覇権の標的 D列車でいこう 








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2008年10月12日

まもなく観音崎

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三崎に向かって航海中。

2008年07月01日

東横線

向かいの席では7人中4人が本を読んでます。
3人はたぶん小説。
世の中捨てたもんじゃないな(笑)

2008年04月19日

コルセット

 2週間前、フットサルをやって以来、どうも腰の調子がもどらない。
 ちょど1年前と似たような感じ。
 このまま悪くなると、7月には歩けなくなり、8月には再手術……という昨年のことが頭をよぎる。

 というわけで、大事を取って、以前使っていたコルセットを着用。
 うん、かなり楽。

2008年02月15日

歌について、言葉について

 昼間のうちは映画化関係のメールのやりとり。
 夜になって本気モードの執筆開始。


 すっかり川上未映子に影響を受けてしまってます。
 自分が執筆モードなので、彼女の小説はまだ読んでないけど、音楽の方で。
 そういう意味では川上未映子ではなくミュージシャン名義だから「未映子」の影響というべきか。
(さらにいえば「未映子」を名乗る前の「川上三枝子」名義のアルバムも、純正ロックでとってもいい)

 言葉自身のもつ力というか魂みたいなものについて考え込む。
 未映子の歌が滲みる。彼女の歌い方も言葉を音としてではなく言葉として(へんな表現だけど)送り出そうという歌い方なんだな。

 こういう風に、言葉に入り込んでしまうのは、エンターテインメント作家としてはたいへんよろしくないわけです。純文学へいってしまっては、僕の目指しているキャリアはまたリセットになってしまう。53歳でやっとここまできて、いまさらリセットしている人生の残りはないからね。
 なので、かなり困ったな、と思ったんだけど、ふと気づいた。

 そう、言葉を大切にするなら、歌の方でやればいいじゃないか、と。

 そんなわけで、猛烈に歌をつくって唄いたくなっている。
 いまの長編が書き上がったら、一曲、書こうと思う。

 ん? 確定申告? それもあるんだよな。まったく。 浮き世はままならぬ。

2008年02月13日

川上未映子

 午前5時就寝。
 午前8時20分、目覚ましが鳴ったが起きず。
 やばい! 8時48分、起床。
 午前9時2分、病院の受付に到着。
 同25分、診察終了。(手術後6ヶ月の「定期点検」)
 近くにプロントができていたので、380円のモーニングセット。
 スーパーに寄って日用品や食料品の買い物。
 午前11時過ぎ、帰宅。執筆開始。

 午後3時、近所の中華屋さんでランチ。
 その足でスターバックスへ出勤。室内が暑く眠くなりそうだったので、「本日のコーヒー」サイズはグランデ。
 午後5時近くまで執筆。
 疲れたところで、ブックカフェになっているので、芥川賞全文掲載の文藝春秋をテーブルまでもってきて、 川上未映子の受賞インタビューだけ読む。

 この人の顔、すごくいいと思うんだよね。
 自分ができている。簡単に凝り固まったのではなく、手を広げて辿り着いた顔をしている。などと人様の尊顔を批評するなんざ失礼至極なのだけれど。
 インタビューを読んでも、ブログ(というか公式サイト)を読んでも、セルフプロモーションをきちんと考えている。やっぱり音楽系の人であるということもあると思うけれど、衆目をきちんと集める、ということをきちんと意識している人だ。

 純文学系の人によくある悪いところは、全部、彼女の中では解決されていて、立ち位置というのができている。
 というわけで、小説の方はきちんと読まないといけないので、時を改めることにした。

 夜は夜で、また執筆。
 〆切のエッセイも書いてメールで送付。

 ヘッドフォン、都合10時間ほど鳴らしたと思うのだけれど、いい音になってきました。

2008年01月25日

大藪春彦賞

 今晩は大藪春彦賞の選考会があるのだそうだ。

 で、編集者からのメール曰く、
「来年の賞の候補になるような作品を目指しましょう」
 て、このひと作家を乗せるのがうまい。(笑)

 はい、こんどの長編はハードボイルドでございます。

ちなみに、結果、賞は近藤史恵さんと福沢徹三さんに決まり。
大藪賞の受賞作はこんな感じ。

 第1回(1999年) 馳星周 『漂流街』
 第2回(2000年) 福井晴敏 『亡国のイージス』
 第3回(2001年) 五條瑛 『スリー・アゲーツ』
 第4回(2002年) 奥田英朗 『邪魔』
 第5回(2003年) 打海文三 『ハルビン・カフェ』
 第6回(2004年) 垣根涼介 『ワイルド・ソウル』、笹本稜平 『太平洋の薔薇』
 第7回(2005年) 雫井脩介 『犯人に告ぐ』
 第8回(2006年) ヒキタクニオ 『遠くて浅い海』
 第9回(2007年) 北重人 『蒼火』、柴田哲孝 『TENGU』
 第10回(2008年) 近藤史恵『サクリファイス』、福沢徹三『すじぼり』

 ためしに、既刊本を対象にした非公募の文学賞にどんなものがあるか調べてみたら大衆文学(笑)だけでも、こんなにありました。直木賞以外は一般の人はほとんど知らないと思うので、きわめて業界的なイベントですね。

 直木三十五賞 山本周五郎賞 吉川英治文学賞 吉川英治文学新人賞 新田次郎文学賞 柴田錬三郎賞 島清恋愛文学賞 日本冒険小説協会大賞 婦人公論文芸賞(2006年から中央公論文芸賞に変わる) 日本推理作家協会賞 大藪春彦賞 日本ミステリー文学大賞 本格ミステリ大賞  とか。

2007年12月31日

2007年を振り返る

1月
 正月に予科練だった叔父が亡くなる。
 この月はほとんどずっと『D列車でいこう』の原稿を書いていた。

2月
『D列車でいこう』の改稿。引越の準備。

3月
 6日に引越。捨てるものが多くて、捨てるために体力の限界ぎりぎりで準備や後始末をした感じだ。新居のベッドに眠れるようになったのは31日。

4月
 20年前にNECの退職金(に貯金を足して)で買ったオートバイ Honda GB250 Clubman のレストアが完成。

5月
『D列車でいこう』、徳間書店から発売。
 さっそくTBSラジオ「森本毅郎のスタンバイ」で紹介される。

6月
 徳間書店から第三作の執筆依頼。やった。
 短編「ショウルームの女」に手をつける。
 NHK BS「週刊ブックレビュー」で『D列車でいこう』が紹介され、amazon で瞬間風速売上50位代に躍進。

7月
 いよいよ歩くのが困難になり、けいゆう病院の整形外科の脊椎の専門医を訪ねる。
「本の雑誌」において、『D列車でいこう』2007上半期ベスト10となる。
「ショウルームの女」脱稿。掲載未定。

8月
 某社から長編書き下ろしの打診。
 椎間板ヘルニア手術のため、人生で初めての入院。

9月
 退院。楽しい入院生活だった。
 別の某社から長編書き下ろしの話。

10月
 さらに別の某社から長編書き下ろしの話。

11月
 3作目のプロットにOKがでて、本格的に執筆開始。
 さらに別の出版社から長編書き下ろしの打診。
『D列車でいこう』の映画化の話、動きはじめる。
「ショウルームの女」の掲載が決定。「問題小説」2月号。

12月
「問題小説」巻頭カラーグラビア撮影。
 またまた別の出版社から長編書き下ろしの打診。
 たくさんいただいた仕事の分量に呆然としながら、必死で執筆マシンに変身を遂げる努力の年の瀬を送る。
 
 というわけで、来年は、ブレークします。
(その前にやらなくてはならないことはたくさんあるんだけど)

2007年12月30日

年の瀬

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 この冬、ほとんど衣類を購入していない。
 お金もあまり無いし、今年はいいや、と思っていたのだけれど、uniqlo の広告を見て、「バーゲンだから服を買ったら?」という。
 洋服というのは、まあ、常に足りてはいる。買わないと着るものがない、ということはあまりない。だからこそ逆に背中を押されないと買おうという決心がつかないもの。
(なかには、やたら洋服を買ってしまう人もいるけど、まあ、僕の場合は)

 というわけで、年の瀬ムード満点の伊勢佐木町へ。

 買い物が終わって、外へ出ると、雨が降っている。
 10分ほどの雨宿りで、雨は上がり、冬の斜めの日差しで、町が輝いていた。

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 夕方5時から、フットサルチームの納会。
 ホームグラウンドが自宅すぐそばだけど、まだ体ができていないので、試合の部は参加せず、宴会部門だけ。こちらの居酒屋も自宅から2分ほどの場所。

 原稿がはかどらなかったので、深夜にあわてる。

2007年12月29日

干物の山

松阪のお宅から、今度は干物と豆類芋類をたくさん戴く。

 秋刀魚丸干し/秋刀魚の開き/小鯵の丸干し
 鯵の開き/鯵のみりん干し など、50尾以上。
 それから煮干しをたくさん。鰹の生節。
 大豆、黒豆、長芋、里芋、丸いとろろ芋(名前失念)、ギンナン。

 まだ先日のブリも冷凍庫にたくさんある。

 夏ならみんなに声をかけてバーベキューパーティをすればあっという間にはけるけれど。

 妻は、持病のため(塩分の高い)干物はダメなので、僕一人で当分おかずは干物だな。朝もパンはやめて、アジの開きと味噌汁の正しい日本の朝食にしよう。

2007年12月28日

ヒマ

 中学生くらいからあと、ヒマだったことがない。
 毎日毎日、やりたいことがたくさんあり、それをやりきらないうちに夜になり、睡眠時間を削ってもやりきらないが、しかたなく眠る。
 思えば、10歳くらいからあと、そうやって40年以上、生きているんだなあ。
「ヒマをつぶす」という言葉がピンと来ない。

 小学生の頃は、それでもヒマというのはあったと思うんだけどね。
 学校で習うことは教科書を自分で読んだ時点で全部わかったから、先生の話を聞いても同じことの繰り返しで授業中はおそろしくヒマで、終わるまで待つのが毎日苦痛だった。
(授業中に内職をするという知恵がまだなかったから)
 家に帰っても、世界が狭いし、自分の力でできることは限られているから、やりたいことが少なかったし、やりたいと思ってもできないことが多くて、その結果、それなりにヒマで、なんだかいつも本を読んでいた。

 ああ、これから先も、死ぬまでヒマになることはないのだろうなあ。
 そういう人生って、いいんだか悪いんだか。

 ヨットで遠出をすると、たいてい昼過ぎに目的の港に入り、あとやるべきことは、「近くの銭湯に行って、飯を食うだけ」ということになり、日が暮れるまでずっと外に座っている。
 こういうヒマは、ヒマをつぶしたいと思わない、ヒマ自体を楽しむヒマ。
 そういや、ヨットも最近乗ってないや。

 水中ウォーキング20分、水泳100mX2本。

2007年12月27日

IKEA

 朝起きるとまずやることは、wii fit と決まっている。
 初めて4日目で、順調に筋肉痛。

 妻が冬休みに入ったので、彼女なりにずっとやりたかったホームインプルーブメントのために、IKEAに行きたいと言い出した。
 恐妻組合のメンバーとしては、家のことに関する限り、協力しないわけにはいかない。
 なにしろ、彼女は何千万円も出して家を買ったわけで、それをできるだけ快適にしたいという熱意は、ただの同居人の僕とは比較にならないわけだ。

 というわけで、昼から、車で港北のIKEAに行く。
 本日のテーマの「TVボード」はデザインが気に入れば強度が足りない、強度を満たすものは、使い勝手が思い通りではない、という具合でIKEAでの購入は断念。
 昼食(美味しいパスタ平日なら295円!)をはさんで、結局、気に入ったダイニングの照明を見つけて買うことができ、それなりの成果があったというわけ。
 ついでに、車でしか行けないスーパーに立ち寄って帰宅したのは午後4時。
(面倒なので、早々に最低限のお正月の買い物もしてしまった)

2007年12月26日

下北沢で、おばんざい

 昼は仕事。
 夜に、下北沢で会食の予定なので、電車が混む前にさっさと下北沢へ移動。
 久しぶりのシモキタは、かなり再開発が進み始めている。
 雑然混沌無秩序がこの町の良さであり、エネルギーであったのに。
 無秩序が、いつか出て行くぞ、という役者たちやミュージシャンたちを吸収して、育てていたのに。
「消防自動車が入れない」という反対しにくい大義名分。
 消防自動車が入れないのは、何十年も前からのことであるのに、なんでいまさら。
 ピアニストのフジ子・ヘミングも先頭に立って反対運動をしているらしい。

 駅のそばのドトールも工事中になっていたので、向かいのマクドナルドでコーヒーMサイズを飲みながら、仕事。
 近くで、トンガッた若者を見て、シモキタならではの良さを感じる。
(黒い爪、黒のアイシャドウに赤のアクセント、という椎名林檎系の美しい女子)

 午後7時まえ、翻訳家のMさんと落ち合って、京料理のお店へ。
 シモキタとは思えぬ落ち着いたお店。
 料理も美味しいし、お酒も美味しい。

2007年12月25日

クリスマス

 昼間は、ふつうに仕事。

 午後8時過ぎから、野毛の萬里放題亭で夕食。
 ザーサイ、蒸し鶏、餃子、豆腐の炒め、白菜のクリーム煮、蟹玉。
 もちろん、紹興酒。 
 やっぱり、クリスマスは中華に限る。

2007年12月22日

執筆快調

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 本日も、妻が外食なので、こちらも執筆優先で夕食は大戸屋で「おひとりさま」。
 とにかく、食事を作るのをやめると、確実に執筆の調子が上がる。
 仕事は山ほどきているので、費用を節約するよりも生産性を上げて、たくさん書いて稼ぎの方を大きくする側に、方針転換だ。

 そんなこともあって、執筆の調子は上がってきている。
 現在180枚。
 直しが必要だが、まがりなりにも書けているところが他に100枚くらい。
 新規に書き加えていくところは、他にあと、150-200枚くらいかな。

 そんな中で、残りの部分には、つながってない隙間がたくさん残っていて、これは自分への「誘いの隙」みたいなもので、このスキマを利用して、物語ががしっと組上がったり、現時点では作者も予想もしないすごい展開になっていったりする。この先10日くらいが、書いていても面白いところ。

 正月もこのままずっと仕事していたいけど、まあ、年に一度のことなので、親と食事くらいはする予定。

 そうだ、年賀状、どうしようか。

(写真はコザで僕がイルミネーションを取りつけた開店準備中の案内所店舗)

2007年12月21日

W20+100mX2

 料理するとテンションが抜けるので、昼食は大戸屋。

 その足で、ランドマークのスターバックスへ移動して執筆。すごい、1時間に5枚も書けた!

 5時を過ぎたのでスポーツクラブのプールへ。
 この時間は、デイタイムの会員が出て、勤め人の人が来ていないので、プールに3人しか人がいなかった。
 ウォーキング20分+水泳100mを2本。
 少しだけ、体の柔軟性も改善してきたかな。(前屈で、なんとか床に指が着くところまで)

 米が切れてきているので、スーパーによって米とパンと牛乳を入手。
 4日ぶりに自宅での夕食。ブリの兜焼き、同じくアラ煮、モヤシとピーマンの炒め物、豆腐の味噌汁。

 夕食後、短編のゲラチェックを終わらせ、修正部分のみ、出版社にFAX。
 久々に、「FAX送付状」なんてのを書いたような気がする。

2007年12月20日

大人のロックな忘年会

 電車の中で雑誌掲載の短編のゲラをチェックしながら新宿へ。

 ミュージシャンで最近は自分で会社ももっているササキケンジに誘われて、以前に記事を書いたことのある雑誌「大人のロック」の編集の人たちとの忘年会。
 新宿厚生年金会館ちかくの沖縄料理店「宜野座」で。
 ケンジと二人で「コザをきっちり取り上げるべきだ」と熱弁をふるったのでした。

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写真 左は「宜野座」のネエネエ。途中で沖縄民謡のライブがありました。
    右は民謡に三板(サンバ)を合わせるササキケンジ。

2007年12月19日

執筆、快調

 朝から仕事、ハイペースとはいえないがコンスタントなペース。

 午後、運動がてら自転車で、関内の横浜文化体育館の向かいにある「ハイサイおきなわ」へ行って、沖縄そばの出しを一ビン調達。牧志公設市場で買った麺がまだ1キロ以上残っているのだ。
「ハイサイおきなわ」は、本格的な沖縄物産ショップで、生のソバもある。観光みやげアイテムではなく、沖縄の人が生活の中で欲しいものもある感じ。値段もまあリーズナブル。
 こんどから、沖縄ソバを食べたくなったら、ここに仕入れに来よう。
 驚いたのは、なんと6万円以上もする本格的な三線も売っていること。

 もどって、夕方まで執筆。

 午後7時、ボランティア団体の世話人会。
 ひきつづき、野毛の萬里放題亭で忘年会。

 最後はひとりで都橋商店街の「華」へ。
 いつものように肝っ玉かあさん系のママさんとあれこれ雑談。
 ここの名物料理でもある巻き揚げを「お歳暮」として戴いてしまう。(生の揚げる前の状態のもの)
 千円の飲み代で、申し訳ない。

2007年12月18日

朝型、順調

 年末で夜に予定が多いこともあって、朝方で昼のうちに仕事をするようにしている。
 で、夕方、関内/伊勢佐木町方面へお出かけ。

2007年12月17日

W20+100mx2

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 夕食後、プールへ。二日連続だ。
 ウォーキング20分に、スイミング100mを2本。少し負荷を増やしてみた。
 閉店近くの遅い時間帯でプールが空いているので、泳ぐのが楽。

 3時間睡眠だったので、午前1時には就寝。

(写真は本文とは関係ありません)

2007年12月16日

形になってきた Project-K

 現在執筆中である単行本向けの長編(便宜上"Project-K"とでも名づけておく)、少し前まで曖昧模糊としていたけれど、150枚くらいまできて、かなり形になってきた。
 いま、主人公が第二の重要な登場人物に出会うところまで。

 実は、すでに書いてある部分が別に150枚分くらいあるので、しばらくはそれを書き換えながらつないでいくことになる。かなり短い期間で300枚くらいまでは進むだろう。
 いまのところ、できあがりで原稿用紙500枚くらいと、いままでよりも短くまとめたいと思っているけど。
 ちなみに『D列車でいこう』は630枚、『覇権の標的』は640枚。この枚数だとどうしても価格が高くなってしまって、結果、どちらも1785円というお値段。amazon で送料無料になる1500円くらいに抑えたいとかねがね思っている。

 なんやかやで、1月中旬には初稿を出したいなあ。ガンバロー。

出世魚

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 午後3時過ぎ、プールへ行こうと思っていたら、ペリカン便。
 長細い発泡スチロール。
 新巻鮭? と思ったら、中で氷らしきものがカラカラいっている。
 なんと体長70センチほどのブリ。
 wiki によれば、体長80cmからがブリだそうだが、ハマチ/イワサ/ブリ、まあなんでもいいや。

 この秋には、段ボールで柿が2回、松阪牛が1回送られてきたのだが、こんどはブリだぜ。

 放っておくわけにはいかないので、「木屋」の出刃を持ち出して、あわてて食べられる状態にする。おかげでプールは閉店ぎりぎり。

 別な人からカニを二杯送ってきてもらっていて、1つ食べた後、外食になっていてそれも今日中には食べなくては。 というわけで、夕食はタラバガニ、ブリのカマ焼き、ブリのアラ煮、と相成りました。

 半身は刺身のサクにして冷凍、半身は切り身にしてこれも冷凍。
 頭はとりあえず兜焼きにして、ラップにくるんだ。
 アラは生姜と醤油とみりんで煮たけれど、これだけでも相当食いでがある。

 地方によっては出世魚で縁起がいいということで、ブリをお正月に食べたり贈答品にするらしいですね。
 阿川大樹も来年は作家として出世したいと思います。
 ブリ、どうもありがとうございました。

2007年12月12日

物語の匂い

 帰ってきた横浜は思ったほど寒くない。

 午後、自由が丘で人に会う。
 岡山県の一風かわった小さなワイナリーのワイン(年間1000本限定)をどうやって売るか、という話。
 実は、このワイナリー、小説の舞台として狙っている。
 今まで頑固者の醸造責任者とその他の従業員だけだったのだけれど、ソムリエの資格をもつ女性社員が加わるのだそうだ。俄然、物語のニオイがしてきている。
 岡山まで取材に行きたいのだが、島根との県境のおそろしく山奥。道路がアルのが不思議なくらいのところなのだ。
 取材は面白いけど、お金もかかるし、その間は原稿は進まないので、バランスがね。
(今回の沖縄行きだって、やっぱり8万円くらいはかかってしまったし)

 打合せは5時に終わって、せっかくだから近くに住んでいる人にも声をかけて1時間ちょっと話をして、帰宅。
 あわててスーパーにいって、閉店間際の安売り品をゲット。

 那覇の公設市場で沖縄そばの麺(生麺)を2kg以上買ってきたので、紅ショウガや薩摩揚げ(沖縄では蒲鉾という)やバラ肉の煮込みを買ってきて、夕食は沖縄そば。スープがもったいないので(笑)替え玉を入れる。

 夕方、帰宅したら短編のゲラが届いていた。

 とりあえず年末進行のエッセイ4枚を書いて送る。
 小説はすすまないなあ。

2007年12月11日

国際通り Helios Pub   コザを後にする

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 午前10時起床。いよいよ横浜に帰る日。
 11時チェックアウト。迎えの車で那覇へ向かう。
 那覇市西の「亀かめそば」で沖縄ソバ400円。
 空港へ行き、ロッカーに荷物を預けようと思ったが、念のため飛行機に荷物をチェックインできるかと聞いたらできるという。午後8時10分の飛行機の荷物を正午にチェックイン。8時間も前に荷物をチェックインできるなんて。というわけでコインロッカー代が節約できた。
 ふたたび車で那覇国際通りまでもどってドロップしてもらう。

 久しぶりの那覇で、牧志公設市場などを定点観測。
 スターバックスでこの日記や小説を書く。

 竜宮通り社交街、桜坂社交街を定点観測。
 牧志公設市場で沖縄ソバの麺を1kgとスープ6人前買う。ここには市場の二階の食堂の人が次々に買いに来るのだ。しかし買いすぎたかな。背中に背負うのが重くて重くて。(泣)
 小腹が空いたのでクーポンを使ってマックラップ(160円)。マックでは飲み物なんて頼まない。
 だって那覇に来たら "Helios Pub" で地ビールを飲むと決めてあるのだ。お金を使ってビールの味を落とすわけにはいかない。(笑)
 那覇の国際通りは好きじゃないけど定点観測のために来ている。でも、Helios Pub だけは例外で、たぶん、那覇でいちばん好きな場所だ。平日の夕方、日が暮れる直前にとても落ち着いたいい時間を過ごすことができる。

 午後8時10分の便で羽田へ。帰宅は11時20分。

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2007年12月10日

唄う乞食

 午前0時過ぎ。
 宏次と飲んでいたときのこと、ひとりの男が入ってきた。
「わたくし、うるま市の**と申します。このたび、CDが発売になりまして、キャンペーンとして、この地域を回っています。ワンコーラスでいいので、ここで歌わせてもらえませんでしょうか」
 はきはきと喋る、ちょっとへんな感じだが、このあたりでは歌を唄うのは普通のことなのでもちろんOK。
 で、ギターを弾きながら演歌のような曲を歌う。
 弦が古くて死んでいる、チューニングはあっていない、声量はあるがただ大きい声、ギターは下手。
「ありがとうございました。ただいま有線でもラジオでもリクエストを受け付けておりますので、みなさまできましたら、リクエストの方をお願い致します」
 しかし、何という名前でなんという曲なのか1度しか言わないのでよくわからない。曲名やレコード会社を書いたチラシを配るわけでもない。
「どうもありがとうございます。強制というわけではないのですが、わたくしを応援するというお気持ちでどなたか100円でも200円でも戴ける方はいらっしゃいませんでしょうか。(シ~ン) あ、いらっしゃいませんか、それではありがとうございました。しつれいします」

 新手の乞食だった。

 最初にギターの音を出した瞬間にCDが出ているというのが嘘だとわかる。ありえない。コザでは、どんな店に何時入っても、客の中で彼よりも歌やギターがうまい人間は必ずいるだろう。(僕だって彼よりはかなりうまいと思う)
 しかも、CDが出ているミュージシャンよりもうまいアマチュアもいるし、筋金入りのプロであっても無料でシロウトの客といっしょになって演奏してしまうような町だ。彼に正当な対価として100円払う人間はいない。払うとしたら、彼を乞食だと見破った上で払う人間だ。
 でもね。人を哀れむとき、人は悲しい気持ちをいだく。乞食の施しをして楽しくなる人間はいない。
 楽しく酒を飲んでいるときに、冷や水を浴びせるようなことをわざわざ扉を開けて入ってきてするのは、理不尽な暴力の一種だ。こっちがお金をもらいたいくらいの出来事なのである。
 それにしても、歌うまでの導入部のもっていき方は一字一句よく計算されている。歌うこと自体はめったに断られないだろう。そして、大声で歌ってしまえば、その努力や意気込みを感じて100円くらいなら払ってくれる可能性は一応ある。
 でも、こと音楽の町コザでこのビジネスモデルは成立しにくい。

三線方面 コザ6日目

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 午前11時過ぎ、起床。
 まずは5階の大浴場でほぐし、ホテルのレストランでカレーライス(700円)。野菜たっぷり。沖縄のカレーは一般にそうなのだが、まったく辛くない。

 部屋に籠もって仕事をしてるうちに午後4時だ。部屋の掃除の人が来たので、ホテルを出てまたオーシャンへ。コーヒーを頼んでカウンターで原稿書き。
 この店に差し込む夕暮れの日差しがやがて失われていく時間がなかなか心地よいのだ。

 午後7時、6時から始まっているはずの照屋林次郎の「Art KOZA」のオープニングパーティへ。
 司会はFMコザのハナちゃんと、タレントでいまは民主党の衆議院議員候補者にもなっている玉城デニー。
 暗くなって、ひがよしひろが4曲ほど歌う。つぎはすでにCDを何枚も出している若き天才三線奏者「よなは徹」。これがまたすごくいい。
 それに乗って、ハナちゃんや林次郎がカチャーシーを始める。
 一眼レフを持ち出して写真を撮っているのは「りんけんバンド」で有名な照屋林賢。シンガーソングライターのヤラヤッシーもいるし、JUPITERのギタリスト・カズシも、おなじくギタリストのTARAちゃんもいる。名前は知らないけど、他に三線をやる人たち、園田のエイサーから5人。
 音楽の町コザの芸能人が集まっているかんじ。

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 午後9時、宴たけなわのところ、電話が入る。
 指名制度なんてないのに、全国から指名が入るカリスマ・ツアー・ナースのはっちゃんだ。コザに住んでいるのにずっとツアーの仕事中で今晩になって、やっともどってきたところ。
 凱莎琳(キャサリン)という静かな台湾料理屋さんでお腹いっぱいご飯を食べて、「SHUN」へ移動。ちょうど約束していた琉球紅型染の金城宏次(ついに着物の染の注文がコンスタントに入り始めた赤丸急上昇中の紅型アーチスト)がやってくる。一年ぶりになんとか会えた。

 コザはミュージシャンや芸能人や芸術家に対してカジュアルで自然なリスペクトがある地域で、小説家というのもその範疇に入れてもらっているようなので、とても居心地がいい。しかも「ギターを弾く」というのは「こっち側の人間」という証文のような役割をする。(笑)

 午前3時、店を後にする。
 ホテルへ戻る途中、PEGが開いているようなので、戸口までいって、「あした帰るから」と照喜名薫に挨拶。(今日もサーミーがいた)
 さあて、部屋にもどるぞ、と思ったら、パルミラ通りの(僕がイルミネーションを取りつけた)事務所の中で、コザクラのママでライターの雅子さんが仕事をしている。ここでも挨拶だけしておこうと声をかけると、中に誘い込まれて、4時半まで、またコザの町興しについての話をする。

2007年12月09日

日曜日は静か コザ5日目

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 昼に起きる。
 パークアベニューの「コザ食堂」で沖縄そば(400円)。

 去年来たときは、この店で勘定を払おうとしたらサイフを忘れていて宿まで取りに戻ったのだった。
 まっすぐパークアベニューを登り切ったコリンザの屋上で「空中タウン」の催し物。若者たちの町おこしプロジェクトの一環。屋上に周辺の有名店の屋台が出ていて、若いミュージシャンがライブをしていた。

 ゲート通りの「オーシャン」でコーヒーを呑みながら仕事。
 今日は日曜なので、一橋大学卒業のしっかりものの奥さんマキちゃんもいる。
 途中、お客さんがチェリーパイをもってきて、ご相伴に与る。知り合いの店だと泡盛の盛りもよかったり、エコヒイキが横行しているのが、沖縄のいいところなのだ。いろいろな形で人と人の繋がりをとても大事にしている。
 僕は東京生まれで田舎とか故郷というような場所がないので、にわか故郷気分を味わわせてもらっている。

 ホテルにもどろうとパルミラ通りにさしかかると、ひがよしひろがイルミネーションの看板をつくっている。照屋林次郎(照屋林助の息子、りんけんバンドの林賢の弟、三線の製作者)が明日開店のギャラリーカフェのパーティの準備をしている。
 他にもあちこちで知り合いが町のために働いている。

 午後7時少し前、宮永英一とマネージャー(従姉妹)がやってきて、ホテルで夕食をいっしょにする。CHIBIはデイゴホテルの前社長とも古くからの知り合いなので、食事の後、サービスにコーヒーがついた。(ラッキー)

 彼らを送り出してから、部屋にもどって仕事。

 午後11時を過ぎて、コザクラへ出かける。
 昼にオーシャンであってパイをご馳走してくれた人がいる。後からひがよしひろが来る。全然、待ち合わせや約束をしていないのに、しょっちゅう会う人には会う。(笑)
 午前1時すぎ、部屋にもどる途中、思い立ってミュージックタウンの「すき家」へ進路を変更して牛丼並350円。本土とはまったく味がちがう。牛肉の量も多い。ここではタコライスもある。
 別に腹は減っていなかったのだけれど、深夜のこの場所に来てみたかったのだ。取材といえば取材かな。
 あとは、朝まで仕事。

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2007年12月08日

命日の過ごし方  コザ4日目

 ことしもやってきたジョン・レノンの命日。
 この日の阿川的意味については
  ここをお読みください。

 夕方、パルミラ通りの事務所で仕事をさせてもらっていたら、「これもらってきたよ」というのはFMコザのハナちゃん。
 じっと人の目を見る。つまり僕にそれを取りつけろといっている。
「脚立があればできるよ」というと、ちゃんとどこからか脚立をもってくる。
 というわけで、戸口の前のテントの下にそって、針金でイルミネーションを止めていく。そういや、去年はとなりのコザクラのイルミネーションをつけたんだよね。毎年、商店会のお手伝いをしているのであった。

 午後7時、車のお迎えつきで鼓響館へ。(ドライバーは副館長をやっている従姉妹)
 CHIBIこと宮永英一(館長)とも久しぶりに会う。
 琉球太鼓とドラムの生演奏を間近できいてゴキゲン。

 タクシー(1640円)でコザまでもどり、ミュージックタウンに新しくできた、コザにあるまじき(笑)都会的なライブハウス「Taurus」(チャージ・ワンドリンク付1000円)で照喜名薫と城間健一のデュオを聞く。
 夕食がまだだったのでカルボナーラ(950円)も頼んでみる。
 この店は不動産会社の経営だけれど、都会の店をよく研究していると思う。
 カウンターの隣は黒人と中国人の夫婦。年末には横浜にもくるんだって。

 コザはカジュアルというか服装がどうでもいい町なのだけど、ここにはきれいに着飾った人が多い。そういう場所があれば人はそういうこともしたかったのだ。コザ・ミュージックタウンにはハコモノ行政との批判もあるが、それなりに新しい需要を喚起し、ライフスタイルの提案もなされている。
「うりうりひゃあ」という店ではコーヒーの出前をやっている。お店の子がかわいいので近くの商店街のオジサンの間でコーヒーを頼んで届けてもらうのが流行っているらしいし。いいよね、そういう微笑ましい町。
 午前0時過ぎ、演奏が終わったところで、カオルに挨拶して「SHUN」へ。
 ビール500円でチャージなしなのだけど、お通しのおでんがめちゃウマ。量もたっぷり。おそらく今までの人生で僕が食べたことのあるおでんのなかでもトップクラス。「こういうのはちゃんと金をとらなきゃだめだ、商売が下手だ」といったら、客によっては300円くらいチャージを取ることもあるそうだ。でも、このおでん、500円でも安いよ。出汁もきれいに澄んでいて、高級料亭に匹敵する。

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 午前1時を回ったところで、カオルの店「PEG」へ行く。
 さすがに土曜日なので、人が入っている。
 客の若い男の子がギターを弾くがどへた(笑)。次に外人が弾き語りをしたのだけど、それは聴ける。
 そんなあたりで、店が渾然一体になって、照喜名薫もサーミーも阿川大樹も、ギターを持ち替えたり、マラカスドラムをいれたり、名前を知らない他の人たちもで、ロック歌声喫茶状態が午前6時までつづく。

 店を閉めたところで「〆にSHUNへ行こう」とカオルに誘われ、本日二度目のSHUN。こんどのお通しはポテトチップだった。(笑)
 午前7時過ぎ、解散。
 午後2時以降はさんぴん茶やトマトジュースしか呑まないようにしていたので、体調はきわめて良好。ギター弾いたし。

 とにかく、コザの友たちのお陰で、泣かずにこの日を過ごすことができた。

2007年12月07日

眠らない町 コザ3日目

 午前9時起床。昨日はあまり呑まないようにしたのでお目覚めすっきり。
 だたし、結構歩いて腰に来ているので、まず朝風呂からスタートだ。

 朝食はペンギンのぬいぐるみ目当てでマクドナルドのハッピーセット。
(ただしいちばんのお目当ては買えず)
 昼食はデイゴホテルでオムライス(サラダとスープ付)、コーヒー飲み放題700円。

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 仕事場候補のルームシェアの場所を案内してもらって下見。
 場所柄はゴールデン街。そこよりも広い二階があると思えばかなりちかい。キッチン、風呂、トイレはきれい。金土の夜はうるさいが逆に昼間はいつも静か。仕事するにはいいかも。月光熱費込み3万円。歓楽街のど真ん中で不夜城なのでどの時間でも食事には困らない。

 午後8時、オーシャンに行くと、ヤッシーはすでにべろべろに酔っている。(泡盛300円)
 パルミラ通りを歩いていると、オープン準備中の店舗にひがよしひろがいる。「りんけんバンド」の照屋林賢の弟(林次郎:三線製作者)がアートコザというギャラリーを月曜にオープンするのでその準備中。とはいえ、その場所で泡盛を飲んでいるだけ。
 そこでいっぱいご馳走になり、コザクラへ移動。
 夕食がてら料理とビールで1000円。
 いろいろまた町おこしについて話しているうちに11時になったので、リーミーの「ムーンドーター」へ。(島酒1合で1000円)
 ジョンレノンの命日を迎え、午前1時過ぎの閉店までいて、次は照喜名薫の「PEG」が珍しく(!)開いていたのでそこへ。飲み友達のKさんが来たり、さっき別れたはずのひがよしひろがべろべろになって来たり、サーミーが来たり、米兵が来たり。オリオンビール500円。

 結局、ミュージシャンとか芸術家と話をするのが気持ちがいいんだよなあ。
 最初から経済的なことはどうでもよくて、人と比べないのが当たり前で、自分の人生をそれほど妥協しないで生きている。そういう当たり前のことを当たり前にしている人たちと話をしていると、気持ちいいし、なによりイライラしない。
 経済的な呪縛がいかに人を不幸にしているかとってもよくわかる。
 収入が半分でいいと思ったとたんに、だれでも簡単に幸せになれるのに、収入にこだわったり、人と出世の度合いを比べるだけで、人は簡単に不幸せになってしまうのだ。
 腕一本で生きていくことの厳しさを知った上での潔さと肩の力の抜けた生き方が、すごく素敵なのだ。
 午前3時になったのでホテルへもどる。
 まだ町はまったく眠っていない。
 週末のコザはそれ以外の日とははまったく別の町なのだ。

 というわけで、眠らない町、週末のコザからお届けしました。

2007年12月06日

シウマイで始める朝 コザ2日目

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 午前9時半起床。
 昨日、某店への横浜土産にしようと余計に買ってあったシウマイを朝食に食べる。
 店が休みだったので賞味期限が切れてしまった。自分が食べるのは平気だけど、お土産として人にあげるのはさすがに気が引ける。

 淡々と原稿書き。

 廊下の人が部屋の掃除をしたそうな気配を発散していたので、重い腰をゆるめるために大浴場(24時間やっている)へ行き、着替えて外出。

 ミュージックタウンの「島ごはん」で日替わり定食680円。
 これは徳さんよしひろさん口を揃えてお奨めだったので。
 いや、ほんとにおいしかった。
 ちっちゃなデザートやちっちゃなお刺身までついてコーヒーもセット。
 そのまま店で執筆。
 営業していないコザクラに行って、雅子さんから最近のコザの町おこし情報をもらいたかったのだ。
 そしたら、ちょうど中の町で「Bar 10 Street」という飲み屋の共同プロジェクトをやっている人や、建築士でコザの町おこしにも関わっている人が出入りしていて、紹介してもらう。

 部屋にもどって執筆とブログの更新。
 
 夜8時半過ぎ、リンリンでふーチャンプルとビール。
 ちょうど食べ終わったところに雅子さんから電話。
 Bar 10 street の別の店のオーナー、沖縄市役所で地域振興をしている人、などを紹介してもらい、コザの町おこしについて11時まで熱く語る。(笑)
 このあたりは来年前半執筆予定で映画とタイアップの話もある*作目の仕込み。

 いまはコザにいないコザの友だちにコザにいるぞとメールしたら一斉に返事が返ってきた。かくも人の思いが残る町なので、小説でも映画でも人を引きつけることができる可能性を秘めている。
 それを僕が書ききることができれば。

2007年12月05日

沖縄 コザ1日目

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 沖縄へ向かう日。
 旅の前は準備に手間取り、睡眠時間が短くなる。それでも4時間は眠ることができて午前9時過ぎに起床。
 仕事に出かける妻を玄関口で送り出し、メールをチェックし、作り置きのスープを温めながらキャスターバッグのジッパーを閉じる。よし。

 飛行機は嫌いだけれど、空港に漂う高揚感は好き。50回か60回アメリカ出張に行っていた頃に刷り込まれたものの条件反射かな。「これから勝負に行くのだ」という兜の緒を締める感じだ。
 ラウンジを無料で利用できるクレジットカードをわざわざ携帯してきたのに、ラウンジに行くほどの時間はなくて、搭乗口の脇のベンチで朝食(好物の崎陽軒のシウマイ15個入り550円)を食べる。(空港で売っている弁当類は600円以上1500円くらいまで)

 客席には、一階に修学旅行生もいるけど、あちこちにシニアの団体もいる。
 この時期はホノルルマラソンの時期、つまり、旅行業界の閑散期でふつうの勤め人がもっとも旅行をしない時期だけれど、ディスカウントのしかたやツアーの組み方がうまくいっているのだろう。客席稼働率は8割程度にはなっている。
 基本的に沖縄の人気が高いんだろうなあ、きっと。

 空港から113番のバスに乗って胡屋で降りる。(910円)
 この1年の間に胡屋十字路の横断歩道橋は撤去されてスクランブル交差点になっているので、景色がちがう。以前ミッキー食堂があったところは前年すでに建築中だったが、いまでは立派な「コザミュージックタウン」ができてオープンしている。
 変わってはいるけど、この町に来ると懐かしいと感じる。もはや第二のふるさとみたいなかんじ。住んだことのない町でこれほど繰り返し訪ねているのは、シリコンバレーとコザだけだ。

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 デイゴホテルにチェックインしていると、後ろからホテルの宮城社長が声をかけてくる。よく行く飲み屋でなんども会って知っているのだ。本日は当ホテルすこぶる繁盛とのこと。
 部屋に荷物を置くと、とりあえず明るいうちに町の全貌をチェック。なにしろ4年の間、この町を定点観測しているのだ。
 沖縄の日没は遅く、冬の午後5時半でも明るい。

 つい最近、開業して40周年を迎えたかつてのAサインバー「カフェ・オーシャン」に顔を出し、オーナーでシンガーソングライターのヤッシーと話をする。店のコルクボードには僕が40周年祝いに出したハガキがピンナップされていて、棚には『覇権の標的』が置いてある。(おい『D列車でいこう』はないぞ)
 開け放たれた店の外が暮れていくのをみながら、評判のタコス(500円)とオリオン生ビール(500円)で空いた腹を満たす。

 パルミラ通りのリンリンへいって「来てるよ」の挨拶。「来てるよ」といいに来ているのに「お帰りなさい」といわれる。(笑) 「菊の露」(泡盛)ロック、300円。

 ゲート通りを歩いていると、バーPEGの前に、オーナーでギタリストの照喜名薫がいた。ついさっき電話で話をしたところだったけど、ちょうどいいので立ち話。彼はホテルでの仕事に出かけるところ。
「仕事終わったら「チャボ」に行くと思うけど一緒に行かない?」
 と誘われたので、いいよ、と答える。「チャボ」はギタリスト・サーミーがやっている居酒屋。
 中の町社交街(バーやスナックが並ぶ歓楽街)の「宮古そば愛」で宮古そば(中)(450円)を食べているとブルースシンガーのひがよしひろから電話が入る。結局、あとでリンリンで落ち合うことに。
 嘉手納基地の2番ゲートすぐ近くの酒屋アルテックで水とさんぴん茶を買う。
 ホテルに荷物を置いて、再びリンリンへ。
 入口でちょうど帰るところのベーシストのコーゾーに会う。
「週末、聴きに来てくれ」
「もちろん」
 店の中は知り合いだらけ。ひがよしひろと話をしていると音楽プロデューサーの徳さんが合流し、コザミュージックタウンの音楽市場にあるバーを案内してくれるということで、ミュージックタウンの3Fホールのホワイエの "A Aproved Bar" へ。徳さんはこのホールとスタジオの管理もやっている。
 ホールと事務所、スタジオも案内してもらう。
 スタジオのひとつで高校生のブラスバンドが練習していた。(自信なさそうに譜面をのぞく表情が高校生っぽくてほほえましい)
 徳さんが帰った後は、よしひろさんの仲良しでキャンプハンセンの門前町・金武でならした筋金入りの女性ロックシンガー・リーミーのやっている "Moon Daughter" へ。
 昨年、リーミーとは僕がコザへ来たときに、FMコザの収録で一緒になったことがあるのだけれど、そのときにはまだ店をオープンする直前だった。12月20日に開店1周年パーティがあるそうだ。

 最後は本日のべ6軒目のバー、中の町の "Shun" へ。
 ドアは開いているが看板の電気は消えている。営業していなくても人の気配があれば入っていくのがコザの流儀。
 案の定、定休日だけど仕込みをしにきているのだという。でも、ちゃんとカウンターで呑んでいる客がいる。やがて、休みのはずの店のカウンターはいっぱいになる。僕以外は近所の店のオーナーたち(あ、ママも一名)。
 午前2時になって急速に眠くなったので辞去。
 帰り道、PEGの前を通るが開いてない。「チャボ」の話はどうなったんだか。ま、アーチストの予定だから。(笑)

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2007年12月04日

グラビア撮影

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 午後1時から、月刊誌のグラビア撮影。

 担当編集者のTさんと写真部のKさん。
 表紙は篠山紀信、巻頭グラビアはこの方。
 Kさんはずっとこのページの担当なので、あまたの大作家を毎月撮り続けているわけです。

 6X4.5の中判フィルムカメラの登場。レンズはカール・ツアイス。
 みなとみらいで落ち合ったけれど、「色味が足りない」ということで、赤レンガ倉庫へ移動しての撮影。

 けっこう風があって、ヘアメイクさんもいない(当たり前だ)ので、髪の毛の乱れに苦労しました。(カメラマンが)
 観光客のみなさんが
「え? なに、撮影? あの人、有名なの? だれ?」
 みたいな顔をして近くを通り過ぎていきます。
  フィルム13本撮ったらしいです。

 お返しに(笑) GR Digital でパチリ。

 たぶん、年末にはお知らせできると思いますが、短編小説の掲載にあわせて、巻頭グラビアに阿川大樹、登場予定。

2007年12月03日

しあわせとフシアワセはとなりあわせ

 本日午後、初めてのおつきあいの出版社と初回の打合せ。
 うーん、バックオーダー6冊目(都合8作目:既刊はまだわずか2冊だというのに)

 阿川、困っております。どうやってこれら全部をやってのけようかと。
 困ってないでさっさと書け、と。
 なるほど、うん、そういうことなんですけどね。
 でも、ほんとに困っている(笑)

 久しぶりに日本酒を飲み刺身に箸をのばす。
 たくさんじゃなくても、こういうのはしみじみとした幸福をもたらすんです。

2007年12月02日

ヨットも休んで仕事

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 いい天気だけど、ヨットはおやすみ。
 世間は日曜日だけれど、こちらは毎日が日曜日なのでお仕事。

 夕方、運動がてら新しくできたスーパー「文化堂」へ買い物に。

 文化堂はいい。
 みなとみらいやポートサイドの生鮮館よりもきれいだし、品揃えもいい。
 コットンマムよりもスーパーとしての品揃えのセンスが的確。値段もとてもリーズナブル。駐車場がないのが欠点だけれど、専業主婦の人は自転車でいいかな。
 コットンマムは駐車場があるのがアドバンテージだが、おそらくあてにしているであろうみなとみらいのマンション群の買い物客の一部(特に頻繁に自転車などで買い物ができる専業主婦層)は、この文化堂にかなり奪われてしまうだろう。
 コットンマムももっとふつうの品揃えにすれば駐車場があるだけ有利なのに、いかんせんへんな高級志向に走っていて、日常的なアイテムの品揃えが悪い。 日東紅茶もないのにF&Mを何種類も並べているという感じに日常が足りないのに高級品が妙に豊富。醤油なんて全体の売り場面積に比べて異常に種類が多い。野菜は新鮮でいいものが安いだけに全体のバランスの悪さがもったいない。

 東京都港区じゃなくて東神奈川なんだから、根本的に商売のセンスがへん。
(ほんとうにいいものを選ぶ目がないゆえにブランド品を買ってしまう田舎の人みたい)

 妻が外食なので、例によって夕食は手抜き。
 でも、玉葱を切って、中華名菜の肉団子くらいはつくったぞ。白菜のスープは作ってあるし、トマトは切るだけ。

 午後11時を過ぎてちょっと眠くなったので、スターバックスまで出かけて翌午前1時過ぎまで仕事。

2007年12月01日

誕生日のフレンチ

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 53回目の誕生日。
 夕方まで仕事して、妻と一緒に野毛のカウンターフレンチのお店「Y(イグレック)」へ。
 家の近くからバスに乗ろうとバス停にいたのだけれど、ちっともバスが来ない。
 15分ほどして気づいた。土日はバスがない!
 というわけでタクシー。

 お店には先客が一組。
 サッカー元日本代表でサッカー番組の司会者でもあるSさんとそのお仲間。
「きゃあ、一緒に写真に入ってください」
 なあんて、僕らの後ろまで呼びつけて(!)3人で写真をパチリ。(ありがとうございました)

 お店でフットサルチームを結成する話が数年前から出ているらしいので、「じゃあ、うちのチームと試合しましょう!」などという会話など。

 

2007年11月30日

とっても普通の日常

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 病院へいって、診断書を受け取ってくる。保険の入院手術給付を請求のため。
 昼食は大戸屋で、「炭火焼き鶏の親子丼」。おいしかった。

 スターバックスで仕事。
 ローソンで食パンと牛乳と金麦。

 プールで、15分ウォーキング+25mx4。
 あわててシャワーを浴びて、ホームセンター。台所で使うラップがなくなってしまったので、閉店前に駆け込んで無事調達。
 妻が外食なので、こちらは手を抜いて夕食はレトルトカレーとアチェートバルサミコサラダとカップスープ。

 あとは仕事。