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2015年12月31日

大晦日

 今日も朝から掃除。

 午後6時、母、来る。
 午後7時、野毛のフレンチレストラン「イグレック」のお節が届く。
 例年通り、紅白歌合戦を見ながら、お節料理で年越し。

 紅白歌合戦なんてみないぞ、と思った時期もあるけど、紅白で初めて知る歌手も多いので、一種の社会勉強として見ている。少なくともスタジオに芸をしない芸人を集めてだらだらしゃべっている番組よりは歌の方がいいよね。

 というわけで、この場を借りて、あけましておめでとうございます。

2015年12月30日

フットサルの納会

 午後7時、横浜駅近くでフットサルチームの納会。
 実は、午後4時からみなとみらいで「蹴り納め」をやっていたのだけど、僕は参加せず、宴会だけ。

2015年12月28日

夜回り

 事務所の前に、バイクを駐めて、洗車して、写真を撮る。
 (近日中に、少し外観が変わる予定なので)
 事務所の入口のガラスを掃除して、「帰ってきたパフィー通り展」のポスターを貼る。
 でもって、コーヒー淹れたら……
 創業140年の柴垣理容院で髪を切る。
 年賀状のデザインをする。データベースの確認をする。
 ギターとかピアノとかをいじって、展示作品に使う音楽の構想をああだこうだする。
 夜の宴会に出るには時間もお金もないなあ、とぐだぐだする。
 町内の夜回りに参加するかなあ、とかぐだぐだする。
 やることが山ほどあるのに、ただ呆然としている感じ。

 午後10時過ぎ、初黄町内会館へ、
 10時半と0時からの2回、拍子木や提灯や懐中電灯を持って、みんなで町内を夜回り。
 間の時間は、町内会館で飲んでいる。(笑)
 豚汁を3杯もいただいた。
 午前1時、解散。

2015年12月26日

舞台『横浜黄金町パフィー通り』の忘年会

 午前中、コラム380本目まで原稿送付。

 遠回りして、1万歩歩きながら用事を済ませて、黄金町へ。
 1月16日から2週間の予定で始まる展示会「帰ってきたパフィー通り展」のポスターとチラシを山田裕介さんのアトリエで受け取る。

 午後7時から、10月の劇版『横浜黄金町パフィー通り』の忘年会。
 年々、稽古場不足が深刻になっているらしい。

 午後11時過ぎ、辞去して徒歩にて帰宅。

2015年12月25日

検査結果

 22日に採血した結果を聞きにクリニックへ。

 4週間、コレステロールを下げる薬を飲んで、コレステロールは正常値に戻った。
 HDL/LDL比が2.0でまだ少し高い。
 薬の副作用については、肝臓の数値、CPKの数値などがほぼ正常なので、この薬の継続投与が可能。

 というわけで、「薬の効果がある」+「この薬を飲んでいても大丈夫」の2点が確認されたので、問題解決がシンプルになった。

2015年12月24日

等々力緑地公園でテニス

 川崎の等々力緑地公園で本年最後のテニス。
 android のオートバイ専用ナビアプリ「Navitime ツーリングサポーター」を試す。
 よくできていると思う。

 オートバイ用には garmin のポータブルナビを使っていたのだけど、年数が経ってあまり使わないうちに充電式バッテリーが弱ってしまって使えないので、音楽用の安いスマホ(新品で13000円)をバイクのナビ用にも使えるようにした。

 しかし、町はサンタクロースだらけだ。
 僕が子供の頃は、サンタクロースに出会うことはほとんどなかった。
 幼稚園のクリスマス会で男の先生がサンタに扮装して出て来るくらい。
 それがいまでは、1日に何百人のサンタクロースに出会う。サンタクロースが特別で神秘的な存在じゃなくなっている。つまらないな。
 それにしても、ドンキホーテは1年に何万着のサンタの衣装を売るのだろう。

2015年12月22日

墓参り

 午前中、採血。
 コレステロール、下がっているかな?

 あまり寒くないので、オートバイで父の墓参りへ。
 昨日が父の誕生日。
 共同墓地には花束が一杯だった。僕の他に2組の人が来ていた。

 その後、出勤。

2015年12月20日

新車の納車

 午前11時、フォルクスワーゲンのディーラーへ。
 7年間載った、Golf Variant Trendline ともお別れで、今日から Golf Variant 40th Anniversary Edition という車種に。色も紺からガンメタリックに。
 担当のセールスマン氏は、入社してから900台以上売ったそうだ。
 今年の12月単月では7台。大したもんだなあ。どんな仕事でもプロと呼べる人がいる。

 1時間ほど、取り扱い方法の説明などを聞いて、いよいよ乗り出す。
 まず、ガソリンを満タンにして、横浜横須賀道路を使って城ヶ島に行ってみた。
 結婚前に、ディンギーに乗りによく通っていたので、夫婦の思い出スポットでもある。

2015年12月16日

コラム1年分

 コラム370本目まで送った。
 10本ボツにしているので、これで1年分。

 1年やってわかったこと。
 一日5本ならちょろいが、6本目から辛くなってきて、10本書くと長編を脱稿したときくらいの精神的疲労になる。身体に悪いからそんなにやっちゃだめ。ご利用は計画的に。

 明日は黄金町アーティストの公式忘年会だ。
 年内、21日までに引き続いてあと10本書く。

 その後は1月16日から始まる「帰ってきたパフィー通り展(仮)」向けの作品作りに入る。
 アートの町に7年いるので、アーティストになってみる。
(音楽制作+映像制作+それらを載せたオブジェ)
 プロのアーティストが周りにいっぱいいるので、困ったら相談に乗ってもらう。(考えたら、黄金町って、すごい町だ。長さ400mの直線上にアーティストが40人もいる。10mに一人だぜ)
 とりあえず、明日あたりから、平行して、cubase (音楽制作アプリ)のお勉強。

2015年12月15日

月刊ジェイノベルに短編掲載

 12月15日、本日発売の月刊ジェイノベル(実業之日本社)1月号に短編が掲載されました。
 今回は、高架下かいだん広場前にアトリエを持つ楊珪宋さんの話からインスピレーションを得たものです。(前回の短編は初音町の柴垣理容院からヒントをもらいました)

 有楽町のプランタンが提携を解消して名前を変えるそうだ。
 有楽町プランタンと聞く度に思い浮かべるのは、銀座のプランタン化粧品。
 NHKのドラマ(当時は生放送)「若い季節」の舞台になっている架空の化粧品会社。
 テレビって面白いなあ、華やかでいいなあ、と子供心に思ったのはあの番組からだったかもしれない。
 調べたら1962年から64年まで続いた番組だそうだ。小学校低学年の頃。

2015年12月12日

いいぞ、若者!

 ジョギングの途中で、(現役の方の)日本丸の出港に遭遇しました。

 登檣礼で乗組員の訓練生が帆桁に立つのを見て、見送りの両親や祖父母が、立派になった息子や娘や孫の姿に、声を潤ませていました。
 僕も、なんだか感動してしまいました。いいぞ、若者。

2015年12月11日

講演の仕事の打合せ

 沖縄での講演依頼があり、その打合せに担当者来訪。
 朝からすごいダイナミックな天候で雨風空模様が細かく激変する中。

 バイクの任意保険の契約更新。

 夜は深夜営業のスタバで仕事。
 ツタヤと併設のいわゆるブックカフェ。
 平台で、「横浜の老舗」的な、ありがちなムック。
 最初の方に、勝烈庵、センターグリル、玉泉亭、と出て来るんだけど、この3店、歴史があるだけで美味しくないんだよね。
 センターグリルは、むしろ積極的に不味いと思う。
 少なくとも僕の口には合わない。
 日本の食は日進月歩で、新しくて美味しい店がドンドンできている。いい加減、古いだけで美味しくない店を紹介するのはやめたらどうかと思う。

2015年12月10日

野坂昭如

 野坂昭如さんがなくなったそうだ。
 中学・高校の頃、文庫や古本で手当たり次第に読んだ。
「手当たり次第に読んだ」数少ない作家。
 それらを挙げると、野坂昭如、山田詠美、喜多嶋隆、片岡義男。
 山田詠美はいまでも割と読んでる。
 僕の中での「小説家」のイメージは、川端康成でも太宰治でもなく、野坂昭如だ。
「ソ、ソ、ソクラテスかプラトンか、みんな悩んで大きくなった」
 野坂さん、おれ、六十過ぎても、まだ悩んでるよ。

 先週はキャンセルになったテニス、本日は山手公園で。
 ふたりで2時間やると、結構な運動量。

 夕方空黄金町に出勤するも、予想よりも早く雨になったので、10時の終バスで帰宅して、家の近くのスタバで仕事の続き。

 封筒と2円切手を手に入れたので、やっと厚生年金を書類を提出できた。

2015年12月08日

「帰ってきたパフィー通り展」準備開始

 1月16日から黄金町で始まる「帰ってきたパフィー通り展」の資料を書いている。
 本日はアーティストやってます。

2015年12月05日

マイナンバー制度に反対している人

 徴税逃れができなくなる、ということを理由に、公然とマイナンバー制度を批判している人がいてビックリした。
 徴税逃れができなくなるのは、国民にとってはよいことです。
 マイナンバー制度に問題があるとしたら、それ以外の所でしょうに。

2015年12月04日

冬用のグローブ

 午前中、クール便が届くので、自宅待機しながら、コラムの校正。
 11時半に頼んであった尾道の「桂馬蒲鉾」が届く。
 12時半、コラム20本分の再校をFAXして、責了とする。

 まず、新山下のバイク用品店で、冬用のグルーブを買う。
 帰りに、フォルクスワーゲンのディーラーに立ち寄って、昨日そろえた必要書類などを提出。

 その足で事務所へ出勤。

2015年12月03日

西区役所

 雨が上がるまで、近所のガストで仕事。

 道路が乾いたところを見計らって、オートバイで西区役所へ。
 西区役所はバイクなら片道10分だけど、バスや電車だとえらく不便なところにあるのだ。
 午後4時半の窓口はとても空いていて、印鑑登録、住民票の交付もほとんど窓口の待ち時間はなし。

 そのまま、黄金町に出勤。

 夕食は、いただいた蟹。
 昨日買った箱入りの「高清水 辛口」がけっこう美味しい。
 高い酒はいらない。僕はこれで十分だな。

 流行語大賞、あんまり興味ないけど、漏れ聞く範囲ではあんまり流行していないというか、聞いたこともない言葉がランクインしていて、もう「流行語」という概念が陳腐化しているんだなあ、と思った

2015年12月02日

大片づけと毛ガニ

 年金手帳と印鑑証明の登録カードを探さねばならぬ、ということもあり、本日は、物置になって使えなくなってしまっている自宅の書斎を片づける決心をする。

 片づけ中に、妻の知人から毛ガニが2杯、クール便で届く。
 いつもありがとうございます。

 ゴミを捨てるには袋が必要。
 片付けの途中で、手元のゴミ袋が底をついたので、ホームセンターへ行って調達。ついでに、蟹を食べるのに必要な日本酒と、麦とホップ(赤)を入手。

 出た廃棄物は、45リッターの袋に、普通ゴミ6袋、プラスチックゴミ1袋、および、新聞1縛り、本と雑誌5縛り。
 とりあえず、床が見えて、蛇行せずに窓際まで、まっすぐ歩けるようになった。
 年金手帳も早々に見つかった。
 印鑑登録カードは出てこないけど、これは登録し直せばよいので、問題なし。

2015年12月01日

61歳の誕生日

 夕方までに、コラム、340本目までを送付。

 いつもより、早く帰宅して、横浜中央卸売市場の中にある寿司「さがみや」で、誕生日ディナー。

2015年11月30日

運転免許の更新

 ぎりぎりで運転免許の更新のため警察署へ。

 そのまえに駅に近くで写真を取ろうとしたら、運悪くメンテナンス中。
 メンテナンスをしているのは、作業着を来た男性ではなく、キュロットの下にタイツを穿いた女性だった。

 警察での視力検査は、いつものように中くらいが読めず、小さい文字は読めるので、眼鏡なしでぎりぎり合格。
 乱視がひどいので、文字が二重に重なると読めないが、小さくなるとはっきりした文字が2つ見えるので読めるのです。

 朝昼兼用の食事は、ミツワグリルでAランチ。
 ポークピカタなのだがコレステロール多いよな。

 そのあとは、事務所でコラムをたくさん。

 ぎりぎりで更新に行ったつもりだったけど、免許証は1月1日まで有効だったと、後で気づいた。以前は、誕生日までが期限だったのだけど、変わっていたんだね。
 どうせ、1度は行くので、今日行けて良かったのだけど。

2015年11月28日

花園神社 三の酉

 待ち合わせの前に、歌舞伎町のドトールで短編のゲラ。
 ヘッドフォンをして音楽を聴きながら出かけたのだけど、歌舞伎町は人の弱点を狙っている視線があるので、音の聞こえない状態では極端に居心地が悪いので、途中で外した。

 午後3時は、古くからの飲み友達(ウワバミ系美女)と待ち合わせ、恒例の花園神社酉の市。
 何年かぶりに見世物小屋に入った。
 以前いた蛇女(蛇をそのまま食べる芸人)はいなくなって、全体に明るいエンターテインメント路線になっていた。

 神社入り口には人間の背丈よりも大きな熊手を持って立っている人。
 これ以上大きな熊手はないそうで、この大きさを10年買っていると横にいたその会社の社長さん。
 熊手は毎年大きくしていくことで商売繁盛を願うというのが慣わしなので、お金がないと続けられない。
 あの熊手、10万や20万じゃ買えないでしょうね。100万円くらいかな。
 それを入口でわざわざ見せびらかしているわけだけど、商売繁盛の神様なので、羽振りのいいのは縁起がいいわけで、こちらもいいものを見せてもらったという感じ。

 行きつけの屋台のオネエさんも紙に熊手風の飾りをつけて(大入り袋2つ含む)ステージメーク。

 明るいうちから飲み始め、時間制飲み放題の店にハシゴし、最後はゴールデン街でボジョレヌーボーボトル。
 けっこう、べろんべろん。

2015年11月27日

参加型芸術

 参加型の芸術が面白いのはわかるけど、僕が芸術に触れるときは、ただただ表現者の魂や技術に身を任せたいんだよね。受け身でいる間に強引な力でとんでもないところに連れて行って欲しい。
 自分から積極的に誰かの表現に参加するくらいなら、その精神的エネルギーは自分の作品を作るのに使う。他者の表現を求めているときは、そのエネルギーがない時、あるいは使いたくない時なんだ。
 だから受け手でいる時には作り手が専制的にこちらの精神に、暴力的に踏み込み、わさわさと揺さぶってくれることを期待している。

 ふと思ったことを書いているだけで、特定の表現を批判したりする意図はまったくありません。念のため。

2015年11月26日

テニスして車を買う

 午後、駒沢公園でテニス。

 すぐに帰宅してシャワーを浴び、フォルクスワーゲンのディーラーへ。
 7年間乗った Volkswagen Golf Variant を、同型の車に買い換える契約。
 いったいいくつハンコを押したのやら。

2015年11月25日

「犬に名前をつける日」(監督:山田あかね)

今日見た映画は「犬に名前をつける日」(監督:山田あかね)

 僕は、犬とか猫とかがどっちかというと苦手なのだけど、山田さんは犬をほんとに愛してる。ひとことで言えば、山田さんが愛犬の死をきっかけに、犬と人間の関係を見つめてみようとして、それがそのまま作品になった映画だ。
 僕は犬がそんなに好きじゃない。ある時はかわいいと思うけど、かわいいところだけ「いいとこどり」をするならいいけど、犬の命全般の、嫌な部分、辛い部分を背負いたいとまったく思わないから、「飼う」という行為は僕にはむりなのだ。
 ところが、買い主によっては犬の命を背負う覚悟がないまま、飼ってしまって、放り出してしまうことがある。その他にも人間の都合で、飼ってもらえなくなり、殺処分になる犬がたくさんいる。
 犬は人間の都合で生まれ、人間の都合で命まで断たれる。
 ここまでは、犬好きでない僕でも、頭で理解できるし、頭で怒ることもできる。

 一方で、この映画では、そうした犬の命を救おうと、ものすごいエネルギーを注ぎ込んでいる人たちを描いている。犬の命のために人生が変わってしまった人たちなのだ。
 その人生の注ぎ込み方が、ほんとにびっくりするほど。ほんとにそんなことまで犬の命のために……と思うことがこの映画の中に一杯詰まってる。
 身勝手な人間による殺処分について考えよう、という問題提起だけだったら、(僕にとっては)予定調和になってしまったかもしれないけど、一方の、ある人たちの想像を超えた「動物の命へのコミットメント」について、映画を観なければ僕はとうてい理解できなかったと思う。
 そういう意味で、この映画は、僕にとって、「人生の選択」の問題として、新鮮で驚きのあるものだった。ペットを飼っている人、ペットが好きな人はもちろん、僕のような人間にも、いろいろ考えさせられる映画だ。
(12/4まで、シネマ・ジャック&ベティで上映中)

 もっと早く見るつもりだったけど、ここ3週間、不意に咳き込むことがあるものだから、映画館は遠慮していたのでした。
 シニア料金で見る映画2本目。

(余談)
 山田監督とは、ちょっと奇妙な出会い。
 僕がデビュー前に小学館文庫小説賞の最終候補になったときに、同じく候補になって、その時は山田あかねさんが受賞した。
 もちろん、そこではまったく面識がなかったのだけど、名前だけを覚えていて、後に、どういう経緯だったか、mixi で出会って、高校の演劇の後輩の井坂聡監督とか共通の知り合いがあることがわかったりで、おつきあいが始まった。
 黄金町にレジデンスを始めたばかりの頃は「著者が売る本屋さん」という著者があつまって黄金スタジオで自分の本を売るというイベントに来てもらった。
 山田さんの映画第一作「すべては海になる」ではジャック&ベティの梶原さんに紹介して、上映の時は劇場で監督と僕とでトークをした。(この映画では僕がエキストラで出演していて、エキストラなのにエンドロールに名前が堂々と入ってる)

憂国忌

 三島由紀夫が市ヶ谷の自衛隊で割腹自殺した日。

 昨夜、テレビで三島由紀夫の市ヶ谷の動画を見たら、必死で檄を飛ばしているのに、下にいる方はざわついてまともに聞いていなくて、三島は「おい聞けよ」といらついている。

 いままで見た颯爽としたイメージと違って、すごく間の抜けた感じで、これで割腹自殺したかと思うとちょっと憐れな感じがしてしまった。
 そんな映像があったにもかかわらず、当時の報道はずいぶん好意的だったんだと今になって思う。

2015年11月24日

高齢者への道

 先日の血液検査の結果を聞きに内科へ。

 やはりLDLコレステロールが高い。
 しかも1年前よりも悪くなっている。
 生活習慣はそれほど改善できるとは思えない。

 ということで、ついに、コレステロールを下げる薬を始めることにした。
 いよいよ本格的に高齢者への道である。

 思い立って、3kmほどジョギング。

 黄金町の仕事場へ出て、雑用をこなす。
 仕事らしい仕事はできなかった。

2015年11月23日

結婚32周年

 結婚記念日。32周年だ。

 午前中、コラムのゲラ。
 午後、フォルクスワーゲンのディーラーへ。
 7年目の車検を控えて、買い換えの検討。
 いろいろ説明を聞き、試乗車を運転、など。

 夜は、インターコンチネンタルホテルで、結婚記念日ディナー。
 美しくて美味しい中華料理でした。

2015年11月22日

初黄日(はつこひ)トーク

 午後1時から、まちづくりの将来像を語り合うイベント。
 町内の人を僕の仕事場に案内。
 午後3時過ぎ、散会。

 あとはふつうに仕事。

2015年11月20日

内科へ

 依然として、咳が出る。
 夜中に咳き込んで起きてしまったり、家人に迷惑なので、そろそろ治したい。
 というわけで、午前10時の開院を待って、近所の医院へ。
 薬を処方してもらう。
 ついでに、コレステロールなどの血液検査。

 午後、出勤。
 体調が悪いのと、〆切をクリアした余韻で集中力がない。

2015年11月19日

マイナンバーが来た

 午前中、ドトールで短編小説の改稿。

 午後1時から3時まで、山手公園でテニス。
 二人だけだったので、ゆったりたっぷり体を使った感じ。

 夕方、簡易書留でマイナンバー通知カードが届いた。

 午後11時からは、テニスのテレビ観戦。
 フェデラー対錦織。いい次第だったと思うけど、1−2で錦織の負け。

2015年11月18日

インタビュー取材

 午前中、エッセイを仕上げて送る。

 午後、事務所にインタビュー取材のためライターの人が来訪。
 二時間近く話をしたら、咳も出るし声も涸れてきた。

 医者に行きたいが、明日いっぱいまでは時間がない。

2015年11月17日

休日

 心と体の両方が疲れているので、本日は仕事をしない日と決めた。

 日に当たること、歩くこと、をテーマにする。

 みなとみらいをなんどなく歩いて、JICAの海外移住資料館へ。
 まずは3階の食堂でランチ。
 ここは港が見えるし、値段はまあまあ味も結構いい。
 平日はコーヒーも無料でつく。
 展示室で、横浜バンクーバー姉妹都市50周年を記念した展示があった。
 夏にバンクーバーに行った時に訪問した、スティーブストンの漁港の昔の写真や、バーナビーの日系ヘリテージセンターの写真などもあって、懐かしかった。

 そのあとは、二の酉の大鷲神社へ。
 夜は大混雑なのだけど、昼間だったので、空いていて、初めてお参りができた。
 縁日もあるけど、横浜橋商店街と背中合わせで、焼き鳥だってそっちの方が安くて美味しいし、ビールはふつうの値段だし。
 気に入っている揚げ物屋で60円のハムカツを4枚買って、途中のコンビニで「麦とホップ」の赤を買う。

 結局、1万歩歩いて辿り着いたのは黄金町の事務所。
 昼間から、ハムカツでひとり(ニセ)ビール。

2015年11月16日

コラム脱稿

 コラム330本目まで原稿を送る。

 散歩がてらユニクロへ寄ったら、安くなっていたのでつい買い込んでしまった。

 初校は300本目まで。
 ドトールで仕上げて、帰宅して家からFAX送信。

 これで、短編執筆目のコラムの追い込み、短編執筆、コラムのリカバリーのサイクルが、やっと一段落。
 あとは、月末までに20本書けば良い。

2015年11月13日

短編脱稿

 午前11時、月刊「ジェイノベル」向けの短編(50枚)脱稿。
 13日の金曜日だ。

2015年11月12日

テニスと血圧

血圧が少し高い。
 だいたい僕のは血圧の低い人なのだけど148とか。
 生活リズムが崩れているのと、ずっとストレスをかけているからねえ。

 テニスで無理をしないように自制する。

 駒沢公園で2時間テニスをして、帰宅して計ったら121に下がっていた。
 血管が拡張したのだろう。

 さて、いよいよ、短編小説の仕上げに入る。

2015年11月10日

音楽専用スマホ

 Covia FLEAZ POP というスマートフォン端末を、13000円で購入。
 本日、amazonから届いた。
 月に1000円の通信費のSIMと組み合わせて、音楽のストリーミング再生専用の端末にする。

 Google Play Music では月額780円で3500万曲が聴き放題。
 CD買うよりも管理が簡単でいくらでも音楽が聴けてうれしい。

 AWA も Apple Music も、Jango Radio も。

2015年11月09日

けいゆう病院

 ひきつづき、昼夜逆転中。

 仕事を終えて、そろそろ帰宅しようと思った午前7時過ぎ、妻から電話。
 昨日転んで痛めた足が痛いから、けいゆう病院に行こうと思うので、付き添ってくれと。
 昨夜、僕が仕事へ出ようとした午後9時前、車に備え付けの杖を手に、足を引きずって帰って来たのだった。
 とりあえず、物置から松葉杖を出してきて、室内で歩く支えにできるようにして、黄金町へ出てきた。
 寝て起きても、痛みが引かないということだ。
(妻は、両股関節が人工関節なので、それを傷めるとちょっとやっかい)

 というわけで、帰宅して、食事をして、そのままけいゆう病院へ。
 とりあえず、骨折ではない、ということはわかった。
 この場合の「骨折ではない」とは人工関節のチタンの棒を打ち込んである大腿骨が割れたりしていない、という意味。

 病院の近くの「大戸屋」で朝ご飯。
 久しぶりに行ったら、かなりメニューが変わっていた。

 というわけで、ベッドに入る時刻が午後2時過ぎとなった。

 午後7時過ぎに起床。
 風呂に入って、食事をして弁当を作って、午後10時24分発の終バスで、黄金町の事務所へ出勤。
(雨降りなので、オートバイが使えない)

2015年11月06日

満身創痍

 本格的執筆モードになって、体もきつくなってきた。
 とにかく、右手が痛いので、テーピング。
 できるだけ、シャワーでなくバスタブに湯を張って入浴するように勉める。

 空腹時に胃が痛むときは、ガスターを飲む。
 ガスターは即効性があって、ほんとにすぐ治るのだ。

2015年11月05日

バイク給油

 オートバイの燃料タンクが底をついたので8月以来の給油。
 今回は、ほとんどすべてが家と事務所の間の片道3kmの往復の通勤ばかりだったので、燃費は21.5kmとほぼ過去最低。
 遠出をすると、いい時は1リッターで33kmくらい走るのだけど。

 それはそうと、本格的に寒くなる前に、少し遠出をしたいなあ。

2015年11月03日

黄金町バザール クロージング

 1ヶ月の会期を終えて、黄金町バザール2015 が閉幕した。
 今回、僕はほとんど参加せず、遠巻きに見ていただけ。

 午後8時半で終了した後、7時から siteD でクルージングパーティ。

 実は、仕事真っ盛りなので、途中で席を立ったのだけど、事務所に戻ったら電話が鳴っていた。
 そういえば、中締めの挨拶を頼まれていたのだった。
 あわてて会場へ戻って、ちょっとスピーチ。あぶないあぶない。

 執筆モードの時は、上の空なので、ほんの20分前に頼まれたことも覚えていなかったりして。

2015年11月02日

妻の黄金町バザール

 黄金町バザールも、残りあと2日。
 妻が見に来るというので、一緒に会場を回る。

 数日前に、三重の農家からコシヒカリの新米27kgが届いていて、夫婦二人ではとても食べきれないので、黄金町界隈で配っているのだけど、その作業もかねている。(笑)

 会場を回っている途中、木彫家の木村有貴子さんに出くわしたのでお米を4合もらってもらう。
 服飾デザインアーの伊東純子さんのアトリエにもよって、そこでもお米を無理矢理もらってもらう。

2015年10月31日

吉本直紀さんの報告会

中国四川省の成都との交換プログラムで中国に滞在して制作された、映画監督吉本直紀さんの作品と制作過程について、siteD でのプレゼンテーションを聞きに行く。

 吉本直紀さんの作品「変異之夢」は黄金町バザールで展示されているのだけど、41分の作品で一日に3回しか上映されないので、見る人が少なくてもったいない。
 僕は数日前に見ていて、とてもいい作品だと思っている。
 というわけで、メイキングのことなどにも興味を持ったのでした。

2015年10月30日

短編執筆開始

 ここ数日、アイデアを転がしていた短編小説をいよいよ執筆開始。
 枚数50枚。〆切は11月11日。

2015年10月27日

月例パトロール

 毎月27日は、黄金町交番の前に、町の住民や商店会やアーティストが集まって、お揃いのビブを着て、ゴミを拾いながら町内をパトロール。

 今回は、特別に、町内に当時のまま保存されている「ちょんの間」も公開されて見学。

2015年10月26日

マッサージ

 さて、小説の執筆期間に入るためのルーティンとして、いきつけのマッサージへ。
 重かった体が軽くなる。
 頭に血が巡る感じ。

2015年10月25日

AIR 中間報告

 午後は、2015年度、黄金町アーティスト・イン・レジデンス・プログラムの中間発表。

 つづいて、夕方から、韓国から来ている同アーティストのユ・ソンジュンと川崎のバレースタジオのコラボレーションの発表がかいだん広場で。

 素敵なパフォーマンスだった。
 ライブっていいな。

2015年10月21日

BEYOND YOKOHAMA MARY

黄金町バザーの出展作家・小鷹さんの作品「BEYOND YOKOHAMA MARY」の関連したトークライブ。
 ドキュメンタリー映画「横濱メリー」を撮った中村監督とか、写真集を出している写真家の人とか。
 貴重な写真や昔の情報もあり、有益だった。

 その後は、いつもどおり仕事。

2015年10月18日

大岡川周遊クルーズ

 本日も天候に恵まれて、「大岡川周遊クルーズ」のガイド。

 毎回同じ説明をしているとこちらが飽きてしまうので変えるのだけど、変えたら変えたで、伝えたいことで伝えられなくなることがある、というジレンマ。

 終了後は執筆。

2015年10月17日

蔡國強展:帰去来|横浜美術館

 未明にコラムの原稿310本目までを送付。

 明日で最終日の「蔡國強展:帰去来|横浜美術館」を見てきた。
 ここ数年の横浜美術館というか、僕が見た美術展の中では最高レベル。
「ここ数年」という中には、ミラノで見た「最後の晩餐」とかイタリア滞在中に見た無数のボッティチェリとかラファエロとかミケランジェロとかが含まれています。そういうのより10倍くらいよかった。(当社比)
 蔡國強、天才です。

2015年10月15日

山手公園でテニス

 ヨドバシカメラから新しいレンズ EF-S 24mm f2.8 ATM が届く。

 いつものように(?)山手公園でテニス。
 後、仕事。

2015年10月13日

帰って来た EOS20D

 しばらくの間、芝居の小道具に貸し出していた EOS 20D が主演女優の手から僕の所にもどって来たので、愛おしくなって新しいレンズ EF-S 24mm f2.8 を注文してしまった。
 このレンズが楽しいとなると、世界最軽量一眼レフ EOS Kiss X7 が欲しくなってしまうはず。
 20Dが出た時は20万円くらいして結構高かったのだが、今では4万円以下で買える型遅れの最下位機種の方が性能が上。
 フィルムカメラなら当たり前だけど、11年前のデジタルカメラが現在でも十分使えるのはそれはそれで立派だと思うのだが、軽さはかけがえがない。
 望遠レンズを使うならボディーが大きい方がいいのだけど、望遠はほとんど使わない広角の人なので、小さくて軽いほどいい。
 シャッターラグさえもっと短ければ GR digital で不満がないのだけど。

 舞台の本番中に主人公・志織は舞台上で本当にシャッターを切っている。
 その写真がなかなか面白い。いつか展示に使えないかと思っている。

2015年10月12日

『横浜黄金町パフィー通り』千秋楽

 いよいよ、昼の公演で『横浜黄金町パフィー通り』も最終回。
 行きつけの飲み屋のママとお客さんとか、黄金町のサポーターの人たちとか、妻とか、知っている顔のお客さんが多かった。
 おかげさまで、全回、ほぼ満員で6回公演で500人ほどのお客様に見て戴きました。
 ありがとうございました。
(いえ、僕は主催者ではなく原作を提供しただけなのですが)

 終了後、外で、いくつかの観客グループを渡り歩いて歓談。
 飲み屋組(妻含む)が関内方面へ向かう。

 さっそく劇場のバラしが始まっているけど、ロートルはお呼びじゃなくてケガをするのがオチなので、手伝わず、関内の格安イタリアンで飲んでいる「飲み屋チーム」に合流。

 しばらくいて中座して、午後7時からは黄金町のロックウェルズで劇団の方の打ち上げ会に参加。

 久しぶりに芝居の現場を経験したけど、楽しかった。
 ふだん、一人で作品を作っているので、大勢で作っていく作業は久しぶりで新鮮。

 そのまま、それぞれの終電が近づき、三々五々、人が減っていく。
 長かった公演も終わりである。

2015年10月11日

ゴールデンタイム

公演三日目。

 4日間全6回公演も、昼の公演が終わると、残すは、同日のソワレと、明日の千秋楽。

 最終公演が終わった後は、即刻、バラしに入るので、感傷に浸るいとまもない。
 みんなそれがわかっているので、マチネ後のソワレまでの空き時間が、少しセンチメンタルな時間だ。
 一緒に苦労してきた仲間とも、明日の最終日が終われば、またそれぞれの場所にもどり、離ればなれになっていく。
 舞台装置の写真を取ったり、ポーズを決めて、それぞれの写真を撮りあったり。名残を惜しんでいる。

2015年10月10日

『横浜黄金町パフィー通り』公演2日目

 一日に2本芝居を観るというのはとても疲れることだと、思い出しました。演出家の立場で見るクセがついているからなおさら。
 セリフを言っていない役者まで全部同時に見ようとするし、音入れや明かりのタイミングとか、気にしながら、でも大きな流れは絶対見失わない、という。アンテナ全方向。

 幕が開く前は、客入れの手順とかサポートのスタッフの動きとか、(口も手も出さないけど)見てる。
 客入れ前は役者の表情とか、疲れ具合とか、観察しておく。
 経験豊富な役者さんは、開演時間に近づくまでのそれぞれのルーティンがあるので、それを把握する。経験の少ない(と思われる)人はバラバラなことも。

 小説の取材でもあるので、開演中以外でも、劇場にいる間、気が抜けない。

 総じて、プロフェッショナルなメンバーです。出演者もスタッフも多い、大きなプロジェクトだけど、いい芝居を作るために素晴らしい動きをしています。そのまっただ中にいるのは、とても素敵なことです。こういう機会が与えられたことを感謝しています。

『横浜黄金町パフィー通り』公演2日目

 一日に2本芝居を観るというのはとても疲れることだと、思い出しました。演出家の立場で見るクセがついているからなおさら。
 セリフを言っていない役者まで全部同時に見ようとするし、音入れや明かりのタイミングとか、気にしながら、でも大きな流れは絶対見失わない、という。アンテナ全方向。

 幕が開く前は、客入れの手順とかサポートのスタッフの動きとか、(口も手も出さないけど)見てる。
 客入れ前は役者の表情とか、疲れ具合とか、観察しておく。
 経験豊富な役者さんは、開演時間に近づくまでのそれぞれのルーティンがあるので、それを把握する。経験の少ない(と思われる)人はバラバラなことも。

 小説の取材でもあるので、開演中以外でも、劇場にいる間、気が抜けない。

 総じて、プロフェッショナルなメンバーです。出演者もスタッフも多い、大きなプロジェクトだけど、いい芝居を作るために素晴らしい動きをしています。そのまっただ中にいるのは、とても素敵なことです。こういう機会が与えられたことを感謝しています。

2015年10月09日

劇版『横浜黄金町パフィー通り』初日

 朝まで仕事をしていたので、疲れが溜まってなかなかベッドから起き出せない。

 というわけで、本番前のゲネプロ(リハーサル)の時間には劇場へ行くことができず。
 タクシーを使って、なんとか初日の開場時間少し前に到着。

 初日の幕が開いた。
 悪い稽古環境で、実際の舞台で稽古をする時間も少ない中、役者陣、なかなかの実力を発揮している。
 自分で劇団を持っている人や、劇団四季で「キャッツ」や「オペラ座の怪人」に出演している人よか、実は、なかなかの役者陣なのです。

 終了後は、ホール内のパブで、役者やスタッフと来場者の交流会を開催。
 徳間書店の阿川の担当編集者も来てくれて、ビールを飲みながら歓談。

 その後、見に来てくれた友人と、近くで夕食。

劇版『横浜黄金町パフィー通り』初日

 朝まで仕事をしていたので、疲れが溜まってなかなかベッドから起き出せない。

 というわけで、本番前のゲネプロ(リハーサル)の時間には劇場へ行くことができず。
 タクシーを使って、なんとか初日の開場時間少し前に到着。

 初日の幕が開いた。
 悪い稽古環境で、実際の舞台で稽古をする時間も少ない中、役者陣、なかなかの実力を発揮している。
 自分で劇団を持っている人や、劇団四季で「キャッツ」や「オペラ座の怪人」に出演している人よか、実は、なかなかの役者陣なのです。

 終了後は、ホール内のパブで、役者やスタッフと来場者の交流会を開催。
 徳間書店の阿川の担当編集者も来てくれて、ビールを飲みながら歓談。

 その後、見に来てくれた友人と、近くで夕食。

2015年10月08日

横浜市民ギャラリー 田中千智展

 今日も、忙中、むりやり閑の日。

 横浜市民ギャラリーの「 田中千智展 I am a Painter」へ。
 田中千智は、僕が黄金町に入る前年の第1回黄金町バザールに参加した画家なので、僕はこの人のことを知らないのだけど、いまでは有名になっているということなのだ。
 会場の2フロアを使ったかなり大規模な展示。
 2008年の黄金町バザールで描いた町の人の肖像画が並べられた壁面もあって、そこには知っている顔が並んでいる。
 写真じゃなくて、これほどたくさん知っている人の肖像画が並んでいるというのは、初めての体験。

 ほら、肖像画って、ずっと昔の死んじゃった人って感じがするでしょ。

 最近の作品が力強くてとてもいい。しかも他作。
 成功するにはたくさん描くことも大事だ。

 と、我が身を振り返る。

2015年10月07日

東京都現代美術館

 黄金町のアーティスト仲間で、劇版『横浜黄金町パフィー通り』のプロジェクトにも参加している岡田裕子さんが、旦那さまの会田誠さんと息子の会田寅次郎さんと一緒に「会田家」というユニットで東京都現代美術館で展示をしている。
 会期は日曜までで、僕が行けるのは今日が最後のチャンス。
 というわけで、忙中、むりやり閑をつくって、美術館へ。

 面白い展示だった。アートの可能性って実に広いなあ。

 東京都現代美術館の帰りに近くのそば屋で好物のたぬきそば。
 さすが、東京の下町! しっかり「底の透けない」濃いダシで美味しかった。
(最近、どこの蕎麦も薄味になってしまっているので、どうも物足りない)
 仕事があるので、芝居の現場訪問はパスして、黄金町に戻り、夕食は水曜ロックウェルズの500円定食。

2015年10月06日

芝居、小屋入り

 今日から、BankART Studio NYK に小屋入り。
 午後遅く行くと、メインの舞台装置はほぼ組み上がり、照明も設置されている。
 会場の角にはオペレーションのコンソールもできていて、配線の真っ最中。
 天井の高い劇場に入り、頭上に照明がつくと、否が応でもテンションが上がる。
 役者、スタッフ、総出だ。

 芝居をやっている人間は、この始まる前のわくわく感が好きなんだよな。

2015年10月05日

ついに1万キロ、やっと1万キロ

日曜日、愛車 GB250 Clubman が新車から29年目で、ついに1万キロに到達しました。コンピュータがひとつも載っていないオートバイ。(笑)
(乗り手はしばしばコンピュータを背負っているけど)

 このバイク、NECを8年勤めて中途退職したときに退職金で買うつもりだったら、退職金が余りに少なくて、40万円のバイクが買えず預金を取り崩して買ったバイク。

2015年10月04日

大岡川周遊クルーズ

 正午から「まちあるき+クルーズ」のガイド。

 まじ、黄金町の町の歴史を案内しながらまちあるき。
 黄金町独特の「ちょんの間」の建築様式を詳しーくご案内。
 次に、今年の5月に竣工した日ノ出桟橋から、23フィートの船で大岡川を下り、みなとみらいから今度は『横浜黄金町パフィー通り』のラストシーンをなぞる形で、桜桟橋まで遡上。

 2回目は午後2時から。

 2つガイドをしたら疲れ果ててしまって、仕事は諦めた。

2015年10月02日

新人作家到来

 昨日、第7回角川春樹小説賞・特別賞を受賞したばかりの、ピカピカの新人作家・新美健さんが、黄金町を訪ねてくださいました。(ピカピカの47才)(笑)
 12月、ハルキ文庫からデビューです。

 新美さんとはパソコン通信ニフティサーブの「本と雑誌のフォーラム」FBOOK 時代からの友人。
 僕の知る限り、FBOOK にいた人で、後に小説家になったのは、薄井ゆうじ、田口ランディ、神埼京介、大崎梢、山口芳宏、新美健、阿川大樹、かな。他にもいるかもしれないな。
 そういえば、まんが家のすがやみつるさんも、後に菅谷充で小説家に(も)なった。

 新美さんには、少し先輩風を吹かせて(笑)セルフプロモーションのアドバイスをした。

2015年10月01日

黄金町バザール2015 オープニング

 現代アートの国際展示会「黄金町バザール2015」のオープニングレセプション。

 例年通り、地元の合唱団「コールなでしこ」が、阿川作詞作曲の「地図を作ろう 黄金町の歌」を披露。
 あとは、仕事を掘り投げて、久々に会ったアーティストと飲み会。

2015年09月30日

バザール前夜

 昨日、290本目までコラムの原稿を出したので、本日は仕事をしないでパソコン関係の整備。
 OSのインストールなんてたまにしかしないし、毎回違うバージョンになっていて、微妙に設定が違うので、調べながらで時間だけかかる。

 例によって午前4時過ぎ、黄金町は夜明けと共にオープンする展示に間に合わせようと、まだアーティストたちは仕事してました。
 映画監督はメガネをかけて画面を睨み、劇団員は電気点けたまま床で寝てる。あちこちのスタジオで電気が点いてるけど、結構、床に倒れ込んでいる人間が多い。活気があるようなないような、静かな闘志と疲労困憊の混沌です。
 おーい。7時間後にはオープンだぜ。

 僕は僕で、バイクのバッテリーが上がってエンジンがかからないので、しかたなく徒歩で帰って来ました。トホホ。
 バッテリーはあやしかったので、実はアマゾンで買ってあって、明日、交換しようと予定を立ててたんだけど、今日、出がけにやってしまえばよかったよ。トホホ。
 台湾製のバッテリー、通販で安かったやつだけど5年保ちました。

 白州と Ezra Brooks が空になったので、今日は、カンパリソーダがナイトキャップ。

2015年09月29日

コラムの追い込み

 パソコンの小さな使い勝手を改善しようとして大失敗で、何時間も使った上に使えなくしてしまったので、4時間ほどロスして、もう一台の方でなんとか原稿を書き上げ、少し前に帰宅。
 2台目PCからはプリントできないので帰宅してから最後の推敲。
(やっぱり仕事場には絶対に2台PCが必要だね)
(動かなくしたパソコンはインストールし直さなくてはならないので、まだ直してない)

 今日も、黄金町をバイクで通り抜けたら、少なくとも3人のアーティストが午前5時にまだ制作中でした。

コラムの追い込み

 パソコンの小さな使い勝手を改善しようとして大失敗で、何時間も使った上に使えなくしてしまったので、4時間ほどロスして、もう一台の方でなんとか原稿を書き上げ、少し前に帰宅。
 2台目PCからはプリントできないので帰宅してから最後の推敲。
(やっぱり仕事場には絶対に2台PCが必要だね)
(動かなくしたパソコンはインストールし直さなくてはならないので、まだ直してない)

 今日も、黄金町をバイクで通り抜けたら、少なくとも3人のアーティストが午前5時にまだ制作中でした。

2015年09月28日

アーティストたちの追い込み

ただいま、翌29日午前2時25分。
(前日は、大岡川周遊クルーズのガイドの会議があったため、仕事がまたしても後ろにずれ込みました)

僕にしては早めの(笑)帰宅ですが、黄金町では、エキシビジョンのオープニングを1日に控えて、あちこちでまだアーティストたちが制作の最後の追い込みにがんばっていました。少なくとも4人。1人はパソコンで画像処理をしている途中なのか、椅子に座ったまま腕を組んで寝てました。(笑)

10月1日から11月3日まで、現代アートの国際展示会「黄金町バザール2015」が開催されます。
期間中有効のパスポート500円とお手頃価格です。
これを機会に、初めての方も、ぜひ、黄金町へお越し下さい。

2015年09月26日

ドキュメント作り

 黄金町バザール向けの資料作りが、思いの外、大仕事で、また徹夜になっています。原稿書くより心は楽だけれど。
 やっと材料が揃ったので、これからドキュメント化。

 黄金町バザール2015 の「AIR アーティスト・ポートフォリオ展」に資料展示されるもの。

2015年09月23日

ヨットハーバーへ

 世の中がシルバーウィークとかで連休ムードなので、バイクでヨットハーバーへ。

 船は出さずに、風を通しただけ。
 あとは、馴染みのヨット仲間とおしゃべり。

 夕方からは、事務所で仕事。

2015年09月22日

シルバー料金

 バスがないので、チョイモビで出勤。
 新しい iMacに windows10 をインストール。
 ところが秀丸の動作が遅くてどうしようもない。実用にならないレベル。
 ネットで対策を検索していろいろオマジナイをやってみるが、あまりかわらない。

 もしかしたらファイルのインデックスに関連しているかもしれないとは思うが…。
 時間を使うより金を使え、残りの人生は短いのだ。
 というわけで、VMware fussion7 を fusion8 にアップグレード。6290円なり。
 Macだけで仕事ができればいいのだけど、windows の必要となると、2万円ぐらいの追加出費が必要になる。

 夕方、今年始めて、というか、60才の誕生日が来て以来、はじめて映画を観る。
 若葉町のシネマ・ジャック&ベティで「パロアルト・ストーリー」。

 パロアルトは、シリコンバレーにある町。
 映画は日本でいえばATGの映画のような雰囲気で青春の痛みを扱ったもの。
 パロアルトの風景はまったく映っていなかった。

 シルバー料金ではじめて見た映画になった。

2015年09月21日

結婚式の二次会 in Japan

 7月にスウェーデンの結婚式に行った。
 そのイギリス人とスェーデン人のカップルが日本へ来ている、ということで、当日出席していた日本人が集まって、日本での2時間のようなもの。

 まず、車で吉田町の鶏肉専門店「梅や」へ。
 注文しておいたチキンの丸焼きを受け取るだめだ。
 黄金町の鳥保に頼むつもりだったが、敬老の日で鳥保のご主人は息子さんと旅行へ行ってしまうということだった。

 帰宅後、着替えて都内へ向かう。
 表参道駅に至近のマンションが今日の会場だ。
 11人が持ち寄った料理を、立派な食卓と食器で堪能しながら、若い2人をサカナに4時間近く楽しく歓談。

2015年09月06日

修善寺から横浜へ

 午前7時、起床。
 ホテルのありがちな感じの朝食バイキングであさからガッツリ。
 午前9時のシャトルバスで、修善寺駅へ。
 踊り子号で帰宅。2170円+(特急料金)980円。
 途中、あじ寿司(1100円+税)

 やっと仕事ができる。

2015年09月05日

特急踊り子号

 9時に家を出て、特急踊り子号で修善寺へ。
 リゾートホテル・ラフォーレ修善寺で、半導体技術の横断的集まりに参加。
 4人の講演者の一人として、1時間話をする。

 これからの日本を考えるために役に立つ講演ばかりで、刺激になった。

 夜は午前1時過ぎまで宴会。
 日本の半導体業界は元気がないが、この会の人たちは元気だ。

 2170円+980円
 340円(おにぎりとお茶) わさび丼定食(1200円)

2015年09月04日

講演の準備

 時差のため、早起き。たくさん寝たので、すっっきりお目覚め。
 朝9時には事務所に出た。(珍しく世の中の人と同じ時間帯で生活している。

 明日の講演の準備。
 仕事はできず。

2015年09月03日

テニス

 山手公園で2時間テニス。
 2週間、間があいたので、少し筋肉痛。

 体の疲れと時差のせいで、早寝をする。

2015年09月02日

カナダ滞在中の記録を書き起こす日

 カナダ滞在中の記録を書き起こす。
 見たこと聞いたことを書き留めておかないと忘れてしまう。

2015年09月01日

帰国

 バンクーバー時間、昨日の夕方4時過ぎに乗った飛行機で、日本時間、今日の午後6時過ぎに羽田空港に到着。

 カル-セルで荷物を待ちながらニュースをチェックすると、五輪エンブレム使用中止の報。
 税関を出たところに、オリンピックのエンブレムが貼ってあり、それを脚立に乗ったテレビのカメラマンが撮影していた。
 ああ、僕がこのエンブレムを直接目にするのは、これが最初で最後なのだなあ、とどうでもいい感慨を抱く。

 リムジンバスで横浜へ。そこからタクシーで自宅へ。

2015年08月31日

ANA115便

 いつの間にか眠っていた。気がつくと午前零時。
 最後の記憶は、ホテルの部屋のケーブルテレビの番組表を見ていたはず。
 チャンネルがたくさんあるので、リモコンを操作するうちにそのまま眠ってしまったようだ。
 眠りに就いた時刻は、推定午後9時過ぎだろうか。

 2時間ほど、パソコンで作業をして、午前2時過ぎ、もう一度寝る。

 午前7時、自然に目が覚める。
 依頼されていた劇版「横浜黄金町パフィー通り」のパフレット用の原稿をメールで送付。
(原稿自体は前日の同時刻にできあがっていた)

 テニス全米オープンで錦織の試合が始まっているようだったので、テレビのチャンネルを探してみると、ドンピシャでやっていた。
 まさかの初戦敗退。
 帰国後、2回戦以降を家で見るのをを楽しみにしていたのだけど、1回戦をカナダにいるうちに見ることができてよかった、というのかなんというのか。

 正午、チェックアウト。
 空港行きのシャトルに乗って20分ほどで空港へ。

 まだ、カウンターでの荷物の受け付けは始まっていない。
 フードコートで、チャーシュー入りワンタンメン ( Wonton & BBQ Pork Soup with Egg Noodle) 8.09ドル+税金。

 荷物を預けて、保安検査場へ。
 例によって、パソコンを持っていると、安全検査で時間がかかる。商売道具なのでしょうがない。

 ターミナル近くのレストランで、出発を待ちながら1時間半ほど仕事。

2015年08月30日

バンクーバー 7日目

 カナダ滞在も最終日。
 朝早くホテルを出て、バンクーバー美術館の展示を見る。

 12時、「ふれいざー」の宮坂さんと会ってランチ。
 18年間エッセイを連載していて、会うのは初めてだ。
 カナダへ移住してきたときの武勇伝(?)を聞いたり、バンクーバーの地域事情を教えてもらったり。
 土壇場で宮坂さんとなかなか連絡が取れなかったのは、昨日の強風で40万個停電していて、宮坂さんの家も電気が来ていないとのこと。
 やはり信号機がほとんど動いていないらしい。

 別れた後は、いったんリッチモンドへ戻り、Mさんの車でバーナビーへ。
 立派な日系へイテージセンターをリサーチ。
 映画にもなった「バンクーバー朝日軍」のユニフォームが展示してあった。
 ここにも「ふれいざー」がある。

 夜はタイ料理。
 スターターはここでもカラマーリ。それぞれのレストランでみんなちがう。

バンクーバー 7日目

 カナダ滞在も最終日。
 朝早くホテルを出て、バンクーバー美術館の展示を見る。

 12時、「ふれいざー」の宮坂さんと会ってランチ。
 18年間エッセイを連載していて、会うのは初めてだ。
 カナダへ移住してきたときの武勇伝(?)を聞いたり、バンクーバーの地域事情を教えてもらったり。
 土壇場で宮坂さんとなかなか連絡が取れなかったのは、昨日の強風で40万個停電していて、宮坂さんの家も電気が来ていないとのこと。
 やはり信号機がほとんど動いていないらしい。

 別れた後は、いったんリッチモンドへ戻り、Mさんの車でバーナビーへ。
 立派な日系へイテージセンターをリサーチ。
 映画にもなった「バンクーバー朝日軍」のユニフォームが展示してあった。
 ここにも「ふれいざー」がある。

 夜はタイ料理。
 スターターはここでもカラマーリ。それぞれのレストランでみんなちがう。

2015年08月29日

バンクーバー 6日目

 Steveston へ。
 スティーブストンは、和歌山の漁師が移民としてやってきた町。
 元缶詰工場が博物館になっていて、設備がそのまま残っている。
 とっくに使われていないのに、中へ入ったとたん、生臭い匂いがする。
 かつては町中に魚の匂いが立ちこめていたという。
 いま、日本人はほとんど残っていない。

 フィッシュ&チップスを食べて、フィッシャーマンズワーフを歩く。
 桟橋に着けた漁船の上で、鮭、海老、雲丹、などを売っている。
 ものすごい強風だ。

 交差展で信号機が点いていないところが多い。停電しているもよう。
 日本だったら大混乱になるところだが、もともとこちらでは信号のない交差点のルールがしっかいしていて、みな慣れているので、わりとスムーズ。」

 夕食は、インド人街(Main & 49th)でインド料理のバフェット。
 このところヘビーな食生活だったので、スパイスが体に染みこむ感じ。
 フロアと厨房はなんとか電気が来ているが、通信回線が死んでいるので、クレジットカード決済ができない、ということで現金での支払い。
 

2015年08月28日

バンクーバー 5日目

 妻と電車でダウンタウンへ。
 いくつかスムーズに行かないことが重なってしまい、午前11時の約束に20分ほど遅刻して、バンクーバー美術館へ。
 バンクーバー在住で、黄金町バザール2014のキュレーターだった原万希子さんに会う。

 美術館二階のレストランで食事をしながら、1時間半ほど、カナダやバンクーバーの置かれているいろいろな状況について、話を聞く。

 原さんと別れた後は、妻とダウンタウンの探検。
 ロブソン通りで、少し買い物をしたり。
 KONBINIYA という日本の食材専門店があり、そこに僕がエッセイを連載している「ふれいざー」を発見。

 スカイトレインでリッチモンドへ戻り、今度はリッチモンドを案内。
 スーパーマーケットで、日本では売っていない、アラブの食材を見つけて、買い込む。

 夕食はふたりで、シェラトンの横にある Harold's Grill & Bar.
 ここでもスターターにカラマーリを試す。

2015年08月27日

バンクーバー 4日目 単独行動

 今日は、ひとりグループから離脱。
 小説家としては、観光地だけでなく、この町の普通の暮らし方、町の空気などを知る必要があるので、そっちの取材モード。

 まずはリッチモンドのふつうの町の観察。
 ホテルから鉄道駅へ。徒歩10分あまり。
 主筋時間帯の駅では無料の新聞を配っている。
 ひっきりなしにバスが着いて、人々が鉄道の改札に吸い込まれていく。

 ホテルから駅までの道には、我々が止まっているラマダホテルの他、シェラトン、マリオットなどなど、いくつかのホテルがある。
 線路沿いの区画はそれぞれずっと商業モールになっていて、ほとんどが英語の他に中国語の看板が出ている。もちろんそれは飲食店だけでなく、マッサージの店、法律事務所、旅行社、ようするにすべての店や事務所が。日本食のレストランですら「日式」と中国語表示。

 大きな中国系スパーに入ってみる。
 ふつうに巨大な品揃え。値段は東京とあまり変わらないが、品揃えが豊富な文だけ、同じものを買っても豊かな気持ちになる。

 観察しながら一駅歩いて、Lansdowne からスカイトレインに乗る。
 リッチモンドからだとゾーンを跨ぐので、2ゾーン90分乗り放題の4ドル。回数券だと、時刻刻印機でスタート時間を刻印すると90分間乗り放題になる。
 一見したところ立派な自動改札機のようなものが並んでいるが、動作していなくて、チケットをかざすでもなく、出るのも入るのも、ただ自由に通過するだけ。
 チケットは要するに検札があったときに「料金を払って乗っているよ」と証明する領収書だ。
 ヨーロッパでもそうだけど、多くの国で、鉄道の改札は実質フリーパスだ。
 お金を払わなくても乗れるが、検札で無賃乗車が見つかると大きな罰金が科される。
 一人たりとも無賃乗車を許さない高価な自動改札機を設置するよりも、たまにただ乗りをする人間が居ても、その方が安上がりだから、結局、お金を払って乗る人にとっても、安い運賃で電車に乗ることができるシステム。
 僕はこのヨーロッパ式の方が合理的だと思う。

 カナダ線グランビル駅で、一旦外へ出て、エキスポ線に乗り換えて、スタジアム・チャイナタウン駅で降りる。
 駅からしばらく歩いて、大きな門をくぐって中華街に入るあたりからは、街に落書きが多い。中国人も出て行っていて、空きテナントが多い地区。
 縦に、キャロール、ケベック、メインの3つの通りの挟まれたあたりがチャイナタウンだが、南から北へイーストヘイスティング通りまでぎりぎりいいとして、そこからイーストコルドバ、パウェル通りあたりは、荒れていて、ヤク中でふらついている人間をたくさん見かける。視線が定まらないまま何かひとりごとを言っていたり、道路に座り込んでいる人間も多数。
 街路樹にぶつかっているのに、そのまま歩こうとして、自分の力で木に跳ね飛ばされて転んで、またふらふらと立ち上がる、というような人たちが視野の中に何人もいる。
 人間のそんな姿を見るのはとてもショッキングだ。
 とてもカメラは構えられない。

 ホームレスやヤク中、アル中の多くは先住民だそうだ。
 詳しく聞いたが詳細は省くけれど、先住民を蹂躙した歴史的なことが積み重なっていて、少なからぬ先住民が最底辺に落ちこぼれている。
 バンクーバーはものすごく治安のいい都市で、きれいな街だが、例外的にこのあたりは、極端に荒廃している。

 イーストコルドバ通りを西へ行くと、お洒落な街、ガスタウンに続いている。
 日本人の若い女性も歩いている。原宿のような所だ。人々の眼差しは優しく、治安もいい。
 だが、そこで、人混みにまぎれてヤクの取引をする現場を見た。

 中心部へ戻り、ショッピング街のロブソン通り、劇場外のグランビル通りをリサーチして、集合場所のハイアットリージェンシーで、クラス会組と合流。

 食事はガスタウンの「オールド・スパゲッティ・ファクトリー」。
 またしてもスターターはカラマーリ。

2015年08月26日

バンクーバー 3日目 ビクトリア

 午前7時半スタート。
 BCフェリーでバンクーバー・アイランドのビクトリアへ向かう。
 ビクトリアは、ブリティッシュ・コロンビアの州都。

 まずは、ブッチャート・ガーデン。
 ものすごくきれいに、量も種類も豊富な花が咲き誇っている。
 人生でこれほどたくさんの花を見たことはない。

 そして、州都ビクトリアの中心部へ。
 威容を誇るエンペラス・ホテルを冷やかし、州議会へ行ってガイドツアー。

 夕食は、帰りのフェリーの中でバフェット。

2015年08月25日

バンクーバー 2日目

 正確にいうとホテルの場所はバンクーバーではなくリッチモンドにある。
 バンクーバー市内から南へ電車で25分ほどの、グレーター・バンクーバーに属している。空港のそばでもある。
 リッチモンドの人口の6割は中国人だということで、町を歩くと白人には滅多に会わないし、店の看板は中国語と英語の両方か、中国語だけ。カナダのもう一つの公用語であるフランス語の影は極めて薄い。
 英語だけの店があったと思ったら郵便局だった。(笑)
 町の作り方はアメリカ風で広々としている。広々した香港、という感じだ。

 Mさんは、リッチモンドに住んで、バンクーバー市内の矯正歯科に勤めている。

 さて、本日の最初は、ブリティッシュ・コロンビア大学。
 人類学博物館の近くに車を駐めて、アジア関連の施設を外から見て回る。
 アジアセンター、70年大阪万博の三洋電機のパビリオンを移設したもの。隣接地に新渡戸稲造記念庭園もある。(入らなかったけど、塀越しに庭師の人と話をした)

 次は、オークリッジ駅近くのショッピングモール「オークリッジセンター」のなかのメディカルモールの矯正歯科へ。
 ここはMさんの職場。日本の歯科はほとんど器具を外注しているけれど、ここではリテイナーなどを所内でつくっていて、その部屋を見学。

 次は、クィーン・エリザベス・パーク。
 グランビル・アイランドのパブリック・マーケットを見て、近くの桟橋からシーバスでイェールタウンへ。
 イェールタウンのヨットハーバーは豪華なクルーザーがたくさんあり、近隣には高級マンションが建ち並んでいる。
 その一角のスーパーマーケットをリサーチ。
 お金持ちになったらここに住めば快適だ。(笑)

 夕食は、コンベンションセンター近くの Cuctus Club Cafe という都会的なレストラン。ここでのカラマーリをかかさない。

2015年08月24日

バンクーバー 1日目

 飛行機は予定よりも少し早くバンクーバー空港に到着。
 荷物をピックアップして、外へ出ると、いきなりトーテムポールが2本、立っている。
 東京駅でいうと「銀の鈴」みたいなものか。

 そこにバンクーバー在住の妻のクラスメイトが迎えに来てくれているはずなのだが……。
 問題は数十年ぶりでなので、お互いがわかるかどうか。

 しばらく待ったが見つからないので、空港のwifiを利用して、スカイプから彼女の携帯に電話をすると、すぐ近くに居ることが判明。
 やはり、なかなかわからずに、お互いを探しあっていた。(笑)

 なんとかフルメンバー(といっても、急な不参加などで3組)が合流。
 めでたしめでたし。

 メンバーは、地元のMさん、大阪から合流のYさん夫婦、そして、横浜から合流のうちの夫婦。

 Mさんの自宅で、少しくつろぎ、それからホテルにチェックイン。

 バンクーバーでの最初の夕食は、ゴルフクラブのレストラン。
 プライムリブが美味しかった。ワインも値段がリーズナブル。
 この日、スターターに注文した「カラマーリ」が、このツアーのテーマとなる。

 帰り道、話の種に「カナダにしかない珍しいもの」として、ボーリング場に案内してもらう。
 そこで見たのは、カナダにしかない「5ピン・ボーリング」
 ピンがスカスカのV字型に5本だけならんでいて、それに向かって、片手で握ることができるような小さいボールを投げる。
 トップのピンを倒すと5点、両隣りが3点、両端が1点。
 1フレームが3投、450点満点のゲームなのだそうだ。

 その時刻、残念ながら、プレーをしていた人は全員ふつうのボーリングで、5ピンをやっていた人は居なかった。

バンクーバーへ、出発

 タクシーを呼んで、YCATまで。
 リムジンバスで、羽田国際ターミナルへ。

 全日空116便でバンクーバーへ向かうのだ。
 夕方の便なので、パッキング

 出発ゲートで、関空から来て同じ便に乗る友人らと合流。

 今回の旅行の主な目的は、妻の大学の北米クラス会に参加すること。
 妻の大学のクラスは帰国子女枠の秋入学組。
 つまり、海外生活の経験のある人だけのクラスなので、今でも、海外で生活している人が多い。
 それで、日本でのクラス会に参加できない北米組のために開かれたもの。

 僕もたまたまバンクーバーの雑誌で18年間エッセイを連載していながら、バンクーバーに行ったこともないので、同伴で参加することにした。
(連載開始以来、雑誌の編集者とはメールでやりとりをしているだけで、会ったことがないどころか、電話で声を聞いたことすらない)

 というわけで、初めてのカナダ旅行へ出発!

2015年08月22日

暑い!

 珍しく土曜日にテニスコートが取れたのだが、時間が午後1時から3時。
 前日は涼しかったのに、よりによってカンカン照り、しかも二人だけ。

 ふだんは飲料水を1リットルもっていって、少し余るのだけど、今日は全部飲みきり、終了後には自動販売機で買ってそれもあっという間に飲み切る。
 体感的には、この夏、一番暑い思いをした。

 シングルスの試合をするのは20年ぶりくらいかな?
 暑さでぼーっとして、スコアのカウントができない。(笑)

2015年08月20日

大岡川クルーズ

 10月のイベントのため、午後1時から横浜日ノ出桟橋からモーターボートで二時間ほどクルーズ。
 市役所の担当の人も乗り込んで、橋の建築様式などを教えてもらう。

 雨が降りそうだったので合羽を持って参加したが、幸い天気は持ってくれた。

 終了後はふつうに仕事。

2015年08月17日

家の近くで仕事の日

 雨が降ったり止んだり、時に激しかったり。

 というわけで、家の近くのドトールでコラム250本目まで。
 家で10本分を推敲して、メールで送付。

 京都出張の経費精算とか、交通事故の慰謝料の書類にサインしたり、と事務作業。

 エッセイを書こうとガストに行くが、アイデアが出なくて、早々に退散。
 
 昔使っていたパソコンから外したハードディスクを活用するための部品が届いたので、組み立てて音楽ファイルをコピー。
 これをアンプに繋げば、パソコンなしで2万曲ほどのライブラリを聞くことができるようになる。

2015年08月16日

コラム追い込み

 帰りが遅くなりそうなのでオートバイで出勤。
 途中、解約した J:COM の機材の返却。
(うちにセットしてあるものを外しにくるというので、面倒だからこっちで外して返すから、と)
 原稿の追い込みなので、験を担いで、「かつや」でヒレカツ。

 暗くなってまもなく、強烈な雨。
 夕立とか、なんかこういうの好きです。

 ひきつづき、旅行前のコラム執筆の追い込み。
 247本目まで書いたところで、外は雨が上がっていて、まもなく大雨が来そうなので、中断してオートバイで帰る。
 帰宅時刻は午前3時。

2015年08月15日

終戦記念日

 よこはまウォーキングポイントの歩数計が届く。
 使う前に、各所にある端末から初期設定をすることになっているようだが、なんとなく使い始めてしまう。

2015年08月13日

木曜テニス&工場夜景ツアー

 木曜の定例(?)テニス。山手公演にて。
 いくらか涼しくて楽だった。

 テニスを再開してまもなく2年になるが、いくらかサーブが入るようになってきた。

 急いで帰宅してシャワーを浴び、大桟橋へ。
 6時半のはずが、先方が時間を間違えて伝えてきた、ということで、一旦、帰宅して自宅でコーヒー。
 7時半に改めて大桟橋へ。

 招待して戴いて、船で京浜工業地帯の工場の夜景を見るクルーズに参加。

2015年08月12日

アーティスト連絡会議

 年に一度の矯正歯科のチェックのため狛江へ。
 行き帰り電車だと本が読めていいな。

 午後5時からは月例のアーティスト連絡会議。

 今日は自宅で妻と食事をする日なので、午後8時過ぎのバスで帰宅。
 妻が料理した鰯とパスタがうまい。僕は瓜のスープを作った。

2015年08月11日

編集者の引き継ぎ

 おつきあいのある編集者が交代になったということで、新任の人と一緒に、黄金町の事務所へ来訪を受ける。
 部屋と黄金町を案内して、日ノ出町の「游膳グレビー」でランチを食べながら打合せ。
 事務所近くに飲食店はたくさんあるが、静かに食事をしながら話ができる店が少ないので、この店はありがたい。(オーナーは町内会でお世話になっている人)

2015年08月10日

国際免許証

 午前4時に一度起きて、テレビで錦織選手の決勝戦を見てから二度寝する。

 二度目に起きてシャワーを浴び、母のサポートのため、オートバイで母の家へ。

 終了後、近くの二俣川運転免許試験場へ。
 十数年ぶりに国際免許証を発行してもらうため。
 夏休みとお盆のせいか、大混雑。
 冷房も効かず、汗だく。
 帰り道の途中で食事をしようと思ったが、面倒になって試験場の食堂でカツカレー。
 うまくはないがまずくもならないのがカレーの偉大なところだ。

 一旦帰宅して、黄金町へ出たが、頭痛がする。軽い熱中症のようである。
 いきなり夏ばてが来ているようなので、長者町の「弱肉強食」という名前のレストランでステーキ300gを食べる。
 スタミナに、肉は効くね。
 あとは、アクエリアスで水分補給を心がける。

2015年08月09日

オープンスタジオ

 月例の「のきさきアーフェア」の日。
 炎天下に出店する体力は無いので、11時から15時までオープンスタジオで参加。
 来訪者のない時間帯は少し仕事もできた。

2015年08月08日

旧交

 一夜明けて朝の京都。
 ホテルの朝食は1階のタリーズなのだが、生産能力が追いついていないので、行列ができている。
 僕が行った時間帯はマシだったが。
 このホテルを使う場合、次回からは、朝食は外にした方がいいかな。向かいに食堂もあることだし。

 チェックアウトして四条を新京極まで移動。
 マクドナルドで仕事をしながら時間調整。

 結婚して京都へ嫁いだ友人(もともと京女だが東京で仕事をしていた)と合流。
 何年かぶりで会って、昼から居酒屋でビール。いい店だ。
 二軒目は、僕の行きつけの「長竹」で宇治氷。これが抹茶をふんだんに使った絶品。人生最高のかき氷だ。

2015年08月07日

京都出張

 小説家でない仕事のために、新幹線で京都へ。
 気温37度である。

 午後の打合せにつづいてホテルにチェックインしてから懇親会へ。
 外国からの観光客が増えているせいだろう、京都のホテルの予約が取りにくくなっていて、値段もすごく高くなっている。
 終了後、京都で大学の先生をやっている友人と合流。
 

2015年08月06日

真夏のテニス

 午後5時から7時まで山手公園でテニス。
 夕方の時間なので、いくらか涼しいのだが、湿気が多くて、汗がまったく乾かない。ウエアはびしょびしょ。

 ちゃんと仕事もしていますよ。(笑)

2015年08月01日

ベイスターズ、会心の勝利

 夕方から、横浜スタジアムで今年5試合目のベイスターズ戦観戦。
 ベイスターズ会心の勝利。
 緊張したいい試合だった。

2015年07月31日

小説を書きたい

 7月はコラムを50本書いた。
 小説を書きたい。

2015年07月24日

ラジオ体操

 寝たのは午前2時過ぎだったが、午前5時30分に起きて、顔を洗って自転車で家を出る。
 日ノ出町の子神社前の公園で今日からラジオ体操が始まる。
 日ノ出町青年会が主催者。(日ノ出町というのは黄金町の隣町)

 午前6時30分、懐かしい音楽とともにラジオ体操。
 青年会の人数名、子どもたち、お母さんたち。
 終了後、大人気なく「ご褒美」のノートと光るコマももらいました。結構うれしい。(笑)

 さっそく朝食を食べようと思ってガストに行ったら、7時開店でまだやっていない。
 事務所で少し時間を過ごして、改めて9時前にガストで朝食。そして仕事。

 午後8時過ぎまで。おお、なかなか朝型の生活であるよ。

2015年07月23日

木曜テニス

 午前中、ドトールでコラムを1本。

 午後3時から、山手公園でテニス。

 黄金町に出勤して、コラムを4本。

2015年07月19日

小さな社会貢献

夕方、事務所の前の道路に打ち水をしました。

2015年07月18日

組織論的に原発は無理

 東芝の粉飾決算事件を見ていると、内部の不都合をみんなで隠す日本の組織の特徴がよく出ている。
 原発の運用ではもっともやってはいけない行動になる。
 内輪の人間を正しくあげつらうことのできない日本人の組織の運営する原発は技術的問題とは関係なく危険だ。

 山手公園でテニス。
 帰る時刻、山下公園から花火の音が聞こえていた。

2015年07月17日

又吉さん、芥川賞受賞

「火花」で又吉直樹さんが芥川賞を受賞した。

 芸人も小説家もどちらもエンタメ産業だから、同じ分野であって、会社員よりずっと意外性は少ない。
 言葉で人の心を揺すぶる仕事だからほとんど同じといってもいい。

2015年07月15日

短編「閉じない鋏」掲載

 阿川大樹の最新短編「閉じない鋏」掲載の月刊ジェイノベル8月号、本日発売。

2015年07月12日

手作り神話 神話とはつまり事実ではないということ

 コンビニのサンドイッチはサンマルクカフェよりおいしい。
 ちゃんとしたレシピで工場でつくったものはたいていの「作りたて」の「手作り」よりおいしいということ。
 手作りの方がおいしい、なんてことはまったくの幻想。
(どっちかというと手作りの方が出来がわるいよね)
 昭和の時代は「オートメーション」がよい製品の代名詞だったことがあるのだ。

2015年07月05日

帰国

 結婚パーティが終了したのが午前1時。
 それからチャーターバスでストックホルム市内のホテルにもどったのが午前3時前。

 というわけで、起床は午前8時。
 本日のタスクは帰国すること。(笑)

 シャワーを浴びて、朝食をとって、パッキングして。
 準備が順調に整ったので、早めにホテルをチェックアウト。
 十分に時間があるので、列車でなくバスでいいね、といいながらターミナルへ入ろうとすると、入口付近に空港行きの別会社のバスが停まっている。値段は99Krと先日の Flygbusares より更に安い。
 何時に出るかと聞くと8分後だという。
 というわけで、ジャストタイミングで、安いバスに乗れた。
 このバス会社は本数が少ないが、停留所が少ないので到着までの時間は短い。

 さくさくっとストックホルム・アーランダ空港に到着。
 自動チェックイン機でチェックインするが、荷物を預けるのにはカウンターへ行く必要がある。
 諸々手続きを終え、保安検査を終えてゲート近くの心地よい店でビールとフライドポテト。
 スウェーデンではフライドポテトはケチャップではなくマヨネーズが標準のようだ。

 日本の空港は、保安検査の外にレストランや店が多く並んでいるが、保安検査を通過してしまうと、貧弱な店しかない。
 混雑すると時間がかかるかもしれないので、安全検査は先に済ませておきたいのに、そこを早く通過するとゆっくりできる場所がないのだ。羽田も成田も中部空港も、基本的に同じ。
 海外の大きな空港では、保安検査を過ぎてゲートのエリアに入ったところによい施設が揃っている。
 圧倒的にニーズに合っているし、旅が快適になり、たくさんお金を落とすことにもなるのにな。

 ヘルシンキでの45分の短い乗り継ぎも無事にクリアして、月曜日午前9時過ぎ、成田空港に到着。
 リムジンバスもタイミングがよくて、横浜までとんとん拍子。

2015年07月04日

Swedish Wedding

 週末でホテルの朝食が12時までなので、遅めの時間に朝食を摂る。

 
 午後2時、結婚式場へ行くチャーターバスの乗車場所であるホテルへ。(徒歩5分)
 1時間ほどで、タクシンゲ教会へ。
 16時30分から、結婚式、新婦側として参列。ほぼ一時間。
 新郎の両親は、イギリス人とインド人。新婦側の両親はスウェーデン人と日本人。
 中国人もいる。チェックのスカート(のようなものを穿いたスコットランド人もいる。

 したがって、結婚式と披露パーティの公用語は英語、ときどきスウェーデン語。

 もともとは新婦の両親が、わが夫婦の友人。
 うちには子どもがいないこともあって、新婦が生まれて以来、我が子のように成長を楽しみにしていた。
 彼女も「大樹おじちゃん」と呼んで、なついてくれていた。
 近年は、イギリスのオックスフォード大学の学生だったので、会うことがなくて、大人になった彼女の実感のないまま、大学の同級生と結婚することになった。

 というわけで、我が家にとっては、娘の結婚のような感じであり、スウェーデンでの結婚式に駆けつけた次第。

 あたりは、おそらく貴族の領地だった場所が広大な緑地になっていて、湖の近くでは人々が日光浴をしている。

 晩餐の時間まで、イタリアンガーデンと呼ばれている噴水のほとりで、レセプション。

 そして、別棟で晩餐会。
 食事の途中に、神速を代表して花嫁の父のスピーチ。
 まず、自分の娘を褒める褒める。そして、新しい息子を褒める。
 さすが、元外交官、スピーチもうまい。歌まで歌う。

 次は、新郎新婦が、代わる代わるマイクを持ち替えながら、二人のこと、家族のことを話す。
 さすが二人ともオックスフォードの卒業生、スピーチもうまい。

 3時間ほどの晩餐会の後、隣の部屋で、ウェディングケーキが振る舞われ、その間に、もとの部屋が片づけられて、ダンスのできるスペースになっていた。

 ステージには、オックスフォードの仲間たちのバンド。
 新郎もバイオリンで参加。新婦の父も1曲歌う。

 生演奏で、新郎と新婦が踊る。みなも参加して踊る。

 生バンドの演奏が終わると、少し古いポップスの選曲で踊る。
 途中、荒井由美の「ルージュの伝言」も登場。

 パーティが終わったのは午前1時。

2015年07月03日

のんびり

 二人とも一睡もせずに旅支度をして飛行機の中で眠っただけでストックホルムまで来たので、本日は休養日。
 今回のホテル「ラディソン・ブルー・ウォーターフロント」の部屋の眺望は素晴らしく、ノーベル賞の晩餐会の場所でもある市庁舎が目の前。美しい運河や遠く旧市街も見渡すことができる。

 日の入りは午後10時すぎ、日の出は午前3時半、真っ暗になるのは2時間ほど。
 朝6時に目覚めると、窓の外はもう真っ昼間という感じ。

 5日間、日本を空けて海外へ出るために、僕も妻も、いない間の分までの仕事をやっておくために超ハードワークだった。

 午前中、明日のチャーターバスの集合場所を確認しておくために少し町を歩いただけで、あとは妻はほとんど部屋で寝ていた。
 海外にでも来ないとのんびりできない。
 僕は、パソコンで仕事以外の事務的なことなどを少しして、夕方、ガムラスタン(旧市街)まで1時間ほど散歩。

 レストランに行くのも面倒だということで、サンドイッチとサラダを買って帰って、部屋で夕食。
 外でワインを買って帰るつもりが、歩いた範囲に一軒も酒屋がなかった。
 ホテルの部屋の冷蔵庫のワインを開ける。

 ヨーロッパはサンドイッチがおいしいので、サラダとワインがあれば、ちゃんとした夕食という感じがする。

2015年07月02日

ストックホルム

パッキングがなんとなく終わった感じなので、仕事をしていたら、「あと1時間ないわよ」と妻が居間に戻ってくる。
 時刻は午前5時30分。6時20分にタクシーが来ることになっている。

 というわけで、生ゴミを捨てに行ったり、食器を食洗機に入れたり、確認をしてスーツケースを閉じたり、歯を磨いたり。
 このところ、睡眠のサイクルがほぼヨーロッパ時間なので、このまま寝ないで出発して、飛行機の中で眠ると、ストックホルムに着いたときには、時差ぼけなしで過ごせるはず。
(ようするに日本でずっと時差ボケしていると言ってもいいけど)

 荷物を持ってしたに降りると、予定通りタクシーが待ってくれていて、羽田空港へGO!

 朝ご飯は、空港のフードコート。
 セキュリティチェックの外には立派な食堂があるのに、そこを通過した後にはしょぼい飲食店しかないのはどうしてなのだろう。
 安全検査場でどれくらいかかるかわからないので、まずそこを通過してからゆっくり食事をしたいと思ってもそれができない。外より中のレストランを充実させるべきだと思う。
 世界にはそういう空港もけっこうあるけど、日本の空港はみんなだめ。
 ゲートの近くの方がギリギリまでゆっくりできるから、ビジネスとしても儲かると思うよ。

 まずは、午前7時50分、羽田発、名古屋中部空港(セントレア)行きの日本航空。

 45分でセントレアに到着。
 ここでも、外にはレストランがたくさんあるのに、イミグレーションを通過した後のゲート付近ではろくな店がない。

 ゲートの近くのテレビで、女子ワールドカップ準決勝、日本対イングランドの試合を見る。
 同点のまま、後半が終わるかと思ったところ、まさかのオウンゴールで日本の勝利。
 狙ってもあそこには打てないというゴールの角も角のオウンゴールだった。

 フィンエアのヘルシンキ行きは空いている。
 列の中央の5人並んだ席を独占して、肘掛けを跳ね上げ、横になって寝る。
 目が覚めたときは、家を出発したときの100倍、元気になっていた。

 ヘルシンキからストックホルムの便は満席。

 ストックホルムの空港からはバスで、中心部のバスターミナルまで。
 ホテルはターミナルの斜め向かい。到着、7月2日午後6時。

 長旅だったけど出発時点よりも疲れが取れて元気。
 荷物を開けて、近所を少し探検して、食事はホテル内のレストランで。
 なかなかおいしい。

2015年07月01日

出発準備

 明日2日早朝、スウェーデンへ向けて出発する。
 実は、ずっと3日出発だと勘違いしていたので、ちょっと準備に慌てることに。
(そのくらいの方が結果としては時間が効率的に使えるのだけど)

 まず、ユニクロで靴下などを買い、薬局に行って妻の処方箋を出して薬を買う。

 毎月、自己負担だけでもかなりの金額で、国の負担も合わせると、莫大な金額だ。
 保険制度のおかげである。

 次は、タキシードの下に着るウィングカラーのシャツ。
 持っているもので間に合わせようと思っていたのだが、30年以上前、結婚式のときに買ったもので、少し首がきつくなっている。
 今回参加する結婚式は、午後から深夜零時を回るまで、長時間、式とパーティが続くので、楽な方がいい。
 そうそう頻繁に着るものでもないので、ここで新しく買えばおそらく一生ものだろう、残りを快適に生きた方がいい。
 
 というわけで、近所のコナカへ。
 前にひだのついたシャツ。デパートでは12000円くらいだけど、ここでは6900円。それにいろいろ割引が聴いて、4000円と少しで買えてしまった。
 コナカ、すごい。

 その足で、ドトールに行って、出発前の最後の仕事。
 コラム20本分の再校、責了。

 この10日で、新規の日刊コラムの原稿30本、初校を20本、再校を20本。
 それに短編小説の著者校。
 実によく働いた。

2015年06月24日

短編の著者校

 ガストで短編小説の著者校。
 タキシードの受け取り。
 エナメルの靴の購入。
 ドトールで短編小説の著者校。
 挿入する1行の言葉を決められず3時間悩む。

 水曜ワンコインディナーには行けず。

2015年06月22日

タキシードを買う

 7月初旬にスウェーデンでの結婚式に呼ばれているので、タキシードを買う。
 自分史上いちばんフォーマルな結婚式。

 その後、黄金町に出勤して、朝方に書き上げたコラム10本、推敲して送付。

 短編の校正を流し読みして、作業時間の当たりをつける。
 次のコラム10本分のネタをリストアップ。

 など、本日はテンションの要らない作業。

2015年06月21日

気象レーダーの威力

 午後5時から山手公園でテニスだが、局地予報でも雨が上がるのは5時。
 元町中華街駅から公園へ向かう途中もけっこうな降り。

 しかし、局地予報と雨雲レーダー画像で、遅くとも6時には雨が上がると確信していた。

 午後5時、ちょうどにぴったり雨が上がる。
 コートのサーフェスも全天候型なので、まったく問題なし。

 帰宅後、シャワーを浴びて直ちに、取り寄せを頼んであったタキシードを買いに行く予定だったが、妻の仕事が延びて閉店時間までに帰宅が間に合わないということで延期する。

2015年06月19日

横浜DeNAベイスターズ

突然朝型で6時半から起き出す。
前日は寝るのが6時半とかだったから大転換。

夕方からベイスターズ見に行くから、その前に仕事がんばる。

天気が不安定で、ぎりぎりまでスタジアム近くのカフェで仕事をしながらようすを見て入場。
 山歩き用のカッパを着ているので、少々の雨は大丈夫。
 しかし、相手広島カープの投手マエケンの好投で試合はベイスターズの負け。

2015年06月14日

横浜スマートシティプロジェクトフォーラム

 長い名前のイベントだ。(笑)
 場所は、横浜開港記念会館。
 我が家も参加していた、節電の社会実験の結果報告会、のようなもの。
 政策決定や、電力会社の課金方法の設定を社会実験によって最適化する、という試みは、とても興味深い。

 午後4時半に終了。
 黄金町に出勤。

2015年06月13日

短編52枚、脱稿

 午前4時、短編52枚、脱稿。

 爽やかな気分。
 自分へのご褒美は、午前3時にオープンする店「阿武茶”」で。
 刺身盛り合わせ、トンテキ、ビール2本。

 明日からはまたコラムの書き溜めして、ずっと不義理をしている長編の執筆時間を作らなくては。
 別の長編の話もそろそろはじめたい。
 その前にまずエッセイ片づけてからだ。

 イェイっ! 人格、壊れてます。

2015年06月08日

ペヤング・ソース焼きそば

 疲れが溜まっている。
 午前8時過ぎに寝て、午後2時におきたが、食欲がなく、動きも鈍く、シャワーを浴びて、やっと食事をして家を出て、事務所の備品を調達しながら黄金町へ出てきたのが、午後7時過ぎ。
 腰と背中が固まっているので、初めて行く近所のマッサージに行ってみて、やっとこの時間から原稿を書ける心身の状態になった。
 あと3日ほど、この状態でがんばらなくちゃ。

 こういうときの方がいい原稿が書けるので、わざと負荷をかけていたりもするのだが、毎回、命を削っているような気がする。

 今夜のお楽しみはペヤング・ソース焼きそば
 セブンイレブンで173円もした。

 ペヤング再発売のニュースを見て、食べたくなってトップバリューの88円のを先に買ってあったのだけど、さっき、多面展開(笑)してあったので追加購入しちゃった。

2015年06月07日

今日はヒレカツ

 午後1時に起きる。
 今日も食欲がない。
 シャワーを浴びて、ぼんやりしていたらもう午後4時だ。

 自転車で出勤途上、伊勢佐木町の「かつや」でヒレカツ定食。
 昨日の「勝烈庵」の半額で、こっちの方がうまい。

 翌午前6時前に、疲れ果てて、本日分終了。

 中華街の店が開く時間(午前7時)を待って、「馬さんの店 龍仙」で朝粥。

2015年06月06日

はじめての勝烈庵

 寝たのが午前8時で、起きたのが午後1時。

 食欲がないので、先に洗濯と食器洗い。
 シャワーを浴びて出てきたところで、やっと食欲が出たので、昨日、夜食用に買って食べなかったカレーパンを食べる。

 テニスラケットのストリング張り替えを頼んであったのを受け取る。
 58ポンドから一挙に48ポンドに。ゲージも130から124に細くした。まるで違うラケットになったはず。楽しみなような不安なような。

 しかし、目の前は仕事の山。
 小説の中では人が死にそうになっている。
 (推理作家協会会員だが、小説の中でまだ二人しか殺していない)

 とんかつを食べると原稿が書ける、というジンクスを実行しよう。
 どうせならうまいとんかつを食べようと思って馬車道へ出たが、「丸和」は土曜はランチまでしか営業していない。
 しかたなく、有名店だが地元の人の評判は芳しくない「勝烈庵」へ。
 何十年も前から知っているが、そういうわけで、店に入るのは初めて。
 揚げているところが見えるカウンターに席を取る。
 僕が聞いている評判はまるでだめなのに、ひっきりなしに客が入ってくる。

 1500円のロースカツ定食。
 噂の通り、特別美味しくはない。

 翌朝5時まで短編小説。
 脱力して午前7時過ぎまで事務所でぼんやりしていて、歩き始めたが疲れていたので、日ノ出町から電車で帰宅。
 家に着いたら、妻が仕事に出て行くところだった。

2015年06月05日

執筆好調

 小説の冒頭部分をいい感じで書く。

 明け方、どうにも目が痛くて仕事を続けられなくなり、シーンも切り替わるところまできたので、終わりとする。

 明け方までには上がるはずの雨がまだ降っている。
 徒歩で帰るのはいやなので、始発のバスの時刻まで事務所待機。
 いよいよ始発の時刻にバス停まで行ったのだが、なんと、夜は明けて、今日は土曜日ではないか。(頭の中では金曜日だった)
 土日はバスが桜木町止まりなのだ。それでは意味がない。
 というわけで、電車で帰ることにして、黄金町駅へ。
 電車で帰るなら、電車の始発はもっと早くからあったのに。

2015年06月04日

短編小説いよいよ着手

 少し前からアイデアを頭の中で転がしていた月刊小説誌向けの短編小説をいよいよ書きはじめる。

 初日は5枚。
 まあ、これはこれでよし。

 タウンニュース横浜中区西区版の人物風土記に阿川大樹登場
 記事中「小説家の夢を捨てきれず」とあるけど、捨てようなどと思ったことは一度もありません。エンジニアなどの仕事が面白かったので、なかなか小説家への挑戦を始められずに機をうかがっていただけです。

 それはさておき、演劇版『横浜黄金町パフィー通り』についての記事も同じ媒体に。

2015年06月03日

ワンコインディナー

 自宅付近で仕事をしていたら、アーティストの岡田裕子さんから、リサーチに協力して欲しいというメッセージ。

 ならば、水曜日恒例のロックウェルズの500円定食を食べながら打合せをしましょう、ということに。

 というわけで、夕方から出勤して、午後7時、岡田さん他、彼女のプロジェクトに参加している映画監督とかアーティストとかを紹介されて、夕食を食べながら、いろいろ話す。

 その後、小説。

2015年06月01日

短編の準備中

 月刊小説誌に断続的に掲載している連作短編(50枚)。
 第4話を書くにあたって、3話までを読み返した。
 うん。いい小説書いてるじゃん、阿川。(笑)
 コラム脳が一気に小説脳に切り替わった。

 今日はここまでにして、明日以降、執筆に取りかかる。今はまだ何を書くか固まってないけど、たぶん、書きはじめると決まる。(笑)

2015年05月30日

演劇版『横浜黄金町パフィー通り』制作委員会発会式

 午前10時、かいだん広場で、芝居の宣材の写真撮影。

 午後3時、「ふりーふらっと野毛山」で演劇版『横浜黄金町パフィー通り』制作委員会発会式。
 どういう主旨のどういうイベントなのか、いまいち解っていなかったのだけど、ようするに芝居に参加する人、演出、役者、スタッフ、などの初顔合わせの会、ということだったらしい。

 原作者としてちょっとスピーチ。

 黄金町にもどって、仕事の続き。

2015年05月26日

小説執筆の準備

 6月になると短編小説の〆切が来るので、その執筆期間分のコラムの仕事をまとめてこなしておかなくてはならない。
 というわけで、ここのところ、まとめて作業の追い込みをしている。

 午前中、セーターを3枚洗う。

 午後、近くのガストで仕事。
 午後7時に、黄金町の事務所に出勤。
 午前0時に、帰宅。
 ビールを飲みながら、ローランギャロスの試合を見る。

 クレーコートの試合は見ごたえがあって面白い。

2015年05月25日

劇版『横浜黄金町パフィー通り』制作発表記者会見

 朝食はマクドナルド。
 午前中、妻のつきあいで近くで発売中のマンションのショールーム。

 次は、Banana Republic で夏物のジャケットを購入。
 肩幅で合わせると袖が長くなるので、直しに出す。(手間賃5290円)

 コラムの初稿10本を戻す。

 午後7時半からは、黄金町で演劇化される『横浜黄金町パフィー通り』の制作発表記者会見。
 思った以上に、メディアの参加者が多くてほっとした。

 僕は原作者で、演劇の制作にはタッチしてないが、プロモーションには積極的に協力している。。
 記者会見終了後、関係者とロックウェルズで飲む。

 事務所に戻って、少し仕事して、午前2時頃帰宅。

2015年05月23日

山手公園でテニス

 本日は出勤せず、自宅で仕事。

 午後5時から2時間、山手公園でテニス。

2015年05月21日

横浜市長から感謝状

 当社比で早起き。
 初黄日ノ出町環境浄化推進協議会総会に呼ばれている。

 総会冒頭に、平成27年度「地域再生まちづくり貢献者」ということで、横浜市長からの感謝状を戴く。
 黄金町での活動と『横浜黄金町パフィー通り』の執筆が評価されたもの。
 市長はともかく、町の人が市長に推薦してくれたことがうれしい。

 昼過ぎ、帰宅。

 午後4時から2時間、等々力緑地のテニスコートでテニス。
 参加者がふたりだったのでたっぷり。

2015年05月20日

徹夜明け

 コラムのノルマをこなして、少し前に帰宅して、日吉さんのところで買った大多喜の野菜の下ごしらえして寝る。
 午前8時前のみなとみらいマンション群はびっくりするほど人が歩いていました。
 通勤してきた会社員、通勤していくマンション住民、通学の小中学生。
 日曜の観光客よりずっと密度が高い。みなとみらいは観光地というより、オフィス街で住宅地なんだなあと改めて思いました。

2015年05月18日

妻の誕生会

 夫婦の互いの誕生日はどこかへ外食に行くのが通例なのだけど、今年の妻の誕生日は、レストランへ行ったつもりで食材にお金をかける、というコンセプト。

 午後、そごうの地下食料費塗り場へ買い出しに行き、夕食を家で摂る。
 水牛のモッツァレラでカプレーゼ。トマトも高いの買ってみました。
 タイムセールで20%引きのローストビーフ。
 かき玉の清まし汁で下を切り替えて、最後はマグロ中トロと帆立の刺身。

2015年05月17日

オープンスタジオ(プライベート)

 夕方5時から、レジデンスアーティスト向けのプライベートはオープンスタジオとして、一階でバーを開催した。

 真っ先に来てくれたのが、韓国の映像アーティスト、ユ・サンジュン。
 韓国の人は律儀なので、何にももってこなくてもいいよ、と言ってあったのに、真露の韓国バージョンを差し入れしてくれた。
 次は、ロサンゼルスから短期でリサーチに来ているジム。
 それから、片岡純也とその奥さん。
 本来なら終わっている時刻に(笑)画家の吉本伊織。

 なんとなくこじんまりといろいろなことを話した。

2015年05月11日

銀座でインタビュー

 午後、銀座へ。
 待ち合わせの時刻まで、椿屋珈琲店で静かに仕事をしようと思ったら、ご婦人方ばっかりで、おしゃべりがうるさい。
 4時半になると、目の前でフルートとピアノの演奏が始まる。
 と、まあ、人生そんなもの。

 コーヒーの値段も高いが、美味しいし、カップはロイヤルコペンハーゲンだから、そんなものか。

 5時15分前に博品館の前で、編集者と待ち合わせ、徳島新聞東京支局でインタビューを受ける。
 6月1日から、徳島新聞でも日刊コラムの掲載が始まる。

 終了後は、ベルギービールの店に案内して戴く。
 二軒目は有楽町高架下の十勝ワインの店。

 たまにしか行かないけど銀座は好きだ。

2015年05月10日

母の日ディナー

 夕方、母が新事務所にやって来た。

 そのまま、野毛まで歩いて、「蒸気屋」で母の日ディナー。
 妻も現地で合流。

 驚いたのは、黄金町に仕事場をもったときに東小学校の六年生で、ときどきアーティストのスペースに遊びに来ていた男の子が、6年経って調理師の修行中で「蒸気屋」のキッチンに立っていたこと。
 なんかうれしい。

2015年05月09日

横浜港大桟橋

 朝、 Costa Victoria は、横浜港大桟橋に着岸した。
 ゆっくり朝食を摂って下船。
 タクシーで自宅まで。ジョギングで来ている距離。近いのが楽だ。

 午後、黄金町へ出て、仕事に復帰。

2015年05月08日

終日航海日

終日航海日。
前日午後10時過ぎに寝たので、午前3時に起きてNHKBS1で錦織の試合を見た。
のだが、船の位置とアンテナのせいか、第二セット途中で映像が切れてしまう。
改めて朝ご飯の時刻まで眠る。

朝食後、6階のジョギングトラックを走りに行くが、途中がメンテナンスで一周することができないので、ジムへ行き、トレッドミルで40分ほど走る。
シャワーを浴びて、昼ご飯。(食べてばっかりだがそれがクルーズ)

午後は、ピッツエリアへ行って、少し仕事をする。

4時45分、レピーター向けのプログラムである「コスタクラブ」の会員向けのイベント。カクテルサービス。
船長が来るイベントだということで、あたらしくワイシャツを降ろして蝶ネクタイで出かけるが、あっさりしたイベントでちょっと拍子抜け。

部屋にもどってNHKBS、錦織の試合の再放送。
試合終了後、19時半過ぎ、フェスティバル劇場のバーへ行き、ジントニックを飲みながら夕食の時刻まで20分ほど、ショーを見る。

8時半からは最後のディナー。
毎日世話になったレストランのウェイター、ヴィシャルと名残を惜しむ。

9時過ぎからの仮面パレードはパス。

2015年05月07日

奄美大島

午前10時、奄美大島名瀬港に入港。
予約してあった観光タクシーで、島の中部へ向かう。

奄美大島は佐渡島についで2番目に大きな島だそうだ。名瀬港はけっこう大きくて、コンテナ専用岸壁もある。島の物流の中心になっているようだ。
北部は珊瑚礁の海のきれいな地域、南部は山がちで亜熱帯の原生林が茂っている。
いくつかのトンネルを抜けると、どんどん緑が濃くなり、植物の生態系が南の島のものになっていく。
まもなくマングローブの茂る湿地へ。
そこでシーカヤックを借りて湿原を移動。
満潮時には、マングローブのトンネルをくぐるように支流を辿ることができるらしいが、あいにく満潮は8時45分で、すでにかなり潮が引いている。
となると、平水面でカヌーを漕いでいるというだけの感じでたいした感動もない。おまけに今回のクルージング中唯一の雨が、よりによってカヤックの上にいる時に降って来る。90分の予定を60分に切り上げて上陸。
自然というのもは、こちらの都合に合わせてはくれない。

天気が悪いので、海の方へ行くのはやめにして、大島紬の工芸館へ。
大島紬の製造工程を見学。
これはすごい。(詳細は省く)
港へもどる途中、黒糖焼酎の試飲ができる土産物屋へ寄って、午後3時半過ぎ、帰船。
午後5時、横浜へ向けて出港。

2015年05月06日

佐世保

午前8時、佐世保に入港。
9時過ぎには上陸できたので、午前11時半に予約してあった市内周遊バスを10時に変更。
10時まででも充分時間があるので、港の商業施設「させぼ五番街」を歩いてみたり、離島へいく船のターミナルへ行ってみたり。

10時発の観光バス「海風」は女性ガイドが案内をする1時間のコース。
佐世保重工業の敷地内に少し入り、外から第1,第4ドックを見学。
九十九島パールリゾートで10分、自由時間。
11時、バス、解散。

徒歩で戸尾市場街へ。小さな蒲鉾屋さんで揚げたての蒲鉾(さつま揚げ)を買って、食べながら歩く。
隣接した場所にある、崖に並んで掘られた防空壕を店舗にしたトンネル商店街にある「ベースストリート防空壕店」で佐世保バーガーを食べようと思っていたが、開店前だったのでやめにして、駅前に戻り、「ログキット佐世保駅店」でスペシャルバーガー(880円)をテイクアウトして、港のベンチで食べる。
ひとつ500g以上あるでっかいハンバーガーでお腹いっぱい。

2015年05月05日

済州島に到着するが降りない

朝はカフェテリアにする。子供が多い。
11時、コンコルドプラザで弦楽四重奏のミニコンサート。
12時からのランチは、友人一家と合流して、今日もフルコース。
ランチが終わる時刻に、韓国・済州島に到着。

我々は降りずに、船内でくつろぐことに。
済州島はよいリゾートらしいのだが、南側のリゾート地区には大きな船は着けないので、北側の都心部のはずれの港湾施設に着岸する。
いってみれば、本牧のコンテナ埠頭に着くようなものなので、降りても何にもない。
客船クルーズは、船自体がリゾートなので、到着地などどうでもいいのだ。

というわけで、着岸した岸壁のようすを船の上から少し見ただけで、あとは船内で過ごす。
図書室へ行って、劇版『黄金町パフィー通り』の脚本を読んだり。

Costa Victoria でクルーズに出る度に出会う人たちがいる。

僕らはすごくおいしい思うのだけど、船のレストランの料理が口に合わない人もいる。
今日も「よくもこんなまずいもの作るよなあ」といいながら、コースの料理を残してハンバーガーを頼んで、それを食べながら、「おいしいおいしい」という人がいた。
船の料理はイタリア料理にしては、やや塩分が多いと思うけど、それでも日本の食べ物に比べると、圧倒的に塩味は薄い。そのかわり、トマトやチーズの旨味とか、いろいろな種類のハーブの香りを使って複雑な味を出している。

口に合わない人たちからは苦情が出るのだろうなあ。
でも、そういう人たちの味覚に料理を合わせてしまったら、イタリアの客船に乗る意味がない。なので、いまのままで運行して欲しい。
イタリアの船に乗るのだから、イタリア料理が口に合わないのなら、あまりお勧めしない、ということに尽きると思う。
イタリア料理は西洋の料理の中では日本人の舌にあう方だと思うんだけどね。
(イタリアに数ヶ月住んだとき、毎日、現地の食材で現地の料理の手法でつくった料理を食べて、途中で「日本の味を恋しい」などとはまったく思わなかった。醤油もあったけど、一度も使わなかった。むしろ、日本にいるときに比べて、毎日、おいしいものを食べることができて幸せだった)

多くの人が下船して、船内が空いているので快適。
観光に出た人が戻ってくる前に、レストランで夕食を摂ろうということになり、午後5時半に夕食スタート。
まだそれほど空腹ではないので、コースのうちパスタは省く。
前菜、スープ、魚介の料理、最後はレモン・シャーベット、と軽めに。

夜11時過ぎ、ピッツェリアに麺を食べに行く。

本日は味噌ラーメンとピリ辛シーフードラーメン。
これが実に面白いラーメンで、味噌ラーメンの具は、豆腐、わかめ、油揚げ、椎茸、エノキタケ、刻み青ネギ。白味噌の汁に麺が入っている。「味噌ラーメン」というより「味噌汁ラーメン」。でもって、ダシは昆布や鰹節や煮干しではなく、チキンスープ。
へんなのだけど、けっこうおいしい。
イタリア人が自分の舌でおいしいものを作った感じ。いやはや面白い。貴重な体験だ。

2015年05月04日

終日航海

 前夜に睡眠時間が少なかったせいもあり、昨夜は爆睡。

 午前7時起床。ルームサービスの朝食が7時半過ぎに届く。
 部屋で食べることができるのはコンチネンタル・ブレックファースト。

 本日は終日航海でのんびり。
 ランチのフルコース。おいしかった。
 しかし、食事が長くかかったので、東京交響楽団の四重奏のコンサートを聞き逃した。
 午後5時から、船長主催のガラ・パーティ。
 つづいて、6時45分から、食事の前に、改めてフェスティバルホールで弦楽四重奏のコンサートを1時間、8時から食事。

 ああ、今日もおいしいものをたらふく食べた。

 九州南端を通過する夜中に、少しの間だけ、通信が回復したが、ほとんど不通。

2015年05月03日

Costa Victoria

午前8時半、起床。
午前9時半、タクシーを呼んで大桟橋へ向かう。極めて順調。
昨日確認したロッカー2つ(400円x2)にスーツケースを収める。
シルクセンターの広場まで出て、パレードを見物。
桟橋へ戻る途中の食堂でチキンカツ定食(600円)。
これは千切りキャベツが漂白剤臭かったので、40点。

午後1時半、出国審査を経て Costa Victoria に乗船。
この船に乗るのは3回目なので、中は勝手知ったるもの。

出港時間5時までにはまだまだ時間があるけど、いったん船に乗ってしまえば、そこがリゾートなので、どこにいるか、走っているか止まっているかは、あまり関係ない。
レストランでランチバフェット。
部屋にもどったところ、プロセッコ(スパークリングワイン)のボトルが届く。
わお。ふたりで1本のんでしまったら、4時半から避難訓練で階段踏み外すよ。(笑)
避難訓練後は、偶然、同じ日程で乗船しているヨット仲間の夫婦を呼んで、バルコニーで桟橋から離れていく出港を楽しむ。
「7ノット」
ヨット乗りなので、奥さんの方がスマートフォンのGPSで対地速度を読み取る。
やがて、次第に艇速を上げ、ふだんヨットから見ている東京湾西岸の風景の中、Costa Victoia は、観音埼に向かって南下していく。針路155度。

午後8時、夕食、シンフォニアレストランでフルコース。

テーブルの給仕が、偶然にも、前回の担当だったヴィシャル。
本来ちがうテーブルの担当なのが、偶然、急に担当替えで僕らの担当になったらしい。
というわけで、食事の後も、しばし立ち話をして別れる。

2015年05月02日

旅支度

本日より休みと決める。

明日より客船クルーズに出るので、ほとんどその準備。

まず、ジョギングで大桟橋まで行く。
明日の客船は大桟橋から出港する。チェックイン時間は13時30分。しかし、「よこはまパレード」のために10時から15時まで交通規制になる。客船旅行はできるだけ荷物を持っていった方が快適なので、家からタクシーで行くのだが、交通規制よりも前に行かないとタクシーが使えない。その場合、チェックインできる時刻まで荷物をどうするかが問題になる。
というわけで、大きなスーツケースを入れることのできるコインロッカーがあるかどうかを確認したかった。

実は3月15日に横浜マラソンを走ってから、初めてのジョギングである。
まず、久しぶりすぎて、GPSウォッチが位置を捕捉するまでの時間が長い。4,5回リトライを繰り返して、少し開けた場所でやっと測位に成功。
ほんとに無理せず、ゆっくり、時にはチ躊躇せずに歩く。

肩や膝を傷めて以来、初めてのジョギングでもある。平時に痛みはほとんどないが、走っても大丈夫かどうかはやってみないとわからない。
というわけで、その試験も兼ねている。

往復、約7km。とりあえず当日は膝の痛みは出なかった。

さて、そこからは旅行の荷物のパッキング。
こちらは、結局、午前5時までかかった。

2015年04月30日

打合せ

 マンチーズで、劇版『横浜黄金町パフィー通り』のための打合せ。
 僕はただの原作者なので、人と人を繋ぐだけだけれど。

2015年04月29日

昭和の日

 昼間はご近所のマンションのバーベキュサイトにご招待いただく。

 終了後、黄金町へ出て、翌朝4時過ぎまで仕事。

2015年04月23日

山手公園でテニス

山手公園でテニス。

半袖短パンで、いい感じに汗をかく。
絶好のテニス日和。
山手公園は行き帰りも心が洗われる感じ。

おそらく肩はあとで痛くなる。
膝はまあよくなっているかもしれない。

ケアのため、久々にバスタブに湯を張った。

J:com の GAORA の番組表がプロレスになっていて、錦織のテニスの試合を見損なった。
深夜、気がついて途中から見る。

2015年04月22日

ヘルメットを買いに行ったが

 オートバイ用のヘルメットを買い換えるため、自家用車で新山下のライコランドへ。

 機種とサイズを確認したところで、希望の色とサイズがなくて、取り寄せになるとのこと。
 あきらめて、帰宅し、amazon で希望の物を注文。
 値段も5000円ほど安くすんだ。

 サイズの確認ができたからこそ、通販で買えたわけだが、店に在庫がなければ買いようがない。
 実店舗でAmazon以上に顧客を満足させるのは難しいなあ。

 執筆資料の取り寄せなどで、この10日間に11回、Amazonに注文を出した。
 一番儲かっているのは運送会社かもしれない。
 
 夜はロックウェルズ(きらく亭)の500円定食。

 コラムの再校20本を責了とする。ゴールデンウィーク進行。

2015年04月21日

本日も来客


 夕方まで、仕事。

 午後6時半、来客。
 野毛へ案内して食事。

2015年04月20日

ほとんど休み

 家で細かな仕事を済ませてから、黄金町へ出て、整形外科へリハビリに。
 その後、来客対応。

2015年04月18日

コラム校正

朝は、スパゲッティにレトルトカレー。
昼は、日ノ出町の駅前ビルに新しくできたベルベのパン。

本日もリハビリ。
直後は楽になるけど、しばらくすると痛む。
直後に楽になるということは効果があるということなのだろうけど。

コラムの校正91−100まで。

帰りは遠回りして伊勢佐木町の富士そばで冷やしたぬきそば。
ちょうど今日から大盛り無料だというニュースが入ったので。

圧力かけてくる政府とそれで日和るメディアのどっちが悪いかと言えば、メディアの方だよ。
圧力をかけない政府なんかあるわけないんだから、「圧力なんかかけないやさしい政府」の下でだけ自由に物が言えるというそんな温室育ちの平和ぼけ言論なんて意味がない。

2015年04月16日

ばたばた

 チョイモビで「急な坂スタジオ」へ。
 そこから少し坂を降りたところが横浜市立中央図書館。

 今日が期限の予約した本を受け取り、日ノ出町へ向かう途中で保険会社からの電話を処理。

 事務所に荷物を置いて、整形外科へリハビリに。

 午後5時から、黄金町の新規レジデンスアーティストの会議。
 6時過ぎにビールが出て、ミニ懇親会。
 7時前に中座して、事務所でコラムの校正。

 ベルリンフィル・デジタル・コンサートホール、すごくいいけど。これを契約したら仕事しなくなるのでやめておく。
 N響もエンジニアいるんだからやればいいのに。
 受信料払うのはいやでも、N響の音源なら喜んで買う人いるんじゃないかな。

2015年04月15日

アカデミック

 保険の調査員来訪。
 1時間ほど打合せ。

 出勤途上、事務所に向かって歩いていると、ヤマト運輸から電話。
 届け物があるが、場所がわからないという。
 事務所を移してから、戸口の工事が始まっていて表札が出せないでいる。

 目と鼻の先まで来ていたので、待ってもらう。
 届いたのは立派な胡蝶蘭。
 送り主は、今夕、お訪ね戴く来訪者の方々の連名で。

 ちょうど1階の展示室を片づける日だったので、丁寧に梱包を解いて、カウンターの上に飾る。

 いろいろ時間がないので、リハビリは省略。

 午後7時、続々と来客4名来訪。
 半導体エンジニア時代の知人で、大学教授とか理系の出版社の偉い人とか。
 事務所でオーディオ談義などしてから、野毛へ移動。
 みんなで日本を憂ったり、イスラムのことを知りたいね、という話をしたり。

「蒸気屋」の4500円コース(飲み放題付き)は、なかなか内容がよかった。

2015年04月14日

みなとみらい大ホールで「地図を作ろう(黄金町の歌)」

 昨夜のうちに仕事が終わらず、それでも眠くて原稿が書けなくなっていたので、とりあえず3時間寝てなんとか起きだし、ぎりぎり午前中に、予定の原稿を書き上げた。

 午後1時、母と待ち合わせ。
 食事をする暇がないので、コンビニでおにぎり1つとペットボトルのお茶を購入。

 みなとみらい大ホールにて、「第七回国際シニア合唱祭 ゴールデンウェーブin横浜」という合唱のイベント。

 昨年、『横浜黄金町パフィー通り』(徳間書店)発売に合わせて、物語にも別の名前で登場する黄金町の合唱団「コールなでしこ」に歌ってもらう合唱曲を作詞作曲した。
 今回、この合唱祭で、その曲「地図をつくろう(黄金町の歌)」を歌ってくれるということで、招待していただいた。

 いままでも、町内のイベントで何度か歌ってもらっていたのだけど、きちんと練習して、音楽性の高い素晴らしい演奏になっていた。
 歌っている人、ひとりひとりの表情に歌うよろこびが満ちていた。
 とてもうれしい。
 作詞作曲者として、自分の作品が素晴らしい形で飛び立っていった感じがする。

 いろいろ迷いながら、「曲を作ったら歌ってくださいますか」とお願いして実現した企画だったけれど、30年ぶりくらいに、自分以外の人向けに作曲をするということに再チャレンジして、ほんとうによかったと思う。

 他の合唱団も、それぞれよかった。思っていた以上。
 演奏技術じゃなくて、歌うよろこびに満ちた歌こそが、聴く人の心に響く、そういう歌を聴くことができた。幸せな時間だった。

2015年04月13日

オートバイ修理完了

 土曜日に修理完了の連絡があり、本日、受け取りに行くはずがあいにくの雨。
 バイク屋が電話してきて、「店がいっぱいで置き場がないから届けますから」。
 というわけで、愛車 GB250 Clubman は自宅バイク置き場に帰還した。

 午前中に通販で注文したハイレゾ対応ヘッドフォン ATH-MSR7 が届く。
 音がよすぎて聴き惚れてしまい、仕事が滞る。

2015年04月12日

統一地方選

 朝一で撮影があったので、黄金町へ出てきて、選挙の投票のために自宅に戻って投票して、改めて事務所へ出てきた。
 もっと早起きができれば投票してから事務所に出て来ればそれで済んだのだけど。たしかに今日に関しては「早起きしてれば三文の得」だった。

 俗に「早起きは三文の得」というけど、ならば、夜更かしだって三文の得だよね。

 横浜市は自民党がつよいんだなあ。

2015年04月08日

午後5時、アーティスト連絡会議

 午後5時、アーティスト連絡会議。
 ロックウェルズの500円定食を食べながら、アーティスト仲間といろいろ世間話。

 事務所に戻って、コラムの仕事。

2015年04月07日

186m足りなかったマラソン

 先日走った横浜マラソンが、186mほど、距離が足らずに公認コースではなかったと、報道されています。どうりでなんだか短くて楽だと思った。(ほんとかい)

「首都高」を走る、という話題性を優先して、首都高だから事前に距離を計ることができなかったというのが、あとで短かったということがわかった理由だそうだ。
 その首都高も斜めにバンクしていて、足に負担がかかる上に応援もないという、ようするに話題性優先でランナーのことを本当に考えているわけじゃない、という、まあ、横浜らしいといえば横浜らしいですね。

 個人的には「186m足りなかったマラソンを完走した」というの一生笑いが取れるよいネタだと思う。

 スタート号砲後、スタートラインまで500mくらいあったから、自分としては競技時間内に十分フルマラソンを走っているけどね。

 マラトンからアテナイまでの距離が42.195kmだった(本当は違うらしいが)ので、マラソンがこの距離になったと言われているから、それにならって、以後、この42.009kmの競技を「マラソン」と言わずに「ヨコハマ」と呼べばいいんじゃない?
 栄えある第1回ヨコハマ完走者だぜ。えへん。

 横浜市には、今後ともマラソンにこだわらず、42.009kmのコースで「ヨコハマ」を開催して欲しい。そして、ヨコハマをオリンピック種目にしよう。(棒)

 伝統とはつねに新しくつくられるものなのである。

2015年04月01日

徳間書店チーム阿川

 徳間書店の編集担当が人事異動で交代になったので、新事務所のお披露目とお礼とキックオフを兼ねて。
 お世話になっている新旧の編集者、それから営業の担当者と僕。
 新事務所を案内して、そこから夜桜の道を野毛まで。
 事務所の前の道は横浜でも有数の桜の名所なので、桜をご覧戴くのもおもてなし。
 野毛のフレンチレストラン「イグレック」で会食。
 いつもはこちらがご馳走になるのだが、今夜は阿川がもてなす側。

2015年03月31日

完全撤収

 旧事務所のガラスのシールを剥がし、床や階段を拭き掃除。
 足など、まだ痛いが、期限なのでがんばる。
 完全撤収だ。
 事務局に鍵を返して終了。

 桜の季節で世間はとても華やいでいる。
 大岡川には桜見物の船がひっきりなしに遡上してくる。

 ロックウェルズへ寄って、美味しい刺身の盛り合わせと泡盛、そして日本酒。

2015年03月24日

コラムのゲラもどし

 深夜、コラムのゲラ10本をFAXで戻す。

 家でないと(電話回線がなくて)FAX送れないので。
 原稿フィーダー付のスキャナー(兼FAX)も家にしかないので、結局、FAXが楽というわけ。

 コラムはゲラも現物をレターパックで送ってもらっている。
 月に30本あると、ファイルだと処理済みと処理前のタスク管理が面倒。現物だと未処理分は常に封筒に入れて持ち歩くことでタスク管理ができる。

 毎朝、「今日は**と**と**をしてください」と命令してくれる秘書が欲しい。(事務的なことは苦手なのに、会社員の時は出世が早かったので、割りと早くから秘書がいて、楽だった。いまは、社長兼小づかいさんだからなんでも自分でやらないと。ふう。)

2015年03月21日

オープンスタジオ第1日

 黄金町地区のアーティストの一斉オープンスタジオ。
 午後一時半過ぎ、まちあるきツアーのご一行様。
 その他、知人の訪問、二組。

 明日、日曜日も。

2015年03月20日

引越

 新事務所へあらかたものを移す。
 1部屋だけは仕事もできるようにした。

 明日から、黄金町地区のオープンスタジオなので、新事務所を公開する。
 1階は、著作の展示スペース。

引越

 新事務所へあらかたものを移す。
 1部屋だけは仕事もできるようにした。

 明日から、黄金町地区のオープンスタジオなので、新事務所を公開する。
 1階は、著作の展示スペース。

2015年03月18日

机の組み立て

 新事務所でIKEAの机2つを組み立て。
 3往復荷物運び。
 1階の展示室に少し本を並べてみた。

 あとはエッセイを書く。

 ロックウェルズの500円定食の日だということを忘れて、伊勢佐木町の「てんや」へ行ってしまった。
 毎月18日は「てんやの日」だそうで、390円のサンキュー天丼というのが食べられたので、それはそれでよかったかもしれない。

2015年03月17日

順調に回復

 チョイモビで出勤。
 わりとふつうに歩くことができる。いい感じの回復力だ。
 
 現事務所と新事務所を何回か往復して3階分の階段を何度も上り下りしても特に痛みはない。
 ただし、しばらく椅子に座ってじっとしていると、立ち上がる時に筋肉が固まっている感じ。

 朝までかかってコラムの原稿10本を仕上げる。
 終わったのは3時半頃だったが、事務所でゆっくりしていたら午前6時を過ぎてしまった。
 そろそろ通勤の人が動き始めている町を、歩いて帰宅。

2015年03月16日

マラソンから一夜明けて

 歩くのが大変なので、出勤は取りやめて、近所のドトールで仕事など。
 幸いなことに、関節などの故障は極めて軽微。

2015年03月15日

横浜マラソン2015

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 午前6時半起床。いよいよ3回目のフルマラソン。

 7時に食事、ご飯2杯。
 よかった。どうやら雨は降らないようだ。

 窓からスタートラインに並ぶランナーが見えている。
 スタートの列が自宅のすぐそばなので、荷物預けもせずに、自宅で着替えて、直接、スタートライへ向かう。
 スタートは8時30分だが、ラインに並ぶタイムリミットは8時。
 スタートブロックで待っている時間が寒い。僕はわりと厚着で出てきている。暑くなったら脱いで背中のバッグに入れて背負って走るつもり。なので、背中のバッグはほとんど空だ。脱げるように、ゼッケンはビブに付けて上から着ている。後ろのゼッケンはバッグの下に付けている。 

 タイムリミットは6時間半だが、スタートまでに何分かかるかわからない。6時間では走れるはずだけど、スタートまでにかかる時間によって余裕がなくなる。途中に関門がたくさんあって、最初に大きく遅れるわけにもいかない。

 金曜日にマッサージを受けたので、体調はよい。

 8時半、いよいよスタート。
 大会アンバサダーの剛力彩芽さんのいるスタートラインを切ったのは、およそ20分後。
 つまり、6時間10分で走ればタイムリミットにかからずにゴールできる。(ただし、途中にも関門はある)

 みなろみらい大橋のスタートから、元の自宅のあるポートサイド地区へ向かい、箱根駅伝の2区にあたる国道16号を少しだけ走って、すぐに横浜中央卸売市場へ。旧我が家をぐるっと回る感じ。
 そこからもう一つの橋でみなとみらいに向かうと、正面に現在の自宅が(ほぼ)見える。
 パシフィコの前当たりに妻がいるかな、と思うけど、沿道の人が多すぎてわからない。ランナーも多いから、妻の方から見つけるのも難しいだろう。

 そのまま山下公園前を通って、本牧方面へ、ペースはキロ7分を目安に走る。
 ふだん5kmで出て来る腰痛が出てこない。マッサージの効果か。
 キロ7分ペースが維持できている。16km過ぎ、右膝が痛み始める。
 左膝と右足首が痛くなるのが普通なのだけど、新しい症状だな。
 どんどんひどくなるか、やがて痛くなくなるか。
 折り返し地点まで膝の痛みが薄くなるが、また出て来るという状態。

 後半のために少し歩いて休もうかと何度も思うが、キロ7分をキープするのが苦痛ではないので、1度、ストレッチのために止まった以外はそのまま走ってしまうことにする。
 横浜マラソンは「ラッキー給食」という地元の食べ物が給水所にあると宣伝されていたのだけど、僕らが立ち寄る時間には、最後までどの給水所にもそういったものはない。在庫がなくなってしまっているみたいだ。
「わたしたちみたいの遅いランナーこそ、食べ物を楽しみにしているのにね」
 と、話ながら二人で並んで走っている女性ランナーがいた。そうだ。そのとおりだ。
 せめて、時間差をつけて、1時間後2時間後に給食を始める場所があればいいのにね。

 産業道路を通行止めにして、コースにしているので、図らずもガソリンスタンドの価格調査ができる。(笑)
 トイレはたくさんあるが、どこも20人以上ならんでいる。そう、トイレの行列調査も網羅的にしながら走る。マラソンではトイレの列に並ぶか並ばないかはとても大事なことなのだ。
 トイレのことを考えるのがいやで、もうフルマラソンを走るのはやめようと思ったほど。今回は自宅で直前にトイレを済ませて参加できるので、あらためて走ろうと思った。

 折り返しが近づいたところで、左足の裏が腫れてきているのがわかった。豆ができそうな感じ。
 しばらく我慢して走ったが、意を決して止まって靴の紐を締め直す。緩くて靴の中で脚が動くとマメになる。締め直したら大丈夫そうになった。
 右足の親指の関節も弱点なのだけど、痛みは出ていない。
 右膝は、2度、痛くなり治りまた痛くなりと繰り返したあと、痛まなくなった。

 折り返しまでキロ7分ペースを守ることができた。これがいちばん自然で楽なペースで、これより遅くしても得に楽にはならないので、後半までこのペースが続かないことは承知で走った。
 このペースだと、呼吸器循環器はまったく苦しくない。たぶん脈拍150以下のはず。
(終盤、足がつってからも、走っている時間帯は7分を少しだけ超えるペースで、歩く時間と走る時間の割合が変わるだけ)

 最初の「痙攣の予兆」は折り返し前に1回あった。

 折り返し、ハーフマラソンの距離で自己最高記録が出たはず。前の記録は覚えていないので正確にはどのくらい速いかこの時点ではわからない。

 折り返し後まもなく、首都高速道に入る。
 高低差のある区間だ。
 だが、問題は傾斜。自動車が高速で走りやすいようにバンクがついている。そこを走ると、つねに片方の筋肉にバランスの悪い負荷がかかるし、ふだん走るのと違うように間接が曲がったまま地面を蹴ることになる。
 防音壁があるので、景色もたいして見えない。沿道の応援もない。
 大会本部は「ふだん走ることのできない高速道路を走れます」と、宣伝文句にしているけど、冗談じゃない、走りにくくてしょうがない。何とか脚を壊さないように走るのに気を遣う。そんなコースが10km以上続く。こういうコース設定はやめてもらいたい。
 傾斜のきつい区間ではできるだけ走るのをやめて歩く。真っ直ぐでアップダウンがあるのは傾斜よりずっと楽なのでできるだけ走る。

 いずれにしても25kmから先は、毎度のこととして、脚の痙攣との戦いなので、少し走ってふくらはぎや腿の後ろがぴくっとしたら走るのをやめて歩きながら回復を待つ、という状況。

 内臓にも負荷がかかっていて、水を飲むと気持ち悪くなる。
 とはいえ給水は重要なので、少なめ少なめを心がけて、少しずつ摂る。
 アクエリアスより天然水が元気が出るが、吸収はわるいかもしれないな、などと考えながら、給水所に寄ったり寄らなかったり。

 というわけで、なんとか高速道路を走りきって一般道へ降りてほっとする。
 その後は、海釣りタワーへの長くて退屈な折り返しコース。こういう場所では給水所や応援パフォーマンスが心の支えだ。
 横浜Fマリノスの応援パフォーマンスは元気が出る。さすがだ。

 だんだんと、「痙攣の予兆」の頻度が高くなってくる。本当に攣ってしまうと歩くのも困難になるけど、ピピッときて一瞬にして力を緩めるのが上手になっているので、攣りそうになるだけで、実際に攣りはしない。
 そんなことを1キロの間に数回繰り返しながら、走って歩いて、歩いて走って、距離を刻んでいく。
 周りのランナーたちも似たりよったりなので、走ると10人20人と追い越し、歩き始めると今度はたくさんのランナーに抜かれていく。延々とそれを繰り返すわけだ。
 同じ人を追い越したり追い越されたり。
 立ち止まってストレッチをする代わりに、踵を地面に付けたまま、大股で歩いて、明日の後ろを延ばす。
 セクシーなスタイルで走っている女性。「盲ろう」というビブを付けて走っている男性と伴走の女性。
 馴染んだ服装の人と一緒になったり離れたり。
 お互いにそう思いながら、でも、だれとも口をきかない。でも、ああ、またこの人と一緒になった、と思っている。絶対に思っている。
 どこの1kmも、できればキロ8分台、最悪でもキロ9分を保つように、GPSウォッチを見ながら、自分を管理していく。
 実は、僕にとって、こういうところがマラソンのいちばん楽しいところかもしれない。
 なので、GPSウォッチは必需品なのだ。
 漫然と走ってもゴールには着くかもしれないが、不安が大きくなるし、自分と十分に対話ができなくて楽しくない。楽しいから走る。楽しくなければ走る意味がない。

 退屈な15kmほどを、時計の数字をたよりになんとか過ごし、山師や公園までもどってくる。
 行きはまだ観光客には早い時間で、あまり応援の人出もなかったが、走っているうちにもう昼時も過ぎて、おおぜいの人が沿道で応援してくれている。
 応援の視線の中で、歩くのはなんとなく恥ずかしいけど、痙攣を起こす前に必ず走るのをやめなければならないので、応援のプレッシャーを跳ね返して走るのをやめる、という不思議で逆の行動もとらなくてはならない。
 とはいえ、応援はありがたい。そして、ボランティアで大会を支えてくれている人たち。
 赤いビブのドクターランナーにもたくさん会った。
 自転車(Baybike)でAEDを背負って移動している救護の人たち。
 完走時間が書かれたペースメーカーの人を見かけたのはスタート前だけだったな。
 NTT東日本とかFANCLとかAMADAとかの企業の応援の人たちも、けっこううれしい。
 無愛想に路傍に立って、エアーサロンパスを使わせてくれた人。
 シルクセンターの前で見つけた版元の営業さん。(笑)
 知っている人、知らない人、たくさんの人がそれぞれの思い出、横浜マラソン2015に関わっている。

 赤レンガからワールドポーターズへ向かって最後の坂を下って上る。
 あと1km。
 グロスで6時間を切ることができる。途中、そういう計算をずっとしてた。それよりも大幅に縮めようとするとリスクが高まる。そういうのがいまの自分の体だ。
 あと195mの看板。
 ラストスパートをする。たちまち、「痙攣の予兆」が来た。
 少しだけ歩く、10人くらいに抜かれている。
 だましだまし、走り出す。
 そういうのが巧くなっている。いま、完全に自分の体を知り尽くしている。
 フィニッシュラインの時計が見えている。
 5時間58分から59分に変わる。
 5時間59分12秒、フィニッシュラインを越えた。

(腕時計を止め忘れて、時計はしばらく動いていたので、自分の時計のゴールタイムはわからない)
(スタートラインを切ってからフィニッシュまでの42.195kmのネットタイムは、5時間41分32秒。昨年の板橋シティマラソンよりも10分以上、いいタイムだった)

2015年03月14日

横浜マラソン エントリー受付

 午前中、パシフィコでマラソンのエントリー受付手続き。
 展示場でイベントをやっていて、ステージで、瀬古さんと谷川真理さんがトークをしているのをちょっと聴く。

 いったん事務所へ出て、少し仕事。

 野毛の行きつけの店で、たっぷり90分マッサージをしてもらって、筋肉の疲れを全部揉み出す。

 3年前から使っているGPSウォッチのバッテリーが弱っている。
 4時間くらいで切れてしまうので、僕の遅いマラソンでは使えない。

 なしで済まそうと思ったけど、ペースが時々刻々分からないと走りにくいし、そもそも、数字を見ながら自分の体と対話をするのが、僕にとってマラソンを走ることの最大の楽しみだと思い至る。
 というわけで、マッサージのあと、横浜駅へ出て、ヨドバシカメラでGPSウォッチを購入。
 機種は、Epson WristableGPS SF-710S 。

 あとは久々に湯船に湯を張って入浴。たぶん今年初めてだ。

2015年03月12日

便所掃除

 新事務所のトイレ掃除。
 水で流しても臭いが消えないので、洗剤をまいて床を擦って水を流すこと数回。

2015年03月11日

新事務所拭き掃除

 昼に1.5kmだけ走る。
 新しいソックスのテストのため。

 二度、フルマラソンを完走した実績のあるソックスが、現在は売られていないので、どの靴下を穿いて走るかを決めなくてはならない。

 午後、黄金町へ。
 引っ越し先の事務所の拭き掃除。
 以後、二階三階は土足禁止とする。

 夕食はロックウェルズの500円定食。
 午後11時過ぎまで、コラムの原稿の直し。

2015年03月09日

10Km

 次週からは調整モードに入るので、最後の距離走として10km。
 ただし、天気が悪いので、スポーツクラブのトレッドミルで。

2015年03月08日

のきさきアートフェア

 午前11時から午後3時まで、かいだん広場で、サイン本販売の露天商。
 すごく寒かったが、カイロを2つ使ってがんばる。

 朝が雨模様だったので、来場者は少なめだったが、まずまず売れた。

 午後3時半からは「街ゼミ」。
 講師の先生とロックウェルズで午後8時過ぎまで飲む。

2015年03月06日

大藪春彦賞贈賞式

 ジョギングで事務所へ。
 近く引越をする物件の各所の寸法を測定。
 ジョギングで帰宅する途中、ニトリへ寄って家具を物色。

 シャワーを浴びて都内へ。
 東京プリンスホテルで大藪春彦賞贈賞式&パーティ。
 7時半で中座して、恵比寿へ移動。
 旧友たちの集まりへ。
 午後11時過ぎまで楽しく歓談。

2015年03月05日

確定申告終了

 昨夜のうちに確定申告の書類が完成したので一段落。
 家のことを少しして、家から5分ほどのところの期間限定確定申告提出所へ行って提出。
 妻と合流して、ブルク13で映画「ヴァチカン美術館」を見る。

 4K3Dの映画なので3Dメガネをかけてみるのだけど、3Dにする意味があまりない内容なので、かえって不自然なだけ。

 終了後、桜木町駅高架下の「Wine Hall 元町クラブ」で食事。
 〆は創業115年の川村屋できつねそば。

2015年03月03日

自動巻きの時計の日付

 午前9時起床。
 洗濯を3バッチ。スポーツクラブでトレッドミル5km。包丁研ぎ6本。

 2月が28日しかないので、自動巻の時計の日付がずれてしまっている。
 曜日はあっているのだけど、日付を変えるときに失敗して曜日もずらしてしまい、両方を合わせるのにぐるぐる針を回すはめに。
 40年前の機械式時計のお守りはときどき大変。
(ふだんはたまにねじを巻くだけあのだけど)

 コラムの原稿91−100を送付。

2015年03月02日

ジョギングは3kmだけ

 とにかく少しでも走ろうということで3kmだけジョギング。
 出勤が遅くなり、事務所に午後11時まで。
 伊勢佐木町の「口福館」で夕食(とビール)を摂って帰ったら0時を回ってしまった。
 就寝は2時過ぎ。

 コラム5本。

2015年03月01日

原稿料入金

 カナダの雑誌のエッセイの原稿料1年分が送金されてきた。

 昨日は午前6時に帰宅したけど、本日は午前5時には起きて、朝型生活開始。
 3月15日に横浜マラソンを走るので、そろそろ朝型にしておかなくてはいけない。

 というわけで、珍しく午前中に事務所へ出勤。

 コラムのネタをまとめてリストアップ。
 実際に書いたのは5本。

2015年02月27日

京都の友人を囲む東京海遊びの仲間の会

 4kmジョギングして、シャワーを浴びて、都内へ。

 京都の友人を囲む東京海遊びの仲間の会、みたいなもの。(笑)
 新宿で9時から開催。

 11時にお開きになって、僕は久しぶりにゴールデン街へ。
 午前3時くらいまで飲んで、朝5時までやっているガストで仕事。
 こういうシチュエーションでいつも使っているカフェayaは、24時間営業ではなくなったらしい。

 最近夜型で、寝るのが午前9時だったりするので、当社比では、まったく夜更かししているわけではない。始発で帰ってすぐに寝るといつもよりもかなり早寝の感じ。

 始発前のガストは、若い子たちが多い。旅行用のキャスター付きスーツケースをもっている女性二人組とか。
 東京へ出てきて、宿代を節約しているのかな。
 ドリンクバーでエスプレッソを押したのに、ふつうのコーヒーが出てきた。野菜ジュースもないぞ。

2015年02月24日

自宅で仕事

 温かいうちに、4.5kmジョギング。
 その後は、うちで、経理の仕事。

 夕食は自炊だが、体がタンパク質を欲しているのか、さつま揚げ2枚の他、湯豆腐1丁、ご飯には生卵をかけて食べた。

 4月にみなとみらいで開催される合唱祭で、黄金町の合唱団「コールなでしこ」が、阿川大樹の作詞作曲による「地図をつくろう 黄金町の歌」を歌ってくれるらしい。
 わーい。

2015年02月23日

経理

 夕方から職場へ出て、帳簿の入力。
 翌午前3時頃まで。

 この時刻だと開いている店が少ない。
 というわけで、日ノ出町の「さざん」に始めて入ってみる。

 値段もリーズナブルで思ったよりもよかった。
 適度に広いので、ひとりになれる。
 疲れているときは、店の人と話をするのが億劫なんだよね。

2015年02月22日

駒沢公園でテニス

 午後2時半より、駒沢オリンピック公園でテニス。
 雨が心配されたけど、大丈夫だった。
 今日に限って、どういうわけか、サーブがよく入った。

 すぐに自宅に戻って、シャワーを浴びて黄金町に出勤。

2015年02月21日

黄金町芸術学校

 午前8時過ぎまで仕事していた。コラム10本を納品。
 黄金町駅の「えきめんや」が開いたので、きつねそば。
 徹夜明けはたいていきつねそばだ。

 オートバイで帰宅して寝る。
 昼過ぎに起きて、シャワー浴びて、また黄金町へ。
 午後3時半、新連載の編集さんが来て、著者プロフィールの写真撮影。
 午後4時、黄金町芸術学校小説家コース。

 事務所へ戻るも、仕事のやる気が出ない。
 ロックウエルズで少し飲んで、華へ行ってまた飲んで。
 ちょうど切れていたボトルを入れたので、芸術学校のギャラをほとんど飲んでしまった。(笑)

2015年02月16日

10km走

 前夜は早寝(午前2時=当社比)した。
 で、早起きしてテニスを観るつもりが、WOWOWオンデマンドの操作を間違えて「やってない」と勘違い。
 次に目覚めたときには、表彰式をやっていて、どうやら錦織圭が優勝したようだった。

 疲れがたまっていいぇ、結局、昼間で寝床でぐずぐず。

 起き出して、録画したテニスの試合を観ながら食事。
 二日間走らなかったので、今日は走らなくては、としっかり着替えて、10km走る。
 3〜4kmまでは身体が重いが、そこから調子が上がる。
 おそらく、本番までこういう調子だろうから、それを前提にレースプランを組もう。
 腿の裏と腹筋がもう少しいる。あとは右の足首が最初に痛み出すはずなので、そこを壊さずに鍛えられるか。

 妻は外出なので、夕食も自炊して、洗濯を3バッチやって、午後9時、スターバックへ出かけて仕事開始。

2015年02月15日

舞台版「黄金町パフィー通り」

 劇作家の田口浩一郎さんが阿川の原作をお芝居にしようと活動をはじめてくださっています。
 少し前に台本の最初のバージョンを送って戴いてたのだけど、忙しくて読めなかったので、今日は、時間を作って読んだ。

 横浜マラソンのナンバーカード引換証とパンフレットが届く。ちょうどあと4週間だ。
 2万5千人のランナーと6000人のボランティアによる大会。
 僕が所属している(けどちっとも活動に参加していない)ボランティアグループも参加している。
 多くの人のおかげで、走らせてもらいます。

戦後70年の平和とこれから

 日本は戦後70年、平和国家として歩んできた、というのは事実なのだけど、70年これで来たから、この先もそのままで日本人が安全でいることができる、と単純に考えるのは論理的には根拠がないし、ただの前例主義の考え方のように僕には思えます。
 昼まで晴れていたから、午後も雨が降らないと思う人はいないと思うけれど、平和の話になると、そういう言い方をする人がなんだかたくさんいる。
 そのあたり、みなさんはどう考えているのかなあ。

 軍備をした方がいいとか、集団自衛権を進めようという人は、いままでのままでは日本人が安全に暮らせるとは限らないと、思っているんじゃないかな。安倍さんが戦争をしたがっているという人もいるけど、国際経済の仕組みからいって、戦争をして安倍さんや日本の相当数の人(自民党が政権を取れるほどの人数)が得をするとは、僕には思えないから、それは違うよなあと感じています。
 「70年平和だったから」と「安倍さんは戦争をしたがっている」というのをセットでいう人がけっこういるけど、そういうわけでどっちもピンと来ない。

 これからどうしたらいいのか、を考えるときに、いまのやりかたで70年(日本だけは)平和だったから、というのは、一旦、外して、きちんと現状を分析して考えたいな、と僕は思います。そうして考えた結果、結局、いままで通りにやろう、という結論になるかもしれないけど。

2015年02月14日

父の13回忌

 午後7時から横浜のホテルで父の13回忌。
 宗教的式次第は一切なしで、家族の食事会。

 海外駐在の弟も帰国して参加、甥や姪と会うのはものすごく久しぶり。
 この10年のあいだに、就職して、それぞれ立派な職業人になっている。

2015年02月12日

ひと区切り

 コラムを2本書いて、ひと区切り。累計80本。
 ずっと追われていたので、ちょっと開放感。

 友人の翻訳家・実川元子さんの翻訳書『孤高の守護神 ゴールキーパー進化論』(白水社)が翻訳サッカー本大賞を受賞。
 同年配の友人の仕事が評価されるのは、我がことのようにうれしい。

 夕食を食べたタイ料理屋の給仕の男性が、何かというと、コップンカー(ありがとう)を連発する。
 語尾のカーは女言葉なので、この男性は「わたしは女よ」とアピールしていたと考えるべきなのかな。
 タイならそういうのはふつうだし。

2015年02月11日

ロックウェルズ

 水曜日はおなじみロックウェルズで500円ディナー。
 そのあとは、コラムの追い込み。
 朝までに8本書いた。

 ところで、今日は「建国記念の日」であって、「建国記念日」じゃない。
 日本がいつ建国されたか、「本日より日本です」という日はない。
 神武天皇が即位した日を「建国記念日」としようという話に、リベラルな人が大反対して、「建国記念の日」と名称を変えて法案が通ったのだ。
 なのに、近頃ではリベラルっぽい人まで「建国記念日」と言ったりしている。
 強行採決がらみでケガ人まで出たあの騒ぎはなんだったのだろう。

2015年02月10日

追い込み体制

 昨日は7本、今日は8本しか書けなかった。
 ちょっとピンチ。あと15本、残っている。いや、1個ボツにしたから、あと16本。

 二日あれば確実に書けるが、一日で書くのはたぶん無理。
 4日で30本書ければ悪くはないか。
 心の体力を使う場所をもう少し効率的にしなくては。余計なところに力を入れすぎて、それで疲れている。資料探索を楽しみすぎるな。

 いよいよ、10本が初回配信される。ということは在庫が10本減ると言うことで、つまり、これから書くべき本数がまたさらに10本増えるということだ。

 団結しようのないひとりぼっちの労働者は、とりあえずいったんちょっと眠る。

2015年02月06日

深夜のひとり中華

 日刊コラムをまとめて執筆中。

 午前1時過ぎに、腹が減って徒歩帰宅の途中で「聚香園」で深夜のひとり中華。
 イカゲソの炒め、ピータン、生ビールで1000円のセット。
 前は事務所の近くだったけど、ちょっと離れた所に移転したので、最近は滅多に来ない。

 この店は3時くらいまでやっているのだけど、ここのところ夜型で仕事をしているので、仕事が終わったころには、この店すらやっていない。

2015年02月05日

洗濯機到着

 洗濯機が納入される午後まで自宅待機。
 雪の予報だったので、朝、業者から電話があって、予定よりも1時間ほど早く来てくれて、拘束時間が短くてすんだけど。

 新しい電気製品が家に届くというと、なんとなくわくわくしてしまうのだけど、洗濯機は洗濯ができるだけで、(いや、進歩はしてるんだけど)まったく新しいことがなかった。

 そりゃそうだよな。なんでわくわくしちゃったんだろう。

2015年02月03日

洗濯機が壊れた

 横浜マラソンまで残り1ヶ月になってきた。
 午後、家の近くを5kmほど走る。わりといいペースで楽に走れた。(当社比)

 洗濯をしたら、エラーで止まる。
 給水側の電磁弁が動作していないようだ。
 すでに何度か修理しているし、ときどき誤動作してコンセントを抜かないと扉が開かなかったり、扉の取っ手がもげていて、ラッチを指で押しながらじゃないと開閉できなかったり、という洗濯機なので、買い換えることにした。

 あらかじめ次の機種は選定してあったので、ヨドバシカメラで即注文。
 明日でも届くのだが、夕方は会議があって都合が悪いので、明後日に。
 ヨドバシカメラは対応が早いので、設置が必要なものはAmazonでなくヨドバシカメラで買うことが多い。家電製品は壊れたままでは不便なので、この素早さはありがたい。
 以前、テレビを買ったときには、夜の9時過ぎに注文したら、翌日の午前中には配達の人が来て設置工事が終わっていた。

 注文後、すすぎの途中で終わっていた洗濯物の後始末。
 幸い脱水機能は動くので、4回に分けて洗面器ですすぎをして脱水。

 おかげで、黄金町に出勤し損なってしまったので、自宅で夕食。
 夕食が終わってから、やっと仕事開始。
 節分は特になにもなし。

2015年02月02日

コラムの校正

 コラムのゲラ、20本分を翌朝までに編集さんに戻すというタスク。
 午前4時頃帰宅して、サッポロ一番味噌ラーメンを食べながら、録画してある9時のニュースを早送りで見る。

 ニュースは仕事中にパソコンで見て知っていることなのだけど、「NHKがどう報道しているか」ということを見ておくことは必要なので、基本的に「ニュースウォッチ9」は録画で必ず見るようにしている。

2015年01月30日

nitehi works

 午後7時から、「nitehiトーク&セッション Vol.5【仮称『横浜デルタ』関内・関内外の今後を語る】&リバーサイドのカレー試食会」というイベントにコメンテーターとして参加。

 午後9時半に辞去して、事務所へ戻り、仕事の続き。

2015年01月29日

突然、全館断水

 オートバイで山手へ。
 午後1時から2時間、日本テニス発祥の地、山手公園でテニス。
 さいわい天候に恵まれて快適な運動だった。

 午後3時半過ぎに自宅にもどり、シャワーを浴びて、あらためて黄金町に出勤。
 午後11時半過ぎまで仕事。

 深夜に帰宅したら、マンションが全館断水。
 一時間半ほどで復旧。どうやら屋上のタンクが空になっていた模様。
 シャワーを浴びて石鹸だらけで断水になった人いたんじゃないかな。
 水位のチェックを管理会社の点検作業項目にいれなくては、と管理組合理事だった頃のクセが出る。(笑)

2015年01月28日

スカイマークエアラインズ民事再生法申請

スカイマークの社長・西久保愼一さんがスカイマークを買った日、新宿ゴールデン街で偶然隣り合わせになって、3軒ハシゴした。一緒にいたのはハドソンの中本さんだった。

「この人、きょうすごく大きな買い物をしたんですよ」と中本さんが興奮気味にいうので「タンカーでも買ったんですか」と僕が言ったら「近いです」という答え。
西久保さんはただ笑っていた。
それがスカイマークだったというのは話しているうちにわかった。

西久保さんは「あした証券取引所で記者会見があるので」とたぶん午前2時頃にひとりで帰って行った。35億円を出して航空会社の筆頭株主になった西久保さんだが、その店の飲み代1500円は中本さんが払っていた。(笑)
 その後、西久保さんはさらに40億円を追加出資していた。それで、スカイマークはその時点までの累積債務を解消したのだったが。

 もしかしたら、今晩、西久保さん、ゴールデン街にいるかもしれない。

2015年01月25日

外交は難しい

反イスラム国同盟に積極的に参加してイスラム国の存在を消し去るのが日本人の安全に役立つのか、あるいは、イスラム国が存在しても日本人が狙われないようにイスラム国のご機嫌を取るのがよいのか、どちらがよいのか、僕にはわかりません。

反イスラム国同盟にはっきり援助したのは最近だけど、日本人が人質になったのはそれより前だから、「安倍さんがイスラム国に敵対することをしたから日本人が掴まった」というわけじゃないよね。前後関係が違う。

タイミングをあわせたのは彼らがプロパガンダとして使おうとしているだけで。

2015年01月24日

大桟橋でビアフェスティバルのようなもの

 iijmio を妻と僕とで2回線使っていたのを、1回線解約して代わりに、残った方に2回線追加して、ファミリーシェアプランに変更しました。
これで3つの端末で月間合計7GBを使える。全部で月額3200円ほど。

3つめの端末(古い方の Nexus 7)は母親にわたして、僕のブログを読んだり、僕や海外駐在の弟とスカイプでテレビ電話ができるようにする。(ひとり暮らしの母親のメンタルケア)
平均的には月7GBのうち、3回線合計で2GBも使わないと思うので、5GBくらいはパソコンで使うときにテザリングできる感じ。

ふつうにカフェで3時間ほど仕事するときテザリングのデータ量は1日100MBくらいあれば十分だから、事実上、3200円で3人が使い放題で、wifi のつながらないカフェでも、PCでらくらく仕事ができる。

それでも使い切らずに翌月繰り越しが7GBずつ溜まっていくだろうから、いざというときはピークで月に13GBくらいテザリングできそう。

 というわけで、1台の Nexus 7 を母にとって必要最小限の機能に削ぎ落としていって、「らくらくスマホ」化しています。
近所のバス停の時刻表と、僕のブログが開くブラウザアイコンと、スカイプと、ピンポイント天気予報だけ。メールもその他のブラウジングもさせない。

2015年01月23日

らくらくスマホもどき、作成中

 iijmio を妻と僕とで2回線使っていたのを、1回線解約して代わりに、残った方に2回線追加して、ファミリーシェアプランに変更しました。
これで3つの端末で月間合計7GBを使える。全部で月額3200円ほど。

3つめの端末(古い方の Nexus 7)は母親にわたして、僕のブログを読んだり、僕や海外駐在の弟とスカイプでテレビ電話ができるようにする。(ひとり暮らしの母親のメンタルケア)
平均的には月7GBのうち、3回線合計で2GBも使わないと思うので、5GBくらいはパソコンで使うときにテザリングできる感じ。

ふつうにカフェで3時間ほど仕事するときテザリングのデータ量は1日100MBくらいあれば十分だから、事実上、3200円で3人が使い放題で、wifi のつながらないカフェでも、PCでらくらく仕事ができる。

それでも使い切らずに翌月繰り越しが7GBずつ溜まっていくだろうから、いざというときはピークで月に13GBくらいテザリングできそう。

 というわけで、1台の Nexus 7 を母にとって必要最小限の機能に削ぎ落としていって、「らくらくスマホ」化しています。
近所のバス停の時刻表と、僕のブログが開くブラウザアイコンと、スカイプと、ピンポイント天気予報だけ。メールもその他のブラウジングもさせない。

2015年01月22日

インタビュー原稿のチェック

僕が沖縄に行くときは、場所をかえて仕事をするために行くのだけど、世の中の人は沖縄に長期滞在するというと、のんびりしに行くと思うのだな。まあ、そりゃそうだろうね。
(インタビューの原稿の確認がきたのを読んだら勝手にのんびりすることになっていた)

沖縄にいってもシャッター商店街の真っ只中に住んで、椅子のビニールレザーの破けた昼間のバーでパソコン開いて仕事して、海なんて那覇空港に着陸するときしか見ない。

2015年01月20日

LED電球の故障

 昨年10月頃、パナソニックのLED電球が切れた。
 先週、東芝のLED電球が切れた。
 どちらも公称寿命が4万時間。実際の点灯時間は数千時間くらい。
 それぞれの会社に申し出て交換してもらうことにした。

 お客様センターに電話をすると、状況確認をして、両社とも、手慣れた感じで代品を送るので、故障したものは着払いで返送してくれとのこと。

 どちら発光ダイオードそのものが壊れたのではなく、100Vの交流をLED点灯用の直流定電圧に変換する電源回路が熱で損傷しているようだ。
 E17という小型の電球は放熱部分が小さい上に、狭い天井埋め込み型のダウンライトで使われるので、熱的に厳しいのだと思う。
 技術者としては、まだ発展途上の製品だという認識で「壊れるなんてケシカラン」とは思わない。面倒ではあるが、交換してくれるならそれでよし。

2015年01月19日

推理作家協会ソフトボール部

推理作家協会ソフトボール部の新年会で、本年初めて都内へ出た。
昨シーズンの成績発表があった。
17打数10安打 .647 打点4 得点4

男子選手ではまあ、並の成績って感じだけど、年齢比ではがんばっているかな。でも、僕は長打が2塁打1本だけだけど、71歳の逢坂剛さんはパワーもあって打率 .760 で19本のヒットのうち、HR1を含む8本が長打。ほんとにすごい。

2015年01月18日

バイク出勤

 3キロほどジョギング。
 横浜マラソンまで2ヶ月を切った。
 まだたくさんは走れないが、たくさん走れるように少しずつ筋力をつけていかないと。

 のち、オートバイで出勤。
 エッセイの推敲をしてメールで送付。
 コラムを1本書いたところで時間切れで帰宅。
 夕食は鍋。

 深夜になってから仕事再開。

2015年01月17日

黄金町芸術学校

 午後4時から、黄金町芸術学校小説家コース。午後6時まで。
 執筆の仕事はしないことにして、事務所へはもどらず。
 伊勢佐木町のダイソーで買い物をして、富士そばで天ぷらそばを食べて都橋商店街で飲む。

 午後7時過ぎから飲み始めて店を出たのが午後9時前。
 そこから帰宅。早い!(当社比)

2015年01月16日

オーディオシステム更新

スポーツクラブでストレッチして、外を走り始めたら1.5kmほどのところで、GPSが電池切れで、以後、ペースも距離もわからなくなった。
 3kmくらい走ったはず。

 本日は黄金町には出勤せず。
 夕刻、内科へ。
 先月、腹部の痛みで血液検査したときに、いくつかの項目で数値が悪かったので、経過観察のために採血。

 少し前に居間のオーディオを更新した。
 マランツのAVアンプを2チャンネルだけ使っていたのだけど、音量調節のロータリーエンコーダーが壊れていて、ツマミを回すと御量ががったり下がったりランダムに動作する。
リモコンで操作すれば大丈夫なので使えてはいたけど、電力消費も大きいので、買い換えることにした。
 oknyo CR-N765 というハイレゾ対応のネットワークレシーバーというカテゴリーの商品。
 単独でインターネットラジオが聴けたり、DLNAで家庭内LAN上のディスクにある音楽ファイルも再生できる。
 これがとてもいい音で、もともとテレビを見なかったのが、居間では音楽を聴くことが多くなって、ますますテレビは見なくなった。
 e-onkyo というサイトでハイレゾ音源が購入できるのだけど、試聴してみると、これがまたとてもよい音なのです。
 とりあえず何を買うかリストアップを始めてみる。
 SONY が運営しているストリーミングサービス(月額980円)でかなり好きなものを聞くことができるので、CDは買わなくていいや、と思っていたのだけど、ハイレゾ音源だと買いたくなってしまうではないか。

2015年01月15日

テニス中止

 雨のため、駒沢公園でやる予定だったテニスは中止。

 午後、ガストで仕事。
 マルゲリータピザとドリンクバー。

 ファミリーレストランで仕事をすると長居をすることになるので、混んできたら出るようにしているのだけど、天候のせいか、今日はお客さんが少なかったので、午後8時半まで、しっかり仕事ができた。

 夕食は、年末に戴いた鯛の刺身のサクを解凍して、わかめの味噌汁と。

2015年01月14日

連絡会議

 ペンは剣よりも強いのだから、ペンを振り回して、弱い者、少数者を傷つけるのは剣を振り回すことと同等の非道な行為ではないかと、ふと思う。

 桜木町川村屋で立ち食い天ぷらそば。
 高架下で展覧会『黄金町通路:再訪』をのぞく。
 午後5時、月例の黄金町のレジデンスアーティスト連絡会議。
 午後6時前、夕食は水曜日なので、ロックウェルズの500円定食。

 コラムの校正の残りをしあげ(合計27本)たのが午前1時過ぎ。
 帰り道、大来で餃子とビールを摂取したらかえってお腹がすいて、ならびの松家で牛めし。

2015年01月11日

バイバイ作戦10周年

 午前9時半から東小学校体育館で「バイバイ作戦10周年記念式典」。
 黄金町の売春施設のロックアウトに入ったのが、ちょうど10年前の1月11日。
 以後、今日まで、24時間体制の警備が続いている。

 町の人によって組織されている浄化推進協議会が主催で、行政、警察、京浜急行を呼んで、感謝を表明し、外に対して、これからも後に引かず、町の発展を目指すことを宣言した。

 それにしても、この町の人たちは立派だ。これだけの規模の式典をオーガナイズして滞りなく効果的に開催できる。
 一見、ただの商店街のおじさんたち(失礼)なのだけど、司会もスピーチもとてもしっかりしている。

 高架下では町内会合同の餅つき。
 婦人会のけんちん汁の雑煮、その他、お餅をたべて、仕事開始。

2015年01月09日

ガストで仕事

 少し早起きに戻した。

 ジョギングに出て3km走って、ガストで仕事。
 本日、節電協力依頼が出ているので、午後5時から8時までは家にいないようにしている。

 新しい原稿を送り終わったので、以前に書いた30本のコラムの校正(改稿)に手をつける。

 ああ、小説に戻りたい。

2015年01月08日

コラムの推敲

 今朝方までかかって書いていたコラム20本の推敲を、近くのドトールで。
 日が暮れたらどんどん寒くなってきた。
 1本を自主的にボツにして19本を、午後7時過ぎ、メールで編集者に送付。

2015年01月07日

コラム11本

 前日と前々日に合計9本のコラムを書いた。
 本日は11本がノルマ。

 というわけで、臨戦態勢。

 オートバイで出勤して、午後6時にはロックウェルズで水曜定例の500円定食を食べて、翌午前5時半、11本目を書き終える。
 推敲は明日まとめて。

2015年01月06日

ガストで仕事

 出し損なった年賀状の返事を出すついでに近くのガストへ。
 ところが強風とかなりの雨で、傘を差して歩きにくく、店に着いたときには、足下のみならずほとんど股関節あたりまでズボンが濡れていた。

 コレステロールが増えないように、ハンバーグなどはやめて、スパゲッティミートソースあたりにしておく。

2015年01月05日

オートバイ出勤

 今日も暖かいので初オートバイ出勤。
 エンジン快調。準完全防備の服装で来たら、ぜんぜん寒くなかった。

 事務所についてまず、オートバイの洗車。ついでに玄関のガラスの掃除。

 コラムの31本目から4本ほど書く。スピードが上がらない。

2015年01月04日

自宅で仕事

 わりと暖かい。
 横浜マラソンまで70日ほどになったので、きちんと練習をしておかなくてはならない時期になっている。
 走り始めは10km。
 体調は全体として悪くないが、左膝と右足首に軽い痛み。
 オーバートレーニングにならないように注意しなくては。夜、念のために足首にテーピングする。

 1月末の佳境で増えてしまっていた体重が3キロ弱減って64キロ代に戻った。
 コレステロールのこともあり、食事にも気をつけている。

 居間が片付いているのでルンバで掃除できた。

 夕食は鯛ご飯。
 午後11時過ぎから午前2時まで、スターバックスで仕事。

2015年01月03日

エイサー

 観光地であるみなとみらいは大混雑。
 黄金町へ出勤する途中、桜木町駅前広場で太鼓の音がする。
 遠回りして立ち寄ってみると、コレットマーレ前でエイサーをやっていた。
 あまり巧くなくて服にも青年会の名前がない。
 沖縄から来ているのではなく、本土にいる人がやっているようだ。女性が太鼓を叩いているし、顔つきからも、沖縄の人ではない感じ。

 午後11時過ぎまで仕事。

 自宅のオーディオで聞く音楽が心地よい。
 古いアンプなのでかけっぱなしにするには消費電力が大きいのだよね。

2015年01月02日

本格的に仕事始め

 新年初の立ち食いそばを桜木町駅の川村屋で食べようと思っていたのに、営業していなかった。

 世の中は正月モードだけど、こちらは仕事始め。
 小説家になってよかったことは仕事がいやじゃないこと。できればもっともっと仕事をしたいけど、浮き世の事情とか、体力とか、いろいろな事情で仕事ができないことの方がストレス。

 高架下のロックウエルズで開催中の「初詣る展」をのぞいて事務所へ。
 アートの町黄金町では元旦から展示がある。

 午前2時半まで仕事。

2015年01月01日

元旦

 静かに元旦を迎える。
 年越しで泊まっていた母と3人でお雑煮。

 自宅まで母を送る途中で雪が激しくなってきた。
 雨雲レーダーで調べると局地的なものらしい、妻の実家に電話して雪が降っていないことを確認。
 そのまま実家へ。
 こちらでは、日本式のお節。

 帰宅して、 出勤しないで近所で仕事をしようと思うが、スターバックスは席がなくて行列、ドトールは午後6時で終わり。
 ということで、ランドマークのマクドナルドで2時間半ほど仕事。

 スポーツクラブは空いていた。僕以外にひとりだけ。