覇権の標的 フェイk・ゲーム  幸福な会社 会社、売ります D列車でいこう インバウンド








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2010年10月07日

二度づけ禁止

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児童書の企画売り込みのために都心へ出たあと、三軒茶屋の書店回りの帰りがけ。
ついハイボールと串カツ。
となりの店では「牛すじカレー」がありました。
三軒茶屋は大阪かい。

文教堂三軒茶屋店では、「D列車でいこう」が特大の扱いでした。

2009年12月21日

いつなったら

 それにしても、長編執筆中にほぼすべての予定を先延ばしにしてきているので、それら「延ばされた予定」がびっしり詰まっている。
 ちっとも暇にならないよう。
 床屋に行きたい。自転車のパンク直したい。でも、手が着かない。
新幹線で京都へ向かってます。

2009年11月06日

トイレの窓


2009年07月03日

コザ一番街


七夕飾りの商店街で仕事中。
何故だかアーケードにはゴスペル調の聖しこの夜が流れている。でえじ、てーげーです。
スコールが上がったら冷房の効いた場所に移動します。

2009年07月01日

沖縄へ

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すでに家から短パンです。

2008年10月12日

まもなく観音崎

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三崎に向かって航海中。

2008年07月01日

東横線

向かいの席では7人中4人が本を読んでます。
3人はたぶん小説。
世の中捨てたもんじゃないな(笑)

2008年04月19日

コルセット

 2週間前、フットサルをやって以来、どうも腰の調子がもどらない。
 ちょど1年前と似たような感じ。
 このまま悪くなると、7月には歩けなくなり、8月には再手術……という昨年のことが頭をよぎる。

 というわけで、大事を取って、以前使っていたコルセットを着用。
 うん、かなり楽。

2008年02月15日

歌について、言葉について

 昼間のうちは映画化関係のメールのやりとり。
 夜になって本気モードの執筆開始。


 すっかり川上未映子に影響を受けてしまってます。
 自分が執筆モードなので、彼女の小説はまだ読んでないけど、音楽の方で。
 そういう意味では川上未映子ではなくミュージシャン名義だから「未映子」の影響というべきか。
(さらにいえば「未映子」を名乗る前の「川上三枝子」名義のアルバムも、純正ロックでとってもいい)

 言葉自身のもつ力というか魂みたいなものについて考え込む。
 未映子の歌が滲みる。彼女の歌い方も言葉を音としてではなく言葉として(へんな表現だけど)送り出そうという歌い方なんだな。

 こういう風に、言葉に入り込んでしまうのは、エンターテインメント作家としてはたいへんよろしくないわけです。純文学へいってしまっては、僕の目指しているキャリアはまたリセットになってしまう。53歳でやっとここまできて、いまさらリセットしている人生の残りはないからね。
 なので、かなり困ったな、と思ったんだけど、ふと気づいた。

 そう、言葉を大切にするなら、歌の方でやればいいじゃないか、と。

 そんなわけで、猛烈に歌をつくって唄いたくなっている。
 いまの長編が書き上がったら、一曲、書こうと思う。

 ん? 確定申告? それもあるんだよな。まったく。 浮き世はままならぬ。

2008年02月13日

川上未映子

 午前5時就寝。
 午前8時20分、目覚ましが鳴ったが起きず。
 やばい! 8時48分、起床。
 午前9時2分、病院の受付に到着。
 同25分、診察終了。(手術後6ヶ月の「定期点検」)
 近くにプロントができていたので、380円のモーニングセット。
 スーパーに寄って日用品や食料品の買い物。
 午前11時過ぎ、帰宅。執筆開始。

 午後3時、近所の中華屋さんでランチ。
 その足でスターバックスへ出勤。室内が暑く眠くなりそうだったので、「本日のコーヒー」サイズはグランデ。
 午後5時近くまで執筆。
 疲れたところで、ブックカフェになっているので、芥川賞全文掲載の文藝春秋をテーブルまでもってきて、 川上未映子の受賞インタビューだけ読む。

 この人の顔、すごくいいと思うんだよね。
 自分ができている。簡単に凝り固まったのではなく、手を広げて辿り着いた顔をしている。などと人様の尊顔を批評するなんざ失礼至極なのだけれど。
 インタビューを読んでも、ブログ(というか公式サイト)を読んでも、セルフプロモーションをきちんと考えている。やっぱり音楽系の人であるということもあると思うけれど、衆目をきちんと集める、ということをきちんと意識している人だ。

 純文学系の人によくある悪いところは、全部、彼女の中では解決されていて、立ち位置というのができている。
 というわけで、小説の方はきちんと読まないといけないので、時を改めることにした。

 夜は夜で、また執筆。
 〆切のエッセイも書いてメールで送付。

 ヘッドフォン、都合10時間ほど鳴らしたと思うのだけれど、いい音になってきました。

2008年01月25日

大藪春彦賞

 今晩は大藪春彦賞の選考会があるのだそうだ。

 で、編集者からのメール曰く、
「来年の賞の候補になるような作品を目指しましょう」
 て、このひと作家を乗せるのがうまい。(笑)

 はい、こんどの長編はハードボイルドでございます。

ちなみに、結果、賞は近藤史恵さんと福沢徹三さんに決まり。
大藪賞の受賞作はこんな感じ。

 第1回(1999年) 馳星周 『漂流街』
 第2回(2000年) 福井晴敏 『亡国のイージス』
 第3回(2001年) 五條瑛 『スリー・アゲーツ』
 第4回(2002年) 奥田英朗 『邪魔』
 第5回(2003年) 打海文三 『ハルビン・カフェ』
 第6回(2004年) 垣根涼介 『ワイルド・ソウル』、笹本稜平 『太平洋の薔薇』
 第7回(2005年) 雫井脩介 『犯人に告ぐ』
 第8回(2006年) ヒキタクニオ 『遠くて浅い海』
 第9回(2007年) 北重人 『蒼火』、柴田哲孝 『TENGU』
 第10回(2008年) 近藤史恵『サクリファイス』、福沢徹三『すじぼり』

 ためしに、既刊本を対象にした非公募の文学賞にどんなものがあるか調べてみたら大衆文学(笑)だけでも、こんなにありました。直木賞以外は一般の人はほとんど知らないと思うので、きわめて業界的なイベントですね。

 直木三十五賞 山本周五郎賞 吉川英治文学賞 吉川英治文学新人賞 新田次郎文学賞 柴田錬三郎賞 島清恋愛文学賞 日本冒険小説協会大賞 婦人公論文芸賞(2006年から中央公論文芸賞に変わる) 日本推理作家協会賞 大藪春彦賞 日本ミステリー文学大賞 本格ミステリ大賞  とか。

2007年12月31日

2007年を振り返る

1月
 正月に予科練だった叔父が亡くなる。
 この月はほとんどずっと『D列車でいこう』の原稿を書いていた。

2月
『D列車でいこう』の改稿。引越の準備。

3月
 6日に引越。捨てるものが多くて、捨てるために体力の限界ぎりぎりで準備や後始末をした感じだ。新居のベッドに眠れるようになったのは31日。

4月
 20年前にNECの退職金(に貯金を足して)で買ったオートバイ Honda GB250 Clubman のレストアが完成。

5月
『D列車でいこう』、徳間書店から発売。
 さっそくTBSラジオ「森本毅郎のスタンバイ」で紹介される。

6月
 徳間書店から第三作の執筆依頼。やった。
 短編「ショウルームの女」に手をつける。
 NHK BS「週刊ブックレビュー」で『D列車でいこう』が紹介され、amazon で瞬間風速売上50位代に躍進。

7月
 いよいよ歩くのが困難になり、けいゆう病院の整形外科の脊椎の専門医を訪ねる。
「本の雑誌」において、『D列車でいこう』2007上半期ベスト10となる。
「ショウルームの女」脱稿。掲載未定。

8月
 某社から長編書き下ろしの打診。
 椎間板ヘルニア手術のため、人生で初めての入院。

9月
 退院。楽しい入院生活だった。
 別の某社から長編書き下ろしの話。

10月
 さらに別の某社から長編書き下ろしの話。

11月
 3作目のプロットにOKがでて、本格的に執筆開始。
 さらに別の出版社から長編書き下ろしの打診。
『D列車でいこう』の映画化の話、動きはじめる。
「ショウルームの女」の掲載が決定。「問題小説」2月号。

12月
「問題小説」巻頭カラーグラビア撮影。
 またまた別の出版社から長編書き下ろしの打診。
 たくさんいただいた仕事の分量に呆然としながら、必死で執筆マシンに変身を遂げる努力の年の瀬を送る。
 
 というわけで、来年は、ブレークします。
(その前にやらなくてはならないことはたくさんあるんだけど)

2007年12月30日

年の瀬

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 この冬、ほとんど衣類を購入していない。
 お金もあまり無いし、今年はいいや、と思っていたのだけれど、uniqlo の広告を見て、「バーゲンだから服を買ったら?」という。
 洋服というのは、まあ、常に足りてはいる。買わないと着るものがない、ということはあまりない。だからこそ逆に背中を押されないと買おうという決心がつかないもの。
(なかには、やたら洋服を買ってしまう人もいるけど、まあ、僕の場合は)

 というわけで、年の瀬ムード満点の伊勢佐木町へ。

 買い物が終わって、外へ出ると、雨が降っている。
 10分ほどの雨宿りで、雨は上がり、冬の斜めの日差しで、町が輝いていた。

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 夕方5時から、フットサルチームの納会。
 ホームグラウンドが自宅すぐそばだけど、まだ体ができていないので、試合の部は参加せず、宴会部門だけ。こちらの居酒屋も自宅から2分ほどの場所。

 原稿がはかどらなかったので、深夜にあわてる。

2007年12月29日

干物の山

松阪のお宅から、今度は干物と豆類芋類をたくさん戴く。

 秋刀魚丸干し/秋刀魚の開き/小鯵の丸干し
 鯵の開き/鯵のみりん干し など、50尾以上。
 それから煮干しをたくさん。鰹の生節。
 大豆、黒豆、長芋、里芋、丸いとろろ芋(名前失念)、ギンナン。

 まだ先日のブリも冷凍庫にたくさんある。

 夏ならみんなに声をかけてバーベキューパーティをすればあっという間にはけるけれど。

 妻は、持病のため(塩分の高い)干物はダメなので、僕一人で当分おかずは干物だな。朝もパンはやめて、アジの開きと味噌汁の正しい日本の朝食にしよう。

2007年12月28日

ヒマ

 中学生くらいからあと、ヒマだったことがない。
 毎日毎日、やりたいことがたくさんあり、それをやりきらないうちに夜になり、睡眠時間を削ってもやりきらないが、しかたなく眠る。
 思えば、10歳くらいからあと、そうやって40年以上、生きているんだなあ。
「ヒマをつぶす」という言葉がピンと来ない。

 小学生の頃は、それでもヒマというのはあったと思うんだけどね。
 学校で習うことは教科書を自分で読んだ時点で全部わかったから、先生の話を聞いても同じことの繰り返しで授業中はおそろしくヒマで、終わるまで待つのが毎日苦痛だった。
(授業中に内職をするという知恵がまだなかったから)
 家に帰っても、世界が狭いし、自分の力でできることは限られているから、やりたいことが少なかったし、やりたいと思ってもできないことが多くて、その結果、それなりにヒマで、なんだかいつも本を読んでいた。

 ああ、これから先も、死ぬまでヒマになることはないのだろうなあ。
 そういう人生って、いいんだか悪いんだか。

 ヨットで遠出をすると、たいてい昼過ぎに目的の港に入り、あとやるべきことは、「近くの銭湯に行って、飯を食うだけ」ということになり、日が暮れるまでずっと外に座っている。
 こういうヒマは、ヒマをつぶしたいと思わない、ヒマ自体を楽しむヒマ。
 そういや、ヨットも最近乗ってないや。

 水中ウォーキング20分、水泳100mX2本。

2007年12月27日

IKEA

 朝起きるとまずやることは、wii fit と決まっている。
 初めて4日目で、順調に筋肉痛。

 妻が冬休みに入ったので、彼女なりにずっとやりたかったホームインプルーブメントのために、IKEAに行きたいと言い出した。
 恐妻組合のメンバーとしては、家のことに関する限り、協力しないわけにはいかない。
 なにしろ、彼女は何千万円も出して家を買ったわけで、それをできるだけ快適にしたいという熱意は、ただの同居人の僕とは比較にならないわけだ。

 というわけで、昼から、車で港北のIKEAに行く。
 本日のテーマの「TVボード」はデザインが気に入れば強度が足りない、強度を満たすものは、使い勝手が思い通りではない、という具合でIKEAでの購入は断念。
 昼食(美味しいパスタ平日なら295円!)をはさんで、結局、気に入ったダイニングの照明を見つけて買うことができ、それなりの成果があったというわけ。
 ついでに、車でしか行けないスーパーに立ち寄って帰宅したのは午後4時。
(面倒なので、早々に最低限のお正月の買い物もしてしまった)

2007年12月26日

下北沢で、おばんざい

 昼は仕事。
 夜に、下北沢で会食の予定なので、電車が混む前にさっさと下北沢へ移動。
 久しぶりのシモキタは、かなり再開発が進み始めている。
 雑然混沌無秩序がこの町の良さであり、エネルギーであったのに。
 無秩序が、いつか出て行くぞ、という役者たちやミュージシャンたちを吸収して、育てていたのに。
「消防自動車が入れない」という反対しにくい大義名分。
 消防自動車が入れないのは、何十年も前からのことであるのに、なんでいまさら。
 ピアニストのフジ子・ヘミングも先頭に立って反対運動をしているらしい。

 駅のそばのドトールも工事中になっていたので、向かいのマクドナルドでコーヒーMサイズを飲みながら、仕事。
 近くで、トンガッた若者を見て、シモキタならではの良さを感じる。
(黒い爪、黒のアイシャドウに赤のアクセント、という椎名林檎系の美しい女子)

 午後7時まえ、翻訳家のMさんと落ち合って、京料理のお店へ。
 シモキタとは思えぬ落ち着いたお店。
 料理も美味しいし、お酒も美味しい。

2007年12月25日

クリスマス

 昼間は、ふつうに仕事。

 午後8時過ぎから、野毛の萬里放題亭で夕食。
 ザーサイ、蒸し鶏、餃子、豆腐の炒め、白菜のクリーム煮、蟹玉。
 もちろん、紹興酒。 
 やっぱり、クリスマスは中華に限る。

2007年12月22日

執筆快調

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 本日も、妻が外食なので、こちらも執筆優先で夕食は大戸屋で「おひとりさま」。
 とにかく、食事を作るのをやめると、確実に執筆の調子が上がる。
 仕事は山ほどきているので、費用を節約するよりも生産性を上げて、たくさん書いて稼ぎの方を大きくする側に、方針転換だ。

 そんなこともあって、執筆の調子は上がってきている。
 現在180枚。
 直しが必要だが、まがりなりにも書けているところが他に100枚くらい。
 新規に書き加えていくところは、他にあと、150-200枚くらいかな。

 そんな中で、残りの部分には、つながってない隙間がたくさん残っていて、これは自分への「誘いの隙」みたいなもので、このスキマを利用して、物語ががしっと組上がったり、現時点では作者も予想もしないすごい展開になっていったりする。この先10日くらいが、書いていても面白いところ。

 正月もこのままずっと仕事していたいけど、まあ、年に一度のことなので、親と食事くらいはする予定。

 そうだ、年賀状、どうしようか。

(写真はコザで僕がイルミネーションを取りつけた開店準備中の案内所店舗)

2007年12月21日

W20+100mX2

 料理するとテンションが抜けるので、昼食は大戸屋。

 その足で、ランドマークのスターバックスへ移動して執筆。すごい、1時間に5枚も書けた!

 5時を過ぎたのでスポーツクラブのプールへ。
 この時間は、デイタイムの会員が出て、勤め人の人が来ていないので、プールに3人しか人がいなかった。
 ウォーキング20分+水泳100mを2本。
 少しだけ、体の柔軟性も改善してきたかな。(前屈で、なんとか床に指が着くところまで)

 米が切れてきているので、スーパーによって米とパンと牛乳を入手。
 4日ぶりに自宅での夕食。ブリの兜焼き、同じくアラ煮、モヤシとピーマンの炒め物、豆腐の味噌汁。

 夕食後、短編のゲラチェックを終わらせ、修正部分のみ、出版社にFAX。
 久々に、「FAX送付状」なんてのを書いたような気がする。

2007年12月20日

大人のロックな忘年会

 電車の中で雑誌掲載の短編のゲラをチェックしながら新宿へ。

 ミュージシャンで最近は自分で会社ももっているササキケンジに誘われて、以前に記事を書いたことのある雑誌「大人のロック」の編集の人たちとの忘年会。
 新宿厚生年金会館ちかくの沖縄料理店「宜野座」で。
 ケンジと二人で「コザをきっちり取り上げるべきだ」と熱弁をふるったのでした。

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写真 左は「宜野座」のネエネエ。途中で沖縄民謡のライブがありました。
    右は民謡に三板(サンバ)を合わせるササキケンジ。

2007年12月19日

執筆、快調

 朝から仕事、ハイペースとはいえないがコンスタントなペース。

 午後、運動がてら自転車で、関内の横浜文化体育館の向かいにある「ハイサイおきなわ」へ行って、沖縄そばの出しを一ビン調達。牧志公設市場で買った麺がまだ1キロ以上残っているのだ。
「ハイサイおきなわ」は、本格的な沖縄物産ショップで、生のソバもある。観光みやげアイテムではなく、沖縄の人が生活の中で欲しいものもある感じ。値段もまあリーズナブル。
 こんどから、沖縄ソバを食べたくなったら、ここに仕入れに来よう。
 驚いたのは、なんと6万円以上もする本格的な三線も売っていること。

 もどって、夕方まで執筆。

 午後7時、ボランティア団体の世話人会。
 ひきつづき、野毛の萬里放題亭で忘年会。

 最後はひとりで都橋商店街の「華」へ。
 いつものように肝っ玉かあさん系のママさんとあれこれ雑談。
 ここの名物料理でもある巻き揚げを「お歳暮」として戴いてしまう。(生の揚げる前の状態のもの)
 千円の飲み代で、申し訳ない。

2007年12月18日

朝型、順調

 年末で夜に予定が多いこともあって、朝方で昼のうちに仕事をするようにしている。
 で、夕方、関内/伊勢佐木町方面へお出かけ。

2007年12月17日

W20+100mx2

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 夕食後、プールへ。二日連続だ。
 ウォーキング20分に、スイミング100mを2本。少し負荷を増やしてみた。
 閉店近くの遅い時間帯でプールが空いているので、泳ぐのが楽。

 3時間睡眠だったので、午前1時には就寝。

(写真は本文とは関係ありません)

2007年12月16日

形になってきた Project-K

 現在執筆中である単行本向けの長編(便宜上"Project-K"とでも名づけておく)、少し前まで曖昧模糊としていたけれど、150枚くらいまできて、かなり形になってきた。
 いま、主人公が第二の重要な登場人物に出会うところまで。

 実は、すでに書いてある部分が別に150枚分くらいあるので、しばらくはそれを書き換えながらつないでいくことになる。かなり短い期間で300枚くらいまでは進むだろう。
 いまのところ、できあがりで原稿用紙500枚くらいと、いままでよりも短くまとめたいと思っているけど。
 ちなみに『D列車でいこう』は630枚、『覇権の標的』は640枚。この枚数だとどうしても価格が高くなってしまって、結果、どちらも1785円というお値段。amazon で送料無料になる1500円くらいに抑えたいとかねがね思っている。

 なんやかやで、1月中旬には初稿を出したいなあ。ガンバロー。

出世魚

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 午後3時過ぎ、プールへ行こうと思っていたら、ペリカン便。
 長細い発泡スチロール。
 新巻鮭? と思ったら、中で氷らしきものがカラカラいっている。
 なんと体長70センチほどのブリ。
 wiki によれば、体長80cmからがブリだそうだが、ハマチ/イワサ/ブリ、まあなんでもいいや。

 この秋には、段ボールで柿が2回、松阪牛が1回送られてきたのだが、こんどはブリだぜ。

 放っておくわけにはいかないので、「木屋」の出刃を持ち出して、あわてて食べられる状態にする。おかげでプールは閉店ぎりぎり。

 別な人からカニを二杯送ってきてもらっていて、1つ食べた後、外食になっていてそれも今日中には食べなくては。 というわけで、夕食はタラバガニ、ブリのカマ焼き、ブリのアラ煮、と相成りました。

 半身は刺身のサクにして冷凍、半身は切り身にしてこれも冷凍。
 頭はとりあえず兜焼きにして、ラップにくるんだ。
 アラは生姜と醤油とみりんで煮たけれど、これだけでも相当食いでがある。

 地方によっては出世魚で縁起がいいということで、ブリをお正月に食べたり贈答品にするらしいですね。
 阿川大樹も来年は作家として出世したいと思います。
 ブリ、どうもありがとうございました。

2007年12月12日

物語の匂い

 帰ってきた横浜は思ったほど寒くない。

 午後、自由が丘で人に会う。
 岡山県の一風かわった小さなワイナリーのワイン(年間1000本限定)をどうやって売るか、という話。
 実は、このワイナリー、小説の舞台として狙っている。
 今まで頑固者の醸造責任者とその他の従業員だけだったのだけれど、ソムリエの資格をもつ女性社員が加わるのだそうだ。俄然、物語のニオイがしてきている。
 岡山まで取材に行きたいのだが、島根との県境のおそろしく山奥。道路がアルのが不思議なくらいのところなのだ。
 取材は面白いけど、お金もかかるし、その間は原稿は進まないので、バランスがね。
(今回の沖縄行きだって、やっぱり8万円くらいはかかってしまったし)

 打合せは5時に終わって、せっかくだから近くに住んでいる人にも声をかけて1時間ちょっと話をして、帰宅。
 あわててスーパーにいって、閉店間際の安売り品をゲット。

 那覇の公設市場で沖縄そばの麺(生麺)を2kg以上買ってきたので、紅ショウガや薩摩揚げ(沖縄では蒲鉾という)やバラ肉の煮込みを買ってきて、夕食は沖縄そば。スープがもったいないので(笑)替え玉を入れる。

 夕方、帰宅したら短編のゲラが届いていた。

 とりあえず年末進行のエッセイ4枚を書いて送る。
 小説はすすまないなあ。

2007年12月11日

国際通り Helios Pub   コザを後にする

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 午前10時起床。いよいよ横浜に帰る日。
 11時チェックアウト。迎えの車で那覇へ向かう。
 那覇市西の「亀かめそば」で沖縄ソバ400円。
 空港へ行き、ロッカーに荷物を預けようと思ったが、念のため飛行機に荷物をチェックインできるかと聞いたらできるという。午後8時10分の飛行機の荷物を正午にチェックイン。8時間も前に荷物をチェックインできるなんて。というわけでコインロッカー代が節約できた。
 ふたたび車で那覇国際通りまでもどってドロップしてもらう。

 久しぶりの那覇で、牧志公設市場などを定点観測。
 スターバックスでこの日記や小説を書く。

 竜宮通り社交街、桜坂社交街を定点観測。
 牧志公設市場で沖縄ソバの麺を1kgとスープ6人前買う。ここには市場の二階の食堂の人が次々に買いに来るのだ。しかし買いすぎたかな。背中に背負うのが重くて重くて。(泣)
 小腹が空いたのでクーポンを使ってマックラップ(160円)。マックでは飲み物なんて頼まない。
 だって那覇に来たら "Helios Pub" で地ビールを飲むと決めてあるのだ。お金を使ってビールの味を落とすわけにはいかない。(笑)
 那覇の国際通りは好きじゃないけど定点観測のために来ている。でも、Helios Pub だけは例外で、たぶん、那覇でいちばん好きな場所だ。平日の夕方、日が暮れる直前にとても落ち着いたいい時間を過ごすことができる。

 午後8時10分の便で羽田へ。帰宅は11時20分。

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2007年12月10日

唄う乞食

 午前0時過ぎ。
 宏次と飲んでいたときのこと、ひとりの男が入ってきた。
「わたくし、うるま市の**と申します。このたび、CDが発売になりまして、キャンペーンとして、この地域を回っています。ワンコーラスでいいので、ここで歌わせてもらえませんでしょうか」
 はきはきと喋る、ちょっとへんな感じだが、このあたりでは歌を唄うのは普通のことなのでもちろんOK。
 で、ギターを弾きながら演歌のような曲を歌う。
 弦が古くて死んでいる、チューニングはあっていない、声量はあるがただ大きい声、ギターは下手。
「ありがとうございました。ただいま有線でもラジオでもリクエストを受け付けておりますので、みなさまできましたら、リクエストの方をお願い致します」
 しかし、何という名前でなんという曲なのか1度しか言わないのでよくわからない。曲名やレコード会社を書いたチラシを配るわけでもない。
「どうもありがとうございます。強制というわけではないのですが、わたくしを応援するというお気持ちでどなたか100円でも200円でも戴ける方はいらっしゃいませんでしょうか。(シ~ン) あ、いらっしゃいませんか、それではありがとうございました。しつれいします」

 新手の乞食だった。

 最初にギターの音を出した瞬間にCDが出ているというのが嘘だとわかる。ありえない。コザでは、どんな店に何時入っても、客の中で彼よりも歌やギターがうまい人間は必ずいるだろう。(僕だって彼よりはかなりうまいと思う)
 しかも、CDが出ているミュージシャンよりもうまいアマチュアもいるし、筋金入りのプロであっても無料でシロウトの客といっしょになって演奏してしまうような町だ。彼に正当な対価として100円払う人間はいない。払うとしたら、彼を乞食だと見破った上で払う人間だ。
 でもね。人を哀れむとき、人は悲しい気持ちをいだく。乞食の施しをして楽しくなる人間はいない。
 楽しく酒を飲んでいるときに、冷や水を浴びせるようなことをわざわざ扉を開けて入ってきてするのは、理不尽な暴力の一種だ。こっちがお金をもらいたいくらいの出来事なのである。
 それにしても、歌うまでの導入部のもっていき方は一字一句よく計算されている。歌うこと自体はめったに断られないだろう。そして、大声で歌ってしまえば、その努力や意気込みを感じて100円くらいなら払ってくれる可能性は一応ある。
 でも、こと音楽の町コザでこのビジネスモデルは成立しにくい。

三線方面 コザ6日目

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 午前11時過ぎ、起床。
 まずは5階の大浴場でほぐし、ホテルのレストランでカレーライス(700円)。野菜たっぷり。沖縄のカレーは一般にそうなのだが、まったく辛くない。

 部屋に籠もって仕事をしてるうちに午後4時だ。部屋の掃除の人が来たので、ホテルを出てまたオーシャンへ。コーヒーを頼んでカウンターで原稿書き。
 この店に差し込む夕暮れの日差しがやがて失われていく時間がなかなか心地よいのだ。

 午後7時、6時から始まっているはずの照屋林次郎の「Art KOZA」のオープニングパーティへ。
 司会はFMコザのハナちゃんと、タレントでいまは民主党の衆議院議員候補者にもなっている玉城デニー。
 暗くなって、ひがよしひろが4曲ほど歌う。つぎはすでにCDを何枚も出している若き天才三線奏者「よなは徹」。これがまたすごくいい。
 それに乗って、ハナちゃんや林次郎がカチャーシーを始める。
 一眼レフを持ち出して写真を撮っているのは「りんけんバンド」で有名な照屋林賢。シンガーソングライターのヤラヤッシーもいるし、JUPITERのギタリスト・カズシも、おなじくギタリストのTARAちゃんもいる。名前は知らないけど、他に三線をやる人たち、園田のエイサーから5人。
 音楽の町コザの芸能人が集まっているかんじ。

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 午後9時、宴たけなわのところ、電話が入る。
 指名制度なんてないのに、全国から指名が入るカリスマ・ツアー・ナースのはっちゃんだ。コザに住んでいるのにずっとツアーの仕事中で今晩になって、やっともどってきたところ。
 凱莎琳(キャサリン)という静かな台湾料理屋さんでお腹いっぱいご飯を食べて、「SHUN」へ移動。ちょうど約束していた琉球紅型染の金城宏次(ついに着物の染の注文がコンスタントに入り始めた赤丸急上昇中の紅型アーチスト)がやってくる。一年ぶりになんとか会えた。

 コザはミュージシャンや芸能人や芸術家に対してカジュアルで自然なリスペクトがある地域で、小説家というのもその範疇に入れてもらっているようなので、とても居心地がいい。しかも「ギターを弾く」というのは「こっち側の人間」という証文のような役割をする。(笑)

 午前3時、店を後にする。
 ホテルへ戻る途中、PEGが開いているようなので、戸口までいって、「あした帰るから」と照喜名薫に挨拶。(今日もサーミーがいた)
 さあて、部屋にもどるぞ、と思ったら、パルミラ通りの(僕がイルミネーションを取りつけた)事務所の中で、コザクラのママでライターの雅子さんが仕事をしている。ここでも挨拶だけしておこうと声をかけると、中に誘い込まれて、4時半まで、またコザの町興しについての話をする。

2007年12月09日

日曜日は静か コザ5日目

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 昼に起きる。
 パークアベニューの「コザ食堂」で沖縄そば(400円)。

 去年来たときは、この店で勘定を払おうとしたらサイフを忘れていて宿まで取りに戻ったのだった。
 まっすぐパークアベニューを登り切ったコリンザの屋上で「空中タウン」の催し物。若者たちの町おこしプロジェクトの一環。屋上に周辺の有名店の屋台が出ていて、若いミュージシャンがライブをしていた。

 ゲート通りの「オーシャン」でコーヒーを呑みながら仕事。
 今日は日曜なので、一橋大学卒業のしっかりものの奥さんマキちゃんもいる。
 途中、お客さんがチェリーパイをもってきて、ご相伴に与る。知り合いの店だと泡盛の盛りもよかったり、エコヒイキが横行しているのが、沖縄のいいところなのだ。いろいろな形で人と人の繋がりをとても大事にしている。
 僕は東京生まれで田舎とか故郷というような場所がないので、にわか故郷気分を味わわせてもらっている。

 ホテルにもどろうとパルミラ通りにさしかかると、ひがよしひろがイルミネーションの看板をつくっている。照屋林次郎(照屋林助の息子、りんけんバンドの林賢の弟、三線の製作者)が明日開店のギャラリーカフェのパーティの準備をしている。
 他にもあちこちで知り合いが町のために働いている。

 午後7時少し前、宮永英一とマネージャー(従姉妹)がやってきて、ホテルで夕食をいっしょにする。CHIBIはデイゴホテルの前社長とも古くからの知り合いなので、食事の後、サービスにコーヒーがついた。(ラッキー)

 彼らを送り出してから、部屋にもどって仕事。

 午後11時を過ぎて、コザクラへ出かける。
 昼にオーシャンであってパイをご馳走してくれた人がいる。後からひがよしひろが来る。全然、待ち合わせや約束をしていないのに、しょっちゅう会う人には会う。(笑)
 午前1時すぎ、部屋にもどる途中、思い立ってミュージックタウンの「すき家」へ進路を変更して牛丼並350円。本土とはまったく味がちがう。牛肉の量も多い。ここではタコライスもある。
 別に腹は減っていなかったのだけれど、深夜のこの場所に来てみたかったのだ。取材といえば取材かな。
 あとは、朝まで仕事。

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2007年12月08日

命日の過ごし方  コザ4日目

 ことしもやってきたジョン・レノンの命日。
 この日の阿川的意味については
  ここをお読みください。

 夕方、パルミラ通りの事務所で仕事をさせてもらっていたら、「これもらってきたよ」というのはFMコザのハナちゃん。
 じっと人の目を見る。つまり僕にそれを取りつけろといっている。
「脚立があればできるよ」というと、ちゃんとどこからか脚立をもってくる。
 というわけで、戸口の前のテントの下にそって、針金でイルミネーションを止めていく。そういや、去年はとなりのコザクラのイルミネーションをつけたんだよね。毎年、商店会のお手伝いをしているのであった。

 午後7時、車のお迎えつきで鼓響館へ。(ドライバーは副館長をやっている従姉妹)
 CHIBIこと宮永英一(館長)とも久しぶりに会う。
 琉球太鼓とドラムの生演奏を間近できいてゴキゲン。

 タクシー(1640円)でコザまでもどり、ミュージックタウンに新しくできた、コザにあるまじき(笑)都会的なライブハウス「Taurus」(チャージ・ワンドリンク付1000円)で照喜名薫と城間健一のデュオを聞く。
 夕食がまだだったのでカルボナーラ(950円)も頼んでみる。
 この店は不動産会社の経営だけれど、都会の店をよく研究していると思う。
 カウンターの隣は黒人と中国人の夫婦。年末には横浜にもくるんだって。

 コザはカジュアルというか服装がどうでもいい町なのだけど、ここにはきれいに着飾った人が多い。そういう場所があれば人はそういうこともしたかったのだ。コザ・ミュージックタウンにはハコモノ行政との批判もあるが、それなりに新しい需要を喚起し、ライフスタイルの提案もなされている。
「うりうりひゃあ」という店ではコーヒーの出前をやっている。お店の子がかわいいので近くの商店街のオジサンの間でコーヒーを頼んで届けてもらうのが流行っているらしいし。いいよね、そういう微笑ましい町。
 午前0時過ぎ、演奏が終わったところで、カオルに挨拶して「SHUN」へ。
 ビール500円でチャージなしなのだけど、お通しのおでんがめちゃウマ。量もたっぷり。おそらく今までの人生で僕が食べたことのあるおでんのなかでもトップクラス。「こういうのはちゃんと金をとらなきゃだめだ、商売が下手だ」といったら、客によっては300円くらいチャージを取ることもあるそうだ。でも、このおでん、500円でも安いよ。出汁もきれいに澄んでいて、高級料亭に匹敵する。

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 午前1時を回ったところで、カオルの店「PEG」へ行く。
 さすがに土曜日なので、人が入っている。
 客の若い男の子がギターを弾くがどへた(笑)。次に外人が弾き語りをしたのだけど、それは聴ける。
 そんなあたりで、店が渾然一体になって、照喜名薫もサーミーも阿川大樹も、ギターを持ち替えたり、マラカスドラムをいれたり、名前を知らない他の人たちもで、ロック歌声喫茶状態が午前6時までつづく。

 店を閉めたところで「〆にSHUNへ行こう」とカオルに誘われ、本日二度目のSHUN。こんどのお通しはポテトチップだった。(笑)
 午前7時過ぎ、解散。
 午後2時以降はさんぴん茶やトマトジュースしか呑まないようにしていたので、体調はきわめて良好。ギター弾いたし。

 とにかく、コザの友たちのお陰で、泣かずにこの日を過ごすことができた。

2007年12月07日

眠らない町 コザ3日目

 午前9時起床。昨日はあまり呑まないようにしたのでお目覚めすっきり。
 だたし、結構歩いて腰に来ているので、まず朝風呂からスタートだ。

 朝食はペンギンのぬいぐるみ目当てでマクドナルドのハッピーセット。
(ただしいちばんのお目当ては買えず)
 昼食はデイゴホテルでオムライス(サラダとスープ付)、コーヒー飲み放題700円。

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 仕事場候補のルームシェアの場所を案内してもらって下見。
 場所柄はゴールデン街。そこよりも広い二階があると思えばかなりちかい。キッチン、風呂、トイレはきれい。金土の夜はうるさいが逆に昼間はいつも静か。仕事するにはいいかも。月光熱費込み3万円。歓楽街のど真ん中で不夜城なのでどの時間でも食事には困らない。

 午後8時、オーシャンに行くと、ヤッシーはすでにべろべろに酔っている。(泡盛300円)
 パルミラ通りを歩いていると、オープン準備中の店舗にひがよしひろがいる。「りんけんバンド」の照屋林賢の弟(林次郎:三線製作者)がアートコザというギャラリーを月曜にオープンするのでその準備中。とはいえ、その場所で泡盛を飲んでいるだけ。
 そこでいっぱいご馳走になり、コザクラへ移動。
 夕食がてら料理とビールで1000円。
 いろいろまた町おこしについて話しているうちに11時になったので、リーミーの「ムーンドーター」へ。(島酒1合で1000円)
 ジョンレノンの命日を迎え、午前1時過ぎの閉店までいて、次は照喜名薫の「PEG」が珍しく(!)開いていたのでそこへ。飲み友達のKさんが来たり、さっき別れたはずのひがよしひろがべろべろになって来たり、サーミーが来たり、米兵が来たり。オリオンビール500円。

 結局、ミュージシャンとか芸術家と話をするのが気持ちがいいんだよなあ。
 最初から経済的なことはどうでもよくて、人と比べないのが当たり前で、自分の人生をそれほど妥協しないで生きている。そういう当たり前のことを当たり前にしている人たちと話をしていると、気持ちいいし、なによりイライラしない。
 経済的な呪縛がいかに人を不幸にしているかとってもよくわかる。
 収入が半分でいいと思ったとたんに、だれでも簡単に幸せになれるのに、収入にこだわったり、人と出世の度合いを比べるだけで、人は簡単に不幸せになってしまうのだ。
 腕一本で生きていくことの厳しさを知った上での潔さと肩の力の抜けた生き方が、すごく素敵なのだ。
 午前3時になったのでホテルへもどる。
 まだ町はまったく眠っていない。
 週末のコザはそれ以外の日とははまったく別の町なのだ。

 というわけで、眠らない町、週末のコザからお届けしました。

2007年12月06日

シウマイで始める朝 コザ2日目

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 午前9時半起床。
 昨日、某店への横浜土産にしようと余計に買ってあったシウマイを朝食に食べる。
 店が休みだったので賞味期限が切れてしまった。自分が食べるのは平気だけど、お土産として人にあげるのはさすがに気が引ける。

 淡々と原稿書き。

 廊下の人が部屋の掃除をしたそうな気配を発散していたので、重い腰をゆるめるために大浴場(24時間やっている)へ行き、着替えて外出。

 ミュージックタウンの「島ごはん」で日替わり定食680円。
 これは徳さんよしひろさん口を揃えてお奨めだったので。
 いや、ほんとにおいしかった。
 ちっちゃなデザートやちっちゃなお刺身までついてコーヒーもセット。
 そのまま店で執筆。
 営業していないコザクラに行って、雅子さんから最近のコザの町おこし情報をもらいたかったのだ。
 そしたら、ちょうど中の町で「Bar 10 Street」という飲み屋の共同プロジェクトをやっている人や、建築士でコザの町おこしにも関わっている人が出入りしていて、紹介してもらう。

 部屋にもどって執筆とブログの更新。
 
 夜8時半過ぎ、リンリンでふーチャンプルとビール。
 ちょうど食べ終わったところに雅子さんから電話。
 Bar 10 street の別の店のオーナー、沖縄市役所で地域振興をしている人、などを紹介してもらい、コザの町おこしについて11時まで熱く語る。(笑)
 このあたりは来年前半執筆予定で映画とタイアップの話もある*作目の仕込み。

 いまはコザにいないコザの友だちにコザにいるぞとメールしたら一斉に返事が返ってきた。かくも人の思いが残る町なので、小説でも映画でも人を引きつけることができる可能性を秘めている。
 それを僕が書ききることができれば。

2007年12月05日

沖縄 コザ1日目

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 沖縄へ向かう日。
 旅の前は準備に手間取り、睡眠時間が短くなる。それでも4時間は眠ることができて午前9時過ぎに起床。
 仕事に出かける妻を玄関口で送り出し、メールをチェックし、作り置きのスープを温めながらキャスターバッグのジッパーを閉じる。よし。

 飛行機は嫌いだけれど、空港に漂う高揚感は好き。50回か60回アメリカ出張に行っていた頃に刷り込まれたものの条件反射かな。「これから勝負に行くのだ」という兜の緒を締める感じだ。
 ラウンジを無料で利用できるクレジットカードをわざわざ携帯してきたのに、ラウンジに行くほどの時間はなくて、搭乗口の脇のベンチで朝食(好物の崎陽軒のシウマイ15個入り550円)を食べる。(空港で売っている弁当類は600円以上1500円くらいまで)

 客席には、一階に修学旅行生もいるけど、あちこちにシニアの団体もいる。
 この時期はホノルルマラソンの時期、つまり、旅行業界の閑散期でふつうの勤め人がもっとも旅行をしない時期だけれど、ディスカウントのしかたやツアーの組み方がうまくいっているのだろう。客席稼働率は8割程度にはなっている。
 基本的に沖縄の人気が高いんだろうなあ、きっと。

 空港から113番のバスに乗って胡屋で降りる。(910円)
 この1年の間に胡屋十字路の横断歩道橋は撤去されてスクランブル交差点になっているので、景色がちがう。以前ミッキー食堂があったところは前年すでに建築中だったが、いまでは立派な「コザミュージックタウン」ができてオープンしている。
 変わってはいるけど、この町に来ると懐かしいと感じる。もはや第二のふるさとみたいなかんじ。住んだことのない町でこれほど繰り返し訪ねているのは、シリコンバレーとコザだけだ。

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 デイゴホテルにチェックインしていると、後ろからホテルの宮城社長が声をかけてくる。よく行く飲み屋でなんども会って知っているのだ。本日は当ホテルすこぶる繁盛とのこと。
 部屋に荷物を置くと、とりあえず明るいうちに町の全貌をチェック。なにしろ4年の間、この町を定点観測しているのだ。
 沖縄の日没は遅く、冬の午後5時半でも明るい。

 つい最近、開業して40周年を迎えたかつてのAサインバー「カフェ・オーシャン」に顔を出し、オーナーでシンガーソングライターのヤッシーと話をする。店のコルクボードには僕が40周年祝いに出したハガキがピンナップされていて、棚には『覇権の標的』が置いてある。(おい『D列車でいこう』はないぞ)
 開け放たれた店の外が暮れていくのをみながら、評判のタコス(500円)とオリオン生ビール(500円)で空いた腹を満たす。

 パルミラ通りのリンリンへいって「来てるよ」の挨拶。「来てるよ」といいに来ているのに「お帰りなさい」といわれる。(笑) 「菊の露」(泡盛)ロック、300円。

 ゲート通りを歩いていると、バーPEGの前に、オーナーでギタリストの照喜名薫がいた。ついさっき電話で話をしたところだったけど、ちょうどいいので立ち話。彼はホテルでの仕事に出かけるところ。
「仕事終わったら「チャボ」に行くと思うけど一緒に行かない?」
 と誘われたので、いいよ、と答える。「チャボ」はギタリスト・サーミーがやっている居酒屋。
 中の町社交街(バーやスナックが並ぶ歓楽街)の「宮古そば愛」で宮古そば(中)(450円)を食べているとブルースシンガーのひがよしひろから電話が入る。結局、あとでリンリンで落ち合うことに。
 嘉手納基地の2番ゲートすぐ近くの酒屋アルテックで水とさんぴん茶を買う。
 ホテルに荷物を置いて、再びリンリンへ。
 入口でちょうど帰るところのベーシストのコーゾーに会う。
「週末、聴きに来てくれ」
「もちろん」
 店の中は知り合いだらけ。ひがよしひろと話をしていると音楽プロデューサーの徳さんが合流し、コザミュージックタウンの音楽市場にあるバーを案内してくれるということで、ミュージックタウンの3Fホールのホワイエの "A Aproved Bar" へ。徳さんはこのホールとスタジオの管理もやっている。
 ホールと事務所、スタジオも案内してもらう。
 スタジオのひとつで高校生のブラスバンドが練習していた。(自信なさそうに譜面をのぞく表情が高校生っぽくてほほえましい)
 徳さんが帰った後は、よしひろさんの仲良しでキャンプハンセンの門前町・金武でならした筋金入りの女性ロックシンガー・リーミーのやっている "Moon Daughter" へ。
 昨年、リーミーとは僕がコザへ来たときに、FMコザの収録で一緒になったことがあるのだけれど、そのときにはまだ店をオープンする直前だった。12月20日に開店1周年パーティがあるそうだ。

 最後は本日のべ6軒目のバー、中の町の "Shun" へ。
 ドアは開いているが看板の電気は消えている。営業していなくても人の気配があれば入っていくのがコザの流儀。
 案の定、定休日だけど仕込みをしにきているのだという。でも、ちゃんとカウンターで呑んでいる客がいる。やがて、休みのはずの店のカウンターはいっぱいになる。僕以外は近所の店のオーナーたち(あ、ママも一名)。
 午前2時になって急速に眠くなったので辞去。
 帰り道、PEGの前を通るが開いてない。「チャボ」の話はどうなったんだか。ま、アーチストの予定だから。(笑)

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2007年12月04日

グラビア撮影

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 午後1時から、月刊誌のグラビア撮影。

 担当編集者のTさんと写真部のKさん。
 表紙は篠山紀信、巻頭グラビアはこの方。
 Kさんはずっとこのページの担当なので、あまたの大作家を毎月撮り続けているわけです。

 6X4.5の中判フィルムカメラの登場。レンズはカール・ツアイス。
 みなとみらいで落ち合ったけれど、「色味が足りない」ということで、赤レンガ倉庫へ移動しての撮影。

 けっこう風があって、ヘアメイクさんもいない(当たり前だ)ので、髪の毛の乱れに苦労しました。(カメラマンが)
 観光客のみなさんが
「え? なに、撮影? あの人、有名なの? だれ?」
 みたいな顔をして近くを通り過ぎていきます。
  フィルム13本撮ったらしいです。

 お返しに(笑) GR Digital でパチリ。

 たぶん、年末にはお知らせできると思いますが、短編小説の掲載にあわせて、巻頭グラビアに阿川大樹、登場予定。

2007年12月03日

しあわせとフシアワセはとなりあわせ

 本日午後、初めてのおつきあいの出版社と初回の打合せ。
 うーん、バックオーダー6冊目(都合8作目:既刊はまだわずか2冊だというのに)

 阿川、困っております。どうやってこれら全部をやってのけようかと。
 困ってないでさっさと書け、と。
 なるほど、うん、そういうことなんですけどね。
 でも、ほんとに困っている(笑)

 久しぶりに日本酒を飲み刺身に箸をのばす。
 たくさんじゃなくても、こういうのはしみじみとした幸福をもたらすんです。

2007年12月02日

ヨットも休んで仕事

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 いい天気だけど、ヨットはおやすみ。
 世間は日曜日だけれど、こちらは毎日が日曜日なのでお仕事。

 夕方、運動がてら新しくできたスーパー「文化堂」へ買い物に。

 文化堂はいい。
 みなとみらいやポートサイドの生鮮館よりもきれいだし、品揃えもいい。
 コットンマムよりもスーパーとしての品揃えのセンスが的確。値段もとてもリーズナブル。駐車場がないのが欠点だけれど、専業主婦の人は自転車でいいかな。
 コットンマムは駐車場があるのがアドバンテージだが、おそらくあてにしているであろうみなとみらいのマンション群の買い物客の一部(特に頻繁に自転車などで買い物ができる専業主婦層)は、この文化堂にかなり奪われてしまうだろう。
 コットンマムももっとふつうの品揃えにすれば駐車場があるだけ有利なのに、いかんせんへんな高級志向に走っていて、日常的なアイテムの品揃えが悪い。 日東紅茶もないのにF&Mを何種類も並べているという感じに日常が足りないのに高級品が妙に豊富。醤油なんて全体の売り場面積に比べて異常に種類が多い。野菜は新鮮でいいものが安いだけに全体のバランスの悪さがもったいない。

 東京都港区じゃなくて東神奈川なんだから、根本的に商売のセンスがへん。
(ほんとうにいいものを選ぶ目がないゆえにブランド品を買ってしまう田舎の人みたい)

 妻が外食なので、例によって夕食は手抜き。
 でも、玉葱を切って、中華名菜の肉団子くらいはつくったぞ。白菜のスープは作ってあるし、トマトは切るだけ。

 午後11時を過ぎてちょっと眠くなったので、スターバックスまで出かけて翌午前1時過ぎまで仕事。

2007年12月01日

誕生日のフレンチ

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 53回目の誕生日。
 夕方まで仕事して、妻と一緒に野毛のカウンターフレンチのお店「Y(イグレック)」へ。
 家の近くからバスに乗ろうとバス停にいたのだけれど、ちっともバスが来ない。
 15分ほどして気づいた。土日はバスがない!
 というわけでタクシー。

 お店には先客が一組。
 サッカー元日本代表でサッカー番組の司会者でもあるSさんとそのお仲間。
「きゃあ、一緒に写真に入ってください」
 なあんて、僕らの後ろまで呼びつけて(!)3人で写真をパチリ。(ありがとうございました)

 お店でフットサルチームを結成する話が数年前から出ているらしいので、「じゃあ、うちのチームと試合しましょう!」などという会話など。

 

2007年11月30日

とっても普通の日常

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 病院へいって、診断書を受け取ってくる。保険の入院手術給付を請求のため。
 昼食は大戸屋で、「炭火焼き鶏の親子丼」。おいしかった。

 スターバックスで仕事。
 ローソンで食パンと牛乳と金麦。

 プールで、15分ウォーキング+25mx4。
 あわててシャワーを浴びて、ホームセンター。台所で使うラップがなくなってしまったので、閉店前に駆け込んで無事調達。
 妻が外食なので、こちらは手を抜いて夕食はレトルトカレーとアチェートバルサミコサラダとカップスープ。

 あとは仕事。

2007年11月29日

寒かったらしいけど

 夕方、バイクの月極駐車場の料金を払いにいったついでに、バイクで銀行まわり。
「気温が10度を下回る寒い一日」だったらしいけど、30分くらい走る限りでは全然寒くありませんでした。
 寒いときは、手に指先とか、足のつま先とか、膝とか、空気力学的に流速が速くなる場所で顕著に冷えるものなんだけど、黒い色つき軍手(100円ショップアイテム)でぜんぜん冷たくなかったし。

 原稿のペースの上がらない日でも、毎日必ず書く。
 千里の道も一歩から。

2007年11月28日

夕食は、野毛で中華

 午前9時起床。睡眠4時間。

 午後3時過ぎ、マクドナルドで遅い昼食。
 時間が遅かったからか、期限改ざん事件があったからか、いつもよりも空いている。とくに、乳母車を押してお仲間とやってくるママ友たちがほとんどいない。営業停止は困るけど、無意味に異常に潔癖な人たちが来なくなってくれると混雑しなくて助かるけれど。
 ついでに、テーブルで少し仕事。
 いったん帰宅。

 午後5時、床屋(正確には男性向け美容室)へ。来週、撮影があるので。
 いったん帰宅。

 午後7時から桜木町駅近くでボランティア団体の世話人会。
 午後9時前に会議は終了。
 まだ妻も帰宅していないので家にはもどらず、つい、家とは反対側の野毛へ。
 いつもの店で軽く呑んでいたら、妻から「職場の同僚(野毛ファン)と横浜駅で食事をしてから帰る」との電話。「野毛にいる」と答えると、「じゃあ、野毛へ合流しましょう」ということになって、某中華料理店にもうひとり合流して4人で食事、もちろん紹興酒になって、12時ごろまで飲食。

2007年11月27日

プール

 備忘録。
 プール、ウォーキング15分+25mx4。

2007年11月26日

充実の日

 昨日はヨットで疲れて、またソファで寝てしまい、朝6時に起床。
 我が家のソファはかなり寝心地がよいので、ソファで寝ると疲れが取れないとかそういうことはなくて、ぐっすりよく眠れます。

 朝型が安定してきた感じで、午前中、頭がよく働く。
 そのかわりお腹がすく。間食に中村屋のあんまん。久々なり。

 午後一番で、編集者から電話。これもちょっといいニュース。

 集中力があったせいで、ぐったり疲れて夕食前にはまたソファ。

2007年11月25日

風がない

 午前5時起床。
 出かける前に原稿書きして、9時半、家を出てヨットへ。

 寒いだろうとユニクロのヒートテック上下を着て出たら暑いのなんの。
 海へ出る前に、タートルネックを脱いだけどまだ暑かった。
 結局、ヒートテック下着の上にフリースのシャツを着ただけ。11月最終週で、海の上で2枚しか着ないでいいなんて! 地球が暖かいのか、ユニクロが暖かいのか。

 10時半に出航して、12時頃まではそこそこ風があったけれど、どんどん風がなくなって、1時半にはほぼ無風。
 しかたなく、エンジンをかけてハーバーに戻る。
 4時半すぎ、帰宅。

 だいぶふつうに動けるようになってきている。
 カミさんと僕とで玉子が買い物でかぶってしまって20個もあるので、だし巻き玉子を2つ焼いて8個消費。ひとつは本日の夕食、もうひとつは明日。
 夕食後、疲れてバタンキュウ。

2007年11月24日

プールの帰りに Swarovski

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 スポーツクラブから、帰宅する途中、ランドマークプラザにあるクリスマスツリーのイルミネーション・イベントに偶然遭遇。
 なんとなくもっていた GR Digital で手持ち撮影。
 レンズがすばらしいので、このカメラで撮影すると、ちゃんと直線が直線に写る。だから天井を見上げると遠近法で吸い込まれるような気分がする。こういう写真は、ズームレンズではなく 28mm 単焦点にしているこのカメラの独壇場。
(携帯サイト用メッセージ:このサイトを携帯で見ている方には、課金が高くなる割に小さく見えるだけなので、残念ながら画像を開くのはあまりお薦めできません)


 プールでのリハビリは、水中ウォーキング20分+25mx4。
 本人、かなりセーブして運動しているつもりなのに、たったこれだけで夕食後には疲労が出て、横になるしかない。
 早く体力を回復したいので運動は必要だが、運動すると疲れて原稿が書けなくなる。ジレンマである。

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2007年11月23日

結婚記念日 銀座ライオン

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 午前3時、ソファで目覚める。
 ベッドで続きを寝ようかと思ったけれど、意外に頭はすっきりしているので、起きてしまうことに。

 きょうは、24回目の結婚記念日だ。
 物心ついてからの人生の半分くらい結婚生活を送っていることになる。当然、親兄弟と住んでいた期間よりもながい。

 午後3頃、家を出て、新橋から銀座へ。
 七丁目の「銀座ライオン」。この建物は1934年に建造された名建築。
 ビールの注ぎ方のうまい店、料理のおいしい店がどんどん増えている昨今、実は、この店、ビールも食べ物もあまりおいしくない。
 歴史にあぐらをかいて取り残されているところは、電子立国日本の幻影、経済大国の幻影で、とっくに半導体産業は衰退し、ひとりあたりGNPで世界15位(2005年)にまで落ちてまだ坂を転げている途中の、いわば昭和の幻影に生きている今の日本の象徴みたいなところだ。
 でも、歴史というのはかけがえのないもので、味がどうのというのとは別に、ここでビールを飲んでいることに豊かさを感じるのだ。
 祝日の午後5時。年齢層は60歳代中心。20代は外国人より少ない。
 何年に一度しか来ないけれど、銀座にきたらライオンでビールを飲むと決めている、というような人に愛されている店である。

 あとは、銀ブラ。全部の店がきれいなので、歩いてること自体が楽しい。
「ピアジェ」の前にストレッチリムジンがつき、中から降りてきた58歳くらいで若作り、というかんじの男性がひとり、警備員のいるドアをくぐって中に入っていった。
 昨夜の新宿歌舞伎町のようなエネルギーが、僕はとても好きなのだけれど、一方、紅葉や桜が無条件に人の心に安らぎを与えるように、銀座は気持ちのよい町である。

「立田野」であんみつのお土産を買い、家に帰ってから緑茶を淹れて食べた。

2007年11月22日

花園神社 二の酉

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 午後5時半、新宿歌舞伎町。
 例によって、いくつかの場所を定点観測。
「後楽そば」で、李小牧さんが故郷を思い出すという「肉ラーメン」。
 セントラルロードのマクドナルドで100円コーヒー。
 ここは「おひとりさま」席がほとんどで、それがずらりと横に並んでいる。
 僕のいる列は、8人中、大きな鏡を出して化粧をしている女性2名、何もしていない男性1名、携帯画面を覗き込んでいる人4名、ノートパソコンを拡げて小説を書いている人1名。
 この時間帯の年齢層は比較的若く、10代と20代前半がほとんど。この店、10時間後には、年齢層がぐっとあがり、50代から60代が増える。

 午後7時、友人からメールが入り、新宿3丁目駅に到着とのこと。
 パソコンを畳んで、花園神社に向かう。
 本日は、二の酉前夜祭。
 ここの屋台で呑むのが、このところ、20年来の女友達との年中行事になりつつある。
 仕事の話や彼女の恋愛話を肴に、もつ煮込み、焼きトン、ししゃも、ワンカップの燗酒ふたりで6本。
 電車の中では暑くて卒倒しそうなほどユニクロのヒートテック下着で武装していたが、9時になってかなり寒くなってきた。
 本殿の礼拝の列が短くなっていたので、最後部について「いい小説がいっぱいかけますように」とお願いする。

 靖国通り近くのショットバーへ移動。
 カウンターに座ると、先客にこれまた20年のつきあいの某女性作家がいた。
 ジンバック、XYZ。
 午後10時45分、辞去。

 午後11時55分、帰宅。かなり酔っていて、ソファで爆睡に入る。 

2007年11月21日

自転車で晩秋を楽しみながら

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 午前7時起床。
 3時間しか寝ていないけど、目が覚めてしまったので。(年寄りか!)
 睡眠時間にこだわらず、とりあえず朝のうちに起きることを心がける。必要ならば今日も午睡をとればよい。

 朝食後、新しいアイデアツールをダウンロードして試験的に動かす。

 午前11時、病院。退院後、二回目の診察。コルセットが取れた。なんと清々しいことよ!

 次は3ヶ月後なので、念のため、痛み止めを4週分処方してもらう。
 会計をして薬を受け取りまでの待ち時間に13階の食堂へ行ってBランチ(840円)。味は入院中の260円の食事の方が美味しいと思う。

 いったん帰宅して、今度は自転車で関内へ。(コルセットなしだぜ!)
 光もさわやかな晩秋の横浜(なんちゃって)

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 ギャレリア・セルテにて開催中の、伯父のグループ展をのぞく。
 伊勢佐木町へ移動して、ユニクロでヒートテック下着などを購入。いつものスタバで、小説書き。
 となりのテーブルでは女の子が履歴書を書いている。

 家事をする気が起きないので、夜は大戸屋。
 そのあとも小説書き。

2007年11月20日

最近にしては好調

 午前8時起床。4.5時間睡眠。
 こつこつと小説書き。

 午後3時前、蕎麦が食べたくなって香露庵まで出る。
 せいろ蕎麦を食べる予定だったのに、となりの女性二人組が食べているカツ丼セットが美味しそうだったので、ついカツ丼セットにしてしまう。
 これが失敗。睡眠時間が足りない上にお腹いっぱい食べてしまい、おまけに執筆のために入ったブレンズコーヒーの暖房が効きすぎ。眠くてまもなく執筆ギブアップ。
 やむなく帰宅して、夕方まで二時間ほどベッドに入って寝る。

 夕食後も、いつものように小説書き。
 今日はそこそこ執筆がはかどった。平均でこのくらいの調子が出ればいいんだけど。あんまりテンション出さないようにゆっくりとビルドアップ。正月明けにかけて仕上げる感じの長丁場なので、テンション上げすぎると続かない。無理に下げることもないけど、無理にあげすぎないのが肝要。

2007年11月19日

プール控えめ

 夕方、プールへ。
 前回、25分ウォーキング+25mx4で疲れ切ってしまったので、控えめ。
 歩き20分+25mx2。
 それでも、「つかれたぁ~」という感じ。まだ体力の回復には時間がかかるな。

 できる分だけ、粛々と小説書き。

2007年11月17日

学芸大学で高校のクラス会

 寒い。いきなり最高気温13度。窓の外の温度計も予報の通り。
 夕方から学芸大学駅近くで高校のクラス会。
 学芸大学駅前には高校の先輩のやっているコーヒー店がある。早めに出て寄ってから行こう。というわけで、空腹で家を出て、学芸大学の商店街で立食いソバ屋を探して天ぷらソバ(350円)を食べる。小さな贅沢。
 再び駅前に戻って、「カフェ・リ・ドゥ・アングイユ」(ウナギの寝床?)、前に来たのは5年くらい前だろうか。
 シアトル型カフェやドトールなどに圧されて、いまでは珍しくなった昔ながらの珈琲店だ。いまの若い連中は喫茶店に入る習慣がない、とは店主の弁。彼が店を始めて28年になるという。

 夕方5時になったので、少し歩いたところの nelson's というバーへ。
 ここを貸し切ってのクラス会。担任の先生も参加。

 企業の役員になっていたり、イランイラク国境付近で爆撃に遭いながら発電所作ってきたり、アメリカ資本の買収と戦っていたり、突然離婚されちゃったり、いろいろなところで、みんなそれぞれの人生を送ってきている。
 大学まではサラリーマンになりたいと心から思っていたんだけど、いまにしてみれば自分は本当は大工になりたかったように思う、と酔ってなんども言っていたやつがいた。
 二次会は駅前の「笑笑」。ほとんど全員が参加。
 居酒屋はオーダー端末で人手を省こうとしているけど、酔っぱらったオジサンたちはめんどくさいからすぐに従業員を呼ぶし、端末を使えば使うで、反応がくるまでに何度もボタンを押すから日本酒を何十本も頼んでしまったり、かえって手間がかかって店の省力化になっていない。(笑)

2007年11月16日

阿川大樹改造計画第一弾

 昨日の日記に書いたけれど、*年(軽く10年以上だ)の準備期間ののち、ようやく出版社に期待してもらえるところまで辿り着いたみたいだ。
 ここからがいよいよ本番。
 阿川大樹はかわらなくっちゃ。(なんかのCMみたいだ)

 というわけで、まずできるところから。

朝型へ
 昨日起きたのは「午後」5時だったけど、朝型に改造するため、午前5時にハルシオンを呑んでムリヤリ就寝。
 今朝は、午前10時に起きました。
 明日は、午前8時ごろに起きるようにさらに調整の予定。

午後1番でプールへ
 水中ウォーキング20分+25mx4。
 運動量はセーブしたつもりだったけど、今の体力では昼間の運動としては多すぎて、ちょっと失敗。

パソコンの電源を交換
 パソコンのファンの音がまだうるさい。
 冬場は、CPUファンはほぼ止まっている時間がほとんど、というところまで改良できているけど、古くなって電源のファンの音がうるさくなってきた。
 実は春にすでに Silent King 4 という静音電源を買ってあったのに、交換していなかったので、これを機会に交換を決断。(いままでもいちおう Seasonic の静音電源だったのだけれど、設計が古いし、そもそも加齢によってファンノイズが増えていた)

 これが思ったよりたいへんで、大型のCPUヒートシンクのせいで、ネジをハズしても電源がケースから出せない。(ヒートシンクが引っかかってじゃまをする)
 ヒートシンクを外すと、せっかく好調な熱伝導が壊れる可能性があるので、マザーボードごと外して、空間を作ってぎりぎりやっと交換成功。

 これは大成功で、とっても静かになった。よおし。
 ただし、夏になればファンが回り出すので、改善は冬場だけ。その頃にはできればお金をかけて水冷パソコンを買えるといいな。

 連続的な機械ノイズは長時間の間に精神的疲労が起きるし、集中するまでのビルドアップの閾値も上がってしまう。
(コーヒーショップの方がパソコンのファンの音よりずっといいので、出かけると調子が出る)

 というわけで、少し改造が進んだ。

 ただし、改造しただけで、原稿はあまり進んでいない。(だめじゃん)

2007年11月13日

会社を作る人々

 JASDAQ NEO という株式の新しい市場に本日第一号として上場した株式会社ユビキタス。その役員に僕のもと同僚がいる。

 そこで会社を上場させた知り合いを数えてみた。
 上場した後に知り合った人は含まないで、友人知人の中に9人。
 もちろん、みんな本物の億万長者だ。僕は貧乏だけどお友達にはお金持ちが多いのだ。(笑)

 日本では、仕事に就くと言えば会社員になることで、会社というのは「勤めるもの」「雇ってくれるもの」だと思っている人がほとんどだと思うけど、「会社は自分でつくるものだ」と思っている人も実はいるところにはウジャウジャいる。(笑)

 ちなみに、日本では町の商店主よりも大企業のサラリーマンが立派だと思われているけれど、台湾では、だれかに雇われている人よりも、どんなに小さくても自分で会社を経営している人の方が尊敬されるのだ、という話を聞いたことがある。
 僕の知る限りでも、頭のいいインド人や中国人はみんな自分で商売をやろうとする。
 能力があればあるほど、その能力を活かせばお金になるわけだから、人に雇われるのは割に合わないと思うわけだ。日本で大会社の社長になっても年収3000万円かせいぜい5000万円くらいだけど、自分で会社をやって億を稼いでいる中小企業の社長はけっこうたくさんいるんじゃないだろうか。
 だれもがそうして成功するわけではないけれど、同じ能力があれば、大学を出て20年後、大会社の社長になる確率よりも、自分の会社で億を稼げるようになる確率の方が高いような気がする。
 能力のない人は会社に雇われていた方が安全確実なのはまちがいないけれど。

(もちろん大会社であればこそのビジネスの醍醐味というのもあるので、お金だけでは決められない)

 どっちにしても、いい大学を出て上場企業に就職するのが「成功」だという価値観はどうも貧乏くさい。20歳のときに抱く夢としては小さすぎるんじゃないだろうか。
 なんとかならないものか、この日本。

2007年11月12日

オートバイ再デビュー

 退院後、初めてのオートバイ。
 10kmほど離れた母親の家へ、携帯電話の電池を届けに。

 ケイタイは4年半使っていたので、さすがに電池が死んで、充電器に載せるといきなり「電池を交換してください」と出るのだということで。
 機種変更すると、使い方教えるの面倒だし、本人も新しいことやるの嫌がるだろうし。

 それにしても年寄りというのは機械のアラームの類を極端に嫌がりますね。
 別に放っておけばいいのに、壊れたらどうしよう、とか思うらしい。電池がダメになったら壊れちゃう機械なんてない。 たとえ壊れても新しいのを「0円」で買えるのだけれど。

 気温は、着る物で調整できる。ぎりぎりバイクにはいちばんいい季節だな。

2007年11月11日

日曜日だった

 ひきつづき執筆モードなので、ヨットもおやすみ。
 ところがヨットに行かないと、曜日が意識されない。
 プールに行こうとしてスポーツクラブに入ったのが6時50分。
「本日午後7時までなんですが」
 おっと、そうか、今日は日曜日だったのか

 作家業は毎日が日曜日というか月月火水木金金と毎日が労働日というか、曜日の概念なしに暮らしているので、日曜日だったなんて知らなかったぜ。テレビもニュースを含めてほとんどの番組を録画で見るし。

 夕食後は、中日対SKなんとかのアジア大会決勝の野球放送を、1時間遅れのおっかけ再生1.4倍速で見る。もちろん、CMはパンと飛ばして。
 ところが、9回表、6-5で中日のリード、ランナー1塁2塁でバッター中村ノリってところで、放送終了。その裏は岩瀬が出てくるはずだし、延長した上でそこで終了はないだろ、という。

 ひきつづき、資料本『現役東大キャバ嬢のキャバクラは数学だ!』を読了。
 しかし、むりやり数学の話を持ち出しているところがわざとらしい。
 書かれている内容は他の本にも書かれているようなことで、目新しい情報はなかったけど、この本で初めて知った業界用語があったので、そこが執筆資料として役に立った。
 小説というのは、たった一言、特定の単語を使うことで急にリアリティが出てきたりするものなので、このあたりは意外に大事なところ。

 ほとんど本読みに費やされて原稿はほとんど進まず。ま、それはそれでOK。

2007年11月06日

25x4

 久しぶりにプール。運動不足なのだ。

 25分、水中ウォーキング。この程度で「もも上げ」に腹筋を使っているのを感じるほど筋力がない。
 夕食後にも仕事あるし、無理はしない。

 で、最後に、ちょっと泳いでみた。
 体を捻るのがまだちょっと恐いわけ。
 で、クロールで25mを2本。うん、一応、泳げるではないか。
 平泳ぎで25m1本。内股の筋肉がなくて、なかなかシンドイ。
 仕上げに、クロールまた1本。

 8月後半から脈拍が上がるような運動をしていないので、ジョギングを始める前に、泳げるようになって、呼吸器循環器系を少し使い始めたい。
 そうすれば、春になって温かくなる頃には、フットサルに復帰できるかな。
(目標をもたないと弱ったままで安定してしまうしね)

 入院とか手術とかってチョロかったけど、元の体力にもどすのがなかなかたいへん。

2007年11月05日

カストロ・ジャンパー

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 ホームセンターのエスカレーターを降りていたら、階下の作業服売り場に防寒着がたくさんぶらさがっているのが見え、そのなかの1着のデザインが妙に気に入った。

 このホームセンターはかなり本格的にガテンなプロのみなさま御用達なのだ。
 真冬の夜中、道路工事の横で懐中電灯を振っていても寒くないような冬物衣料が、それはもう、た~くさん売られている。

 その名もカストロジャンパー。
 1980円。超お買い得。


2007年11月04日

猛獣。近寄るな危険  不機嫌な目覚め

 頭が朝まで小説モードなので、ヨットもおやすみ。

 ところが寝ていたら母親から電話。携帯電話の充電ができなくなって「電池交換」のアラームが出ているのだと。
 すでに4年6ヶ月経過している機種なので、電池も寿命。

 それはいいのだが、だからって、寝ているところにかけてくる緊急事態じゃないだろ。
「今日はヨットにいっていると思って」
 そう思うのになんで家にかけてくるわけ?
(ようするにどんな内容にせよ、エラーメッセージがでるとパニックを起こしてしまうわけだ)
「**さん(妻の名)は起きていると思って」
 どういう根拠で起きていると思うのか。妻も朝4時まで仕事をしていて、寝たのは朝になってからだ。

「ずいぶんかけないように遠慮しているのよ」
 10回遠慮すれば1回くらいは無遠慮なことをしてもいいとか、そういうものじゃないだろう。
 何百回遠慮しても、それはたった一度の無遠慮でぶちこわしになる。
 すべきことは遠慮ではなく、相手の状況を正確に判断することだ。日曜の朝10時に、夜型の息子の家に電話したら何が起きるか、大人なら判断がつく。
「世間の常識なら起きている時間だし……」
 あんたが相手にしているのは世間ではなく、世の中でたった一人の自分の長男なのだ。世間の常識を基準にするのが間違っている。世間で1億人が起きていても、たったひとりあなたの息子が寝ていればそれはアウトなのだ。
「メールはしたんだけど」
 メールしたのなら、読めばその時点で返事をするさ。そのためのメールだ。返事がないということは、寝ているとか運転中だとかヨットで海へ出ているとか死んでしまったとか、どういう理由にせよ、あなたの相手ができない状況だということだ。そういうときに電話しても何も解決しない。何かのじゃまをして息子に怒鳴られるのが関の山だ。
 こと、携帯電話の電池のことのように実務的な問題であればなおさら、メールで解決しないのに電話で解決することはほとんど期待できない。

 そんなこんなできわめて不機嫌に一日が始まる。

 まあ、母親も執筆モードの息子に電話してしまったのは、本人の判断ミスとはいえ、運が悪かった。
 小説を書いているときには、他人への配慮とか、そういうことはいっさいしない。イヤナヤツだヒドイヤツだと思われようと、そんなことより、ワガママを通すことにしている。「いい人」であることはなにかしら自分を抑圧することなので、「いい人」であることをやめて、いわば社会的人格を崩壊させている状態だ。
 猛獣。近寄るな危険。

 あとは、そのまま引きこもって、小説。

2007年11月03日

楽器フェア2007

 4時間ほど眠って、午前9時半に起きる。
 すぐに家を出てパシフィコ横浜で開催されている「楽器フェア2007」へ。(入場料1000円)
 いくつかの展示ブースで、ギター、ドラム、パーカッション、電子ピアノ、などを試奏。
 欲しくなってしまう危険があったのだけれど、高額な楽器が多くて、ハナから手が届かないので大丈夫だった。100万円以上のギターが200本以上はあったと思う。25万円くらいだと「お、安いねコレ」という感じ。
 午後になって、混雑してきたのでいったん自宅へ戻って休憩。

2007年11月02日

学校の勉強は役に立つ(理科)

 家の近くに NTT Docomo の電波送信施設があり、その冷却のための音なのか、かなり大きな低周波の雑音がある。ちょうど、寝室の窓のサイズや部屋の広さがその周波数に共鳴するらしく、他の部屋ではほとんど問題にならないのに、寝室だけ、その音をとても大きく感じる。
 そのせいで最近、妻が不眠を訴えている。引っ越してきたばかりのマンションを早々に処分するわけにもいかないのでちょっと困っていた。

 試みに窓ガラスを強く押すと音が消える。
 明らかに、ガラスが共振して、それが部屋を楽器の共鳴箱のようにして共鳴しているのだ。
 というわけで、ホームセンター「セキチュー」で、アルミの角材4本と鉛の塊1個(300g)を買ってくる。
 窓ガラスは二重構造。
 外側のガラスには中央からやや下にオフセットをかけたところに鉛を貼り付ける。これで共鳴する周波数が変わるはずだ。(中央に重りをつけると、そこが節になって倍音で共鳴してしまう可能性がある。)
 内側のガラスには、アルミ角材(正確には「コ」の字型の断面をしたアングル)を下部40%の位置から下まで垂直に二本、中央付近から上部に斜め横に二本、を両面テープで補強する。これはバイオリンやギターのボディの内側に補強材を入れて特定の音に対する共鳴をしないように振動を殺すやり方と同じ。(費用は〆めて2000円)
 効果のほどはばっちり。騒音はほとんど感じられないくらいになった。やったね。
 これって学校で習った理科の知識の応用だ。
 よく「学校の勉強なんて役に立たない」なんて、したり顔で言う人がいるけど、そういう人には「あんたの場合、ちゃんと勉強してないから役に立たないのだ」と言ってやりたいよ。まったく。

 小説のプロットの詰め。

2007年11月01日

秋の味覚

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 ひぇ~!!!
 またたくさんきちゃいました。松阪の農家の知り合いから。
 大量の柿とサツマイモ。

 春には筍や山菜が山ほど。ときどき松阪牛。
 都会生まれで田舎がないもんで、田舎の親戚みたいな感じで、うれしいんだけど、なにしろ量が多くて、無駄にしないようにするのに骨が折れる。
 ネコの口も借りたい忙しさ(笑)うれしい悲鳴というやつです。

2007年10月30日

ライフライン

 朝まで資料読みをしていて、起きたのは昼だった。
 さあて、朝ご飯だ、そのまえにトイレ……、ん? 水が出ない。
 そうなのだ、今日はマンションの共有部分の電気工事があって、各戸には電気が来るが共用部分は午前10時から午後2時半まで停電と、たしかに聞いていた。

 考えてみれば当たり前なのだ。
 ポンプで水をくみ上げられないから水道も出ない。
 ビルの入口の機器の電源が落ちるから、そこからLANになっているインターネットも使えない。
 エレベータやタワー式駐車場が動かない程度だと思っていたが、仕事ができないばかりか、顔も洗えないし、もちろん朝食も摂れない。

 まいったな、というわけで、身支度をして、階段で階下へ降り、近所のマクドナルドで朝食(クーポンを使って370円)。
 まだライフラインは回復していないので、その足で近所で借りているバイクの駐車場まで行き、月極駐車の支払いをする。
(夏前を最後に脊椎の病気のせいでオートバイに乗っていないので、純然たる保管料)

 期せずして、災害などで停電になると、マンションというのはこういう風になるのだな、というシミュレーションになった。

 復帰する時間を見計らって帰宅。
 あとは、引き続き資料読み。
 夕食は、おでん。
 その後、また資料読み。

2007年10月29日

映画『Aサインデイズ』 沖縄の風

 昨日はシリコンバレーの風だったけど、どうやら今日は沖縄の風。

 まず、12月に行くANAのチケットをファイナライズ。
 そしたら、Gyaoのメールで映画「Aサインデイズ」がまもなく終了という連絡。あわてて観る。
「Aサインデイズ」は、ベトナム戦争当時の沖縄コザが舞台。 コザは、嘉手納基地の門前町で、僕がいつも行っている場所だ。今となっては一緒に呑んだ友だちが20人くらいはいる。
 この映画は、『喜屋武マリーの青春』というノンフィクションが原作で、コザが他のどこにも似ていない形で独特の輝きをもっていた時代の物語だ。

 中に出てくるライブハウスは、「セブンスヘブンコザ」にそっくりだし、「ニューヨークレストラン」に似ている店も出てくる。裏通りも見たことのあるようなところ。

 日曜日(28日)に開店40周年を迎えたいきつけの「カフェオーシャン」もかつてはAサインバーだった。映画に出てくるライブハウスもカウンターはむしろこっちの店に似ている。

 そんなわけで、今晩はコザのことを考えている夜である。
 次の小説は歌舞伎町を舞台にニキータのような女性(?)を書くつもりなので、プロットをつくりながら、歌舞伎町関係の資料を読んでいる。
 あとは、ドーピング関係の資料調査。もうひとつは、この間取材をしたシャッター通り商店街。
 なにしろ、当分長編書き下ろしが続くので、いろいろと資料読みや取材準備が同時並行。

 コザのホテルも予約しなくては。

2007年10月28日

シリコンバレーの風

 先日、初めてあったプロデューサーに自分の略歴について語った折、久しぶりにシリコンバレーのことを思い出した。

 そんなこんなで、どうも僕の周囲にシリコンバレーの風が吹いているようで、彼の地でコンサルティングファームを起業した、『覇権の標的』の篠原翔子と『D列車でいこう』の深田由希、という僕の小説の女性主人公(どちらもMBA)を足して二で割ったような女性を偶然発見したかと思うと、今日は、ヨットの帰りに、久々にFEN(810KHz)なんか聴いたら、車の中で聴く英語のラジオ放送から、すっかり、シリコンバレーにいたときの気分になった。

 慣れ親しんでいながら微妙に孤独なあの町で、いつも張りつめた気分で、最高速がなかなかでないプロジェクトにイライラしながら、アメリカと日本を50回も60回も行き来していたころの気持ち。
 いま思うと、それは当時感じていたほどには決して楽しくはなかったけれど、ものすごく「仕事をしている」という充実感には満ちていたように思う。

 仕事が忙しくて、成田空港で飛行機の出発を待つ時間しか床屋へ行く時間がとれなかった頃。
 一度もベッドで眠ることはなく、飛行機で寝ていた、東京-サンフランシスコ-ニューヨーク-東京のゼロ泊3日の出張。
 航空会社のマイルがどんどん溜まるのに、出張以外にもう飛行機での海外旅行になんてこれ以上行きたくないので、使いようがなかった。英語で寝言を言ったこともあるらしい、あのころ。

 日本にいても、いまなら想像もできない馬鹿でかい携帯電話をいつも鞄に入れ、贅沢のためでなく、電話をする時間を作るためだけのために電車でなくタクシーで移動していたし、日曜日の朝には、ヨットから国際電話をかけていた。
 いま思うと、ほんと、バカみたいに忙しかった。

 いまだって、そういう働き方をしている人は世の中にたくさんいるんだろうな。

 ラジオはあのときのある日のように、ハロウィンの話題を繰り返していた。

ヨット教室

 我が艇<Stella Maris>が所属しているヨットクラブでは、年に2回、3ヶ月ずつヨット教室を開催している。今回も3人の生徒さんがうちの船に配属になって11月まで教えることになっている。
 今日はいつもの相棒が仕事で休みなので、僕と生徒さん2名の合計3人で出艇。
 台風一過の気持ちの良い天候で、風も強すぎず弱すぎず練習日和。
 午前10時40分に出艇して、午後2時前までいろいろなシチュエーションを練習。
 もどってきて、近所の釣り客向けの食堂で昼食を摂り、片づけて、いつもより早く午後3時半頃解散。

 夜は、プロ野球日本シリーズテレビ観戦。
(大リーグのワールドシリーズは録画してあるけど、まだ見ていない)

 沖縄行きの飛行機のチケットをファイナライズ。

2007年10月27日

資料読み

 資料読みのため、昨日も今日も、自宅から一歩も出ず。
 地味な暮らし。

 夕食前後は、日本シリーズ、中日対日本ハム。
 子供の頃、名古屋に半年住んでいたことがあり、その半年が人生でいちばん野球をやった時代(ほんとに毎日やっていた)なので、中日ファン。
 日ハムのダルビッッシュ投手がすばらしくて負けてしまったけれど、川上も良かったし、引き締まったすごくいい試合だった。大リーグばかり見ていて、日本のプロ野球の試合を最初から最後まで見ることはほとんどないのだけれど、今日の試合は面白かった。

 その後は、また資料読み。
 おかげさまで、とにかく注文がいっぱい来ているので、次の小説や次の次の小説やその次の小説の資料などを並行して集めながら、取材の方針や、資料集めのための基礎的な調査とか、いろいろなことをやっていかなくてはならない。
 資料を見ているととても楽しいのだけれど、原稿が一枚も進まないので、それはそれで不安になる。
(近ごろ、資料読み方面ばっかりしているし)

2007年10月25日

歌舞伎町で悪だくみ 湖南菜館 歌舞伎町案内人

 新宿で打合せがあるため、運動がてら横浜駅まで歩く。
 そこから湘南新宿ラインで新宿まで。
 登亭の前を通って「そういえば、鰻、しばらく食べていないなあ」なんておもいつつ、まだ少し時間があったので、紀伊國屋で自著の棚位置を確認したりしながら、TOPS BEER BAR の Happy Time で400円のビールを飲みながら少し仕事。

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 歌舞伎町案内人・李小牧さんが8月にオープンした湖南菜館に定刻7時に到着。

 来年いっぱいまでの長編書き下ろしの仕事がびっしり入り、さらには2009年にはかなりいろいろな形で阿川大樹の仕事が表に出てくるような動きがたくさん。
 たいへんありがたいことだけれど、いままでの努力がいろいろな形で実りつつあるところ。なんとか「小説家」というビジネスの世界で生き残っていける感触を得つつある。あくまでまだ感触であって、実現させていくのはこれから。

 ところで李小牧さんとは数年前に某出版社の紹介で仕事を一緒にしそうになって、なんどか朝まで飲んで話をしたことがあるのだけれど、その頃から歌舞伎町の表のビジネスでもめきめき頭角を表して、すっかり有名人になっただけでなく、いまでは商店会や行政にも認められる存在になった。
 この湖南菜館はその李さんが妥協なしでつくっただけあって、料理もとってもおいしくて価格もリーズナブル。とてもいいお店になっていた。
 こちらの打合せ中、なんども李さん直々に料理を運んできてくれたり、料理長をテーブルまで連れてきて紹介してくれたり、力の入れようが伝わってくる。

 たらふく美味しいものをご馳走になったあとは、ゴールデン街をハシゴ。
 終電で帰宅。
 

2007年10月24日

Pizzeria VISCONTI

 夜は、中華街外れにある、"Pizzeria Visconti"。
 ガス釜だけど、ちゃんとしたピザ窯があるほんとの Pizzeria。
 値段は1枚が1350-1600円くらい。
 チーズの使用量が少ないので、面積の3分の1はピザでなくナンを食べているみたいだけど、ちゃんとした窯で焼いているので、チーズのあるところはおいしい。値段を上げていいからチーズを増量して欲しいところ。
 というわけで、めっちゃおいしいと絶賛する気にはならないけれど、この値段なら値段なりに楽しめる店というところかな。

四五六菜館本館

 夕方から中華街で集まりがあるので、仕事用のパソコンをリュックに詰めて集合時刻数時間に中華街へ。

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 横浜で中華といえばなんといっても野毛だけど、中華街もランチなら安い。
 ご飯、オヒツから食べ放題。お茶はステンレスポットで。
 これにデザートの杏仁豆腐がついて、630円。大満足。

 中華街はいつも観光客で賑わっているので、かつての中華街ならではの安くて美味しい店は絶滅寸前。(あるにはあるけどここでは内緒)
 おいしいけど安くなかったり、値段を考えたらさほど誉められた味ではない、という状態だったり。
 ただし、ランチは店によって安く提供している。
 美味しいものを作ることができる料理人が安いからといって不味いものをつくることはないので、そういうランチがお買い得。

 他にも探せば、500円-700円の価格帯で、おいしいランチが食べられます。

 で、ブレンズコーヒーで小説書き。
 1時間ほどで疲れてしまって、中華街や山下公園を散策。
 ちょうど夕方に近づいて日差しが隠れたので、氷川丸の前のベンチでノートパソコンを開いて仕事の続き。

2007年10月23日

十三夜に曇りなし

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 そごう横浜店まで徒歩で出かける。

『雲上都市の大冒険』(山口芳宏 創元社)と「問題小説」(徳間書店)を買う。
『雲上……』は友人の山口芳宏さんのデビュー作で第17回鮎川哲也賞受賞作品。
「問題小説」はソフトボール仲間の小沢章友さんの短編が載っていたので、なんとなく買ってみた。

 近くの時計売り場で腕時計の電池交換。
 このSEIKOの腕時計は、何年か前、長編を書き上げたときに、なんとなく「自分にご褒美」という感じで
ちょっとだけ奮発して買った時計。なんとなく記念すべき瞬間だと思ったんだよね。

 できあがりを待つ間、ロイヤルサロンで、無料のコーヒーを飲みながら読書。
 ロイヤルサロンというのはそごうの上得意向けのサロンなんだけど、以前、近くに住んでいたというだけで、最初の何年間はこの会員になれるというのがあって、駐車場がタダだったりするので、入会したやつだ。もちろん実績としてたいした買い物をしていないので、次に期限が切れたら特権はなくなる見込み。

 久しぶりにそごうの紀伊國屋に来たら、なんとなくうれしくて、時計を受け取った後もまた店内をうろちょろ。近ごろは amazon の通販で本を買うことが多くなってしまっているけど、本屋は楽しい。

 再び、徒歩で帰宅。
 途中、スーパーへ立ち寄って買い物。
 サンマが1尾50円だったので、今夜はサンマだ、大根おろし用の大根の方が高い。(笑)
 というわけで、スープと「大根の炊いたん」などもつくって、秋刀魚定食という感じの夕食。秋だ。

 今夜は十三夜。
 中秋の名月の十五夜の月を見たらその次の十三夜でもお月見をするのが正しい習慣なのだそうだ。つまり、このふたつはセットだってこと。
 て、テレビの受け売りだけど、そんなこと、五十二歳の本日までちっとも知らなかったよ。
 ちらっと見ただけだけど、たしかに空気が澄んでいてきれいだった。
 月齢十三の月は、たった二日分だけど、随分欠けている。

2007年10月22日

レッドソックス・松坂

 午前中はMLBのテレビ観戦。
 レッドソックス松坂は、合格点というできで、みごとワールドシリーズ出場を決めた。
 松坂投手、立派な成績ではあると思うけれど、100億円プレーヤーだということを考えると、「普通」では不十分なわけで、なかなか厳しいものがあるように思う。プロだから、値段に見合った活躍をしているかどうかが評価基準になるから。
 もっとも、ファンとしては球団のサイフのことを心配する必要はないのかもしれないけど。

 午後、小説。
 夜はスターバックスへ出かけて、そこで雑誌を読んだり、プロットをまとめたり。
 小説は、もう少しで骨組みがまとまってきそうなところまできた。

2007年10月21日

ヨットに復帰

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 退院後、初めてヨットに復帰。
 快晴。少し動くと汗ばむほどの陽気。
 八景島で、豚キムチ鍋。

 ここまできて、かなり手術前の状態にもどってきた感じ。
 ただし、フットサルと推理作家協会のソフトボールに復帰するのはもう少しかかりそう。
 
(この写真は携帯電話で撮影したもの。オマケ機能などとは侮れないなあ)

2007年10月20日

野毛で野毛のテレビを見ながら呑む

 昼は、またしても、焙煎ごまえびフィレオ+ポテトM+コーラMで300円。「焙煎ごまえぼフィレオ」はけっこうおいしい。の、繰り返し。
 いつも書いているけど、僕は、同じものを繰り返したり連続して食べることをまったく苦にしない。同じものを3日間で12食連続で食べたことがある。(福井へ行って食べた「おろし蕎麦」)
 そこまでいかなくても4連続カレーライスくらいは当たり前。(最近カレー作ってないけど)

 夕方、妻が友人たちと野毛で中華を食べるというので、出かける。
 6時スタートということで、野毛に5時半についてしまって、時間が中途半端。立ち飲みの「福田フライ」へ入って、串揚げ(ポテト70円、クジラ170円)と生ビール450円、〆めて690円。でも、30分時間がもたず20分で店を出て、あとは、少し町を放浪。
 都橋商店街でトイレを借りたら、「本日21時から《アド街ック天国》でここ都橋商店街が取り上げられます」と書いてある。

 會賓楼というお店に集合。
 横浜の人間にとって、中華料理といえば中華街じゃなくて野毛。ここも安くて美味しい。ビール2本でスタートしたあと、紹興酒4人で3本呑んで、お腹いっぱい食べてひとりあたり3000円以下。
 ちょうど、テレビでプロ野球クライマックスシリーズ・中日対巨人の試合をやっていて、中日ファンの僕はごきげん。
 午後9時からは、12チャンネルの《アド街ック天国》を見ながら。「そうだ、やっぱり」とか「え~?」とかツッコミを入れながら、店中のお客さんで一緒になって大騒ぎ。だって、直ぐ近くの店が次々に登場するのだからして。
 野毛は横浜きっての下町で郷土愛が強い(客も店の人も)ので、野毛が誉められるのがみんなすごくうれしいわけだ。横浜でいちばんいいところ、といえば、みなとみらいでも赤レンガ倉庫でも山下公園でもなく、だんぜん野毛です。

 午後11時前、會賓楼を出て、大岡川沿いのバー、The Beach へ移動して、カクテルを2杯ほど飲み、午前0時を過ぎて、徒歩で帰宅。

2007年10月19日

ふつうの金曜日

 何をしたか、あまり覚えていない。
 昼食に、近くのマクドナルドへ出かけて、クーポンを使って、焙煎ごまえびフィレオ+ポテトM+コーラMで300円。「焙煎ごまえぼフィレオ」はけっこうおいしい。
 あとは、淡々と仕事をしたと思う。

2007年10月18日

プール二回目

 午前9時起床。
 昼の間、それなりに小説を進める。

 夕食は、湯豆腐、大根のサラダ、胡瓜と生姜のパリパリサラダ、大根とがんもどきの煮付け、白菜とベーコンのスープ。
 夕食後、スポーツクラブへ出かけて、退院後二度目のプール。
 水中ウォーキング25分間。

 眠かったけど、深夜から、DVDで『釣りバカ日誌13』を観る。(これも仕事のうち)

2007年10月17日

よくしゃべった そしてサッカー

 午前中、ブレンズコーヒーで小説。

 午後、歩いてベイクォーターまで行き、男二人、テラスでランチ。
 もともとシリコンバレーになじみのある半導体関係の知人なので、カリフォルニア・レストラン「ウルフギャング・パック・カフェ」へ。
 ここの1000円ほどのパスタやピザのランチ、スープまたはサラダもついて飲み物はお代わり自由と味も量もとってもリーズナブル。分量もちゃんとカリフォルニアスタイルなのだ。

 話は、大阪の経済、岡山産のワインをどうやって売るか、などなど、暗くなるまで楽しく脱線(?)していきました。

 帰宅後は、サッカー二試合テレビ観戦。

 A代表戦、対エジプト。
 エジプトは2軍しか送り込んでこなかったようだけど、大久保が活き活きとしていてよかった。4点目の加地のシュートもよかったし。

 オリンピック予選。対カタール。
 反町監督の無策により敗戦。前半1-0になったところで、どういうスコアで勝つのか、しっかりしたイメージを持たないで後半に入ったみたいだ。いつもそうだけど、「できるだけガンバル」サッカーをしてしまう。
 もしかしたら2-0で勝てるかもしれない、ではなく、1-0になったら最悪でもそのスコアで確実に勝つサッカーをしないから、1-1になってしまう。1-1になったらなったで悪くてもそのスコアで確実に引き分けにするサッカーをしないから、1-2で負けてしまう。
 時間帯やスコアに応じてサッカーのやり方を変えなくてはならないのに、前後半、どの時間帯も平板なサッカーをしてしまう。

 本日の歩数は5000歩。

2007年10月16日

シャッター通りを行く

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 次の次の小説のロケハン。
 横須賀中央駅から少し離れた商店街を取材に行ってきた。

 たしかに、寂れているんだけど、けっこう魅力のある店が多いんだ。
「続けていければそれでいい」という価値観をきちんともつことができれば、長生きできるんじゃないかと感じる。
 半分シャッターだっていいじゃないか、全部埋まっているほうが異常なんじゃないか、成長しなくてもいいじゃないか。淘汰されて残った人が小さいなりに続けていける形を目指す。
 そういう価値観をもつことができないことが「フシアワセ」の始まりのような気がした。
 成長という言葉の呪縛、収入が増えなければという呪縛。

 僕はいろいろなところの3坪ショップに行くけれど、10年20年、同じ規模でずっと続けている魅力的な店がたくさんあるんだよね。そういう店の集合体になれば、半分シャッターが閉まっていてもOKじゃないかと。

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昔あった「名曲喫茶」みたいな佇まいとネーミング。

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風雨にさらされたチラシの裏に書かれたメッセージ。
いったいいつから「都合により」休んでいるんだか。

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自分の店に誇りを持っていることがわかる、完璧に磨かれたガラス。

 横須賀中央駅までもどったあとは、すっかりきれいになってしまった「ドブ板通り」をうろちょろして、汐入から京浜急行に乗る。
 日ノ出町で降りて、野毛の立ち飲み「福田フライ」で、イカゲソ、シイタケ、生ビール(合計690円)で小休止(10分ほど)して、徒歩で帰宅。

 万歩計はちょうど一周、10000歩。
 もちろんものすごく疲れたので、夕食後はバタンキュー。

2007年10月15日

プール再デビュー

 昼間、久々にブレンズコーヒーへ出かけて小説。

 夕食後、プールへ。退院後、初めてだ。
 20分、水中ウォーキング。
 前後にマッサージプールに入ったり、お風呂に入ったりで、どちらかというと温泉に入りに行ったようなもの。

 ぐったり疲れて、早寝。

2007年10月13日

自転車に乗る

 退院後、初めて自転車に乗ってみる。
 赤レンガ倉庫、臨港パークなどを40分ほど。
 段差を越えるときのショックがちょっときついかな。
 使っていなかった筋肉を使ったようで、ものすごい疲労感。

 一歩、一歩。

 しかし、体力を回復しようと試みると、疲れて仕事ができなくなる。
 はやくバリバリ仕事をするには、体力も必要だ。どこかでバランスをとっていかないと。

2007年10月12日

プチ同窓会 そして「赤福」食べたい

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 退院一ヶ月後の外来

 午前4時起床。途中、ぴったり90分ごとに目が覚めて、4時間半睡眠。昨日よりも生活リズムが改善された。
 Naptser でハワイアンを聴きながら、昨日完成した「ソファ用パソコンデスク」で執筆開始。

 午前9時半からは退院して一ヶ月で初の外来。
 予約時間前に自動受付に診察券を通して、診療室へ向かう前にロビーのカフェでコーヒー(270円)とソイジョイ(121円)。待合い室でパソコンを開いて仕事の続きを始めるとすぐに呼ばれる。
 退院後の経過報告と簡単なチェック。経過順調。
「いかに調子がいいか」を僕が述べ、先生がうれしそうにする、というイベント。
 水中ウォーキングと水泳など、無理のない運動の許可が出た。
 帰り際、「知らなかったけど、作家さんなんですって?」
 病院は狭いから情報はすぐに伝わる。支払い210円。

 9時40分。整形外科外来のカウンターで6週間後の次の予約を取ろうとしていると、入院中同室だったMさんが声をかけてくる。外来の担当医が曜日で決まっているので同じ時間に外来でやってくるのだ。経過報告など、同窓会その1。
 午前10時前、会計カウンターへ行こうとすると、Sちゃんがやってくる。Mさんと同じ10時の予約。
 終わったら13階のレストランで会おうということに。同窓会その2。
 午前11時、レストランへお世話になった看護師さん数人が食事にやってくる。同窓会その3。
 Sちゃんと別れてお世話になった病棟へ。エレベータを降りたところでいきなり師長さんに会う。同窓会その4。ナースステーションをのぞく。同窓会その5。

 帰宅すると「赤福」の製造日訂正問題。
 30年も前から同じやり方して、だれも食中毒にならず、みんなおいしく食べていたじゃないか。製造日記入方法と賞味期限の表示を変更すれば、やりかたはいままでの通りでいいと思う。
 なんだか急に赤福を食べたくなった。

(写真は本文と関係ありません)

2007年10月11日

ソファ用パソコンデスク

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 3日かけて完成したパソコンデスク。
 居間のソファで仕事するモード専用。

 塗装前までは、木製の組み立て棚の部材の応用。
 それに水性ウレタンニスで2日かけて塗装した。
 部材約3500円、塗装関係約2000円、合計およそ5500円也。

 仕事場だけじゃなくて、居間でも仕事しやすくした。
 同じ姿勢ばっかりだと疲れるので、手を変え、品を変え。(笑)
 風邪と時差惚けで仕事ができないので、せめて仕事の環境作り。

 今日は午前3時に目覚めてしまったので、そのまま起きてしまった。(寝たのは午前0時)
 スタートはDVDで『ドラッグストアガール』を観るところから。(仕事の一部です)
 撮影に使われたドラッグストアが本牧のハックドラッグだった。
 商店街は、横須賀の池之端商店街。取材にいかなくては。

 夕食前から眠くてしょうがないがなんとか午後11時まで寝ないでガマン。
 時差惚けを治さなくては。風邪対策にビタミンCを3000mgくらい小分けにして摂取中。

2007年10月10日

目の日

 10月10日は「目の日」だったなあ、なんて突然思う。
 1964年に東京オリンピックが開催された日だ。それで「体育の日」になったというのに、いまでは「ハッピーマンデー」とかで、年によって「体育の日」が動いてしまう。そんな記念日があるものか、と思う。
 月曜日ばかり休みになるので、学校では月曜日の授業の時間数が足りなくなって困っている。
 月曜という名の社員が休んでばかりで仕事をまかせられないって感じだ。

 水性ウレタンニスを買ってきてベランダで塗っている。
 何ができるかは、乞うご期待、だ。
 ホームセンターの帰りにTSUTAYAで『ドラッグストアガール』を借りてくる。

 茨城遠征がきつかったせいか、風邪気味で、喉は痛いし、鼻がつまっている。頭もぼんやりしている。
 時差惚けで、いつも眠い感じ。ちょっとまいってる。

2007年10月08日

疲労困憊

 昨日、午前8時出発午後10時帰着で、退院後、最長時間外出を敢行した。

 いや、そのインパクトはけっこう大きかった。
 昨夜バタンキューでソファで寝入り、午前3時頃にあらためてベッドへ移動。
 午前8時半に目覚めたところでは悪くない目覚めでけっこう元気だった。
「お、うまいこと朝型になったな」
 という感じ。

 しかし、午後2時頃に昼食を済ませてソファにいくと、そこからは断続的に昏睡状態。
 そのまま日が暮れてしまうまで、滾々と眠りました。
 なんだか、いろいろわけのわからない夢を見たなあ。

 こうやって、少しずつできることの限界がひろがっていくんでしょうね。

2007年10月04日

就職祝い

 夕方5時過ぎから、就職が決まって大阪へ赴任していく人のお祝いの会食。
 最近、パターン化しているけれど、野毛「萬里」「華」のコース。
 午後10時、突然、強烈に仕事がしたくなって散会。
 ところが歩いて家に着くと店から電話がかかってきていた。サッカーのチケットをカウンターに忘れてきてしまったのだ。
 というわけで、少し休憩をして、午前0時前、ふたたび「華」へ。
 コーヒーをご馳走になり、さっきからいたお客さんと軽く雑談をして、また徒歩で帰宅。
 都合、片道2kmを2往復、合計8km歩いた。手術してほんとによかったと思う。

 のち、あらためて小説。


 阿川大樹はzweigenb.jpg
を応援しています。

2007年10月03日

昼は事務、夜は小説

 昼のうち、契約書のドラフトのやりとり。
 内容はまだ当分内緒。

 夜遅くなってからやっと小説。

2007年09月30日

ヨット、のち、F1

 退院後、初めてヨットに復帰……のつもりで、ヨットハーバーまでいったけれど、寒いし(身体が慣れていない)予想以上の雨降り。
 それでも、11時過ぎまではクラブハウスのテラスでだらだらしてみたけれど、昼前に切り上げて帰ってきた。

 昼食は、スパゲッティを茹でてオリーブオイルを絡め、レトルトカレーの一番安いヤツをかけて、少しパルメザンチーズをふって食べる。これ、けっこう好き。少なくともキューピーやアオハタのスパゲッティソースよりは10倍くらいおいしいと思う。

 F1日本グランプリを1時間遅れの「追っかけ再生」で見る。こうすればCMは全部スキップできるので、時間効率がいい。
 ところが、富士スピードウェイも降雨のためレースのペースが遅く、放送時間が延長になる。
 こうなると、録画しながら遅れて見ていると、録画が途中で終わってしまうとアウト! 一瞬ひやりとしたけど、新兵器のソニー「スゴ録」は、自動的に番組延長に対応していて、問題なし。スゴイ、よくできている。
 レースは予想通り荒天で面白い展開。(富士のコースは抜きどころがいろいろあっていいコースだと思う)
 最後の10周。ライコネンが5位から浮上し、すごい2位争いを演じ(結局3位)、ファイナルラップでの6位争いもものすごい展開。レーサーの勝利への執念はすごいの一言。
(「すごい」なんておおよそ小説家の使う言葉じゃないけど、日記だからゴメン、手を抜く)
 小説家も同じで、最後に仕上げにかかるときの執念が勝負なので、腕一本で勝負するプロとしては身が引き締まる思いがした。(というとカッコイイが、つくづく我が身がプロになりきれていないと思った、ということね)

 夕食に必要な玉葱の在庫が切れていたので、近所のローソンに買いに出たついでに、1本100円の週末キャンペーンをやっていたツタヤでDVDを2本、借りてくる。
 玉葱とピーマンを刻んで、「中華名菜」(日本ハム)の肉団子。もやしのXO醤炒め、ジャガイモの味噌汁。

2007年09月29日

野毛呑み 大崎梢

 物書き仲間の新美健さんと、夕方5時から野毛の「三陽」で飲み始める。
 スタートはここの定番の、瓶ビール、餃子、ネギ鳥、の3点セット。ネギ鳥がうまいんだよね。お通しにニンニクの唐揚げ付き。

 ハモニカ横丁の「華」へ移動したところで、山口芳宏さんが合流。
 話は、小説家の食い扶持、とか、セルフプロモーションとか、そういう生々しい話。
 それとは別に『D列車でいこう』が取り上げられた「NHKBSブックレビュー」の同じ会に逢坂剛さんに紹介されている『サイン会はいかが?―成風堂書店事件メモ』など、一風かわった作風で最近売れている大崎梢さんが、僕の知っている大崎梢さんと同一人物であることがわかる。

 たとえば、かなり前だけどこんなところでもご一緒しています。
(ここにある阿川の「雨が空から降れば」は自分でも好きな作品のひとつ)

 もう一軒、「無頼船」に移動して解散。楽しく呑みました。

2007年09月27日

文明の衝突

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 新婚の頃、残業でほとんど家にいなかったのに、それでも給料が安くて、立派な家具などもちろん買えず、毎週のように東急ハンズへいって、創意工夫で安いけど自分のテイストに合った家具調度品を作ったり買ったりして手に入れたものだった。

 で、最近ではしばらくの間、あまり東急ハンズのお世話にならなかったのだけれど、たまに行ってみると趣味のいいものもあったりして。
 というわけで、先日、取り置きしてもらったパーティションを受け取りに車で東急ハンズへ。

 あとは、こんな机が欲しいな、なんて。
 執筆の姿勢を保つために椅子の高さを調整すると、床との足の着き方が変わってしまう。なので、椅子を身体にピッタリ合わせてから、机の方の高さや天板の傾きを調整して、完璧な姿勢で執筆ができたらいいんじゃないか、という発想。
 腰を痛めたあとだから、これからはできるだけ体にかけるストレスを少なくしてやろうと。
 仕事場のアーロンチェアでも、居間のソファでも、極端な話、トイレに座った状態でも、こんなテーブルが持ち込めて、しかも高さがピッタリ、なんてちょっといい感じ?(語尾アゲ)

 売り場の見本はガタが来ていて、ちょっと使うに耐えないので、新品ならばがたつきがないのかどうか、調査してもらうことにする。

 あとはついでに、回復中の腰では徒歩では買って帰ることのできない重めのものをセキチュウで仕入れる。米酢などのビン物など。
 あと、スノボガールSちゃんおすすめのリハビリアイテムのフィットネス用ゴムボール(直径55センチ)、高級なのは5000円くらいするんだけど、とりあえずセキチュウで安い方から二番目のやつで1480円也。(いちばん安いのは780円だっためど、いまにも破裂しそうだった)

 夕食の支度で、麻婆豆腐をかき混ぜるために木ヘラを取ろうとして、ステンレスの串に指を指してしまって、夫婦ゲンカ。
 僕が使いやすい道具の収納になっていたのに、入院中に、妻が勝手にしまいかたを変えていて、台所が使いにくくてしょうがない。
 長期休暇からもどったら、自分の机がなくなっていた会社員みたいな気分。
 僕は、道具を使う頻度と作業の流れに合わせて仕舞っているのに、妻は、「きれいな収納」に重きを置いて仕舞うので、料理の作業の流れに、引き出しの中が合わないのだ。文明の衝突。イスラエルとパレスチナみたいなものか。
  次に家を建てることがあったら、妻用の台所と、自分用の台所を、それぞれ作らないとだめだ。ふたつの文明が聖地を共有することはできない。
 現在、それだけの財力は、僕にも妻にもないので、いまのところ、せいぜい妻用のマヨネーズ(味の素)と自分用のマヨネーズ(キューピー)とは、それぞれ用意して使い分けている。そういやシャンプーとリンスも別だ。

2007年09月25日

リー・リトナーと映画「パッチギ」

 横浜赤レンガ倉庫まで25分ほど歩く。
 午後8時40分到着。
 Motion Blue Yokohama で、リー・リトナーのライブ。

 ステージ上手(かみて)、ドラマーの後ろの席。目の前2mにドラマーの背中が見える。
 ほとんどすべてインプロビゼーションですごくいい感じの演奏だ。
 ドラマーの後ろにいると、ジャズの演奏の場合、メンバーみんながたびたびドラマーを見る。アドリブの受け渡し、リズムの切り替え、など、アイコンタクトで演奏を続けていくからだ。
 となるとこの位置にいると、まるで自分がステージにいる感じで、演奏者と頻繁に目が合う。

 もともと音楽を聴くとき、クラシックでもジャズでもロックでもいつも自分もいっしょに演奏しているつもりで聴くのだけど、今夜は、特別にそのライブ感が強烈。聞いている音も、ほとんどドラマーが聞いているモニタースピーカーの音だしね。

 しかし、いい演奏を聴くとめちゃんこ疲れる。
 なにしろ、ミュージシャンと同じテンションで、すべてのプレイヤーのすべての音を聞いて、自分がそこに後を重ねるつもりで聴いているわけだから。

 後ろの席には井筒監督の作品『パッチギ』の主演男優・塩谷瞬が座っている。
 ステージのちょうど反対側、下手(しもて)のピアノの後ろには杏里がいる。

 実は、ちょうど日曜日の深夜に『パッチギ』を録画したところだった。井筒作品は見たことがなかったのだけれど、井筒監督の奥さんとは酒の席でいっしょだったことがあって、パッチギ見てねと言われていたのであった。

 ライブでぐったり疲れて、また、徒歩で帰宅。
 歩いていけるところで、リー・リトナーを聴くことができるなんて、ああ、なんてシアワセ。

2007年09月24日

イノシシを喰らう

 昨夜は、ちょっとくだらない調べ物をしているうちに寝そびれてしまい、やっとベッドに入って起きたのは午後2時。
 3週間の入院生活でせっかく身につけた朝型生活だったのに。
 そこに到達するのにたくさんの入院費だって払ったのに。て、入院は夜型生活矯正が目的だったのか(笑)

 午後いっぱいを自動録画したニュースのチェックなどで過ごす。そうなのだ。我が家では、ソニーの「スゴ録」が稼働し始めて、キーワードを入れておくと、該当する番組を自動的に録画してくれる。なので、NHKの定時ニュースの他、CNNとかABCとかアメリカのニュースをチェック。
 これで、ニュースを見るためだけにスカパーを契約する必要性がかなり減った。(現在、基本料金だけ払ってですべてのチャンネル解約中)
 そのほか、予想外に役立つドキュメンタリーなどを見るチャンスに恵まれる。
 結果的にテレビの視聴時間が少し増えた。もともとニュース以外にあまりテレビを見ないから。

 ただし、この2ヶ月ほど、入力過剰で情報収集に興味がいって、その分だけアウトプット、つまり、執筆の調子がひどく悪い。ここらで意識して、入力を遮断する必要がある。

 さて、夕方のテーマは、猪肉の調理。
 ご飯を炊いて、冷凍してあった油揚げで味噌汁をつくり、キャベツとピーマンのオイスターソース炒めをつくったところで、猪肉のロースの部分を刺身用の柳刃包丁で薄くスライスしていく。
 結局、シンプルに粗挽きブラックペッパーをふって焼いて、レモン果汁と塩とで食べることにした。
 食べてみると思ったほどの臭みはなく、味はコクのある豚肉という感じ。なかなか美味しゅうございました。あとモモ肉があるのだが、そっちのほうが匂いがきついかもしれない。とりあえず冷凍して、それはまた後日。
 
 夜半から近くのツタヤへ行き、CDを1枚返して借りて、午前2時までやっている併設のスターバックスでノートパソコンを開いて仕事。
 まだ腰が本調子ではないので、このスタバの椅子でパソコン仕事は1時間くらいが限度みたいだ。

 執筆マシンの Sharp MURAMASA PC-MM2-5NE の標準バッテリーが弱ってきて、1時間半ほどしか使えなくなっている。昨夜の調べ物というのは、実は、このバッテリーの中味のセルだけを取り替えてくれるサービスについてだったのだ。
 ふだんは3倍容量のバッテリーを使っていて、そちらも弱っているのだけれど、まだ4時間ほどは使える状態なので、当座は間に合っている。(以前は7時間ほど使えていたが、さすがに3年使っていると弱ってくる)
 この標準バッテリー、純正品を買うと15000円ほどするところ、業者に中味だけを替えてもらうと8000円ほどで済む上に、純正品発売後の技術進歩が反映され改良されたセルに交換されるので、性能も上がるらしいのだが。

2007年09月23日

イノシシはどうやって食うのか

 まだ、ヨットには復帰できない。

 ヨットは海況によってハードさがちがうので、余裕のないぎりぎりでは乗れないし、まだ身体を捻ることができないのが問題。
(乗船中は、進行方向に対して真横を向いて座り、顔だけ進行方向に向けるので、身体を捻る姿勢を続けることになるので、背骨を捻ることが禁忌の状態ではなかなかむずかしい)

 パシフィコで開催中の「横浜ライフデザインフェア2007」へ、歩行訓練を兼ねて。
 いわゆるシニア世代、団塊の世代の退職後に向けたイベントなのだけれど、狙いが絞り込まれていなくてイベントとしてあまり成立していないように感じた。
 そもそも団塊の世代と従来のシニアはライフスタイルがかなりちがう。

 近くでの買い物も含め、万歩計は3000歩だった。
 たったこれだけで、まだかなり疲れる。

 夜、山で射止めたというイノシシの肉が届く。
 さあて、どうやって食えばいいのやら。

 

2007年09月22日

1回休み

 職人が来て、家の内装のドアを直していった。

 あとは、ほとんど在宅。
 仕事の勘が鈍ってしまっている。まずいな。

 牛乳とパンを買いに近くのコンビニに出かけ、帰りにTSUTAYAでCDを借りてきた。

 双六でいうと「1回休み」みたいな感じのだらけた一日。
 疲れをとるってことも大事だよね。と、自分にいいわけをする。

2007年09月21日

江戸川乱歩賞授賞パーティ

 午後5時半、有楽町ビックカメラ。
 HDMIケーブル1.5m(3780円)。居間のビデオの配線を変えるため。

 午後6時、帝国ホテル。
 江戸川乱歩賞授賞式&パーティ。
 始まった頃はスーツを着た人が多くて、途中から肩を出したドレスの銀座のおねえさま方が増え、さらにはなんだか職業不詳の人が増えてスーツの人が減る。2時間の間に会場にいる人の構成比が何度も変化する不思議な会である。

 昨年は推理作家協会に入会したて、ということもあって、ほとんどのパーティに参加したのだけれど、今年は、体調もよくなかったこともあり、ちょっと休みがち。
 江戸川乱歩賞パーティだけは、推理作家協会の他のパーティとちがって、会費が無料でしかも帝国ホテル、ということもあり、病み上がりの社会復帰訓練がてら参加。
(ちなみに、その他のパーティは会費1万円で、新橋第一ホテルとか、飯田橋ホテルエドモントなど)

 ひさしぶりに(最近学業が忙しくてあまりいっしょに飲んでいない)菅谷充さんを発見。

 知り合いの編集者がいつもより少なかったりしたこともあって、ローストビーフ、寿司、スモークサーモン、蕎麦、デザート、など、お腹一杯食べたりして。(笑)
(ふつうは、挨拶や名刺交換で忙しくて、あまり食べるヒマがない)

 先日ご馳走になったK書店の某氏に会ったら、「すすんでいますか?」
 K書店の仕事ではなくて、その前の別の出版社向け長編のこと。それらが終わったら注文をくれる含みの質問で、たいへんありがたいのだけれど、まだ自分の創作ペースがちゃんと確立していないので、返事がしにくい。(ああ、まだプロになりきれていないなあ)

 コルセットをして2時間立っていたらさすがに疲れて会場の後方のテーブルに座って雑談をしていたら、近くにいたK文社のU氏いわく「サントリーミステリー大賞トリオですね」。

 そうなのだ。高嶋哲夫(サントリーミステリー大賞)、新井政彦(日本ミステリー大賞新人賞)、とわたくし阿川大樹は、第16回サントリーミステリー大賞の最終選考に残ったときの同期(笑)。
 ひとつの賞の候補者3人が全員、のちにデビューして、この種のパーティで顔を揃える、というのはけっこう珍しいのだけど、ときどきこうした同窓会(同期会)のようなことになるわけだ。

 最初に「大賞」になった高嶋さんがもちろんいちばん実績を上げている。
 ちょうど話していたときに、高嶋さんの『M8』の文庫増刷(3刷)のニュースが入る。

 というわけで、「サンミストリオ」は有楽町の街に出て、某洋風居酒屋へ移動。
 午後10時くらいまで、いろいろな話。この3人が揃うとあまり景気のいい話にならないことが多いのだけれど、「3刷決定」というおめでたいことがあったので、ここでの二次会は高嶋哲夫さんの奢りになった。
 ごちそうさまでした。
「これからは、増刷になった人の奢り、というルールにしましょうか」
 などと、けっこう本気に言い合ってわかれる。

 ちなみに、帝国ホテルの会場で、吉田伸子さんが、僕の顔を覚えてくれていたのが、けっこううれしかったな。

2007年09月20日

今日も新記録!

 昼過ぎに家を出て、打合せ、中華の夕食。
 9時間の外出。退院後最長外出時間。本日も進歩。

 思えば子供の頃って、自分の進歩をいつも自覚していて、なんでも楽しかったような気がする。大人になると、停滞した能力とか沈滞した日常とか、そういうのを感じる機会が増えてくる。
 停滞を安定といいかえて、それをガマンするのが人生だったり仕事の中心部分になってしまったり。
 辛い時期がなかったわけじゃないけど、自分は面白い仕事ばっかりやっていたような気がするし、今になって日々進歩する肉体を実感したり、人生って楽しいよね。
 新しいことを始めると、それが未経験だからこそ、進歩のスピードが早くて毎日が楽しいわけだ。
 人生、毎日、伸び盛り!

 楽しくないのなら、楽しく生きるために、今の人生にこだわらずに、いつだって新しい人生に踏み出していけばいいじゃないか、というのが『覇権の標的』『D列車でいこう』にある基本的な考え方。

2007年09月18日

なんでもないことが喜びに変わる

 昼時、家を出て駅に向かう途中、横断歩道を渡っていたらクラクションが鳴る。
 ふと見ると赤い車の中で笑っているのは、病友のSちゃん。運転しているのはお母さんだ。そういえば、今日、彼女は退院のはず。退院の時間から少し経っているが、近くでしばらく過ごしていたらしい。
 入院仲間なので、お互いに寝間着姿しか見たことがなかったわけだけれど、助手席のSちゃんは、すっかり「街の人」になっている。信号が変わるまで、しばし、路上から窓越しに立ち話。退院おめでとう。

 みなとみらいから、退院後初めて、電車に乗る。横浜駅まで。

 高島屋で妻とランチ。肉を食べて元気をつけようと三田屋で「横浜ステーキランチ」1950円。この店は「文明開化」がテーマみたいだ。前菜の自家製ハムがとてもおいしかった。
 昼なのにピアノの生演奏があるんだけど、いわゆるサロンピアニストで音楽を舐めている。どんなポピュラーで易しい曲だって、多くの人に知られているということは「名曲」なのだから、その魅力を引き出す演奏をしようとすればいいのに。
 演奏が終わって、BGMが流れてきたら、ほっとして安らかな気持ちになった。(音楽心のない演奏を聴くのはストレスなのだ)

 高島屋で少しの用事を済ませて、初ヨドバシカメラ(笑)。ベイシェラトン1階のショウルームに立ち寄り、次は東急ハンズに向かったのだが、家を出て3時間経過しているので、外出に慣れない身体はヘロヘロに疲れていて、スターバックスで休憩。
 東急ハンズで眼鏡を新調しようと思っていたのだけれど、あてにしていたフレームが思ったのとちょっとちがったのと、疲れて根気がなくなっていたので、新調は延期。

 他に家庭のものをいろいろ物色しているうちに疲労がピークになったのでベッド売り場で寝心地を試す振りをして(笑)、3分ほど大の字になって休む。
「おお、なかなかいいね、このベッド」
 などと声を出して演技するのをもちろん忘れてはいない。(笑)
 立って身体を支える筋肉全部が弱っているので、横になると一気に疲労が回復する。

 午後6時に近づいていたので、近くの「白木屋」へ。
 1時間ほど、軽くビールとツマミを摂って、タクシーで帰宅。
 ふう~、都合7時間近くの外出をなんとかこなした。

 こういうひとつひとつの冒険(笑)と達成感がまたけっこう楽しいわけだ。
 健康なときは当たり前のことが、病気をするとチャレンジする楽しみを産んでくれる。楽な方が人生楽しいってわけじゃない。昨日よりも今日は進歩している、という喜び。

 さあて、そろそろ仕事したくなってきたぞ。

2007年09月17日

ピッチに立つ

 近隣の「みなとみらいスポーツパーク」で僕が所属している「FC-JIVE」の活動があったので、自主トレがてら歩いて行った。歩いて5分なんだけど、その距離を歩くことができなくて、手術前は自転車で行っていた。もちろん今日は歩いていっても全然平気。

 しかし、遅い午後の日差しが強烈。久しぶりの汗。
 ベンチに座って水を飲んでいたんだけど、芝生へ出て歩いてみる。筋力が落ちているので、アスファルトと芝生(といっても人工芝だけど)の感覚のちがいが大きくわかる。ぜんぜん足に優しいわけ。

 踏みしめて足の裏の感触を楽しみながら、ふと転がっていたボールに足で触れてみる。腰を捻ることは禁忌なので、身体を正面に向けたまま、歩くスピードのままトーキックで目の前50cmか1mへボールを弱く蹴り出してみる。
 つまり、歩く速度でのドリブル。
 たったそれだけでもボールを蹴るインパクトが背骨に伝わるのがわかる。この調子では、まだまだしばらく球は蹴れません。

 アスファルトを歩くよりも身体にいいので、仲間たちの試合を見ながらコートの周りを、ゆっくり歩いたり早足にしてみたり3周ほど。
 まだ当分プレーはできないけど、芝生の感触くらいは楽しもうと。

 終了後、散歩の仕上げに、先週まで入院していた病棟へ。
 看護師長さんに入院レポートを印刷してわたす約束をしていたのと、知り合った病気仲間がまだいるうちにもう一度顔を出したかったのだ。
 退院を控えてみんなけっこう元気そうでよかった。

2007年09月16日

スーパーへ買い物

 近くを散歩して足の筋力を回復させようと思っているのだけれど、目的がないとめげるので、スーパーまで買い物に行ってみた。(好物のトマトもなかったし)
 歩いて行くには途中何度も休憩しなくてはならなかったスーパーまで、いまは、スイスイと行くことができる。
 残念なのは、入院している間にトマトは3割くらい高くなっていたこと。

 入院中に届いていた小さな家具を設置するホームインプルーブメント。
 家の雑事は腰に負担のかかる姿勢が必要になるので、まだまだ要注意だ。

2007年09月15日

娑婆の暮らし

 カミさんが仕事で外泊だったので、ちょうど京都から見舞いに来てくれた友人と退院初日から野毛でワインを飲んでの幕開けとなった娑婆の暮らし。

 二日目は、比較的おとなしく。(笑)
 近くへ出て、まずマクドナルドでフィレオフィッシュ。
 病院食は意外なことにとてもおいしかったけれど、外へ出たときに食べたいものは、フランス料理でも高級中華でもなく、カレーや牛丼やマックや立ち食い蕎麦だった。
 刑務所から出てきて最初に立ち食い蕎麦を食ったら涙が出るほどウマイだろうな、と思う。
 あと、デオデオの店内で電気製品の価格調査(笑)をして、スポーツオーソリティで靴や水泳着をみてまわり、ツタヤのレンタルCD棚を見て回る。

 都合、2時間ほど歩き回った。
 いやあ、ぜんぜん足が痛くならない。当たり前のことがすごいうれしい。
 まあ、たった2時間のウィンドウショッピングで筋肉痛だけど。

2007年09月14日

リハビリ日記(12) 退院!!

DAY16:9月14日(金)

 病院最後の朝は午前5時半、起床。
 デイルームで朝のカプチーノの準備をしていたら看護師さんが来て、診察券を返してくれて、退院後のために処方された薬と、処方されていて使わなかった座薬をくれる。
 座薬は手術直後に1度しか使わなかったけれど、8回分処方されていたらしく、袋には「7個在中」とかいてある。冷所保存。使わなくても処方されてしまうとナースステーションに保管してあっても患者の所有物なので、退院時には引き渡しを受けるんだ。なるほど。
 こういう作業の分担が夜勤の看護師さんというのが不思議な気がする。でもこれもきっと業務フローをみて考え「改善」を重ねた結果決めた合理性のあることなんだろうな。
「食事が終わったら先生が傷のチェックに来ますから、あとは会計をして帰ってください」
 と、早々に引導を渡される。

 退院後の薬、この分だと、まったく使わなくて済む可能性もある。

 病室にもどってカプチーノで最後のダバダ~。
 8時半、I医師が来て傷のチェック。問題なし。
「ではまた外来で……」
 と、ルパン3世にちょっと似ているI医師が病室を去っていく。その後ろ姿にこちらは頭を垂れる。おかげさまで、痛みがほとんんどなくなりました。
 ナースが来て、バーコードが着いている腕の認識票(腕輪)をカット。自由の証(笑)である。記念にもらっておく。

 スノボガールのSちゃん(来週退院予定)がやってきて、廊下で記念撮影。イェイっ!
 
 なんとなく後ろ髪を引かれながら同室の人、すれちがう人、ナースステーションに挨拶をして、病棟を出た。
 ほとんど辛い思いをせず、おかげさまで、とってもたのしい入院生活でした。みんなありがとう。

2007年09月13日

リハビリ日記(11)

DAY15:9月13日
 手術からちょうど2週間。

 昨夜は、安倍晋三辞任の影響で(笑)7時のNHKニュースから特別編成の報道ステーションまでテレビを見たので、就寝が遅かった。

 本日の目覚めは午前5時半。6時を回ったところでカプチーノタイム。本日もダバダ~。
 7時前にはダージリンタイム(笑)。室温23.4度。
 7時15分、採血。
 9時過ぎ、抜糸!

 もうじき退院だと思うと、忽然といろいろ食べたいものが頭に浮かぶ。
 食べたいものとは、カレーとか牛丼とか焼き鳥とか。
 それぞれ味でいうと病院食の方が上かもしれない。決して豪華なフレンチだったりはしない。こういうのは現在の食事に対する満足度とは別のものみたいだ。
 病院食で生活するぞプロジェクトは、「あてがい扶持で選択できない食事」という意味で刑務所生活のシミュレーションでもあった。
 しかし、カレーとか牛丼とか焼き鳥なんていうのは、海外旅行しているときに恋しくなるのと同じ。病院生活は海外旅行と共通点があるというのは面白い発見だ。(面白いけど、あまり役に立つ発見じゃないな)
 
 午後1時、最後のリハビリ。
 これで、病院内のめぼしいイベントは終了。あとは食べて寝て起きて退院である。

 昨日、たぶん救急で入ってきた患者の関係者のインド人がデイルームにずっといて、ほとんどの時間、携帯で電話をしている。
「その会社に51%まで資本を入れることはできるが、**を取締役会のメンバーに入れるのはダメだ」
 なんて英語で生臭い話をしている。さすがにインド人。
 インド人はターバン巻いてカレーを食べているというイメージ(笑)ではなく、昨今はネクタイをした切れ者のビジネスマン、というのが「インド人らしい」イメージ。
 ビジネスの世界で日本はほんとうにいろいろな国に後れを取っている。それなのに、全然、危機感がないのはどうしてなんだろう。まあ、いまのところ、そこそこ幸せだからそれでいいってことなんだろうな。

 ナースやクラークが退院の書類だの会計の書類だのを入れ替わり立ち替わりもってきたりするので、否が応でも僕の周りは退院ムード一色になり、同室の人たちは「いいなあ」を連発する。
 僕の場合、まったくの予定通りに経過が推移したので、精神的なストレスはほとんどなかった。けれど、似たような病気でありながら、最終的な原因を突き止める事ができずに検査を繰り返して手術の日程が決まらなかったり、糖尿病の持病が発覚して手術が延期になっている人もいる。そういう人はいわば「長い待ち時間」を病室で過ごすので、僕ほど楽しい入院生活を送ることができないわけだ。

 自主トレの恩人・スノボガールSちゃんと連絡先の交換。赤外線送信なんて久々に使ってみたので、機能を呼び出すのに時間がかかること。(笑)

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 最後の晩餐も美味しく戴く。

2007年09月12日

リハビリ日記(10)

DAY14:9月12日

 午前6時20分。今朝もカプチーノでダバダ~。

 室温23.6度。涼しいせいもあって左膝が少し痛い。実はこの膝が自分の肉体の最大の弱点であり、抱えている爆弾だと思っていたんだけど、思いがけず腰椎が先に来ました。次に手術するのは変形性膝関節症かなあ。などと、朝からつねに前向きに(?)次の入院のことを考える阿川である。

 昨夕、「よくなってくると看護婦さんにかまってもらえなくて寂しいなあ」なんて話をしていたものだから、今朝は「阿川さん(じゃなくて実際は本名)、おはよう」なんて、200%増しの笑顔でナースがやってくる。(笑)
 お忙しいところ、気をつかっていただいて、まことにありがとうございます。
 でも、実際、そんなことが楽しいわけで。単純にQOLが上がる。
 ナースというのは職人であり技術者であり、セラピストであり、エンターテイナーだ。職業としてかなり高度な知的労働だよね。
 国民経済の観点からは医療費削減が課題になっていて、診療報酬などもどうやっても医療機関が儲からないような仕組みにしてしまっているのだけれど、医師や看護婦の報酬も仕事の質と量に比較して少ないものになっている。そういう社会の矛盾のようなものをひとつひとつ改善していくことができないのは、どうしてなんだろう。
 世間では絶対額だけを問題にして仕事の質や量に目を向けない「医師=高所得者」というやっかみによる言説もしばしば見られるし。

 イヤフォンから流れてくる、Ciara Adams の "Wild Wood" がカッコイイ。
 ピアノ、ウッドベース、ボーカル。こういう楽器が少なくてひとつひとつがビビッドな音を出す音楽が好き。少し高級なイヤフォンをつないでいる効果がここに効いてくる。

 午後1時からリハビリ。
 元演劇関係者の僕は「リハの予定は」といわれると「リハーサル(ゲネプロともいう)の予定」のことだと思うわけだけれど、ここではリハは「リハビリテーション」なのだ。
 おなじく、「生食」というのは「お刺身用の魚」のことではなく「生理食塩水」のこと。「なましょく」(湯桶読み)じゃなくて「せいしょく」。

 病室にもどると、安部晋三内閣総理大臣辞任の報。たまらず記者会見の生中継のためにテレビを点ける。それにしてもまったく内容のない記者会見。見る(聞く)人が納得できる具体的な答をする気持ちがとことんない人なのだなあ。小泉内閣がなぜ人気があったのか、この人はまったく分析しなかったのだろうか。
 民主主義社会における政治でいちばん大切なのは「国民が納得すること」だというのがわからないのだろうか。国民は自分が納得できさえすれば貧しくても苦しくてもいいのだ。国民のためによかれとどんな素晴らしいことをやっても、それで国民が幸福を感じることができなければ意味がないのだけれど。

 入院後17日にもなると、知り合いも増えるしそれぞれに親しくなってくるので、なかなか静かに読書をしたり執筆したりするのが難しくなってくる。今後、入院中に執筆をするようなときには、個室でもない限りこのあたりのことは計算に入れておかなくてはならない。(メモメモ)
 実質、あと1日で退院となると、とても名残惜しい気持ちになる。
「またここで会おうね」とはいえない刹那の関係なのだ。

 夕食は、追加料金240円(基本料金260円を加えて500円)の特別食。
 退院前の最後のチャンスだったので、向学のために申し込んでみた。たしかに多少楽しい食事になっているけれど、260円のコストパフォーマンスがあまりにもいいので、この500円の価値は霞んでしまう感じがする。600円出せば大戸屋の定食を食べることができるし。
 それにしても病院食が美味しくない、というのは都市伝説だったのか、あるいは過去のことなのか、でなければこの病院がとくべつ美味しいのか。生まれて初めての入院初心者の僕には、そのあたり、とんと見当がつかない深い深い謎である。
 逆にいえば、食事は誰にでも興味がある共通のエンターテインメントだから、美味しい食事を全面に出すことができれば、病院のセールスポイントに十分なりうると思う。
 病院というのはやむを得ず来るところではあるけれど、患者にとっていろいろな制限があるからこそ、滞在期間中はできるだけ楽しく快適に過ごしたいものだから。(個人的には辛い思いを取材する目的であったけれども)

2007年09月11日

リハビリ日記(9)

DAY13:9月11日

 同時多発テロの日。
 この日を境に、アメリカの迷走がひどくなって、いまに至るわけだ。
 アメリカ軍の戦死者はとっくにこの日の犠牲者の数を超えているし、イラク人にいたってはおびただしい人命が失われている。
 このテロについて、当時、日本が情報(インテリジェンス)の中心になっていたらしい。世界で一番アフガニンスタン情報が早く入っていて、「なにがしかの大きなテロ」がアフガニスタンがらみで起きることについて、日本が世界に情報を提供していたという。

 午前5時45分、オシッコがしたくて目が覚める。いわゆる「自然が呼んでいる」というやつ(笑)
 午前6時15分、本日もネスカフェ・カプチーノを淹れる。ダバダ~。
 外はどんより。涼しくていい。(午前中に太陽が出ていると何しろ暑くてつらくなる)
 全体的に筋肉痛の朝。今日もどんどん鍛えましょう。

 予定通りならば13日抜糸、14日朝退院。実質残りの入院期間は3日間だ。
 そろそろ退院社会復帰モードに入ろうと思う。(といっても、朝型で食事時間が規則的である以外には執筆モードの在宅時とそれほどちがわないのだけど)
 いまのところ入院中に予定していただけの仕事は進んでいない。時間がなかったわけではないので、自分の能力が低いってことだと思う。取材成果はたっぷりあったので、ようするに入力過剰。情報がたくさん入ってくる時期には執筆はあまり進まない。これはある程度やむを得ないのだけれども。
 夏休みが終わりそうなのに宿題ができていないような気持ち。

 7時のNHKニュース(FM)を聴き終わったところで、とりあえず朝食前の朝練。
「階段5往復で息が切れる」と嘆いたら「ふつう階段で5階まで一気に上がることもあまりないでしょう」と同室の人にいわれる。いわれてみればそれもそうだ。(公団住宅の基準では5階建てまではエレベータのない住宅がふつうではあるけれど)

 午前中、階段5往復をもう一度。

 デイルームで書き物をしているとI医師がきて、「椎間板遺伝子解析研究への協力について」についての話。ようするに慶応大学での研究のサンプルのひとつとして遺伝子を血液20mlの形でカルテ情報と共に協力してくれないかという話。
 医学の研究に役立つことなら、もちろん協力は惜しまない。

 聞いていた Bella の Whatever It Takes が今日はなんだかゴキゲンだ。

 入院以来、ずっと考えている長編。
 バラバラの要素は少しずつ増えているのだけれど、全体に一本の芯が通らないので、物語として固まらない。オーディオの音量を上げて集中力が出るように今日からやり方を変えてみているのだけど。

『D列車でいこう』、
「退院までに読み切れなさそうだから譲ってください。ついてはサインしてください」なんてSちゃんにいわれては、サインつきで献本させてもらうしかないだろう。
 彼女が自主トレに誘ってくれなかったら、僕の回復はもっとずっとゆっくりだったにちがいない。僕は元アスリートの高い理想の薫陶を受けたのだから、彼女は僕の恩人だ。

 隣はいろいろな検査に出かけたり血圧だの血糖値だのを頻繁に測っては点滴だの何だのといろいろ。こちらがナースにかまってもらうのは朝夕の検温と血圧測定くらいで、なんだか、弟が生まれて以来ママにかまってもらえなくなったお兄ちゃん状態でちょっと寂しい。なあんてことを隣の人のところにナースが来ているときに話をしたら、「みんな思うことは同じなんだね」と向かいの人。(笑)

 社会復帰の一環として、NHKテレビのニュースを見始めてみる。


【什器】

 ベッドサイドの収納ワゴン(「床頭台」というらしい)だが、機能はいいとして、開閉するときにかなり大きくていやな音が出る。病室で使用される什器として、設計があまりよくないと思う。(ようするに夜中寝静まった時刻にも相部屋で開閉されるということを考えて開閉音まで設計時に意識されていない)
 うるさいこと自体も問題だけれど、うるさくしないように気兼ねして開閉するのがまたQOLを下げる。

2007年09月10日

リハビリ日記(8)

DAY12:9月10日

 午前5時40分起床。
 インスタントのネスカフェ・カプチーノ、けっこういける。ダバダ~。
 午前6時半現在、室温24.7度だけど、雲間から太陽が顔を出して、上昇基調。

 午前中に自主トレ10周をこなして、午前11時にシャワー。
 午後2時リハビリ。
 
 淡々と過ぎる1日。

2007年09月09日

リハビリ日記(7)

DAY11:9月9日

 午前6時20分、室温26.3度、『プリズンホテル』(浅田次郎)読了。
 破天荒な設定をグランドホテル形式で記述する。「泣かせの浅田」の片鱗もちゃんとある。(笑)
 あとがきを読んで、デビュー前の阿川に直筆で年賀状をくださっていた理由に合点がいく。僕から浅田次郎さんにお返しするものはないが、代わりにだれかに返したいと思う。

 就寝前の筋肉痛もほぼ解消している。
 今日もリハビリと執筆、頑張ろう。
 朝食後の体重コルセットを含んで63.95kg(入院時64.65kg)
 午前中、階段昇降コース5往復。午後5往復。

 日曜日とあって、会社員時代(もう10年以上前だ)の友人が3人で見舞いにやってくる。その後、我が家へ移動して飲んで帰ったはず。
 夕食が済んだところで、空いたベッドに急患が入ってくる。救急車で緊急入院になった前立腺ガンの人。のんびりムードの我が病室もちょっと緊張モード。日曜の夜で病棟のナースも人手がない状態でてんてこ舞い。

「眠らなくちゃ」信仰について。
 ところで、入院していると、「眠れない」といって夜中にナースコールをする人がけっこういる。ナースは自分で勝手にクスリを処方することはできないから、そういわれても困るわけだ。患者は食い下がり、医師に連絡をとってなんとかしてくれといったりする。もちろんそんなことで夜中に起こされたら医師もたまったものではないので、ナースはなんとか患者をなだめようとする。
「眠れなくてもいいじゃないか、明日、仕事をするわけでもなく、ベッドにいるだけだから、昼間だっていつでも好きなときに眠れるのだし」というふうに思わない患者がけっこういるというわけだ。
 たしかになにか不安を抱えたまま長い夜を過ごすのは辛いけれど、眠れないということ自体が不安要素になっている。いい悪いではなく、それもまた患者の陥りがちな心理状態のひとつであるらしいということ。
 まあ、僕みたいに「お、眠くない。あれもこれもできるぞ、ラッキー!」と思うのもあまり身体にいいとは思えないけどさ。
 いずれにしても「眠れない夜を楽しく過ごすための生活設計」というのは楽しい入院生活の重要な要素であるようだ。

【身近な什器のことなど】
 ベッドサイドテーブル 平成10年購入。
 床頭台(という名称のベッドの横にある物入れ) 平成12年購入。
 3モーター電動リモートベッド 平成12年購入。

2007年09月08日

リハビリ日記(6)

DAY10:9月8日

 午前6時少し前、起床。室温24.3度。
 比較的途中目覚めることなく、8時間くらい眠ったように思う。
 トイレで勢いよく小用を足す音が高原のせせらぎを想起させて気持ちがよい。思わずマイナスイオンを胸一杯に吸い込んでみたくなる(嘘)
 ちなみに、マイナスイオンが身体にいい、という科学的データはまったくないそうだ。
 かつては「オゾンたっぷりの森に囲まれて」なんて不動産の広告があったりしたものだ。オゾンは身体に有害な酸素ラジカル(プラスイオン)を発生させる。活性酸素には発ガン性がある。

 ステンレスボトルの中でわずかに温度を保っている昨日のコーヒーを飲む。まあまあイケル。

 ベッドから出られるようになると病院生活は意外に快適である。
 買い物にも行かず調理もせず、どの店に入るか考えることもなく、時間になれば食事が出てくる。味だって30年前の東大駒場生協食堂や25年前のNEC相模原社員食堂よりもずっと美味しい。手間暇と費用(病院食は1食260円)のバランスを考えれば、ほとんど不満はない。
 掃除も洗濯もしなくていい。
 雑事から解放されて、読書や原稿書きができるのだから、むしろありがたい。
 自由はないけど、執筆が佳境になっていれば、もともと家に引きこもっているわけで、それに比べれば家事労働がないだけ、病院の方が便利なわけだ。

 ベッドから出ることのできなかった期間は確かにつらかった。
 つまり、病院生活がつらいのではなく、病気やそれにともなう不安や苦痛がつらいわけだ。外科的な手術をして快方に向かい、苦痛が取り除かれ退院後の生活が入院前よりも改善されるという明らかな希望がある上に、生活の面倒は病院が見てくれるわけだから、いまの生活がつらいはずがない。

 パソコンの充電ができないために、充電済みのパソコンをデリバリーしてもらわなくてはならないので、妻に負担をかけてしまう。それさえなければ、できるだけ長く病院にいたいくらいだ。
 だって、自腹でホテルに籠もって執筆に専念しても、食事の心配はしなくてはならないわけだから、いわゆる「自主カンヅメ」よりも入院生活は快適なのである。

 午前7時のNHKFMのニュース。
 やっと台風のニュースがなくなって政治などが報道されるようになった。

 デイルームにいたら、スノーボードでプロを目指していたこともあるという患者仲間のSちゃん(30代前半:60歳のお母さんがこれまた美人)がたびたび通りかかる。リハビリで周囲をぐるぐる回っているのだということで、誘われて僕も3周だけ一緒に歩く。僕は昨日リハビリセンターで初めて階段を数段昇降したばかりなのだけれど、下の階との階段を3回上り下り。
 彼女は、僕よりも手術が後だったのに、運動量も運動機能もとっくに追い越されている。若さもあるし、アスリートだからリハビリの重要性も強く認識しているのだろう。
 彼女にしてもナースのHさんにしても、人に元気を伝染させるタイプの人っていいなあ。できれば僕もそういう人になりたいけど道は遠い。

 午前9時、病室の窓際にある僕の位置で室温30度(廊下側では27度)になったのでデイルームに避難。原稿書き。連載エッセイを1本書き上げる。

 午前11時前、地下売店へ降りて、缶コーヒー。
 芥川賞全文掲載の「文藝春秋」が売り切れて代わりに「問題小説」が入荷していた。そういえば僕の短編の掲載はいつになるんだ。書籍は文庫本だけで、全体的に軽いもの。
 煎餅1枚のパックを52円で売っているし、超ミニサイズのカップ麺なんかがかなりあるのが病院風。(このあたりのディテイルが小説には重要なんです)
 エレベータを下りた正面のポスターには「病院で必要なものがなんでも揃う」と謳われている。じゃあPCバッテリー充電サービスなんてのはないのか。(もちろんコンセントが使えればそれがいちばん)

 昼食のところまでで、抗生物質の内服終了。
 改めて自主トレ第二弾。階段を含む周回コース5周。
 残りの時間は、ほぼ『プリズンホテル』(浅田次郎 徳間書店)を読んで過ごす。
 ずっと前に買ってあって読んでいなかったもので、帯に「超大型新人の最高傑作」と書いてある。直木賞作家にも新人時代はあった、という当たり前のことだけれど、「新人」ですでに「最高傑作」を謳ってしまっていいのか、これ以後出る本はそれ以下なのか、という心配に満ちたひとりツッコミを入れてしまう。
 浅田次郎さんは僕と3つしかちがわないのだけれど、もっとずっと年上のような感じがするし、ずっと前から小説家だったようなイメージがあるので、1993年現在で「新人」というのがなんとなく不思議。
 以前から日記には何度も書いているが、僕がサントリーミステリー大賞の候補になったとき、大賞に推してくれたのが浅田次郎さんだった。
 徳間書店の文芸書には担当編集者の名前が入っているのだけれど、『プリズンホテル』の担当編集者Sは、その後、幻冬舎に移って田口ランディの小説デビュー作を出している。いまはまた別の出版社にいるはず。文芸の世界はとっても狭い。
 偶然だけど、昨日、古くからの友人である田口ランディさんから入院生活応援の大型本が届いた。お、と驚くセレクションの本だ。ありがとう。

 夜9時前、いきなり窓の外に花火が上がる。
 小規模だけど、予想外のお年玉をもらったみたいな秋の花火だ。

2007年09月07日

リハビリ日記(5)

DAY9:9月7日(金)

 午前6時、平穏な目覚め。
 外はまだ台風模様。散歩がてら病棟の廊下を端から端まで歩く。道行く人が傘をあきらめ、レインコートだけで走っている。なんか気持ちよさそう。(笑)
 前日、妻が差し入れてくれたコーヒー(ステンレスボトルに入っているがもちろん冷めている)を飲む。違いがわかる病院の朝。ダバダー。
 口直しに給湯栓にいってティーバッグのウーロン茶(105円で20パック中国製)を入れる。毒が入っているかもしれないが味はよい。
 風力発電はもちろんまだ止まったまま。
 朝の検温、35.8度。やっと平熱にもどった。

 午前7時。向かいのクイーンズタワーのオフィスフロアは昨夜から照明の点いているところが何階かある。徹夜で仕事をしているのか、それとも単なる消し忘れか。

 毎日NHKFMの朝7時のニュースを聞いているが、台風のニュースは映像がないとつまらない。他のニュースはどこかへいってしまうし。
 テレビを見るのをやめてラジオのニュースだけで10日以上生活しているけれど、くだらないあら探しバッシング報道に接しないので、とても気分がいい。報道は事実関係を教えてくれればよい。テレビが怒りを煽ってくれなくても、こっちは冷静に怒る。テレビに感情をコントロールされたくない。毎日怒りを煽られたり自分たちのリーダーに失望させられたりして、自分で幸福な時間を壊されたくない。情報として伝えてくれれば、あとはこちらでいろいろ判断するさ。

 午前9時過ぎ、同室だったUさん(頸椎の手術)が退院していく。
 症状が出る前、健康なときは1年に365冊小説を読むのを目標にしていた、という今どき奇特な(笑)潜在的お客様なので、ならばと拙著『D列車でいこう』を前夜に差し上げたら、さっそく夜遅くまで読んでくれていたようだ。

 昼には風が強いけれどすっかり雨も上がって暑い日に。
 風車は回ったり(風が強すぎて)止まったり。
 午後2時、リハビリ。
 わずか15分ほどの指導なんだけど、帰りには身体の動きが軽くなっているからリハビリの方法論というのもたいしたものだなあ。できれば自分でちゃんと勉強してみたいと思う。

 となりの男性部屋にしきり屋さんで大声の話し好きの男性がいて、廊下を経由して一日中話し声がしている。同じ部屋だったらなかなかしんどいな。
 幸いこちらはルームメイトに恵まれていてありがたい。静かすぎずうるさくなく。

 ドクターが来たので、まだ見ていなかった手術後のレントゲンを見せてもらう。背骨のどこの部分を削ったかよくわかった。
 問題のビリルビンの値が高い件は、すでに解消して正常値にもどっているとのこと。よかった。ほんとビックリしたぜ。(よくなったらよくなったで、先生、はやく教えてくれ~)

 午後4時、シャワー。
 本日の予定イベントは以上。

 いろいろな人がメールをくれたりして、みんながみんな「ヒマでしょう」という。
 実は、日記を書いたり、ふだん読めない本を読んだり、小説のアイデアを考えたりしているうちに、すぐに夕食の時間になり、夕食が終わると瞬時に消灯になる。もっとたくさん本を読める、原稿が書ける、と楽しみにしていたのだけれど、思いの外、病院の一日は短い。
 生活上の雑事がないぶんだけ時間の余裕があるはずだけど、就寝時間が早すぎるからなあ。でも、睡眠中に肉体が回復していく(「寝る子は育つ」は医学的に正しい)わけなので、やっぱり寝るべきなんだよね。
(ちゃんと寝なかったから肉体が壊れたのかもしれない)

『資本開国論』(野口悠紀雄 ダイヤモンド社)読了。
 日本経済や政治について僕が感覚的に考えていることを、実に理路整然と「ほぼ」肯定してくれている。この本のおかげで、自分の感覚にデータの裏付けが取れた。

2007年09月06日

リハビリ日記(4)

手術後7日目 DAY8:9月6日

 前夜から同室内の排便問題がたびたびあった。
 病院だから、そういうことは当たり前で、同室者として別に迷惑だとも思わないけれど、ご本人はきっと気にしているんだろうな。手術後、身体が不自由で身動きができないのにそういう心労を抱くことが辛いところ。
 病院生活はそれぞれが自分第一にしてよいところだと思う。いわば迷惑をかけ合いながらみんなで病気を克服していく共同体だ。

 午前3時、目が覚めたところで起きてしまおうかと思ったけれど、結局、次に目が覚めたのは午前6時20分、夜勤の看護婦さんKさんが採血に来たときだった。
 朝の室温は23度代、この2週間ほどですっかり涼しくなった。起きている時間には上に羽織る衣類が必要になってきたな。
 デイルームへ出て、メールのチェック。留守電に病気を気づかう友人のメッセージ。

 今夜、台風が来るということで、横浜港が見渡せるこの病院の人はけっこうみんなわくわくしている。なんだ、台風が好きなの僕だけじゃないんだ。被害を受ける人もあるから、おもてだってはいえないけど実はみんな台風が好きなのだ。もちろん他人の不幸が蜜なのではない。自然の力を目の当たりにするところと、いろいろな非日常の緊張感が好き。
 ちなみに台風時のスタッフの出勤対策として仮泊施設など病院からの特別な配慮はないそうだ。医療スタッフだから何があっても出勤しなければならないのだけれど、現場は厳しい。

 午前9時前、隣人の下痢が止まらないようだ。浣腸が効きすぎている。
 いろいろ匂うのはともかくとして、たびたびシモの世話になることについて、本人がかなりめげている。
 そんななかで、ナースが小さな事を誉めたりして元気づけたりしながら、手際よく、シモの世話をしつつ、体を拭いたりして、まるで手術のチームワークのよう。
 その最中にも他の病室からのナースコール、たびたび鳴り響き、さながら戦場、またはドラマ「ER」の様相。
 今目の前の状況は、おそらくそのどれもが生命に関わるものではないと思われるものの、時々刻々の判断をしながら、凛々しく仕事をこなす、ナースのかっこよさといったら。
 その手際とリズムを見ると、救急医療も手術もおむつ交換も仕事に貴賤がないのがよくわかる。これもいい取材成果だ。

 午前9時前、部屋の引っ越し。
 手術後、ナースステーション近くの部屋に移っていたものが、手間のかからなくなった患者は入院時の部屋へ出戻り。窓の景色が少し変わる。左遷というのか出世というのか。(笑)
 回復してくると当然ナースの世話になることが減ってくるのだけれど、面白いもので、手術直後の人なんかが世話をしてもらっているのを同室で見ていると、ちょっと羨ましかったりする。

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 月曜日と木曜日が手術日なので、この病棟では火曜水曜は静かで、木曜は戦場になる。
 ただし、すでに快方に向かっている患者ばかりの部屋に引っ越したので、午後は安穏。窓から台風で荒れてきた景色を見ながら雑談したり原稿書いたり読書したり。
 
 午後、高校の後輩Mちゃんが見舞いにやってくる家族以外の見舞客第一号。ヒマワリの花束を戴く。お、置き場がない!

 リハビリの負荷が高くなってきて、けっこういっぱいいっぱい、筋肉ヒクヒク。

 風の音がいよいよ激しくなり、風力発電の風車は止められている。
 そのまま台風の夜となる。

2007年09月05日

リハビリ日記(3)

手術後6日目 DAY7:9月5日

 午前5時にはしっかり目が覚めてしまったので、そのまま起きてしまう。
 朝食、完食。
 午前10時、待望のシャワー! 10分前に見に行ったらすでに開いていたので、支度をして5分前に入り、10時29分まで、たっぷり時間を使って1週間の垢を落とす。頭なんて3回洗ってしまいました。
 遠く台風が近づいている。
 午前中、かなり激しい天候の変化をした横浜港の風景も、昼前には落ち着いてくる。
 師長さん(昔でいう婦長さん)から部屋の移動の話。阿川の日記の存在がばれていたこともあったりして、患者と医療現場の視点のちがいの話なんかをする。
 医療関係は評判がとても大切なので、昨今はいろいろなブログのことなども気にしているようだ。インターネットの評判がいつも正当であるとは限らないけれど、「気にする」というセンスがよい病院をつくっていくのだと思う。

 午後2時半、リハビリへ。
 歩行器なしで歩く。まだ少し安定しない。病棟の同じフロア内は歩行器なし、との指示が出る。結構、走っているスタッフもいたりして、まだ恐いけれど。
 午後4時、手術後、初めて地下3階の売店へ行ってみる。
「ずいぶん遠くまで遠征していますね」
 と後ろから声をかけてきたのは明後日退院予定の患者仲間のUさんだ。Uさんとはいろいろなところで会う。ということはUさんがやたらと動き回っているということだ。

 ベッドに寝ていると、たとえ傷が癒えてきても体力はどんどん落ちていくけれど、いったん立って歩くようになると、日一日といわず、時々刻々、快方へ向かっていく。この分水嶺までどうやって辿り着くかが問題なのだと知る。(内科的なむずかしい病の場合特に)

 夕刻になって、また天候はめまぐるしく変わる。台風はいよいよ接近している。

2007年09月04日

リハビリ日記(2)

手術後5日目 DAY6:9月4日

 ぐっすり眠った。起きると全身筋肉痛。
 朝食後の体温36.9度。まだ身体は若干戦闘モードってことか。(僕の平熱は35.6度くらい)
 午後のリハビリのために体力温存。寝たり起きたりしながらいろいろな姿勢で読書など。
 お湯の蛇口までいって、コーヒーを淹れてみる。1年以上の賞味期限切れ。(笑) 「白い恋人」なんて1年以上なんともないのに、二ヶ月期限を伸ばしたのがいけないみたいなこといわれて、ばっかみたい。最初から6ヶ月長くしておけばよかったってことだけど。(いけないのは細菌が検出された「バウムクーヘン」の方)
 ベッドにもどって伊藤園の「お~いお茶」ティーバッグ。これがおいしい。

 午前11時過ぎ、同室のX線撮影 Hitachi Sirius Star Mobile という小型の装置。

 昨日から看護学校の生徒がナースひとりに2人ずつついて実習している。

 本日、読み始めた本は、『再生巨流』(楡周平 新潮社)。

 午後2時半からリハビリセンターへこちらから出向いてリハビリ。
 ストレッチ、筋トレ、歩行練習。
 昨日動きはじめたせいで筋肉疲労が残っていて、いまひとつスムーズに歩けない。
 
 3時半、母が見舞いに来る。
 マドレーヌのような美味しそうな洋菓子をもってきてくれたのだが、せっかくだけれど食べるわけにはいかない。親の愛情はありがたいのだけれど、入院もいわば仕事中なので申し訳ない。
「できるだけふだんと同じように楽しく入院生活を送ろう」がテーマではなくて「病院生活の辛さを体験取材しよう」ということなので、その一環として「病院食だけで生活してみる」ということをやっているわけなのだ。

 パソコンの電源を取ることをを断られたので、二台のPCを自宅で充電してピストン輸送してもらうことにした。

 昼も夜も食事は完食。とくに夕食は美味しかった。

 ここまでで、入院日記がすでに原稿用紙50枚になっている。

2007年09月03日

リハビリ日記(1)

手術後4日目 DAY5:9月3日

「ベッド起こしていいですよ」
 新しい朝が来た。希望の朝だ。いままで30度までしか起こせなかったベッドを椅子のようになるまで少しずつ起こす。目の前の視界が開ける。
 しかし、痛いので長くそのままではいられない。つまり座っていることもできない体だってわけだ。なかなかきびしい現実である。

 空はゆっくりと晴れてくる。隣は本日手術。

 起きて朝食。同じ牛乳も起きて飲むだけで美味しい。
 えぼ鯛の干物、おいしい。おにぎり1個半。みそ汁、スプーンでなく口をつけて飲む。おいしい。
 しかし、起きていると背中が痛いし、ひどくつかれる。おなかも詰まっている。やっとの思いで薬を飲んで、真横にベッドを倒すとほっとする。まるで病人(いやたしかに病人なんだけど)

 午前9時過ぎ、ベッドに座って起き上がる。起き上がるときが痛いがきちんと座ると傷みもない。ベッドにいる時のように当たるところがないから、しばらくその姿勢を満喫する(笑) 医師が来るのが待ち遠しい。

 午前10時すぎ、ナースステーションに「回診ですの声」。
 来るぞ来るぞ、て、お化けが来るわけじゃない。
 まもなく医師がやって来ていう。
「立ってみましょう」
 思ったよりもうまく立つことができた。手術室に入ってから約96時間後のことだった。
 廊下を片道20mほど行って戻って、合格! 今日から立ってよし。
 エヘン! わぁーい!
 バルンカテーテルを抜かれるにゅるっという感触。

 うれしくて、電話したりメールしたり。
(つまり、歩ける、ということは携帯電話の使える場所まで移動できる、ということでもあるわけだ)

 美人のナースがエスコートについてくれて、歩行練習。きゃ、デートみたい。(ただし中学生のデートね)
 トイレ、無事、自力で小ができた。(長くバルンカテーテルを入れていると、外した後、自発的に排尿ができなくなることがあると聞いていたので、心配だった)

 しばらく、自分で歩いたら、無事、ふつうの排便もできた。これで最大の悩みが消えた。自由だ。

 その後、ひとり歩行練習中にいろいろなナースとすれちがうたびに「うんち出ました?」。(別に僕が特別うんち騒ぎを起こしているんじゃなくて、便通は通過儀礼だからなのだ)

 午後、リハビリの先生が来てくれて、一緒に歩く
 明日からは、こちらがリハビリ室に出向く。
 
『4Teen』(石田依良 新潮社)読了。
 14歳の中学生4人組の日常における冒険物語。
 いい小説でした。言葉そのものが生きている。こういう小説が評価される(直木賞受賞作)ということはうれしいことだ。僕が書きたいテーマ(のひとつ)とかなり被っている。僕が書けば自然にちがうものになるので、被っていること自体は気にならない。
 それについては、先日、K書店取締役と話をしたときの会話を思い出す。
「たとえ同じストーリーを書いたって、同じ小説になんかなりっこない。勝手にちがう小説になってしまいます。だから、無理に先行作品を気にする必要なんてないんですよ」
 そうかもしれない。

自立

手術は安全に終了。
術後4日目の本日、自力で立ちました。
手術が成功かどうか、つまり、症状が取り除かれたかどうかは、まだ不明ですが、元気です。

2007年09月02日

寝たきり日記(3)

手術後3日目 DAY4:9月2日

 午前3時40分、ついにナースコールを押して便器を持ってきてもらう。
 10分程がんばるがわずかにガスが出ただけ。くそ、たかが排便ごときがうまくできない。そしてそれがQOLを大きく低下させるのだ。
 次に入院するときは.もっと上手に糞をしてやるぞ。くそ。
 だぶん今日一日は宿便に苦しめられる曰となるだろう。

 病気と快適に戦うには、病気の知識だけでなく入院生活の知恵が必要だった。
 ウンコのマネージメントについてなんてだれも教えてくれなかったぞ。今回の入院で最大の苦痛は明らかにこれであって傷の傷みなんかではないような気がする。手術の痛みはこのトロールできるが、意外に排便はコントロールしにくい。
 手術の傷の痛みなんかよりも、便秘の方がよっぽど辛い。
 逆にいえば便秘の人ってふだんから大変だってことなのか。宿便侮りがたし。便静粛宿夜川を渡る。

 少し前から右手親指が痺れている。なんだろう。

 朝食最小限。
 ひさしぶりに青空で気持ちがいい。
 日曜で回診もないので午前中は静かな時が流れる。

 寝たまま飲む水を飲みそこなってむせると傷に響く。もちろん笑っても響く。くしゃみは最悪。

 これ以上腕力が弱ると、やがてはベッド上で姿勢を変えられなくなってくる。そうなると床擦れが始まるわけだ。こうして死んでいく人の転落の道が見えてくる。これも今回の重要な取材成果だ。自分で死んでみないと死人の小説が書けないのでは小説家はできない。人の死を書くためにもずっと入院したいと思っていた。やっとチャンスがめぐってきたわけだ。

 ヨットに乗ったら気持ち良さそうな日曜日。

 昼食、ハンバーガーとホットドッグ。わお。ひさびさに前のめりになって食べる。目の前の食欲が宿便の恐怖を凌ぐ。上海の女スパイにまんまとやられた自衛官の気持ちがわかったような気がする。(笑)

 やっぱりあった。(僕には関係ないけれど)お風呂の順番トラブル。
 病院を舞台にドラマを作る時なんかは、つかえるエピソードだ。

 隣の人は明日の手術を前に、神経質になっている。

 午後5時、軽い床擦れになりはじめ。頻繁に姿勢を変える。多分病気はここからが辛いのだと思う。予定通りならこちらは明日から起きられるが、そうでない人は絶望的な無限連鎖と戦いながら、同時に病と闘うわけだ。
 真面目なテーマとして、床ずれの研究はもっとやったほうがいい。患者のQOLにとってきわめて重要。

 後ろ臭{うしろが}。僕の造語(笑)
 自分が移動した後からっいてくる自分の匂い。シャンプーしたい。病院で死ぬということはこういう匂いを発散させて死ぬということなのだな。

 別に自分が死ぬことを考えているわけではなく、あくまでこの機会に「病院で死ぬ」人物を書くときのために、自分を使って取材をしている。この日記を読んで、阿川大樹が悲観的な考えに陥っていると誤解しないでくださいね。
 むしろ病院の日々は思った以上の取材成果で毎日わくわくしています。
 ちょっと長い日程で取材旅行をしているようなつもりなので。ここのところいくことができないでいる沖縄取材旅行の代わりみたいなもの。まさに同じくらい楽しんでいます。

 寝る前の検温37,0度。このあたりは快適に過ごすためにアイスノンと下剤をもらう。

2007年09月01日

寝たきり日記(2)

手術後2日目 DAY3:9月1日

 寝たきり3日目ともなると食欲がない。
 暗くなるという以外に朝昼晩のめりはりもない。

 10時前、回診。
 傷口OK。
 ガーゼ交換。ベッドと背中に挟まれたガーゼが傷口を押して痛かったのがよくなった。

 体温37.1度、冷や汗が出る。アイスノンをもらってまた体を拭いてもらう。とっくに開き直っているので見られても触られても平気。でもナースが先に友だちだったらいやかも。小はあいかわらず管から、大はがまん。浣腸は平気になったけどウンコ見られるのはまだイヤだなあ。でもあと1.5日、我慢できるかなあ。

 リハビリの先生がベッドまで来て人間トレーニングマシンになってくれて筋トレ。

 体幹の筋力が落ちてベッドの上で姿勢を変えるのが少し難しくなってきた。わずか3日間でこれだ。当然、足にもきているはずだが、歩いていないのでわからない。
 とにかく寝込んだり監禁されたりしたら、あっと言う間に体力が低下することがわかる。これが実感できただけでも入院したかいがあったというもの。
 1週間人質として監禁されていた場合、強硬突入しても,拘禁が強ければ、人質は体力を失っていて自力で逃げるのは困難になる。突入プランを立てる時.人質がどのような状態にあるかによって戦略は大きく変えなくてはならない。なんてことがわかったわけだ。
(入院で病院と自分の身体の変化を取材して得られるものは、こうして多岐にわたる)

 午後背中から入れていた痛み止め(エピ)がなくなったので、キズがかなり痛む。またボルタレンを入れてもらえば痛くなくなると思うが、取材の為、もう少し我慢してみる。

 食欲は急速に減退してきている。体を拭いてもらっていても自分で結構匂う。
 人間ただ3日間寝ているだけで体が壊れていくのがわかる。壊れきる前に病が治らないとき、人はきっと病院で死ぬのだ。

 僕の場合は内科的には健康な状態からの外科手術だから問題がないけれど、内科的な重篤な疾患で病院から出るのは、思いの外むずかしいぞ。ある線を越えて長引く病をもっていて「出る」というはっきりした意志のもてない人(まさかと思うが世の中には意外にいる)は死が待つ蟻地獄にはまってしまう。

 午後3時、『喜屋武マリーの青春』を読んでいるうちにまた汗が出てくる。コザ騒動のシーン。この本、沖縄戦後史の良書だ。

 今日は土曜日なので周囲に見舞客が多い。

 タ食、いよいよもって食欲がない。便通が原因だと思う。明日1日我慢して栄養摂取に問題を残すのは本末転倒なので、ついに下剤をもらうことにした。

2007年08月31日

寝たきり日記(1)

DAY2 手術後第1日:8月31日

 夜間も2時間おきに体温血圧などを計る。きわめて順調に推移。午前5時すぎ、 ガスが出る。よし、胃腸も動いている。

 明け方、うとうとREM睡眠から覚めてふと気づくと、バルンカテーテルをいれたまま勃起している。きわ
めて妙な感触。(笑)

CIMG0029.jpg

 午前6時、口から水を飲む。うまい。
 べッド下に溜まっていた尿はl300ml。
 寝たきりだからべッドから見えるのは空ばかり。智恵子は「東京には空がない」と言ったらしいが、どっこい横浜は空ばかりだ。

 午前8時26分、一般常食(ただしご飯はおかゆ〕完食。食うというその行為で元気が出る。オナラもよく出る。

 午前10時、べッドに小型のX線撮影装置がやって来て背中にフィルム乾板を置いて上から照射して撮影していく。すごいね、この装置。しかし、周囲にX線の不要輻射がかなりあると思うんだけど。

 午前10時30分、ナースKさんが体全部!を拭いてくれてパンツを履かせてくれる。人間にもどった気分。「人間はパンツを履いた猿だ」といったのは誰だっけ? 足の鉄腕アトムブーツのポンプも外れる。

 昼飯も完食。おいしゅうございました。

 再検査でビリルビンが相変わらず高いということで、急遽、腹部CT検査。肝ガン発覚か? 父のガンが見つかったのは心臓発作で病院に担ぎこまれた時だった。

 今回の手術なんてほとんど何の不安も感じなかったけれど、寝台に載せられてCTに向かう時には油汗が出た。
 もし残りの命8ケ月といわれたらどの長編から手をつけようか、などと真剣に考えた。やっとデビューしたばかりなのに、もっとたくさん小説を書きたかったなあと思った。

 妻の差し入れでマクドナルドのアイスコーヒーが届く。
 おしやべりしながらタ食、横になったままの食事は疲れる。これは体が弱っていたらとても食べられない。妻に手伝ってもらって食後の歯磨き。ああ、すっきり。

CIMG0011.jpg

 午後8時、点滴はずれる。

 同室のSさんの痰混じりのイビキがうるさいので、イヤホンをしてFMを聴く。
 病院ってイビキ率高いのかな? 75%以上だと思う。みんな病気で身体のバランスを崩しているからかな。僕もイビキをかいているかもしれないけど、自分ではわからない。(もちろんSさんにものびのびイビキをかいてもらってかまわない。病院なんだから)
 0時前、別の同室の人が眠れないとナースに訴えている。
 僕も眠れないけれど、眠る努力は特にしない。その代わり眠れない病院の夜は長いので、消灯後でもいろいろなことができるように道具をもってきているわけだ。
 寝たままの姿勢で、Zaurus でこの日記を書くのもそのひとつ。

2007年08月30日

手術日記

DAY1 手術の日:8月30日

 9時5分前病室を出発。
 下着なしでニーストッキングというセクシー路線〈病衣は着ている)
 ニーストッキングはエコノミークラス症候群予防の為だそうだ。


 5階手術室のアプローチで妻と母とに「いってきます」と手をふる。
隣では可愛いナースがいて、スタイリストバッグにレントゲンや書類を入れて並んで歩いている。
 スライディングドアをくぐると、まず丸イスに座って、シャワーキャップのような帽子をかぶる。緑色の着衣の人たちがストレッチャーをもってくる。
踏み台からストレッチャーへ。
 いよいよ手術台だ。
 僕の上には銀色のシートがかけられている。それの陰で寝間着を脱がされる。
「背中に注射しますよ」
「点滴します」
 天井には、いわゆる手術室のライティング設備。いやがおうでも、貧囲気がもりあがる。マスクをした女性の知的な美しい目にアラブの恋をしそう、なんて思っているうちに記憶は飛んでいた。

 次の記憶は病室の手前。妻と母の顔が見える。出て行ったときとは別の、ナースステーションに近い部屋に運びこまれる。

CIMG0030.jpg

 とあえず麻酔から覚めたことを神様に感謝だ。(マジな話、全身麻酔が最大のリスクだと思っていたので)

 左手に点滴、鼻には酸素、ペニスにバルンカテーテル、背中に硬膜外注射、と4点スパゲッティ状態だ。そして他に見えるのは天井。
 手がとても冷たい。
 腰に大きくはないがとんがった痛み。だが妙に温かい。(電気毛布がかけられていた)
 いちばん痛いのはノド。手術中、呼吸確保のために管が入っていたのだそうだ。

 両足は鉄腕アトムのブーツのようなものの中。これは機械で自動的に空気が入ったり出たりする、これもエコノミークラス痘候群予防の為。

 午後6時頃、体温37.5度くらいの正常な徴熱。血圧正常、脈拍90程度。
 午後8時すぎ、キズが痛みはじめたのでボルタレンの座薬を入れてもらう。夜勤のナースは初日にオリエンテーションをしてくれたHさん。
 座薬は絶大な効果アリ。

 うとうと細切れに眠るせいでよく夢を見る。妻でも愛人(几談)でもなく食い物の夢。なんてわかりやすい!  人間基本は色気より食い気。色恋も生きぬいてからのお愉しみ。

 と、限られた姿勢の中で休み休みやっとこれだけ書いて時刻はまだ23時57分である。夜が長いなあ。でもこうして文章を書いているとまったく退屈しない。まもなく入院後丸4日になるけど、テレビを見てつぶすヒマというのがない。

 夜中、やっぱり起きたお約束のトイレがつまる事件。第一発見者はやっぱりオバサンできっと犯人だと思う。
「びっくりしたわよ、ほんとに」
 とあくまで被害者なのだと夜中なのに大声で十回くらいくりかえす。わかりやす~。
(翌日の取材によれば原因は、生理用品。現場は男女兼用車椅子トイレ)
 推理作家は、ベッドにねたきりでも、このくらいの事件は解決できる。

2007年08月29日

瘋癲入院日記(3)

8月29日
 夜中に何度も目が覚めるが、午前7時には爆睡してて、看護婦さんに起こさ
れたときには、寝ぼけ眼。外は曇天。涼しい朝で助かる。(昨日は病室が30
度くらいあって、暑かった)
 明日、手術なので、今日は最後の比較的動いてよい日。3食、食べられるし。
 というわけで、小休止のような一日。
 午前9時ごろ、無性にコーヒーを飲みたくなって1階のコーヒーショップへ。
 この時刻の1階は外来患者が往来する立派な「娑婆」である。特別なコーヒ
ーではないのだけど、久しぶりに飲むコーヒーはコーヒーであるというだけで、
おいしい。
 病室へもどると、午前10時10分、採血。17日の検査でビルビリンが高
かったようだ。
 ひきつづき、麻酔科の医師が説明にくる。
 クスリのアレルギーがないことを確認、手順の説明。
 全身麻酔から覚めた後の吐き気については、女性は3倍くらい起こしやすく、
喫煙者は起こしにくく、乗り物酔いをしやすい人は起こしやすい、ということ
だ。
 乗り物酔いを起こしやすい体質だけれど、女性じゃないし、喫煙者なので大
丈夫かもしれない。
 そういえば、午前11時現在、検温と血圧測定が来ていない。僕がいない間
にきたのかもしれないけれど、このまま1回パスになるのだろうか。
 自覚的にはなにも問題ないけれど、病院の手順としてはあまり褒められたも
のじゃないな。作業の抜けがチェックされていない。
(結果的には、あとでちゃんと来た)

 重大なことに抜けがないように、あらかじめ知らされている手順については、
患者の方も注意しておく必要がある。病院のせいだ、といっても被害を受ける
のは患者自身だから。
 よく「先生や看護婦さんにすべてお任せします」と盲目的になってしまう患
者がいるけれど、医師も看護師も病院というシステムも、すべてがミスがなく
動くはずはない。これは製造業に於ける品質管理の考え方と同じで「人はかな
らずミスを犯すものである」という前提で、患者自身も含めて、そのミスをな
くすメンバーのひとりになってQC(品質管理)活動を続けなくてはならない。
 そのためにも次に何をするのか、入れている点滴や飲んでいる薬はどういう
作用をするのか、きちんと知識として知っていた方がいい。医療過誤のリスク
はある程度患者自身でも減らすことはできる。多くの医療事故はミスが原因で
あり、ミスさえなければ現代の医療はかなり安全になっている。
(病院のシステムは患者に知識がなくても安全に運営できるように構築すべき
なのはいうまでもないけれど)
 
 僕が受ける「腰椎後方除圧術」という手術も、手術自体の安全性は高いけれ
ど、検査で被爆することによる長期的な発ガンのリスクもあるし、たとえば点
滴で間違った液を入れられていまえば、あっという間に死んでしまう。
 病院というのは緊急事態が日常的な場所だから、自分の治療が安全でも、他
の緊急事態の影響を偶然に受けてしまって、ミスが起きる危険にさらされるこ
とがあるわけだ。
 ひとりの危篤患者への対応によって芋ズル式に思いもよらない連鎖が起きて、
自分の命が危険になる可能性だって十分にある。山道を歩いていて落石にあっ
たり、町を歩いていてビルの上から自殺者が飛び降りてきたりするように。
 医師や看護師を信用するというのは、その技術や経験についてであって、ミ
スをしないという意味では人間であるかぎり信用はしない方がいい。というよ
りQC(品質管理)の基本として、人間はミスを犯す存在である、といつも認
識している必要がある。現在の高度医療は薬剤機材の製造業者流通システム、
病院内での物流システム、手術室内でのチームワークなど、何百人という人が
関わってできている。そのどこにミスが潜んでいるかはだれもわからない。
 最後に、飛んでくる石を避けるのは自分なのだ。
 掃除に来るオバサンはけっこう大柄な人。
 特徴は、和製洋物ミュージカルの役者がカツラをかぶっているような真っ白
な縮れ毛の髪。ハンバーガー屋のマイケル・マクドナルドの赤毛を白髪にして
女にした感じ。(制服も色違いの青だが似ている)
 27日、向かいの人が退院していった後の掃除のようすをとくと観察。
 おもったとおり、大雑把。四角いところを丸く拭く。(僕の収納棚の裏にだ
って先人が落としたらしい帽子があるくらいの仕事ぶり)
 プリペイドカード式の備え付けの冷蔵庫の中も、外回りと同じ雑巾で拭いて
いた。(これはオバサンが悪いのではなく、掃除の作業仕様がそうなっている
のだと思う)
 ちなみに、当病院。各人に専用のテレビと冷蔵庫が備え付け。
 ただし、1000円のカードを買ってそれを差し込むことで動作させる。僕
はどちらも使っていない。
 今回の入院のテーマのひとつに「テレビのない生活を体験する」というのも
あるし、「病院食だけで暮らす」というテーマもあるので、どちらも不要なの
だ。
 このテレビは目の前に鎮座していて鬱陶しいけれど、4人部屋の向かい側の
人がベッドを起こしていても互いに目が合わない、というプライバシー効果も
発揮している。
 また冷蔵庫は、冷たくなくても収納スペースとしては使える(容積効率はよ
くないけどね)
 午後、担当医が立ち寄る。
 再検査でもグロブリンの値がよくないのを麻酔医が気にしているので内科医
の所見をもらうとのこと。手術できなかったらいやだなあ。
 検温36.5度。僕としては高いな。もう少し水分を摂った方がいいか。
 血圧114/60。
 入院したとたん、運動不足がひどくなるので、それだけで体調は悪くなる。
どちらかというとお通じはよすぎる系の自分が浣腸騒動になったりしているの
も、軽度の脱水と運動不足のせいだと思う。
 装具(コルセット)の領収書と医師の証明書がクラークから届く。これで保
険組合に申請すればコルセット代の払い戻しが受けられるはず。
 午後3時半、空の鳴る音。
 8月のこの時刻とは思えない。外は薄暗く、窓から見えるマリンタワーの燈
台の光が眩しく見えている。臨港パーク沖の海にだけ雨が降っているのがわか
る。そしてまもなく、下に見える道路の色が黒く変わり始めた。風力発電の風
車は回っていない。
 やがて雨脚で産みも風車も見えなくなった。
 ガラス面積が広いので、台風の時に入院していたら壮観だろう。
 入浴は午後4時半から。この先、4日ほどベッドから出られないので、これ
でもかとよ〜く洗っておかなくては。
(身体を拭いていたら、勝手に開けて「あらだれか入っているのね」といって
謝りもせず不機嫌に閉めていくオバサン。やっぱりいたよ、こういう人。これ
だから病院はネタの宝庫なのだよ)
 これを書き込んだ後は、しばらく日記の更新ができなくなります。
 ちゃんと麻酔から覚めれば、1週間後にはまたお目にかかれるでしょう。

2007年08月28日

瘋癲入院日記(2−2)

8月28日 その2
 午後0時25分 生まれて初めての点滴、左腕に。なあんか病院にいるって感じ。(笑)
 午後2時前、X線透過室で像影検査。像影剤を背中から入れて、かがんだり反ったり。
 帰りは安静なので車椅子で病室へ。部屋でCTの順番待ち。l時間ほどで呼ばれて、今度はうつぶせでCT。そこからの帰りももちろん車椅子。
 午後5時の予定の医師の説明は6時半に延びて開催。これはありがちの普通の出来事。
 結局、手術は L5/S の椎間板へルニアのみに対して行なうことに。
 L3/L4 L4/L5 脊柱管狭窄症は映像所見ではあまり悪くない。間欠跛行の症状から想定される形態と一致しないが椎弓削除による脊柱の強度低下というペナルティとのトレードオフを考えて保守的に判断する。
 説明を終えて病室にもどるとタ食が置かれていた。食べる前に点滴2本目に。
 午後8時すぎ、なんとなく眠りに落ちる。午後10時すぎ、点滴を外しに来たナースに起こされるが、すぐにまた眠る。
 翌1時40分、目が覚めてこれを書いている。Zaurusの手書き入力だと画面さえ明るければ書けるのでキーボードが見える必要がない。手書き文字認識も優秀だけど、問題は僕が漢字を書けなくなっていること。
 こういう時間帯はやっぱりNHK-FMの「ラジオ深夜」便がそれらしいな。

瘋癲入院日記(2)

8月28日
 午前6時半、前の人のところに看護師さんがクスリをもってきた声を聞いて
目が覚める。
「眠れました? 夜、一度起きてましたよね」
 夜勤明けの看護師さんお見通し。(笑)
 ベイブリッジのあたりから陽が昇ってくるので暑い。たまらずブラインドを
引く。
 午前7時半。朝食。完食。
 このあと絶食絶水。
 昨日の反省から八時半に売店が開くのを待って
 朝の検温35.9度。(昨日の夕方は35.1度)
 血圧は102/76。これはだいたいいつもの値。
 午前10時すぎ、担当のI先生の診察。いろいろな姿勢で痛いかどうか、な
ど。
 あとは太もものつけ根から、動脈血の採血。
 さて、昨日の失敗は意外なところに影響を及ぼした。
 昨夜9時前に下剤を飲んだ。今朝10時までに自然に排便があればよかった
のだが、昨日は二食だし、夕食は病院食でいつもより軽い。夕食後、お茶をゲ
ットしそこねて、その時刻には売店も閉まっていて……、というわけで、食事
だけでなく結果的に水分摂取量もかなり少なめ。その上、朝日が差し込む病室
は暑い。
 どちらかというと確実に胃大腸反射が起きて「大」の方は確実にでるどころ
か、デーパートや本屋なのでは予定外に催す方なのだけれど、そんなわけで、
肝心な(笑)今日に限って出ないのだった。
 一度、「試みて」みるが、どうにもだめ。
 せめてトイレがきゅんと冷えていてくれればいいのだが、そこはそれ病院の
トイレだから暑いことがあっても寒かったりはしない。(血圧上がる人もいる
からね)
 まあ、九時の時点で「これはでないな」とあきらめていましたよ。半分はこ
れも身体をはった体験というわけで。
「浣腸、したことありますかぁ〜」
 看護師のIさんに聞かれるが、物心つくかつかないかあたりで、イチジク浣
腸というのをされた記憶があったりなかったりくらいで、大人になってからは
未体験である。
「こういうのになります」
 とベッドに横になったてお尻を出している僕にIさんが見せてくれるのは、
大きめのレモンくらいの半透明なボディに白い樹脂でできた先っぽがついてい
る。
 子供の頃の浣腸はもっと痛かったような記憶があるけど、「へんな」感触が
あるだけでさほど痛くはなかった。看護師さんの腕がいいのかもしれない。
「五分我慢できれば上出来です」
 そういって平然と去っていくIさん。
 すぐに出してしまうと液体がでるだけなので、我慢してから出さないといけ
ないらしい。そうはいっても、ベッドでぎりぎりまで我慢するのはリスクが高
すぎる。そもそもぎりぎりで行ってトイレがふさがっていたら困るではないか。
 というわけで、不安が先に立って、一分後、お尻に力を入れて部屋のトイレ
へ。幸い空いていた。まずは場所を確保して安心。座ったあと、できるだけ我
慢してみよう。
 時計をもって入らなかったから5分より短かったか長かったか正確にはわか
らないけど、定量的に指示を出してくれるのはあいへんありがたく、便器に座
ったあとできるだけ我慢してみてから「よし、このあたりで」と心おきなくお
通じに専念したのであった。
 あたりまえだけれど、浣腸といっても入れ終わってしまえば、ただの排便な
のであった。(いや、なにか特別な期待をしたというわけじゃないんだけど)
 しかし、効果てきめんで、都合3回も行きました。
 こういうのもなるべく平温に生きたいと思えば、恥ずかしい体験なんだろう
けど、何事も取材、芸の肥やし、と思っていると、得した気分になる。
(ところで、浣腸をすると保険の点数は何点になるのだろう)
 正午からは点滴開始の予定。
 点滴も初体験なので楽しみ。
(以下、検査後の安静のため、寝るまで Zaurus に記録した)

2007年08月27日

瘋癲入院日記(1)

8月27日
 待ちに待った入院。
 午後1時20分過ぎ、入退院受付。預託金5万円を会計に払って9階の病棟
へ。
 案内された病室からは、パシフィコ、インターコンチネンタルホテル、ベイ
ブリッジ、風力発電の風車が見える。iRiver T10 のFMラジオもよくはいる。
 室温27.4度。携帯オーディオで India Arie なんか聞いていると、天王
洲汐留あたりの高層マンションにいるような感じで、すごく豊かな気分になる。
 一方で、全員お仕着せの寝間着(1日420円)になるので、廊下を歩いて
いる人がみな同じ服装(笑)をしているわけで、囚人服みたいだ。右手首に黄
色い認識票のバンドがついているし。
 幸い差額ベッド代のいらない4人部屋でよかった。個室だと1日31500
円。高い上に個室じゃ病院生活の取材にならないし。
 看護師Hさんから説明。喋り方が少し、109カリスマ店員芸の柳原可南子
に似ている。優しい感じに話そうとすると多かれ少なかれそうなるんだけどさ。
 でも、不思議にこっちが元気が出てくる話し方なのだ。

 入院生活の案内とか、手術を含めたこの先のスケジュールとか。
 いつからいつまで寝たきりだとか、尿の管がついているとか、そういうこと
が先にわかるのは心安らか。
 脊髄造影検査や手術の前日に下剤を飲んで朝までにお通じがないと浣腸です
よと、脅され(?)たり。
 普通人としては恥ずかしいから浣腸されずに済ませたいけれど、小説家とし
ては、せっかくの機会だから、そんな気持ちになるだろう、なんて興味も湧く。
 テレビと冷蔵庫も個人個人のベッドについていて、1000円のプリペイド
カードを入れる方式。イヤホンは下の売店で買ってください、ということだけ
ど、もってきたステレオイヤフォンも使えることを確認。せっかくの入院なの
で、人間観察や読書や執筆で忙しいから、あまりテレビを見ることもないだろ
うけど。
 4人部屋には部屋専用のシャワー付洗面所、トイレがある。
 水回りの音で夜中は近くのベッドの人に迷惑なので、トイレは廊下のを使う
ことになるだろう。
 午後3時前に身長体重の測定、検温、ひととおりの説明などが終わる。
 本日の残りの予定は4時から背中の脱毛、5時から入浴。あとは夕食だけ。
 というわけで、空き時間に売店で、必要な資材(T字帯、リハビリ用の上履
き)などを購入。
 隣の人のテレビでは組閣のニュースをやっている。
 午後6時過ぎ、夕食が届く。
 けっこうおいしい。量が少ないし時間がゆったりしているので、茶碗に残っ
たご飯つぶまで丁寧に箸で食べる。こういう気持ちって新鮮だ。さっそく入院
の取材成果が現れたぞ。
 病人の気持ちを自分を使って取材するため、できるだけ食べ物は与えられる
ものだけで生活してみようと思っている。
 それにしてもいいよね。何を食べるか考えなくていいのは。
 つくるにしろ、外食するにしろ、日常のなかでは何を食べるか考えるのがけ
っこう億劫でめんどくさい。食事のことに心や時間を砕くくらいなら、小説の
ことを考えたり、何か新しい知識に触れることに使いたいのだ。
 もちろん、食事はちゃんと摂れば楽しいものだけれど、日常のなかでは自分
に餌をやっているだけで、なんでもいいから食べられればいい。何でもいいの
に選ばなくてはならないのは面倒だ。あてがい扶持というのはほんとに楽でい
いなあ。(これが洋服だったら制服のようなあてがい扶持はすごくイヤだから、
面白いものだ)
 味の区別はつくつもりだし、高価で洗練された食事の価値も認めているけれ
ど、僕は基本的に粗食が苦にならないほうだと思う。それは生き方の勇気の源
泉でもある。粗食で悲しくなるようでは、小説家になろうなんて思い切ること
はできなかったから。
 今日の失敗。要領がわからなくて、夕食の後、マグカップにお茶をもらって
おくことができなかったこと。最初にそういう説明があったらよかったのにね。
 午後8時、音楽を聴きながら寝そべって文庫本を読む。
『喜屋武マリーの青春』(利根川裕)。
 コザの伝説的ロック歌手のことが書かれたノンフィクション。コザへ行くと
いつも会う、宮永英一も少し登場している。
 利根川裕といえば「トュナイト」というテレビ番組のキャスターをしていた
人だけれど、書いたものを読むのは始めて。ふーん、こういう仕事をしていた
んだ。

もってきたオーディオ
 iRiver T10
  Napster 用 および FMラジオ(世間との接点)として
  FMの予約録音もできるので、NHKの定時ニュースを録音してみようか
 Apple iPod Shuffle 512MB (縦長の旧型)
  今回は最近ツタヤでレンタルしてきたジャズ専用に
 Casio EXILIM M1
  SDカードなので、中味の差し替えが可能
  デジカメ兼用(携帯のカメラが病室では使えないから)
 イヤフォンは AudioTechnica のもの2機種(カナル型と耳かけ型)
  カナル型は適度に耳栓効果があるし、そのまま寝入ってしまっても大丈夫

もってきたパソコン
 Sharp MURAMASA
  準常用執筆マシーン バッテリーで8時間くらい原稿が書ける
 Sharp Zaurus SLC-860
  手術後起きあがれないときの執筆用 PDA型 Unixマシン
  夜間の読書用
   電気が消えてもディスプレイで読書ができる
   文字も大きくできるので眼鏡なしでもいい
   実は電子読書は意外と快適
   青空文庫(国木田独歩『武蔵野』など)を何編かもってきている
 翌1時半、すでに十分眠ってしまったので、サロンに起き出してきてこれを
書いている。

2007年08月26日

準備中

 ひたひたと入院準備。

 こういうことをしていると、毎月(時には月に2回)のようにアメリカと日本を行ったり来たりしていたころを思い出す。最近では、ヨットのクルージングか沖縄くらいしかいかないし。

 というわけで、ほんとに修学旅行のような気分で、ビミョウに緊張しながらもなかなか楽しい。
 これから、数々の未体験の事象に遭遇するのだな。
 最終的に命さえ助かるならば、せっかく飛行機に乗ったらハイジャックにあったりしてみたいじゃない? それと同じ。
 台風が近づいてくるときの、あのなんともいえない昂揚感みたいなもの。

2007年08月25日

残務整理(笑)

 8月最後の土曜日だ。
 というより、いよいよ入院が近づいてきたので、準備しなくては。

 ヨット仲間にサイン本を頼まれていたので、バイクでハーバーまで行き、事務所にあずけておく。
 午後4時半に着くと、ちょうど知り合いの船が出航していくところで、見送ると、なんとうちの船の女性クルーが乗っていた。(笑) 
 メンバーと出航時間からして、八景島の花火大会に行くのにまちがいない。

 家の近くのバイク駐車場までもどって、月極駐車カードの更新を済ませる。

 ランドマークタワーの69階の展望台のタダ券の期限切れが近いと妻がいうので、歩けない僕は自転車で、妻は歩きで出かけ、入口で待ち合わせ。
 ふだんは入場料1000円もするので、来るのは初めて。
 都市なので、うごくものが多くて、上空からの景色も意外と面白い。満員の横浜スタジアムとか、大道芸に集まっている人とか、自分が住んでいるマンションとか。

 夕食は、ランドマークプラザ5階の寿司屋。
 わりとリーズナブルな値段で寿司を食べた気分になるのでいいかも。携帯で会員登録をすると生ビール1杯がタダになる。さらに4000円の商品券もあって、腹一杯寿司食ってビール飲んで、ふたりで2000円。安い!
 まあ人生最後の寿司にするにはちょっと情けない寿司ではあるので、来週の全身麻酔、ちゃんと覚めてくれないと困るぞ。

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2007年08月24日

自転車に乗って

 一昨日、自信をつけたので、調子に乗って自転車で動き回る。

 ツタヤに借りていたCDを返却。

 ジャックモールのダイソーで電池を買う。だれかのベンチマークによれば、ダイソーの電池は意外なことに性能がいいらしいのだ。行ってみると、かなり色々なOEMメーカーの電池が売られている。容量の評価はよかったけれど、長期保存性、つまり液漏れに強いかどうかはベンチマーク記事ではわからないので、SANYOの名前の入ったものにした。
 マクドナルドでハッピーセット(ボーリングゲーム付300円:クーポン使用)
 野毛の図書館へ行って、借りていた本を返す。(今週、野毛に来るのはなんと4回目)
 みなとみらいのユニクロで下着のパンツを2枚。(入院準備ね)
 セキチューで、歯ブラシなど。(これも入院準備)

2007年08月23日

野毛遊び

 夕方、バスで野毛へ出る。
 モスバーガーで少し原稿書き。

 カウンターでお箸で食べるフレンチレストラン「Y(イグレック)」。
 ポーションも大きく、大満足。
 シェフがひとりでやっているので、混んでくるとなかなか出てこなくなるのがご愛敬。その間、ワインが進んでしまうのだ。たっぷり3時間かけて食事をした。

 都橋飲食街の「華」。
 横浜中華街生まれ、本牧育ちの中国人のママさんの店。
 これまたゆったりと話をしながら飲む。
 新宿歌舞伎町ゴールデン街もいいけど、なにより家に近いのが気楽。

 野毛にあるのは、どの店も「本店」だ。
 みなとみらいにあるのは、支店ばかり。みなとみらいはきれいで観光客には人気があるけれど、その町からは何も生まれていない。野毛は、その町の人が作った町だ。

2007年08月22日

自転車とサッカー

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 少し秋の気配がしてきたとはいうものの、暑い時間を避けて横浜中央図書館へ。自転車で向かうと最後の野毛坂が難関。鎮痛剤といっしょに飲んでいる筋弛緩剤のせいで下半身に力が入らないものだから。
 しかし、本日二回目の薬を飲んだのが出発直前だったため、まだ血中濃度が上がっていなくて、意外に大丈夫であった。
 1冊返却して、1冊借りる。
 返したのは経済の本、借りたのは医学の本。
 あとは、少し遠回りして、山下公園赤レンガ倉庫など、ふだんのポタリングコースを走ってみる。なかなか順調。他人が見たら100m歩けない人間には見えないだろうなあ。
 かつてはあれだけ歩いていたのにさっぱり歩かなくなって、欲求不満なのか食べる量は増えてしまったので、ウエスト周りが増加中。まあ、入院すればカロリーコントロールがしっかりするので、痩せると思うけど、運動不足はひどくなるから、少しでも運動しておこうと思って。

 帰宅後は、サッカーテレビ観戦。
 A代表の日本vs.カメルーン、オリンピック代表の日本vs.ベトナム、そしてU-17ワールドカップの日本vs.ナイジェリアと3試合。
 オリンピック代表の試合は面白くなかったのでほとんど見ないで本を読んでいて、おかげで借りてきた本を読み切ってしまった。

 そんなわけだから執筆はあまり進まない。
 8月も22日。夏休みの宿題を残している子供みたい。
 といいつつ、実は、夏休みの宿題は7月中に全部やってしまうような小学生だったので、夏の終わりに宿題を残していた経験はないのだけれど。

2007年08月21日

ミイラになり損なった

 本日はコルセットの型取りのため、整形外科の装具外来。
 すでに予約は一杯だったところ、次の週が手術だというのでむりやりねじ込んで入れてくれた予約なので、午後3時半の予約だけど、その時間に行くと、まだ10人ほどが待合室で待っている。
 それでも、本を読んでいるうちに午後4時半に呼ばれる。

 いつもとはちがう診察室の光景。
 床には古新聞が敷き詰められている。
「上着を脱いでください」
「ズボンを下げてください」
 という感じで、直立して両手を杖に預けている間に、腿の辺りから脇の下までキッチンで使うのと同じラップでぐるぐる巻きにされる。
 足下のプラスチックバケツに白い液体が入っているのは拙稿、じゃなくて、石膏。白衣を着た装具屋さんが、そこに幅広の布を漬けて浸し、軽く絞っては、腰から胸へラップの上から巻き付けていく。放っておけばミイラになってしまいそうだ。

「もうじき固まりますからね」
 5分くらいしか経っていないけど、直立しているとすでに足がかなり痛む。しかし、石膏が固まるまでガマンするしかない。
 固まったのを確かめて、胴体に何やら書き込んでいる。名前とか病院名とか。
 やがて、カッターナイフで、胸から腹にかけて正面正中線付近を縦に切って外すと、僕の体型を忠実にコピーした筒ができあがるわけだ。
(カッターナイフで腹を切られたらどうしようと必死で腹をへこませたのは言うまでもない)

 一部とはいえ、自分の身体の3Dモデルを見るのはなかなか不思議な気分。こういう体験ができるのも病気のおかげである。

 コルセット代は23535円、来週火曜日、病室に届くので現金で払うということ。保険が適用されるので、あとから書類を揃えて保険組合に請求すると7割がもどってくるのだけど、その手続きには診断書が必要でお金がかかる。なんだか納得できない制度だ。
 窓口での本日の医療費支払いは、2310円。これはいままでで一番安い。

2007年08月20日

24時間テレビ

 24時間テレビ(日本テレビ)は、好きな人と嫌いな人にはっきり別れるようで、僕の知り合いで24時間テレビを見る人はほとんどいない。
 もちろん、僕も見ない、というか、事前情報を聞いてはいたが、いったいいつ行われるのか興味もないので知らなかった。
 で、たまたまチャンネルを替えたら、欽ちゃんがあと1.5Kmくらいで武道館に着くけれど、放送時間内には間に合わなそうだ、というところで、「間に合わない」というところが妙に気に入って、番組的にどう落とし前をつけるのか、そこに興味が湧いてしばらく見てしまった。

 人はたまに感動して泣きたくなる、という一種の「心の生理現象」みたいなのがあるのは理解はできる。まあ、僕だってそういうふうに思うことはあるし。
 だからこそ、どうやったら人を感動させられるかというのはある程度わかりきっていて、人を泣かせる小説とか感動させる小説とか、そういうのを書くのは別にむずかしくない。単純な技術上の問題なのだ。
 泣けるか、感動できるか、じゃなくて、何によって泣くのか、何によって感動するのか、というところが問題なのだ。
(必ずしも泣かなくても感動しなくてもいいけど、たとえばの話ね)

 欽ちゃんが24時間テレビで70kmを「歩ききって」、感動した人もいるらしい。
 まあそうだろう。でもさ、こういう風にしたらかなりの人を感動させられるってことは、みんなやる前から判っていて、見る人もわかっていて、予想したとおりに感動したいから見ていたんだよね。

 そういうニーズがあるから、そこに商品を提供する、ということを非難することもないと、理屈では思うのだけれど、感動ってそんなにまでして、しなくちゃいけないのかね、と見る人の方にいいたい気分になる。

「欽ちゃんを見てわたしもがんばろうって思った」
 て、おいおい、欽ちゃん見なくたって思えよ。(別にそう思わなくてもいいんだけど、とにかく思うきっかけが欽ちゃんかよ)

 欽ちゃんくらいがんばっている人って、僕のまわりを見回したら、いくらでもいるから、きっと、欽ちゃんをみて感動している人の周りにだって、いくらでもいるんじゃないかな。

 66歳なのに、とか、身障者なのに、とか、そういうオマケのスペックつけなくたって、ちょっと自分の周りを見てみればそれで十分なんじゃないのかなあ。がんばっていないように見えて、けっこうがんばっている人は多いような気がする。
 別に欽ちゃんじゃなくて、どんな人生だって、いつかどこかでのっぴきならないことになるものだし、それでも、たいていの人はそこを切り抜けて生き続けていくものだ。

 まあ、一日に煙草を何箱も吸っていても、66才で70kmくらいは歩き通せるということが証明されたってことで、いいってことにするか。

 愛でほんとに地球が救えるのならいいけど、地球を救うのは愛じゃなくて理性だと思う。
 戦争は愛によって引き起こされている。目に見えている人、近くにいる人だけを愛そうとすることこそが、戦争の原因じゃないのか。目の前にいない人のことを考えることのできるために必要なのは、愛じゃなくて理性だ。自分が愛する人を殺した人にも愛する人はいる。

2007年08月19日

やっと来た、夏!

 世間は猛暑だ酷暑だと言っているというのに、少しも夏らしいことをしていなかった。
 旅行も、海も山も、ひと夏の恋も。(笑)

 やっと手術が決まったので、入院までに娑婆の空気を楽しむことにする。
 娑婆といえば、まずはヨットだ。
 たまたま今日はレース。
 男3女5というレースらしからぬ華やかなメンバーで参加。
 すごく楽しかったなあ。

 レース終了後は、会費一人1000円で飲み放題食べ放題の焼きそばパーティ。
 写真は、パーティ開始を待つ、ボートヤード。

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2007年08月18日

「じっくり」な一日

 上場企業役員だったこともあるKさんが、家の近くまで来てくれて、2時間ほどいろいろな話を聞く。
 夕方、TSUTAYA でCDを5枚を借り、スターバックスコーヒーで原稿書き。
 静かだけれど、内容のある一日だったかな。

2007年08月17日

入院手術決定!

 目が覚めた。??? ヤバ!
 とあわてて飛び起きて、目覚めて20分後には、病院の待合室にいた。予約時刻9:30に間に合いました。

 エクセルの表にまとめた神経根ブロック注射のあとの症状の経過などを見せて、……、手術決定!
 8月27日、午後から入院。 30日、手術。入院期間は3週間の予定。

 というわけで、さっそく手術前の検査。
 採尿、採血、心電図、出血時間測定、胸部レントゲン、完了。
(心電図の受付の女性が妙にセクシーだったなあ)

 来週、21日には、手術後にはめるコルセットの採寸。

 生まれて初めての入院&手術の甘美な響きに、遠足の前の子供のような気分。
 入院前の to do list 入院のときの持ち物リストを作らなくては。
 とりあえずツタヤへいって、病院で聞くCDを借りてきましょうかね。るんるん。

 とにかく、やっと手術に漕ぎ着けた、という感じ。

2007年08月16日

灼熱

 2時に桜木町で打合せ。
 家から自転車で漕ぎ出す。歩道の照り返しがすごい。遠赤外線から赤外線から可視光線から紫外線までまとめて、莫大な量の光子が僕にぶつかってくるって感じ。どうやら光子にも質量はある。

 途中、郵便局で韓国の友人あてに著書を発送。
 彼女、一応、大学で日本語勉強したはずなんだけど、たぶん、読めないだろう。そもそも英語でしか会話したことない。
 10年ほど前、半導体関係の雑誌の仕事でシリコンバレーに取材にいったとき、大学出たての彼女も雑誌社から派遣されてやはり取材に来ていた。半導体のことをほとんど知らないし、車もないし、財布をなくして困っているという、オマヌケなジャーナリストだった。けど、それがいまじゃ、ソウルで自分の会社をやっている。

 打合せの後は、久しぶりにプールでリハビリ。
 どうも心が病人モードで執筆もはかどらないので、できるだけ生活を元に戻すことにした。足が悪いだけの普通の人になろう。

 ビルの5階のプールは、本日、ドームが開いていて、空が見えるし、近隣の高層ビルが見える。背泳ぎをすると圧巻。(しなかったけど)
 気温34度、で水温公称30.5度だけど、表面は36度くらいはある感じで、クビの回りが温かいのだよ。
 角にホースが伸びていて、そこから冷たい水が注入されているのだけれど、焼け石に水。このプール、水を温める設備はあるけど、冷やす設備はないわけ。(あ、フツーないな)

 74年ぶりに日本の暑さの記録が更新されたそうだ。

 40度の夏というと、テレビのワイドショーなんかはすぐに「地球温暖化」を口にするけど、昨日までは74年前の方が暑かったのだよ。地球規模の気候変動を最近50年やそこらのことで語ることは、正確性において大いに疑問があるということは、いつも頭に入れておきたい。
 ヒートアイランド現象と温室効果を混同している論調にも注意。

2007年08月14日

世間は暑いようだ

 日本中が35度だ40度だとニュースが言っているけど、足が悪くてほぼ家にいるので、夏の暑さの実感がない。
 この春まで住んでいたマンションはすごく暑くかったのだが、引っ越してきてからは涼しいのだ。
 以前の部屋は東向きで、まず、午前中に暑くなり、そのままずっと一日暑い。
 いまは、西向きで午後3時過ぎからしか暑くならないし、それもたいしたことはない。
 最近これだけ暑いと、東向きとか南向きとか、かえって暮らしにくいんじゃないだろうか。
 そういえば、南向きの家にこだわるのは日本人の特徴のひとつらしい。

 図書館に予約してあった本が用意されたとメールが入ったので、午前中、バイクで図書館へ。
 ついでに医学の専門書に少し目を通す。
 混雑していて椅子が空いていないので、ジベタリアン。

 午後は、自転車でクイーンズスクエアまで。

2007年08月13日

ハッピーセット

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 ニンテンドーDSを買うほどの経済的余裕はないので(笑)マクドナルドのハッピーセットを買いました。

 左は「PKサッカー」右は「バイクレーシング」
 背景は時節柄(笑)脊髄神経根の解剖図。

 こんなデジタルゲームとハンバーガーとポテトSとドリンクSとで、クーポンを使うと300円。
 安いよなあ。

 画面が反射型モノクロ液晶で情けないですが、ゲームの難易度は簡単に勝ててちょうどいい。

 むずかしいゲームが好きな人がいるけど、僕は理解できない。必ず勝って終わりたいので、ふつうのゲームでも第1画面が終わるとリセットしてまた最初からやります。むずかしい画面へ進んで負けてゲームオーバーなんてまっぴらゴメン。

2007年08月12日

神経根ブロックその後

 足の痛み、神経根ブロック以前を10とすると、8くらいか。

 これで改善が見られるということは、L5/S の椎間板ヘルニアによって、おそらく S1神経が圧迫されていると考えられる。
 ただし、歩いてみると、長腓骨筋(脛の外側前になる筋肉)に緊張が出るところをみると、L5脊髄神経の圧迫もあるのかもしれない。こちらは L4/L5 の脊柱管狭窄症によるものと思われる。
 この考え方が正しいかどうか、次の診察日(17日)に医師と話をして確認する。

 いずれにしても、10日14時の神経根ブロック注射以降、自覚症状の変化を主観評価として、10段階に数値化したものを、その後の時系列的に、エクセルの表にして記録しておく。医師とのミスコミュニケーションを回避し、できるだけ一貫性のあるかたちで十分な情報を提供する。

 午後、試みに、ツタヤまで行ってみる。
 CDレンタル5枚で1000円のセール中。以前は、5枚選び終わるまで棚の前に立っていることができなくて、しゃがみ込んだけれど、ちょうど5枚くらいなら選び終わる、という程度には回復している。

 神経根ブロックの効果があったから手術をしなくていい、というわけではなくて、神経根ブロックの効果で、ブロックした神経が痛みの原因だと確認できた、ということで、手術する場所が特定できた、という意味になる。
(さっさと手術して欲しいのだけれど、そうやって、ひとつひとつデータを確かめて行く必要があるわけだ)

 借りたCDは、ジェイク島袋、クリスタルケイ、椎名林檎(3枚)。
 それにしても、とりわけ夏らしい強烈な晴天。ヨットに乗っていたら気持ちいいだろうなあ。
(あくまでも短時間なら「気持ちいい」のであって、遠出をするとしたら暑すぎるのは歓迎できないんだけど)

2007年08月10日

神経根ブロック注射

 背中に針を刺して、局部麻酔。
 造影剤を入れて見えるようになった神経をX線で見る。静止画じゃなくて、リアルタイム完全動画。
 で、その神経を狙って、背中に針を刺して背骨から下肢へ出ている神経をつっつく。
 そのとき、ふだんと同じところが傷んだら、その神経が問題の痛みの犯人だというわけで、神経をつついて痛いかどうか試しながら探す、と。
 針を刺すところには、局部麻酔をかけるんだけど、神経は痛くないとどこが悪いんだかわからない。

 というわけで、その犯人をつきとめた瞬間に、身体の中を電気が走るわけだ。そんな重い痛みじゃなかったけど、中からの痛みだから逃げ場がないの。でも、時間が短かったから身もだえするヒマもなかった。

 場所がわかったところで、その場所に、ピンポイントで神経をブロックする薬を注入する。
 それで痛みが治まれば、そこに犯人がいることがわかる。
 まだ痛かったら、まだ他にも犯人はいるかもしれない。

 以上、神経根造影/神経根ブロック注射でした。
 終了後、ベッドで1時間横になってから帰宅。
(そのあいだ、病院でちょっとした事件が起きていて、その一部始終が聞こえていたんだけど、それは内緒。小説のいいネタになったぞ)

 とりあえず帰り道、少し軽くなっているような気はしますが、これからどうなるかはわかりません。
 次の診察は来週金曜日。

 なんだか疲れて23時過ぎに就寝。

2007年08月09日

ホッピーでホッピング

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 昨夜は、予告通り(笑)午後5時過ぎから野毛に繰り出した。

 焼きトン屋Aにて、ビールとホッピー。
 6時過ぎたので、ハモニカ横丁のHへ移動して、9時ごろまで。ここの裏メニュー「巻き揚」がすっごくうまい。横浜いちばんかも。
 そこから東神奈川のなじみの店に3ヶ月ぶりに顔を出す。

 最初の店のホッピーがかなり濃くて、1週間ぶりの酒だったこともあって、終始グデングデンだったかも。
 10時半には限界が来て帰宅。
 そのまま寝てしまった。

 心を入れ替えて仕事します。(昼間は)

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2007年08月08日

検査結果

 L3/4 L4/5 の脊柱管狭窄症、L5/Sの椎間板ヘルニア。
 わはは、腰椎の下の方、全部ダメジャン。

 痛みの原因としてもっとも可能性が高いのがL5/Sの椎間板ヘルニア。痛みがここが主因かどうか確かめるため、今週金曜日に、神経根ブロック注射。
 つまり、あやしい神経根をブロックしてみて、それで治る痛みがあれば、その痛みの原因はその神経の圧迫(たとえば該当部分の椎間板ヘルニア)であるとわかるので、そこを手術で取り除けばいい、ということ。

 水曜に受診してその結果の次のアクションがその週の金曜日と、やっと常識的な(?)スピードでプロジェクトが動きはじめた。

 すっごく気が楽になった。
(痛みはちっとも楽にはなっていないけど)

 今日からカミさんが合宿でいないので、今晩あたり、タクシーで野毛あたりに飲みに行こうかな。(笑)

2007年08月07日

趣味の地震学

 午後6時に狛江の矯正歯科なのだけれど、電車では途中南武線が座れない。立っているのは歩く以上に辛いので自動車で。6時に向けていくと道路が渋滞しそうなので、午後3時過ぎに家を出たら1時間弱で到着。
 駐車場に車を入れて、ドトールで趣味の地震学。

"Development of multiscale slip inversion method and its application to the 2007 mid-Niidata Prefecture earthquake", Journal of Geographical Reserch, Vol.112,

"A scaling law for slow earthquakes", Nature, Vol.447

 フットサル仲間の地震の専門家・内出崇彦さん(と、共同研究者)の論文。
 もちろん、最先端の話だから地震学の基礎知識すらない僕が読んで全部がわかるわけじゃないのだけど、こういうのに触れている時間が好き。こういう楽しみがあるのは、大学で理科系の学問を学んだ人の特典なのだ。

 1時間ほど贅沢な時間を過ごし、予約の時間30分前に診療所へ行ったらすぐに診てくれたので、駐車場代が節約できた。
 オダキューOXで2000円買うと駐車場が60分タダになるので、ついでに買い物をして、1時間分400円だけの駐車場代に押さえることに成功。
 たまに外に出たので我慢できずに狛江駅前の松屋で牛丼(味噌汁付350円)。ああ、おいしいなあ。
 足が悪くてずっと家にいると、大好きな立ち食い蕎麦とか牛丼とかが食べられないのがつまらない。

 夕食は家の近くの大戸屋。

2007年08月06日

ひきこもり

 特記事項なし。

2007年08月05日

不気味な人工物

Esperanto: la plej justa solvo de la lingva problemo

「エスペラント:言語問題のいちばん公平な解決策」という意味のエスペラント。
 たぶん、フランス語やスペイン語などロマンス語系の言葉を知っている人なら、(僕もそうですが)エスペラントを知らなくても意味はわかると思います。

 本日、パシフィコ横浜の会議センター5Fで、マンションの管理組合の総会があったのですが、会議センターがまさに世界エスペラント大会の真っ只中でした。

 エスペラント大会だというのは、一応、直ぐわかったのですが、受付や部屋の表示がエスペラントで書かれていて(て、あたりまえだけど)「何語だかわからない言語」(=何語でもない言語)という感じで、気持ちが悪い感じがしました。

 会議センターの中にはいると、もともと看板や表示がほとんどなわけですが、そのせいで、「目に入る言語が全部エスペラント」になっているんですよ。

 スペインに行けばスペイン語だらけ、フランスへ行けばフランス語だらけ、韓国へ行けばハングルだらけ、それは当たり前で、少しも違和感はないのに、なぜか、エスペラントだらけ、だと、なんともいえない居心地の悪さを感じてしまう。

 急にSFの世界に入り込んでしまったような、人工的なものの居心地の悪さなんですよね。

 エスペラントの理念は頭で理解できるのですが、どうも、僕の本能のどこかが拒絶していました。
 なぜだか、窮屈で息苦しいのです。CGで描かれた美少女みたいな気持ちの悪さ。

 あ、エスペラントはダメだ、と思ってしまいました。
 言葉って、不思議なものだなあ、と思います。

 夕方は、フットサルチームの練習へ。
 僕は、足が悪いので、見学のみ。タイムキーパー。

 チームメイトにバリバリの地震学者がいて、最近、"Nature" に掲載された彼の論文の抜き刷りをもらう。なんたって、"Nature"ですよ。科学の世界の紅白歌合戦みたいなものです。すごい!

2007年08月04日

資料本読み

 朝型生活。
 病人らしく家に引きこもって資料本読み。

『PR会社の時代』(矢島尚/東洋経済新報社)
『ハリウッド女優になったOL奮闘記』(中村佐恵美/文藝春秋)

 午前1時半、就寝。

2007年08月03日

執筆に復帰

 長編のアイデアを転がしているだけで、ちっとも実際の原稿を書いてはいなかった最近の阿川大樹。
 リハビリを兼ねて、〆切よりも早く、連載のエッセイを書き上げて送付。
 久しぶりにお金になる原稿を書きました。(いいんかそれで)
 まあ、小説の場合、実際に文字を書くという作業をするのは、製作工程のごくごく一部にすぎないわけです。

 あとは、病人らしく、家で静かに。
 歩くとすぐに足が痛くなるので、それに耐えるために全身の筋肉がこわばるのか、ひどく疲れるのです。
 なので、昼寝をしたり。
 病気というのは、身体が休息を要求しているのだと考えると、納得して受け入れることができるものです。
(と、本日は「ですます調」の気分でした)

2007年08月02日

花火のない夜に

 深慮遠謀。もしかして花火大会が雨天順延になるかもしれないと期待して、マンションのパーティールームを予約してあった。もちろん花火大会当日も申し込んだが、だれでも同じことを考えるから抽選ではずれた。
「もしかしたら花火が見えるかもしれないパーティ」と銘打ってフットサル仲間に声をかけたら、平日にもかかわらず4人が来てくれて、「やっぱり花火は見られなかったホームパーティ」と名を変えて開催。

 二次会は我が家で。

 仲間との家飲みも楽しいなあ。
 もっと頻繁にできるといいんだけど、僕もカミさんも家で仕事をしていて、いつもいっぱいいっぱいで、余裕がない。

2007年08月01日

花火と『臨床整形外科』

「本日もいい場所がとれています。よかったらどうぞ」
 朝、寝ようとしたらメールが来た。臨港パークの花火大会で場所取りをしている宴会好きの古い友だち。会社を休んで花火にかけている。もう若くはないのに。(笑)
 かくいう我が家だって、以前は、17階から真正面に見る花火のためにきわめて高額の家賃を払っていたので、人のことは言えない。
 昨夕、自転車で通りかかったら、花火まで24時間以上あるというのに、すでに場所取りが始まっていたのは知っていた。そこに彼が加わっているわけだ。

 一眠りして、午後、結局、せっかく誘ってもらったのだけれど、そっちへ参加するのは断念する。
 身体に自信がないので、長時間離脱できない場所に出て行く勇気がもてないのだ。とりわけ、花火終了後、人混みの中を遅いペースで歩くのはかなり苦痛を伴うと思われ、かといって、しゃがみ込むと危険だし。
 代わりに、臨港パーク最前列には劣るものの、確実に花火が見えて混んでいない近所の某所(内緒です)へ、キャンプ用のディレクターチェアを担いで、杖をつきながら出陣。
 ヘッドフォンで音楽を聴きながら、椅子に座ってゆったりと日暮れを待ち、「金麦」を飲みながら花火を満喫。

 夕食後は、京都の病院に頼んで取り寄せてもらった『臨床整形外科』(整形外科の専門雑誌)の記事のコピーを読んだり、ネット上で脊柱管狭窄症のことを調べたり。(かなり詳しく手術の方法と予後のことなどが記述されている)

 8日に検査結果を聞くための予習。

 症状からすると、脊柱管狭窄症(lumbar spinal canal stennosis: LCS)にほぼまちがいないのだが、同じ症状をもつ慢性動脈閉塞症(peripheral arterial disease:PAD)でない、または、合併していない、ことを確認しないと治療方法を決めることができない。現在、そのための検査段階にいる。
(検査をしている間に、症状はどんどん悪化しているという、この医療システムの欠陥については、すぐには変えられないのでいたしかたない)

 年配の人とちがって、こっちは十一年前に会社員を辞めて専念したおかげでせっかく小説家として遅いデビューをして走り始めたばかりなので、身体のことでもたもたしていられない。早いところ直さないと、残りの小説家人生は短いのだ。
 きちんとした知識で医者とやりとりができなくては話にならない。

 臨床データを見る限り、プロスタグランジンE1誘導体製剤(PGE1)による保存療法はあまり効果が期待できない。
 このことがわかっただけでも、「とにかくPGE1をやってようすを見ましょう」なんてことを、もし医者が言ったとしても即座に却下できるので、少なくとも8週間は時間が節約できたぞ。

2007年07月31日

闘病日記(笑)

 銀行をまわる必要があったので、本日は自転車で移動。
 用事を済ませて帰ってからプールに行こうと思ったけど、自転車を降りてからランドマークタワーの中をビルの5階のスポーツクラブまで行く途中の痛さを思い出すとなんだかイヤになって、もういちど自転車にまたがって、みなとみらい周辺をポタリング。
 いまのところは自転車ならまったく問題なし。
 ただし痛みを和らげるために筋弛緩剤を飲んでいるので、力が入らず、一気に踏み込むことはできない。
 自転車漕ぐのは全然平気なのに、家の中で歩くだけですぐ足が攣りそうになる。これは虚血性の痙攣か、単に神経の問題か、不明。
 適度に汗をかいたので、いつもはシャワーのところお風呂。
 温めるとよくなるかと期待したが、バスタオルで身体を拭いているだけで左足の後ろがつつっとなるなあ。

 夕方から、推理作家協会の総会と懇親会があったのだけれど、体調不十分のため、そちらはおやすみ。新しい仕事の受注活動よりも、すでに注文を受けている3作をさっさと仕上げなくてはならないし、そのためにも病気を何とかしていかないと。

 近ごろ、さながら「闘病日記」の様相を呈していますが、いつの時点で何ができて何ができないのか、記録がてら病気自慢を書いているので、さらりと読み流してください、みなさま。

2007年07月30日

車で買い物

 歩いてスーパーに行けないので自転車を利用しているが、自転車だと提げて帰ることのできる量が背中のバッグの大きさで制限されてしまう。
 というわけで、本日は、車で買い物ツアー。
 乾物系問屋で、「金麦」のケース買い、他、いろいろ。
 コットンマムで野菜と果物、などなど。

 夜はリハビリのためプールでウォーキング。
 クィーンズスクエアまで歩いて数分がつらいので、自転車。
 ところがそこからランドマーク5Fのスポーツクラブまでさらに5分弱かかる。
 水中では、前屈みになって歩くので、痛みはあまりない。
 50分ほど歩いて、途中100mほど泳いで終了。

2007年07月29日

投票日のにわか障害者

 前日の起きた時間が午後4時で、あまりにも社会生活上不便である、ということで、時間帯をシフトするために、前夜からしばらく起きていることにした。まあ、実際、全然、眠くないし。

 というわけで、午前8時半過ぎ、投票所へ向かう。

 そこそこ歩くので、妻が使っていた杖を借りていく。半ズボンにアロハシャツで杖をついているのは妙な光景だろうか。
 前屈みだと楽なのだが、杖なしで前屈みの姿勢でいると、周囲から見て異常な感じがする。杖をついていれば、見ている人が「ああ、この人は身体のどこかが悪いのだ」と納得できる。相互にアカウンタブルである、というのは、快適な社会生活にとって重要な要素だ。あかの他人同士の関係で大事なことは、本当にわかりあうことではなく、お互いにわかったような気がして安心できること。

 スタスタ歩く方が楽なんだけど、投票所へアプローチするエレベータでご近所の見知らぬマダムに話しかけられ、四方山話をしながらゆっくり歩くハメになり、やはり痛くなって、しゃがむ。
 杖をついて、スタスタ早歩きするのも、アカウンタビリティに問題があるんだよなあ。
 世間の人のステレオタイプ(足の悪い人は歩けてもゆっくり)というのからはずれて、早く歩く方が楽で、むしろ走ることなら問題なく、ゆっくり歩いたり立っているだけだと最悪、という病気は、なかなか暮らしにくいものだ。

 車椅子を借りたいと思うのだが、途中に段差があったりしたとき、自分で車椅子から降りて、車椅子を持ち上げて降ろし、また、車椅子に座って移動を続ける車椅子利用者に、世間が理解を示すかどうか、というのがどうしてもひっかかる。世間は障害者に弱々しさを期待するので。

 投票所の中には椅子がないので、ガマンしながら投票を済ませ、外へ出てからまたひとやすみ。

 とまあ、足が悪いだけで、いままでわからなかったことがいろいろ見えてきたり、想像の及ばなかったことを考えたり、なかなかお得な感じではある。
 ただ、運動不足で体調が悪くなっているのが問題だ。

2007年07月27日

初めてのMRI  科学少年の興奮

 本日、27日、いよいよ待ちに待ったMRI検査の日だ。

 MRIとは Magnetic Resonance Imaging の略。
 ちょいと物理学をかじった人間にとって、核磁気共鳴(Nuclear Magnetic Resonance)を用いて、自分の断面を見るなんて、なんともはやワクワクするようなことなのだ。
「核磁気共鳴コンピュータ画像診断装置」だから、もともとは、NMR-CTと呼ばれていた。ところが「核」というのが原子力を思い起こさせて被爆がないのに放射能を浴びると誤解されそうなので、MRIと呼ぶようになったのだそうだ。ここでは放射能を出すような核反応は起こしていない。水素の原子核を共鳴させて水の分子の並び方を少しけ変えているだけ。

 装置の原理は、巨大な磁石の輪の中心に人間を入れる。でもってその磁力で身体の中の水素原子(水)を揺すぶると、その動き具合がコンピュータで映像化されてくるというわけだ。
 その巨大な磁石というのが超伝導マグネット
 そうあの物理少年憧れの「超伝導」だ。その超伝導を起こすための仕掛けにはヘリウム希釈冷却が用いられている。あの「ヘリウム」だぜ。(もっとも最近は、口から吸い込んで喋ると自分の声がアヒルの声になるオモチャとしてヘリウムガスが売られていて、全然、ありがたみが下がっているんだけどさ)

 昔、テレビでみた「タイムトンネル」のような装置。
 更衣室にはヘアピンだろうとブラジャーのホックだろうと、「金属は持ち込むな」としつこく書いてある。
 超強烈な磁場なのだ。なにしろ普通なら磁石にくっつかない水の分子を揺すぶってしまう。水素原子をぐるぐる振動させてしまうくらい強力な磁石。なんともワクワクするではないか。
 その強力な電磁石の鉄芯のかわりに僕が入るのだ。
 近所に砂鉄を蒔いたら、僕の頭のてっぺんで髪の毛が逆立って、磁力線に沿って模様ができそうな感じ。

 検査着に着替えて、前後に動くベッドに仰向けに載せられる。
 うるさいからと空港の滑走路でジェット機を誘導する人がつけているようなヘッドホン型の耳栓をする。
 閉所に入るから耐えられなかったら押して知らせろ、という合図のためのゴムのポンプ玉。(電気のスイッチは金属だから当然入れられない)

 いよいよ、ゆっくりと入っていく。
 装置はワーンと音を立てている。おそらく電源系や配線系の冷却音。それに超伝導を保つ希釈ポンプをサポートするロータリーポンプの音のようなものが混じる。
 耳元では、パルスがカリカリとかガーガーとかスイッチングされているような音。かなり大きな電流がスイッチングされていると思われる。
 目の前でゆっくり動く(ほんとうは自分が乗っている台が動いている)電磁石本体に、中を点検するためのメクラ板が1枚、ネジで止められているけど、もちろん金属のネジではなくて、白いテフロンのような素材のネジだ。

 というわけで、撮影時間は15分ほど。
 その間、自分の身体の中の水の分子が超電導磁石で揺すぶられて温まっているような感じがして、電子レンジの中のネコのような気分。ちょっとIHヒーターの原理とも似てるしね。なんとなく、身体が暖まるような気がするわけだ。
 ピップエレキバンは800ガウスだけど、この種の装置は1T(テスラ)くらいだから、肩こりだってバンバン治りそうな感じがするしね。(ほんとか?)
 耳元では、ガリガリガリとパルスの音がしているから、なんか自分がハードディスクになって初期化されているような感じでもある。(人生も記憶もリセットできる?)

 予約時刻の30分前に来いというから、35分前に行ったら、待ち時間ゼロで、あっというまに終わってしまって、予約時刻の10分前には終了。
 もう終わり?
 ああ、もっとやっていたかったなあ。
 X線とちがって被爆がないというのも気が楽でいい。
 でも、更衣室に置いてきたノートパソコンのハードディスク大丈夫だろうか。(あ、もちろん大丈夫でした)

 大金持ちになったら、自分の家の地下室に1台、MRIの装置が欲しいと思った。

2007年07月26日

TSUTAYA みなとみらい店

 

 すぐ近くに TSUTAYA と Starbucks Coffee が開店した。
 100円割引券の10枚綴りをもらったので、さっそくCDを1枚だけ借りてみる。
 1回につき割引券1枚しか使えないので、1回にCDも1枚しか借りないようにする。
 そうすれば当日返却270円が170円になるというわけだ。

 借りたのは Michel Camilo & Tomatito のアルバム "Spain" 。 ピアノとフラメンコギターの競演するラテンジャズだけれど、なかなかいいです、このアルバム。

 午前2時までオープンしているはずなので午後11時過ぎに返却にいったら、まだプレオープンなので、8時に閉店だった。そういうのは貸すときにちゃんと言ってくれ。宣伝のチラシにはそうは書いてなかったぞ。こっちは痛い足を引きずってわざわざ行っているんだから。
 CDは返却ポストに返却できたけど、2時間ほどスターバックスで原稿を書こうと思っていたのに、できなかった。

2007年07月25日

ゆったりと過ごす

 足が悪いので、近くまで来てもらって、友人と食事。
 心安らかでいい時間。
 新しい小説のブレインストーミングにも少しつきあってもらったり。

2007年07月24日

矯正歯科とかハーモニカ横丁とか

 昼過ぎ、家を出て狛江へ向かう。
 武蔵小杉から登戸まで着席することができず、できるだけ腰をかがめて痛みを堪えながら。小田急の登戸駅がすごくきれいになっていてびっくり。
 狛江駅ちかくの矯正歯科にて、年に一度のチェック。リテイナーが傷んでいるので作り直しましょう、ということで型どり。
 狛江の駅に「箱根そば」ができていて、のぞいてみたら椅子に座れるようなので、立ち食い蕎麦のムシが疼いた。かき揚げ天ぷらそば(350円)

 午後6時、関内に到着。
 待ち合わせにはまだ時間があるので、"VELOCE" にて長編のアイデアを考える。二階の喫煙席に座ったのだけれど、冷房が効きすぎて寒い。半袖の客をいじめてやろうという位の攻撃性を感じる。(笑)
 午後7時、改札口で某出版社の編集者2名と待ち合わせ。
 先日の推理作家協会のパーティでの「こんど食事でも行きましょう」が社交辞令でなく実現したもの。有名編集者である彼と知り合ったのは1998年のことで、デビュー前からかれこれ10年近い知り合い。いつのまにやら名刺には取締役の肩書きがついていた。

 まずは「オリジナルジョーズ」で腹一杯に食べながらワイン2本を空ける。
 小説のことについて、プロフェッショナルな会話をするのがこんなに楽しいなんて。みんな本を作るのが大好きなんだよな。

 次は、タクシーに乗り込んで、野毛の「都橋商店街」へ。
 1964年東京オリンピックのための美化事業で、露店、屋台を収納して大岡川沿いに出来たのが都橋商店街で、「ハーモニカ横丁」などとも呼ばれている。東京でいえば、新宿ゴールデン街のようなところ。
 こういう場所、大好きなんだけど、一見で入る勇気がなかったところ、「知っている店があるから行きましょう」ということでH店へ。
 感じのいい女将さんがやっている庶民的な店。野毛地区の他のお店のことをいろいろ教えてもらったり。で、教えてもらった店とか、僕がたまに行く店とか、都合3軒をハシゴ。最後はタクシーで家の前まで送ってもらう。

 まだ駆け出しなのに時間を割いてもらったりご馳走になったり恐縮してお礼を言ったら、「阿川さん、いいんですよ。こういうお金はどんどん活用した方が。売れている作家で稼いだ会社のお金が、これから活躍する人にこうやって順番に流れていくんですから」とのこと。
 そうね、いつか僕の本で、そのときの新人さんにご馳走してあげられるだけ、出版社を稼がせてあげなくてはね。

 久々にゴキゲンに酔っぱらっていて、帰宅すると、そのまま居間のソファで寝込んでしまい、翌午前5時に目覚めたので、一気に朝型に身体がリセットされた。

2007年07月23日

歯医者2回目

 直ぐ近くの歯医者の2回目。
 夕方、プール。
 あとはひきこもり。

2007年07月21日

日本vsオーストラリア

 少し起床時刻が早くなって、正午すぎに起きる。
 
 明るいうちにプールへ行くのは久しぶりだ。ウォーキングですれちがうのは、年配のご婦人ばかりだったのだけど、プールのスタッフが妙に色っぽい人。
 で、何かの拍子につい見てしまうもんだから、何度も目が合ってしまう。僕に気があるわけではなくて、どうやらちゃんと全体の安全に目を配っている優秀なスタッフらしい。

 午後7時すぎからは、NHKBSでサッカー日本代表対オーストラリア。PK戦の末、日本の勝ち。
 久々にたっぷりしっかりサッカーを見た。

 長編のアイデアがなかなかまとまらない。

2007年07月20日

今日はオートバイ

 駐車場にオートバイを置いたまま3週間くらい経っている。たまに動かしてやらないとバッテリーも上がってしまうし。
 というわけで、GB250 Clubman の元へ。
 ちょうど、一回信号のところで上手く休むことができて、なんとかしゃがみ込まずに辿り着く。バイクに乗りに行くのに、駐めてあるところまで自転車で行きたい気分だよまったく。
 
 我がGBはいたって元気。軽やかに動き出し、ちょっとふさぎ気味の気分も晴れていく。前屈みだからこちらの身体もどこも痛まない。

 どこへ行くとも決めていなかったけれど、なんとなく走っているうちに、山下公園から本牧へ。
 あまり混んだ道もなくて、快適に簡単な気晴らしができた。
 リストア終了から3ヶ月ほどで、走行距離は350キロほど。中華街にあるセルフのスタンドでガソリンを入れてみる。燃費は27.3Km/Lだった。まあまあかな。ツーリングで遠出をすれば35Kmくらいまで伸びることもある。
 帰路、スーパーに立ち寄って少しだけ買い物。

2007年07月18日

歯医者

 近所の歯医者、二度目。

 プールで、ウォーキング。

 編集者から短編のフィードバック。掲載誌へ回すとのこと。
 ただいまのところ、掲載時期不明。

2007年07月17日

短編第4稿

 夕方、編集者からメール。
 基本的にOKのようだけど、やりとりのなかでもう少し補筆したほうがよさそうだ。
 ということで、第4稿に着手。
 かなり微妙なチューンナップ。
 翌18日、午前5時、あらためて脱稿。

2007年07月16日

短編第3稿

 土曜日に、短編第2稿へのコメントが編集者から速達で届いた。
 普通郵便でも同じ日に届くのだけれど、この「速達」というところが編集者のビミョーな心配りなのだな。
 というわけで、3連休は、台風だMLBだサッカー代表戦だ地震だと、テレビを見たりしながら、そしてプールだの床屋だのへ行ったりしながら、最後の詰めについてぼんやり考えていた。

 17日未明、午前4時、満を持して着手。
 午前7時過ぎ、脱稿。
 メールで送信。

 書き上げた時には、いつも自分は天才じゃないかと思ったりする。
 まあ、満足できないのに原稿を完成と呼んではいけないから、小説家というのは基本的にそういうものだと思う。
 問題は、いつまで天才気分が持続するか、ということだけど。(笑)

2007年07月15日

日本中が台風

 午前9時過ぎまで起きていた。
 どうやら風雨が強かったのはその時刻あたりだったようで、午後に目覚めたらすでに雨が上がっていた。
 夕方、スーパーまで車でまとめ買い。米とかビールとか。
 安くて美味しい「金麦」(発泡酒)を買いたかったのだけど、なかったので奮発して沖縄のオリオンビール。

 短編の直しをやる。
 小説を書くという仕事の中で、実際に文章を書くという作業はごくごく一部分のプロセスに過ぎないのだけれど、実際に文字を書いているときは、仕事がはかどっている感じがしてとても落ち着く。

 逆に、足が悪いと、取材など情報収集に差し障りがあるので、けっこう困る。
 小説家って、実は家に引きこもっていてできる仕事じゃないので。
 足の悪い人の気持ち、とか、肉体が壊れていくこと日々感じる人の気持ちとか、そういうのがわかるのは、それはそれで小説の肥やしになるので、そういう方面の取材にはなるから、まあ、よしとする。

2007年07月14日

今日もプール

 フランス革命の日だけど、日本では全国台風一色。
 水不足は解消だろうけど、あまり被害が出ないといいなあ。

 夕方、プールへ。
 いつものように小一時間ウォーキング中心。
 空いていて気持ちよかった。

 テレビのドキュメンタリーに収穫あり。
 新しい鉄鋼王ミタルの物語、それから、マラソンの瀬古と中山の物語。
 民放は自己崩壊していて、特定の面白さを評価してくれる視聴者だけのために番組作りをして、それ以外の人からどんどん見放されて影響力を失ってきている。自分の努力でわざわざ視聴者を減らしているわけだ。
 民放に共鳴できない人たちは、僕のようにテレビを見なくなるか、見るとしてもニュース以外はNHKしか見なくなってきている。(ニュースに関してはNHKだけでは危険すぎる)
 そんな深刻なテレビ離れに早く気づかないと、メディアとして、あるいは、ビジネスとしての民間放送の将来は暗いと思う。

 短編の第二稿に編集者の赤が入ったものが速達で届いたので、夜はそれに着手。

2007年07月12日

海外移住資料館

 ワールドポーターズの向かいにあるJICA「海外移住資料館」へ。

 日本から海外への移民の資料がたくさん。日系移民についてはライフワーク的に調べているのだけど、小説のテーマとしてあまり売れ線ではないので、自分が大家になってからじゃないと陽の目を見ないだろうなあ。しばらくここに通ったらたくさん小説が書けそうだけど、この時点で出版されない小説を書いてもしかたがない。将来のお楽しみということで。

 というわけで、夕食は3Fの食堂。
 580円の定食は2種類あって、デザート/コーヒー付。けっこうおいしかった。
(ただし、このビルに宿泊している海外からの研修生によると、夕食のメニューは毎日同じらしい)

 帰宅後、あらためてプールへ。
 1時間ほど、ウォーキング+スイミング。

2007年07月11日

今日のところは負けを認める

 朝九時に電話で起こされた。
「大阪のゆかりです」
 ん……? 大阪になじみの飲み屋はない。もちろん愛人もいない。
 あ、昔の芝居仲間で最近バツイチになったアイツか。
『D列車でいこう』を読み終わって「感激したから」とわざわざ電話してきてくれたのだった。ありがたいことだ。
 予定の起床時刻よりも少し早かったけど、そういうわけで、いい感じで始まった朝だった。

 テレビでMLBのオールスターが始まった。
 いきなりイチローの打席。ヒットだった。感動した。
 理想の高い人が好きだ。どこまでいっても「ここまでくれば十分」と思わない人、自分を低いレベルで納得させない人。そういう人でいたいと思うけど、僕はイチローほど努力をしていない。つくづく自分を甘やかしていると思う。いくらでも時間があるのに、もっと書ける時間はあるはずなのに。
 でも、イチローという人の凄さを見せてもらっただけで今日はいい日だ。
 というわけで、いい感じの朝はさらにいい感じになった。

 ところが歯医者の予約の時間になって家を出ようとするとカード入れが見つからない。クレジットカードとキャッシュカードと、それからマンションのセキュリティカードが入っている。ドアの鍵をもっていてもセキュリティカードがないと、家を出て行けてももどってくることができない。ドアの前まで入って来ることができないのだ。
 昨晩、自力で部屋へもどってきたからには、この家の中にそのカードはあるはずだ。なのにどうしても見つからない。
 あきらめて予備のカードをもって出かけた。
 引っ越して初めて行く近くの歯科。歯石取りをして欲しいだけなのだけど、ぐるりお決まりのレントゲンを撮られる。
 次の予約を取って家にもどると、カード探しの続き。
 結局、プールに行くのをやめて午後全部を費やしても見つからない。
 スーパーに行かないと食料がないので予備のカードで出かける。もどってきてまたカード探し。
 結局、見つかったのは翌午前2時だ。
 ああ、また、人生を無駄にしてしまった。
 そのあいだにイチローはMVPになっていた。
 くそ、到底、叶わないや。
 いまのところは。(ここ、負け惜しみみたいだけどけっこう本気)

2007年07月10日

雨音はショパンよりバリだった

 目黒の人と打合せなので、ほぼ中間点である田園調布で会うことにした。

 ちょっと長い話になりそうなので、煙草の吸えるところ、と思うがなかなかなくて、ウェンディーズの3階。
 いろいろな人生にかかわるいろいろなことを3時間以上にわたって聞く。
 善意の人が善意ゆえに人を傷つけることもある。それが切ない。あとからならば「こうしておくべきだった」と総括することはできるかもしれないけれど、人生、その瞬間瞬間はのっぴきならないものなのだ。

 話し終わって別れた後、近くに住む人と軽くビール。なんだ、テラスなら煙草を吸える店が近くにあった。
 テラスの屋根になっているキャンバスに雨が当たって、雨音と湿った空気が、ちょっとヘビーになっていた心を癒してくれる。
「雨音はショパンの調べ」という、もと歌はだれだかわからないけど小林麻美がカバーで唄っていた曲があったけれど、ガラス窓の内側で聞くのではなく、オープンエアで聞く雨音は、なんだかバリ島かなんかにいるような気分。(バリに行ったことないけど)
 山田詠美の『熱帯安楽椅子』という小説を思い出す。あらすじとかではなく、その小説のもっている「空気」として。

 午後8時45分に帰宅。

2007年07月09日

準備

 午後3時、3ヶ月点検でマンションの修理箇所の確認。

 午後5時、やっと家にいる必要がなくなったので、自転車でリハビリへ。
 医院で薬を1週間分もらう。
 金曜日に行った病院では3週間分しか出してくれなかった。それでは検査所見を聞く一ヶ月後まで薬がもたない。というわけで、どうせ同じ薬なのでそっちでもらって不足分を補う。

 長編執筆着手の準備に、ひきつづき資料整理、部屋の片づけなど。

2007年07月08日

フットサルは見学

 明け方、連載エッセイをメールで送付して就寝。

 昼過ぎに目覚める。
 ありがたいことに3冊もバックオーダーを抱えた駆けだし作家は、そろそろ書き下ろしの原稿に着手しなくてはならない。
 体と心を「小説家」にスイッチするため、ヨットを休んで、そのかわりフットサルには出ようと思っていたのだけど、いざ、その時刻が近づくと身体に自信がない。歩くのは痛いが走るのは平気なはずなんだけど、実際に痛みがあると、心が萎えるのだ。
 というわけで、飲み水だけもって、仲間の顔だけ見に、みなとみらいスポーツパークまで(歩いてもたった5分の距離を自転車で)出かける。体育の授業を見学する生理中の女子中学生みたいなもんだ。(笑)
 出席の返事をしてあったので、グランドへ行ってみたら、僕のサインを求めて球蹴り仲間が『D列車でいこう』をもってきていた。ベンチに座ってゲームを見ながら、結局、3冊、自著にサイン。
 そのままサボっていたら、僕が来ると思ってせっかく本を抱えて来てくれた人の気持ちを無にするところだった。顔だけでも出して、ほんとによかった。みんなありがとう。

 みんながやっているのを見ていたらじっとしてられず、かといって、検査結果が出るまでは大事をとっておきたいので、ストップウォッチをもってタイムキーパーをやりながら、試合ボールの動きに応じて、コートのサイドをひとりドリブルで行ったり来たり。なるべく足下のボールを見ないで、試合をみながらボールを保持するイメージトレーニング。
 体力がないといういちばんの問題はおいそれと解決できないが、個人の技術的問題として、ボールをもつとヘッドアップできずに足元ばかり見て視野が狭くなってしまうという欠点を解消するための練習だ。
 やってみると、視野の隅に置いておけば、ドリブルするのに、ボールを注視する必要はほとんどない。ところがゲームの中ではなかなかそれができないので、こういうときに練習しておく。

 自転車だったので、終了後は遠回りして、スーパーで夕食の買い物。
 夕食は、フライと大根のサラダ、トマト、茄子の味噌汁、冷や奴。

 夕食後は、執筆モードの準備のため、書類の整理と部屋の片づけだ。

2007年07月07日

ブラジルからのゲストと中華街

 ブラジルからのゲスト(福島がルーツの日系3世)をつれて中華街「揚州飯店」へ。
 魚介類が苦手、ということで偏ったメニューになったけれど、おいしかった。

 自分ひとりで歩くときはいいのだけど、だれかといっしょの時は足が痛いのはちと不便。
 背すじを伸ばしている時間に比例して痛みが出てくるので、速く歩いてさっさと目的地についた方が楽、できれば走りたい、というふつうの常識に合わない不自由さなので、まだどう振る舞っていいのかわからない。(笑)

2007年07月06日

病院へ行く

 お茶漬け食べて家を出る。
 9時過ぎ某病院へ。9時28分、やっと受付完了。
 最初の診察は10時半頃、レントゲンを4枚撮り終わったのが10時55分。
 フィルムをもういちど整形外科外来に提出して二度目の診察。
 X線所見は腰椎の4番と5番の間隔が姿勢によって不安定。
 症状から脊柱管狭窄症が疑われるので、MRIとその診断所見を聞く診療の予約をとる。
 MRIの撮影が7月24日、診断所見は8月8日。
 ふう。ここまでで12時半。

 ということで、「少なくとも」あと一ヶ月は、いままでどおり薬を飲んで痛がっている生活のまま。
 医療制度って患者にとっても医療機関にとっても効率悪いねえ。(笑)

 これも小説のネタになるから、けっこう面白がっている。病院の仕組みも面白いし、待合室の人間模様も面白い。自分が感じる小さな怒りとか、苦痛とか、苛立ちとか、絶望とか、ため息とか、そういうのを自分の外から見ている自分がいる。足が悪いと何を考えどういう変化があるか、老後のシミュレーションでもあるし、ネタにもなるし、小説家の人生には微塵も無駄というものがないのだ。

 もうじき、一度はやってみたかった憧れのMRIができるかと思うと、ちょっとワクワクドキドキ。
 これって、子供の頃、眼鏡に憧れてわざと暗いところで本を読んでみたりしたときの感じに似ている。

2007年07月05日

ケンブリッジの医学生

 妻の学生時代の友人で家族ぐるみのつきあいをしている某国外交官夫人が来訪。

 小さい頃からうちで我が子代わりに可愛がっていた娘さんも、今や20歳になって、第4志望(!)でケンブリッジ大学(7/9訂正)の医学生になっているという。
「お受験」などと無縁にのびのび育ててめちゃめちゃ優秀、というのが素敵。

 未知のことを知る喜び、とか、物事を本質から考える、とか、そういうことができれば、子供は放っておいても勉強する。結局、正攻法が近道なのだ。
 親自体が何のために勉強するかわかっていなかったり、人生で楽をするために「いい学校」へ行こうと思っている人がいるけど、実力つけないで丸暗記や試験の点数だけのためにお金と時間を使って勉強するのは、時間の無駄だし、人生の大いなる遠回りなんだけど、丸暗記がテストの近道だと誤解している人が多いのは、どうしてなんだろう。

2007年07月04日

さらに人に会う

 午後4時、渋谷マークシティにて、今日も人に会う。
 本日は、とある特異な経歴を持った人と初対面。しっかり話を聞くには場所も時間も改めたほうがよさそうなので、来週、あらためて会う約束をする。

 別れてメールをチェックすると、映画の件についてファックスを送ったとの内容。
 どうやら「いい話」のようなのだが、出先からではファックスを読めない。

 書店へちょっと立ち寄り、あとはコーヒーショップで短編の赤入れに専念。
 午後7時20分。仕事帰りの妻と落ち合って帰宅。電車賃が節約できた。(笑)
 夕食は「大戸屋」。
 受け取ったファックスの内容検討。
 深夜になってから、赤入れした短編の修正。
 70枚から52枚まで削るのに、3週間かかった。(ちょっと怠けモードの心理状態だったということもあるけど)小説は書くよりも削る方がたいへんなのだ。

 本日発行の「岐阜未来・勝手に通信」というメールマガジンで『D列車でいこう』を紹介してもらった。アクセスログからドメインネームを抽出すると、あきらかにそのおかげで増えているホームページ/ブログへのアクセスがあることがわかる。

2007年07月03日

人に会う

「人に会う」って別に珍しいことではないけれど、自分と似ているところとちがうところを併せ持っている人(て、ほとんどの人はそうだろうというツッコミはおいといて)と、ゆったりした環境で向かい合うと、ふだんの自分のなかの気づかなかった自分が見えてくる。
 へえ~、阿川大樹ってこういうときにこういう反応するんだ、という。
 と、わけわからん日記ですが、そういうわけで、中華街で食事をした。
 あまり酒は飲まなかったな。

2007年07月02日

スーパー買い出し

 久しぶりにプール。ウォーキング中心。
 月曜午後の時間帯はシニアなお姉様たちが中心。自分も人を喜ばせる外観を持ち合わせてはいないけど(……以下自粛)。
 いったん帰宅後、車でスーパーへ買い出し。
 足が悪くなって、毎日スーパーへ行くのが億劫になってきたので、いくらかまとめ買い。
 だれかの日記でおいしいと評判の発泡酒「金麦」も6缶。

 7月2日付毎日新聞朝刊「つっこみエンタメワールド」に『D列車でいこう』が紹介された。
 amazon では目立った反応はない。

2007年07月01日

ヨットレース

 ヨットレース。
 メンバーはオーナー2人とゲスト1名。
 レースメンバーとしては熟練クルーが6人いるとベストなので、超ショートハンド。
 幸い無風に近い状態からのスタートで、軽いことが有利に働く面もあった。
 スタートしてまもなく、4番手くらいの位置に着けていたが、沖に風があり、陸地にちかいところは弱かったので、遠回りをしても風を掴むコース選択をしたのだけれど、これが裏目に出て、結局、着順修正順位ともに6位。
 ふたりでスピンネーカーも揚げて、2回もジャイブしたし、コース選択も迷っての失敗ではなくて信念を持ってやった結果なので、満足のいくレースだった。

 早起きしたし、疲れたので、早く寝る。以後、しばらく朝型生活の予定。

2007年06月30日

大学のクラス会

 今年も前半が終了してしまった。人生短いなあ。
 午前8時過ぎ、寝る前にバイクの駐車場の更新手続き。

 午後4時から、品川で大学のクラス会。
 頭のいい人ばっかりだし、用語の定義がしっかりしたところから会話ができるので、3時間話をすると、ふつうの6時間分くらいの話ができるので、すごく気持ちがいい。
 使う言葉に曖昧さがないんだよね。
 言葉がもつ意味が人によって違うと、議論はさまざまな誤解すれ違いを解く作業に費やされてしまうのだけど、そうでなければ、本質的な議論だけすることができる。それがすごく気持ちがいいのだ。

 柳沢厚生労働大臣が女性を「産む機械」に例えて問題になったけれど、政策論議で事象をモデル化して考えるときに「機械」に例えることと、人格をもつ女性を機械のように思っていることとは、100%まったく関係ないのだけど、ああいう紛糾が生じてしまう。
 それは、一般の会話と専門的な議論に於ける語彙のもつ意味の拡がりや定義のちがいが原因で、一般の人の前で「機械」といってしまえば、違う意味にとられてしまっても仕方がないという意味で柳沢大臣の発言は不適切だったけれど、それで国会の時間の無駄が起きたのは、その語彙の範囲のちがいをわかっていながら、混乱を煽った人たちのせいだった。どっちが国民のためにマイナスなんだよ、と思うわけだ。
 国会で専門的な用語の使い方ができないのは、議論の効率からすれば不幸だけれど、民主主義というのは最善を求めるシステムではなくて、独裁や暴走に対するリスクヘッジのシステムであることを考えれば、国会では日常で使われる意味で言葉を使わなくてはいけないのもまた当然ということなのだろう。

 というわけで、充実した会話ができたので、1次会で満足して帰る。
 宴会なのに午後9時前に帰宅したら、妻が驚いていた。(笑)

2007年06月28日

なんとなく休養日

 妻につきあってデパートへ。
 リハビリは休診なので、帰ってからプールへ行くつもりだったけど、なんとなく疲れが出てだらだら休む。
 夜は、執筆でない仕事を少し。

2007年06月27日

顔が険しい人

 電車の中や町で人とすれ違って、どうしてみんな不機嫌な顔をして歩いているんだろうって思っていた。
 ところが、今日、険しい顔をして歩いている自分ふとに気がついた。
 歩くと脚が痛くなるから、どうしても顔に力が入るのだ。
 みんな不機嫌な顔をしているということは、みんな、心や体にこんな風に苦痛を抱えて生きているのかなあ。よくわからないけど。

 リハビリに行くと少し楽になるけど、リハビリまで歩いていくのが辛いので、自転車を止める場所があるかどうか確かめるために、歩いて整形外科へいって近所を確認。1週間分の薬。
 冷蔵庫がかなり空になっていたので、帰りにスーパーに寄って買い物。
 びんちょうまぐろの大きなサクが出ていたので、夕食は半分使って「びんちょう東丼」。

■「本の雑誌」2007年7月号 p.46-47
   「新刊めったくたガイド」(北上次郎)に『D列車でいこう』登場

2007年06月24日

ハードな1日のはじまり

 NHK BS-2「週刊ブックレビュー」で『D列車でいこう』が取り上げられる日なのだが、番組が始まると同時に家を出て、新横浜のスポーツ医科学センターへ向かう。
 同所会議室にてワールドカップの時のボランティアで組織した団体「よこはま2002」の年次総会、ひきつづいて近所で懇親会。

 午後2時終了後、まず、渋谷へ向かう。
『D列車でいこう』について、途中、メールで amazon で106位まで上がっているという情報が入る。
 ブックファーストへ行って、文芸担当のSさんに「週刊ブックレビュー」放送の件を報告。(この時点で阿川は番組をみていないのだが)
 ありがたいことに、5月に訪ねたときのサイン入りのポップをつけて平積にしてもらっていた。

 中野に午後4時過ぎに到着。
 サンロードの梅本で立ち食い。冷やしかき揚げそば(360円)。おいしいなあ。同じくサンロードの MIYAMA で、休憩。コーヒー(420円)を飲みながら読書。
 総会、懇親会ではカメラマンをしていたので、朝からずっと立ちっぱなし。疲労困憊だった。

 少し元気になったところで、「あおい書店」へ。
 文芸担当の店員さんはおやすみ、ということで、名刺に「週刊ブックレビュー」のことをメモ書きしておいてくる。
 Veloce で、もう一度、休憩。コーヒー170円。

2007年06月23日

フットサルは問題なし

 久々にフットサル。
 5分も歩くと足が痛くなるのに、1時間半ほどフットサルをするのはまるで平気なのだ。ようするに少しでも前屈みの姿勢ならばなんともない。
 動きが悪いのは、能力の問題だろう。(苦笑)

2007年06月22日

リハビリ

リハビリへいった。(自分のための記録で失礼)

2007年06月21日

妻の両親を迎える

 明け方、主に仕事関係にNHKBS「週刊ブックレビュー」の放送について告知。

 その後、いろいろ仕事関係の新しいアクセスがあり、あわただしい一日になる。

 午後、義父母を新居に迎える。
 夕食は、そのまま家族4人で、「チャンドラーズ・クラブハウス」へ。
 暮れゆく観覧者のある風景をみながら食事。
 自分も足が痛むので、母が辛そうに歩くのにシンパシー。
 足が悪いと、実家から我が家まではけっこう遠いと思う。

 夜半から小説。

2007年06月20日

ボランティアの世話人会

 整形外科でリハビリ。のち伊勢佐木町のユニクロで買い物。
 桜木町で夜7時から月例の世話人会。
 以前なら、このあたりの距離は全部運動がてら徒歩だったんだけど、いまや足が痛くて辛いので、横浜から関内、関内から桜木町とJRを利用。ふつうの人になっちゃった。
 午後9時、野毛へ流れて居酒屋へ。散会後は徒歩で帰宅。
 明け方、酔いが醒めたところで小説。

2007年06月19日

スーパーも休み休み行け

 スーパーに買い物に行く。薬を飲むのが遅かったので、まだ効いていない。
 左足全体が痛くなり、途中に2度、しゃがみ込んで休む。
 しゃがむと瞬間的に回復する。ほぼまちがいなく脊柱管狭窄症だ。
 絶対ちゃんと直してやる。

 少し身体を伸ばす為もあって、プールで1時間ほどウォーキングとスイミング。

 夜は、小説。調子が出てきた。

2007年06月18日

整形外科

 足の痛みがかなり頻発するので、とにかく整形外科へ。
 レントゲンで確認。わずかだが、一箇所、背骨の間隔が狭くなっている。

 1週間分、薬を出してもらう。
 この医者、直す気がないというか、治療の方向付けがないのだ。リハビリに通ってくれば自動的に診療報酬が入るという構図。とはいえ、リハビリの人たちは優秀だし、待ち時間が少なくて便利なので、こちらで考えながら「リハビリショップ」だと思ってそれなりに利用すればいいと思っている。
 唯一の問題は、家で座っていれば痛くないが、リハビリに行くには足が痛くなるのをガマンして行かなくてはならないという相反する事項。

2007年06月17日

ヨットからホクレア

 午前10時30分、愛艇は、仲間4人で磯子のホームポートを出発。
 秒速6m前後の風の吹いたヨット日和。
 順調にベイブリッジを目指し、港内にはいるためにセールを降ろして橋をく
ぐる。
 その直前でホクレア号の伴走艇カマヘレとすれ違う。
 この時間にカマヘレとすれちがうということは、カマヘレが出てきた方向にホクレア号がいるということだ。
 朝、鳥が飛ぶのを見たら飛んできた方向に島がある。夕方、鳥を見たら飛んで行く方向に島がある。
 ホクレア号の用いた古代航法と同じ理屈。
(もちろん、それ以前に、僕はホクレアがそこにいることを知っていたわけだけれども)

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 大桟橋にさしかかると客船「にっぽん丸」がちょうど出航。

 ぷかり桟橋到着は12時少し過ぎ。
 ホクレアからは昨日まで取りつけてあったブルゴーニュ色のセールが外されていた。近くへ寄ると、すでにいろいろな安全備品や生活用品などが取り外されていて、ずいぶんとスッキリしている。一言で言うと、生活感がなくなっているというか。
 クルーたちは、名残惜しそうになんとなくまわりにいる感じ。作業はごくごくゆっくりと行われている感じ。

 同じことを考えるヨットがいるもので、ホクレアの反対側にはすでにヨットが2杯繋留してあり、ホクレア側にもを含めて都合4艇のヨットが近くを通っては写真を撮っている。

 ちょうど左舷にいたホクレアの女性クルーに「今日は、キモはいないの?」と聞くと、「彼ならさっきまで居たけど」と。彼は明日帰るはずなので、もう会えないかな。
 名刺を交換してメールアドレスもわかっているので、やりとりは続くと思う。
 予定通りなら9月か10月にまた横浜に来るかもしれないと。

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 あとは、新山下へ入って、台船にもやって昼食。本日のテーマは、「ナポリタン」
 美味しく食べて午後5時に帰港。6時間半、船に乗っていたのでけっこう疲れた。

 Stella Maris はラテン語で「海の星」だから、ハワイ語にすると Hokukai または Hoku O Ke Kai 。

2007年06月16日

暑い!

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 ホクレア号の見学会は今日が最後。
 オフデューティだが、終了の時間目がけて、またホクレア号を見に行く。
 強烈な日差し。
 
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2007年06月15日

美術館巡り

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 東京都美術館で「板院展」。
 1952年に棟方志功が提唱してつくられた日本板画院の定期展で、今年で57回目。ようするに版画界の二科展みたいなやつだ。
 新居の居間に妻が買った版画の作家(実は彼女が入院中に知り合った病院友だち)が今年も出展しているということで案内をもらったので出かけた。
 ひえー、上野公園、梅雨だというのにやけに暑いじゃないか。
 だいたい、ふだん見る画というのは現物ではないにしても一流のものばかり。となると、いかに伝統ある展覧会といっても毎年600点も選ばれるとなると、ほとんどのものには心動かされない。
 けれど、最高賞の棟方志功賞作品は、ひと目、その部屋で群を抜く輝きを放っていて(ちなみに黒一色刷り)、近づいてみたら棟方志功賞というあんばい。
 全然ちがいます。
 魂を注いだ芸術と趣味の差が歴然。

 二時過ぎに都美術館をあとにして、いったん駅前に戻って立ち食い蕎麦。冷やしタヌキそば400円。やっと朝食だ。うまい。

 ついでだし、招待券もあったので、あらためて東京国立博物館へ戻って、レオナルドダビンチの「受胎告知」を見る。(入場20分待ちだけど許せる混雑度)
 同じダビンチ展の第二会場へ行く前に、東洋館へ。ガンダーラの仏像が出色。レプリカでいいから、いい家に住むようなことがあったら欲しいと思った。

 夕方、整形外科でリハビリ。

2007年06月14日

キモ・ヒューゴ Kimo Hugho

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 ホクレアの桟橋で、写真の説明をするキモ。
 1975年のホクレア号建造の前から彼はプロジェクトに関わって写真を撮っている。
 そして、写真を通じて、ハワイ人の文化と誇りを語る。

 彼のそばで彼の言葉を通訳したり、ただ聞いていたりすると、毎回、新鮮な発見があり、なんだか自分の中にある種の「悟り」みたいなものが芽生えてくる。
 彼だけでなく、ハワイ人はとても気高い。

2007年06月13日

ちょっとホクレア病かも

 よく晴れて世の中が光に満ちあふれている。
 バイクでゆったりと走るのが気持ちいい。

 夕方、整形外科にリハビリにいったら診療時間が過ぎていて断られた。そっか6時半までだったのね。いつも早い時間に行くから意識していなかった。

 ホクレア号のクルーと話したことをなんども頭の中で繰り返している。

2007年06月12日

リハビリ

 ひさしぶりに整形外科へリハビリに。
 腰は治ったことになっていて、肩のリハビリだけのメニューになっていた。
 肩も直ってはいないけど、ちかごろは腰の方が深刻なんだけどなあ。
 理学療法士の人に話すと、マッサージは肩と腰の両方はできないが、腰の牽引ならできる、ということで、医師と相談してもらって腰の牽引を追加。
 そのせいか、帰りはほとんど痛くなかった。
 牽引で効くということは、昔流行った「ぶらさがり健康器」があればいいってことか。

2007年06月11日

ホクレア号(Hokule'a)乗船見学会

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 本日はホクレア号で見学会の通訳。

 寝坊して集合時間よりも10分あとに起きて、我が目を疑ったたけど、19分後には現場にいた。
 フットサルより走ったぜ。

 ホクレア号のまわりに集まっているハワイ人たちは個性豊かでありながら、それぞれに自分の自然観をもっていて、多くは共通しているものの、またそれぞれの自然への見方もあって、話をすること自体がとても楽しいし、こちらも、気持ちよくなる。

 彼らはさんざん長い間船に乗って、辛い思いもしてきたはずなのに、桟橋に繋った船に居るのが好きで、用がなくても船を離れようとしない。行く先々の港について、その場で、ただ船に座って日が暮れていくのを待っている時間が例えようもなく好きな僕は、彼らの感じていることがとてもよくわかる。

 帰宅後、メールをチェックしたら、先週送った短編について編集者のレスポンスが来ていた。ありがたい。

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NHK BS-2 「週刊ブックレビュー」で『D列車でいこう』が紹介されます
  放送日時 6月24日(日) 午前8:00-8:54
  【再放送】 翌・月曜日 午前0:00~0:54 (同日深夜)

  予告は こちら でご覧になれます。

2007年06月10日

雨の中、バイクでハーバー

 バイクでヨットハーバーへ行く途中から雨が降り始め、着く頃には豪雨。ついには雷まで鳴り出す始末。
 18年間濡らしたことのなかった(地下室にずっとあったから当たり前だけど)バイクが濡れちまったい。

 マストへの落雷がコワイし、船を出すコンディションではない。
 雨が上がるまでクラブハウスでだらだら雑談。
 午後1時過ぎ、雨が上がったので、他の連中は出て行ったが、僕は午後3時には船から上がらなくてはならなかったので、そのまま帰宅。(ようするにバイクで帰るための雨宿り)

 帰宅後、遅めの昼食を摂り、着替えて「ナビオス横浜」へ。
 午後5:30から、Hokule'a号到着歓迎レセプション。ホスト側の通訳のボランティア。ようするにクルーたちと話すことでもてなしたり、他の参加者の話を通訳して取り次ぐ仕事。
 話をするのが仕事なので、グラスをもって立ってはいるものの、料理を食べるヒマはない。

 午後9時、帰宅後、夕食。

2007年06月09日

阿川大樹サイン会?

 夕方、多摩方面にて僕の著書のサイン会という名目のホームパーティ。
(実は20年くらいのつきあいの古い女友達の彼氏のお披露目?)
 事前にお土産を入手する時間がなかったので家の冷蔵庫にあったオーストラリアのシャルドネをカバンに詰め、吉祥寺ロンロンでちょうどキャンペーンをやっていたチーズを試食してひとかたまり買って持参。
 名目通り、ありがたいことに全員『D列車でいこう』を買ってくれていて、酔っぱらう前に全員の分にサイン。ふだんは持ち歩けないけれど、今日はサインをするとわかっていたので、Kさんに戴いた落款も持参して、サインの末尾に押捺。
 夜11時前までワイン一人あたり1本と他にビールと焼酎などを飲んで辞去。
 終電だったけど、ひと駅寝すごしてしまって、20分ほど歩いて帰宅。

 脊柱管狭窄症か、座骨神経痛か、と思われる足の痺れがきて、途中、2度、座り込む。座り込むと一瞬で痛みがなくなるのは、まさにこの病名の症状に書いてあるとおり。最近、この症状があるのだけれど、しゃがむと瞬時に直るので、だましだまし生活しているけど、今週中に医者にかかろうと思う。

2007年06月08日

雑事が辻

 あれこれと雑用。
 夜半から、以前に書いた470枚の長編のチェック。営業モード。

2007年06月07日

短編の用意

 朝、雑誌向けの短編小説70枚を送る。
 以前に書いたもので、自分で好きな作品なので、少しだけ直した。掲載が決まるといいなあ。

 ちょっと疲れが出て、起きたのは午後3時。
 昼間は買い物など家のことを。夜は考え事と小説のこと。

2007年06月06日

オートバイで由比ヶ浜

 午後、水回りの点検に工事業者が次々とやってくる。

 午後6時、海が見たくなって、オートバイで由比ヶ浜まで。23kmほどを1時間弱。日が沈みきる前に海へ出た。
 ヨットに乗っているから海はしょっちゅう見ているのだけれど、浜辺に波が打ち寄せる海というのは、逆にヨットを始めてから遠ざかっている。
 昨晩、由比ヶ浜まで意外と近いのだと知ったのだ。
 ちょうどウィンドサーフィンを終えた人が引き上げるタイミング。
 バイクにサーフィンの片岡義男ワールドだな。(笑)
 浜では、そろそろ海の家の建設がはじまっていた。そうか、もう、季節は夏。

 帰る前、稲村ヶ崎近くの吉野家で牛丼。牛丼の味は同じだけど、この店は掃除が行き届いていない。ずぼらな店長で、こういうのはだめだ。吉野家も指導が行き渡っていないのか。創業以来、吉野家は利用しているけど、最悪の店舗だった。最悪の店舗でも同じ味を提供しているところが、フランチャイズのいいところといえばいいところ。

2007年06月05日

汐留・銀座で第三作へ

 午後6時半、汐留の超高層ビルのレストランで編集長と会食。
『D列車でいこう』の打ち上げ。
 売れ行き絶好調とはいかないようだけれど、年内にもう一冊やりましょう、というたいへんにありがたい話に。
 本ほど中身がわからないままに買う商品というのも珍しい。350ページに文字が埋まっているのは同じでも、読み終わるまでどれほど面白いか、わからないのだ。それでも読者が買うのはたいていの場合、作家のネームバリューというか、過去に読んで面白かったり、だれかが面白いと言っていたりした著者の本、ということになる。
 結局、クチコミにしても、既刊書への評価にしても、作家にとって最大の宣伝は、本を出し続けることしかない。
 というわけで、『D列車でいこう』の売れ行きいまだ定まらぬ段階で、つぎの刊行の話をいただけるのはたいへんな幸福という他はない。

 話が弾むうちに閉店時刻。

「もう一軒行きましょう」
 と、銀座を徘徊して入ったのは、銀座なのに新宿ゴールデン街みたいなバー。それもプログレ(プログレッシブ・ロックの短縮形)専門のロックバー。
 そこでも音楽談義などしていると、いつのまにやら午前1時半ではないか。
 出版社手配のタクシーで優雅に(?)帰宅。
 まだ数字を出していない駆けだし作家に過分の接待である。感謝。
 とりあえず頭を深く垂れる。実りはあとから着いてくる(?)

2007年06月02日

ヒーローショーとホームパーティ

 お昼過ぎ、注文してあったソファが到着。
 これで居間がぐっと居間らしくなった。座り心地も(寝心地も?)いい。

 昼食後、友人がみんとみらいでヒーローショーをやっているという情報が入ったので、散歩がてらカメラを持参して行ってくる。

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(出番だ!)

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(緊張の瞬間)

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(あとはサイン会。ちなみに色紙400円也)

 その後、少し時間があったのでプールで40分ほど水泳。

 夜は、同じマンションの上層階の知人宅に呼ばれてホームパーティ。開港祭の花火こそ前のビルに隠れて見えなかったけれど、アルジェリア系アメリカ人(イスラム教徒なので酒は飲まない)ふたりを含む10余名にて楽しい時間を過ごす。

2007年06月01日

ピアノ復活

 引っ越してからほったらかしに近かったピアノ。
 調律の人に来てもらって復活しました。
「すごくずれてましたねえ」
「はいすいません」
 とつい謝ってしまうほど。
 記録を見たら前回の調律は5年前じゃん。
 さすがに引越で運んだらぜんぜんアカン。
 10分もしないうちに弾くのがいやになる。

 で、調律したら。

 わ、きもちいい。

 僕の演奏自体は気持ちよくないので、自分の口直しでギター弾いて唄ったら、ほんとに気持ちよくなった。(笑)

 家計からいくと調律代は安くはないのだけれど、こころの豊かさは大事だよね。 妻が仕事で出かけて3日ほど居ないので、とりあえずその間、食費を節約しよう。モヤシと豚の小間切れをキムチとまぜて炒めりゃハッピー。
 というわけで、今夜の献立は決まり!(笑)

2007年05月31日

TBSラジオ

 毎日6時30分から放送されているTBSラジオ「森本毅郎のスタンバイ」の木曜日「ブックナビ」のコーナーで『D列車でいこう』が紹介される、と情報が入っていたので、前夜から寝ずに放送時間帯の8時20分まで起きていた。もちろん小説を書きながら。
 約6分ほどにわたって評論家・北上次郎さんが拙著を紹介。
 番組のサイトに書評も掲載されています。
 こちらが作品のこめたものを全面的に評価してもらってうれしい。

 というわけで、ベッドに入ったのは午前11時半。
 起きたのが午後1時半。2時間睡眠。(ま、そういうこともあるさ)
 明日、居間のソファが到着するので、古いソファ(島忠で29800円だった)を粗大ゴミ置き場まで運ぶ。

 午後5時半、家を出て新宿に向かう。
 雨は降っていたが、傘が嫌いなので、傘は持たずに。
 西新宿の「ざうお」で相談にのってもらいつつ飲食。
 この店、店内の生け簀が釣り堀になっていて、そこで自分で釣って料理してもらうという店。
 運よく型のいいシマアジ(4500円)が釣れたのでお作りにしてもらう。骨は唐揚げ。
 安くはないけれど、大きくて3人では食べきれないほどたっぷり刺身が取れたのでお得だった。

 ラジオ番組に反応して、amazon での順位は、放送前4万位くらいだったものが、見ている限りの最高位で950位くらいまであがる。マーケットプレイスの中古も3冊売れたもよう。(新品で買ってくれ~)
 一斉告知の力として、ラジオというのはまだまだ力があるなあ。

2007年05月30日

プール

 妻が外食なので、主夫は手抜き。塩鮭を焼いてご飯焚いて、トマト切って、キムチを出して、おしまい。

 1時間ほどプールで水泳。
 25mずつゆっくり泳いでフォームを矯正。バタアシを強くして泳いだせいか、クロールでも肩が痛まなかった。まずまずの調子。

2007年05月29日

自己嫌悪

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 ずっとパソコンの前に座っているのに、他のことばかりやって少しも小説を書かないまま朝になった。
 今日だけじゃない、引越の前から、この3,4ヶ月、こんな日が多い。その期間、毎日書いていればもう1本書き上がっている。
 情けないなあ、こんな自分。
 八つ当たりに某所に配慮を欠いた文章を書き込んでしまって、さらに自己嫌悪。

 少しずつ小説家の自分を創り上げ、それを維持し続けないとひとつの小説ができあがらない。
 その当たり前のことが当たり前にできない日が続くと、ゆっくりとした絶望がやってくる。


 武井一巳さんが『D列車でいこう』の書評を書いてくださいました。

2007年05月27日

ゆったりした日曜

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 ヨットはおやすみ。家で仕事。
 近所の電気屋へ行って、オーディオ関係の配線材料を買ってきて、ホームインプルーブメント。
 居間の配線が少しすっきりした。

 翌朝まで、コンサルティングの仕事のためのお勉強。

2007年05月26日

ローズガーデン

 GB250 で、港が見える丘公園のローズガーデンへ。
 天気がよくて、たくさんの人が来ていました。

 女装の男性3人がぶりっこポーズでバラを入れて写真を撮りあっている。

 ひとりは、スレンダーで黒縁眼鏡っ子路線、黒のニーソックスにオフホワイトのタイトミニ。それで何度もしゃがむからパンツ丸見え。(おいおい) でも、彼女(?)はトータルコーディネートができています。

 一方、他の二人はドタンとした体型に大口な丸顔に白塗り、茶髪のおかっぱ、淡い花柄のワンピース。正直な気持ちとしては明るい太陽光線の下でお目にかかりたくなかった。(笑) ワンピースが身体に合っていないし、メイクがあまり上手ではないので、「そういう職業」の人ではなくて、週末、家族に内緒で家を出てきているお父さんたちの「趣味の会」だったのかもしれません。3人とも身のこなしが女になっていなかったです。
 
 知り合いにいわゆるオカマの人は何人かいるのですが、彼女(?)たちはみんな女よりも女らしい身のこなしなんだけどなあ。
 でも、この3人、少女のように(?)楽しんでいたようです。

 携帯で撮った写真。

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2007年05月24日

著者近影

 徳間書店からのメールで、NHK-BSの「週刊ブックレビュー」で、『D列車でいこう』が取り上げられることになったらしい。放送予定は6月24日とまだだいぶ先。
 NHKから出版社を通じて「著者近影」のリクエストがきた。毎度ながら、これが困るんだな。

 はたと思いついた。今日、明るいうちに人に会うので、その人に撮ってもらえばいいじゃん。
 というわけで、Canon EOS 20D に 35mm/f2.0 をつけて出かける。
 気に入った自分の写真というのはなかなかないものだけれど、これは気に入ってます。

2007年05月22日

営業の日々

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 午前10時過ぎ起床。今日もいい天気。
 朝食をつくって食べ、事務的なことを少しして、昼過ぎに家を出る。

 徒歩で横浜駅まで。
 東口で、『社長を出せ!』の著者で売れっ子スピーカーの川田茂雄さんとデェト。日本全国を月間15本のペースで講演して歩いている多忙なあいまに、講演旅行先の札幌旭堂書店でお買い上げいただいて『D列車でいこう』を読んでくださったそうで。ありがたい。
『覇権の標的』のときに頂戴した落款に加えて、今回、また少し小振りのものを戴いてしまう。ペーペーの作家には立派すぎる落款だけれど、それに見合った「ひとかどのものに早くなれ」との励ましと受け止めて、ありがたく頂戴する。
 ひとしきり四方山話。
 この年になると、周りが自分よりも年下になってきているので、いろいろな年長の人とゆっくり話をする機会は貴重。

 駅で別れると、そこから先は書店営業モード。
 ダイヤモンド地下街の有隣堂はミステリーの棚に平積だけど、前の本のポップに隠れて商品が全然見えない。これでは絶対に売れない。棚の主任さんがお休みということで、担当のIさんに名刺とポップを預けて、場所の移動をお願いする。(結果はどうなりますか)
 ルミネの有隣堂は担当のTさんと名刺交換。飛び込み営業というのは、なんといってもドキドキするわけで、笑顔で応対してもらってほっとする。
 ポルタの丸善は「面だし」。火曜金曜は文芸担当の人がお休みということで、やはり名刺とポップを置いて挨拶のみ。
 そごうの紀伊國屋書店は、男性作家棚の平積。担当Fさん会議中。ここも名刺とポップを置いただけ。
 アポなしの飛び込みなので、書店の忙しい時間を避けて行くようにしているのだけれど、空いている曜日や時間だと休みだったり会議だったりと、なかなかうまくいかないものだ。とはいえ、営業というのはそういうもので、百発百中、思った通りいかなくて当たり前。会社員時代は営業部隊を指揮していたこともあるので、そのあたりは百も承知。
 
 と、横浜駅近くの大型店を4軒まわったところで、高島町の整形外科へ。
 右肩の関節がひっかかるので見てもらう。
 レントゲンで骨と関節には異常なし。薬と湿布をもらって帰る。

 事務的なことをいろいろやって、40分ほどジョギングとストレッチ。
 鉄道マニアなアイドル・木村裕子ちゃんに『D列車でいこう』紹介のメールを書いたり、その他、鉄道マニアの人のサイト管理者に紹介メールを書いたり。

2007年05月21日

動物自由化楽団

 おかげで、今日は朝型です。
 午後になって、やっとシャワーを浴びてさっぱりして、Napster につないで、たまたまみつけたALOというバンドの "Roses and Clover" というアルバムを聴く。

 力の抜けたいいバンドだなあ。
 レコーディングもシンプルで楽器の音がそのまま出ています。だから単純なのにビビッドで、自分がバンドで演奏しているときに聴いている音に近いです。

(すみません、僕はローリングストーンズを聴きに行っても、舞台を背にして観客席を見て、自分が演奏している気分にひたるし、クラシックの演奏会では指揮者になったつもりで聴いていたりします)

 日本ではこういうバンドはデビューしにくいなあ。日本人のセンスでいうところの「売り」がないのです。でも、すごくいいわけ。
 
 拙著『D列車でいこう』で出てくるバンドコンテストの優勝者の演奏が実はこういうイメージです。

 ALOってなんだろうと調べてみたら "Animal Liberation Orchestra" だそうで。
 僕は今日初めて知ったのですが、このバンド有名なんでしょうか。

2007年05月20日

ヨットレース緒戦

 今年のヨットレース緒戦。
 ベイサイドマリーナヨットクラブと同じ海面同時スタートで、順位はそれぞれのクラブ毎につける、ということで30艇の同時スタートは、久々に血がたぎりましたね。
 はコース選択がまずくて風の弱い海面を選んでしまい、クラブ内順位で13艇中10位、とふるいませんでしたが、ふだんダラダラ走っているところを真剣に走るので、これがたいへんに面白いのです。
 後半の追い風になってから、ちょうど前に「抜き頃の艇」がいたので、微風のなか集中力を切らさずに(ヨットレースではこういう言い方はしないのだけど)テイルツーノーズからスリップストリームを利用して追い抜くとでもいうような展開になりました。(この間、約30分その状態がつづく)
 そのあいだ、ずっとセイルを見つづけて(周囲の海すらもほとんど見ない)ロープを引いたり出したりしっぱなしだったので、疲労困憊。シャワーを浴びて日焼け止めを落とすこともせず、用事を済ませたら早寝。

2007年05月19日

臨港パーク

 天気に誘われて、妻が散歩に出ようという。
 ならば、と、スポーツクラブへ行く予定を変更して、臨港パークへ。
 土曜日だというのに、臨港パークはそれほど混んでいない。
 「ふれあい**」と書かれた休憩所、つまり障害者の雇用で軽食喫茶を提供する店になっているところで、オムライス(550円)を食べる。

 帰宅後、妻は買い物へ、僕は改めてスポーツクラブへ。
 筋トレを始めてすぐに気づいた。明日はヨットレースだった。筋肉を目一杯使ってしまうと、レースで必要な筋力が出せない。
 というわけで、軽く適当に済ませて帰宅。

2007年05月18日

書店営業と妻の誕生祝い

 エッセイの〆切が過ぎていると気づいたのは未明だった。
 100回以上続いている連載に穴を空けてしまうわけにはいかない。
 近ごろ、人と会わないので予定表を見る習慣が無くなっていた。

 というわけで、ちょっと緩んでいた執筆の褌を、急遽、締め直す。
 原稿を書き上げて推敲を終え、メールで送り終わったのが午前9時前。
 とりあえず3時間眠る。
 起きて出かけようとするところへ amazon から本が届く、おかげで電車を1本逃す。最短でいつ届くのか試しに予約を入れておいた自著『D列車でいこう』なので文句は言えない。

 渋谷までの列車内で少し睡眠時間を取り戻す。なんと5月に入って電車に乗るのは2度目。ヨットに乗った回数の方が断然多い。(笑)
 午後2時過ぎ、神宮前のD社へ。
 デビュー作『覇権の標的』を出してもらった編集者に新刊を持参して挨拶。

 終了後、近くで、もう一件、ミーティング。

 渋谷駅までもどって、書店営業。
 文教堂の文芸担当Aさんに挨拶をしてポップをわたす。
 ブックファーストの文芸担当Sさんに挨拶してポップを差し出すと。ポップと、別のカードにサインをしてくれと頼まれ、もちろん快くサイン。地下の鉄道趣味の棚にも並べてもらうようにそちらにもポップをわたしてお願いする。
 紀伊國屋もまわりたかったが時間がなくなったのでまた今度。

 夜は、横浜駅から少し離れたイタリアンレストラン 'O Pulecenella で妻の○○回目の誕生祝い。
 イタリア料理にしては繊細で、こんなきれいなイタリア料理はイタリアにはないだろう。むしろヌーベル・クイジーヌという感じ。ピザは純正ナポリ風、いわゆる Vera Pizza だ。
 
 早々に『D列車でいこう』を読んでくださった読者から、感想が届き始める。ありがたい。

2007年05月17日

墓参り

 夜来の雨が、一時は熱帯のスコールのように降った、
 そんな雨が上がって、日野までバイクで父の墓参りに行くことにした。

 本当のところは知らないけれど、自分の勝手な理解では、仏教の思想で遺骨自体に魂が宿っているわけではないので、理論上は、墓参りに意味はないのだと理解している。
 そもそも成仏しているのなら仏になっているわけだから、俗の世界にあった骨とは無縁の存在だよね。

 というわけで、墓参りに行くとしたら死者の魂の問題ではなく、残された人間の心の都合なのだ。
 で、ちょっと執筆に集中力が出ない期間が続いていたので、「新刊が出ました」と報告がてら(別に仏に報告するのに墓へ行く必要はないのだけど)、「おい大樹、真面目に小説を書かなくちゃだめじゃないか」と叱ってもらいたい気分だったのだ。
 共同墓地に着くと、年配の女性がひとりお参りに来ていた。
 人々が並べた花がおよそ30ほどあり、その女性が焚いた線香の香りが雨上がりの丘の頂上にある墓碑に漂う。
 僕は、いちばん隅っこに『D列車でいこう』を向こう向きに置いて手を合わせた。
「いい天気になりましたね」
 なんて、お隣さんと雑談をして墓地を後にする。
(『D列車でいこう』はもちろん回収して帰ったのはいうまでもない)

 あとはプールで30分ほど泳いでから夕食。
 しまった、エッセイの〆切だ。

2007年05月16日

ボランティアの仕事

 午後0時半起床。
 とにかく洗濯を仕掛けて、各所にメールを出しつつ、午後3時、桜木町の「支援センター」へ。
 所属しているボランティアの仕事。内容は300人の会員への郵便物の送付。つまり、6種類の書類を封筒に詰めてノリで封を閉じる仕事。
 こういう機械的な単純作業はたまにやると意外と楽しいのだ。

 本日送付の案内メールで当サイトをご訪問のみなさま、不躾なメールで失礼いたしました。ご訪問、謹んでお礼申し上げます。

 暗くなってから赤レンガ倉庫までジョギング。
 帰宅後、夕食。
 案内ハガキの切手貼りもしなくては。

2007年05月14日

朝は何処へ行った?

 前夜、夜になって『D列車でいこう』の宣伝ハガキの印刷。
 メールでお知らせするリストの整備などをしていたら、なんだかんだで朝8時までかかってしまって、起きたのが午後2時。

 Where has all my morning gone ?

 amazon でも予約がはじまったようなので、試しに自分で注文してみる。数字に変化があるとつい試してみたくなる理科系心。

2007年05月13日

母の日

 起きてまずスーパーへ買い物。その間に妻は家の掃除。
 これって、ふつうの家庭と分担が逆のような気もするが、我が家の場合、どちらもあり。
 母の日なので、一人暮らしの母を新居に呼んで手料理をご馳走する(というほどのものでもないが)

 ほんとうは義父母にも何かしたいのだけど、まずは、ひとりぐらしでいつも一人で食事をしている母から先に。妻の両親はふたりとも健在なので、家具が入って居間がきれいになってからにするつもり。

 が、しかし、手ぶらでは帰さない。(笑)
『D列車で行こう』の宣伝ハガキなどを持って帰ってもらって、本を読みそうな人に送ってもらうように頼む。

 amazon でも、予約受付がはじまりました。

2007年05月12日

見本と契約書

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 スポーツクラブへ出かけているあいだに、『D列車でいこう』の著者用見本10冊と出版契約書が届いていた。
 思ったよりも初版部数が多くてありがたい。

 夜は、営業用の宣伝材料の製作。
 なじみの飲み屋に貼ってもらうA4大のポスター、そのまま書店にもっていって店員さんに聞きやすく在庫がない場合でも書店員さんが注文をしやすい名刺大のフライヤー、切手を貼って出してもらえるハガキ大のフライヤー、自分で出すハガキ大の転居通知を兼ねた新住所入りフライヤー、などを用意する。

2007年05月11日

強すぎる風

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 風を楽しむつもりが、風、吹きすぎ。
 17年ぶりにバイクで走る第三京浜では強風でしばしばまっすぐ走れない。

 天気に誘われて都内へ行ってみました。
 休憩の時間を含めて往復2時間ほどのミニツアー。

 携帯のカメラだとレンズが曇っていてクロスフィルターをつけたように(デイビッド・ハミルトンのようなソフトフォーカスともいう)バイクが輝くのできれいに見えます。
(意外に発色はいいですね、この携帯電話)

2007年05月10日

エンジンをかける

 家にいるとスタートがかからないので、近所のコーヒーショップへ出かけて次作の準備。
 バッテリーがなくなったところで帰宅して、午後5時、夕方の特売を狙って車で少し離れたスーパーへ。
 スポーツクラブで筋トレ。午後10時前に帰宅して、夕食のサラダをつくる。
 入浴を済ませて、翌午前4時から執筆。

2007年05月09日

靴下探しの旅

 少し前、足にマメができそうになった。珍しいことだ。
 僕はわりとたくさん歩くので、予算の許す範囲で靴には少しこだわっている。だから、マメができるというのは普通じゃないのだ。
 で、環境を見直してみると、靴下が緩いことに気づいた。
 カラー展開がたくさんあって楽しいので、ユニクロのソックスを愛用しているのだけれど、少し前からメンズのサイズが25-27cmになっている。
 靴のサイズは24.5cmなので、微妙に靴下が大きいのだ。
 そう思って探してみると、Right On も同じサイズ展開だし、いろいろなところで、いつのまにか従来よりも大きなサイズになっている。少し前までは、24-26cmというサイズがふつうだった。靴下というのは、どちらかというと小は大を兼ねるのだけど、大きめだと靴の中で余ってしまう。何となく最近、靴を脱ぐときに靴下が脱げるなあと思っていたらそういうことだったのだ。
 というわけで、今日こそはと、靴下探しの旅(笑)に出た。
 ユニクロはレディースがあまりない。無印良品に少しあったので、レディースのところで無地のものを試しに買う。これは23-25cm。メンズも一応、サイズが複数在ったけれど、気に入ったものがない。コナカもだめ。
 横浜駅まで出て、高島屋を見る。
 ブランドの柄物には若干サイズがあるけど、どうもしっくり来ないし、基本はやはり25-27cmになっている。日本人が大足化して、僕は取り残されてしまったようだ。(実はスニーカー類も25cm以上から始まるモデルが多くて若干苦労している)
 西口のダイエーにはあるだろうと思ったらやっぱりあった。
 とりあえずショートソックスとふつうのやつと6足買ってみた。
 スニーカーもそうだけど、こういう苦労をするといつも思うのだ。どんな大足の大人も成長の過程で24cmを通過するわけで、子どもたちはどうしているんだろう。子供や女性も含めれば27cmよりも24.5cmの方が需要は多いと思うんだけどなあ。

2007年05月08日

散歩と焼鳥

 少しずつ、小説モードに切り替えようとしている。
 いつもは通らない場所を散歩。
 野毛の焼鳥屋で、知らない人とプロ野球の話。
 あまりたくさんは飲まないで、ふだんしないことをして、日常から小説世界へもどる準備。

 Cover Gallery 4 を追加しました。 (携帯ではご覧いただけません)

2007年05月07日

ひとりで勝手に「みどりの日」

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 突然、緑が見たくなってバイクで、掃部山(かもんやま)公園へ行ってきた。
 4月29日だと思っていた「みどりの日」がいつのまにやら5月4日に変わっていて、29日が「昭和の日」になっている。

 この公園に初めて行ったのは2002年の4月。
 ワールドカップのボランティアのサッカーチームのお花見。
 まだワールドカップがはじまる前に、ボランティアはサッカーチーム作ってお花見してた。
 このときのことは拙著『ワールドカップは終わらない』にも書いてありますけれど。

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 この公園には井伊掃部頭直弼(いいかもんのかみなおすけ)の銅像が立っています。
 井伊直弼といえば「桜田門外の変」ですが、NHKの大河ドラマ「花の生涯」が印象に残っている。

2007年05月06日

雨の連休最終日

 自由業なので、会社員の時ほどゴールデンウィークがどうということはないのだけれど、ヨットはチームスポーツなので、クルージングはこの時期。それに妻の休みの関係で新居のホームインプルーブメント関係、というわけで、今年はけっこう連休らしく暮らした11日間でした。
 今日は雨降りで、みなとみらいもそれほど混んではいません。

 さあて、3作目を早く仕上げてしまわないと。

 スポーツクラブが日曜は19時までなので、ちょいとプールだけ。
 クィーンズスクエアへ行ったら、そのまえ3日間海にいたせいか、一番近くを歩いている人でも3メートル以上離れているというのに、建物全体が人間くさい。動物の匂いがするのだ。いつもはそんなことはないのに、犬になったみたい。(笑)

2007年05月05日

クルージング第3日

 午前7時起床。
「ばんやの湯」の食堂でさしみ定食。830円。
 生卵、納豆、アジの開き、海苔、刺身3種、味噌汁、ごはん。
 朝からしっかり食べちゃった。
 9時15分出航。横浜のホームポートへ。
 ちょうどいい追い風で快走。
 午後1時過ぎ、帰着。
 キャビンのクッションや寝袋の虫干し。ライフジャケットを洗って乾かしたり。
 2泊3日全食事宿泊費交通費お風呂代込みで、ひとり10500円。一番高かったのは、三崎の「海舟」でたらふく食った4000円。他の遊びがバカバカしくなるほど、安い娯楽だ~。

2007年05月04日

クルージング第2日

前夜2時まで話し込んでいたので起きたのは8時。ヨット暮らしとしてはお寝坊さん。
 内房総保田へ向かう。
 はじめは無風。少し強くなり縮帆、途中から順風でフルメインにして自動操舵装置に切り替える。
 潜水艦を発見。
 ぎりぎりだが互いに衝突はしないと見切っていたので、行き交うときにはわずか3艇身の距離だったが、どちらも速度針路を保ったまま平然と行き交う。

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 浮上航行中の潜水艦はスクリュウが浅くて、船首からはまったく波は立たないが、船尾からは水柱を上げて走っている。通り過ぎると泡を巻き込まれた千葉の海が沖縄の海のように明るい青に変わっている。
 衛星から見ていたら、この特徴的な曳き波(?)ですぐに位置を発見されてしまいそうだ。
 保田に近づくとどんどん風速が上がり、12mかもしかしたら15mになった。セールを降ろしに船首(バウ)に出たらびしょ濡れ。
 潜水艦、無風からどん吹きと、変化に富んだ楽しいセーリングでした。
 午後2時過ぎ、保田漁港に入港。

2007年05月03日

クルージング第1日

 2時間ほど睡眠を摂って午前7時過ぎ起床。
 午前8時40分、ヨットハーバー。
 午前9時30分、出航。
 いい風が吹いているのだが、真向かいなので、半分以上、機帆走。
 午後4時前、三崎港に入港。
 夕食は、同じハーバーの船のグループといっしょに「海舟」でマグロ三昧。
 女性クルー2名は終バスで離脱。

2007年05月02日

ヨットハーバーでバイク洗車

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 明日からヨットでクルージングに出るので、船の中の食料在庫を確認しようとバイクで出かける。

 あちゃ、ハーバーは定休日で休みじゃないか。
 そうとしっていれば、船の鍵を家からもってきたのだが、事務所に鍵を預けてあるので、ふだんはもってこないのだ。

 というわけで、船に入れないので、船の前でバイクの洗車。
 まあ、やりたいことではあったので、よかったことにしよう。

2007年04月30日

帰ってきたクラブマン

 引越直前の3月頭、旧居から運び出されていった愛車 GB250 Clubman 。
 2ヶ月を経て、メンテナンス終了とのこと。

 預けてあった小田原のメカニックのところまで、JR東海道線で。

 自分のバイクに、久しぶりに太陽の下で対面しましたよ。
 20年前に購入し、17年前に旧居に引っ越して地下の自転車置き場に入れたまま、そこからは一度も外へ出なかったバイク。太陽の光で見たそれは、たしかに見慣れた自分の愛車であり、と、同時に、17年の月日も感じるわけで。
 17年ぶりに乗るバイクは緊張の連続だったけれど、機能部分は完璧なチェックとメンテナンスを受けて、エンジンも、クラッチも、ブレーキも、快調そのもの。
 小田原から海沿いへ出て、茅ヶ崎で給油。
 降りて、自分のバイクから離れて振り返ったときに、そこにいる愛車を見るのが好き。
 というわけで、ガソリンスタンドで缶コーヒーを飲んで、窓の外の愛車を見たりして(笑)。

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 約60Kmの距離を緊張しながら帰ってきました。
 Welcome back, my moto!
 メカは完璧なので、次は外観。すこしずつ錆を落として磨いてやりましょう。
 まだ20歳の生意気な小娘なんだから、くすませておいちゃあいけないや。

2007年04月28日

執念の床屋

 というわけで、昨日は床屋に行きそびれた。
 本日午後4時に予約を入れてある。
 自宅から歩いて20分。旧住所の向かい。
 午後3時30分、家を出る。
 ポツっ、と思ったが早いか、一天にわかにかき曇り、雨風さかんに吹きつけ始めたではないか。
 踵{きびす}を返して部屋ni
もどって電話。
「予約してあったのですが、急用ができて行けなくなったので、キャンセルさせてください」
 神様、ゴメンなさい。嘘をつきました。でも、昨日だっていったのにやってもらえなかったんだからして。
 午後4時30分、風雨が去る。寒冷前線が通過したのは明らかで気温が3度か5度は下がっている。
「5時か5時半で予約できますか」
「5時半は先約が入ってだめですが5時なら」
「じゃあ、5時にお願いします」
 というわけで、トコトコあるいて床屋に定刻到着。
「用事は済んだんですか」「ええ」
 僕の用事は急にやってきて、勝手に去っていったのだ。

2007年04月27日

バーバーがパーでバー

 床屋にいきたくなって散歩がてら家を出る。
 もと住んでいたところに引越直前にできた床屋(僕が客第一号だった)の扉を押すと、予約でいっぱいだという。次に入れられる予約は午後7時。
 あと1時間だから待っていようと思ったが、前にやってくれた店主もいないし、スタッフがあまりやりたくなさそうなので、やめて外へ出た。
 隣は、こちらも引越直前にオープンしたバー「ボッパーズ」。
 オーナーは近くの別の店の従業員だったので、そのころから知っている。
 というわけで、せっかく久しぶりに来たのだからと立ち寄る。
 Barber にいくつもりが Bar に行ってしまって、散歩ついでの散髪のつもりがつい散財。
 ま、いっか。

2007年04月26日

昭和の贅沢

 朝、バイク用のブーツを発見。
 いまメンテナンス中のバイクを買ったときに、それまでのロングブーツを処分して買い換えたショートブーツだ。買ったのは20年前だけど、ツーリングにしか使っていないので、5回かそこらしか履いていない。新品同様。ベランダで風を通しました。
 実は、自分の中で前のロングブーツ(弟からもらった)のイメージが強くて、このブーツをもっていることはすっかり忘れていた。見つかったときはすごく得をした気分。

 やはり弟から譲り受けた皮のツナギはすでに部屋にぶら下げてある。多分、まだ着られる。これは僕がセカンドオーナーになってからすでに22年くらい経っている。

 昨日、店から電話があって、取り寄せてもらっていたヘルメットが本日入荷、ということで、車で取りに行ってくる。
 帰りに港北ニュータウンの吉野家で牛丼。いやあ、ひさしぶりに食べたら、すごく美味しかった。
 もっと貧乏になっても、ときどき吉野家の牛丼が食べられればそれ以上の贅沢ができなくても生きていけるような気がする。吉野家さん、僕に勇気を与えてくれてありがとう。

 帰宅して、引越の片づけを少ししたら、ついにタンクバッグを発見。これも22年以上前に買ったもの。
 地図を入れるところのビニールがけっこう硬くなっているけど、使えるような感じ。ちなみに、コインケースに430円入っていた。ラッキー。
 中に入っていたビニールのカッパはさすがにベタベタになっていたので処分。(当時の値段で1980円のシールが貼ってあった)
 とりあえずホームセンターで2980円で、そこそこのものを買うことができるのは確認済み。
 パンク修理剤は昭和64年に期限切れ。処分。
 少し前に見つけたサイドバッグ(昔流行った U.S.Army の安物)も洗って干しておいたんだけど、かなり黴くさい。泊まりがけでツーリングに行かなければあまりいらないから捨ててしまうか。

 というわけで、用品がそろってきた。
 買うとしたらブーツの防水カバーくらいか。
 実はブーツカバーは買ったことがなくて、かつては雨が降ったらスーパーのビニール袋を履いてゴムバンドで止めていた。そのままではギアチェンジのところが当たって破けるのでガムテープで補強する。それで半日は使えた。

 飯は牛丼でいいけど、久々に「バイクに乗るという贅沢」をするのだ。

 妻が外食だとメールが入ったので、プールに泳ぎに行く。
 150mx3本と、水中ウォーキング。

 夜中になって、冷えてきた。
 地域冷暖房で、エアコンはまさに今日から暖房でなく冷房に切り替わっている。フリースの膝掛けをして、懐炉を点す。昭和にもどったみたいでいいな。そういえば、まもなくレストアからもどってくるバイクは昭和のバイクだ。
 山田詠美を読んでいる。

2007年04月24日

ヘルメットを注文

 予定では推理作家協会のソフトボール同好会に参加して、神宮外苑でソフトボールを4時間やるはずだったんだけど、連日の睡眠不足がたたって、体調不十分。
 というわけで、おやすみにして、代わりに港北のバイク用品ショップへヘルメットを買いに行く。
 20年ぶりに訪れるバイク屋さんは、まるで遊園地。
 2時間近く、何を見るでもなくただ居ました。
 で、値段と色が気に入ったヘルメット、サイズがなくてお取り寄せ。
 帰りに家から少し離れた徒歩では行けないスーパーに寄る。

 推理作家協会の面々は信濃町の居酒屋「ジョン万次郎」で飲んでいるはずだが、本日の我が家の夕食は、筍の炊いたん、別に茹でたふきの炊いたん、筍姫皮の刺身、春野菜の天ぷら(サラダエンドウ、キヌサヤ、それにタラの芽)、そして筍ご飯。

2007年04月22日

筍騒動 ふたたび

 10mからピークで15mというかなりの強風の中、ヨット教室の生徒4人(うちの生徒は一人なんだけど他の艇が出艇しないので臨時に引き受けた)を乗せて7人で2時間ほどセーリング。

 クラブハウスで昼食。
 夕方、帰宅してみると、またしても松阪から宅配便が。

 筍7本、他、キヌサヤ、タラの芽などなど。
 夕食の支度も後回しに、タケノコ茹で開始。
 ああ、今夜も夜更かし。

 4月は2日ほど、仕事ができないことをあらかじめ覚悟しておかなくては。
 やれやれ。
 といいながら、喜んでいる。(笑)

2007年04月21日

ラブホテル街のライブハウス

 高校時代からの音楽仲間であり、クラスメイトでもあったコピーライターIさんのライブへ。
 場所は渋谷のラブホテル街の真っ只中にあるライブハウス。
 引越して以来、ほとんど都内に出ていなかったところ、よりによって大混雑の渋谷へ出て、人の波にうまく乗れない。歩道が混んでいて歩くのが苦痛なので車道を歩いたら快適。
 アマチュアのライブはオヤジパワー全開で、4つの出演バンドのうち3つがオヤジバンドである。
 まもなく発売の拙著『D列車でいこう』でも、バンドコンテストに優勝するのはオヤジバンドという設定になっていたりして。
 現地で合流した人妻スタイリストのFさんとラブホテル街を通り抜けて(笑)居酒屋探し。
 土曜の夜8時の渋谷はどこもいっぱい。30分近くかかってやっと落ち着き先が決まったところで、Iさんベストタイミングの合流。終電近くまで3人で昔話をしながら飲む。

町田立てこもり

 立てこもり突入は午前3時から4時というのがセオリーなので、おそらく突入すると思っていましたが、やはり、セオリーどおりの時刻に実行したようです。

 テレビ中継を見ていると警官の配置がわかってしまうのだけど、おそらくだいぶ前から外から電源を切っていたのでしょう。
 それでもワンセグ携帯であればテレビが見えますが、説得工作を携帯で長時間やることで、電池を消耗させたのだろうと推測されます。(何時間通話すれば電池がなくなるかはわかっていますから)
 当然、説得工作をしながら、予備の電池をもっているかどうかも会話の中から探り出している。
 なんとなく、やりとりが目に浮かびます。

2007年04月20日

資料映像

 仕事のために録画してあったテレビ番組を見る。

2007年04月19日

家具屋からダッシュでプールサイド

 ゲラを提出したので一呼吸。(というほどでもないけど)
 昨夜、心を気持ちよく解き放ったからか、9時間、快眠して目覚める。

 ワールドポーターズのOKEY(ムラウチ)で寝室のチェストを発注。これでまた段ボールを減らすことができるのだが、特注でゴールデンウィークを挟むので、納入が5月25日とのこと。つまり、少なくともあと一ヶ月、我が家は片づかないということか。やれやれ。
 1階のスーパーで食料品を買って帰宅。
 午後7時過ぎ、スポーツクラブへ出かけようとあわてて帰宅すると編集者から留守番電話が入っていた。ちょっとした問題。小一時間、メールの返事を書いたりして、出かけるのが8時過ぎに。
 プールサイドに立ったのが午後8時35分。空いている。
 ちかごろのスポーツクラブは高齢者が中心なので、平日の昼間がけっこう混んでいて、平日夜間や土曜の昼は、空いているみたい。
 ダイエットブームは続いているはずなのに、若い女性はあまり運動していないようだ。
 ほんとうに必要な地道な努力をする人が減っていて、「寝ているだけで痩せる」とか「お腹に巻いているだけで痩せる」とかそういうのが受けていると考えるのは飛躍のしすぎ?
 そもそも、寝ているだけで痩せよう、などという怠惰な心のありようが肥満の原因だと思う。常に、努力を惜しまない人が、内も外も、美しさを保つことができるのだと思うんだけどね。

2007年04月18日

おい、寒いじゃないか

 前夜から、『D列車でいこう』再校のゲラチェック。
 夕方には出かける予定がはいっているし、約束の戻しの日でもある。
 朝8時、完成していないけれどほぼ目途がついたところで、大リーグ松坂の登板試合をみながらソファで横になった。案の定、目が覚めたときには松坂の登板は終わっていた。たぶん2回までは見ていたはずだが。(笑)
 2時間ほど寝たので、ゲラチェックの追い込み。
 午後4時、宅配便で出版者宛に発送。

 さて、いよいよ出かけるのだが、本日、最高気温11度。
 もうコートしまっちゃったよ。
 寒いが、サッカーの時に合間にグランドで着るために残しておいた薄っぺらコートを羽織って気合いで出かける。横浜市内で、久々に飲む。かつて最寄り駅だった横浜駅のホームに立つこと自体久しぶりだった。
 楽しい時間を過ごして帰宅。

2007年04月16日

太極拳と鮎川哲也賞

 明け方にかけて事務的なこと。電気料金のクレジットカード払いの書類とか、文筆業でないお仕事の契約書とか、住所変更の書類とか。

 午後、スポーツクラブで太極拳。違う先生に習うのは新鮮。
 あとは筋トレをやってシャワーを浴びずに帰宅。フルコースにするとどうしても時間がかかってしまうので、せっかく家から近いのだから、気軽にやりたいことをちょこちょことやるという利用法も実践してみる。
 
 テレビ番組をきっかけに日本の外交について考え事。

 ネットにつないだら、朗報が入っていた。
 1990年代初頭から僕の「小説家志望仲間」であった山口芳宏さんのところに、鮎川哲也賞受賞の連絡が入ったとのこと。

 ボストンの松坂が、レッドソックス入団の折、「夢とはかなわないもの、かなえるものだから目標というべきだ」という意味の言葉を記者会見で述べていた。
 何百分の一、何千分の一というなかで選ばれるものにとって、目標に届く、唯一の方法は、そのために力を尽くすこと、そして、それを途中でやめないこと。
 言葉にするとシンプルだけれど、それがどれだけたいへんなことかは、やってみた人でないとわからない。
 山口さんの受賞について、そんなことを思ったら、ちょっと涙ぐんでしまった。

 そんな、人のことはともかく、自分の目の前の草を刈ろう。
 まずは『D列車でいこう』の再校チェック。

 新しくエッセイをアップしました。

 鮎川哲也賞の発表は こちら

2007年04月15日

ヨット

 ヨットハーバーへ。
 本日はメンバー6人。
 サングラスを買いたいという女性クルーの希望で、横浜ベイサイドマリーナへ。
 女王様はヨットでお買い物へいらっしゃる。(笑)
 ビジターバースに繋留して、昼食はおでん。

 午前中は風があまりなかったが、午後はちょうどいい風になり、#1ゼノア+フルメインで7ノット。
 久々の出艇だったけれど、ヨットはいつも楽しい。

2007年04月14日

夏日!

 午前中、宅配便で『D列車でいこう』の再校が届く。

 横浜は最高気温が25度。
 午後、スポーツクラブへ行くのに半袖ポロシャツ一枚!

 意外にも土曜日の昼間のプールは空いていた。
 年齢層は依然として高く、平日よりも若い人がいるけれど、それでもほとんどは年配の人。
 フィットネス産業は完全に50代以上が中心のマーケットのようだ。
 20代はほとんどいない。30代-40代は男性中心。60代については昼は女性がけっこう多いようだ。

 午後4時過ぎから近くの家具屋を何軒かまわる。
 夕食は大戸屋。
 

2007年04月13日

ひとり時差ボケ

「松坂シフト」でむりやり朝型に変更したせいで、前日午後9時には強烈な眠気に襲われてベッドに倒れ込んだ。その結果、起きたのは翌午前1時過ぎ。超朝型。
 まあ、眠くないときは無理に寝ることもないやと、そのまま起きてしまう。
 
 こまごまとしたことをやっているうちに、午後1時、またもや強烈な眠気。眠いときは眠るに限る、と昼寝したら、起きたのが午後4時。なんだか身体が昼だか夜だかわからないようだ。
 起きると、胸とか太股とかに筋肉がついた感じ。
 先週から運動を始めた効果で「寝る子は育つ」状態か。どうやら寝るとオッサンも育つらしい。
 
 さて、日曜日には久々にヨットなので朝型でなければならないのだけど、昼寝をしてしまったせいで、連載エッセイが書けていない。どうも頭も身体も目覚めていない。
 仕方なく午前0時少し前にジョギングに出る。
 赤レンガパークまで走って、そこでストレッチ。金曜日だ、当然、まわりはカップルばかり。
 水際はカップルがカモメの水兵さんのように点々と並んでいるので、水面までの広い場所のど真ん中でうんこらしょとストレッチをしていると、ぽつぽつと雨の予兆。
 そこですぐに帰ればよかったのだけれどそこそこにしっかりやったと思って帰路についたとたんに豪雨になる。家に着いたら濡れ鼠。
 まあ、これも人生。(というか、濡れるのはあまり嫌いじゃない。どちらかというと傘を差す方が嫌い)

 エッセイができあがったのが午前6時。
 ベッドに入ったのは午前8時半。午前中に『D列車でいこう』のゲラが到着するはずだし、いよいよ朝型をキープしなければならないので、10時に目覚ましをかけて眠くないけどベッドイン。

2007年04月12日

松坂シフトで突然朝型

 ながらく生活リズムが夜型になっていた。
 12日午前8時からマリナーズ対レッドソックスの試合の中継があるというので、急遽、朝型に変更。
 前日、午前2時に睡眠導入剤を飲んでベッドに入り、午前6時半、起床。
 8時前からメジャーリーグをテレビ観戦。
 イチロー対松坂はさながら武蔵対小次郎。お互いに偉大な選手としてのリスペクトをもちつつ真剣に勝つために集中していた。一流っていいなあ。僕も彼らのような努力と集中力をもち結果を出せる一流の人間でいたい。
 ゲーム全体も緊張感のあるいい試合だった。楽しかった。

 ピアノを運び込んだ部屋(本来はストレージルーム)を片づけて、壁面に旧居で使っていたカーテンを張る。ほぼピアノと部屋が同じサイズ(笑)なので、音が籠もって耳にキンキンするので、吸音材の代わり。
 3面に合計5枚を張ったら、強く弾いても耳が辛いような高音の共鳴はなくなった。
 チューニングはボロボロなので、落ち着いたところで、調律を頼まなくては。
 
 午後9時、猛烈に眠くなって歯を磨くこともできずに就寝。まるで年寄りみたい。

2007年04月10日

カラダが小説家でなくなってる

 少し前にやっと画鋲がでてきたので、カレンダーを仕事場の壁にピンナップした。
 なんと、2月のままだった。一ヶ月以上、引越モードでいたわけだ。

 2月の終わりから引越モードに入り、3月7日に新居に搬入。8日に旧居撤収。
 そのあと、220個の段ボールと格闘する毎日で、現在やっと残り40個を切った。
 段ボールを開くには収納場所が決まらなくてはならないし、時にはそのために家具を選ぶためにいろいろな店を見に行ったり買いに行かなくてはならなかったり、折悪しく電気製品が壊れて買い直しのために機種選定や価格調査をしなければならなかったり。
 しかも手作業というのは、やればやるだけ少しずつ進み、小さな達成感があるものだから、できあがるまで雲を掴むような作業を続ける小説の執筆と対極にあって、どうも引越モードでいると執筆がはかどらない。
 やれやれ、今年4作上梓の目標はいきなり3月からピンチである。
 
 とりあえず、引越作業をしているあいだに腰痛でカラダのキレが悪い状態になり、これを改善できるかどうか確認しておかないとという感じで、リハビリに通ってみたり、スポーツクラブに通い始めてみたり。
 数日通ううちに改善の兆しが見えてきたので、このまま第一優先で少し運動を続けてみようと思う。

 午後、佐川急便でヨドバシカメラから照明器具が届く。
 居間の天井灯がやっとついた。(つくりつけのダウンライトはあったのだけれど、明るくすると60Wのクリプトン球8個で合計480ワットというすさまじく地球に優しくないスペックで、しかも調光器がついているものだから、チューブを蛍光灯に替えることもままならなかった) これで、4段調光で最大でも86ワットにエネルギー削減。
 
 そろそろカラダを小説家にきちんと切り替えていかなくては。

2007年04月09日

エアロビクス

 午後一番でまた職人さんがきて、床のワックスのかけ直し3箇所。
 意外に時間がかかって家を出るのが遅れ、楽しみにしていたスポーツクラブの太極拳のクラスに5分差で間に合わず。

 しかたがないので、ストレッチを念入りに30分ほどやり、30分走り、30分筋トレをやり、馬の鞍のような動きをする機械に15分乗ってから、午後6時20分からのエアロビクスの初級クラスに参加。
 たっぷり汗をかいて入浴して帰宅。

 いつものように夜半から仕事。

2007年04月07日

筋肉を休める

 明日はフットサルなので、筋肉を休めるため、スポーツクラブはお休み。(三日坊主じゃないんだぃ!)
 夕方、車でコットンマムへ買い物にいくが、いいものがなかったり高かったり。
 しかたなくポートサイドの生鮮館へも立ち寄って買い足す。

2007年04月06日

3日連続スポーツクラブ

 前夜から起きて、松坂のデビュー戦を生放送で観る。
 緊張感のあるいいゲームを彼が作っている。プロ中のプロだ。

 昼前、起きるとさらに腰は軽くなってきている。
 午後一番、メンテナンスの職人さんがきて、すきまの空いているキッチンのコーキングのやり直し。
 終了後、スポーツクラブへ。
 最初の二日はプールの利用だったけど、今日はマシンジムへ。
 ストレッチ30分、ルームランナー(笑)30分、筋トレ20分。
 可動範囲が拡がって、少しずつ身体がよくなっているのがわかる。
 時間がないのでシャワーは浴びずに出る。
 セキチューで妻と合流し、家庭内整理整頓の部材であるプラスチックボックスを購入。
 家に荷物を降ろし、港北のIKEAへ行って、まず夕食。
 家具の下調べなどをして午後9時過ぎ、帰宅。
 家の片づけを少ししたら入浴。
 のち、執筆。

期日前投票

 水曜日、期日前投票に行ってきた。
 引越前の住所の区役所が投票所になっている。
 車で行けるし、都合のよい日による8時までやっているので、本来の投票日に投票に行くより格段に便利なのだ。しかも、投票する喜びがある。多分、いくらか「みずからすすんで」投票している気分になるからだと思う。
 過去20年以上、ほとんど不在者投票や期日前投票で投票しているので、選挙当日に投票所へいったことはあまりない。最近はそういう人が多くなったようで、いついっても期日前投票の部屋には人が絶え間なく来ている。

 それにしても、投票を終えて聞く選挙カーの名前の連呼は、すごくマヌケに聞こえる。

2007年04月05日

今日も水泳

 朝、起きあがるときの腰がかなり楽だった。たぶん前日に運動したせいだと思う。
 というわけで、本日もスポーツクラブへ。
 ほぼ同じ時刻、やはり最年少。
 連続なので少し時間を短くした。出てすぐに向かいの店でビールを1杯。
 だって、10%引きなんだもん。(笑)

 3作目の原稿、いったん書き終わっているもの読み直すためにプリントアウト。
 改稿のため。書いたのがずいぶん昔で、もう忘れてしまっているもので。

2007年04月04日

さっそく水泳

 夕方、昨日入会したばかりのスポーツクラブへ。
 引越荷物から室内用運動シューズが行方不明であることもあり、とりあえずプールだけ。
 プールサイドで30分ストレッチ、30分水中ウォーキング、他に水泳50mx6本。
 筋肉が落ちているので、300mしか泳いでいないのに上腕三頭筋がパンパン。
 しかし、午後5時のプールで、52歳の僕がどうやら最年少。
 ちなみに、会員制スポーツクラブの統計で、40歳以上が50%を越えているのだそうだ。(「フィットネスオンライン」による)

2007年04月03日

スポーツクラブに入会

 四月になったことだし(笑)、身体だけが資本のフリーランスとしては、健康を考えてマメに運動をするようにしようと決心した。(たまたまスポーツクラブの近くに引っ越した、というのが本当の理由だったりして)
 というわけで、入会手続きにいってきたのでした。
 少しお金がかかるけど、健康第一。

2007年04月02日

妻の昇進祝い

 新年度がはじまり、妻の仕事上のタイトルがワンランク上がった。
 彼女のいる組織では、これより上位のタイトルになると、「おめでとう」ではなく「ご愁傷さま」になるので、いまの仕事を続ける限り、最後の昇進祝いをすることにした。
 筍の鍋が冷めて次の鍋にかかるまでの時間、クィーンズスクエアのインド料理店で夕食。コース料理とスパークリングワイン。
 パキスタン人やインド人もいて、なんだかシリコンバレーを思い出しながらの夕食になった。
 インドへは行ったことがないけど、彼らの英語を聞いているとアメリカにいるみたいな気がしてくるのだ。

 シリコンバレーの半導体産業にはインド人がとても多く、関連の学会へいくと、インド訛りの英語が「標準語」になっている。アメリカと日本を行き来していた頃、ひとりカリフォルニアでインディアン・レストランに入ったときにそっくり。

 会話の内容から少し離れた席にいる二人のうち一人はどうやらパキスタン人で、たぶんもう一人はインド人。(パキスタン人もインド人も同じ訛りに聞こえる)
 ふたりはいっしょに食事をしながら、さかんにそれぞれ携帯電話でだれかと話をする。
 パキスタン人の方は電話の時はアラビヤ語で話し、インド人はよくわからない言語で話している。ふたりが電話でなく互いに話をするときは英語だ。インドとパキスタンは国としては仲が悪いが、どうやらふたりはビジネスの関係らしく、金儲けになれば国同士の関係など関係なくなるのは、日本人と中国人の場合と同じ。インド人も中国人もビジネスになると、したたかで、儲け話があれば、相手がどこの国の人間か、なんてことは気にしない。

(逆にいえば、互いに利害が一致するところで個別に関係を築くことができて、かつ、戦争になったりもしないのならば、別に隣国同士、ニコニコなかよしである必要もないわけだから、誰が靖国神社に行こうが行くまいが、それで相手が抗議してこようが、どうでもいい話のように思う。外交というのはいい条件を引き出すために「ここは譲りましょう、その代わり……」というのが必要なので、日頃から対立点がないと、譲り代がない。つまり、対立点はあった方が相手からこちらの国益に沿った条件を引き出しやすいのだ)

 もちろん日本人もいたけれど、そんなわけで、インド料理を食べに行って、アメリカにいる気分になった夜でした。

筍騒動

 起きる時間だったからそれはいいのだけど、ドアホンに出たとたんに切れた。
 このマンションの設定は15秒。ストップウォッチで計ってみたのだが、我が家のもっとも遠い場所から居間の受話器まで14.5秒かかる。ベッドの中からは、さらに起きあがる時間だけ遠い。
 ドアホンの受話器が廊下にあればまだマシなのだけれど、それは居間にある。ほとんどの時間、居間にはいない。いるのは仕事場か寝室だ。
 引っ越してきて以来3回目。宅配便、書留などの約半数が「在宅なのに不在再配達」である。
 管理会社にデータを示して改善の要求を出しているのだが、いまのところ改善される見通しは立っていない。
 不在のときは、宅配ロッカーに入れられるはずなのだけれど、書留はそうならないし、ロッカーに入らないものもある。まだロッカーを経由して受け取ったものは皆無。すべて再配達だ。
 
 しかたなく、階下の郵便受けに「不在配達票」をとりにいく。
 三重県の知人から。
 やっぱり。
 これは一大事。この季節ならぜったい筍だ。
 すぐにドライバーに電話。5分後に届いたのは、やはり筍。

 筍とが来るというのは子どもが熱を出したようなものだ。有無を言わせず、他の予定をキャンセルして、茹でなくてはならない。
 筍は掘ったとたんにえぐみが増え始める。しかも、箱いっぱい。我が家の鍋には最大でも3本しか入らない。最後のバッチが茹で上がるまでの時間をできるだけ短縮しなければならない。
 というわけで、外出の予定をキャンセルして、いきなり筍大作戦。
 いっしょに入っていた米ぬかをつかって、湯が沸いて茹で上がるまで1時間20分ほど。そこから自然に冷ますのに最低3時間ほど。午前11時前に受け取って、深夜0時をまわっても、まだ、最後の鍋が茹で上がらない。
 我が家だけでは食べきれないので、別の階にいる知人に最初の2本をお裾分け。明日は、もう一軒にもお裾分けの予定。

 (細かな心遣いで、ワカメと山椒とタラの芽も入っていた)

 というわけで、スポーツクラブの入会申込みに行こうと思ったのに、また今日も行けなかった。(笑)
 もちろん、3作目の原稿にも手をつけられない。(いいわけ)

 朝、自分の山へ出かけて掘って送ってくれる筍。
 毎年、桜の頃に送られてくるこいつ、すごく美味しいんだよね。高価なものではないけれど、これこそ贅沢の極み。

1979年4月2日月曜日

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 1979年の4月も1日は日曜日で、2日が月曜だった。

 前の日まで、渋谷パルコ西武劇場プロデュースのテント(いまのパルコパート3の場所で当時はゴルフ練習場だったところに芝居小屋のテントをつくった)で「夢の遊眠社」の公演をし、千秋楽を終えて、次の日、2日からNECに入社してエンジニアになった。

 というわけで、座付きミュージシャンだった僕の最期のステージが79年4月1日で、次に人前で演奏したのは2005年の12月6日のコザ「ジャックレモン」。実に26年ぶりだった。

 4月2日月曜日に180度人生を変えて、それからNECに8年勤めて、アスキーに10年勤めて、「小説家志望のほぼ無職」を10年やって、やっと「小説家」になったのだ。

 けっこうやりたいようにやって、やりたいように生きている気がする。幸せだなと、たまたま同じ曜日の4月2日に思った。

 写真はみなとみらいの桜(4月1日撮影)

2007年04月01日

馬車道で送別会

「スカパー光」の受信機が届く。
 午後1時から、馬車道のしゃぶしゃぶ屋さんで、スコットランドへ引っ越す知人の送別会。
 年配の人が多いということもあるのか、日曜昼のど真ん中なので、ヨットはまだお預けだ。

 帰宅後、妻の書斎に本棚3本追加の組み立て。
 まだまだ引越モードは続く。
 
 昨年は、こういうエイプリルフールでしたが、本年はなし。

2007年03月31日

無事、ベッドで眠る

 冷たくて寝られないベッド問題。
 熱烈暖房の甲斐あって、昨晩遅く28度まで到達。29度もちらほらになったので、眠ることができました。
 ふぅ~、長い道のりであった。

 引越も節目を迎えた感じ。(笑)

 というわけで、疲れがどっと出て、昨晩も今晩もお誘いあれど、家を出る気力体力が尽きてしまいました。
 よく眠れるベッドはよく疲れが出るのであります。

 復調のため、なんとか臨港パークへ出て、ストレッチなど30分ほど。

2007年03月29日

ベッドはできたが眠れない

 引越以来、ベッドルームになるはずの部屋が段ボール倉庫になっていた。
 しかたなく居間のソファで眠る毎日。
 いよいよ、段ボールを追い出して、ベッドを組み立てる。
(あくまで段ボールをその部屋から追い出すのであって、我が家から片づいてくれるのではない。大半の段ボールは居間へ移動させた)
 ウォーターベッドなので、水を入れてしまうと重くて二度と移動できない。
 意を決してフレームを組み立て、慎重に位置を決めて、水を入れ始める。
 ん? お湯が出ない。
 洗濯機用の蛇口にホースをつないでそこの温度調節をお湯の方にすると水が止まってしまう。いままで洗濯機しかつないでいなかったので、お湯が出るのを確認したことはない。どこかこの水栓専用のバルブがあるはずだがわからない。
 しかたなく水をいれる。これで今夜もベッドで眠れないことが決定。
 ウォーターベッドの水は摂氏29度内外にヒーターを使って保温するしかけになっているのだけど、水温は推定15度である。ヒーターは真冬でもベッドを設定温度に保持するだけの能力しかないので、おそらく15度の水を29度にまで温めるには、丸3日ほどかかるだろう。
 シーツを境にベッドが身体と接触する。しかも、ベッドのマットに相当するウォーターバッグが身体の形に変形して身体の下になる面をくまなく覆うように接触するので、快適な温度よりも1度でも低いと、身体が芯から冷えてしまうのだ。この温度が季節によるが、28度から30度、27度では低すぎる。
 あ~あ。
 少しでもヒーターを助けてやるために、暖房を27度に設定してかけておく。
 もったいないが、引越費用の一部と考えるしかない。腰痛も治らないし、ソファで寝る生活はそろそろ限界にきている。

初校ゲラ

 昼に起きて夜半まで引越の後始末。
 深夜から朝までゲラチェック。
 という生活パターンで、やっとこ、チェック完了。
 それにしても誤字脱字、たくさんあった。はずかしい。
 こまかなつじつまについても校閲の人がいろいろ指摘してくれてありがたいです。(今後、ますます頼って執筆時に手を抜きたくなってしまいそうなまでに。(笑))

 10時になるとマンション1階のカウンターが開くので、そこで宅配便を預けたらちょっと寝ます。

 寝室になるはずの部屋が段ボール倉庫と化しているのを、ほぼ解消しつつあるので、起きたらベッドを組み立ててホースでぬるま湯をいれる。やっと明日からはベッドで眠れるはず。
 というわけで、3月6日からずっと居間のソファで寝ているのだけど、これで最期にできるかなあ、と。

 いつまでもつづく引越作業と、窮屈な寝床で、腰の筋肉がずっと張ったまま。そろそろちゃんと運動しなくては。
 2ブロックの距離のスポーツクラブに入会する予定。
 お金あんまりないから100円マックに立ち食いソバで間に合わせても、そういう投資は惜しまないのだ。もう若くないから、身体、大事にしないと。

2007年03月26日

液晶テレビがやってきた

 午後、ヨドバシカメラから届きました。シャープアクオスの32V型。
 ちょうど1年前のモデルだけど、実質9万円って、なんだかすごく安いよなあ。
 最新型の方がいろいろいいのだろうけど、比較対象が15年前の21型だから、すべてにおいて、すごくよくなりました。

 古いテレビも放送機材がよくなって送り出しの画質が向上しているせいか、なにもしなくてもどんどん画面がきれいになっていて、別に新しいのとか大きいのとか欲しくもなかったのだけど(あんまりテレビ見ないし)画面がちらちら歪むと、さすがにガマンしていられなくなりました。

 ふ~ん、世間の人って、こんなきれいな画面でテレビ見て
いたのね。(笑)
 日本だと、どこへいっても我が家の家のテレビよりたいていきれいだったけど、アメリカへいくと、けっこうお金持ちでも、とんでもないテレビで放送をみていたりするので、別に我が家のテレビが貧相だという自覚はなかったわけですが。
(日本人ってなんだかすごくテレビが好きなのだなあ、て思う)

旅立つ人(時には若さを羨んでみる)

 僕のもっとも若い女友達・未来(ミク)ちゃんが世界一周の旅に出た。

 http://worldtourmi.ti-da.net/

 初めてあったのは、3年前の4月で、大学を卒業してすぐ、初めて沖縄にやってきた彼女と、ゲストハウスでいっしょになったのだった。
 大学の頃、FM愛媛でパーソナリティをしていたという彼女は、こちらが心配になるほど無防備な人なつっこさで、沖縄についた初日に、FMコザに出演したと思ったら、次の日には、もう地元のイベントの司会をやっていた。
 とにかく、不思議な行動力と驚くほどの吸収力に満ちている。
 その無防備さを、親子ほど年の違う僕はつい心配してしまうのだけれど、3日ほどのあいだに、さっさと仕事とアパートを見つけ、そのまま沖縄に住みついてしまった。
 就職先はなんと、荒くれ米兵のたむろする純正アメリカンバーだったりで、それもびっくり。

 次に会ったときは、コザの町を歩いていたら、「あれ、大樹さんじゃない。来てたんだ」と声をかけられ、ヘルメットを脱いだら彼女だった。自分のバイクを沖縄にもってきていたのだ。

 しばらくして、「世界一周の旅に出ます」といって、沖縄から大分の実家に帰り、資金をつくるのにキヤノンの工場で働いていると知らせが入り、そして、先週、「明日、オーストラリアに向けて旅立ちます」といきなりメールが来た。

 自分自身、若い頃よりいまの自分の方が好きだし、あまり若いことに価値を見出さない人間なのだけれど、知識でガードを固めず自分の肌でなんでも吸収してしまう彼女を見ていると、若さというものには無類の価値があるのだと感じる。

2007年03月24日

本棚……ベッドルームへの道は遠い

 昼に起きて、近くのカフェでゲラ読み。
 夕方、コットンマムで食料品の買い出し、5000円ほど。
 夕食は、昨日ホームセンターで買った1280円のたこ焼き器で、たこ焼き。(笑)

 夕食後、深夜まで本棚の組み立て。3本、棚板にして29段、棚の長さにして20m分。
 とりあえず、15段分、本を並べる。
 ベッドルームが段ボール倉庫になっているので、本の段ボールを減らしていかないと、ベッドが組み立てられないのだ。まだまだ道は遠い。(引っ越してからずっといままで、居間のソファで寝ている)

 深夜を回ってから、ゲラ読みの続き。

2007年03月23日

タイヤとオイルの交換

 新山下のオートウェーブにて、タイヤとオイルの交換。
 向かいの Home's で増設する納戸の棚板の加工を頼む。

 意外に時間がかかって、ゲラ読みに入れたのは深夜。

2007年03月22日

海員閣

 3日連続で夜の外出。ようするに人と会って食べて飲んでいる。
 本日は中華街の海員閣。

 まだ横浜に住んでいない頃、25年くらい前までは中華街に来るとわりとよく行ったものだ。
 30年ほど前には横浜中華街は今ほどポピュラーではなかった。インターネットどころか情報誌すらあまり発達していなかった。そのころ伝説のように「中華街で安くて美味しい店」といえばこの海員閣だとされていて、いつも客が外に行列していた。いまはわざと行列させて偉そうにしているラーメン屋などがたくさんあるから、「行列のできる店」というと(僕には)あまりいいイメージはないのだけれど、そのころは行列のできる飲食店はあまりなかったのだ。

 で、当時の海員閣。ふつうには美味しいのだけれど、中華街には安くて美味しい店は他にもたくさんあるので、実際はわざわざ特筆するほど安くて美味しいというわけでもなかった。なので、中華街についての自分なりの知識が増えるに連れて行列する観光客を尻目に行かなくなった。

 以来、今日、およそ25年ぶりに再び海員閣に入った。
 木曜日の午後6時半。なんと1階にはだれも客がいなかった。知らないあいだに評判が落ちて流行らなくなったのかと思った。そうなるとへそ曲がりな僕は懐かしさもあって入ってみたくなるものだし。
 行列こそできなかったが、僕らが入るのを合図にしたかのように、次々に人がやってきて、店はまもなくいっぱいになった。やはり、いまでも流行っていたのだ。
 ピータン、貝柱のスープ、酢豚。
 原則として中華街ではふつうの町の中華料理店にある、春巻とか麻婆豆腐とか酢豚とか青椒肉とか海老チリとかは注文しないことにしているのだけれど、なんとなく、ここの酢豚がいにしえの記憶にあったのだ。
 その酢豚、美味しかった。昔よりも味がよくなっている。
 貝柱のスープ、まるで鍋料理と見まごうほどに具がいっぱい入っている。これもお薦めだ。
 こういうふうに美味しいとかオススメとかインターネットで書いてしまうと混むからいやなんだけど、まあ、久しぶりの体験で日記に書きたい気持ちが勝った。もともと知られていなかったら、内緒にしておいたけど。自分が見つけた店のことを得意気にインターネットで紹介してしまう人の気が知れない、なあんて思いながらね。

 いっしょににいてうれしい人たちと美味しいものを食べて飲むのは幸福だ。
 明日からはゲラチェック。

液晶テレビと冷蔵庫

 ストリートサッカーを早く切り上げたもう一つの理由は、DEODEOで液晶テレビの値段を見ること。
 家からすぐなので、妻と店頭で合流。
 前にも書いたけど、テレビにはあまりこだわりがないため、細かく検討するのも面倒なので、基本的に吉永小百合さんが宣伝している業界トップシェアのシャープのAQUOSと決めてしまっていて、あとは値段を調べて、それに応じて26V型か32V型かを決め、安い店で買う、というだけ。
 LC-32GH2 が158000円。発売時期の関係で26型の方が168000円。
 それなら32型。とここで自動的に決定。

 さらに冷蔵庫も、比較検討が面倒なので、同じマンションに引っ越した友人が買った機種に決めてあって、これも値段を調べるだけ。
 445リットルの三菱のやつが158000円。野菜の鮮度が落ちない、という「ユーザーの声」を直接聞いている。

 家にもどって、ヨドバシカメラで通販サイトで値段を調べる。
 生活家電の本日限りで、冷蔵庫が155800円。ポイント11%。これで決まり。
 液晶テレビは、GH1のひとつ前の機種が見つかって、105000円、ポイント20%。実質8万円じゃないか。32インチの液晶テレビが8万円って、すごい時代になりました。
 型落ちだけど、スペックの上ではオーディオ回路のちがいがあるだけ。音に関してはテレビの音声回路を使わずに別にあるAVアンプとBOSEのスピーカーで再生すればいいので、問題なし。液晶の応答速度も最新型と同じ。
 半年前には16万円、1年前には20万円していた機種だ。こだわりのない我が家には十分な性能がありそう。

 というわけで、あまり迷うことなく、テレビと冷蔵庫が注文できてよかった。

2007年03月20日

古い友だちと新宿で飲む

 午後1時、マンションの不具合を見に来る建設会社の人の応対が終わったところで、風呂の掃除を兼ねてシャワー。ついでに風呂場の床でシャワーを使って、埃だらけの籠とか、いろいろなものを洗う。
 新しく手に入れた防水スピーカーに iPod を入れて聴きながらの作業が快適。

 電気屋でテレビのカタログをピックアップ。
 我が家のテレビは新しい14型の方で10年前のもの。大きい方のテレビ(21型)は、よくわからないけど15年以上前のも。AV( Audio & Video )といっても、我が家は音楽にこだわりはあってもVの方にはあまり興味がないので、テレビはその店でいちばん安いものを買うという感じ。そもそもあまりテレビを見ないし、見ても情報として見ているだけなので、大画面とか高画質とかサラウンドとかはどうでもいいのだ。
 で、大きい方の水平同期が合わなくなってきている。というわけで、そろそろ買い換えを検討中。

 その足で、整形外科へ行ってリハビリ。
 うぅ~、背中と腰がパンパンに張っている。

 終了後、湘南新宿ラインで新宿へ。
 28年くらい前によく遊んでいた仲間と久々の再会。4人でよく喋ったなあ。
 毎週のようにテニスしたりスキーしたり朝まで飲んだり、人生においてやたら遊びまくった1年ちょっとの期間があったのだ。
 草分けスタイリストがすっかりママだったり、その友だちの某有名映画監督夫人もいたり、時間の流れで、変わったような変わらないような、まあ、ようするにそういうもんですね。(意味不明)

 二次会はゴールデン街へ。G店で偶然さらに久しぶりのY嬢にも遭遇。
 午前0時に一人帰ったので、結果的に両手に花状態で、3軒目A店。
 午前1時半、お姫様たちオネムのため、通りまで出てタクシーに載せ、ひとりでG店にもどると、となりが『覇権の標的』の読者のCさんだった。買って頂いた本にA店を通じてサインしていたりしたのだけど、ご本人にお会いするのは初めて。
 Cさんに誘われてY店へ。
 名前は知っていたけど入るのは初めて。ママは女優さんで頭のいい人。(もちろん美しい)
 青山で会社員をやっていたときにつくっていたバンドの女性メンバーに顔も声も似ているなあ。別人に思えない瞬間があって、話していると混乱する。(酔っているだけ?)
 CさんとA店へ移動。そもそもの接点だったママが「やっと会えたのね」。
 午前4時半過ぎ、電車が動き出したので店を後にする。
 Cさんはカウンターで沈没中。
 4人に会うつもりで出かけた新宿で6人に会ったという感じの一夜でした。

2007年03月18日

レース、キャンセル

 午前6時半起床。3時間くらい寝たかな。
 午前8時前、ヨットハーバー。
 午前9時前、出航。自艇ではなく、友人の船でヨットレースに参戦。レース海面は横浜港みなとみらい沖。
 が、気温9度、風が冷たい。海から見える富士山の雪を頂いた姿がよけいに寒々しい。快晴だが、強風で波に突っ込む毎に飛沫をかぶる。
 もちろん、下はユニクロのヒートテック暖か下着。上はヘビーデューティ用のフローティングジャケット(救命胴衣の役割もするヨット用の合羽)。
 しかし、寒い。
 レース海面まであと30分ほどというところで、午前10時過ぎ、強風のためレース中止の連絡。正直、ほっとした。
 ハーバーへ戻ると、陸上は晴天の長閑な昼時である。
 昼過ぎまで、日向でのんびり。

 帰宅した後、午後、妻の仕事部屋の本棚の組み立て。

 夕方から野毛の「萬里」にて、2月に亡くなった人を偲ぶ会。
 午後8時過ぎ、帰宅。

2007年03月16日

京都2日目

 午前5時半。喉が渇いて目が覚める。
 ポットでお茶を淹れ、コップで水を飲んでまた寝。
 午前9時、アラームで起床。
 シャワーを浴びたりしてゆっくり11時前まで過ごす。
 チェックアウト後、近くに新しくできたカレー屋「得王」でトンカツカレー。
 地下鉄東西線に乗って蹴上で降りてみる。蹴上インクラインという傾斜鉄道の跡地を見ようとして、南禅寺金地院の前に来たので、ひとつぐらいお寺を見ようと400円の拝観料を払って石庭の前でしばしのんびり。
 駅の方へもどったところにインクラインがあることがわかり、そこへ。
 日本最初の商業水力発電所を見て、インクラインの鉄路を歩き、京都市立美術館の前からバスに乗って四条河原町へ。
 マクドナルドで無線LANを使いがてら食事。
 寺町京極まで歩いて、カフェで締め切りのエッセイを書く。

 カフェの壁に書かれた英語(一部フランス語)

 Cafe et Croissants
 Our Cafe Boutique offer you genuine mystic Bali coffee and organic bakery with a plenty of lively nature.

 三人称単数現在形のSがなかったり、冠詞がなかったり、lively nature という意味不明の表現があったり、よくあることだけど、気になって気になって。
 この店、God Mountain というのだけど、きっとオーナは神山さんという人にまちがいない。(笑)

 前日、新幹線の中から、飲み友達にメールしておいたのだけど、返事がないので、ひとりでまた「長竹」。 
(携帯電話のスイッチをあまり入れない人だとわかっていて、家の電話番号やPCのメールアドレスも知っているのだけど、まあ、ひとりならひとりでもいいや、という気分なので)
 午後8時40分、タクシーで八条口へ。まもなく「のぞみ」の人となる。

2007年03月15日

京都へ

 午前9時45分起床。4時間くらい寝たかな。
 新幹線で京都へ出張。
 もともとは青春18きっぷで行こうと思っていたのだけれど、昨今の腰痛でぎぶあっぷ。素直に新幹線で。
 二時半、山科駅到着。久しぶりに来たら駅前に切符の安売り小屋ができていた。新幹線の切符は横浜よりも170円ほど高い。京都には他にもチケット屋ができていて、ここで特徴的なのは近距離の切符も安売りされていること。
 もともと、40年ほど前、大阪では回数券を買ってバラ売りすることで生計を立てているオバちゃんがたくさんいたのだけれど、大阪万博で「外国から来るお客さんにみっともない」ということになって一斉に排除された歴史がある。どっこい、伝統は生きていたわけである。いいなあ、こういうたくましさ、好きだなあ。

 とある医療法人でお仕事をしたあと、先斗町のワインバー「鶉亭」で接待を受ける。オーナーソムリエが、いいワインをどんどん開けてくれる。金に糸目をつけなければ、とてもよい店である。(笑)
 ここでちょっと面白いことがあったのだけど内緒。(そのうち小説のネタにするかも)
 午後11時すぎ、道に迷いつつ、先斗町のお気に入りの店「長竹」へ。
 なんど通っても、前を通り過ぎてしまって発見するのが難しいのだ。
 ほとんど閉店準備をしている店に無理を言って飲ませてもらう。
 ひとりいた女性客(心理学の先生)がカリフォルニア大学サンタクルーズ校に留学していたという。シリコンバレーに通っていた頃、休日にサンタクルーズには行ったことがあるので、ちょっとサンタクルーズ論議など。UCサンタクルーズのマスコットは Banana Slug という巨大なナメクジなんだそうだ。ちょっとカウンターカルチャー的な自然保護の伝統があるキャンパスだという話。
 ちょうど、ワインバーではUCデイビスの醸造科がカリフォルニアワインの醸造技術を牛耳っているという話をしていたところ。
 帰ろうとしたところで、大阪の大学の経済学部の先生が芸子さんをふたりともなって来店。昼から女性たちをひきつれて、滋賀の方へ遊びにいっていたところだそうで、お大尽遊びの真っ最中。
「騒がせてすみませんね」
 と、初対面なのにビールをご馳走になる。
 ふだん着物の芸子さんは、洋服でもつい浅く腰掛けるクセが出てしまう、という。(帯が潰れないように座るから)京都らしい話を聞いてうれしくなる。
 このみせ、3年前に来たときにも、別の大学の先生3人に会った。やたらと大学の先生の多い店だ。
 結局、0時半頃まで飲み、タクシーでホテルへもどる。
 酔っぱらって、部屋の電気をつけたままバタンキュー。

2007年03月13日

ゲラを受け取る

 編集者の人が校正刷りをもって家を訪ねてくれた。
 部屋は引越荷物で客人を入れられる状態ではないので、マンションの1Fのレセプションルームで打合せ。
 ゲラを受け取りつつ、新刊のタイトルについて、あれやこれや。
 発売日は5月20日にほぼ決定。

 

2007年03月08日

旧居撤収

 いよいよタイムリミット。
 しかし、疲労困憊のため午前10時まで爆睡。

 朝食を摂って、妻が旧居へ、こちらは新居に留まり、台所など最低限の開梱。
 通信回線とPCは途切れなく確保していたけれど、コンピュータに向かう時間が結局全然ない。
 ピアノ運送屋が旧居から新居へピアノをもってくる。
 図面上、ぎりぎり入れられる場所に、本当に入れてしまった! あの重いものを1センチの精度で動かして運び込むプロのワザ。すごいの一言。

 僕も自転車で旧居へ向かう。
 信号待ちをしていたら大柄な男性が向こうからジョギングでやってきた。思わず目があったら、横浜Fマリノスの松田選手だった。

 午後3時半、クーラーを外す工事業者が二人で登場。3台を30分で外して持ち去る。
 ひとりは外国人。産廃業者のようで、外すそばから、そのままもっていくわけだ。うまいタイアップ。

 さあて、残された部屋の元をとにかくまとめて、棄てるもの、持ちかえるものにわける。
 ゴミを分別しなければならないので、とにかく捨てる作業に時間がかかる。

 暗くなってから、やっと撤収。
 引越プロジェクトは、運んだ段ボール200個以上。粗大ゴミ20点。捨てたゴミ袋100個以上。
 いやはやたいへんな作業だったなあ。
 処分した廃棄物はゴミの重さはきっと500Kgくらいあったと思う。
 ようするにゴミといっしょに暮らしていたというわけだ。
 新居にもっていったものにもまだまだ廃棄物はたくさんある。

 何もなくなったまどから、最後の夜景を見て、ブレーカーを落とし、鍵を閉めて終了。
 8年住んだへやにバイバイ。ここでの人生、楽しかったよ。

2007年03月07日

搬入

 午前8時半、荷物到着。午前10時半、搬入終了。
 段ボール200個と家具、わずか90分である。

 開梱しているヒマはなく、すぐに古い部屋へ。
 翌8日に粗大ゴミを出して、すべてを撤収しなければならない。タイムリミットはこちら。
 大型の家具2点、ワゴン、種々の木材、金属類などを縛ってゴミ置き場へ運び出す。
 
 引越はたいへんだが、やるべきことは有限で、やればやっただけかならず前に進み、やがて終わる。
 小説を書いていると、無限に時間をかけられるし、「この小説は完成しないのではないか」という気持ちにつねに苛まれている。
 やっただけ仕事が前に進む肉体労働は楽だ。
(ただし、腰の容体は確実に悪化している)

 床に残る大量のゴミ。
 家庭内LANを敷設あった大量のケーブル類。

 ほとんど疲労で朦朧としながら新居へ帰宅。
 まだベッドがないので、ソファで眠る。床よりはずっといい。

2007年03月06日

搬出

 前夜からパッキングで、午前7時半就寝。
 午前8時起床。30分寝たらけっこう元気になった。
 朝9時、梱包お手伝いの引越業者のあばさま2名到着。
 台所と居間の食器棚、そして、妻の書斎の本をすごい速度で段ボールへ。
 自分でやると棄てるものの取捨選択とか、開梱の時のイメージとか考えてしまうので、機械的にやってくれる人が必要。
 途中で段ボールが足りなくなる。30個ほど追加で届けてもらう。車に積めるのか。
 午後3時、トラックと作業員到着。
 午後5時過ぎ、トラックは出発。
 ピアノとエアコンと、粗大ゴミと大量の廃棄物が残る部屋は、もはや自分の家という気持ちがわかない。

 搬入は翌日。
 新居で入浴。床に布団を敷いて眠る。床暖房があるので暖かい。しかし、硬い。

2007年03月02日

鍵の引き渡し

 某所で、鍵の引き渡しを受ける。
 その瞬間から新居が我が家となる。
 区役所の出張所が臨時に開設されていて、住民票の移動。
 さっそく新居へはいっていろいろなことを確認。電源を入れ、水道の栓などを開いてもらう。
 すでに引っ越してくる人もいて、入口は大混乱。

 夕方、自宅へ戻り、梱包の続き。
 風呂の道具をもって、新居で入浴。

2007年03月01日

引越モード

 本格的に引越のためのパッキングを始める。
 埃に咽せながら、大量の本を段ボールに入れ始めるが、置き場をつくりながらなので、なかなかはかどらない。
 捨てるをもって尊しとなす。
 しかし、尊くなるのはむずかしい。

2007年02月27日

めざせ、赤字脱却!

 明日からは完全な引越モードにはいるので本日は事務屋さん。
 というわけで、入力だけは終わっていた確定申告の作業。
 国税庁のウエブサイトに会計ソフトから出た数字を入力してちょいちょい……と、終わるはずだっただけど、なんと赤字申告は国税のサイトからはプリントアウトが出せないではないか。
 決算書だけは出せるんだけど。

 でもって、損失申告には第4表というのもいるので、pdfをダウンロードしてプリントアウト……したまではよかったんだけど、書き方がよくわからないので「手引き」もダウンロード。
 と、かなり時間がかかって朝になってしまった。(そもそもとりかかる時間が遅いというウワサも)

 平成18年度は、小説以外の仕事をほとんどしなかったし、小説も本が出なかったので大赤字。
 予定通りなので、驚くことではないのだけれど、今年は経済的にも頑張ろうと思う。

 次の本は、5月発売です。みんな買ってね。
(詳細は続報を待たれよ)

2007年02月26日

オートバイ遍歴

大学生の時、
HONDA CB50JX 
 リッターあたり150馬力のスーパー原チャリ。
 どんどんエンジンが回るので、奥多摩の上りでオーバーレブした。

その後、
HONDA WING GL400
 「振動を消すのは簡単だけど、乗り味を出すために振動を残した」と設計者が言う、当時は珍しかった水冷2気筒。
 気持ちのいいロングツアラーでした。

HONDA XL250S ?
 上野でボロボロのを買って、世田谷から相模原まで通勤につかっていた。何度直してもオイル漏れが直らないので、オイルを足しながら使っていた。
 多摩川の川原でオフロード遊びをして、こけてはクラッチレバーやブレーキレバーを何度もへし折ってしまったな。
 自分で白く塗装して、フロントフォークとタンクにYAMAHAのシールを貼って車種不明の「ヤマハモドキ」にしていた。修理のためにホンダSFへもっていったとき、フロントの人が伝票に「ヤマハ」と書くので、「ホンダです」というとびっくりしてた。してやったり! (見ればわかるだろうに)

そして、
HONDA GB250 Clubman
 http://www.honda.co.jp/news/1987/2870209.html

ずっと、バイクはホンダです。

こだわりは、
 4サイクルであること(上記全車種)
 シリンダーは多くないこと
  (GL400 だけ2気筒。他は1気筒)
 マフラーに金属光沢があること
  (XL250S はオフロードだったので、黒かった)

 GB250 Clubman は、僕の理想とする、もっともバイクらしいバイクです。このバイクを見ていると、設計者の心が伝わってくる。
「こういうバイクをつくりたい」と思っているエンジニアの思いがすべての部分に表現されている。

 20年前の1987年、最初に就職して8年働いたNECを辞めたとき、退職金で買おうと思ったのだけど、退職金は25万円しかなくて、39万円のこのバイクが買えなかったので、貯金を足して買いました。
 町乗りはほとんどせず、ツーリング専用で、4000Km走りました。(町乗り用には別にヤマハパッソルをもっていた)
 が、この15年ほどは、マンションの地下に置いたまま。
 タイヤの溝はほとんど減っていないけど、さすがにゴムの弾力は失われている感じ。

 本日、15年ぶりに地下室を出て、車に乗せられていきました。また乗れるようにメンテナンスしてもらうために。(そもそも動くようにしないと、引越ができないしね)

2007年02月25日

人生.zip

 20年ぶりの職場のOB会に行ってきたかと思うと、今度は40年前に通っていた大阪豊中の小学校の同窓会の案内が来た。

 6年の夏休みに東京へもどってきたので、その学校は卒業していないし、転校して入って2年しか通っていないし、参加しても僕を覚えている人は少数だとは思うのだけど、ネットで僕を40年ぶりに見つけてくれた人がいて、それつながりで情報が回ってきたのだ。

 電子ネットワークってすごいよね。

 と、思ったら、25年くらい前に、わいわい遊んでいた準草分け世代のスタイリストから『覇権の標的』読みましたメール。
 年賀状交換していたけど、これも20年くらい会っていなかったし、メールは初めてだよ。

 先々週には、夢の遊眠社を名乗る以前の劇団の仲間(当時の主演女優)から東京に引っ越してきたよとメールが来た。32年くらい前からの知り合いだ。

 なんだか、僕の人生がこの一ヶ月に凝縮されてきているみたいで、不思議な感じ。


 入稿になりました。5月刊行、ほぼ確定。

2007年02月24日

消えたチケット

「粗大ゴミの券ください」
「はい」
「200円の5枚」
 横浜市は粗大ゴミを処分するのに、郵便局かコンビニで、ゴミの種類に応じて200-1500円のシールを買って貼って出すことになっている。
「すみません。2枚しかないんです」

 あちゃぁ~。
 明日、朝8時までにシールを貼って出さなくてはならないのだ。今回は5点。3月8日にさらに6点。
 すでに今年に入って10点以上出している。

 3月2日にみなとみらいのとあるマンションの入居がはじまる。うちのマンションの窓からも見える。
 横浜の都心。同じライフスタイル向け。
 実は、我が家は3月7日にそこへ引っ越す。今同じマンションに住んでいるヨットの共同オーナーも同じ処に引っ越す。独自の調査によれば、少なくともこのマンションからあのマンションに引っ越すのは5世帯ある。おそらく近隣のマンションも入れれば20世帯くらいが、同じ時期に一斉にみなとみらいに移動するかもしれない。

 引越といえば大量の粗大ゴミが発生する。
 というわけで、うちも分散して必死でいままでも粗大ゴミを出していたわけだが、近隣で同じ人が多いとなると、粗大ゴミ収集シールの特需が発生するわけである。

「じゃあ、とりあえずその2枚ください」

 ジョギングの帰りに立ち寄ったコンビニで2枚しか買えなかった。ジョギングのコースを延長して他のコンビニにあたる。どこも全部売り切れである。
 つごう4軒のコンビニをまわって、やっと4軒目で調達に成功した。
 わがマンションから駅と反対に500mほど離れたところであった。

 この分では3月8日の分は、早めに買っておかなくては。
 次回は、粗大ゴミ処分シール代金だけで5000円ほどかかる。ひえー、である。

2007年02月23日

20年のあいだ

 ここのところ、たっぷり8時間睡眠を摂っている。
 3時間でも生きていけるけど、8時間寝ると「休んだぁ」という実感がある。
 まあ、そういう時期もないとね。

 夕方家を出る。と、駅に向かう途中でサイフを忘れていたことに気づく。出がけに家の鍵が見つからず、30分以上探していたので、それで気を取られてお金のことを忘れていた。下車駅ではおそらく6時過ぎるし、ATMがあるかどうかもわからなかったので、途中のファミリーマートで現金を降ろす。手数料105円。
 午後6時、向河原駅到着。
 少し時間があるので、ドトールでコーヒー。やっと覚醒した感じ。(笑)
 6時30分、「NEC玉川クラブ」に到着。
 システムLSI推進開発本部デバイス技術部OB会。(意味不明でゴメン)
 大学を出て最初に就職した日本電気(NEC)で、研修後、府中にあるコンピュータ技術本部第二技術部というところに配属になった。ところが3ヶ月ほどして、この「システムLSI……」という組織ができて、そこに転勤になった。
 この組織は、社内のかなり広いいろいろな部署から人が集められてできた新しい部署だったので、いまとなっては、当時の仲間たちにはちょっとしら不思議な連帯感が形成されていて、ある種の産みの苦しみを共同体験した同士という感じがあるのだ。
 その組織も5年ほど前に廃止されてなくなったらしく、有志による幹事団が関係者200名に声をかけ、100名ほどが集まったというわけ。
 僕がNECを退職したのは1987年の3月。だから、ほとんどの人には20年ぶりに会うことになる。
「本、読んだよ」と声をかけてくれる人もあれば、「今、何してるの」という人もあり、後者にはもちろん『覇権の標的』の紹介が裏面に書かれた名刺を渡して宣伝。終了前に5分ほどスピーチ。
 9時に終了したあとは、すでに閉店している近くの中華料理屋をむりやり開けてもらって二次会。旧交を温めて家路についた。

 ちなみに、『覇権の標的』に登場する旭製作所の半導体工場はNEC相模原工場に似ています。
 旭製作所の置かれたシチュエーションは日立製作所。
 物語に登場するSAは、日立製作所のSHマイコン。主人公がこの会社在籍中に苦労して開発しているチップのユーザーであるゼータ・グラフィクスはセガ・エンタープライゼス。その会社が発売する予定のゲーム機「ドリームプレス」はセガの「ドリームキャスト」に似ています。「サターン(土星)」じゃなくて「ジュピター(木星)」なんてゲーム機があったり。
 ICM こと International Computer Machinary は IBM こと International Business Machines 似ているし、会長の名前も実在の人物に少し似ていますね。
 その他、「これはだれのこと?」と楽しめる「隠し味」がけっこう入っています。もちろん似ているだけで、物語はフィクションです。

 NECで8年働いて、やめるとき退職金でバイクを買おうと思ったら、39万円のオートバイも買えないほどの退職金だったので、貯金を足して買ったのが GB250 Clubman というバイク。
 20年後の今もマンションの地下に保管してあります。4000キロしか走っていない。こんど小田原のメカニックに預けて再び乗れるようにメンテナンスしてもらいます。

2007年02月21日

小旅行 湯河原梅林

 高島屋の地下の店へ。
 幸いなことに10時発売(一日限定三回売り出す)ニューヨークチーズケーキがまだあった。手みやげゲット。
 東海道線で小田原へ。
 車でピックアップしてもらって、某自動車修理工場へ。
 知り合いのメカニックにバイクのメンテナンスの段取りをつける。
 海岸沿いを湯河原まで。梅林は七分咲き。平日だというのに、たくさんの人がきている。年配の人がほとんどだが、立派な一眼レフをもっている人が多い。
 梅林の中に岩場があり、ロッククライミングの練習をしている人が数人。これも白髪の人たちだ。女性も。
 おすすめの蕎麦屋でおすすめの天丼を食べる。ドライバーには悪いけど、ビールも。
 夕方、小田原駅でドロップ。
 豊かな小旅行だった。

新規開店のヘアサロン

 午前4時半、目が覚めた。いきなり朝型だ。
 簡単な仕事を少しして午前10時半、本日オープンのマンションの向かいの男性向け美容室へ。
 前からあるその隣の美容室はシャンプーとカットで4200円でちとお高いので、駅の近くの3800円の理容室まで行っていたのだが、新規開店のこちらは2800円。
 開店して第一号の記念すべき客になる。
 仕事も速いし、値段も安い。しかも、美容院方式でシャンプーは仰向けで楽。仕上げもナチュアラル。いいかもしれない。

 美容院だと行った直後がいちばんいいのに、床屋の場合、仕上がりは「床屋に行きたて」にできあがる。顔を剃っても洗い流さず拭き取るだけなので、必ず吹き出物になるから、顔なんて剃って欲しくない。前屈みでシャンプーすると、顔に水が回って、鼻の穴に水が入ったりして不愉快。旧来の床屋のシステムというのはどうもいろいろ不合理なところが多いし、ちまちま慇懃に作業をするので時間もかかる。
 昭和のゆるやかな時代、おそらく床屋は一種の社交の場だった。
 祖父は床屋が好きで、よく行っていて、そこでずっとお喋りをするのが楽しみだった節があり、その床屋に僕が行くと、理容師が我が家族のことをよく知っているのに驚いたものだ。いまほどプライバシーに社会が敏感ではなかったころの話である。
 いま、美容院だと、カットの作業はけっこう大胆でスピード感がある。スピードも腕のうちだ。女性は男よりも頻繁に美容室に行くし、パーマをかければ否応なく時間がかかるから、カットを慇懃にやっている場合ではない。
 というわけで、慣れてしまえば、理容室よりも美容室の方が快適なのだ。
 
 切ってもらっているうちに、花屋がやってきて、なんたら会社の代表取締役なんたらさんから、店に花が届く。一方、どうやらいくつかの化粧品が足らないらしい。会員カードを発行する機械の操作がわからないらしく、スタッフが機械を覗き込んでいる。
 終わってお金を払うと、会員番号1番の会員カードをくれる。
 ポイントが溜まるとなにがうれしいのかという説明は特にない。(笑)
 預けたコートは着せてくれたが、荷物のことは忘れている。
 受け取って店を出る。店主は外まで送りに出てなんども頭を下げる。銀座のクラブのようでもある。
 歩き始めて20m。気がついた。眼鏡を置いてきた。
 再び店の扉を開けてもスタッフはまだ気づいていなかった。
「あの、眼鏡を」
「あ、すみません」
 さっきまで座っていた席に前の棚に僕の眼鏡がそのままあった。
「いきなり、ペナルティですね。もうしわけございません」
 おもしろい体験だった。けっして不愉快ではない。
 一所懸命お店を始めた感じ。また利用します。がんばって。

2007年02月20日

仕事をしない日

 朝一番で、原稿を送って午後になって起きてくる。
 本日は、仕事をしない日にする。

 夕食に日本酒を2合ほどのんだrた、うまい具合に午後11時過ぎに眠くなったので、午前0時前に就寝。

2007年02月19日

床屋に行きたい

 髪の毛がじゃまくさくなってきた。
 
 本日はBGMは趣向を大幅に変えて、ワーグナーの楽劇「トリスタンとイゾルデ」

 泣かせどころ(笑)を書き終えて、あとは、そこが Deus ex machina になってしまわないように、前の方に降りかけてある魔法の粉を再確認&修正しておくちょっとした作業。
 翌、午前7時すぎ、46個のファイルをツールで一気に繋ぎ合わせて、最後に「(了)」も文字を打つ。
 脱稿。
 編集者に宣言通りの期日に送付。
 今回は予定通りのタイミングでテンションをつくれた。
 プロとしてやっていける感じが少しする。

2007年02月16日

補筆中

 原稿の加筆部分。

 本日のBGMは、Crosby, Stills, Nash and Young.
 いわゆる、懐古趣味ですね。
 高校生の頃の音楽。

2007年02月15日

改稿作業 日向でシャドウ

 補筆のため、通し読み中。
 誤字脱字なんか、まだ見つかりますなあ。
 25万字ほどの原稿だけど、読んでみて時間当たりの間違い発見数をグラフにしていくと、誤字脱字がいつになったらppmになるか、グラフから予測できる、というような設計品質評価手法を使ってみると面白いかも。(て、やりませんけど)

 午後、暖かい時間に50分ほど公園で運動。
 シャドウピッチング、シャドウボクシング、太極拳もどき、シャドウスウィング(テニスのラリーとサーブ)、シャドウ内野手(ゴロをとってファーストへ投げる動作)、シャドウインサイドキック、ラジオ体操第一、など、iPod で音楽聴きながら、飽きないようにいろいろな動きをする。
 はたで見ているとアヤシイ人物かも。
 風が強くて冷たいので、あまり人がいなかったけど。

2007年02月14日

自動車の車検

 3時間ほど眠って、午前10時、自動車修理工場へ。
 帰宅後、横浜市役所のとある部署と1時間以上にわたって長電話。
 終わると、修理工場から電話。
 前のウィンカーのレンズが割れていて、部品を発注したので、本日中の車検完了は無理、とのこと。
 
 原稿書き。
 
 夕方、1時間仮眠。
 原稿を書いていると地震が来て、住んでいるマンションが倒れる夢を見ているところで、妻が帰宅。
 夢の中で外を見ると、窓の外を景色が斜めに動いていたなあ。ああ、もうじき地面に激突だなあ、なんて思っていたら目が覚めた。
 久々に、スペクタクル満点の夢だった。得した気分。

2007年02月13日

第3稿へ

 昼前、編集者から電話。
 提出の第二稿のフィードバック。加筆改稿部分についてはOK。
 もうひとつ「泣かせどころ」を作りませんか。はい、そうしましょう。という会話。
 一週間くらいかかるかな。

 西口の東急ハンズへ買い物に行くが、欲しいものがギフト系の売り場と同じだったため、あきらめる。
 レジに30人くらい並んでいるし、ギフトラップの人ばかりなのでどれだけ時間がかかるかわからない。

 伊勢佐木町のスターバックスで原稿書き。
 日が暮れてから、前から気になっていた近くの店へ。久々にピザとかアボカドのサラダとか。こういう食事は久々。
 近隣でかなりゆっくりしてから帰宅。

2007年02月12日

読書

 小説の資料というか、隣接テーマの先行作品を読む。
 公園で、1時間、たっぷりと運動。とりわけ上半身の柔軟性に焦点。

2007年02月11日

再起動中

 昼間、2時間半ほど歩く。
 やはり腰痛になったけど、回復は早くなっているかもしれない。

 さあて、脱稿して一週間、確定申告の作業をするだけで仕事らしい仕事をしていなかったけれど、いよいよ再始動。
 まずは、連載のエッセイを書いて送る。

 明日は、次の小説に着手する予定。

2007年02月10日

ファドの女王

 とにかく歩こうと、2時間散歩。
 予想通り腰痛になる。マッサージの仕方を覚えたので、応用するとすぐ直る。

 夜、ファドを聴く。
 ポルトガルの民俗歌謡。日本でいえば演歌みたいなものか。
 先週、写真家の岡部好さんの個展に行って、もらってきたハガキが Amalia Rodrigues を撮ったもので、それがデスクにあって目に入ったので、ふと聴いてみたくなって、Napster で探したら、たくさんありました。
 さしずめ、ポルトガルの美空ひばりでしょうか。

 J-popがロクにないから Napster なんてつかえねえ、という若い人が多いけど、世界には、いい音楽がいくらでもあるんだから、探してみればたくさん発見があるのに。

 夜中に思い立ってファドのアルバムを何枚も聴けるなんて、なんて便利な世の中になったんだ。
 サルサだって、けっこうあるし。

 そんなわけで、最近はフラメンコとか、ファドとか、いままであまり聴かなかった音楽を聴くことが多くなったなあ。

2007年02月08日

弛緩の手続き

 朝までに確定申告の作業を終えて眠る。
 4時間半くらいで目が覚める習慣になってしまっている。

 書類の整理を少しやってシャワーを浴びるとやっとゆったりとした気分。
 飲みに出るつもりでいるのだが、なんだか家でのんびり気分。
 意を決して8時前に家を出る。
 まずは近所の飲み屋。今年初めてになる。空いていてお店の人と1時間ほど話をする。ボトルを入れてある赤霧島を4分の1ほどロックで飲む。

 JRで新宿へ。
 10時過ぎの新宿駅から出るのは、大量の帰る人の波に逆らう感じ。
 ゴールデン街に入り、なじみの和食屋さんをのぞくと、満員で入れない。
 別のなじみのバーA店へ、客がいなくて、ボトルのボンベイサファイヤを飲みながら、しばらく店の人とまったり話。
 一人飲みの女性が入ってきて、3人で話をしていると、また一人飲みの女性がやってくる。ゴールデン街は男女を問わず一人飲みが基本だし、女性もけっこう多いのだ。
 彼女たちは飲み慣れているふつうの酒飲み人なので、深夜に一人で飲んでいるからといって、別に男を漁っているわけではない。ゴールデン街をあまり知らないで迷い込んだ人が、ときどき勘違いして、口説こうとしたりすると、返り討ちにあいます。まあ、そういう人が迷い込むのは希ですけど。そのあたりはゴールデン街の特殊性かも。

 午前2時、いったん店を出る。
 腹が減ったので、食べ物のある店を何軒か覗くが、どこもいっぱい。
 しかたなく、「富士そば」で天ぷらそば。ここは新橋と違って、ダシがそんなに薄くない。立食蕎麦はチェーン店でもけっこう味が違うのだ。

 歌舞伎町セントラルロードのマクドナルドへ入ってコーヒータイム。
 1階は、女性客や黒人たちで、そこそこ活気があるのだけど、喫煙席でめちゃ煙っているので、地下へ。
 ここは、客のほとんどが50歳から60歳以上の男性。(女性もいることはいる)
 明らかなホームレスもいるけど、多くは、飲食店やラブホテルの下働きの人たちだと思われる。電車のなくなった時間にお役ご免で放り出されて、毎日マクドナルドで時間を潰している、というか寝ている。
 若者はもっといい条件で働くことができるので、夜間なのに時給の安い仕事はこういう人たちになる。格差社会だ。毎日、マクドナルドで突っ伏して寝る暮らしはツライよな。
 負のエネルギーが充満しているのに引っ張られて眠くなる。寝ようとしてみたけど、暖房が強すぎて気持ち悪くなってきたので、30分ほどで店を出る。
 遠回りをして涼んでから、もとのA店へもどる。
 女性たちはいなくなっていて、また僕ひとり。もう酒はいいや、とトマトジュース。まもなく、店の超常連のYがくる。5時まで、話し込む。
 新宿発午前5時12分の山の手線で、帰途につく。

 こういう一晩を過ごさないと、心の緊張が完全には抜けないのだ。

2007年02月07日

リカバリーしながら

 午後、成田空港へ出かける妻の荷物もちがてら、YCATへ。
 その足でリハビリ。
 帰宅後、人に譲る無線機の動作チェック。が、一部動作しない。
 ケースを開けて、いじってみるが、無念、あきらめる。
 そんなこんなで、午後10時、妻が帰ってきたときには、まだ夕食を摂っていなかった。

 夕食後は、翌朝まで、確定申告の帳簿。

2007年02月06日

経理のオジサン

 トコトコと経費の入力。
 こういう単純作業は意外に楽しい。
 出てくる数字が自分に関することだというのもあるけど、創作とまったく対立しないのがいいな。
 給料安くていいので、こういうクリエーティブでない仕事で安定収入があると、小説書くのにはいちばんいいのだが。
 実際、芥川賞作家には、市役所の事務の人とかけっこう多かったり。
(芥川賞とってもたいていの人は小説では食べられません)

2007年02月05日

確定申告の準備を始める

 午後3時過ぎ、ヘルプを頼んでおいた母親がやってくる。
 芦屋の名店「アンリ・シャルパンティエ」のマドレーヌでコーヒーを飲みながら雑談。
 1年分の領収書の分類をたのむ。
 消耗品費について、月ごとの整理が終わったところで、午後7時を回ったのでそこまで。これだけでも随分助かる。
 ベイクオーターで妻と合流して、「三間堂」で母の2週間遅れの誕生会を兼ねて酒を飲む。

2007年02月03日

贅沢三昧 画廊音楽寿司

 午前3時に起きて、だらだらと自作を通し読みの続き。
 午後、家を出て、銀座のアトリエ・スズキへ。岡部好さんの写真展。
 世界中の音楽家の演奏する姿ばかりの写真なのだけれど、写される人も写す人もすごい。
 座ってお茶を戴いているときも、ふと振り返ってみたときにそこにあるミュージシャンのオーラに囲まれていることがわかる。

 運動がてら新橋まで歩く、吉野家についたのが3時5分で、牛丼販売は終了。
 仕方なくSL広場側へ出て、「やっぱり新橋といえば立食いそばでしょう」と天ぷらそば。370円。
 ふたりの白人の若い女性がフランス語を話しながらそばを食べていました。
 久しぶりの富士そばだが、行くたびに汁の味が薄くなっている。限界を超えていると思う。健康志向だか材料をケチっているのか知らないが、料理にはそれぞれの味というものがある。あんな薄い汁に麺が泳いでいてはもはやソバじゃない。
 もう新橋SL広場側の富士そばでは今後二度と食べるのはやめる。
 立食そば、好きなのに、また一軒、店が消えた。

 山手線で原宿へ。
 竹下通り近くの画廊で、本多八郎さんのパステル画展。
 ここは画廊が一階にあるので、画廊の中に座って話をしながら、町を行く人を見てゆっくりとした時間を過ごす。

 こちらでも一駅歩く。代々木公園の中を通り抜けて渋谷公園通りへ。
 そういや、このあたり、高校から大学へかけてのデートコースだな。(笑)
 一定間隔でストリートミュージシャンが並んで演奏している。その数、二十組以上。
 どのミュージシャンにも心を動かされなかったけど、「みんな、このわたしを見てパワー」というのは嫌いじゃない。すべてはそこからはじまるんだから。

 いったん帰宅して、妻の友人カップルと合流して、横浜中央卸売市場内の寿司屋で、飲みながら腹一杯に寿司を食う。四人で27000円ほどだったけれど、よそで食べれば5万円相当かな。(寿司どうし比べた場合、世の中、意外に値段に対してフェアだと思うけど、ここのはお買い得)
 近所のショットバーに移動し、最後は、我が家の居間で、映画の話など。
 終了は、午前2時ごろ。
 24時間起きていたので、すぐに爆睡。

2007年02月02日

業を煮やしてヘッドホン

 とにかく歩かなくては。の続き。
 みなとみらいのブレンズコーヒーで仕事。
 後ろの席で、ノートパソコンに外付けキーボードをつけて、派手に荷物を広げて勉強していた男性が、突然、大声で何か言い始める。
 英語のテキストを音読しているのだ。それがまた発音とリズムが広東語みたいでいらいら。
 またしても、ヘッドホンの音量を超えてガンガン入ってくる。
 二日続けて仕事を外来ノイズで妨げられたのには参った。
 意を決して、その足で、ヨドバシカメラへ行き、audio-technica ATH-CK6 という耳栓型のヘッドフォンを購入。
 つい先日、1月29日にも、1万円出して audio-technica ATH-EM7 という音質のいいのを買ったばかりなんだけど、やはり家庭内執筆用と家庭外執筆用とはわけなくてはだめみたい。

2007年02月01日

身体を取り戻そう

 原稿が終わったのでとにかく体力造り。家に籠もっていたので体中の筋肉がなくなっている。
 日曜にはフットサルをするつもりだし、身体作りが必要。
 みなとみらいへ散歩。
 ランドマークのマクドナルドで仕事。
 高校生がそこら中で大声で話していて、こちらはヘッドホンで音楽聴いているのに、外の話し声の方がうるさい。かといって対抗して音量を上げたら耳が壊れるよ。(笑)

2007年01月30日

残りの距離が遠い

 昨晩、早寝をした。
 6時間眠ろうと思っていたのだけど、午前3時に目が覚めたので、そのまま起きてしまう。
 しかし、集中力が出ない。

 午後、リハビリへ。
 本日のブックオフは2冊で250円の収入。(笑)

 みなとみらいのマクドナルドで原稿書き。
 セキチュウに立ち寄って帰宅。
 午後8時、眠くなったので30分寝るつもりが、目が覚めたら4時間も経っていた。
 粗大ゴミを出さなくてはならないのだ。それも大物。
 下駄箱、ラタンのチェスト2点、食器棚1点。
 下駄箱は実は3つの棚を並べたもので、そのままだと回収費用が1個1500円で合計4500円費用がかかるので、捨てるに当たって、3つを完全に接着して1つの家具に改造。しかも、粗大ゴミ置き場へ運んでから現場で。
 チェストは、中身を段ボールに移して、運び出す。食器棚は実は仕事部屋の食品ストレージとカメラの仕舞い場所。カメラ7台をエアキャップにつつんでこれも段ボールに梱包。
 意外に時間がかかって、終わったのは午前5時前。
 シャワーを浴びて、翌午前6時から、やれやれ、やっとまた執筆開始。 

2007年01月29日

唯一で最後の新年会

脱稿まであとほんのわずかのところで、疲れが溜まってきた。
とりあえず、みなとみらいを1時間散歩。久しぶり。

いったん帰宅して、改めて外出。
途中、ヨドバシカメラへよってちょっといいイヤフォンを買う。
楽器が全部ちゃんとした場所に聞こえる。演奏してる時はこういう音を聴いてるんだよな。

目的は、飯田橋のホテルエドモントにて、推理作家協会新年会。
これで協会のパーティーも一巡したので、これからは、無条件に出るのはやめる。
営業できるチャンネルが執筆能力を極端に上回っても意味ないし。

担当編集者に会って、進捗状況など報告。
以前、別のパーティで会って『覇権の標的』を送っておいた某社役員が声をかけてくれて、感想を頂戴する。楽しく読んでいただいたようでよかった。

二社ほど、編集と「次はうちでも長編お願いします」なる会話が飛び交うが、もちろん、パーティの時点では社交辞令の域を出ない。
いずれにしてもある程度プロットつくってからでないと。

ビンゴ、全然開かずリーチにもならない。商品の Wii 欲しかったのに。(笑)

午前1時半に起きたのでもう眠くてしようがないので、パーティを中座して帰る途中、筋肉弱ってまた腰痛。少し鍛えようと、電車ですわらず。

午後11時前に寝ました。

2007年01月28日

日曜日なんて関係ない

家を一歩も出ず。食事と執筆以外にはなにもしなかった一日。

こんな日記を書いても読者の方は面白くないでしょうが。
スミマセン。

2007年01月27日

Sunshine on my shoulder

 前夜(起床午後8時)からずっと起きて原稿書き。
 午前11時過ぎ、疲れたし、暖かそうなので、散歩に出る。
 過去48時間くらいほとんどカーテンも閉めたまま家に籠もっていたので、太陽の光に当たるのがうれしい。
 いつもはいかない午前中のスーパー。品揃えがよく見えるから不思議。(笑)
 眠くはない。でも疲れている。
 寝た方がいいのか、少し休めば回復するのか判断がつかず。
 妻がいないので、気分を変えて居間のオーディオで音楽を聴きながらノートパソコンで執筆。
(こちらのほうがアンプもスピーカーもいいので、聞いていて疲れない)
 結局、午後7時、就寝。

2007年01月26日

爆睡

 正午前就寝。
 泥のように眠るとはこのこと。午後8時起床。

2007年01月24日

20年ぶりの再会

 午前11時過ぎ、就寝。
 午後3時起床。シャワーを浴びてリハビリへ。
 今日のブックオフは、4冊で190円。
 なんだかだんだん安くなるなあ。ついにリハビリ代210円を下回った。
(もともと、この両者に金額的な関係はないので、比較してもしかたがないんだけど(笑))

 タクシーで東横イン桜木町へ。

 某大手半導体メーカーのエンジニアHさんと、20年ぶりの再会。
 AXという規格のパソコンのためのグラフィックチップを開発しているときに製造をお願いしていた。その会社の技術窓口がHさんだった。
 NECのPC9800が日本の標準で、MS-DOS。Windows はまだ 3.1 で、まったく使えないOSだったころの話だ。
 ちょうど僕が、NECからアスキーに転職して、最初のプロジェクトだった。

 NECでは開発部にパソコンが2台あっただけだが、アスキーにはひとり一台以上、パソコンがあった。
 インターネットはまだなくて、パソコン通信の時代。社外のメールは junet 。
 1986年の時点で、すでにアスキーの社内では電子メールをつかって仕事をしていた。
 アスキー社内のホストは VAX11 だった。演算速度1MIPS。これが VAX MIPS と呼ばれる演算速度の基準になる単位になったりした。
 いまのパソコンよりも1000倍遅いマシンを、社員全員で使っていたのだ。

 LSIの設計データのやりとりをするのに、Hさんの会社に専用の部屋を用意してもらい、電話回線を引いてもらって、そこにファイル受信用のパソコンを持ち込み、モデムを使って、自分のパソコンからファイルを送り込んだ。
 なにしろ、NECの開発部門ですら、50人に2台のパソコンしかなかったころの話だ。
 半導体LSIという最先端の分野でも、設計データを電子的にやりとりする環境はなかった。だから、自前でピアトゥピアの通信システムを構築してデータのやりとりをできるようにした。
 ただし、その部屋は無人だったため、データを送ると、Hさんに電話して、「データを送りました」と連絡する必要があった。電子メールなんてのは、仕事には使えないものだったのだ。

 たった20年前の電子立国日本の姿である。

 中華街まで歩いて、家庭料理系のお店でHさんと食事。
 なんと、1月24日にして、本年、最初の外のみ。
(Hさんはお酒を飲まない人なので、僕だけビール2本)

 午後10時半に帰宅。
 そこから、翌午前11時まで原稿書き。

2007年01月23日

黙々と、仕事

 リハビリは休む。
 家に籠もってただ仕事。

2007年01月22日

290円

 前夜から仕事をしていて、午前10時前に一段落。
 かなり終わりが見えてきた。

 正午前に就寝。午後4時、起床
 朝食(?)を摂ってリハビリに。ブックオフで6冊を290円で売る。

 第二食目(ふつうの人の夕食に相当)は、ステーキ。
 翌午前4時前の第三食は、豚肉キムチ炒め。
 40個のファイルに分けて書いてある本文を一太郎に読み込ませて、今までに書いたところの誤字脱字チェック。

 そういえば、正月が開けてから、外で一度も酒を飲んでいない。

 寝る前に銀行へ「交通共済」を申込みに行ったら、制度自体がなくなっていた。申込書をもらったのは18日だったんだけど、そもそも配布してはいけないものを僕の請求に応じて銀行がくれたものだったということ。眠いのガマンして行ったのに。

2007年01月21日

神様、ご滞在

 午前3時起床。ここのところベッドに入るのは午前11時くらい。
 それが身体が要求している「自然」なので逆らわない。
 すぐに日が暮れる。(笑)

 小説の神様、ご滞在中。名作の予感。(笑)

2007年01月20日

小説の神様

 午後4時起床。

 小説の神様が降りてきた。
 ありがとう。

 集中力が出ると、いきなりビタミン不足の症状が出るので、ビタミンA/C/アリナミンなどを摂取。
 脳が糖分を要求するので、ダイエットモードから一時離脱。

2007年01月19日

リハビリが効かない?

 このところ目覚めるのは午後2時くらい。睡眠時間は5時間ほどはとっている。
 家のことを少し片づけて、リハビリへ。
 いつもほど「効いた」という実感がない。つまり、いままでほど筋肉が張っていないのだ。ひょっとして、復調してきている? ならばありがたい。
 終了後、ブッックオフ。6冊で310円。100円の黒字。

 妻が外食なので、息抜きにこちらも外食するつもりだったが、いざ、夕方になると、家計費がもったいなくなってスーパーによって帰宅。なかなか堅実な主夫である。

 執筆で忙しいのに、ネット上で議論を始めてしまう。テーマは不二家の問題。
 でも、議論の中から新しい小説のアイデアが形を現してきた。ラッキー!
 忘れないように、簡単なメモを取っておく。
 なにしろ2007年は射手座も一白水星も強運なのである。初詣のおみくじだって大吉。こうして、いいことがどんどん起きるはずだ。(笑)
 どっちにしても、発信しない動かないところには情報もアイデアも人も集まってこないから、無駄のようでも走り回ることが大切なのだ。

2007年01月18日

母の誕生日だが

 母の誕生日には、誘い出してお食事会をするのが通例になっている。
 が、ことしは、僕も妻も忙しくてまったく余裕がないので、一段落ついたら改めてということで。

 3時間ほど寝て起きて、みなとみらいでいつくか事務的な用事。

 あとは、執筆。
 木曜午後は整形外科が休みなので、リハビリには行けず。

2007年01月17日

3連続リハビリ 新記録!

 三日連続でリハビリ。
 リハビリがいいのか、トラックボールがいいのか、その両方か、あるいは気のせいか、腰が良くなったような気がする。

 整形外科の隣がブックオフなので、ついでに処分する本を5冊売りに行ってみたら710円で売れた。
 物書きの側からすると、古本が何度取引されても一銭もお金が入ってこない。だから、自分は本屋で買えるうちは、安くすんでも古本を買わないようにしている。古本を買うのはすでに絶版になったものだけ。

 しかし、本棚の整理は必要だし、本をただ捨てるのは忍びないし、いろいろと物入りでもあるので、ある意味、断腸の思いで、生まれて初めて「古本屋に本を売る」ことに踏み切ったのだ。たとえ読者は古本屋にお金を払っていても、古本は著者から見ると印税が入らないから「本のタダ読み」だ。古本を売るのは、そのタダ読みに加担しているわけで、書いた人には申し訳ない気持ちで一杯。ごめんなさい。

 小説家のひとりとしては、まあ、タダでも読んでもらえればうれしくないことはないのだが、お金を払って新本を買って読んで頂かないと、こちらには一銭も入らないわけで、これで生計を立ててい