日

ひがよしひろ ライブ


ライブのお知らせです。
もしかしたら僕も歌うかも。(ただいま曲作り中)
歌えば、僕としては本土では31年ぶり、日本国内では3年ぶりのライブ。

阿川大樹 presents
「ひがよしひろ」

■2010年7月3日(土)
 開場:18:00 / 開演:18:30
■料金:投げ銭+1ドリンク(500円)

■会 場 : 試聴室その2 <横浜・黄金町「黄金スタジオ」内>
      http://cafe.taf.co.jp/live/index.html
■住 所 : 横浜市中区黄金町2丁目7番地先
      ●京浜急行電鉄黄金町駅下車、徒歩3分
      ●横浜市営地下鉄「阪東橋」駅下車 徒歩8分
      ※黄金スタジオは黄金町寄り高架下にあります。
■電 話 : 045-251-3979(13時~18時)
■メール: live@koganecho.net

■「ひがよしひろ」のプロフィール
 沖縄コザのシンガーソングライター&イラストレーター。
 沖縄フォーク村を経て現在まで活動をつづけ、独特の濁声にのせ、
 ブルースやフォークでコザの街や人間模様を歌う。

2010年05月12日

八木啓代ライブ@下北沢テピート

 午前8時過ぎ、自動的に目覚める。
 いつもながらラッシュ時になると頭の上を京浜急行ががんがん通過するので、寝ていられないのだ。

 雨は上がっているが、空はどんより。
 伊勢佐木町商店街にいくつかある昔ながらの「喫茶店」で昔ながらのモーニングセットにしてみよう、と町へ出る。

 目当ての一軒が休みで別のところはまだ開いてなくてさらに別のところ。
 ナポリタン(650円)があったりするいわゆる喫茶店である。

 モーニングセットにしたって、380円のコーヒーに6枚切りのトーストがついてくるだけで、ジャムもなければゆで卵もサラダもついていない。ほんとに食パン一枚だけ。いまどきこういうのも珍しいよね。

 マクドナルドが味に於いても価格に於いても圧倒的に競争力がある。でも、ここはここでお客さんが入っているんだなあ。自分の土地建物であれば、十分やっていけるのだろう。

 結局、家とか店舗とか、家賃を払って経営するのはなかなか大変だけど、自分でもっているのなら、飲食店は粗利が大きいから、続けていくこと自体はわりと楽なのではないかと思う。
 そのくらいで成り立つ幸福なビジネスっていうのがもっとあるといいのに。だれもが過酷な競争を戦い抜かなくても生きていけるような。

 午後、早めに切り上げて帰宅。
 シャワーを浴びてから、下北沢へ。

 メキシカンレストラン「テピート」で、八木啓代さんのライブ。今日は、古いつきあいの小説家とか翻訳家とかも一緒のテーブル。ひさしぶり。

 伴奏のギタリスト小林智詠さんとものすごく息が合っていた。
 このユニットで聞くのは僕自身は何年かぶりだけど、ふたりはもう長いこと一緒にやっている。
 八木さんが歌うようなバラード系のラテン音楽は、ツービートの基本のなかで、細かくテンポが揺らぐ。(あくまで僕の理解)
 なのに、ギターとボーカルの音符の頭が「いちいち揃って」いて、とても丁寧で気持ちのよい演奏になっている。

 コース料理もとてもおいしかった。
 ダイエット中なのになあ。(笑)

2010年04月04日

黄金スタジオにも、人、人、人

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 午前10時過ぎ、黄金スタジオ到着。
 すでに、大岡川沿いは人出がいっぱい。
 界隈は普段の千倍から一万倍の人出である。

 本日は、「阿川大樹 presents WEB9.TV」というイベントの主催者兼プロデューサー兼サウンドエンジニア兼小遣いさん。(笑)
 
 スタジオの前にPA装置をセットして、TSUBOKEN & tossii のライブ。
 すごい人出に、TSUBOKENさんの目の色が変わっている。(笑)
 ふだんは一時間に3人通れば多い方というこの辺りだが、この季節は渋谷109並に人が通るのだ。

 都合3回のステージで、用意したCDも売り切れ、花冷えで寒かったけど、盛況でした。

 生tossiiはかなりの美女なので、遠くから来ているオッカケさんやら、初めて聴いてCDを買ってサインを求めるオジサンファンが多かった。(笑)
 片付けが終わったところで、友達がやっている屋台を回る。
 山梨白州の水で焚いたご飯と有機タマゴの「玉子かけごはん」(300円)とか、注文を受けてからパティを焼き始めるボリュームたっぷりの本格ハンバーガー(おかわり自由のスープ付き300円)とか。

 連載の校正を済ませて、午後8時過ぎ、帰宅。
 早く寝て早く起きるのだ。

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仕事場の窓の外はこんな感じ。
僕がガラスのこっちにいるのに気づかずにイチャつくカップルもいたりして。

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いつもの黄金町とは思えない人出

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インターネット・テレビ WEB9.TV 収録中

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収録中もどんどん通り過ぎる人たち

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そして、立ち止まって聴く人々

2010年02月28日

Nire ライブのお知らせ

こんどの日曜日。
かっこいいボサノバのライブのお知らせです。
僕の友達の歌手 Nire さんです。

3月7日(日)

場所:
 京急線 黄金町駅から徒歩5分
 「視聴室その2」
 横浜市中区黄金町2丁目7番地先 (〒231-0054)
 TEL :045-251-3979
 http://cafe.taf.co.jp/sono2/index.html (地図はこちらから)

 阿川大樹のスタジオのある建物です。

時間:18:30~OPEN    19:00~START(2ステージ) 

料金:
 前予約 1500+500(1drink)円 
 当日  1800+500(1drink)円

バンド:
 竹村Cazz一彦(G)
 Nire (Vo)
 吉村幹生(G)  

2010年02月02日

音楽は楽しいなあ

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 本日も、コトコトと雑用をしつつ、夕方から渋谷へ。

 歌手の nire さんのライブ。
 打ち上げにも参加させてもらって、音楽談義。
 大好物のハムカツも食べられたし、楽しいなあ。

 音楽家たちと話していると、自分も音楽やりたいと思う。
 とはいえ、やるならきちんと向かい合ってやりたい、などと思うと、足がすくんでそう簡単にはできないのだな。

 せめて、ボイストレーニングを少しだけやって、上の「E」が自然に出るように保っておくくらいか。
「G」まで出れば御の字、「F」で十分、「E」が出ないとかなり困る。

(写真は、黄金町の猫 Canon EOS20D )

2009年10月18日

加藤和彦とザ・フォーク・クルセダーズ

 初めてギターを手にしたのは、小学校6年生の頃だった。
(11歳の時だからなんと43年前だ)

 まもなく同級生のバンドでグループサウンズのコピーをやっていた。
 中学一年のとき、川口の「ゴーゴー喫茶」(死語)で開催されたバンドコンテストに出た。
 演奏曲は、周りはみんな大人で、リズム&ブルースとか、ジミヘンなんかだった。
 僕らだけがグループサウンズで子供だったもんだから「審査員特別賞」をもらったのを覚えている。

 中学の文化祭に出ようと教室で練習していると、学校でも派手めのグループの女の子たちが入って来て、後ろの方で踊っていた。
「そうか、バンドをやると女が寄ってくるのだ」
 とまあ、ローティーンにして、そんなことがわかったのだった。
 だからといって、もてたわけじゃないけど。
 とにかく、学校で唯一のバンドだった。

 フォーク・クルセダーズの「帰って来たヨッパライ」がブームになったのはその頃だ。
 僕は、家にあったオープンリールのテープレコーダーを倍速で動かし、さっそくマネしてつくってみた。これはけっこううまくできた。

 3年生の時は、世の中がフォークブームに変わっていた。
 僕は「ザ・トーイチ」という名前のフォークグループを結成して、PPMの曲だとか、フォークルの「イムジン河」なんかをステージで演奏した。
 高石ともやとか岡林信康なんかも歌っていたと思う。
 そういえば、オリジナル曲「何故」(笑)というのも、同じステージで歌った。
 これは僕の初めてのオリジナル曲だ。

 つまり、フォーク・クルセダーズは、僕が同時代に聴き、唄い、そして、音楽を創るということに関して、感化された時期の代表的なグループだった。

 加藤和彦は、いつも、自分の音楽にチャレンジしていた人だった。
 彼は流行を創ることはあっても、流行を追うことはなかった。
 それが、多くの人々を惹きつけたのだと思う。

2009年08月13日

神が与えたもの 歌手・小林淳子

 午前九時前起床。
 朝食は好物の「たぬきそば」。
 だいぶ前に横浜橋商店街の天ぷら屋で山のような量で一袋50円だった揚げ玉。にんべんの鰹だしを5倍に薄めたつゆ。98円のゆで麺。
 朝から好物が食べられて幸せ。
 ね、幸せなんて簡単に手に入るのさ。

 夕方から都内へ出かけるので、スタジオには早めの出勤。

 午後4時半、いったん帰宅。
 午後5時、着替えて出かける。

 都立大学駅前。
 友人である歌手・小林淳子さんの慢性骨髄性白血病の治療費用を集めるチャリティコンサート。
 チケットはすでに事前に完売していたのだけれど、当日、無理矢理、押しかけて、受付でなんとか入れてもらった。

 小林淳子という人は、世間では無名に近い人だけど、一流の歌手である。

 僕は彼女の歌を何度も聞いているけれど、いままで聞いた中でも今回の「手で語る愛」は最高のできだった。
 54年間生きてきた僕が、音楽を聴いて涙を流したのは、サンフランシスコ近郊の Concord Pavillion で行われた Concord Jazz Festival の Wynton Marsalis と、2007年6月24日と今日の小林淳子の二人だけである。
(別に、彼女が白血病だから泣いたわけではない。少なくとも2007年に彼女は白血病ではなかったし、そんなことは簡単に忘れさせる演奏なのだから)

 21世紀になって、彼女は演奏活動をあまりしなくなっていた。
 たまにすると、どこかに自分の思い描く歌が歌えない苛立ち、みたいなものが感じられた。(それでも素敵な歌を唄っていたけれど)

 それは例えば、バックバンドと瞬時に駆け引きをするステージの勘のようなものであったり、おそらくは、年齢を経て以前のように音域が取れなくなった自分と、出ない音を必要だと思う自分との、ギャップを受け入れられないというようなことのように僕は感じていた。(あくまで僕が勝手に感じた「例えば」の話だ)

 昨年の9月に病気が発覚し、白血病の特効薬「グリベック」の副作用で、しばらくは声も出なくなっていたという。
(1錠3000円以上するグリベックを一日4錠飲み続けなければならない、という高額な医療費問題が、今回のコンサートのチャリティになっている)

 声のでない状態から少しずつ出るようになる過程で、彼女は自分からどんな声が出るのか改めて見つめ直して、「今の時点で自分がもっている声」を自分で新しく探り、その声をもってどのように表現したらいいか、歌そのものを再構築したように思う。
 それは、ステージから離れ、年齢を重ねて、いろいろなものを失う引き算の中での迷いのある歌ではなく、いったん声を失い、それを取り戻していく中で、ゼロから足し算で彼女が歌を作り直していった成果であったように思う。
 例えば、以前の自分という、失ったものに近づけるのではなく、自分が新しく手に入れた自分の声を、今までとはちがう形で客観視して、それを得られた喜びを感じながら、もっているものを最大限に使って歌を唄うことができたという、そういうことなのではないかと思う。

 今日、僕は、ひとりの歌手が再びステージに戻って来たことを喜んだ。
 そして、彼女が(その友人を含む)自分の力でホールを満員にし、自らの歌で何ヶ月分かの薬代を稼ぎ出したことを、喜んでいる。

 ステージから離れていた歌手が、生き延びるため、薬代のためにステージに戻ってきたのだとしたら、神様というのはなかなか上手な意地悪をするものだ。

「あんたは歌手なんだから、薬代くらい自分の歌で稼ぎなさい」

 天上で彼は笑っている。

2009年03月29日

古道具オーディオ

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 新しい仕事場のオーディオをネットオークションで揃えています。

 今日は神戸の高架下の古道具屋さんからオークションで落札したアンプが届きました。
 ONKYO INTEC 205 シリーズの A-909 という機種。落札価格は3600円。

 前日に届いた山形の古道具屋さんのスピーカーは ONKYO FR シリーズの D-V7 というやつ。落札価格はなんと950円です。

 さっそくつないでならしてみると……。
 ん? 音が出ません。

 スピーカーはテスト済みなので、アンプが死んでる?
 ボリュームを最大にすると右だけかすかに音が出ます。高音だけ。
 ははーん、もしかしたらクロストーク?
 でなければ、出力がショートして保護回路が働いている感じの音。

 背面を見るとプロセッサーイン/プロセッサーアウト端子があります。わかりました。イコライザーをつないだりするこの端子にジャンパー線がありません。
 余っているRCAのコードでここがショートするようにしたら、思った通り音が出ました。
 古道具屋さんが端子の掃除をするときに外して、つけるのを忘れたんでしょう。自分でつないで結果OKなので、クレームは言わないことにします。

 ジム・クローチ(アコースティックロック?)を聴いてみると、なかなか粒立ちがいい。
 ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」をかけてみると、これはかなりいいです。
 スピーカーの f0 が 55Hz なので、ほんとの低い音はでませんが、とてもバランスのいい音。ONKYOって正直な音を出すので好きなんですよね。新品でもそれほど高級なグレードのスピーカーじゃないけど、解像度も定位も立派です。驚いたな。

 というわけで、950円スピーカーと3600円アンプでワーグナーを聴きながら淹れたてのコーヒーを飲んだら幸せになりました。

 当初、iPod を直接挿せる小型のオーディオ装置(いわゆるアクティブスピーカーと呼ばれる商品群)を買おうと思っていたのですが、こっちが正解でした。

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2009年02月28日

ウィーン放送交響楽団

 みなとみらいホールfで、クラシックの演奏会を聴きました。

ウィーン放送交響楽団

 指揮者:ドミトリー・キタエンコ

 ピアノ:ヘルベルト・シュフ


(曲目)
グリンカ 歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲
チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番 変ロ短調 
チャイコフスキー 交響曲第4番 ヘ短調 

 席は1列1番。最前列の一番左。
 ふつう、こういう席は「いい席」とは言われないのですが、僕は割と最前列とか好きだったりします。
 オーケストラの楽器の生音が直接聞こえて、いろいろな方向から楽器の音がするのが楽しい。

 今回は一番左の席なので、第一バイオリンの一列目のさらに外側にいるという感じ。さらには弦楽器の後ろにかまえているパーカッションの3人が、障害物なしに全部見える。
 だいたい僕が音楽を聴くときは、自分が演奏しているつもりになって聴くので、第一バイオリンの末席にいるような感じだし、ほとんどの時間何もしていないシンバルとかトライアングルを「ここぞ」と入れる瞬間までの打楽器奏者の呼吸とか、そういうのがわかる。
 あと、コンチェルトの指揮者とピアニストが目でコミュニケートしているのがすごくよくわかる。

 で、演奏ですが、とにかく弦楽器のアンサンブルが完璧でした。
 ニュアンスの解像度が高くて情報量が多いのだけど、すべての奏者がピッタリ合っていて、ほんとに全員でひとつの楽器のよう。ビブラートのかけ方にもばらつきが無くて、完璧に揃っている。ピッチもほんとに正確で音に濁りが少ない。ひとりひとりの技術が確かでないと、これだけニュアンス豊かな演奏をこれだけ揃えて演奏することはできないと思う。
 だからとにかくストリングが無音から弱く音を出し始めるような部分があるとぞくっとします。

 管楽器は、フルートとトランペットがちょっとピッチがずれるときがあったけど、もともと管楽器のピッチってそんなものかもしれない。僕の席の位置からいって、管楽器が目立って浮いてしまう傾向があるので、ちょっと管楽器には不利な場所だったかな。

 打楽器もすごくよかった。特にシンバル、完璧。ティンパニ、滑らか。
 プロ演奏家のトライアングルのバチの使い方、生まれて初めてちゃんと見ました。(笑)

 僕はチャイコフスキーという作曲家はそれほど好きじゃなかったんです。
 やたらメロディアスで、言ってみれば歌謡曲みたいな音楽だと思っていた。
 自分で積極的に聞くのはバイオリン協奏曲くらいで、他は自らは選んでは聞かない、という感じでした。
 もちろんスコアを見たこともないので、レコードやCDなんかを聞いた印象です。(いえ、スコアを見たって読み切れないですけど)

 けれど、今日、第一バイオリンの一番尻尾の場所で聞いてみて、初めて曲がわかった。なんだ、チャイコフスキーさん、いろいろ細かいこと仕掛けてやってるじゃん。いままで知りませんでしたよ。という感じ。
 それは指揮者キタエンコの作り込みがちゃんとしていたからかもしれません。全然漫然としてないの。次にどう来るかというのを、上手に裏切ってくれる小技が一杯入ってる。上質のジャズのインプロビゼーションでビビッとくるのとおんなじ感じ。
 とにかく、生まれて初めてチャイコフスキーを聴いて「ああ、いいな」と思いました。新発見。

 ピアノのヘルベルト・シュフは、とても滑らかに弾く人で、インパクトはないけれどきれいな演奏、というか、まあ上品な演奏だと思いました。
 僕自身はピアノにパーカッシブな音を期待する人なので、こういう演奏は好みとはちがうけど、コンチェルトの在り方としてはこういう演奏はアリなんだろうと思います。このオーケストラがアンサンブルに特色があるから、ソロピアノもその一員として溶け込むような演奏、というのはひとつの在り方です。

 関係ないけど、コンチェルトが終わって休憩時間にピアノが僕の席のすぐ前に片付けられてやってきたのだけど、席からステージのピアノを見上げることになるもんだから、スタインウェイを裏から見ることになって、その屈強な骨組みに関心しました。それと、脚についているホイールの機能美がとっても美しいの。

 クラシックの演奏会は久しぶり。
 満喫しました。

 僕が夢見る人生最高の贅沢は、自宅にベルリンフィルを呼んで演奏してもらって、そこで居眠りをすること。

2008年10月18日

友部正人

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 午前7時半、起床。
 8時朝食。(おお!)
 9時半になったので、スポーツクラブへ。(おおお!)

 11時半、クインーズスクエア地下のタイ料理「ゲウチャイ」でセンレック・ナムトックムという赤い汁ビーフン(すっぱからい)でランチ。

 家で仕事開始。
 なんだか腹が減って、レトルト「カレー職人」でカレースパゲティ。(やっぱり運動すると腹が減る)

 夕方になって、進捗をあきらめて100円バスで黄金町へ向かう。

 シネマ「ジャック&ベティ」でドキュメンタリー映画「フツーの仕事がしたい」の21時の回のあとに友部正人のライブがあるというので、見に(聴きに)行く。
 少し早めなので、1階のカフェ(レジが映画館のチケット売り場になっている)でアイスコーヒーを飲みながらちょっとだけ仕事。
 直が近づいたので劇場に行くと、切符のもぎりをしていたのが映画館の梶原社長で、挨拶がてら一言二言。

 映画はほとんど土屋トカチ監督が一人でとったドキュメンタリーで、「リアル蟹工船」というキャッチフレーズがついたトラック運転手を巡る物語。
 月間500時間以上働いている現実の運転手がユニオンを通じて理不尽な労働条件を変えていく話。重たい映像だったけど、「理不尽なものに負けない」というメッセージは伝わってきました。
 土屋トカチ監督は、近所に住んでいるらしく、毎日舞台挨拶に来ているらしい。僕の観た回も、終わったら登場して友部正人のライブが始まるまで、MCをしながらミニトーク。

 映画の終わったあと、22時半近くから友部正人のライブ。
 友部は1972年デビューのフォークシンガーで多分、僕と同年配でフォークに染まったことのある人は必ず名前を知っているシンガーソングライター。僕が生で聴くのは初めて。
 デビュー36年を経て21枚のアルバムを出しているのに、演奏技術というものを敢えて拒絶したようなシンプルなギターを弾きながら、存在感のある声でシャウトする歌い方。
 出色なのは不条理でありながら叙情性をもった歌詞。
 虚構の世界をつくってみせるところがちょっとすごい。
(友部正人は高島町に住んでいるらしい)

 23時にライブ終了。
 疲れたので、都橋商店街まで歩いて、サントリー角の水割りを3杯飲んで帰宅。

2008年09月26日

エフェクター

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 大仕事が一区切り状態なので、ここ3日くらい部屋の片付けをしています。だいぶ床が出てきました。(笑)

 そんな間に、エレキギター用のエフェクター買っちゃいました。
 オークションで。

 実は、30年近く前に買ったものをひと揃い持っていて、ぜんぜん使ってないんだけど、いざ使うとなると電池がたくさんいるから、ひとつでいろいろできるやつ。(笑)
 メモリーがついているので、足踏み一発で、演奏中に音色を変えられる。て、ステージでライブやらないかぎり必要ないじゃん。
 ま、楽器そのものが「必要ないジャン」といわれても反論できないので。

 基本的にアコースティックのギタリストなので、たまにエレキ弾いてもアンプ直結でジャズっぽく弾いています。が、エフェクターつけてメタルサウンドにすると、それはそれで気持ちいい。たまにはね。

 うんと歪ませると、リズムが曖昧になるし、人の心から遠ざかるみたいで、音楽的に出したい音じゃなくなるけど。

2008年06月08日

コザ音楽祭で審査員

 起床午前8時40分。
 晴れている。晴れるとなったらそれはもう強烈な日差しだ。
 まず初めに考えたこと。洗濯できる!
 沖縄の天気は変わりやすい。お天道様のゴキゲンのいいうちに人間はスキをうかがって洗濯をせねばならぬ。というわけで、朝食前に洗濯。
 さすが二時間ほどで乾いてしまった。横浜のマンションはベランダに洗濯物が干せないので、太陽の光で干したものを着るのは久しぶりだ。
 しかし、この変わりやすい天気では会社勤めの人は洗濯物を干せないな。

 朝食は昨日のうちに買っておいた ZAZOO のパン。
 ちょうどオーシャンの隣なのだけれど、なかなかおいしいのだ。

 昼前から原稿書き。
 昼は、昨日食べ損なった弁当を冷蔵庫から出して電子レンジでチン。

 いつものようにオーシャンに出勤して原稿書き。

 午後4時、コザ音楽祭本戦会場のミュージックタウン音市場へ。
 どういうわけか本日の僕はこのバンドコンペティションの審査員なのだ。

 その他の審査員はコンディショングリーンのボーカルとして有名なカッチャン、紫のドラマー宮永英一、ZODIACの照喜名薫ほか、錚々たるメンバー。本土の人間は僕だけである。

 本戦は午後5時半から11のバンドで争われた。
 客席後方に設けられた審査員席で、評価シートに点数をつけながら聴く。
 プロを目指す若いミュージシャンにとっては将来がかかっている。いい加減に点数をつけるわけにはいかない。しかも、唯一の小説家の審査員として、場合によっては特によかった歌詞があれば審査員特別賞を出すということだ。

 バラエティに富んだ出場者たちだったが、これはすごいと驚かせてくれるグループはいない。演奏技術も凡庸。
 ずっと関わってきた審査員たちによれば、今年は全体にレベルが低いのだという。
 小説でもそうだけれど、プロになるということは、世界に満ちあふれているすべてのミュージシャンと競争する場に出るということ。ある年の本選会で一番であるかどうかは、それを考えればほんとに些末なことなのだ。
 グランプリと金賞は僅差だったが、真剣な討議の結果、COCORE(ココア)というバンドがグランプリに決まった。
 僕はベストボーカル賞のプレゼンターとして賞状と副賞をわたす。

 さて、終了後は、「音洞(おとぼら)」という店でリーミーがアコースティックで歌うライブが九時からあるはずなので、駆けつける。ただし、時刻はすでに10時半である。
 初めての店におそるおそる入っていってみると、コザには珍しい天井の高い静かな雰囲気の店で、まさにちょうどリーミーが3人のユニットでしっとりと歌っているところだった。
 チャージは無料なのだけれど、店のシステムがわからないので、適当なところに座って聴いていると、曲の合間のMCの途中でリーミーが僕を見つけて「大樹さん、こっち座ってこっち」と最前列真ん前に有無をいわさず座らされた。(笑)
 リーミーというは金武というもっとも荒くれ者たちのいる海兵隊基地キャンプハンセンのそばの町で、ロックを歌っていた女性で、あえていえばジャニス・ジョプリンのような人なんだけど、姉御肌でカリスマ性のある女性なんだな、これが。
 かくいう僕も彼女がロックを歌うのはビデオでしか聴いたことがなく、きょうは彼女は実にしっとりとしたアコースティックだった。

 ライブが終わったあと、やっとコロナ(550円)をゲットして、リーミーの店の常連さんなんかと午後1時過ぎまでその店でゆんたく。

 部屋にもどると、昨日から同部屋になっていた男性が、「もしかして、コザ音楽祭で審査員をやっていませんでしたか?」と。
 世界は狭い。(て、コザが狭いだけか)

2008年04月23日

多和田えみ デビュー

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 多和田えみちゃんのミニアルバム「∞infinity∞」が本日発売になりました。

 1年ほど前かな、沖縄でミニライブを聴きました。写真はそのときのもの。
 コザにある僕がよく行く飲み屋さんでライブだったのです。
(実は、その隣が彼女が歌を勉強しているスクール)

 彼女、毎日のようにあちこちでライブを重ねてました。
 ちっちゃい体ですげえがんばり。
 プロの世界の話なので、がんばったから偉いわけじゃありませんが、自分の歌を聴いてもらうという原点をしっかりもっているんですね。

 カバー曲も上手にこなすのですが、自分の歌になると、俄然、輝きを増します。

 ちょっと話もしました。
「自分の持ち歌の方がずっといいね」といったらうれしそうにニコっとした。
 そういや、このときのライブ、僕はパーカッションでちょこっと参加したのであった。 (タンバリン叩いただけです)

 ぼくは「ゆらゆら」という曲が好き。
 いまなら、yahoo動画で、フルバージョンを聴くことができます。
 iTunes でも購入可能(1曲150円)
 僕は、明日、アルバムを買いに行きます。

多和田えみ・オフィシャルウェブサイト
http://www.techesko.com/main.html

多和田えみ・ブログ
http://emi.ti-da.net/

2008年04月22日

Huey Luis + Chicago

 歩いて10分のパシフィコ国立大ホールで、Huey Luis & The News と Chicago のコンサートへ行った。

 それぞれ100分の公演が間の休憩20分を挟んで二つ連続。
 ところどころ、もう片方のミュージシャンが反対方のステージにゲスト出演。
 シカゴにところでは、ヒューイルイスの連中が全員どこぞのホテルの浴衣を着てステージに乱入。
 午後7時から始まって終わったのは10時40分。

 いやあ、それにしても疲れた。前の人たちが最初から立ち上がっちゃうんで、4時間近く立ちっぱなしだし。
 案の定、聴衆の平均年齢は50代。
 沖縄でもそうだけど、僕が見たり聞いたり喋ったりするミュージシャンって、おっさんばっかりやん。
 若者はあんまりロック聞かないみたいだし。

 ロックっていまの高校生にとっては、僕らが高校生の頃の演歌みたいなものなのかな。少なくとも若者の音楽ではなさそう。
 たまにマセた(笑)高校生がロックをやっていたりするわけだ。

 曲ごとに取り替えたりするからものすごい数のギターが登場したけど、ギブソンはなくて、フェンダーがほとんどでしたね。
 あと若干のよく見るけど僕が名前を知らない楽器。

2008年04月14日

ジャニーギター

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「かわいい子は旅をしています」
12日のこと。
コザのギタリスト・照喜名薫から写真付きメールが来た。
写真はどうやら万座ビーチホテルの野外ステージで出番を待っている僕のギター。
彼が弾くと、どんな音が出るんだろう。

2008年02月28日

ギターの話

 昨日、打合せが終わって、久しぶりの神保町。
 まずは、朝食(午後五時半だぜ)に立食ソバ。ど~んと「かき揚げ天ぷらそば」三百三十円。安い! 味もよろしい! 神保町恐るべし。
 あとは、本屋の匂いを嗅ぎつつ、駿河台下からお茶の水にかけて楽器屋めぐり。この界隈は楽器屋と本屋がたくさんあって、僕にとってはディズニーランドのような場所。

 以前は、この手の楽器屋におっさんが入ると場違いな感じで、店員の視線も冷たかったのが、最近ではすっかり様変わりで、おっさんたちが若い頃に買えなかった高額な楽器をばんばん買うので、店員の目がきらりと輝くのがわかる。
「ギブソンでしたら二階三階にもありますので」
 二階には新品のギブソン、三階には中古のギブソンがあるのだ。高い楽器のフロアに客を誘導しようとする店員。
 二階へ上がると、案の定、Gibson ES-335 (いろいろあるけど三十万円くらい)を弾いている白髪交じりの会社員風の男性がいた。
 演奏の腕前は僕の方がじょうずでした。(笑)

 ちなみに、ギターはメンテナンス状態がよければ時間が経つほどいい音になるので、ギブソンの場合、中古の方が高い。
 
 僕が十八歳の時に買った八万円のギターは三十五年経っていまはすばらしい音になっている。たぶん新品の二十万円のギターに劣らない。
 その他、オークションでいくつかギターを買っているけど、選ぶ基準は「古くてキズの多いもの」。
 オークション価格五万円以下のギターはふつう若い人が買うので、「新品同様」とか「美品」というのに高い値がつく。つまり新品は買えないけど、できるだけ新品に近い中古が欲しいわけ。
 ところがこちらはできるだけ安くていい音が出るギターが欲しいので、傷だらけで古いほど可能性を秘めていると判断する。同じ年数でも弾き込まれた楽器の方がよく鳴るようになっているので、たくさん弾かれてキズが多いものはいい音がする可能性が高い。(あくまで可能性)
 僕が買うのは「高くはないがしっかりした楽器」で定価で六万円から十五万円のものだけれど、およそも二,三万円台で買って、新品よりはいい音になっているもの。三十年以上前の定価二万円のクラシックギターをヨット用に九千五百円で買ったものは、音としてはいまの新品なら三万から五万円くらいに相当すると思う。

 この日の楽器屋でも、製造は三十年ほど前と思われる一見キズだらけのボロボロのギブソンが三十八万円で売られていた。新品よりむしろ高い。

 ちなみに昨日届いたギターは一九九九年のものでまだ新しすぎる。

2008年02月15日

歌について、言葉について

 昼間のうちは映画化関係のメールのやりとり。
 夜になって本気モードの執筆開始。


 すっかり川上未映子に影響を受けてしまってます。
 自分が執筆モードなので、彼女の小説はまだ読んでないけど、音楽の方で。
 そういう意味では川上未映子ではなくミュージシャン名義だから「未映子」の影響というべきか。
(さらにいえば「未映子」を名乗る前の「川上三枝子」名義のアルバムも、純正ロックでとってもいい)

 言葉自身のもつ力というか魂みたいなものについて考え込む。
 未映子の歌が滲みる。彼女の歌い方も言葉を音としてではなく言葉として(へんな表現だけど)送り出そうという歌い方なんだな。

 こういう風に、言葉に入り込んでしまうのは、エンターテインメント作家としてはたいへんよろしくないわけです。純文学へいってしまっては、僕の目指しているキャリアはまたリセットになってしまう。53歳でやっとここまできて、いまさらリセットしている人生の残りはないからね。
 なので、かなり困ったな、と思ったんだけど、ふと気づいた。

 そう、言葉を大切にするなら、歌の方でやればいいじゃないか、と。

 そんなわけで、猛烈に歌をつくって唄いたくなっている。
 いまの長編が書き上がったら、一曲、書こうと思う。

 ん? 確定申告? それもあるんだよな。まったく。 浮き世はままならぬ。

2008年02月14日

ミュージシャンとしての川上未映子

 昨日、スターバックスでインタビューを読んだ川上未映子。
 芥川賞受賞作の冒頭部分も少し読んで、改めてじっくり読もうとそこまでにしておいたのだった。

 本人、文筆歌手を名乗っている。
 で、今日は彼女の歌を聴いている。

 まず、楽器としての声の質がいい。
 さらに曲全体にわたってニュアンスの作り込み方にセンスがある。
 その上、それを伝える表現力がある。

 宇多田ヒカル以来の感動! この人はスゴイ。

 小説と音楽。
 僕のやりたいものの才能を高いレベルで持っている。
 いいなあ、素直に、この才能に嫉妬します。

 僕はだいたいオレ様な人間なので、あまり人を崇拝したり心酔したり権威を頼りに選んだりしない人だと思うけど、この人はスゴイ。

2007年11月09日

ジャニス・イアン

 最近、CMで Will You Dance ? が流れるので、昨晩あたりから Napster で、ジャニス・イアンを聞いています。
 ジョニ・ミッチェルもそうだけど、このあたりみんな健在で、それぞれにちゃんと進化を遂げているんだなあ。

 Will You Dance ? といえば、テレビドラマの不朽の名作「岸辺のアルバム」です。
 なぜか「あなたバナナジュース好きね」というセリフが頭に残っています。

 代理人からメールが来て、原作料の一部が近々に入りそうなので、かろうじて年が越せそうだ。(笑)

2007年10月14日

究極のカルテット

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聴いてきました。

THE QUARTET featuring Herbie Hancock
 ハービー・ハンコック(pf)
 ウェイン・ショーター(sax)
 ロン・カーター(bs)
 ジャック・ディジョネット(dr)
   会場:パシフィコ横浜国立大ホール

 マイルス・デイビス・クインテットからマイルス(死んじゃった)を抜いて、ドラムを後期VSOPのディジョネットに入れ替えた、モダンジャズの歴史上最強の4人。
(クラシックで言えば、3大テノールみたいなものか)

 すごい演奏だった。
 これがジャズなんだと思った。
 4人が出しゃばらないで音が少ないのにまったく過不足がない。
 余計な音を出さないんですね。

 そればかりか、むしろ、意図的に音を抜く。
「巨匠」といってもいい連中なのに我も我もとソロを取り合ったりしない。
  (この部分、三大テノールとはぜんぜんちがう)
 お互いに、自分が弾かないで、その音を別のだれかに弾かせようとするようなマイナスの駆け引きをする。
「ほうら、君だったらここのすきまにこういう音を入れたいだろう? どう?」
 そんな挑発を続けていく。

 で、時には4人のだれも弾かない。
 たとえば、マイファニーバレンタイン。
 だれもメロディーを弾かない。なのに、聞いているうちにマイファニーバレンタインの曲だとわかる。いろいろアドリブを入れてわざと「……バレンタイン」のメロディーにある音だけ飛ばす。
 そうすると、そのうちに、聞いているこっちの頭の中に「……バレンタイン」のメロディが生まれてくるわけ。聴衆が5人目の脳内演奏者になる。

 つまり「ドレミファ」と、演奏すると、聞いているこっちは次に「ソラ」を予想する。ところが予想だけさせて彼らは実際に「ソラ」の音は出さない。
「ドレミファ」と演奏することで空白で「ソラ」の音を出しているわけ。
(この説明でわかるかなあ)

 そうして巧みにテーマになっているメロディをつくる音をよけて周囲の音だけを出していくと、なんと、きいているこっちの頭に、ちゃんと「マイファニーバレンタイン」のメロディーが生まれてくるんですよ。
 メロディのメス型を演奏する、というか、白地に黒で字を書くかわりに字の部分を白く残して周りを黒く塗ることで、黒地に白で書いたようにメロディが表現されるというか。

 音楽でこんなことできるなんて、思わなかったよ。
 こんな演奏がありうるなんて考えたこともなかった。

 ほんとにスゴイ体験でした。

2007年09月25日

リー・リトナーと映画「パッチギ」

 横浜赤レンガ倉庫まで25分ほど歩く。
 午後8時40分到着。
 Motion Blue Yokohama で、リー・リトナーのライブ。

 ステージ上手(かみて)、ドラマーの後ろの席。目の前2mにドラマーの背中が見える。
 ほとんどすべてインプロビゼーションですごくいい感じの演奏だ。
 ドラマーの後ろにいると、ジャズの演奏の場合、メンバーみんながたびたびドラマーを見る。アドリブの受け渡し、リズムの切り替え、など、アイコンタクトで演奏を続けていくからだ。
 となるとこの位置にいると、まるで自分がステージにいる感じで、演奏者と頻繁に目が合う。

 もともと音楽を聴くとき、クラシックでもジャズでもロックでもいつも自分もいっしょに演奏しているつもりで聴くのだけど、今夜は、特別にそのライブ感が強烈。聞いている音も、ほとんどドラマーが聞いているモニタースピーカーの音だしね。

 しかし、いい演奏を聴くとめちゃんこ疲れる。
 なにしろ、ミュージシャンと同じテンションで、すべてのプレイヤーのすべての音を聞いて、自分がそこに後を重ねるつもりで聴いているわけだから。

 後ろの席には井筒監督の作品『パッチギ』の主演男優・塩谷瞬が座っている。
 ステージのちょうど反対側、下手(しもて)のピアノの後ろには杏里がいる。

 実は、ちょうど日曜日の深夜に『パッチギ』を録画したところだった。井筒作品は見たことがなかったのだけれど、井筒監督の奥さんとは酒の席でいっしょだったことがあって、パッチギ見てねと言われていたのであった。

 ライブでぐったり疲れて、また、徒歩で帰宅。
 歩いていけるところで、リー・リトナーを聴くことができるなんて、ああ、なんてシアワセ。

2007年07月26日

TSUTAYA みなとみらい店

 

 すぐ近くに TSUTAYA と Starbucks Coffee が開店した。
 100円割引券の10枚綴りをもらったので、さっそくCDを1枚だけ借りてみる。
 1回につき割引券1枚しか使えないので、1回にCDも1枚しか借りないようにする。
 そうすれば当日返却270円が170円になるというわけだ。

 借りたのは Michel Camilo & Tomatito のアルバム "Spain" 。 ピアノとフラメンコギターの競演するラテンジャズだけれど、なかなかいいです、このアルバム。

 午前2時までオープンしているはずなので午後11時過ぎに返却にいったら、まだプレオープンなので、8時に閉店だった。そういうのは貸すときにちゃんと言ってくれ。宣伝のチラシにはそうは書いてなかったぞ。こっちは痛い足を引きずってわざわざ行っているんだから。
 CDは返却ポストに返却できたけど、2時間ほどスターバックスで原稿を書こうと思っていたのに、できなかった。

2007年07月22日

今夜は John Denver

 本来なら「横浜市長杯ヨットレース」に運営艇に乗るはずだったのだが、足の大事をとって休ませてもらう。

 というわけで、日曜の昼間にひきこもり生活。
 長編のアイデアは「少しずつ形になる兆し」(微妙な表現)を見せてきている。

 昨夜は、長閑にベンチャーズなどを聴いてみたのだけれど、本日は John Denver だ。

 デンバーというのはコロラド州に州都なので、John Denver というのは、たとえていうなら「仙台太郎」みたいな名前で、日本の演歌に相当するカントリーミュージック。
 ちなみに、本名はヘンリー・ジョン・デュッチェンドルフJr. 生まれはコロラドではなくニューメキシコ。
 大ヒット「故郷へ帰りたい」"Take Me Home, Country Roads"によって富を得てコロラド州アスペンに移り住んだ。

 そういえば、今はなき六本木のカントリーミュージックのライブハウス「Mr.James」(女優加賀まりこのお兄さんの経営)のレギュラー、ジミー時田は、この曲を"Take Me Home To the Country Road"とずっと間違えていたっけ。

 そういえば、John Denver も飛行機事故で亡くなったんだな。僕の好きなもう一人のアコースティック系ミュージシャン Jim Croce と同じだ。
 星になったアーチスト、というやつ。

2007年07月13日

ダイアン・シュア

 13日の金曜日。
 青山「ブルーノート東京」で、ダイアン・シュアのライブ。
 彼女の歌を初めて聴いたのは、20年くらい前、コンコード・ジャスフェスティバル(カリフォルニア)だった。
 そのころから、ずっと安定したパフォーマンスを保っている。
 当時に比べると、ピアノはずっと進歩してきていて、とっくに弾き語りのレベルを超えて、ジャズピアニストであるといっていい。今日も、ベース、ドラム、ギターに彼女自身のピアノを加えたカルテットで、いい感じだった。
 彼女は全盲なのだけど、だれも彼女のことを「盲目の歌手」などとはいわない。だって、目が見えるとか見えないとかは関係ないから。スティービー・ワンダーもそうだけど。
 上質の時間が過ごせてシアワセ。

 実力はすごいのに、ダイアン・シュアは日本ではそれほど有名ではない。
 そのせいか、音楽を名前ではなく「自分自身の耳で聴く人」たちが集まっている感じ。女性一人で来ている人もけっこういて、なんか自立したカッコイイ女性が多かった。
 途中の手拍子でも聴衆のレベルがわかる。アフタービートに完璧にみんな揃っていて歯切れがいい。しかも、ドラムがディレイをいれてもシンコペーションしても、手拍子はぴったり安定して刻んでいて、ぶれることがない。音楽をわかっている人だってことだ。

 それにしても、表参道の駅からブルーノートまで、10分ほど歩くのが辛かった。途中のドトールでひとやすみ。帰りは渋谷までタクシー。

2007年06月24日

歌手 小林淳子

 午後6時半をまわったところで、「なかの芸能劇場」へ。
 友人の中でもっとも芸術家肌であり(笑)、最年長の女友達(再笑)でもある小林淳子さんのコンサート。
 昨年9月に4年のブランクからライブ活動を再開して、9ヶ月を経て同じユニットで二度目のライブ。淳子さんの音楽はジャンルの定義が難しく、ほとんどの歌のタイトルはシャンソンなのだけれど、バックのベースとピアノは完全にジャズなので、フォーマットはジャズと言っていい。高音の囁きと、太く存在感のある低音が特徴。
 シャンソン歌手のほとんどは様式化ファッション化していて歌がひどく下手なので、淳子さんをシャンソン歌手とは紹介したくない感じなのだ。どうしても何かキーワードで記述するとすれば、シャンソンのナンバーを唄うジャズシンガーとでも言うべきか。
 昨年9月の演奏は、ブランクのあとの迷いや硬さがあったけれど、今回は伸び伸びとステージにいて、バックとの緊張感もあって、すごくいい演奏になっている。
 久々に音楽を聴いて涙が出た。
 60歳を超えているはずなのに、ステージの上で、深く切れたスカートのスリットからのぞく脚からさらにその上を想像したいと思わせるる「女」でいるというもスゴイ。
 休憩を挟んで2時間のステージは、きちんと作り込まれた高い音楽性と瞬時の共鳴による即興性の両輪で支えられていて、ほとんどダレることがなかった。

2007年05月21日

コザのミュージシャンと池波志乃

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 事務的なことがあって集中できないので、池波志乃さんのエッセイ集「食物のある風景」(徳間書店)を読んでいた。
 打合せの時に編集者からこの本の話を聞いていて、あとから送ってもらったものだ。
 ところがなんでこの本を送ってくれたか、という理由を忘れてしまっていて、それで、たまたまなんとなく書棚から手にとって今日になって読んだわけだ。

 志乃さんが育った下町の食文化の話ではじまっている上品なエッセイを静かに読んでいるうちに、志乃さんがいま半分は沖縄に住んでいるということがわかってきて、「ああそうだ、沖縄が舞台の小説を書いている」とTさんに話をしたので池波志乃さんの話になったのだと思い出してきた。
 で、途中、志乃さんが女優をやめていまは社長になっているという話が出てきて、なんとそれは沖縄のミュージシャンを売り出すためだということで、それでもって、そのミュージシャンとはB-Tripperだということがわかった。

 そのバンドのボーカル&ギタリストが武川勝太というのだけど、僕は彼がコザでやっていたバーに行ったことがあったし、前回、コザにいったときにも2回、彼の演奏を聴いたのだった。
 バーをやめたのは本土で音楽の仕事をするようになったからだと聞いていて、なんと、それが池波志乃さんの仕業だったということなのか。

 コザのミュージシャンの世界はとっても横のつながりが強くて、狭い世界といえば狭い世界ではあるのだけど、それにしても、徳間書店を経由して、こういう風につながるとは思ってもいなかった。

 で、その沖縄が舞台の僕の小説だけど、また版元都合で延びて来年4月以降の発売になってしまった。 これに取りかかるつもりで、他の仕事の営業していなかったので、年内に少なくとももう1冊出したいという予定が急にピンチになってしまった。

2007年02月17日

ベンチャーズ

 ついテレビでグループサウンズの番組をそこそこ見てしまった。そこでGSを聞こうと思わずに、なぜか、ベンチャーズにいってしまう、本日のBGM。

 グループサウンズは「女の子がきゃあきゃあいってるし、はやっているからやってみた」という中学生のくせに受け狙いでやったバンドだったのだけれど、その前、生まれて初めてバンドで練習したのは、小学校の6年のとき、1966年、ベンチャーズだった。
 クラスの仲間がいきなりエレキを買ってもらった。
 そこで、いきなりクラスメイトでバンド、となったわけで。
 最初のうち、僕はエレキが買えないので、スチール弦のクラシックギターのサウンドホールにぺらんぺらんの安物クリスタルマイクを突っ込み、アンプに通して、ブリッジに近いところで弾くことで、エレキみたいな音を出していた。

 このバンドで川口のゴーゴー喫茶のバンドコンテストにGSの曲で出たのが人生ギターをもって最初のステージだった。(中学一年生)
 このときのドキドキの大人の世界初体験の物語はそのうち。

 学校の文化祭のステージに立ったのは、それよりあと。グループサウンズをやるようになって、文化祭に出ようとしていたら、学校で「エレキは禁止」されてしまい、急遽、別メンバーでフォーク3人組「ザ・トーイチ」というバンドを作った。
 エレキが禁止になったのは、どうやら女の子のバックダンサーが5人くらいいたのがいけなかったらしい。学校でも派手目の女の子が一斉にそろって、カラダくねくねしてたので、先生は看過できなかったんでしょう。

 次の年(中学3年)には、エレキも解禁になって(でも、バックダンサーは禁止)、GSバンドでも出演しました。そのとき、うちのバンドのリードギターは、寺内タケシの「運命」も弾いてたな。(笑)

 中学では、学校中でギターを弾くのは10人くらいだったけど、高校に入ったら、クラスの男子の半分くらいギター弾けましたね。 中学でスターだったのが、ふつうの男の子になっちゃった感じ。(笑)

2006年12月23日

Napster と iriver T10 1GB

 定額制音楽配信サービス Napster がなかなかゴキゲンなので、つい物欲に駆られて対応プレイヤーの iriver T10 を買ってしまった。
 512MBで十分なんだけどずっと品切れ。
 1GBも品切れだったのが、急に直販サイトに出てきたので、衝動買い。きっと、品薄じゃなかったら買っていなかっただろうな。これぞ衝動買い。
 最近、数千円から1万円くらいのプチ物欲が湧いている感じ。

 使っている iPod Suffle よりもかなり音楽的な音がする。単三電池で53時間というのもうれしい。FMラジオもなかなか感度がよろしい。いい製品だと思う。

 しかし、あまり外出しないので、よく考えるとこんなの必要ないジャン。(笑)

2006年10月21日

田園交響曲 ブルーノ・ワルター指揮

 子どもの頃、家にコロンビアの電蓄があって、SPレコードがいくつかあった。

    ベートーベン 交響曲第6番「田園」  ブルーノ・ワルター ウィーンフィル
    ベートーベン ピアノ協奏曲第5番「皇帝」 演奏家は記憶にない

 これらは5枚組でそれぞれ一曲だった。 一曲聴き終わるのに何度もかけ替えるの。
 その他に、モーツアルトの40番、41番なんかがあった。
 レコードが回りながらアームが揺れるのが面白くて、盤面を見ながらよく聞いていた。

 あるとき、この田園を聞きたくなって、探したらCDで発売されていた。なんと1936年の録音だ。
 CDなのにスクラッチノイズがあるし、もちろんモノラルだし音は悪い。

 仕事のBGMにワルターの田園を久しぶりにかけてみた。
 最初「音が悪いなあ」とまず思うのだけれど、ずっと聞いているとそんなことは関係なくなっていつのまにか引き込まれているのだ。
 ときどき不思議な懐かしさを感じる。どの田園ともちがう、幼少の記憶の奥にある田園だとしみじみ思う。意識しないでものすごく細部が魂の中に刻まれているのだと思う。

 やがて、小学校4年で大阪の豊中に引っ越して、そこで初めてLPレコードのクラシックを買ってもらう。
 カラヤン・ベルリンフィルの「運命・未完成」。
 これも同じモノラルの電蓄で散々聴いた。なにしろ、他にほとんどレコードがなかったから、毎日家に帰ると裏表をそれぞれ二回ぐらい聴いていた時期がある。
 たぶん、あらゆるレコードやCDのなかで、いちばん繰り返し聞いた曲だと思う。その前もあとも、これほど聴いた曲はない。
 まだ家にあるけれど、擦り切れていて、音がシャアシャアいうし、針の重いモノラル電蓄で何度も聞いたせいで、ステレオ録音のはずなのに、音はほとんどモノラルになってしまっている。

2006年04月30日

TOTO三昧

 仕事の予習で一日中"TOTO"聴きまくり。
 iPod Shuffle の中もほとんど TOTO にしました。
 最新アルバムは iTunes Music Store で買いました。

 80年代のアーチストは、空白地帯なので、意外に新鮮です。
 僕の70年代後半から80年代前半は長時間通勤と長時間残業で音楽聴いてる時間がなかったのです。乗り物に乗っている時間は眠る時間だったから、通勤路の車窓の景色すら覚えていないくらい。
 布団で寝る時間と食費を削って音楽機材と音作りに費やしました。わずかな時間はそのなけなしの金で買った4chのマルチトラックレコーダーで、音楽を聴くよりもつくっていました。いま残っている曲は全然ないけど。
 給料日前には、金がなくて鶏のレバーとモヤシと社員食堂の定食で生きていた。シンセサイザーやレコーダーに安月給をつぎ込むからシワヨセは食費に来るんです。エンゲル係数が低かった。(笑)

 エンジニアの仕事は好きだったけど、仕事だけしている人生なんてまっぴらだと思って、平日はそうやって暮らし、たまの休日は体力の限界まで城ヶ島のディンギーハーバーに通いました。
 仕事だけでも過労死しそうだったのにね。