いつなったら
それにしても、長編執筆中にほぼすべての予定を先延ばしにしてきているので、それら「延ばされた予定」がびっしり詰まっている。
ちっとも暇にならないよう。
床屋に行きたい。自転車のパンク直したい。でも、手が着かない。
新幹線で京都へ向かってます。
それにしても、長編執筆中にほぼすべての予定を先延ばしにしてきているので、それら「延ばされた予定」がびっしり詰まっている。
ちっとも暇にならないよう。
床屋に行きたい。自転車のパンク直したい。でも、手が着かない。
新幹線で京都へ向かってます。


七夕飾りの商店街で仕事中。
何故だかアーケードにはゴスペル調の聖しこの夜が流れている。でえじ、てーげーです。
スコールが上がったら冷房の効いた場所に移動します。

すでに家から短パンです。

三崎に向かって航海中。
向かいの席では7人中4人が本を読んでます。
3人はたぶん小説。
世の中捨てたもんじゃないな(笑)
2週間前、フットサルをやって以来、どうも腰の調子がもどらない。
ちょど1年前と似たような感じ。
このまま悪くなると、7月には歩けなくなり、8月には再手術……という昨年のことが頭をよぎる。
というわけで、大事を取って、以前使っていたコルセットを着用。
うん、かなり楽。
昼間のうちは映画化関係のメールのやりとり。
夜になって本気モードの執筆開始。
すっかり川上未映子に影響を受けてしまってます。
自分が執筆モードなので、彼女の小説はまだ読んでないけど、音楽の方で。
そういう意味では川上未映子ではなくミュージシャン名義だから「未映子」の影響というべきか。
(さらにいえば「未映子」を名乗る前の「川上三枝子」名義のアルバムも、純正ロックでとってもいい)
言葉自身のもつ力というか魂みたいなものについて考え込む。
未映子の歌が滲みる。彼女の歌い方も言葉を音としてではなく言葉として(へんな表現だけど)送り出そうという歌い方なんだな。
こういう風に、言葉に入り込んでしまうのは、エンターテインメント作家としてはたいへんよろしくないわけです。純文学へいってしまっては、僕の目指しているキャリアはまたリセットになってしまう。53歳でやっとここまできて、いまさらリセットしている人生の残りはないからね。
なので、かなり困ったな、と思ったんだけど、ふと気づいた。
そう、言葉を大切にするなら、歌の方でやればいいじゃないか、と。
そんなわけで、猛烈に歌をつくって唄いたくなっている。
いまの長編が書き上がったら、一曲、書こうと思う。
ん? 確定申告? それもあるんだよな。まったく。 浮き世はままならぬ。
午前5時就寝。
午前8時20分、目覚ましが鳴ったが起きず。
やばい! 8時48分、起床。
午前9時2分、病院の受付に到着。
同25分、診察終了。(手術後6ヶ月の「定期点検」)
近くにプロントができていたので、380円のモーニングセット。
スーパーに寄って日用品や食料品の買い物。
午前11時過ぎ、帰宅。執筆開始。
午後3時、近所の中華屋さんでランチ。
その足でスターバックスへ出勤。室内が暑く眠くなりそうだったので、「本日のコーヒー」サイズはグランデ。
午後5時近くまで執筆。
疲れたところで、ブックカフェになっているので、芥川賞全文掲載の文藝春秋をテーブルまでもってきて、 川上未映子の受賞インタビューだけ読む。
この人の顔、すごくいいと思うんだよね。
自分ができている。簡単に凝り固まったのではなく、手を広げて辿り着いた顔をしている。などと人様の尊顔を批評するなんざ失礼至極なのだけれど。
インタビューを読んでも、ブログ(というか公式サイト)を読んでも、セルフプロモーションをきちんと考えている。やっぱり音楽系の人であるということもあると思うけれど、衆目をきちんと集める、ということをきちんと意識している人だ。
純文学系の人によくある悪いところは、全部、彼女の中では解決されていて、立ち位置というのができている。
というわけで、小説の方はきちんと読まないといけないので、時を改めることにした。
夜は夜で、また執筆。
〆切のエッセイも書いてメールで送付。
ヘッドフォン、都合10時間ほど鳴らしたと思うのだけれど、いい音になってきました。
今晩は大藪春彦賞の選考会があるのだそうだ。
で、編集者からのメール曰く、
「来年の賞の候補になるような作品を目指しましょう」
て、このひと作家を乗せるのがうまい。(笑)
はい、こんどの長編はハードボイルドでございます。
ちなみに、結果、賞は近藤史恵さんと福沢徹三さんに決まり。
大藪賞の受賞作はこんな感じ。
第1回(1999年) 馳星周 『漂流街』
第2回(2000年) 福井晴敏 『亡国のイージス』
第3回(2001年) 五條瑛 『スリー・アゲーツ』
第4回(2002年) 奥田英朗 『邪魔』
第5回(2003年) 打海文三 『ハルビン・カフェ』
第6回(2004年) 垣根涼介 『ワイルド・ソウル』、笹本稜平 『太平洋の薔薇』
第7回(2005年) 雫井脩介 『犯人に告ぐ』
第8回(2006年) ヒキタクニオ 『遠くて浅い海』
第9回(2007年) 北重人 『蒼火』、柴田哲孝 『TENGU』
第10回(2008年) 近藤史恵『サクリファイス』、福沢徹三『すじぼり』
ためしに、既刊本を対象にした非公募の文学賞にどんなものがあるか調べてみたら大衆文学(笑)だけでも、こんなにありました。直木賞以外は一般の人はほとんど知らないと思うので、きわめて業界的なイベントですね。
直木三十五賞 山本周五郎賞 吉川英治文学賞 吉川英治文学新人賞 新田次郎文学賞 柴田錬三郎賞 島清恋愛文学賞 日本冒険小説協会大賞 婦人公論文芸賞(2006年から中央公論文芸賞に変わる) 日本推理作家協会賞 大藪春彦賞 日本ミステリー文学大賞 本格ミステリ大賞 とか。
1月
正月に予科練だった叔父が亡くなる。
この月はほとんどずっと『D列車でいこう』の原稿を書いていた。
2月
『D列車でいこう』の改稿。引越の準備。
3月
6日に引越。捨てるものが多くて、捨てるために体力の限界ぎりぎりで準備や後始末をした感じだ。新居のベッドに眠れるようになったのは31日。
4月
20年前にNECの退職金(に貯金を足して)で買ったオートバイ Honda GB250 Clubman のレストアが完成。
5月
『D列車でいこう』、徳間書店から発売。
さっそくTBSラジオ「森本毅郎のスタンバイ」で紹介される。
6月
徳間書店から第三作の執筆依頼。やった。
短編「ショウルームの女」に手をつける。
NHK BS「週刊ブックレビュー」で『D列車でいこう』が紹介され、amazon で瞬間風速売上50位代に躍進。
7月
いよいよ歩くのが困難になり、けいゆう病院の整形外科の脊椎の専門医を訪ねる。
「本の雑誌」において、『D列車でいこう』2007上半期ベスト10となる。
「ショウルームの女」脱稿。掲載未定。
8月
某社から長編書き下ろしの打診。
椎間板ヘルニア手術のため、人生で初めての入院。
9月
退院。楽しい入院生活だった。
別の某社から長編書き下ろしの話。
10月
さらに別の某社から長編書き下ろしの話。
11月
3作目のプロットにOKがでて、本格的に執筆開始。
さらに別の出版社から長編書き下ろしの打診。
『D列車でいこう』の映画化の話、動きはじめる。
「ショウルームの女」の掲載が決定。「問題小説」2月号。
12月
「問題小説」巻頭カラーグラビア撮影。
またまた別の出版社から長編書き下ろしの打診。
たくさんいただいた仕事の分量に呆然としながら、必死で執筆マシンに変身を遂げる努力の年の瀬を送る。
というわけで、来年は、ブレークします。
(その前にやらなくてはならないことはたくさんあるんだけど)



この冬、ほとんど衣類を購入していない。
お金もあまり無いし、今年はいいや、と思っていたのだけれど、uniqlo の広告を見て、「バーゲンだから服を買ったら?」という。
洋服というのは、まあ、常に足りてはいる。買わないと着るものがない、ということはあまりない。だからこそ逆に背中を押されないと買おうという決心がつかないもの。
(なかには、やたら洋服を買ってしまう人もいるけど、まあ、僕の場合は)
というわけで、年の瀬ムード満点の伊勢佐木町へ。
買い物が終わって、外へ出ると、雨が降っている。
10分ほどの雨宿りで、雨は上がり、冬の斜めの日差しで、町が輝いていた。


夕方5時から、フットサルチームの納会。
ホームグラウンドが自宅すぐそばだけど、まだ体ができていないので、試合の部は参加せず、宴会部門だけ。こちらの居酒屋も自宅から2分ほどの場所。
原稿がはかどらなかったので、深夜にあわてる。
松阪のお宅から、今度は干物と豆類芋類をたくさん戴く。
秋刀魚丸干し/秋刀魚の開き/小鯵の丸干し
鯵の開き/鯵のみりん干し など、50尾以上。
それから煮干しをたくさん。鰹の生節。
大豆、黒豆、長芋、里芋、丸いとろろ芋(名前失念)、ギンナン。
まだ先日のブリも冷凍庫にたくさんある。
夏ならみんなに声をかけてバーベキューパーティをすればあっという間にはけるけれど。
妻は、持病のため(塩分の高い)干物はダメなので、僕一人で当分おかずは干物だな。朝もパンはやめて、アジの開きと味噌汁の正しい日本の朝食にしよう。
中学生くらいからあと、ヒマだったことがない。
毎日毎日、やりたいことがたくさんあり、それをやりきらないうちに夜になり、睡眠時間を削ってもやりきらないが、しかたなく眠る。
思えば、10歳くらいからあと、そうやって40年以上、生きているんだなあ。
「ヒマをつぶす」という言葉がピンと来ない。
小学生の頃は、それでもヒマというのはあったと思うんだけどね。
学校で習うことは教科書を自分で読んだ時点で全部わかったから、先生の話を聞いても同じことの繰り返しで授業中はおそろしくヒマで、終わるまで待つのが毎日苦痛だった。
(授業中に内職をするという知恵がまだなかったから)
家に帰っても、世界が狭いし、自分の力でできることは限られているから、やりたいことが少なかったし、やりたいと思ってもできないことが多くて、その結果、それなりにヒマで、なんだかいつも本を読んでいた。
ああ、これから先も、死ぬまでヒマになることはないのだろうなあ。
そういう人生って、いいんだか悪いんだか。
ヨットで遠出をすると、たいてい昼過ぎに目的の港に入り、あとやるべきことは、「近くの銭湯に行って、飯を食うだけ」ということになり、日が暮れるまでずっと外に座っている。
こういうヒマは、ヒマをつぶしたいと思わない、ヒマ自体を楽しむヒマ。
そういや、ヨットも最近乗ってないや。
水中ウォーキング20分、水泳100mX2本。
朝起きるとまずやることは、wii fit と決まっている。
初めて4日目で、順調に筋肉痛。
妻が冬休みに入ったので、彼女なりにずっとやりたかったホームインプルーブメントのために、IKEAに行きたいと言い出した。
恐妻組合のメンバーとしては、家のことに関する限り、協力しないわけにはいかない。
なにしろ、彼女は何千万円も出して家を買ったわけで、それをできるだけ快適にしたいという熱意は、ただの同居人の僕とは比較にならないわけだ。
というわけで、昼から、車で港北のIKEAに行く。
本日のテーマの「TVボード」はデザインが気に入れば強度が足りない、強度を満たすものは、使い勝手が思い通りではない、という具合でIKEAでの購入は断念。
昼食(美味しいパスタ平日なら295円!)をはさんで、結局、気に入ったダイニングの照明を見つけて買うことができ、それなりの成果があったというわけ。
ついでに、車でしか行けないスーパーに立ち寄って帰宅したのは午後4時。
(面倒なので、早々に最低限のお正月の買い物もしてしまった)
昼は仕事。
夜に、下北沢で会食の予定なので、電車が混む前にさっさと下北沢へ移動。
久しぶりのシモキタは、かなり再開発が進み始めている。
雑然混沌無秩序がこの町の良さであり、エネルギーであったのに。
無秩序が、いつか出て行くぞ、という役者たちやミュージシャンたちを吸収して、育てていたのに。
「消防自動車が入れない」という反対しにくい大義名分。
消防自動車が入れないのは、何十年も前からのことであるのに、なんでいまさら。
ピアニストのフジ子・ヘミングも先頭に立って反対運動をしているらしい。
駅のそばのドトールも工事中になっていたので、向かいのマクドナルドでコーヒーMサイズを飲みながら、仕事。
近くで、トンガッた若者を見て、シモキタならではの良さを感じる。
(黒い爪、黒のアイシャドウに赤のアクセント、という椎名林檎系の美しい女子)
午後7時まえ、翻訳家のMさんと落ち合って、京料理のお店へ。
シモキタとは思えぬ落ち着いたお店。
料理も美味しいし、お酒も美味しい。
昼間は、ふつうに仕事。
午後8時過ぎから、野毛の萬里放題亭で夕食。
ザーサイ、蒸し鶏、餃子、豆腐の炒め、白菜のクリーム煮、蟹玉。
もちろん、紹興酒。
やっぱり、クリスマスは中華に限る。

本日も、妻が外食なので、こちらも執筆優先で夕食は大戸屋で「おひとりさま」。
とにかく、食事を作るのをやめると、確実に執筆の調子が上がる。
仕事は山ほどきているので、費用を節約するよりも生産性を上げて、たくさん書いて稼ぎの方を大きくする側に、方針転換だ。
そんなこともあって、執筆の調子は上がってきている。
現在180枚。
直しが必要だが、まがりなりにも書けているところが他に100枚くらい。
新規に書き加えていくところは、他にあと、150-200枚くらいかな。
そんな中で、残りの部分には、つながってない隙間がたくさん残っていて、これは自分への「誘いの隙」みたいなもので、このスキマを利用して、物語ががしっと組上がったり、現時点では作者も予想もしないすごい展開になっていったりする。この先10日くらいが、書いていても面白いところ。
正月もこのままずっと仕事していたいけど、まあ、年に一度のことなので、親と食事くらいはする予定。
そうだ、年賀状、どうしようか。
(写真はコザで僕がイルミネーションを取りつけた開店準備中の案内所店舗)
料理するとテンションが抜けるので、昼食は大戸屋。
その足で、ランドマークのスターバックスへ移動して執筆。すごい、1時間に5枚も書けた!
5時を過ぎたのでスポーツクラブのプールへ。
この時間は、デイタイムの会員が出て、勤め人の人が来ていないので、プールに3人しか人がいなかった。
ウォーキング20分+水泳100mを2本。
少しだけ、体の柔軟性も改善してきたかな。(前屈で、なんとか床に指が着くところまで)
米が切れてきているので、スーパーによって米とパンと牛乳を入手。
4日ぶりに自宅での夕食。ブリの兜焼き、同じくアラ煮、モヤシとピーマンの炒め物、豆腐の味噌汁。
夕食後、短編のゲラチェックを終わらせ、修正部分のみ、出版社にFAX。
久々に、「FAX送付状」なんてのを書いたような気がする。
電車の中で雑誌掲載の短編のゲラをチェックしながら新宿へ。
ミュージシャンで最近は自分で会社ももっているササキケンジに誘われて、以前に記事を書いたことのある雑誌「大人のロック」の編集の人たちとの忘年会。
新宿厚生年金会館ちかくの沖縄料理店「宜野座」で。
ケンジと二人で「コザをきっちり取り上げるべきだ」と熱弁をふるったのでした。

写真 左は「宜野座」のネエネエ。途中で沖縄民謡のライブがありました。
右は民謡に三板(サンバ)を合わせるササキケンジ。
朝から仕事、ハイペースとはいえないがコンスタントなペース。
午後、運動がてら自転車で、関内の横浜文化体育館の向かいにある「ハイサイおきなわ」へ行って、沖縄そばの出しを一ビン調達。牧志公設市場で買った麺がまだ1キロ以上残っているのだ。
「ハイサイおきなわ」は、本格的な沖縄物産ショップで、生のソバもある。観光みやげアイテムではなく、沖縄の人が生活の中で欲しいものもある感じ。値段もまあリーズナブル。
こんどから、沖縄ソバを食べたくなったら、ここに仕入れに来よう。
驚いたのは、なんと6万円以上もする本格的な三線も売っていること。
もどって、夕方まで執筆。
午後7時、ボランティア団体の世話人会。
ひきつづき、野毛の萬里放題亭で忘年会。
最後はひとりで都橋商店街の「華」へ。
いつものように肝っ玉かあさん系のママさんとあれこれ雑談。
ここの名物料理でもある巻き揚げを「お歳暮」として戴いてしまう。(生の揚げる前の状態のもの)
千円の飲み代で、申し訳ない。
年末で夜に予定が多いこともあって、朝方で昼のうちに仕事をするようにしている。
で、夕方、関内/伊勢佐木町方面へお出かけ。

夕食後、プールへ。二日連続だ。
ウォーキング20分に、スイミング100mを2本。少し負荷を増やしてみた。
閉店近くの遅い時間帯でプールが空いているので、泳ぐのが楽。
3時間睡眠だったので、午前1時には就寝。
(写真は本文とは関係ありません)
現在執筆中である単行本向けの長編(便宜上"Project-K"とでも名づけておく)、少し前まで曖昧模糊としていたけれど、150枚くらいまできて、かなり形になってきた。
いま、主人公が第二の重要な登場人物に出会うところまで。
実は、すでに書いてある部分が別に150枚分くらいあるので、しばらくはそれを書き換えながらつないでいくことになる。かなり短い期間で300枚くらいまでは進むだろう。
いまのところ、できあがりで原稿用紙500枚くらいと、いままでよりも短くまとめたいと思っているけど。
ちなみに『D列車でいこう』は630枚、『覇権の標的』は640枚。この枚数だとどうしても価格が高くなってしまって、結果、どちらも1785円というお値段。amazon で送料無料になる1500円くらいに抑えたいとかねがね思っている。
なんやかやで、1月中旬には初稿を出したいなあ。ガンバロー。

午後3時過ぎ、プールへ行こうと思っていたら、ペリカン便。
長細い発泡スチロール。
新巻鮭? と思ったら、中で氷らしきものがカラカラいっている。
なんと体長70センチほどのブリ。
wiki によれば、体長80cmからがブリだそうだが、ハマチ/イワサ/ブリ、まあなんでもいいや。
この秋には、段ボールで柿が2回、松阪牛が1回送られてきたのだが、こんどはブリだぜ。
放っておくわけにはいかないので、「木屋」の出刃を持ち出して、あわてて食べられる状態にする。おかげでプールは閉店ぎりぎり。
別な人からカニを二杯送ってきてもらっていて、1つ食べた後、外食になっていてそれも今日中には食べなくては。 というわけで、夕食はタラバガニ、ブリのカマ焼き、ブリのアラ煮、と相成りました。
半身は刺身のサクにして冷凍、半身は切り身にしてこれも冷凍。
頭はとりあえず兜焼きにして、ラップにくるんだ。
アラは生姜と醤油とみりんで煮たけれど、これだけでも相当食いでがある。
地方によっては出世魚で縁起がいいということで、ブリをお正月に食べたり贈答品にするらしいですね。
阿川大樹も来年は作家として出世したいと思います。
ブリ、どうもありがとうございました。
帰ってきた横浜は思ったほど寒くない。
午後、自由が丘で人に会う。
岡山県の一風かわった小さなワイナリーのワイン(年間1000本限定)をどうやって売るか、という話。
実は、このワイナリー、小説の舞台として狙っている。
今まで頑固者の醸造責任者とその他の従業員だけだったのだけれど、ソムリエの資格をもつ女性社員が加わるのだそうだ。俄然、物語のニオイがしてきている。
岡山まで取材に行きたいのだが、島根との県境のおそろしく山奥。道路がアルのが不思議なくらいのところなのだ。
取材は面白いけど、お金もかかるし、その間は原稿は進まないので、バランスがね。
(今回の沖縄行きだって、やっぱり8万円くらいはかかってしまったし)
打合せは5時に終わって、せっかくだから近くに住んでいる人にも声をかけて1時間ちょっと話をして、帰宅。
あわててスーパーにいって、閉店間際の安売り品をゲット。
那覇の公設市場で沖縄そばの麺(生麺)を2kg以上買ってきたので、紅ショウガや薩摩揚げ(沖縄では蒲鉾という)やバラ肉の煮込みを買ってきて、夕食は沖縄そば。スープがもったいないので(笑)替え玉を入れる。
夕方、帰宅したら短編のゲラが届いていた。
とりあえず年末進行のエッセイ4枚を書いて送る。
小説はすすまないなあ。


午前10時起床。いよいよ横浜に帰る日。
11時チェックアウト。迎えの車で那覇へ向かう。
那覇市西の「亀かめそば」で沖縄ソバ400円。
空港へ行き、ロッカーに荷物を預けようと思ったが、念のため飛行機に荷物をチェックインできるかと聞いたらできるという。午後8時10分の飛行機の荷物を正午にチェックイン。8時間も前に荷物をチェックインできるなんて。というわけでコインロッカー代が節約できた。
ふたたび車で那覇国際通りまでもどってドロップしてもらう。
久しぶりの那覇で、牧志公設市場などを定点観測。
スターバックスでこの日記や小説を書く。
竜宮通り社交街、桜坂社交街を定点観測。
牧志公設市場で沖縄ソバの麺を1kgとスープ6人前買う。ここには市場の二階の食堂の人が次々に買いに来るのだ。しかし買いすぎたかな。背中に背負うのが重くて重くて。(泣)
小腹が空いたのでクーポンを使ってマックラップ(160円)。マックでは飲み物なんて頼まない。
だって那覇に来たら "Helios Pub" で地ビールを飲むと決めてあるのだ。お金を使ってビールの味を落とすわけにはいかない。(笑)
那覇の国際通りは好きじゃないけど定点観測のために来ている。でも、Helios Pub だけは例外で、たぶん、那覇でいちばん好きな場所だ。平日の夕方、日が暮れる直前にとても落ち着いたいい時間を過ごすことができる。
午後8時10分の便で羽田へ。帰宅は11時20分。




午前0時過ぎ。
宏次と飲んでいたときのこと、ひとりの男が入ってきた。
「わたくし、うるま市の**と申します。このたび、CDが発売になりまして、キャンペーンとして、この地域を回っています。ワンコーラスでいいので、ここで歌わせてもらえませんでしょうか」
はきはきと喋る、ちょっとへんな感じだが、このあたりでは歌を唄うのは普通のことなのでもちろんOK。
で、ギターを弾きながら演歌のような曲を歌う。
弦が古くて死んでいる、チューニングはあっていない、声量はあるがただ大きい声、ギターは下手。
「ありがとうございました。ただいま有線でもラジオでもリクエストを受け付けておりますので、みなさまできましたら、リクエストの方をお願い致します」
しかし、何という名前でなんという曲なのか1度しか言わないのでよくわからない。曲名やレコード会社を書いたチラシを配るわけでもない。
「どうもありがとうございます。強制というわけではないのですが、わたくしを応援するというお気持ちでどなたか100円でも200円でも戴ける方はいらっしゃいませんでしょうか。(シ~ン) あ、いらっしゃいませんか、それではありがとうございました。しつれいします」
新手の乞食だった。
最初にギターの音を出した瞬間にCDが出ているというのが嘘だとわかる。ありえない。コザでは、どんな店に何時入っても、客の中で彼よりも歌やギターがうまい人間は必ずいるだろう。(僕だって彼よりはかなりうまいと思う)
しかも、CDが出ているミュージシャンよりもうまいアマチュアもいるし、筋金入りのプロであっても無料でシロウトの客といっしょになって演奏してしまうような町だ。彼に正当な対価として100円払う人間はいない。払うとしたら、彼を乞食だと見破った上で払う人間だ。
でもね。人を哀れむとき、人は悲しい気持ちをいだく。乞食の施しをして楽しくなる人間はいない。
楽しく酒を飲んでいるときに、冷や水を浴びせるようなことをわざわざ扉を開けて入ってきてするのは、理不尽な暴力の一種だ。こっちがお金をもらいたいくらいの出来事なのである。
それにしても、歌うまでの導入部のもっていき方は一字一句よく計算されている。歌うこと自体はめったに断られないだろう。そして、大声で歌ってしまえば、その努力や意気込みを感じて100円くらいなら払ってくれる可能性は一応ある。
でも、こと音楽の町コザでこのビジネスモデルは成立しにくい。


午前11時過ぎ、起床。
まずは5階の大浴場でほぐし、ホテルのレストランでカレーライス(700円)。野菜たっぷり。沖縄のカレーは一般にそうなのだが、まったく辛くない。
部屋に籠もって仕事をしてるうちに午後4時だ。部屋の掃除の人が来たので、ホテルを出てまたオーシャンへ。コーヒーを頼んでカウンターで原稿書き。
この店に差し込む夕暮れの日差しがやがて失われていく時間がなかなか心地よいのだ。
午後7時、6時から始まっているはずの照屋林次郎の「Art KOZA」のオープニングパーティへ。
司会はFMコザのハナちゃんと、タレントでいまは民主党の衆議院議員候補者にもなっている玉城デニー。
暗くなって、ひがよしひろが4曲ほど歌う。つぎはすでにCDを何枚も出している若き天才三線奏者「よなは徹」。これがまたすごくいい。
それに乗って、ハナちゃんや林次郎がカチャーシーを始める。
一眼レフを持ち出して写真を撮っているのは「りんけんバンド」で有名な照屋林賢。シンガーソングライターのヤラヤッシーもいるし、JUPITERのギタリスト・カズシも、おなじくギタリストのTARAちゃんもいる。名前は知らないけど、他に三線をやる人たち、園田のエイサーから5人。
音楽の町コザの芸能人が集まっているかんじ。


午後9時、宴たけなわのところ、電話が入る。
指名制度なんてないのに、全国から指名が入るカリスマ・ツアー・ナースのはっちゃんだ。コザに住んでいるのにずっとツアーの仕事中で今晩になって、やっともどってきたところ。
凱莎琳(キャサリン)という静かな台湾料理屋さんでお腹いっぱいご飯を食べて、「SHUN」へ移動。ちょうど約束していた琉球紅型染の金城宏次(ついに着物の染の注文がコンスタントに入り始めた赤丸急上昇中の紅型アーチスト)がやってくる。一年ぶりになんとか会えた。
コザはミュージシャンや芸能人や芸術家に対してカジュアルで自然なリスペクトがある地域で、小説家というのもその範疇に入れてもらっているようなので、とても居心地がいい。しかも「ギターを弾く」というのは「こっち側の人間」という証文のような役割をする。(笑)
午前3時、店を後にする。
ホテルへ戻る途中、PEGが開いているようなので、戸口までいって、「あした帰るから」と照喜名薫に挨拶。(今日もサーミーがいた)
さあて、部屋にもどるぞ、と思ったら、パルミラ通りの(僕がイルミネーションを取りつけた)事務所の中で、コザクラのママでライターの雅子さんが仕事をしている。ここでも挨拶だけしておこうと声をかけると、中に誘い込まれて、4時半まで、またコザの町興しについての話をする。


昼に起きる。
パークアベニューの「コザ食堂」で沖縄そば(400円)。
去年来たときは、この店で勘定を払おうとしたらサイフを忘れていて宿まで取りに戻ったのだった。
まっすぐパークアベニューを登り切ったコリンザの屋上で「空中タウン」の催し物。若者たちの町おこしプロジェクトの一環。屋上に周辺の有名店の屋台が出ていて、若いミュージシャンがライブをしていた。
ゲート通りの「オーシャン」でコーヒーを呑みながら仕事。
今日は日曜なので、一橋大学卒業のしっかりものの奥さんマキちゃんもいる。
途中、お客さんがチェリーパイをもってきて、ご相伴に与る。知り合いの店だと泡盛の盛りもよかったり、エコヒイキが横行しているのが、沖縄のいいところなのだ。いろいろな形で人と人の繋がりをとても大事にしている。
僕は東京生まれで田舎とか故郷というような場所がないので、にわか故郷気分を味わわせてもらっている。
ホテルにもどろうとパルミラ通りにさしかかると、ひがよしひろがイルミネーションの看板をつくっている。照屋林次郎(照屋林助の息子、りんけんバンドの林賢の弟、三線の製作者)が明日開店のギャラリーカフェのパーティの準備をしている。
他にもあちこちで知り合いが町のために働いている。
午後7時少し前、宮永英一とマネージャー(従姉妹)がやってきて、ホテルで夕食をいっしょにする。CHIBIはデイゴホテルの前社長とも古くからの知り合いなので、食事の後、サービスにコーヒーがついた。(ラッキー)
彼らを送り出してから、部屋にもどって仕事。
午後11時を過ぎて、コザクラへ出かける。
昼にオーシャンであってパイをご馳走してくれた人がいる。後からひがよしひろが来る。全然、待ち合わせや約束をしていないのに、しょっちゅう会う人には会う。(笑)
午前1時すぎ、部屋にもどる途中、思い立ってミュージックタウンの「すき家」へ進路を変更して牛丼並350円。本土とはまったく味がちがう。牛肉の量も多い。ここではタコライスもある。
別に腹は減っていなかったのだけれど、深夜のこの場所に来てみたかったのだ。取材といえば取材かな。
あとは、朝まで仕事。

ことしもやってきたジョン・レノンの命日。
この日の阿川的意味については
ここをお読みください。
夕方、パルミラ通りの事務所で仕事をさせてもらっていたら、「これもらってきたよ」というのはFMコザのハナちゃん。
じっと人の目を見る。つまり僕にそれを取りつけろといっている。
「脚立があればできるよ」というと、ちゃんとどこからか脚立をもってくる。
というわけで、戸口の前のテントの下にそって、針金でイルミネーションを止めていく。そういや、去年はとなりのコザクラのイルミネーションをつけたんだよね。毎年、商店会のお手伝いをしているのであった。
午後7時、車のお迎えつきで鼓響館へ。(ドライバーは副館長をやっている従姉妹)
CHIBIこと宮永英一(館長)とも久しぶりに会う。
琉球太鼓とドラムの生演奏を間近できいてゴキゲン。
タクシー(1640円)でコザまでもどり、ミュージックタウンに新しくできた、コザにあるまじき(笑)都会的なライブハウス「Taurus」(チャージ・ワンドリンク付1000円)で照喜名薫と城間健一のデュオを聞く。
夕食がまだだったのでカルボナーラ(950円)も頼んでみる。
この店は不動産会社の経営だけれど、都会の店をよく研究していると思う。
カウンターの隣は黒人と中国人の夫婦。年末には横浜にもくるんだって。
コザはカジュアルというか服装がどうでもいい町なのだけど、ここにはきれいに着飾った人が多い。そういう場所があれば人はそういうこともしたかったのだ。コザ・ミュージックタウンにはハコモノ行政との批判もあるが、それなりに新しい需要を喚起し、ライフスタイルの提案もなされている。
「うりうりひゃあ」という店ではコーヒーの出前をやっている。お店の子がかわいいので近くの商店街のオジサンの間でコーヒーを頼んで届けてもらうのが流行っているらしいし。いいよね、そういう微笑ましい町。
午前0時過ぎ、演奏が終わったところで、カオルに挨拶して「SHUN」へ。
ビール500円でチャージなしなのだけど、お通しのおでんがめちゃウマ。量もたっぷり。おそらく今までの人生で僕が食べたことのあるおでんのなかでもトップクラス。「こういうのはちゃんと金をとらなきゃだめだ、商売が下手だ」といったら、客によっては300円くらいチャージを取ることもあるそうだ。でも、このおでん、500円でも安いよ。出汁もきれいに澄んでいて、高級料亭に匹敵する。


午前1時を回ったところで、カオルの店「PEG」へ行く。
さすがに土曜日なので、人が入っている。
客の若い男の子がギターを弾くがどへた(笑)。次に外人が弾き語りをしたのだけど、それは聴ける。
そんなあたりで、店が渾然一体になって、照喜名薫もサーミーも阿川大樹も、ギターを持ち替えたり、マラカスドラムをいれたり、名前を知らない他の人たちもで、ロック歌声喫茶状態が午前6時までつづく。
店を閉めたところで「〆にSHUNへ行こう」とカオルに誘われ、本日二度目のSHUN。こんどのお通しはポテトチップだった。(笑)
午前7時過ぎ、解散。
午後2時以降はさんぴん茶やトマトジュースしか呑まないようにしていたので、体調はきわめて良好。ギター弾いたし。
とにかく、コザの友たちのお陰で、泣かずにこの日を過ごすことができた。
午前9時起床。昨日はあまり呑まないようにしたのでお目覚めすっきり。
だたし、結構歩いて腰に来ているので、まず朝風呂からスタートだ。
朝食はペンギンのぬいぐるみ目当てでマクドナルドのハッピーセット。
(ただしいちばんのお目当ては買えず)
昼食はデイゴホテルでオムライス(サラダとスープ付)、コーヒー飲み放題700円。

仕事場候補のルームシェアの場所を案内してもらって下見。
場所柄はゴールデン街。そこよりも広い二階があると思えばかなりちかい。キッチン、風呂、トイレはきれい。金土の夜はうるさいが逆に昼間はいつも静か。仕事するにはいいかも。月光熱費込み3万円。歓楽街のど真ん中で不夜城なのでどの時間でも食事には困らない。
午後8時、オーシャンに行くと、ヤッシーはすでにべろべろに酔っている。(泡盛300円)
パルミラ通りを歩いていると、オープン準備中の店舗にひがよしひろがいる。「りんけんバンド」の照屋林賢の弟(林次郎:三線製作者)がアートコザというギャラリーを月曜にオープンするのでその準備中。とはいえ、その場所で泡盛を飲んでいるだけ。
そこでいっぱいご馳走になり、コザクラへ移動。
夕食がてら料理とビールで1000円。
いろいろまた町おこしについて話しているうちに11時になったので、リーミーの「ムーンドーター」へ。(島酒1合で1000円)
ジョンレノンの命日を迎え、午前1時過ぎの閉店までいて、次は照喜名薫の「PEG」が珍しく(!)開いていたのでそこへ。飲み友達のKさんが来たり、さっき別れたはずのひがよしひろがべろべろになって来たり、サーミーが来たり、米兵が来たり。オリオンビール500円。
結局、ミュージシャンとか芸術家と話をするのが気持ちがいいんだよなあ。
最初から経済的なことはどうでもよくて、人と比べないのが当たり前で、自分の人生をそれほど妥協しないで生きている。そういう当たり前のことを当たり前にしている人たちと話をしていると、気持ちいいし、なによりイライラしない。
経済的な呪縛がいかに人を不幸にしているかとってもよくわかる。
収入が半分でいいと思ったとたんに、だれでも簡単に幸せになれるのに、収入にこだわったり、人と出世の度合いを比べるだけで、人は簡単に不幸せになってしまうのだ。
腕一本で生きていくことの厳しさを知った上での潔さと肩の力の抜けた生き方が、すごく素敵なのだ。
午前3時になったのでホテルへもどる。
まだ町はまったく眠っていない。
週末のコザはそれ以外の日とははまったく別の町なのだ。
というわけで、眠らない町、週末のコザからお届けしました。


午前9時半起床。
昨日、某店への横浜土産にしようと余計に買ってあったシウマイを朝食に食べる。
店が休みだったので賞味期限が切れてしまった。自分が食べるのは平気だけど、お土産として人にあげるのはさすがに気が引ける。
淡々と原稿書き。
廊下の人が部屋の掃除をしたそうな気配を発散していたので、重い腰をゆるめるために大浴場(24時間やっている)へ行き、着替えて外出。
ミュージックタウンの「島ごはん」で日替わり定食680円。
これは徳さんよしひろさん口を揃えてお奨めだったので。
いや、ほんとにおいしかった。
ちっちゃなデザートやちっちゃなお刺身までついてコーヒーもセット。
そのまま店で執筆。
営業していないコザクラに行って、雅子さんから最近のコザの町おこし情報をもらいたかったのだ。
そしたら、ちょうど中の町で「Bar 10 Street」という飲み屋の共同プロジェクトをやっている人や、建築士でコザの町おこしにも関わっている人が出入りしていて、紹介してもらう。
部屋にもどって執筆とブログの更新。
夜8時半過ぎ、リンリンでふーチャンプルとビール。
ちょうど食べ終わったところに雅子さんから電話。
Bar 10 street の別の店のオーナー、沖縄市役所で地域振興をしている人、などを紹介してもらい、コザの町おこしについて11時まで熱く語る。(笑)
このあたりは来年前半執筆予定で映画とタイアップの話もある*作目の仕込み。
いまはコザにいないコザの友だちにコザにいるぞとメールしたら一斉に返事が返ってきた。かくも人の思いが残る町なので、小説でも映画でも人を引きつけることができる可能性を秘めている。
それを僕が書ききることができれば。


沖縄へ向かう日。
旅の前は準備に手間取り、睡眠時間が短くなる。それでも4時間は眠ることができて午前9時過ぎに起床。
仕事に出かける妻を玄関口で送り出し、メールをチェックし、作り置きのスープを温めながらキャスターバッグのジッパーを閉じる。よし。
飛行機は嫌いだけれど、空港に漂う高揚感は好き。50回か60回アメリカ出張に行っていた頃に刷り込まれたものの条件反射かな。「これから勝負に行くのだ」という兜の緒を締める感じだ。
ラウンジを無料で利用できるクレジットカードをわざわざ携帯してきたのに、ラウンジに行くほどの時間はなくて、搭乗口の脇のベンチで朝食(好物の崎陽軒のシウマイ15個入り550円)を食べる。(空港で売っている弁当類は600円以上1500円くらいまで)
客席には、一階に修学旅行生もいるけど、あちこちにシニアの団体もいる。
この時期はホノルルマラソンの時期、つまり、旅行業界の閑散期でふつうの勤め人がもっとも旅行をしない時期だけれど、ディスカウントのしかたやツアーの組み方がうまくいっているのだろう。客席稼働率は8割程度にはなっている。
基本的に沖縄の人気が高いんだろうなあ、きっと。
空港から113番のバスに乗って胡屋で降りる。(910円)
この1年の間に胡屋十字路の横断歩道橋は撤去されてスクランブル交差点になっているので、景色がちがう。以前ミッキー食堂があったところは前年すでに建築中だったが、いまでは立派な「コザミュージックタウン」ができてオープンしている。
変わってはいるけど、この町に来ると懐かしいと感じる。もはや第二のふるさとみたいなかんじ。住んだことのない町でこれほど繰り返し訪ねているのは、シリコンバレーとコザだけだ。

デイゴホテルにチェックインしていると、後ろからホテルの宮城社長が声をかけてくる。よく行く飲み屋でなんども会って知っているのだ。本日は当ホテルすこぶる繁盛とのこと。
部屋に荷物を置くと、とりあえず明るいうちに町の全貌をチェック。なにしろ4年の間、この町を定点観測しているのだ。
沖縄の日没は遅く、冬の午後5時半でも明るい。
つい最近、開業して40周年を迎えたかつてのAサインバー「カフェ・オーシャン」に顔を出し、オーナーでシンガーソングライターのヤッシーと話をする。店のコルクボードには僕が40周年祝いに出したハガキがピンナップされていて、棚には『覇権の標的』が置いてある。(おい『D列車でいこう』はないぞ)
開け放たれた店の外が暮れていくのをみながら、評判のタコス(500円)とオリオン生ビール(500円)で空いた腹を満たす。
パルミラ通りのリンリンへいって「来てるよ」の挨拶。「来てるよ」といいに来ているのに「お帰りなさい」といわれる。(笑) 「菊の露」(泡盛)ロック、300円。
ゲート通りを歩いていると、バーPEGの前に、オーナーでギタリストの照喜名薫がいた。ついさっき電話で話をしたところだったけど、ちょうどいいので立ち話。彼はホテルでの仕事に出かけるところ。
「仕事終わったら「チャボ」に行くと思うけど一緒に行かない?」
と誘われたので、いいよ、と答える。「チャボ」はギタリスト・サーミーがやっている居酒屋。
中の町社交街(バーやスナックが並ぶ歓楽街)の「宮古そば愛」で宮古そば(中)(450円)を食べているとブルースシンガーのひがよしひろから電話が入る。結局、あとでリンリンで落ち合うことに。
嘉手納基地の2番ゲートすぐ近くの酒屋アルテックで水とさんぴん茶を買う。
ホテルに荷物を置いて、再びリンリンへ。
入口でちょうど帰るところのベーシストのコーゾーに会う。
「週末、聴きに来てくれ」
「もちろん」
店の中は知り合いだらけ。ひがよしひろと話をしていると音楽プロデューサーの徳さんが合流し、コザミュージックタウンの音楽市場にあるバーを案内してくれるということで、ミュージックタウンの3Fホールのホワイエの "A Aproved Bar" へ。徳さんはこのホールとスタジオの管理もやっている。
ホールと事務所、スタジオも案内してもらう。
スタジオのひとつで高校生のブラスバンドが練習していた。(自信なさそうに譜面をのぞく表情が高校生っぽくてほほえましい)
徳さんが帰った後は、よしひろさんの仲良しでキャンプハンセンの門前町・金武でならした筋金入りの女性ロックシンガー・リーミーのやっている "Moon Daughter" へ。
昨年、リーミーとは僕がコザへ来たときに、FMコザの収録で一緒になったことがあるのだけれど、そのときにはまだ店をオープンする直前だった。12月20日に開店1周年パーティがあるそうだ。
最後は本日のべ6軒目のバー、中の町の "Shun" へ。
ドアは開いているが看板の電気は消えている。営業していなくても人の気配があれば入っていくのがコザの流儀。
案の定、定休日だけど仕込みをしにきているのだという。でも、ちゃんとカウンターで呑んでいる客がいる。やがて、休みのはずの店のカウンターはいっぱいになる。僕以外は近所の店のオーナーたち(あ、ママも一名)。
午前2時になって急速に眠くなったので辞去。
帰り道、PEGの前を通るが開いてない。「チャボ」の話はどうなったんだか。ま、アーチストの予定だから。(笑)


午後1時から、月刊誌のグラビア撮影。
担当編集者のTさんと写真部のKさん。
表紙は篠山紀信、巻頭グラビアはこの方。
Kさんはずっとこのページの担当なので、あまたの大作家を毎月撮り続けているわけです。
6X4.5の中判フィルムカメラの登場。レンズはカール・ツアイス。
みなとみらいで落ち合ったけれど、「色味が足りない」ということで、赤レンガ倉庫へ移動しての撮影。
けっこう風があって、ヘアメイクさんもいない(当たり前だ)ので、髪の毛の乱れに苦労しました。(カメラマンが)
観光客のみなさんが
「え? なに、撮影? あの人、有名なの? だれ?」
みたいな顔をして近くを通り過ぎていきます。
フィルム13本撮ったらしいです。
お返しに(笑) GR Digital でパチリ。
たぶん、年末にはお知らせできると思いますが、短編小説の掲載にあわせて、巻頭グラビアに阿川大樹、登場予定。
本日午後、初めてのおつきあいの出版社と初回の打合せ。
うーん、バックオーダー6冊目(都合8作目:既刊はまだわずか2冊だというのに)
阿川、困っております。どうやってこれら全部をやってのけようかと。
困ってないでさっさと書け、と。
なるほど、うん、そういうことなんですけどね。
でも、ほんとに困っている(笑)
久しぶりに日本酒を飲み刺身に箸をのばす。
たくさんじゃなくても、こういうのはしみじみとした幸福をもたらすんです。

いい天気だけど、ヨットはおやすみ。
世間は日曜日だけれど、こちらは毎日が日曜日なのでお仕事。
夕方、運動がてら新しくできたスーパー「文化堂」へ買い物に。
文化堂はいい。
みなとみらいやポートサイドの生鮮館よりもきれいだし、品揃えもいい。
コットンマムよりもスーパーとしての品揃えのセンスが的確。値段もとてもリーズナブル。駐車場がないのが欠点だけれど、専業主婦の人は自転車でいいかな。
コットンマムは駐車場があるのがアドバンテージだが、おそらくあてにしているであろうみなとみらいのマンション群の買い物客の一部(特に頻繁に自転車などで買い物ができる専業主婦層)は、この文化堂にかなり奪われてしまうだろう。
コットンマムももっとふつうの品揃えにすれば駐車場があるだけ有利なのに、いかんせんへんな高級志向に走っていて、日常的なアイテムの品揃えが悪い。 日東紅茶もないのにF&Mを何種類も並べているという感じに日常が足りないのに高級品が妙に豊富。醤油なんて全体の売り場面積に比べて異常に種類が多い。野菜は新鮮でいいものが安いだけに全体のバランスの悪さがもったいない。
東京都港区じゃなくて東神奈川なんだから、根本的に商売のセンスがへん。
(ほんとうにいいものを選ぶ目がないゆえにブランド品を買ってしまう田舎の人みたい)
妻が外食なので、例によって夕食は手抜き。
でも、玉葱を切って、中華名菜の肉団子くらいはつくったぞ。白菜のスープは作ってあるし、トマトは切るだけ。
午後11時を過ぎてちょっと眠くなったので、スターバックスまで出かけて翌午前1時過ぎまで仕事。

53回目の誕生日。
夕方まで仕事して、妻と一緒に野毛のカウンターフレンチのお店「Y(イグレック)」へ。
家の近くからバスに乗ろうとバス停にいたのだけれど、ちっともバスが来ない。
15分ほどして気づいた。土日はバスがない!
というわけでタクシー。
お店には先客が一組。
サッカー元日本代表でサッカー番組の司会者でもあるSさんとそのお仲間。
「きゃあ、一緒に写真に入ってください」
なあんて、僕らの後ろまで呼びつけて(!)3人で写真をパチリ。(ありがとうございました)
お店でフットサルチームを結成する話が数年前から出ているらしいので、「じゃあ、うちのチームと試合しましょう!」などという会話など。

病院へいって、診断書を受け取ってくる。保険の入院手術給付を請求のため。
昼食は大戸屋で、「炭火焼き鶏の親子丼」。おいしかった。
スターバックスで仕事。
ローソンで食パンと牛乳と金麦。
プールで、15分ウォーキング+25mx4。
あわててシャワーを浴びて、ホームセンター。台所で使うラップがなくなってしまったので、閉店前に駆け込んで無事調達。
妻が外食なので、こちらは手を抜いて夕食はレトルトカレーとアチェートバルサミコサラダとカップスープ。
あとは仕事。
夕方、バイクの月極駐車場の料金を払いにいったついでに、バイクで銀行まわり。
「気温が10度を下回る寒い一日」だったらしいけど、30分くらい走る限りでは全然寒くありませんでした。
寒いときは、手に指先とか、足のつま先とか、膝とか、空気力学的に流速が速くなる場所で顕著に冷えるものなんだけど、黒い色つき軍手(100円ショップアイテム)でぜんぜん冷たくなかったし。
原稿のペースの上がらない日でも、毎日必ず書く。
千里の道も一歩から。
午前9時起床。睡眠4時間。
午後3時過ぎ、マクドナルドで遅い昼食。
時間が遅かったからか、期限改ざん事件があったからか、いつもよりも空いている。とくに、乳母車を押してお仲間とやってくるママ友たちがほとんどいない。営業停止は困るけど、無意味に異常に潔癖な人たちが来なくなってくれると混雑しなくて助かるけれど。
ついでに、テーブルで少し仕事。
いったん帰宅。
午後5時、床屋(正確には男性向け美容室)へ。来週、撮影があるので。
いったん帰宅。
午後7時から桜木町駅近くでボランティア団体の世話人会。
午後9時前に会議は終了。
まだ妻も帰宅していないので家にはもどらず、つい、家とは反対側の野毛へ。
いつもの店で軽く呑んでいたら、妻から「職場の同僚(野毛ファン)と横浜駅で食事をしてから帰る」との電話。「野毛にいる」と答えると、「じゃあ、野毛へ合流しましょう」ということになって、某中華料理店にもうひとり合流して4人で食事、もちろん紹興酒になって、12時ごろまで飲食。
備忘録。
プール、ウォーキング15分+25mx4。
昨日はヨットで疲れて、またソファで寝てしまい、朝6時に起床。
我が家のソファはかなり寝心地がよいので、ソファで寝ると疲れが取れないとかそういうことはなくて、ぐっすりよく眠れます。
朝型が安定してきた感じで、午前中、頭がよく働く。
そのかわりお腹がすく。間食に中村屋のあんまん。久々なり。
午後一番で、編集者から電話。これもちょっといいニュース。
集中力があったせいで、ぐったり疲れて夕食前にはまたソファ。
午前5時起床。
出かける前に原稿書きして、9時半、家を出てヨットへ。
寒いだろうとユニクロのヒートテック上下を着て出たら暑いのなんの。
海へ出る前に、タートルネックを脱いだけどまだ暑かった。
結局、ヒートテック下着の上にフリースのシャツを着ただけ。11月最終週で、海の上で2枚しか着ないでいいなんて! 地球が暖かいのか、ユニクロが暖かいのか。
10時半に出航して、12時頃まではそこそこ風があったけれど、どんどん風がなくなって、1時半にはほぼ無風。
しかたなく、エンジンをかけてハーバーに戻る。
4時半すぎ、帰宅。
だいぶふつうに動けるようになってきている。
カミさんと僕とで玉子が買い物でかぶってしまって20個もあるので、だし巻き玉子を2つ焼いて8個消費。ひとつは本日の夕食、もうひとつは明日。
夕食後、疲れてバタンキュウ。

スポーツクラブから、帰宅する途中、ランドマークプラザにあるクリスマスツリーのイルミネーション・イベントに偶然遭遇。
なんとなくもっていた GR Digital で手持ち撮影。
レンズがすばらしいので、このカメラで撮影すると、ちゃんと直線が直線に写る。だから天井を見上げると遠近法で吸い込まれるような気分がする。こういう写真は、ズームレンズではなく 28mm 単焦点にしているこのカメラの独壇場。
(携帯サイト用メッセージ:このサイトを携帯で見ている方には、課金が高くなる割に小さく見えるだけなので、残念ながら画像を開くのはあまりお薦めできません)
プールでのリハビリは、水中ウォーキング20分+25mx4。
本人、かなりセーブして運動しているつもりなのに、たったこれだけで夕食後には疲労が出て、横になるしかない。
早く体力を回復したいので運動は必要だが、運動すると疲れて原稿が書けなくなる。ジレンマである。











午前3時、ソファで目覚める。
ベッドで続きを寝ようかと思ったけれど、意外に頭はすっきりしているので、起きてしまうことに。
きょうは、24回目の結婚記念日だ。
物心ついてからの人生の半分くらい結婚生活を送っていることになる。当然、親兄弟と住んでいた期間よりもながい。
午後3頃、家を出て、新橋から銀座へ。
七丁目の「銀座ライオン」。この建物は1934年に建造された名建築。
ビールの注ぎ方のうまい店、料理のおいしい店がどんどん増えている昨今、実は、この店、ビールも食べ物もあまりおいしくない。
歴史にあぐらをかいて取り残されているところは、電子立国日本の幻影、経済大国の幻影で、とっくに半導体産業は衰退し、ひとりあたりGNPで世界15位(2005年)にまで落ちてまだ坂を転げている途中の、いわば昭和の幻影に生きている今の日本の象徴みたいなところだ。
でも、歴史というのはかけがえのないもので、味がどうのというのとは別に、ここでビールを飲んでいることに豊かさを感じるのだ。
祝日の午後5時。年齢層は60歳代中心。20代は外国人より少ない。
何年に一度しか来ないけれど、銀座にきたらライオンでビールを飲むと決めている、というような人に愛されている店である。
あとは、銀ブラ。全部の店がきれいなので、歩いてること自体が楽しい。
「ピアジェ」の前にストレッチリムジンがつき、中から降りてきた58歳くらいで若作り、というかんじの男性がひとり、警備員のいるドアをくぐって中に入っていった。
昨夜の新宿歌舞伎町のようなエネルギーが、僕はとても好きなのだけれど、一方、紅葉や桜が無条件に人の心に安らぎを与えるように、銀座は気持ちのよい町である。
「立田野」であんみつのお土産を買い、家に帰ってから緑茶を淹れて食べた。

午後5時半、新宿歌舞伎町。
例によって、いくつかの場所を定点観測。
「後楽そば」で、李小牧さんが故郷を思い出すという「肉ラーメン」。
セントラルロードのマクドナルドで100円コーヒー。
ここは「おひとりさま」席がほとんどで、それがずらりと横に並んでいる。
僕のいる列は、8人中、大きな鏡を出して化粧をしている女性2名、何もしていない男性1名、携帯画面を覗き込んでいる人4名、ノートパソコンを拡げて小説を書いている人1名。
この時間帯の年齢層は比較的若く、10代と20代前半がほとんど。この店、10時間後には、年齢層がぐっとあがり、50代から60代が増える。
午後7時、友人からメールが入り、新宿3丁目駅に到着とのこと。
パソコンを畳んで、花園神社に向かう。
本日は、二の酉前夜祭。
ここの屋台で呑むのが、このところ、20年来の女友達との年中行事になりつつある。
仕事の話や彼女の恋愛話を肴に、もつ煮込み、焼きトン、ししゃも、ワンカップの燗酒ふたりで6本。
電車の中では暑くて卒倒しそうなほどユニクロのヒートテック下着で武装していたが、9時になってかなり寒くなってきた。
本殿の礼拝の列が短くなっていたので、最後部について「いい小説がいっぱいかけますように」とお願いする。
靖国通り近くのショットバーへ移動。
カウンターに座ると、先客にこれまた20年のつきあいの某女性作家がいた。
ジンバック、XYZ。
午後10時45分、辞去。
午後11時55分、帰宅。かなり酔っていて、ソファで爆睡に入る。


午前7時起床。
3時間しか寝ていないけど、目が覚めてしまったので。(年寄りか!)
睡眠時間にこだわらず、とりあえず朝のうちに起きることを心がける。必要ならば今日も午睡をとればよい。
朝食後、新しいアイデアツールをダウンロードして試験的に動かす。
午前11時、病院。退院後、二回目の診察。コルセットが取れた。なんと清々しいことよ!
次は3ヶ月後なので、念のため、痛み止めを4週分処方してもらう。
会計をして薬を受け取りまでの待ち時間に13階の食堂へ行ってBランチ(840円)。味は入院中の260円の食事の方が美味しいと思う。
いったん帰宅して、今度は自転車で関内へ。(コルセットなしだぜ!)
光もさわやかな晩秋の横浜(なんちゃって)


ギャレリア・セルテにて開催中の、伯父のグループ展をのぞく。
伊勢佐木町へ移動して、ユニクロでヒートテック下着などを購入。いつものスタバで、小説書き。
となりのテーブルでは女の子が履歴書を書いている。
家事をする気が起きないので、夜は大戸屋。
そのあとも小説書き。
午前8時起床。4.5時間睡眠。
こつこつと小説書き。
午後3時前、蕎麦が食べたくなって香露庵まで出る。
せいろ蕎麦を食べる予定だったのに、となりの女性二人組が食べているカツ丼セットが美味しそうだったので、ついカツ丼セットにしてしまう。
これが失敗。睡眠時間が足りない上にお腹いっぱい食べてしまい、おまけに執筆のために入ったブレンズコーヒーの暖房が効きすぎ。眠くてまもなく執筆ギブアップ。
やむなく帰宅して、夕方まで二時間ほどベッドに入って寝る。
夕食後も、いつものように小説書き。
今日はそこそこ執筆がはかどった。平均でこのくらいの調子が出ればいいんだけど。あんまりテンション出さないようにゆっくりとビルドアップ。正月明けにかけて仕上げる感じの長丁場なので、テンション上げすぎると続かない。無理に下げることもないけど、無理にあげすぎないのが肝要。
夕方、プールへ。
前回、25分ウォーキング+25mx4で疲れ切ってしまったので、控えめ。
歩き20分+25mx2。
それでも、「つかれたぁ~」という感じ。まだ体力の回復には時間がかかるな。
できる分だけ、粛々と小説書き。
寒い。いきなり最高気温13度。窓の外の温度計も予報の通り。
夕方から学芸大学駅近くで高校のクラス会。
学芸大学駅前には高校の先輩のやっているコーヒー店がある。早めに出て寄ってから行こう。というわけで、空腹で家を出て、学芸大学の商店街で立食いソバ屋を探して天ぷらソバ(350円)を食べる。小さな贅沢。
再び駅前に戻って、「カフェ・リ・ドゥ・アングイユ」(ウナギの寝床?)、前に来たのは5年くらい前だろうか。
シアトル型カフェやドトールなどに圧されて、いまでは珍しくなった昔ながらの珈琲店だ。いまの若い連中は喫茶店に入る習慣がない、とは店主の弁。彼が店を始めて28年になるという。
夕方5時になったので、少し歩いたところの nelson's というバーへ。
ここを貸し切ってのクラス会。担任の先生も参加。
企業の役員になっていたり、イランイラク国境付近で爆撃に遭いながら発電所作ってきたり、アメリカ資本の買収と戦っていたり、突然離婚されちゃったり、いろいろなところで、みんなそれぞれの人生を送ってきている。
大学まではサラリーマンになりたいと心から思っていたんだけど、いまにしてみれば自分は本当は大工になりたかったように思う、と酔ってなんども言っていたやつがいた。
二次会は駅前の「笑笑」。ほとんど全員が参加。
居酒屋はオーダー端末で人手を省こうとしているけど、酔っぱらったオジサンたちはめんどくさいからすぐに従業員を呼ぶし、端末を使えば使うで、反応がくるまでに何度もボタンを押すから日本酒を何十本も頼んでしまったり、かえって手間がかかって店の省力化になっていない。(笑)
昨日の日記に書いたけれど、*年(軽く10年以上だ)の準備期間ののち、ようやく出版社に期待してもらえるところまで辿り着いたみたいだ。
ここからがいよいよ本番。
阿川大樹はかわらなくっちゃ。(なんかのCMみたいだ)
というわけで、まずできるところから。
朝型へ
昨日起きたのは「午後」5時だったけど、朝型に改造するため、午前5時にハルシオンを呑んでムリヤリ就寝。
今朝は、午前10時に起きました。
明日は、午前8時ごろに起きるようにさらに調整の予定。
午後1番でプールへ
水中ウォーキング20分+25mx4。
運動量はセーブしたつもりだったけど、今の体力では昼間の運動としては多すぎて、ちょっと失敗。
パソコンの電源を交換
パソコンのファンの音がまだうるさい。
冬場は、CPUファンはほぼ止まっている時間がほとんど、というところまで改良できているけど、古くなって電源のファンの音がうるさくなってきた。
実は春にすでに Silent King 4 という静音電源を買ってあったのに、交換していなかったので、これを機会に交換を決断。(いままでもいちおう Seasonic の静音電源だったのだけれど、設計が古いし、そもそも加齢によってファンノイズが増えていた)
これが思ったよりたいへんで、大型のCPUヒートシンクのせいで、ネジをハズしても電源がケースから出せない。(ヒートシンクが引っかかってじゃまをする)
ヒートシンクを外すと、せっかく好調な熱伝導が壊れる可能性があるので、マザーボードごと外して、空間を作ってぎりぎりやっと交換成功。
これは大成功で、とっても静かになった。よおし。
ただし、夏になればファンが回り出すので、改善は冬場だけ。その頃にはできればお金をかけて水冷パソコンを買えるといいな。
連続的な機械ノイズは長時間の間に精神的疲労が起きるし、集中するまでのビルドアップの閾値も上がってしまう。
(コーヒーショップの方がパソコンのファンの音よりずっといいので、出かけると調子が出る)
というわけで、少し改造が進んだ。
ただし、改造しただけで、原稿はあまり進んでいない。(だめじゃん)
JASDAQ NEO という株式の新しい市場に本日第一号として上場した株式会社ユビキタス。その役員に僕のもと同僚がいる。
そこで会社を上場させた知り合いを数えてみた。
上場した後に知り合った人は含まないで、友人知人の中に9人。
もちろん、みんな本物の億万長者だ。僕は貧乏だけどお友達にはお金持ちが多いのだ。(笑)
日本では、仕事に就くと言えば会社員になることで、会社というのは「勤めるもの」「雇ってくれるもの」だと思っている人がほとんどだと思うけど、「会社は自分でつくるものだ」と思っている人も実はいるところにはウジャウジャいる。(笑)
ちなみに、日本では町の商店主よりも大企業のサラリーマンが立派だと思われているけれど、台湾では、だれかに雇われている人よりも、どんなに小さくても自分で会社を経営している人の方が尊敬されるのだ、という話を聞いたことがある。
僕の知る限りでも、頭のいいインド人や中国人はみんな自分で商売をやろうとする。
能力があればあるほど、その能力を活かせばお金になるわけだから、人に雇われるのは割に合わないと思うわけだ。日本で大会社の社長になっても年収3000万円かせいぜい5000万円くらいだけど、自分で会社をやって億を稼いでいる中小企業の社長はけっこうたくさんいるんじゃないだろうか。
だれもがそうして成功するわけではないけれど、同じ能力があれば、大学を出て20年後、大会社の社長になる確率よりも、自分の会社で億を稼げるようになる確率の方が高いような気がする。
能力のない人は会社に雇われていた方が安全確実なのはまちがいないけれど。
(もちろん大会社であればこそのビジネスの醍醐味というのもあるので、お金だけでは決められない)
どっちにしても、いい大学を出て上場企業に就職するのが「成功」だという価値観はどうも貧乏くさい。20歳のときに抱く夢としては小さすぎるんじゃないだろうか。
なんとかならないものか、この日本。
退院後、初めてのオートバイ。
10kmほど離れた母親の家へ、携帯電話の電池を届けに。
ケイタイは4年半使っていたので、さすがに電池が死んで、充電器に載せるといきなり「電池を交換してください」と出るのだということで。
機種変更すると、使い方教えるの面倒だし、本人も新しいことやるの嫌がるだろうし。
それにしても年寄りというのは機械のアラームの類を極端に嫌がりますね。
別に放っておけばいいのに、壊れたらどうしよう、とか思うらしい。電池がダメになったら壊れちゃう機械なんてない。 たとえ壊れても新しいのを「0円」で買えるのだけれど。
気温は、着る物で調整できる。ぎりぎりバイクにはいちばんいい季節だな。
ひきつづき執筆モードなので、ヨットもおやすみ。
ところがヨットに行かないと、曜日が意識されない。
プールに行こうとしてスポーツクラブに入ったのが6時50分。
「本日午後7時までなんですが」
おっと、そうか、今日は日曜日だったのか。
作家業は毎日が日曜日というか月月火水木金金と毎日が労働日というか、曜日の概念なしに暮らしているので、日曜日だったなんて知らなかったぜ。テレビもニュースを含めてほとんどの番組を録画で見るし。
夕食後は、中日対SKなんとかのアジア大会決勝の野球放送を、1時間遅れのおっかけ再生1.4倍速で見る。もちろん、CMはパンと飛ばして。
ところが、9回表、6-5で中日のリード、ランナー1塁2塁でバッター中村ノリってところで、放送終了。その裏は岩瀬が出てくるはずだし、延長した上でそこで終了はないだろ、という。
ひきつづき、資料本『現役東大キャバ嬢のキャバクラは数学だ!』を読了。
しかし、むりやり数学の話を持ち出しているところがわざとらしい。
書かれている内容は他の本にも書かれているようなことで、目新しい情報はなかったけど、この本で初めて知った業界用語があったので、そこが執筆資料として役に立った。
小説というのは、たった一言、特定の単語を使うことで急にリアリティが出てきたりするものなので、このあたりは意外に大事なところ。
ほとんど本読みに費やされて原稿はほとんど進まず。ま、それはそれでOK。
久しぶりにプール。運動不足なのだ。
25分、水中ウォーキング。この程度で「もも上げ」に腹筋を使っているのを感じるほど筋力がない。
夕食後にも仕事あるし、無理はしない。
で、最後に、ちょっと泳いでみた。
体を捻るのがまだちょっと恐いわけ。
で、クロールで25mを2本。うん、一応、泳げるではないか。
平泳ぎで25m1本。内股の筋肉がなくて、なかなかシンドイ。
仕上げに、クロールまた1本。
8月後半から脈拍が上がるような運動をしていないので、ジョギングを始める前に、泳げるようになって、呼吸器循環器系を少し使い始めたい。
そうすれば、春になって温かくなる頃には、フットサルに復帰できるかな。
(目標をもたないと弱ったままで安定してしまうしね)
入院とか手術とかってチョロかったけど、元の体力にもどすのがなかなかたいへん。

ホームセンターのエスカレーターを降りていたら、階下の作業服売り場に防寒着がたくさんぶらさがっているのが見え、そのなかの1着のデザインが妙に気に入った。
このホームセンターはかなり本格的にガテンなプロのみなさま御用達なのだ。
真冬の夜中、道路工事の横で懐中電灯を振っていても寒くないような冬物衣料が、それはもう、た~くさん売られている。
その名もカストロジャンパー。
1980円。超お買い得。
頭が朝まで小説モードなので、ヨットもおやすみ。
ところが寝ていたら母親から電話。携帯電話の充電ができなくなって「電池交換」のアラームが出ているのだと。
すでに4年6ヶ月経過している機種なので、電池も寿命。
それはいいのだが、だからって、寝ているところにかけてくる緊急事態じゃないだろ。
「今日はヨットにいっていると思って」
そう思うのになんで家にかけてくるわけ?
(ようするにどんな内容にせよ、エラーメッセージがでるとパニックを起こしてしまうわけだ)
「**さん(妻の名)は起きていると思って」
どういう根拠で起きていると思うのか。妻も朝4時まで仕事をしていて、寝たのは朝になってからだ。
「ずいぶんかけないように遠慮しているのよ」
10回遠慮すれば1回くらいは無遠慮なことをしてもいいとか、そういうものじゃないだろう。
何百回遠慮しても、それはたった一度の無遠慮でぶちこわしになる。
すべきことは遠慮ではなく、相手の状況を正確に判断することだ。日曜の朝10時に、夜型の息子の家に電話したら何が起きるか、大人なら判断がつく。
「世間の常識なら起きている時間だし……」
あんたが相手にしているのは世間ではなく、世の中でたった一人の自分の長男なのだ。世間の常識を基準にするのが間違っている。世間で1億人が起きていても、たったひとりあなたの息子が寝ていればそれはアウトなのだ。
「メールはしたんだけど」
メールしたのなら、読めばその時点で返事をするさ。そのためのメールだ。返事がないということは、寝ているとか運転中だとかヨットで海へ出ているとか死んでしまったとか、どういう理由にせよ、あなたの相手ができない状況だということだ。そういうときに電話しても何も解決しない。何かのじゃまをして息子に怒鳴られるのが関の山だ。
こと、携帯電話の電池のことのように実務的な問題であればなおさら、メールで解決しないのに電話で解決することはほとんど期待できない。
そんなこんなできわめて不機嫌に一日が始まる。
まあ、母親も執筆モードの息子に電話してしまったのは、本人の判断ミスとはいえ、運が悪かった。
小説を書いているときには、他人への配慮とか、そういうことはいっさいしない。イヤナヤツだヒドイヤツだと思われようと、そんなことより、ワガママを通すことにしている。「いい人」であることはなにかしら自分を抑圧することなので、「いい人」であることをやめて、いわば社会的人格を崩壊させている状態だ。
猛獣。近寄るな危険。
あとは、そのまま引きこもって、小説。
4時間ほど眠って、午前9時半に起きる。
すぐに家を出てパシフィコ横浜で開催されている「楽器フェア2007」へ。(入場料1000円)
いくつかの展示ブースで、ギター、ドラム、パーカッション、電子ピアノ、などを試奏。
欲しくなってしまう危険があったのだけれど、高額な楽器が多くて、ハナから手が届かないので大丈夫だった。100万円以上のギターが200本以上はあったと思う。25万円くらいだと「お、安いねコレ」という感じ。
午後になって、混雑してきたのでいったん自宅へ戻って休憩。
家の近くに NTT Docomo の電波送信施設があり、その冷却のための音なのか、かなり大きな低周波の雑音がある。ちょうど、寝室の窓のサイズや部屋の広さがその周波数に共鳴するらしく、他の部屋ではほとんど問題にならないのに、寝室だけ、その音をとても大きく感じる。
そのせいで最近、妻が不眠を訴えている。引っ越してきたばかりのマンションを早々に処分するわけにもいかないのでちょっと困っていた。
試みに窓ガラスを強く押すと音が消える。
明らかに、ガラスが共振して、それが部屋を楽器の共鳴箱のようにして共鳴しているのだ。
というわけで、ホームセンター「セキチュー」で、アルミの角材4本と鉛の塊1個(300g)を買ってくる。
窓ガラスは二重構造。
外側のガラスには中央からやや下にオフセットをかけたところに鉛を貼り付ける。これで共鳴する周波数が変わるはずだ。(中央に重りをつけると、そこが節になって倍音で共鳴してしまう可能性がある。)
内側のガラスには、アルミ角材(正確には「コ」の字型の断面をしたアングル)を下部40%の位置から下まで垂直に二本、中央付近から上部に斜め横に二本、を両面テープで補強する。これはバイオリンやギターのボディの内側に補強材を入れて特定の音に対する共鳴をしないように振動を殺すやり方と同じ。(費用は〆めて2000円)
効果のほどはばっちり。騒音はほとんど感じられないくらいになった。やったね。
これって学校で習った理科の知識の応用だ。
よく「学校の勉強なんて役に立たない」なんて、したり顔で言う人がいるけど、そういう人には「あんたの場合、ちゃんと勉強してないから役に立たないのだ」と言ってやりたいよ。まったく。
小説のプロットの詰め。

ひぇ~!!!
またたくさんきちゃいました。松阪の農家の知り合いから。
大量の柿とサツマイモ。
春には筍や山菜が山ほど。ときどき松阪牛。
都会生まれで田舎がないもんで、田舎の親戚みたいな感じで、うれしいんだけど、なにしろ量が多くて、無駄にしないようにするのに骨が折れる。
ネコの口も借りたい忙しさ(笑)うれしい悲鳴というやつです。
朝まで資料読みをしていて、起きたのは昼だった。
さあて、朝ご飯だ、そのまえにトイレ……、ん? 水が出ない。
そうなのだ、今日はマンションの共有部分の電気工事があって、各戸には電気が来るが共用部分は午前10時から午後2時半まで停電と、たしかに聞いていた。
考えてみれば当たり前なのだ。
ポンプで水をくみ上げられないから水道も出ない。
ビルの入口の機器の電源が落ちるから、そこからLANになっているインターネットも使えない。
エレベータやタワー式駐車場が動かない程度だと思っていたが、仕事ができないばかりか、顔も洗えないし、もちろん朝食も摂れない。
まいったな、というわけで、身支度をして、階段で階下へ降り、近所のマクドナルドで朝食(クーポンを使って370円)。
まだライフラインは回復していないので、その足で近所で借りているバイクの駐車場まで行き、月極駐車の支払いをする。
(夏前を最後に脊椎の病気のせいでオートバイに乗っていないので、純然たる保管料)
期せずして、災害などで停電になると、マンションというのはこういう風になるのだな、というシミュレーションになった。
復帰する時間を見計らって帰宅。
あとは、引き続き資料読み。
夕食は、おでん。
その後、また資料読み。
昨日はシリコンバレーの風だったけど、どうやら今日は沖縄の風。
まず、12月に行くANAのチケットをファイナライズ。
そしたら、Gyaoのメールで映画「Aサインデイズ」がまもなく終了という連絡。あわてて観る。
「Aサインデイズ」は、ベトナム戦争当時の沖縄コザが舞台。 コザは、嘉手納基地の門前町で、僕がいつも行っている場所だ。今となっては一緒に呑んだ友だちが20人くらいはいる。
この映画は、『喜屋武マリーの青春』というノンフィクションが原作で、コザが他のどこにも似ていない形で独特の輝きをもっていた時代の物語だ。
中に出てくるライブハウスは、「セブンスヘブンコザ」にそっくりだし、「ニューヨークレストラン」に似ている店も出てくる。裏通りも見たことのあるようなところ。
日曜日(28日)に開店40周年を迎えたいきつけの「カフェオーシャン」もかつてはAサインバーだった。映画に出てくるライブハウスもカウンターはむしろこっちの店に似ている。
そんなわけで、今晩はコザのことを考えている夜である。
次の小説は歌舞伎町を舞台にニキータのような女性(?)を書くつもりなので、プロットをつくりながら、歌舞伎町関係の資料を読んでいる。
あとは、ドーピング関係の資料調査。もうひとつは、この間取材をしたシャッター通り商店街。
なにしろ、当分長編書き下ろしが続くので、いろいろと資料読みや取材準備が同時並行。
コザのホテルも予約しなくては。
先日、初めてあったプロデューサーに自分の略歴について語った折、久しぶりにシリコンバレーのことを思い出した。
そんなこんなで、どうも僕の周囲にシリコンバレーの風が吹いているようで、彼の地でコンサルティングファームを起業した、『覇権の標的』の篠原翔子と『D列車でいこう』の深田由希、という僕の小説の女性主人公(どちらもMBA)を足して二で割ったような女性を偶然発見したかと思うと、今日は、ヨットの帰りに、久々にFEN(810KHz)なんか聴いたら、車の中で聴く英語のラジオ放送から、すっかり、シリコンバレーにいたときの気分になった。
慣れ親しんでいながら微妙に孤独なあの町で、いつも張りつめた気分で、最高速がなかなかでないプロジェクトにイライラしながら、アメリカと日本を50回も60回も行き来していたころの気持ち。
いま思うと、それは当時感じていたほどには決して楽しくはなかったけれど、ものすごく「仕事をしている」という充実感には満ちていたように思う。
仕事が忙しくて、成田空港で飛行機の出発を待つ時間しか床屋へ行く時間がとれなかった頃。
一度もベッドで眠ることはなく、飛行機で寝ていた、東京-サンフランシスコ-ニューヨーク-東京のゼロ泊3日の出張。
航空会社のマイルがどんどん溜まるのに、出張以外にもう飛行機での海外旅行になんてこれ以上行きたくないので、使いようがなかった。英語で寝言を言ったこともあるらしい、あのころ。
日本にいても、いまなら想像もできない馬鹿でかい携帯電話をいつも鞄に入れ、贅沢のためでなく、電話をする時間を作るためだけのために電車でなくタクシーで移動していたし、日曜日の朝には、ヨットから国際電話をかけていた。
いま思うと、ほんと、バカみたいに忙しかった。
いまだって、そういう働き方をしている人は世の中にたくさんいるんだろうな。
ラジオはあのときのある日のように、ハロウィンの話題を繰り返していた。
我が艇<Stella Maris>が所属しているヨットクラブでは、年に2回、3ヶ月ずつヨット教室を開催している。今回も3人の生徒さんがうちの船に配属になって11月まで教えることになっている。
今日はいつもの相棒が仕事で休みなので、僕と生徒さん2名の合計3人で出艇。
台風一過の気持ちの良い天候で、風も強すぎず弱すぎず練習日和。
午前10時40分に出艇して、午後2時前までいろいろなシチュエーションを練習。
もどってきて、近所の釣り客向けの食堂で昼食を摂り、片づけて、いつもより早く午後3時半頃解散。
夜は、プロ野球日本シリーズテレビ観戦。
(大リーグのワールドシリーズは録画してあるけど、まだ見ていない)
沖縄行きの飛行機のチケットをファイナライズ。
資料読みのため、昨日も今日も、自宅から一歩も出ず。
地味な暮らし。
夕食前後は、日本シリーズ、中日対日本ハム。
子供の頃、名古屋に半年住んでいたことがあり、その半年が人生でいちばん野球をやった時代(ほんとに毎日やっていた)なので、中日ファン。
日ハムのダルビッッシュ投手がすばらしくて負けてしまったけれど、川上も良かったし、引き締まったすごくいい試合だった。大リーグばかり見ていて、日本のプロ野球の試合を最初から最後まで見ることはほとんどないのだけれど、今日の試合は面白かった。
その後は、また資料読み。
おかげさまで、とにかく注文がいっぱい来ているので、次の小説や次の次の小説やその次の小説の資料などを並行して集めながら、取材の方針や、資料集めのための基礎的な調査とか、いろいろなことをやっていかなくてはならない。
資料を見ているととても楽しいのだけれど、原稿が一枚も進まないので、それはそれで不安になる。
(近ごろ、資料読み方面ばっかりしているし)
新宿で打合せがあるため、運動がてら横浜駅まで歩く。
そこから湘南新宿ラインで新宿まで。
登亭の前を通って「そういえば、鰻、しばらく食べていないなあ」なんておもいつつ、まだ少し時間があったので、紀伊國屋で自著の棚位置を確認したりしながら、TOPS BEER BAR の Happy Time で400円のビールを飲みながら少し仕事。

歌舞伎町案内人・李小牧さんが8月にオープンした湖南菜館に定刻7時に到着。
来年いっぱいまでの長編書き下ろしの仕事がびっしり入り、さらには2009年にはかなりいろいろな形で阿川大樹の仕事が表に出てくるような動きがたくさん。
たいへんありがたいことだけれど、いままでの努力がいろいろな形で実りつつあるところ。なんとか「小説家」というビジネスの世界で生き残っていける感触を得つつある。あくまでまだ感触であって、実現させていくのはこれから。
ところで李小牧さんとは数年前に某出版社の紹介で仕事を一緒にしそうになって、なんどか朝まで飲んで話をしたことがあるのだけれど、その頃から歌舞伎町の表のビジネスでもめきめき頭角を表して、すっかり有名人になっただけでなく、いまでは商店会や行政にも認められる存在になった。
この湖南菜館はその李さんが妥協なしでつくっただけあって、料理もとってもおいしくて価格もリーズナブル。とてもいいお店になっていた。
こちらの打合せ中、なんども李さん直々に料理を運んできてくれたり、料理長をテーブルまで連れてきて紹介してくれたり、力の入れようが伝わってくる。
たらふく美味しいものをご馳走になったあとは、ゴールデン街をハシゴ。
終電で帰宅。
夜は、中華街外れにある、"Pizzeria Visconti"。
ガス釜だけど、ちゃんとしたピザ窯があるほんとの Pizzeria。
値段は1枚が1350-1600円くらい。
チーズの使用量が少ないので、面積の3分の1はピザでなくナンを食べているみたいだけど、ちゃんとした窯で焼いているので、チーズのあるところはおいしい。値段を上げていいからチーズを増量して欲しいところ。
というわけで、めっちゃおいしいと絶賛する気にはならないけれど、この値段なら値段なりに楽しめる店というところかな。
夕方から中華街で集まりがあるので、仕事用のパソコンをリュックに詰めて集合時刻数時間に中華街へ。

横浜で中華といえばなんといっても野毛だけど、中華街もランチなら安い。
ご飯、オヒツから食べ放題。お茶はステンレスポットで。
これにデザートの杏仁豆腐がついて、630円。大満足。
中華街はいつも観光客で賑わっているので、かつての中華街ならではの安くて美味しい店は絶滅寸前。(あるにはあるけどここでは内緒)
おいしいけど安くなかったり、値段を考えたらさほど誉められた味ではない、という状態だったり。
ただし、ランチは店によって安く提供している。
美味しいものを作ることができる料理人が安いからといって不味いものをつくることはないので、そういうランチがお買い得。
他にも探せば、500円-700円の価格帯で、おいしいランチが食べられます。
で、ブレンズコーヒーで小説書き。
1時間ほどで疲れてしまって、中華街や山下公園を散策。
ちょうど夕方に近づいて日差しが隠れたので、氷川丸の前のベンチでノートパソコンを開いて仕事の続き。
そごう横浜店まで徒歩で出かける。
『雲上都市の大冒険』(山口芳宏 創元社)と「問題小説」(徳間書店)を買う。
『雲上……』は友人の山口芳宏さんのデビュー作で第17回鮎川哲也賞受賞作品。
「問題小説」はソフトボール仲間の小沢章友さんの短編が載っていたので、なんとなく買ってみた。
近くの時計売り場で腕時計の電池交換。
このSEIKOの腕時計は、何年か前、長編を書き上げたときに、なんとなく「自分にご褒美」という感じで
ちょっとだけ奮発して買った時計。なんとなく記念すべき瞬間だと思ったんだよね。
できあがりを待つ間、ロイヤルサロンで、無料のコーヒーを飲みながら読書。
ロイヤルサロンというのはそごうの上得意向けのサロンなんだけど、以前、近くに住んでいたというだけで、最初の何年間はこの会員になれるというのがあって、駐車場がタダだったりするので、入会したやつだ。もちろん実績としてたいした買い物をしていないので、次に期限が切れたら特権はなくなる見込み。
久しぶりにそごうの紀伊國屋に来たら、なんとなくうれしくて、時計を受け取った後もまた店内をうろちょろ。近ごろは amazon の通販で本を買うことが多くなってしまっているけど、本屋は楽しい。
再び、徒歩で帰宅。
途中、スーパーへ立ち寄って買い物。
サンマが1尾50円だったので、今夜はサンマだ、大根おろし用の大根の方が高い。(笑)
というわけで、スープと「大根の炊いたん」などもつくって、秋刀魚定食という感じの夕食。秋だ。
今夜は十三夜。
中秋の名月の十五夜の月を見たらその次の十三夜でもお月見をするのが正しい習慣なのだそうだ。つまり、このふたつはセットだってこと。
て、テレビの受け売りだけど、そんなこと、五十二歳の本日までちっとも知らなかったよ。
ちらっと見ただけだけど、たしかに空気が澄んでいてきれいだった。
月齢十三の月は、たった二日分だけど、随分欠けている。
午前中はMLBのテレビ観戦。
レッドソックス松坂は、合格点というできで、みごとワールドシリーズ出場を決めた。
松坂投手、立派な成績ではあると思うけれど、100億円プレーヤーだということを考えると、「普通」では不十分なわけで、なかなか厳しいものがあるように思う。プロだから、値段に見合った活躍をしているかどうかが評価基準になるから。
もっとも、ファンとしては球団のサイフのことを心配する必要はないのかもしれないけど。
午後、小説。
夜はスターバックスへ出かけて、そこで雑誌を読んだり、プロットをまとめたり。
小説は、もう少しで骨組みがまとまってきそうなところまできた。

退院後、初めてヨットに復帰。
快晴。少し動くと汗ばむほどの陽気。
八景島で、豚キムチ鍋。
ここまできて、かなり手術前の状態にもどってきた感じ。
ただし、フットサルと推理作家協会のソフトボールに復帰するのはもう少しかかりそう。
(この写真は携帯電話で撮影したもの。オマケ機能などとは侮れないなあ)
昼は、またしても、焙煎ごまえびフィレオ+ポテトM+コーラMで300円。「焙煎ごまえぼフィレオ」はけっこうおいしい。の、繰り返し。
いつも書いているけど、僕は、同じものを繰り返したり連続して食べることをまったく苦にしない。同じものを3日間で12食連続で食べたことがある。(福井へ行って食べた「おろし蕎麦」)
そこまでいかなくても4連続カレーライスくらいは当たり前。(最近カレー作ってないけど)
夕方、妻が友人たちと野毛で中華を食べるというので、出かける。
6時スタートということで、野毛に5時半についてしまって、時間が中途半端。立ち飲みの「福田フライ」へ入って、串揚げ(ポテト70円、クジラ170円)と生ビール450円、〆めて690円。でも、30分時間がもたず20分で店を出て、あとは、少し町を放浪。
都橋商店街でトイレを借りたら、「本日21時から《アド街ック天国》でここ都橋商店街が取り上げられます」と書いてある。
會賓楼というお店に集合。
横浜の人間にとって、中華料理といえば中華街じゃなくて野毛。ここも安くて美味しい。ビール2本でスタートしたあと、紹興酒4人で3本呑んで、お腹いっぱい食べてひとりあたり3000円以下。
ちょうど、テレビでプロ野球クライマックスシリーズ・中日対巨人の試合をやっていて、中日ファンの僕はごきげん。
午後9時からは、12チャンネルの《アド街ック天国》を見ながら。「そうだ、やっぱり」とか「え~?」とかツッコミを入れながら、店中のお客さんで一緒になって大騒ぎ。だって、直ぐ近くの店が次々に登場するのだからして。
野毛は横浜きっての下町で郷土愛が強い(客も店の人も)ので、野毛が誉められるのがみんなすごくうれしいわけだ。横浜でいちばんいいところ、といえば、みなとみらいでも赤レンガ倉庫でも山下公園でもなく、だんぜん野毛です。
午後11時前、會賓楼を出て、大岡川沿いのバー、The Beach へ移動して、カクテルを2杯ほど飲み、午前0時を過ぎて、徒歩で帰宅。
何をしたか、あまり覚えていない。
昼食に、近くのマクドナルドへ出かけて、クーポンを使って、焙煎ごまえびフィレオ+ポテトM+コーラMで300円。「焙煎ごまえぼフィレオ」はけっこうおいしい。
あとは、淡々と仕事をしたと思う。
午前9時起床。
昼の間、それなりに小説を進める。
夕食は、湯豆腐、大根のサラダ、胡瓜と生姜のパリパリサラダ、大根とがんもどきの煮付け、白菜とベーコンのスープ。
夕食後、スポーツクラブへ出かけて、退院後二度目のプール。
水中ウォーキング25分間。
眠かったけど、深夜から、DVDで『釣りバカ日誌13』を観る。(これも仕事のうち)
午前中、ブレンズコーヒーで小説。
午後、歩いてベイクォーターまで行き、男二人、テラスでランチ。
もともとシリコンバレーになじみのある半導体関係の知人なので、カリフォルニア・レストラン「ウルフギャング・パック・カフェ」へ。
ここの1000円ほどのパスタやピザのランチ、スープまたはサラダもついて飲み物はお代わり自由と味も量もとってもリーズナブル。分量もちゃんとカリフォルニアスタイルなのだ。
話は、大阪の経済、岡山産のワインをどうやって売るか、などなど、暗くなるまで楽しく脱線(?)していきました。
帰宅後は、サッカー二試合テレビ観戦。
A代表戦、対エジプト。
エジプトは2軍しか送り込んでこなかったようだけど、大久保が活き活きとしていてよかった。4点目の加地のシュートもよかったし。
オリンピック予選。対カタール。
反町監督の無策により敗戦。前半1-0になったところで、どういうスコアで勝つのか、しっかりしたイメージを持たないで後半に入ったみたいだ。いつもそうだけど、「できるだけガンバル」サッカーをしてしまう。
もしかしたら2-0で勝てるかもしれない、ではなく、1-0になったら最悪でもそのスコアで確実に勝つサッカーをしないから、1-1になってしまう。1-1になったらなったで悪くてもそのスコアで確実に引き分けにするサッカーをしないから、1-2で負けてしまう。
時間帯やスコアに応じてサッカーのやり方を変えなくてはならないのに、前後半、どの時間帯も平板なサッカーをしてしまう。
本日の歩数は5000歩。


次の次の小説のロケハン。
横須賀中央駅から少し離れた商店街を取材に行ってきた。
たしかに、寂れているんだけど、けっこう魅力のある店が多いんだ。
「続けていければそれでいい」という価値観をきちんともつことができれば、長生きできるんじゃないかと感じる。
半分シャッターだっていいじゃないか、全部埋まっているほうが異常なんじゃないか、成長しなくてもいいじゃないか。淘汰されて残った人が小さいなりに続けていける形を目指す。
そういう価値観をもつことができないことが「フシアワセ」の始まりのような気がした。
成長という言葉の呪縛、収入が増えなければという呪縛。
僕はいろいろなところの3坪ショップに行くけれど、10年20年、同じ規模でずっと続けている魅力的な店がたくさんあるんだよね。そういう店の集合体になれば、半分シャッターが閉まっていてもOKじゃないかと。

昔あった「名曲喫茶」みたいな佇まいとネーミング。

風雨にさらされたチラシの裏に書かれたメッセージ。
いったいいつから「都合により」休んでいるんだか。

自分の店に誇りを持っていることがわかる、完璧に磨かれたガラス。
横須賀中央駅までもどったあとは、すっかりきれいになってしまった「ドブ板通り」をうろちょろして、汐入から京浜急行に乗る。
日ノ出町で降りて、野毛の立ち飲み「福田フライ」で、イカゲソ、シイタケ、生ビール(合計690円)で小休止(10分ほど)して、徒歩で帰宅。
万歩計はちょうど一周、10000歩。
もちろんものすごく疲れたので、夕食後はバタンキュー。
昼間、久々にブレンズコーヒーへ出かけて小説。
夕食後、プールへ。退院後、初めてだ。
20分、水中ウォーキング。
前後にマッサージプールに入ったり、お風呂に入ったりで、どちらかというと温泉に入りに行ったようなもの。
ぐったり疲れて、早寝。
退院後、初めて自転車に乗ってみる。
赤レンガ倉庫、臨港パークなどを40分ほど。
段差を越えるときのショックがちょっときついかな。
使っていなかった筋肉を使ったようで、ものすごい疲労感。
一歩、一歩。
しかし、体力を回復しようと試みると、疲れて仕事ができなくなる。
はやくバリバリ仕事をするには、体力も必要だ。どこかでバランスをとっていかないと。

退院一ヶ月後の外来
午前4時起床。途中、ぴったり90分ごとに目が覚めて、4時間半睡眠。昨日よりも生活リズムが改善された。
Naptser でハワイアンを聴きながら、昨日完成した「ソファ用パソコンデスク」で執筆開始。
午前9時半からは退院して一ヶ月で初の外来。
予約時間前に自動受付に診察券を通して、診療室へ向かう前にロビーのカフェでコーヒー(270円)とソイジョイ(121円)。待合い室でパソコンを開いて仕事の続きを始めるとすぐに呼ばれる。
退院後の経過報告と簡単なチェック。経過順調。
「いかに調子がいいか」を僕が述べ、先生がうれしそうにする、というイベント。
水中ウォーキングと水泳など、無理のない運動の許可が出た。
帰り際、「知らなかったけど、作家さんなんですって?」
病院は狭いから情報はすぐに伝わる。支払い210円。
9時40分。整形外科外来のカウンターで6週間後の次の予約を取ろうとしていると、入院中同室だったMさんが声をかけてくる。外来の担当医が曜日で決まっているので同じ時間に外来でやってくるのだ。経過報告など、同窓会その1。
午前10時前、会計カウンターへ行こうとすると、Sちゃんがやってくる。Mさんと同じ10時の予約。
終わったら13階のレストランで会おうということに。同窓会その2。
午前11時、レストランへお世話になった看護師さん数人が食事にやってくる。同窓会その3。
Sちゃんと別れてお世話になった病棟へ。エレベータを降りたところでいきなり師長さんに会う。同窓会その4。ナースステーションをのぞく。同窓会その5。
帰宅すると「赤福」の製造日訂正問題。
30年も前から同じやり方して、だれも食中毒にならず、みんなおいしく食べていたじゃないか。製造日記入方法と賞味期限の表示を変更すれば、やりかたはいままでの通りでいいと思う。
なんだか急に赤福を食べたくなった。
(写真は本文と関係ありません)

3日かけて完成したパソコンデスク。
居間のソファで仕事するモード専用。
塗装前までは、木製の組み立て棚の部材の応用。
それに水性ウレタンニスで2日かけて塗装した。
部材約3500円、塗装関係約2000円、合計およそ5500円也。
仕事場だけじゃなくて、居間でも仕事しやすくした。
同じ姿勢ばっかりだと疲れるので、手を変え、品を変え。(笑)
風邪と時差惚けで仕事ができないので、せめて仕事の環境作り。
今日は午前3時に目覚めてしまったので、そのまま起きてしまった。(寝たのは午前0時)
スタートはDVDで『ドラッグストアガール』を観るところから。(仕事の一部です)
撮影に使われたドラッグストアが本牧のハックドラッグだった。
商店街は、横須賀の池之端商店街。取材にいかなくては。
夕食前から眠くてしょうがないがなんとか午後11時まで寝ないでガマン。
時差惚けを治さなくては。風邪対策にビタミンCを3000mgくらい小分けにして摂取中。
10月10日は「目の日」だったなあ、なんて突然思う。
1964年に東京オリンピックが開催された日だ。それで「体育の日」になったというのに、いまでは「ハッピーマンデー」とかで、年によって「体育の日」が動いてしまう。そんな記念日があるものか、と思う。
月曜日ばかり休みになるので、学校では月曜日の授業の時間数が足りなくなって困っている。
月曜という名の社員が休んでばかりで仕事をまかせられないって感じだ。
水性ウレタンニスを買ってきてベランダで塗っている。
何ができるかは、乞うご期待、だ。
ホームセンターの帰りにTSUTAYAで『ドラッグストアガール』を借りてくる。
茨城遠征がきつかったせいか、風邪気味で、喉は痛いし、鼻がつまっている。頭もぼんやりしている。
時差惚けで、いつも眠い感じ。ちょっとまいってる。
昨日、午前8時出発午後10時帰着で、退院後、最長時間外出を敢行した。
いや、そのインパクトはけっこう大きかった。
昨夜バタンキューでソファで寝入り、午前3時頃にあらためてベッドへ移動。
午前8時半に目覚めたところでは悪くない目覚めでけっこう元気だった。
「お、うまいこと朝型になったな」
という感じ。
しかし、午後2時頃に昼食を済ませてソファにいくと、そこからは断続的に昏睡状態。
そのまま日が暮れてしまうまで、滾々と眠りました。
なんだか、いろいろわけのわからない夢を見たなあ。
こうやって、少しずつできることの限界がひろがっていくんでしょうね。
夕方5時過ぎから、就職が決まって大阪へ赴任していく人のお祝いの会食。
最近、パターン化しているけれど、野毛「萬里」「華」のコース。
午後10時、突然、強烈に仕事がしたくなって散会。
ところが歩いて家に着くと店から電話がかかってきていた。サッカーのチケットをカウンターに忘れてきてしまったのだ。
というわけで、少し休憩をして、午前0時前、ふたたび「華」へ。
コーヒーをご馳走になり、さっきからいたお客さんと軽く雑談をして、また徒歩で帰宅。
都合、片道2kmを2往復、合計8km歩いた。手術してほんとによかったと思う。
のち、あらためて小説。
昼のうち、契約書のドラフトのやりとり。
内容はまだ当分内緒。
夜遅くなってからやっと小説。
退院後、初めてヨットに復帰……のつもりで、ヨットハーバーまでいったけれど、寒いし(身体が慣れていない)予想以上の雨降り。
それでも、11時過ぎまではクラブハウスのテラスでだらだらしてみたけれど、昼前に切り上げて帰ってきた。
昼食は、スパゲッティを茹でてオリーブオイルを絡め、レトルトカレーの一番安いヤツをかけて、少しパルメザンチーズをふって食べる。これ、けっこう好き。少なくともキューピーやアオハタのスパゲッティソースよりは10倍くらいおいしいと思う。
F1日本グランプリを1時間遅れの「追っかけ再生」で見る。こうすればCMは全部スキップできるので、時間効率がいい。
ところが、富士スピードウェイも降雨のためレースのペースが遅く、放送時間が延長になる。
こうなると、録画しながら遅れて見ていると、録画が途中で終わってしまうとアウト! 一瞬ひやりとしたけど、新兵器のソニー「スゴ録」は、自動的に番組延長に対応していて、問題なし。スゴイ、よくできている。
レースは予想通り荒天で面白い展開。(富士のコースは抜きどころがいろいろあっていいコースだと思う)
最後の10周。ライコネンが5位から浮上し、すごい2位争いを演じ(結局3位)、ファイナルラップでの6位争いもものすごい展開。レーサーの勝利への執念はすごいの一言。
(「すごい」なんておおよそ小説家の使う言葉じゃないけど、日記だからゴメン、手を抜く)
小説家も同じで、最後に仕上げにかかるときの執念が勝負なので、腕一本で勝負するプロとしては身が引き締まる思いがした。(というとカッコイイが、つくづく我が身がプロになりきれていないと思った、ということね)
夕食に必要な玉葱の在庫が切れていたので、近所のローソンに買いに出たついでに、1本100円の週末キャンペーンをやっていたツタヤでDVDを2本、借りてくる。
玉葱とピーマンを刻んで、「中華名菜」(日本ハム)の肉団子。もやしのXO醤炒め、ジャガイモの味噌汁。
物書き仲間の新美健さんと、夕方5時から野毛の「三陽」で飲み始める。
スタートはここの定番の、瓶ビール、餃子、ネギ鳥、の3点セット。ネギ鳥がうまいんだよね。お通しにニンニクの唐揚げ付き。
ハモニカ横丁の「華」へ移動したところで、山口芳宏さんが合流。
話は、小説家の食い扶持、とか、セルフプロモーションとか、そういう生々しい話。
それとは別に『D列車でいこう』が取り上げられた「NHKBSブックレビュー」の同じ会に逢坂剛さんに紹介されている『サイン会はいかが?―成風堂書店事件メモ』など、一風かわった作風で最近売れている大崎梢さんが、僕の知っている大崎梢さんと同一人物であることがわかる。
たとえば、かなり前だけどこんなところでもご一緒しています。
(ここにある阿川の「雨が空から降れば」は自分でも好きな作品のひとつ)
もう一軒、「無頼船」に移動して解散。楽しく呑みました。

新婚の頃、残業でほとんど家にいなかったのに、それでも給料が安くて、立派な家具などもちろん買えず、毎週のように東急ハンズへいって、創意工夫で安いけど自分のテイストに合った家具調度品を作ったり買ったりして手に入れたものだった。
で、最近ではしばらくの間、あまり東急ハンズのお世話にならなかったのだけれど、たまに行ってみると趣味のいいものもあったりして。
というわけで、先日、取り置きしてもらったパーティションを受け取りに車で東急ハンズへ。
あとは、こんな机が欲しいな、なんて。
執筆の姿勢を保つために椅子の高さを調整すると、床との足の着き方が変わってしまう。なので、椅子を身体にピッタリ合わせてから、机の方の高さや天板の傾きを調整して、完璧な姿勢で執筆ができたらいいんじゃないか、という発想。
腰を痛めたあとだから、これからはできるだけ体にかけるストレスを少なくしてやろうと。
仕事場のアーロンチェアでも、居間のソファでも、極端な話、トイレに座った状態でも、こんなテーブルが持ち込めて、しかも高さがピッタリ、なんてちょっといい感じ?(語尾アゲ)
売り場の見本はガタが来ていて、ちょっと使うに耐えないので、新品ならばがたつきがないのかどうか、調査してもらうことにする。
あとはついでに、回復中の腰では徒歩では買って帰ることのできない重めのものをセキチュウで仕入れる。米酢などのビン物など。
あと、スノボガールSちゃんおすすめのリハビリアイテムのフィットネス用ゴムボール(直径55センチ)、高級なのは5000円くらいするんだけど、とりあえずセキチュウで安い方から二番目のやつで1480円也。(いちばん安いのは780円だっためど、いまにも破裂しそうだった)
夕食の支度で、麻婆豆腐をかき混ぜるために木ヘラを取ろうとして、ステンレスの串に指を指してしまって、夫婦ゲンカ。
僕が使いやすい道具の収納になっていたのに、入院中に、妻が勝手にしまいかたを変えていて、台所が使いにくくてしょうがない。
長期休暇からもどったら、自分の机がなくなっていた会社員みたいな気分。
僕は、道具を使う頻度と作業の流れに合わせて仕舞っているのに、妻は、「きれいな収納」に重きを置いて仕舞うので、料理の作業の流れに、引き出しの中が合わないのだ。文明の衝突。イスラエルとパレスチナみたいなものか。
次に家を建てることがあったら、妻用の台所と、自分用の台所を、それぞれ作らないとだめだ。ふたつの文明が聖地を共有することはできない。
現在、それだけの財力は、僕にも妻にもないので、いまのところ、せいぜい妻用のマヨネーズ(味の素)と自分用のマヨネーズ(キューピー)とは、それぞれ用意して使い分けている。そういやシャンプーとリンスも別だ。
横浜赤レンガ倉庫まで25分ほど歩く。
午後8時40分到着。
Motion Blue Yokohama で、リー・リトナーのライブ。
ステージ上手(かみて)、ドラマーの後ろの席。目の前2mにドラマーの背中が見える。
ほとんどすべてインプロビゼーションですごくいい感じの演奏だ。
ドラマーの後ろにいると、ジャズの演奏の場合、メンバーみんながたびたびドラマーを見る。アドリブの受け渡し、リズムの切り替え、など、アイコンタクトで演奏を続けていくからだ。
となるとこの位置にいると、まるで自分がステージにいる感じで、演奏者と頻繁に目が合う。
もともと音楽を聴くとき、クラシックでもジャズでもロックでもいつも自分もいっしょに演奏しているつもりで聴くのだけど、今夜は、特別にそのライブ感が強烈。聞いている音も、ほとんどドラマーが聞いているモニタースピーカーの音だしね。
しかし、いい演奏を聴くとめちゃんこ疲れる。
なにしろ、ミュージシャンと同じテンションで、すべてのプレイヤーのすべての音を聞いて、自分がそこに後を重ねるつもりで聴いているわけだから。
後ろの席には井筒監督の作品『パッチギ』の主演男優・塩谷瞬が座っている。
ステージのちょうど反対側、下手(しもて)のピアノの後ろには杏里がいる。
実は、ちょうど日曜日の深夜に『パッチギ』を録画したところだった。井筒作品は見たことがなかったのだけれど、井筒監督の奥さんとは酒の席でいっしょだったことがあって、パッチギ見てねと言われていたのであった。
ライブでぐったり疲れて、また、徒歩で帰宅。
歩いていけるところで、リー・リトナーを聴くことができるなんて、ああ、なんてシアワセ。
昨夜は、ちょっとくだらない調べ物をしているうちに寝そびれてしまい、やっとベッドに入って起きたのは午後2時。
3週間の入院生活でせっかく身につけた朝型生活だったのに。
そこに到達するのにたくさんの入院費だって払ったのに。て、入院は夜型生活矯正が目的だったのか(笑)
午後いっぱいを自動録画したニュースのチェックなどで過ごす。そうなのだ。我が家では、ソニーの「スゴ録」が稼働し始めて、キーワードを入れておくと、該当する番組を自動的に録画してくれる。なので、NHKの定時ニュースの他、CNNとかABCとかアメリカのニュースをチェック。
これで、ニュースを見るためだけにスカパーを契約する必要性がかなり減った。(現在、基本料金だけ払ってですべてのチャンネル解約中)
そのほか、予想外に役立つドキュメンタリーなどを見るチャンスに恵まれる。
結果的にテレビの視聴時間が少し増えた。もともとニュース以外にあまりテレビを見ないから。
ただし、この2ヶ月ほど、入力過剰で情報収集に興味がいって、その分だけアウトプット、つまり、執筆の調子がひどく悪い。ここらで意識して、入力を遮断する必要がある。
さて、夕方のテーマは、猪肉の調理。
ご飯を炊いて、冷凍してあった油揚げで味噌汁をつくり、キャベツとピーマンのオイスターソース炒めをつくったところで、猪肉のロースの部分を刺身用の柳刃包丁で薄くスライスしていく。
結局、シンプルに粗挽きブラックペッパーをふって焼いて、レモン果汁と塩とで食べることにした。
食べてみると思ったほどの臭みはなく、味はコクのある豚肉という感じ。なかなか美味しゅうございました。あとモモ肉があるのだが、そっちのほうが匂いがきついかもしれない。とりあえず冷凍して、それはまた後日。
夜半から近くのツタヤへ行き、CDを1枚返して借りて、午前2時までやっている併設のスターバックスでノートパソコンを開いて仕事。
まだ腰が本調子ではないので、このスタバの椅子でパソコン仕事は1時間くらいが限度みたいだ。
執筆マシンの Sharp MURAMASA PC-MM2-5NE の標準バッテリーが弱ってきて、1時間半ほどしか使えなくなっている。昨夜の調べ物というのは、実は、このバッテリーの中味のセルだけを取り替えてくれるサービスについてだったのだ。
ふだんは3倍容量のバッテリーを使っていて、そちらも弱っているのだけれど、まだ4時間ほどは使える状態なので、当座は間に合っている。(以前は7時間ほど使えていたが、さすがに3年使っていると弱ってくる)
この標準バッテリー、純正品を買うと15000円ほどするところ、業者に中味だけを替えてもらうと8000円ほどで済む上に、純正品発売後の技術進歩が反映され改良されたセルに交換されるので、性能も上がるらしいのだが。
まだ、ヨットには復帰できない。
ヨットは海況によってハードさがちがうので、余裕のないぎりぎりでは乗れないし、まだ身体を捻ることができないのが問題。
(乗船中は、進行方向に対して真横を向いて座り、顔だけ進行方向に向けるので、身体を捻る姿勢を続けることになるので、背骨を捻ることが禁忌の状態ではなかなかむずかしい)
パシフィコで開催中の「横浜ライフデザインフェア2007」へ、歩行訓練を兼ねて。
いわゆるシニア世代、団塊の世代の退職後に向けたイベントなのだけれど、狙いが絞り込まれていなくてイベントとしてあまり成立していないように感じた。
そもそも団塊の世代と従来のシニアはライフスタイルがかなりちがう。
近くでの買い物も含め、万歩計は3000歩だった。
たったこれだけで、まだかなり疲れる。
夜、山で射止めたというイノシシの肉が届く。
さあて、どうやって食えばいいのやら。
職人が来て、家の内装のドアを直していった。
あとは、ほとんど在宅。
仕事の勘が鈍ってしまっている。まずいな。
牛乳とパンを買いに近くのコンビニに出かけ、帰りにTSUTAYAでCDを借りてきた。
双六でいうと「1回休み」みたいな感じのだらけた一日。
疲れをとるってことも大事だよね。と、自分にいいわけをする。
午後5時半、有楽町ビックカメラ。
HDMIケーブル1.5m(3780円)。居間のビデオの配線を変えるため。
午後6時、帝国ホテル。
江戸川乱歩賞授賞式&パーティ。
始まった頃はスーツを着た人が多くて、途中から肩を出したドレスの銀座のおねえさま方が増え、さらにはなんだか職業不詳の人が増えてスーツの人が減る。2時間の間に会場にいる人の構成比が何度も変化する不思議な会である。
昨年は推理作家協会に入会したて、ということもあって、ほとんどのパーティに参加したのだけれど、今年は、体調もよくなかったこともあり、ちょっと休みがち。
江戸川乱歩賞パーティだけは、推理作家協会の他のパーティとちがって、会費が無料でしかも帝国ホテル、ということもあり、病み上がりの社会復帰訓練がてら参加。
(ちなみに、その他のパーティは会費1万円で、新橋第一ホテルとか、飯田橋ホテルエドモントなど)
ひさしぶりに(最近学業が忙しくてあまりいっしょに飲んでいない)菅谷充さんを発見。
知り合いの編集者がいつもより少なかったりしたこともあって、ローストビーフ、寿司、スモークサーモン、蕎麦、デザート、など、お腹一杯食べたりして。(笑)
(ふつうは、挨拶や名刺交換で忙しくて、あまり食べるヒマがない)
先日ご馳走になったK書店の某氏に会ったら、「すすんでいますか?」
K書店の仕事ではなくて、その前の別の出版社向け長編のこと。それらが終わったら注文をくれる含みの質問で、たいへんありがたいのだけれど、まだ自分の創作ペースがちゃんと確立していないので、返事がしにくい。(ああ、まだプロになりきれていないなあ)
コルセットをして2時間立っていたらさすがに疲れて会場の後方のテーブルに座って雑談をしていたら、近くにいたK文社のU氏いわく「サントリーミステリー大賞トリオですね」。
そうなのだ。高嶋哲夫(サントリーミステリー大賞)、新井政彦(日本ミステリー大賞新人賞)、とわたくし阿川大樹は、第16回サントリーミステリー大賞の最終選考に残ったときの同期(笑)。
ひとつの賞の候補者3人が全員、のちにデビューして、この種のパーティで顔を揃える、というのはけっこう珍しいのだけど、ときどきこうした同窓会(同期会)のようなことになるわけだ。
最初に「大賞」になった高嶋さんがもちろんいちばん実績を上げている。
ちょうど話していたときに、高嶋さんの『M8』の文庫増刷(3刷)のニュースが入る。
というわけで、「サンミストリオ」は有楽町の街に出て、某洋風居酒屋へ移動。
午後10時くらいまで、いろいろな話。この3人が揃うとあまり景気のいい話にならないことが多いのだけれど、「3刷決定」というおめでたいことがあったので、ここでの二次会は高嶋哲夫さんの奢りになった。
ごちそうさまでした。
「これからは、増刷になった人の奢り、というルールにしましょうか」
などと、けっこう本気に言い合ってわかれる。
ちなみに、帝国ホテルの会場で、吉田伸子さんが、僕の顔を覚えてくれていたのが、けっこううれしかったな。
昼過ぎに家を出て、打合せ、中華の夕食。
9時間の外出。退院後最長外出時間。本日も進歩。
思えば子供の頃って、自分の進歩をいつも自覚していて、なんでも楽しかったような気がする。大人になると、停滞した能力とか沈滞した日常とか、そういうのを感じる機会が増えてくる。
停滞を安定といいかえて、それをガマンするのが人生だったり仕事の中心部分になってしまったり。
辛い時期がなかったわけじゃないけど、自分は面白い仕事ばっかりやっていたような気がするし、今になって日々進歩する肉体を実感したり、人生って楽しいよね。
新しいことを始めると、それが未経験だからこそ、進歩のスピードが早くて毎日が楽しいわけだ。
人生、毎日、伸び盛り!
楽しくないのなら、楽しく生きるために、今の人生にこだわらずに、いつだって新しい人生に踏み出していけばいいじゃないか、というのが『覇権の標的』や『D列車でいこう』にある基本的な考え方。
昼時、家を出て駅に向かう途中、横断歩道を渡っていたらクラクションが鳴る。
ふと見ると赤い車の中で笑っているのは、病友のSちゃん。運転しているのはお母さんだ。そういえば、今日、彼女は退院のはず。退院の時間から少し経っているが、近くでしばらく過ごしていたらしい。
入院仲間なので、お互いに寝間着姿しか見たことがなかったわけだけれど、助手席のSちゃんは、すっかり「街の人」になっている。信号が変わるまで、しばし、路上から窓越しに立ち話。退院おめでとう。
みなとみらいから、退院後初めて、電車に乗る。横浜駅まで。
高島屋で妻とランチ。肉を食べて元気をつけようと三田屋で「横浜ステーキランチ」1950円。この店は「文明開化」がテーマみたいだ。前菜の自家製ハムがとてもおいしかった。
昼なのにピアノの生演奏があるんだけど、いわゆるサロンピアニストで音楽を舐めている。どんなポピュラーで易しい曲だって、多くの人に知られているということは「名曲」なのだから、その魅力を引き出す演奏をしようとすればいいのに。
演奏が終わって、BGMが流れてきたら、ほっとして安らかな気持ちになった。(音楽心のない演奏を聴くのはストレスなのだ)
高島屋で少しの用事を済ませて、初ヨドバシカメラ(笑)。ベイシェラトン1階のショウルームに立ち寄り、次は東急ハンズに向かったのだが、家を出て3時間経過しているので、外出に慣れない身体はヘロヘロに疲れていて、スターバックスで休憩。
東急ハンズで眼鏡を新調しようと思っていたのだけれど、あてにしていたフレームが思ったのとちょっとちがったのと、疲れて根気がなくなっていたので、新調は延期。
他に家庭のものをいろいろ物色しているうちに疲労がピークになったのでベッド売り場で寝心地を試す振りをして(笑)、3分ほど大の字になって休む。
「おお、なかなかいいね、このベッド」
などと声を出して演技するのをもちろん忘れてはいない。(笑)
立って身体を支える筋肉全部が弱っているので、横になると一気に疲労が回復する。
午後6時に近づいていたので、近くの「白木屋」へ。
1時間ほど、軽くビールとツマミを摂って、タクシーで帰宅。
ふう~、都合7時間近くの外出をなんとかこなした。
こういうひとつひとつの冒険(笑)と達成感がまたけっこう楽しいわけだ。
健康なときは当たり前のことが、病気をするとチャレンジする楽しみを産んでくれる。楽な方が人生楽しいってわけじゃない。昨日よりも今日は進歩している、という喜び。
さあて、そろそろ仕事したくなってきたぞ。
近隣の「みなとみらいスポーツパーク」で僕が所属している「FC-JIVE」の活動があったので、自主トレがてら歩いて行った。歩いて5分なんだけど、その距離を歩くことができなくて、手術前は自転車で行っていた。もちろん今日は歩いていっても全然平気。
しかし、遅い午後の日差しが強烈。久しぶりの汗。
ベンチに座って水を飲んでいたんだけど、芝生へ出て歩いてみる。筋力が落ちているので、アスファルトと芝生(といっても人工芝だけど)の感覚のちがいが大きくわかる。ぜんぜん足に優しいわけ。
踏みしめて足の裏の感触を楽しみながら、ふと転がっていたボールに足で触れてみる。腰を捻ることは禁忌なので、身体を正面に向けたまま、歩くスピードのままトーキックで目の前50cmか1mへボールを弱く蹴り出してみる。
つまり、歩く速度でのドリブル。
たったそれだけでもボールを蹴るインパクトが背骨に伝わるのがわかる。この調子では、まだまだしばらく球は蹴れません。
アスファルトを歩くよりも身体にいいので、仲間たちの試合を見ながらコートの周りを、ゆっくり歩いたり早足にしてみたり3周ほど。
まだ当分プレーはできないけど、芝生の感触くらいは楽しもうと。
終了後、散歩の仕上げに、先週まで入院していた病棟へ。
看護師長さんに入院レポートを印刷してわたす約束をしていたのと、知り合った病気仲間がまだいるうちにもう一度顔を出したかったのだ。
退院を控えてみんなけっこう元気そうでよかった。
近くを散歩して足の筋力を回復させようと思っているのだけれど、目的がないとめげるので、スーパーまで買い物に行ってみた。(好物のトマトもなかったし)
歩いて行くには途中何度も休憩しなくてはならなかったスーパーまで、いまは、スイスイと行くことができる。
残念なのは、入院している間にトマトは3割くらい高くなっていたこと。
入院中に届いていた小さな家具を設置するホームインプルーブメント。
家の雑事は腰に負担のかかる姿勢が必要になるので、まだまだ要注意だ。
カミさんが仕事で外泊だったので、ちょうど京都から見舞いに来てくれた友人と退院初日から野毛でワインを飲んでの幕開けとなった娑婆の暮らし。
二日目は、比較的おとなしく。(笑)
近くへ出て、まずマクドナルドでフィレオフィッシュ。
病院食は意外なことにとてもおいしかったけれど、外へ出たときに食べたいものは、フランス料理でも高級中華でもなく、カレーや牛丼やマックや立ち食い蕎麦だった。
刑務所から出てきて最初に立ち食い蕎麦を食ったら涙が出るほどウマイだろうな、と思う。
あと、デオデオの店内で電気製品の価格調査(笑)をして、スポーツオーソリティで靴や水泳着をみてまわり、ツタヤのレンタルCD棚を見て回る。
都合、2時間ほど歩き回った。
いやあ、ぜんぜん足が痛くならない。当たり前のことがすごいうれしい。
まあ、たった2時間のウィンドウショッピングで筋肉痛だけど。
DAY16:9月14日(金)
病院最後の朝は午前5時半、起床。
デイルームで朝のカプチーノの準備をしていたら看護師さんが来て、診察券を返してくれて、退院後のために処方された薬と、処方されていて使わなかった座薬をくれる。
座薬は手術直後に1度しか使わなかったけれど、8回分処方されていたらしく、袋には「7個在中」とかいてある。冷所保存。使わなくても処方されてしまうとナースステーションに保管してあっても患者の所有物なので、退院時には引き渡しを受けるんだ。なるほど。
こういう作業の分担が夜勤の看護師さんというのが不思議な気がする。でもこれもきっと業務フローをみて考え「改善」を重ねた結果決めた合理性のあることなんだろうな。
「食事が終わったら先生が傷のチェックに来ますから、あとは会計をして帰ってください」
と、早々に引導を渡される。
退院後の薬、この分だと、まったく使わなくて済む可能性もある。
病室にもどってカプチーノで最後のダバダ~。
8時半、I医師が来て傷のチェック。問題なし。
「ではまた外来で……」
と、ルパン3世にちょっと似ているI医師が病室を去っていく。その後ろ姿にこちらは頭を垂れる。おかげさまで、痛みがほとんんどなくなりました。
ナースが来て、バーコードが着いている腕の認識票(腕輪)をカット。自由の証(笑)である。記念にもらっておく。
スノボガールのSちゃん(来週退院予定)がやってきて、廊下で記念撮影。イェイっ!
なんとなく後ろ髪を引かれながら同室の人、すれちがう人、ナースステーションに挨拶をして、病棟を出た。
ほとんど辛い思いをせず、おかげさまで、とってもたのしい入院生活でした。みんなありがとう。
DAY15:9月13日
手術からちょうど2週間。
昨夜は、安倍晋三辞任の影響で(笑)7時のNHKニュースから特別編成の報道ステーションまでテレビを見たので、就寝が遅かった。
本日の目覚めは午前5時半。6時を回ったところでカプチーノタイム。本日もダバダ~。
7時前にはダージリンタイム(笑)。室温23.4度。
7時15分、採血。
9時過ぎ、抜糸!
もうじき退院だと思うと、忽然といろいろ食べたいものが頭に浮かぶ。
食べたいものとは、カレーとか牛丼とか焼き鳥とか。
それぞれ味でいうと病院食の方が上かもしれない。決して豪華なフレンチだったりはしない。こういうのは現在の食事に対する満足度とは別のものみたいだ。
病院食で生活するぞプロジェクトは、「あてがい扶持で選択できない食事」という意味で刑務所生活のシミュレーションでもあった。
しかし、カレーとか牛丼とか焼き鳥なんていうのは、海外旅行しているときに恋しくなるのと同じ。病院生活は海外旅行と共通点があるというのは面白い発見だ。(面白いけど、あまり役に立つ発見じゃないな)
午後1時、最後のリハビリ。
これで、病院内のめぼしいイベントは終了。あとは食べて寝て起きて退院である。
昨日、たぶん救急で入ってきた患者の関係者のインド人がデイルームにずっといて、ほとんどの時間、携帯で電話をしている。
「その会社に51%まで資本を入れることはできるが、**を取締役会のメンバーに入れるのはダメだ」
なんて英語で生臭い話をしている。さすがにインド人。
インド人はターバン巻いてカレーを食べているというイメージ(笑)ではなく、昨今はネクタイをした切れ者のビジネスマン、というのが「インド人らしい」イメージ。
ビジネスの世界で日本はほんとうにいろいろな国に後れを取っている。それなのに、全然、危機感がないのはどうしてなんだろう。まあ、いまのところ、そこそこ幸せだからそれでいいってことなんだろうな。
ナースやクラークが退院の書類だの会計の書類だのを入れ替わり立ち替わりもってきたりするので、否が応でも僕の周りは退院ムード一色になり、同室の人たちは「いいなあ」を連発する。
僕の場合、まったくの予定通りに経過が推移したので、精神的なストレスはほとんどなかった。けれど、似たような病気でありながら、最終的な原因を突き止める事ができずに検査を繰り返して手術の日程が決まらなかったり、糖尿病の持病が発覚して手術が延期になっている人もいる。そういう人はいわば「長い待ち時間」を病室で過ごすので、僕ほど楽しい入院生活を送ることができないわけだ。
自主トレの恩人・スノボガールSちゃんと連絡先の交換。赤外線送信なんて久々に使ってみたので、機能を呼び出すのに時間がかかること。(笑)

最後の晩餐も美味しく戴く。
DAY14:9月12日
午前6時20分。今朝もカプチーノでダバダ~。
室温23.6度。涼しいせいもあって左膝が少し痛い。実はこの膝が自分の肉体の最大の弱点であり、抱えている爆弾だと思っていたんだけど、思いがけず腰椎が先に来ました。次に手術するのは変形性膝関節症かなあ。などと、朝からつねに前向きに(?)次の入院のことを考える阿川である。
昨夕、「よくなってくると看護婦さんにかまってもらえなくて寂しいなあ」なんて話をしていたものだから、今朝は「阿川さん(じゃなくて実際は本名)、おはよう」なんて、200%増しの笑顔でナースがやってくる。(笑)
お忙しいところ、気をつかっていただいて、まことにありがとうございます。
でも、実際、そんなことが楽しいわけで。単純にQOLが上がる。
ナースというのは職人であり技術者であり、セラピストであり、エンターテイナーだ。職業としてかなり高度な知的労働だよね。
国民経済の観点からは医療費削減が課題になっていて、診療報酬などもどうやっても医療機関が儲からないような仕組みにしてしまっているのだけれど、医師や看護婦の報酬も仕事の質と量に比較して少ないものになっている。そういう社会の矛盾のようなものをひとつひとつ改善していくことができないのは、どうしてなんだろう。
世間では絶対額だけを問題にして仕事の質や量に目を向けない「医師=高所得者」というやっかみによる言説もしばしば見られるし。
イヤフォンから流れてくる、Ciara Adams の "Wild Wood" がカッコイイ。
ピアノ、ウッドベース、ボーカル。こういう楽器が少なくてひとつひとつがビビッドな音を出す音楽が好き。少し高級なイヤフォンをつないでいる効果がここに効いてくる。
午後1時からリハビリ。
元演劇関係者の僕は「リハの予定は」といわれると「リハーサル(ゲネプロともいう)の予定」のことだと思うわけだけれど、ここではリハは「リハビリテーション」なのだ。
おなじく、「生食」というのは「お刺身用の魚」のことではなく「生理食塩水」のこと。「なましょく」(湯桶読み)じゃなくて「せいしょく」。
病室にもどると、安部晋三内閣総理大臣辞任の報。たまらず記者会見の生中継のためにテレビを点ける。それにしてもまったく内容のない記者会見。見る(聞く)人が納得できる具体的な答をする気持ちがとことんない人なのだなあ。小泉内閣がなぜ人気があったのか、この人はまったく分析しなかったのだろうか。
民主主義社会における政治でいちばん大切なのは「国民が納得すること」だというのがわからないのだろうか。国民は自分が納得できさえすれば貧しくても苦しくてもいいのだ。国民のためによかれとどんな素晴らしいことをやっても、それで国民が幸福を感じることができなければ意味がないのだけれど。
入院後17日にもなると、知り合いも増えるしそれぞれに親しくなってくるので、なかなか静かに読書をしたり執筆したりするのが難しくなってくる。今後、入院中に執筆をするようなときには、個室でもない限りこのあたりのことは計算に入れておかなくてはならない。(メモメモ)
実質、あと1日で退院となると、とても名残惜しい気持ちになる。
「またここで会おうね」とはいえない刹那の関係なのだ。
夕食は、追加料金240円(基本料金260円を加えて500円)の特別食。
退院前の最後のチャンスだったので、向学のために申し込んでみた。たしかに多少楽しい食事になっているけれど、260円のコストパフォーマンスがあまりにもいいので、この500円の価値は霞んでしまう感じがする。600円出せば大戸屋の定食を食べることができるし。
それにしても病院食が美味しくない、というのは都市伝説だったのか、あるいは過去のことなのか、でなければこの病院がとくべつ美味しいのか。生まれて初めての入院初心者の僕には、そのあたり、とんと見当がつかない深い深い謎である。
逆にいえば、食事は誰にでも興味がある共通のエンターテインメントだから、美味しい食事を全面に出すことができれば、病院のセールスポイントに十分なりうると思う。
病院というのはやむを得ず来るところではあるけれど、患者にとっていろいろな制限があるからこそ、滞在期間中はできるだけ楽しく快適に過ごしたいものだから。(個人的には辛い思いを取材する目的であったけれども)
DAY13:9月11日
同時多発テロの日。
この日を境に、アメリカの迷走がひどくなって、いまに至るわけだ。
アメリカ軍の戦死者はとっくにこの日の犠牲者の数を超えているし、イラク人にいたってはおびただしい人命が失われている。
このテロについて、当時、日本が情報(インテリジェンス)の中心になっていたらしい。世界で一番アフガニンスタン情報が早く入っていて、「なにがしかの大きなテロ」がアフガニスタンがらみで起きることについて、日本が世界に情報を提供していたという。
午前5時45分、オシッコがしたくて目が覚める。いわゆる「自然が呼んでいる」というやつ(笑)
午前6時15分、本日もネスカフェ・カプチーノを淹れる。ダバダ~。
外はどんより。涼しくていい。(午前中に太陽が出ていると何しろ暑くてつらくなる)
全体的に筋肉痛の朝。今日もどんどん鍛えましょう。
予定通りならば13日抜糸、14日朝退院。実質残りの入院期間は3日間だ。
そろそろ退院社会復帰モードに入ろうと思う。(といっても、朝型で食事時間が規則的である以外には執筆モードの在宅時とそれほどちがわないのだけど)
いまのところ入院中に予定していただけの仕事は進んでいない。時間がなかったわけではないので、自分の能力が低いってことだと思う。取材成果はたっぷりあったので、ようするに入力過剰。情報がたくさん入ってくる時期には執筆はあまり進まない。これはある程度やむを得ないのだけれども。
夏休みが終わりそうなのに宿題ができていないような気持ち。
7時のNHKニュース(FM)を聴き終わったところで、とりあえず朝食前の朝練。
「階段5往復で息が切れる」と嘆いたら「ふつう階段で5階まで一気に上がることもあまりないでしょう」と同室の人にいわれる。いわれてみればそれもそうだ。(公団住宅の基準では5階建てまではエレベータのない住宅がふつうではあるけれど)
午前中、階段5往復をもう一度。
デイルームで書き物をしているとI医師がきて、「椎間板遺伝子解析研究への協力について」についての話。ようするに慶応大学での研究のサンプルのひとつとして遺伝子を血液20mlの形でカルテ情報と共に協力してくれないかという話。
医学の研究に役立つことなら、もちろん協力は惜しまない。
聞いていた Bella の Whatever It Takes が今日はなんだかゴキゲンだ。
入院以来、ずっと考えている長編。
バラバラの要素は少しずつ増えているのだけれど、全体に一本の芯が通らないので、物語として固まらない。オーディオの音量を上げて集中力が出るように今日からやり方を変えてみているのだけど。
『D列車でいこう』、
「退院までに読み切れなさそうだから譲ってください。ついてはサインしてください」なんてSちゃんにいわれては、サインつきで献本させてもらうしかないだろう。
彼女が自主トレに誘ってくれなかったら、僕の回復はもっとずっとゆっくりだったにちがいない。僕は元アスリートの高い理想の薫陶を受けたのだから、彼女は僕の恩人だ。
隣はいろいろな検査に出かけたり血圧だの血糖値だのを頻繁に測っては点滴だの何だのといろいろ。こちらがナースにかまってもらうのは朝夕の検温と血圧測定くらいで、なんだか、弟が生まれて以来ママにかまってもらえなくなったお兄ちゃん状態でちょっと寂しい。なあんてことを隣の人のところにナースが来ているときに話をしたら、「みんな思うことは同じなんだね」と向かいの人。(笑)
社会復帰の一環として、NHKテレビのニュースを見始めてみる。
【什器】
ベッドサイドの収納ワゴン(「床頭台」というらしい)だが、機能はいいとして、開閉するときにかなり大きくていやな音が出る。病室で使用される什器として、設計があまりよくないと思う。(ようするに夜中寝静まった時刻にも相部屋で開閉されるということを考えて開閉音まで設計時に意識されていない)
うるさいこと自体も問題だけれど、うるさくしないように気兼ねして開閉するのがまたQOLを下げる。
DAY12:9月10日
午前5時40分起床。
インスタントのネスカフェ・カプチーノ、けっこういける。ダバダ~。
午前6時半現在、室温24.7度だけど、雲間から太陽が顔を出して、上昇基調。
午前中に自主トレ10周をこなして、午前11時にシャワー。
午後2時リハビリ。
淡々と過ぎる1日。
DAY11:9月9日
午前6時20分、室温26.3度、『プリズンホテル』(浅田次郎)読了。
破天荒な設定をグランドホテル形式で記述する。「泣かせの浅田」の片鱗もちゃんとある。(笑)
あとがきを読んで、デビュー前の阿川に直筆で年賀状をくださっていた理由に合点がいく。僕から浅田次郎さんにお返しするものはないが、代わりにだれかに返したいと思う。
就寝前の筋肉痛もほぼ解消している。
今日もリハビリと執筆、頑張ろう。
朝食後の体重コルセットを含んで63.95kg(入院時64.65kg)
午前中、階段昇降コース5往復。午後5往復。
日曜日とあって、会社員時代(もう10年以上前だ)の友人が3人で見舞いにやってくる。その後、我が家へ移動して飲んで帰ったはず。
夕食が済んだところで、空いたベッドに急患が入ってくる。救急車で緊急入院になった前立腺ガンの人。のんびりムードの我が病室もちょっと緊張モード。日曜の夜で病棟のナースも人手がない状態でてんてこ舞い。
「眠らなくちゃ」信仰について。
ところで、入院していると、「眠れない」といって夜中にナースコールをする人がけっこういる。ナースは自分で勝手にクスリを処方することはできないから、そういわれても困るわけだ。患者は食い下がり、医師に連絡をとってなんとかしてくれといったりする。もちろんそんなことで夜中に起こされたら医師もたまったものではないので、ナースはなんとか患者をなだめようとする。
「眠れなくてもいいじゃないか、明日、仕事をするわけでもなく、ベッドにいるだけだから、昼間だっていつでも好きなときに眠れるのだし」というふうに思わない患者がけっこういるというわけだ。
たしかになにか不安を抱えたまま長い夜を過ごすのは辛いけれど、眠れないということ自体が不安要素になっている。いい悪いではなく、それもまた患者の陥りがちな心理状態のひとつであるらしいということ。
まあ、僕みたいに「お、眠くない。あれもこれもできるぞ、ラッキー!」と思うのもあまり身体にいいとは思えないけどさ。
いずれにしても「眠れない夜を楽しく過ごすための生活設計」というのは楽しい入院生活の重要な要素であるようだ。
【身近な什器のことなど】
ベッドサイドテーブル 平成10年購入。
床頭台(という名称のベッドの横にある物入れ) 平成12年購入。
3モーター電動リモートベッド 平成12年購入。
DAY10:9月8日
午前6時少し前、起床。室温24.3度。
比較的途中目覚めることなく、8時間くらい眠ったように思う。
トイレで勢いよく小用を足す音が高原のせせらぎを想起させて気持ちがよい。思わずマイナスイオンを胸一杯に吸い込んでみたくなる(嘘)
ちなみに、マイナスイオンが身体にいい、という科学的データはまったくないそうだ。
かつては「オゾンたっぷりの森に囲まれて」なんて不動産の広告があったりしたものだ。オゾンは身体に有害な酸素ラジカル(プラスイオン)を発生させる。活性酸素には発ガン性がある。
ステンレスボトルの中でわずかに温度を保っている昨日のコーヒーを飲む。まあまあイケル。
ベッドから出られるようになると病院生活は意外に快適である。
買い物にも行かず調理もせず、どの店に入るか考えることもなく、時間になれば食事が出てくる。味だって30年前の東大駒場生協食堂や25年前のNEC相模原社員食堂よりもずっと美味しい。手間暇と費用(病院食は1食260円)のバランスを考えれば、ほとんど不満はない。
掃除も洗濯もしなくていい。
雑事から解放されて、読書や原稿書きができるのだから、むしろありがたい。
自由はないけど、執筆が佳境になっていれば、もともと家に引きこもっているわけで、それに比べれば家事労働がないだけ、病院の方が便利なわけだ。
ベッドから出ることのできなかった期間は確かにつらかった。
つまり、病院生活がつらいのではなく、病気やそれにともなう不安や苦痛がつらいわけだ。外科的な手術をして快方に向かい、苦痛が取り除かれ退院後の生活が入院前よりも改善されるという明らかな希望がある上に、生活の面倒は病院が見てくれるわけだから、いまの生活がつらいはずがない。
パソコンの充電ができないために、充電済みのパソコンをデリバリーしてもらわなくてはならないので、妻に負担をかけてしまう。それさえなければ、できるだけ長く病院にいたいくらいだ。
だって、自腹でホテルに籠もって執筆に専念しても、食事の心配はしなくてはならないわけだから、いわゆる「自主カンヅメ」よりも入院生活は快適なのである。
午前7時のNHKFMのニュース。
やっと台風のニュースがなくなって政治などが報道されるようになった。
デイルームにいたら、スノーボードでプロを目指していたこともあるという患者仲間のSちゃん(30代前半:60歳のお母さんがこれまた美人)がたびたび通りかかる。リハビリで周囲をぐるぐる回っているのだということで、誘われて僕も3周だけ一緒に歩く。僕は昨日リハビリセンターで初めて階段を数段昇降したばかりなのだけれど、下の階との階段を3回上り下り。
彼女は、僕よりも手術が後だったのに、運動量も運動機能もとっくに追い越されている。若さもあるし、アスリートだからリハビリの重要性も強く認識しているのだろう。
彼女にしてもナースのHさんにしても、人に元気を伝染させるタイプの人っていいなあ。できれば僕もそういう人になりたいけど道は遠い。
午前9時、病室の窓際にある僕の位置で室温30度(廊下側では27度)になったのでデイルームに避難。原稿書き。連載エッセイを1本書き上げる。
午前11時前、地下売店へ降りて、缶コーヒー。
芥川賞全文掲載の「文藝春秋」が売り切れて代わりに「問題小説」が入荷していた。そういえば僕の短編の掲載はいつになるんだ。書籍は文庫本だけで、全体的に軽いもの。
煎餅1枚のパックを52円で売っているし、超ミニサイズのカップ麺なんかがかなりあるのが病院風。(このあたりのディテイルが小説には重要なんです)
エレベータを下りた正面のポスターには「病院で必要なものがなんでも揃う」と謳われている。じゃあPCバッテリー充電サービスなんてのはないのか。(もちろんコンセントが使えればそれがいちばん)
昼食のところまでで、抗生物質の内服終了。
改めて自主トレ第二弾。階段を含む周回コース5周。
残りの時間は、ほぼ『プリズンホテル』(浅田次郎 徳間書店)を読んで過ごす。
ずっと前に買ってあって読んでいなかったもので、帯に「超大型新人の最高傑作」と書いてある。直木賞作家にも新人時代はあった、という当たり前のことだけれど、「新人」ですでに「最高傑作」を謳ってしまっていいのか、これ以後出る本はそれ以下なのか、という心配に満ちたひとりツッコミを入れてしまう。
浅田次郎さんは僕と3つしかちがわないのだけれど、もっとずっと年上のような感じがするし、ずっと前から小説家だったようなイメージがあるので、1993年現在で「新人」というのがなんとなく不思議。
以前から日記には何度も書いているが、僕がサントリーミステリー大賞の候補になったとき、大賞に推してくれたのが浅田次郎さんだった。
徳間書店の文芸書には担当編集者の名前が入っているのだけれど、『プリズンホテル』の担当編集者Sは、その後、幻冬舎に移って田口ランディの小説デビュー作を出している。いまはまた別の出版社にいるはず。文芸の世界はとっても狭い。
偶然だけど、昨日、古くからの友人である田口ランディさんから入院生活応援の大型本が届いた。お、と驚くセレクションの本だ。ありがとう。
夜9時前、いきなり窓の外に花火が上がる。
小規模だけど、予想外のお年玉をもらったみたいな秋の花火だ。
DAY9:9月7日(金)
午前6時、平穏な目覚め。
外はまだ台風模様。散歩がてら病棟の廊下を端から端まで歩く。道行く人が傘をあきらめ、レインコートだけで走っている。なんか気持ちよさそう。(笑)
前日、妻が差し入れてくれたコーヒー(ステンレスボトルに入っているがもちろん冷めている)を飲む。違いがわかる病院の朝。ダバダー。
口直しに給湯栓にいってティーバッグのウーロン茶(105円で20パック中国製)を入れる。毒が入っているかもしれないが味はよい。
風力発電はもちろんまだ止まったまま。
朝の検温、35.8度。やっと平熱にもどった。
午前7時。向かいのクイーンズタワーのオフィスフロアは昨夜から照明の点いているところが何階かある。徹夜で仕事をしているのか、それとも単なる消し忘れか。
毎日NHKFMの朝7時のニュースを聞いているが、台風のニュースは映像がないとつまらない。他のニュースはどこかへいってしまうし。
テレビを見るのをやめてラジオのニュースだけで10日以上生活しているけれど、くだらないあら探しバッシング報道に接しないので、とても気分がいい。報道は事実関係を教えてくれればよい。テレビが怒りを煽ってくれなくても、こっちは冷静に怒る。テレビに感情をコントロールされたくない。毎日怒りを煽られたり自分たちのリーダーに失望させられたりして、自分で幸福な時間を壊されたくない。情報として伝えてくれれば、あとはこちらでいろいろ判断するさ。
午前9時過ぎ、同室だったUさん(頸椎の手術)が退院していく。
症状が出る前、健康なときは1年に365冊小説を読むのを目標にしていた、という今どき奇特な(笑)潜在的お客様なので、ならばと拙著『D列車でいこう』を前夜に差し上げたら、さっそく夜遅くまで読んでくれていたようだ。
昼には風が強いけれどすっかり雨も上がって暑い日に。
風車は回ったり(風が強すぎて)止まったり。
午後2時、リハビリ。
わずか15分ほどの指導なんだけど、帰りには身体の動きが軽くなっているからリハビリの方法論というのもたいしたものだなあ。できれば自分でちゃんと勉強してみたいと思う。
となりの男性部屋にしきり屋さんで大声の話し好きの男性がいて、廊下を経由して一日中話し声がしている。同じ部屋だったらなかなかしんどいな。
幸いこちらはルームメイトに恵まれていてありがたい。静かすぎずうるさくなく。
ドクターが来たので、まだ見ていなかった手術後のレントゲンを見せてもらう。背骨のどこの部分を削ったかよくわかった。
問題のビリルビンの値が高い件は、すでに解消して正常値にもどっているとのこと。よかった。ほんとビックリしたぜ。(よくなったらよくなったで、先生、はやく教えてくれ~)
午後4時、シャワー。
本日の予定イベントは以上。
いろいろな人がメールをくれたりして、みんながみんな「ヒマでしょう」という。
実は、日記を書いたり、ふだん読めない本を読んだり、小説のアイデアを考えたりしているうちに、すぐに夕食の時間になり、夕食が終わると瞬時に消灯になる。もっとたくさん本を読める、原稿が書ける、と楽しみにしていたのだけれど、思いの外、病院の一日は短い。
生活上の雑事がないぶんだけ時間の余裕があるはずだけど、就寝時間が早すぎるからなあ。でも、睡眠中に肉体が回復していく(「寝る子は育つ」は医学的に正しい)わけなので、やっぱり寝るべきなんだよね。
(ちゃんと寝なかったから肉体が壊れたのかもしれない)
『資本開国論』(野口悠紀雄 ダイヤモンド社)読了。
日本経済や政治について僕が感覚的に考えていることを、実に理路整然と「ほぼ」肯定してくれている。この本のおかげで、自分の感覚にデータの裏付けが取れた。
手術後7日目 DAY8:9月6日
前夜から同室内の排便問題がたびたびあった。
病院だから、そういうことは当たり前で、同室者として別に迷惑だとも思わないけれど、ご本人はきっと気にしているんだろうな。手術後、身体が不自由で身動きができないのにそういう心労を抱くことが辛いところ。
病院生活はそれぞれが自分第一にしてよいところだと思う。いわば迷惑をかけ合いながらみんなで病気を克服していく共同体だ。
午前3時、目が覚めたところで起きてしまおうかと思ったけれど、結局、次に目が覚めたのは午前6時20分、夜勤の看護婦さんKさんが採血に来たときだった。
朝の室温は23度代、この2週間ほどですっかり涼しくなった。起きている時間には上に羽織る衣類が必要になってきたな。
デイルームへ出て、メールのチェック。留守電に病気を気づかう友人のメッセージ。
今夜、台風が来るということで、横浜港が見渡せるこの病院の人はけっこうみんなわくわくしている。なんだ、台風が好きなの僕だけじゃないんだ。被害を受ける人もあるから、おもてだってはいえないけど実はみんな台風が好きなのだ。もちろん他人の不幸が蜜なのではない。自然の力を目の当たりにするところと、いろいろな非日常の緊張感が好き。
ちなみに台風時のスタッフの出勤対策として仮泊施設など病院からの特別な配慮はないそうだ。医療スタッフだから何があっても出勤しなければならないのだけれど、現場は厳しい。
午前9時前、隣人の下痢が止まらないようだ。浣腸が効きすぎている。
いろいろ匂うのはともかくとして、たびたびシモの世話になることについて、本人がかなりめげている。
そんななかで、ナースが小さな事を誉めたりして元気づけたりしながら、手際よく、シモの世話をしつつ、体を拭いたりして、まるで手術のチームワークのよう。
その最中にも他の病室からのナースコール、たびたび鳴り響き、さながら戦場、またはドラマ「ER」の様相。
今目の前の状況は、おそらくそのどれもが生命に関わるものではないと思われるものの、時々刻々の判断をしながら、凛々しく仕事をこなす、ナースのかっこよさといったら。
その手際とリズムを見ると、救急医療も手術もおむつ交換も仕事に貴賤がないのがよくわかる。これもいい取材成果だ。
午前9時前、部屋の引っ越し。
手術後、ナースステーション近くの部屋に移っていたものが、手間のかからなくなった患者は入院時の部屋へ出戻り。窓の景色が少し変わる。左遷というのか出世というのか。(笑)
回復してくると当然ナースの世話になることが減ってくるのだけれど、面白いもので、手術直後の人なんかが世話をしてもらっているのを同室で見ていると、ちょっと羨ましかったりする。


月曜日と木曜日が手術日なので、この病棟では火曜水曜は静かで、木曜は戦場になる。
ただし、すでに快方に向かっている患者ばかりの部屋に引っ越したので、午後は安穏。窓から台風で荒れてきた景色を見ながら雑談したり原稿書いたり読書したり。
午後、高校の後輩Mちゃんが見舞いにやってくる家族以外の見舞客第一号。ヒマワリの花束を戴く。お、置き場がない!
リハビリの負荷が高くなってきて、けっこういっぱいいっぱい、筋肉ヒクヒク。
風の音がいよいよ激しくなり、風力発電の風車は止められている。
そのまま台風の夜となる。
手術後6日目 DAY7:9月5日
午前5時にはしっかり目が覚めてしまったので、そのまま起きてしまう。
朝食、完食。
午前10時、待望のシャワー! 10分前に見に行ったらすでに開いていたので、支度をして5分前に入り、10時29分まで、たっぷり時間を使って1週間の垢を落とす。頭なんて3回洗ってしまいました。
遠く台風が近づいている。
午前中、かなり激しい天候の変化をした横浜港の風景も、昼前には落ち着いてくる。
師長さん(昔でいう婦長さん)から部屋の移動の話。阿川の日記の存在がばれていたこともあったりして、患者と医療現場の視点のちがいの話なんかをする。
医療関係は評判がとても大切なので、昨今はいろいろなブログのことなども気にしているようだ。インターネットの評判がいつも正当であるとは限らないけれど、「気にする」というセンスがよい病院をつくっていくのだと思う。
午後2時半、リハビリへ。
歩行器なしで歩く。まだ少し安定しない。病棟の同じフロア内は歩行器なし、との指示が出る。結構、走っているスタッフもいたりして、まだ恐いけれど。
午後4時、手術後、初めて地下3階の売店へ行ってみる。
「ずいぶん遠くまで遠征していますね」
と後ろから声をかけてきたのは明後日退院予定の患者仲間のUさんだ。Uさんとはいろいろなところで会う。ということはUさんがやたらと動き回っているということだ。
ベッドに寝ていると、たとえ傷が癒えてきても体力はどんどん落ちていくけれど、いったん立って歩くようになると、日一日といわず、時々刻々、快方へ向かっていく。この分水嶺までどうやって辿り着くかが問題なのだと知る。(内科的なむずかしい病の場合特に)
夕刻になって、また天候はめまぐるしく変わる。台風はいよいよ接近している。
手術後5日目 DAY6:9月4日
ぐっすり眠った。起きると全身筋肉痛。
朝食後の体温36.9度。まだ身体は若干戦闘モードってことか。(僕の平熱は35.6度くらい)
午後のリハビリのために体力温存。寝たり起きたりしながらいろいろな姿勢で読書など。
お湯の蛇口までいって、コーヒーを淹れてみる。1年以上の賞味期限切れ。(笑) 「白い恋人」なんて1年以上なんともないのに、二ヶ月期限を伸ばしたのがいけないみたいなこといわれて、ばっかみたい。最初から6ヶ月長くしておけばよかったってことだけど。(いけないのは細菌が検出された「バウムクーヘン」の方)
ベッドにもどって伊藤園の「お~いお茶」ティーバッグ。これがおいしい。
午前11時過ぎ、同室のX線撮影 Hitachi Sirius Star Mobile という小型の装置。
昨日から看護学校の生徒がナースひとりに2人ずつついて実習している。
本日、読み始めた本は、『再生巨流』(楡周平 新潮社)。
午後2時半からリハビリセンターへこちらから出向いてリハビリ。
ストレッチ、筋トレ、歩行練習。
昨日動きはじめたせいで筋肉疲労が残っていて、いまひとつスムーズに歩けない。
3時半、母が見舞いに来る。
マドレーヌのような美味しそうな洋菓子をもってきてくれたのだが、せっかくだけれど食べるわけにはいかない。親の愛情はありがたいのだけれど、入院もいわば仕事中なので申し訳ない。
「できるだけふだんと同じように楽しく入院生活を送ろう」がテーマではなくて「病院生活の辛さを体験取材しよう」ということなので、その一環として「病院食だけで生活してみる」ということをやっているわけなのだ。
パソコンの電源を取ることをを断られたので、二台のPCを自宅で充電してピストン輸送してもらうことにした。
昼も夜も食事は完食。とくに夕食は美味しかった。
ここまでで、入院日記がすでに原稿用紙50枚になっている。
手術後4日目 DAY5:9月3日
「ベッド起こしていいですよ」
新しい朝が来た。希望の朝だ。いままで30度までしか起こせなかったベッドを椅子のようになるまで少しずつ起こす。目の前の視界が開ける。
しかし、痛いので長くそのままではいられない。つまり座っていることもできない体だってわけだ。なかなかきびしい現実である。
空はゆっくりと晴れてくる。隣は本日手術。
起きて朝食。同じ牛乳も起きて飲むだけで美味しい。
えぼ鯛の干物、おいしい。おにぎり1個半。みそ汁、スプーンでなく口をつけて飲む。おいしい。
しかし、起きていると背中が痛いし、ひどくつかれる。おなかも詰まっている。やっとの思いで薬を飲んで、真横にベッドを倒すとほっとする。まるで病人(いやたしかに病人なんだけど)
午前9時過ぎ、ベッドに座って起き上がる。起き上がるときが痛いがきちんと座ると傷みもない。ベッドにいる時のように当たるところがないから、しばらくその姿勢を満喫する(笑) 医師が来るのが待ち遠しい。
午前10時すぎ、ナースステーションに「回診ですの声」。
来るぞ来るぞ、て、お化けが来るわけじゃない。
まもなく医師がやって来ていう。
「立ってみましょう」
思ったよりもうまく立つことができた。手術室に入ってから約96時間後のことだった。
廊下を片道20mほど行って戻って、合格! 今日から立ってよし。
エヘン! わぁーい!
バルンカテーテルを抜かれるにゅるっという感触。
うれしくて、電話したりメールしたり。
(つまり、歩ける、ということは携帯電話の使える場所まで移動できる、ということでもあるわけだ)
美人のナースがエスコートについてくれて、歩行練習。きゃ、デートみたい。(ただし中学生のデートね)
トイレ、無事、自力で小ができた。(長くバルンカテーテルを入れていると、外した後、自発的に排尿ができなくなることがあると聞いていたので、心配だった)
しばらく、自分で歩いたら、無事、ふつうの排便もできた。これで最大の悩みが消えた。自由だ。
その後、ひとり歩行練習中にいろいろなナースとすれちがうたびに「うんち出ました?」。(別に僕が特別うんち騒ぎを起こしているんじゃなくて、便通は通過儀礼だからなのだ)
午後、リハビリの先生が来てくれて、一緒に歩く
明日からは、こちらがリハビリ室に出向く。
『4Teen』(石田依良 新潮社)読了。
14歳の中学生4人組の日常における冒険物語。
いい小説でした。言葉そのものが生きている。こういう小説が評価される(直木賞受賞作)ということはうれしいことだ。僕が書きたいテーマ(のひとつ)とかなり被っている。僕が書けば自然にちがうものになるので、被っていること自体は気にならない。
それについては、先日、K書店取締役と話をしたときの会話を思い出す。
「たとえ同じストーリーを書いたって、同じ小説になんかなりっこない。勝手にちがう小説になってしまいます。だから、無理に先行作品を気にする必要なんてないんですよ」
そうかもしれない。
手術は安全に終了。
術後4日目の本日、自力で立ちました。
手術が成功かどうか、つまり、症状が取り除かれたかどうかは、まだ不明ですが、元気です。
手術後3日目 DAY4:9月2日
午前3時40分、ついにナースコールを押して便器を持ってきてもらう。
10分程がんばるがわずかにガスが出ただけ。くそ、たかが排便ごときがうまくできない。そしてそれがQOLを大きく低下させるのだ。
次に入院するときは.もっと上手に糞をしてやるぞ。くそ。
だぶん今日一日は宿便に苦しめられる曰となるだろう。
病気と快適に戦うには、病気の知識だけでなく入院生活の知恵が必要だった。
ウンコのマネージメントについてなんてだれも教えてくれなかったぞ。今回の入院で最大の苦痛は明らかにこれであって傷の傷みなんかではないような気がする。手術の痛みはこのトロールできるが、意外に排便はコントロールしにくい。
手術の傷の痛みなんかよりも、便秘の方がよっぽど辛い。
逆にいえば便秘の人ってふだんから大変だってことなのか。宿便侮りがたし。便静粛宿夜川を渡る。
少し前から右手親指が痺れている。なんだろう。
朝食最小限。
ひさしぶりに青空で気持ちがいい。
日曜で回診もないので午前中は静かな時が流れる。
寝たまま飲む水を飲みそこなってむせると傷に響く。もちろん笑っても響く。くしゃみは最悪。
これ以上腕力が弱ると、やがてはベッド上で姿勢を変えられなくなってくる。そうなると床擦れが始まるわけだ。こうして死んでいく人の転落の道が見えてくる。これも今回の重要な取材成果だ。自分で死んでみないと死人の小説が書けないのでは小説家はできない。人の死を書くためにもずっと入院したいと思っていた。やっとチャンスがめぐってきたわけだ。
ヨットに乗ったら気持ち良さそうな日曜日。
昼食、ハンバーガーとホットドッグ。わお。ひさびさに前のめりになって食べる。目の前の食欲が宿便の恐怖を凌ぐ。上海の女スパイにまんまとやられた自衛官の気持ちがわかったような気がする。(笑)
やっぱりあった。(僕には関係ないけれど)お風呂の順番トラブル。
病院を舞台にドラマを作る時なんかは、つかえるエピソードだ。
隣の人は明日の手術を前に、神経質になっている。
午後5時、軽い床擦れになりはじめ。頻繁に姿勢を変える。多分病気はここからが辛いのだと思う。予定通りならこちらは明日から起きられるが、そうでない人は絶望的な無限連鎖と戦いながら、同時に病と闘うわけだ。
真面目なテーマとして、床ずれの研究はもっとやったほうがいい。患者のQOLにとってきわめて重要。
後ろ臭{うしろが}。僕の造語(笑)
自分が移動した後からっいてくる自分の匂い。シャンプーしたい。病院で死ぬということはこういう匂いを発散させて死ぬということなのだな。
別に自分が死ぬことを考えているわけではなく、あくまでこの機会に「病院で死ぬ」人物を書くときのために、自分を使って取材をしている。この日記を読んで、阿川大樹が悲観的な考えに陥っていると誤解しないでくださいね。
むしろ病院の日々は思った以上の取材成果で毎日わくわくしています。
ちょっと長い日程で取材旅行をしているようなつもりなので。ここのところいくことができないでいる沖縄取材旅行の代わりみたいなもの。まさに同じくらい楽しんでいます。
寝る前の検温37,0度。このあたりは快適に過ごすためにアイスノンと下剤をもらう。
手術後2日目 DAY3:9月1日
寝たきり3日目ともなると食欲がない。
暗くなるという以外に朝昼晩のめりはりもない。
10時前、回診。
傷口OK。
ガーゼ交換。ベッドと背中に挟まれたガーゼが傷口を押して痛かったのがよくなった。
体温37.1度、冷や汗が出る。アイスノンをもらってまた体を拭いてもらう。とっくに開き直っているので見られても触られても平気。でもナースが先に友だちだったらいやかも。小はあいかわらず管から、大はがまん。浣腸は平気になったけどウンコ見られるのはまだイヤだなあ。でもあと1.5日、我慢できるかなあ。
リハビリの先生がベッドまで来て人間トレーニングマシンになってくれて筋トレ。
体幹の筋力が落ちてベッドの上で姿勢を変えるのが少し難しくなってきた。わずか3日間でこれだ。当然、足にもきているはずだが、歩いていないのでわからない。
とにかく寝込んだり監禁されたりしたら、あっと言う間に体力が低下することがわかる。これが実感できただけでも入院したかいがあったというもの。
1週間人質として監禁されていた場合、強硬突入しても,拘禁が強ければ、人質は体力を失っていて自力で逃げるのは困難になる。突入プランを立てる時.人質がどのような状態にあるかによって戦略は大きく変えなくてはならない。なんてことがわかったわけだ。
(入院で病院と自分の身体の変化を取材して得られるものは、こうして多岐にわたる)
午後背中から入れていた痛み止め(エピ)がなくなったので、キズがかなり痛む。またボルタレンを入れてもらえば痛くなくなると思うが、取材の為、もう少し我慢してみる。
食欲は急速に減退してきている。体を拭いてもらっていても自分で結構匂う。
人間ただ3日間寝ているだけで体が壊れていくのがわかる。壊れきる前に病が治らないとき、人はきっと病院で死ぬのだ。
僕の場合は内科的には健康な状態からの外科手術だから問題がないけれど、内科的な重篤な疾患で病院から出るのは、思いの外むずかしいぞ。ある線を越えて長引く病をもっていて「出る」というはっきりした意志のもてない人(まさかと思うが世の中には意外にいる)は死が待つ蟻地獄にはまってしまう。
午後3時、『喜屋武マリーの青春』を読んでいるうちにまた汗が出てくる。コザ騒動のシーン。この本、沖縄戦後史の良書だ。
今日は土曜日なので周囲に見舞客が多い。
タ食、いよいよもって食欲がない。便通が原因だと思う。明日1日我慢して栄養摂取に問題を残すのは本末転倒なので、ついに下剤をもらうことにした。
DAY2 手術後第1日:8月31日
夜間も2時間おきに体温血圧などを計る。きわめて順調に推移。午前5時すぎ、 ガスが出る。よし、胃腸も動いている。
明け方、うとうとREM睡眠から覚めてふと気づくと、バルンカテーテルをいれたまま勃起している。きわ
めて妙な感触。(笑)

午前6時、口から水を飲む。うまい。
べッド下に溜まっていた尿はl300ml。
寝たきりだからべッドから見えるのは空ばかり。智恵子は「東京には空がない」と言ったらしいが、どっこい横浜は空ばかりだ。
午前8時26分、一般常食(ただしご飯はおかゆ〕完食。食うというその行為で元気が出る。オナラもよく出る。
午前10時、べッドに小型のX線撮影装置がやって来て背中にフィルム乾板を置いて上から照射して撮影していく。すごいね、この装置。しかし、周囲にX線の不要輻射がかなりあると思うんだけど。
午前10時30分、ナースKさんが体全部!を拭いてくれてパンツを履かせてくれる。人間にもどった気分。「人間はパンツを履いた猿だ」といったのは誰だっけ? 足の鉄腕アトムブーツのポンプも外れる。
昼飯も完食。おいしゅうございました。
再検査でビリルビンが相変わらず高いということで、急遽、腹部CT検査。肝ガン発覚か? 父のガンが見つかったのは心臓発作で病院に担ぎこまれた時だった。
今回の手術なんてほとんど何の不安も感じなかったけれど、寝台に載せられてCTに向かう時には油汗が出た。
もし残りの命8ケ月といわれたらどの長編から手をつけようか、などと真剣に考えた。やっとデビューしたばかりなのに、もっとたくさん小説を書きたかったなあと思った。
妻の差し入れでマクドナルドのアイスコーヒーが届く。
おしやべりしながらタ食、横になったままの食事は疲れる。これは体が弱っていたらとても食べられない。妻に手伝ってもらって食後の歯磨き。ああ、すっきり。

午後8時、点滴はずれる。
同室のSさんの痰混じりのイビキがうるさいので、イヤホンをしてFMを聴く。
病院ってイビキ率高いのかな? 75%以上だと思う。みんな病気で身体のバランスを崩しているからかな。僕もイビキをかいているかもしれないけど、自分ではわからない。(もちろんSさんにものびのびイビキをかいてもらってかまわない。病院なんだから)
0時前、別の同室の人が眠れないとナースに訴えている。
僕も眠れないけれど、眠る努力は特にしない。その代わり眠れない病院の夜は長いので、消灯後でもいろいろなことができるように道具をもってきているわけだ。
寝たままの姿勢で、Zaurus でこの日記を書くのもそのひとつ。
DAY1 手術の日:8月30日
9時5分前病室を出発。
下着なしでニーストッキングというセクシー路線〈病衣は着ている)
ニーストッキングはエコノミークラス症候群予防の為だそうだ。
5階手術室のアプローチで妻と母とに「いってきます」と手をふる。
隣では可愛いナースがいて、スタイリストバッグにレントゲンや書類を入れて並んで歩いている。
スライディングドアをくぐると、まず丸イスに座って、シャワーキャップのような帽子をかぶる。緑色の着衣の人たちがストレッチャーをもってくる。
踏み台からストレッチャーへ。
いよいよ手術台だ。
僕の上には銀色のシートがかけられている。それの陰で寝間着を脱がされる。
「背中に注射しますよ」
「点滴します」
天井には、いわゆる手術室のライティング設備。いやがおうでも、貧囲気がもりあがる。マスクをした女性の知的な美しい目にアラブの恋をしそう、なんて思っているうちに記憶は飛んでいた。
次の記憶は病室の手前。妻と母の顔が見える。出て行ったときとは別の、ナースステーションに近い部屋に運びこまれる。

とあえず麻酔から覚めたことを神様に感謝だ。(マジな話、全身麻酔が最大のリスクだと思っていたので)
左手に点滴、鼻には酸素、ペニスにバルンカテーテル、背中に硬膜外注射、と4点スパゲッティ状態だ。そして他に見えるのは天井。
手がとても冷たい。
腰に大きくはないがとんがった痛み。だが妙に温かい。(電気毛布がかけられていた)
いちばん痛いのはノド。手術中、呼吸確保のために管が入っていたのだそうだ。
両足は鉄腕アトムのブーツのようなものの中。これは機械で自動的に空気が入ったり出たりする、これもエコノミークラス痘候群予防の為。
午後6時頃、体温37.5度くらいの正常な徴熱。血圧正常、脈拍90程度。
午後8時すぎ、キズが痛みはじめたのでボルタレンの座薬を入れてもらう。夜勤のナースは初日にオリエンテーションをしてくれたHさん。
座薬は絶大な効果アリ。
うとうと細切れに眠るせいでよく夢を見る。妻でも愛人(几談)でもなく食い物の夢。なんてわかりやすい! 人間基本は色気より食い気。色恋も生きぬいてからのお愉しみ。
と、限られた姿勢の中で休み休みやっとこれだけ書いて時刻はまだ23時57分である。夜が長いなあ。でもこうして文章を書いているとまったく退屈しない。まもなく入院後丸4日になるけど、テレビを見てつぶすヒマというのがない。
夜中、やっぱり起きたお約束のトイレがつまる事件。第一発見者はやっぱりオバサンできっと犯人だと思う。
「びっくりしたわよ、ほんとに」
とあくまで被害者なのだと夜中なのに大声で十回くらいくりかえす。わかりやす~。
(翌日の取材によれば原因は、生理用品。現場は男女兼用車椅子トイレ)
推理作家は、ベッドにねたきりでも、このくらいの事件は解決できる。
8月29日
夜中に何度も目が覚めるが、午前7時には爆睡してて、看護婦さんに起こさ
れたときには、寝ぼけ眼。外は曇天。涼しい朝で助かる。(昨日は病室が30
度くらいあって、暑かった)
明日、手術なので、今日は最後の比較的動いてよい日。3食、食べられるし。
というわけで、小休止のような一日。
午前9時ごろ、無性にコーヒーを飲みたくなって1階のコーヒーショップへ。
この時刻の1階は外来患者が往来する立派な「娑婆」である。特別なコーヒ
ーではないのだけど、久しぶりに飲むコーヒーはコーヒーであるというだけで、
おいしい。
病室へもどると、午前10時10分、採血。17日の検査でビルビリンが高
かったようだ。
ひきつづき、麻酔科の医師が説明にくる。
クスリのアレルギーがないことを確認、手順の説明。
全身麻酔から覚めた後の吐き気については、女性は3倍くらい起こしやすく、
喫煙者は起こしにくく、乗り物酔いをしやすい人は起こしやすい、ということ
だ。
乗り物酔いを起こしやすい体質だけれど、女性じゃないし、喫煙者なので大
丈夫かもしれない。
そういえば、午前11時現在、検温と血圧測定が来ていない。僕がいない間
にきたのかもしれないけれど、このまま1回パスになるのだろうか。
自覚的にはなにも問題ないけれど、病院の手順としてはあまり褒められたも
のじゃないな。作業の抜けがチェックされていない。
(結果的には、あとでちゃんと来た)
重大なことに抜けがないように、あらかじめ知らされている手順については、
患者の方も注意しておく必要がある。病院のせいだ、といっても被害を受ける
のは患者自身だから。
よく「先生や看護婦さんにすべてお任せします」と盲目的になってしまう患
者がいるけれど、医師も看護師も病院というシステムも、すべてがミスがなく
動くはずはない。これは製造業に於ける品質管理の考え方と同じで「人はかな
らずミスを犯すものである」という前提で、患者自身も含めて、そのミスをな
くすメンバーのひとりになってQC(品質管理)活動を続けなくてはならない。
そのためにも次に何をするのか、入れている点滴や飲んでいる薬はどういう
作用をするのか、きちんと知識として知っていた方がいい。医療過誤のリスク
はある程度患者自身でも減らすことはできる。多くの医療事故はミスが原因で
あり、ミスさえなければ現代の医療はかなり安全になっている。
(病院のシステムは患者に知識がなくても安全に運営できるように構築すべき
なのはいうまでもないけれど)
僕が受ける「腰椎後方除圧術」という手術も、手術自体の安全性は高いけれ
ど、検査で被爆することによる長期的な発ガンのリスクもあるし、たとえば点
滴で間違った液を入れられていまえば、あっという間に死んでしまう。
病院というのは緊急事態が日常的な場所だから、自分の治療が安全でも、他
の緊急事態の影響を偶然に受けてしまって、ミスが起きる危険にさらされるこ
とがあるわけだ。
ひとりの危篤患者への対応によって芋ズル式に思いもよらない連鎖が起きて、
自分の命が危険になる可能性だって十分にある。山道を歩いていて落石にあっ
たり、町を歩いていてビルの上から自殺者が飛び降りてきたりするように。
医師や看護師を信用するというのは、その技術や経験についてであって、ミ
スをしないという意味では人間であるかぎり信用はしない方がいい。というよ
りQC(品質管理)の基本として、人間はミスを犯す存在である、といつも認
識している必要がある。現在の高度医療は薬剤機材の製造業者流通システム、
病院内での物流システム、手術室内でのチームワークなど、何百人という人が
関わってできている。そのどこにミスが潜んでいるかはだれもわからない。
最後に、飛んでくる石を避けるのは自分なのだ。
掃除に来るオバサンはけっこう大柄な人。
特徴は、和製洋物ミュージカルの役者がカツラをかぶっているような真っ白
な縮れ毛の髪。ハンバーガー屋のマイケル・マクドナルドの赤毛を白髪にして
女にした感じ。(制服も色違いの青だが似ている)
27日、向かいの人が退院していった後の掃除のようすをとくと観察。
おもったとおり、大雑把。四角いところを丸く拭く。(僕の収納棚の裏にだ
って先人が落としたらしい帽子があるくらいの仕事ぶり)
プリペイドカード式の備え付けの冷蔵庫の中も、外回りと同じ雑巾で拭いて
いた。(これはオバサンが悪いのではなく、掃除の作業仕様がそうなっている
のだと思う)
ちなみに、当病院。各人に専用のテレビと冷蔵庫が備え付け。
ただし、1000円のカードを買ってそれを差し込むことで動作させる。僕
はどちらも使っていない。
今回の入院のテーマのひとつに「テレビのない生活を体験する」というのも
あるし、「病院食だけで暮らす」というテーマもあるので、どちらも不要なの
だ。
このテレビは目の前に鎮座していて鬱陶しいけれど、4人部屋の向かい側の
人がベッドを起こしていても互いに目が合わない、というプライバシー効果も
発揮している。
また冷蔵庫は、冷たくなくても収納スペースとしては使える(容積効率はよ
くないけどね)
午後、担当医が立ち寄る。
再検査でもグロブリンの値がよくないのを麻酔医が気にしているので内科医
の所見をもらうとのこと。手術できなかったらいやだなあ。
検温36.5度。僕としては高いな。もう少し水分を摂った方がいいか。
血圧114/60。
入院したとたん、運動不足がひどくなるので、それだけで体調は悪くなる。
どちらかというとお通じはよすぎる系の自分が浣腸騒動になったりしているの
も、軽度の脱水と運動不足のせいだと思う。
装具(コルセット)の領収書と医師の証明書がクラークから届く。これで保
険組合に申請すればコルセット代の払い戻しが受けられるはず。
午後3時半、空の鳴る音。
8月のこの時刻とは思えない。外は薄暗く、窓から見えるマリンタワーの燈
台の光が眩しく見えている。臨港パーク沖の海にだけ雨が降っているのがわか
る。そしてまもなく、下に見える道路の色が黒く変わり始めた。風力発電の風
車は回っていない。
やがて雨脚で産みも風車も見えなくなった。
ガラス面積が広いので、台風の時に入院していたら壮観だろう。
入浴は午後4時半から。この先、4日ほどベッドから出られないので、これ
でもかとよ〜く洗っておかなくては。
(身体を拭いていたら、勝手に開けて「あらだれか入っているのね」といって
謝りもせず不機嫌に閉めていくオバサン。やっぱりいたよ、こういう人。これ
だから病院はネタの宝庫なのだよ)
これを書き込んだ後は、しばらく日記の更新ができなくなります。
ちゃんと麻酔から覚めれば、1週間後にはまたお目にかかれるでしょう。
8月28日 その2
午後0時25分 生まれて初めての点滴、左腕に。なあんか病院にいるって感じ。(笑)
午後2時前、X線透過室で像影検査。像影剤を背中から入れて、かがんだり反ったり。
帰りは安静なので車椅子で病室へ。部屋でCTの順番待ち。l時間ほどで呼ばれて、今度はうつぶせでCT。そこからの帰りももちろん車椅子。
午後5時の予定の医師の説明は6時半に延びて開催。これはありがちの普通の出来事。
結局、手術は L5/S の椎間板へルニアのみに対して行なうことに。
L3/L4 L4/L5 脊柱管狭窄症は映像所見ではあまり悪くない。間欠跛行の症状から想定される形態と一致しないが椎弓削除による脊柱の強度低下というペナルティとのトレードオフを考えて保守的に判断する。
説明を終えて病室にもどるとタ食が置かれていた。食べる前に点滴2本目に。
午後8時すぎ、なんとなく眠りに落ちる。午後10時すぎ、点滴を外しに来たナースに起こされるが、すぐにまた眠る。
翌1時40分、目が覚めてこれを書いている。Zaurusの手書き入力だと画面さえ明るければ書けるのでキーボードが見える必要がない。手書き文字認識も優秀だけど、問題は僕が漢字を書けなくなっていること。
こういう時間帯はやっぱりNHK-FMの「ラジオ深夜」便がそれらしいな。
8月28日
午前6時半、前の人のところに看護師さんがクスリをもってきた声を聞いて
目が覚める。
「眠れました? 夜、一度起きてましたよね」
夜勤明けの看護師さんお見通し。(笑)
ベイブリッジのあたりから陽が昇ってくるので暑い。たまらずブラインドを
引く。
午前7時半。朝食。完食。
このあと絶食絶水。
昨日の反省から八時半に売店が開くのを待って
朝の検温35.9度。(昨日の夕方は35.1度)
血圧は102/76。これはだいたいいつもの値。
午前10時すぎ、担当のI先生の診察。いろいろな姿勢で痛いかどうか、な
ど。
あとは太もものつけ根から、動脈血の採血。
さて、昨日の失敗は意外なところに影響を及ぼした。
昨夜9時前に下剤を飲んだ。今朝10時までに自然に排便があればよかった
のだが、昨日は二食だし、夕食は病院食でいつもより軽い。夕食後、お茶をゲ
ットしそこねて、その時刻には売店も閉まっていて……、というわけで、食事
だけでなく結果的に水分摂取量もかなり少なめ。その上、朝日が差し込む病室
は暑い。
どちらかというと確実に胃大腸反射が起きて「大」の方は確実にでるどころ
か、デーパートや本屋なのでは予定外に催す方なのだけれど、そんなわけで、
肝心な(笑)今日に限って出ないのだった。
一度、「試みて」みるが、どうにもだめ。
せめてトイレがきゅんと冷えていてくれればいいのだが、そこはそれ病院の
トイレだから暑いことがあっても寒かったりはしない。(血圧上がる人もいる
からね)
まあ、九時の時点で「これはでないな」とあきらめていましたよ。半分はこ
れも身体をはった体験というわけで。
「浣腸、したことありますかぁ〜」
看護師のIさんに聞かれるが、物心つくかつかないかあたりで、イチジク浣
腸というのをされた記憶があったりなかったりくらいで、大人になってからは
未体験である。
「こういうのになります」
とベッドに横になったてお尻を出している僕にIさんが見せてくれるのは、
大きめのレモンくらいの半透明なボディに白い樹脂でできた先っぽがついてい
る。
子供の頃の浣腸はもっと痛かったような記憶があるけど、「へんな」感触が
あるだけでさほど痛くはなかった。看護師さんの腕がいいのかもしれない。
「五分我慢できれば上出来です」
そういって平然と去っていくIさん。
すぐに出してしまうと液体がでるだけなので、我慢してから出さないといけ
ないらしい。そうはいっても、ベッドでぎりぎりまで我慢するのはリスクが高
すぎる。そもそもぎりぎりで行ってトイレがふさがっていたら困るではないか。
というわけで、不安が先に立って、一分後、お尻に力を入れて部屋のトイレ
へ。幸い空いていた。まずは場所を確保して安心。座ったあと、できるだけ我
慢してみよう。
時計をもって入らなかったから5分より短かったか長かったか正確にはわか
らないけど、定量的に指示を出してくれるのはあいへんありがたく、便器に座
ったあとできるだけ我慢してみてから「よし、このあたりで」と心おきなくお
通じに専念したのであった。
あたりまえだけれど、浣腸といっても入れ終わってしまえば、ただの排便な
のであった。(いや、なにか特別な期待をしたというわけじゃないんだけど)
しかし、効果てきめんで、都合3回も行きました。
こういうのもなるべく平温に生きたいと思えば、恥ずかしい体験なんだろう
けど、何事も取材、芸の肥やし、と思っていると、得した気分になる。
(ところで、浣腸をすると保険の点数は何点になるのだろう)
正午からは点滴開始の予定。
点滴も初体験なので楽しみ。
(以下、検査後の安静のため、寝るまで Zaurus に記録した)
8月27日
待ちに待った入院。
午後1時20分過ぎ、入退院受付。預託金5万円を会計に払って9階の病棟
へ。
案内された病室からは、パシフィコ、インターコンチネンタルホテル、ベイ
ブリッジ、風力発電の風車が見える。iRiver T10 のFMラジオもよくはいる。
室温27.4度。携帯オーディオで India Arie なんか聞いていると、天王
洲汐留あたりの高層マンションにいるような感じで、すごく豊かな気分になる。
一方で、全員お仕着せの寝間着(1日420円)になるので、廊下を歩いて
いる人がみな同じ服装(笑)をしているわけで、囚人服みたいだ。右手首に黄
色い認識票のバンドがついているし。
幸い差額ベッド代のいらない4人部屋でよかった。個室だと1日31500
円。高い上に個室じゃ病院生活の取材にならないし。
看護師Hさんから説明。喋り方が少し、109カリスマ店員芸の柳原可南子
に似ている。優しい感じに話そうとすると多かれ少なかれそうなるんだけどさ。
でも、不思議にこっちが元気が出てくる話し方なのだ。
入院生活の案内とか、手術を含めたこの先のスケジュールとか。
いつからいつまで寝たきりだとか、尿の管がついているとか、そういうこと
が先にわかるのは心安らか。
脊髄造影検査や手術の前日に下剤を飲んで朝までにお通じがないと浣腸です
よと、脅され(?)たり。
普通人としては恥ずかしいから浣腸されずに済ませたいけれど、小説家とし
ては、せっかくの機会だから、そんな気持ちになるだろう、なんて興味も湧く。
テレビと冷蔵庫も個人個人のベッドについていて、1000円のプリペイド
カードを入れる方式。イヤホンは下の売店で買ってください、ということだけ
ど、もってきたステレオイヤフォンも使えることを確認。せっかくの入院なの
で、人間観察や読書や執筆で忙しいから、あまりテレビを見ることもないだろ
うけど。
4人部屋には部屋専用のシャワー付洗面所、トイレがある。
水回りの音で夜中は近くのベッドの人に迷惑なので、トイレは廊下のを使う
ことになるだろう。
午後3時前に身長体重の測定、検温、ひととおりの説明などが終わる。
本日の残りの予定は4時から背中の脱毛、5時から入浴。あとは夕食だけ。
というわけで、空き時間に売店で、必要な資材(T字帯、リハビリ用の上履
き)などを購入。
隣の人のテレビでは組閣のニュースをやっている。
午後6時過ぎ、夕食が届く。
けっこうおいしい。量が少ないし時間がゆったりしているので、茶碗に残っ
たご飯つぶまで丁寧に箸で食べる。こういう気持ちって新鮮だ。さっそく入院
の取材成果が現れたぞ。
病人の気持ちを自分を使って取材するため、できるだけ食べ物は与えられる
ものだけで生活してみようと思っている。
それにしてもいいよね。何を食べるか考えなくていいのは。
つくるにしろ、外食するにしろ、日常のなかでは何を食べるか考えるのがけ
っこう億劫でめんどくさい。食事のことに心や時間を砕くくらいなら、小説の
ことを考えたり、何か新しい知識に触れることに使いたいのだ。
もちろん、食事はちゃんと摂れば楽しいものだけれど、日常のなかでは自分
に餌をやっているだけで、なんでもいいから食べられればいい。何でもいいの
に選ばなくてはならないのは面倒だ。あてがい扶持というのはほんとに楽でい
いなあ。(これが洋服だったら制服のようなあてがい扶持はすごくイヤだから、
面白いものだ)
味の区別はつくつもりだし、高価で洗練された食事の価値も認めているけれ
ど、僕は基本的に粗食が苦にならないほうだと思う。それは生き方の勇気の源
泉でもある。粗食で悲しくなるようでは、小説家になろうなんて思い切ること
はできなかったから。
今日の失敗。要領がわからなくて、夕食の後、マグカップにお茶をもらって
おくことができなかったこと。最初にそういう説明があったらよかったのにね。
午後8時、音楽を聴きながら寝そべって文庫本を読む。
『喜屋武マリーの青春』(利根川裕)。
コザの伝説的ロック歌手のことが書かれたノンフィクション。コザへ行くと
いつも会う、宮永英一も少し登場している。
利根川裕といえば「トュナイト」というテレビ番組のキャスターをしていた
人だけれど、書いたものを読むのは始めて。ふーん、こういう仕事をしていた
んだ。
もってきたオーディオ
iRiver T10
Napster 用 および FMラジオ(世間との接点)として
FMの予約録音もできるので、NHKの定時ニュースを録音してみようか
Apple iPod Shuffle 512MB (縦長の旧型)
今回は最近ツタヤでレンタルしてきたジャズ専用に
Casio EXILIM M1
SDカードなので、中味の差し替えが可能
デジカメ兼用(携帯のカメラが病室では使えないから)
イヤフォンは AudioTechnica のもの2機種(カナル型と耳かけ型)
カナル型は適度に耳栓効果があるし、そのまま寝入ってしまっても大丈夫
もってきたパソコン
Sharp MURAMASA
準常用執筆マシーン バッテリーで8時間くらい原稿が書ける
Sharp Zaurus SLC-860
手術後起きあがれないときの執筆用 PDA型 Unixマシン
夜間の読書用
電気が消えてもディスプレイで読書ができる
文字も大きくできるので眼鏡なしでもいい
実は電子読書は意外と快適
青空文庫(国木田独歩『武蔵野』など)を何編かもってきている
翌1時半、すでに十分眠ってしまったので、サロンに起き出してきてこれを
書いている。
ひたひたと入院準備。
こういうことをしていると、毎月(時には月に2回)のようにアメリカと日本を行ったり来たりしていたころを思い出す。最近では、ヨットのクルージングか沖縄くらいしかいかないし。
というわけで、ほんとに修学旅行のような気分で、ビミョウに緊張しながらもなかなか楽しい。
これから、数々の未体験の事象に遭遇するのだな。
最終的に命さえ助かるならば、せっかく飛行機に乗ったらハイジャックにあったりしてみたいじゃない? それと同じ。
台風が近づいてくるときの、あのなんともいえない昂揚感みたいなもの。
8月最後の土曜日だ。
というより、いよいよ入院が近づいてきたので、準備しなくては。
ヨット仲間にサイン本を頼まれていたので、バイクでハーバーまで行き、事務所にあずけておく。
午後4時半に着くと、ちょうど知り合いの船が出航していくところで、見送ると、なんとうちの船の女性クルーが乗っていた。(笑)
メンバーと出航時間からして、八景島の花火大会に行くのにまちがいない。
家の近くのバイク駐車場までもどって、月極駐車カードの更新を済ませる。
ランドマークタワーの69階の展望台のタダ券の期限切れが近いと妻がいうので、歩けない僕は自転車で、妻は歩きで出かけ、入口で待ち合わせ。
ふだんは入場料1000円もするので、来るのは初めて。
都市なので、うごくものが多くて、上空からの景色も意外と面白い。満員の横浜スタジアムとか、大道芸に集まっている人とか、自分が住んでいるマンションとか。
夕食は、ランドマークプラザ5階の寿司屋。
わりとリーズナブルな値段で寿司を食べた気分になるのでいいかも。携帯で会員登録をすると生ビール1杯がタダになる。さらに4000円の商品券もあって、腹一杯寿司食ってビール飲んで、ふたりで2000円。安い!
まあ人生最後の寿司にするにはちょっと情けない寿司ではあるので、来週の全身麻酔、ちゃんと覚めてくれないと困るぞ。

一昨日、自信をつけたので、調子に乗って自転車で動き回る。
ツタヤに借りていたCDを返却。
ジャックモールのダイソーで電池を買う。だれかのベンチマークによれば、ダイソーの電池は意外なことに性能がいいらしいのだ。行ってみると、かなり色々なOEMメーカーの電池が売られている。容量の評価はよかったけれど、長期保存性、つまり液漏れに強いかどうかはベンチマーク記事ではわからないので、SANYOの名前の入ったものにした。
マクドナルドでハッピーセット(ボーリングゲーム付300円:クーポン使用)
野毛の図書館へ行って、借りていた本を返す。(今週、野毛に来るのはなんと4回目)
みなとみらいのユニクロで下着のパンツを2枚。(入院準備ね)
セキチューで、歯ブラシなど。(これも入院準備)
夕方、バスで野毛へ出る。
モスバーガーで少し原稿書き。
カウンターでお箸で食べるフレンチレストラン「Y(イグレック)」。
ポーションも大きく、大満足。
シェフがひとりでやっているので、混んでくるとなかなか出てこなくなるのがご愛敬。その間、ワインが進んでしまうのだ。たっぷり3時間かけて食事をした。
都橋飲食街の「華」。
横浜中華街生まれ、本牧育ちの中国人のママさんの店。
これまたゆったりと話をしながら飲む。
新宿歌舞伎町ゴールデン街もいいけど、なにより家に近いのが気楽。
野毛にあるのは、どの店も「本店」だ。
みなとみらいにあるのは、支店ばかり。みなとみらいはきれいで観光客には人気があるけれど、その町からは何も生まれていない。野毛は、その町の人が作った町だ。

少し秋の気配がしてきたとはいうものの、暑い時間を避けて横浜中央図書館へ。自転車で向かうと最後の野毛坂が難関。鎮痛剤といっしょに飲んでいる筋弛緩剤のせいで下半身に力が入らないものだから。
しかし、本日二回目の薬を飲んだのが出発直前だったため、まだ血中濃度が上がっていなくて、意外に大丈夫であった。
1冊返却して、1冊借りる。
返したのは経済の本、借りたのは医学の本。
あとは、少し遠回りして、山下公園赤レンガ倉庫など、ふだんのポタリングコースを走ってみる。なかなか順調。他人が見たら100m歩けない人間には見えないだろうなあ。
かつてはあれだけ歩いていたのにさっぱり歩かなくなって、欲求不満なのか食べる量は増えてしまったので、ウエスト周りが増加中。まあ、入院すればカロリーコントロールがしっかりするので、痩せると思うけど、運動不足はひどくなるから、少しでも運動しておこうと思って。
帰宅後は、サッカーテレビ観戦。
A代表の日本vs.カメルーン、オリンピック代表の日本vs.ベトナム、そしてU-17ワールドカップの日本vs.ナイジェリアと3試合。
オリンピック代表の試合は面白くなかったのでほとんど見ないで本を読んでいて、おかげで借りてきた本を読み切ってしまった。
そんなわけだから執筆はあまり進まない。
8月も22日。夏休みの宿題を残している子供みたい。
といいつつ、実は、夏休みの宿題は7月中に全部やってしまうような小学生だったので、夏の終わりに宿題を残していた経験はないのだけれど。
本日はコルセットの型取りのため、整形外科の装具外来。
すでに予約は一杯だったところ、次の週が手術だというのでむりやりねじ込んで入れてくれた予約なので、午後3時半の予約だけど、その時間に行くと、まだ10人ほどが待合室で待っている。
それでも、本を読んでいるうちに午後4時半に呼ばれる。
いつもとはちがう診察室の光景。
床には古新聞が敷き詰められている。
「上着を脱いでください」
「ズボンを下げてください」
という感じで、直立して両手を杖に預けている間に、腿の辺りから脇の下までキッチンで使うのと同じラップでぐるぐる巻きにされる。
足下のプラスチックバケツに白い液体が入っているのは拙稿、じゃなくて、石膏。白衣を着た装具屋さんが、そこに幅広の布を漬けて浸し、軽く絞っては、腰から胸へラップの上から巻き付けていく。放っておけばミイラになってしまいそうだ。
「もうじき固まりますからね」
5分くらいしか経っていないけど、直立しているとすでに足がかなり痛む。しかし、石膏が固まるまでガマンするしかない。
固まったのを確かめて、胴体に何やら書き込んでいる。名前とか病院名とか。
やがて、カッターナイフで、胸から腹にかけて正面正中線付近を縦に切って外すと、僕の体型を忠実にコピーした筒ができあがるわけだ。
(カッターナイフで腹を切られたらどうしようと必死で腹をへこませたのは言うまでもない)
一部とはいえ、自分の身体の3Dモデルを見るのはなかなか不思議な気分。こういう体験ができるのも病気のおかげである。
コルセット代は23535円、来週火曜日、病室に届くので現金で払うということ。保険が適用されるので、あとから書類を揃えて保険組合に請求すると7割がもどってくるのだけど、その手続きには診断書が必要でお金がかかる。なんだか納得できない制度だ。
窓口での本日の医療費支払いは、2310円。これはいままでで一番安い。
24時間テレビ(日本テレビ)は、好きな人と嫌いな人にはっきり別れるようで、僕の知り合いで24時間テレビを見る人はほとんどいない。
もちろん、僕も見ない、というか、事前情報を聞いてはいたが、いったいいつ行われるのか興味もないので知らなかった。
で、たまたまチャンネルを替えたら、欽ちゃんがあと1.5Kmくらいで武道館に着くけれど、放送時間内には間に合わなそうだ、というところで、「間に合わない」というところが妙に気に入って、番組的にどう落とし前をつけるのか、そこに興味が湧いてしばらく見てしまった。
人はたまに感動して泣きたくなる、という一種の「心の生理現象」みたいなのがあるのは理解はできる。まあ、僕だってそういうふうに思うことはあるし。
だからこそ、どうやったら人を感動させられるかというのはある程度わかりきっていて、人を泣かせる小説とか感動させる小説とか、そういうのを書くのは別にむずかしくない。単純な技術上の問題なのだ。
泣けるか、感動できるか、じゃなくて、何によって泣くのか、何によって感動するのか、というところが問題なのだ。
(必ずしも泣かなくても感動しなくてもいいけど、たとえばの話ね)
欽ちゃんが24時間テレビで70kmを「歩ききって」、感動した人もいるらしい。
まあそうだろう。でもさ、こういう風にしたらかなりの人を感動させられるってことは、みんなやる前から判っていて、見る人もわかっていて、予想したとおりに感動したいから見ていたんだよね。
そういうニーズがあるから、そこに商品を提供する、ということを非難することもないと、理屈では思うのだけれど、感動ってそんなにまでして、しなくちゃいけないのかね、と見る人の方にいいたい気分になる。
「欽ちゃんを見てわたしもがんばろうって思った」
て、おいおい、欽ちゃん見なくたって思えよ。(別にそう思わなくてもいいんだけど、とにかく思うきっかけが欽ちゃんかよ)
欽ちゃんくらいがんばっている人って、僕のまわりを見回したら、いくらでもいるから、きっと、欽ちゃんをみて感動している人の周りにだって、いくらでもいるんじゃないかな。
66歳なのに、とか、身障者なのに、とか、そういうオマケのスペックつけなくたって、ちょっと自分の周りを見てみればそれで十分なんじゃないのかなあ。がんばっていないように見えて、けっこうがんばっている人は多いような気がする。
別に欽ちゃんじゃなくて、どんな人生だって、いつかどこかでのっぴきならないことになるものだし、それでも、たいていの人はそこを切り抜けて生き続けていくものだ。
まあ、一日に煙草を何箱も吸っていても、66才で70kmくらいは歩き通せるということが証明されたってことで、いいってことにするか。
愛でほんとに地球が救えるのならいいけど、地球を救うのは愛じゃなくて理性だと思う。
戦争は愛によって引き起こされている。目に見えている人、近くにいる人だけを愛そうとすることこそが、戦争の原因じゃないのか。目の前にいない人のことを考えることのできるために必要なのは、愛じゃなくて理性だ。自分が愛する人を殺した人にも愛する人はいる。
世間は猛暑だ酷暑だと言っているというのに、少しも夏らしいことをしていなかった。
旅行も、海も山も、ひと夏の恋も。(笑)
やっと手術が決まったので、入院までに娑婆の空気を楽しむことにする。
娑婆といえば、まずはヨットだ。
たまたま今日はレース。
男3女5というレースらしからぬ華やかなメンバーで参加。
すごく楽しかったなあ。
レース終了後は、会費一人1000円で飲み放題食べ放題の焼きそばパーティ。
写真は、パーティ開始を待つ、ボートヤード。

上場企業役員だったこともあるKさんが、家の近くまで来てくれて、2時間ほどいろいろな話を聞く。
夕方、TSUTAYA でCDを5枚を借り、スターバックスコーヒーで原稿書き。
静かだけれど、内容のある一日だったかな。
目が覚めた。??? ヤバ!
とあわてて飛び起きて、目覚めて20分後には、病院の待合室にいた。予約時刻9:30に間に合いました。
エクセルの表にまとめた神経根ブロック注射のあとの症状の経過などを見せて、……、手術決定!
8月27日、午後から入院。 30日、手術。入院期間は3週間の予定。
というわけで、さっそく手術前の検査。
採尿、採血、心電図、出血時間測定、胸部レントゲン、完了。
(心電図の受付の女性が妙にセクシーだったなあ)
来週、21日には、手術後にはめるコルセットの採寸。
生まれて初めての入院&手術の甘美な響きに、遠足の前の子供のような気分。
入院前の to do list 入院のときの持ち物リストを作らなくては。
とりあえずツタヤへいって、病院で聞くCDを借りてきましょうかね。るんるん。
とにかく、やっと手術に漕ぎ着けた、という感じ。
2時に桜木町で打合せ。
家から自転車で漕ぎ出す。歩道の照り返しがすごい。遠赤外線から赤外線から可視光線から紫外線までまとめて、莫大な量の光子が僕にぶつかってくるって感じ。どうやら光子にも質量はある。
途中、郵便局で韓国の友人あてに著書を発送。
彼女、一応、大学で日本語勉強したはずなんだけど、たぶん、読めないだろう。そもそも英語でしか会話したことない。
10年ほど前、半導体関係の雑誌の仕事でシリコンバレーに取材にいったとき、大学出たての彼女も雑誌社から派遣されてやはり取材に来ていた。半導体のことをほとんど知らないし、車もないし、財布をなくして困っているという、オマヌケなジャーナリストだった。けど、それがいまじゃ、ソウルで自分の会社をやっている。
打合せの後は、久しぶりにプールでリハビリ。
どうも心が病人モードで執筆もはかどらないので、できるだけ生活を元に戻すことにした。足が悪いだけの普通の人になろう。
ビルの5階のプールは、本日、ドームが開いていて、空が見えるし、近隣の高層ビルが見える。背泳ぎをすると圧巻。(しなかったけど)
気温34度、で水温公称30.5度だけど、表面は36度くらいはある感じで、クビの回りが温かいのだよ。
角にホースが伸びていて、そこから冷たい水が注入されているのだけれど、焼け石に水。このプール、水を温める設備はあるけど、冷やす設備はないわけ。(あ、フツーないな)
74年ぶりに日本の暑さの記録が更新されたそうだ。
40度の夏というと、テレビのワイドショーなんかはすぐに「地球温暖化」を口にするけど、昨日までは74年前の方が暑かったのだよ。地球規模の気候変動を最近50年やそこらのことで語ることは、正確性において大いに疑問があるということは、いつも頭に入れておきたい。
ヒートアイランド現象と温室効果を混同している論調にも注意。
日本中が35度だ40度だとニュースが言っているけど、足が悪くてほぼ家にいるので、夏の暑さの実感がない。
この春まで住んでいたマンションはすごく暑くかったのだが、引っ越してきてからは涼しいのだ。
以前の部屋は東向きで、まず、午前中に暑くなり、そのままずっと一日暑い。
いまは、西向きで午後3時過ぎからしか暑くならないし、それもたいしたことはない。
最近これだけ暑いと、東向きとか南向きとか、かえって暮らしにくいんじゃないだろうか。
そういえば、南向きの家にこだわるのは日本人の特徴のひとつらしい。
図書館に予約してあった本が用意されたとメールが入ったので、午前中、バイクで図書館へ。
ついでに医学の専門書に少し目を通す。
混雑していて椅子が空いていないので、ジベタリアン。
午後は、自転車でクイーンズスクエアまで。

ニンテンドーDSを買うほどの経済的余裕はないので(笑)マクドナルドのハッピーセットを買いました。
左は「PKサッカー」右は「バイクレーシング」
背景は時節柄(笑)脊髄神経根の解剖図。
こんなデジタルゲームとハンバーガーとポテトSとドリンクSとで、クーポンを使うと300円。
安いよなあ。
画面が反射型モノクロ液晶で情けないですが、ゲームの難易度は簡単に勝ててちょうどいい。
むずかしいゲームが好きな人がいるけど、僕は理解できない。必ず勝って終わりたいので、ふつうのゲームでも第1画面が終わるとリセットしてまた最初からやります。むずかしい画面へ進んで負けてゲームオーバーなんてまっぴらゴメン。
足の痛み、神経根ブロック以前を10とすると、8くらいか。
これで改善が見られるということは、L5/S の椎間板ヘルニアによって、おそらく S1神経が圧迫されていると考えられる。
ただし、歩いてみると、長腓骨筋(脛の外側前になる筋肉)に緊張が出るところをみると、L5脊髄神経の圧迫もあるのかもしれない。こちらは L4/L5 の脊柱管狭窄症によるものと思われる。
この考え方が正しいかどうか、次の診察日(17日)に医師と話をして確認する。
いずれにしても、10日14時の神経根ブロック注射以降、自覚症状の変化を主観評価として、10段階に数値化したものを、その後の時系列的に、エクセルの表にして記録しておく。医師とのミスコミュニケーションを回避し、できるだけ一貫性のあるかたちで十分な情報を提供する。
午後、試みに、ツタヤまで行ってみる。
CDレンタル5枚で1000円のセール中。以前は、5枚選び終わるまで棚の前に立っていることができなくて、しゃがみ込んだけれど、ちょうど5枚くらいなら選び終わる、という程度には回復している。
神経根ブロックの効果があったから手術をしなくていい、というわけではなくて、神経根ブロックの効果で、ブロックした神経が痛みの原因だと確認できた、ということで、手術する場所が特定できた、という意味になる。
(さっさと手術して欲しいのだけれど、そうやって、ひとつひとつデータを確かめて行く必要があるわけだ)
借りたCDは、ジェイク島袋、クリスタルケイ、椎名林檎(3枚)。
それにしても、とりわけ夏らしい強烈な晴天。ヨットに乗っていたら気持ちいいだろうなあ。
(あくまでも短時間なら「気持ちいい」のであって、遠出をするとしたら暑すぎるのは歓迎できないんだけど)
背中に針を刺して、局部麻酔。
造影剤を入れて見えるようになった神経をX線で見る。静止画じゃなくて、リアルタイム完全動画。
で、その神経を狙って、背中に針を刺して背骨から下肢へ出ている神経をつっつく。
そのとき、ふだんと同じところが傷んだら、その神経が問題の痛みの犯人だというわけで、神経をつついて痛いかどうか試しながら探す、と。
針を刺すところには、局部麻酔をかけるんだけど、神経は痛くないとどこが悪いんだかわからない。
というわけで、その犯人をつきとめた瞬間に、身体の中を電気が走るわけだ。そんな重い痛みじゃなかったけど、中からの痛みだから逃げ場がないの。でも、時間が短かったから身もだえするヒマもなかった。
場所がわかったところで、その場所に、ピンポイントで神経をブロックする薬を注入する。
それで痛みが治まれば、そこに犯人がいることがわかる。
まだ痛かったら、まだ他にも犯人はいるかもしれない。
以上、神経根造影/神経根ブロック注射でした。
終了後、ベッドで1時間横になってから帰宅。
(そのあいだ、病院でちょっとした事件が起きていて、その一部始終が聞こえていたんだけど、それは内緒。小説のいいネタになったぞ)
とりあえず帰り道、少し軽くなっているような気はしますが、これからどうなるかはわかりません。
次の診察は来週金曜日。
なんだか疲れて23時過ぎに就寝。

昨夜は、予告通り(笑)午後5時過ぎから野毛に繰り出した。
焼きトン屋Aにて、ビールとホッピー。
6時過ぎたので、ハモニカ横丁のHへ移動して、9時ごろまで。ここの裏メニュー「巻き揚」がすっごくうまい。横浜いちばんかも。
そこから東神奈川のなじみの店に3ヶ月ぶりに顔を出す。
最初の店のホッピーがかなり濃くて、1週間ぶりの酒だったこともあって、終始グデングデンだったかも。
10時半には限界が来て帰宅。
そのまま寝てしまった。
心を入れ替えて仕事します。(昼間は)

L3/4 L4/5 の脊柱管狭窄症、L5/Sの椎間板ヘルニア。
わはは、腰椎の下の方、全部ダメジャン。
痛みの原因としてもっとも可能性が高いのがL5/Sの椎間板ヘルニア。痛みがここが主因かどうか確かめるため、今週金曜日に、神経根ブロック注射。
つまり、あやしい神経根をブロックしてみて、それで治る痛みがあれば、その痛みの原因はその神経の圧迫(たとえば該当部分の椎間板ヘルニア)であるとわかるので、そこを手術で取り除けばいい、ということ。
水曜に受診してその結果の次のアクションがその週の金曜日と、やっと常識的な(?)スピードでプロジェクトが動きはじめた。
すっごく気が楽になった。
(痛みはちっとも楽にはなっていないけど)
今日からカミさんが合宿でいないので、今晩あたり、タクシーで野毛あたりに飲みに行こうかな。(笑)
午後6時に狛江の矯正歯科なのだけれど、電車では途中南武線が座れない。立っているのは歩く以上に辛いので自動車で。6時に向けていくと道路が渋滞しそうなので、午後3時過ぎに家を出たら1時間弱で到着。
駐車場に車を入れて、ドトールで趣味の地震学。
"Development of multiscale slip inversion method and its application to the 2007 mid-Niidata Prefecture earthquake", Journal of Geographical Reserch, Vol.112,
"A scaling law for slow earthquakes", Nature, Vol.447
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